てらさき雄介の日記
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| 2006年04月22日(土) |
アクト35周年記念式典 |
相模原ローターアクトクラブが、創立35周年を迎えた。私と丁度同じ年だ。今日の記念式典には、創立当時のメンバーなどもいらしていた。
会員だったときに実施した、30周年の企画をよく覚えている。落語もどきのことを、数人で練習して行なった。あまりウケなかったが、良い思い出だ。月日の移り変わりを実感する。
会場の小田急センチュリーに負けない位、締まった良い雰囲気の会だった。ロータリー関係の方は多数いたが、交流ある市内各種団体にも声をかければ、もっと知名度や活動が向上されるかもしれない。
何よりも、久し振りに会えた友人がいた。メンバーは、大体が市内在勤だから、‘卒業’後もよく顔をあわせることもある。一方こういう時でないと、なかなか会えない人もいる。
20代の男女限定の会なので、私は既に‘卒業’したが、当時あまり真面目な会員ではなかった。それでも半分くらいは出席しただろうか。特に納会や懇親会は積極的だった。
当時は仕事柄、付き合いはほとんどが大分年上の方々だ。そんな中で全く同世代か、あるいは私より若い友人たちと触れ合う貴重な機会だった。
最近は会員数が減少気味だそうだが、今後ますます充実した活動がされるよう期待している。
| 2006年04月21日(金) |
小沢党首効果の危うさ |
先の総選挙は「小泉劇場」によって敗れたと、負けた側の民主党関係者は言う。負け惜しみにしては情けないし、主権者をバカにしている分析だ。しかし実際当たっている。
今回党首交代で、民主党の支持率が急上昇している。これを目の当たりにし、改めてメディア効果の危うさを感じた。「どうテレビに映るか」「どう報道されるか」によって、ここまで支持率が変化してしまうものか。
千葉7区の衆議院補選は、当初完全な負け選挙だった。同選挙区から復活当選した現職代議士が、鞍替え出馬を断念した程だ。その後の党首交代によって、一気に上げ潮ムードとなり、いまや完全な横一線とのこと。
補欠選挙は、一般的に投票率が低い。また自民党と創価学会の選挙協力が、うまくいく傾向がある。故に過去ほとんどの補選で、民主党は負けてきた。今回その補選でいい勝負をしていることは、政治関係者に少なからぬインパクトを与えている。
しかし頭を冷やして考えてみよう。小沢党首には期待している。おそらく世論もそうだ。しかし党首になったばかりで、改革していくのはまさにこれから。現段階では評価のしようがないし、事実党の中身は特に変わっていない。
「小泉劇場」に象徴される政治手法は、主権者に丁寧な政策提示をし、議論を促していくという、民主主義本来のあり方とは違う。小沢党首はその辺りを当然わきまえているし、別の手法での政権獲得を模索しているはずだ。
ワイドショー政治の功罪が語られているが、この点では明らかに“罪”の割合が大きい。政治で大切なのは、あくまで政策だ。その点を注視しなくてはならない。政治家に愛想笑いはいらない。真摯に政策を論じる姿を、もっと見せていくべきだ。
小泉総理は「自民党が変わった」という。確かに変わった点もあるが、自慢するほど多くは変わっていないし、本質的な部分はむしろ悪くなってさえいる。それを批判する私たちは、謙虚に自らを見つめるべきだろう。
民主党は肝に銘じるべきだ。今の支持率上昇はご祝儀だ。数日来、調子に乗っている国会議員の姿をテレビで見るが、何度同じ経験をすればわかるのか。少し頭を冷やし、着実な前進を図るべきだ。
千葉7区は当然に勝ちたい、しかしもし敗れても尚、一喜一憂することない骨太な姿勢が大切と思う。「信頼感・安心感の醸成」が、党改革の一里塚だ。
| 2006年04月20日(木) |
母校役員は今期が区切り |
