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2006年05月09日(火) サンタバーバラより

現在、私はサンタバーバラのホテルから繋いでいます。i&Nさんを無事LAXから送り出し、LAを離れて海岸沿いをやってきました。あいにく天候には恵まれず、美しい海岸の町と評判のサンタバーバラを満喫という感じはしませんが、車でぐるぐるして見つけたこのホテルが立地、アメニティともにそこらの中級ホテル並み。午後中に到着したので、メインストリートを歩いてピアまで行きました。からっと晴れた青空が見たかったです。ひとり運転&旅も、どうやら問題なさそうで、そうとわかっていたらグランドキャニオンやラスヴェガスひとり旅を計画していたものを……。
明日は海岸沿いを走る1号線を北上し、カーメル、モントレーへ。世界最大級のモントレー水族館と、風光明媚と噂の17マイルロードを走る予定です。その前に、今日サンタバーバラの街で見かけたコールドストーンのアイスクリームを食べてから出発したい。

前々回のサクラメント&シスコの日記は、どういうわけか消えてしまいました。残念。ジャレッドのライブや三人で行ったゲイバーのことなどが書かれていたのに。LAではTV観覧しましたよー。イアン・マッケランとジャレッドがゲストとして出演したABCの人気トーク番組で、NBCでいうTonight Showみたいなやつです。ジャレッドは体調が悪くてトーク中も青白い顔で今にも斃れそうでした。その後のライブでも、「いいかい皆、今日俺は本当に具合が悪いんだ。だから、一緒にthe killを歌って俺をサポートしてくれ」と事前にオーディエンスに訴えたほどでした。本人には大変申し訳ないが、病弱なジャレッドも色っぽかったです。

ところで前回書いたサー・イアンの会には、オーディエンスの中に「ラリーのミッドライフ・クライシス」(邦題・HBO)の主人公にして、「となりのサインフェルド」などのプロデューサー兼コメディアンのラリーがいて、特別に紹介されていました。私の席からはけっこう近かったです。知っている有名人に会えてラッキー。ラッキーといえばもうひとつ。
ジャレッドがゲストの収録の、もうひとりのゲストをちゃんと調べていなかったのですが、会場近くで知り合った冴えない男性に「誰を待ってるの」ときいたところ、X-Menの俳優というではないか! 誰だ誰だ、ときくと、なんとそれは、ジーン・グレイ/フェニックス役のフェムケ。ヤンソンだった! 彼には一緒にX-Men3を観にいかないかと誘われたのですが、残念ながらその頃にはもうこの国にいないのでした。

その前日には他のTV観覧へ。そしてはじめて、バーバンクの方にあるNBCスタジオを訪れましたよ。いやーさすがに立派だった、NBC本社。これがホミサイドやNYPDブルーを放映した会社の本拠地か〜なんて思うとわくわくしました。NBCのTV観覧には間に合わなかった残念な私たちでしたが、スタジオを後にして私たちの前を通過する際にマットやシャノン、トモが車の窓をわざわざ降ろして声をかけてくれたので、感激でした。iさんとNさんにくっついてった私もお裾分けをいただけました。

iさんとは残念ながら6日にお別れ。その後、Nさんとヴェニスビーチを散策したり(これはよかった)、日本人は滅多に行かないだろうテーマパークに行ってなにやらものすごいことになるアトラクションに乗ったりしました。WBが出資してるらしくアニメ版バットマンをモデルにしたゴッサムシティなんかがありました。「リドラーズリベンジ」というリドラーカラーの緑のローラーコースターに乗りたかったけど、二時間待ちと言われて断念。

そんなこんなで今日に至ったわけですが、LAではもう一度くらいゲイバーに行きたかったけどその時間がなかったです。

全然関係ないのですが、さきほどWaTの情報や役者の情報を見てたら、ダニー・テイラーの情報にやたら萌えてしまった。アル中克服者だったり、父親に殴られてたり、不良で厚生施設に入ってたり、孤児院で育ったりしてるんですね。CBSのプライムタイムドラマらしいベタベタ感がなきにしもあらずですが、おいしい。彼はすぐに同僚にあだ名をつける(フィッツィ)とかいうことも。もともとはアルバレスだったけど名前をテイラーに変えたとかも、一体どういう経緯があったのか気になります。

ところで今NBCでL&OのSVUのCMが流れました。こっちでまだ放送してたんですねー。ダニー役のエンリケとクリス・メローニのせくしーさはどこか似ている気がする。えろいなあ。ああ、あと! エンリケの親しい友人は、オーランド・ブルームなんだって! このふたりが並んだら……じゅるる、涎が……。

