月の輪通信 日々の想い
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2003年06月02日(月) キコンカイ 再び

お休みの明けた月曜日。

「キコンカイ」という呪文が、まだ私の頭の隅で、コトコトと音を立てている。

ふとしたときに気付く、慣れないイヤリングの痛みのように、しっくりと心に収まらない、でも不
快ではないあの違和感。

「キコンカイ」という明るい響きのなかに、日常に小窓を開けるキーワードの予感がある。



「『キコンカイ』ってどういう意味なんですか。」

今朝、私は義父に聞いてみた。

義父は最近、この「日々の想い」をまとめてプリントアウトしたものを、時々読んで下さってい
る。子ども達の事や、つまらない日常の一コマを面白がって読んで下さる。

5月分の「日々の想い」のファイルを届けたついでに、地域の歴史や故事に詳しい義父に尋ね
てみる。

「キコンカイ」と言う言葉は、「〜にすごす」というような使い方の他に、

「あの子は、いつもニコニコしてキコンカイな子やなぁ。」とか、

「キコンカイにしてるなぁ。」

とか、主に、同等以下の人に対する評価の言葉によく使うという。

「心地よい」とか、「気持ちが良い」「朗らか」の様なニュアンスを含んでいるらしい。

昔からひいばあちゃんなどは普通に使っていたという。



「気散じ」と言う言葉もある。

これも私にとっては、お嫁に来てから耳にするようになった言葉の一つ。

機嫌良く一人遊びをして満足している子どもや、お客様の間おとなしくお留守番している子ども
達のことをほめて下さるときなどに「気散じなお子やね」という風に使われる。

字面だけ見ると、「集中力がない」とか「飽きっぽい」というイメージがあって、なかなかストンと
心に落ちない言葉でもあるのだけれど、決してマイナス評価の言葉ではなくて、子どもに関して
はかなりレベルの高いほめ言葉のような気がする。

「『気散じ』と『キコンカイ』って似てます?」

「う〜ん、近いけど、『キコンカイ』の方がずっといい。会うとこっちがパワーをもらうような気持ち
のいい人に使うことばやね。」



キコンカイ、キコンカイ・・・・・

父さんがお休みの朝にかけた呪文が、すこしづつほどけて、意外な全貌を明らかにし始めた。

「心地よくゆるゆると、大過なく過ごす休日」と「機嫌良く、気持ちのいい人」

先週、「40才」という年齢を迎え、うろたえ、揺れた私に、ぽんと投げ出された新しい言葉。

「ちょうどな、今のアンタが『キコンカイ』」

帰りしな、義父が最後に笑顔で付け加えた。

言葉探しの旅の果てに、義父から頂いたもったいないお褒めの言葉。

がんばれ、不惑の女。

今日も一日、キコンカイで行こう!




2003年05月31日(土) キコンカイな一日

「さあ、今日は何しようか?」

久しぶりに誰も予定の入っていない休日。

ざわざわと台風の名残の風が、山の木々を揺らしています。

ちょっとお寝坊したので、これから外出するのも面倒だし、お天気も、まだちょっと頼りない。

「ま、キコンカイな一日と言うことで・・・」

父さんがのんびりとコーヒーを入れた。



「キコンカイ」

一年に一回か二回、父さんがぽろっと漏らす不思議な言葉。

「どんな漢字、書くのよ?」

「さぁ・・・。キコンカイじゃない?」

「カタカナなの?」

「ようわからん。」

「方言?」

「さぁ・・・。ひいばあちゃんとかは時々使うよ。」

「で、どういう意味?」

「のんびりと、これといったことなく、たらたらと・・・・」

「ふ〜ん」



「大過なく、無事にすごす」というような意味合いらしいのだが、どうもすっきり心に落ちない。

響きは熟語っぽいのに、漢字が全く思い浮かばないのも気持ちが悪い。

「気根(魂?)快」かな?

