てらさき雄介の日記
DiaryINDEXpastwill


2005年05月27日(金) 上沼恵美子がなかなか見れない

お笑いで好きなのは、何といっても上沼恵美子です。といっても「おしゃべりクッキング」以外は、なかなか関東のテレビにはあわられません。

今日ゴールデンタイムにたまたまテレビをつけると、上沼恵美子が進行をしていました。最後のテロップを見たら、作成はやはり関西系でした。

数年前に大阪駅地下街で、たこ焼きをつまみに酒を飲んでいる方々を見て、生まれて初めてみる光景にびっくりしたものです。ダウンタウンがよく言う、お好み焼きが主食ではなくおかずになるのも、こちらでは習慣がありません。

そんなわけで上沼恵美子は、何故か関東のテレビには出ていません。さっき東京都在住34歳男性の友人と電話で話をしていたら、上沼恵美子自体を知りませんでした。関西の皆様、これは本当の話です。

さてオチですが、こういった文化の違いが国内にあることは大歓迎です。

法律や条令などは、あくまでその社会の常識を具現化するものです。地域主権自体が、地域に違いがあるという前提によって進められています。

でも近くにせっかく違った文化があるのだから、それと触れ合う機会はどんどん欲しいですね。


2005年05月26日(木) 靖国神社参拝についての意見

「皆んなで靖国神社を参拝する国会議員の会」というのがあります。いわゆる超党派の議員連盟です。

何故“皆んな”で参拝するのか、それはデモなどと同じく、多くですることによって政治的メッセージを発信しているのです。つまりは政治的に靖国神社を使っているといえます。

総理が本当に死者の霊を慰めるために“参拝”しているのなら、参拝の日付にこだわることはありませんし、家から靖国に向かって手をあわせることもできるはずです。

さて人の文句を言う前に、私の意見を言わなくてはいけません。

私はふたつの理由で靖国神社の“参拝”はいたしません。

ひとつには、靖国神社を“参拝”することを政治的に利用している政治が現実に存在することです。そしてこういった政治の中身は、先の大戦を肯定する(あるいは否定することを緩和する)動きと偶然ではなく、密接に関連しています。

私は政治家として、先の大戦は誤りだと考えますし、そこに至らしめた当時の政治指導者も誤った政治を行ったと考えます。

遺族が“参拝”する自然な心境は理解できても、政治家が自分の立場を明らかにしたり、その意志を内外に伝えるために“参拝”することは容認できません。

ふたつには、戦死者の霊が靖国神社にあるとはどうしても思えないことです。戦地で亡くなった方が帰っていくのは、故郷であり親の元であり子の元であるはずです。

このことについてはもはや宗教的レベルの話なので、議論しても致し方ないかもしれません。しかし靖国神社とは、そもそも霊を祀る宗教施設であることを忘れてはいけません。

過去に国のために亡くなった方に感謝し、その霊を慰めることは当然です。しかしその具体化が、靖国神社を参拝することと言われている現状に危惧を覚えます。

現に私は愛国者ですが、このテーマに触れると非国民みたいな言われ方をされることもあります。

昨日厚生政務次官がこの問題について発言をし、問題になっているようです。しかし発言すること自体は大変結構です。

むしろこの期に至って、黙っている(黙っていられる?)政治家の心境が理解できません。各政党はかん口令などひかずに、皆んながどう考えているのか発表してほしいものです。

少なくとも私は、靖国神社を参拝するかどうかを、他から問われて答えられない方を政治家とは呼びません。






2005年05月25日(水) 津久井JC例会行けずに残念

(社)津久井青年会議所例会のご案内を頂きました。

街同士が合併することもあり、出来るだけ津久井へ行く機会を増やすよう心がけています。もっと互いを知ることが、今後良い街をつくっていくことに繋がります。

飛び地合併という不正常なカタチになってしまった一因は、市民・町民間の日頃の交流の薄さによる誤解もありました。

あいにく後援会バーベキュー大会と同じ日のため、私は参加することができません。時間がずれていますので、私のバーベキューともどもよろしくお願い申し上げます。

詳細は以下のとおりです。

社団法人津久井青年会議所6月第一例会(どなたでも参加できます。)
 内容 慶応大学ラグビー部総監督・フジテレビスポーツ部長
    上田昭夫氏による講演会
    テーマ「王者の復活・強い組織の創り方」
    第二部としてパネルディスカッションもあります。
 日時 2005年6月12日(日)午後5時〜
 場所 津久井街文化福祉会館にて
入場は無料です


