てらさき雄介の日記
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2004年04月18日(日) 合併協議会公募委員に応募しました

いつかこの日記にも書きましたが、相模原市と津久井3町との合併協議会の公募委員会に応募いたしました。「合併を踏まえたまちづくり」というタイトルでの800字程度の論文を提出との条件があり、下記がその全文です。字数が制限されているため、最も基本的なことのみ書きました。


「合併をふまえたまちづくり」

 全国における昨今の合併議論の盛り上がりは、その端緒となった政府の提案と推奨のみがきっかとは思われません。最大の要因は社会環境の変化に伴う生活圏の拡大であります。現在とのギャップという点でとかく例に挙げられる都道府県制度は、旧くは大化の改新にその源流を見るとさえ言われているように、既存の行政範囲を維持することは、生活に密着すべき地方行政が、その範囲において基本的な限界を抱えていることになります。
 相模原市は、本年市制施行50周年の記念すべき年を迎えましたが。その原形である相模原町の成立自体が、当時においては大規模な町村間の合併であったことを思えば、現在の市の発展の基礎的要因に、合併によるスケールメリットの拡大があることは、私のみならず多くの市民が自覚するところであります。今回共に合併を協議する城山・津久井・相模湖の3町は人口と財政力こそ相模原市に及ばないものの、その面積においては相模原市の倍以上あり、これ自体が大きな財産と言えます。
 また住宅を基本とする相模原市のまち並みとは違い、緑と自然を中心とする環境は、単にないものねだりと言うことではなく、人間が社会の中で生きていく上でかけがえのないものです。具体的な新市建設計画が、単なる互いの総合計画の羅列ではなく、協同による将来を見通した上で調和をされていることも重要なことです。
 また、合併のもうひとつの意義は、来たるべき高齢化社会を見据え、効率の良い行政体をつくりあげていくことにあります。議員特例の存在などが果たして、これに反しないのか検討も必要です。
 どちらにしろ、単に行政テクニックに偏重する合併議論ではなく、市民の率直なまちづくりに関するビジョンと思いを議論していくことが必要と考えます。僭越ながら、その一端に加わりたく委員会に応募いたしました。何とぞよろしくお願い申し上げます。
                
                            寺崎雄介


2004年04月17日(土) 久々に地元上溝の会合

とても久ぶりに地元上溝の会に参加いたしました。本年退職された上溝小学校の校長先生の送別会です。

市議時代は様々な地元の宴会に出ても、いつも同じ顔が多いなあ、と思っていましたが、今や懐かしいお顔ばかりで、嬉しいひと時を過ごせました。

数人の方から、市議に再び戻ったほうがよいとのありがたいお言葉もいただいただきました。

しかし、自ら市議の辞職願いを書き県政を目指した思いは、いまだ実現できていません。再び県会に挑戦するという決意は揺らいだことがありません。あわせて私と思いを共有できる方が、地元から市議になってもらえるよう微力を尽くしたいと思います。


2004年04月16日(金) 審議拒否、それは最悪の戦術

民主党はじめ野党の大部分が、年金問題などで審議拒否をしています。議会運営が思い通りにならない結果です。

政府を組織している与党が、国会でも過半数を占めているため、少数の言うところの数の横暴がまかり通ってしまうことも確かにあります。しかし政治家であるならば、議論を通じて問題点を明らかにすべきであって、審議そのものに参加しないことは問題です。第一相手を利するだけです。

国会のなかで発言の機会を得られないならば、政治家には最も効果のある手段があります。それは議会の外に出て、有権者に直接訴えることです。審議拒否をしては、その有権者に理解が得られません。審議に参加しつつ、議会内外で発言する手法をとるべきです。

民主党も結党当時は、かつての社会党のようにはなるまいと皆言っていました。しかし野党が長くなると、どうしても手詰まり感からでしょうか、同じような行動になってしまいます。

神奈川県議会では野党自民党が、同じような手法をとっています。日本に健全野党が育ちにくい現状があります。だからこそ、ひとつひとつの審議の場を大切にすべきです。

市議時代少数会派を経験しました。私たちだけでなく、他の議員も意見は言っても、最終的に日程が決定されれば従いました。当たり前のことです。


2004年04月15日(木) 一年が過ぎ、あと3年の月日

昨年の県会議員選挙の投票日は、4月13日でした。あれから1年が過ぎたのです。率直に言えば、長い一年でした。市議現職のときは、あっと言う間に過ぎ去った4年間でしたが、まだ一年かと思います。

しかしこれは悪いことではありません。体感速度は年齢に連れ、速くなっていくと言いますが、この年で充実した日々を遅らせていただいています。この日記もそうですが、日々ひとつひとつ節目をつくりながら、残りの3年間頑張ってまいります。

