てらさき雄介の日記
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2012年03月29日(木) 日タイ友好の促進に向けて

昨晩バンコクに戻ってきた。やはりミャンマーは通信不可。滞在中はメモを書いていたので、帰国次第、改めて訪問地の内容と感想をアップしたい。

さてバンコクでは、東日本大震災と津波について、何度か聞かれた。タイ国政府のみならず、民間でも多くの皆さん、何とスラム地区からも義援金を頂いている。

またタイはかつての大戦時に、親日政府が樹立され、敗戦後に至って多大な迷惑をかけた。含めて感謝である。

今後一層の日タイ友好を築くべく、政治家として取り組んでいく。

●今日一日

終日 バンコク滞在

*中国の歴史 近・現代篇 第一巻(陳舜臣著・講談社刊)を読みました。


2012年03月28日(水) 寺院の子どもに弁当箱

‘ミャンマーは仏教がいたるところにある’と書いた。今日朝一番で訪れた寺院でもその風景を見た。小僧さんが多く行き来している。20歳以前の男性(女性は別施設)を‘教育’しているそう。

短期で入る子供もいるが、多くはずっとここで暮らしている。20歳前なら自由に辞められるとのこと。しかし入った理由の多くは「食えないから。」少なくともここにいれば飢えはしない。

しかし修業は厳しい。食事は朝5時と午前11時の2回のみ。また戒律を厳しく守り、基本的には托鉢で受けたものしか食べない。今日は偶然寄進があったらしく、給食のようなカタチで一品が付いていた。

さて案内してくれたミャンマー人。ここに来るにあたって、自宅から新品の弁当箱を持参。もちろん自分が食べるのではない。弁当箱を持てず昔ながらの鉢で、毎日托鉢にまわっている子供にあげる為だ。

曰く「最近は多くの子どもが弁当箱を持っている。だから持ってない子どもがかわいそう。」食事中のホールを見て回り、持っていない子供に渡す。

更に曰く「隣りの子どもも持っていなかった。かわいそう。また持ってこよう。」

確かにかわいそう。しかし私は何もしていない。「かわいそう。」と明確に口にし、かつ具体的に行動しているこの人は、本当に素晴らしい人間だと思った。

さて最後に蛇足。ミャンマーの僧は皆んな赤い僧衣を着ている。ビルマの立琴で見た黄色ではない。時代変遷かと質問すると「ミャンマーは昔から赤」とのこと・・。

映画2作目(中井貴一の方)の撮影時、ビルマは社会主義政権下で、入国と撮影が困難だった。ゆえにタイでオールロケをしたとは聞いていた。しかし僧衣はストーリーに大きく関わる。なぜ赤に変えなかったのだろう。

初めてのミャンマー。3日間という短い行動だが、期待通り見聞することが出来た。往復の乗り換えを含めて約1週間、海外に出たことによりご迷惑をかけた皆さん、現地でお世話になった皆さんに感謝したい。

●今日一日

終日 ヤンゴン(ミャンマー)滞在

【午前】
ヤンゴン市内パゴダ参拝

【午後】
ヤンゴンからバンコクへ

小僧さんが大勢いた寺院。赤く見えるのは皆ご飯を食べている小僧さん。

ミャンマーで一番大きい寝仏陀


2012年03月27日(火) 日本人墓地で手を合わせる

今回の旅も佳境。目的地である日本人墓地を訪れた。明治以降にミャンマー(ビルマ)で亡くなった多くの日本人と、特に第二次大戦における犠牲者が埋葬されている。

戦死者については、身元がわからなかったり、またご遺体そのものが無い場合もある。全てのお墓をまわってみたが、20歳の兵士が一番若かったと思う。もちろん合葬もあるので、すべては把握の仕様がない。

また日本政府が建立した慰霊碑もある。ヤンゴン日本人会の委託によって、あるミャンマー人家族が管理している。敷地全体がとても綺麗である。日頃の手入れをきちんとされているのだろう。感謝したい。

記帳簿もある。と言ってもただの大学ノート。「神奈川県議会議員 寺崎雄介」と記帳した。直近では一昨日に数名来ている。主に遺族等の関係者とのこと。まあ観光ツアーの行程には入るまいが。

ビルマ方面に派遣された日本軍は303,501名。うち戦死者は185,149名。(1952年厚生省援護局調べ。但し航空部隊除く)実に6割以上の兵士が現地で亡くなっている。