2005年05月24日(火) 地方議会の役割とは

長友克洋市議の勉強会に参加しました。テーマは「地方分権と議会」です。

前段の“地方分権”はさておいて、そもそも“議会”とは何故存在するのでしょうか。

学生時代から「健全なる議会制民主主義」の実現を目指し、今日まで活動し続けております。都度思い悩むこともあり、これからの“議会”のあるべき姿は、今日現在私のなかで結論は出ていません。

市民の意見を行政に伝えるのが仕事なのか、(代表株主)
市の経営を行うのが仕事なのか、(執行役員)
行政の監視を行うのが仕事なのか、(監査人)

現状ではこれが混在しており、本会議などでも個々の議員によって全く別の視点から発言がされます。

多くの意見のなかで態度が決められないとき、私の思考は‘自分はそもそもどんな考えなのか’と自分自身の中に結論を求る傾向があります。

その時上の三つの中では(経営者)の視点であることが多かったと思います。

例えば、多くの方が望む施設の建設よりも、それをつくった際の財政への影響を考えてしまう訳です。

いまだ試行錯誤ですので、引き続き考えてまいります。





2005年05月23日(月) 明大雄弁部同窓との会合

明治大学雄弁部の同窓と、その友人と会を持ちました。

幾人かの総理大臣が出た早稲田大学雄弁会は諸方面で有名ですが、「弁論部」「雄弁部」「雄弁会」などのサークルが存在する大学は多いです。

それでも年々総数は減ってきているようですが、明治大学では一時期(戦前のある時期)には、学内の半数が雄弁部の門戸を叩いたとも言われています。

さて雄弁部の具体的活動は、

聞こえのいいもの
 シンポジウムの開催、街頭演説会、ストやデモなど、弁論大会、
 ディベート大会、各種研究発表、
 *皆が同じ活動ををするのではなく、個人の関心によって違う

聞こえのよくないもの
 酒を飲む(但しビールと日本酒以外は禁止) 
 酒を飲む(終電車という感覚がそもそもない部員も多い)
 酒を飲む(飲む量に上下はあっても、議論に上下関係はない)
 *酒を飲むことについては、何故か左右一緒に皆で飲む

といったところです。私は現在でも悩むテーマがあると、当時を思い起こし結論を出すことがあります。

原点というのでしょうか。そういう意味で、当時の同窓に会うのは気合を入れるのに役立ちます。

若くして昔を懐かしむような関係にはなるまいと、皆んなでいつも言っています。




2005年05月22日(日) 内政干渉という言葉は旧い

「内政干渉」という言葉があります。将来は死語になるであろう言葉です。

南アフリカがアパルトヘイトを廃止したのも、周辺国の“圧力”=「内政干渉」の成果でした。また北朝鮮や中国国内の人権問題も、ある意味内政ですが国連などが問題視しています。日本もどんどん取り上げるべきです。

