てらさき雄介の日記
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2005年04月27日(水) 郵政民営化騒動の自民党を見て

つい先ほど政府は、郵政民営化関連法案を国会に提出いたしました。いつもの事とは言え、自民党の騒動は良い意味でも悪い意味でも、興味深いものです。

まず良い方から。党内でもめることが悪いことかと言えば、そんなことはありません。価値観が多様化している現在、例え同じ政党と言えど、時として考え方が違ってしまうこともあります。

それを組織統制のなかで埋没させるよりも、有権者の面前で喧々諤々議論することが政治家の役割なのです。

現状、郵政民営化は賛否が全国的にもわかれています。今後国会のなかでも、与野党間で議論が深まることを期待します。

さて一方、自民党のしょうがない点もでました。小泉総理は最初から民営化論者です。先の総選挙の自民党の公約のひとつなのですから、自民党内で反対する議員は、最初から小泉氏を党首に選ばなければいいのです。

小泉総理の人気を利用して、選挙に結び付けたい心情もわかりますが、あまりにも節操がなさ過ぎです。民営化反対の主張も、ほとんどが特定郵便局長会へのアピールだけなのでしょう。

さて、民主党です。今回の法案に対しては“反対”で一致しました。しかし、その理由は二種類にわかれます。

私のように「こんな民営化では弱くて意味がなく、かえって民業を圧迫する」という主張と、「郵政三事業はあくまで公共であり、公共とは国営である」という主張です。

今回はたまたま一致しましたが、このままではいけません。このような、党内で意見が分かれるテーマほど、しっかり議論していくことが大切なのです。

さて、相模原の民主党はいかに?いまだ正式に議論していませんが、昨年相模原市議会に「郵政民営化慎重(実質は反対)」の請願が出されたそうです。結果“民主クラブ”のみが反対し、その他全員が賛成だったそうです。私と市議会議員の皆さんが、同意見だったことを嬉しく思います。


2005年04月26日(火) JR宝塚線脱線事故に思う

被害にあわれた方と、ご遺族にお悔み申し上げます。

原因は調査中とのことですが、速度制限オーバーが一因であることは間違いないようです。

時間に急かされることがそもそも嫌いな私は、「定刻通り」などという小さな理由で、死者が出てしまったのが残念でなりません。

たとえ公共交通であろうと、遅れることは十分あり得るのです。確かに日本は技術などが優れているため、“たまたま”定刻通りが多いです。しかし事業者は無論のこと乗客も、ある程度遅れることを最初から覚悟すべきなのです。

鉄道会社をはじめ「命」を預かる企業の経営者は、そこで働く人に一分一秒を急かすようなことをしてはいけません。そんな経営のあり方だったことが今回の事件で判明しましたが、本当に驚きました。

他の交通機関機関も即刻再点検し、経営改善をすべきです。


2005年04月25日(月) 初めての取材活動 byP課

所属するNPO法人さがみはら市民会議が、地域紙である相模経済新聞の紙面一部を編集することになりました。

その名も“NPOタイムズ”です。月三回発行の同紙ですが、そのうち月一回分の一面半分について委託をされます。

今回は私が担当で、「パートナーシップ推進事業助成制度」について、市役所パートナーシップ推進課(愛称P課)に取材しました。

直接の担当者から色々話をきき、終了後早速文章にすべくパソコンに向かいますが、これがなかなか難しいものです。

政治家として、役所の方の説明を受けることは多々ありますが、それは今後自分自身の考え方をつくっていくために、基本的には行われます。今回は「私が」ではなく、「読者が」です。

記事の量がそんなに多くないこともあり、できるだけ客観的に情報を提供し、かつ担当者の“思い”を伝えなければなりません。

よい記事になるように、今しばらく考えてみます。幸い締め切りまでは数日ありますので。


2005年04月24日(日) 山崎拓当選よりもびっくりの鎌倉市議選

衆議院補選については、ともに負けてしまいました。申し訳ありませんでした。両選挙区とも、民主党所属議員の不祥事による辞職が原因です。選挙の内容よりも、そこに至った経緯こそ問題でした。

