てらさき雄介の日記
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2005年03月08日(火) 市議会を傍聴しました

今日ではなく、先週の金曜日です。「民主クラブ」の総括質疑を見に行ったはずが、予定より遅れたため、別の議員の質疑を傍聴しました。

実は市議会の傍聴は初めてです。私含め3名しか傍聴席にはいなかったですが、何人かの議員はちらほらとコチラを見ていました。

傍聴者が眠くなるほど、ある意味退屈な会議運営は、今に始まったことではありません。

前向きに、どうすれば面白く(表現は妥当か?)なるのでしょうか。ひとつは、原稿に重きを置かないこと。ふたつには再質問を回数無制限にすることです。

相模原市議会本会議は、再質問は二回までしか許されていません。従って、この回数に収まるように事前に考えをめぐらせ、結果そのことが臨場感を失わせています。

神奈川県議会は、より「伝統的」=「形式的」=「面白くない」運営がされています。何度か見に行ったときもそう感じましたし、仲間の県議に聞いてもそうです。

大切なのは議論の中身ではありますが、会議運営の方法によって、どこまで議論を深めることができるか変わってきます。

絶えず自己点検しながら、進化する議会であるべきです。


2005年03月07日(月) 旧○○党という意識

民主党は新しい政党ですが、旧○○党という感覚が残っています。

何十年と存在している党ならばともかく、結党数年でそんなことを言っているのは問題です。

周りがどういうかは別にして、私は自分の政治遍歴を「新生党→新進党→民主党」と思っています。党は変わっても、思いとしては「自民党に変わる新しい機軸政党をつくる」ことです。

