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堀井On-Line
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2022年05月11日(水)
* 島国根性の極めとは… ロシアが隣国のウクライナに侵攻し占領をしようとして失敗、戦争になって いる。ウクライナの背後にはNATOが有り、何とか持ちこたえているが… 決着には数ヶ月は要するが、次は台湾と沖縄の尖閣列島か北海道の可能性が 出てきた。プーチンの独裁体制維持が背後にあるが…プーチンのボケの一念と 笑い飛ばすことは出来ない事態。戦時立法云云になるが、与野党とも、秋口の 選挙対策として表立てたくない。現実の戦争対策としての立法は、それは難問! これでは北朝鮮、中国、ロシアに足元をみられる。悪い時には悪い首相で存在 するもの。この問題は、国会解散をしても真を問うべき事態。それさえも、理解 できないのが、この国の現状である。このパンデミックを逆手にとって隣国への 侵略とは… これが現実の国際問題。ウクライナも一歩間違えると、いま時分は、 ロシアの属国。多くがシベリヤへ送られ、国家としてのウクライナは消滅。 何とまあ、現実から目を背けるしかない島国の大らかさには驚く前に諦念である。 プーチンの抹消は当然だが、ロシア国家の解体に値する。100年前の世界と同じ道 をナゾッテいるような! としても、このままの政治路線で良いのでしょうか…
・・・・・・ 7392,閑話小題 〜殿町の灯火 2021年05月11日(火) * 殿町を朝の散歩コースにしている酒友が言うには 30〜40年と殿町を飲み歩いた酒友が言うには… 『 …昔、通った店の看板が意外と残っている。早朝でも、馴染みのママさんと 出くわすが、70後半から80歳を超えようとするが、それが元気。…補助金が 効いているのでは? 地元では、酒場でコロナ禍で感染でもすれば、命取りに! 誰も飲み歩けない筈なのに… 』 コロナ禍で、街中の飲食店、商店の入金が激減している上に、これ! 仲間内で店内で、こっそりと? これは厳しいはず。同店の管理職以上は、 毎日、眠れないだろうに! ネットで、検索しても、これが出てこない。 いや出ないようにしているのだろうか?
【 令和 3年 5月 3日 お客さま各位 お客さま各位 長岡 信用金庫 信用金庫 * 新型コロナウイルス感染者発生 及び追加発生 及び追加発生 に伴う対応ついて に伴う対応ついて に伴う 対応ついて に伴う対応ついて 令和 3年 5月 1日、当金庫 日、当金庫 日、当金庫 日、当金庫 日、 当金庫 宝支店勤務 支店勤務 支店勤務 支店勤務 (従前、大島支店勤務 従前、 大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店 勤務 )の職員 の職員 の職員 1名の新型コロナウイルス感染がコロナウイルス 感染が ロナウイルス感染が判明しておりまたが、5月2日に大島支店勤務の 職員 3名の追加感染が判明。 当金庫は、関係機と密に連携を取りながら感染拡大防ぐべく組んでまいす。 経緯や対応等の詳細は、下記通です。 お客様には 、多大なるご不便 多大なるご不便とご迷惑をお掛けしているこに つきま詫びとするともに 、ご理解と協力 を賜りますよう、何とぞよろしく お願い申します 】 ― ▼ これに類したことは、多くあるのだろうが… 城下町なるが故に…? ・・・・・・ 5170,人生相談という気晴らし! 〜�� 2015年05月11日(月) 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 * 「いい人」やめて、「ろくでない」になれや 母親の痴呆症と5年半の間、付合ったこともあり、相談者の切実な気持ちが 手にとるように分かる。兄弟の微妙な関係もあって、そう簡単に事は進まない。 ただ「いい人」を止めてしまうことには大賛成だが、「いい人」は簡単に止め ようがないもの。介護は、それなりの強さと覚悟が必要になる。「ろくでなし」 にも、覚悟が必要。 正常と非正常の間を彷徨う肉親との同居は重く疲れる。 ≪ Q: 〜母親の介護で、自分自身が壊れてしまいそうです!〜 私は四十五歳で、現在母親の介護をしております。母の介護をするために 仕事を辞め、現在無職です。私には、父、兄、弟がいるのですが、まったく 母の面倒をみようとしないので、男一人で母の介護をしております。 その母も痴呆が進み、モノの判断ができなくなり、外でゴミを拾ったり、 真夜中に叫んだり、私もその対応に、やり場のない疲れが溜まっております。 もういっそのこと、私も介護を放棄し、母親に早く死んでほしい気さえします。 同時に私まで気がおかしくなりそうなのです。しかし、これまで母親に世話に なったことを考えると、それも出来ません。このように思う私はやはり 「できていない」人間なのでしょうか? A: 〜「いい人」をやめて、「ろくでなし」になりなさい!〜 これも失礼ながら、いらいらする相談ですね。あなたは、私の嫌いな 「いい人」なんですね。これまた細かい事情はわからないのですが、真剣に 考えれば社会的にはいろいろ道は開けると思います。お母さんには息子が三人も いるのですから、三人でお金を出し合って、介護士を雇う、老人ホームに預ける 等々。(お父さんはともかく)ご兄弟がそれに協力しないのなら、あなたが介護を 続ける代わりに、彼らにあなたの心的・肉体的負担相応のお金を請求してもいい でしょう。お二人がそれさえ拒否するなら、その原因は二つ考えられます。 一つは、あなたのご兄弟が「ろくでなし」だということ、もう一つは、あなたが 「いい人」という名の「困った人」だということ。「ろくでなし」と「いい人」 が共存すると、だいたいいまのあなたのような状況に陥ります。「ろくでなし」 は、「いい人」を骨の髄まで利用し続け、「いい人」は全身不満の塊になって 恨み続けるというわけです。一般に、人がある限度を超えて耐えるとき、碌な 結果を呼ばない。だから、なるべく避けたほうがいいのです。・・(略) あなたがお母さんを(間接的にでも)殺さないうちに、あるいはあなた自身が 「気がおかしく」ならないうちに、あなたは大変身する必要がある。つまり、 「いい人」をやめて、ご兄弟と同じように「ろくでなし」になることです。 そこで、私の提言はただ一つ。一度みんなを集めて、「俺だけおふくろの面倒を 見るのはおかしい!」と大声で叫んでみてはどうでしょう。「もう介護はやめる!」 ときっぱり宣言してはどうでしょう。つべこべ理由を言う必要はない。ことの おかしさは、どんな「ろくでなし」にもわかるはずですから。一度、そういう 修羅場を経由しなければ、そしてみんなが全身ひりひりするほどの痛みを覚え なくては、何も変わらない。もっとも、あなたがどうしてもそうしたくない、 そういう勇気がないというのなら、仕方ないですね。お母さんが死ぬまで、 あなたは介護を続けるしかないでしょう。お母さんを恨み、ご兄弟を憎み、 そして自分を責めて生きるしかないでしょう。≫ ▼ 介護には、周囲の無理解がついて回る。「まだらボケ」が、その一つ。 第三者が居るときには、緊張が入った正常状態に近いため、痴呆症の人との 同居経験がないと、「聞くと見ると大違い」と、勘違いをしてしまう。 で、「ろくでなし」と決め付けられる。 当人は今さら何をか! 私自身を振り返ると、見えてくるのが、「ろくでない」「いやなやつ」の影。 ・・・・・・ 6630,閑話小題 〜正面衝突の可能性もあった 2019年05月11日(土) * 他人事でない事故 幼稚園児の列に右折と直進してきたオバサン2人の車が衝突、幼児の二人 が死亡した。やはり起こったかが感想。時どき、この判断で迷うことが多々ある。 2ヶ月ほど前にスポーツジムに行く途中の大通りで、右折しようとしたところ、 右折点滅をして直進してきた車があった。右折発進をしようとアクセルを踏む 瞬間だったが、何か嫌な予感がして留まったところ、その車はそのまま直進を して通り過ぎていった。アワヤの大事故になるところ。私も右折サインを出した まま、走っていることがある。ところで、こういううっかりミスに対する判断を 「自動運転車」は、どのように判断する?のだろう。 〜ネット記事から〜 ≪ 大津市の交差点で車同士が衝突し、弾みで1台が散歩中の保育園児の列に 突っ込み、2歳の2人が死亡し1人が重体、園児と保育士の計13人が重軽傷を 負った事故で、大津署が事故車両に積載されたドライブレコーダーを解析 していることが9日、同署への取材で分かった。 自動車運転処罰法違反 (過失傷害)の疑いで逮捕された大津市の新立文子容疑者(52)の乗用車が 右折しようとした際、前方の安全確認が不十分で、直進してきた同市の 下山真子さん(62)の軽乗用車にぶつかったとみられる。≫ ― ▼ 今回の事故で2人が逮捕されたが、状況をみるとドチラか一方が悪いはず? と思ったが、案の定、一人が直に釈放された。直進する運転手の判断ミスの ようだ。あの時の一瞬の勘は、何だろう? その判断で自らを助けたことに なったが、思いだすたびに震える。私の車には車載カメラがついてないため、 事故っていたら、私の判断ミスと決めつけられる可能性もあった。 40年近く前、通称『ありがとう事故』でオートバイを撥ねたことがある。 右折をしようと停車をしたところ、前の車が、停車をしてくれ、行けという 点滅をした。そこで右折をするとオートバイが、その車の左側から直進して きて衝突して転倒。人身事故ではなかったのが、不幸中の幸い。保険内で 済んだが… 運転免許の取得の期間に、平均すると重傷事故を一回起こすと いうデータがあるというが。 男女間の諍いを事故に類推すると面白い? 特に結婚生活。北欧では7割、アメリカで5割、日本は3割5分が離婚に至る。 問題は、子供に対する影響。世の中の大方の不幸は、両親の不和から起因する 性格形成で生じる歪みが多い。暴走車が人の列に突っ込むのを犯罪に例えると 何やら恐ろしくもなる。そう例える私の心象風景も問題ありますか。
・・・・・・ 6267,閑話小題 〜「これ以上はいけない」と宣告する境界線 −3 2018年05月11日(金) * 「わかる人はわかる」というのは本当! 過去を振り返ってみて、何度も、何故か「何か」に助けられたことがあった。 それが不思議である。母親も何時も危機になると不思議の力で助けられてきたが 口癖であった。それが幼児の頃に亡くなった父親だという。私のそれは何? ユングの集合的無意識の家族バージョン、先祖バージョンか、原子脳の働き? 確かに霊感は、その人によって、時節によって強弱がある。両親の良し悪しで 人生の大方は決まってしまう。これも運。宿命は変えられなくても運命は変え られるというが、そのためには、膨大なエネルギーの集中を要する。欧米では、 心の奥の院にアッラーの神が存在する。日本では多神教としても、その中核に、 仏教がある。太平洋戦争敗戦後、70年以上経過して、平和ボケしてしまった。 そこに情報機器の進化で、ネット社会が現実社会を覆ってしまった。神も仏も ありはしない世界が日常になった。韓国や北朝鮮を「合せ鏡」にすれば解るが、 それ以上に危ないのが日本。 《『街場の読書論』ー歩哨的資質についてーより》 ≪ …髑髏島の原住民たちがコングの人間界への侵襲を防ぐために建設した、 あの巨大な「門」を想像してもらえればよろしいかと思う。 「かんぬきと 戸がしっかり機能している場所だと、私たちは「高ぶる波」のすぐ近くまで行く ことができる。 聖人とは、「境を定め、かんぬきと戸をもって高ぶる波をおし とどめる」人のこと。 私たち全員がそのような仕事をしなければならないという わけではない。けれども、時どき、聖人が登場して、「かんぬきと戸」の点検を することは私たちが人間的秩序のうちで生きてゆくためには必須のことなのである。 私はかつてそのような仕事のことを「歩哨」(sentinelle)と呼んだことがある。 私たちの社会制度のさまざまな箇所で「ほころび」が生じている理由を私は端的に 「歩哨」の絶対数が減ったことだと思っている。 福島の原発事故は「恐るべき力」 を制御するための「かんぬきと戸」の整備と点検の仕事がほとんど配慮されて いなかったことを示した。そこには会社の収益や、マニュアル通りの業務や、 自身の組織内の立場を優先的に配慮する人間たちはいたが、「あなたの高ぶる 波はここでとどまれ」と告げる「歩哨」仕事を自分に託された召命だと思って いる人間はいなかった。 「境を守る」ことを本務とする人間を「戸」の近くに配備しなければならない という人類学的な「常識」を私たちはだいぶ前に忘れてしまった。 戦争もテロも飢餓も恐慌もない、豊かで安全な生活が半世紀続いただけで、 日本人はその常識を忘れてしまった。 私たちの生きているこの狭く、脆い世界は 「境を守るもの」たちの無言の、日常的な、献身的な努力によってかろうじて 支えられているのだということを忘れてしまった。 崩れかけたこの社会の再構築のための急務は、「歩哨」の備給である。「境」に おける歩哨のふるまいには定型的なマニュアルもガイドラインもない。もちろん、 一般的な「傾向」はあるが(それは神話や恐怖譚として繰り返し語られている)、 「存在しないもの」の侵襲はどのようなかたちをとるのかを私たちは正確には予測 できない。だから、歩哨たちには「どうふるまってよいかわからないときに、 どうふるまえばよいかがわかる」能力が必要なのである。 その「センサー」を研ぎ澄ますために経験的に効果的な方法が存在する。 宗教的な修業や武道の稽古は本来そのためのものである。 たしかに、そういうセンサーがきちんと機能している人がいる。 WTCへのテロのとき、「なんとなく外に出た方がいいような気がして」 ビルを出て難を避けた人がいた。その日に限って、「ふだんと違う行動をとって 生き延びた人」がどれくらいの数いたのか、誰かが統計を取り、その人たちに共通 する「生き方の傾向」を吟味するというのは興味深い研究主題だと私は思うが、 たぶん「非科学的」と一蹴されることだろう。でも、「わかる人はわかる」 というのはほんとうである。≫ ― ▼ <「存在しないもの」の侵襲はどのようなかたちをとるのか> ・朝鮮戦争を勃発とする三次世界大戦なのか、 ・数千、数億単位の犠牲者が出る、パンデミックか、 ・首都直下型大地震か、富士山の大爆発か、三陸沖大地震による大津波? などなど考えれば限がない。とはいえ、如何にもならないことが娑婆にはある。 「人生のデザイン」を自ら描き、それに近づく生き方をそれぞれしていけばよい。 難しいが、面白い時代でもある。 鼻歌を歌いながらスキップ? そりゃ無理? 顔が強ばり、泣き声になり、よろけながらも、人間は生抜いてきたんだから! 間違いないのは、「運の良い人は、何があってもプラスに出来る人。」 「運の悪い人は、何があっても運がない」ということ。楽天的に生き、幸運を 引寄せる生き方を心かけることですか。 周りは迷惑千万を承知の上で?
