月の輪通信 日々の想い
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今日は朝から忙しい。
生協だ。5年生の親の親睦昼食会だ。参観日だ。剣道だ。
気合いいれていこう!
・・・て、半べそかいて、うっとおしい顔で起きてきたのは誰?
「なんか、学校、行きたくない。」
アユコだ。参観日がいやなのかな?それとも体調不良?
「なんで?なんか、やな事あるの?」
忙しく朝食の準備をしながら、アユコのご機嫌を伺う。あらら、アプコもパジャマでうろうろしてる よ。手短にね。
「べつに・・・。でもね・・・・」
なんだかはっきりしない。う〜ん、悩み相談は昨夜のうちにしておいてくれ〜!
「さ、話を聞こう。」
食卓の準備をし、オニイとゲンを座らせてからアユコの話を聞く。
「何が嫌?参観日?」
「・・・・音楽」
「はぁ?」
アユコのクラスの先生は音楽が専門。とってもノリのいい楽しい授業をなさる。アユコも音楽の 授業は楽しみにしているのに・・・
「なんで、音楽が嫌なの?」
「・・・・できないの。」
「なにが?」
「・・・・合奏。」
「そんなに難しいことやってるの?リコーダー?」
「ううん。」
「じゃ、マリンバとか?ピアノ?」
「ううん。」
「え?じゃあ、何?」
アコーディオン?太鼓?鉄琴?
次々聞いてみたけれど、アユコはぶんぶん首を振るばかり。
「ねえ、楽器だけでも教えてよ。まさか、カスタネットとか?」
「・・・・違う。」
「じゃ、なによ?」
「・・・・シンバル。」
「はぁ?」
あの「ジャ〜ン」ってやる奴ですか。
あれって、そんなに難しいの?
ふふっと吹き出しそうになって必死にこらえた。アユコの顔は真剣だ。
人一倍、緊張しーで、完璧主義者のアユコ。
大好きな先生の音楽の授業だ。
きっと、とっても気合いを入れて合奏に取り組んでいるに違いない。
いつもよくやるリコーダーなどと違って、シンバルのパートは一人だけ。
おまけに出番は少ないけれど曲のポイントになる重要な部分でジャーンとやるだけに、アユコ の緊張は極度に高まるのだろう。
みんなの演奏が進む間、重いシンバルを手に緊張に打ち震えるアユコの姿が思い浮かぶ。
でもねぇ、苦手な楽器がシンバルって・・・・
やっぱりちょっと笑えちゃう。
「大丈夫。練習すれば出来るようになるよ。これまでだって、いろんな事、出来るようになったで しょ?」
「・・・うん、でも・・・」
アユコの顔はまだ晴れない。
「ねぇ、どうしてシンバルになったの?先生があてたの?」
いつも太鼓やシンバルなどの大きな音の楽器は、男の子達に人気の筈なのにね。
「ちがう。私がやってみたかったの。」
・・・て、答えたアユコの表情が少しやわらいだ。
そうだ、自分で選んだんだった!
その事に気付いたアユコが、自分で涙を拭い、ぐいっと胸を張ったのがわかった。
「・・・・元気出た?」
「うん、ちょっと。」
「よかった。音楽なんてね、まず楽しくやらなくっちゃ。さぁ、急いでご飯食べといで。」
何とか短時間で悩み相談が片づいてほっとしていると、今度はアプコ。
「・・・・あのね。幼稚園、いきたくないの。」
今度はあんたかい。
「どうして?」
「給食がいやなの。」
「なんで?ゼリーとウインナーとか好きな物いっぱいでるでしょ。」
「でもいややねん、お野菜はいってるし・・・・」
悩みが尽きんなぁ。
子どもには子どもなりの、「いやだなぁ・・・」があるんだな。
はた目には、吹き出しちゃいそうな些細な悩みでも、本人にとっては一大事なんだ。
何となく憂鬱な気分。
一日中、心のすみに残る小さな棘。
幼いこどもにすら、気分の重い朝はくるのだ。
・・・でもね、逆に言えば、本人にとっては一大事でも、他の人が外から大きな目で見れば、 「何、それ?」って、笑っちゃいそうな事もある。
大丈夫。
大丈夫。
そんなこと出来なくったって、地球が滅亡するわけじゃなく・・・
そうなんだよ。
がんばれ、私。
ジャーン!
景気よく、シンバルを打ちならそう!
