てらさき雄介の日記
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| 2004年09月09日(木) |
上溝南高校での打ちあわせ |
青年会議所で、私が所属する委員会が担当する「地域の先生」の打ちあわせに上溝南高校へ行きました。
この企画は、異業種の青年会議所のメンバーが、子どもたちに対して、自分の職業や社会体験について話をするというものです。
今回は、10月7日に同高校体育館にて、一年生約250人を前に行います。
私が話すわけではありませんが、前回大野北中で開催したときも良い企画だと思いました。
学校のなかに、教職員以外がどんどんと入っていくのは大切なことですし、そのことを市民団体の側から提案していくことも有意義です。
学校関係者の方で、興味のある方は、私までお問い合わせください。
*約100人いる青年会議所のメンバーの一人として、この企画の担当のひとりになっていますが、政治的な関連は一切なく、またその誤解をうまないように、政治関係の職業の人間は、子どもたちの前には立たないようにしています。
| 2004年09月08日(水) |
宗教学者の講演を聴きました |
神奈川県宗教連盟主催の講演を横浜まで聴きに行きました。この連盟は、仏教・神道・キリスト教・諸教により構成されており、持ち回りで講演会を主催しています。
今回は仏教の当番で、講師は元東洋大学学長の菅沼晃氏です。キリスト教とイスラム教の対立など、昨今の時事テーマも取り上げながら、宗教融和についてためになる話を伺いました。
もうひとつ印象に残ったのは、講演終了後に流したビデオで、タイトルは「高野山」です。空海による開びゃく以来の歴史と、今日の姿をまとめたものです。
閉会の挨拶が「次回はキリスト教の皆さんです」は、非常にユニークな感じがいたしました。
日本の宗教のあり方を、いい加減だ、とする意見もあります。しかしそこにこそ新しい、社会のなかの宗教を模索していけるとも思います。
| 2004年09月07日(火) |
政党“市民モニター”制度はどうでしょうか |
今年度相模原青年会議所では“市民モニター”制度を取り入れています。
まちづくりを志向する団体として、市民の意見と自分たちのしていることにギャップがないかを確認するためです。
政治が有権者の意向に沿って動くのは当然ですが、それゆえに自らを市民の代表とうそぶき、結果市民の素朴な声を軽視する傾向があります。
政治にも“市民モニター”制度を取り入れるべきです。政治家個人ではなく、政党の地域支部が実施するのがよいでしょう。
民主党は国政の場で華々しく政権交代を訴えている割には、地域においてコップのなかの騒動に終始し、多くの有権者のことを考えていない現状があります。
これを改革するためには、常に市民の声を聞く制度を確立する必要があります。
まあ本来的には情けない話しなのですが。
| 2004年09月06日(月) |
市長は何故議会で出馬宣言するのか |
その理由は定かではありません。通例です。
議員に言わせれば、市民の代表たる自分たちに最初に言うのが当然というところでしょう。
さて、市長はどう思っているか。本当に議会を市民の代表と認識して、そこで出馬表明をしているのか。
いや例えそうだとしても、本当に広く市民に対して宣言したいと思っているのか。
確たる話しを聞いたわけではありませんが、過去の市長の姿勢から考えると疑問であります。
学歴詐称事件の福岡県古賀代議士(元民主党所属)は、初の言い訳会見を街頭演説というかたちでしました。例が貧困ですいません。
私が市長なら、議会で出馬宣言などしないと思います。
なぜならば現在の議会が、とても隔絶された空間だからです。
| 2004年09月05日(日) |
“広域”行政こそ県の役割 |
相模原市が毎年神奈川県に要望書を出します。相模原市内のまちづくりで、県の担当になっていることについてです。
その中身を見ると、本来県が担うべきなのか疑問なものが含まれています。現職県議の話を聞くと、それは市議の仕事では?と思うものばかりです。
県の役割はあくまで“広域”行政です。それができる体制をつくることが、まず県政に必要な改革です。
松沢知事の首都圏連合も、国の一部で言われている道州制も、なかなか具体的になりません。
そもそも上から地方分権の議論をするのが間違いなのです。地方自治とは、住民自治であります。足元からの議論で県政と国政を動かしていかなくてはなりません。
既にお馴染み?の町田・相模原若手議員の街頭何でも相談会を開催しました。場所は町田駅です。
参加者は相模原市:長友克洋市議、小池義和市議 町田市:友井和彦市議、新井克尚市議、若林章喜市議です。
