てらさき雄介の日記
DiaryINDEX|past|will
| 2006年02月27日(月) |
町田市議選の結果について |
町田市議選挙の結果が出た。(選挙結果詳細)支援していた3人ともが当選を果たした。
新井氏は得票こそ減らしたものの、前回に続く堂々のトップ当選。友井氏、若林氏は全体の投票率が減ったにも関わらす、得票を伸ばしての再選である。
今後相模原・町田若手議員交流会を通じ、ともに頑張っていきたい。他にも20代、30代で当選した方がいるので、新メンバーの登場にも期待している。
残念だったのは市長だ。(選挙結果詳細)及ばなかった。過去革新市政が続いていたことに対する反動が出たのだろう。他にも多々要素は考えられるが、結果が出た今となっては何を言っても致し方ない。真木候補については非常に能力のある政治家だ。何らかのカタチでの再起に期待している。
今回の選挙では延べ3日半にわたり現地で支援活動をした。町田市との今後を考えての行動でもある。また候補予定者としても選挙について、何か学びたいという思いもあった。
3名の選挙戦はそれぞれ特徴的だったが、ともに勉強になる点が多々あった。自分自身の選挙で実践していきたい。
今日は町田市長及び市議選と、城山町の合併住民投票が行なわれる。どちらも結果が出るのは深夜だろうから、それについては明日以降に書きたいと思う。
1936年(昭和11年)の今日は「226事件」が起った日だ。先般女性支援者の皆様と真鶴へ行った際、牧野元内大臣が襲撃された別荘があり、こんな所までやって来たのかと驚いた。
さて映画や小説を見てみると、大概が事件を起こした青年将校に同情的だ。かくいう私も彼らには感じ入るものはある。しかしながらその後の日本の敗戦に至る経緯を見ると、事件の与えたマイナスの影響は政治家として無視できない。
事件後の裁判は軍事裁判として非公開で行なわれている。最近当時の公文書徐々に世に出回り、当時の判事が処刑は不合理との意見を述べていたものもある。
これだけのクーデター事件が現場の軍人のみで行なえるはずもなく、政治家の一部と高級軍官僚が関わっていたはずだ。トカゲの尻尾として早々に処刑されたのだろう。
防衛庁を「省」に昇格する法案が今国会に提出される予定だったが、防衛施設庁の談合事件でお流れになった。重要な法案という認識がなかったのだろう。私が「省」昇格に消極的なのは、まさにこの政府の姿勢だ。ことの発端から、経緯が場当たり的すぎる。
226事件の後、軍部は陸海軍大臣を推薦しないという暴挙によって、自らの意思を政府に強要した。これは関与した個々人の問題だけでなく、それを許した制度も悪かったのだ。
今晩テレビで「226事件」を扱う番組はないだろう。ひょっとしたらニュースの一端で触れるだろうか。そんなに昔のことではない。たった70年前の出来事なのだ。
| 2006年02月25日(土) |
民主党国会議員は目を覚ませ |
民主党国会議員は目を覚ませ。一体何をやっているのか。先日もメール問題について意見を書いたが、その後の対応を見ていて一層深刻なものを感じた。
繰り返しだが、町田では市議選と市長選をやっている。特に市長選挙は浮動票の動向が勝敗を左右する。今回の国会のゴタゴタが選挙に良い影響を与えるはずはない。街頭で一枚一枚ビラを配って下さっている、現場の支援者を何と考えているのか!
永田代議士は入院したそうだ。本当に具合が悪いそうだ。こんなことで飯が食べられなくなって、政治家が務まるか!代表はじめ執行部も、こんなことで動揺していて政権を担当できるのか!
