てらさき雄介の日記
DiaryINDEXpastwill


2011年12月27日(火) 台北代表、横浜華僑総会

中華民国の‘大使館’台北駐日経済文化代表所の横浜分所、また県内で活躍されている横浜華僑総会の皆様と懇談。

ほとんどの方が日本国籍であり、中国名と日本名と両方を持っている。2世、3世だけでなく、若くして在日1世という方も。

外国人参政権や外国人学校への補助金などが議論になる際、ほとんどが在日韓国朝鮮人、とくに外交問題としての対北朝鮮政策と関連付けられる。

しかし例えば横浜の中華学校は、台湾と大陸双方の出身者、そして日本人も通っている。十把一絡げで論じること自体が、実態とかい離している。

特に台湾は世界で最も親日的な国。世論調査などのデータに依らずしても、過去訪問した際の印象でも明らかだ。

今日のお話によると県内華僑は、横浜だけでなく相模原にも多くいらっしゃるそう。これを機会として交流を深めたい。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
行政相談対応(施設)/富士見
地域まわり/中央区内

【夜】
台北経済文化代表及び横浜華僑総会と懇談/横浜市中区
会合(議会)/横浜市中区

台湾産紹興酒で乾杯(カンペー)しました


2011年12月26日(月) 車でみなとみらい、後悔・・・

田中慶秋衆議院議員の後援会イベントに参加すべく横浜へ。その後の予定を考えて、珍しく車で向かうことにした。

16号をひたすら進む。早速後悔。かなり混んでいる・・・。しかし後戻りは出来ない。一路みなとみらいへ突き進む。

午前11時開会だったが、30分遅れて現地に到着。会場に入ると式典も佳境。ちょうど来賓議員を紹介しているところ。

列に割り込んで「相模原市中央区選出の寺崎です。」と大声で挨拶。タイミングが良すぎて申し訳ない感じ。

昼は県庁12階の食堂で食べた。その後民主党の控室で若干の事務作業。そのまま午後の挨拶まわりに出発。

県議を4年間やっていると、横浜市内にも知己が出来る。その三分の一くらいをまわった。今年一年の感謝を申し上げた。

夕刻再び相模原へ。行きほどではないが混んでいる・・。すっかり暗くなった頃に事務所到着。積まれた書類を整理整頓。

一端自宅に戻り消防団の服に着替える。今日から歳末警戒だ。半分位しか参加できず仲間に申し訳ない限り。

午前12時に終了し自宅へ戻る。年始に県政報告書を郵送するにあたり、名簿チェックする。この作業だけは自分しか出来ない。

現在2時を過ぎたところ。明日は10時に橋本での約束。ゆっくりの出発だが、夜はまた横浜で会合がある。ここらでおやすみなさい。

●今日一日

【午前】
田中慶秋衆議院議員後援会イベント/横浜市西区

【午後】
事務作業/県庁
年末挨拶まわり/横浜市内

【夜】
事務作業/事務所
消防団歳末警戒団長激励/上溝


2011年12月25日(日) 帰りは1時間40分である

ホテルから近い東部市場を訪問。規模はそれほど大きくないが、水産物を中心に何でも売っている。

魚屋さんの何軒かは奥に座敷があり、買ったものをその場で捌いて食べさせてくれる。ソジュ(焼酎)とイカの刺身を注文した。

しかし寒い。日本は最近温暖化しているので、どこか懐かしい冬の寒さである。粉雪が舞っては止む。

さて帰りの飛行機。1時間40分で成田に着いた。2泊3日という行程のなかでは、済州島というより成田までが遠く感じられる。

一度行った国や地域の情報は、不思議と敏感に身近に感じられる。観光のひとつのメリットだ。新たに済州島が加わった。ありがとう。

●今日一日

終日お休み

イカ刺のお通しは青トウガラシと生ニンニク


2011年12月24日(土) 天地淵瀑布に‘日本の形跡’が

済州島2日目。実質今日一日なので、全地域を巡るのは不可能。済州市内と島東部を選択した。

