月の輪通信 日々の想い
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2003年07月16日(水) お祭りにむけて

夏休みが近い。

何でも今年は18日が終業式。

夏休みは44日間もある。

ちょっと長すぎ・・・。

子ども達が毎日、うちにいる。

昼ご飯も毎日6人分。

プールだの稽古事だの送り迎えもフル回転。

小言もフル回転。

おまけに、あの暑さだ。



今年は私は子供会の役があたっていて、それも地域の2大イベントの一つ、「盆踊り大会」の
担当だ。

おそらく、8月15,16日の本番が終わるまで、ほとんど毎日、祭り関係で走り回っていることに
なる。

なにせ、ここの地域ではまだまだ地元の人たちの発言力が強くて、盆踊りも旧来から本式に音
頭取りの人を呼んできて、夜の10時までみっちりと踊り続ける。

そのための練習会があらかじめ2日も用意され、婦人会、子供会などの団体の役員がしっか
りリード役を務められるよう特訓を受ける。

そのほかにもかき氷や綿菓子の模擬店の準備や、当日着るそろいの浴衣の手配や着付け教
室、街頭に貼るポスターの作成や掲示まで、細々した用事が次々に押し寄せる。

「今時、なにそれ・・・」

という声もあがっているが、とりあえず伝統的な行事を継続させるというためには、そのくらい
有無を言わせぬ強引さも必要なのだそうだ。

おかげさまで、子どもたちは毎年婦人会やら消防団やらの人たちが用意してくれた模擬店で
遊び、踊りの輪に加わって、お菓子をもらって帰ってくる。



先日、その夏祭りの準備委員会というのに参加してきた。

集まってくるのは、区長さんを初め、老人会やら婦人会、子供会、地区委員、消防団などいろ
んな年齢の役員の人たち。

近頃、あまり経験しない、幅広い年代の人たちが集まっての会議。

「会議」というよりは「寄り合い」と称したいようなユニークな構成員で、なかなか面白かった。

「例年こうやってきたんだから」と譲らない長老達や、「あの娘はどこの嫁?」とささやき会う老
婦人達。

はたまた新興の住宅に越してきて「昔ながら」にはついていけないと不満を抱いている若いお
かあさん達。

それぞれの年代のそれぞれの思いがあって、話題はかみ合っているような、かみ合っていな
いような・・・。

そんなちぐはぐ感も微妙におかしくて、うっろおしいと思っていた子供会の「役」も、何となく心晴
れて面白がっていけそうな気がしてきた。



幼い頃、私は地域の行事やら子供会の集まりに参加するのは大嫌いだった。

「地の人」の多い地区の飛び地のような新興の社宅に住み、「村の子」とは微妙な温度差を感
じて過ごしてきたせいかもしれない。

今、我が家は生粋の「地の人」ではないが、この地に30年近く仕事場を構え、おそらくは30年
後も窯を離れることはないだろうと言うことから、少しづつ「地の人」の仲間に入れて頂きつつ
ある。

それだけにPTAだのナントカ委員だの地域役職が回ってくることも増えた。

それはそれで大変な事なのだけれど、最近ではそれも我が家がこの地域にしっかりと根付い
て受け入れていただけるようになったのだなぁと感じられるようになってきた。



とかく面倒な近所つきあいや、地域活動は敬遠されがちな現代。

大の大人が二晩も踊り続ける、盆踊りがある。

子ども達は近所のおばちゃんが作ってくれるかき氷や消防のおっちゃんの作る焼きそばを楽
しみにしている。

それはそれで、とてもとても有り難いことだ。





・・・・でも、たいへんなのよ、うん。




2003年07月11日(金) 阿修羅のごとく(?)

