てらさき雄介の日記
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| 2004年08月30日(月) |
岡田代表の再選について〜思い出その一〜 |
二年に一度の民主党代表選挙が告示され、岡田克也氏のみの立候補で当選が決まりました。
選挙で負ければ辞任だし、勝てれば続投。これは当然のことであり、今回の結果についても良かったと思います。
岡田克也氏の思い出はふたつあります。先に言っておきますが、ともに大した話しではありませんが。
学生時代に、藤井裕久代議士の議員会館事務所を手伝っているときのことです。宮沢内閣不信任案が採決される日のこと。
その日不信任案に賛成することを決めていた、当時の羽田派と呼ばれる面々は離党を決めていたため、自民党控室を使えませんでした。
結果待機所になったのが、藤井裕久代議士が就任していた大蔵委員長室でした。議員の皆さんが場所がわからないと困るということで、委員長室の前で「こちらです」と案内をしていたのが私です。
当時衆議院一期生だった岡田氏は、丁寧な物腰で「この部屋ですか?」と一言。これが思い出です。
当時は今と違い若手の代議士は少なかったので、ある意味の異彩を感じました。
そんなこともあり親近感も感じますし、何よりもあの真摯な姿勢は好きです。今だから言うわけではありませんが、以前からあの人が代表になって欲しいとも思っていました。
長くなったので、もうひとつの思い出は明日に。
| 2004年08月29日(日) |
青年会議所例会を城山で開催しました |
青年会議所の例会を城山で開催しました。今後の津久井郡との連携を考えてのことです。
川尻小学校が会場でしたが、体育館にはってる校歌は、相模原のものとは違う風景や地名が歌詞のなかにありました。
猛スピードで行政同士の事業の一本化作業が行われているなかで、住民同士のゆっくりとした交流も進めていくべきです。
当日参加した相模原市民のなかには、初めて城山町に来たという家族がいたことも忘れてはなりません。
| 2004年08月28日(土) |
選挙の意味も変わってます |
行政が市民の意見を聞くことをもって、ある議員が「自分たちが市民の代表なのだから、地域をまわって市民の意見を聞くのは議会軽視だ」と堂々を言ったのを聞いたことがあります。よくわからない理屈ですが、以外と市民の代表(?)である議員には、この発想が多くあります。
市長もそうです。市民の意見をしっかり聞いているのかと問うと、最終的には「選挙で当選してるから」ときます。
一面では真実ですが、時代の趨勢をみていないともいえます。かつての十年一昔は、いまや一年一昔です。しかも市長や議員の任期の四年間という長さは、過去と未来とも言うべき長い期間です。
選挙をすれば民主主義だと言い切れる時代は終わりました。選挙と選挙の合間にこそ、いかに民意を反映していけるのかが問われます。
参議院選挙の報告会を市民会館で行いました。藤井幹事長立会いのもとで、飲食をしながらの和やかな会です。
民主党が目指すべきは、あくまで「改革」です。既存の政治とは違う姿を目指すことです。
無責任かもしれませんが、それが具体的に何であるのか、私も全て考えがあるわけではありません。
しかし少なくとも「改革」を志向する以上、現実に妥協しない精神は持つべきです。その精神が失われたら、民主党など存在価値はありません。
| 2004年08月26日(木) |
国連待機部隊構想について |
小沢一郎民主党前代表代行が、党内左派の横路氏らと「国連待機部隊構想」について合意したのは大分以前のことです。今回の岡田代表の再選についても、小沢氏が政策的注文をつけている事項です。
以下この構想についての意見です。
実は私も以前から、日本が国際社会のなかで軍事的にも貢献していくには、この手法しかないと考えていました。
「国権の発動たる武力行使」ではなく、国際連合の指揮のもと各国が一定の軍事力を拠出することは、国連憲章にも書かれていることです。
日本の自衛隊はあくまで専守防衛に徹すべきです。専守防衛とは、日本の領土・領空・領海から一歩も外に出ないということです。これは誇るべき原則であります。
現在の国連安保理による多国籍軍が、果たして日本が軍事力を出す国連軍かは議論が別れます。何しろ正規の国連軍は、いまだ存在しないからです。