<わかからない人は、所詮はわかからない>のである。ならば… で、以下の <「いい人」やめて、「ろくでない」になれや> に… ―― 熊: せっかく、真面目に読んで来たのに… 今さら何を? 寅: 落ち落ちだよ。「わかる人はわかる」だがね、念のために。 大家: ろくでもない奴に、ろくになれと言ってもね。何だろうね。
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2022年05月10日(火)
* ウクライナ戦争で世界は一変した これまでの歴史では、相互の宗教の違いと、国家感の違いが問題だったが、 今の時代に、北朝鮮のような独裁国家が…ヒットラー並みの独裁者が現われ、 核弾頭ミサイルを盾に近隣国家を蹂躙する事態が現実に現われてきた。 プーチンが北朝鮮から学んだ瀬戸際手法。欧米各国は建前に弱い。それを 逆手に<外向き暴力装置たる軍隊を内向きに使えば、一般大衆は何もできない> 現実が、そこにある。 そのふうの3つの周辺諸国が存在する中で、太平洋の 向う側には、新興のアメリカが存在し、日本は地政学的に隷属国家として、 そのシステムに組み込まれている。当然、太平洋側は表日本、日本海側は裏日本 と呼ばれている。 裏日本側に移住するのは都落ちと言われ、地域格差は大きい。 1年の3分の1か、2分の1は雪に覆われ閉ざされる。田中角栄が日本列島改造を 手掛けたが、逆にストロー効果で表日本に人口が吸い上げられた。 現代に、力による脅しで隣国蹂躙とは誰も思いやしないが、所詮は、人間。 一皮むけばサルでしかない。自分の身勝手の自らの都合で理屈を積みあげる。 神格化されて逆上せあがったロシア人には己の動物的欲求に抗えない。 綺麗事を述べていた野党は、ロシアの蛮行に何も言えずに黙するしかない。 何が非暴力か… それなりの装置が必要という事が理解できない。 日本の立ち位置は、77年前の太平洋戦争で敗戦したのである。そして、天皇制を 英国にならって、天皇を帽子にした立憲民主主義… で、ここまで来た。 これもロシアのプーチンの老いによる本音で、根こそぎ変わりざるを得ない。
・・・・・・ 7391, 閑話小題 〜すべてが可笑しい! 2021年05月10日(月) * 大峯千日回峰行を経てたどり着いた境地 〜大阿闍梨・塩沼亮潤氏 何気なくTVを見ていると、何とも悟りきったような口調で、二度、千日回峰行を 達成したという僧侶がインタビューの『その後の生活で変わったところは…?』 に対し、『とにかく、全てが嬉しく笑っている!』であった。死に予定?の75歳を 過ぎてから、腹から笑うことが増えているのは、『まあ、いいや!…生き(活き) たいだけ生きたのだから』が、心に沁みついてしまった為だろう。 このブログで、話したいことを20年かけて語り尽くしたし、それが、心の構造 として自らを支えてくれている。…ネット検索をすると、合点のいくのがあった。 ― ≪ 30日間で四国八十八ヶ所を完全徒歩で通し打ちした経験あります。(約1500km) 今も毎日 20kmは歩いています。自分を極限状態に置くのが好きで肉体が苦痛の 叫びを上げても何故か心は雑念が払拭され清澄になれる境地。 一つ学んだ事は… 人間は弱いようで案外強いという事。やらなきゃならない境遇に置かれると信じら れない力を発揮するのが人間に思う。 ≫ ― ▼ 自転車の転倒後、運動量が激減したが、その対処として『散歩の習慣』の 再開も考えないと…
・・・・・・ 6996,閑話小題 〜 久々のノートパソコン 2020年05月10日(日) * 10数年ぶりのノート型パソコン 3年半前にソニーのVIOをMacより切替えて以来のパソコンの購入。 ノート型なら15年ぶりになる。 4K画面(Winndows10)が特徴で,昨秋に発売された富士通の『型落ち』。 今回の配布10万円をベースにした。まずは、当分の間は、既存のPCと併用で 使うつもり。 2日、経過したが、画面が圧倒的にシャープなところと、 (Winndows10)の機能が気に入っている。3年半といえば、インテル創業者の一人、 ゴードン・ムーアが、1965年に自らの論文で唱えた「半導体の集積率は18か月で 2倍 になる」という半導体業界の経験則からすると、4〜5倍は機能アップになって いる筈だが… 実感として正しい。 4K画面の映像は4圧倒的である。 …2年半前に買い換えたTVの段差に似ている。知らない内に、何れの世界も変化 している。まずは慣れること。私には相性のよいPC選定と、使いこなしが第一歩。 次男と、知人の「テレワーク」の話を聞くが、まだ慣れてないようだ。 この2ヶ月の都市閉鎖は、結果としてネット文化を推し進めることになり、 合理的思考を進化させる。巣篭り好き人間の御隠居生活者に、何を今さら 『ステイホーム』。
・・・・・・ 6629,閑話小題 〜TV映画、感想記 2019年05月10日(金) * 『友罪』 〜TV映画、感想記 <ジャーナリストの夢を諦めて町工場で働き始めた益田は、同じ時期に入社した 鈴木と出会う。無口で影のある鈴木は周囲との交流を避けている様子だったが、 同じ年の益田とは少しずつ打ち解けていく。しかしある出来事をきっかけに、 益田は鈴木が17年前の連続児童殺傷事件の犯人なのではないかと疑いを抱く ようになり……。> そこには、他にも幾つかの深い心の傷を負った過去を持つ男たちが次々と 同時進行で現われてくる重い内容。そのどれもこれもが、そこまで深くないと しても似た経験を誰もが持っている? 少年の頃、親友への虐めを助けてやれず 死なせてしまったとか… 死に至らなくとも、何故、あの時、助けてやれな かったとかの傷を心に誰も持つ? 何だったのだろう我ながら情けない私は?… 【タクシーの運転手(佐藤浩市)は息子が交通事故で三人を殺し、家族を解体して 償いの日々を送っていた。その子供が、結婚をするのが許せない。そして、孫が 生れて幸せになることも、父親として許せない。】 等の葛藤が、次々と。 重すぎて中断を入れ、分けることでやっと見終えることが出来たが、見終えた 後は、加害者側の、苦悩と、理不尽な怒りが、透けて見えるようでなかなかの 出来栄え。10年ほど前に、突如、『少年A』がマスコミに再登場したが、それを 再現したような内容。 * 『あゝ、荒野』 〜TV映画、感想記 これと同時進行で、『あゝ、荒野 前篇・後篇』作品二本を見た。 寺山修司が 遺した唯一の兆編小説を映画化したもの。これも底辺に生きる若者 の生き様を描写したものだが、深い心の傷から血がしたたり落ちてくるような 様は鬼気迫るもの。人生、特に若者が生き場をみつけることの難しさは… 寺山はあとがきで 「この小説をモダン・ジャズの手法によって書いてみようと思っていた。」とし、 「大雑把なストーリーをコードネームとしてきめておいて、あとは全くの即興 描写で埋めていくというやり方」で書いたと記している。 有り余る時間とエネルギーが無いと、前後編通して5時間の大作は見れない。 『友罪』と同時進行で見るには、うってつけの内容だ。 〜で、これも偶然、去年の同月同日の内容の文脈に丁度、つながる。 熊、寅のタッチじゃ軽すぎるが… 犯人の家族にも過酷な人生が待っている。
・・・・・・ 6266,閑話小題 〜つれづれに ー新潟・少女殺人事件 2018年05月10日(木) * 新潟・少女殺人事件 熊: 県知事の買春事件で大騒ぎの後に、父子五頭山遭難騒ぎにつづいて全国区 ニュースが続くね。何でわざわざ、死体を線路に置いたのだろうね。 寅: バラバラにして死因を隠すためだろうか? それを目撃する快楽を味わう 快楽犯も考えられるけど、それは考えすぎ?。 白い車で、黒服の男という から、2〜3割?は、該当するからね。女児が朝、しつこく声をかけられたと いうから、何処かの監視カメラに録画されている可能性が高いし… 解決は早いだろうよ。昨年9月には、同じ小学校の女子児童が男に声を掛け られたり体を触られたりする不審者情報が3件あったというしね。 熊: 死んで何時間すると轢かれても出血しないことを、この事件で知ったけど、 犯人も知らなかったみたいだね。ということは、死因を隠したかった?と しても、殺した上に… 寅: 俺さ、北欧の刑事モノ連続ドラマに、この数年嵌っているので、こういう 異常な事件になると、色いろ思い浮ぶんだ。俺なら、阿賀野川の河口に 捨てるとか…。イギリス、北欧モノには、少年少女への暴行殺人が、結構、 多いし。としても、異常過ぎる事件だね、これは。 何も知らない子供の頃 から、異常ドラマを見て育ったら、映画と現実の境目がつかなくなっても 不思議でないさ。 大家: 情報化がもたらした、マイナスの一面ですか。全国版で、リアルタイム の犯人探しとして扱われるのだろうが… 私も、興味本位では、その一人。 マスコミにとって、犯人逮捕が遅れれば遅れるほど、視聴者の興味が膨らむ ため、有難いのだろうがね。 寅:<9月に、逮捕していれば>のそもそも論が、当然てるため、警察は必死に なるから。 9月、5月からみて、学生が考えれるね。 熊: 昨日さ、たまたま寅さんに勧められて録画していた北欧の刑事モノを見た けど、酷い内容。 その内容を思わせる事件で、何か、背筋がゾッとしたよ。
―― * 身近な野生動物は 庭に来た「雉」を考えているうちに、野生動物といえば、近所を縄張りにする カラスと早朝の川辺や、庭に飛来する野鳥か、時どき居間に侵入してくる蝙蝠と、 虫を改めて認識した。雉、鴨、鶯など渡り鳥が多いのは地方の盆地なればこそ。 野鳥は、誰の助けも借りず、仲間同士で営々と生延びている。その中で、カラス について、ここで何度かテーマにしてきた。TVでカードをかすめ取り、券売機 にさし込もうと試みる錦糸町駅のカラスのレポートを放映していた。元もとペット で飼われていたようで、肩や腕に平気で乗っかる。 私の家のペットは代々、 小鳥派で、インコ。 7代、小桜インコだったが、メキシコ黄金インコに、そして 今では、世界最小のルリハインコで、歴代で一番の7年生存で、唯一の芸、 「枝回転」を披露している。