オニイの剣道着がすっかり小さくなっていた。

誰かのお古をもらってきた白の胴着。

襟はすり切れ、袖も短くなって、それはそれで「貫禄」なのだけれど、そろそろ新しいのをかわ
なくちゃ・・・と思っていた。

ここ数ヶ月、チビながらもようやくにょきにょきと背の伸びる時期にさしかかったのかなと思える
オニイ。

体つきもすこしづつ、がっしりと中学生らしい力強さが感じられるようになってきた。



「おかあさん、いいものもらったよ。」

先週、稽古を終えたオニイが抱えて帰ってきたのは、大学生の先輩のお古の青い剣道着。

新品の時には濃紺だったはずだが、洗い晒されてすっかり「青」に変化した年代物だ。

「Mさんが昔使ってた剣道着だって!もらっちゃった!」

子ども達がいつも稽古に使う剣道着や防具類は、高価なこともあって「誰かのお古」「誰かに譲
ってもらったもの」が多い。

先輩は、成長して新しいものを新調すると、小さくて使えなくなったものを、適当なサイズの後
輩に譲り渡す。

2代目、3代目のお古もざらにあって、どこの誰だか判らない人の姓の縫い取りのある道具
を、ありがたく頂戴することもある。

それは、親が経済的に助かると言うだけではなくて、「○○先輩の剣道着を頂いた!」

「××先輩が大会で使った防具をもらった!」という付加価値が子ども達にとってはとてもとて
も名誉な事なのらしい。

そういえば、面の下にかぶる日本手ぬぐい。

時折、持っていくのを忘れて、先生に余分の手ぬぐいをお借りして、「返さんでええ、お前にや
る。」なんて言われたりしたら、洗い晒した先生の手ぬぐいを殊の外ありがたがって、「ここ一番
の試合の時には、これ!」なんて、「勝負手ぬぐい」として大事にとっておいたりしている。

はた目には、何度も何度も稽古の汗を吸って、洗濯を繰り返し、「もうお役ご免でもいいんじゃ
ないの」というくらいくたびれていても、「殿からご下賜の宝刀」のごとく、有り難いものなのらし
い。



今日、オニイは先輩の青い胴着をつけて稽古にでた。

いつもの白い胴着に比べ、紺の胴着はぴっと引き締まって見え、いつもよりすこーし強そうに
見える。

たまたま、稽古前の掃除がおわり、稽古開始の時間が迫っても、指導の先生の到着が間に合
わなくて、中一のオニイとT君が集まった子ども達の中で最年長になった。

「先生方がこられるまで、あんたたちが先輩よ。しっかり小学生達を指導しなさい。」

「えーっ!」といいつつ、二人はちょろちょろ走り回る小学生を並ばせ、いつものメニュー通りの
準備運動を始める。

M先輩の青い剣道着を初めてつけたオニイは勇気百倍。

大きな声で号令をかけ、浮ついたチビたちを統率して、ちょっとかっこいい。



「M先輩の胴着はどうだった?」

「うん、よかったわ、まるで、阿修羅がついたみたいだった。」

阿修羅とはまた大げさな・・・とは思ったけれど、実際M先輩は、声も大きくがっしりと獅子のよ
うに荒々しい大学生。

稽古もとても厳しくて、幼い小中学生を相手にしても手を抜くということがない。

そのくせ、稽古がおわると小さい子達をくしゃくしゃにしてかわいがってくれるちょっとカッコイイ
先輩だ。

剣道の稽古を通じて、身近に「カッコイイ男」「強い大人」の具体的なイメージを作り上げていく
子ども達。

着古した剣道着や、洗い晒した手ぬぐいは少年のあこがれの匂いを含んで、ずっしりと重くな
る。



まだまだやせっぽちで「阿修羅のごとく」とは言い難い12才のオニイ。

いまはまだ少し大きめのM先輩の剣道着が、ちょうど身にあうサイズになるころ、オニイはどん
な男の子に育っているのだろう。

M先輩のがっしりたくましい稽古姿に、親もまた成長した息子の姿を重ねてほほえんでしまうの
である。




2003年07月09日(水) 子どもを育てるのは誰

苦しい、苦しい事件が続く。

友だちに殺される中学生。

中学生に殺される幼児。



「こわいね。アプコとおんなじ年だね。買い物とか行くときでも目を離さないように気をつけなき
ゃね。」

そんなことをいってたら、犯人はオニイと同い年だ。

「男の子も、中学生になるとこんなに判らなくなっちゃうんだろうか。この子の親は、自分の息子
がこんなに恐ろしいことをして帰ってきても、全然気がつかなかったんだろうか。」

痛い、痛い思いに、息が詰まりそうになる。



この苦しい思いを何とか、文章にしなければと何度も試みてみたのだけれど、なくなった幼児
の恐怖、12才少年の闇、そして双方の親たちのあり方に想いを巡らせ、他所さんの日記や掲
示板を見て回っているうちに、ついに何もかけなくなってしまった。



