てらさき雄介の日記
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2005年07月16日(土) 青根キャンプ場にて

青年会議所の事業を津久井町の青根キャンプ場で行いました。来年3月20日には、新相模原市となる地域です。

自宅の上溝から道がすいてても、車で約1時間かかります。遠いですが、道すがらに見る豊富な自然は素晴らしいものです。

キャンプ場のなかには、宮ヶ瀬ダム建設に際して近隣地域が不利益を被ったことの「碑」などもあり、津久井にはまだまだ知らないことが多くあると痛感しました。

同じ街になるのだから、もっと勉強しなくてはいけません。


2005年07月15日(金) 日頃気が付かないカーブミラーについて

安全施設業協会の皆さんによるバーベキューに参加しました。昼からの会でしたが、午前中は業界の皆さんがボランティアで、市内のカーブミラーを清掃して下さいました。

バーベキューの中でも清掃した感想などを伺うと、安全にとって大切なカーブミラーが以外と不備が多いことに気が付きます。

県は例によって「お金がない」で補修を先送りしているようですが、無駄な再開発事業や道路建設に多大な補助金を出している現状です。

予算の優先順位が明らかに違います。

色々な日頃気付かないことを学んだ一日でした。


2005年07月14日(木) 新事務所、実は思い出の場所

新しく後援会事務所を開設します。詳細は正式に稼働してから、このHP上でもお知らせ致します。

市役所通りのあるビル2階です。

まだ33歳という年齢で思い出に浸るのも嫌なので、余り言っていませんでしたが、この新事務所は思い出の場所です。

ここは今から8年前に、初めて相模原市議会補欠選挙に立候補した際、同じく選挙事務所として借りた場所なのです。

縁起をかつぐような発想はそもそもしませんが、私のみでなく支援者の皆さんにとっても大切な場所であろうことを考えると、一層頑張らなくてはと思います。


2005年07月13日(水) 面白きこともなき世を面白く

尊敬する高杉晋作の辞世です。

臨終に立ち会ったある人が、高杉の死後に下の句を「すみなすものは心なりけり」と付けましたが、司馬遼太郎も言うように少しまとまり過ぎな気もします。

幕末のなかで高杉晋作は、坂本龍馬とは違った意味で奇想天外であり、結果倒幕について大きな功績を残しました。

しかしいい辞世ですね。以前は豊臣秀吉の“難波のことは夢のまた夢”に哀愁と重みを感じていましたが、今は高杉的風流に憧れています。

「寺崎は変わっている」と、青年時代からずっと言われてきました。それは褒め言葉でもあり、かつ苦言でもあった気がします。

日本が抱えている多くの課題を解決するには、もはや‘国家’や‘主権’を超えた発想が必要になってきています。

日本の政治についても、議員内閣制や天皇制など、基本的課題について議論しなければなりません。

行動において独善に陥らないように気を付けますが、発想において自粛をするときは政治を辞める時と決めています。


2005年07月12日(火) 福祉コミュニティ形成モデル事業推進委員会

長い名前の委員会ですが、所属する市民団体からの出向で委嘱を受け、第一回会議に参加しました。

オブザーバーとして市役所の担当者も出席していますが、主催は社会福祉協議会です。

任期は3年間であり、この種の委員にしては長期にわたります。

本日の内容は以下のとおりです。

1、委嘱式
2、自己紹介
3、正副委員長決定(ともに学識経験者枠の大学教員でした)
4、福祉活動の現状と課題について意見交換

他参加者のほとんどが、公募かあるいは福祉関係団体からの出向であります。少し恐縮してしまいました。

政治を仕事にしているとは言え、専門性では他の委員に明らかに劣っており、正直勉強も兼ねての参加になってしまいます。

具体的議論は次回以降になりましたが、「コミュニティ」の単位が自治会連合会の区分になっていることが、とても気になりました。

行政から見ればその方が把握しやすいのでしょうが、生活圏が自治連単位などという市民は非常に少なくなっています。(いや以前からいないかもしれません)

もう少し広げた範囲での「コミュニティ」形成を考えるべきかもしれません。




2005年07月11日(月) 後援会役員会で決めたこと

後援会役員会が開催されました。定例の会ですが、本日は特に重要なことを数点決めましたので、以下にご報告申し上げます。

1、「県政改革シンポジウム」を開催します。

このHPのトップページにも案内を掲載しましたが、9月3日(土)午後3時から、けやき会館にて開催いたします。藤井裕久代議士挨拶、松沢県 知事基調講演の後、浅尾参議院議員・森山大阪府議・牛山明大助教授・そして寺崎雄介によるパネルディスカッションを行います。政治家の命である“政策”を思い切り発信すべく頑張ります。

