てらさき雄介の日記
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2005年10月11日(火) 何故かお湯が出ない

週も明けました。今日からまた朝の駅頭活動です。気合いを入れて5:30に起床しました。

シャワーを浴びるべく風呂場に行き、蛇口をひねると、なんとお湯が出ません。

時間がないので、そのまま着替えて駅に行きました。街頭活動終了後、再び家に帰り試みますが、状況は変わりません。

ガス代の支払いが滞っているのかと思い、ガス会社に電話してみると、別に止まっている訳ではないとのこと。

昨晩は風呂に入らなかったので、どうしてもシャワーだけでも浴びたく、仕方なく国道16号沿いのサウナに行きました。

朝なのですいてます。せっかく料金を払ったので、1時間弱ゆっくりと風呂につかりました。

返って再びガス会社に電話し、こんな場合の対処方法を聞きます。表の扉を開けて、ボタンを押して・・・・。わかりにくいです。

またまた時間がないので、夜帰宅後に再挑戦することにしました。

今事務所で日記を書いてますが、この後家に帰ります。果たしてうまくいくでしょうか。あるいは明日もサウナでしょうか。


2005年10月10日(月) 初クールビズも完全に終わり

本格的に気温が下がりました。クールビズも完全に終わりを告げ、上着とネクタイ姿に戻ります。

久しぶりなので首がこそばゆいですが、やはりこの格好の方が気合いが入ります。

以前は我慢大会のように、暑い日でも寒い日でも、スーツにネクタイ姿で駅に立っていました。

しかしそれが自己満足でしかないと気付き、また見ている周りにも不快な気持ちを与えていると知り、今年は初めてノーネクタイと半袖で夏を過ごしました。

「政策」という大切なこだわりを持ち続けるためにも、服装などある意味どうでもいいことは自然体にしたいと思います。

季節の変わり目です。お体ご自愛下さい。


2005年10月09日(日) 北朝鮮報道で感じた憤り

TBS“報道特集”で「カメラが見た北朝鮮」をやってました。

最初から最後までじっと見ていましたが、多くの疑問を感じたので記します。いや疑問ではなく、憤りと言っていいかもしれません。

視点が少し厳しすぎるかもしれませんが、“報道特集”は硬派のとても良い番組です。在宅時はほとんど見ています。だからこその意見です。


【1、番組自体に意味がない】

北朝鮮は原則誰でも旅行が出来ます。かくいう私が数年前に旅行したのも特別ルートで入国したわけでなく、通常の旅行代理店に頼みました。
 
今回記者が同行取材したのは“中朝国境ルート”と言われる通常の旅行コースで、中国人が毎日のように行き来しています。あえて映し出すほどものではありません。


【2、明らかな誇張】

走っているバスの中からカメラと回すと、道路で寝ころんでいる人がいます。するとテロップで「道ばたで倒れている人が」と出ます。

これには驚きです。外国に限らず日本でも道路で寝ている人はいます。テレビに映った人もその例外には見えませんでした。


【3、北朝鮮人への話かけ方が失礼】

ツアーガイドに「ボーイフレンド」はいるの?とカメラを回しながら聞きます。こんなこと日本でやれば‘セクハラおやじ'です。

また海岸で遊ぶ子供が、旅行者にびっくりして逃げようとすると、「お菓子をあげるから逃げないで」と声をかけます。何という話かけ方でしょう。大変失礼です!


そして以下が最大の問題です。

【4、一般の北朝鮮人に対しては慎重に取材すべき】

上で書いた子供との会話も、ツアーガイドとの会話も同じです。取材(?)にはもっと気を遣うべきです。

北朝鮮人は外国人との接触は禁止されています。エリートの旅行ガイドですら、監視員が付いていると言われます。多くの中のワンフレーズであっても、それがテレビに映し出されることによって、彼らにどんな火の粉がふりかかるかわかりません。

安易な日本人記者は、社会状況について質問していましたが、そんなことを聞いて答えられるはずがありません。また期待するような答えが返ってきたら、その人はそれこそ‘処罰’されます。

