*Diario De La Roja* ラ・ロハの実態がSamanta connectionで明らかに! ![]() われわれはすでに、クリスマス・イブにラ・ロハプレゼントがあることは知っています。しかし、その前にCuatroTVからもビッグ・プレゼントが! Samanta connectionという番組がラ・ロハの特集を放送。とんでもない萌え映像連発です。動画は一部、こちらでご覧になれます。特にピケ&セスク、ハビ&ジョレファンとしては、泣いて喜ぶ内容となっております。 ■ ハビとジョレンテはサマンタとプレステ対決 ■ 現在スペイン語を起こしてくれるまで待機中という状況ですが、どうやらハビ丸の自宅ですね?ビルバオの毛布に包まり、寛ぎ過ぎるジョレンテヾ(´ε`*)ゝ ジョレンテ「試合を始める前に、おれたちは�狆,弔将瓩辰童世Δ鵑澄� ハビ「ジェラル・ピケのサインがここにある。友達のアンドレアは彼に夢中なんだ。もし彼女にこれをあげないと、おれ、彼女に殺されちゃうよ(笑)」 ハビ「ジョレンテは本当にカッコいいから、女の子はみんあ彼に夢中だよ。でも、彼には ハビ「サラとイケルのキスはよかったな。おれも同じことをしたけど(笑)。でもサラとじゃないよ。 仲良くW杯優勝日の新聞を ![]() ジョレンテ先輩、寛ぎ過ぎです(;'Д`) しかもハビ犬にかじられてる。しかもマトリョーシカで遊んでる。ハビ、ジョレ先輩のマトリョーシカで毎晩なにしてんの(違)? ![]() ■ セスク「ジェラル、恥ずかしいやつだなあ!」 ■ セスクとピケはホテルの部屋で夫婦みたいに仲良し バスルームに飛び込んだピケに、セスクは「恥かしいやつだなあ、ジェラル。何やってんだよ」セスクはサマンタに「カメラが恥かしいんだよ」 サマンタはジェラルに「あなたシャイなの?」 セスク「ジェラル? いいや(笑)。でもカメラに脅されたのは確か」 サマンタ「で、あなたたち、部屋で遊んでたの?」 ジェラル「ああ、ヌルセス(子供の遊び)で遊んでたんだ」 セスク、爆笑 サマンタ「これから何するの」 セスク「寝るよ」 これからお楽しみって、そういうことか!?!? ん、待てよおまえら、それキングベッド(一台)じゃね? 他にも、いろいろ動画がありますが、後日きれいにまとめて紹介します。ハビジョレ、ピケセスク、セルヒオナバス、おいしいおいしいとは言っていたが、こういう動画が次々に出てきてくれるとは やっぱり優勝するって大事です。ピケ in El Mundo ![]() ![]() たった2年ですっかりマドリーファンの嫌われ者になった ジェラル・ピケが先日、 El Mundoの日曜版に登場したので、一部をご紹介します。88年、ブラネス(カタルーニャの港町)にて、ボールが彼の手からこぼれ落ち、テラスの方へ転がっていった。17カ月の赤んぼうがボールを追いかけていった。赤ん坊の祖母はストーブにかけたポットを見ていた。テラスの手摺の何本かは壊れおり、そしてその赤ん坊は、ボールを追いかけていくうちに、その穴に落ちた。ガレージのランプに頭を打ち付けた。救急車が飛んできて、人々が叫び、そして赤ん坊は数時間こん睡状態に陥った。だが24時間後、彼は目覚めた。 PK:一番慄いていたのは、事故当時おれの面倒を見ていた祖母だったよ。でも彼女はそれを過去のことにできた。神さまありがとう。おれに何か起こっていたらと想像してくれ! この事故の結果、何かネガティブなことは何も起こらなかった。家では何度か話したことがあるけど、でも何ひとつ覚えていないんだ。おれはいつも事故についてきいてるよ、というのもあの日何があったのか興味があるからね……。 ジェラルは祖父が暮らしていたボナノバの近所、ラ・サジャのでフットボールを始めた。