てらさき雄介の日記
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2006年03月13日(月) 生ゴミリサイクルの勉強会

相模原リサイクル連絡会主催の勉強会に参加した。生ゴミについてがテーマだ。生ゴミのリサイクルと言っても、当然もう一度食べる訳ではない。「堆肥」化するのだ。

生ゴミを堆肥にする皆さんの努力だけでも凄いと思ったが、それを市内の農地に有効活用してもらうまで話が行った。今日参加された方は特に熱心な方が多いと思った。

市の担当者も複数参加していた。廃棄物処理法によると廃棄物を勝手に加工してはいけないとのこと。この法は一般的には生ゴミにも適用され、つまり生ゴミをリサイクルすることは、廃棄物を勝手に処理しているとの理由で違法だそうだ。

しかしつまらない法解釈だ。現場の市職員に言うことではないので、国会と霞ヶ関に再考を求めたい。実態として良いことなのに、それを文章上は規制している。真っ先の規制緩和対象だ。

農地などの扱いにも話が及んだが、全国一律の規制をかけること(あるいは規制緩和も)は難しい。やはり地方分権だろう。

知人に誘われ初めて参加したが、全く不勉強な分野なので、話をふられたらどうしようか不安だったが事なきを得た。次回も行ってみたい。


2006年03月12日(日) 友人の結婚披露宴

友人の結婚披露宴に出席した。都内新宿の一流ホテルだ。地味な性格の方だろうが、煌びやかな披露宴はおそらく新婦の希望だろう。久しぶりに数人の同級生にも会え楽しかった。

さてこの友人は仕事でもお世話になっている。私の事務所が入っている建物はこの友人の親御さんの持ち物だ。初めて市議補選に出た際にもお借りした。

披露宴中の友人としての挨拶でも言ったが、きっかけは単なる同級生というだけだが、互いに生まれ育った街で一緒に仕事がしていけるのは嬉しいことだ。

これからも互いに頑張りたい。








2006年03月11日(土) 気が付けば、皆2世

日頃政治について多くのご批判を頂く。現在のあり方が間違っているのだから当然のことだ。しかし2世議員については余り聞かない。

かく言う私も2世批判は気を付けてする。何故なら周りにもたくさん2世議員がたくさんいるからだ。

戦後歴代総理大臣を見てみよう。尚ここで(2世)と書いたのは親が国会議員という場合のみで、他の親類がやっていたり、親が別の公職だったりした例は含めない。

以下を見る限り2世議員が増加傾向であることがわかる。

東久邇
幣原
吉田
鳩山(2世)
石橋

池田
佐藤
田中
三木
福田
大平
鈴木
中曽根
竹下
宇野
海部
宮沢
細川(2世)
羽田(2世)
村山
橋本(2世)
小渕(2世)
森 
小泉(2世)

そして次と言われている人たち

安倍(2世)
福田(2世)
谷垣(2世)
麻生(2世)

以上の面々はまだ良いほうだ。魑魅魍魎の政界で権力闘争を勝ち残った実力者だ。問題なのは名前も聞かない、まさに選挙のみ強く当選回数を重ねていく2世議員たちだ。

昨今小選挙区制になり政党選挙になったことによって、今後2世議員の割合は減ってくると思う。後援会などの私的団体を私物化することは可能でも、党組織になるとそうもいかないからだ。

問題は主権者自身が、2世だからと言ってチヤホヤする土壌だ。私が過去9年間市内で政治活動をしていて。聞かれた質問ベスト3は以下の通りだ。

1、議員って普段何をしているの?
1、何で議員になろうと思ったの?