私は旅行中に北朝鮮の人と色々な話や体験をしましたが、それを過去記していないのは、安易に書いたことが巡り巡って、彼らの不利益になってはならないと思うからです。

独裁政権は悪虐でも、そこに暮らす人々と接するには気を遣うべきです。


2005年10月08日(土) 母校の校名が変わる

母校である明大八王子高校の名前が変わるとのこと。本日開催された卒業生の会(戸富貴会)臨時委員会で、副校長と教頭から提案がありました。

「明治大学付属中野八王子高等学校」を変えて、
「明治大学付属八王子高等学校」になります。

‘中野'の二文字が消えるわけです。中野区東中野にある兄弟校の分校という意味で設立時に付けたのですが、わかりにくいとの指摘を常に受け続けていました。

中野校もスポーツや芸能人などで有名で、母校八王子も本年は高校野球地区大会で決勝戦に行ったこともあり、はっきり区別した方がよいと教職員で話しになったそうです。

大学やPTAなどには既に意見聴衆を終えて、私たち卒業生に承諾を得られれば、即法人の理事会にて手続きをするとのことです。

既に「明八」という愛称が定着し、在学中のバスケ部ユニフォームなども「明大八王子」と書かれていたので、会議では会長として“賛成"の意見を述べました。

早ければ来年4月から新校名でスタートするそうです。


2005年10月07日(金) 方針転換が安易ではないか

国連安保理事国になることが、暗礁に乗り上げてから数ヶ月が経ちました。

残念ながら先般の総選挙でも話題にすらなりませんでしたが、政府はその後も取り組みを続けていたようです。

新聞の片隅に「政府はG4から米強調へ転換」との記事を見つけました。しかしこの記事の小さいこと。

こんなに重要なテーマが、新聞の片隅にあるのも変ですし、この方針転換について国民に対して政府から説明がないのも問題です。

一貫して、アメリカは日本の理事国入りに理解を示しながらも、常任理事国の拡大には反対しています。矛盾です。

しかしアメリカにしても他の常任理事国にとっても、理事国は少ない方がいいのが当たり前です。

そのことが日本政府ですら解っていたからこそ、同じ目的を持ったドイツ他の国々(G4)と強調してきたはずです。

今回の方針転換によって、ともに理事国拡大を訴えていたG4の国々との信頼関係が損なわれてはいけません。

6ヶ国協議においても、アメリカは日本のために動いてはくれませんでした。

いや批判するのは筋違いです。アメリカを動かすだけの力と能力が、日本政府になかったのです。

国際社会のなかでの、安易な方針転換に異論を唱えます!

