てらさき雄介の日記
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| 2012年12月15日(土) |
どんなカタチでも再び国政へ |
(12月4日〜12月16日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
当初から14区の不利は明らかだった。これまで3年半とそれ以前からの活動を思えば、悔しく、かつ情けなくもあった。
しかし民主党政権を選んだ主権者こそが、悲しい思いをしていたと受け止め、その上で出来る主張を着実に展開してきた。
結果は明日出る。どんなカタチもいい。再び本村賢太郎氏を国政に送らねばならない。残された時間は少ない。
●今日一日
終日選挙活動
事務所内でマイク納めです。
| 2012年12月14日(金) |
まさに自分との闘いである |
(12月4日〜12月16日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
選挙戦も残り2日。もはや‘完全なる勝利’は望めない。現実を踏まえ票を積み上げて、とにかくも本村賢太郎氏を衆議院議員にするしかない。言わずもがな陣営全体も、その一点で引き締まってきた。
演説会も最終日。星が丘公民館と産業会館で開催。星が丘では応援弁士をつとめ、私自身の支援者にも多くご参加頂いた。産業会館では‘初めての’本村賢太郎を見た。互いにゼロから始めた政治活動。共感である。
ふと他候補のことを考えた。特に自民党候補は今回の風をどのように受け止めているのか。その実感はあるのか。私たち本村賢太郎氏・民主党の弱点をどう見てるのか。また脅威は。
しかし聞く術はない。誰も教えてはくれない。選挙とはまさに自分との闘いである。皆体も気力も限界に近づきつつある。先に勝利があると信じて、最後まで頑張ろう。
●今日一日
終日選挙活動
街宣車です。
| 2012年12月13日(木) |
逆風とはかくも強いものか |
(12月4日〜12月16日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
野田佳彦総理が相模大野入り。異例の2度目である。それだけ14区・本村賢太郎氏に期待がある証拠。選挙中市内をまわっていると、やはり野田総理は余り人気がない。しかし党首や党名を隠す選挙などあり得ない。
各種の報道データを総合すると、全国では大きく敗れている。相模原だけ例外とはいかない。首都圏で都市化されている以上は、むしろ大きく風の影響を受ける。しかし逆風とはかくも強いものか。唖然とする。
●今日一日
終日選挙活動
| 2012年12月12日(水) |
街宣車を運搬して門に立つ |
(12月4日〜12月15日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
企業の門前で候補者が朝のあいさつ。マイク使用は禁止の時間帯だが、街宣車が停まってた方が目立つとなった。余りにも早朝ゆえ人にも頼めず、私自身が事務所から現地へ運搬。
開始は午前6時50分。寒い。本当に寒い。‘心頭滅却すれば火もまた涼し’とはいかない。しかし多くの支援者が一緒に立ってくれている。すべてがボランティアで支えられた選挙。本当にありがたい。
数百人、あるいはそれ以上の人たちが、本村賢太郎氏の勝利に向かって活動している。それに報いるのは勝つことしかない。その責任を候補者と共に負う一人として、最終版に向けて全力投球だ。
●今日一日
終日選挙活動
| 2012年12月11日(火) |
堺、全国の友人たちの勝利を |
(12月4日〜12月15日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
堺にいる。大阪16区・森山浩行氏の応援だ。もっと早く来たかったのだが、地元を抜け出せる時間がなかなかつくれず、ついに昨晩新幹線の終電に飛び乗った。
明治大学雄弁部の1学年後輩である同氏は、堺市議・大阪府議を経て前回衆議院選挙で初当選。当時公明党幹事長であった北側一雄氏に勝利。しかし今回は民主党への逆風と、大阪特有の‘維新旋風’で苦戦している。
僅か1時間半だったが、街宣車に乗りスポット演説。候補者が話している時はビラを配った。「応援している」「民主党はダメ」両方のご意見を頂く。午後4時には相模原で集会がある。急ぎ戻らねば。
全国には学生時代からの友人が他にも、民主党公認候補として選挙に挑んでいる。前回が追い風だったゆえ、その分厳しい状況と聞いている。残念ながら応援には行けないが、薄氷の勝利を祈っている。
●今日一日
終日選挙活動
| 2012年12月10日(月) |
支援者に「やり直し」を誓う |
(12月4日〜12月15日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