・・・・・・ 5534,若者よ、外に出よ! ー�� 19世紀の芸術に触れろ 〜B 2016年05月10日(火) 『人生の教科書』なかにし礼著 ここで、若者に、<海外に出て、自然と、芸術作品に触れ、読書などで 教養を積み、恋愛をしろ>と勧める。これは若者だけでなく、壮年、老年に も言えること。情報化社会の中で、クラシックをジックリと聴く余裕は少ない。 しかし、今ではアイフォンがあり、何千、何万の音楽を入れておくことが可能。 更に今では、定額のネット配信で好きな音楽を好きな時間に聴くことができる。 そのベースとなる19世紀クラシック音楽鑑賞を趣味にすることを勧める。 * なぜクラシックを聴くべきなのか ≪ 芸術を学ぶ際、音楽なら、黙ってクラシックを聴くこと。いまだに クラシックは不滅の音楽なのだから、それを聴くことが趣味になれば最高だ。 たとえ趣味となり得なくても聴くべきである。 特に、やはり19世紀の音楽。18世紀にはモーツァルトがいるけど、彼の死後、 すぐベートーヴェンへ、19世紀の音楽へと繋がっていく。ベートーヴェンから 始まって、シューベルト・ショパン、ブラームス、ワーグナー、マーラー、 ブルックナー、ベルリオーズ……とにかく19世紀だ。 ロマン派の時代である19世紀は、前世紀の革命時代が終わり、 「人間は進化する」ことを人類が知った時代である。愛によって人間は死ぬ こともできるし、愛によって罪を犯すこともできる。そして「人間は進化して 神にもなれる」という思想を、芸術家たちが作品の中に叩き込んだ。 19世紀は人間の可能性のすべてを歌いきった時代なのである。 文学の世界でも、トルストイ、ドストエフスキー、バルザック・ユーゴ、 アレクサンドル・デュマ、スタンダール、ゲーテ、バイロン、シラー、ボード レール・ベルレーヌ、ランボー、オスカー・ワイルドなど、大作家が生きた 時代はすべて19世紀である。 19世紀という時代を常に自分の心の中に持っていようとするには、音楽を聴く ことを日常の習慣にしてしまうことだ。この頃の作品は、今や不滅の作品群だ。 20世紀になるとそれらはすべて別の音楽になっていってしまうし、言うなれば 19世紀の残骸のようなものだ。19世紀の音楽を楽しめなかったら、その人間の 精神生活はすごく貧弱なものになると思う。 ≫ ▼ それでは、絵画はどうだった調べてみると、 【19世紀はもっとも絵画が進化した時代と言っても過言ではない。現代絵画の 巨匠ピカソやマティス、ムンク、シャガールなど全員がその影響を受けている。 16世紀まではイタリアが、18世紀はフランスが芸術の最先端。ゴッホは19世紀 終わりの画家である。・・】とある。その背景には、国力の成熟もあるようだ。 学生時代に、安いステレオを買って、世界の民謡、ジャズ、アメリカン ポップス、クラシックを独りコーヒーを飲みながら聴くのが楽しみだった。 大都会の中の孤独は、音楽と読書でまぎらわすのが一番だったが、後から 考えてみると、大都会の中の孤独こそ、一番の環境だったことになる。 早稲田大学近くの寮、今でいう「シェアハウス」の25人の地方出の共同生活 から垣間見た人間観察と、クラブ、ゼミ、世界旅行と、恵まれた経験だった。
・・・・・・ 4437, 「死ぬのが怖い」とはどういうことか ー7 2013年05月10日(金) ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー 前野 隆司著 * ルート6 幸福学研究からのアプローチ(幸福学の道) 《 幸福になるための因子は、自己実現と成長、つながりと感謝、楽観性、他人 の目を気にしない生き方。それを満たすのは、自己を捨て、無我、無私を実現 する達人の生き方。欲にも、生死にも、他人との争いごとに拘らず、達観して 静かに生きる姿勢。ここに達成した人は、持続的至福に達することが出来る》 これが、幸福学の結論。 現在の状況を冷静にみると、 「これが人生、で、もう一度同じ人生を歩みたい」という現在の心境と同じ。 ー他人と比較しないことによる幸せこそ、人生の要諦。 その辺りよりー ≪ 幸福学とは、要するに、幸せに効く主観的な要因は何かを明らかにする研究。 その結果、僕たちの行ったアンケートの範囲では、幸福の要因は大きく 四つの因子に分けられることがわかった。 ・一つ目は、自己実現や自己能力に関する因子。目標を持っているか、直近の目標 と将来の目標に一貫性があるか、自己統制感が高いか、自尊心が高いか、など。 ・二つ目は、つながりに関する因子。他人に対して親切か、様々な出来事に 感謝しているか、多様な知人がいるか、など。 ・三つ目は、楽観因子。楽観的か、ポジティブか。 ・四つ目は、他人と自分を比べない因子。他人と自分を比較しない傾向が高いか。 ここでは、四つ目の因子に注目しよう。 すなわち、「他人と自分を比べない ことによる幸福」について。 自分を他人と比較しない人には、長続きする 幸福が訪れると考えられる。千五百人への調査結果も、それを表している。 つまり、千五百人の回答者のうち、他人と自分を比較しない傾向が強い人は 幸福である比率が高く、他人と自分を比較する 傾向が強い人は不幸である比率が高かったのだ。 自分と他人を比較しない人々には二つのタイプがあると考えられる。 他人を見ないタイプと、自分を見ないタイプだ。前者は、自分だけを見て他人 を見ないタイプ。周りのことを気にしないマイペースタイプだ。 我が道を 行くから、周りなど関係ない。場合によっては、独りよがりだったり、わがまま だったりするかもしれない。自分は幸せでも、他人には迷惑をかけている 「自分勝手」タイプかもしれない。後者の自分を見ないタイプは、逆に、 世界は見るが自分を見ないタイプ。何が欲しい、こうなりたい、などの自我の 欲求があまり強くないから、他人と自分を比べることにそもそも興味がない。 悪くいえば向上心や競争心がない。なすがまま、自然のまま、だ。 たとえば、武道の達人をイメージしてみていただきたい。茶道、華道、座禅 などでもいい。 凛として、姿勢がよい。何かあっても、動じない。静を以て 動を制す。普段は静かだが、実は相手を倒す力を秘めている。無駄に力んだり せず、相手の力をすっと利用して、自分の思いどおりに世界を動かす。しかし、 私利私欲はない。判断は大局的。全体が見えている緊張感のある空気を醸し 出すが、自分のためには怒らない。思考の対象は常に世界だ。世界のために 行動する包容力。名声を得ていたり、人望が厚かったりするが、決して自慢など しない。 もちろん、他人と自分の比較などしない。≫ ▼ どうも世の中、嫉妬と苛めの糸で哀れなほど。私住む城下町は長年の柵 で、雁字搦めの蛸壺社会。8割以上が地元出身者で占められ、それが全社会。 学校関係者以外は殆ど付き合いがないが、垣間見えてくる世界は箱庭のようで 面白い。知識を持たない人の無意識の科学は、身近の人との比較しかない。 不幸になって当然。それも私の主観による思い込み。「横を見ないで、縦 (今、ここ、自分)を見て生きる」と割切ってしまえば、良いが。
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2022年05月09日(月)
* そりゃあ、孤独と緊張の極みだよ! プーチンの時代感覚が変な精神構造には、幾つか書かれている。 自国の英雄に成り上がった(下がった)男の心意気は充分に研究対象になる。 米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は8日、米議会でウクライナに侵攻した ロシアのプーチン大統領の精神状態について次のように証言した。 ― ≪◉「狂ってはいないが、時間の経過とともに彼の考え方が凝り固まり、彼に 意見できる側近が減ったために扱うのが極端に難しくなっている」と述べた。 ◉ 下院情報特別委員会の公聴会で与党・民主党のラジャ・クリスナムルティ 氏から「プーチンの精神状態をどう評価するか」と問われて発言した。 駐ロシア米大使を務めた経験があるバーンズ氏は「第三者の視点や、彼の見解に 異議を唱えたり疑問を投げかけたりする人から隔離されている」と語った。
◉ プーチン氏は2021年7月に「ロシア人とウクライナ人の歴史的同一性について」 と題した論文を発表し、両国民が「一つの民族」と主張。ソ連崩壊で独立した ウクライナとの再統合を自らの使命とみなしているようだ。新型コロナウイルス 感染拡大で外部と接触する機会が減ったことも孤立を深める一因になったと指摘。
◉ ウクライナでは民間人を含む無差別攻撃が続き、反ロシア感情が高まっていると みられる。バーンズ氏は「ウクライナ国民の反対を押し切って、プーチンの傀儡政権 を維持できると思えない」と強調。同席したヘインズ国家情報長官も… 「ロシアは 大規模反乱に直面する可能性が高く、親ロシア政権を樹立するのは困難」と…≫ ―― ▼ 69歳の時節。独裁者が陥る精神錯乱なるが故の混乱。北朝鮮の怒れた風の 独裁者の脅しのテクニックを己に重ねた独り芝居。漫画チックなるが故に面白い! 核ボタンを持ち脅せば何事も可能と、駄々を捏ねれば何とかなるですか! それと、現在の絶対権力に魔力があるのだろう。それが脅かされそうなのだから。
・・・・・・ 7390,閑話小題 〜シネマ観賞/『ノマドランド』 2021年05月09日(日) * 昨日はシネマ感想 昨日は予定もなく、シネマも、これっというのもなく、家内のショッピング・ モールのアッシーとして行くことにした。 …内容といえば、アメリカを車で 移動する現代版の『流離い人』の日常。そこには、然したる事件もなく、淡々 として日常が続く。もう、平凡な生活に戻れない野生に満ちた精神が宿っていた。 直にアメリカの流離の哲学者エリックホッファーが思い浮かんできた。 彼は「数奇な運命をたどりつつ独自の思想を築きあげた哲学者である。 7歳で失明、15歳で突然治り... アメリカが最も理想に燃えていた時代の申し子。 それを彷徨いの車上生活者に置換えた内容。そこには、様々な訳ありの人たちが 必死に生きていた。何か、秘・異郷ツアーの旅仲間の顔が重なって見えていた。 旅そのものが日常生活。 その気ままさと、過酷な現実!
