てらさき雄介の日記
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| 2005年01月22日(土) |
今はただ、投票率の向上を |
明日は相模原市長選挙の投票日です。
今更多くは語りません。今はただ、投票率が上がることに期待するのみです。
「中核市」「政令市」言葉だけが先行してはいけません。私たち市民が、まちづくりに関心を持ち、積極的に参加してこその地方自治です。
皆さん、よろしくお願い申し上げます。
| 2005年01月21日(金) |
支援者の皆様に改めて感謝 |
人の選挙を応援するというのは、本当に大変ですね。改めて私を支援いただいている皆様に感謝する日々です。
この市長選挙が終われば、次期県政に向けて全力疾走しなくてはなりません。自分自身の闘いを控え、最後に相模原市長選挙に参加できたことは貴重な経験でした。
多くの方が、私の何に期待しているのか。その気持ちを精一杯考えながら、政治活動を続けてまいります。
| 2005年01月20日(木) |
性格温厚のはずが何故 |
幼少の頃から性格温厚で通っていました。逆に闘争心がないことを、バスケ時代は指摘され続けてきました。
現在でも争いごとは好きではありません。回避したい気持ちで一杯です。
今選挙事務所で机に向かい、大きなものに逆らっている自分を省みて、ふと感じます。「何故、この私がこんなことに!?」
そう言えば、市議会で二人会派の控え室にいるときもでした。「何故、温厚かつ素直な私がこんな小さな部屋に!?」
しかし、致し方ありません。現状があまりにも異常なのですから。
政策で政治を志し、政策で選挙を戦い、政策で議会が動く。そんなあたり前の政治を実現するため、引き続き頑張ります。
田中康夫長野県知事が、文字通り「ガラス張りの知事室」をつくりました。パフォーマンスと揶揄されましたが、良いことだと思います。( 田中県政についてはコチラをクリック)
議会の会議と同じく、市長の公務についてもより市民に開かれるべきです。各種会議の「結果」については、様々な手段で知らされますが、大切なのはそこに至る「過程」です。
言い方を変えれば、本当の情報公開とは「政策形成の過程を明らかにすること」に他なりません。
市のホームページなどでも、市長が誰と会って何を話したのか、その概要を広報すべきです。
もちろん、明らかにできない内容があることも理解できます。その部分については、「秘密」と堂々と書けばいいのです。それは市民の理解が得られるはずです。
| 2005年01月18日(火) |
コスト削減を負担軽減に |
役所が仕事を民間委託することによって、大幅に経費が削減されることがあります。同じように人件費の削減など、行政改革はコスト削減のために行われるべきです。
県も市も少しではありますが、昨今コスト削減をしています。しかし私たち納税者に実感はありません。
それもそのはず、浮いたお金を別のことに使ってしまっているからです。
相模原でも保育園の一部を民間委託しても、保育料は決して下がりません。「運営の内容が良くなっているし、他の必要な事業にまわしている」では、“実感”がもてないのです。
一円でも私たちの負担を下げる努力をすべきです。
今回の市長選挙では、市長の退職金制度を廃止することが争点のひとつになっています。
実現したあかつきには、その分のお金をうやむやに使ってしまうのではなく、「これがそのお金でつくった施設です」とか「その分この料金を下げました」とか、明示すべきです。
合併協議会のまちづくり検討会に参加したのは、より良い合併を実現したいと考えたからです。つまり合併賛成です。
かつて1999年の9月議会総括質疑で、城山町をはじめとする周辺自治体との合併の検討を訴えたこともありました。蛇足ですが、そのときの市長の答弁は「否」・・・。
合併は‘二つあるものを一つにすることによってコストを削減し、市民の負担を下げる’ことに目標をおくべきです。
しかし現在のあり方は、合併特例債だけでなく財政規模の拡大を目的にしててしまっている点があります。
結果、「効率良い小さいな政府」ではなく、「大きな政府」になってしまう可能性すらあります。
西東京市がやったように、明確な数値により経費の削減目標を出すべきです。
公職選挙法の規定により、選挙期間中に特定候補者の名前をネット上に出すことはできません。
従ってしばらくは、今回の市長選挙の争点にすべき事柄について、考えを書いていこうと思います。
“住民投票”制度は、行政運営の最終的意思決定のシステムとして、常設的に設置すべきです。
“住民投票”をどう考えるかは、その人の基本的な民主主義観を現します。
議会政治=間接民主政治なのだから、住民投票=直接民主政治で「矛盾」が生じるなどという、よくわからない問題点を指摘する方もいます。
そしてこの種の意見を言うかたは、議会関係者に多いのも驚きです。有権者の意思を把握しているとの自信は結構ですが、少なくとも私は最終的に、改めて住民の意思を確認したいと思うことが、過去多々ありました。
学説でいうところの、‘住民投票は間接民主政治を補完する’という意見と同じです。
相模原と津久井の合併に“住民投票”を実施するかどうかが争点ではなく、“住民投票”をどう考えるかが問われるべきです。
以上希望でした。現実そこまでは各候補者間で語られていません。
大晦日に続き、少しだけ雪が降りました。雪がうっとおしくなったのは、いつからでしょうか。小さい頃は楽しかったものです。
雪が降る・・・ふと三つ想い出します。
中学生のときに雪が降ると、よく横浜線が運休になり学校へ行けなかったこと。
ポーランドで列車の中からツンドラを見たとき、極寒の世界に恐怖を感じたこと。
長野県をノーチェーンで山道を走っていたら、急に降ってきて、事故を起こしてしまったこと。
今年もあと何回か降るでしょうか。風情を感じる感覚も大切です。私に欠けている部分ですが。
| 2005年01月14日(金) |
やはり街頭演説はいい |
朝起きるのが辛くても、駅まで行って話し始めるとあっという間に時が経ってしまいます。街頭演説は数ある政治活動のなかで、楽しいものの一つです。
しかし今回の市長選挙での役割は、最も苦手とする事務方です。一昨年の衆議院選挙でもそうでした。
“修練”こそ浪人中の意義と頑張ってるつもりですが、なかなか上手くいきません。あと1週間困ったものだと思っているところに、「弁士がいないので相模大野駅に行け」との指令です。喜び勇んで出発しました。
正味30分位の街頭演説でしたが、とても楽しかったです。政治家と有権者とのつながり方は多種多様ですが、私はやはり‘街頭’だと再確認しました。
そして、明日からはまた事務・・・。隙を見て街宣に加わろうと、虎視眈々思ってはいますが。
明日は雪でしょうか。皆様お気をつけください。
| 2005年01月13日(木) |
選挙での会議に、どれほどの意味があるか |
いわゆる“選対会議”にどれほどの意味があるのでしょうか。「そんな時間があるのなら、街頭演説に行かせてほしい。」率直な気持ちです。
市長選挙のような大きな選挙ですと、一層会議が多くなります。毎日のようにやってます。
有権者の深層心理を理解し、それぞれが考えをぶつけ合う会議ならば意味がある気はしますが。
関係者以外の方には訴えることの少ない今日の日記ですが、通信手段が変化した現代ですから、選挙のみならず会議のあり方も変化すべきです。
と言いつつも、私も選挙に関係する会議を多く開催していただいています。
時間を下さった皆さんに、有意義な時間だったと思っていただけるような運営をしたいです。
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