てらさき雄介の日記
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2004年11月08日(月) 最後のまちづくり検討委員会

合併協議会「まちづくり検討委員会」の最終回が昨日開催されました。最後にしては参加人数が少なかったですが、私も遅刻したので大きなことは言えません。

パブリック・コメントに対する回答を皆で考えました。以外に意見が出なかったのは、決して疲れてしまったわけではなく、長い時間をかけてつめてきた成果です。

事務局の皆様にはご苦労も多かったと思いますが、お陰様でよいものがつくれたと思います。私自身も今回の経験をこれからの政治活動に活かしてまいります。

今回つくった“ビジョン”は新市建設計画から新市総合計画へと反映されます。その原案をつくったわけです。これは市議会議員でもできないことであり、とても達成感があります。

特に「行政改革・財政」の部分は希望者が私他一名しかいなかったため、ほとんど二人で考えました。隠れてスパイスが効いているので、本協議会で修正しないように!総合計画にもしっかり載せるように!

市民と行政が直接結びつくことを“懸念する”政治家もいますが、これは進むべき方向です。今回の公募委員会は、そのひとつの実験になり得ました。これだけ広い範囲でかつ専門性を持つ内容でも、(くどいですが)市議会よりも充実した議論ができるのです。公募をばかにしている人は改めましょう。

今後は、この“ビジョン”が本当にしっかり反映されるのかを見つめていきます。

最後にご案内です。話題の城山町長をお迎えして、青年会議所の例会を行います。11月17日(水)19:00サンエールさがみはら(西橋本)です。ディスカッションの進行をするのは、何とビジョン検討委員会の矢越委員長です。皆様のご参加をお待ちしております。


2004年11月07日(日) ひろちゃんまつり開催

藤井裕久代議士の後援会が主催する“ひろちゃんまつり”が開催され、私の後援会でテントを出し、模擬店とバザーをしました。

全て後援者の皆様の寄付と、ご尽力によるものであります。「てらさき雄介の活動資金を捻出しよう」と合言葉にやっていただいている皆様を見ながら、「果たして自分はそれに値する政治家なのか」と何度も自問自答いたしました。

期待してくださる方の期待に応えることは、政治家の責任でもあり醍醐味でもあります。常にその気持ちをもつ自分でありたいです。ありがとうございました。

浪人中で弱気になるときもありますが、自分の主張とキャラクターを失ってはいけないと改めて思いました。

まつり終了後に、“合併協議会ビジョン検討委員会最終回”がありましたが、それは後日また書きます。


2004年11月06日(土) 私が民主党に入った経緯と思い

今更ですが、私が何故民主党なのかということについてです。

1997年市議会補欠選挙に当選したときは無所属でした。その二年後に再選したときも無所属でした。しかし私はそれまで、自民党の公認ならびに推薦候補に投票したことは一度もありませんでした。

学生時代に藤井裕久代議士の事務所で勉強させていただいたとき、藤井代議士はとても立派な方でしたが、自民党しか選択肢のない中での腐敗した政治に嫌気がさしていました。そのような中で、羽田孜さんや小沢一郎さんや、藤井代議士が自民党を離党し“新生党”という政党をつくりました。その時藤井代議士のご指導のもと、“新生党学生塾”という団体をつくりました。当時私は大学四年生。その時のメンバーは今でも親しくしてます。

すぐ後に細川連立政権ができ、多少なりとも政治が変わるのではないかと思いまし。しかし残念ながら自民党の強さと、政権運営の未熟さから細川内閣は短命に終わりました。

その後相模原市議会補欠選挙で議席をただいたときは、新生党は無論、その後の“新進党”も崩壊した後でした。結果無所属です。

自由党藤井代議士を尊敬しながら、政党として民主党にシンパシーを感じていた私は、小選挙区で「藤井裕久」を応援しながら、比例代表を含む他全ての選挙では「民主党系」に投票するという状態でした。

森内閣ができたときに、これはひどいと思いながら客観的に見ていました。しかし小泉内閣ができ、支持率が80%に至ったとき私は決断しました。

「二大政党は風前の灯火、その可能性がある民主党に入ろう」

当時応援してくださっていた方にそのことを相談すると、ほとんどの方が反対でした。大変お世話になった後援会長さんもご恩返しができないまま退任され、少しずつカタチになりつつあった後援会も霧散してしまいました。

しかし今、そのときの自分の決断に悔いはありません。むしろますます意気盛んです。自由党との合併によって二大政党の道が更に開けただけでなく、尊敬する藤井代議士と同じ政党になったのです。

「政党にこだわることはない」というご意見はその通りです。確かに政治家は有権者に対して責任を負っているのであって、政党や支持団体や親分に対して負っているのではありません。