昨日、髪を切りに行きました。
かなり思いっきり。
ずぼらな私はいつも冬中、髪を伸ばして、梅雨時になると、ばっさりと1年分の髪を切る。
今年もプールの授業を前にアプコの髪を切り、アユコを美容院に連れていったら、居ても立っ てもいられなくなって、晴れて断髪式となりました。
父さんの個展の日程が近づいてきました。
夜昼かまわず工房と自宅を行ったり来たり・・・。
そのたびに、釉薬で水玉模様になったエプロンや土にまみれたジーンズが脱ぎ捨てて行かれ ます。
「随分すすけてきたねぇ、男前が台無しだぁ。」
締め切りが近づくにつれ、肩こり、腰痛が顔を出し、埃で汚れためがねの奥の目は寝不足でし ょぼしょぼし始めて・・・
「個展前の芸術家の緊張感あふれる日々」というと聞こえはいいけど、ただただ時間との戦 い、体力勝負だなぁといつもの事ながら、思います。
「今日は弁当箱にご飯詰めてくれんかなぁ。」
歩いても1分の自宅まで、昼食に帰る時間すら惜しんで窯のそばを離れなくなる父さん。
「はいはい」とアプコの幼稚園弁当の残りのおかずを適当に詰め、海苔弁にして手渡す。
試験勉強で徹夜するからと言って、夜食の手配ばかりに熱心な子どものようで笑ってしまうが、 そこまで追いつめられた気分も必要なのかもしれないなぁ。
そんな風だから、いつも家族が揃って食べる夕食も父さんは上の空。
首から下げたストップウォッチにせかされて窯の温度を見に行ったり、どっと押し寄せる眠気 で、某お味噌のCMのように「オトウチャン寝てしもうたがな・・・」になったり・・・
厳しい仕事だなぁと思う。
個展前は毎度のことなので、子ども達もピリピリした雰囲気を察して、父さんには逆らわない。
子どもなりに父さんの仕事に対する真剣さには感じる所もあるのだろう。
いつも家にいて、父さんと3食一緒に食べる私は、父さんがすぐ近くの工房に居るのに、うちで 一人で食べる昼食は、なんだかつまらない。
あり合わせの物を一人でうだうだっと食べると昼ご飯はものの2,3,分で終わってしまう。
子どもの居ないお昼休み、子どものこと、仕事のこと、ご近所の事など、とりとめのない話をし ながら食べる昼ご飯は、それなりに大事な夫婦の時間だったのかな。
「よし、髪、切ってこよう!」
昼食を早く済ませて手持ちぶさたな私は、立ち上がった。
背中まであった髪をばっさりとショートカットにしてみたのだけれど、その晩、父さんは
顔を合わせても私の髪型の事には触れなかった。
「美容院いってくるね。」
とは言っておいたので、知らないワケでもないのだけれど・・・
なぁんだ、つまらない。
「あれ、短くなったね。」
ぐらい言ってくれても良さそうなもんでしょ。
今朝になって、
「髪、切ったの、知ってるよね。」
と聞いたら、
「うん、気付いてたけど・・・ごめん、若く見えるよ、よく似合う。」
それは昨日のうちに言って頂戴よ。
おカマさんの顔色ばっかりみてないでさ。
私が髪を切ったのは、父さんに「こっち向いてよ」と言いたかったから。
・・・かもしれないと気付いて一人で照れてる今日の私。
今朝、はじめて気がついた。
アプコが私のこと、「オカアチャン」ではなくて、「オカアシャン」と発音するようになってきたこと。
我が家の子ども達は皆、父母のことを「おとうさん、おかあさん」と呼ぶ。
「パパ、ママ」なんてガラじゃないし、「お父様お母様」と呼ばせるほど、エエシでもない。
しゃべりはじめの「あーたん、たーたん」から始まって、自然に「おとうさん、おかあさん」におち ついている。
末っ子のアプコはまだまだ舌っ足らず。
本人はオニイ、オネエと同じように「おとうさん、おかあさん」といってるつもりが、「オトウチャ ン、オカアチャン」になっている。
そのくせ、私が「オカアチャンにも頂戴」と一人称で使うと、「『オカアチャン』じゃないでしょ。『オ カアチャン』でしょ。」と大まじめで指摘する。SAとCHAの違いは判っているけど発音能力が整 っていないと言うことらしい。
「おかあちゃん」という呼び方が好きになれない時があった。
幼い子どもの頃、母親の事を「おかあちゃん」と呼ぶ友達とはどこか合わない気がして、ちょっ と距離を置いてしまった時期もある。
商家の子どもや「地(じ)の人」と言われる地元の旧家の子どもがよく「おかあちゃん」という言 葉をつかっていた気がする。
その、ちょっとと甘えを含んだ、庶民的な匂いのする「おかあちゃん」という呼称は、いつも柄の 入った割烹着をつけて店番に立つおばちゃんや、手ぬぐいを日よけにトマトを収穫する農家の 嫁さんにこそふさわしいと思っていた。
新しい社宅に住む、サラリーマンの奥さんだった母に「おかあちゃん」と呼びかけた事は一度も ない。のどかな農村地区の住まいしながら、「神戸の人」の匂いを残していた母に「おかあさん」 と呼びかけるとき、幼い私の中にわずかな優越が合ったことは確かである。
