てらさき雄介の日記
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2004年04月21日(水) 公人と私人

昨日大勢の国会議員が靖国神社に参拝しました。首相の参拝のときによく話題になるのが、はたしてそれが「公人」としてか「私人」としてかということです。

確かに仕事の時間とプラーベートな時間との違いはあります。現在の社会では、この区分けの認識がある程度醸成されています。政治家が家で何をしているかを、どうこう真面目に言う人はいないでしょう。

靖国が議論になること自体、ここに参拝している時間がプラーベートであるとは客観的に見れないということです。首相は自民党総裁選挙の公約の柱として、靖国の参拝をあげていました。つまり政治家としての行動なのです。「私人」として、という言い方は適当でないばかりはなく、虚偽とも言えます。

友人の経営者によると、家を一歩でたら仕事だということです。厳しい意見ですが、志願してその職にあることなども鑑み、政治家にもその感覚が必要です。つまり家にいる時意外は「公人」と「私人」の境はなく、ただ政治家としての責任があるということです。


2004年04月20日(火) 金正日の中国極秘訪問

私が北朝鮮に旅行に行ったのは、7年も前のことです。お決まりのコースを監視付きで観光しながら、共産圏特有の空虚な町並みを見ました。ルーマニアや、ポーランドなどと感覚として似ていると思いました。

人間が生きる社会は、そんなに立派なものではありません。迷いや、誤りや、どこかにいい加減さがあることが必要な面もあります。つまり感情を表現するということです。

人間を大切にすべく発生した共産主義が、結果としてあのようになってしまったのは残念です。なんとなく当たり前になってしまいましたが、何で世襲なんだい!と思ったことを、皆さん思い出しましょう。

日本の二世議員もそうですが、それが生まれるのは、ある利権を存続させる力によるのです。北朝鮮は、国家の利益が国家元首に直接帰属してしまっているということです。

北朝鮮で印象的だった出来事を、ひとつ書きます。同行していた現地旅行社の通訳(政府の人間)に対して、ある日本人観光者が、日本の週刊誌を手渡しました。それを渡された北朝鮮人は、背広のなかに急いで隠しました。見つかれば大罪ですが、それでも見たかったのでしょう。(申し添えますと、安易にこういう行為をする日本人は問題だと思います。)

いかなる根拠があるにしろ、言論と表現の自由は、民主主義社会にとって失われてはいけません。その意味からも、現在の北朝鮮の政治体制を、私は否定いたします。

昨今日本でも、理由をつけながら言論の自由を制限する傾向があります。話題のタブーも、現に存在します。制限が徐々に減っているならば、民主主義の成長中ということで評価できます。しかし最近は、制限が増えている気がします。それは民主主義の後退です。


2004年04月19日(月) かつての職場、衆議院議員会館

霞ヶ関に用事があり、せっかくなので国会周辺でお世話になっている方のところへご挨拶に伺いました。市議時代は、時々衆議院の傍聴などに行っていましたが、昨今ではとても久し振りでした。懐かしかったです。

ひとつ自慢をします。国会に私のポスターが貼ってあるのです。私がかつて秘書をしていた伊藤達也代議士の事務所の部屋にです。今日訪問したら、いまだに貼っていただいてました。言葉にできない感動です。ありがとうごさいます。だから言うわけではありませんが、伊藤代議士(現金融担当副大臣)は数少ない本物の政治家です。しかし選挙情勢は厳しいです。皆さんのご支援をお願いします。

さて全く別の話しで、ひとつ気になったことがあります。駐車場に車を停めてから、各所訪問を終わって車を出すまでの一時間少しで、実に5人の知人に偶然会いました。私がここで働いていたのは、既に八年も前のことです。しかも基本的に地元勤務だったので、国会周辺に多くいたわけではありません。結果思うのは、それだけ政治の世界とは狭いところなのです。無論それで良いわけではありませんが。

国会はどなたでも訪問できますし、会議も無論傍聴できます。いつでも言っていただければ手配いたします。


2004年04月18日(日) 合併協議会公募委員に応募しました

いつかこの日記にも書きましたが、相模原市と津久井3町との合併協議会の公募委員会に応募いたしました。「合併を踏まえたまちづくり」というタイトルでの800字程度の論文を提出との条件があり、下記がその全文です。字数が制限されているため、最も基本的なことのみ書きました。


「合併をふまえたまちづくり」

 全国における昨今の合併議論の盛り上がりは、その端緒となった政府の提案と推奨のみがきっかとは思われません。最大の要因は社会環境の変化に伴う生活圏の拡大であります。現在とのギャップという点でとかく例に挙げられる都道府県制度は、旧くは大化の改新にその源流を見るとさえ言われているように、既存の行政範囲を維持することは、生活に密着すべき地方行政が、その範囲において基本的な限界を抱えていることになります。
 相模原市は、本年市制施行50周年の記念すべき年を迎えましたが。その原形である相模原町の成立自体が、当時においては大規模な町村間の合併であったことを思えば、現在の市の発展の基礎的要因に、合併によるスケールメリットの拡大があることは、私のみならず多くの市民が自覚するところであります。今回共に合併を協議する城山・津久井・相模湖の3町は人口と財政力こそ相模原市に及ばないものの、その面積においては相模原市の倍以上あり、これ自体が大きな財産と言えます。
 また住宅を基本とする相模原市のまち並みとは違い、緑と自然を中心とする環境は、単にないものねだりと言うことではなく、人間が社会の中で生きていく上でかけがえのないものです。具体的な新市建設計画が、単なる互いの総合計画の羅列ではなく、協同による将来を見通した上で調和をされていることも重要なことです。
 また、合併のもうひとつの意義は、来たるべき高齢化社会を見据え、効率の良い行政体をつくりあげていくことにあります。議員特例の存在などが果たして、これに反しないのか検討も必要です。
 どちらにしろ、単に行政テクニックに偏重する合併議論ではなく、市民の率直なまちづくりに関するビジョンと思いを議論していくことが必要と考えます。僭越ながら、その一端に加わりたく委員会に応募いたしました。何とぞよろしくお願い申し上げます。
                