しかしそれでも政治を正すには政党を正さねばなりません。

言い訳をしながら民主党にいるのなら離党してください。嫌味ではなく、その方が皆んなのためになります。

私はあきらめません。民主党を本当の二大政党の一翼にするまでは。ご支援いただいている皆様には申し訳ありませんが、私の信条をご理解ください。


以下後日談
*欄外クイズです。“改革フォーラム21”ってご存知ですか?このジャンパーをひろちゃんまつりで着ていたら、数千人の参加者のなかでたった一人だけ気付いてくれました。このプレミアジャンパーは誰にもあげません。


2004年11月05日(金) 橋本MOVIXに行きましょう

橋本旧ユニー跡に出来た「MOVIX」に行きました。期待以上のもので、メインスクリーンは、南大沢や海老名を凌ぐものでした。

気になったのはお客さんの少なさです。公開して間もない『コラテラル』を見ましたが、がら空きでした。

せっかく相模原に出来た映画館です。相模原市総合計画にも「映画館の設置」は出ていました。

南大沢を見ると、映画館に行った人が周辺で買い物などをして、街が潤う構図ができています。相模原もそれを目指すべきです。今はまだ、残念ながら映画館が街のなかで浮いているような気がしました。

とにかく一度行ってみてください。


2004年11月04日(木) ブッシュ大統領の再選について

アメリカが戦争状態にあることが、現職でありかつ“テロとの戦い”を強調するブッシュ大統領に有利に働いたのでしょう。

有権者がどのような基準で候補者を選んでいるのか、自分の選挙でさえ把握しきれるわけではありません。ましてや異国の選挙です。何故再選かの分析はできません。

しかしブッシュ氏再選のニュースを聞いて、がっかりしたのも事実です。ケリー氏による、今とは違うかもしれないアメリカを見たい自分もありました。

日本においては、アメリカの二大政党は基本的な価値観に相違がないと言われています。しかし勝ったブッシュ氏も負けたケリー氏も、現在のアメリカの“分裂”を危惧する発言をしてます。それほど議論が分かれた選挙だったのでしょう。

大統領選挙人がある程度いる州の、たった一つをどちらがとるかで勝敗が分かれる選挙です。大きなお世話でしょうが、投票数の案分にした方が民意は反映できます。今後制度の改正の必要があるでしょう。

気が早い話ですが、四年後は民主党からヒラリー上院議員(クリントン元大統領夫人)が有力とのことです。ブッシュ氏もそうですが、アメリカでも二世が話題にのぼりやすいようです。

とにかくも再選を果たしたブッシュ氏には、早急にイラクをはじめとする世界の紛争を収拾することを望みます。

小泉総理談「内外の批判に負けずに頑張っているブッシュ氏に期待する」。自分の境遇になぞらえたものでしょうが、いささか大人げない発言です。少なくとも総理に就任した当初は、こういうことは言わない方だったと思います。


2004年11月03日(水) 田臥勇太頑張れ!

イチローや松井も凄いと思いますが、野茂はもっと偉大です。数年前にメジャーのグラウンドで投げる野茂を見て、うるうるしたのは私だけではなかったでしょう。

“先駆け”は素晴らしいです。私が目指すものでもあり、なかなか辿りつけない境地でもあります。

NBAに日本人として初めて登録された『田臥勇太』には是非頑張って欲しいです。しかも能代工業高校在学中から、173cmという低い身長(NBA全チームの中でも二番目の低さだそうです。)での実績は尊敬いたします。

メジャーリーグもNBAも「何だ日本人も通用するんじゃないか」と思う半面、世界にはもっと多くの実力者がいるということも感じます。

明治維新の指導者たちは、世界中をまわって先端技術を学んできました。行った国々からばかにされながらも、多くのことを吸収し短期間で欧米に負けない国をつくりました。

世界に出ていく日本人の基本は、この“謙虚さ”であって欲しいです。


2004年11月02日(火) 香田証生さん殺害で思うこと

イラクで拉致されていた香田証生さんが殺害されました。ご本人とご遺族に心から哀悼の意を表します。

テロリストは“聖戦”と言いますが、民間人を巻き込んだ時点で何らの発言も説得力を持ちません。ブッシュ氏と小泉総理の手法でテロを失くすことはできませんが、テロを憎む気持ちを皆んなが持つことは必要です。

さて、“死”に際して人は何を考えるのでしょうか。決して茶化すのではなく、常に私が思いを巡らすテーマでもあります。

立花隆の『臨死体験』もそうですが、この答えは死者のみぞ知るです。死”を意識するとき“生”を実感すると言います。このことは理解できます。

私の好きな高杉晋作や坂本竜馬や土方歳三は、その若き死に何を思ったのでしょうか。

そんな歴史上の人々でなく、先の戦争で戦場で命を落とした私より若い人々は何を思ったのでしょうか。

そんなことを、今回の香田さんと新潟地震での不幸を見ながら感じました。


2004年11月01日(月) 惰性の極み、情けない限りです

二年前に、中田宏横浜市長の出陣式に参加しました。政治家の演説は厳しい目でチェックする私も感動しました。中田氏曰く「戦うのは現職市長ではなく、市民自身の惰性だ」。全く同じ文言ではありませんが、この同趣旨のことを言いました。

