てらさき雄介の日記
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2018年11月01日(木) 法華経のお話

とても良い話を聞いた。法華経には�犹誘貳�苦(要約)を度する�瓩判颪い討△襦�その「度する」の意味についての解説だった。生きている以上は四苦八苦を無くすことは出来ない、それを乗り越えて渡るのが肝要とのこと。

なるほど。仏教の勉強は余りしていないが、確かにそれはそうだろう。どんな人でも必ず年をとるし、病にもかかる、そしていずれ死んでいく。そんなに遠いことではない。私だって、既に折り返しは過ぎている。

●今日一日

【午前】
団体周年行事/清新

【午後】
地域まわり/中央区内

【夜】
支援者訪問/相模原


2018年10月31日(水) 父が愛した居酒屋が閉店した

政治家として思うところあり、かつ体調の都合もあって、年々付き合いを減らしている。特に夜はそう。あえてそうしている。

それ故、致し方ないのかもしれないが、今日ある場所でショックな話を聞いた。�犹海舛磴鶚瓩�、数日前に店を閉めたとのこと。そのことを知らなかった自分が恥ずかしくなった。

父はその店でよく飲んでいた。勤め先から電車に乗り上溝駅に帰ってくる、その導線上には位置していない。今思えば、そこは不思議であるが、何かの機会で見つけたのだろう。

初めて選挙に出る時に紹介してくれ、その後店ぐるみで応援して頂いた。浪人中は、お客さんが貯金箱にお金を入れ、定期的に後援会に寄付をしてくれた。忘れるはずもない。

一緒に酒を飲んだ記憶は、この店ばかりだ。父は焼酎のトマトジュース割りを、ただひたすらに飲んでいた。上手いとかまずいという感じではない。ひたすら酒を�狄�べて�瓩い拭�こういうところは、遺伝していると思う。

病院に運ばれたのもここからだった。軒先で倒れた。それ以降、亡くなるまで十年以上、父は酒を飲めなかった。最期はその味を覚えていたのかどうか。わからない。入院した当初は、「山ちゃんで、みんなと飲みたい」と言っていた。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
相模原市職員労働組合定期大会/富士見
資料作成(報告会)/事務所

【夜】
月例ミニ県政報告会(交通)/中央
会合(後援会)/同
支援飲食店イベント/相生
支援者訪問/上溝


2018年10月30日(火) 例年より早く手帳を買った

例年より少し早めに手帳を買った。来年は県議会議員選挙がある。既に年末年始の予定も出てきており、早めにその調整を行うことにした。

投票日は4月7日に決まった。それ以降どうなるかはわからない。それこそ予定の立てようがない。手帳の記載も白紙にしておこう。

●今日一日

【午前】
元市議告別式/南区古淵

【午後】
打合せ(党)/中央
行政相談対応(福祉)/上溝

【夜】
支援者訪問/中央
事務作業/事務所


4月7日以降は、わかりません


2018年10月29日(月) ルンピニ公園のオオトカゲ

バンコクの前半はシーロムに泊まった。ルンピニ公園は目の前だ。ここにはオオトカゲが住んでいる。散歩がてら見てみようと池を1週した。橋の下や草むらなど、何となくいそうなところに目を凝らす。結果、3匹見つけることが出来た。

それほど大きくはなかった。目分量で50�僂�ら70�僂箸いΔ箸海蹐�。それでも日本の街中にいれば、警察に通報されるだろう。しかしここでは馴染んでいる。誰も恐れず。誰も気にせず。バンコク随一の奇麗で立派な国立公園の中で。水陸両用。ハトや海中生物を食べているらしい。

日本では、駅のホームに鳥が巣をつくると、撤去しろと文句を言う客がいる。私の認識ではクレーマーの類だ。危険があるならまだしも、フンのひとつやふたつ、笑って済ませればいいではないか。そんなに奇麗な人生を送っているのか。そう聞き返したくなる。