時は流れて、私は陶器屋に嫁ぎ、母となった。
村のはずれに窯を築き、次々に子ども達を地元の小学校に送る込む我が家も少しづつ「地の 人」の末席に加えて頂きつつある。
専業主婦といいながら、工房が忙しくなっると、荷造り仕事もする。軍手に日よけ帽で庭掃除も する。
毎日制服のように、安いTシャツやデニムのパンツ。何年もパーマもかけずに後ろでくるっと束 ねた髪型。
あの日の幼い私に言わせれば、文句なしに「おかあちゃん」系の母に育った現在の私。
「オカアチャン、オカアチャンのおなか、まあるいね。」
そうそう、どっしり落ち着きすぎた体型もまさしく「おかあちゃん」系だ。
男の子達は、最近、友達同士の間では母のことを「かあちゃん」と呼ぶ。
「か」の字にアクセントのあるノーマルな発音ではなくて、「ちゃ」の部分にアクセントを置く独特 の「カアチャン」である。
「おふくろ」とか「オカン」に近い、ちょっと照れを含んだ少年らしい呼称である。
「うちのカアチャン、来たわ!」
参観日などに学校へ行くと、「学校の顔」のゲンが友達に言う。
そのくせ、「カアチャン」という言葉を使う瞬間を母に見られて、ちょっと居心地がわるそうだ。
男の子たちの「カアチャン」は外向きの言葉らしい。
私自身に関して言えば、アプコの使う「オカアチャン」という言葉はちょっと気に入っている。
4人の子ども達と共に、父さんの仕事を支え、この土地にしっかり根っこを下ろしていく。
美しくよそ行きの服を着るよりも、今日の生活、明日の暮らしを心地よく満たされた物にした い。
そんな身の丈通りの日々の暮らしを、「オカアチャン」なら、じっくりと織り上げていける気がす るからだ。
「ねえ、アプコ、もう一回オカアチャンって言って。」
もう一度発音の変化を確かめたくて、私はアプコに聞いたけれど、アプコはちょっと警戒して、 首を振った。
「じゃあね、今日は誰と寝る?」
「オカアチャン!」
・・・「チャ」だか「シャ」だか微妙なところ。
オカアチャンもまた、発展途上というところか・・・。
朝、雨。
「今日は車にする?」
期待を込めてアプコに聞くと、
「レインコート着て、歩いていく」
あ、そう。
いつもは雨が降ると、登園のバス停までは車でビューンといくことが多かったのだけれど、近頃 アプコは、レインコートに凝っている。
あちこちからお下がりでもらったレインコート。色もサイズもろいろ取りそろえて、雨の日のアプ コは衣装持ちだ。
「今日はピンクのがいい。」
通園リュックの上から、大きめのレインコートを着込み、てるてるぼうずの様ないでたちのアプ コはかわいい。
赤い長靴をはいて、黄色い傘をさして、ふらふらと歩き出す。
小さい園児用の傘も、幼いアプコには重たくて、まっすぐ歩く事さえおぼつかない。
「オカアチャン、カエルの葉っぱが濡れてるよ。」
アプコがいつも「カエルみたい」と指さすハート型のつやつやしたツタの葉っぱ。
雨に濡れると、本当にカエルみたい。
「『カエルのりんちゃん』うたってよ。」
アプコがお気に入りの幼児番組の歌を歌う。
水たまりという水たまりに、ばしゃばしゃ入る。
傘から落ちるしずくを一つ二つと数える。
水かさの増えた水路に小石を投げる。
うっとうしい雨の日もアプコはとても楽しそうだ。
考えてみると、上の子達が小さいときには、子供らと傘をさして外出する事はとても少なかっ た。
今のように小さい子を「単品」で連れて歩く事は少なくて、たいがい一人か二人「おまけ」がつい た。
傘をさしてる子どもの手はつなげないし、水たまりに飛び込む子を制することも難しい。
ごく短距離の外出でも「雨の日は車」が当たり前だった。
小さい子がアプコ一人になって、オカアチャンは幼い子どもと傘をさして歩く楽しみに気付い た。
赤い長靴のがっぽがっぽと鳴る音も、道路に飛び出してきたアマガエルにびっくりすることも、 幼児だけが知っている雨の日のワクワク。
オカアチャンも童心に帰って、アマガエルの行方をアプコと目で負う。
通園の時間は、いつもの倍もかかりそうだが、心豊かに雨を楽しむ事が出来るようになった。
「オカアチャン、疲れた。」
あと少しでバス停と言うところで、アプコがギブアップ。
風の日に15分、傘を支えて歩くのはアプコにとって大仕事。
いつも手をつないで歩いているので、傘をさして一人で歩いているときにも、どんどん私に寄っ てきて、なかなかまっすぐに歩けない。
「じゃ、ちょっと、休憩。オカアチャンの傘に一緒にはいろう。」
アプコの傘をたたみ、ふたりでひとつの傘をさす。
傘を渡すとアプコは、ぷらぷら手をふった。
「あーつかれた。」
しっかり傘の柄を握りしめてたアプコの手。
大人にとっては当たり前の事なのに、アプコにとっては『傘をさす』というのは、大変な仕事だっ たのね。
「オカアチャンが濡れちゃうよ。」
アプコが私の手を引いた。
アプコと二人のあいあい傘。
