てらさき雄介の日記
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| 2004年10月19日(火) |
久し振りの新宿“思い出横丁” |
学生時代の友人と新宿で会いました。友人は日大の雄弁会で、当時全関東学生雄弁連盟という組織の委員長をしていました。
久しぶりに“思い出横丁”(新宿西口商店街の通り)に行きました。新宿東口と西口の境目にある、JR線のガード沿いのあたりです。
学生時代に朝ご飯を食べに行ったら、本当に腐った納豆が出てきたこともありましたが、それもご愛嬌といえる雰囲気です。(注:ほとんどの店はそんなことはありません。きっと間違いだったのでしょう。)
学生時代に数多く行ったせいでしょうか。渋谷や下北などよりも新宿が身近に感じられます。
最近、家田荘子作「歌舞伎町シノギの人々」という本を読みました。合法非合法に関わらず、社会の隙間でたくましく生きている人々を書いたノンフィクションです。
新宿のようないかがわしさが漂う街も、日本のひとつの財産だと思います。
| 2004年10月18日(月) |
衆議院予算委員会のやりとりを見ていて |
夕方テレビ中継していた衆議院予算委員会を見ました。偶然にも民主党の質問時間でした。
テレビに向かってヤジりたくなるくらい、とにかく議論がかみあっていません。この第一義の責任は質問者にあります。小泉総理の自分の世界に入った答弁にも問題はありますが、それに対しての受け答えに未熟さを感じました。大上段に言ってしまえば、私なら同じテーマでも違う視点で質問しました。
次に思ったのは、相変わらず官僚が答弁することです。副大臣や政務官制度の導入により、一時期は政治家が答弁していたのですが、一体いつから元に戻ってしまったのでしょう。
特にひどかったのは法務大臣です。「局長の答弁したとおりです」を連発する姿は情けない限りです。そんな答弁を総理が許すならば、最初からその局長を大臣にすればいいのです。
そもそも橋本派一億円問題は、政治倫理審査会で扱えばいいことで、全閣僚が雁首そろえているのを見ると、他の仕事は大丈夫か不安になります。
民主党ももっと、ダイエー再建問題や国連の安保理事国入りなどについて、追求をしてほしいものです。有権者の期待もそこにあるのではないでしょうか。
| 2004年10月17日(日) |
消防団運動会、障害物競争で筋肉痛です |
消防団の運動会を女子美術大学のグラウンドでいたしました。有志の参加なので人数もそれほど多くなく、競技についてもそれなりなので和やかな雰囲気です。
飯を食べ芝生でうとうと寝てるところに、分団役員が「誰か障害物競走に出て」とのこと。まあ適当に走れば、そんなに苦ではないかと思い、私の出場が決まりました。
すると、なんということでしょう。障害のなかに“防火衣を着て突先(ホース先端の水の出る器具)を背負いホースを巻く”という内容があるではありませんか。後悔先に立たずです。
結果5人中4位という情けない順位でしたが、私だけでなく参加者のほとんどが、ヒーヒー言ってました。きつかったです。
分団対抗ということで、少し気張ってしまったせいか。どうも足がはっています。やはり、準備運動はしなくはいけませんね。
| 2004年10月16日(土) |
一日JC、大野北中にて担当例会開催 |
今年JC(青年会議所)で“地域の共育実践委員会”に所属しています。その2回目の例会が、大野北中学校でありました。
昨日も夜中2時まで委員会を開催し、準備をしていました。そして今日の集合は朝7時30分です。不覚にも15分遅刻し到着。机の配置やテントの設置などをしました。
9時30分から例会開始です。防災訓練を通じて、子どもたちに、地域には頼れる大人たちがいるということを感じてもらう企画です。
消防隊員による様々な説明や取り組みに、子どもたちは大喜びです。参加人数が少なかったのは残念ですが、その分ひとりひとりに丁寧に接することができました。
例会終了は15時30分で、片付け完了は17時30分です。それから懇親会を行い、その後委員会メンバー他数人で二次会(カラオケボックス)へ。
カラオケ終了は、何と午前1時30分。6時間カラオケボックスにいたのは、生まれて初めてです。
今年のJC活動もだいたいが終わりです。来年は市町村合併を担当する委員会に配属になりました。私の仕事にも関係ある分野ですので、引き続き頑張ります。
| 2004年10月15日(金) |
本宮ひろ志「国が燃える」休載は残念 |
本宮ひろ志の「国が燃える」が休載となりました。本宮ファンの私としては残念です。
地方議員を含めた多くの抗議によるものですが、その程度で休載するならば最初から書かなければいいのです。
南京大虐殺については、日本国内に見解の違いがあります。あそこまで細かく描写をすれば、議論になることは当然わかっていたはずです。漫画家である本宮氏よりも、ジャーナリズムである集英社の覚悟のなさでしょう。
「国が燃える」は最初から呼んでますが、本宮作品の中でも近年まれにみる大作です。実際人気もあったようです。問題の部分も、私は読んでいて違和感はありませんでした。
漫画をはじめとする芸術の素晴らしさは、その中に現れる作者の創造性を通じて、鑑賞する個々人が夢を見れることにあります。ましてや現実を超える表現をしやすい漫画の内容について、いちいち“歴史的事実”と照らし合わせること自体がナンセンスです。
抗議した方は自分の意見を表明しただけですから、それはそれで構いませんが、問題はそれによって安易に休載した集英社です。
抗議をした方のほとんどは、おそらくこの漫画の読者ではないでしょう。集英社は、この漫画を愛読していた私はじめ読者にこそ、休載の理由を説明すべきです。