もっと落ち着いて堂々として欲しい。信じる道を進むなら、途中でぶれないで欲しい。民主党は積極的党員よりも、潜在的支持者に多く支えられている。日々そういう方々から見捨てられているのを実感して欲しい。
現在マスコミや世論も民主党に厳しい。しかしこれは期待を裏切られたことの反動だ。つまり期待はされているのだ。民主と自民以外の他党などは記事にもならないではないか。
スキャンダルの追求も時には必要だろう。しかし自民党が金に汚いことは子どもでも知っている。それでも自民党は選挙で勝つ。その理由を民主党はもっと考えなくてはいけない。相手の批判に終始するのではなく、自らどうするかを主権者に伝えなくてはならない。
さて私たちの今後だ。国会の動きが地方自治に悪影響を及ぼさないよう、党内でも地方分権を進める必要がある。そしてこれは民主党所属の都道府県会議員の仕事かもしれない。頑張っていきたい。
お世話になっている空手教室に時々伺う。そしてついに自ら体験する時が来た。Tシャツとジャージをまとい、蹴りとパンチの練習を少々。
感想だが、まず痛い。もちろんグローブを着けているが、「いいパンチ」と褒めてもらえる時ほど、自分も痛いのだ。また受けも同様だ。
次に色々な筋肉を使う。普段は動いてない場所だ。現にこの日記を打ちながら少しムズムズする。明日は筋肉痛かもしれない。情けない限りだ。
更には体が固いことを再認識した。これは大分以前からで高校時代なども、なかなかバスケが上達しない原因は、体が固いことだと当時のコーチに言われてものだ。確かに柔軟であることはスポーツの基本だ。
多くが女性の練習生だったが、数ヶ月すると足が高く上がるようになると言う。そしてダイエットにも(これに興味はないが)。
また行ってみたい。隣ではかわいい子どもたちが練習していた。どう見ても幼稚園年少くらいだが、左右ともいい蹴りが入っている少年もいた。とてもかわいい。
| 2006年02月23日(木) |
相模原と町田の市議選の違い |
町田市議選の応援に行った。友人の現職候補3名を日々支援しているが、公職選挙法の規定で現在は名前を書けない。過去の記載などをご参考に頂ければ幸いだ。
町田市議選と相模原市議選挙に幾つかの違いを感じた。個々に論評はしないが、以下率直な感想だ。
1、町田は市議選挙も政党選挙の色合いが濃い・・・候補者のほとんどは国政政党である「民主・自民・公明・共産・社民」の公認か推薦で、純粋な無所属候補が少ない。
2、市長選と同日のためアベック選挙となっている・・・それぞれの市議候補が応援する市長候補を明確にしながら相互に支援するカタチで選挙が行なわれている。
3、候補者の平均年齢が若い・・・相模原は特に平均年齢が高齢だが、私より若い候補者が6名?(最低この人数は確認した。ポスターの記載なので以上いるかもしれない。)はいる。また40代・50代という実社会の中心世代も多く、65歳をこえる方はほとんどいない。
相模原市は津久井と合併をするので、特例措置がどうなるにしろ、いずれは市議も県議も同じ選挙区になる。この時も選挙文化の違いをの当たりにするのかもしれない。
| 2006年02月22日(水) |
国会メール問題について |
民主党永田代議士のメール発言について、新聞一面を飾るほど多くの報道がされている。今日の党首討論を見る限り、明らかに民主党に分が悪い。
ここは素直に軽率さを侘びて、今後同じようなことが起きないよう党内で対策を練るべきだ。安易に人事的責任論に転嫁することは良くないと思うし、ましてや開き直り続けるのも主権者に対する責任から問題だ。
政府自民党にも言いたいことはあるが、党員としては第一義に民主党の国会議員に意見を言うべきだろう。
まずは議会での発言が軽すぎる!テレビ中継されてるかどうかではなく、国権の最高機関としての「質」を備えて欲しい。永田代議士の取り上げ方は明らかに稚拙だった。
次に一々大騒ぎしすぎだ。マスコミが何故この問題を、ここまで大きくしているかは解からない。しかし一つの事柄に、党幹部の皆さんが右往左往していてはいけない。
