萌の旅日記二回目はスイスです。 スイスは天気が悪く、せっかく高山列車でアルプスの 山地を登っていったのですが、肝心のアイガー、ユングラウ ヨッホといった4000m級連山を吹雪(!)で見れずじまい。 でも人生はじめての雪に大はしゃぎのインド人旅行客がかわ いく雪投げしてたのでいい具合。そして現地滞在25年という ガイドさんがあまりに素敵だったので良し。しかし今回の 添乗員さんといい、現地スタッフの方といい大当り。素晴ら しいです。ちなみにこのツアーは私含めたった8人なので おきらく旅行。私が最年少ですが、ガイドさん を入れたらちょうど9人でもしや旅の仲間!? ……では ガンダルフの座は85才の爺にお譲りし、私は兼ねてから友人 たちに言ってるように、メリーということでがんばらせて いただきます。一歩間違うとピピンなので間違わ ないよう気をつけます。 スイスは兄がジュネーヴ条約に関するものを買ってこいと 頼んできたのですが手前のローザンヌどまり。ルツェルンに も一泊。私的にいたく感動したのは「瀕死の獅子」像の 逸話です。 この像が図の通りなんとも憐れなのです。 獅子は手にフランス王家を象徴する百合の紋章が刻まれた 楯を抱いています。昔から資源の少ない国土を持つスイスは、 人的資源を活用し他国のと関係を深めていたそうで、傭兵と してスイス兵を隣国に派遣し、王室などの警備にあたら せており、今もその伝統は残っているそうです。けれど フランス革命の時に悲劇的にもルイ16世のベルサイユ宮殿 を警備していた多くはスイス兵で、この時400名近くの スイス兵が命を落としたそうです。その知らせを聞いた スイスの傭兵隊長は深く哀しみ、部下や同胞の勲を称える ためルツェルンに「瀕死の獅子」の彫刻をつくりました。 背に槍を受けたいたましい獅子の顔、それでも楯を護ろう とする姿、ううん、かなりツボにはまった私です。 百獣の王、獅子の絶命間際の哀愁がいいではないですか。 余談ですが、永世中立国スイスは武装中立国であり、 徴兵制度もあります。うら若い 厳しい集団生活に身を投じるわけですがここから生還(笑) した子たちと学校などで女の子たちがキャンプや旅行に 行くと、男の子たちの方がベッドメイキングや時間厳守、 部屋や荷物の整理整頓、見事だそうです(笑)。 スイスで指輪的に大成功だったのが、↓こいつ。 ホテルで30ばかしあるTVのチャンネルを変えてる ところ……な、なんと! 若様ではありませんか! グウィネス・パルトロウとマイケル・ダグラスの映画な のでたぶん有名なのでしょうが、いきなり陛下が出て きてびっくり! 私は旅はかなりついてる方だと いつも思うのですが、今回も何かあればいいと思って いました。アラゴルン役のヴィゴ・モーテンセンです。 ところでこの映画ではVMは犯人役。今上映中の MDの オブ・サイレンス」の犯人役はボロミア役のショーン・ ビーンらしいですね。次、レゴのOBが犯人役で出て きたら、もうマイケル・ダグラスは指輪的に合格。 OBはブラックホークダウンでは犯人役なんですって?? イライジャはホミで犯人役。奴らは実は悪人顔か。
これから4回に渡って手記に基づき萌の旅日記。 はじめはメインでもあるドイツです。 成田から一路フランクフルトへ。初日はライン河 くだりからはじまりました。 ライン河沿いの深い谷から所々顔を出す古城を バスから見学する行程でしたが、今回の旅は正直何も 期待していなかった割に指輪ブームのおかげで満喫満喫。 とくにハイデルベルクとローテンブルクという中世の 家並みや城壁まで残っている古都はもう大感動。 小さな町ローテンブルクは一年くらい暮らして もいいなという所で、私が一泊した中世のinn そのままの宿は「アイゼンフート(鉄の兜)」といって、 指輪のサルマンの砦アイゼンガルドをおのずと彷彿と させるじゃありませんか! ドイツ語でSt(セント) はザンクトと読むなど、響き的にトールキンの 指輪の世界の一部の地名はドイツ語に由来するようです。 城壁の上にずっと続く歩哨用の通路を通りながら指輪の サントラのトラック17聴いてしこたま感極まってました。 ハイデルベルクで面白かったのは学生牢のくだりです。 