てらさき雄介の日記
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家に帰りテレビをつけると「白夜行」というドラマをやっていた。たまたま初回の放送で、丁度始まった時間だった。
オープニングから、とても暗く悲しい雰囲気だ。しばらく見ていると面白くなり、結局2時間があっという間に過ぎた。次回以降も出来るだけ見てみたい。
小さい頃から日本は豊かだと言われ育ったが、大人になるにつれ社会を見つめてみると、多くの点で貧困なる日本であることを知った。
人の幸福に手を突っ込むのは政治の役割ではない。それこそ大きなお世話だ。一方不幸になる原因には、社会的要因が多く含まれることが多い。
これを菅直人氏は「政治の役割は最小不幸社会の実現」と言っている。的を得た表現だ。
テレビや映画あるいは本などでも、悲しい物語によく引き込まれていく。元来悩みのない性格の反作用だと思っていた。しかしふと周りを見渡せば、それこそドラマのような悲しさが社会に溢れている。
一人一人をじっと見つめれば、事情を抱えていない人はいない。豊かさとは何かを考えることは大切だが、貧しさを減らすことが第一の課題だ。もちろん貧しさとは金銭のみではない。
| 2006年01月11日(水) |
ボトムアップこそ民主的手法 |
トップダウンとボトムアップを比較すると、ボトムアップこそ民主的手法と言える。
民主主義は結果と同じくらい過程が大切だ。ひとつの決定が行なわれるとき、どれだけ多くの人が関わってきたのかが大切なのだ。
昨今の民主党には、悪い意味での焦りがあるように思う。前原代表も小泉総理の悪影響を受けている面がある。
政党にとっては命とも言える、各種選挙の候補者決定もそうだ。大体が密室協議の中で流れが決まってしまう。
候補者決定は大衆議論に向かないという意見もある。一理ある。しかしそうであるからこそ大衆議論をしていく努力が必要なのだ。
さて当地神奈川14区でも藤井先生の引退に伴う新しい候補者を、近日中に擁立しなければならない。
地元の意見を取り入れてくれることを党本部には強く要請する。実際選挙をするのは私たち地域党員なのだ!
繰り返そう。結果と同じくらい過程は大切なのだ。62万相模原市民に対して恥かしくない協議をしていきたい。
連合神奈川の「新春の集い」に参加した。
連合神奈川議員団に候補予定者として名を連ねているため、毎年各種イベントにご案内を頂いている。ありがたい限りだ。
民主党と連合の間には、時として隙間風が吹く。代表はじめ党執行部の対応に問題ありだ。
個々の発言も安易だし、経団連などに政治献金を期待するのも間違いだ。
二大政党を実現するためには、労働者層の安定的な支持が必要だ。そのためには統一ユニオンである連合との関係を、より強固にしていかなければならない。
さて個別法案の賛否や政局対応で、時として党と支援団体の考えが違ってしまうことがある。しかしこれは別組織である以上、ある意味致し方ない。
一々大騒ぎになってしまうのは、基本的な所での信頼関係がいまだ醸成されてないからだ。
党の側も安易に選挙のみ頼るのではなく、日常の議会活動や党活動についてこそ、より綿密に情報交換をしていくべきだ。
そして将来はイギリス労働党のように、候補者選定や党の地域活動について、文字通り一体となって取り組めるようにすべきだ。
サラリーマンの家庭で育ったということを忘れず、より労働者の代弁ができるよう頑張っていきたい。
| 2006年01月09日(月) |
‘どんど焼き’と‘どんどん焼き’ |
幼少の記憶は‘どんどん焼き’だった。大人になって改めて聞いてみると‘どんど焼き’と皆んな言っている。
今日改めて調べてみたら、どちらでもいいそうだ。今更人に聞けなくて少し迷っていたのだ。
さて今日は住んでいる上溝地区内の‘どんど焼き’に二箇所行った。
政治家としてでもあり、かつ地域の消防団員として役割もある。一人二役、一挙両得と言ったところだ。前者の顔は新年の挨拶をしてまわり、後者の顔は消防車を運転し火をチェックする。
二箇所とも自治会主催だが、うち一箇所は火の周辺に神道風の囲いがつくってあった。
私は地域の氏神祭神とその施設については、靖国神社に象徴される官製の国家宗教と区別している。
従って実態として宗教行事でない‘どんど焼き’まで文字通り政教分離してしまうと、伝統的地域行事など何も出来なくなってしまう。