また山崎拓首相補佐官が返り咲いたことは残念です。小泉内閣にいまだ一定の支持があることについても、民主党は反省すべきです。

さて、衆議院補選の結果よりもびっくりしたのは、同じく本日投開票の鎌倉市議選です。この日記を書いている現在まだ確定得票は出てないので、当落についてのコメントはできません。

先日も書いた知己の民主党候補の得票を、ネット上などで注視していたところ、松尾崇候補(現職)の得票が目に入りました。

勝手に名前を出して恐縮ですが、松尾崇候補は神奈川県若手市議の会メンバーでもあり、会合などで何度か顔をあわせたことがあります。

2000票がボーダーの選挙ですから、相模原市議選よりも多少は少ない規模です。にも関わらず、同候補の得票は途中経過で「8000票」を超えているのです!

私は過去に、このような基準を上回る得票を見たことがありません。落ち着いたら連絡をとって、お話を聞きに行きたいと思います。


2005年04月23日(土) タウンミーティングを開催しました

タウンミーティングを、橋本のサン・エールで開催しました。橋本・大沢・小山地区にお住まいの皆様にご案内し、二十数名の方にご参加いただきました。

開催の趣旨は、地域に密着した課題についてご意見を伺うことです。橋本周辺地区のまちづくりについて、神奈川県と相模原市がどのようなスタンスでいるのか、その概要もお話させていただきました。

生活に密着した問題を解決することが、政治の大きな目的です。「国政」「県政」「市政」の区分は、あくまで役割分担であって、中央省庁のような縦割りの“壁”ではいけません。

参加いただいた方からは、介護や公民館や駐車場などについてご意見を伺いいました。

今後も色々な場所で開催する予定ですので、よろしくお願い申し上げます。


2005年04月22日(金) また一人凄い市議に出会う

また一人、凄い政治家に会いました。菅原直敏大和市議会議員です。家に帰ってHPを見てみたら、これも凄い!

凄い人に会うのは刺激になるだけでなく、とても嬉しいものです。それが年下だと、特にです。

既成の政治に囚われることなく、しかも地域に根付いて活動している政治家を私は尊敬します。

ちなみに、いつものメンバーも一緒でした。
長友克洋相模原市議
新井克尚町田市議
若林章喜町田市議


2005年04月21日(木) 皆んなで、合同駅頭活動

同じ政党といえど、政治家は個々人として有権者に対して責任を負っています。

従って基本的には、自立した個人の集合体が政党であるべきです。「民主党はばらばらだ」とよく言われますが、こういうご意見は私はあまり気になりません。

むしろ皆んなが同じことを言っているほうが、某組織政党みたいで気持ち悪いです。

同志であり、友人であり、ライバルであるのが、民主党の仲間たちです。今日はそんなメンバーで、合同駅頭活動を行いました。

本村賢太郎県議長友克洋市議小池義和市議、角尾明皇前市議(HP見つかりませんでした)、渡辺良一市議候補予定者(同じく)と一緒に、朝6時半から8時まで交代で演説しながら、ビラ配りを行いました。

私が参加した限りは初の試みですが、結果非常に良かったです。何がと言えばまだ説明しにくいのですが、いずれ答えを見つけたいと思います。

ちなみに、明日と来週月曜日もやります。


2005年04月20日(水) 本を書く思い

友人の父上が本を出版されたので、そのパーティーに参加いたしました。

著者は過去にも数冊の本を出されていますが、今回の本は労働争議に関する内容なので、より関心を持っております。

今日の今日なので、帰りの電車で前書きを読んだ程度ですが、パーティーのなかでのご挨拶でも、本を書くに至った思いはひしひしと伝わってきました。

本とまでもいかなくても、いくばくかの文章は書いたことがあります。この日記も、ある意味そうかもしれません。

文章にすると平面であっても、書くに至った思いについては複雑かつ多面的であります。

政治家は、もっと文章を書かなくてはいけないと思います。私のように拙稚なものでも。



2005年04月19日(火) やはり在日米軍増強に反対します

民主党支部の政策調査委員会(小池義和委員長)が主催する、「アメリカ陸軍第一軍団司令部の座間移転」について、勉強会に参加しました。

講師は藤井裕久代議士で、参加者は二十名くらいでした。現在の米軍再編についてのみでなく、吉田茂が安保条約を締結した当時からの背景など、多面にわたるお話を聞くことができました。