彼はいつもクラスで一番背が高かった。そして誰よりもブロンドだった。7歳で、父はバルサとフィールドが隣接するクラブトルネオ・ソシアルで彼をプレーさせる契約をした。カタルーニャの河の名前を持つチームで、彼はライラック色のユニフォームのアノイアでプレーした。 PK:5歳くらいから記憶があるよ、たとえばアメリカでのW杯のような。それからバルセロナで行われたオリンピック。みんなでウェンブリーでの(バルサのUEFA杯)決勝を家で見た。学校の大親友ペドレのことを覚えてる。 クリスティアーノ・ロナウドは、イングランド時代は一番よく面倒をみてくれた仲間の一人だった。 PK:彼とはとてもうまくやってた。良く話したよ。当時から彼はスペインのことがすごく好きで、いつだってマドリーとバルサのニュースに、リーガがどんな状態かに興味を持っていた。3年前おれたちは共にマンチェスターにいて、明日はクラシコを戦う。 ピケはスペイン代表のレギュラーになった おれがスペインとカタルーニャ、どちらでプレーするかという議論は存在しない。というのも現時点で、スペインだけが公式に認定されている。 ピケはユニセフやバルセロナ財団といった慈善団体に貢献している彼の従妹はダウン症児だ。09年、ベルナベウでのゴールは彼女に捧げたものだった。ボールがネットに入るなり、彼は走り出し、両目を吊り上げる仕草をした。 PK:あれは彼女のためにやったんだ。彼女、あれがすごく好きで、おれがやるといつも笑うんだよ。おれは彼女と会った時は、いつもあの動作をするんだ。 ダウン症の人は、純粋さと優しさと腕白なところが共存してる。ビセンテ(デル・ボスケ)の息子もそうだけど、彼はホンモノのクラックだよ。彼らはくよくよしないし、良い時も悪い時も一緒にいてくれる。おれの従妹のモンセはいつもおれにとって人生のレッスンだ。彼女がどんなにハッピーか見ることでね。 ↑上の写真の説明 ��給料:2015年まで契約があり彼の買取金額は2億ユーロ、年間の給料は約300万ユーロ ��トロフィー:23歳にして11のクラブタイトル、代表でW杯を獲得。この成績を残した中では最年少 ��市場性:彼は時計ブランド Time Forceとダブルチョコクッキー、Príncipe のイメージキャラクター。NIKEとも長期契約を結んでいる ��キャリア:マンチェスター・ユナイテッドでプレーしたが、彼のゴールはいつも彼が育ったバルサで成功することだった ��ファッション:ひょいひょいっとグラビアの撮影をする。ぺぺ・レイナいわく、彼は�狢緝衆譴凌�男�� ��趣味:El Canto del Loco(スペインのポップ・ロック・バンド) とRihanna、Dani Martínが好き。休暇はイビサ島、タラゴナのカンブリルス ![]() ��プライベート:子供の頃の友情を維持しており、ガールフレンドはヌリア・トマス。シャキーラとの疑惑について訊かれると笑い飛ばした ��Facebook:数ヵ月前にプロフィールを作成。今は50万以上の登録者がいる。ほとんど毎日写真などをアップしている ビジャ「おれは本当に幸せ」 ![]() ![]() クラシコ直後のビジャのインタビューです。他の選手たちもインタビューに答えてはいるのですが、中でもこのビジャのインタビューが気に入ったので上げます。 クラシコの前、最中、後、何を言われていた? 私たちはすべてを知りたい まあ、想像できるだろう。おれたちはとてつもなく幸せだ。誰もがお互いに感謝し合い、祝い合っていたよ。ハグがあり、そして……まあともかく、おれたちは自分たちの仕事を完璧にこなしたもんで、最高のハッピーだった。最初から最後までな。 ハグの後に……何したの!? ピッチでは本当に快適そうだったね。今日だけではなく過去数試合でも ああ、おれは本当に幸せだよ、本当に幸せ。