タイの屋台でパッタイやカオマンガイを食べた話をすると、美味しそう、自分も是非行ってみたいと言う人は多い。しかしこれまでの経験上、半分の日本人はアウトだ。味の良し悪し以前で気が滅入るらしい。ハエがたかる、皿をバケツで洗っている、等々。屋台だから当たり前なのに。

●今日一日

終日お休み


日向ぼっこをしていました


2018年10月28日(日) カオサンロードへ行ってみた

カオサンロードへ行ってみた。28年振りだ。これまで足が向かなかったのは、交通の便がよくない場所だから。BTSやMRTから遠く、今や少し外れた繁華街と言える。

初めてのタイは19歳だった。とにかくカオサンに行けば、安いゲストハウスがある。当時の�狠狼紊諒發�方�瓩暴颪い討△辰拭�当日はたどり着けなかったが、翌日に何とか宿を求めることが出来た。

何日滞在したのかわからない。トイレとシャワーは共同。窓のない部屋だったような気がする。天井に扇風機が付いていたかも。

現地へ行けば、それ以上のことを思い出すかもしれない。光景によって記憶の引き出しが開くこともある。しかしダメだ何も出てこない。その後のタイ歴が多すぎて、上書きされてしまった。

この通りには、もう一つある。同じ年の友人が、ここで亡くなった。長い付き合いではなかったが、それでも私の紹介である会に入ったり、また彼の働いていた市役所近くの店で酒を飲んだりもした。

いつの間にかいなくなってしまった。気配もなく、音沙汰も聞こえてこなかった。しばらくして新聞記事で亡くなったのを知った。以前ヒッピーをやっていたと、本人から聞いたことがある。バンコクのカオサンロードが終の地となった。今日、通りに立って冥福を祈った。

●今日一日

終日お休み


こんなに広い通りだったかな


2018年10月27日(土) 公私の区別は厳格にしている

公私の区別は厳格にしているつもり。だからこそ、その境界線があいまいな指摘や批判には辟易する。誰でもプライベートはあるだろう。議会で寝ることのない私からすれば、そっちの方をもっと突っ込んで欲しい。

今回の旅もそう。議会をサボっている訳ではない。費用は全て自費である。前半は付き合いや視察もあったが、誤解を招くのは不本意なので、政務活動費等の税金は一円たりとも使っていない。当たり前のことだ。

バンコクに着いて3日目になる。この間、特段に何もしていない。何もしない為に来た。唯一チャレンジしたのは、レバノン料理を食べたことかな。明日も1、2か所は行ってみるつもり。行きたいと思うところへ。

●今日一日

終日お休み


夜は普通の居酒屋です


2018年10月26日(金) 安田純平氏の帰国を素直に喜ぶ

バンコクのホテル、ふとテレビをつけた。坂上忍氏のワイドショーをやっている。ちょうど安田純平氏の帰国を取り上げていた。関心あるテーマなので、しばらく見ていた。何人かのコメンテイターが発言していたが、聞いていて段々と腹が立ってきた。

「自己責任」について、ここでは触れない。その論から脱却することが政治の存在意義なので、改めて機会があれば考えをしっかり述べたい。

ここではメディアの対応だ。政府や大手メディア各社は、今や危険地域に人を派遣しない。その方針は是。人命に勝るものはない。一方で、それでも一番に情報を欲しているのは、その両者ではないか。カネを払ってフリーを‘雇って’いるのが実態だろう。

安田純平氏のような戦場ジャーナリストから得られる情報は貴重なはず。少なくとも政府はそのことを認識しているので、解放に向けて様々な努力を積み重ねた。見捨てることによって、誰も戦場に行かなくなったら困るからだ。

しかしメディアはどうか。わかっているのか。安田純平氏は�狄汎皚瓩任呂覆い里�。何故、その帰国を素直に喜ばない。彼らがもらたす映像や取材内容で、助かっていることを、何故ここで言わない。冷たい。いやそれを越えて、プロとしての自覚に欠けている。