もっと大事なことがあったのに、書き忘れてる気がする…。
帰国したら第一にシックス・フィート・アンダーを見たいです。

コメントもこちらから。私が旅の途中で撮っただいたいが欧米の風景写真が表示されます(地味に交換してます)



2006年05月06日(土) ヨセミテ、そしてLAへ

今日はまた何かとギリギリ(たまにアウト)な一日でございましたが、ひとまずレッカー事件の続きについて。
大規模な移民のデモ行進に逆行するようにポリス・デパートメントへ向かう私たち三人。道の端でたむろっているやる気のなさげなLAPDの制服組に近づき、PDの正確な場所を尋ねたところ、「どこのデパートメントだ」と言われ、気分は最悪だったので「あんたのデパートメントだ!」と制服を指差して尋ねたところ、「ああ、俺の? だったら……」と改めて道を教えられました。ブライアント・ストリートのPDは想像していたよりずっと遠く、タクシーで行った方がよかったんじゃないかという感じでした。
でも、車を取り戻す手続きは事務的でしごく簡単でした。専用の窓口に並んでサインをし、罰金を払うだけ。その罰金の金額が問題でしたがね! カードで支払える? なんてフランクに尋ねられるところが、車社会のアメリカだなという感じでした。車を取り戻し、ヨセミテに向かって遂に走り出した私たちでしたが、この時はまだ行く先々で罰金地獄が待ち構えていようとは、知る由もなかった……。

ヨセミテについてはじっくり書きたいところですが、そんなたっぷりとした時間もないので簡潔に。サンフランシスコからヨセミテまでの5時間のドライブは、景色も天気も文句のつけようがありませんでした。からっと晴れた空に積雲が点在し、これぞドライブ日和! ブロークバック・マウンテンのリミックスバージョンをがんがんかけながら曲がりくねったハイウェイを飛ばします。ヨセミテに近づけば近づくほど、行く手に雄大な自然が広がりアメリカのサイズを実感させられました。到着したのは夕方で、少し遅すぎるかと思っていましたが、西日に照らされたヨセミテヴァレーを山腹から眺めるのもまた格別でした。想像していたより、はるかによかた、ヨセミテ!
ただし、宿を取らずに大自然の懐へと飛び込んだ私たちを待ち構えていたのは、テントでの一夜という過酷な試練でした……。テントキャビンを借りにオフィスへ。熊を寄せ付けないようにテントでは飲食禁止という警告をあちらこちらで眼にしましたが、そのわりに貰ったパンフレットに生き生きとした熊絵が描かれているのはどうか。この事態に私はちょっとばかりウキウキしてたんですが、暖房設備のないテントの中で夜を過ごすのは、野宿とあまり変わりませんでした。ヨセミテの寒さを予測してシスコで厚いジャケットを10ドルで買っていたので、まあ大丈夫かな〜と思っていたのですが、セーターの上にジャケットを着て、タコスみたいに薄っぺらい毛布(とは呼びたくねえ!)を二枚重ねていたにも関わらず、朝、寒さで眼が覚めてしまった。それもまた、なんとなく楽しい経験ではありましたが。珍しい体験をすると、それがかなり最悪な状況でもなんとなく得した気分になります。
大自然の中で、イニス・ジャケット(いつの間にやらついた愛称)を着てテントの中で震えてるなんて、BbMごっこにもほどがあるということで、iさんとNさんと早速真夜中に撮影会を開始。隣のテントの住人の眠りを妨げないよう笑い声を押し殺すのに必死でした。



後ろが私。顔は塗り潰し済み。Nさんがペンライトまで駆使して、アン・リー監督さながらにこだわりの一枚を撮ってくれました。ちなみに、ジャック@iさんがイニス@私の手をとって導いている股間にそそり立っているのは、Nさん愛用の羊アニー(用途はラベンダーの香りのする眼枕)です。羊毛から飛び出した顔に口と鼻を表すバッテンマークが描かれているのが、なんだかやけにリアルなんだよな。
翌朝は早起きした、というか寒さのために三人ともベッドから飛び出るように起きて車へ向かったのですが、前日に巻けず劣らずの晴天に恵まれ、絶壁を落ちる滝や朝陽の差し込む渓谷を望むヴューポイントで車を停めながら、LAへ続く道をゆっくり南下して、ヨセミテの初心者コースを堪能することができました。MDでBbMのサントラを聴きながら大自然の中を歩くのは最高でした。