鐘が鳴ります、キンコンカン〜♪みたいで、さっぱり気持ちの良い響きだけれど、「〜怪」という
字をあてると、なんだか不可解。

「キコンカイな一日」といわれて、はて、今日の日をどう過ごそうかと、考え込んでしまった。



子ども達はPCのゲームを楽しみ、父さん母さんは本を読んだり、やりかけの内職仕事を片づ
けたり・・・

お昼は子供らの作ったホットプレート焼きそば。

夕方からビデオを借りにいって、ちょっとだけ手の込んだ晩ご飯を食べる。

本当に「大過なく」すぎていく平和な休日。

当たり前のようで、ここ数週間、忙しく走り回っていた我が家にとっては貴重なのんびり休日だ
った。



「キコンカイ」

父さんがこの言葉を漏らすのは本当に年に一、二回。

実際、我が家の休日は子供らの剣道やおでかけ、父さんの仕事や陶芸教室でなかなか揃って
「おうちでタラタラ」にはならない。

「な〜んもせんかったなぁ。」

そんな日もいい。

「キコンカイ」にいこう。


2003年05月26日(月) 鯛を煮る

実家の父から突然の電話。

「鯛の切り身が3切れあるんだが・・・」

「はあ・・・」

父の電話はいつもいきなり本題に入る。

「これを煮るには、鍋に何をいれる?」

「はあ?」

すぐには事情がのみこめなくて、間の抜けた返事をしてしまった。



「いやあ、お母さんが留守でな、帰ってくるまでにこれを煮ておいてやろうかとおもって・・・」

「ああ、そういう事ね。じゃ、お酒とお砂糖とお醤油とね・・・」

煮付けの作り方をざーっと説明しながら、父がお台所で空っぽのお鍋と切り身魚を前に思案し
ている図を思い浮かべて楽しくなってしまった。

「煮汁が『あわぶくたった』になってからお魚を入れてね。」

母が嫁入り前の私に何度も念をおして伝えてくれた煮魚のコツ。

私が父に教えるようになるとは思わなかった。



数年前に定年を迎え、「毎日が日曜日」生活に入った父。

近くの「老人大学」に通ったり、四国八十八カ所を歩いて回ったり、次々に新しいことに挑戦し
ていわゆるシルバーライフを充実させているように見える。

私が実家にいた頃、専業主婦の母と元気な頃の祖母が家中の家事は取り仕切っており、父が
お台所にたつと言うことはごくごくまれだった。

仕事を辞め、「おうちの人」になった父は、母の家事にも精力的に手を貸しているらしい。たま
に実家に帰ったとき、父が生ゴミの袋を当たり前のように下げて出るのにちょっとびっくりしたこ
とがある。



母は昔からお料理上手だが、母の料理に対する父の評価もまた基準が高かった。

休みの日の夕食には、よく魚の棚の市場で買ってきたお魚を母が料理した。

ことに父が好きだったのは「鯛のあら煮」。

拍子木に切ったゴボウと共に甘辛く煮た鯛のあらは、父のための特別の一皿だった。

鱗の処理がたりない、煮汁が少ない、味が濃い、味が薄い・・・。

父は母が用意したあら煮をつつきながら、毎回毎回、注文をつけた。時にはとても不機嫌にな
って食卓に緊張が走ることもあった。そのくせ父は最後のひとかけらまできれいに母のあら煮
を食べた。

そんなやりとりを見て育った私にとって、「鯛の煮付け」は緊張を要する特別な料理の一つとし
て、刻み込まれていた。



新婚当時の私にとって、煮魚はいつまでも苦手メニューだった。「鯛のあら煮」はたまたま主人
にとっても大好物の一つだったが、何度やってもこってりと煮汁の絡まりほろりと身のほぐれ落
ちる母のあら煮に近づくことはなかった。

幸い、私が選んだ人は新妻が苦心してこしらえた料理の不出来に不機嫌になるようなタイプの
男性ではなかったが、それでも満足のいくあら煮を食卓に上げることが「良き妻」「あるべき主
婦」の基準であるかのように、私はいつまでも母のあら煮の味にこだわっていたような気がす
る。