藤井代議士の考えは、国連中心の安全保障を目指すのが基本であり、日米安保については限定的に考えるべきとのものです。このご意見に賛成です。

一部には、安保条約を改定してでも在日米軍を増強すべきとの意見が民主党内であるそうです。しかし藤井代議士も言われていましたが、これは極論であり、冷静に今後の世界情勢を考えれば採用できないと考えます。

国連の安保理事国入りについても触れられ、日本がなることに反対しているのは、中国ではなくアメリカだとのご意見も、なるほどと思わされました。

今週末、4月23日(土)11:00〜相模大野駅頭にて、移転反対の街頭活動を行います。これに加えて、今後も地元の「我儘」ではなく、「責任」として訴えを続けてまいります。

*今度市役所が行う反対集会の講師が西部邁氏であったのは驚きです。言いえて妙の選択ですが、少し違うのでは?と思います。


2005年04月18日(月) 中国での反日デモについて

この件について記載が遅くなったのは、推移をもっと見たいとの思いからです。この気持ちは変わらず、今しばらく変化するであろう事態を注意深く見つめてまいります。

自虐的と言われるかもしれませんが、中国政府高官に言われるまでもなく、日本の歴史認識は国際社会標準でも“甘い”と考えます。

かつて相模原市議会友好訪中団で、無錫市人民政府の面々と意見交換した際、日本から行ったある議員(しかも民主党!?)が「ここもかつて戦場になったのですか?」の一言。この言葉の重要性を理解した私たちは、一瞬ひいてしまい、懸命な我が団長はすかさず話題を変えました。

無錫は、上海と南京の中間に位置し、従って日中戦争の日本軍の進軍コースだったのです。目の前にいる人民政府の面々も、親族などの誰かが犠牲になったことは容易に想像できるわけです。事実関係を理解した上での「意見」ならともかく、お話になりません。相模原市を代表して行っているはずがこれですから、中国人が日本の歴史認識に疑念をいだくのも理解できます。

昨今朝鮮半島もそうですが、前向きで大変結構です。今後はかつての恨みをこえた私たちの世代が中心になって、一層の友好関係を築くべきです。しかし事実を事実として踏まえるのは、他人(他国)と接する際の礼儀です。

さて以上の流れだと、今回の件は日本が悪いとでもそうですがそれは違います。

私がアメリカの外交政策を常に批判をしているように、中国もまた帝国主義的な政策をとっています。また、私は天安門事件を忘れてはいません。あの政権の本質は変わっていないと思います。

上海などで領事館にペンキを投げたり、もっと許せないのは在中の日本人に具体的被害が及んでいるのは、今時発展途上国でも珍しい光景です。

個々の政治テーマについては冷静に対処すべきですが、在外邦人の安全についてはもっと毅然とした態度で取り組むべきです。退去勧告くらい出してもよい事態だと考えます。

外務大臣が訪中し、議論したことは正解でした。ただ、せっかくなので町村大臣の歴史認識を聞きたかったです。小泉総理も泡を食ったようなコメントではなく、中国から受けている誤解にしっかりと反論すべきです。もし誤解ではないのだったら、信念を述べるしかありません。

私は1971年9月29日に生まれました。日中国交回復ちょうど1周年の日です。田中角栄と周恩来は、同じく歴史認識のことで喧嘩をし、毛沢東の「喧嘩することが友人関係の近道」の一言でまるく収まったそうです。

政府の対応に期待いたします。


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