てらさき雄介の日記
DiaryINDEXpastwill


2004年06月10日(木) 藤井裕久民主党幹事長就任祝い

藤井裕久民主党幹事長就任祝いに出席しました。地元の後援者の有志で開催されたものです。

政治家が役職に就くことが、果たしてお祝いをすべきことなのかどうか。自分自身市議選に当選した際に「おめでとう」と言われて感じた違和感が、今回も頭をよぎりました。

しかし一方で、藤井裕久代議士が幹事長に就任したときは本当に嬉しかったです。支援者としての率直な思いです。

かつて私に同じことを言ってくださった方の気持ちが、ある面で理解できました。そして次期こそはと改めて決意いたしました。


2004年06月09日(水) 小田急線にハングル

駅のホームには、その駅名を書いた看板が出ています。次の駅と前の駅が書いてある、あれです。

小田急線のその看板に、ハングルの表示があることに気付きました。英語は前から入っていました。中国語はないのかと一瞬思いましたが、そういえば日本語表記がそもそも漢字でした。

ハングルが入ったのはいつからだろうと考えました。ワールドカップからだろうか。それとも最近か。あるいはずっと前からか。

もちろん文句があるわけではありません。大歓迎です。SMAP草薙君のチョナンカンもそうですが、最近朝鮮半島(といってもほとんど韓国ですが)と身近になる試みがされていることは、嬉しい限りです。

国家同士では、解決しなければならない課題が多くあります。しかし国民の意思と行動が、全て国家に準する必要もありません。

「隣同士の国で仲の良い国はない」と言われる悲しい世界の現実ですが、それを変えていきたいです。


2004年06月08日(火) 参議院選挙の会議で横浜に行きました

今日は月に一度の党支部幹事会の日ですが、浅尾慶一郎の参議院選挙会議があったため、中途で横浜へ行きました。

もらった地図ではわからずに、迷ったり、車を停められなかったりしているうちに遅刻をしてしまいました。

会議は、いよいよ本番という雰囲気で、相模原では正直感じられない緊迫感の溢れるものでした。

しかし横浜は遠いですね。いつかこの日記で、県庁より都庁へ行く方が感覚的に近いと書きましたが、横浜へ行くたびに実感いたします。

生活圏と都道府県の境界がずれている証拠だと思います。神奈川が本当の広域行政ができるようにするためには、抜本的な枠組みの変更が必要です。それは結果的に、神奈川「県」を失わせることかもしれませんが。


2004年06月07日(月) 日本人は宣言文が苦手

日本人はスローガンや宣言文などが苦手だと思います。元々そういう文化が少なかった面もあります。

そんな中で、私はふたつ名宣言文を知っています。

ひとつは水平社宣言です。これについては非常に深いので機会を改めます。

そしてもうひとつは、私が所属している日本青年会議所の宣言文です。今のものではなく、1990年代に使われていたものです。

変革の能動者たらんとする青年として、
個人の真に豊かな生活の実現を通じて、
自立した活力ある地域を創造し、
自由と公正を保証する国家を基盤として、
世界の平和と繁栄に貢献し、
地球上の全ての人とともに生きることを誓う。

この文が画期的であるのは、最初の段落で「青年」とは何かの定義があることです。「変革の能動者たらんとする」者こそ青年であるし、青年はそうなければならないというものです。

何故こんなことを書いたかというと、私の新しいキャッチフレーズを色々考えたのですが、なかなか思いつきませんでした。ひとことで思いを表現することは難しいものです。そこでこの文を思い出しました。

結果新しいキャッチは「変革の能動者」にいたしました。これが記載されたものが出回り、皆さまの目に入った時は、こういう経緯があるのだと思い出していただければ幸いです。


2004年06月06日(日) レーガン大統領の思い出

レーガン元アメリカ大統領が亡くなりました。心より哀悼の意を表します。

レーガン氏との思い出といっても、当然会ったことがあるわけではありません。テレビを通じての「思い出」です。

私が政治を志した時のアメリカ大統領は、レーガン氏でした。当時世界の注目が(かくいう私も)ソ連のゴルバチョフ氏に向かうなかで、いくつかのことをはっきり記憶しています。

レーガン氏は共和党の中でも「強いアメリカ」を標榜し、対外干渉を辞さない強硬な外交政策をとっていました。そのレーガン氏でさえ、中距離核ミサイルの全廃をはじめとする、大規模な核軍縮を行いました。当時の世界の潮流を見て、近い将来は核のない世の中が本当に来るのかもしれないと思ったものです。残念ながらそれは夢でしたが。

冷戦時代と現在を比較して、以前の方が良かったという意見もありますが、そうは思いません。新たな秩序がつくられるとき、必ずおこる混乱が今であります。その中で、大国のみが主導するのではない新たな国際秩序をつくっていかなくてはなりません。


2004年06月05日(土) ふたつの総会に出席しました

今日はふたつの総会に出席しました。

ひとつは、自衛隊相模原地区募集相談員会の総会です。昨年より会員になっています。おもな役割は、自衛隊員の募集と退職自衛官の就職援護です。

この団体に所属していることにより「あなたは右派ですね。」などと言われますが、そんなことはありません。抑止力としての軍事力は残念ながら必要な世界情勢ですし、自衛官がイコール好戦的という認識は誤りです。