自民党はあれだけ汚職事件を起こしても、いまだに圧倒的勢力で政権を担っている。「民主党は若い人が多くてクリーンだけど、何となく頼りない」この主権者の率直な意見にもっと耳を傾けるべきだ。
間違いを起こした議員がいたとしても、責任ある人間が謝罪して事後の対策をしっかり練ればいいのだ。ましてや今回のことは国益に害を与えた訳ではないのだから。
今この時も隣の町田市をはじめとして、民主党の看板を背負って選挙を戦っている同志がいる。そこに国会議員はもっと思いを馳せて欲しい。国会議員を支えているのは、私たち地方党員なのだから。
| 2006年02月21日(火) |
病院で死ぬということ |
このタイトルの本を読んだ。実家に寄った際に本棚にあったので拝借してきた。分量も多くない本だったので一晩で読んでしまった。興味深くかつ重い内容だった。
現役の医者が様々な体験談から書いた本だが、人生の最期にあたって家族や病院など周辺がどうすべきか、その参考とするために書いたとのこと。悲惨な事例もあったが、終盤は希望も持てる内容だった。
「ガンになった時は告知してほしい」「無駄な延命治療はしないでほしい」過去話した人の多くはそう言う。私も前者については同感だ。後者は時と場合によると思う。
ただし真剣に家族に伝えたり文書に残すまでは、いまだ考えていない。そういう状況をリアルに思い浮かべるこがないからだ。まだまだやりたいことが多い。人生の終焉はずっと先のことであって欲しい。
つい最近手塚治虫の「ブッダ」をコンビニ復興版で売っていた。2巻まで買って読んだ。死が何であるか解らない私が、死ぬときどうすべきか解るのだろうか。
町田市議選で友人候補の応援をしていることは何回か書いた。今日は同日に行なわれる市長選挙についてだ。
市政を考えたときに、市長の存在は巨大だ。市議一人とは比べるまでもないが、議員総員の議会と比較しても権限は大きい。
さて町田では長年勤められた寺田市長が勇退され、今回は6名の候補者が立候補している。前都議・前市議2名・会社経営者・他自治体の元幹部・革新系女性候補という顔ぶれで、明らかに泡沫という勘違い系はいない。
とにかくも大勢が立候補する街は将来が明るいと思う。相模原も前舘盛市長が勇退された後の選挙は8名が立候補した。首長志願者が今後もどんどん増えてほしい。
さて町田市長選挙の予想は、多くの評判を聞く限り、民主系候補と自民系候補の一騎打ちの様相とのこと。市長選挙も2大政党の時代になっている。そしてこれは悪いことではない。選択肢たる候補者を常に用意する責任が政党に生じるからだ。
一方現在の政党は基本的に国政政党なので、市長選挙でも国会などの動向が左右してしまう点もある。これは本筋ではないので、今後は地域ごとにローカルパーティ形式にすることも考えるべきだ。町田を例に挙げれば、「町田民主党」とか「町田自民党」だ。
町田市は境のほとんどを神奈川県と接している。相模原市、横浜市、川崎市、大和市、城山町だ。同じ東京都では多摩市と八王子市とのみだ。町田の行く末は神奈川にも大きな影響を及ぼす。
6名の候補者の顔ぶれは以上の通りなので、私が応援しているのはどの人だか一目瞭然だろうが、公職選挙法の規定で名前は書けない。早くこの意味のない規定を国会は改正して欲しい。
2000年に青年会議所で提言書づくりを担当した際、町田市との連携の必要性を書いた。その後しばらく「町田・相模原政令指定都市を目指す会」をつくり両JCで勉強会などをした。
現在の津久井との合併が終われば、また町田市と色々な研究をしてみたい。今回何度となく町田に応援に入っているのも、その布石とご理解頂ければありがいたい。
何度か城山町長の解職請求について意見を書いた。本日投票が行われ、先程結果が出た。この話に詳しい方から速報をもらい「解職決定」とのこと。
この日記は相模原市近隣以外の方も見て頂いているので、少し経過を書きたい。