「親が子供を育てる」という当たり前の事がこんなにも難しくなってしまったのは何故なんだろ
う。

「周囲の大人は気付かなかったのか。」

「今の少年法で果たして、若年者の犯罪は減らせるのか。」

「幼い子をほんの一瞬でも、親の目の届かぬ状態においていたのは不注意ではないのか。」

ワイドショーは、どこも言葉盛んにまくしたてる。

「社会全体で、子ども達の成長を支えなければ・・・」

「昔は、近所のおじちゃん、おばちゃんが悪いことをした子をこっぴどく叱ってくれたモンだ。」

「親だけでなく、周りの大人がみんなで幼い子を守ってやれれば・・・」

そんな訳知り顔のコメントも聞き飽きた感があるが、はてさて、本来子どもは誰が育てるものな
のだろう。



「命は大事」

「人に迷惑をかけない」

「幼い者、弱い者はみんなで守る。」

そんな基本的なルールを教えるのは、まず家庭の役割だ。

子ども達の異変の責任を、学校教育や社会、周囲の大人達に振りかぶせるのはカッコイイ。

でも、子どもを持ち、「親」となることを選択した人たちが、まず一番に子どもの健康と安全を見
守り、社会のルールをしっかり教え、「普通の良識ある人間」としてのボーダーを超えさせる事
の責を負ってしかるべきなのではないか。

そんな基本的な教育力が、家庭に期待できなくなってしまった社会というのはやはり病んでい
るとしか思えない。



「社会の育児支援」と言う名の下に、「子育て」という重い荷物を親だけでなく周りの大人がみん
なで一緒に担いでやろうという声があがっている。

子どもが幼い頃から誰かに養育の責任をまかせたり、基本的なしつけを学校や社会に求めた
り、成長した子の日常生活を把握できないことが当たり前になったり・・・

「子育ては社会全体で・・・」と言う美名のもと、「親」を片手間につとめてしまう人が増えている
のは怖い気がする。



「人の子の親になる」と言うことは、大変な事だ。

「社会が悪い」とか「これからの育児が不安だ。」と嘆いている間にも、子ども達はにょきにょき
と伸び、大人達の姿を観察し、心の中に外からは見えない空間をどんどん掘り進んでいる。

まず自分ちの子ども達の毎日を、しっかり見つめて行かなくては。



「オカアチャン、あげる。」

ニュースや新聞を見て、ため息の増えた私にアプコが差し出したのは、野の花を摘んだ小さな
花束。

この子らがいるから、私たちは未来に夢が持てるのだ。

「子育て」は、親が担ぎきれない、重たいだけの荷物ではない。




2003年07月07日(月)