「夫には生ゴミの袋をださせない。」

「ご飯をつぐのは、まずお父さんから。」

「鯛の頭は、父さんが食べる。」

そんな古くさいこだわりが、いまだに私の頭のどこかに引っかかっている。



「男子厨房に入らず」

食卓で厳格に「不動の父」の姿勢を守っていた父が、最近では食事の調理や食後の後かたづ
けにも挑戦している。

主婦の城に介入してきた父の姿を母はうふふと笑いながら見守っている。

子供らが巣立ち、祖母を見送り、家族の形態が変わっていくのに伴って、夫婦の形もいつしか
大きく変わっていくのだろう。

我が家でも、日々の食卓に何度も当たり前に煮魚がのぼり、主婦歴14年にして、煮魚の苦手
意識はなくなったが、いまだに「鯛のあら煮」を作るときには、ちょっと気合いが入る。

母があら煮の一皿を父の前に饗したときのあの微妙な緊張感が私の意識の中に染みついて
いるからだろう。



父が外出中の母のために、鯛を煮る。

実家を離れて久しい私の胸にはまだ、あの微妙な緊張感がきらりと残っているというのに、父
母二人の日常は年齢を重ねて刻々と変化していく。

「なんか、父さんも母さんもズルい・・・」

ちょっとすねるような思いで、電話を切った。



父の鯛の煮付け。

上手に出来たのだろうか。



        ****



5月27日朝、母からの電話。

「父さんが『さすがに娘も40才にもなると、料理もうまいこと教えてくれるわい』と、いってたよ。」

よかった、おいしく出来たのね。

「40才にもなると・・・」は余計だけど・・・




2003年05月21日(水) 春の落ち葉かき

工房のお茶室の庭掃除に出る。

日曜日のお茶会に向け、落ち葉を集め、伸びすぎた新緑の枝をパチンパチンと払い、雑草を
抜く。

冬場の大がかりな落ち葉掻きと違って、この時期は落ち葉の量は少ないが、庭木の根本から
しゅうしゅうと生え出てきたひこばえや若芽に邪魔されて、面倒だ。

子ども達を使って、「それいけーっ」とブルドーザーのようにすすめる冬の落ち葉掻きは楽しい
が、苔の上に膝をつき、軍手で拾うように常緑樹の落ち葉を集める作業は、おおざっぱな私に
は向いていないように思う。



新婚の頃、新居から工房へ「出勤」してくると、私の仕事は義母と一緒に作品を包装、発送す
る事と、お茶室周りの落ち葉掻きだった。

山の地形のままに建てられたお茶室は、庭木とも山の自然木とも区別できない木々に囲ま
れ、掃いても掃いても木の葉が舞い落ちてくる。

義母は、小さな手箒を手に、膝をついて庭木の裾の落ち葉まで丁寧に掻きだし、箒目もきちん
とそろえて、几帳面なお掃除が出来る人だ。

若い新妻も、お姑さんのあとについて黙々と落ち葉を掃き出すが、生来のおおざっぱが災いし
て、どうしてもやり残しが目立つ。

「すぐにまた、落ちてくるのに・・・」と落葉を見上げて、ついつい気を抜くからだ。

「同じ掃除をするなら、誰の目から見てもきれいなように・・・」

と、言われて身の縮む思いがした。



・・・と書くと、いかにも厳しいしゅうとめさんのしごきに耐えるけなげな新妻という図が思い浮か
ぶかもしれないが、実際の義母は意地悪でもなければ、几帳面でもない。

私のおおざっぱを「よしよし」と大らかに見逃して、笑って下さる。

思えば、あの時期、初めて窯元に嫁に入った私と、次男坊がどこからか連れてきた新しいお嫁
さんの人物を見定めようとしていた義母が、お互いに相手との距離を探りあっていたのだろう。

時が過ぎ、私と義母は今も時々一緒に庭掃除をする。

「ブローワー」という、落ち葉を強力な風で掻き出す機械を買い、大きくなった子ども達が手伝っ
てくれるようになって、冬の落ち葉掻きはおおざっぱな私向きにどんどん進化した。

