てらさき雄介の日記
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2005年12月03日(土) 市との協定案

市民委員会準備会がありました。

正式な「さがみはらパートナーシップ市民委員会」を来年度から発足することを目指し、今日は市との協定案について話し合いを行ないました。

‘民主主義とは何か、どうやって進化させるか’を考えるために、勉強と割り切って参加しています。

さて協定案には第二項に、【パートナーシップの原則】という項目があります。

そこには7つの原則が書いてありますが、特に大切と思われる4つについては、その文言にしびれるものを感じました。

一、自立の原則
 お互いに依存することなく、自立して自主的に行動すること

二、対等の原則
 目標に向けた取り組みを進める上で、対等な関係に立つこと

三、相互理解の原則
 相手の特質を十分に尊重し、また、相手との違いを認め合い、それぞれに長所・短所を理解し、役割を果たすこと

途中省略

六、公開の原則
 常に自らの活動や相互の関係を公表して、透明性を確保すること

どこか他市の引用かと思いきや、相模原市の都市内分権に関する協定を参考にしたとのこと。

これは総論ではありますが、それゆえに文章にするのは難しいものです。

年明けには「さがみはらパートナーシップ市民委員会」の公募を正式に始める予定です。

相模原市に関係のある16歳以上の方なら、どなたでも参加できます。




2005年12月02日(金) 辞世の句

ご支援を頂いている方のご親族にご不幸があり、昨日のお通夜に続き告別式に出席してきました。

心より哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。

「死」を考えることこそ「生」に繋がるとの思想は、多くの宗教や哲学によって言われています。

以前は、死に様について考えることがありました。

しかし現代日本での死に際は、ほとんど決まってしまっていて、それこそ志士のように壮絶にとはいきません。

そしていつの頃からか、生き様を考えるようになりました。

自己実現初段階の私は、自分の言葉でいまだ人生を語ることができません。

「面白きこともなき世を面白く」

高杉晋作の辞世の句です。

上の句で息絶えたそうですが、いつの日か、下の句を付けてみたいと思います。




2005年12月01日(木) 県議会選挙区の合併について

過日の明大雄弁部OB会で、新潟県議をしている後輩と話したことです。

新潟県は多くの市町村が合併を行い、次期統一地方選挙の県議会選挙区をどうするか、現在議会にて審議中だそうです。

多くの議員は、旧選挙区に拘っているとのこと。

合併特例法に拠ると、合併後も1回だけは、旧選挙区で県会議員選挙を行なえます。

合併によって失職した市町村議や首長は、県議会議員が旧選挙区にこだわるのは自己保身だと反発し、異議を唱えているそうです。

さて、相模原市も人ごとではありません。相模原市は来年3月に津久井町・相模湖町と合併することが決まっており、流れ通りならば城山町・藤野町も遠くない時期に合併となります。

今まで相模原市と津久井郡は、県議会選挙区が別々でした。

次期統一地方選挙では、果たして今まで通り2つの選挙区として行なうのか、1つにして行なうのか、これから県議会で審議がされるそうです。

先日市役所通りを歩いていると、津久井郡選出の県議会議員が、某所に事務所を出しているではありませんか!

次期は相模原市も選挙区になるとの判断でしょう。

私の候補者としての個人的事情を鑑みれば、ただでさえ広い相模原市に、それより広い津久井郡がくっつくわけですから、気が遠くなります。

しかし自治体が合併したのに、県議会選挙のみ別々にするのは、筋が通りません。

合併を最終議決したのは、他ならぬ神奈川県議会だからです。

一層頑張ります。







2005年11月30日(水) 警察の恣意性について

西村眞吾代議士(民主党)が逮捕されました。弁護士法違反容疑です。

西村氏が民主党にいたことについては、尖閣諸島上陸をはじめとする彼の行動で正直嫌悪感を持っていました。

しかし過日の堺市長選挙において、彼の地元で色々な人の話を聞くに及び、意外と人気があることに驚きました。

また選挙の際に党マニフェストを配布せずに、自分の政策綱領を配っているところなどは、その徹底ぶりに一種の面白さも感じ始めていました。

その分残念ではありますが、犯罪の内容が悪質なこともあり、逮捕は致し方ありません。早期に議員辞職すべきでしょう。

さて今回は、政治家がよく捕まる「公職選挙法違反」など、警察の恣意性によって逮捕が決まることについて、かねてから疑問を感じていたことについて書きます。

先の衆議院選挙終了後、川崎で立候補していた民主党の候補者(落選)が、選挙中に学生アルバイトを使っていたとして逮捕されました。

調べてみると、アルバイト禁止は最近のことではなく、以前からそうだったとのこと。

誰とは言いませんが、少なくとも大分以前は、選挙でアルバイトがいないことがない位、皆雇っていました。

だから勘弁してくれと言う訳でなく、違反の規準を明確にすべきなのです。

例えば選挙中駅頭で、候補者名の入った「のぼり旗」を立てるのは、選挙違反です。

しかしそんなことを知らずに、ボランティアの皆さんは立ててしまうこともあります。

その時です。

一、止めろと警察に言われる
一、止めろと警察に警告書を受ける
一、1本くらいならいいと警察に言われる
一、何もなく時が過ぎる

といくつかのパターンを私も経験しています。

また文書なども、市選挙管理委員会に「これは違反かどうか」確認に行くと、「取り締まるのは警察なので、どうとも言えません」とのこと。警察に行くと、「それは裁判官の仕事」とのこと。

