てらさき雄介の日記
DiaryINDEX|past|will
| 2005年08月05日(金) |
お世話になった故人を偲ぶ会 |
毎年この時期になると、冷房に鼻などをやられてしまいます。
今年は初のクール・ビズ。私も差しさわりがないと判断した場合は、遠慮しながらもノーネクタイで失礼しています。
それでも周辺の冷房の温度は、下がっているようで下がっていません。
青年会議所と地元の大先輩である故宮崎直道様の‘偲ぶ会’に出席していましたが、余りにも風邪っぽくなってしまったので中座致しました。
さてこの先輩の思い出ですが、この方に地元で声をかけて頂くのがとても嬉かったものです。
自治会代表としての議員のあり方を否定し行動していると、どうしても住んでいる地域の一部から批判を受けることがあります。
そんな中でも、当時自治会連合会長をされていたこの先輩は、優しくときに厳しく声をかけて下さり、かつ飲みになども連れてって頂きました。
私が浪人中にご逝去されたのが残念でなりませんが、故人に恥ずかしくない政治家になるよう頑張ります。
改めてご冥福をお祈り申し上げます。
| 2005年08月04日(木) |
それでも国会は土日休み |
非常に緊迫した国会の状況。しかし週末は休みだそうです。
金曜日の郵政特委採決に続いて、本会議は月曜日とのこと。
民間でも大切な仕事が終わらなければ、土曜日は当然のこと日曜日も働きます。
意味があって‘休み’をとるなら別ですが、日本の将来にとって重要な案件だけに、どうも釈然としません。
ちなみにこれは、国会・県会・市会共通のことです。
民主党相模原のメンバーが一同にそろい、暑気払いを幹事会終了後に開催しました。総選挙がらみの話ではなく、定例で予定されたものです。
とかく民主党は全国でも相模原でも、‘バラバラ’だと批判を受けることがあります。
しかし二大政党をつくる側にとって大切なのは、多様化した民意を多く吸収できるチャンネルを持つことです。
当然個別の政策については幅ができるときもありますし、結果議会内や国・県・市レベルで採決が異なってしまうこともあります。
それをすべて否定するのではなく、違いを違いとして有権者の前に堂々と提示し、衆目のなかで議論をしていくことが大切なのです。
分裂を助長するからと言って基本的議論を避けることこそ、公党のとるべき道ではありません。
しかし相模原の民主党が、反自民(自民党という政党そのものに抵抗するということではなく、自民党が行っている政治に対決するという意味)という一線でぶれることは決してありません。
その確認ができた会でした。
| 2005年08月02日(火) |
韓国俳優チェ・ミンソ |
昨日と同じ‘亡国のイージス’からです。
某国対日工作員を演じたチェ・ミンソが、この映画への出演を理由に、韓国光州映画祭の司会を降板させられました。
彼女にとっても、日韓友好にとっても、そして世界の映画文化の発展にも非常に残念なことです。
理由はこの映画が、日本の右傾化を促すからとのこと。
俳優は色々な映画のなかで、演技をするのが仕事です。時には自分自身や出身国の主張と、異なった価値観に基づく映画に出演することもあり得ます。
それを認めてこそ、文化の国際化・共有化が可能なのです。
それにこの映画は右傾化どころか、現在の日本の安易な軍事力偏重に警鐘を鳴らしています。
真田広之演じる主人公は、各所で先制攻撃の誤りであることを主張しています。
また日本の現状に危機感を覚えながらも、クーデターというテロを明確に否定しています。
批判するなら、しっかり見てから言ってほしいものです。
最近の韓国映画はとても面白いものがあります。だからこそ残念なことです。
| 2005年08月01日(月) |
亡国、愛国の「国」とは何か |
‘亡国のイージス’を見ました。とても面白かったです。日本映画歴代ベスト10(寺崎評)に入る作品です。
社会派ドラマですが、どちらかというとアクション風に仕上がっていたのも、映画としては良かったのかもしれません。
事故死する防大生は、日本の自衛隊は国家ならぬ‘亡国’を守る盾でしかないと嘆きます。
改めて私自身のなかにある愛国心、その対象が何であるのかに思いを馳せてみました。
愛すべき対象は「国家」ではなく、「国」であるべきなのです。国家体制がどのように変化しようとも、変えてはならないものこそ大切にすべきなのです。
