てらさき雄介の日記
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2016年12月31日(土) 年越しは蕎麦ならぬカレーうどん

毎年大みそかは消防団の詰所で過ごす。歳末警戒の最終日である。今日はさすがに仕事の予定もない。担当地域を消防車で巡回する。その後は待機。皆で談笑しながら年越し蕎麦を食べる。

インスタントのカップ麺が何種類かある。赤いきつね、緑のたぬき。いや風習には拘るまい。年越しのカレーうどんを食べることにした。お湯を沸かして5分で完成。これがなかなか旨い。

日が変わると同時に詰所を出る。地元の神社まわりだ。そして早朝5時開始のイベントに備える。合間は寝ずに事務所で作業。これも例年のこと。人生は有限。思い知らされた一年だった。頑張ろう。

●今日一日

【午前】
お休み

【午後】
事務所片付け

【夜】
事務作業/事務所
消防団歳末警戒(中央1−1)/上溝


年越し‘うどん’でした


2016年12月30日(金) 暗号通貨が流通するようになった時

銀行とは不思議である。自分のお金を引き出すのに手数料を取る。土日は無論のこと、平日でも午後3時以降は窓口が閉まる。駅前の一等地に所在している。駐車場のスペースは異常に少ない。

大手の都市銀行も経営は厳しいと聞く。しかし小口の一般ユーザーは相手ではないのだろう。お世辞にも親切とは言えない。一方で現金による取引は大幅に減った。既にネットによる数字だけのやり取りが多い。

更に近い将来はビットコインのような暗号通貨も流通するはず。その時銀行はどうするのか。いや通貨の供給で経済をコントロールしている政府は、どのように金融を組み立てるのか。自治体も無縁ではいられまい。

●今日一日

【午前】
事務作業/事務所

【午後】
お休み

【夜】
市議後援会忘年会/相模原
消防団歳末警戒(中央1ー1)/上溝


2016年12月29日(木) 宴会が出来る相模原へ

ご支援頂いている会社の忘年会に参加。毎年今日29日と決まっている。しかし年々忘年会が少なくなっている。私だけが誘われてない訳ではないと確認している。内々の宴会が増えたのだ。

関連業者や私たちような政治関係者等の�犁勠瓩鮠靴�、温泉や料理屋で盛大に開かれたのも今は昔。経済状況の悪化と文化の変化だろう。中小企業は苦しい。直接の仕事に関係ない人を呼ぶ余裕はない。また酒を飲まない人も増えた。半数以上がノンアルコールという会もある。

責められることではない。ただし寂しいとは思う。飲食店は商店街の中心を担っている。商店街はまちづくりの要だ。盛り返していくには政治の力も必要だ。宴会が出来る相模原。大切なキーワードだと思う。

●今日一日

【午前】
お休み

【午後】
挨拶まわり/市全域
事務作業/事務所

【夜】
支援企業忘年会/相模原


忘年会も地域活性化のひとつです


2016年12月28日(水) 父を偲んで新橋を彷徨ってみた

父は日産自動車で働いていた。銀座の本社にいたこともある。恐らくは近くで飲んでいたはず。今となってはその真偽を確かめようもないが、改めて酒好きだった父を偲びに新橋を彷徨ってみた。

4軒ハシゴした。いずれも背広組の多い居酒屋だ。最初の炉端焼き屋さんは、魚と野菜を炭火で焼いてくれた。しかし安い。1品税込で300円均一だ。品も良い。とても美味しい。酒もうまい。

二軒目以降も値段が安く、かつ居心地が良い店ばかりだ。日本の労働者は9割以上がサラリーマン。その多くが「月に○○○円」の‘小遣い’制度。毎日飲めるはずもなく、一回あたりの値段も限られている。

私は宴席は多い。平均よりも高い料理と酒が並ぶ。仕事とはいえ複雑である。市議になった時に父から言われた「お前がもらっている給料は、ものすごい金額だということを忘れるな。」

25歳で初当選。まだ何もしていない私の報酬は、30年以上同じ会社で働いている父の給料より多かった。もちろんその言葉を忘れたことはない。プロであらねばと思い続ける原点のひとつである。

●今日一日

終日お休み


赤ちょうちん、日本の風景ですね


2016年12月27日(火) 消防団員募集は違ったアプローチを

消防団の歳末警戒。昨晩から始まっているが、私は今日からの参加となった。私の所属する中央方面隊第一分団第一部は、その通し番号「1−1」から分かる通り歴史が最も古い。旧上溝町役場の場所に詰所がある。

一方で団員不足により運営は年々難しくなっている。ポンプ車を保有しているので定員は15名。現在は9名しかいない。5分の3という充足率だ。しかしそれでも他の地域と比べればマシな方だ。

改善策はある。自治会任せにしないことだ。市行政の広報に関する影響力を用いて、直接リクルートを試みるのだ。自治会自身の加入率が下がっているのに、加えて消防団員の勧誘など出来るはずがない。

一方でボランティアに興味のある市民は多い。防災に対する関心もまた。網を広げれば、少なからず志願者は出てくると思う。今が上手くいっていない以上は、違ったアプローチを行うしかない。

●今日一日

【午前】
所用

【午後】
来客/中央
挨拶まわり/中央区及び緑区内

【夜】
消防団定期整備(中央1−1)/上溝


年末の夜はここで過ごします


2016年12月26日(月) 自動車関係諸税の改革について

自動車総連の政策懇談会に参加した。メインテーマは自動車関係諸税の改革について。取得・保有・走行の各段階で税金がかかっており、その簡素化が求められている。国の内需拡大にも資するはずだ。

