てらさき雄介の日記
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2005年11月08日(火) 民主党の新公認基準について

党本部が衆議院選挙での公認基準を示しました。今までは明文化されたものがなく、公認決定に至るまでの経過が不透明でした。

あわせて強い候補者を擁立するために、過去落選した候補者を差し替えるため、その基準を明確化する必要もあったのでしょう。

3回落選したら公認しないのは当然にしても、比例復活当選を落選と認定することには、恐らく反発もあったでしょう。

前原代表以下執行部の英断だと思います。

今回のものは、あくまで国政選挙についてですが、地方選挙もこれに準じていく可能性があります。

私たち総支部では、昨年度政策調査委員会(長友克洋委員長:当時)が基準を定め、「同一選挙で2回敗戦したら原則公認しない」とだけあります。

しかし基準を定めても、いかにそれを守っていくかが大切です。

だいたい頭に“原則”と付いていて、諸般の事情で“例外”を連発し、基準が有名無実化されていく傾向も多くあります。

例えば現在の党本部のルールには、知事と政令市長について、「4選以上70歳以上は推薦しない」とはっきり書いてあります。

しかし前回の横浜市長選挙では大半が4選目の現職市長を応援しました。

松沢成文代議士はじめ一部の有志が現中田宏氏を支援し、私も街頭ビラ配り要員として参戦しました。

小泉総理の大勝は、彼の徹底した姿勢によります。非情とも言える覚悟で、今までの仲間を追い込んでいきましたが、そのことは反面信念の固さを主権者に訴えることに繋がりました。

さて私ごとですが、前回は党公認候補として落選致しました。今回藤井先生はじめ多くのご推薦で、再び党公認候補として県政に挑戦する機会を頂きました。

現在の基準に照らし合わせるまでもなく、今回敗れることは許されません。まさに背水の陣で来たる決戦に臨んでまいります。




2005年11月07日(月) 参院候補だった牧山さんと話す

定例の党支部常任幹事会がありました。参議院補欠選挙の総括が主な議題で、候補者だった牧山ひろえさんも御礼のため参加されました。

会議終了後は近くの店で、牧山さんを交え食事会をしました。

突然の呼びかけのため参加者は数人でしたが、私もせっかくの機会なので他用を中座してご一緒しました。

色々政治の話をいたしましたが、牧山さんの経歴が映画会社関連が多かったことについて話をしました。

お話を聞いてみると、なるほど色々な経験をされています。じっくり話せば、やはり人間としての面白さが出てきます。

補選の性格上党本部直轄だったこともあり、なかなか個性が出せなかった面もあったのでしょう。

話のなかで、期間中の演説について、自分の主張と党の兼ね合いを悩んだと言われてました。政党に入っていれば、誰しも一度は思い悩むことです。

アドバイスを出来る立場ではないので、自らを律する意味でで牧山さんに言ったのは、「一番大切なのは、自分が政治を志した動機だ」ということです。

経験上ですが、選挙戦も終盤になり、心身共に限界に達してくると、無意識の中で演説しているのは、この「最初に政治を志した思い」であることが多いです。

党とはひとつの指針ではありますが、有権者の投票が個人名であることからも、あくまで自分の主張を曲げてはいけません。

次期参議院選挙については、まだ正式に候補者になったわけではありませんが、今後は自分の後援会行事などにもお声がけしたいと思いました。


2005年11月06日(日) 唄は難しい

毎日この日記を見て頂いている皆様には、本当に感謝しています。ありがたいです。

パソコンが事務所のデスクトップ1台のみのため、事務所に寄らない日は更新が出来ない日もあります。その際はご理解ください。

さて今日は夕刻より、地元歌手のデビュー1周年の記念パーティーでした。

支援者の方からお呼ばれし伺いましたが、会の途中で急にマイクを向けられた時はびっくりしました。

こういう会の挨拶は、とても難しいものです。しかし「やあやあどうも」だけでは、私の否定する冠婚葬祭政治になってしまうので、多少でもメッセージを入れるように頑張りました。

