てらさき雄介の日記
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2006年03月03日(金) 県庁の星

現在ヒット中の「県庁の星」を橋本ムービックスで見た。夜半の会だったので客も少数だ。それでも3名の友人・知人に出会ったのは嬉しいことだ。

さてこの映画は、映画と小説と漫画とを一緒に宣伝する商方が採られた。漫画は見たことがあるが、基本的にコメディーでかなり笑える。しかし映画は感動系だった。

正直作品としてはそれほどではないが、今後神奈川県庁を相手に仕事をすることを志願している私としては、とても興味深い内容だった。

公務員の特徴をよく捉えていると思った。一方これほどエリート意識の高い人間が県庁にいるならば、そういう人と対峙することも楽しみと思った。

中には動機が出世欲か権力欲という場合もあるだろうが、それでも仕事に気合が入っていることは嬉しいことだ。過去に霞ヶ関の官僚達に会ったときに感じた、あの迫力を神奈川県庁でも見てみたい。

相模原市議会時代に悲しかったことは、市職員が慇懃無礼をすることだ。丁寧に出来ないということを表現する。私は議論がしたいわけだから、出来ないなら出来ないとはっきり言えばいい。

この映画のなかでも、見ていた私を含む大方の期待を裏切って「前向きに検討します」という知事の発言が最後に出てくる。

どの職場でも独特の雰囲気はあるものであって、役所だけが変わっているわけではない。また税金で食っている公務員としての自覚がある方にも、多く出会ったことがある。

主権者たる皆様には、厳しい指摘は常に頂きながらも、必死に行政改革に取り組んでいる職員たちへの暖かい眼差しも是非お願いしたい。


2006年03月02日(木) 津久井町議会最後の日

津久井町議会が50年の歴史に幕を閉じた。5人の議員から質疑を受けたことに、町長は一括して涙ぐみながら1時間の演説をされた。思想や信条の違いを超えて、歴史とは心に感じ入る何を訴えてくるものだ。

津久井町は尊敬する尾崎行雄の出身地で、他ならぬ天野現町長もその親類だ。伝統を大切にする慣習と、新しく革新していく風潮とを併せ持っている津久井が私もとても大好きだ。その津久井と合併できることを相模原市民として誇りに思う。

そして繰り返して言っていることだが、吸収される側の気持ちを十二分に考える今後の相模原市政であって欲しい。お荷物扱いは論外として、新総合計画の策定にも最大限の敬意をもって取扱いをすべきだ。

神奈川県行政においても、県内唯一の合併であることから、支援体制が組まれている。現在言っているような「合併によってサービスが低下しないように」は当たり前の話として、それによって「サービスが向上する」ようにしっかりと監督する責任がある。






2006年03月01日(水) 卒業式での挨拶

母校の卒業式で校友会(卒業生の会)会長として挨拶に立った。以下その内容である。

「在学中何をしていたかは多く記憶があるが、その時々に何を考えていたかは忘れてしまったことが多い。その中でも幾つか今でも印象に残っていることがある。

 一つは通学だ。相模原市の上溝からスクールバスの出る西八王子まで4、50分。バスに乗ってから更に4、50分。地元の公立ならばもっと時間が有効に使えたのではと思っていた。

 次はバスケット部に所属していたことだ。友人では上手なメンバーもいたが、自分自身はそれほど上達はしなかった。時々辞めようかとも思ったが、友人もいるし、ここまで頑張ったのだからと思い、最後まで活動をした。

 更には試験勉強だ。試験前に夜中まで集中的に勉強する。もう少し早くからやっていればと情けない思いもした。

 最後がこの卒業式のことだ。もうこの学校に来ないのかと思うと感慨もあったが、寂しさや悲しさはなかった。むしろここを出た後の世界について、期待に胸を膨らませ武者震いのようなものも覚えた。

 ふと見渡すと卒業する皆さんよりも親御さんに年が近くなっている。私は第4期の卒業生、皆さんが第20期の卒業生だから、大学生活を入れると16年間社会のなかで生きてきた。たったこれだけで言うのも恐縮だが、率直な感想を言えば、社会で生きていくことはとても面白いし充実している。子どもの頃、高校生の頃想像をしていたよりも何倍も面白い。

 何が面白いか。人生の主人公が自分自身であることは生まれながらに誰でもそうだ。しかしこれからは主役だけでなく、演出、脚本、監督、など全てを自分自身ですることができる。これほど楽しいことはない。

 しかし逆に言うならば、これらは出来るのではなく、しなければならないのだ。主役を張り続ける意思と信念を失ったとき、そこから自分の人生ではなくなってしまう。残念ながらそういう人を多く見てきた。皆さんが自分の人生を歩んでいってくれることを期待している。

 私は明治大学在学中に雄弁部で活動していた。その部訓というか基本方針のようなものがある。和而不同(わしてどうぜず)という漢語だ。人と仲良くすることは大切だし、そうしなければ社会は成り立っていかない。