義母も、新兵器と幼い「日雇い労働者」達の介入をあっさりと受け入れ、庭掃除の世代交代も
すんなりと進んでいく。

箒目のさわやかな風情は薄れていくが、子ども達を巻き込んでのイベント的な楽しみも増えた
気がする。



今年、お茶会を前に体調を崩した義母。

恢復期に無理をさせては・・・と、声をかけずに、内緒でお茶室の周りの落ち葉を拾い始めた。

秋になると、一斉に紅葉して散る落葉樹のと違い、常緑樹の古い葉は新しい若芽が育ってき
たのを見届けてからハラリハラリと人知れず地面に落ちる。

義母の几帳面な庭掃除を一人で真似てみる。

しばらく作業して振り返ると、やはりパラパラと取り残した木の葉や枯れ枝。

若いけなげな新妻は立派なおばさんに育ったが、丁寧な庭掃除の技術はあまり学ばなかった
ようである。




2003年05月19日(月) 不惑

朝、登園の途中にアプコが、嬉しそうに話し始めた。

「ねえねえ、オカアチャン、昨日の晩ね、オニイチャンやオネエチャンと、オカアチャンのお誕生
日のお話をしたんだよ。」

次の日曜日は、私の40才の誕生日。

子ども達が、額を寄せ合ってなにやら悪巧みをしているらしいのは知っている。

「あのね、みんなで何か作るんだって・・・。オニイとオネエがね、お買い物にいってね・・・」

「ちょっ、ちょっと待って。それってオカアチャンには内緒のお話じゃなかったの?」

得意げにお話するアプコを、あわてて止めた。

アプコはキョトンとして私に問い返す。

「ないしょって、言ってた?」

「さぁ・・・」

「じゃ、いいよ。ないしょじゃないよ。」

「でもさ、『お母さんにはいわないでね。』って言われなかった?」

「言われた。」

「じゃぁ、内緒じゃん!」

あはは、アプコの秘密はじゃじゃ漏れだ。



私の誕生日は五月の末。

お嫁に来てからは、毎年、工房の恒例のお茶会の時期に前後してつきあたる。

庭掃除やら、おもてなしの準備やらであたふたしているうちに、あわただしく年齢を重ねてしま
う。

「あー、今年はまるっきり、重なっちゃった。」

五月のカレンダーには、早々と「清翠会」の文字。

「いいのよ、お誕生日が嬉しい年でもないしね。」

去年は、私がうじうじ愚痴をこぼすフリをしたら、子ども達が内緒で、花の鉢植えをプレゼントし
てくれた。

今年も何か、考えてくれているみたい。

「お母さんには言わないでね。」のわくわくする楽しさを、小さいアプコも一緒に味わっているらし
いのだ。

「おかあさん、なにが欲しいの?」

ゲンやアユコも時々さりげなくリサーチしているらしい。

「別に欲しい物ないなぁ。愛するオトウチャンとかわいい子ども達がいるからね。」

軽く受け流して、気付かないフリ。

そそくさと引き下がって、再び密談して居るらしい子供らに、ふふっと笑ってしまう。



30代最後の1週間。

やはり今週もお茶会の準備や、遠足、子ども達の稽古事の送り迎えなどで、あわただしくすぎ
て行くことだろう。

若い頃には、「40才」といえば、もっと落ち着いて、自分の行き先を見定めている年代かと思っ
ていたけれど、実際には昨日、一昨日と変わらぬあわただしい日常の積み重ねがあるだけ
で、30代とさして変わらぬ当たり前の日々が続いていくものなのだろう。