「1、親御さんか誰かが議員なの?」


2006年03月10日(金) 寺崎英成という人

寺崎英成氏は「昭和天皇独白録」を記したことで有名だ。同書を読んでみると、外交官としても長年にわたり多くの実績を残している。

奥様はアメリカ人で日米戦争中には、そのことでも苦労されたようだ。お子さん他ご家族は、現在はアメリカで暮らしている。

文芸春秋から出版されているこの本は、後半が評論家などによる座談会が収録されていることでも珍しい。前半の独白録について、検証・論評しているのだ。

あるいは東京裁判用に書かれたという見方は正しいかもしれない。単なる思い出話にしては書かれた時期が微妙すぎるし、項目も裁判を想定している節がある。

しかし多くの政治家や軍人について、昭和天皇が率直な表現で評価していることは、当然のことだが天皇が戦前から人間であったことの証だ。興味深い。

今はもう風化した天皇の戦争責任論も、この本を読む限り避けては通れない。戦中に起こった個々の案件に、天皇はひとつひとつ判断をして結果政策決定に影響を与えている。

この独白録はアメリカの寺崎家から偶然発見された。発見したお子さんが日本と父である寺崎英成氏に愛情を持っていたから、その文書も丁重に取り扱われたのだ。

さて寺崎という姓だ。選挙中に市内の寺崎さんを全てまわってみた。約30件あったと記憶している。話してみると九州系が多い。私の祖父も佐賀県の出身だ。

同じ姓に意味があるかはわからない。しかしそこまで唯物史観にも立てないのが人間というものだろう。親近感を覚えた。


2006年03月09日(木) 民主党の好きそうな人材

ある選挙区での、ある候補者のことだ。その人と会ったある市民が「民主党の好きそうな人ね。」とその人物の評価をした。

気になったので突っ込んで聞いてみると、肩書きや経歴が立派なエリートのことらしい。確かに民主党の国会議員や候補者には、この手合いが多い。

考えてみれば不思議なことだ。現在の経済効率優先社会を変えるために政権交代を目指している。労働者層の支持を得ながら政党を組織しているのも、それ故当然だ。

碑ではないことは大切だが、もっと粗野な人材が多くいる方がむしろ自然な気もする。

ポーランドのワレサ元大統領が良い例だ。かれは炭鉱労働者から政治に転進した。東欧革命の結果大統領にまでなったが、引退後は一労働者に戻ったそうだ。一時期は炭鉱に復帰もした。

自民党を見ていると本当に逞しい。それに勝るハングリー精神が民主党には必要だろう。

もちろん肩書きが立派なことを以って、生活感がないとは言えない。最後はその人の人物次第だ。

しかしながらこの一言「民主党の好きそうな人」に、現在の私たちに対する率直な印象が現れている気がする。


2006年03月08日(水) 地方自治を考える議員連盟

神奈川県議会で「道州制」や「地方分権」など、地方自治の根幹を考える超党派の議員連盟が出来るそうだ。非常に良いことと思う。

県政に参画した暁には当然に参加したい。基礎自治体(市町村)が力を増す中でも、国は地方自治の担い手は都道府県と認識している。

これは逆手に捉えてチャンスである。地方自治の議論を国会でしている矛盾を変えて、地方自治体自らがあるべき姿を考えるために、都道府県議会が出来ることが多いということだ。

この件での県議会議長のコメントでも、財政論からのみ出た国の地方分権議論に疑問を呈している。

昨今の基地問題や民主党本部の不祥事などなど、本当に国・国会議員には腹の立つことが多い。しかし怒っているだけでは評論家だ。

今回の県議会の動きを嬉しく思い、その議論の中身が国を左右するくらいになることを望む。


2006年03月07日(火) ある市議の辞職

岩上容子相模原市議会議員が辞職した。所属は共産党で同党には珍しく20代の若い議員だ。

かつてラジオ番組に出ていた頃、“新人議員に聞く”のようなコーナーを偉そうにやった時、出演して頂いたことがある。

非常に気さくで共産党らしくない(深い意味はありません)雰囲気だった。市議会では若手として、ガンガンやってくれるものと期待をしていた。

その後市役所廊下ですれ違ったことがある。大分痩せられていて、「市議会は合わないですかね?」と冗談を言った記憶がある。

その頃から議会には出てこなくなり、2年余りが過ぎてついに辞職となった。想像の域を出ないが、私が言った冗談は的を得ていたと思う。政党か議会か、あるいは政治そのものが合わなかったのだろう。