ついついアプコをかばって、傘を傾ける。
「ワタシはレインコート着てるから大丈夫。」
アプコは私の傘を押し返す。
小さな傘を支えるだけでいっぱいいっぱいのアプコなのに、オカアチャンの反対側の肩が濡れ ていることに気がつくようになった。
「やっぱりワタシ、傘をさす。」
バス停が見えるところまで来ると、アプコは自分の傘をうけとった。
アプコより一つ年下のKちゃんがおかあさんの傘に入って先を歩いている。
ここは、お姉さんぶって、一人で傘を差している所をみせなくっちゃ。
少し休憩して、元気の出たアプコ。
しっかり傘の柄を握りしめ、胸を張って歩いていく。
「すごいね、傘、上手になったよね。」
すかさずオカアチャンはアプコの優越感をくすぐる。
確かにアプコは大きくなった。
一人で傘をさしつづけられるようになるのも、まもなくだ。
アプコが「自分で傘をさす」ということが当たり前になっても、オカアチャンはアプコと雨の日を 楽しむことが出来るだろうか。
「雨か、うっとおしいなぁ。」
アプコが、そんな事を言えるようになったら、カエルの葉っぱも雨粒のダンスも見えなくなってし まうのかもしれない。
だから、オカアチャンは雨の日を惜しむ。
アプコの幼さを惜しむように・・・
昨日、だしまき卵を頂いた。
ふわふわで、おだしの味がしっかりついた卵焼き。
「甘いお菓子もいいけれど・・・」
とおみやげに頂いた卵焼きは、さっそく夕食の食卓に上った。
人生最後の瞬間に、是非とも食べたい食べ物はなあに?
私はいつも迷わず「バニラアイス!」と答えるのだけれど、父さんはどうやら京都のどこやらの 老舗のだしまき卵が食べたいらしい。
臨終の瞬間に、ぼそぼそ食べる卵焼きってなぁ・・・って私は常々思っているんだけれど、確か にだしの効いた薄味の上品なお味は、体が弱っているときにもおいしいかもしれない。
父さんがイメージしている最高のだしまき卵がどんな味なのか、私はまだ、試食したことがない のだけれど、ちゃんとお勉強しておかなくてはねぇ。
最後に食べたい味が、毎日食べてる私の手料理の味ではないのがちょっと口惜しくもあるのだ けれど・・・・
だしまき卵に限らず、「卵焼き」って、いろいろな家庭にそれぞれの味があって、お隣の卵焼き って、いつもちょっとお味見してみたくなる。
主婦が、「一品持ち寄り」のパーティーをすると、手の込んだ珍しいお料理より、「ごめん、冷蔵 庫に卵しかなかったの!」と恥ずかしげに出てくる卵焼きの方が人気があったりする。
お弁当によく合う濃いめの卵焼き、しっとりだしを含んだだしまき風、だしの代わりにミルクの入 った洋風・・・
見た目も、しっかり簾で巻いた本格派から、「え、スクランブル?」って感じの物まで、本当に多 種多様だ。
しょっちゅう、家庭で当たり前に作る卵焼きが、意外とその家のお料理のあり方を語っている のかもしれない。
我が家では、アユコが卵焼き名人。
数年前の夏休み、「卵焼き名人になろう」と称して、毎朝、毎朝、卵焼きを作った。
卵をパカッと上手に割ることから始まって、コンロに火をつけること、目分量で味付けをするこ と、お箸で上手にまきあげていくこと。
何回も何回も繰り返す事で、覚えていく。
先日、TVで、エディソンやイチローを例に挙げて、「天才」の条件の一つとして、「結果の正否 に関わらず、次々に数をこなす」ということを上げておられた。
確かに1回、2回、お手伝いでお料理をしたくらいではその実力は定着しない。
失敗しても気にせず繰り返すことで、上達していくのだ。
もっとも、作る方も作る方、食べる方もさすがに毎日の卵焼きには閉口したが、アユコの料理 は、ツクツクホウシの鳴く頃には格段に腕を上げた。
今では、アユコに卵焼きを任せると、フライ返しを使わずに御菜箸できれいな卵焼きを作ること が出来る。
最初から最後まで、一人で作れるお料理があると言うことがアユコにとっては大きな自信の一 つになった。
「さあ、今日はおいしい卵焼きを作ろう」
ちょっと余裕のある朝ご飯の時には、しっかり気合いを入れて卵を焼く。
子ども達が好きなのは、少し味の濃いめのかっちりした卵焼き。
父さんが好きなのは、薄味でだしをしっとりと含んだ柔らかな卵焼き。
主婦になって、何度も何度もこしらえてきた卵焼き。
作るたび、ちがった味だった新婚時代と違って、いまではある程度定着した味の卵焼きを作る ことが出来るようになった。
でも、ね・・・。
頂き物のだし巻き卵。
さすがにプロの味。父さんが目を細めて嬉しそうに味わっている。
「人生最後の味はこんな味?」
「う〜ん、どうかなぁ・・・・」
父さんの味のハードルは高そうだ。
「おいしいね、今日の卵焼き・・・」
子ども達も次々に箸をのばす。
よーし、私も基本に帰って、とびきりおいしい卵焼きを作ってみよう。
「おかあさんの卵焼きが食べたいな。」って言わせることができるかな?