税制は多くを国が決めている。一方で地方議会でも出来ることはある。かながわ民進党では県知事あて「自動車関係諸税の簡素化・負担軽減について」文書で要望している。以下その全文である。

*以下、かながわ民進党県議団の平成29年度予算・施策に関する黒岩県知事あて要望書から抜粋

「自動車関係諸税は、自動車の取得・保有・走行の各段階で国税・地方税を合わせて多くの税金が課せられ、非常に複雑かつ過重な体系となっている。さらには、消費税に加えて自動車取得税が課せられる税の併課の問題も抱えており、税の基本原則である「公平・透明・納得」に照らして多くの矛盾を抱えている。そこで軽油引取税等を始めとした自動車関係諸税の簡素と負担軽減を図ること。」

●今日一日

【午前】
お休み

【午後】
事務作業/県庁
挨拶まわり/横浜市中区

【夜】
自動車総連神奈川地協政策懇談会/横浜市磯子区


詳細なデータを基に検証しました


2016年12月25日(日) 県議会の同志が国政に挑戦する

早稲田夕季県議会議員の県政報告会に参加。伊東から東海道線と横須賀線で鎌倉へ。約2時間。思ったよりかかった。会場は鶴岡八幡宮近くの宴会場。たくさんの支援者が集まっていた。

氏は次期衆議院選挙の公認候補予定者になっている。鎌倉市に加えて、逗子市・葉山町・横浜市栄区がエリアとなる。新しい地域に活動を広げなくてはならない。これはとても大変なことだ。

地元の状況は正直よくわからない。またいざ選挙となれば私も相模原から離れられない。一方で県議会の同志が国政に挑戦するのは素晴らしいこと。出来る限りの応援を事前にしたいと思う。

●今日一日

【午前】
お休み

【午後】
早稲田夕季県議報告会/鎌倉市


終了後は再び伊東へ。初めての店で相模原の人にばったり。


2016年12月24日(土) タイマー切れ間近ゆえ伊東へ

葬式はお互い様のことだから、改めてお礼等をする必要はない。一般の常識だ。しかし私は仕事柄そうも行かない。ご弔問・お香典・生花・弔電・お手伝い等々。それぞれにフォローをしなければならない。

週明けに始める為にも今のうちに準備をしておかなければ。午前中は遺族間で情報共有をしながらリストを作成した。行き届かない所が多々あったと思うが、本当に皆様に助けられた。改めて御礼申し上げる。

さてタイマーが切れそうだ。私は24時365日働くことが出来ない。一定の時間が経過するとプチっと音がして、その後は集中力が格段に落ちてくる。少し休むことにした。日にちがないので近場へ脱走。

そのような訳で、夜は伊東市内の居酒屋で一杯やった。刺身の小盛・ジンギスカン焼肉・野菜サラダ。そしてビールと熱燗だ。まあ普段と変わり映えしないが、場所が違うのは大事。ゆっくり寝よう。

●今日一日

【午前】
所用

【午後】
お休み



店内のBGMは五木ひろしオンリー


2016年12月23日(金) 施主としての挨拶

父の葬儀が終わった。通夜式及び告別式で、施主としてご挨拶申し上げた。その内容をもって、ご協力頂いた皆様への感謝としたい。本当にありがとうございました。

「遺族、親族を代表して、一言ご挨拶を申し上げます。私の父である故寺崎利武の葬儀に、年末のお忙しいなか、ご参列賜りましてありがとうございます。

父は昭和18年11月19日、寺崎武雄・イツ子の子として、横浜市内で生を受けました。地元の学校を卒業した後に日産自動車株式会社に入社。途中色々なことがあったようでありますが、定年までつとめあげました。

その18歳から60歳までの40有余年間に、ご披露すべき内容があるのだと思いますが、多くのお勤めの方と同じように、父は会社や仕事の話はあまり致しませんでした。

私が社会人になってから、父が体を壊すまで、何度か住まいのある上溝の居酒屋に飲みに行ったことを覚えております。とにかくも酒が好きな父でありました。体を壊してからは酒を飲めない日々だったので、もしあの世というものがあるのなら、既に飲んでいることと思います。

父が亡くなりました去る12月15日は、父と喪主である母の結婚50年目のちょうど金婚式の日でもありました。重ねて願いますれば、母寺崎昌枝をはじめとする遺族に引き続きのご厚情を賜ればありがたく存じます。

生前頂きましたご厚情と、本日ご参列いただきましたことに、重ねて感謝申しあげまして、遺族、親族を代表してのご挨拶といたします。ありがとうございました。」


●今日一日

【午前】
所用

【午後】
所用



2016年12月22日(木) 物語の最後は自分ではわからない

真田丸が最終回を迎えた。連続ドラマは見ないほう。決まった時間に家にいない。録画してまで見ようとも思わない。これほどじっくり見たのは、龍馬伝くらいかもしれない。1年間と長くやっているので、登場人物に対する感情移入も濃くなってくるのが大河ドラマの良さ。

振り返り、一番のシーンはここだろう。最後の出陣を前に真田信繁が淀君に会う。そして策を伝える。ここに至って勝つのは難しいが、負けずに生き延びることは出来るという。励ましや有終の美ではない。「望みを捨てるな」と冷静に語りかけている。

信繁は戦死、淀君は自刃。誰もが知っている結末だ。ふと気付いた。人間が決断した時に、いまだ結果は出ていない。誰にもわからない。私自身もどうなるかわからない中で、望みをもって進んできたのではないのか。ペースが遅くなっている。それは望みが減っているからなのか。

●今日一日

【午前】
支援者告別式/南区古淵

【午後】
所用

【夜】
所用


このシーンです


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