≪「スリー・ビルボード」のオスカー女優マクドーマンドが主演を務め、 アメリカ西部の路上に暮らす車上生活者たちの生き様を、大自然の映像美と ともに描いたロードムービー。ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション。 「ノマド 漂流する高齢労働者たち」を原作に、「ザ・ライダー」で高く評価 された新鋭クロエ・ジャオ監督がメガホンをとった。 ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーンは、リーマンショックに よる企業倒産の影響で、長年住み慣れた家を失ってしまう。キャンピングカーに 全てを詰め込んだ彼女は、“現代のノマド(遊牧民)”として、過酷な季節労働 の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることに。 毎日を懸命に乗り越えながら、 行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ね、誇りを持って自由を生きる 彼女の旅は続いていく。 第77回ベネチア国際映画祭で最高賞にあたる金獅子賞、第45回トロント国際 映画祭でも最高賞の観客賞を受賞するなど高い評価を獲得して賞レースを席巻。 第93回アカデミー賞では計6部門でノミネートされた。 〜ネットビューより〜 ≪ 主人公のファーンは会社の倒産で職を失い、病で夫も亡くした61歳の女性。 彼女は致し方なく、愛着のあるぽんこつキャラバンに夫との思い出の品を積み、 当てのない旅に出る。生活のため、ところどころで季節労働をするうちに、自分 の意志でノマド生活をする「ホームレスではなくハウスレス」な人々と出会い、 新しい世界を発見する。≫ ― ▼ 暗く、重いが、然したる大事件もなく、味のある事由が垣間見られる物語。 このコロナ禍で直撃しているフリーランスにも重なっていることも、注目材料 の一つである。国内、国外の何割かは、現在、大木は岐路に立たされている。 過去の基盤が消滅してしまい、何ごとも無かったが如く過去には、戻れない。 新たな基盤を自ら立ちあげていかなければならないのである。10年前の己の 姿Tに重なる部分がある。暗く、重いが、然したる大事件もなく、只管、今日、 明日を生きるだけで精一杯。誰もが直面する問題でしかない事が分っていても、 将来の灯りは既に、そこには無いのである。
・・・・・・ 6995,閑話小題 〜現場の生々しい事態 2020年05月09日(土) * 第一ラウンドが終わり 現時点では、新型コロナの感染から如何に身を守るかがメインテーマだった。 そして、その第二ラウンドに入ろうとしている。 まだ10万円の配布と、休業 保証の支払いあるため、何とか遣り繰りしている状態。しかし休業補償の対象店 も客足が戻るでなし、1〜3割まで減った売上が、2分1〜3分2まで戻ったら良しと しなくてはならないが、根こそぎの業態変更で対処しないと… それが可能か どうか? 〜現在、通ってるスポーツジムのケースをみると… 元に戻るに、最低、2〜3年の時間が必要? インストラクターを観ると、 殆どフリーランスのパート。 学生時代、体育会系所属だった子育て中の女子。 9年前の開店時のスタッフは、ヨガの先生がただ一人だけが生き残っているだけ。 私の見立ては、あと二年の存続は5分5分。いやもっと低いか? 客筋ターゲットが、‘フレンドリーで、ジム通いの初心者向け!’会員を如何に 引き留めるか。この辺りの問題は全ての業種に言える。としても、この応用問題 は厳しい。先日のTVで、廃業を決意した事業主が「こころが折れてしまった!」 と無念を滲ませて語っていたが… 何をか言わん。 ― * そして第二ラウンドへ ・小泉内閣や橋本内閣で内閣総理大臣補佐官を務めた岡本行夫氏が、新型コロナ ウイルスに感染し亡くなっていたにも驚き。大型連休中の高速道路 10キロ以上 の渋滞なし 死亡事故もゼロという。居場所失い路上生活のインタビューも深刻。 雪崩れをうったような失業問題が押し寄せてくる。隠れテーマが、3密を象徴した 都市問題がある。「3密を拡大し、濃密にして合理的にしましょうよ」が、根底 から否定されるのだから、堪ったものではない。 3%人種にとっては、大した ことはないが… それ以外の97%の平民にとって大問題。アメリカ並みの露骨な 格差問題が、そこに見え隠れする。 数年後の社会の姿は、「3、30,67%」が、 「1、9、90%」に移動する変動現象になるのでは? 何処まで続く…? イメージとして20〜30ラウンドでは、いやもっとですか。 次は世界恐慌? 第三次世界大戦? 細菌対細胞との生き残りをかけた最終決戦?
・・・・・・ 6628,読書日記 〜『無知の科学』だってさ! −4 2019年05月09日(木) <『知ってるつもり――無知の科学』 スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック(著)> * 知識の錯覚 「私たちは嘘をいきている」 読むほどに、実は思いの外、私たちは無知であることに気づかされる。 それを学生時代に知り得たため、読書習慣を自らに課してきた。で、この程度。 しかし、情報機器の進化は、人間の脳の能力を遥かに凌ぐようになった現在、 逆に自らの「知っているつもり」を認めて、謙虚にへり下る態度も必要か!
〜 以下は要約した個所である。 ≪ 私たちは驚くほど無知であること、自分で思うより無知であることを 見てきた。また世界が複雑であること、私たちがみるより、遥かに複雑である ことを見てきた。ならばなぜ、これほど無知な私たちが世界に圧倒されないか? 知るべきことのほんの一端しか理解してないのに、まっとうな生活を送り、 分ったような口をきき、自らを信じることができるのか。 それは私たちが「嘘」を生きているからだ。物事の仕組に対する自らの知識を 過大評価をし、本当は知らないくせに、ものごとを理解していると思い込んで、 生活をしていることで、世界の複雑さを無視しているのである。実際にそうで ないにもかかわらず、自分には何が起きているかわかっている、自分の意見は 知識に裏付けられた正当なものであり、行動は正当な信念に依拠したものである と自らに言い聞かせる。複雑さを認識できないがゆえに、それに耐えることが できるのだ。これが知識の錯覚である。 大人になるにつれて、探求を止めて しまったことが、物事が複雑であることを忘れてしまったことに起因している のかもしれない。「その先は、実は知っているが…」と、空白をつくるが、 実は、その中には何も入ってない。まず自らを誤魔化すことが、人間の甘さ。≫ ― ▼ そこでスマートフォンなるものが普及してきた。これを活用すると、凡人が 天才の能力に近い人種にスケールアップすることができる。 世界中の脳が ネットで繋がり現実社会を覆ってしまった。このお陰で、逆に何も知らなくても、 超小型pcに音声入力で検索すると、世界中の脳に繋がり、ベスト・アンサーの 情報が入手可能になったのである。 それが逆に、『知っているつもり』の 無知人間に陥ってしまう危険性が大きくなった。自分の縁る基地の軟弱化である。 このブログを例にとると、外部脳と、自分脳とが、何時の間にかシースルー化 している。過去に書いた、文章を現在の私が読むと、その内容自体が、外部脳 と自分の脳の混合でしかないことに気づく。それをまた外部脳が読んでいる。 フワフワした脳を公衆に晒すことを継続することで、自らを変えているつもり だが、そう甘くはない。私たちは「共同幻想」の世界に生きている。幻想という 嘘の世界に生きているが、誰も、そのことに気づいていない。その事実を話すと 変人扱いされるため、知っている風をして黙っているしかない。しかし、誰もが、 スマートフォンを手に入れ、情報基地を持ってしまい、知ったつもりの人間が、 互いに繋がってしまった。無知同士が互いに繋がると如何なる? この世界的 動乱が、この結果である。 ランドアーという科学者は、1980年代に、コンピュータサイズを測るのと 同じ尺度で人間の記憶量を評価することを思いたった。現時点で評価すると、 ノートパソコン一台には長期保存用として250〜500ギガバイトのメモリーが ついているが、0・5ギガバイトだと。 人生70年の間に、一定速度で、学習を 続けるとしても1ギガバイトである。これが10倍としても、大して変わりはしない 微々たる量でしかない。これは、あくまで記憶量の問題で、脳は複雑で、PCの 記憶媒体の質量とは比較できないが… それでも、昨今の情報機器の進化をみる につけて、人間の脳は、進化する情報機器を前に、その限界がみえてくる。 …としても、この情報機器の進化と、情報革命の諸現象は、あまりに面白い! 知ったかぶりね、知ったかぶりですか。情報化とは、浅くも深くにもなる、 その人の程度によって… 猿でないのに何でまた、掴んだまま手を離さない?
追:偶然だが、一年前の内容が丁度良く、文脈でつながる… ・・・・・・ 6265,閑話小題 〜「これ以上はいけない」と宣告する境界線 −2 2018年05月09日(水) 《『街場の読書論』ー歩哨的資質についてーより》 * 歩哨的資質ですか! 聖地や秘境との邂逅の場で、何やしらかが、「これ以上、立入るな!」と 無言の得体のしれない何かを感じたこと屡々。その時々に私の知っていること など、ほんの僅かで、圧倒的未知の世界の一部から得る啓示に慄然とする。 <「存在しないもの」と「存在するもの」のフロントラインにおけるふるまい> とは、分かりやすい表現である。人間は未知とのフロントを守護する歩哨ですか。 考えさせられる内容のため、全文を数回に分け紹介しながら考えていく。 ――
≪毎日新聞社が高野山金剛峯寺で開いているセミナーで一席おうかがいしてきた。 「公共性の再構築」という演題だったのだが、それは3・11以前に出した ものなので、もう少し踏み込んで「社会制度の作りなおし」というテーマで 70分お話しする。 このところ繰り返し述べている「存在しないもの」と「存在するもの」の フロントラインにおけるふるまいということをまた申し上げる。
私たちの世界は「存在しないもの」に囲繞されている。 宇宙の起源を私たちは知らないし、宇宙の果てに何があるか (というより「何がないか」)も知らない。 時の始まりを知らず、時の終わりを知らない。 『ヨブ記』で主はヨブにこう問う。
「わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。 あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。 あなたは知っているか。 だれがその大きさを定め、 だれが測りなわをその上に張ったかを。 その台座は何の上にはめこまれたか。 その隅の石はだれが据えたか。 (・・・) あなたは海の源まで行ったことがあるのか。 深い淵の奥底を歩き回ったことがあるのか。 死の門があなたの前に現れたことがあるのか。 あなたは死の陰の門を見たことがあるのか。 あなたは地の広さを見きわめたことがあるのか。 そのすべてを知っているなら、告げてみよ。」(『ヨブ記』38:3−18) ヨブはこの問いの前に絶句する。
私たちは私たちの生きているこの世界の「外部」についてほとんど何も知らない。 私たちは私たちの手持ちの度量衡では考量できないもの、手持ちの言語では 記述できないものに囲繞されている。 私たちが理解できる世界と、理解を超えた世界のあいだには目に見えない境界線 がある。 「存在するもの」と「存在しないもの」のあいだには目に見えない、 手で触れることもできない境界線がある。けれども、その境界線を守護するのは、 私たちが「人間の世界」で生きてゆくために必須の仕事なのである。 誰かが境界線を守護しなければならない。 『ヨブ記』においては主がその仕事を担っている。 主はこう言う。
「海がふき出て、胎内から流れ出たとき、 だれが戸でこれを閉じ込めたか。 (・・・)わたしはこれをくぎって境を定め、 かんぬきと戸を設けて、言った。 『ここまでは来てもよい。しかし、これ以上はいけない。 あなたの高ぶる波はここでとどまれ』と。」 (『ヨブ記』38:8−11)
「存在しないもの」に向けて「ここまでは来てもよい。しかし、これ以上は いけない」と宣告する境界線がある。 高野山の奥の院に足を踏み入れたときにも 「フロントライン」に近づいた感覚がした。 弘法大師がそこでとどめた「高ぶる波」の微かな波動が感知された。 聖域というのは、そこで完結している場所ではなく、何かとの「境」なのだ。 機能的には「かんぬきと戸」なのだ。 〜つづく ≫ ― ▼ カナダに初めて行って、ロッキーの景観に圧倒され自失茫然とした。 その時の内なる声、「もしかして、これを見ずして死ぬところだった! とんでもない! 夜半8時過ぎの薄暮のなか、バンフのレイクルイーズの周辺を家内と散策した 時のこと。家内が疲れ果て帰った後、更に独りで湖畔を歩いていると、何やしら リスやカワウソ、ビーバー、鹿?などが威嚇する鳴き声。それでも女性一人が、 次々と帰ってくるのに励まされ歩いていると、今度は雷音が、「もう帰れ!と 言わんとばかりに聞こえてきたため、Uターンをして帰った。 世界的カーレーサーの明言、『限界までは誰でも行ける。問題は、その先、 どの位行けるか!』。 イスラエル、ケニア・タンザニア、シリア・ヨルダン など秘境、異郷ツアーで味わうのは、その歩哨の感動体験の感覚。 <これらを見ずして、誰が死ねようか。見なければ、体験しなければ、それは 存在しないことと同じ。聖域とは、聖地とは、大自然の懐とは、そういうところ!>
追:【そんなことこそ大変だろうが、拘ることもないさ。中心を穴が空くほど 凝視して、捨身になれば、一瞬でも解放されるよ、自分という柵から! 折角、宇宙の彼方から観光旅行で、『光』を見に来たのだから。 縛ってるのは自分以外、誰も居ないよ。 分かってはいないのは私自身。】
・・・・・・ 「読書日記・映画鑑賞日記」のコーナー 2007/05/11 2229, 人生張っています −2 (σ・з・)σオハYO!! 『人生張ってます』−読書日記 対談を終えてのインタビューの感想がまた面白い! ーー さすがの中村うさぎも、毒気を抜かれて「まだまだ、うさぎは青かった」と。 「私はそれなりに地雷を踏んできたなと思っていたが、世の中には私の 踏んでない地雷がいっぱいあるものだと、勉強になりました」と脱帽。
30歳前後位で、女はみんな迷ったり模索するじゃないですか。 その時に暴走しちゃったらするんだと思うんですね。 私の買い物もそうかもしれない。 5人の場合も折り合いがついてないのかもしれないが、 「私はこっちの道を行くと決めた」というのがあって。 こんな人にはなってはいけない。
「あなたはあなたなりの道が用意されているわけで、それはあなた自身が決め ないといけないんだ」ってこと。誰かから決めてもらって押し上げてもらって 押し上げられた人は誰もいない。ある程度のところで決断して、捨てるものは捨て、 受け入れるところは受け入れて、自分の売りとか生きていくキャラの方向性を 決めないと。「これが私なんだ、こんな私はどうよ?」という腹のすわり方は、 読者も見習ってほしい。
私のそういう瞬間は、第一次、第二次があるとして、第一次は離婚でしょうね。 あの旦那をわたしの人生から簀巻きにして放り出したところで、これでいいや と思ったんです。それから浪費癖ですね。開き直ったんです。 「浪費作家・中村うさぎ」という名が売れるとは、想像もしてなかった。 ドン底にはまった時に、そのドン底がネタになるんですね。 ネタにしようとやっているわけではない。 ーー 解)以上であるが、冷静かつ真面目に彼女等と自分を見据えている。 それよりも、すざましいウンコ話をパソコンに打っている自分が面白い? 秘境旅行は、一度の旅行に一通りの人生のトラブルが圧縮して立ちふさがる。 その一つが『デモノ・ハレモノところきらわず』である。
食事と飲み物と、時差の関係で、何時何処で、もようしてくるかわからない。 今まで、一度も失敗が無かった方が奇跡である位、何度も危機一髪の事態に陥る。 そんなことを恐れていたら、秘境旅行などできやしない。何とかなるものである? だから、このエゲツナイ話が身に沁みるのである。 書き写すかどうか迷ったが、今さらである。 読まない方が良いですよ!と 言いながら・・・
こういう話は、タブーなのだろうが、この本は誰もが嬉々として 話しているところが怖い!ところだ。 ー内容は、明日のお楽しみ?に! 三人分の対談者の内容を書き写してある!