今日の歌手の方は58歳だそうです。それでも夢を追い求め頑張っている姿はとても素晴らしく、3時間以上の会を最後まで楽しく過ごしました。

酔っぱらった参加者が、「寺崎唄え!」とおっしゃいました。しかしカラオケはかなり下手です。

自分の政治家としてのメッセージがダメとか、あるいは挨拶が何言っているわからなければ、それは資質の問題しててあきらめるしかありません。

しかしカラオケが下手で、ダメだしを食らっては本望ではないので、ご遠慮しました。

それでも友人同士では時として唄います。

代表的な持ち歌は以下の通りです。

上を向いて歩こう(仕事用)
ああ人生に涙あり(仕事用)
群青(仕事・プライベート両用)
ALONE(プラーべート用)
GOODBAYDAY(プライベート用)

上でも書きましたが、かなり下手です。感情を込めるのも苦手です。どこかで聞いて頂く際は、やさしく見守ってください。

今日聞いた歌手の唄は、まさに含蓄があったと思います。本業は俳優さんですので声がよく、思いを込めて唄っていられました。

楽しい会でした。


2005年11月05日(土) 相模原に生まれ育った縁

午前中は消防団の健康診断です。希望者のみ個人負担1000円で受けられます。

市議時代は議会互助会でやっていたのですが、現在はこういう機会が貴重です。バリウムまでしっかりやりました。

昼から大切な友人の結婚披露宴です。夕方の2次会まで参加しました。

相模原で生まれ育ち、結婚後も相模原に住み続けるそうです。仕事も市内なので、おそらくは私と同じく相模原に骨を埋めるのでしょう。

地域で生きていくことは、楽しいことも煩わしいこともあります。ひょっとしたら数でいけば、煩わしいことの方が多いかもしれません。

しかし同じ地域で住んでいる者同士が、時として共有する連帯感は、他では味わえない喜びも生んでくれます。

これから数十年、今日結婚した友人と私は同じ相模原で暮らします。その長い時間のなかには、時として、争いや仲違いをする時もあるかもしれません。

だからこそ今日という晴れの日に一緒だったことは、大切な財産として一生大事にしたいと思います。

おめでとう。


2005年11月04日(金) “マニュアル”返答が悲しい

ある物が要らなくなり、リサイクルショップに売ろうと考えました。

2軒行って断られ、あとは数軒電話しましたが、全て買い取り不可です。

希少品(でもない)と思いあきらめましたが、「何でも買います」は誇張でした。

うち1件には、買えない理由を聞いてみました。

リストにダメと書いてあるからではなく、リストにないからダメだそうです。

その返答に私の嫌いな“マニュアル君”の影が見えて嫌でした。

かつて質屋の中には、その物に対する売り主の思い入れなども含め、総合的に考慮しお金を貸したと言います。

また一見売れそうもないものを、頑張って売る気合いも欲しいですね。

まあこれは現在の日本の価値観では、無理な相談ですね。

しかし未来は・・・。

*ちなみに売ろうとしていた物は、私と同業者が必ずと言っていいほど持っているものです。新品だと5万円から10万円くらいします。さて何でしょうか。





2005年11月03日(木) ふと蘇った思い出

今日は「文化の日」です。くどいかもしれませんが、持論を述べます。

祝日は、それが何を記念しているか、わかるよう命名すべきです。今日は以前の「明治節」=「明治天皇誕生日」でした。

しかし政府の公式見解は、「文化の日」は「明治節」とは関係ないとのこと。よく解らない話です。では一体何なんでしょうか。

はっきりと「明治天皇誕生日」とすればいいのです。

諸般の事情でそれが難しくなったのなら、思い切ってその祝日を廃止にすべきです。

さて今日は、支援者の方に連れ回し(その方の知っているお宅を一緒にまわること)をして頂きました。

そんな中で「多摩美」の関係者の方にお会いしました。多摩美術大学のことです。

友人で卒業生がいますし、隣市にあることから、身近な大学と言っていいと思います。

色々話をしている中で、「多摩美」という言葉から、学生時代のある思い出が蘇ってきました。

恐らく今日思い出さなければ、一生記憶の奥に眠ったままだったかもしれません。

20歳のとき、ネパールのカトマンズのことです。

行きは頑張って陸路で行ったのですが、さすがに疲れて、帰り(と言っても旅の途中)はインドのカルカッタまで飛行機を利用することにしました。

カトマンズの空港で、出発が遅れること既に数時間(確か5、6時間は遅れてような気がします)が経っていました。

待合い室に居たのが、私より汚い格好をした日本人の2人組です。さっそく話てみると、八王子に住んでいるとのこと。