そして繰り返し言っていることですが、国連安保理事国になるかどうかは、まさに国の行く末を左右する重大な問題です。

最低でも国会で、できれば国民全体のなかで議論し、意見集約をしていくべきです。


2005年10月06日(木) 候補者に会ったことがなくても

今日から参議院選挙です。公営掲示板のポスター貼りを、党総支部メンバーで分担しました。

矢部・上矢部・相生・弥栄・富士見あたりを担当しました。

しかし私はじめ多くのメンバーは、いまだ候補者の顔を見たことがありません。急遽決定したこともあるのでしょうが、やはり一度会ってみたいものです。

政党同士の戦いとはいえ、一票はあくまで個人に入れます。

ましてや私は、人様にこの候補者を薦める立場です。

誕生日が一緒(9月29日生まれ)なのと、好物が納豆(何故かポスターにまで書いてある)の点は親近感を覚えましたが、そんなことを参考に投票するわけでもありません。

「子育て」を重点に掲げていますが、総論ではなく具体的政策も聞いてみたいです。

決して文句を言っているのではありません。自民党の候補者は、皆がテレビなどで知っている人です。

その分民主党の候補者も、せめて中心で運動する党員には顔見せできる段取りが必要です。

今からでも・・・。


2005年10月05日(水) ご商売でもポスター、ありがたいです

支援して頂いている飲み屋さんの10周年があり、お祝いの席に参加してきました。

「10年一昔」という用語があるように、10年という月日は、何かを語るに足る長さなのでしょう。

私も25歳から市議を初めて、もうすぐ9年になります。これも早いものです。人によっては「え!もう34なの?」と言われる方もいます。

さて市内二本松にあるこの飲み屋さんは、私のポスターを貼って下さっています。常連さんに私の支持者が多いわけでもなく、また私自身が常連というわけでもありません。

当然お客さんには色々な人がいるわけで、他候補を応援している方からクレームがつくこともあるでしょう。

本当にありがたい限りです。

この方も市議在職中よりも、むしろ浪人になってから強く応援して下さっています。

決戦の日まで一年半をきりました。皆さんの思いを大切にし一層頑張ります。


2005年10月04日(火) 市民活動サポートセンターの委託

所属するNPO法人さがみはら市民会議は、元々市が設置した「市民活動サポートセンター」の受託をきっかけに結成されました。

「サポートセンター」は公設民営(=市が設置して民間団体が運営すること)です。

「サポートセンター」については、市議時代にも当初から関心を持ちながら、本会議や委員会でも発言をしてきました。

今日はその打ち合わせを、市担当のパートナーシップ推進課と市民会議理事で行いました。

主な議題は今まで“委託”でやっていた部分を“自主事業”に変えることです。

市が支出していた委託費の見直しと、「サポートセンター」自体の役割を考えて、市から提案がありました。

委託費でなくなると、その後は補助金になるのですが、これはあくまで自主的な資金の不足分を補う名目で支出されます。

つまり一定の自主財源がないと成り立たないのです。

それが果たして可能か。まさに「サポートセンター」受託団体として真価が問われます。

しかし税金を投入して設置した、市民にとって大切な施設です。気合いだけではいけません。

今後の相模原の市民活動の発展に資するように、冷静な検証が必要です。





2005年10月03日(月) 党支部常任幹事会

党支部常任幹事会を行いました。終了後、選挙の慰労会も開催され、久しぶりに藤井先生のお話を聞きました。

選対幹事長をつとめたことから、乾杯の大役を受けました。その挨拶です。

「極めて残念な結果となった選挙の反省を行い、次に繋げていくこと。そして藤井先生が長い間に残された足跡を、あわせて次に繋げていくこと。それが今日の会の目的です。心をひとつにして乾杯したいと思います。乾杯!」

会議では参議院補欠選挙についても、スケジュールの確認を含め話し合われました。

10月 6日(木)公示
10月23日(日)投票

党公認候補 牧山ひろえ

何と今週の木曜日が公示日です。またまた選挙か・・・。正直な感想ですが、この仕事をしている以上やむを得ません。頑張ります。





2005年10月02日(日) それでも有権者を信じる

10:30 なんばのホテル発(徒歩)

11:00 なんば駅バスターミナル発

11:30 大阪(伊丹)空港着
12:00 大阪(伊丹)空港発

13:10 羽田空港着
13:35 羽田空港発(シャトルバス)

14:25 相模大野駅着
14:30 相模大野駅発(神奈中バス)

14:50 上溝本町バス停着

相模原に帰ってまいりました。

自宅で着替え、早速事務所に直行。1週間の不在による、郵便物やFAXなどの整理していると、堺で投票箱が閉まる夜8時になりました。

いちいち選挙事務所に電話するまでもなく、現在はインターネットで開票速報が見れます。すると、まだ画面上は全候補0票の段階で、携帯電話が鳴りました。

関東にいる明大雄弁部の後輩からで、NHKが現職の当確を打ったとのこと。NHKの当確は、まず間違いがありません。

応援した森山浩行は、現職に及びませんでした。

(選挙結果は、コチラをクリックしてください)

現在最終結果を見ながら、この日記を書いてます。善戦だったのか惨敗だったのか、堺市内での評価は私には聞こえてきません。

森山浩行を応援した多くの皆さんが、これによって政治に対する関心を失わないことを願います。

そして政治家森山浩行が、有権者に対する信頼を失わないことを信じます。


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