 しかしそれは人と同じくすることを意味するものではない。今も仕事場にこの文字が飾ってある。繰り返しだが卒業生の皆さんが自分自身の人生を歩んでいくことを期待している。」


2006年02月28日(火) 城山の住民投票結果について

合併すべしとの結果が出た。(結果詳細)予想を超えた大差だ。今後は早急に相模原市との具体的調整に入るのだろう。

気は早いが、1市4町の合併がこれでなった。1999年の決算議会総括質疑において、「城山町を含む近隣町村との合併を」と訴えたとき、他議員からは嘲笑が聞こえたことを考えると隔世の感がある。

途中段取りの悪さから1市4町それぞれに問題が噴出し、結果飛び地でのスタートとなったときには異論も唱えたが、総論で合併自体には賛成だった。今後は成果がしっかり現れるか注視していきたい。

合併の成果は2つに集約される。ひとつは経費節減だ。多くの役所を統合することによって無駄を省いていく。現段階で数値目標が立っていないのが残念だが、政治がリーダーシップを発揮していけば何とかなる。

そして合併協議会がつくった「将来のまちづくりビジョン」だ。1市4町の総合計画には当然反映されると信じている。公募委員として議論に参加したものとして、市長ならびに担当職員にはキツくお願いしておく。

昨日町田の選挙結果について記載をした。相模原市が政令市を目指す過程で、次に向かうべき方向は町田市だと考える。今こそ初心に立ち返り、連携策を模索していきたい。

国の動向を見る限り余り猶予はない。真の自立都市を目指しての努力が求められる。


2006年02月27日(月) 町田市議選の結果について

町田市議選挙の結果が出た。(選挙結果詳細)支援していた3人ともが当選を果たした。

新井氏は得票こそ減らしたものの、前回に続く堂々のトップ当選。友井氏、若林氏は全体の投票率が減ったにも関わらす、得票を伸ばしての再選である。

今後相模原・町田若手議員交流会を通じ、ともに頑張っていきたい。他にも20代、30代で当選した方がいるので、新メンバーの登場にも期待している。

残念だったのは市長だ。(選挙結果詳細)及ばなかった。過去革新市政が続いていたことに対する反動が出たのだろう。他にも多々要素は考えられるが、結果が出た今となっては何を言っても致し方ない。真木候補については非常に能力のある政治家だ。何らかのカタチでの再起に期待している。

今回の選挙では延べ3日半にわたり現地で支援活動をした。町田市との今後を考えての行動でもある。また候補予定者としても選挙について、何か学びたいという思いもあった。

3名の選挙戦はそれぞれ特徴的だったが、ともに勉強になる点が多々あった。自分自身の選挙で実践していきたい。




2006年02月26日(日) 226事件の日

今日は町田市長及び市議選と、城山町の合併住民投票が行なわれる。どちらも結果が出るのは深夜だろうから、それについては明日以降に書きたいと思う。

1936年(昭和11年)の今日は「226事件」が起った日だ。先般女性支援者の皆様と真鶴へ行った際、牧野元内大臣が襲撃された別荘があり、こんな所までやって来たのかと驚いた。

さて映画や小説を見てみると、大概が事件を起こした青年将校に同情的だ。かくいう私も彼らには感じ入るものはある。しかしながらその後の日本の敗戦に至る経緯を見ると、事件の与えたマイナスの影響は政治家として無視できない。

事件後の裁判は軍事裁判として非公開で行なわれている。最近当時の公文書徐々に世に出回り、当時の判事が処刑は不合理との意見を述べていたものもある。

これだけのクーデター事件が現場の軍人のみで行なえるはずもなく、政治家の一部と高級軍官僚が関わっていたはずだ。トカゲの尻尾として早々に処刑されたのだろう。

防衛庁を「省」に昇格する法案が今国会に提出される予定だったが、防衛施設庁の談合事件でお流れになった。重要な法案という認識がなかったのだろう。私が「省」昇格に消極的なのは、まさにこの政府の姿勢だ。ことの発端から、経緯が場当たり的すぎる。

226事件の後、軍部は陸海軍大臣を推薦しないという暴挙によって、自らの意思を政府に強要した。これは関与した個々人の問題だけでなく、それを許した制度も悪かったのだ。

今晩テレビで「226事件」を扱う番組はないだろう。ひょっとしたらニュースの一端で触れるだろうか。そんなに昔のことではない。たった70年前の出来事なのだ。








2006年02月25日(土) 民主党国会議員は目を覚ませ

民主党国会議員は目を覚ませ。一体何をやっているのか。先日もメール問題について意見を書いたが、その後の対応を見ていて一層深刻なものを感じた。

繰り返しだが、町田では市議選と市長選をやっている。特に市長選挙は浮動票の動向が勝敗を左右する。今回の国会のゴタゴタが選挙に良い影響を与えるはずはない。街頭で一枚一枚ビラを配って下さっている、現場の支援者を何と考えているのか!

