思い出に変わるまで
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2008年12月24日(水) 結婚四周年

本日で結婚四年目になります。
クリスマスイブです。

今日は朝からブッシュドノエルを作る為、ロールケーキ作り。
夕食のメニューは定番のローストチキンとコーンスープ。

毎年ながらこの日だけはしっかり祝おうと思います。
なんてったってこの家庭の誕生日なんですから。
今年の「家族誕生日」は新しいメンバーも参加です。

最近、タメはしっかりお話できるので会話がとっても楽しいです。
「おかぁさん、タメね、あんぱんまんのゴハン食べたい♪」
コレ、ガストに連れて行け。
アンパンマンのキッズプレート食わせろ。
って事です。

彼女の頭の中にはアンパンマンが8割占めてます。
もう、もう、大好きなんですよ。
おもちゃもアンパンマンだらけ・・・。

なので昨日アンパンマンのクッキーを焼きましたわ。
もう、めっちゃ大喜び。
タメはなぜかケーキ嫌いなのでクッキーならまだ食べるかな・・・。
結果:一口食べて「美味しかった〜、タメちゃんもうお腹いっぱい。ありがとね♪おかぁさん♪」
セリフはめっちゃ嬉しいけど食べてないやんっ!!

残りはブッシュドノエルの飾りに使おうっと。

甥っ子の誕生日に作ったアンパンマンのケーキも然り、最近めっきり手の込んだキャラ物にハマって作ってます。
そんな自分を褒めてやりたいっ!!
あぁ、あたしって良いママね。

まぁ、産休中だから出来る事ですがね。
6月に職場復帰したらなかなか出来ないだろうなぁ・・・。

今年もあともう少しで終わり。
気合入れて残りの日々を過ごしましょう!!


2008年12月18日(木) 仕事の事

仕事の話です

私は輸出業に従事しています。

今回9月に出産する事で会社には産休をもらいました。
kanaが満8ケ月を迎えた時点でタメが通ってる保育園に預けるまでの間の9ケ月間です。
6月に職場復帰するのですが、私が産休を取ると決まった時点で産休中の間だけ働いていただく方を募集し、入って頂いたのですが・・・
今日会社の社員の方(まぁ私のボスですな)からメールが来て、その方に辞めて頂く事になったらしい。

少し前から仕事の量に対して処理スピードが遅いとか
優先順位が分からないのかボスから急ぎでお願いした仕事が後回しになって、優先順位の低い仕事の時間を取られているとか
ま、ちょくちょく聞いてたの。
3年勤めてた私でも勤務時間めいっぱい使ってやりこなしてた仕事だから新人さんには慣れるまで無理だって事、みんな分かりつつ様子を見て、ムリそうな仕事は他の人に回して仕事の分散をしてたらしいが、今回の情勢、不況を以って経費の見直しも併せ・・・・

結果:仕事の分散をすれば新人さんのやってる仕事はみんなでやりこなせる。幸い私も在宅したり、父にkanaを預けてちょくちょく事務所で仕事もできる。

・・・三ヶ月ごとの契約更新が打ち切りになった

ってワケです。

首切りですよ。

私個人としても新人さんと仕事の不明点など何度もやりとりしてて、人格的にも良い方なので、今回の契約打ち切りには胸が痛んだ

私の私的な出産という理由で入って頂いたのに6ケ月で辞めていただくなんて・・・。

色んな理由が絡んだ末の結果なんだけど、後味悪い結果になってしまいました。
新人さんと個人的にメールでやりとりして、私が責任感じる事じゃない、景気のせいもあるし、自分の器量のせいもあるって言っていただいたけどね・・・。

12月いっぱいで辞めるそうです。

1月からは私が週1回でも出勤し、在宅の仕事量を増やし6月までしのぐみたい。
このご時勢で帰れる職場があるというのは幸せな事。
英語が話せる新人さんこそ職場に必要な人材ではないか
産後、私こそ帰る場所が無いのではないかと懸念した程です。
私の能力が会社にとってとれだけ有益なのかは分かりませんが3年間アクセクしながら一生懸命頑張ってきた事がムダではなかったという証明が出来た事は嬉しい事だけど、その反面、辞めていただく新人さんには申しわけないと思うのでした。

来週の金曜日
最後の日に餞別を渡してお礼を言いたいと思います。
彼女が居てくれたおかげて私は心配することなく産休を取れているのだから。




2008年12月03日(水) はぁ・・・

師走です。

「師」ではありませんが走っていますよ。

一日置きに実家へ。
掃除、洗濯、炊事の為に。

特に水曜は、母のディサービスが無いので。
父は月、水、金と朝は宅配牛乳、夜中はスーパーの青果の仕分けで働いています。
母は毎日ディサービスに行っていますが、月曜は訪問リハビリのみ。
水曜はディサービスはありません。
月・水・金は父が唯一睡眠を摂れる日ですが、水曜は自宅に母が居る為、介護に時間を割くため睡眠が十分に取れない状態。

借金で生活が苦しい弟は父達を養うどころか、逆に金を借りる始末。
情けないけど64歳の父が一家を支えてる現実。
せめて掃除、洗濯、炊事で時間を費やし、睡眠を削らない様にと娘心で行ってます。

母が介護が必要な状態になって、父と義妹(嫁)に母の世話をしていたのが、義妹が姪の病院に泊まりこみの看病をするようになって、今まで順調に送れてきた生活が一気にバランスを崩した。

