てらさき雄介の日記
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四季劇場に「南十字星」を見に行きました。敗戦後にインドネシアで、戦犯として処刑された若者の物語です。
南十字星がはっきりと見えるくらい遠くで、しかも終戦後に死ななければならなかったのは悲しい限りです。
東京で裁かれたA級戦犯は、政治家指導者であったことから、どちらにしろ何らかの責任をとるべき存在でした。東京裁判が不当であっても、致し方ない点があります。
しかし上官の命令に服し、結果戦犯となってしまった方は不幸でなりません。
劇の主人公は、自らが処刑される役割を認識しながら、絞首台に向かいました。しかしほとんどの方は、その意義すら感じられず、無念の死を遂げたと推察します。
世界で散っていった多くの皆さんに対して、改めて冥福をお祈りします。
| 2004年12月17日(金) |
一年間の青年会議所活動が終わりました |
青年会議所(JC)は1月1日で新年度になります。従って今月で、今年一年の活動は終わりです。
今日は、所属した「地域の共育実践委員会」の打ち上げでした。5月と10月に担当で例会を開催し、通年で“地域の先生”という学校での教育事業を行いました。
来年は、私の仕事と密接な関係がある、津久井との合併問題についての委員会に所属します。
今年は色々ありましたが、何とか例会を皆勤することができました。来年も頑張ります。
| 2004年12月16日(木) |
「政治家」の何と少ないことか |
議員やその候補者であること、イコール「政治家」ではありません。
端的に言えば、「政治家」とは政治的な決断ができる人のことであります。
一連の市長選挙の件で、思うところがありましたので率直に書きます。
私と違う考え方があることを認めるのは民主主義の基本であり、正直「私は○○を応援している」と言い切れる方は、それが対立候補の支援であろうと痛快なものです。
また相模原市長選挙について、重要性を余り感じていない方ならば、それはそれで致し方ありません。
市長選挙が大切だと認識し、かつ自分自身が考え方を持っていて、更には定数一の市長選挙で、態度を鮮明にしない理由がわかりません。嫌味ではなく本当にです。思考回路が私とは違うのでしょう。
本来ならば、浪人中の私が出張るのではなく、もっと責任ある立場の方がたくさんいるはずです。しかし昨今「政治家」の、いかに少ないかを実感しています。
社会の変革に挑戦した多くの方は、他に何と言われようと貫く“自負心”を持っていたのでしょう。
市議時代にすら感じなかった“自負心”を、今強く感じています。
| 2004年12月15日(水) |
市長選挙で「大谷なおとし」さんを支援します |
来年1月23日投票の相模原市長選挙において、「大谷なおとし」さんを支援いたします。
詳細な理由については、12月27日開催の後援会主催「てらさき雄介クリスマス会」(このHPトップページに案内あり)で発表し、その後HPにも掲載いたします。
一言で言えば、「今の市政は変革しなければならない」ということです。
精一杯頑張ります!大同小異の精神に立った、多くの皆様の結集をお願いいたします。
| 2004年12月14日(火) |
市長選挙、民主党の決定が出ました |
相模原市長選挙について、民主党神奈川県第14区総支部の決定が出ました。私自身も参加した常任幹事会にて、正式決定されました。内容は以下のとおりです。
「来月行われる相模原市長選挙については、民主党としては関わらない」 「今後の党員の行動については、各自の自由とする」
議論の経過や内容については、党内の信義があるため差し控えます。
この結果について意見は言いません。ここに至るまで、半年間精一杯やってきた自負があるからです。
残り一か月少しの短い時間です。政治家として、民主党員として、恥ずかしくない行動をいたします。
| 2004年12月13日(月) |
辛いものが大好きです |
今日は、自己紹介です。
甘いものは苦手ですが、辛いものは大好きです。某カレー屋では、“4辛”を食べますし、今日食べた韓国料理も一番辛いのを食べます。
苦い物も、苦手ではありません。柔和な味よりも、きつい味が好みということでしょう。
両親は、下手物はもちろん、刺激的な味のする食べ物を好みませんでした。従って、小さい頃はあまり食べなかったのだと思います。
私が諸外国(特に中国や朝鮮半島)で試しに食べた品目を書こうと思ったのですが、皆さんを不快にしてもいけないので控えます。
でも食わず嫌いは良くないと思います。
| 2004年12月12日(日) |
自分が恥ずかしくなります |
所属している会の忘年会に出席した後、家に帰り「新撰組」の最終回を見ました。
近藤勇が首を切られた瞬間に“完”となりました。若手俳優を多く使っていましたので演技は下手でしたが、その分同年代のため思い入れができ、最後30分はずっと‘うるうる’してました。
宴会で一杯一杯お酌をしている自分と、将来の日本を考える自分が、別の人間ではないかと思うことがあります。お酌をするのが嫌というわけではなく、むしろそういう付き合いは大好きですが、ふとそう思います。
板橋宿で近藤勇が最後に何を思ったか、誰にもわかりません。とても立派なことを考えていたのか、実はそうでもないのか。ただ事実として、堂々たる最期だったそうです。
私も保身を考えます。こんな若さで情けないと思います。でも自分がかわいい部分があるのです。
他の若手政治家あるいは、政治屋の皆さんも、そう思うのでしょうか。
こういうことを悩まなくなったら終わりだと思いますが、それを克服して頑張っている方にはより学ばなくてはなりません。
既にはじまっていますが、忘年会シーズンです。この不況下に会を開催している皆さんに敬意を表するとともに、私のような浪人を呼んでいただくことに感謝いたします。
政治家としてのメッセージを発する機会は少ないですが、厳しいなか「頑張れよ」と言ってくださる皆様には感謝の気持ちで一杯です。
| 2004年12月10日(金) |
北朝鮮への経済制裁のあり方について |
藤井裕久代議士を囲む若手の忘年会がありました。藤井代議士は、北朝鮮に対する経済制裁に賛成する立場をとりながら、留意点として、経済制裁の“効き目”について冷静な検証も必要との意見でした。
私も、横田さんの遺骨が偽者だったことには立腹しました。もはや国家間の交渉すら無理なような気もします。
もはや経済制裁止む無しです。しかし私の考えは、あくまで「止む無し」であります。
制裁を実施するときも、国家としての筋を通すために行うべきで、経済力をもった日本の驕りが背景にあってはいけません。
中国に対するODAの凍結問題もそうです。他国を援助している中国に対して、果たしてODAを出す必要があるのか再検討は必要です。
しかし“何だかんだと言ってくる中国を困らせてやろう”という発想は危惧すべきです。
同じ制裁でもその考え方によって、別の影響が及ぶと思います。
| 2004年12月09日(木) |
腐った肉は焼くとどうなるか |
食事中に読んでいる方、思い出してしまった方には申し訳ありません。
ビートたけし主演の「血と骨」で、主人公が腐った肉を焼いて食べるシーンがあります。しかも無理にではなく、好き好んでです。
賞味期限切れの納豆を食べた時が、唯一の食中毒でした。他は半生の焼き肉を食べても、ほどんど生のしゃぶしゃぶを食べても、まず大丈夫です。
パキスタンで、土っぽいものが混じっている水を飲んでもOKでした。
でもこの映画のシーンが気になります。果たして腐った肉でも、焼けば食べられるのか・・・。
今まさに相模原の危機にあって、こんなことを考えている私をお許しください。
さすがに実験はできませんが。
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