かつての戦争は末期になるに連れ、当初の目的を見失い、軍に対する政府のコントロールも効かなくなる。その象徴が悪名高いインド・インパール作戦と、ここビルマにおける約3年半の戦闘である。

さてそれほど遠くない場所に、日本軍と戦った連合軍の墓地もある。ここもお参りした。イギリス政府が管理している。ここもお墓の石を一人ひとり見ていると、実に様々な国の兵士が亡くなっている。

やはり20代の若者が多い。胸が痛くなる。戦争の不毛を改めて痛感。身元不明の兵士には‘神の子’とある。ああネパールのグルカ兵も戦闘に参加していたのか・・。‘グルカ’の表記が。

同じ過ちを繰り返すまい。地球上から戦争を根絶すべく全力を尽くす。政治家としての仕事を通じて、犠牲者の霊に報いていく決意だ。

改めて戦死者とご遺族に、心からの哀悼の意を表する。

●今日一日

終日 ヤンゴン及びバゴー(ミャンマー)滞在

【午前】
連合軍墓地参拝
バゴー市内パゴダ参拝

【午後】
日本人墓地参拝

日本人墓地の門

日本政府が建立した慰霊碑

連合軍墓地


2012年03月26日(月) 仏教徒であったと体で自覚

初めてのミャンマー。バンコクから飛行機で約1時間で着く。空港から市内は車で30分ほど。

市内には至るところに仏塔(パゴダ)がある。多くが光輝いている。また参拝者も多い。私も礼を尽くし現地式にお参り。

さてこのパゴダ。歴史的に価値あるものも多い。一方で驚いたことに、市内のあちこちで、現在も新しくつくられている。

最初に訪れたパゴダも、軍事政権になってから、政府肝いりで建立されたそう。仏像も大きく立派だった。

タイも敬虔な仏教徒が多い。バーの片隅にも仏壇?があり、バイトの店員も都度手を合わせている。

しかしミャンマーは凄い。回教国はイスラム教が法律であり、かつ生活習慣全般を左右するが、それと同じ感覚で仏教がいたるところにある。

違和感はない。むしろ落ち着く感じすらする。自分も仏教徒であったのだと、頭ではなく自然と体で自覚する。

さて明日はいよいよ目的地へ赴く。まあ辿り着けないことはないだろう。今日はミャンマービールを飲んで早めに就寝。

●今日一日

終日 ヤンゴン(ミャンマー)滞在

【午前】
バンコクからヤンゴンへ

【午後】
ヤンゴン市内パゴダ参拝

ヤンゴン市内のパゴダ

市内を走っているバスは、多くが日本の中古車。写真は神奈中です。


2012年03月25日(日) 旅人に親切な国

バンコクも一時期は観光客が少なかったが、段々と戻ってきているらしく賑やかである。特に白人を多く見かける。

日本人は短い行程で海外旅行に出かけるが、欧米人などは長い休暇をとることも多い。その点ではタイは滞在費用が安く済む。

今回私が泊まっているホテルも、建物は古いが場所は一等地。にも関わらず一泊3千円である・・・。しかも朝食付き。

またタイは旅行者に優しい。困っている風にしていると、何だかんだと世話をやいてくれる。日本人も見習いたいもの。

さて明日はミャンマー。事前情報によると、無線通信が通じないらしい。一応携帯電話とiPadは持っていくが、音信不通になる可能性がある。ご理解をお願いしたい。

28日には再びバンコクに戻ってくる予定。

●今日一日

終日 バンコク滞在


2012年03月24日(土) 突然だがバンコクにいる

突然だがバンコクにいる。あさって早朝ミャンマーに入国するための、まあ半トランジットと言うところ。日本からミャンマーへの直行便はなく、バンコクかハノイを経由することが一般的。

昨日議会が閉会。若干の残務整理と、地元のトラブルを電話対応しつつ、県庁から羽田空港へ直接向かった。バンコク行き日本航空は深夜12時15分発。機内食を食べて、うたた寝をして、機内映画でワイルド7を見ていたら、あっと言う間に着陸のアナウンスだ。

昨日の午後は本会議場で、同僚議員の討論を聴いていたのに、今は異国でご飯を食べている。現地でこの日記が打てていることを含めて、本当に地球が狭くなっていると実感。明日以降も出来るだけ更新していく。

●今日一日

終日バンコク滞在


2012年03月23日(金) 第一回定例議会が閉会

本会議で議案の採決が行われ、今年最初の第一回定例会が終了した。2月中旬より約1か月間、様々な発言や作業を行ってきた。議会は5月に年度がかわるので、現役職についても一区切りとなる。