朝、買い物に出掛けたら、いつものスーパーの前に傘屋さんが店をひろげている。

何本新調しても、ものの数日で壊してくる男の子達の通学用傘を買う。

1本300円也。

近頃では子供用の傘もすっかり使い捨て価格になった。

だから壊れやすくなったと言うワケでもないのだけれど、次から次へと傘を買う。

以前、この傘屋のおじさんにそんなことを愚痴ったら、

「壊れたかさは、もっておいで。直してやるから・・・」

さすがに、300円の傘を束にして持ち込むのは気が引けるのだけれど、うちには一本、是非と
も修理したい傘がある。

機会があればきっと・・・と心に留めていたので、さっそくおじさんにお願いしてみることにした。



「上等の傘じゃなんだけど・・・」

私が持ち出したのは、緑のチェックの雨傘。ここ5,6年、私が一番愛用してきた普通の傘だ。

「よっしゃ、買い物の間になおしとくわ。」

おじさんは気安く受け取って、作業をはじめた。

私は、スーパーで、いつもの買い物をすることにした。



この傘を買ったのは、私の4人目の赤ちゃんが入院してい小児病院の近くのスーパーの傘売
場だった。

生まれつき心臓に障害を持って生まれてきた娘は、ほとんど自宅へ帰ることなく、病院から病
院へ移り、最後にこの小児病院のICUにたどり着いた。

生後3ヶ月を待たず、娘の病状は思わしくなく、様々な感染症が出てついに頼みの肝臓が壊れ
始めていた。

主治医の先生は暗い顔で、頭をたれておっしゃった。

「ICUでは、ご両親にしか面会出来ない決まりなのだけれど、夜間の少しの時間ならおじいちゃ
んおばあちゃん達に面会してもらってもいいですよ。」

兄弟ともおじいちゃんおばあちゃんとも、ほとんど顔を合わせないまま、病気と闘ってきた娘に
最後の面会を許して下さっているのだろう。

私はすぐに、4人のおじいちゃん、おばあちゃんを電話で呼びだした。



実家の両親は遅い時間にも関わらず3時間近くも電車に乗って、病院へ駆けつけてくれた。

冬の夕刻の冷たい駅で、私は父と母を迎えた。

「遠いのにごめんね、急に呼び出して・・・」

なるみの誕生後、実家の両親には幼いアユコやゲンを預かってもらったり、夜遅くに何度も電
話して、不安な想いを聞いてもらったり、迷惑のかけ通しだった。

「あんまり状態は良くないの。でも生まれてからこれまで、ほとんど誰にも顔も見てもらっていな
いから・・・」

父も母も、事情はよく察してくれていて詳しくは問い返したりはしなかった。

駅を出ると、外は急に降り始めた冷たい雨。

「病院はすぐそこだから・・・」

と、私は歩き出そうとしていたが、父が「そこで傘を買っていこう」とすぐ前のスーパーを指さし
た。



透明のビニール傘を探す私に、「あとで使える物を」と普通の婦人用の傘を選ばせた。

「雨の日はせめて傘ぐらい明るい色を・・・」

といつもなら、華やいだ色を好んでいた私だが、このときばかりは明るい色の傘を手に取る気
がしなかった。

「ホントにそれがいいの?」

母は、日頃の私の好みとは違う地味な色の傘に、首をかしげた。



両親と私たち夫婦、4本分の傘を買い、義父母とも合流して、夜の病院へ向かった。

「随分痩せてちっちゃくなっちゃったんだけど、びっくりしないでね。」

面会客の絶えた夜のICUで、4人のじいちゃんばあちゃんたちが、たくさんのチューブや呼吸
器につながれた小さな孫と面会。

「小さいのに、頑張ってるなぁ。必死で生きてるんやなぁ。」

父は、娘に迫っている「死」の陰については触れなかった。

顔色も悪くなり、痩せて小さくなり、指一つ動かすのがやっとの娘は、黒い大きな瞳でじーっと
遠くを見つめていた。



病院を出て、新品の傘を開く。

「来てくれてありがとう。家族に会わせてやれて嬉しかった。」

「大変だろうが、しっかりとみてやりなさい。」

別れ際に駅で父が言った。

冬の冷たい雨。

父が黙って買ってくれた新品の傘が有り難かった。



以後、雨のたび、私は緑の傘をひろげるようになった。

なるみが亡くなり、アプコが生まれて、元気に幼稚園に通うようになっても、私は緑の傘が手放
せないでいる。

決して上等ではない、どこにでもある婦人傘。

ついには、緑色も白っぽく色あせ、骨組みの止め金具がさび落ちて、骨が一本はずれてしまっ
ていた。

いよいよお払い箱かとあきらめて、傘立ての中に隠居していたのだけれど・・・・。

「直しといたで・・・。ちょっと拡げてみて。」

傘屋のおじさんは、私の傘を返してくれた。

壊れていた箇所にはそこだけ新しい金具が入れられて、開くと再びピンときれいな弧を描い
た。

「わぁ、嬉しい。ありがとう。」

お代は?と尋ねる私に、

「いいよ、おまけしとくわ。新しいの、買ってもらったしね。」

おじさんは、笑っている。

たった300円の子ども傘を買っただけなのに・・・

「傘修理します。400円〜」

と小さな看板があげられているからと、私はお財布を出したのだけれど、おじさんは「いらんい
らん」と手を振った。

「その傘、大事にしてやって。」



この傘にまつわる悲しいお話をおじさんが知っているわけでもないというのに、どうしておじさん
は修理代を取らなかったのだろう。

本日一人目の修理客へのご祝儀か。

それとも、修理してまで使うほどではない、オンボロ傘に同情したか。

もしかしたら、私の傘への愛着が、どこかでおじさんの職人魂にノックしたのかもしれない。

とりあえず、有り難く傘を受け取って、頭を下げる。

再び、緑の傘は現役復帰。

今にも降り出しそうな梅雨の空。

引退寸前だった傘は、再びアプコの送迎に、日常の買い物にと大活躍してくれるだろう。



今日は、七夕。

あいにくの雨模様となりそうだ。

梅雨空に向かってパッと緑の傘をさす。

なるちゃん、

上から、母さんの傘、見える?