現在はLAに滞在していますが、やはり自分で車を運転して旅行すると、なかなか行けない郊外のレストランやカフェに入れて楽しいです。ヨセミテからLAへ向かう途中に入った、郊外のアメリカ的なダイナーなども素敵でした。ミリオンダラー・ベイビーにホームメイドのレモンパイだったかが美味いダイナーなんかが出てきましたが、地元の人にとってはこれのどこがいいんだって言われそうですけど、映画に出てきそうなお店でカッコよかった。

ともかくも、三人はLAへ向けて本格的に出発。普通ヨセミテからだと5時間の道のりだそうですが、なぜかはあえて説明しませんが、私の運転では3時間ほどで到着しました。多分あの日だけ、少し道が短くなってたんだと思います。2日に暴走するブルーのドッジのセダンを見た方がいたら、それは私たちだったと思ってくださって差し支えありません。
大自然は遠ざかり、飲み込まれるように大都会の中心へ。私たちのホテルはパサデナです。多少うろうろしましたが、今度も無事トラべロッジに到着することができました。

その夜はハリウッドで、なんとジャレッドとイアン・マッケランがふたり揃って出演するABCのTVショーの観覧へ行く予定でした。ところが、これがジャレッドがダウンしたために実現せず……。とりあえずサー目当てで観覧へは行きましたが、ジャレッドの代わりに急遽呼ばれたLAっ子の可愛い高校生ミュージシャン(名前忘れた)とサーが並んで座り、時々ふたりで話したり手を握り合ったりしている姿を観覧席から眺めながら、これがジャレッドとサー・イアンの組合せだったら、私たちにとっては世紀の一瞬になっていたものを……と三人で悔しがっていました。ちなみにこのTVショー、13日だったかはドムがゲスト、19日にフーバスタンクが、20日にオーディオスレイヴがライヴ担当で呼ばれてます。LAってやっぱすげーや!

そんなわけで、初めて生でサー・イアンを眼にしました。どうやってサーの称号を得たのか、ダヴィンチ・コードの話、サー・イアンの自分のウェヴサイトのことなどが話題になっていました。サー・イアン、キュートでしたv

その翌日、つまり3日はメルローズ・アベニューやビヴァリーヒルズ周辺で安物を買いつつ、ジャレッド行き着けのカフェやレストランでお茶や食事を。どちらのお店も雰囲気も味もよかったです。特に夜に行ったオーガニック系の人気レストランには、3時間近く留まっていたんじゃないでしょうか。セレブ出没度も高いとのことで、人を観察するのも楽しかったです。とある男性のシャツにみょうちくりんなカタカナが書かれていたので、三人でなんと書いてるのか解明しようと見つめていたら手を振られてしまい、大笑いでした。後で彼が私たちのテーブルに立ち寄り、なんで笑ってたんだい、ときいてきたので、シャツの文字を読みたかったんだと話し、あなたのシャツには「ラッキー・ブランド」と書かれていると言うと、ずっと何て書いてるのか知りたかったんだ、ありがとう、とのことでした。わっはっは。この地区はLAのゲイストリートにも近いとのことで、何度かゲイカップルも見ました。ゲイの店員もいました。
この日は、違反切符を二度も切られることさえなければ、充実した日だったはずでしたが……。最初に切られたのは、ビヴァリー・ブルーバードの路上のパーキングメーター前に停めていた時。通りを挟んだ目の前のカフェでお茶をしていたというのに、警官が切符切る姿を見落とした私たち。理由は制限時間オーバーでしたが、それもオーバーしたのは5〜10分でした。LAって厳しいんですね〜。コインスロットににクォーターをもう一枚投入してさえいれば、35ドルも取られる事はなかったのに〜。でも二度目に切符を切られたのは、これを教訓に次からは多めにコインを投入しておこうと話し合った直後だというのがまた、情けない……。
メルローズ・アベニューに移動し、空いているパーキングメーターを発見して滑り込んだ私たちですが、今度こそはと正確な時間を計り、小銭という小銭を投入して出発。買い物を終えて、制限時間内だと安心し切って戻ってみると、一ブロック先からもフロントガラスになにやら白い紙が置かれているのが見えます……「いやまさか」「ゴミだよゴミ」とドキドキしながら戻ってみましたが、ワイパーとフロントガラスの間に挟まっているのは、何度見直しても「parking violation」と書かれた違反切符でした。それも、前回とは色違いの。内容をよく読んでみると、駐車違反スペースに駐車しているため罰金30ドルとのこと。よく注意してみると、車のフロントが、パーキングメーターの位置から50センチほどはみ出しており、赤く塗られた縁石の位置に鼻先がかかっていました。なるほど、これか……。その場にいたおにいちゃんは、「なるほどレッドラインにかかってたんだね〜。で、君たち今ここを出るの? おお、ありがとう」とこちらの気持ちなどお構いなしに自分の車を停めようとするしまつ! 一日で二階も違反切符切られるなんて、ふんだりけったりだ! 三人でどうせならすべての種類の違反切符を集めてみてはいかがか、などと冗談を言い合いましたが、以後、路上駐車をする時は神経質に点検しています。
その夜の最後は、私の要望でサンタモニカ・ブルーバードのRAGEといゲイバーへ行きました。とにかくゲイバーに行きたくて仕方がないのだった。LAにはマッチョな男性が多かった気がします。随分ラテンアメリカ系が多いなと思っていたら、その日のDJがラテンアメリカ系だったからみたいでした。お立ち台に上って踊る男たちの中にリッキー・マーティン似のハンサム発見。その横で、腰にタオルを一枚巻いただけの男がぶるんぶるん振り回しつつ踊ってましたが。私たち三人が踊っていると、男性がふたり近づいてきて、Nさんのバックを捕らえ、踊りだしたのはかなり面白かったです。ああ…! Nさん……! 前と後ろからサンドイッチ状態……! その夜はやたらとバックを狙われていたNさんでした。私なんかけっこうセクシーなスタイルで行ったってのに誰も話しかけてこないで、な に さ ! って感じでしたよ(笑)。シスコの方がフェミニンな男が多くて、話しやすい雰囲気がある気がしますねー。そしてシスコの方が、ハンサムが多いぞ!