いつの時代も戦争を始めるのは政治であります。政治の問題点を自衛隊に転化するのは短絡的だと思います。私が問題にしているのは、自衛隊の基本線である専守防衛を政治が歪めていることであって、国を守るために厳しい職務にあたっている皆さんには感謝しております。

ふたつめの総会は、藤井裕久衆議院議員の後援会のひとつである「ふじい裕久の会」の総会です。こちらは、本日よりメンバーに入れていただきました。友人と二人で出席しましたが、この種の後援会とは思えないほどしっかりした団体で、昨年の衆議院選挙の際の街宣部隊の大活躍が理解できた気がいたします。

民主党員である私は、藤井代議士の身内であり、多くの方にご支援いただいていることに、改めて感謝する次第です。今日入会ですので、まだ何も活動できていませんが、今後励んでまいります。


2004年06月04日(金) 議員の定数検討会を傍聴して

過日も書きました、合併協議会に伴う議員の定数検討協議会を傍聴してきました。以下その内容です。敬称は略します。

時間 15:00〜16:35
場所 けやき会館2階会議室
出席者 山岸一雄 久保田義則 佐藤賢司 小林一郎 田中武夫 長友克洋(以上相模原市)小野志郎 菊地原一朗(以上城山町)梶野勲 荒井三和(以上津久井町)荒井正次 永井宏一(以上相模湖町)

1、合併協議会事務局長より開会が宣言される
2、合併協議会会長(相模原市長)より委嘱状が個々に手渡される
3、同会長より挨拶がある
4、委員の自己紹介
5、議題

a、この検討会の規定について事務局より説明がある

長友委員質問。検討会に議員以外の一般の方をいれないことについて、合併協議会でされた議論についての報告を求める。
事務局より簡単な経過の説明あり。

b、委員長・副委員長の互選。

事務局より「どうしましょうか?」
菊地原委員より「長は市で、副は3町のほうよりでどうか。」全員了承。
それぞれ人選を進めるために休憩をとる。
3町の皆さんは別室に移動。
残った相模原市議に話し合う様子がないのは、既に決めてきたらしい。
再開、結果山岸委員長、梶野副委員長で決定。

c、検討会で検討する事項について事務局より説明あり。

事務局提案、議員が審議というスタイルは、変わらぬものらしい。
田中委員より「多くの項目があるので、一つ一つ出してもらいたい」時間をかける主張かと思いきや、その後「前もって資料が欲しい」なん だ党内合意に時間が必要程度のことでした。

d、検討スケジュールについて、表に基づき事務局より解説あり。

記載の第6回協議会に報告、について長友議員より異論あり。
確かに事務局がいう筋合いの話ではなく、検討会委員によって決められるべきもの。
その後他の委員を交えて約20分間議論があり、結果そのままに。

e、その他で、荒井城山町議より挙手あり。

おお何だ!と思ったが、次回会議の資料ははやめにほしいとの要望。
そんなことは手を上げて堂々ということではありません。

6、次回スケジュールを確認し閉会


感想としては、まあこんなものでしょう。しかしはっきりしているのは、普段議会で活発な議論が行われていない(3町のほうは推測ですが)のに、この検討会で急に目覚めるということはありません。
従って事務局のスケジュールにあわせて淡々と決定がされていくでしょう。市民の皆さまの一層の監視と、奮起を期待いたします。

牛歩は反対ですが、ひとつひとつの議題に時間をかけることによって、そこから問題点を探っていく必要もあります。少なくとも一議題数時間をかけてするよう有志議員には期待いたします。


  


2004年06月03日(木) 三菱自動車の事件について

三菱自動車の不祥事が、次々と発覚しています。会社の存続自体も危うくなっているかの話しも聞きます。

雪印の事件もそうでしたが、一部の人の失敗により、多くの働いている皆さんが不利益を被ることが残念でなりません。

亡くなった被害者の遺族からすれば、一蓮托生かもしれませんが、やはり冷静に区別して考えるべきです。

ただ経営責任は免れませんが。


2004年06月02日(水) リサイクルショップでの買い物

リサイクルショップで事務用品を大量に買いました。数十点買ったので、運送費が最初は数万円でしたが、「まけてくれ」と頼んだら一気に十分の一くらいになりました。頼まない人は高い金額を払っているのでしょう。

この机や椅子は、どういう経緯を辿ってここに並んでいるのだろう、などと考えました。恐らく幸福ではない事情もあったことでしょう。

しかし一方で、物を大切にするのは良いことです。以前なら廃棄処分だったかもしれないものが、現在では売り物になります。

今回の買物で知ったのですが、相模原はリサイクルショップが非常に多いです。大小様々で、商品に特徴をつけている店もあります。道路がある程度広いからかもしれませんが、街なみとしては悪くないと思います。


2004年06月01日(火) 消防車の運転訓練、でも私は笛吹き

消防団で、消防車の運転訓練をしました。事故が多くなっているとのことで、今年から始まったメニューです。

夜8時から、緑が丘の訓練場で行われました。内容は車庫入れです。

私は運転ではなく、笛をふきながら車を誘導する練習をしました。しかしこれがなかなか難しいものです。本職(消防署員をこう呼びます)からは、運転はよかったけど笛はイマイチとの評も。

夕方から少し寒気がしていたのが、どうも訓練中ひどくなったようです。とても気分が悪くなってしまったため、詰め所に戻った後、家に帰りました。


てらさき雄介 |MAILHomePage