| 2003年06月09日(月) |
「イタイノイタイノ・・・」 |
アプコ、日本脳炎の予防注射。
幼稚園にお迎えに行って、直接会場に連れていく。
何をしに行くのかは直前までアプコには内緒。ご機嫌さんで車に乗り込んだアプコだったけれ ど、会場の駐車場までくるとさすがに雰囲気で察したみたい。
「わかっちゃった?」
「うん。」
ちょっとテンションの下がるアプコ。
「かしこかったら、あとで、いちごのジュースね。去年はちびっと泣いちゃったけど、今年は少し 大きくなったから、どうかな。」
「う〜ん、泣いちゃうかも。」
会場には、アプコと同じ幼稚園のお友達がたくさん来ていて、体温測定の段階からすでに大泣 きの子から、はしゃぎすぎて体温の上がってしまった子までいる。
わんわんと大騒ぎの中、アプコは妙に無口になって、神妙に座り込んだ。
アプコの予防接種は日本脳炎の第2期。
親が家庭で受けさせる予防注射はこれが最後、あとは小学校での集団接種になる。
生まれて数ヶ月のオニイを連れて、ポリオの予防接種に出かけた日から十数年、ようやくオカ アチャンは、お子ちゃまたちの予防接種を卒業する。
4人分の母子手帳を前に、感慨無量。
ポリオ、3種混合、風疹、日本脳炎・・・・
誰が、いつ、どの注射をするんだか、4人分のスケジュール管理は結構大変だった。
就園前の幼い子供らを連れて、混雑する接種会場に行き、汗だくで列を作り、ぎゃーぎゃー泣 く子どもの手を引いて帰る。
何度も何度も繰り返した「お疲れさん」。
一番大変な時には、3人同時に接種と言うこともあって、こうなると看護婦さんにご協力頂いて の流れ作業だった。
年中さんになったアプコ一人を連れての予防接種はさすがに余裕。
「○○ちゃん、泣いてる。」
アプコが同じ幼稚園の制服の女の子を指さす。
片手で幼稚園児を抱き、片手でベビーカーを押しながら受付に入る若いおかあさん。
「○○ちゃん」は、ここからすでに大泣き状態。おかあさんの手には2冊の母子手帳。
「がんばれよー」
思わず、余計なお世話を掛けたくなるおばさん化した私。
さっさと問診、診察を済ませ、さあ、注射。
たまたま、担当のお医者さんは、私が5回のお産でお世話になった産婦人科の先生だった。
「ああ、お元気でしたか?」
懐かしいお顔に、思わず世間話をしそうになったところで、アプコの注射完了。
あはは、泣いてない。
どさくさに紛れて、あっという間に終わっちゃったみたい。
「おかげさまで子ども達、みんな元気です。この子で、予防接種も卒業になりました。」
先生もご自分が取り上げた赤ちゃんの制服姿にニコニコ、うなずいてくださった。
「オカアチャン、泣かなかったよ!」
得意げに私の手を引くアプコ。
「よっしゃ、いちごジュースだ。」
百円玉を握りしめ、自販機にかけよる。
去年届かなかったコイン投入口に、ようやく背伸びで手が届くようになった。
コトンと出てくる甘いいちごジュース。
「オカアチャン、私大きくなった?」
って、それは、ぐ〜んと伸びた背丈のこと?