皆んな、この基本的思いは同じはずです。旧○○党なる意識は、全ての民主党員が排除すべきです。

そもそも個人を「○○的」と総称すること自体が、その人間の個性を軽視し、全体主義に走る傾向を生んでいるとも言えます。

私も途中参加組ですが、過去を乗り越えてこその民主党です。



2005年03月06日(日) 携帯電話の性能

このHP上に、「フォトギャラリー」を開設していただきました。

この写真は携帯電話で撮影したものです。カメラ会社の作成した携帯で、映像も綺麗です。

メモリなども良い性能です。では、一体今までのデジカメの出番は?だんだんなくなっていくのでしょう。

先日友人にパソコンをいじってもらった際も、3年から4年経ったらパソコンも根本的に改造しなくてはだめとのこと。

これは新たな技術が年々出てくるのではなく、新商品を売り続ける経済構造の一環でしょう。

でも、なくては困る一消費者としては、買い続けるしかありません。


2005年03月05日(土) 自衛隊新入隊員激励会に参加しました

自衛隊新規入隊者の激励会に参加しました。

新規に自衛隊に入隊する方は、全て各地区の「募集事務所」が把握しております。そして毎年、地区毎に激励会などに参加しております。

二次会の懇談会は、ケーキなどのおやつを食べながらでした。私の前に座った新入隊員は、大学卒でPKO活動を見て志望したと言いました。

一方少し年をとった自衛隊員は、日陰者であった当時の話をよくいたします。

吉田茂は、防衛大学校の卒業式で「皆さんが日陰者であるときが平和だ」と言いました。

元来は軍縮論者である私も、この元総理の言い方には違和感を覚えます。ただ、戦争を経験した声として貴重ではありますが。

さて「くに」と書いているのは、私の大切な政治的主張であります。「くに」と「国家」は違う存在なのです。

「国家」のあり方が変化しても、「くに」を守る精神は貴重であります。


2005年03月04日(金) 雪が積もっても電車は動く

雪がたくさん降りました。でも電車は動いています。

中高生の時は雪が降ると、電車が遅れたり止まったりしたものです。最近そうならないのは、技術の進歩か、あるいは雪の量が減ったのか。

自然に関わりなく。生活ができるようになっていきます。もちろん本質的には、自然に打ち勝つことはできませんが。

しかし車は滑りますね。チェーン・スタットレスなどありますが、もっと簡易に滑り止めが常設できる、新しい車が販売されないものでしょうか。

相模原だけでなく雪国においても、その量は年々減少していきます。オゾン規制は国際ルールができましたが、より強行な指針を政府が示すべきです。



2005年03月03日(木) 安易な改憲の風潮は疑問

「新しい憲法をつくりたい。」政治家としての大きな目標です。ライフワークにしたいと考えています。

一昔前にこの種の主張をすると、“右翼”扱いされました。学生時代には、弁論大会などで散々やじられたものです。

しかし、現在の風潮は大きく変わりました。大新聞のほとんども「改憲」を訴え、世論調査で「改憲」支持が過半数に達していると報道しています。

この安易な変化には危機感を覚えます。ひとつひとつの総括ができないままで、時流や周辺環境のみで大勢が動いてしまう。かつての日本の過ちそのままです。

今日(社)日本青年会議所関東地区協議会関連の集いがあり、三浦半島の先端まで行ってきました。

数人のJCメンバーによるディスカッションにて、「憲法改正」がテーマになりました。私たち(社)相模原青年会議所の代表者が一番良かったです。

憲法論議の必然性を訴えながら、あわせて軍備増強に理解を求めるような表現のある、現在の日本JCのあり方には私も言い知れぬ不安を感じていました。

今日も出ましたが、一部に「アメリカ製の憲法だから根本的に問題」という意見もあります。私はこの考え方には疑問を持ってます。

どんな時にどの国でつくっても、国際社会の影響を多大に受けながらつくられるのが憲法です。今つくったとしても、アメリカを中心にする国際社会の目から逃れることはできません。

むしろ自国のみの判断では偏狭になりがちな点を、既存の国家概念を超えたところで意見を集約していく。

これこそが新しい憲法のつくり方であるべきです。大切なのは、どういう社会をつくるのか、どういう国を目指すのかです。


2005年03月02日(水) 話は短く〜母校の卒業式にて〜

例年によって母校の卒業式に参加し、校友会会長として少し話してきました。

自分を棚に上げて言いますが、多くの方々の挨拶はとにかく長い・・・・。私が聞いてそうなのですから、現役高校生はもっとそうでしょう。(ああこんなことを書いて大丈夫か?)

私は日頃の活動のなかで、一つ決めていることがあります。自分が開催する政策発表の場以外は、とにかく挨拶を短くすることです。基本は1文章。長くても2〜3文章のうちに収めることです。

せっかくいい話だと思っても、その話が長くなればなるほど、終わったときは何も残ってはいないものです。

政治家も最初は短い人でも、経験を積むと、だんだん長くなるそうです。

戒めてまいります。長かったら遠慮なく指摘してください。お願いいたします。


2005年03月01日(火) “無理心中”は表現を改めるべき

“無理心中”の事件がありました。テレビなどで報道しています。

さて“無理心中”の定義は何でしょうか。調べたわけではありませんが、日本独特の造語の気もします。いくつか頭の中で言葉にしてみますが、「殺人」以外のプラス要素は特にありません。

そうです。“無理心中”は「殺人」と表現を改めるべきなのです。

事実を正確に表現していなくても、その言葉を使うことによって、社会かあるいは当事者にとって意味があるならば、許される点もあります。

“無理心中”という言葉を使うことによって、それが真実に近づけるならばそれも可ということです。

しかし今回の事件をはじめとして、多くの実態は「殺人」以外の何ものでもありません。

メディアはどういう意図で“無理心中”という言葉を使うのでしょうか。おそらくは、意図はなく過去からの惰性によって使っているだけでしょう。

“無理心中”は「殺人」と表現を改めるべきです。少なくとも報道においては。


2005年02月28日(月) 正式に公認申請しました

次期県議選に向けて、正式に党県連に対して公認申請をいたしました。

藤井裕久代表はじめ党総支部の皆様、今まで活動を支えて頂いた支援者皆様に、改めて御礼申し上げます。

○提出書類は以下のとおりです。

1、公認申請書(総支部代表=藤井裕久代表が記入する)
2、誓約書
   ・民主党の考えや精神に背かないこと
   ・常に党勢拡大に努力すること
   ・当選後は民主党会派に所属すること 
    などが書かれているものにサインをいたしました
3、経歴書
4、党員名簿
   ・県議選に臨む者は、30名の紹介党員が必要であり、 
    私の紹介で入党頂いている皆様の名簿を提出しました。


○今後は以下の手順で審査を経る予定です。

総支部大会(既決)

公認申請(今日のことです)

県連選対委員会

県連常任幹事会

県連大会

本部選対委員会

本部常任幹事会

公認決定




2005年02月27日(日) ライブドア堀江社長、もっと「言葉」を

ニッポン放送に関する一連の件について、私がフジテレビよりもライブドアに好意を持っていることは、数日前の「日記」で書きました。

その後も注意深く報道を見ていますが、同じ業界の仲間意識か、多くのメディアはライブドアに批判的に感じます。

しかし残念に思うのは、あれだけテレビなどで発言する機会があるのに、「どうしてニッポン放送を経営したいのか?」という根本について、堀江社長は余り語りません。

“世論”というのは、つかみどころがないものかもしれません。しかし堀江氏にとっては、その“世論”こそが味方であるはずです。

これは政治家的考え方でしょうか?

社会のあらゆる制度や現象が、“世論”の理解なくして成り立たないのが民主主義の一側面です。


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