幸いにも車で15分の場所に住んでるし、仕事も産休中なので私が動ける状況ですが、これが産休中でなかったら・・・。
考えただけで父が倒れるんじゃないか・・・って思う程。
それ程なんです。

もうちょっと弟にはしっかりして欲しいもんだわ。

はぁぁ。

こんな事心配するなんて・・・。

ホントうちの実家って問題多い家なんだな。


2008年11月30日(日) 姪の一時外泊

金曜の朝の事。
弟からの電話で姪の一時外泊が認められたと聞きました。
点滴からの化学治療が一旦終了し、来週からまた新たな治療が始まるのですが、その間の気分転換という事でした。
治療中一時は700台まで落ちた白血球の数も正常値までは全然届かなくても、それでも低いながらに安定した数値を保っているおかげもあっての事みたい。

弟は仕事で、じぃちゃんも甥を歯医者につれて行く事になっていたので
足が無いから弟は私にお願いして来たらしい。

姪の今の状態は
長かった髪の毛も半分程に薄くなり、一見しても分かる程地肌が見えている状態です。
自宅に戻れば友達も会いに来るだろうし、本人は髪が薄くなった自分では友達に会うのも気が重いらしい。
なので叔母である私からのプレゼント。

かわいいニット帽にエクステンションのツケ毛を縫い付けて二つ結びをしている感じに仕上げました。

義妹(嫁)に写メで送り、本人も喜んでいる様子。

翌日病院に10時に迎えに行きました。

投薬の影響もあり、少しムクみが気になる姪でしたが、元気いっぱいでした。
約二ヶ月ぶりに自宅に戻ってきた様子は見ても分かる程笑顔に満ちて嬉しそう。
感染予防のマスクは離せず、消毒、手荒いは徹底するのは相変わらずですが、病院とは違い、食べたいものが食べれて、幸せそうに「美味しい♪」なんて言う言葉には涙がウルッと出ちゃいそうでした。

これもやはり薬の影響があり今までの姪の食は細かったのですが、
今回の帰宅でお腹が痛くなるほどモリモリ食べていました。

嬉しいんだなぁ

やっぱり家族が揃うだけで家の中が明るくなるね。

弟が仕事から帰ってきて、一家団欒で鍋を囲んでる風景を見た時、そう感じました。
何気ない日常がなによりも幸せを感じるって事。
気づかないけど、毎日が幸せの積み重ねなんだなぁって・・。

義妹に聞いたところだいたい外泊は一ヶ月に一回程の頻度で許可されるらいい。
今度は年末かな?
できれば家で年を越させてあげたいな。

色んな人の手助けもあり、闘病で毛髪が抜けてしまった子供に某カツラメーカーさんが無料で子供用カツラをプレゼントしてくれる事を知りました。
1社は定員ナシで申し込んだ方全員に。
1社は先着何名様まで。
弟が問い合わせ、定員数がある会社もまだ定員に余裕があるそうで2社とも申し込んだ。
恐らく年末か年明けには姪の頭のサイズに合ったカツラが手に入る。

それ位の時期に二度目の外泊許可で家に帰ってくる姪に会えればいいな。


2008年11月28日(金) 今私に出来る事

今回、姪が白血病を発症して色んな事を考えました。

命の尊さ
五体満足で産まれてきてくれる事の有難さ
健やかに成長してくれる事に感謝
家族の大切さ
支えてくれる周りの人の温かさ

何よりもこうやって過ごせる毎日がどれだけ尊い事なのか。

当初「急性骨髄性白血病」と誤った病名で診断された時
骨髄移植の事まで頭がまわりました。
白血球のタイプであるHLAが一致する身内がいるかどうか
移植しなければ助からないのであれば骨髄バンクは??
とか。

まだ精密検査をしない状態から頭では悪い考えが先走ってしまって・・・。
それは弟夫婦も同じで。
わが子の生命の危機を感じた時、親はどうすべきなのか・・・。
最善の治療をうけさせてやりたい。
代わる事が出来るなら代わってあげたい。
金銭的な事など一切除外してそう感じるはずです。
藁にでもすがる想い・・・。

身内全員が切に願いました。
どうかあの子を助けてください・・・。

幸いにも急性リンパ性白血病であり、早期すぎる発見でもあったので命に関わる事でもありませんでした。
闘病生活は強いられますが、必ず元の生活に戻る事ができます。
誰もがホッとし、胸を撫で下ろし、うれしくて泣きました。

一方で、見舞いに行けば同じ病院、同じ病棟で同じ様な病気で戦っている子供もいる現実を身近に感じました。
全国にはもっと重篤な病気で治療中の方もいます。
その患者の全ての家族は同じ様に願っている。
その時の私達と同じように。

今考えもしなかった事を考えるようになりました。
母の闘病、介護も含め、何て言えばいいのかな。
【生きていく事】【生かされている事】
肌で感じ、目で見て、頭で感じる事が沢山ありました。
一言では言い表せないですね。

自分には何ができるのか。
自分は何をすべきなのか。
過去の自分では出来なかった事が今の自分なら出来る事があるのではないか。

手始めに骨髄バンクに登録しました。

医者でもない私が誰かの命を救えるかもしれない。
ただ、黙って祈る事しかできない自分でも、この体で手助けが出来るかもしれない。
献血も今まで何回もしていましたが、また違った心で受けました。

まだ36年しか人生経験を積んでない私ですが、36年なりの出来る事。
頑張ってみようと思いました。

今私に出来る事

思いつく限りやってみよう




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