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| 7739,閑話小題 〜今年も、はや三分の一が過ぎて… |
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2022年05月08日(日)
* ゴールデンウィークも過ぎようとして 今年も4ヶ月を過ぎ去った。ロシアのウクライナ侵攻も有り、非日常感の 強い日々だった。何やら、NATOの策略で侵攻をしてしまった感があるプーチン。 ソ連時代から背負ってきた旧式兵器の在庫処分と、パンデミックを利用した領土 拡大の中では、絶好の機会とみたが、そうは問屋が卸さないのが、この事態。 核弾頭を一発を実射して面目を守って鞘を納めるつもりだが、思惑通りになら ないのが現実。 ・数日で短期決戦で首都陥落を目指したがウクライナにはNATOがついていて、 脆くも失敗。国境近くの領土の占拠で矛を収めるか否かの状態。 ・黒海に控えし、旗艦船の「モスクワ」まで撃沈され、将軍クラスの4分の1が 殺された。電話回線による位置情報が洩れて狙い撃ちされた結果である。 ・圧倒的と信じていたヘリとジェット機で空を制圧するつもりが、21世紀の ドローンと、携行ミサイルで壊滅。それがネットのYouTubeで世界に拡散された。 ・悪いことに、それを見ていたフィンランド、スエーデンが、これを機会にNATO 入りを宣言。兵力と資金を使い果たしたロシアには成す術がない。 ・ソ連壊滅以来、30年かけた信用も、この隣国侵攻で、地に落ちたのが、これ!
特に隣国侵攻には、世界中が神経をとがらす異常事態。災害のさいたるパンデ ミックの混乱時のこれは、絶対やってはならないこと。策士策に溺れた結果に、 相成ってしまった。次の大統領の立場の保持が狙いだろうが、甘い。
・・・・・・ 7389,閑話小題 〜茨城県境町の一家殺傷事件の犯人が… 2021年05月08日(土) * 和歌山、保険金詐欺の容疑者の逮捕から 何故か、このゴールデンウィークの時節に、和歌山、保険金詐欺の容疑者の 逮捕が報じられた。その時に、この「茨城県境町の一家殺傷事件」の犯人が… 想い浮かんだのは私だけではなかっただろう。現地から30�舛曚瀕イ譴臣法� 記者仲間の間では、知られており、Xデー待ちだったようだ。他県からの流しが 私の犯人像だったが、30�腺蹐靴�離れてないのに驚いた。猟奇殺人に興味を 持った変質者というところか。 …ネットを検索すると、以下の内容があった。 ≪◉ 2019年9月、茨城県境町で小林光則さん(当時48)と妻の美和さん(同50)が 刃物で殺害され、長男(同13)と次女(同11)が重傷を負った。雑木林に囲まれた 「ポツンと一軒家」で起きた、この凶悪事件は、まるで「世田谷一家殺人事件」を 連想させ、一時は迷宮入りも危ぶまれたが、5月7日に急展開する。 ◉ 茨城県警が、事件現場から約30km離れた埼玉県三郷市に住む岡庭由征容疑者(26) を殺人容疑で逮捕したのだ。「岡庭容疑者は昨年11月、硫黄45キログラムを所持 していたことで、三郷市火災予防条例違反でも逮捕されていた。このときすでに 境町一家殺傷事件への関与が噂されており、事件担当記者はXデーをずっと待って いた状態です」(全国紙記者)≫
・・・・・・ 6994,閑話小題 〜100歳まで生きる気の貴君に 2020年05月08日(金) * 長生きすれば、良いってものじゃない ◉ 去年の秋口から、何かしら急速に老いを感じるようになった。 老いを感じたのは、還暦を過ぎた頃から… さらに年々の老化を意識しだした のが自宅から長岡駅までの歩き。 10数分で、腰の鈍痛が我慢できないほど。 スポーツジムに週4〜5回も通って、これである。年齢を重ねると「わくわく感、 ドキドキ感」が低くなるというが、映画も、秘・異郷先も、これだけは衰えない。 それと好奇心、感動、感激の心も然り。 人生の良いとこは、60歳というが、私は75歳のようだ。それも、あと8ヶ月 で終わるが、10年程前から75歳が寿命と公言してきたが、あと5年は生きそう。 我ながら誤算である。 …しかし、その年齢を死期と設定したお陰か、 「より世界を広げ、より深く見てやろう!」と、世界観が変わっていた。 肉体的な老いを感じても、精神まで老いる必要はない。
◉ 21世紀に入って、いや20世紀末から、ソ連邦の崩壊と、情報機器の進化と、 それに伴うネット社会の到来を起因とする社会変動が生じている。 現在は、 「パンデミック」である。まさか、一時的にしろ世界中が国境閉鎖の事態。 これも生きていればこそ経験できる歴史的事態である。 ◉ 100歳まで生きようとする貴君へ。 ・115歳が学者が言っている限界で、一番、長生きだったのが、122歳5ヶ月。 その次が119歳。115歳以上も生きた人は、世界中に50人にも満たない。 世界に76億の人口がいるが、115歳以上は、3人だけ。その内の2人が日本人。 しかし、現時点の100歳以上が7万人も存在するというから、周りは大変だ! その上に、老化に対する医療も進んでいるため、先々、無制限で長寿社会化が すすむ。あとは認知症の問題。90歳以上になると、6〜8割が、これになる。 それに寝たきりを考えると、やはり現在の平均年齢が、死に時だろう。 そう思って気楽に生きた方が楽だよ、きっと。 …なるようになる!
・・・・・・ 6627,読書日記 〜『無知の科学』だって! −3 2019年05月08日(水) <『知ってるつもり――無知の科学』 スティーブン スローマン, フィリップ ファーンバック(著)> * 恐ろしいかな無知 ・人生を長く生きてきて振返り思うことは、『無知』の恐ろしさ。それでも、 何とか切抜けることがことが出来たのは、?? 著者が言いたいことは、 <人類は無知である、ということでなく、人間は自分で思っているより無知で ある、ということ。私たちは多かれ少なかれ、「知識の錯覚」、実際には僅かな 理解しかしてないのに、物事の仕組を理解しているという錯覚を抱くこと。> 会社の清算の決断と手順に入った時、幼児の頃から、両親から見聞きしてきた ことと、そのプロセスから見えてきた差異から見えてきた生々しい現実。
・8年前になるが、新潟駅前の5つの物件が、一年以内で売却先が決まり清算が 終了したが、これは奇跡中の奇跡。先日のモーニングショーで鬼怒川温泉の 倒産、放置されたままの3棟の廃墟ホテルの実態をレポートしていた。経営者は 夜逃げ、その後の処分が出来ないまま放置。私の最悪の事態の想定が、これ?