永田代議士は入院したそうだ。本当に具合が悪いそうだ。こんなことで飯が食べられなくなって、政治家が務まるか!代表はじめ執行部も、こんなことで動揺していて政権を担当できるのか!

もっと落ち着いて堂々として欲しい。信じる道を進むなら、途中でぶれないで欲しい。民主党は積極的党員よりも、潜在的支持者に多く支えられている。日々そういう方々から見捨てられているのを実感して欲しい。

現在マスコミや世論も民主党に厳しい。しかしこれは期待を裏切られたことの反動だ。つまり期待はされているのだ。民主と自民以外の他党などは記事にもならないではないか。

スキャンダルの追求も時には必要だろう。しかし自民党が金に汚いことは子どもでも知っている。それでも自民党は選挙で勝つ。その理由を民主党はもっと考えなくてはいけない。相手の批判に終始するのではなく、自らどうするかを主権者に伝えなくてはならない。

さて私たちの今後だ。国会の動きが地方自治に悪影響を及ぼさないよう、党内でも地方分権を進める必要がある。そしてこれは民主党所属の都道府県会議員の仕事かもしれない。頑張っていきたい。


2006年02月24日(金) 空手で使う筋肉

お世話になっている空手教室に時々伺う。そしてついに自ら体験する時が来た。Tシャツとジャージをまとい、蹴りとパンチの練習を少々。

感想だが、まず痛い。もちろんグローブを着けているが、「いいパンチ」と褒めてもらえる時ほど、自分も痛いのだ。また受けも同様だ。

次に色々な筋肉を使う。普段は動いてない場所だ。現にこの日記を打ちながら少しムズムズする。明日は筋肉痛かもしれない。情けない限りだ。

更には体が固いことを再認識した。これは大分以前からで高校時代なども、なかなかバスケが上達しない原因は、体が固いことだと当時のコーチに言われてものだ。確かに柔軟であることはスポーツの基本だ。

多くが女性の練習生だったが、数ヶ月すると足が高く上がるようになると言う。そしてダイエットにも(これに興味はないが)。

また行ってみたい。隣ではかわいい子どもたちが練習していた。どう見ても幼稚園年少くらいだが、左右ともいい蹴りが入っている少年もいた。とてもかわいい。


2006年02月23日(木) 相模原と町田の市議選の違い

町田市議選の応援に行った。友人の現職候補3名を日々支援しているが、公職選挙法の規定で現在は名前を書けない。過去の記載などをご参考に頂ければ幸いだ。

町田市議選と相模原市議選挙に幾つかの違いを感じた。個々に論評はしないが、以下率直な感想だ。

1、町田は市議選挙も政党選挙の色合いが濃い・・・候補者のほとんどは国政政党である「民主・自民・公明・共産・社民」の公認か推薦で、純粋な無所属候補が少ない。

2、市長選と同日のためアベック選挙となっている・・・それぞれの市議候補が応援する市長候補を明確にしながら相互に支援するカタチで選挙が行なわれている。

3、候補者の平均年齢が若い・・・相模原は特に平均年齢が高齢だが、私より若い候補者が6名?(最低この人数は確認した。ポスターの記載なので以上いるかもしれない。)はいる。また40代・50代という実社会の中心世代も多く、65歳をこえる方はほとんどいない。

相模原市は津久井と合併をするので、特例措置がどうなるにしろ、いずれは市議も県議も同じ選挙区になる。この時も選挙文化の違いをの当たりにするのかもしれない。


2006年02月22日(水) 国会メール問題について

民主党永田代議士のメール発言について、新聞一面を飾るほど多くの報道がされている。今日の党首討論を見る限り、明らかに民主党に分が悪い。

ここは素直に軽率さを侘びて、今後同じようなことが起きないよう党内で対策を練るべきだ。安易に人事的責任論に転嫁することは良くないと思うし、ましてや開き直り続けるのも主権者に対する責任から問題だ。

政府自民党にも言いたいことはあるが、党員としては第一義に民主党の国会議員に意見を言うべきだろう。

まずは議会での発言が軽すぎる!テレビ中継されてるかどうかではなく、国権の最高機関としての「質」を備えて欲しい。永田代議士の取り上げ方は明らかに稚拙だった。

次に一々大騒ぎしすぎだ。マスコミが何故この問題を、ここまで大きくしているかは解からない。しかし一つの事柄に、党幹部の皆さんが右往左往していてはいけない。

自民党はあれだけ汚職事件を起こしても、いまだに圧倒的勢力で政権を担っている。「民主党は若い人が多くてクリーンだけど、何となく頼りない」この主権者の率直な意見にもっと耳を傾けるべきだ。

間違いを起こした議員がいたとしても、責任ある人間が謝罪して事後の対策をしっかり練ればいいのだ。ましてや今回のことは国益に害を与えた訳ではないのだから。

今この時も隣の町田市をはじめとして、民主党の看板を背負って選挙を戦っている同志がいる。そこに国会議員はもっと思いを馳せて欲しい。国会議員を支えているのは、私たち地方党員なのだから。


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