てらさき雄介の日記
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2004年10月25日(月) 初めての党支部福祉対策委員会

福祉対策委員会(渡辺良一委員長)が開催れました。福祉政策に関心のある数人の方からの呼びかけです。当日は案内を受けた一般党員からも参加があり、嬉しい限りでした。

政策調査委員会は既にありますが、個別の政策を検討する委員会は初めてのことです。

議論の結果、政党の委員会としての特性を活かし、役所や学者がやるような研究ではなく、小さくても具体的な結果を出していくべきとなりました。

「高齢者」「障害者」「児童」と厚生労働省の区分けにより、縦割りで捉えられがちな現状があります。

委員会ではこれについても、包括的に考えられるような「バリアフリーマップ」などをつくることも検討いたしました。

今後が楽しみです。


2004年10月24日(日) 携帯電話で「人と繋がる」はずはない

NTTドコモのテレビCM“誰かと繋がっている感じ”は、ドラマみたいで面白いですね。

しかし、携帯電話で人と繋がれるはずはありません。

と言いながら、今日珍しく携帯に電話がかかってないことに不安になりました。一日中、ちらちらと携帯ディスプレイを見ている自分がいます。

午後にやっとある支援者の方から電話がかかってきました。今日の着信はそれ一件です。浪人中の侘しさ故ではないでしょうが、知らず知らずに社会と自分との関わりを携帯電話に求めているのでしょうか。

自由人でありたい私は、社会人になって最初に携帯電話を持つ際に違和感を感じました。しかし携帯とともに歩んできた月日は、私の心を蝕んでいたのでしょう。

商業の持つ魔力に躍らされずに、何が自分と社会にとって必要かをしっかり考えるべきです。






2004年10月23日(土) 新札が出ることを初めて知りました

午前中、市民会館にてNPO法人相模原市民会議の定例会。入会してまだ数ヶ月なので、皆さんの議論を聞くのみです。しかしだんだんと面白くなってきました。これからは、より積極的に活動していきます。

午後、世界平和女性連合の皆様から誘っていただいた男女共同参画社会の勉強会。古淵第一ホテルでの開催です。今回は男性が主体の世界平和連合の主催でした。男女共同参画基本法に異議を唱える八木秀次氏の講演は聴き応えがありました。。ジェンダーフリーについては、情けない話ですがまだ自分の考えがまとまっていません。より勉強を深めていきます。

夕方、企業の社会貢献推進会議の例会。日本の経営者と労働者のほとんどは中小企業であり、地域から社会貢献を模索していくことは大切です。会場のウェルネス7Fからは、横浜ランドマークだけでなく、新宿の高層ビルも見えました。

夜、相模湖交流センターでの合併協議会シンポ。相模原市内の南文化センター・杜のホールでのシンポよりも参加人数が多かったです。と言っても250名ほどですか。

色々参加した今日一日ですが、一番びっくりしたのは新聞で新札発行の記事を見たことです。まわりに聞くと皆知っていました。私だけ知らなくてすいませんでした・・・。

何と11月1日から市中に出回るとのこと。新渡戸稲造と、夏目漱石の札は随時消えることになるそうです。新たに樋口一葉と、野口英世が登場します。

札には肖像が必要とのことですが、誰にするか議論することは大切です。しかし今回もそうですが、議論自体がめんどくさいので、政治家を辞めて文化人を選んでいる傾向も見受けられます。

私が物心ついた時の千円札は伊藤博文でしたが、採用するときに隣国などから意見がなかったのかも興味深いです。

札の肖像は、よかれあしかれ国の象徴ですね。これについては、外国に遠慮する必要もないでしょう。

源頼朝・徳川家康・明治天皇・吉田茂(少し生生しいですかね)なども良いと考えます。


2004年10月22日(金) 平壌・高麗ホテルの風呂場

家で風呂に入りながら、天井を見上げボーっとしていました。すると、ある記憶が脳の引き出しから出てきました。

平壌・高麗ホテルの風呂場です。日本でも最近の家庭用風呂にはだいたいあるそうですが、屋根裏(風呂の天井裏)との境に“蓋”のようなものがついてます。もちろん私の家にもあります。何のために付いているかは知りません。

そして、高麗ホテルの“蓋”には「封印」がしてありました。確か数箇所、“蓋”を開ければ破れるようなシールが貼ってあります。

一体何のために???

そう言えば、部屋にあった等身大以上の大きな鏡の意味は???
しかも旅行者が一部屋おきに泊められているのは何故???

まさか国際ホテルで・・・・!

後ほど旅行中の写真を探したところ、“蓋”についている「封印」を撮影したものが見つかりました。その時も気になったのでしょう。



2004年10月21日(木) 民主党幹部の経団連行脚は間違い

民主党が企業献金を獲得すべく、経団連傘下企業に呼びかけを行っています。

先月経団連は、献金の基になる政策の採点を各政党に対して行いました。(第一次は1月に行っています。)民主党は自民党を大きく下回り失格点でした。元々経団連と民主党は異なる立場ですので、この結果は当然と思います。【採点結果:民主党自民党

お金がないのか、経団連に評価をされないと政権が獲れないと思ったのかはわかりませんが、党首はじめ幹部が各企業をまわっています。政治に金がかかるのは私も理解していますが、自らの依って立つところを間違えてはいけません。

だいたい地方議員に対して企業献金を禁止しながら、実質的に国会議員個人とイコールである政党支部に対する献金を認めているのは身勝手です。禁止するならば全て禁止しないと、政治にかかるお金を減らそうという機運は高まりません。