それとも、初めて泣かずに受けた注射の事かしら。
「さあ、晩ご飯、買いにいこう!」
晴れ晴れと外に出て、駐車場の車に向かう。
「よーい、どん!」
走り出したとたん、ぽてっとあっけなく転ぶアプコ。
あらら、大泣き。
せっかく注射で泣かなかったのにね。
「イタイノイタイノ、トンデケー!」
この呪文、まだまだ、卒業できない・・かもね。
| 2003年06月07日(土) |
Happy Birthday ゲン! |
ホントは昨日、ゲンのお誕生日だったんだけど、金曜日は剣道やら、オニイの校外学習やら大 忙しだったものだから、今日に延期。
夕方、ゲンの要望により、家族6人で「回転寿司」
「休日の夕方、家族で回転寿司」なんて、ホントに小市民。
でも子ども達の元気な食欲が積み上げたお皿の数でダイレクトにわかる回転寿司は、意外と お誕生日向きかもしれない。
「お母さん、産んでくれてありがとう。」
ずーっとお誕生日を楽しみにしていたゲンからの9才のご挨拶。
「誕生日は、みんなからおめでとうって言われる日じゃなくて、みんなにありがとうって言う日だ よ。」
派手なお誕生祝いはしない我が家の子ども達に、苦し紛れに言って聞かせて来た私たち。
9回目のお誕生日に、初めて「誕生日ありがとう」の言葉を口にしたゲン。
大きくなったね。
「生まれてきてくれてありがとう。」
母からもゲンにありがとう。
元気のゲンちゃん。
おなかの中にいるときから、我が家の3号は手の掛からない赤ちゃん。
乳児検診の度、「ちょっと小さめですね。」といわれたオニイやアユコと違って、あれよあれよと 大きくなって、あっという間に抱っこヒモに収まらなくなった。
「手足にわっかが入るような大きな赤ちゃんを育ててみたいわ。」
そんな母の勝手な願いを聞き届けたかのように、ゲンはたっぷりのみ、たっぷり眠り、ぐんぐん 大きくなった。
虫取りや魚とりが好きで、食欲旺盛。
人なつっこくて、ストレート。
「おはよーっ!」とともにスリスリ抱きついてくる甘え上手。
知らぬ間に近所の気むずかしいお年寄りと仲良くなってきたり、ちょっとした川遊びで全身ずぶ ぬれで帰ってきたり、いろんな楽しい「びっくり」を運んできてくれる。
独身の頃、「こんな子どもを育ててみたい。」とイメージしていたワイルドでナチュラルな男の子 像にかなり近い子どもに育ってくれた。
「おかあさん、めっちゃ、腹立つ!」
時々ゲンが悔しげな顔で訴えてくる。
そのストレートさの故に、友達や兄弟との摩擦や衝突も激しい。
母の期待する、「明るく単純な男の子」像を健気に守って育っていくゲン。
でもその大らかな笑顔の裏に、とてもナイーブで傷つきやすい部分が、密かに健やかに育ちつ つあることがよく判る。
「ボク、死にたくなるわ。」
やりきれない思いを表現する言葉も、ストレートで激しい。でも、その言葉の過激さは、ゲンの ナイーブさと芯の強さの裏返し。
「産んでくれてありがとう。」 その言葉を、初めて自分の言葉として発することが出来たゲンは9才。 あっという間に2サイズも大きくなったスニーカーのサイズのように、ゲンの心もまたぐぐんと大きくなった。
お誕生日おめでとう。
そして、ありがとう。
朝、あわただしく朝ご飯。
あわてず騒がず、ゆっくりと朝食の席に着いたアプコの髪を、私がきゅうきゅう、引っ張りなが ら三つ編みにする。
「なーんか、アプコが一番偉そうやねぇ。本番前の大女優さんみたい。」
オニイやオネエが、ぱたぱたと食事を終えて席を立っていくのに、アプコはまるっきり、急ごうと はしない。
あくまでもマイペース、マイペース。
「アプコは大きくなったら、ファーストレディになったらいいやん。」
アプコのお姫様ぶりに、オニイがからかう。
「ファーストレディって何のことか知ってるの?」
「うん、なんかアプコえらそうだしね・・・」
うふふと、父さん母さんは笑ってしまう。
うちの中ではいつまでも「姫子」で、マイペースに育っていくアプコ。
ファーストレディとは言わないけれど、自分の好きなこと、やりたいことをどんどん自分のものに していきそうな、大物の予感がある。
「でも、オカアチャン、おばあちゃんになってしまうねんで・・・。」
急にアプコが半ベソをかいて小さな声で言った。
「???」
なんだかワケが判らなくて、みんながアプコの顔をのぞきこんだ。
「あ!」
不意に、私にはアプコの半ベソの意味が分かった。
数日前の私とアプコの会話。
「オカアチャンがおばあちゃんになって、お耳がきこえなくなったら、大きな声でお話ししてくれ る・・・?」
あれを、覚えていたんだね。
アプコが大きくなって、大人になるということは、オカアチャンが年をとっておばあちゃんになる ということ。
寝ぼけているように見えたけど、オカアチャンのお話、アプコの小さな胸にずんとこたえていた んだな。
「ごめんごめん、大丈夫よ。