・当然のことだが、多くは、自分が実際には何も知らないということを知らない。 我々が話す殆どは、抽象的知識に頼って、それを、勝手に繋ぎ合わせているに すぎない。社会の大部分は、錯覚した知識の中で生きているのが現実である。 性欲過剰?の恋愛感情をみれば、知識と情感に置換えてみると解りやすい。 刷り込まれた思い込みを互いに重ねて熱でブレてしまうが、熱から覚めれば、 「誤解から理解」になり、ハイ、さようなら! 殆どのことは、わかっている という感覚に過ぎない。 ― * 思考の目的は何か? 思考の目的は、「行動」であると… 特定の状況に応じた行動を選ぶための 最適なツールは、情報処理をする知的能力である。そこで記憶が過去の最適な 因果関係を直感し、因果関係を察知する思考が出てくる。この能力がありながら 何ゆえに、世界の仕組の察知に疎いのか。それは…誰かが、情報を発すると、 それ以外のことが本質以外のことは忘れる。無意識が除去するためである。 我々の知性は、個別のモノや上京について詳細な情報を得るように出来てない。 新たなモノや状況に対応すれば、個別具体的な詳細情報より、大元にある規則性 だけを理解していればよい。その一例は映画の観劇で理解できる。大筋は記憶 出来ても、具体的な映像の殆どは、消え去っている。だから二回目、三回目の 方が遥かに面白く感じるのは当然である。 ― ▼ としても、万人がスマフォを携帯している時代。クイズ王などで東大、 京大の若者が、思いもよらいな難しい問題をすらすらと解いている。 そこに凡人がスマートフォンを持って、自由に使わせたら、同等か、それ以上の 脳力を発揮できる。そうこう考えると、この情報革命は生命誕生以来の大変革期 にあるというのも決してオーバーでない。そして、互いの脳の間が、シームレス化 していくのも実感する。知ったつもりを凝視し、まず量を熟し、質を高めること。 〈 ある人が、アメリカに行ったいいが、営業をしようにも英会話すらままなら ないまま途方に暮れて涙をしていた時、近づいてきた老人が、その訳を聞き、 翌日から、そこで英会話のレッスンをしてくれた時の約束が… 「わかったふりをするな!」である。 『何にも知らないくせに!』 何をまた。
・・・・・・ 6264,閑話小題 〜世間話のでき方 −2 2018年05月08日(火) * 世間教のおバカは自分のこと 前に、「世間話のでき方」のテーマを思い立ち書いた。また「世間様」の 批判だが、前回の文脈からして如何に、風評が言い伝わるうちに、歪められるか、 物語として書換えられるかの恰好の事例になった。 ・まず自分の話からして、都合よく脚色をつける。 <修理後に、カツ屋に行こうと信号を渡って店に入いろうとしたらパトカーの サイレンが聞こえてきた。まさか違うだろうと思いつつ、カツ丼を注文したが、 何か気になるため、帰り道は、万一と考え、大通りを避けて帰ってきた。帰りの 道すがら、万引きをして追われる男の気持ちとは、こんなものか?」が修正がある。 少し難しい話になるが、カントの「もの自体」の説明になる。主観が入るため、 描写そのものが無理。主観という歪みが入るのである。世間話なら、ほぼ嘘が 拡大する。この文章も私の歪んだ主観で折角の情報を面白おかしく歪んでいる。 その歪みを上から、下から目線で楽しんでこそ、面白みが倍増する。 ・家内の一時停止違反の話を聞いて、脚色して話を面白くしたのを、家内が 間抜けな亭主がパトカーに追われてカツ屋に逃げ込んだ話に脚色。それが伝わる うちに、警察に捕まり、連行されミッチリ絞られ…に発展していく。世間様とは、 そういう世界の人達をいう。これが世間教徒の姿と私の歪みを白状する。 ・幼児の頃から、両親の会話の中に、その正体「全部、嘘かデマカシ」を知って いたが、黙るしかなかった。(実はこれも脚色)。18歳から30歳近くまで地元を 離れ、34歳から新潟駅前で事業を始めて31年、職住を分けて、可能な限り同級生 以外に近づかないことを旨にしていた。これも歪み。先年に亡くなった親戚に、 半径500m、直径1kの人(世界各地のほぼ大部分になるが)、小さな小池の現実 に嵌って?生涯独身だった(これも私の歪み)。それぞれの歪みが自分になる。 カントではないが、それぞれが分厚い色付きの歪んだサングラスをかけて、身近 な人の風評をなぞって一生を終えるのが人生。 その歪みを少しでも自覚する ため人は旅をし、読書をし、自然に接し続けなければ生きている甲斐がない。
―――― 5532,若者よ、外に出よ! ー�� 天空のショー 2016年05月08日(日) 『人生の教科書』なかにし礼著 * 天空のショー 人間わざ、大自然、そして宇宙へと、対象が一つずつ、ランクアップする。 自然現象、宇宙のテーマは、『人生の教科書』にはない、私の経験の話題になる。 オーロラは太陽系の天空のショーで、地球上の自然現象ではない。だから、 その神秘な輝きに何か得体の知れない現象が感動を呼ぶ。テーマが、 「地球は」から、「宇宙は」に変る。 〜ネット検索によると〜 《 天体の無数の星星の間に輝くオーロラは、太陽から大気圏内へ、光や熱 だけでなく、太陽風を降り注いでいる現象。この太陽風は、太陽の表面の 爆発によって放出されるプラズマ状の電気を帯びた小さな粒でできている。 この太陽風の粒は、地球の磁場を横切ることができない特性を持っていて、 地球の側面からは入ってくることはできない。それに対し、地球の北極や南極 の辺りの磁力線は地球に対して垂直になっているため、太陽風の粒は、地球に 入ることができる。こうして地球に入ってきた太陽風の粒が、オーロラを発生 させることになる。この極地方から入ってきた太陽風の粒が、地球から100〜 400Kmのところで、酸素原子や窒素分子などと衝突すると、光を出す。 これがオーロラの正体である。》 北極近くの天空をキャンパスにした神秘的な光のウネリは、気ままに姿を 現したり、消えたりする。その魅力は、映像では知ることは出来ない。 外に出続けた結果、出会えたのが、これである。〜10数年前の文章をコピー ―――― 2003/10/14 923, アイスランド旅行記ー3 2003年10月14日(火) ーオーロラハントー 数年前に、ノルウエーのトロムソにオーロラハントに行ったことがあった。 その時は「何だこんなものか」という程度で、期待とは全く違うものであった。 薄い雲がスジ状に光っているだけであった。だだ行きの飛行機から見たオーロラ がカーテン状に広く光っていたが。今回も5日間で一日しか見えるチャンスが 無かった。夜になると寒くなる為か曇ってしまうのだ。 感動するような大きなオーロラのはそうそう見ることができないのだ。
そしてたった一回だけの私にとって一生もののオーロラが出たのだ。 天空に展開した時の感激は、想像をしていたより遙かに神秘的かつ荘厳であった。 写真など撮っている余裕など無く、ただ呆然と見とれるだけであった。 これをどう言葉で表現したらよいのだろうかと考えていた。 天空の黒をキャンパスに、滝が降るように頭上の両側に壁になり揺らぐ青白光の 波がこの世のものと思えない、神秘的なものであった。。 あとは「 ・・・・・ 」である。
取材できていた共同通信社のカメラマンが、 「このオーロラをどう東京の友人に説明したらよいか解らない」話しかけてきた。 「これは実際、この目で見るしか理解はできないでしょうね」と答えるしかなかった。 その時、涙が出そうになっていた。 以前ツアー仲間から、この体験談を聞いたことが何回もあったが。 「もういつ死んでもよいと思った!」 「聞くと見ると大違い、実際見なくては!言葉で表現できない」 ―――― H1201自然の神秘 −オーロラ− 旅行に行く度にツアー仲間よりオーロラのすばらしさを聞いて、機会を待って いた。「この冬が十一年に一回のあたり年で五泊六日・三食付、十四万九千円」 の新聞広告に引きつけられ、ノルウェーのトロムソのオーロラ・ツアーに参加。 スカンジナビア半島の北極圏に位置した、北海道を思わせる質素だが、 豊かな上品な街というのが第一印象であった。丁度クリスマスのシーズンに入り、 それぞれの家が電飾で飾られておりお伽噺に出てくるような街並みであった。 トナカイにソリとサンタクロースがぴったりマッチするような絵画的景色であった。 帰りに一泊二日でデンマークのコペンハーゲンに立ち寄ったが、街中がネオンで 飾りたてられており、ディズニーランドを思わせるこの世とは思われない “夢の国”という印象であった。特にチボリ公園の電飾が印象的であった。
トロムソに近づいた機中より見た、天空を背景にしたカーテン状の白いオーロラが 一番初めに見たそれであった。最終日の夜半三時よりみたオーロラも青色、ミカン色 と自然がおりなす天空色彩ショーであった。オーロラも必ず見れるという訳にいかず、 3〜4回来ても見れない人もいるという。一生に一回は見ておくべき自然のパノラマ であった。 (H11.12.10〜12.15) ・・・・・・ 写真 https://retrip.jp/articles/10962/ http://keiki-porori.com/archives/7892 http://4travel.jp/travelogue/10633722
録画 https://www.youtube.com/watch?v=lBiB6a9ERa0
・・・・・・ 4435, 「死ぬのが怖い」とはどういうことか −5 2013年05月08日(水) * ルート4:主観的時間は幻想だと理解する道 ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー 前野 隆司著 ーまずは、この概要を主観的にまとめてみる。ー ≪ 客観的な「今」と主観的な「今」の違いからみると、客観的時間は、時間が 一定速度で進むという前提に基づいている。 時間を秒、分、時間、日、月、 年、10年、世紀といった絶対尺度で捉えるから、そのような結論になる。 客観時間は、一定速度で進む。それは、人がそのように定義したからに過ぎない。 しかし、主観時間は、そのように捉えるべきものでない。主観的時間を考えるに、 「今」を考えてみよう。「今」は、客観的には時間軸のある一点である。 客観的な今は時間の幅を持たない。どんなに短くても、時間が幅を持ってたら、 それは今でなく、過去と未来になってしまう。今とは、それが千分の一秒前と、 千分の一秒後の間が、今になってしまう。 千分の一などどうでもよいと思い がちだが、数学や物理の世界ではそれを認めない。ということは客観的今とは 時間幅を持たない。 では、主観的な今とは何か。「クオリアとして知情意を 感じている、この今とは何か?」と問う以上、主観的な今は時間の幅を持って いると考えるべきだ。ここに、時間的幅を持たない客観的な今と、時間幅を持つ 主観的今。両者の定義は異なる・・ 私たちの心は、「今」しか考えられない。 過去を思い出したり、未来を想像できるが、それらを行うのも「今」だ。 私たち人間には、過去も未来もない。実は現在もない。過去を思い出せるが、 エピソード記憶に残っていることを思い出しているに過ぎない。過去はクオリア ではない。単なる記憶だ。その過去の体験のクオリアに戻ることは出来ない。 人間には「今」しかないのだ。・・・ 僕たちは「今しか感じられない機械」。 今と、生まれてから今までと、今から死ぬまでが、あなたにとってのすべての 時間なのだ。それだけだ。 主観的時間には、「死」なんてない。死ぬ瞬間は、 もはや主観的な「今」はない。死の直前には「今」を感じられるが、それは 死の瞬間ではない。主観的には死はないのだ。生まれる前は主観的には生まれて いなかったのだから当然、時間は流れていなかったのだ。主観的な過去の時間は 過去にさかのぼるほど圧縮され、ついには物心ついたとき以前の時間は完全に つぶれゼロになると考えるべきだ。未来も、先に行くほど圧縮される。 物心ついたときより前の時間がぺしゃんこにつぶれてゼロだったように、いつか 死んだ後の時間もぺしゃんこのゼロだ。・・ つまり自分が死んだ後の無限の 時間、という想定も、過去と同様、見直すべきだ。そんなのは無いのである。≫ ▼ 当たり前のことを論じているが、これが自覚できないのが人間。 過去も未来もゼロ、現在も幻想。ただクオリアがあるだけ。「自分が死んだ 後も世界は無限に続く」ということが、間違いである。死ぬと同時に今も、過去 も未来も、ゼロに潰れる。「今」しかないのに、過去や未来にこだわる人間は 奇妙な生きもの。過去は記憶に過ぎなく、未来は予測に過ぎない。ならば可能な 限り、嫌なことを忘れ、良いことを繰り返して思い出すよう努め、今だけを 考えること。所詮、未来も、過去もない。それで良いのだと。亡くなった両親を 考えてみると、その道理が理解できる。死んだ後の時間はペチャンコに潰れている。 クオリヤを感じている今こそ、生きているのである。だったら、私たちも、 この「今」を生きるべきである。主観的時間が幻想としてもである。
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2022年05月07日(土)
* これじゃ…言葉狩りかい! 少しでもロシアよりの言動をすると、それは酷いバッシングにあう。 それにしても酷い話。 暗殺かクーデター待ちが、現状のようだが、それは 生粋の執行者の経歴があるが故に防御は完璧の筈。表立った暗殺未遂の話は 全く入ってこない。独裁者の宿命だろうが、恐ろしい日常は緊張の極限。 この戦争に入ってYouTubeのネットサーフィンだけでも…明かに見せしめと 思われる殺害事件が幾つかあったような。下手なドラマより遥かにシリアスな 物語が進行している! 大陸は地続きのため、ある日突然、天地がひっくり 返る様な事態が起きて不思議がない。 独裁者の69歳の死亡年齢に入らんとするロシアの英雄が、自らの政治的延命 を画策した隣国侵攻の戦争を仕掛け、計画通りなら数日で成功の筈が、見透かれ て、首都陥落が失敗… 国境沿いまで戦線を縮小したが、これまた苦戦。黒海 の旗艦モスクワが撃沈され沈没。突入時の戦力の4分の1を既に失い。5月9日の ナチ撃退戦勝パレードも開催不能で、大恥をかいてしまった。 あとは…政変 待ち! ストレス対応の薬物で…精神の中枢をやられている可能性もあるため、 粛清に合うかどうか周辺は戦々恐々。これ幸いと、西側はフェイクを流すため、 それは裏切りと、暗殺の恐怖で疑心暗鬼の真っ只中。 漫画的で、これなら、 哲学的になりざるを得ない。彼の存在で抹消された縁者の恨み辛みで彼は呪い 殺されて然るべきだが、それがシブトイ。地球は深く果てない怒りで満ちている。
・・・・・・ 7388,閑話小題 〜イギリスの後は、インド型変異ウィルス 2021年05月07日(金) * 線路は続くよ、何処までもですか! 一年かけてウィルスが開発された後に、治まりかけると今度はインド型 変異ウィルス! サービス産業など三次産業は深刻だろう。問題は先が見通せ ないこと。インドの現場の画像、映像が、そのまま日本にも流れ出ること。 『緊急事態宣言』をしても、治まるあてもなく、延長するしか手立てがない。 この混乱の隙を狙って中国は台湾、香港と、尖閣列島を狙っている。 以前より中国はアメリカに対して、「南米と中南米は手を出さないから、アジア から撤収しろ」と、ことある度に提案している。このコロナ禍も、拡大過程に、 中国の怪しげな動きが無かったと言い切れないところがあった。…下手すりゃ、 全面戦争になりかけない状況下なるが故に、心配になる。 ロシアと組んで、アメリカに白人至上主義者を大統領に据えて、その間隙に、 このコロナ禍?を仕掛けて、このあり様。 ― * 大相撲の場所前の盛り上りが全く無い 三日前にも関わらずに場所前の盛り上りが全く無い! この非常事態では 当り前だろうが…人気商売なればこそなるが故としても、これでは、面白味が 半減する。白鵬が復活するか、それとも、このドサクサに、消えてしまうのか。 大鵬、北の湖、貴乃花などが貰った「一代親方」が、廃止に成りそうとニュースに あったが、これだけ日本文化の大相撲の仕来りを無視をした人物には、相応しく ないことも確か! としても、面白味のない場所に、コッソリと当然のように ように優勝し何とか10年近くも支えたことも事実。 …知恵になるが、 <モンゴル人のみが、ルーツ故に特別入門を許される>をしておくべきだった?