さて最近‘どんど焼き’を止める自治会が増えている。これには場所がないという現実的問題は無論、一部宗教団体信者による異論もあるそうだ。更にはダイオキシンの問題と関連して、火を燃やしている近隣からクレームが入ることもある。
自治会役員などが説得に行き理解を得れば実施されるが、それが困難となると中止され、以後再び開催されることはない。地域の伝統行事がそれをもって半永久的に行なわれなくなるのだ。
民主主義とは対話と相互理解である。ある意味とても面倒くさいものだ。政教分離で異論を持つ宗教団体も、環境云々でクレームをつける市民も、当然意見を言う権利はある。確かに内容にも一理ある。
それに対して対話すらせずに終わってしまうならば、地域行事の今後にとってのみでなく民主主義の実践という意味でも禍根を残す。
簡単に中止して欲しくはない。ひとつひとつ意義を考えるのが大切だ。
消防出初式が淵野辺公園で開催された。消防団・消防職員・企業の自主消防組織など、総員で1000名を越える大イベントだ。
伝統重視のため主役は消防団だ。市内には700名からの団員がいるが、当日会場に参加したのは300名位だろうか。
市長職務代理や消防長の訓示、県知事代理などの来賓祝辞を式典で行い、その後「消防ラッパ隊演奏」「消防八木節」「操法演技」などを行なう。
しかしお客さんの注目を集めたのは、何といっても本職(プロの消防職員のことを消防団員はこう呼んでいる)の皆さんだ。
ビル火災との想定で、はしご車なども繰り出し、一斉放水するデモンストレーションは圧巻だった。
相模原市は約4,000名の職員がいるが、うち約550名が消防職員だ。自治体の仕事のなかでも、いかに比重が大きいかが分かる。
終了後は上溝に戻って来て、所属する第一分団第一部のみで新年会を行なった。
| 2006年01月07日(土) |
横須賀での米兵による事件 |
横須賀市で米兵が日本人女性を殺害した。詳細は明らかになっていないが、米軍の取調べに対して自供しているとのこと。
この米兵が横須賀寄港のキティホーク乗員だったことから、昨日米第七艦隊司令長官が松沢県知事に対して謝罪に来た。横須賀市長の所にも行ったそうだ。
知事もその後マスコミに話していたが、米兵による神奈川県民に対する殺人事件が起ったのは初めてのことだ。
神奈川県は米軍との関係はとても深い。
マッカーサーが降り立ったのも厚木飛行場だし、ベトナム戦争の前線基地としても横須賀基地・相模総合補給廠は機能していた。また現在に至っても沖縄に次ぐ基地県だ。
そのため過去においても、米軍とのいざこざはかなり起きてきた。ただ戦後60年にわたり、少なくとも最悪の殺人事件がなかっただけに本当に残念だ。
今回のことに関連して米軍基地返還運動を述べることはしまい。問題の所在が違う。日米友好が損なわれないことを望むだけだ。
そのためには一日も身柄を引き渡し、事実を解明することだ。神奈川県警の責任は大きい。期待している。
| 2006年01月06日(金) |
事務所を出すということ |
昨年8月から事務所を出して頂いている。
浪人中としては過分のことと思う。改めて支援者に感謝だ。
とても便利だ。今までなしでやっていたのが嘘のようだ。もはや事務所なしでは活動が出来ない。
場所は相模原市中央で広さは6坪だ。きちんと片付けをしていれば、意外に広く使える。
さて国会議員は、当然のように事務所を持っている。国会議員会館と、地元選挙区事務所、更に国会近隣にもう一箇所という人もいる。
かつて知ったる市議会議員は、独立した事務所を構えている人は少ない。ゼロに近い。自宅兼がほとんどだ。
さて県議会議員は、事務所派6・自宅派4というところか。統計した訳ではないので正確ではないが、過去多くを散見した感覚だ。
事務所があれば活動がより充実するのは言うまでもない。一重に費用が出せるかどうかだ。
国会議員は比較的資金に恵まれている。「政党交付金」「文書交通費」「公設秘書」など。
県議会議員も事務所を出せるだけの「政務調査費」を支給される。
市議会議員になると公金のみではとても足りない。相模原市議の場合は報酬は生活ギリギリだし、「政務調査費」は月10万円。議会内経費を差し引けば、とても事務所を借りるのは無理だ。
今の時代に贅沢言ったらキリがないが、事務所費にあくせくしている政治の姿が正常とも思えない。
私は浪人中だから別枠だが、公選で職についた議員には、ある程度の保障をすべきだろう。