2、後援会事務所を開設します。

多くの方々のご支援により8月8日(月)より後援会事務所を構えることになりました。事務所開きは同日午後5時より同事務所にて開催いたします。場所などは以下の通りです。
  住所 相模原市中央3−6−6 トーエイビル208
  電話 042−751−3016 FAX 042−751−3017
   (8/8より通じます)

3、藤井裕久代議士後援会・秋のバス旅行に参加します。

昨年も参加しましたが、今年も私の後援会でバス1台分参加します。国会
議事堂やフジテレビなどの見学です。参加者を募集しています。是非ご連絡ください。(会費は大人6,300円です)

以上の通りです。

「後援会」という組織の存在が、有権者と政治を遠ざけている一面も確かにあります。

私自身は無論のこと、多くの役員皆様が常にこのことに気を使って頂いているのは感謝に堪えません。一部の人による特殊な集団にならないよう、常に有権者全体に目を向けた後援会活動をしてまいります。

引き続きのご支援をよろしくお願い申し上げます。


2005年07月10日(日) 境川クリーンアップ作戦に参加

相模原市民と町田市民で境川を掃除する、年に一度の「境川クリーンアップ作戦」が行なわれました。

友人が多く実行委員に入っているので、例年できるだけ参加するようにしています。

とても暑い気候でしたが、いい汗をかきました。

掃除や献血などは、理屈ぬきで人の役に立つので、本当に楽しくできるものです。

津久井との合併協議が進行していますが、将来に向かって町田市との連携はまちづくりに不可欠です。


2005年07月09日(土) 私にもある「暗黒面」への興味

映画が好きだと、方々で言っています。すると不思議なもので、同じ趣味を持った方と知り合いになることがあります。

元来映画は一人で見る主義ですが、本日は数人で連れ立って「エピソード3」を見てきました。

スターウォーズシリーズは、過去5作全部見ていますが、正直余り印象に残っていません。可もなく不可もないと言ったところでしょうか。

しかし今回の完結編はとても面白い作品です。

いまやSFXのない映画はほとんどありませんが、それだけにSFXが物語りにどう活かされているかが、面白いかどうかに直結します。

また過去の作品が、俳優の演技に重点がおかれていなかったに比べ、今回は迫真の演技が各所で展開されました。

最後の、アナキン・スカイウォーカーとオビワン・ケノービの対決は、映画史に残るものでしょう。

劇中とても‘うるうる’したのは、アナキンが「暗黒面」に落ちていく過程です。

人間には当然に、誰にも「暗黒面」があるわけですし、以外と簡単に「暗黒面」に陥っていまうものです。

私は政治家として、そこに陥ることは絶対に拒否いたします。

しかし一方で、かねてから人間とは何物であるかをより追求したいという欲求が、私のなかにはあります。

その中身には、この「暗黒面」に対する興味が多くあるのも事実です。

ジェダイマスターのヨーダは、「暗黒面」に興味を抱くこと自体が危険と言っていましたが、果たしてそうでしょうか。

私にも危険な傾向がないかを、少し考えてしまいました。


2005年07月08日(金) 党支部国政報告会での司会

党支部主催の藤井裕久国政報告会にて、司会の役をつとめました。

党員のみ二百名程の参加で、約一時間にわたりお話を伺いしました。

党本部で「近現代史」を調査するプロジェクトチームが発足され、党内で共通の歴史認識をつくる作業がすすんでいるそうです。時間はかかるでしょうが、意義深いと思います。

この国政報告会の目玉は、何と言っても質疑応答です。多くの方からご意見やご質問を頂きました。

郵政などのご意見もありましたが、日本外交のあるべき姿について関心を持っている方が多いことが印象的でした。

政府による国連安保理事国入りの工作が、国内での議論がされないまま進んでいます。

今こそ国会は本来の仕事に立ち返り、真に国益になる外交政策を展開すべきです。


2005年07月07日(木) 消防団幹部納涼会

消防団幹部(各部部長、本部役員)の納涼会がありました。

全部で百人くらいだったでしょうか。こんなに多い人数での、着席での宴会はあまり見たことがありません。

上溝分団のメンバーとは普段も交流ができますが、他地区になるとなかなか知り合う機会もありません。私にとってはありがたい会でした。

団活動についても、活動費の至急や運営方法なども各地区で異なるようで、上溝はまだ恵まれている点もありました。

火事場で火を消す作業においては、もはや消防団の役割は終わりつつあります。

しかし地域に根付き、地域にアイデンティティーを持っているメンバーを、今後も相模原の貴重な財産として捉えていくことは大切です。


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