世界に名高い学生都市として国際色も豊かですが、 ハイデルベルク大学は現在までノーベル賞受賞者を8名 輩出している名門大学。18世紀までたいていの大学に は自治権があり、大学の自治組織に治外法権が与えられて いました。地元警察までも立入りが禁じられていたので 学生が罪を犯しても逮捕、連行されることはありま せんでしたが、ハイデルベルクにはそのかわり構内に 有名な「学生牢」と呼ばれるものがあり、かつてここに 学生が収監されていたとのこと。最高収容期間は 4週間だったとか。肝心なのは、ここでいう 犯罪者とは政治思想的逸脱者を指す場合が多く、優秀な ハイデルベルク大学の学生牢の歴史において、殺人、暴行 などの不名誉な罪で投獄された生徒はひとりもいなかった そうです。そんな理由で在学中に学生牢に入ること自体 が一種の名誉とされ、できるだけ長く滞在することを 望んだ学生の、滞在日数記録をはじめとする落書きが、 牢の壁、天井一面にびっしり書き込まれており、一部の 柱には、当時発明されて間もない写真機で撮影した 自分の写真を、穀物をすり潰した糊状のもので 貼り付けて残していった学生も大勢おり、今もそれは残って います。萌どころのひとつは、ここに女子生徒が収監され たことは一度もなかったということ。女子も運動を起す ような時代になった頃、学生牢は廃止されました。秘密の 花園を女人禁制のまま終わらせたかったのですね(違)。 この街はゲーテが最も愛した街でもあり、彼が座って 模写したというポイントもあるハイデルベルク城も フランス軍の侵略による荒廃に「もののあわれ」を感じ させる素敵なところでした。ここでもう一つ萌えを。 ハイデルベルク城陥落、一族滅亡の原因は、フランス王 ルイ14世の実弟オルレアン公がホモだったからということ です。今のハイデルベルク(プファルツ領)一帯を治めて いたジンメルン家は、家族においてひとり健康だった娘 をオルレアン公の妻としてベルサイユへ送りますが、国王 の実弟として一度目の結婚は渋々承諾したものの、その妃 が早くに亡くなってからは男遊びに明け暮れていたオル レアン公は、後妻との間に子を設けようとはしなかった のです。実はこの先妻も謎の死を遂げており、公による 暗殺説が有力なようです。そんなわけでジンメルン家は 断絶し、オルレアン公の妃がジンメルンの娘だという 理由で領地を要求したフランス軍に、やがて陥落させ られたということです。 このへんまでくると、指輪的な世界からはかなり後世 になってしまいますね。 他にも、ドイツの古城巡りは素敵な話がいっぱいでした。 有名な逸話「貞淑なる妻たち」の古城を遠目からですが 見ることができました。この妻たちは宗教を巡る30年 戦争で負け投獄された男たちの妻たちのことで、征服者の 王が女たちを憐れみ「背負えるだけの大事な品を背負って 出てゆけば咎めはしない」と言ったところ、この妻たちは 地下牢へ行き、傷だらけの夫たちを各々背負って街を去って いったという美しい昔話です。 ドイツの最終日にはかの有名な(ホモ)王ルートヴィッヒ 二世の夢と狂気の城ノイシュヴァンシュタインを見学。 トールキンも来たかもしれません。というのもルート ヴィッヒ�兇�異常なまでに執着したワグナー、ここは そのワグナーのオペラ「ニーベルンゲンの指輪」の荘重 な壁画が飾られている城であり、ニーベルンゲンの指輪は 指輪物語にかなり影響を与えているのですよね。 外観も内部装飾もあんまり素晴らしいので、城内の 土産店でCD-ROMを買ってしまいました(笑)。王の寝室 も荘厳で、「ああ、このベッドでせいぜい男とやりまくって いたのだろうな」などと浮かれていたのですが、一部の 資料では「実際行動に移すことはなかった」とあり、 ええ〜ッそんなあ。夢見さしてください、キャプテン。 ここからスイスへと向かったのですが、いやードイツ。 とってもいいトコロ。都会を見ずに擦り抜けたからという のも多分にありそうですが。この古城巡りでは大いに 中世、ファンタジー気運高めさせていただきました! 次の国はスイスです。
この期間は旅行中〜。
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