先日書いた批評です。その後三回目も見てきました。先日書いた分を更新するかどうか迷ったのですが、web拍手のメッセージを読むと深く感動しながらも、同時に冷静な視点をお持ちのファンの方も多いとわかったので、遠慮せず書くことにしました。英語で見ているので100%理解できてはいません。3回見ても何と言ってるかわからないところもいくつかあります。なので、変な誤解をしているところもあるかもしれません。 さて、二回目見て来たのでまたcriticsです。やっぱりここは改善の余地がある、とか違和感がある、というシーンを見直して、何が問題か考えてみました(そうです、いわゆる余計なお世話です) ケチをつけるのを読んでも楽しくない方は飛ばしてください。 バードが息子の肩を借りて鉄矢を射るシーンはなんか納得してない、と昨日書きました。今日見返して、何のことはない、これは肩を貸している息子が半べそ掻いて怯えていたからでした。もちろんあの状況で怯えるのは当然ですが、なんかバードが怯えてる息子に強制してるように見えなくもないんです。多くの善良な市民はそんなことは思わないでしょうが笑 私はちょっと引っ掛かりました。ここはただ単に、「父さん、ぼくの肩を使って!」と息子が率先して言えば済む話でした。 トーリンの改心、やっぱり弱い。というのも、直前まで彼は我を忘れてるからです。黄金に取りつかれていたミダス王のようなトーリンが、いきなり黄金の絨毯の上でいろんな人の声が聞こえてきて、悔恨の気持ちを募らせ、改心します。もっとはっきりとしたきっかけが必要だったと思います。自分の祖父が黄金への執着によって、いかに判断を誤り、狂っていったか、その証拠を見せつけられて「自分はこうなってはいけない」と気づくようなシーンが必要でした。あるいは仲間のドワーフやビルボとの友情が壊れ、それがいかにかけがえのないものだったか気づかされるというような。 もう一つ言うなら、ドワーフたちが戦場に姿を現すシーンも弱い。これはTTTの馬鍬砦のラストと酷似しています。TTTではアラゴルンとセオデンたちが馬で正門から駆け下りてきます。なんと、砦の中でトーリンが言う��one last time"という台詞は、敵に囲まれ絶対絶命と言う似たような状況でセオデン王が吐くセリフとまったく同じでした(アラゴルンだったかも)。 弱いといえば城下町で攻防を繰り広げるバードの方も説得力に欠ける。数で負けている上に兵士として訓練されていない平民たちでは敵うはずがないのになぜか勝っちゃう(途中でエルフ軍が、戦場にドワーフを残し戻って来たのもあるでしょうが)。うーんおかしい……現実の戦闘でも、こういう状況で勝つ場合がありますが(『300』で描かれたテルモピュライの戦いなどは良い例です。最終的に負けましたが)勝つには戦術が必要です。だからここで必要だったのはバードの機転だったと思う。陽動作戦で敵の裏を掻いて襲うとか、ちょっとした工夫を見せていたらバードもリーダーとしてよりカッコよく描けたし、納得のいく勝利に見せられた気がします。そんなに大袈裟な話ではありません。いくつか台詞を用意し、二、三のシーンを増やすぐらいでいけたと思う。さらに欲張りになるなら、人間はエルフやドワーフと比べると明らかに見劣っていたから、バードにあえて「ああ、なんておれたちは彼らと比べると弱い存在なんだ。まともに剣も握れやしない」と言わせるようなシーンを入れてくれていたらもっと座りが良かった。それでも、彼は頭を使って勝つわけです。 先日書かなかったことですが、三回目の観賞時に気づいたおかしな点も書いておきます。 バードはエレボールに民を率いて行きますが、ドワーフたちが砦の中でまだ生きていることを知る。この時、彼は「おー生きていたか」という反応を示すのですが、これはさすがに不自然です。 ドワーフたちが財宝を取り戻すために戻ってきた時、彼は「ドラゴンを目覚めさせる気か」と言ってとめようとしますが、欲に眼が眩んだmaster(市長?)と住民たちは聴く耳を持たず、ドワーフを送り出す。で、案の定スマウグの逆鱗に触れ、村は火の海に。大勢の人々が死に、彼と彼の家族も死にかけた。 バードにしてみれば、「だから言ったじゃないか!」という気持ちが強いはずです。 なので、ドワーフたちが生きていることを知り、安堵するのは納得がいきません。その後、冷静に彼らと交渉しようとしますが、バードの中には煮え滾る思いがあってもいいのではないでしょうか。確かにドラゴンは死に結果オーライですが、まあそれも彼が命を削って倒したわけですしね。逆に、平民たちが「ドワーフたちのせいで家族が殺された!」と掌を返したように怒り出し、エルフと共に「戦争だ!」と騒ぐのを、忸怩たる思いを抱きながら、バードだけは交渉しようとする、というな展開でもよかったかもしれない。 タウリエルとスランドゥイルの最後のやり取りはあんまり良いと思わなかった。レゴラスの母親のくだりも含め、スランドゥイルにも多少心がある、ということと、やはり最後には彼に自分が間違っていたことを認めさせるシーンを用意する必要があったんだと思いますが、私はどちらかというと、やっぱり自分に鏃を向けたタウリエルとドワーフのキーリのことは、彼にとってはどうでも良いことのままでよかったと思う。"because it was real(おまえの気持ちは本物だったからだ)"などという台詞はスランドゥイルには相応しくなかったと思う。まあ、一片の憐れみを垂れてやったのだと思えば、悪くはないですが。 だから、スランドゥイルに悔恨の気持ちを抱かせる相手は、レゴラスだけでよかった。決して完璧ではない父ちゃんに従う子だったレゴラス→今回のことで見方が変わったレゴラス→巣立ち(ドゥネダインとの出会いの予感)という流れだけで十分感動的でした。息子に「帰らない」と言われた時点で父ちゃんの胸はかなり抉られてたとは思いますが(^曲^) タウリエルのラストには、もっと孤独の気配が必要だった気がします。日本昔話じゃないが「その後、エルフのおなごを見かけた者は誰もおらんかったそうな」的な笑 言葉で「どうしてこんなに苦しいの」と訴えるのは、なんだか彼女のキャラクターに合っていない気がした。 勝手なことを並べ立てているのはわかっています笑 一週間後くらいに、頭をリセットして四回目を見て来るつもりです。
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