もちろん法律は知らぬ方が悪いのですが、どう読んでも、違反の境目がわからない文章も多々あるのです。

一度公文書として基準を明らかにするよう、党本部から警察庁(法務省?)にアプローチすべきかもしれません。

また警察の対応が、落選者に対して当選者よりも厳しく見えることは、結果警察不信を生んでいます。

まさか贔屓はしていないでしょうが、だからこそ政界幹部の巨悪を、併せて摘発して欲しいものです。

もちろん交通違反と一緒で、全件を摘発することはできないので、恣意的になるのも分からないわけではありません。

しかしそれが警察に対する萎縮も生んでいるのです。

現にこの文章を書いていて、警察に対して少し怖さも感じます。

選挙でお金はほとんど使わないので、その点は心配していませんが、上でも書いた「のぼり旗」などで、支援者の皆さんに迷惑をかけてしまわないとも限りません。

繰り返しですが、違法を許容しているのではなく、違法の基準をより明確にして欲しいのです。


2005年11月29日(火) 司馬遼太郎「幕末」

その名も「幕末」という本を読みました。

司馬遼太郎の本は、大概読んだつもりでしたが、この著は存在を知りませんでした。

読んでみると面白く、幕末に起きたいくつかの事件を、12本の短編としてまとめたものです。

共通のテーマは、‘暗殺’です。

司馬史観では、‘暗殺’が時代を好転させることはなく、唯一の例外が桜田門外の変とのこと。

その桜田門外の変も、唯一参加した薩摩藩士を主人公として、しっかり収めされてます。

一番印象的だったのは、最後に書かれている「最後の攘夷志士」です。

三枝蓊(しげる)という、天誅組の生き残りを主人公としています。

時代としての「幕末」はペリー来航から始まります。倒幕に至る一連の流れのなかで、その原動力となったのは“攘夷”という思想です。

夷人を攘ち払うという、鎖国政策から生まれた短絡的かつ純粋な思考が、多くの藩と志士を動かしました。

しかし王政復古の大号令が下ったその日、外事方なる役所を新政府は設け、外国と付き合うことを公式に明言します。

倒幕に至った“攘夷”のエネルギーは、大政奉還その日まで継続し、開国止む無しと考えていたのは、一部の薩長幹部のみであったとのこと。

薩長は幕府を打倒するために、最後の最後まで表向きは“攘夷”を訴え、志士たちの純粋な心を利用したとも言っています。

主人公の三枝氏は、攘夷を行なわない新政府であるならば、何のために幕府を打倒したのかと怒り、そしてイギリス行使の行列に切り込みをかけます。

その後捕縛され、斬首になります。

事件はこれだけですが、歴史と政治という観点から一抹の寂しさを感じます。

私の敬愛する高杉晋作や、初代総理の伊藤博文なども、以前は外国大使館焼き討ちなどをしたことがあります。

しかし彼らは元勲として名を残しています。かの靖国神社にもしっかり祀られています。

靖国には、2480人の幕末志士が祀られています。昭和8年に宮内省がまとめ、神社に合祀したことによります。

しかし倒幕後も一貫して攘夷を貫いた主人公三枝蓊は、新政府に楯突いたとして犯罪者として名が残り、ましてや参拝の対象にはなっていません。

司馬遼太郎は「かくて三枝氏は、永遠の犯罪者になった」という厳しい言葉で結んでいます。

倒幕に関わった人ですら、選別されているわけですから、幕府側で戦った愛国の士は、当然に祀る対象になりません。

靖国はそういう存在だと割り切るならば、それこそ内閣総理大臣はじめ政治が関与してはいけません。

また一部が言うように、国家護持の守護神であるとするならば、百年以上の前の政治的背景によって、合祀対象を選別すべきでないでしょう。

A級戦犯の合祀が、寛容性に基づいていないことは、この事件を見てもあきらかです。

などなど考えた本でした。



2005年11月28日(月) 市民ファンド立ち上げ

友人たちが“市民ファンド”を立ち上げました。発足会のため遅れ、交流会から参加しました。

市民民活動団体は、日常的に資金不足の傾向があり、企業など篤志家からの援助を求めています。

企業から寄付を募り

ここはと思う団体に寄付をする

これが“市民ファンド”の仕事です。将来はNPO法人化を目指すそうです。

市内では初めての試みなので、基準や具体的手法などは、これから試行錯誤しながら創っていかれるのだと思います。

ある社長さんと話ていると、「個人としては感情などで寄付もできるが、企業としては何らかのメリットがないと出せない。」とのこと。

最もな意見と思います。

少し違う話になりますが、だからこそ政治献金についても、企業献金は廃止すべきなのです。

企業側がメリットを求めれば‘贈収賄’になり、メリットを求めなければ‘背任’になります。