民主党は今国会でも“政治と金”について、政府を厳しく追求しています。有権者に対して説得力を持つためには、疑惑を招きやすい企業献金は自粛すべきです。

また別の視点で言えば、自民党と同じ支持基盤に頼ることは、結果的に民主党の存在意義を失わせることに繋がります。

やせ我慢をすべきだと思います。


2004年10月20日(水) 合併シンポを台風で中座、残念・・・

橋本杜のホールで開催された、合併協議会主催の市民向けシンポに参加しました。

参加者は200名といったところでしょうか。半分くらいが関係者でした。市民の合併に対する関心のなさが現れていました。「開催回数が少ない!」という私の意見も空虚に感じます。

アドバイザーである牛山久仁彦明治大学助教授の基調講演の後、合併協議会事務局長(市の部長)による経過報告があり、そして私も参加しているビジョン検討委員会の委員長からの合併後のビジョン発表であります。

休憩が入り、これからメインのパネルディスカッションというところで、消防団からの電話連絡です。分団役員から、台風のため「詰所待機」とのこと。“自宅”待機ならば、しばらくこのまま聞いていこうとも思ったのですが、“詰所”だと副部長の責任上行かないわけにもいきません。後ろ髪を引かれながら、会場を後にしました。

さて合併ですが、淡々とスケジュールを進めていっていますが、城山がダメになったらどうするのでしょう。この皆んなの疑問にあえて触れない(怖くて触れられない?)のが不思議です。

まさか本気で飛び地合併!?あってはならないことです。


2004年10月19日(火) 久し振りの新宿“思い出横丁”

学生時代の友人と新宿で会いました。友人は日大の雄弁会で、当時全関東学生雄弁連盟という組織の委員長をしていました。

久しぶりに“思い出横丁”(新宿西口商店街の通り)に行きました。新宿東口と西口の境目にある、JR線のガード沿いのあたりです。

学生時代に朝ご飯を食べに行ったら、本当に腐った納豆が出てきたこともありましたが、それもご愛嬌といえる雰囲気です。(注:ほとんどの店はそんなことはありません。きっと間違いだったのでしょう。)

学生時代に数多く行ったせいでしょうか。渋谷や下北などよりも新宿が身近に感じられます。

最近、家田荘子作「歌舞伎町シノギの人々」という本を読みました。合法非合法に関わらず、社会の隙間でたくましく生きている人々を書いたノンフィクションです。

新宿のようないかがわしさが漂う街も、日本のひとつの財産だと思います。


2004年10月18日(月) 衆議院予算委員会のやりとりを見ていて

夕方テレビ中継していた衆議院予算委員会を見ました。偶然にも民主党の質問時間でした。

テレビに向かってヤジりたくなるくらい、とにかく議論がかみあっていません。この第一義の責任は質問者にあります。小泉総理の自分の世界に入った答弁にも問題はありますが、それに対しての受け答えに未熟さを感じました。大上段に言ってしまえば、私なら同じテーマでも違う視点で質問しました。

次に思ったのは、相変わらず官僚が答弁することです。副大臣や政務官制度の導入により、一時期は政治家が答弁していたのですが、一体いつから元に戻ってしまったのでしょう。

特にひどかったのは法務大臣です。「局長の答弁したとおりです」を連発する姿は情けない限りです。そんな答弁を総理が許すならば、最初からその局長を大臣にすればいいのです。

そもそも橋本派一億円問題は、政治倫理審査会で扱えばいいことで、全閣僚が雁首そろえているのを見ると、他の仕事は大丈夫か不安になります。

民主党ももっと、ダイエー再建問題や国連の安保理事国入りなどについて、追求をしてほしいものです。有権者の期待もそこにあるのではないでしょうか。


2004年10月17日(日) 消防団運動会、障害物競争で筋肉痛です

消防団の運動会を女子美術大学のグラウンドでいたしました。有志の参加なので人数もそれほど多くなく、競技についてもそれなりなので和やかな雰囲気です。

飯を食べ芝生でうとうと寝てるところに、分団役員が「誰か障害物競走に出て」とのこと。まあ適当に走れば、そんなに苦ではないかと思い、私の出場が決まりました。

すると、なんということでしょう。障害のなかに“防火衣を着て突先(ホース先端の水の出る器具)を背負いホースを巻く”という内容があるではありませんか。後悔先に立たずです。

結果5人中4位という情けない順位でしたが、私だけでなく参加者のほとんどが、ヒーヒー言ってました。きつかったです。

分団対抗ということで、少し気張ってしまったせいか。どうも足がはっています。やはり、準備運動はしなくはいけませんね。


2004年10月16日(土) 一日JC、大野北中にて担当例会開催

今年JC(青年会議所)で“地域の共育実践委員会”に所属しています。その2回目の例会が、大野北中学校でありました。

昨日も夜中2時まで委員会を開催し、準備をしていました。そして今日の集合は朝7時30分です。不覚にも15分遅刻し到着。机の配置やテントの設置などをしました。

9時30分から例会開始です。防災訓練を通じて、子どもたちに、地域には頼れる大人たちがいるということを感じてもらう企画です。

消防隊員による様々な説明や取り組みに、子どもたちは大喜びです。参加人数が少なかったのは残念ですが、その分ひとりひとりに丁寧に接することができました。

例会終了は15時30分で、片付け完了は17時30分です。それから懇親会を行い、その後委員会メンバー他数人で二次会(カラオケボックス)へ。

カラオケ終了は、何と午前1時30分。6時間カラオケボックスにいたのは、生まれて初めてです。

今年のJC活動もだいたいが終わりです。来年は市町村合併を担当する委員会に配属になりました。私の仕事にも関係ある分野ですので、引き続き頑張ります。


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