                            寺崎雄介


2004年04月17日(土) 久々に地元上溝の会合

とても久ぶりに地元上溝の会に参加いたしました。本年退職された上溝小学校の校長先生の送別会です。

市議時代は様々な地元の宴会に出ても、いつも同じ顔が多いなあ、と思っていましたが、今や懐かしいお顔ばかりで、嬉しいひと時を過ごせました。

数人の方から、市議に再び戻ったほうがよいとのありがたいお言葉もいただいただきました。

しかし、自ら市議の辞職願いを書き県政を目指した思いは、いまだ実現できていません。再び県会に挑戦するという決意は揺らいだことがありません。あわせて私と思いを共有できる方が、地元から市議になってもらえるよう微力を尽くしたいと思います。


2004年04月16日(金) 審議拒否、それは最悪の戦術

民主党はじめ野党の大部分が、年金問題などで審議拒否をしています。議会運営が思い通りにならない結果です。

政府を組織している与党が、国会でも過半数を占めているため、少数の言うところの数の横暴がまかり通ってしまうことも確かにあります。しかし政治家であるならば、議論を通じて問題点を明らかにすべきであって、審議そのものに参加しないことは問題です。第一相手を利するだけです。

国会のなかで発言の機会を得られないならば、政治家には最も効果のある手段があります。それは議会の外に出て、有権者に直接訴えることです。審議拒否をしては、その有権者に理解が得られません。審議に参加しつつ、議会内外で発言する手法をとるべきです。

民主党も結党当時は、かつての社会党のようにはなるまいと皆言っていました。しかし野党が長くなると、どうしても手詰まり感からでしょうか、同じような行動になってしまいます。

神奈川県議会では野党自民党が、同じような手法をとっています。日本に健全野党が育ちにくい現状があります。だからこそ、ひとつひとつの審議の場を大切にすべきです。

市議時代少数会派を経験しました。私たちだけでなく、他の議員も意見は言っても、最終的に日程が決定されれば従いました。当たり前のことです。


2004年04月15日(木) 一年が過ぎ、あと3年の月日

昨年の県会議員選挙の投票日は、4月13日でした。あれから1年が過ぎたのです。率直に言えば、長い一年でした。市議現職のときは、あっと言う間に過ぎ去った4年間でしたが、まだ一年かと思います。

しかしこれは悪いことではありません。体感速度は年齢に連れ、速くなっていくと言いますが、この年で充実した日々を遅らせていただいています。この日記もそうですが、日々ひとつひとつ節目をつくりながら、残りの3年間頑張ってまいります。

今後ともよろしくお願い申し上げます。




2004年04月14日(水) バーべキュー大会まで日が迫ってきました

後援会主催のバーベキュー大会まで日がせまってきました。準備などは後援会の皆さんがして下さっていますが、何をおいても多くの参加者を募るのは私自身の仕事です。

顔を知っていただいて、声を聞いていただいて、そこからしか政策や人間性を理解いただけない部分があります。政治とは直接関係ない、このような企画をする意味を改めて考えなくてはいけません。

行事づくしで、一体何が本来の仕事かわからなくなっている方もいますが、政策を訴える場としっかり認識し、当日努力いたします。

皆さまのご協力は本当にありがたいです。


2004年04月13日(火) ひたすら党の会合

JR相模原駅前の中華料理屋で、民主党支部の会合がありました。午後3時半より参議院選挙打ちあわせ、4時半より四役会、6時より常任幹事会、そして6時半より懇親会と正直長かったです。

懇親会からは藤井裕久代議士も参加され、イラクの情報など、個人的にいくつか意見交換ができました。

政党とは政策を共有するメンバーが、それを実現すべく組織した運動体です。とかく選挙、選挙で一番肝心の政策がおろそかになりがちですが、少なくとも民主党は、そうでないようありたいものです。





2004年04月12日(月) だめで元々、しかし訴えるのは政策

他の議員候補者だった方の支援者のところに、後援会事業のお願いに伺いました。私もこういうことでは奥手のため、恐る恐るだったのですが、言われたことは「そんなことは、営業と一緒でだめで元々だと思え」です。その通りです。

今日はあわせて月に一度の後援会役員会でした。毎回ありがたくて涙が出そうです。しかし政治家とは、社会全体の上に立っているのであって、自らの後援者のみのために存在するわけではありません。

むしろ自分の支援者とは別の皆さんのところに、政策を訴えることこそ重要なのかもしれません。

一度当選すれば、自分の枠を守ることに専念するあり方が、結果それ以外の方に疎外感を持たせ、政治不信や無関心につながっている現状があります。




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