相模原市と津久井4町(城山町・津久井町・相模湖町・藤野町)との合併は数年前に4町長が相模原市長に対して、「合併を検討してほしい」と話たことから始まっている。水面下では色々あったようだが、相模原市の公式見解はこうだ。
この時点で城山町長だった方は、今の町長とは違う。その後城山町長選挙が行われ、現在の小林町長になった。選挙で小林さんが選ばれた理由については、ひとつは十分な議論を経ていない合併請求に異論があったこともあるが、一方でその時点での町ぐるみの汚職スキャンダルが大きく響いたのが実態だ。
小林さんの町長選挙での公約も、「合併反対」ではなく、「合併には住民投票を」だった。民意が合併にあることは、合併反対の小林さん自身も理解していたのだ。現にどのアンケートなどを見ても、城山町民は合併賛成の人の方が多い。城山・相模原だけで合併したいという意見すら散見された。
小林さんは町長になった後、公約である住民投票を実施しなかった。この理由を客観的に見れば、小林さんはやはり合併には反対で、かつ町民の多くが合併を望んでいることから、仮に住民投票をすれば“民意”によって合併に追い込まれるという小林町長の深謀遠慮があったのだ。
今回解職請求した側もそう言っている。一応小林町長側の見解も紹介すると、合併ありきではなく、町単独での経営ビジョンを示してから住民投票しないと、公平ではないとも言う。
さて町長解職請求とは非常に手間がかかる。まず町民(20歳以上の有権者に限定される)の三分の一以上の署名が必要だ。その上で今日行われた「解職請求選挙」をし、結果過半数の賛成で解職される。
今日解職された理由はたった一つ、合併に賛成の町民が多かったということだ。ここに至っては町内の対立を子かめるよりも、どう効果のある合併になるかに議論を移した方がいい。
さて話は戻るが、住民投票をしないことが解職請求の理由になったとの判断で、小林町長は解職請求の署名集めと時期を同じくし、「合併の是非を問う住民投票」を行う決断をした。これが来週投票になる。しかし時すでに遅し、今日町長は解職になった。
それでも来週には住民投票が行われる。投票率が50%を割らない限り、つまり投票が有効になる限りは、恐らく合併に賛成の結果が出るのだろう。
さて町長が解職された以上、公職選挙法の規定に基づいて50日以内に新しい町長を決める町長選挙も実施される。その時点では合併についての町民の意思は出ているわけだから、争点は当然別のテーマになる。
合併で解職された町長の選挙が、合併を争点にしないことになる。わかり難いことだ。そしてこういう一連の経過もすべて税金を使って行われたいることから、経費の無駄使いという指摘も少なくない。
しかしながら何度も書いていることだが、相模原市にはいまだ合併するんだという実感が希薄だ。これだけ熱く議論をしているのは、皆吸収される側だという現実も忘れてはならない。
今日「相模原市・津久井町・相模湖町合併記念式典」の案内が来ていた。3月20日に市民会館大ホールで行われる。合併協議会の分科会に公募で参加していたから頂いたようだ。
日本の地方自治は、過去よりも将来においてその骨格が造られることを考えると、今回城山町がした経験は新しい相模原市の財産になるはずだ。
ご支援いただいている皆さんの宴会があった。相模原にお住まいの方ばかりだが、縁あり町田市木曽町にあるレストランで行われた。
宴会中店内をふと見渡すと、カウンターにお顔を知ったいる方がいる。衆議院選挙の際にお見かけしている。先方も私に気づきご挨拶のみさせて頂いた。
こういう偶然は貴重な機会だが、一方で因果な仕事柄とも思う。幸い‘プライベート’という感覚自体がないので、私は気にもしないが、ローカル政治家でもこうなのだから、テレビに出ている芸能人などはさぞかしと同情もする。
またどこでも注目を集めることが好きでないと、選挙などには出られないのかもしれない。人前に出ることがそんなに好きでない(本当)性格は、改善すべきことかもしれない。
この仕事を一生と考えるならば。そしてプロで生きていくためには。
|