てらさき雄介の日記
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| 2017年04月20日(木) |
今回の旅で巡り合った皆さまへ |
午後羽田空港に着いた。そのまま相模原の自宅に戻る。事務所等へも行きたいと思ったが、さすがに疲れているようだ。その気合が起きなかった。買ってきた食事を採っていると睡魔がおそってくる。
移動が多かったからか。また気温の変化が激しかったのもあるだろう。更には初めて見た景色ばかり。興奮もある。含めて体に効いていたのだと思う。もちろん心身に良い影響もあったはずだが。
砂漠に行きたいと小さい頃から考えていた。夢がかなった。未だいくつかある。次はまた別の場所を目指すつもり。今回の旅で巡り合った皆さまに、改めてお礼を申し上げる。ありがとうございました。
●今日一日
終日所用
| 2017年04月19日(水) |
フランクフルトのアップル酒は見事である |
飲んだことのない酒を探している。日頃から関心を持っているが、日本にはもうほとんど残っていない。あれば教えて頂きたい。
ここドイツにあった。正確にはフランクフルトの名物らしい。アップル酒だ。アップルワインと呼ばれているが、日本のように甘くはない。むしろ発酵臭が強い通好みの酒。一口飲んで「旨い」と唸った。
バー、レストラン、空港ラウンジ。それぞれ飲んでみたが味が違う。自家製が多いとのこと。バーのものが一番良かった。日本でも飲めないだろうか。ネットを検索すると同じ名前で違うものばかり。
繰り返しだがとても美味しかった。この為にフランクフルトに来てもいいくらいだ。ベルリンも行っていたい。旅の途中にまた次の旅を思い浮かべる。
●今日一日
終日所用
 この酒に巡り合えたことに感謝
| 2017年04月18日(火) |
カサブランカは�倏鬚こ広瓩世辰� |
モロッコ自身が目的ではなかった。アフリカに行きたい。砂漠に行きたい。その結果訪れることになった。エジプトやアルジェリアは国内の移動が難しい。そして危険も大きい。またリビアは入国すら出来ない。
しかし来て良かった。イメージよりもアラブの匂いがした。賑やかだった。一方で人はあっさりしている。道端で声をかけられるお誘いも、断るとあっさりと引き下がる。日本人と同じく遠慮ふかいのだろう。
カサブランカの意味は�倏鬚こ広瓩箸里海函L召�付けられた時代は古い。それでも確かに街並みは白かった。多くのものが継続している都市だ。
●今日一日
終日所用
 ホテルの部屋から見える風景
| 2017年04月17日(月) |
エイチ・アイ・エスのカサブランカ支店 |
エルラシディアの空港は新しい建物が建設中。砂漠を目指す旅行者が増えているのだろう。ロードサイドに新しいホテルがいくつもあった。この場所は二度と相みえることはあるまい。
カサブランカに到着。明日はいよいよドイツまで戻る。空港行きの車を手配する為にエイチ・アイ・エスの支店を訪問。現地職員が話を聞いてくれた。日本語が堪能。しかし日本を訪れたのは一度のみと言う。
カサブランカに支店を出している日本の旅行会社は他にない。私たちのような日本人旅行者の相手と、モロッコから日本への旅行者を募るのが仕事だ。後者が増えているのに対して、前者は大幅に減っているそう。
その原因は「イスラムは危ない」という風評。モロッコで危ないならば海外旅行なんて出来ない。パリやロンドンでもテロは起きている。イスラムは元々穏当な宗教だ。日本でも的確な教育が必要と思う。
●今日一日
終日所用
 タジンは色々な種類があります
| 2017年04月16日(日) |
リッサニの市場で売られる羊たち |
日の出は6時30分と遅い。昼夜の気温が違うことは知っていた。しかし想像以上。夜寒くて目が覚めてしまった。まだ今も寒い。厚手のジャンパーを着て外に出る。しかし残念だ。雲がかかっている。太陽がはっきり見えない。まあ自然のこと。いたし方ない。この光景もまた良しだ。
一日かけてエルフードに戻る。途中リッサニに寄る。オアシスの街だ。地球の歩き方で半ページしか記載がない所。印象的だったのは市場。香辛料や生活雑貨。生きた羊がヒモに繋がれて売られていた。
また外国人向けのショーも見れた。先住民族であるベルベル人の楽器。客はほとんどが欧米人。アジア系は見えない。まして日本人はいない。現地のお茶は砂糖無しのものならいける。しかし大方はどっさり入っている。
ホテルに到着。ああ帰ってきた。そう思うのは何故だろう。ここはまだモロッコの奥地。昨日と今日見た景色に隔絶の感をいただいたのだろう。夜はゆっくりした。幸いレストランにはビールとワインがあった。
●今日一日
終日所用
 昼食を採ったリッサニのレストランです
| 2017年04月15日(土) |
メルズーガの大砂丘にて |
