てらさき雄介の日記
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2007年01月29日(月) 副総支部長に就任

民主党神奈川県第14区総支部の大会が行われた。藤井先生引退後は紆余曲折があったが、本日の再結成に漕ぎ着けた。

現在衆議院候補者が不在のため、総支部長に浅尾慶一郎参議院議員を迎えた。あくまで仮の総支部長だ。その体制のなかで、副総支部長をつとめることになった。政策調査委員会委員長も兼任する。

浪人中であり、かつ2ヶ月後に選挙を控えているため、事前に話しがあったときは辞退しようと思った。しかし総支部の厳しい現状と、選挙という意味では皆状況が同じであることを鑑み、結果引き受けることにした。

最初の仕事は、当然に私自らが選挙に勝つことである。それなくしてその後はないし、結果が党総支部に与える影響も一層大きくなった。頑張っていこう。

さて先般行われた党の全国大会で、多くの地方代表から色々な意見が出たようだ。地域事情を考慮せずに国政選挙の候補者決めたり、その後の運営をしてしまうことに不満が出たのだ。

政権党にふさわしくなるには、国会議員中心の政党から脱皮しなければならない。地方議員や党員、そして主権者の多くを巻き込ん政党に変えていきたい。


2007年01月28日(日) 安倍内閣の支持率

県議会議員選挙は地方選挙だ。政党に吹く‘風'の影響はそれほど大きくない。良い意味でも悪い意味でも。

また前回県議選のときは、民主党の支持率わずか7〜8%。それに比べれば現在の数字はかなり大きい。

従って安倍内閣の支持率も、自分の選挙という意味ではほとんど気にしていない。自民党の支持率も、民主党の支持率もだ。

しかしどうか。政権発足時は不思議な高支持率を出したのに、わずか3ヶ月でこの有様になっている。どういうことだろう。

小泉内閣の高支持率に根拠があったとは思えないが、それにしても格段の差だ。安倍氏のどこかいけないのだろう。

総理大臣は、当然に日本国の総理だ。私にとっても総理である。その中身さえ伴っていれば、支持率は低いより高い方がいいに決まっている。

スキャンダルや政策の結果など多くの問題はあるが、テレビを通じて受ける印象からすれば、リーダーシップ不足が一番の原因だ。

いやそれは総理にのみ責任があるわけではない。、一番の実力者でもない人を代表者(総理・自民党総裁という意味)にしたことが間違いなのだ。これはどんな組織も一緒だろう。

民主党も同じ意味で、過去いくつかの間違いをしてきた。小沢一郎代表は色々癖もあるが、党一番の実力者であることは明確な事実。だからまとまれるのだ。

今後についても、特に内閣支持率を意識はしないだろう。しかし間接的にしろ、主権者によって選ばれた内閣の支持率が低いことは、とても不幸なことだと思う。


2007年01月27日(土) 消防団新入団員

消防団に新入団員が来る。数年ぶりのことだ。今日団と後援会の新年会があった。他会合があったので遅れていくと、そんな話を皆んなでしていた。嬉しいことだ。

その方は自治会の役員をされていて、聞いたところでは私と同じ年。ありがたいことだ。途中直接話をすると、「入っても仕事がなかなか抜けられない」と言う。元々団員は働き盛りの年代、仕事優先は当然のことだ。

田名や新磯など、比較的新入団員が多かった地域でも、最近は少しずつ勧誘が難しくなっている。既存の自治会のみならず、市が直接広報する必要がある。また人がいないなか矛盾するようだが、15年くらいを限界にした‘定年'制も採用すべきだ。