毎年進級し、新しい人に出会い、日々成長していく子供らに比べ、家庭を守る専業主婦の日常
には区切りがない。

「今日は久しぶりの晴れ間で、洗濯物がよく乾いた。」

「長いこと、花を付けなかったウツギが今年はようやく花開いた。」

そんな日々の小さな変化が、私の日常の新しいページをパラリとめくる。



「不惑」と言う言葉を、最近、同い年の友人が使っているのを見て、はたと思い出した。

自分の道を見定めて、惑わなくなる年齢がやってきた。

実際には、押し寄せる日常の雑事に流され、「惑う」事すら忘れてしまいそうな日々。

「お母さんは子どもの時、何になりたかった?」

「お母さんは子どもがいなかったら何をしたい?」

子ども達は時々、無邪気に私の人生を問う。

仕事を辞め、結婚し、次々に子ども達を産み、育ててきた。

それだけで、精一杯の30代だった。

その事には迷いも後悔もないけれど、これから先の十年、もっと先の十年を思うとき、子ども達
の問いは「不惑」の文字と共に、私の当たり前の日常に痛い杭を打つ。



「おかあさん、何が欲しいの?」

即答できない私は、

まだ30代のしっぽにしがみついている。






2003年05月17日(土) 自分の体

掲示板で自家中毒症のことが再度話題にあがったと思ったら、タイミング良く(?)アユコのゲ
ボゲボがやってきた。

4月の新学期、5月のアユコ一人旅、オニイの入院、ロッジでバーベキューとあわただしく過ご
したので、そろそろ来る頃かなとは思っていたけれど・・・・

学校から帰ってきたアユコは、おなかが痛いと元気がなくて、居間で夕飯もそこそこに、ごろご
ろしていたら、夜遅くゲボゲボが始まった。

自分で前兆が判るようになってきたのか、食べるのを控えていたせいもあって、出てくるのは
最初から胃液ばかり。

おなかは空っぽのはずなのに、時間をおいて繰り返す吐き気。腹痛。

「いやだなぁ、いやだなぁ。」

アユコがうめく。

「しょうがないねぇ、大丈夫、大丈夫。」

アユコのぺったんこのおなかをさすりながら、声をかける。



いやがっても仕方がない。

ゲボゲボするのも君の体。

近眼の目も、固くて濃い髪も、跳び箱が苦手な手足もみんな君が一生つきあっていく君の体。

おかあさんも、君を完璧に産んだつもりだったけれど、小さな病気や不都合な体質の一つや二
つはみんな持ち合わせて生まれて来るんだね。

その代わり、細身のジーンズのよく似合う華奢な体型や、手芸やお料理の上手な器用な手、
虫歯のないきれいな歯並びも君は持ってる。



ここ数年のうちに、アユコには生理も始まるだろう。

私自身、中高生の頃は生理痛がとても重くて、毎月決まって、いまのアユコの様に「いやだな
ぁ。」とうめきながら、苦しい夜を過ごした。

市販の鎮痛薬では効かなくて、畳をかきむしるように苦しむ娘に、普段落ち着いている父が
「救急車を呼ぼうか」と言い出したこともある。

さすがに母は、「そこまでは・・・」と思ったか、近所の内科医で強めの鎮痛剤をもらってくれた。

「女に生まれついちゃったんだから、仕方がないねぇ。」

そういって、私が私の体と戦うのを黙って見守っていてくれた母。

女が年齢を重ねるに連れ、じっと痛みをやり過ごす強さを身につけていくのは、こんな苦しい夜
の繰り返しのためだろうか。



あんなにひどかった生理痛も5回の妊娠出産の間に嘘の様に消えてしまった。