母校明大中野八王子の校友会(卒業生の会)は、名称を「戸富貴会」という。所在地である八王子市‘戸吹町’から採った名前だ。母校自体が創立以来20年しか経っていない分、会員たる卒業生もそんなに多くない。
この会は6年前に発足したが、最近やっと具体的活動が出来るようになった。さて会の規約では、「会長は、1期3年で、3期まで」とある。本年6月の総会を区切りに、私は2期6年つとめたことになる。3期目については、「そろそろ潮時」と考えている。
楽しい役職ではある。時々でも母校に行く機会があること。当時の先生たちと話が出来ること。役得とはこのことだ。また入学式や卒業式などで、子どもたちの前で話をすることは、仕事上も役に立つ貴重な経験になっている。
しかし会の歴史が浅いからこそ、役職者は出来るだけ交代したほうがいい。裾野が広がるからだ。また私自身6年間のうちに慣れてしまっていて、仮にあと3年つとめても、見るべき成果は出せない気がする。
会長を辞めるのは簡単だ。次期会長選挙に立候補しなければいい。しかし過去の経緯もあって、自分が立候補届けを出さずに、その後は関係ないとはいかない。円満に次期会長が選出されることを、少なくとも見届ける責任はあるだろう。
さてここで困ったことがある。会長をやりたい人が大勢いるなら、まさに見届けるだけで済むが、残念ながら引き受け手は少ない。卒業生が総じて若いこと(私が4期生だから、一番年上で39歳)が大きな要因だろう。
そんな訳で、最近頭を悩ませていた。今晩は、その(私が考える)候補者と話をする。場所は吉祥寺だ。うまくいけば、それで良し。うまくいかなければ・・・。また考えてみる。
朝小田急相模原で駅頭を行なった。終了後に、ビラ配りをして下さった支援者宅で、朝飯をご馳走になった。
私が大の納豆好きとはご存知なかったようだが、納豆をネギ入りで出して頂いた。何とこの納豆は「コラーゲン」入りだそうだ。「コラーゲン」は美容に効果がある成分とのことで、女性客をターゲットに発売した“おかめ納豆”の新製品だ。
確かにスーパーの納豆売り場には、最近色々な種類が置いてある。「昔ながらの納豆」系が美味しいが、少し値が張る。量をたくさん食べるので(1日3パックから4パック)、やはり安い方に向かう。
そのうち「ダイエット納豆」なども出来るかもしれない。納豆好きにとっては、どんな種類であれ納豆が流行るのは嬉しい。世界に誇れる和食のひとつだろう。
さて筑紫哲也のNEW23で、‘食’について数日特集をしている。昨今経済格差が開き、朝や夕の食事さえママならない小学生が増えている。ここに至っては、もはや中学校を含めて、公費により完全給食を実現すべきだろう。
政策としては採るべきだが、では給食が正しいかと言えば、正直疑問もある。なぜなら日本の(家庭の)食文化を破壊してきた側面が、給食制度にはあるからだ。
しかし同じく給食を行なうときにも、制度の欠点を補っていくのは大切だ。まず基本は米食!(たまにはパンもいい)だろう。また量は個人の自由にしつつ、残させない教育も必要だろう。(無理して食べさせると親からクレームが付くそうだ。恐ろしい時代になったものだ。)
とにかく美味しい朝食に感謝し、次回またオダサガに行く際は・・・などと期待もしてしまう。
連合神奈川の政策委員会も、前半は今日で終了だ。テーマは「環境問題」だった。
労働者の権利擁護を柱とする労働運動が、広く地球環境まで踏み込んで研究・提言していることは、私たち政治家もより広い視野を持つという意味で、参考にしなければならない。
議論のなかで、水源環境保全税について話題になった。いかなる名目であれ、この時期の増税には慎重であるべきだ。しかしこの税は、知事の選挙公約の柱でもあり、県民の一定の理解も得ている。大切なのは、本来の目的通り使われるかだ。しっかりチェックしていきたい。