今日もみんな元気だよ。


2003年07月05日(土) 選ぶ

久しぶりに、みんな揃ったお休みだから、いつもより少し遠い図書館へ出掛ける。

お天気いまいち、お金も使いたくないって時には図書館の存在はとても有り難い。

図書館専用に布張りした段ボール箱をぶら下げていき、それぞれに借りたい本を箱の中に入
れていく。

オニイは、外国の読み物や雑学の本、ゲンは虫や折り紙の本、アユコはファンタジーやお料理
の本。

そしてアプコは表紙のイラストのかわいい本を内容も見ずにどんどん積み上げてくる。

ここの図書館は、一人あたり10冊、2週間も借りられるので、6枚のカードを持つ我が家では
最大60冊も、お持ち帰りが出来るのだ。



我が家はあまり本屋さんで本は買わないのだけれど、とりあえず家の中に手に取れる本を置
いておくのは大事と、せっせと図書館の本を借りている。

金曜の夜、男の子達を剣道に送って、迎えるまでの空き時間、私が夜間開館の図書館で一人
2,3冊ずつの読み物を借りて持ち帰る。

「通い箱」に入った本はいつも子ども達が出入りする居間に置きっぱなし。気が向いた子が読
んだり、誰も読まずにそのまま返却したり・・・

それでも、幼稚園児の絵本から、オニイの初歩の日本文学まで雑多に入った「本の箱」の存在
は、ずぼらな母のささやかな「読書指導」のつもりでいる。



たまに今日のように子ども達が自分で本を選ぶと、それぞれの子の興味の在処や好みの変化
が判って面白い。

一番読書家のオニイに、「そろそろこんなのも・・・」と芥川龍之介の短編をすすめたら、「あ、こ
れ、読んだ」とあっさり返されてしまった。

アユコは来るべき夏休みにやるお料理の本を熱心に見ている。

そしていつも、虫の本を探してくるゲンは「今日はいいねん」と、何をすすめても借りようとしな
い。実物のクワガタムシやカブトムシ探しに余念のないゲンにとっては、絵に描いた虫はしばら
く関心外なのかもしれない。