改善するところは多数ある。消防団内に、そのあり方を検討する会議が設置されていて、各分団から代表者が行っている。今後に期待したい。


2007年01月26日(金) 10年前の今日

今日は1月26日だ。丁度10年前の今日、初めて相模原市議会に議席を頂いた。今でも一部では‘若手'と呼ばれているが、最早そうではあるまい。

その日、開票は夜だった。今の事務所と同じ建物。向かいの部屋だった。大方の予想では、何とか当選と言われていたが、それでも不安は大きかった。

しかし何もなくての挑戦だったので、ダメでも次の市議選にチェレンジする気は満々だった。むしろ同日の相模原市長選挙の結果が不安だった。

市議に出るキッカケを作って下さった、現市議の長友義樹さんが立候補していたのだ。苦戦が伝えられていたが、勝利を信じて開票を待っていた。

結果私は当選し、長友さんは残念な結果となった。以後ずっと今の市政に対して野党的になっていたのは、政治家としての考え方もあるが、この時の無念の思いが強くあった。

「私たちの思いが通じる市長をつくりたい。」現状非力なためそこには至っていないが、いつか必ずと意は決している。(私が立候補するという意味ではない。念のため。)

10年間活動を続けて来られたことに感謝している。本当に多くのご支援を頂いてきた。この節目を通過点として、過去の経験を活かした政治を実行していきたい。


2007年01月25日(木) 地域連合新年会に参加

相模原・津久井地域連合の新春のつどいにお招き頂いた。県議選にあたって、同じく民主党公認の本村・長友候補とともに‘支持’決定を頂いている。

それぞれの産別・単組は、ご支援頂いている組織も、頂いていない組織もあるが、食事をしながら皆様と有意義な意見交換が出来た。

連合神奈川からご来賓で来ていた役員さんが、今日17時から橋本駅頭でやっていた街頭演説を見て下さっていた。他の参加者からも、別日でやっていた街頭の話を聞く。嬉しいことだ。

また地元の消防団の先輩が、今会社の組合役員をやられていて、会場でお会いすることが出来た。私たちの世代が、色々な分野で大きな責任を負うようになっている。一層頑張らねば。

さて市内では色々な会合があるが、いわゆるサラリーマンの集いはそう多くはない。相模原の人口では、最も多い層なのに結果そうなっている。私もサラリーマンの家庭で生まれ育った。

今後も機会を大切にして、意見交換をしていきたい。そして議会活動を通じてこそご恩返し(政策実現)をするしかないのだから、選挙戦を精一杯頑張っていきたい。


2007年01月24日(水) 選挙の組織

選挙の組織は難しい。選挙は政治活動の一部だから、候補者の考え方によって選挙手法も異なる。

今日初めて選挙向けの会議をして頂いた。前回選挙は‘選対なし'で行ったので、それに比べれば格段の差があると思う。

皆様の活発なご意見を聞いていて、最早私の言うべきことはないと思った。会議でも最初のご挨拶以外、一言も口を発しなかった。

今後はひたすらに、多くの方に政策と思いを訴えよう!その他選挙の運営については、全てを皆様に任せよう。そう決めている。

県議選の2週間後には、市議選が行われる。かつて市議をしていたからわかるのだが、自分の選挙を控えながら、特定の県議候補を支援することは容易ではない。

しかしそれをしてくれている人が数名いる。人の心配が出来る状況でもないが、何としてもこの皆さんには当選してもらわなくてはと思う。逆境の仲間こそ真の友人と言われるが、本心からそう感じる。