ご近所だったので、色々な話をすると、その2人組は「多摩美」の学生でした。正直この時始めて「多摩美」の名前を知りました。

カルカッタに着き、腹が減っていたので、エアポートホテルのレストランに入りました。

ガイドブックによると、ここのみ牛肉が食べられるとのこと。頼んでみると、アメリカンスタイルの草履ビーフです。

それでも美味しく食べていると、その2人組が入って来て、同じく牛肉を頼んでいます。

食べ終わったあと、節約のために、市内までリクシャーをご一緒しました。

以上です。

オチがない話ですが、以前のことをすぐに忘れてしまうので、時々こんな風にふと色々なことを思い出します。

良い思い出もあれば、そうでないものも。幸い思い出すのは、良い方が多いですが。

記憶をしておく機能というのは、恐らくは意思と別ではないのでしょう。

しかし一度試みたのですが、覚えていようと思っても忘れてしまうのです。





2005年11月02日(水) 県政が遠くに感じる

県政が遠く感じられます。毎日そればかり考えている私ですらそうです。

小泉総理はテレビを通じて、国の政治を身近にしました。地方分権の流れで市の政治も、日々多くの関心を集めています。

神奈川県知事松沢成文氏は、政治の世界では知らない人はいませんし、私も大好きです。しかしその名前も、多くの人々に響いているとは思えません。

県会議員でさえ「もう県はいらない」といった発言をします。「だったら辞めればいいのに」と思います。

しかしあきらめないで下さい。県政を身近にすることは可能です。

県に関わり仕事をしている人間が、もっと真剣にその役割を訴えるのです。そして「県民」としての意識を育んでもらえるよう努力するのです。

相模原市民としての34年間、市議としての6年間を通じ、広域行政の重要性を肌身に染みて感じます。

今後の役割は多くなることはあっても、少なくなることはありません。






2005年11月01日(火) 小泉総理の組閣

昨日の予告とは違った内容にします。すいません。

小泉総理最後の組閣がありました。個々の顔ぶれについて述べることは致しません。

しかし小泉総理は、組閣のあり方を大きく変えました。この点は良い方に変わったので評価できます。

前総理まで引きずってきた、派閥構成と当選回数至主義は、今は昔となりました。後継総理が元に戻さないことを期待します。

さて一方で小泉的政治手法は、ルール上でも日本の政治システムが想定していなかったことであり、議院内閣制よりも、大統領制を志向しています。

選ばれる手続きのみ国会が行っていますが、国会と連帯することを総理が意識しなければ、議院内閣制とは言えません。

各大臣を「総理」する総理大臣ではなく、各大臣に「命令する」総理大臣になったのです。

総理が大統領的に権限を持つことは、否定しませんし、方向性としては良と考えます。

しかしそのためには、国会が内閣をしっかり監視する制度も、あわせて整備しなければなりません。

例えば大統領制の多くの議会では、党議拘束がありません。大統領を同じ政党であっても、大統領を批判し、その提案に反対することも許されるのです。

現在のように、内閣が国会と連帯せずに政策を実行しながらも、国会の多数与党がそれに意見することを許さないのは、明らかに制度の盲点をついた独裁です。

小泉総理は特殊な例でしょうが、次の内閣になっても、党派をこえて議論すべきテーマです。


2005年10月31日(月) 自衛官に誤解を受けたくない

一昨日の続き、在日米軍再編についてです。

さて意外だったのは、在日米軍の再編案に紛れて、自衛隊についても発表があったことです。

相模原市内の米陸軍相模総合補給廠に、自衛隊の普通科連隊が配置されます。規模は1300人だそうです。

これは米軍基地内への配置ではありますが、配置されるのは自衛隊であり、一連の米軍再編とは違った視点での捉え方が必要と考えます。

誤解を受けないように、以下はっきりと私見を述べます。「私見」と断ったのは、相模原市行政、そして党の見解と若干の違いがあるからです。

自衛隊と在日米軍は全く別組織です。アメリカ追従外交と、その裏付けたる安保条約に否定的な私は、当然に在日米軍の縮小をかねてから訴えています。

しかし自衛隊は日本の軍隊であり、その負担を国民皆んなで分かち合うのは当然です。

軍隊が必要「悪」であることは、しっかり認識しなくてはなりません。しかし現在の国際社会のなかで、日本が自衛隊を組織していることは、何ら問題ない常識の範囲内です。もちろん使用方法を間違えなければの、前提付きですが。