苦しい苦しい夜もいつか消えてなくなる日が来ることもある。

アユコのゲボゲボも、ある時、「あれ、そういえば、近頃吐いてない。」と気付く日が来るかもし
れない。

一晩中は吐き続けて、明け方になってようやく落ち着いて眠りについたアユコ。

まだまだ幼い寝顔ながら、はげしく揺れ動く思春期の少女の気むずかしさが、どことなく漂い始
めている。

この子が戦っていく苦しい夜は、まだまだ続く。

母に出来ることは、「大丈夫、大丈夫」と呪文を唱えて、一緒に朝を待つことだけ。

アユコの体は、アユコだけのもの。

自分の体の不都合は、自分で受け入れ

てやり過ごすより仕方がない。






2003年05月15日(木) じゅげむじゅげむ

この間、アプコを後ろに載せて車で走っていたら、なにやらもぞもぞと怪しげな声。

カーラジオのボリュームを絞って、よ〜く聞いていると、アプコが鼻歌の様に抑揚をつけて、

「じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ・・・」

とつぶやいている。

最近夕方にやっている子供番組で、毎日のように聞いているらしく、

「・・・ちょうきゅうめいのちょうすけ」

までよどみなく、舌っ足らずな発音で見事に覚えている。

「わ、アプコ、それ、なぁに?面白いね、もう一回言って。」

私が茶々をいれたら、独り言を聞かれて決まり悪かったのか、アプコはご機嫌が悪くなって黙
ってしまった。



アプコの好きなおままごと。

この頃は、ただ、ご飯を作って食べさせるだけではなくて、お人形さん達の家庭の事情や生活
環境も複雑になって、面白い。

一人遊びしているアプコの声を聞き耳をたてて聞いていると、思わずふきだしてしまうことがあ
る。

「父さん早く帰ってきてくれたらいいのに・・・せっかくスパゲッティ、チンしたのにねぇ」

「○○ちゃん、早く鞄、かたづけてね。今日はお手紙ないの?」

・・・・どこかで聞いたことのあるセリフ。

あはは、アプコはよく聞いてるね。

「ほんとだ、アプコ。君のおかばん、まだ玄関におきっぱなしだよ。」

わたしが、ちょっと口をはさんだら、

「もう!オカアチャンは入ったらダメ。」

と、すごい勢いで居間の戸を閉められてしまった。



アプコが独り言を言う。

アプコが一人遊びをする。

アプコが一人でお絵かきをする。

幼児特有の集中力で、アプコはぐっと「一人の世界」に没入する。

がちゃがちゃざわめく兄弟も、家事に忙しいオカアチャンも乱入してこないアプコの世界。

その濃厚なファンタジーの時間に、アプコの幼い心は深く深く耕されているような気がする。



耳について離れないCMソングのように、

「じゅげむじゅげむ。」を繰り返すのは、お口の快感。

お人形さん達と作る家庭を切り盛りしていくのは、心の快感。

唇をかみしめて、好みのクレヨンで画用紙を埋めていくのは、目と手の快感。

幼いアプコは自分の快感に、ためらうことなく素直に没入する。

幼児のその豊かな快楽が、アプコの世界の一番太い柱となる。



「もう!オカアチャン、みないでよ!」

とっておきのお菓子のつまみ食いを見つかったかのように、アプコは決まりわるくて、すぐ怒
る。

「そりゃ、悪かったね。」

母は、大抵しっぽを巻いて退散するけど、ホントはちょっとのぞいてみたいんだよぅ。

小さなアプコの豊かな世界。






2003年05月14日(水) 中間試験だ!