・・・・・・ 6993.閑話小題 〜何が起きているのか? 2020年05月07日(木) * いま、地球上で何が起きてしまったか? ◉ パンデミックが起こり、これまでの当り前の日常が、突然、消え、 僅か3ヶ月で世界が一変した。 ・スポーツジムは閉鎖され、月に一度のシネマの映画観賞も消えた。 ・早朝の信濃川の土手へのチャリ周遊も、土手から人影が激減。 道を行き交う人達の顔は引きつり… ・この30数年間、地元の中学校の同期会が年に3〜4回、定期的に駅周辺の 居酒屋で開催されてきたが、このパンデミックもあって、一切、連絡なし。
◉ パンデミック対応で、まず3密を避けよ!と言うが、これでは殆どの商売に とっての存在価値の否定になる。都会生活は、ビル群が合理的に3密に集約 されたもの。スナック、居酒屋、図書館、美術館、駅と駅周辺。満員電車で 揺られ大規模ビルなどに会社員や、テナントの一員として集合し、定刻後には、 郊外の我家に帰っていく。 …時に途中の居酒屋に仲間と集い、その繰り返しが 都会生活になる。国民の半数以上が都会に住み、似たような生活の繰返す… …そのベースが、危険と根底から否定されたのである。
◉ 私も先駆けの団塊世代の一部で、何とか年金生活に入ることが出来た。 その次の世代にとって、このパンデミックは、欧米的生活様式の全面的否定 そのもの。それなりの生活パターンが、これからは、成立しようがなくなった。 ビルを例えにすると、地下街から2階のサービス街の殆どが使用不能になって いまったようなもの。それを結ぶ、交通網も使用不可。何処の商業地も、店も シャッターが閉まったまま。
◉ この一連で流れで、何処の国家に+になったか? コロナ菌には何故か? 二種類あって、軽い菌を感染源の武漢に発生させて閉鎖。強い方はイタリア、 フランス、スペイン経由、アメリカとくれば… 確たる証拠もないとなれば、 同じことをアメリカは敵対国にするのが道理。一つ間違えると、全面戦争に なる可能性を含む。しかしロシア陰謀説も、アメリカ陰謀説も、製薬会社の 利益誘導説も、成り立つため問題は複雑。韓国による選挙対策も、 <春節の時期が時期だけに… 解っていて中国が隠蔽したのでは?>が、 現在のアメリカの主張。…想像を絶する世界が、存在するのだろうが。 トランプも、安倍首相も、初動をミスったことは致命的なことは確か!
・・・・・・ 6626,読書日記 〜『無知の科学』だって! −2 2019年05月07日(火) < 『知ってるつもり――無知の科学』 スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック(著)> * そもそも、このテーマ日記からして… このテーマ日記こそ、内容を理解したかどうか怪しいもの。書上げた同時に 気持ちは翌日のテーマと、過去の10数年分の文章に気持ちが移動する。それでも、 翌日、当て字間違い字がないかチェックを入れるが、そこまで。 <人間の行為の中で、交尾以上に素晴らしいことはない> という言葉が あったが、これ、「知っていたつもりが、実は知らなかった?」のでは? それなら、若い時分に、もっともっと?多様に交尾していたらというと、責任と、 体裁が邪魔をして、制御をしてきたのは、後悔、先に立たず? そうでもないか? などが頭をよぎる。「後悔には、してしまった後悔と、しなかった後悔がある」 というが、「一線?を、爪先で踏みとどまった我慢」があればこそ、大いなる 失敗をしなかった事が大半だろう。人生とは、情念の我慢と、後悔と、逆に 達成の織りなす糸で成り立っている。数時間の読書と、人生体験を通して、 膨大な?経験から、多くを知っていたつもりだった。 が、総括すると、 「知ってたつもりが、実は何も知らなかったのでは?」の疑念が湧いてくる。 〜以下は、Amazonの一言コメント〜 【スティーブン・ピンカー(ハーバード大学心理学教授。『暴力の人類史』) 「人間は自分で思っているより物事を理解していない。 自分がどれほどわかっていないかをわかっていないのだ。 それを治す薬はないが、対処法ならある――この本のことだ」】 ― 【エリザベス・コルバート(ピュリッツァー賞作家。『六度目の大絶滅』) 「本書は教えてくれる――自分に都合の悪い情報を拒絶すれば、われわれは トランプ政権と同じになってしまう、と。ニューヨーカー誌】 ― 【キャス・サンスティーン(ハーバード大学教授。『実践 行動経済学』) 「この本が大好きだ。私たち個々人がどれほどものを知らず、人類全体としては どれほど多くを知っているかを明らかにしてくれた。」】
〜Amazon読者感想より〜 本書の内容は、序章と訳者あとがきによく要約されているので、まずそれを読み、 「もっと詳しく知りたい」「なぜそう言えるのか」と考えたら全体を読むといい だろう。 序章をさらに短縮すると、こんな感じだろうか。 《・我々が素朴に個人のモノと考えてきた「知識」は、実は「私たちが作るモノ、 身体や労働環境、そして他の人々のなかにある(p.21)」。つまり人間は 「知識のコミュニティ」のなかで「認知的分業」の元に行動しているのである (そうすることで進化的に生き延びてきた)。人間は様々な知識を「自らの脳の 内側にあろうが外側にあろうが、シームレスに活用するようにできている(p.24)」 のだが、そのことに普段は気づかない。それゆえ「知識の錯覚」が生じる。 ・1人1人の「人間は自分が思っているより無知(p.16)」なのだ。個人としては賢く ないが、集団としては賢い。それゆえ「人間の思考がこれほど浅はかであると 同時にすばらしいものとなりえる(p.13)」。このことは教育のあり方についても 見直しを迫る。「私たちは共同してモノを考える」のであって、そのためには 「知能指数より他者と協力する能力(p.27)」が重要になる。 ・「科学への理解を促進すれば、国民の科学に対する好意的な態度が醸成され、 科学技術のもたらす恩恵を積極的に活用するようになるのではないか(p.172)」 という「欠乏モデル」が間違っているようだとか、「政治について考える」の章 での、人々は「自分が間違っていたことがわかると、新たな情報を求めることに 消極的になった」「人は自分の錯覚が打ち砕かれるのを好まない(p.210)」とか、 言っていることは結構、暗い。文章はわかりやすい。 ・「交尾以上に重要な行動はない、というのが進化のことわりである」という 文章の後に「(人間にも同じ見解を持つ人はいるが)」と注をつけたりもするが (p.56)、この種のジョークは類書の中では多くない方だろう。1か所、よくわから なかったのは「直観と熟慮の区別は、西洋思想だけに見られるものではない(p.94)」 として、ヒンドゥとヨガの「チャクラ」について触れている個所。必要な言及か? ・カバーに「ビジネスパーソンの必読教養書」とあるけれど、教師・教育関係者 にもおススメ。「教育の目的は子供たちに一人で考えるための知識と能力を付与 することであるという誤った認識は排除すべきだ(p.237)」なんて、多くの教師・ 教育関係者にとっては驚天動地の主張ではないか。 ―― 一説によると、人間の脳は1GB程度。文字情報ならともかく、映像や動画が記憶に 含まれていることを考慮すると、全然足りません。無知なのは当然でしょう、と いう論理が面白ろかったですね。その少ない情報量を、実に器用に利用するのが 大脳だそうだ。 ― ▼ バカの壁とは、「知ってるつもり」の思い込みの壁。人生80年で知りうること、 など僅かだが、それでも、可能な限り、知り、経験し、味わってこそ、人生。 カントは、 1、私は何を知りうるか 2、私は何をなすべきか 3、私は何を希望してよいか など人間とは何かの「人間学」が根本であるとして基本的命題の答えを探った。 結局は、そのどれも、「知っていたつもり」で、実は何も知らないで生涯を終わる が、別に知ったところで、それが、如何した? でも、それはそれで… 滞りなく 人生を全うできる。 人間は群れの動物。孤立することなく、群れの中で、孤独を 人知れず守り、「集合知」に頼る生き方も、大衆には必要? かも。 「人間は、個人としては賢くないが、集団としては賢い。それゆえ人間の思考が これほど浅はかであると同時にすばらしいものとなりえる」というが、群れるしか 生きられない人には、それも道理になる。 で「知ってるつもり」で、集合知に 頼って生きるしかない!という世間バカの話の「オチ」にオチツク。
〜 で、去年の次の内容が文脈として、あい通じてくる ―――― 6262,閑話小題 〜世間話のでき方 2018年05月06日(日) * 世間話のでき方
・・・・・・ 6263,閑話小題 〜一日だけのスポット 2018年05月07日(月)
・・・・・・ 4434, サードマン現象とは 2013年05月07日(火) 母親が晩年になってから、たびたび「私には守護霊がいる。それは子供の頃 に亡くなった父親。何時も私を見守ってくれ、いざ何かあると、私を良い方向 に導いてくれる」といっていたが、気持ちの問題だろうと聞き流していた。 また先日亡くなった将棋の米長邦雄が講演で、「何時も父親の位牌を布団に 持ち込み、父に話かけていた」というのを聞いたことがある。 先日のNHK教育(PM7:00〜7:40地球ドラマチック)で、サードマン現象を 再放映していた 。これはジョン・ガイガー著「奇跡の生還へ導く人ー極限状況 のサードマン現象)をインタビューなどで編集したもの。で、その概要とは・・ ◎ 9・11の世界同時多発テロで、ニューヨークのワールドトレードセンター ビルに旅客機が二機衝突した事故で、最後に脱出した1人は、煙が立ちこめ 瓦礫に阻まれた階段を下りられず、もうダメだと諦めかけた時、どこからとも なく聞こえた声に従い、突き進んで命を救われたとか。 ◎ 多くの登山者を飲み込んできたヒマラヤのナンガパルバットに初めて 登頂したヘルマン・ブールを危機の中、励ました声。 ◎ アメリカ大陸からヨーロッパ大陸へ、人類初めての単独飛行をした リンドバーグを支えた声。 ◎ アメリカの宇宙士が極度の緊張の合間の休みに神のような何かの存在 を感じたとか。生命の危険にさらされた苛烈な環境の時、自分を奮い立たせる 声を聞く能力が備わっているというのが「サードマン現象」といわれ、その 「第三の人物」は、その極限状況を克服するために精神的な助けをしてくれる。 この現象は、かつて神や守護天使とか守護霊として受け止められることも 多かったが、現在、それを人間の生理的・心理的機構が生み出した幻だとも いわれる。過酷な極限状態において発動する右脳の原始的?スイッチの感じ。 知らない誰かや父親、自分自身、守護天使、などがそこに存在する感覚という。 脳は危機的な状態や生命の危機が起きたり、体験すると「潜在的脳力」が働く。 私たち人類の先祖は過酷な自然の中で、獲物を狩ったり果実を採取してきた。 20万年前の人類の先祖は「サバイバル」の極限の中で、恒に「サードマン現象」 が起きていて、これらの遺伝子が先祖代々受け繋がられ、現代人にも存在して いると、考えられる。以前は450年前の先祖の堀井宗親という仮身を、現在は 「地球の中心点」を擬人化した「球芯様」と、両親の霊を話し相手にしている。 それは自分の魂の仮身である。 この「球芯様」、最近は、ヨガの最中とか、 夜半のベッドで囁きかけてくる。それが、思いもよらない問いかけをするから、 面白い。 また、幾つかの創業の時など、極限の状態に自分を置くと、何故か 異常な力が湧き出てくる。火事場の馬鹿力というか、底知れない力が自分の 中心から立ち現れくる。原始的、動物的知恵と力で身体も心も浮いたように 勝手に動き出す。誰にも経験があるはずだ。 以前、家内が世田谷と同じ面積 のある、ポンペイの遺跡で、迷子になってしまった。それも日が暮れる直前。 警察は来るは、遺跡のスタッフが総出で捜索に当たるは、現地ガイドと添乗員 は、青くなって駈けずりまわった中、色々あって本人は一時間先にあるホテル に何とか帰りついていた。何かの折に書くが、いざとなると、異常な力が 湧き出るということ。 サードマンを創って話相手も面白い、是非お勧め!