などどうしても政治に関連して考えてしまいましが、このファンドが相模原の市民活動活性化に資することを期待いたします。


2005年11月27日(日) とても大きな結婚披露宴

工藤裕一郎横浜市会議員の結婚披露宴でした。

神奈川若手市議の会でご一緒しているだけでなく、伊藤達也の秘書をしていた後輩でもあります。

会場は新横浜プリンスのメインホールで、200名を超える参加者でした。最近では珍しい大披露宴です。

さて今日は、本当に色々な方々とお会いできました。

ある意味、新郎と私の軌跡が似ているということでしょう。

あえてグループわけすると、

(伊藤達也事務所の新旧スタッフ)
新婦も伊藤事務所の元スタッフで、仲人も伊藤代議士ということもあり、ほぼ総員での参加でした。私もこの席でした。

(伊藤達也後援会の幹部)
連合会長はじめ幹部が参加していました。この席に来ると、どうしても秘書モードに戻ります。

(近隣若手議員の皆さん)
横浜・川崎・鎌倉・藤沢・町田・調布・市川・東京荒川区から、議員の皆さんが参加されてました。披露宴の司会は菅原直敏大和市議でした。

(以前新党運動をしていた友人たち)
新郎は日本新党学生スタッフの出身ですが、私がやっていた新生党学生塾の面々も参加していました。

(松沢知事・中田市長周辺の皆さん)
新郎は“チーム中田”のメンバーで、中田宏横浜市長も新郎側主賓で参加されてました。松沢系と人に言われる私ですが、松沢・中田は一連の流れから周辺の人間関係が重なっている部分があります。

(民主党横浜市議団の方々)
新郎は無所属ですが、横浜市会では民主党と統一会派を組んでいます。民主党県連幹部の皆さんもお越しでした。


2005年11月26日(土) 社会保障についての講演

市民団体“相模原地域大学”の定期講演会がありました。場所は杜(もり)のホールはしもとです。

講師は支援者でもある、元大学教授の方で、使命感あふれる熱血漢です。

テーマは「市民が望む社会保障改革〜年金・介護・医療改革を総合的に考える」です。

特に現在の年金制度が学問的にどうであるのか、改めて学習する機会となりました。

政治の現場では、どうしても給付よりも財源論が多くなってしまいます。

全体の福祉政策を体系的に、かつ冷静に見つめ直すことも、長期的に制度を安定させるには必要と再認識しました。


2005年11月25日(金) 建築士の言い訳は聞けない

過日明るみになった違法建築について、A建築士が国交省の聴聞を受けたとのこと。

事実の解明のためには有意義かもしれませんが、内容を聞いて腹がたちます。

「建築会社から言われた。」

「圧力をかけられた。」

個々のケースを知らないので何とも言えませんが、言い訳にもなっていません。

建築会社が安くマンションなどを建てるために、色々注文を付けるのは当然ですし、元請けと下請けの関係などから、それが脅しっぽくなることもあるでしょう。

そういう現場の色々な事情のなかで、耐震基準をはじめとした条件をクリアし、人々の安全を図ることが、建築士の仕事なのです。

仮に“圧力”を受けたとしても、それを跳ね除けるのが、建築士のあるべき姿ではないでしょうか。

建築士に限らず、プロの仕事とはそうあって欲しいです。

政治にも同じことが言えます。

自らの発言と、採決に如何なる“圧力”も受け付けないのが、基本であるべきです。

言い訳はいくらでもできます。

「支援者が・・。」「支援団体が・・。」「除名になってしまうから・・。」

どれも命までとられる話ではありません。






2005年11月24日(木) サウナ好きは体質変化?

以前はサウナに入れませんでした。というか好きではなかったのです。

16号沿いの「J」に友人などと行っても、大浴場(こっちは好き)のみ入り、サウナは遠慮します。

しかし最近何ゆえか、サウナ好きになったようです。

周辺のお客さんと見ていると、だいたいが私よりサウナに入っている時間が短い。つまり私の方が長い。

長々と入っていられるところを見ると、体質変化かもしれません。

体重が最近5キロほど減りましたが、何か関係あるのでしょうか。

「新陳代謝を促進する」のがサウナの効用だそうです。

諸外国にもあり、朝鮮半島はもちろん、トルコやハンガリーなどでも記念に無理して入った思い出もあります。

食べ物についても、大好きだった鳥唐やエビフライが食べられなくなりました。

夜早く眠くなるようになりました。

理由はわかりませんが、何か変化しているのは確かなようです。


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