アプコはあいかわらず、かわいい動物のイラストの赤ちゃん絵本を次々に積み上げている。



「いいよ、全部借りていこう。」

親の好みに合わなくても、気楽にどれでも持って帰ることもできる図書館は、やはり有り難い。

子供らはたくさんの本の中で、自分の好きな事、興味の方向を確認する。

一つの本を選ぶということは、現在の自分の中にある「面白いこと」「関心のあること」を耕す一
つのきっかけともなるようだ。



図書館を出て、すぐそばのクレープやさんになだれ込む。

前から気になっていて、立ち寄ることのなかった初めてのお店だ。

「僕はカレークレープ」

相変わらずオニイの選択は素早い。

「僕、かき氷のメロン。」

へそ曲がりのゲンは皆と違った線を狙う。

「アタシ、いちごのかき氷。」

ゲンに対抗意識を燃やすアプコ。

父さん母さんも、好みのクレープを選んで、さて、残るはアユコ。

「どうしよう。何でもいいんだけど、どれがいいかわかんない。」

無理もない。

クレープやさんの看板には、ベースになるクリーム、そこに加えるソース、さらにトッピングやオ
プションの果物などが何種類も書いてある。

「好きな物、頼んでいいよ。」

といわれても、ホントにいろいろ悩んじゃう。

「どうしよう、何がいいかなぁ。」

楽しいはずのクレープ選びなのに、あんまり悩みすぎて、思わず涙が出て来ちゃう。

アユコはこういうの苦手なんだ。



「じゃ、おかあさんと一緒に選ぼうよ。カスタードクリームと生クリーム、どっちがいい?」

ちょっとした手助けで、アユコは好みのクレープを選ぶことが出来たのだけれど、こういうとき
の決断が苦手なのは、アユコの弱点。

小さいときから、そうだった。

とっても欲しい物があるくせに、いろいろ考えすぎて身動きがとれなくなってしまう。

自分でもそれがよく分かっていて、あとでちょこっと落ち込んだりする。

自分の本当に欲しい物、自分の一番好きな物は、自分で決断して手を伸ばさなきゃ手に入ら
ないよ。

母はその事を教えたくて、わざとアユコに決断を迫る場面を作るのだけれど・・・。



アユコが大きくなって、人生の大事な決断を迫られたとき、母はその場に居合わせて助け船を
出すことは出来ない。

「結婚したいの?じゃ、A君にする?それともB君?」なんて一緒に悩んであげられたらいいけ
どね。

これから何度も何度も、大事な決断をしていく子ども達。

父も母もその決断に立ち会うことが出来なくなっていく。

子ども達が自分の人生を自分で選び取っていくとき、父や母が手助け出来ることはほんのわ
ずかな事なのだ。



だからアユコ、クレープのトッピングを選ぶくらいなら、いくらでも手伝ってあげる。

そんなことでベソかかないでね。




2003年07月02日(水) 個展を終えて

一週間の個展が終わった。

義兄と一緒に搬出を終え、ちょっと疲れた顔で帰ってきた父さん。

連日の徹夜に続く、慣れない百貨店内での一週間。

肉体的にも精神的にも、かなりきつかった筈だが、それでも多くの作品を生みだし、たくさんの
お客様に見ていただいたという充実感で、ほっとしている様子。

芳名帳だの、売上票だのには現れない、父さんの戦いぶりを毎日そばで見てきただけにこち
らもどっと気が抜けてしまう。



2年に一度の地元百貨店での個人展。

毎回、楽しみに来て下さる常連さんのお客様も多い。

「以前の○○は良かった。」

「これは新しい試みですね。」

何度かおいでになったお客様の中には、怖いほど以前の作品をしっかり覚えていらっしゃる方
もあって、気が抜けないという。

とてもとても有り難い事だ。



「HP見てますよ。」

とおっしゃるお客様も増えたそうだ。

作品写真の更新のペースが落ち、日記サイトになりつつある月の輪通信だが、ここを通じて、
主人の仕事を身近に感じて下さる方が増えるのは嬉しい。



「生活の匂いを感じさせない」

洗練された女性の条件の一つに、お勝手の匂いやお洗濯の愚痴など感じさせない爽快さがあ
る。

立派なおばさん化した私には縁のない美徳の一つだが、果てさて、主人の作品についてはどう
なんだろう。

雄大なヒマラヤの遠望や、霧に煙る深い竹林の風。

父さんの作品に現れる風景は、どこか人智を離れた桃源郷の匂いがする。

そしてあの色彩。

深い深い深海の碧。夏の木立の力あふれる緑。

光と陰を同時に含んだ陶器の深い色彩はそれだけで、誰かの心を癒す。

私のすぐそばにある主人の手が、この美しい風景を描き、色彩を生み出すのだということが、
ただただ誇らしい。

「みて、みて!うちの人の作品はこんなに美しいのよ。」

そんな気持ちのままに立ち上げたこの月の輪通信。

それが、今では、「芸術家の生活」とはほど遠い、「ひしめく4人の子ども達」や「不惑のオンナ
の憂鬱」ばかりが綴られているようで、果たしてこれで・・・?と自問自答してしまう。



個展終了の祝杯もそこそこに、父さんはまた窯の温度点検に出ていく。

個展期間中も、工房の窯は休むことなく、次の窯展の作品が次々と焼き上げられていた。

朝食の前に窯詰めして、あわただしく着替えて会場に向かい、帰ってきては遅めの夕食のあ
と、工房に戻る。

ともすれば、日常の細かな雑事は二の次で仕事にのめり込んでいく父さん。

「マイホームパパ」の仮面の下の激しい芸術家の情熱を、もっともっとお伝えしなければ・・・と、
心に誓ってはいるのだけれど。



今回もこのHPを通じて、お知り合いになった方が遠方よりわざわざ父さんの作品を見に来て
下さった。

私のささやかなHPが、父さんの作品とどこかの誰かをつなげる橋になることができた事を心か
ら嬉しく思う。

ありがとう。


2003年06月28日(土) 実習生

子ども達4人を連れて、電車で父さんの個展会場へ向かう。

子ども達を連れて電車に乗るのも随分楽になった。小さいアプコの面倒はアユコが見てくれる
し、小さな荷物は男の子達が分け合って持ってくれる。

よく空いた長い座席に、よく似た顔の4人の子ども達を順番に座らせて、「4児の母です。」と胸
をはる。

ようやくここまで・・・と感慨ひとしお。



発車時間になって、最後尾車両に座っている私たちの耳に、聞き慣れない若い男性の元気な
声が飛び込んできた。

どうやら、新しく車掌になる新人さんの実習に乗り合わせたらしい。

先輩の車掌さんとともに乗り込んできた若い新人さんは、緊張した声でマニュアル通りに客席
との境の窓を開け、発車前の点検の手順を次々にこなしていく。

そのたびに、「・・・・、よぉし!」「・・・・、よぉし!」と大きな声で、確認していく。

初めて、こういう場面に乗り合わせた子ども達は、珍しい催し物でも見るように無遠慮に実習
生の一挙手一投足を目で追っている。

初々しい新人さんの点呼の声に、他の乗客達も皆、ちょっと驚きながらもほほえましく見守って
いた。



電車が発車してしばらくすると、新人さんは、車掌室からでて、きちんと車掌室のドアに掛けが
ねをかけ、乗客に深々とお辞儀をして、客車内をゆっくりと巡回する。

「あれ、何してるの?」

日頃、検札に回る車掌さんを見かけることのない子ども達には、「ご用はございませんか?」と
言うのを聞いてもピンと来ない。

「乗り越しをする人の料金を精算したりね・・・」

近郊の電車を短距離しか利用しないことの多い子ども達にとっては、「乗り越し」すらなじみの
ない言葉だったんだな。



「おかあさん、なんか、緊張するね。」

オニイがこそっと耳打ちした。

「うん、こっちまで息が詰まるね。」

「あのお兄さん、必死だね」

「新しいお仕事に就くって、大変なことなんだよね。」

オニイが、背筋を伸ばし、熱心に新人さんの姿を目で追う。

「・・・でも、なんか、いいよな。」

「うん、気持ちいいよね。」



中学生になり、自分の進路のこと、将来の仕事のこと、少し意識し始めたばかりのオニイ。

「働く」ということに、すがすがしい共感を持って、見つめることが出来るようになったようだ。

新人さんの緊張を自分の事のように共有するオニイには、確かに幼い子どもを一歩踏み出し
た成長が感じられる。

そして、人前で大きな声で点呼する事や、マニュアル通りの指さし確認を、「かっこわる〜い」と
茶化してしまいそうな風潮の見られる現代、まっすぐに「一生懸命」を見つめられるオニイ。