そんなこんなで、もうこっちは4時なので、寝ます。では、また明日!








シビック・センター前のデモ行進


ゴールデン・ゲート・ブリッジ前の料金所


グラシア、アリ、ノブ。ノブだけ顔を塗りました。


ヨセミテにて。ベストショット!


ヨセミテ・ヴァレー。


ドアの向こう側にいるようで、実はドアに映っているのです。Nさんの写真です。手前が私。

コメントもこちらから。私が旅の途中で撮っただいたいが欧米の風景写真が表示されます(地味に交換してます)



2006年05月05日(金) ヨセミテ、そしてLAへ

今日はまた何かとギリギリ(たまにアウト)な一日でございましたが、ひとまずレッカー事件の続きについて。
大規模な移民のデモ行進に逆行するようにポリス・デパートメントへ向かう私たち三人。道の端でたむろっているやる気のなさげなLAPDの制服組に近づき、PDの正確な場所を尋ねたところ、「どこのデパートメントだ」と言われ、気分は最悪だったので「あんたのデパートメントだ!」と制服を指差して尋ねたところ、「ああ、俺の? だったら……」と改めて道を教えられました。ブライアント・ストリートのPDは想像していたよりずっと遠く、タクシーで行った方がよかったんじゃないかという感じでした。
でも、車を取り戻す手続きは事務的でしごく簡単でした。専用の窓口に並んでサインをし、罰金を払うだけ。その罰金の金額が問題でしたがね! カードで支払える? なんてフランクに尋ねられるところが、車社会のアメリカだなという感じでした。車を取り戻し、ヨセミテに向かって遂に走り出した私たちでしたが、この時はまだ行く先々で罰金地獄が待ち構えていようとは、知る由もなかった……。

ヨセミテについてはじっくり書きたいところですが、そんなたっぷりとした時間もないので簡潔に。サンフランシスコからヨセミテまでの5時間のドライブは、景色も天気も文句のつけようがありませんでした。からっと晴れた空に積雲が点在し、これぞドライブ日和! ブロークバック・マウンテンのリミックスバージョンをがんがんかけながら曲がりくねったハイウェイを飛ばします。ヨセミテに近づけば近づくほど、行く手に雄大な自然が広がりアメリカのサイズを実感させられました。到着したのは夕方で、少し遅すぎるかと思っていましたが、西日に照らされたヨセミテヴァレーを山腹から眺めるのもまた格別でした。想像していたより、はるかによかた、ヨセミテ!
ただし、宿を取らずに大自然の懐へと飛び込んだ私たちを待ち構えていたのは、テントでの一夜という過酷な試練でした……。テントキャビンを借りにオフィスへ。熊を寄せ付けないようにテントでは飲食禁止という警告をあちらこちらで眼にしましたが、そのわりに貰ったパンフレットに生き生きとした熊絵が描かれているのはどうか。この事態に私はちょっと�

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