後援会の皆様により‘望年会2012’を開催して頂いた。非常時ゆえ郵送のご案内となったが、お蔭様で会場あふれる参加人数だった。
衆議院が解散され、中止にすることも検討した。しかし本村賢太郎氏に支援を求める絶好の機会と捉え、予定通り開催することになった。
自分の大切な支援者ばかり。県政の活動報告にあわせて、今衆議院選挙にあたっての気持ちを、正直にお話した。
「民主党の選挙結果は厳しいだろう。自公の300議席も確定しつつある。残念であり申し訳ない。しかしもう一度やり直したい。地元相模原から自民党に対抗できる党をつくっていきたい。
12月17日以降のことを考えている。全力を尽くす。その為には本村賢太郎は無くてはならない。衆議院議員としていることが党再生に必須。是非ご支援をお願いしたい。(要約)」
●今日一日
終日選挙勝活動
新幹線の終電に乗車。堺駅に到着。その理由は明日。
| 2012年12月09日(日) |
後藤祐一氏の街宣車に乗る |
(12月4日〜12月16日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
後藤祐一氏の街宣車に乗った。相武台下駅〜麻溝総合体育館までの約1時間。気合で話続けた。神奈川16区・後藤祐一氏はいい勝負をしているとの評だが、なるほど多く人が手を振ってくれる。家からも出てくる。
相模原市南区の一部・緑区の一部・厚木市・伊勢原市・愛川町・清川村。一方で党所属の地方議員は少ない。広大な選挙区で名前を浸透されているのは見事。しかし民主党の逆風は変わらず吹く。突風である。
●今日一日
終日選挙活動
| 2012年12月08日(土) |
「自公圧勝」に背筋が寒く |
(12月4日〜12月15日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
世論調査の結果が出た。マスコミ各社が公示日に焦点を当てたもの。「民主惨敗、自公圧勝」が全体の傾向。覚悟していたこととはいえ、新聞の活字を見て背筋が寒くなった。
民主党には入れない。その先は自民党だった。あれだけ注目された第三極は政権選択の対象ではなかったのだ。480議席のうち比例代表は180。ここはそれ程極端ではあるまい。300の小選挙区が勝負である。
さて少ない得票率でも大きな議席を得る小選挙制は、議会制民主主義のあり方に照らして問題がある。以前からそう主張している。比例代表では個人が見えないというなら非拘束名簿という手もある。抜本改革が求められる。
しかし今はそんなことを言っている場合ではない。1票差でも負けの選挙。1票でも多くとるしかない。衆議院選挙の投票理由は「政党」が多い。この事実を鑑みれば、候補者のみならず「党への支援」も働きかけねば。
●今日一日
終日選挙活動
(12月4日〜12月15日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
選挙戦4日目。今日から個人演説会を行う。初日は2か所。うち1か所では弁士をつとめた。党本部から幹部も応援に来るなか、地元議員としてしっかり話せたと思う。
さて自らの県議選は演説会を余りしない。小規模なら複数回は開催可能だが、選挙戦術上あえて減らしている。ちなみに昨年の選挙では1回のみ。前々回は津久井地域も含めて4回だった。
選挙とは基本的に不特定多数に訴えるもの。期間中は尚更だ。自分を知らない人にどれだけ出会えるか、これが勝負を分けると考えている。私自身の選挙で街中のスポット活動を重視するのはその故。
一方で選挙には色々なスタイルがある。選挙は政治活動の一環である以上、候補者や陣営でスタイルが違うのは当然のこと。議論のすえ、今衆議院選挙では出来るだけ多くの演説会を目指すことになった。
決めた以上はやり抜く。これも勝利に必要な心構え。どこかの会場を決めて、私自身の支援者にも参加を願うつもり。また応援演説は一切気を抜かず、本村賢太郎と民主党への支援を訴えていく。
●今日一日
終日選挙活動
| 2012年12月06日(木) |
10万枚の証紙って一体 |
(12月4日〜12月15日の‘日記’については、公職選挙法の規定により、12月17日以降に更新しています)
2、3人の打合せから、100名を越える選対会議まで、ほぼ連日にわたり入り乱れて開催されている。その時間がもったいないとは思いつつ、大勢でやっている以上は意思疎通も必要。出席し意見を述べかつ聞いている。
しかし衆議院選挙の物量は膨大。認められたビラの枚数は何と10万枚。その全てに証紙を貼っていく。デジタルの時代にアナログな制度。その他にもある。法律の改正が必要だ。
さて私。実は人混みがキライ。狭いところに大勢いるのは特にそう。選挙事務所の中に1時間もいると妙な感じになる。外に出てホッとしていると誰かに話かけられる。まあ仕方ない。
●今日一日
終日選挙活動
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