てらさき雄介の日記
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| 2004年04月01日(木) |
空虚な政治家のことば |
最近、政治家の発する言葉が空虚に思えます。まあ以前からでしたが、最近現場から離れたせいか、一層そう思います。言葉を変えれば、政治家のことばが信頼できないのです。
では、自分のことばはどうでしょうか。少なくとも、支援者の皆さまは、私のことばを信頼してくれています。その期待に応えたいと思いながら、時として虚言を弄してしまうこともあります。政治家のみでなく、社会に生きる人々すべてがそう悩むのでしょうか。
この空虚な政治家のことばを変えていくために必要なものは何か、ここに政治不信を解消するポイントがあると思います。有権者との密接な触れ合いはひとつの方法ですが、盆踊りをまわってそれができるかは疑問です。
| 2004年03月31日(水) |
ついに合併協議会が設立されます |
相模原市と城山町・津久井町・相模湖町の1市3町で、任意の合併協議会が設立されることが決まりました。4月末に第一回の会議を開催するそうです。
合併自体は大賛成ですが、その手法には疑問を持っています。合併は結果よりもプロセスが大切です。合併の是非は無論のこと、新しく誕生する市の行政計画についても、できるだけ多くの議論を経て決めなくてはいけません。
さてその時に思うのが、合併特例法という法律です。この法律のどこが、自治体にとってのメリットかよくわかりませんが、少なくとも今回の合併は特例法の期限内を目指しています。
効率の良い行政体をつくることが第一の目的であるのに、例え短期的にしろ市議の人数が100人近くなるなどという、常識はずれの選択をする可能性すらあります。本末転倒とはこのことです。
そして市がその獲得に力を注いでいる、合併特例債こそ最大の問題です。減税補填債を発行するとき、私はその危険性について発言しました。国が、将来にわたって補填してくれるなどという幻想は、持つべきではありません。 百歩譲って、本当に国が一部を補填してくれたとしても、その国の予算も私たちの税金です。大切なのは、いかにお金を獲得するかでなく、いまあるお金をどう節約するかです。
市民の多彩な議論には、ある程度行政が情報提供をし方向性を示すべきかもしれません。しかし、そこに期限を区切るべきではありません。本当の民主主義は。時間がかかることを是としなければなりません。
具体的には、市長が市民意見の集約と言って行った、市政懇談会をやり直すことです。現在に至って、やっと市民のなかで合併を語る雰囲気が出来てきました。今こそ自治会長のみというよくわからない構成ではなく、広く地域住民の参加を求めるべきです。更には、過去の行政には例のないことですが、合併のデメリットを明らかにすることです。
合併に向っての方向性を協議会のなかで示しながら、「合併特例法の期限にはこだわらない」という姿勢が必要です。
| 2004年03月30日(火) |
森ビル回転扉に強制捜査 |
六本木ヒルズの回転扉で、少年が死亡する事件がおきました。警視庁は本日業務上過失到死の容疑で強制捜査を行いました。異例のスピード調査だそうですが、責任のなすりつけ合いの様相であり、森ビルと扉を作成した会社の言い分が違うことが原因のようです。
事件のおきた扉は見たことがありませんが、確かにあの回転扉というもの自体危険なものです。私もタイミングを合わせるのが難しく、横にある普通の扉を使うことも多々あります。そもそも何のために回転しているのでしょうか?
日常的に事故がおこっていることも、今回の事件で明らかになりました。同じくこどもが怪我をする事件を起した丸ビルの三菱地所は、今後つくるビルには回転扉を設置しないことを以前決めたそうです。
虚飾はそれに相応しい場所で行うべきであって、誰もが使う普通の場所で使うのは考え物です。
| 2004年03月29日(月) |
大島キャンプ場の有料化 |
大島キャンプ場が入場料をとることになりました。必要経費がかかっている以上、受益者負担が必要ということです。
キャンプ場には、市営のトイレがあり鉄板を貸し出し、更には掃除などもしているのでしょう。しかし何故何人も人を配置しておく必要があるのか、疑問であります。経費節減を第一にすべきです。その上でお金が必要となった時も、利用者からとるというのは、本末転倒のような気がいたします。あらゆる行政分野にいえることですが、その他の方法で利益をあげる可能性を探るべきです。
例えば、キャンプ場の一区画に売店を出し(もちろん民間委託)、そこから地代をとるという方法もあります。また、ゴミなどの持ち帰りが面倒な方には、有料で廃棄をするサービスをしても良いと思います。
学校などの公益法人やNPO法人も、本来の仕事とは別に収益事業が認められています。行政に経営感覚を持ち込むことは、政治本来の仕事について「お金がないからやらない」という言い訳をつくることになります。しかしキャンプ場運営のような、できればやった方が良いという種類の政策は(ここは価値判断ですが、価値判断こそが政治家の仕事です)、民間企業と共同して利益をあげていくべきです。
明大中野八王子高校の校友会(OB会)の幹事会に参加いたしました。会長であるにも関わらず、遅刻してしまいました。反省しております。私が同学の4期生ですから、比較的新しい学校です。この校友会も設立以来4年しかたっておりません。
集まったメンバー(OB&OG)は、ほとんどが在学中に生徒会などで活躍していた人ばかり。しかし、かく言う私は全く無縁。そもそも生徒会などあったのかどうかすら記憶にありません。ただ、選挙の際などに昔の恩師にお願いにいっていた経緯があり、設立時に「会長しろ!」の一声で以後つとめております。本来的にはこのような会の責任者に、政治関係者が就くのは好ましいことではありません。できるだけはやく後任を見つけ、あるべき姿にしていきたいです。