出来るなら立候補する前に気付いて欲しかった。本人が無理ならば周りがである。共産党のようなしっかりした政党の割りには初歩的なミスだ。

2年間も欠勤していたのに急遽辞職したことについて、市長の病気療養とあわせて色々言う人もいる。その間の税金からの報酬支出は確かに無視出来ないことだ。

しかしそれでも岩上容子さんには、引き続き相模原で頑張って欲しいと思う。若手議員が一人いなくなったことが、党派を超えて悔やまれてしまう。




2006年03月06日(月) 今時市立美術館

橋本日金工跡地に市立美術館を建設する案が急浮上した。市議会の皆さんも寝耳に水ということで、市行政の真意を図りかねている。

市立美術館と言えば京都だが、ここは日本有数の美術館で出展希望者が目白押し。市役所にはそれを断る係りもいるとのこと。

市役所が運営して上手くいかせるには、役所内に美術に堪能な職員がいることと、芸術に対するしっかりした見識を持ち合わせていなくてはならない。

さて相模原市にそれがあるか。現段階ではないと言わざるを得ない。かく言う私もこの分野には疎いし、過去市議会や行政の会議で芸術論を聞いたことがない。

この状態で建設すれば、それは最初から外部アドバイザーに頼らざるを得ず、公営でありながら公の考えが反映されないことになる。

そして公共施設は、しっかり市民に使われるかがポイントだ。その意味で評価に耐えうる施設はただでさえ少ないのに・・。本当に大丈夫かと思う。

聞くところによると、数千点の絵画が併せて市に寄贈される内約があり、その作品も良いものだそうだ。土地も日金工からの無償提供というのも悪くはない。

しかし原点に返って検証する必要がある。公営で美術館を建設する必要があるのか。市役所の運営でそれが上手くいくのか。

私はNo.だと思う。現在の相模原市内には中小の民間美術館も既に存在している。オーナーが個人で四苦八苦し、市内の芸術発展に寄与している。

過去それらに対して市行政が何かをしてきただろうか。手を差し伸べただろうか。新規施設を建設する前にすべきことがある。


2006年03月05日(日) レイテ島災害募金活動

レイテ島で大規模な地すべりがあった。その募金活動をJC(青年会議所)で行なった。仕事のため遅れて、約1時間のみ参加した。

相模大野駅デッキ上は、相変わらず多種多彩な皆さんがいるが、その中でも目立っていたと思う。中年の男性がこの種の活動をやっている姿はなかなかない。

募金や献血などの活動はやっていて気分がいい。明らかに誰かの役に立っているからだ。恐らくどんな仕事をしている方でも、それが社会に貢献しているのか悩まれるときがあると思う。

意外と思われるかもしれないが政治家もそうだ。政治家も公務員も世の中の役に立つのが前提の仕事だが、実際やっていると果たして?と自問自答することが多い。

今日の募金などは明らかに善意だという活動なので、気恥ずかしさも覚えることもあるが、その感覚は誤りでどんどん慣れていきたいと思う。

さてフィリピンでは先日まで非常事態宣言が出されていた。クーデターの恐れありと大統領は言っていたが、富裕層の代表である現政府に対する不満は地方部で特に根強いと聞く。

マルコスのフィリピンでの評価は知らない。しかし彼を打倒したのは民意とともにアメリカであった。現フィリピン政府も外国に踊らされることなく、自国の福祉向上にもっと頑張ってもらいたいと思う。

日本はご近所ということもあり経済関係が深い。日本でもフィリピンの人を見かけるし、フィリピンでも普通に日本人を見る。嬉しいことだ。

今後も両国が多くの分野で協力していくことを望む。


2006年03月04日(土) 渡部恒三さん

メール問題で辞任した野田国対委員長に代わって、ベテランの渡部恒三さんが後任になった。73歳というから民主党では最高齢の議員だろう。

この人は与野党ともに評価が高い。それは人柄だけでなく経験が物をいっている。かつて竹下7奉行と言われた面々も、ほとんどが鬼籍に入るか既に政界を引退している。

その中でかろうじて現役だったのは小沢・羽田・渡部のみで、全員偶然にもこちら側(非自民側)にいる。しかしこの皆さんも既に峠は越え、いわゆる顧問格の扱いであった。少なくとも昨日までは。

渡部氏を現役に引き戻し国会の最前線に戻したのは、党本部がそこまでの窮地だったということだろう。私は野田氏がダメなら他の若手を、それでもダメなら他の若手をと考えていたが、昨今の未熟な民主党に対する世論の批判も謙虚に受け止めなくてはなるまい。

このベテランに期待するしかない。しかしながら自民党の国対委員長を経験したことをもって、政府内からも歓迎されている趣があるが、当時と同じことをする必要はない。あくまで民主党らしい国会対策をすべきだ。

最後だが私は渡部恒三さんが大好きだ。よくも今までこちら側で踏ん張ってくれた。感謝している。前々回は無所属だったのに、前回はあえて党のために公認候補になってくれた。

秋の代表選挙には小沢一郎代議士の名前も取りざたされている。些か昔の名前で出ているきらいはあるが、その機会に最後のメッセージを後進に残してもらえるとありがたい。

昨今だから若手はダメだと言われているのが悔しい。前原氏も任期は残り僅かなのだから再選など意識しないで、思い切ってガンガンと行動してもらいたい。


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