環境農政常任委員、予算委員、産業振興・地域活性化特別委員、県議会民主党医療福祉プロジェクトチーム座長、そして何より県議会民主党の副団長として、貴重な発言の機会を多く頂いたことに感謝したい。

県議としての仕事はあと3年残されている。これまでの主張を継続するとともに、至らぬ点は素直に認め、今後一層の政治活動を行えるよう全力を尽くしたい。

●今日一日

【午前】
県議会民主党正副団長打合せ/民主党控室・県庁
県議会民主党役員会/同
環境農政局から報告(総合計画)/同

【午後】
県議会民主党全体会議/民主党控室・県庁
本会議(討論及び採決)/本会議場・県庁

次回に向けて、まずは机の片づけ。


2012年03月22日(木) 重粒子線治療に健康保険を

‘重粒子線治療等に健康保険の適用’を求めるべく、明日の本会議に意見書案を提案することになった。本日提出者の一人として議案に署名した。

残念ながら反対多数で否決される見通し。しかし成立しないからといって委縮はしない。文面も本日の県議会民主党全体会議で最終確認。

さて二俣川の県立がんセンターに、重粒子線治療装置を導入することは、既に計画のなかで決している。今後は詳細な詰めを行っていく。

一方でこの治療は、患者の自己負担が約300万円もかかる。実質金持ちしか使えない。これでは公立病院としての役割を果たせない

今後もあらゆる機会を通じて、患者負担の軽減を訴えていく。命をカネで左右させてはいけない。

●今日一日

【午前】
事務作業/事務所
県議会民主党正副団長打合せ/民主党控室・県庁
県議会民主党役員会/同

【午後】
県議会民主党全体会議/民主党控室・県庁
医療・福祉プロジェクトチーム全体会議/同
県議会民主党部会長会議/同
議員提出議案への署名(3件)/同
都道府県議会改革推進議連役員会/会議室・県庁
相模原市選出県議の会/同
県議会民主党役員会/民主党控室・県庁
県議会民主党全体会議/同

【夜】
県議会民主党役員会/民主党控室・県庁

医療・福祉プロジェクトも最終段階。座長として取りまとめに臨みます。


2012年03月21日(水) iPadを徐々に会得していく

iPadを購入。と言ってもソフトバンクの回線を使うことにより、機械自体は実質無料になっている。

「説明書はありません。」とのこと。なるほどこういう時代か。確かに紙で説明書を付けること自体、アップルの趣旨に反するのだろう。

イジリながら徐々に会得するしかない。まずはこの‘日記’を、写真付きでしっかり打てるようにする。

今議会でも菅原直敏議員(みんな・大和市)が、議会でのPCの活用を取り上げていた。iPadを審議に使っている地方議会もあるそう。

ネットは弊害も指摘されるが、メリットの方が多いと感じている。世界中に同じ情報が流れることは、相互理解とひいては平和に通じるはず。

●今日一日

【午前】
事務作業/事務所
県議会民主党正副団長打合せ/民主党控室・県庁
県議会民主党役員会/同

【午後】
県議会民主党全体会議/民主党控室・県庁
本会議(採決1日目)/本会議場・県庁
県外調査に向けた打合せ(商工)/民主党控室・県庁

【夜】
支援者及び同僚議員と懇談/居酒屋・横浜市中区

新しいツール仕事のツールiPad。


2012年03月20日(火) 定位置のアイワールド前で

アイワールド前で街頭活動。いまだ多少の肌寒さを感じるが、段々と暖かくなってきた。

「しっかりしろ!」「しゃべる前にやることやれ!」など、厳しいご意見を引く続きいただく。

一方で「民主党を応援している。」とある方から言って頂く。その理由は「自民党に政権が戻ってしまう。」とのこと。

確かにそう。マスコミでは色々な予測が流れているが、このままでは第一党は維新でもみんなでもない。自公の返り咲きが濃厚だ。

野田政権に対しては、原点に立ち返るよう望む。また地元相模原では、少なくとも選挙区を死守すべく、仲間と協力しながら準備を進めていく。

●今日一日

【午前】
事務作業/事務所
地域まわり/中央区内

【午後】
打合せ(党)/ファミレス・南区古淵
街頭活動/アイワールド前・中央

【夜】
支援者お通夜/市営斎場・南区古淵

近所の和菓子屋さんで買い物。出来立てのおはぎをサービスで頂きました。


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