総論として、県は12事業を予定しているが、ほとんどは森林整備費用だ。水源の集水地域(上流の川など)に集中して、伐採や土壌保全などを行なう。山梨県内まで含む、大規模なプロジェクトだ。
また市町村が行なう、同種の事業についての補助も実施する。県内4つの水源のうち3つは、相模原市内にあるので(津久井湖・相模湖湖・宮ヶ瀬湖)、市民にとっても無関係ではいられない。広く県内から税を預かる以上、有効に使う責任が相模原には伴ってくる。
更に水道事業体が県内に複数ある状態も、将来に向かっては一本化すべきだろう。県だ政令市だという縄張り争いは、行政のみで通用することだ。納税者の視点で効率化すべきだ。この点については、水道関係の組合員の方からも見解が述べられ、一定条件が整えば一本化だろうとのこと。
水事業については、正直不勉強なので、一層多くの方の意見を聞いていきたい。
先週から開催されている、連合神奈川の政策委員会に参加した。今日のテーマは、「福祉・社会保障」だ。年金・医療・介護などについて、詳細なデータのもと意見交換がされた。
さて最初に参加者が自己紹介をする。先週までは、「相模原市から県会に挑戦する寺崎です。」と言っていた。今日その間違いに気付き、早速違う言い回しで行なった。
「相模原市・津久井郡から県会に挑戦する寺崎です。」が正解だ。初歩的ミスで申し訳ない。しかし「相模原から・・・」の表現は、過去寝言に出るくらい繰り返してきた言葉でもある。今後「相模原市・津久井郡・・・」が自然に出るようにしていきたい。
この政策委員会も、明日で今月は終了する。来月行なわれる後半の部には、県庁などから担当者が来るそうだ。楽しみだ。全て終わった段階で、内容や感想について報告していきたい。
| 2006年04月16日(日) |
相模原市議増員選挙出陣式 |
相模原市議会の増員選挙が今日から行なわれる。津久井町選挙区で立候補した民主党推薦候補の出陣式に参加した。
増員選挙とは、合併によって失職した町議会議員に代わり、新しい相模原市議会議員を、旧町をひとつの選挙区として選ぶものだ。津久井町選挙区は定数2だ。
十数人いた町議が2名のみになるのだから、選挙の熾烈なことは言うまでもない。立候補者は7名で、全員が元町議だ。
さて今日の出陣式についてだ。公職選挙法の規定で候補者名は書けないが、何より良かったのが、その候補者本人の決意表明だ。
前回の県議選で、この候補者の出身組織からご推薦を頂いたこともあり、知己は得ていたのだが、きちんと政治家としての話を聞く機会は初めてだった。
朴訥とした話ぶりだが、内容が非常に濃い。旧津久井町のことだけでなく、相模原市全体の話しもされていた。率直に言って驚いた。かつて城山町議会を傍聴したときも感じたが、議会の質という意味では、規模の大小は関係ないことを再認識した。
この候補者は民主党推薦なので、当選後は当然に市議会「民主クラブ」に所属するのだと思うが、私も選挙を頑張って支援していきたい。苦境にある党なので仲間を増やさなければならない。
ただ合併の‘しこり’もある。選挙戦の構図のなかに、旧合併賛成派と合併反対派という色分けがあるらしい。同じく今日から始まった、増員選挙相模湖選挙区に至っては、定数1にそれぞれが候補者を擁立しているとのこと。
これを癒していくのも、編入した側の責任だろう。
| 2006年04月15日(土) |
事務所スタッフ送別会 |
事務所スタッフの送別会を行なった。ある市議の業務とあわせて、私の政治活動も手伝ってもらっていた。そんなに長い期間ではなかったが、やはり彼のいなくなった事務所は寂しいものだ。
この機会に彼が事務所を離れることになったのは、現実的な選挙までのスケジュールの都合もあったが、私自身の「秘書」という仕事に対するこだわりもあった。
「秘書」は色々な人に会える機会もあるし、通常の仕事では余り経験しないことも見聞きできる。その意味では修行として適している部分もある。しかし仕事として考えると、長くするものではないと思う。