君もなんか、ちょっとすてきだよ。

母は、君の成長がとてもまぶしかった。



「オニイ、いいもの、みちゃったね。」

「うん、『勉強』になっちゃったよね。」

終点について、私はオニイに耳打ちした。

「あの新人さんに、何か一言、声をかけてきてごらん、君の思ったこと。」

いつもなら、知らない人に声をかけることなど苦手なオニイ、意外に抵抗せずに、下車するとす
ぐに車掌室の新人さんのところへ近づいていってぺこりと頭を下げた。



「なんて言ったの?」

「『ありがとう』って・・・」

最後のいっぱいいっぱいの緊張で乗客の下車の確認に忙しかった新人さんに、オニイの「あり
がとう」は果たして聞こえていたのだろうか。

たとえ聞こえていたにしても、突然ひょこひょこ現れた中学生の『ありがとう』の真意が伝わると
も思えない。

それでも誰かの一生懸命に共感できた「ありがとう」は、オニイにとっては大事な一言になるは
ずだ。



個展会場で、父さんの作品を見る。

ここ数日、寝不足で薄汚くくたびれて帰ってくる父さんの姿はよく見ているが、父さんが作り上
げたたくさんの新作を見るのは、初めて。

「お父さん、いっぱい作ったなぁ。」

一つ一つの作品を見て歩くオニイの表情はいつになく真剣だ。

「働く」と言うことに関して、一番身近な存在である父の仕事を、今までとは違った目で見つめ始
めたオニイがいる。


2003年06月27日(金) 少年よ

最近オニイの成長ぶりが著しい。

小さいときから身長が伸び悩み、いつもクラスでも一番前。

体重も驚くほど少ないので、この年齢の男の子にしてはスタミナも足りない。

毎日牛乳を飲んでも、いっこうによその男の子達の成長に追いつかないのが悩みの種であ
る。

「男の子は中学高校でぐぐ〜んと伸びる時がくるよ。」

と誰もが期待を持たせてくれるのだけれど、ホントにそんな時期がくるのかなぁと不安になって
きた今日このごろ・・・。



「おかあさん、背比べしよう。」

この間オニイからの突然の申し出。

実はオニイ中一にして、とびきりチビの私の身長をまだ超えていない。

「母の身長を超える」

が、当面の彼のささやかな目標であったらしい。

どれどれ・・・。

オニイと背中をあわせて立ってみる。

おお・・・!

少年の背丈は、ちょうど40才になった母とおんなじ・・・・いや、越えたかな?

微妙なところ。



そういえばこのごろちょっとたくましくなってきたわねぇ。

細っこいながらも、肩幅が張り始め、靴のサイズもぐぐん一つとばし。

帰宅して、脱ぎ散らかした制服には、少年らしい汗の匂いに混じって、男っぽい体臭が感じら
れる様な気もする。

毎朝、ママチャリをとばして、登校していく後ろ姿には、もうお子ちゃまのふわふわした遊びが
見られなくなった。

風呂上がりのトランクスの膨らみも、小学生のそれとは格段に違ってきて、母は目のやり場に
困るようになってきた。



先日、学校で、ちょっとしたトラブルがあった。電話を受けて飛んでいったら、オニイが保健室
で座っていた。

この時の事情は、本人が「絶対HPはのせるな」と言うので詳しくは書かないが、私が驚いたの
は、おこった事件の内容ではなく、迎えに行った母を見上げたオニイの表情であった。

小学生の時、同じ様な状況で見せた困惑したオニイの目。捨てられた子犬のように助けを待
つ、いじらしい子どもの表情。あの、「かわいそうに!}と抱きしめたくなるおびえた表情がその
ときのオニイにはみじんも感じられなかった。

