てらさき雄介の日記
DiaryINDEXpastwill


2005年03月28日(月) 「てらの会」結成ありがとうございます

若手の支援者の皆様で、「てらの会」を結成していただきました。今日の第一回会議には、年度末のなか多くの方に参加いただき、感謝で一杯です。

少し時間をいただき、初パワーポイントで政策発表をいたしました。例によって少し硬くなってしまいましたが、緊張しながらも大切な事柄は伝えられたと思います。

いわゆる“候補者”と“支援者”の関係のみでなく、友人同士でもあります。助けていただいていることを忘れず、次期に向けて全力を尽くします。




2005年03月27日(日) 役員は早めに交代すべき

母校である明大中野八王子高校の校友会長を、今期で辞めることにいたしました。過去六年にわたって勤めたこともあり、かつ一期も3年と長いことから、今回決めました。

私が初代ですので、交代は初めてのことです。新会長については、どんな決め方をするのかが今後のルールにもなってしまうため、しっかりと合意を形成する努力をするつもりです。

といっても、ボランティア組織ですから、やり手が大勢いるわけでもないところに難しさもあります。

相模原市農業委員会をはじめ、地域での役職も常識を逸脱して、一人の方が長期にわたってつとめられることがあります。

他に人材がいないではなく、辞めることによって、初めて人材が出てくるのです。これは、引退したいと言いながら、惰性で続けている各種議員にも言えることです。

世間様には全く影響のない、今回の役職辞任ですが、改めて考えさせられました。

*正式には6月の総会にて次期会長に引継ぎになります。


2005年03月26日(土) 相模原のビジョンをつくることに

民主党支部では組織対策、市民運動、政策調査の3つの委員会をつくり、各役員はいずれかに所属することになります。

私は政策調査委員会(委員長小池義和市議)の副委員長になりました。

今日は本年度第一回の会議を開催し、昨年からの引継ぎをあわせ、今年一杯の目標として、相模原のビジョンをつくることを申し合わせました。

現在の市行政のビジョンは、総合計画にある「輝きと愛があふれる人間都市さがみはら」ですが、まあこれでは一体何を言っているかわかりません。

具体的政策におとしていくことを考えると、ある程度は幅がなくてはなりませんが、芯はピシッととおっているものにしたいです。

次回は、各々委員が自分の案を持ち寄ることになりました。さてさて、改めて考えると難しいものです。


2005年03月25日(金) 暴力団対策法の矛盾と効果

学生時代に「暴力団対策法」ができ、当時議論をしたのを覚えています。

特定の団体に所属していることにより、一般とは別の法律が適用されることについて、“法の下の平等”に反するのではという意見もありました。

しかし一方で「暴対法」の効果は大きく、民事介入暴力は既に過去のものになりつつあります。

政治は、あくまで私たちの生活を向上させるためにあります。そのために法をつくり、政策を実行するわけですが、価値観の多様化する時代に法理念と政策の整合性がとれないこともあるわけです。

だからこそ権力(政治)に対する有権者の監視が、今までよりも一層に必要になります。

国会で審議中の「人権保護法案」についても同じことが言えます。法律の内容はもちろん大切ですが、一方で有権者の関心がしっかりと及んでいれば、施行されても問題はありません。

一方では、有権者の関心がしっかり及んでいれば、こんな法律はいらないとも言えますが。


2005年03月24日(木) 青年会議所担当例会でした

青年会議所の担当例会で、津久井青年会議所との合併について意見交換をいたしました。

相模原と津久井のメンバーが、「行政がひとつなのに、JCが二つあるメリットとデメリット」について、それぞれの意見を紙に書いていきます。

青年会議所はあくまで任意団体であり、別に行政の枠組みにあわせることは、必ずしもありません。

しかし、政党もそうですが「運動体」ですから、自らの組織を守ることに意味があるわけでもありません。会の結成された目的である、まちづくりをするために、一緒になった方がいいのかどうか。ここが議論の中心になるべきです。