聞くところによると、以前は秋川や拝島など多摩北部方面からの通学が多かったそうですが、最近は相模原市や町田市などが増えているそうです。本日集まった幹事10名のうち、相模原市民は3人もいました。(私・下九沢・田名)こういう近所の校友同士での付き合いがもっとできれば、色々な意味で学校の発展にもつながるかもしれません。将来の相模原支部設立に向けて・・・。(半分冗談ですが)
すいません。政治家にあるまじき、ただの日記でした。
| 2004年03月27日(土) |
相模原地域大学での講演 |
市民団体である「相模原地域大学」の講演会に出席しました。所用のため遅れての参加ですが、講師である法政大学田中充教授の環境問題についての講演は意義深かったです。
同じく市民団体の「境川の斜面緑地を守る会」を例に挙げながら、行政と市民との協働などの現在的テーマも取り上げられていました。
生活「環境」から地球「環境」まで、非常に幅が広いのが環境問題です。どれも個人の意識が重要です。と言うのも、経済の発展や生活の向上など、現在の政治が目的としていることと相反する場合があるからです。「環境は票にならない」と言われているかは別にして、環境政策は地方政治の現場ではいまだ主要な課題にはなっていません。更に言えば、政府の中で環境省は序列が高くありません。
「経済効率を優先する社会のあり方を転換する」ことは、私の基本的スタンスであります。この環境問題を見ていると、現在の政治の課題が明らかになります。
| 2004年03月26日(金) |
ニコマタでの打ち合わせ |
ニ子玉川で青年会議所に関係する打ちあわせをいたしました。その会場にしてのが、駅前の高島屋内の喫茶店です。
さて高島屋といえば、相模大野西側再開発において駅前ビルの核テナントテントに予定されていました。市と出店に関する覚書を交わしながら、それを反故にされました。結果相模原市民は、高島屋にばかにされたようなものです。議会から出向していた都市計画審議会で、担当者に「高島屋は本当に大丈夫ですか?」と、私のみでなく多くの委員が確認したにも関わらずの失敗です。
そのような経緯もあり、高島屋にはあまり良い印象をもっていなかったですが、店内を歩きながら思うことはそのおしゃれなこと・・凄いですね。相模原に出店した際もこんな店舗だったのでしょうか。それとも地域柄にあわせて店舗の中身を変えるのでしょうか。
結果として思えば、高島屋が出店していたとしても地域に根付いたのかはわかりません。例えば同じ相模大野にある伊勢丹などは、出店に際して経営者や従業員が、多くの努力を地域に対して行ったと聞いています。
そのようなことを考えながら、ニ子玉川(通称ニコタマ)へ行ってきました。
| 2004年03月25日(木) |
「マネーの虎」講演会 |
(社)相模原青年会議所の例会で、マネーの虎に出演していた岩井良明氏の講演を聞きました。非常に面白かったですし、自分自身気合が入りました。
しかし一方でこういった経営者の講演を聞くたびに、自分は商売には向いていないと思います。奇麗ごと言うわけでなく「金」に執着がないことを実感するからです。それはある意味、本質的に「金」に困ったことがないから言えることかもしれませんが。
色々な付き合いのなかで、知人から様々な商売の誘いなど受けることもあります。しかしいかに儲かるかということを熱く語られても、逆にしらける自分がいて今までお話に乗ったことは一度もありません。
「マネーの虎」で真剣勝負する出演者と挑戦者。凄いと思いますが。どこか別世界という気もします。それでいいのかどうかはわかりませんが。
「1人でモノをいえない人間が徒党を組んでも、ますます悪循環というそのもののような気がしてしまう。」
ある議員の日記にこの記述がありました。全く同感です。今の政治の姿を端的に物語っています。政治家は、あくまで個人として有権者に責任を負うべきだと思います。政党や会派などは、それに付随するものでしかありません。
また政治のみでなく、社会のあり方も同じです。私が学生時代に所属していた明治大学雄弁部の訓は「和して同ぜず」です。個を発揮することと、周りと調和することは決して矛盾しないと信じます。
| 2004年03月23日(火) |
ヤシン氏暗殺は「テロ」です |
パレスチナのハマス創始者であるヤシン氏が、イスラエルにより暗殺されました。イスラエルとパレスチナの長年にわたる確執の深さや、そこに暮らす方々の思いは推察するしかありませんが、これは明らかにテロです。パレスチナ和平のロードマップは、もはや2国間のみの問題ではありません。その妨害は国際社会に対する挑戦だと思います。
手塚治虫の「アドルフに告ぐ」最後の章は、ヨーロッパで迫害され続けたユダヤ人がイスラエルにおいては弾圧者となってしまうという矛盾をテーマとしています。人類とは歴史をいかしきれないのでしょうか。そんなことはないと信じたいです。
さて、日本はアメリカの同盟国のなかで例外的にアラブ諸国との友好関係が深いと言われています。これはイスラエル建国に直接関わっていないことも、理由の一つだと思います。今回のテロでも、あくまでイスラエル擁護を続けるアメリカに意見を言うべきです。
今回の暗殺を「自衛」というアメリカ報道官の会見を聞きながら、まさに今世界を震撼させている「テロ」の定義自体が、一部の国による狭い価値観で決められているのだと、改めて実感いたしました。
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