今の政治を打破するために、政治を志した。これから最終版に行う選挙活動も、過去の習慣を踏襲するつもりはない。寺崎しか出来ない運動を展開するつもりだ。

それが自己満足でなく、多くの主権者に伝わったとき、初めて勝利が得られるのだろう。勝手連ではないが、1日でも、1時間でもお手伝い頂ける方を探している。

ご一報を切にお待ちしております。よろしくお願い申し上げます。


2007年01月23日(火) しばしの別れ

これからまさに選挙も佳境を迎える。横浜で新年会があったので、その後都内までお世話になっている方に会いに行った。

恐らく4月まで再びお会いすることもないので、しばしの別れというところか。再び勝って相まみえたいと誓う。

思えばこの3年間、本当に色々な方に助けて頂いた。そのあり方は多様であっても、それぞれ全てに感謝している。


2007年01月22日(月) 宮崎県知事選挙について

そのまんま東氏が圧勝した。たけし軍団は大好きだから、幼少の頃から東氏も見ていた。不思議な感じだ。

さて今回、民主党の対応はどうだったか。独自候補でないにしろ、前職後継ではない候補者を支援する態勢がとれたことは、相乗りにならなかっただけ良い。

しかし結果敗れたのだから、反省すべき点はあろう。先般福島県知事選挙で勝利した際に、“勝利の方程式”を考えた。

一、民主党支持層は確実に
二、無党派層の過半数から支持を得る
三、自民支持層の一部から支持を得る

これがないと、たった一人しか当選できない首長選挙では勝てない。今回はどうだったか。無党派層の大半のみならず、民主党支持層も半数が東氏に投票している。

自らの支持層のみに固執すべきではないが、逆に言えばそこすら支持を得られなくて、どうして幅広い層にアピールできるのだろうか。

現状候補者の選定には、限られた数人しか入らない。権力闘争の一端である選考過程は、大衆議論にはむかないとの定説もある。しかし将来のあり方としてはどうか。

予備選挙をはじめとした、多くの大衆議論のなかで、今後は候補者が選ばれるべきではないか。少なくとも党推薦・公認候補にするならば、党員に情報公開しながら候補者が決められるべきだろう。

知事にそのまんま東氏を選んだことは、宮崎県民にとって勇気が必要だったはずだ。行政能力は未知数だ。しかしこれは民主党も同じ。政権運営をしたことはない。それでも政権を預けてもらわねばならない。

テレビを通じて東氏の演説を聞いたが、なかなかのものと思った。そして当選後の会見もいい。緊張感で一杯だった。

県知事に加わる圧力や誘惑は、想像を絶するものだろう。今回の宮崎県民の勇気が無にならないよう、初心を忘れずに頑張ってもらいたい。期待している。


2007年01月21日(日) 飛び込みは大変

私のことではない。私は元々飛び込みが好きな方だし、慣れもあってか、全く苦ではない。ましてや本人だから、どちらかと言うと楽しい政治活動だ。

しかし支援者の皆様は違う、インターホン越しに私の説明をするのも難しいし、とても大変な活動だと思う。

今日は支援者の方が連れ立って、政治活動の一環として飛び込みまわりをして頂いた。数百件のお宅をまわり資料を配付することが出来た。ありがたい。私はポスター貼りをメインにしたが、十数枚貼って頂くお宅があった。

相模原市で生まれ育った35年間で、色々な人間関係が育ったことも嬉しい。今日も幼稚園の同級生(先方が覚えていてくれた)にも再会できた。他にも色々な縁の方がいらっしゃった。

冷や汗が出るくらい厳しい状況だ。あえて言うまでもなく、元々新人かつ基盤のない私が政治に挑戦することは、厳しくないわけがない。

それがわかっていて、多くの皆様が支援頂けることに、改めて感謝で一杯になった。勝つことによって、仕事を通じて、ご恩返ししていきたい。


2007年01月20日(土) 雪が降る

多少だが雪が降った。数年前までは年数回、子どもの頃は積もったりもした。最近は年に1度降るか降らないか・・・。気候の変化だ。

先日ゴア前米副大統領が、環境問題についてテレビで訴えていた。アメリカも日本も、世界の中では環境を破壊している側だ。

誰かが何とかしてくれる。政治に携わる人間にも、この安易な発想がある。問題の先送りだ。次の世代が不幸を背負う。

環境問題の解決については、総論として反対する人はいない。では経済循環の仕組みをどう変えていくかだ。

経済効率を優先する社会からの脱皮は、他多くの分野でもテーマになる。経済大国日本だが、過去の歴史や伝統を見れば、必ずしも金儲けに走り続けてきたわけではない。

雪が降ると活動がにぶる。しかし何となく安心する。


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