計画の詳細を見ていないので何とも言えませんが、相模補給廠に配置されるのが自衛隊であるならば、必要性を冷静に分析して認めることもあり得ると考えます。

政府のやり方に怒りを感じるのは、一連の在日米軍再編と一緒に自衛隊の配置換えを発表したことです。

今回地元自治体が明確に反対しているのは、在日米軍の増強であって、自衛隊に対してではありません。

今回の流れでは、自衛官の皆さんが相模原市に駐留する際に、デモに囲まれないとも限りません。

その状況をつくりつつあるのは、他ならぬ日本政府です。あくまで双方を切り離して考えるべきでした。

そして同じ日本の軍隊なのだから、それこそ事前協議など意見交換をしっかりすれば、こんな歪なカタチにはならなかったのです。

これは推測でしかありませんが、既に自衛隊の配置さえも、アメリカの同意なくしては出来ないのかもしれません。

日本の自衛隊に協力する米軍というイメージを、政治の世界に入る前は持っていました。

しかし政治の現場で多くの話を聞けば、現実には双方の「融合」は驚くほど進んでおり、どっちがどっちを支援しているか分からないようなことも散見されます。高度な作戦計画なども共同行動を前提にしているとのこと。

これこそが日本の安全保障上にとって問題ではないでしょうか。

自衛官募集相談員会への参加をはじめ、多くの協力を今後も自衛隊に対して行ってまいります。

私は私なりの愛国心で、在日米軍の増強に反対しているのです。

今後怒りを展開するにあたって、誤解を受けないよう、とりあえずのご報告でした。

尚、明日はこの件についての勉強(?)会が、党本部主催で防衛庁担当者を交えて企画されています。

諸活動あったのですが、永田町まで無理をして行ってまいります。明日の日記はこの報告を書きます。


2005年10月30日(日) 党県連臨時大会

民主党神奈川県総支部連合会の臨時大会が開かれました。場所は関内ホールです。

1,衆議院選挙総括
2,参議院補欠選挙総括
3,役員改選

以上が主な議題です。

「1,衆議院選挙総括」については言うまでもありません。かの衆議院選挙に県内小選挙区全てで敗れたことについて、その原因と対策を議論しました。

最大の敗因は、本部レベルの国会対応にありますので、県レベルで総括するのは少し酷かもしれません。

しかし地方部で奮闘した分、神奈川をはじめとする都市部で敗れたことは、大敗の主要因です。各地域毎の分析もまた大切です。

さて今党内を覆っている喪失感は、投票率が上がって、なお敗れたことにあります。

つまり言い訳のしようがないのです。この点に触れられていなかったのは残念でした。

「2,参議院補欠選挙総括」についても、やはり敗れたことについてです。衆議院選挙と比較して差が少なかったことから、一部では安堵の声が聞かれたました。この発想は安易であり間違いです。

負けは負けですから、二連敗したことを一層深刻に受け止めるべきです。

ただ牧山ひろえさんが、次に向かって頑張ると言ってくれたことは、大きな安心であり嬉しかったです。

「3,役員改選」です。衆議院選挙の責任を明らかにするためです。また役員のほとんどが、落選で現職ではなくなったことにもよります。

代表浅尾慶一郎(参議院議員)
代表代行千葉景子(参議院議員)  
幹事長江田実(県議会議員)

3名とも能力のある方で、幸い知己でもあるので、今後に期待いたします。

元々選挙に負けた「総括」を党内のみですることに、余り意味があるとは思えません。

しかしだからと言って「総括」しなくて、良いわけでもありません。

大切なのは、党員以外の多くの主権者が、今回の総選挙で何を思ったのかです。この意見聴取を大規模に行うべきです。耳を内部にではなく、外に向けるべきです。

一年半後は統一地方選挙です。民主党が反転攻勢に打って出る、恐らくは最初の選挙です。

自分自身が候補者ですので、頑張ります。

尚大会の最後に、今回の米軍再編について反対する「特別決議」がされたこともご報告します。


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