相模原市長選挙の話題が多々出るなかで、最近現職を支持するかどうかの意見を聞きます。それぞれ事情があり一概には言えませんが、少なくとも政治家を自称するならば、明確な理由を持ってだれを支持するか明らかにすべきです。

しかし私が聞いた範囲で、現職を支持するという方の大半が、理由は「現職だから」と言います。これこそが惰性です。本当に支持するのなら、現職であろうとなかろうと支持するはずです。ましてや勝敗などは考えないはずです。市長のことを一定評価している私も残念です。

民主党が「政権交代」を掲げているのは、決して総理大臣に対してだけではありません。今の政治を変えるという視点であるなら、市政においても同じはずです。

私自身浪人中でありながら、現職でない選択をするのは実は冷や汗が出ます。しかし「飛地合併」はむろんのこと、「合併特例債」の発行にはかねてから疑問を感じていました。

私は常に現状に対して、厳しい点検の目を持っているつもりです。それは民主党に対してもそうですし、自分自身の信条に対してすらそうです。

それが惰性でなければ何も言うことはありせん。違えば戦うだけです。しかし個人としての深い考慮によらない考えであるならば、そういう議員(もしくは候補者)は“政治家”とは呼べません。

正直私も人間の弱さで保身を考えますが、それが前面に出すぎている現状を危惧いたします。

繰り替えしますが、「政権交代」という民主党のキャチは国政においてのみ有効なわけではありません。

有志の皆さん、ともに頑張りましょう。




2004年10月31日(日) 高くなったガソリン代の一部がここに

ネット上のニュース欄に以下の記事がありました。前文掲載しますので、とりあえずご覧ください。


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クウェート国民に7万円「ボーナス」 原油高で国庫潤う
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 記録的な原油価格の高騰が続く中、湾岸産油国のクウェート政府は31日、利益を還元するため、国民に1人一律200ディナール(約7万1800円)を支給することを決めた。AFP通信が報じた。

 同国内閣は、声明で「決定は、首長の指示に従った」としている。クウェート人は約96万6000人(04年7月)なので、約693億5000万円の大盤振る舞いとなる。同国経済を支える約129万人の外国人労働者は対象になっていない。

 クウェートは、原油の確認埋蔵量が980億バレルで、世界全体の10%を占める。原油価格の高騰で今年度、政府の歳入は過去最高額が確実視されている。

 国民は豊かな石油収入を基に、所得税無税や充実した社会福祉、格安の公共サービスを享受している。労働人口約27万人の9割以上が、競争やリストラのない職場環境と高給が保障された政府公共部門で働いている。  

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ほほえましいニュースとも言えるのでしょうが、ひとり当たり71,800円は結構な値段です。ガソリンが目に見えて高くなってますが、その一部がこういう使われ方をしているのにはびっくりです。

値段が高くなっているのは、高くしなければならない理由があるからと理解していましたが、そうでもないようです。

湾岸戦争の際、クウェートの主権回復のために数百億ドルという資金を出しました。クウェートはその後アメリカに対して多大な“恩返し”をしていますが、日本に対しても少し考えてくれるべきです。

非常にせこい意見ですが、率直な感想です。


2004年10月30日(土) 20年間、長いのか短いのか・・・

母校の明大中野八王子高校の創立20周年記念式典がありました。校友会(卒業生の会)会長として呼んでいただきました。【式典の様子はコチラをクリック:小さいですが壇上前列向かって右から5番目が私です】

指定の席に座り周りを見渡すと、どうも参加している面々が入学式や卒業式とは違います。過去に学校に関わってきた多くの皆さんに、一斉に声をかけたそうです。八王子市長はじめ、政治関係者もちらほら見かけました。

校友会会長挨拶で何を言おうか・・・、他の来賓の話を聞きながら考えていました。結局変わったことは思いつかず、在校生に向けてのメッセージにいたしました。要約すると「自分の将来について、毎日考えて下さい」ということです。自分が出来なかったことを言うのも嫌だったので、かろうじてこの位の挨拶です。

式典終了後に同じく講堂で、吹奏学部とダンス部の演奏・演技披露がありました。特に吹奏学部は本当にプロみたいに上手でびっくりしました。今度は定期演奏会に行きたいと思います。共学になってから(私の時は別学)は、部活動が更に盛んになっているそうです。

その後、食堂にて祝宴がありました。総勢数百人の中に卒業生も十数人位交じり、先生方と旧交を温めました。先生の転勤がないのは、私立の良いところですね。

20年間という月日を私なりに考えて見ました。しかし長いとか短いとか、感慨は余りありません。現在のことと、これから先のことを自然に考えてしまいます。そういう意味では、私はまだ“若い”のでしょう。

将来よりも過去に多く思考を巡らせたとき、そこが人生の折り返し地点かもしれません。


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