今後ともよろしくお願い申し上げます。




2004年04月14日(水) バーべキュー大会まで日が迫ってきました

後援会主催のバーベキュー大会まで日がせまってきました。準備などは後援会の皆さんがして下さっていますが、何をおいても多くの参加者を募るのは私自身の仕事です。

顔を知っていただいて、声を聞いていただいて、そこからしか政策や人間性を理解いただけない部分があります。政治とは直接関係ない、このような企画をする意味を改めて考えなくてはいけません。

行事づくしで、一体何が本来の仕事かわからなくなっている方もいますが、政策を訴える場としっかり認識し、当日努力いたします。

皆さまのご協力は本当にありがたいです。


2004年04月13日(火) ひたすら党の会合

JR相模原駅前の中華料理屋で、民主党支部の会合がありました。午後3時半より参議院選挙打ちあわせ、4時半より四役会、6時より常任幹事会、そして6時半より懇親会と正直長かったです。

懇親会からは藤井裕久代議士も参加され、イラクの情報など、個人的にいくつか意見交換ができました。

政党とは政策を共有するメンバーが、それを実現すべく組織した運動体です。とかく選挙、選挙で一番肝心の政策がおろそかになりがちですが、少なくとも民主党は、そうでないようありたいものです。





2004年04月12日(月) だめで元々、しかし訴えるのは政策

他の議員候補者だった方の支援者のところに、後援会事業のお願いに伺いました。私もこういうことでは奥手のため、恐る恐るだったのですが、言われたことは「そんなことは、営業と一緒でだめで元々だと思え」です。その通りです。

今日はあわせて月に一度の後援会役員会でした。毎回ありがたくて涙が出そうです。しかし政治家とは、社会全体の上に立っているのであって、自らの後援者のみのために存在するわけではありません。

むしろ自分の支援者とは別の皆さんのところに、政策を訴えることこそ重要なのかもしれません。

一度当選すれば、自分の枠を守ることに専念するあり方が、結果それ以外の方に疎外感を持たせ、政治不信や無関心につながっている現状があります。




2004年04月11日(日) イラク人質事件での二つの思い

私は天邪鬼なのでしょうか。どうもこの事件についての報道の仕方、議論のあり方に疑問を感じます。

政府が何と言っているかは別にして、イラクはどう見ても戦場です。今回人実になった3名の方も、だからこそ救援に向ったのだと思います。そしてNGOの原則は自己責任です。その行為によって政府の政策が左右されるようなことはあってはなりませんし、またNGOの方も期待していないと思います。

マスコミのあり方も疑問です。人質になった方の家族の映像に何の意味があるのでしょうか。家族の心境は察するにあまりありますが、それを加えて映像にすることに何の意味が?「これだけ家族が困っているのだから、自衛隊を撤退すべき」とまで言い切るのならまだしも、そうでもありません。つまりワイドショー根性ということです。自衛隊派遣に元から反対している私も、この報道のあり方はよくわかりません。

さて政府です。NGOは自己責任と言いましたが、その意味は政府の政策がそれによって変更されてはいけないということです。しかし、それがどんな経緯であったにしろ、国家の意味は国民を守ってこそあります。もっとがむしゃらに、一生懸命人質になった方々を助ける努力をすべきです。最近愛国心を教育現場などで強制する意見がありますが、何をか言わんやです。国が必死で国民を守れば、愛国心は自然に醸成されます。

人質の自己責任と、政府の弱さ。この決して矛盾しない二つを思いました。


2004年04月10日(土) 久々に街宣車乗車・・・そして思う

参議院選挙の運動で、とても久しぶりに街宣車に乗りアナウンスいたしました。最初は調子が出ませんでしたが、徐々に声が響くようになってきました。

ここでまた悩みです。街宣車で名前を連呼することに何の意味があるのか!?自分自身多々経験しながら、いまだに疑問です。

街宣車で政策を訴えることは、まず不可能です。とすると、街宣車を皆んなで禁止すればいいのではないか。そう思います。冠婚葬祭への寄付の禁止など、あまり政治家として意味のないことは、皆で禁止してきた経緯もあります。街宣車もその対象とすべきかもしれません。


2004年04月09日(金) 小田急線の上溝延長

「小田急線が上溝に来るんだって?」と近所の方に質問されました。そんな事実はないということを説明いたしました。

事実は、それを相模原市が希望しているということです。小田急電鉄に要望書を出していることは事実ですが、現状では実現は困難です。

この種の誤解は他にもよくあります。行政の説明不足もありますが、責任は各種議員に大きくあります。

選挙の際に、「小田急線が上溝まで来る」「リニアモーターカーが橋本に来る」「相模線に作の口駅ができる」などなど、できもしないことをあたかもすぐに実現するかのように言っています。

まあ、現在の民意がそれで「あの人に投票しよう!」とはなるはずもありませんが・・・。主張の良し悪しは別にして、少なくとも市民が誤解しないような正確な訴えが必要です。


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