トルハルバンという‘守り神’がいる。あちこちに立っている。大きさはマチマチだが、表情とたたずまいは可愛い感じ。

天地淵瀑布で‘日本の形跡’を発見した。以前から観光地だったらしく、‘名勝地’云々の石碑が立っている。ちなみに足を止める人はいない・・。

ある所で馬のショーを見た。モンゴル帝国は朝鮮半島を侵略し、対日攻略の拠点を済州島に置いた。当時のお馬さんの末裔が残っているそう。

さて韓国政府は中文地域をリゾート開発している。免税店とカジノに行ったが、中国人観光客を筆頭に大賑わいだった。旧済州市内とは違う雰囲気だ。

夜は街中にある普通のお刺身屋さん。韓国は元々‘お通し’が素晴らしいが、何とそれだけで20皿も出てきた・・。ご馳走様でした。

●今日一日

終日お休み

トルハルバン

観光地の滝に‘日本の形跡’が


2011年12月23日(金) 済州島へ

以前から行きたかった一番近い外国の島。済州島にやってきた。成田から離陸後2時間ちょうどで到着。空港から市内は近い。

在日韓国朝鮮人には済州島出身者が多い。私の知人にも数名いるし、ビートたけし演じる‘血と骨’の主人公もそう。

冬のせいか街並みは寂しく見える。日本人観光客向けのお店看板も、古くなったものが多い。ここ数年で中国人観光客に抜かれたとのこと。

金正日氏の死去がどのように扱われているか興味深かったが、テレビのニュース番組以外では一切の‘形跡’を確認できない。

2泊3日の短い行程だが、‘日本の形跡’を辿るべく、目をサラにしながら楽しみたい。

●今日一日

終日お休み

マッコリはヤカンで出てきました


2011年12月22日(木) 県政レポート新春号完成

年始に県政報告を幅広く配布する。その為の‘県政レポート新春号’を作成した。出来るだけ見やすくなるよう写真を多くし、質問の内容についても簡略して記載。

「県議は普段何をしているかわからない。」との指摘を多く頂く。そのことに留意して作成したつもり。また月例のミニ県政報告会や、街頭活動についても、随時行っている旨を改めてお知らせした。

1月一杯をメドに数万枚を予定している。私自身も年始のごあいさつを兼ねて、1軒1軒まわりながらお渡しするつもり。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
行政相談対応(教育)/市役所
行政相談(産業)/中央
事務作業/事務所

【夜】
市議ご親族お通夜/南区相武台
友人と会食/相模原


2011年12月21日(水) 新橋に向かったのは問題か

昼間ある場所で民放某局のワイドショーを見た。すると金正日氏死去時の政府対応を批判する報道がされていた。この指摘は冷静さを欠いている点がある。少なくとも二人の対応は分けて評価すべき。

まず、山岡大臣の件は問題。北朝鮮の「重大放送」が情報として届いていなかったこと。危機管理を担当する国家公安委員長が、平日の昼間に地元選挙区に帰っていたこと。結果として安全保障会議に遅刻したこと。

一方で野田総理。街頭演説前に「重大放送」の情報を得、それが稀であることも政府内で把握していた。その上で緊急時に戻れる対応をして、近くの新橋まで街頭演説に向かい、「死去」の報を聞き官邸に急ぎ戻った。

このどこか問題なのか。言うまでもなく、北朝鮮の報道などアテにならない。結果何もなかった時に、日程を変えた‘肩透かし’をどうするのか。実際に現段階では非常事態は起こっていない。

またもうひとつ。総理が街頭で演説することは大切な公務だ。いわゆる選挙運動ではない。国民に向けてメッセージを発する機会と、不確定な情報で官邸も籠ることと、どちらが大切かと言えば前者であるはず。

繰り返しになるが、すぐに戻れる体制をつくりながら、結果戻っている。判断は誤ってはいない。対北朝鮮については一喜一憂せずに、国際社会と協力しながら体制変更に向かっていくしかない。粘り強く。