というのも真実を言うと、このチームでプレーできるというのは素晴らしいからな。おれのゴールに繋がった、彼らが繰り出した2本のパスを見てくれさえすりゃいい。おれたちは皆ピッチでこのうえなく自分たちの時間を楽しんでいるとはっきり言うことができる。おれたち一人一人が。そしてこれこそが一番大切なことで、一番難しいことだ。 うん、ダヴィ、あれを見てくれ。(バルサファンで溢れ返った)カナレテスを見てくれ。あそこにいる人々を。カンプノウでのショーとパラウ音楽堂でのリサイタルが終わった後、人々は通りに溢れ出てきて、祝うために集まり出した……彼らをみてくれ。ほとんどの人は明日仕事があるんだぞ! ![]() つまりはあれこそ、おれたちがプレーする理由さ、わかるだろう。個人的に報われるため、そして自分のクラブをより良くするため。そして人々は皆、おれたちのプレーを見て楽しんだ。彼らはもう数時間ああして祝ってるんだろうね。自分たちのクラブを祝う、一番大事なことだ。全員が幸せになり、今夜はいつまでもフレッシュで、彼らは楽しみ続ける。 では二つの簡単な質問を。カンプノウでのあなたの初めてのクラシコについて、あなたが今後も覚えているだろうイメージを教えてほしい。何か特別にあなたの心に訴えかけたものはあったかな? おそらく、ふたつ。まず最初に、人々の熱気。彼らは本当に、この素晴らしい試合の1分1分を楽しむことができたんだ(もちろんだよダヴィ! きみたちは最高だった !)それからドレッシングルームにおける、自分たちが素晴らしい仕事をやってのけたという自負からくる幸福感。幸せ50%、おれたちが素晴らしいプレーをしたという意識50%というところだ。家に帰ったら、今夜の試合を見るかな? もし放送していたら、イエス! たいていそうしてるよ、今夜だけじゃない。いつもだ。家にいて何も見たいものがやっていなければ、試合で何が起こったがもう一度見るよ。今夜、おれは眠れないことを喜ぶだろう。間違いなく楽しめるだろうね。 ![]() もう一つ、以前この日記(Twitter?)でも紹介したように、先月のFour Four Twoの特集はバルサでした。ブスケ、イニエスタ、ビジャなどのインタビューが載っていたのですが、ビジャのインタビューの面白い箇所がビジャファンのブログにあったので掲載します。 バルサについて おれはアストゥリアス人で、スポルティング・ヒホンのファンとして育った。これまでにも、ルイス・エンリケやキニのようなスポルティングの偉大な選手たちがバルサでプレーしてきた。彼らはおれの故郷から出たヒーローでありレジェンドであり、彼らの足跡を辿りたいと思っていた。そして他のフットボールファンと同様、おれはバルサのプレーが好きだった。 ぺぺ・レイナについて ぺぺ・レイナはおれにとってもう一人の兄弟みたいなもんだ。父親同士は友達だし、おれたちはU21でプレーした頃からの付き合いだ。素晴らしい休暇も一緒に過ごしたよ。おれにとっては最高の友達だ。妻同士も仲がいい。彼にとって人生はパーティ。いつもアンダルシア人のように歌ったり騒いだりしているよ。彼はフラメンコやそんなようなことが好きでね、だけどマドリーで生まれバルセロナで育ったんだ! 彼とはいつも笑ってるよ。 ![]() クラシコについて ラモスとアロンソがお手柔らかにおれを扱ってくれることを望んでいるよ……こいつは夢かな? チャビとイニエスタについて 世界中どこを探したって、チャビやイニエスタの後ろでプレーしたくないやつなんていない。おれたちは代表で一緒にプレーしたが、ストライカーとして共にプレーするうえで、彼ら以上のミッドフィールダーは望めない。 毎日毎日、美味しいネタがわんさかと……嬉しいけど大変だ
|