それよりむしろ、馬鹿なケンカで傷ついて、不機嫌にふてくされたような、一昔前の青春映画に
出てきそうな怒りの表情が混じっている。

あとで、状況を問いつめる私に母に答えるのも言葉少なで、まるで、母の介入にいらだってい
るような感じさえも受ける。

「オカンの出る幕じゃないよ。」とでも言いたげな少年らしいしかめっつら。



ああ、またオニイが私の手から羽ばたいていく。

ぴしゃりと扉を閉めて母の侵入を許さない男の子の領域が、オニイの中で少しづつひろがって
いく。

「何が食べたい?」

「何がしたい?」

柄にもなく、たまにオニイの機嫌をとってみる。

「別に・・・」

この素っ気なさが、母の背丈を超えるか否かの微妙なポイントでもあるようだ。




2003年06月25日(水) 人事を尽くして

父さんの個展が明日から始まる。

昨夜から、ようやく焼き上がった作品を梱包し、搬入の準備に忙しい。

ぎりぎり最終の窯を焼きながら、父さんが感慨深げに自分の作品を最終チェック。

「ちょっと多すぎたかな。」

最後の一週間、鬼が憑いたかとも思えるような連日の徹夜で、新しい作品が次々と焼き上がっ
た。

よれよれにくたびれた父さんの手から生まれた100点近い作品の数々。

「よくこれだけの物を、一人でこしらえたね。」

梱包の手を止め、ついつい作品の美しい色彩に見入ってしまう私。



昨年旅したヒマラヤの風景も、今回の個展で作品として実を結んだ。

青い山並みに雪をいただいたエベレストの雄姿は、陶の持つ深い色彩にうつされて、しっくりと
なじんでいる。

「自分の目で見た物、自分で感じた風景を作品にしたい。」

そんな父さんのこだわりが、時間をかけて、美しい作品を生む。



これだけたくさんの新作を前にして、それでも父さんの表情は晴れない。

思い掛けなく、上手く仕上がった作品もある。

けれども、強い思い入れで長い時間をかけて作り上げた作品でも、途中で不具合が見つかっ
たり、思った色が出なかったり、不本意な仕上がりの作品もある。

父さんはできの悪い子どもを愛おしむように、失敗作を前にため息をつく。

よく、TVドラマなどに出てくる陶芸家は、満足のいかない作品を惜しげもなく床に投げつけ壊し
てしまう。作品の対する厳しさ、芸術家の感情の激しさの表現に、よく使われるシーンだ。

「あれって、ホントによくあることなの?」

と聞かれることも多いけど、私は父さんが自分の作品に怒りをぶつけるシーンは一度も見たこ
とはない。

自分の手から生まれた作品への想いは、たとえ決定的な不具合を持ち合わせて窯から出てき
た作品にも、等しく優しく向けられる。

どんなに心を尽くしても100%大成功と言うワケには行かない「窯任せ」の陶芸家の定め。

心優しい父さんは、失敗作を投げつける激しさは持たないけれど、自作への強い強い厳しさと
こだわりは、まさに芸術家の熱情そのものだと私は思う。



作品の一つ一つをリストにまとめ、梱包材で丁寧に包んで、搬入車に積み込む。

「ああ、まな板の鯉やなぁ。」

ま、ま、今夜は久しぶりにビールでも飲んで・・・。

明日から一週間、父さんは毎日、個展会場に詰め、お客様のお相手をし、自作に対する外か
らの評価を受け取ってくる。

がんばれ、父さん。

もう一息。




2003年06月23日(月) 天気予報

梅雨の朝。

ばたばたと玄関を飛び出していく子どもらが聞く。

「おかあ〜さ〜ん、今日、雨、ふる〜?」

「傘、持っていった方がいい?」

帰り道、濡れて帰るのは嫌だが、何とかお天気が持ちこたえたら、じゃまっけな傘をぶら下げ
て帰るのも億劫だ。

「ね〜え、おかあさ〜ん!」



愛するこどもたちよ。

出来ることなら、君たちが冷たい雨に濡れることなく、平穏な日々が送れるように育ててやりた
い。

急な雨に降り込められたら、傘くらい届けてあげてもいい。

だが、子ども達よ。

一寸先の道も読めぬこんなご時世だ。

母には、君たちに訪れるかもしれない幾多の困難の全てを予測して取り払ってやることは出来
そうにない。

それどころか、降り出した雨に一緒に濡れて、冷たさを共有してやることすら出来ないだろう。

だから子ども達よ。

頭を上げ、自らの目で、天空を見よ。

そして、まだ見ぬ危機に、自らの力で備えるがいい。



・・・・て、傘が必要かどうかなんて、自分で考えな。

おかあさんは、気象予報士じゃないんだから。

毎朝、毎朝、おんなじ事聞くなぃ



で、おとうさ〜ん、今日、洗濯、干したまま出掛けても大丈夫かしらん?




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