●今日一日

【午前】
支援者と朝食/中央
資料作成&事務作業/事務所

【午後】
行政相談対応(施設)/市役所
行政相談対応(スポーツ)/同
医療施設クリスマス会/下九沢
打合せ(議会)/都内

【夜】
会合(議会)/都内


2011年12月20日(火) 第三回定例会が閉会

県議会第三回定例会が閉会した。9月中旬よりの長丁場。新知事の方向性も段々と明らかになり、その分中身のある議論に近づいて来ている。

いまだ噛み合わない点もあるが、それは一方の議員にも問題がある。二元代表制の名に相応しくなるよう、私を含めて努力していくしかない。

さて年末年始。地元活動も大切。民主党は4月の県議選で敗北を喫し、結果第一党の自民と議席差は開いた。

「数だけではない。」と意気込んでも、採決は残念ながら数の勝負になる。第二会派で甘んじてはいけない。

来年の第一回定例会は2月中旬に始まる。予算委員会も開催される。恐らくは発言の機会も巡ってくるはず。しっかり充電する!

●今日一日

【午前】
党県議団正副団長会議/県庁
党県議団会議役員会/同

【午後】
党県議団会議/県庁
本会議(討論及び採決)/同
環境農政常任委員会/同
事務作業/同
来客/同

【夜】
会合(地域)/相模原
会合(地域)/町田市

国に対する意見書5本の提案者になりました


2011年12月19日(月) 横田早紀江さんのお言葉

金正日氏が死去した。氏に対して思うところは多々あるが、それでも人の死であることに変わりはない。今日のところは鞭打つのは止めよう。今後平和に向かって進んでいくことをひたすらに期待したい。

さて夜のニュースに横田めぐみさんのご両親が出ていた。奥様が金正日氏に対して「お体」「生きていらっしゃるうちに」と、極めて丁寧な言葉で話されているのに感銘を受けた。

自分の子どもを拉致された苦痛を受けながらも、あくまで人さまに惨い言葉を使わない。日本人というか、これこそ人間としてあるべき姿なのだろう。言葉が生命である政治家として改めて学ばせて頂いた。

●今日一日

【午前】
党県議団正副団長打合せ/県庁
党県議団部会長会議/同

【午後】
党県議団役員会/県庁
医療・福祉プロジェクトチーム全体会議/同
環境農政局より報告事項(震災)/同
事務作業/同
党県議団部会長会議/同
党県議団役員会/同
党県議団会議/同

【夜】
会合(議会)/横浜市中区

座長をつとめる医療・福祉プロジェクトの全体会議


2011年12月18日(日) 某過激派N氏の逮捕

ネットニュースに「革労協反主流派N氏が逮捕」と出ていた。容疑は電車のキセルだが、もちろん他に‘問題’があったのだろう。たまたま見たこの記事に思うところあり、感想めいた話だが以下書いていきたい。

明治大学に通っていた当時、いまだ学生自治会が存在していた。我が母校を支配していたのは、過激派である革労協狭間派なる勢力。色々理屈を付けながらも、まさに反社会的な暴力集団である。

我が雄弁部は言論を以てなる組織。当然過激派とは無関係。一方で好むと好まざるとに関わらず、同じ校内にいると顔を突き合わす機会はある。メンバーで覚えているのは4人。

1、学生会館の生協で本を売っていた某氏。名前は忘れてしまった。中年であり同組織の幹部であった。2、T氏。‘G’というあだ名が付いていた。怖い感じの20代後半?。3、M氏。女性でやはり怖い感じ。

あと一人が今日ニュースに出ていたN氏だ。暴力組織ならぬヤサオトコ風で、「信州の出身。2年で留年した。組織に入ったのは親に話していない。」どこかでそんな話を聞いた。ずっと覚えていた。

あれから18年。まだやっていたのか・・・。ニュースでは‘反’主流派となっていたが、どこかで路線対立でもあったのか。果たして彼はどのような月日をおくってきたのか。

さてノスタルジーではない。この団体は犯罪組織。構成員も許されざる者たちだ。現に私が卒業してからも、身勝手な理屈のもと反社会的な行動をとっている。更には殺人まで犯している。

暴力によって何かを成し遂げようとする組織は、右であろうと左であろうと撃滅せねばならない。被害者と加害者がこれ以上出ないように。

●今日一日

【午前】
お休み

【午後】
支援者訪問/都内

【夜】
資料作成/事務所
飲食店忘年会/千代田


てらさき雄介 |MAILHomePage