アプコちゃんが子どものうちは、オカアチャンはおばあちゃんにならないよ。
お耳もよく聞こえるし、階段もとんとん降りられるよ。」
私はアプコの泣きベソがたまらなく愛しくなって、あわてて畳みかけた。
「ず−っと、ずーっと、オカアチャンはオカアチャン。ホントだよ。」
ポロリとこぼれかけたアプコの涙が、すっと引いていく。
「早く卵、たべちゃおうよ。オカアチャンが食べちゃうよ。」
湿っぽくなる前に、このお話はおしまい。
ごめんごめん、オカアチャンが悪かった。
毎朝、毎朝、目覚めればオトウチャンがいる、オカアチャンがいる。
百年前からそのままで、百年先でもそのまんま。
幼いアプコの毎日は、当たり前のように永遠に続いていく。
空を飛ぶ鳥のように、海に住む鯨のように、アプコは明日を疑わない。
そんなアプコの無邪気な永遠に、オカアチャンの勝手なメランコリーや感傷のために影を落と してはいけなかったのに・・・
「いつもいつもオカアチャンが好き。」
そんな甘いアプコの言葉に、明日の不安や昨日の感傷を癒していく身勝手なオカアチャン。
アプコにとってのオカアチャンは、いつも大きな声で笑い、悲しいときには抱っこしてくれ、あつ あつの塩おにぎりをハイッと渡してくれる大事な「永遠」の一つだったんだね。
ああ、やっぱり、「オカアチャンがおばあちゃんになったら・・・」は失言でした。
園バスへの道のりをアプコと歩く。
オニイと歩き、アユコと歩き、ゲンと歩いてきた毎日の道のり。
毎年、おなじ場所に咲く山アジサイも、春の終わりににょきにょき伸びる「破竹」のせいくらべも、アプコにとってはいつも永遠。
アプコの背がのび、青い通園靴が小さくなってもアプコの世界はいつもそこにある。
その永遠を大事に守ってやることも、母の大事なつとめの一つでした。
木曜日は習字にいく。
習っているのは、私とアユコ、そしてオニイ。
それに、おつきあいのアプコを車に乗せて、先生宅へ向かう。
オニイが中学入学前後に「僕も習字を習いたい」と言い出してから、木曜の放課後は忙しくなっ た。
まず3:30にアプコを園バスから受け取り、小学校の門の前でアユコをのせる。
そこから、中学の近くでオニイをひろって、教室へ滑り込む。
私は携帯電話は持たないし、子ども達の下校時間もまちまちなので、3人の子を無事「回収」 できると、それだけでほっと疲れてしまう。
今日は、あれほど念を押していたのに、アユコが教室から出てくるのがとても遅くて、オニイの 回収が遅くなってしまった。
アユコにも、彼女なりの理由があって出てくるのが遅くなったようだが、園バスから直行で眠そ うなアプコや、炎天下で待っているかもしれないオニイのことを考えると、アユコの遅刻にもいら いらする。
「早く帰るのが嫌なら、習字、やめてもいいのよ。」
ついつい乱暴な叱り方をしてしまう。
学校帰りでおなかをすかせている子供らのために、今日は海苔おにぎりをお弁当箱に詰めて 持って来た。
「お、うまそう!」
車の中で、オニイがさっそくかぶりつく。
眠そうだったアプコも俄然元気を出して、おにぎりに手を伸ばした。
おなかをすかせた子が、おにぎりを頬張る瞬間が私は大好きだ。
「子どもを育てている」と言う実感がダイレクトに感じられる気がするからだ。
「お茶も入れてきたよ。」
オニイがペットボトルのお茶を、ごくごくと気持ちよく飲み干した。
叱られてシュンとなったアユコだけが、「あとで食べる」とお弁当箱の蓋を閉めた。
「オカアチャン、おにぎりあと一個誰が食べるの?」
腹ぺこアプコはオネエの残したおにぎりが気になって仕方がない。
「じゃ、いいよ。アプコが食べな。蓋、自分で開けられる?」
喜んで、タッパーの蓋を開けるアプコ。
「あ!」
・・・・やっぱりやっちゃった。
蓋を開け損なって、残念、おにぎりは車の床に転がってしまった。
「あ〜あ、もったいない。」
泣きそうな顔で落ちたおにぎりを見つめるアプコが可哀想になって、私はちょっといらいらして いた自分を振り払った。
「おむすび、ころりん、すっとんとん。」
車を走らせていると、後部座席からアプコの小さな声。
「あはは、それなぁに?」
「幼稚園の紙芝居で読んでもらった。」
「おむすびころりんね。ホントに、ころりんだったねぇ。」
絶妙のタイミングで聞こえてきたアプコの独り言。
ああ、子どもって面白い。
誰かがイライラを運んでくるかと思えば、誰かがそれをうち消すおマヌケな爆笑も運んできてく れる。
子沢山でよかったなと思うのはこんな時。
子ども達に助けられて、私は「4児の母」を何とか続けている。
バラバラに散らばったビー玉を「回収」するのは大変だけれど、集まったビー玉は互いに輝き を分け合って、格段に美しいのだ。
| 2003年06月03日(火) |
おばあちゃんになっても |
「オカアチャン、大きくなったら何になるの?」