ただ唯一の例外は、自らが将来立候補したい場合だ。この場合は長い時間がかかろうと、チャンスを掴むまで頑張って続けるしかない。彼は能力においては抜群だったが、政治志望ではなかった。
以前は衆議院議員の秘書をしており、過去数年にわたり「秘書」稼業をしていたことになる。通常の仕事に戻るなら、この機会が良いと思った。タイミングを逸すると、なかなか“足を洗う”ことが出来なくなる。過去そういう人たちの、余り好ましくない末路を多く見てきた。
さて少し湿っぽくなったが、別に遠くにいくわけではない。次の仕事も市内に決まったとのこと。この数ヶ月の思い出を財産に、また新たな関係で付き合っていきたい。今後の健闘を祈る。
| 2006年04月14日(金) |
党支部政策調査委員長に |
民主党神奈川県第14区総支部の、年に一度の大会があった。場所はあじさい会館だ。宮崎雄一郎氏が新代表になってから始めての開催で、新役員や活動方針について決定した。
出番は2回あった。県議選公認候補挨拶と、最後のガンバローコールだ。ここに至る経緯は、率直に言って色々あったが、今後は宮崎代表のもと党勢拡大に向けて頑張っていきたい。
役職としては、引き続き副幹事長をつとめるとともに、新しく政策調査委員長も兼任することになった。来年選挙を控える者としてどこまで出来るか不安もあるが、政党の要である政策を担当することは政治家の本望だ。
さて具体的に何をすべきか、昨晩自分のなかで考えてみた。まずもって民主党の基本政策について、党員が一層理解を深められるような活動をしてみたい。
残念ながら民主党の運営は国レベルが中心のため、政策についても地域レベルのものは少ない。しかしそれを変えていくのも私たちの責任だ。支部で政策調査委員会を設置しているところは、民主党全国数百の支部でもほとんどないと思う。本部に提言できるくらい頑張りたい。
また議論がわかれるテーマなどについても、臆することなく議論を深めたい。例えば小沢一郎代表が打ち出した「A級戦犯分祀」や「国連待機部隊構想」などだ。
そして夢ではあるが、行く行くは多くの市民を巻き込んで、地域ビジョンの策定や討論会などもやってみたい。
ついに教育基本法の改正が行なわれる。公明党の“柔軟な”姿勢によって、与党合意が成立した。大きなお世話だろうが、獄死した創価学会初代会長は何と思うだろうか。
私は愛国者を自負している。しかし政府や法律でいう愛国心と、私の愛国心はニュアンスが違う気がする。元々「愛」という言葉自体千差万別だ。また口に出すと軽くなり、一人歩きする言葉でもある。
いつだったか福岡県の小学校で、通信簿に‘愛国度’の欄があったそうだ。点数を付けた先生は、本当にその資格があると考えたのか。また何の基準で評価したのか。不思議だ。
卒業式などで、君が代を唄わない教職員がいる。席を立たないで座っているのだ。当然教師は歌うべきだが、数人程度歌わない人がいても、目くじらをたてることはない。社会を息苦しくしないためには、善悪だけでなく、余裕や隙間も必要なのだ。
そんな教職員の気持ちについて、一端理解できる経験がある。市議時代に46名の議員のうち、会派の同僚と2名のみ起立採決(賛成)したことがある。やましい事は全くなくても、やはりそれなりに緊張するものだ。また皆立っている(賛成)のに、私たちだけ座っている(反対)時も同様だ。
愛国心を人に対して使うときは、まず自らを省みなくてはならない。自分に甘く人に厳しいのが世の常だが、自らこそ愛国心を点検すべきだろう。教育基本法の改正を行なう国会議員も、より謙虚な姿勢で臨んでもらいたい。
最後にもうひとつ。国が必死で国民を守っていけば、国民は自然と国を愛すると思う。法律に明記しなくてはならない状態は、国が自信を失っている証拠だろう。
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