オニイ、明日、明後日と中間試験。

塾の経験もなく、試験勉強や問題集ともほとんど縁のなかったオニイの初体験だ。

小学校でのオニイの成績は、中の上。

宿題を提出するのがぎりぎりいっぱい。

とりあえず学校の授業だけの勉強で、その成績を保ってきている。

「中学へ行ったら、そうはいかんよ。

塾に行ってる子達は試験勉強の仕方もよく知ってるし、覚えなくてはいけないことも山ほどある
よ。」

以前から少しづつ脅しをかけてはあるが、実際の所、一回自分で痛い目をしないと、危機感は
沸いてこないだろうと放ってある。



世間の新中学生のお母さん達の動向を観察する。

「全然勉強してないよ!」

と嘆く人。

「最初の試験ぐらいは、一緒に準備してやらないと。」

と気合いの入ってる人。

「ぜ〜んぶ塾任せ」

と余裕の人。

この辺からそろそろ競争は始まっていくのだなぁと感心して眺めている。



「最初の試験だからちょっと面倒みてあげようか?」

珍しく親切な母の申し出に、オニイも「お願いします。」と頭を下げる。

明日の試験は英語、国語、技術家庭。

「問題は英語やなぁ。」

見ていると、「自信アリ」と言っていたアルファベットすらbとdをしょっちゅう間違える。

「単語カード」と言うものの存在すら、知らない。

「ありゃりゃ、これはたいへんだぞ!」

内心「やっぱりな」と思いつつ、オニイにプレッシャーをかける。

はじめての試験に、高をくくっていたオニイに少しづつ、焦りの色が見えてきた。



「せめて単語くらいは完璧にしておくように。」

オニイに言い渡して、非情な母はさっさと寝てしまう。それからオニイはどうしたのか。勉強して
いたかどうかは別として、とりあえず遅くまで起きては居たようだ。

「ちょっと可哀想やったかなぁ」

夜中に起き出してきた父さんが、いう。

今まで、さして努力もしたことないのに、自分は勉強がそこそこ出来ると思っているオニイ。

明日の試験でぺしゃんこになりそうな気配は明らか。

「いいの、いいの。計画通りよ。」

私はあくまで意地悪い。



今回の試験で思いっきり失敗したら、オニイの学習態度は大きく変わるだろう。

塾も通信教育も、経験ない。

それでも自分で学習のやり方を模索して、失敗を取り戻そうとする集中力とプライドは、持ち合
わせているはずだ。

小学校の頃から、計算ドリルの一つも見てやったことはないが、「アンタは努力すれば何でもで
きるんだよ。」というプラス暗示だけは、いっぱいかけてきた。

最初のぺしゃんこで、つぶれてしまわずに、リベンジに燃える闘志は期待してもいいはずだ。



「40点がかえってくるかな、50点がかえってくるかな。」

母の意地悪はまだまだ続く。

がんばれ、オニイ。

思いっきり、へこんでこい。

中間試験が終わったら、二人で本屋へ問題集や参考書を見に行こう。

そういえば、そんな物の存在すら、オニイは知っているんだろうか。






2003年05月11日(日) バーベキュー大会

毎年恒例のいちご狩り&バーベキュー大会。

今年はいちごの不作と、参加人数の関係でバーベキューオンリーの会になりました。



4人の子ども達のお友達の家族、私の結婚前のお友達、それに主人の学生時代からの友達、
普段ほとんど接点のない人達が年に一度集まって来る。

公共のロッジを一棟借りてのバーベキュー。

子ども達は大人達の酒宴をよそに、ロッジで夜遅くまで、大騒ぎ。

年に一度の無礼講。



普段生活の場の異なるごちゃ混ぜの人たちのなかで、上手に自分の居場所、自分の役割、自
分の楽しみ方を見つける術を身ににつけると言うことは、大人にとっても子どもにとっても大事
なことだ。