朝ホテルを出発する。4WDの車で荒野を疾走する。初めて見る光景だ。360度何もない。所々砂地が出ている。これが大きくなると砂丘になる。そういう中にも家はある。石造りやテントらしきもの。
揺れは激しい。しかし全く気にならない。昼食を採ったあたりから風が吹いてくる。日本では暴風のレベル。砂が飛び散る。体や顔にどんどん付くが気にしても仕方ない。そういう場所を目指してきたのだから。
こういう所でも植物は育る。本数は少ないが力強い感じだ。少ない水脈の上にのみ生えている。人が暮らせる規模ではないが、全く何もない訳でないところが良い。メルズーガに到着したのは夕方だ。
目の前に大きな砂丘がある。ここが今回の旅の目的地。写真を何枚かとったが、どうしても矮小に見えてしまう。記憶にこそ残そう。日没の見学もラクダで行った。運良くはっきり見ることができた。
一言で表現するなら壮大である。パラオの海が天国の壮大さなら、ここは地獄の壮大さだ。一方でその中に人は暮らしている。光景と生活を感じることができたのは良かった。遠かった。しかし来て本当に良かった。
●今日一日
終日所用
 ラクダを先導したガイドです
| 2017年04月14日(金) |
深夜にエルラシディアの小さな空港に到着 |
エアモロッコの国内線に乗った。エルラシディア空港へ。プロペラ機に乗り、約1時間で到着。田舎の小さな空港だ。既に深夜なので周辺の状況はわからないが、峡谷と荒野が横たわっている気配はある。
宿泊するホテルはエルフード市にある。迎えの車で約1時間。対向車がほとんどいない道を猛スピードでひた走る。恐怖も感じるがここに至っては仕方ない。身を任せて窓の外の光景に集中する。
到着すると思いのほか立派なホテルだ。ゲストハウスのような所と覚悟していたので、その分快適でゆっくり休むことが出来た。明日はいよいよ目的地。サハラ砂漠の入り口。メルズーガへ。
●今日一日
終日所用
 まさにローカル空港です
| 2017年04月13日(木) |
アフリカ最大のハッサン2世モスク |
カサブランカの朝。思ったほど暑くはない。初めての街は規模を把握することが重要。同じ地図でも縮尺が異なるためだ。ソウルはあっと言う間に移動が完了する。上海は歩いても歩いても目的地につかない。
まずは市電乗り場へ。線路に沿って2駅分歩いて約10分。なるほどそれ程大きくはない。近場なら徒歩移動が可能だ。それ以上はタクシーの移動になるだろう。中央市場で昼飯を食べ、そのまま最大のモスクへ向かう。
ハッサン2世モスクはこれもアフリカ最大とのこと。しかも歴史遺産ではなく最近つくられたもの。安くない入場料をとるところがさすがと思ったが、それでも観光客が長蛇の列になっている。
メディナとハッブース街も訪れた。夕食は現地らしい店ならどこでも良かった。しかし条件がある。酒が飲めること。ここはイスラムの国。宿泊したホテルを含めて基本的に酒は売っていない。
間違いなく飲めるであろうフランス料理を選択した。元宗主国なので自然に馴染んでいる。その名もカサブランカというビールは旨い。味が濃い私好みだ。アフリカ産のワインも良し。
●今日一日
終日所用
 巨大なモスクでした
| 2017年04月12日(水) |
エクスペディアの予約システム |
カサブランカに着いた。いまだ目的地へは遠い。しかし今日と明日はここに滞在し市内をまわる。北アフリカ最大の都市。夜なので風景はわからないが、車と人の量が多いのは感じる。明日を楽しみにしよう。
HISは日本発着便しか扱っていない。フランクフルトからカサブランカの便はエクスペディアで予約した。往復で3万5千円と格安だ。Eチケットもいらないと言う。手ぶらでOKだ。
空港のチェックインカウンターでパスポートを出すと、確かにしっかりと予約がとれている。事前の不安が嘘のようだ。果たしてどういうシステムなのか。今回の旅はネットあってこそと実感する。
●今日一日
終日所用
 エアモロッコも初めてです
| 2017年04月11日(火) |
人は必ず死ぬからこそ |
お世話になった方の訃報である。今や知られていると思うので実名を挙げるが、盟友である本村賢太郎衆議院議員のお母様が亡くなった。ご自宅に弔問し手を合わせた。ご生前大変お世話になった。
また先ほど連絡が入った。親しくしていた支援者が亡くなったとのこと。関内の韓国クラブに連れてって頂いたのが思い出深い。年齢は私とそう変わらない。悪い状態と聞いてはいたがショックである。
昨年父が死去した際に改めて実感した。人は必ず死ぬ。誰でもだ。しかも時は着々と近くなっている。その前提でどうすればいいのか。私はとにかくも色々なものを�犖�たい�瓩隼廚Α�その欲は尽きることがない。
【午前】 支援者弔問/中央
【午後】 所用
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