だからこそ日本は安易にアメリカをはじめとする安保理事国に追随するのではなく、集団的自衛権によって保たれているパワーバランスを、国連による集団安全保障体制に切り替える努力をすべきです。
小沢氏の構想は、国連安保理の決議に基づけば多国籍軍であろうと、派遣できるという点で私と意見は異なりますが、安易に自衛隊を海外で使用することに否定的な点は一緒です。
民主党内の一部では、この国連待機部隊構想は費用がかかることなどから現実味が薄いとする意見もあります。
しかし憲法を語り安全保障を語るには、何よりも原則論を大切にすべきです。
し
| 2004年08月25日(水) |
合併協議会で明らかになったこと |
過去に相模原市が進めてきた「市民参画」がいかに中身の伴わないものであったか、今回の合併協議会で明らかになりました。
「自分の声が市政に反映できる。」そんな期待とともに協議会や委員会に参加している方々から、失望の声があがっています。
少なくとも協議会事務局には、その声は届いているはずです。今からでも遅くありません。仕切り直しをして、ゆっくり進行していくべきです。
1市3町の事務事業の一元化の案が次々と提案され、全く議論なく(ほんの少し質問と意見はありますが議論はされていません)可決していくのを見ると、かつて市議会で真剣に審議してきた事項は一体何だったのかと思います。
もっと試行錯誤すべきです。事務作業についても、行政内部のみの分科会ではなく市民レベルで検討委員会をつくって、ひとつひとつみていくべきです。
城山町長の意見は確かに的が外れているかもしれませんが、それでも城山町の代表者としての発言なのですから、相模原市長はもっと真摯な態度で会議中意見を聞くべきです。
市民の側も、発言するのはいつも同じ人です。言いたいことがないのなら、席を別の人に譲りましょう。一回も発言しなかった団体は、次回から各種審議会への割り当てを失くしましょう。
合併協議会の有様は、相模原市民のひとりとして残念な限りです。
リーダーの素質とは何でしょうか。少し違うかもしれませんが、私が考える理想の親分(政治家なので上司というよりかは親分になってしまいます)は、
一、私が困っているとき助けてくれる人 一、私が困っているとき指針を与えてくれる人 一、私が困っているとき勇気をくれる人 です。
こんな親分がいればいいと思ったことはあります。しかし自分が親分になろうという発想はあまりありません。
私と長くつきあっている方は、寺崎は親分にも子分にも向かないとも言います。
どうなのでしょうか?
| 2004年08月23日(月) |
常に自分を省みたいものです |
私は自分に甘いところが多々あります。一方他人にも甘いところがあります。自分に甘い点はさておき、他人に甘いのはそれなりの理由があります。
ひとつには、だいたいそんなに立派でない私が人様に意見できるのかということです。
私はほとんどの人を好きになることができますが、二種類だけ苦手なタイプがあります。ひとつは威張っている人。もうひとつは他人に対して厳しい人です。(例外的に自分にとても厳しい方を何人か知っていますので、その方は他人に厳しくてもいいと思います)
政治家の世界は、人のいないところで、ああだのこうだの噂話がたくさんあります。世間話程度なら結構でしょうが、それが他人の批判だと嫌になります。
嫌になる分自分自身気をつけて、同じ轍を踏まないようにしなければと思います。
消防団第一分団の操法大会が、緑が丘訓練所でありました。朝7時30分集合でだいたい昼くらいまでの開催で、出番は一番手の約5分間でした。
私たちのポンプ車操法は5人一組の競技で、今回は指揮者をやりました。皆んな仕事も忙しくあまり練習できなかったせいもあって、とても疲れました。しかし点数はまあまあでした。
来年は順番で部長をすることになりますが、年々減っていく団員のなかで活動量はかわらないものですから不安で一杯です。
合併協議会の会議のあと、立川で同窓会があったため中央本線に乗車しました。
思えば、相模湖駅から列車に乗るのは初めてです。次の高尾駅までほとんどトンネルで約10分、合併すればここも相模原市なのかと思いながら揺られていました。
相模原市と津久井の間は決して交通が便利とは言えませんが、八王子経由だと意外と行き来しやすいとも思いました。
どちらにしろもっと、津久井のことをしらなければなりません。早急に進む合併協議に危惧を感じます。
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