私は、相模原と津久井は地域性が大きく異なるからこそ、青年会議所も合併して、今後の新相模原のまちづくりを考えるべきだと思います。

そのためには、大きい側の相模原が我を捨てて、例えば自らも解散し新設合併にするとか、あるいは名称を変更するとかの手段も講じるべきです。

今後対応が問われているのは、大きな相模原JCの側です。


2005年03月23日(水) 朝鮮総連からの案内

北朝鮮に旅行に行くと、ふたつの所に住所などがインプットされます。ひととつは日本政府公安調査庁であり、もうひとつは朝鮮総連です。

「中国や朝鮮と、真の友好関係を持ちたい。」私が政治を目指した動機のひとつです。

朝鮮総連の神奈川県央支部から、新年会などのご案内をいただきますが、毎年行くかどうか迷い、結果欠席を続けております。

北朝鮮という国のあり方については、多くの疑問を持っていますし、一日も早い体制転換を望んでいます。そして現在仮想敵国になってしまったのも、止むを得ないことです。

しかし私が迷うのは、そういう政治問題を超えることこそ、真の友好関係を築く基本だからです。

友人にも在日朝鮮人がいますが、彼が金正日に対して影響力を持っているわけでもなく、総連事務所に写真を飾ってあっても尊敬しているわけでもありません。

異国で暮らすひとつの方便として、朝鮮総連や金正日の顔写真を利用しているだけです。

これからも案内をもらうのでしょうが、おそらく行かないでしょう。その対応については、万全の自信を持っているわけではありません。


2005年03月22日(火) 値段が高いもの

今の時代に、値上げしているのは公共料金くらですが、色々なものの値段にも高いものと安いものがあります。言い方を代えれば、割安感と割高感を覚えるものです。

(高いもの)
携帯電話料金、電報料金、マンションの管理費、インターネット使用料、タクシー代、NHKの受信料、レンタルビデオの延滞料、ハードカバーの本、などなど

(安いもの)
電車賃、バス賃、定食屋さん、パソコンのプリンター、非常勤特別職消防団の報酬(一ヶ月3000円位)、印刷物、飛行機代、写真の現像、などなど

意見の分かれるものもあるでしょうか、私の感覚です。


2005年03月21日(月) いつの間にか、若くなく

何歳まで若いのか諸説ありますが、少なくとも33歳にもなって、自分で「若手」と言えるのは政治の世界くらいでしょう。

かくいう私も「若手」であることを意識し、選挙ではアピールいたします。

年齢的に恥ずかしくなってきた分、内容で勝負したいと思います。自分の発言や行動を毅然として行うことは大切ですし、何よりも自分のなかにある保身を考えることを、少しでも止められるようにしたいです。

「若手」政治家の話になると、よく幕末の志士の話になりますが、私は一番好きなのは高杉晋作です。

いつの時代にも転換点がありますが、倒幕維新に向けての動きは、高杉晋作の“功山寺挙兵”で出来上がったと考えます。数万の軍勢に対して数十人で兵を挙げ、結果藩政を変え維新に結びつけたのです。

この挙兵に参加した伊藤博文は維新後に、「あのときは、これで終わりだと思ったよ。」と言ったらしいですが、成算も少なかったのでしょう。

偉人と並べるのは恐縮ですが、一度しかない人生です。‘若年寄’にならずに精一杯やっていきます。


2005年03月20日(日) 合併は自治体だけの問題ではない

青年会議所(JC)の今年の所属委員会は、「広域まちづくり実現委員会」です。

内容は現在の相模原市と津久井4町との合併に関連して、相模原JCと津久井JCとの統合を考えることです。

今週の木曜日には両JCで合同例会を開催し、統合する際の課題などについて全メンバーで検討いたします。

どんな組織も、いざ自分のことになると保守的になってしまいますが、青年団体として相応しい結論を出せるように頑張ります。



2005年03月19日(土) 穀物自給率がサウジより低い

相模原地域大学の公開講座で、「食」についての講演を聴きました。

日本の穀物自給率は、何と砂漠国サウジアラビアよりも低いそうです。

先進国でもフランスは世界4位ですし、アメリカもちゃっかり100%をこえています。

軍事力による安全保障に政治の焦点は移りがりですが、それよりも大切な「食」であります。他国による圧力までも懸念されますが、ここでこそ国益を追求すべきです。

日本の国土では限界がありますが、基本的には大規模集約化を推進すべきです。そのためには、食管制度とともに発展してきた、農協などの利益団体の存在についても再検討すべきです。


てらさき雄介 |MAILHomePage