てらさき雄介の日記
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2007年02月08日(木) 知事の選挙モード

松沢成文知事の挨拶を聞いた。何かが違う。とても活き活きとしていて、かつてを彷彿させる。今週月曜日に再選出馬を表明したので、選挙モードになっているせいだろう。

かつて松沢氏は、いつも攻めの姿勢だった。野党民主党所属であったし、若手でもあったからか。既存の構造を変えることに常に挑戦していた。当然守旧的な方からの批判も多かった。

知事になってから、行政の最高責任者ということもあり、守りの姿勢も見受けられた。これは立場の違いで、いたし方ない面もある。議会でも質問する側ではなく、答弁する側になるからだ。

往年の松沢ファンからは、それが時として不安でもあったが、今日の挨拶を聞いてホッとした。やはり松沢氏の本質は変わってない。戦う政治家なのだ。

発言もかなり踏み込んでいた。議会改革についても、私はじめ参加者に要望もあった。“車の両輪”たるに相応しい県議会にしなくてはならない。

何度も書いているが、来る県知事選挙に、自民党が対立候補を擁立したことは良いことだ。政党相乗り選挙が、結果として主権者の関心を低めてきたのだ。

しかし松沢氏優勢が予測されるなかで、すでに公明党は支援を躊躇し、かつ自民党さえもあまりやる気が見られない。残念なことだ。

先般の愛知県知事選挙が良い例だ。結果民主党は敗れたが、それでも候補を擁立し接戦をしたことによって、結果大幅に投票率が上がった。

神奈川でもそうありたい。県議会議員選挙だけでは、県政の課題が明らかにしにくい面もある。同じ日に行われる県知事選挙。いい選挙であることを期待している。

先般知事の側近からご連絡を頂き、来る4月8日に向けて、ともに頑張っていく確認ができた。いくつかの政策要求もあったが、考え方は同じだった。一体となって運動していきたい。


2007年02月07日(水) 一人の駅頭

毎日夕方駅に立っている。ありがたくも数名の支援者が、ビラを配りに来て下さる。これこそが政治活動の原点と信じている。

今日の夜は選挙に向けた打ち合わせがあった。支援者やスタッフはそちらに行っていたので駅頭は一人だった。朝はいつも一人だが、夕方では久しぶりのことだ。

ビラは配れないが、これはこれで意義深い。一人でやっていることによって、新たに声をかけて下さる方もいる。元気で張り切ってやっているが、どこか侘しく見えるらしい。

さて選挙中になると、ここぞとばかりに駅に大勢やって来る。ひどい場合は十人以上侍らしている候補者もいる。さすがに行き過ぎだろう。

18時から19時を基本にしているが、今後は少し遅くまでやってみるつもりだ。


2007年02月06日(火) 今日から新事務所

今までの事務所が狭かった(6坪)ので、近くに引越しをした。昨日皆んなで物を移動して、今日から何とか使える状態になった。選挙を考えると、かなり良い建物だ。

電話とファックスは同じ番号で、即日使えるようになった。問題はインターネットだ、何と中8日もかかる。光ファイバーを拡販している時代に、この遅さは異常だ。今後プロバイダー及び電話局には対策をお願いしたい!

この場所で決戦を迎える。支援者の皆様が足を運びやすい事務所にしていきたい。きちんと稼動するには数日かかる。急いで作業を進めたい。


*尚、事務所開きを下記の通り執り行います。多くの皆様のご参加をお願い申し上げます。

2月18日(日)午前11時から
場所 新事務所にて(相模原市中央3-17-2 電話042-751-3016 FAX042-751-3017)


2007年02月05日(月) 県連決起大会

民主党神奈川県連で「統一自治体選挙決起集会」を行った。場所は関内のあるホールだ。

例年行っている賀詞交換会を、資金パーティーを兼ねて開催した。会費は高かったが、趣旨がら支援者の皆様数名と参加した。

順次公認候補が呼ばれ、一言ずつ挨拶をした。神奈川県議会も現有議席を大きく上回る新人を擁立する。また横浜・川崎市議会では第一会派まであと少し。

政令市以外の市議選では、政党名を名乗らない候補も多く、残念ながら相模原市議会を除いては、ほとんど目標の候補者数に達していない。今後の検討課題だろう。

特に親しくしている他選挙区の県議候補とは、「これでしばらく会えない。勝って会いまみえよう。」と握手をした。



2007年02月04日(日) 「上溝出身」で通る地域

消防団の話し。第一分団は現上溝を含む、旧上溝地域全体で構成されている。星が丘、光が丘を中心にする地域のことだ。

1軒1軒政策を訴えてまわる、いわゆるローラーを政治活動として行った。色々な話しをするなかで、当然「どこに住んでいるの?」という話しになる。

「上溝です。」と応えて、身近に感じて下さる地域もある。これが上で書いた旧上溝地域だ。話しが進めば進みほど、色々なテーマについて意見も聞ける。

市議は市全体を考える。県議は県全体をだ。しかし小沢党首の言い分ではないが、薄く広く見渡すよりも、一地域をしっかり見ることも大切。そこに全体の縮図があるからだ。

もう時間がない。しかし限界まで1軒1軒まわってみたい。今までの活動が、見えない所で響いていると信じて。


2007年02月03日(土) 厚木市長選、逮捕は残念

先日行われた厚木市長選挙に関連して逮捕者が出た。当選した陣営の「選対総本部長」が供応したというのだ。

(*供応・・・飲食物などを提供することによって選挙の依頼をすること。会費制の会合は問題ないが、会費以上の飲食物を提供することは禁止されている。)