朝早く目覚めて、「二度寝」を楽しむアプコに添い寝していると、寝ぼけた声でアプコが聞いた。
「う〜ん、オカアチャンはもう充分おおきくなっちゃったしなぁ・・・(笑)。あとはどんどん年をとっ て、おばあちゃんになるだけかなぁ。」
「???オカアチャンがおばあちゃんになるの?じゃぁ、おばあちゃんはどうなるの?」
「う〜ん。おばあちゃんはもっともっとおばあちゃんになるかな。」
「『おばあちゃん』で、終わり?」
「そうねぇ、終わりかなぁ。」
オカアチャンは、ちょっと寂しくなった。
最近、ご近所でちょっとした諍いがあった。
以前からあまり仲が良くないTさんとMさん。
Tさんは年齢も90近い一人暮らしのおじいさん。
Mさんは、一人で造園のお仕事をしておられるおじさん。この人も一人暮らしで、70才近いだ ろうか。
そのTさんが、Mさんが敷地の中で飼っている犬に外から石を投げるという。たまたま今回は Mさんが、現場を押さえて文句を言ったら、もみ合いになってTさんがかすり傷を負った。
ケンカの内容については、どちらが悪いとも言い切れないところもあって、Tさんが呼んできた お巡りさんも、対応に苦慮しておられた。
日頃、大きな事件もない静かな集落で、二人の老人のケンカは井戸端会議の恰好のネタにな る。
日頃、静かにブラブラ家の周りをお散歩しているTさんと、カブトムシの幼虫を見つけたとわざ わざ子供らを呼んでくださるMさん。
そんな二人の老人が、いまだにカッとなるとつかみ合いのケンカになる激情をもったオトコなの だということが、新鮮な驚きとして印象に残った。
民生委員のお手伝いで、月に一度、お弁当の配達に行くHさんは70代のおばあさん。
結婚したことがなく、ハイキング道沿いの小さなプレハブにひっそりと一人で暮らしておられる。
10年くらい前には、数キロの道を毎日歩いてお買い物に出ておられたが、今ではすっかり弱 られて、ヘルパーさんや訪問看護の人たちに手伝ってもらいながら、日々を送っている。
いつもHさんの所に行くとついつい長話をして、帰ってくるのだが、先日初めて、Hさんが昔は、 古い和菓子屋さんのお嬢さんであったということが判った。
「御菓子屋には毎日、日銭が入るから、いつでも家にはお金があった。お祭りの時には上等の 衣装を付けた市松人形をいつも買ってもらった。」
Hさんは懐かしそうに昔話を始める。
「戦争が済んで、伊勢湾台風で店が水に浸かって、引っ越した先の水があわなくて、私はこん な所に住むようになった。」
静かな山里での寂しい住まいを、Hさんは心細げに訴える。
「訪問看護の看護婦さんがな、太りすぎると歩けなくなるから、痩せなさいというんよ。でも、もう 私は外で運動することも出来ないし、食べ物もナンボもたべとらん。どうやって痩せようか。」
ホントにねぇ。長い間一人で頑張って生きてこられたHさんに、出かけていってお友達を作りな さいとか、新しいダイエットはじめましょうとか、私は言うことが出来ない。
人はある日突然老人になるのではなくて、若い頃からの毎日の積み重ねの末に、気がついた ら老人になっているのだ。
昨日の暮らし、今日の生活が、子どもにとってはおとなへの、大人にとっては老人への道のり の途中なのだというこの事実。
私はその現実の重さに、時折息が詰まりそうになる。
「オカアチャンが年をとっておばあちゃんになったらどうする?」
私は寝ぼけ眼のアプコに問いかける。
「年をとる」と言うことがいまいちイメージ出来ないアプコ。
「あのね、オカアチャンがおばあちゃんになって、ひいばあちゃんみたいに耳が遠くなったら、 大きい声でお話してくれる?」
「うん、いいよ。」
「じゃあ、オカアチャンが腰が曲がって、階段を下りるのが大変になったら、アプコがオカアチャ ンの手をひっぱってくれる?」
「うん、いいよ。」
「オカアチャンの目が悪くなって、ボタンつけもお料理も出来なくなったら、アプコが代わりにや ってくれる?」
「・・・それは、アユ姉ちゃんがやってくれる。」
「あ、そうね。」
お布団のなかのアプコの体は、ふわふわ柔らかくてあったかい。
ぎゅっと抱っこすると、幼児の汗の甘い匂いがする。
この愛しいぬくもりを抱けるのは、今の40才の私だけなのだ。
「オカアチャンがおばあちゃんになっても、アプコはオカアチャンのこと、好きって言ってくれ る?」
本当に子ども達に聞いてみたいのは、これなんだけど・・・。
子ども達に愛され、心豊かに年齢を重ねるおばあちゃんになれるだろうか。
日々の生活を楽しみ、朗らかに人生を耕す事が出来るだろうか。
その答を知っているのは、子ども達ではなく、おそらくは今、今日の生活を紡いでいるこの私自 身でしかない。
その事実は重く、痛い。
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