●今日一日

終日お休み


その中でも、この方のご意見は賛同出来ました


2018年10月25日(木) 素晴らしいのは人間そのものだ

友人たちは昨晩帰国した。今日から一人だ。昼の便でバンコクに移動する。プノンペンの空港まではトゥクトゥクに乗った。餞別変わりに15ドルまでは出そうと決めていたが、言い値は10ドルだった。しかも申し訳無さそうに小さい声で言う。かわいい客引きだ。

映画『キリングフィールド』の衝撃は忘れられない。確かレンタルビデオだった。父と一緒に観たのを覚えている。この現代に、こんなことが果たしてあるのかと驚いた。政治や国家権力という存在に恐怖を覚えた。ろくなものではない。実は今もそう思っている。

一方で、素晴らしいのは人間そのものだ。今回のプノンペンは、相模原の友人がアテンドしてくれた。彼の母親はカンボジア難民として日本へ来た。そして相模原の団地で暮らすことになった。日本人と結婚して、彼が生まれた。今はカンボジア人の技能実習生に関連する仕事をしている。

3日前、プノンペンに到着した夜に、そのまた友人を紹介してもらった。親は同じく難民、同じ境遇、相模原でハーフとして生まれ育った。今はカンボジアと、彼の夫人の母国である韓国に住まいを持つ。日本の実家と、3か国をまたにかけて仕事をしている。

顔を見て、あれっと思った。知人に似ている・・・。言うと、「ああ、それは弟ですよ」とのこと。その知人は相模原で同じ会に所属している。親がカンボジア人とは聞いていた。世間は狭いとはこのことだ。

国境が低くなることで、彼らはカンボジアと日本の間で、見事に仕事を成り立たせている。その生まれと育ちを活かして。国境がないと国は成立しない。国を成立させるために国境がつくられる。では果たして、人間にとって国とは何であるのか。役に立つのか。

●今日一日

終日お休み


安全運転のトゥクトゥクでした


2018年10月24日(水) 街にクラクションの音がない

カンボジア人の平均年齢は35歳とのこと。日本より10歳以上若い。クメールルージュの虐殺に拠るところもあるようだが、それでもピラミッド型の人口構成は日本にとって今や夢でしかない。

さて今回の訪問でいくつか印象が変わった。治安の話は先日書いた。加えて人当たりの良さだ。トゥクトゥクや店の呼び込みは、驚くほどあっさりしている。言い値も常識的な範囲だ。そして街にクラクションの音がない。東南アジアの都市には珍しい。

通貨は何故か米ドル。自国通貨リアルの不安定さが理由と思っていた。しかしそれは違った。1ドル4000リアルで安定している。米ドルを直接稼げるメリットを国は重視しているのかもしれない。

●今日一日

終日所用


市場ではアヒルも売られています


2018年10月23日(火) カンボジアの送り出し機関

外国人技能実習生の送り出し機関を訪問。日本はベトナム人の受け入れが多いが、カンボジアから見ると日本は人気がある。理由を聞くと「給料がいい」とのこと。さもありなん。至極まっとう、かつ正直な答えだ。家族の生活を背負っているのだから当然。

採用が決まったカンボジア人は、約半年日本語の研修を受ける。それがルールだ。その分と渡航費用は本人の負担。大金を親戚や金融機関から借り入れる。そして日本で稼いだ分から返していく。古今東西繰り返されてきた�狃于圓��瓩療儀燭澄�

今年2月の県議会代表質問。県内の現状を踏まえて取り上げた。「神奈川県にいるベトナム人の技能実習生は、いずれベトナムに帰っていく。制度の通りその発展に寄与し、日本はいい国だったと言ってくれれば、神奈川と日本にとって喜ばしい。しかし日本に悪い印象を持ってしまったら、逆に友好関係にマイナスとなってしまう。」

次の国会では、外国人労働者の受け入れ拡大が議論されるそう。基本的な方向性は理解する。しかしその制度づくりは至難の業だ。わかっているのだろうか。今やっていることすら上手く出来ていない。その反省から始める必要がある。

●今日一日

終日所用


大きな声で日本語の朗読をしています


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