| 2004年10月14日(木) |
とても忙しかった今日一日 |
今日は特に時間に追われた一日だったので書いてみます。
9:00八王子駅側のファミレスで支援者の方と会い、近況報告をする。 ・・・一年ぶりの方なので報告盛りだくさんでした 10:30橋本の支援者宅にて、橋本後援会発会式の案内をする。 ・・・残念ながら当日用事があり不参加とのこと 11:00宮下本町で市民の方からご相談を受ける。 ・・・とてもお困りで行政は何をしているのか!と感じました 12:00中央の寿司屋で民主党の幹事と意見交換する。 ・・・あるべき党の姿を語り合いました 13:30西大沼の支援者宅にポスター設置。 ・・・結局時間切れで、途中でお任せしてしまいました 14:30相模原市保健所で、午前中に受けたご相談について意見交換する ・・・忙しそうな部署です。人員配置が間違っているのでは 15:30市議会にて情報交換 ・・・交換といっても、一方的に吸収するだけです 17:30清新にて友人のご尊父のお通夜手伝い ・・・ご冥福を心よりお祈り申し上げます 19:30橋本で同級生と食事 ・・・政治志向の友人で、いずれご紹介する日が来るはずです 22:00田名の友人の店に挨拶 ・・・久しぶりに顔を出したら、自民党の元大幹部とばったり
よく政治家は「忙しい、忙しい」と言ってますが、だいたいが誇張です。世の中には本当に忙しい方がたくさんいます。私もこんな日はめったにありません。
逆に言えば、総理大臣のように毎日分刻みのスケジュールで、果たしていつ政策について考えているのか不安になります。県知事や市長も、あちこちで挨拶してまわってないで、少しは役所に腰を据えて本来の行政に取り組むべきです。
| 2004年10月13日(水) |
担当部署がないときは・・頑張れ市役所! |
ネットを通じて市民の方からある相談を受けました。早速会ってお話しを聞き、その後に市役所・警察・法律関係者と意見交換をしました。
相談の中身は守秘義務がありますので書けませんが、少なくともこの問題は行政にきちんとした担当部署がありませんでした。
しかしだからと言って、手をこまねいているわけにはいきません。社会全体の中でどこが担当すべきか考えながら、結果やはり市行政の仕事であると自分の中で結論を出しました。
誰のせいという責任の擦り付け合いではなく、皆んなで解決策を見つけていく姿勢が必要ですし、それが可能なのは市民に最も身近な市役所です。
また今回の件に最も近いと思われるのは、県から移管された保健所であります。国より県、県より市、本当の地方自治の威力を発揮するチャンスです。
| 2004年10月12日(火) |
初の地方選候補者公募 |
党支部幹事会に出るべく会場の市民会館に行くと、市議時代にお世話になった元市幹部と偶然ばったり。長話をしてしまいました。結果少し遅刻し、幹事会へ。
毎月のごとく役員会と幹事会の両方に出ました。今日は内容盛りだくさんでした。
一つは、昨年の統一地方選挙後、民由合併や総選挙などに取り組んできた支部幹事長が辞任されました。私も大変お世話になったので残念な限りですが、次の世代に諸事を託してくださったものと責任を感じております。
二つは、次期統一地方選挙について議題に上ったことです。ついにこの時が来たかと思いきや、話しは進み、来月までに第一次公募を行うとのこと。相模原の民主党としても、私にとっても初の公募です。私も新人として、この公募に臨むことになります。一層気合を入れていきます。
市長選挙の対応など課題は多くありますが、日々戦場ですね。
| 2004年10月11日(月) |
イチローの国民栄誉賞辞退 |
イチローに国民栄誉賞を出すべく政府が打診したら、丁重に辞退したらしいです。納得できます。
イチローはこれからの選手ですし、自分の実績に自負があるからこそ“賞”で一括りにされてはたまらないでしょう。
「勲章を辞退するほど偉くない」という言葉がありますが、イチローは本当に偉いのですから“賞”は必要ありません。
そう言えば、市議10年でもれなく市政功労章をもらえる相模原市の慣例はまだ続いているのでしょうか。
政治家が“賞”の対象になること自体が疑問ですが、その基準が在職年数であるのは更にびっくりです。
ましてや他人からもらってはじめて“賞”なのでしょうが、政治家の場合は、自分で制度をつくって自分に出しているのです。
「勲章を辞退するほど偉い政治家」になりたいものです。
尊敬する尾崎行雄氏がご存命ならば、国会に自分の胸像が建てられることを良しとはしなかったはずです。
| 2004年10月10日(日) |
献血活動はわかりやすい“奉仕” |
相模大野駅前で献血の宣伝活動を行いました。
青年会議所活動の一環で、「献血をしましょう」というポケットティッシュを配るものです。
選挙のビラとは違い、通行されるほとんどの皆さんが受け取ります。結果、あっという間に終わりました。
ティッシュを配って意味があるかのか聞いたところ、配った直後はすぐ近くの献血センターが一杯になるそうですから、効果抜群です。
政治が“奉仕”であるかは深い議論になるのでここでは避けます。ただ言えることは、政治の結果は全ての人に平等にはなりません。政治家や政党も、人数の大小は別にして特定の層の代弁者であります。
だからこそ政治家は、自分の発言や行動が果たして社会全体のためになっているのか常に思い悩みます。
献血のように明らかに“奉仕”である活動は、すっきりと気持ちの良いものです。参加した皆んなもそうだったことでしょう。また機会があれば参加したいです。
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