現職に大差をつけての当選。一般的には首長選挙は現職が強いが、市民の各層に多くの不満が鬱積していたのだろう。日頃付き合いのある厚木市内の方々からも、「これで何かが変わる」という期待の声を聞いた。

それだけに残念だ。犯罪の内容はこうだ。昨年12月に市内の温泉旅館で行った宴会で、集めた会費以上の飲食物を提供し、かつ選挙の投票以来を行ったというもの。まさに供応である。各種選挙違反のなかでも重罪の方だ。

無料で飲食を提供すれば当然に違反だが、“ある程度の会費をとればいい”という認識が甘かったのだろう。千円会費なら千円分、三千円会費なら三千円分と、かなり厳しい精査が今後は求められる。

この件に、候補者がどれだけ関与していたかは知らない。しかし同席している以上、一定の責任は免れない。連座制を待つまでもなく、責任の所在を明らかにすべきだ。

そうすると再選挙になる。大差で敗れた現職が、再び立候補するもの変な話だし、一方短期のなかで新たな人材を発掘するのも難しかろう。どちらにしろ不幸は市民だ。

これから選挙を行うものとして、一層気を引き締めていこう。今回の件は、統一地方選にむけた警告の意味合いもあるのだろうから。


2007年02月02日(金) 藤野台団地

藤野台団地に行った。国道20号を走り藤野駅を過ぎ、一度山梨に入らないと行くことができない。飛び地ではないが、隔離されている感じだ。

世帯数は約130。それでも消防団の詰め所があった。ここから他の地域に行くのは遠いので、選挙の投票所なども近くに設置されているはず。

街宣とビラの投げ込みを行った。途中通りすがりの方数人と話をしたが、候補者がこの地域にやって来ることは珍しいそうだ。

街づくりをする際、中心部は人と物が集まりやすい。一方周辺部は、どうしても対策が後手にまわる。旧相模原地域のみを見ても、その傾向は多分にあった。

津久井地域のなかで、合併に慎重だった方々は、大きな相模原市の“周辺”になってしまうことに不安を感じていた。もっともなことだろう。

それを杞憂に終わらせるために、新相模原市は隅々まで配慮した行政を行う必要がある。


2007年02月01日(木) 審議拒否は好きでない

審議拒否が許される場合がある。それは再び議場に来ない覚悟で、議会の外から有権者に訴えなければならない場合だ。まさに最後の手段。

しかし今回を含む通常の審議拒否は違う。条件を付けて、それが満たされれば戻る。軽い・・・と思う。審議拒否とは、議会以外に活路を求めることなのだから、もっと重いものであるはずだ。

議員とは議会が仕事場だ。プロの議員であるならば、議会の審議を通じて明らかにすべきだ。その場は多くあるはずだ。

柳沢大臣の許されざる発言についても、委員会で大臣に質問して答弁を要求することも出来る。なぜあの種の発言になったのか、安倍総理の考えも含めて、議会で明らかにして欲しいと思う。

少数野党であるから、数で押し切られればひとたまりもない。審議拒否は苦肉の策だったのだろう、しかしそれでも限界まで堪えるべきだ。

さて審議拒否で空転。それでも週末の土日は国会は休みだ。不思議なものだ。テレビで国会を見ていて腹立たしい。

「他にすることがあるはずだ!」


2007年01月31日(水) 父の仕事、支援

自動車総連神奈川地方協議会の賀詞交換会に参加した。今日の会議で正式にご推薦を頂き、懇親会のなかで挨拶する機会もいただいた。

思えばここに至る過程には、父の尽力があった。父は昭和18年生まれで、今も健在で上溝に住んでいる。勤めが高卒から定年まで、ずっと日産自動車だった。

仕事のことは、家でまったく話さなかった。それでも幼少の頃、職場のお祭りに何度か連れて行ってもらった。

市議時代は、企業や労組と全くお付き合いがなかった。前回県議選に出るときに、労組の集合体である『連合』に初めて推薦依頼をした。

しかし知り合いもいなかったので、なかなかうまくアプローチ出来なかった。その時、キッカケをつくってくれたのが父だった。もうすぐ定年を控えていたが、日産関係の方を紹介してくれた。

サラリーマンの父を持ったことを、誇りに思ってはいたが、具体的に選挙にプラスになるとは想像もしていなかった。だからこそ嬉しかった。父が長年築いた人間関係を使わせてもらうことが申し訳ないとも思った。

県議選に向けて、多くの労組からご推薦を頂いた。前回敗れたにも関わらず、再び支援を頂けることに感謝している。

そしてその端緒であった父に報いるためにも、必ずや勝利しなければならない。


2007年01月30日(火) 外からの候補者

夕方橋本駅に行ったら、他の方(市議候補らしい)が先に立っていた。早いもの勝ちが原則なので、反対口に移動し演説とビラ配布を行った。

次期統一地方選挙に出る方は、だいたい把握しているつもりだが、この方はよく知らない。噂では都内の方で活動されていたらしい。

どんな事情であれ、相模原市に住んで下さることは嬉しい。ましてや選挙に出ようと思って下さるのも大歓迎だ。つまらない新旧のくくりは好きではない。

私も、相模原市生まれ育っているにも関わらず、両親が外から来たことを以て‘よそ者'呼ばわりされることもある。だからこそ「3日住めば相模原人」の精神を、より大切にしていきたい。

しかし一考も必要だ。先般の宮崎でそのまんま東氏が当選した背景には、他の候補者が中央からの落下傘であったこともある。宮崎県民は地元出身の東に親近感を持ったのだろう。

国政は別だ。しかし地方選挙に出る以上は、その街に骨を埋める覚悟をして欲しい。何日住んでいるかの問題ではない。その後と覚悟が大切なのだ。「選挙がダメだったら、また他の街に移る。」では困るのだ。


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