映画の中でこの防大生は論文を書きます。その中で、国を守るのは軍事力でも経済力でもなく、日本人が世界に向かって誇れる価値観であると言います。
私も同じ意見です。
その価値観を見失った「国」に、決して愛国心は芽生えません。
自衛隊募集事務所の自衛官が転勤することになり、その送別会に参加しました。
開催したお店のご子息も自衛官であり、昨年まで南極観測船に乗っていたとのこと。
市内の小学校でその体験談を話したそうですが、小学生ならず私も興味深々でした。
するとご主人が気を使ってか、ある物を下さいました。なんと南極の氷です。
二億年前に形成された氷だそうで、細かくきれいに気泡があり水に入れるとシュワシュワと音がします。おいしく頂きました。
今後こんな経験ができるかわかりませんが、南極は一度は行ってみたい所です。
| 2005年07月30日(土) |
予選決勝戦、母校の応援に |
高校野球西東京大会の決勝戦に、母校の応援に行きました。場所は神宮、午後1時からの試合です。
相手は二年連続甲子園出場の日大三高、お隣町田市にある学校です。
母校明大中野八王子高校は5年前に初めて決勝戦に出て、その際も応援に行ったのですが大差で敗れました。
今年こそはと、私や友人も気合を入れて応援していました。
しかし相手の打線の強いこと・・・。打てない選手が全くいません。打者一巡もくらってしまいました。
母校明八も毎回出塁はするのですが、なかなか得点に結びつきません。結果再び大差で敗れてしまいました。
来年以降に期待いたします。
| 2005年07月29日(金) |
パソコン作業、人に頼ってしまう |
事務所へのパソコン移動を完了しました。プロバイダの都合でネット回線はいまだ自宅ですが、手配も含めほぼ終了しました。
長年仕事でパソコンをいじってますが、システムなど基本的なことはほとんど知りません。今日の移動や整備の作業も、これを得意とする同級生にすべてまかせっきりです。
この友人はかなりのレベルですが、聞くと完全に独学とのこと。大したものです。
自分でもっと勉強しなくてはと思いながら、おそらくまた頼んでしまうのでしょう。
異業種交流会である相模原馬車道会の例会に参加しました。支援者の方からお誘いを頂いて、今日で4回目の参加です。
大元はその名の通り,横浜馬車道会というやはり異業種交流会で、その相模原バージョンとして発足し数年を経ています。
しかし今日の会長挨拶から、相模原にも“馬車道”があったということを初めて知りました。
淵野辺駅北口から麻布獣医に行く通りを、大分以前はそう呼んでいたそうです。相模原会の発足にあたっても、そのことを考慮に入れながら命名したそうです。
会合の掛け持ちは、余り好きではありません。今日も最初から最後までいましたが、会を重ねるごとに参加者同士が親しくなっていくのを実感します。
浪人中であるにも関わらず、色々な会に呼んでくださる皆様に、改めて感謝申し上げます。
| 2005年07月27日(水) |
明大マスコミクラブ納涼会 |
明大マスコミクラブ(通称MMC)の納涼会に行ってきました。ある会で偶然知り合った方にお誘い頂き、初めての参加です。
銀座の三越交差点角にあるビアホールで開催され、マスコミ関係者や現役学生など多くの参加で盛会でした。
明大雄弁部の先輩でありテレビ東京OBでもある、田中良都議の挨拶が印象的でした。
『マスコミの始まりは新聞。その新聞を福沢諭吉が中心につくったのには経緯がある。
明治維新に際して伊藤博文を中心に海外へ行き各種制度を学んだ際に、近代国家をつくるにはやはりマスコミがなくてはならないということになった。
伊藤は帰国後福沢を訪ね、お金も人も出すので日本にマスコミをつくって欲しいと頼んだ。
福沢の答えは了、しかし条件があるとのこと。“お金も人も出してもらう必要はない。しかし政府の批判も好きに書かせてもらう”
この日本最初のマスコミ人の精神を忘れないでほしい。』
含蓄のある話でした。記者クラブ制度のみが悪いわけではありません。日本の伝統構造自体が、残念ながら長いものに巻かれることを助長している点もあります。
しかし真実を追求することが、主権者たる国民の利益に反する例を私は知りません。あらゆる権力や組織から独立して、引き続きマスコミで仕事をされている皆様には頑張ってほしいです。
|