遅れて参加したため二度しかマイクを持ちませんでしたが、相模原市外で街頭演説する機会は貴重です。
以前聞いた話しですが、町田のある市議は行政視察で他都市に行くと、その近くの駅で街頭演説をするとか。狭い縄張り根性が旺盛なこの世界では、とても大胆なことです。
日中の街頭演説はどこか穏やかな雰囲気です。いわゆる朝立ちは通る市民の方も急いでいるため、こちらも何か焦ってしまいますが。
この町田市議との勉強会は、互いの日々の交流も含めて、とても有意義です。今後も混ぜていただける限り参加していきたいと思います。
ある政治家の得意カラオケは「吉田松陰」です。唄う資格があるかは別にして、歌詞に聞き入っていました。
松下村塾の門下生は吉田松陰をも超えて、結果既存の価値観では計り知れない社会をつくっていきます。
その松蔭を書いた本は幾多ありますが、彼の残した「時代を変えるのは狂気である」ということばは胸に響きます。
松蔭の教えを一番実践したと言われる高杉晋作は、長州を取り囲む十万の兵と時の長州体制派を相手にして、わずか数十人で決起しました。功山寺挙兵です。ここを転機に明治維新ははじまります。
歴史を動かした人には、常に冷徹な計算があると言いますが、この件は資料を見ても“狂気”の沙汰です。
私は狂える性格ではありません。(あくまで自評です)
しかしその役割を担う人間がなければ時代は回転しません。改革ではなく、もはや革命をしなければなりません。
| 2004年09月02日(木) |
テロでも色々あります |
テロは等しく憎むものでしょうが、その内容でやはり違いはあります。
政治家や社会の中での責任者を狙うテロと、一般市民を対象としたテロは区別されるべきです。理屈だけでなく、心情としてもそうです。
不詳寺崎のような末端の人間でも、政治をやっている以上は刺される覚悟は常に持っています。何故なら政治は戦いだからです。人の命を奪っていく当事者だからです。
さて、今回のロシア連邦北オセチア共和国での、学校占拠のテロは許されません。
深く考え追い詰められた結果でしょうが、この種の行動は人類そのものの嫌悪をよぶという認識をもつべきです。
腹立たしい限りです。テロについてはどの政府も厳しい態度で臨むべきでしょうが、子どもが人質ならば妥協しても文句は言えません。
こんな意見は政治家失格でしょうか。
| 2004年09月01日(水) |
中田宏横浜市長の講演 |
よく比較をされる松沢県知事と中田横浜市長ですが、私はつきあいがあるかどうかだけではなく、今でも松沢知事を評価しています。
しかし今日連合神奈川議員団セミナーで中田市長の講演を聞き、その手腕については見事というしかありません。
この会の主催者であった労働組合と自分との関係、市長選挙のこと、横浜市の行政改革、日産自動車のみなとみらいへの誘致などについて、自分の考え方とはっきり言いながら説得力がありました。
また中田氏の市長選挙の出陣式の演説は感動しました。比較的斜めに見がちな私でも、心底感動したのは「民主主義と横浜の最大の敵は惰性である」のフレーズです。
否定されるかもしれませんが、私は環境に慣れやすいところがあります。これを律することが必要と改めて思いました。
| 2004年08月31日(火) |
岡田代表の再選について〜思い出そのニ〜 |
昨日のつづきです。
二つめの思い出は大学卒業後に政治の世界にプロとして入り、伊藤達也代議士(現内閣府副大臣)の秘書をしていた時のことです。伊藤代議士と岡田氏は、ともに新進党の若手であり当選回数も近いことから親しくしていました。
伊藤代議士が予算委員会で質問することになり、私も聴きに委員会室に行きました。当時新進党の同僚であった岡田克也代議士も委員で部屋にいましたが、何と委員会中に新聞を読んでいます。
委員会終了後にそのことを伊藤代議士に話すと、「あの人は達観しているからな」とのこと。
昨日も書きましたが、以後も岡田代表のことは気になっていました。ある日伊藤代議士と無礼講で酒を飲んでいるときに、岡田氏の話になりました。
当時の新進党は二大政党を目指して発足したわけですが、なかなか党内がまとまらず、結果よくわからない理由で解散しました。聞くところによると、岡田氏も当時の新進党には嫌気がさし、何のために自民党を離党したのかと不満を多く口にしていたそうです。
だからこそ本当の二大政党を模索していけると思います。
今回の党首選挙で藤井裕久幹事長をはじめ、いわゆる小沢グループが推薦人になっていないことは残念でした。
それも含めて、今は一致結束すべきです。
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