それがないと活動不十分に陥るか、資金捻出に無理をして‘元の木阿弥’になってしまう。
もちろん過剰に膨れ上がった議員定数を削減することも大切だし、議会内政策活動が出来る議員が多くなることも前提だろう。
政治活動費の入りと出を情報公開するのは良い試みだ。最近若手議員の傾向で多い。
県議になったあかつきには、可能な限り機関紙などに掲載していきたい。
| 2006年01月05日(木) |
夢・松沢成文知事との議論 |
新聞で松沢成文知事の記事を読んだ。県庁の仕事始めでの挨拶をまとめたものだった。
松沢成文神奈川県知事とは、15年来の交遊を頂いている。
学生時代に先輩に連れられて、松沢県議(当時)主催の勉強会に参加したのが始めだ。
その後新生党から国会議員になられたこともあり、私と藤井先生の関係も相まってより付き合いが深くなった。
そして私が25歳で市議補選に出馬した時だ。
期間中ベタで秘書を手伝いに出して下さったのだ。その他相模原市内の名簿も頂いた。
この世界の中では破格のことだ。
民主党に参画した松沢さんは、その“過激な”行動から党内で異端児扱いだった。
そんな松沢さんが一層大好きになった。
民主党入党の紹介者を松沢さんに依頼したときも、わざわざ県連まで足を運んで色々調整してくれた。
当時の相模原支部では、私を歓迎しない雰囲気が大勢だったので、松沢さんには面倒をかけてしまった。
その後も節目ごとに、色々相談させて頂いた。
ある日同じ会に参加し、帰り車で最寄駅まで乗せて頂くことがあった。
その車中で「県知事選を考えている」と聞かされた。
既に県議選を目指すことを決めていたので、「大賛成です。一緒に頑張りましょう。」と応えた。
選挙前のいわゆる二連ポスターを、松沢さんと顔を並べて作ろうと考えた。
地元支部の猛反対を受け、頓挫したことを後悔している。(結果菅直人当時代表にした。これについても反対を受けたが、さすがに頭にきたので県連に直訴し事なきを得た。)
県議選最後の個人演説会を上溝公民館で開催した。確か投票を翌々日に控えた金曜日だったと思う。
松沢県知事候補も駆けつけて下さり、「県議会で寺崎君と厳しい議論をしたいので、ともにご支援をよろしく」と言って下さった。
知事になってからの言動が、かつての勢いがないと批判をされることもある。
しかしお会いし話をすると、松沢さんという人は全く変わっていない。
いつも真正面から物事を捉え、他者に対して策を用いない。
これは政治家にとっては、時として欠点ともなり得る。
しかし知事の権限は非常に大きい。
それを持ち変わらずにいられる人こそ、民主主義社会でのリーダーに相応しい。
次期県政を目指すなかで、県議会で仕事をしている自分をイメージする。
そこには常に松沢知事がいる。
政治家同士の親分子分関係は否定しているが、数少ない兄貴分といったところか。
でも提灯持ちはしない。
知事がかつて言って下さったように、厳しい議論を本会議場で展開したい。
| 2006年01月04日(水) |
4日からやっている仕事 |
正月街宣の最終日だ。
まわっていると、昨日までと比べて通行量が格段に多い。
役所や金融関係のみでなく、今日が仕事始めの方も多いようだ。
私の父はサラリーマンだったので、三が日が明けてもしばらくは正月休みという感覚で育った。
しかしこの仕事をしてから、正月家にいると何かいけないことをしている気になる。
「正月休みがなくて大変だね。」と言って頂くことも多い。
とにかく健康で仕事が出来るのは、とても幸せなことだ。
ありがたいと思っている。
子どもの安全を守らなくてはならない!
冷静に考えれば、恐ろしい時代になったものだ。
貧しい国々の道路などで、金品目当ての強盗が出ることもあるが、当然子どもは狙わない。
最近の子どもに向けた犯罪は全く理由不明だ。
捕まった本人も言葉に出来ないのだから、周りがわかるはずがない。
警察力は安易に使うべきではないが、ここに至ってはやむを得ない。
総力を挙げて、子どもの安全を確保すべきだ。
まず通学路だ。
保護者や老人会の皆さんが学校まで着いて行くなど、地域と学校の協力体制が出来ているところもある。
そうでなく、意見交換すら出来ていない地域もある。
とにかくは、まず市が次に県(警察)が、積極的に関わっていくべきだ。
県政の立場から何が出来るか、真剣に考え取り組んでいきたい。
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