一方で靖国問題について異議を唱える中国に対して、日本が「それは内政干渉だ」と反論することがあります。しかしその一言で中国が黙るはずもありません。

国同士であっても、それが内政に関わる問題であっても、価値観をぶつけあうべきなのです。

私は憲法改正論者ですが、一部にある‘自主’憲法という概念は理解できません。今の憲法も、帝国議会にて採択された立派な‘自主’憲法です。

成立の過程でアメリカの影響を多大に受けたのは事実ですが、現在つくっても多くの国々の影響は受けざるを得ません。要は内容なのです。

他国に理解の得られないことは、例え内政であっても存在しえないということを考えるべきです。


2005年05月21日(土) 消防団総会で帰宅午前2時

消防団第一分団第一部の総会に出席しました。本年度部長をつとめていることもあり、最後までおつきあいし帰ってきたのは先ほど午前2時過ぎです。

市内全域の消防団共通の課題である「新入団員の確保」には、行政がより役割を果たすしかありません。

多くの世帯が加入する自治会でさえも、そのネットワークは限られております。広報に載せるなどのありきたりの方法のみでなく、もっと積極的に勧誘する必要があります。

ボランティアなどの市民活動に参加している方が、年々増えています。消防団だけが人が集まらないはずはないのです。


2005年05月20日(金) 市長について一日数回聞かれます

「市長はどう?」と最近は一日数回聞かれます。私がやりたいかという質問ではなく、一時期体調不良であった現市長の調子がどうかという質問です。

最近も何度かお見かけしましたが、言われているほどではなくお元気でした。確かに少し痩せられてましたが、私と一緒でそもそも少し太めだったこともあります。(失礼!)

舘盛前市長の時代を知らない私は、市長といえば現小川市長です。様々な経緯もありましたが、政治家として発言はしても、根本的なところに愛着のようなものがないわけでもありません。

非常に気になることがあります。それは今年一月の市長選挙で、現市長と戦い敗れた陣営のなかで、市長の病状が悪いなどという噂を撒いている人がいるのです。

この前の市長選挙は完敗でした。そのことは対立候補の陣営に入り、最初から最後まで見ていた私が知っています。

敗れるには敗れるだけの理由があるのであって、選ばれるのはそれだけの理由があります。あれから半年しか経っていません。市長の体調不良にかこつけて云々という話は、政治家としても人間としても許される話ではありません。

敗れた側の私としては、残された任期中、選挙の際の公約実現にむけて頑張って頂くことを期待するだけです。

三年半後の市長選挙に現市長が出るのか、他の誰が出るのかなんてことは誰にもわかりません。その話は、そのときにすればいいのです。

しかし、いやな世界ですね・・・。プチ権力闘争に酔っている方が多いようです。


2005年05月19日(木) 第二回市民委員会準備会

相模原市パートナーシップ推進指針に基づき設置された、「市民委員会準備会」に公募で参加しています。

今日は第二回で、今後の準備会の進め方などについて議論いたしました。ほぼ全員が公募により参加しているため、多くの意見が出てよい雰囲気でした。

準備会の役割は「市民委員会」を立ち上げることです。

そして「市民委員会」の役割は、行政と市民などのパートナーシップを推進し、その基本ルールづくりを行うことです。

私が今日発言したのは、準備会の役割についてです。一刻もはやく「市民委員会」を立ち上げるべきで、準備会では大枠のみ議論して詳細は「市民委員会」自体のなかで決めるべきとの趣旨です。

内容とは別に今後興味深いことは、意見続出のメンバーのなかで、どのように議論の結果が集約されカタチになっていくのかです。

これは民主主義の実践とも言えますし、直接民主制の導入に向けた試行とも言えます。

今後は二〜三週間に一回程度、会議を開催することになりました。引き続き頑張ります。


2005年05月18日(水) 中国から帰ってきた友人

中国広州の近くで仕事をしている高校の同級生が、一時帰国し一緒に食事をしました。

色々中国の話を聞きましたが、年々拡大する貧富の格差はとどまるところを知らないそうです。

共産党の統治が何故崩れないかについては、やはり少しづつですが秩序の変化は起っているとのこと。

この友人の見方では、平均的な教育水準の低さから新たな政治勢力が出てきてないだけで、そのことは共産党自身が一番理解しているのとのことです。

地理的に近いだけでなく、経済的にもますます日本との関係が深まっています。中国脅威説を唱えている人もいますが、日本が中国の影響を受けずにいられるはずは、古来からの歴史を見てもありません。

どんどん中国に関心を持ち、政治ももっと中国に対して発言すべきです。


てらさき雄介 |MAILHomePage