自己主張が強すぎても、浮いてしまうし、音なくしてるだけでもつまらない。

自分が楽しむことだけ考えてお手伝いが出来なくても困るし、裏方仕事ばかりで自分の楽しみ
が見つけられなくてもつまらない。

そんなバランス感覚は、何度かごちゃ混ぜ集団の中に身を置いてみて、少しずつ身につけて
いく経験則。

新しい人と出会う緊張感や刺激を「楽しい」と思える力を子ども達にも持ってもらいたいと思う。



「おばちゃん、男の子達、食べてばっかりで手伝ってくれないよ。」

と訴えてくる子がいる。

「うちの子、途中で抜けるから、先に食べさせてやって・・・」

と耳打ちする親がいる。

「はいはい」と返事をしながら、私はほとんどそれに対処しない。

ホスト役としては、失格かもしれないが、そういう問題に誰がどんな風に対処していくのか、そ
れがごちゃ混ぜ集会の面白い所だ。

大人も子どもも、楽しい気分でちょっと気持ちがゆるんだときに、その人の飾らない本来の姿
がちらちらと見え隠れする。



「いろんな子がいるんだな。」

「いろんな子育てがあるんだな。」

「いろんな生き方があるんだな。」

楽しい宴が終わったあとも、考えさせられることは多い。

毎年楽しみにして集まってきてくださる気持ちの良い人たちと、「おばちゃん来年も呼んでな。」
と楽しみにしてくれる子ども達。

準備や片づけのしんどさを補ってあまりある収穫をことしもたくさん頂いたのでした。






2003年05月07日(水) 雨の遠足

先週、雨で流れた小学校の遠足。

今日も朝から曇りがちで、時々ぱらっと小雨もぱらついている。

「今日もだめかなぁ、またもう一回おべんとうか?」

遠足が雨で延期になっても、お弁当は必要。

去年は2回も雨で流れたので、3回もお弁当をこしらえる羽目になった。

毎日入れるアプコの小さな幼稚園弁当と違って、アユコやゲンのお弁当は量も多いし、年に数
回のお弁当だけに、期待も大きい。

ちょっと、気が重いんだなぁ。



新聞の天気予報では降水確率60パーセント。

アユとゲンは遠足と普通授業、二つの荷物を抱えて出ていった。

「今日、遠足やるかな。」

「雨、ぱらぱらしてるよね。」

「でも、私市小の事だから、雨でもいくかも・・・」

子供らの通う小学校はこれまでにも、土砂降りの動物園へ出かけたり、大雨のあとのグラウン
ドでの運動会を決行したり、けっこう雨には強気で挑んでいく。

「山沿いではにわか雨。」と言われると、必ず雨が降る土地柄のせいだろうか。



アプコと園バスに向かう道すがら、果たして、小雨をおしてハイキング道をのぼってくる小学生
の列とすれちがう。

私市小の春の遠足は例年、うちの前の道をとおって付近の身近な山に出かける。

今年も1年生から4年生までの長い列が、今にも降り出しそうな曇天を見上げながらのぼって
いく。

・・・って、もう降ってきてるよ。



「また、難儀なことですわ。」

顔見知りの先生達が、苦笑しながらのぼっていかれる。

にぎやかな子供らを引率していく先生方、途中で降られるのは覚悟の上での決行のようだ。

ほんとに、ご苦労さまな事だ。



ちょうどお昼ご飯の頃、雨は本降り。

大勢で雨宿りするところもない山の上で、子供らはどうしているのだろう。

山の雨は新緑の木々の梢に当たってさわさわと音を立てる。

尺治側の川音と混じって、さわやかな自然のささやき。

好天の日のハイキング客には決して味わえない山の雨の静かな豊かさ。

年に一度くらい、幼い子達が山の雨を経験するのも悪くないわねと思いつつ、引率の先生方の
ご苦労には、心が痛む。



昼過ぎになって、ちょっと早めに降りて来た子供らの列。

頭からぐっしょり濡れて、靴も洋服も泥だらけ。

ずるずると引きずるような足音ながら、子供らは妙に興奮して、元気いっぱいだ。

それに反して、先生方のお疲れの顔。

最後の一踏ん張りの声をかけて下って行かれる先生方には、

「大変でしたね。」

としか、言いようがない。



「ホント、小学校の先生って偉いわ。」

ゲンのどろんこ靴下を洗いながらつくづく思う。

あんなに大勢の子達を連れて、雨の山に登っていく。

いろいろ気を使うことも多いだろうに・・・。

でも子ども達にとっては、雨の中でのお弁当も、濡れて滑りやすくなった山道もきっと強い印象
として、幼い心に残るだろう。

そして、友達と一緒に冷たい雨にぬれてどろんこになった経験は、子供らの間にほのかに暖
かい連帯感を運んでくるかもしれない。



「雨でもGO!GO!」の心意気。

お疲れ笑顔で子供らを引率して行かれる先生方の姿は新鮮だった。

年々、歳をとり、4人の子供らを連れての外出は大変と、億劫になりがちな今日この頃。

まだまだ、頑張らなあかんぜぃ。

背中をぽんと押された気がするのだ。




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