・・・・・・ 5896,『しあわせ仮説』 −4 〜愛は恐れを克服する 2017年05月07日(日) 『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著 * 愛は恐れを克服する シリアスな話になるが、義務教育の終わる中学校のメンバーを思い浮かべると、 成績上位の2〜3割と、下位の2〜3割を比較すると、上位は両親が揃っていて、 比較的裕福あるのに対し、下位の人たちは、両親か片親を戦災で亡くなったか、 家が貧しい生活環境にあった。これは当人の責任ではなく、運命の問題になる。 ある程度、安全であればこそ勉強や、遊びにも注意が向く。 逆に幼児の頃、 両親に愛情過剰な位に与えられた人を何人か知っているが、これは性格が強い。 絶対的愛情を親から注がれ育った人は、生涯を通じて、恐れを克服して勇敢に、 遊べる上に、何事にもチャレンジする傾向になる。愛着理論を、ここで紹介して いるが、ネット検索をすると、以下のとおり。 ≪ 乳幼児が、不安や不快などストレスを感じている状況で、自分の親など周囲 の養育者に対して泣いて訴える、あるいは接触を求めて甘えるなどして、親密な きずなを形成しようとする愛着行動に関する理論。英国の児童精神分析学者 ボウルビーが提唱したもので、動物に生来備わっている自分の生命の安全を確保 しようとする本能に基づく生得的行動により、自分の訴えや要求に答えてくれる 限られた養育者との間で愛着(アタッチメント)が形成されることがたいせつと 考える。愛着は1歳ころまでに形成されるが、訴えや要求に対する応答が密なほど 安定した愛着(安定型愛着)が形成され、小児期以降に安定した対人関係をつくり あげる礎(いしずえ)となる。しかし、安定した愛着が形成されない不安定型愛着 では愛着形成障害を生じ、その後の心身の不安定や行動障害をもたらす。 ボウルビーは「愛着」の形成過程を次の四つの段階に分けている。 ・まず生後3か月ころまでの第1段階では愛着はまだ形成されず、周囲の注意を ひこうとだれに向かっても同じように泣いたりほほえんだりする。 ・しだいに養育者とほかの人物を区別するようになる生後6か月ころまでの 第2段階では、養育者に対してとくに強く反応し、笑ったり凝視したりする、 あるいはあとを追うような行動もみられる。 ・生後6か月〜2歳ころまでの第3段階では愛着が確実に形成され、養育者を安全 基地とし、そこからある一定の範囲で行動したり探索行動をおこして、ふたたび 基地に戻る。また、成長するにつれて自分の要求を主張し、実現に向けて執拗な 行動をとるようにもなる。 ・3歳以上の第4段階ともなると、養育者との身体的接触を求めることは少なく なり、養育者の意図や感情を理解し、協力して行動するようにもなる。≫ ー ▼ 中高校生の頃、同居していた甥っ子が、毛布に愛着を持つ依存症だった。 今ではそれも、様々なキャラクターの人形があり多様化しているようだ。 職住一緒の商家だったこともあってか、幼稚園の頃、若い色白の女店員が、 対象だった?ような。なぜか魅かれるのが愛情豊かな長女系。で、生涯、支配 される我が身のような人生になる。人気番組の『家についていっていいですか』 で、都会の単身住まいの若い男の部屋に大きな人形があったのは驚いた。 都会の孤独地獄を癒してくれるそうだ。 私は、座卓の上に鏡を置いて、自分 自身と話していたが。それでも、様ざま寮生が1〜2時間は、部屋に来て談笑 していた。 考えてみれば、このブログも、そのようなものですか…
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| 7737,読書日記 〜何が今さら、孤独入門だが… ー有意味論とは何…? �� |
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2022年05月06日(金)
* 金でもなく、地位でもなく 金でもなく、地位でもなく、突き詰めると充実していたかどうかになる。 充実していたか否かは、己の価値に見合った日々を過ごしているかどうか。 50歳を過ぎた時節に、このブログと、秘・異郷ツアーに絞ることに… 実際は40歳後半あたりから始めていたが、シリアスに方向転換を始めていた。 大自然との邂逅… 至高体験を求めた秘・異郷ツアーの存在。 イスラエル、カラコルム・ハイウエー、タンザニア、地の果てが実感できる 南米・パタゴニアなど、今から考えると、やはり危険極まりないが… それは、 それに見合う価値を味わうことが出来た。そう遠くはない、プッツン(死)の 瞬間で、この有意味感の手ごたえが最期の拠所になる。 死は開放であり、 自然への回帰になる。求めた分、有意味感が確かに残る。 <金でもなく、地位でもなく>というが、恒産あって、恒心あり>が現実。 それを突き詰めると、意味の追求になっていく。世界は広くて、深い物語。
・・・・・・ 7387, 閑話小題 〜お金の有難さ! 2021年05月06日(木) * 両親の膝上で聞いたことは 40歳前後の両親の元で生をうけ、改めて人生を振返ると、孫のように溺愛 されて生きてきて、それが人生の根幹をなしていたと感じる。母親が、ママ父 の元の複雑な家庭環境の中で育ったこともあり、兄、姉をみていて、それぞれ 何らかの歪みが見受けられる。それは自分の家族だけでなく、一般的問題だが、 その歪みの大小になる。各家庭により、父親の酒乱、女道楽、金癖の悪さが 加味され、人生の道のりで、倒れ、死に瀕するほど、酷いことになる。 父親の金銭哲学は、無駄金に厳格で、後々になって、それが極端であること を知ることになる。特に「金銭の貸し借りは脇の甘さが露出する」… 「無借金が基本」などを教えられていた。 お金の大小が人生を左右するので はなく、その使い方次第。…こと金銭になると、人間性が、そのまま現れ出る。 あとは、異性関係。これまた欲望に流されて… 欲望の象徴、お金は、身の程 範囲で… しかし、これが、難しい。 右上りに上げてくれた風が、ある時に、 風向きが変化する。
欧米の諺に… 『お金はあなたを幸福にしないが、不孝の時に、あなたを快適にする』がある。 何とも名言である。その大小に関わらず、じっくりと、味わってもみた。 創業した事業も20年も経過すれば、停滞期に入るのは必定。その頃、 事業経営の鉄則:「連れ名義・積立金を数千万円を別だてで用意すること」を知る。 それは、父親から教えられていたが、まだ半分だったが、10年計画で補充する ことにした。最後に吾が身を守ったのが、これ。 銀行主導の会社清算は、 身内の資金から抑えられ、血の一滴まで抑えられる。 その手立ては、彼らの 蓄積されたノウハウがベースにあり、それは残酷なものと、あい知っていた。 準備を含めた事業人生、充実はしていたが、経験するものではない。 人間性の一番、いやな部分{金銭面)を露出して、容認して生きていかなければ ならない。『マサカの坂の起伏の多さと、過酷なことが、ここまで多いとは!』 当初、それが分っていたかというと、ここまではとは知らなかった。 事業とは、大小に関わらず、ミズもの。傍目と、現実問題とは、大きく違うもの。 その時節ごとに、問題解決をした結果として、元をとっておかないと、死ぬに 死にきれないのが人生。 …後は、『シラケの跡さえ残らないのが現実社会』。
・・・・・・ 6992,閑話小題 〜<意識を機械に移植する> 2020年05月06日(水) * 脳と機械の一体化を研究 〜「私の意識は永遠に生き続ける」 現代のパンデミックは、20世紀初め頃のスペイン風邪と、世界恐慌、世界戦争 以来の人類に突きつけられた課題である。ただ… 驚きに関しては、AI自動車と、 多宇宙論と同程度の驚きである。 しかし、この <意識を機械に移植する>には、思わず目を疑った。 映画のある女性の腹に、麻薬を埋め込んで密輸を目論んだが、それが体内で溶けた 結果、人間離れをした能力が身に付いたSF風の映画があった。 この<意識を機械に移植する>は、ある意味で、人類の夢でもあるが、いざ己 となると躊躇をする。 経験、知識は、溶けて流れる一回性であるから面白い。 20年近く、これを書き続けていられるのは、儚い「日々、是、好日」の経験の 一部を書き残すことで、後あと、読返した時の刺激になる手応えがあるため… ―― 〜ネットで検索すると… ≪ 「将来に、機械として第二の人生を過ごせる日が来ることは間違いない と考えます」。 脳科学者で東大大学院准教授の渡辺正峰さんは断言する。 脳と機械を接続して一体化すれば、機械に意識が宿り「私の意識」は永遠に 生き続けるのだという。「我思う、故に我あり」。哲学者デカルト(1596〜1650) の言葉にあるように、自己意識とは人そのものだ。機械に意識が移植できるなら、 「ヒト」とは、「我」とは何なのか。 渡辺さんに聞いた。 ――意識を機械に移植すると言われても、正直、荒唐無稽な話としか思えない。 「グーグルでAI研究を率いるレイ・カーツワイル氏は、今世紀半ばには人の意識 の機械への移植が実現することを予言しています。私自身、外部の方と協力して 意識移植のベンチャーを立ち上げようとしています。いくつかの仮説が正しければ、 技術的な障壁はそれほどありません。マウスを使っての実験で5〜6年、その後に より人に近い猿で実験。トントン拍子で進めば、20年後に人での実用化も夢では ありません。将来には、機械として第二の人生を過ごせる日が来ることは間違い ないと考えます」 ――どうすればそんなことができるのでしょうか? 「近未来を描いたSF映画で意識移植が取り上げられることがありますが、 さすがに映画のように頭骨の外から一瞬で意識を読み取るようなことはできません。 私が考える手法は、開頭手術をした上で脳と機械を接続するものです。…長ければ 数カ月、数年単位の時間がかかるかもしれませんが、脳と機械の意識が一体化して しまえば、たとえ脳が終わりを迎えても、意識は機械側に存在し続けるはずです」 「人の脳は、左右に分かれた脳半球が三つの神経線維束で結ばれて情報をやり とりしています。脳科学の進歩により、二つの脳の情報連絡の仕組みが分かって きました。左右の脳がつながるのと同様に脳と機械をつなげられると考えます。 脳はニューロン(神経細胞)を組み合わせた神経回路網に過ぎず、それを十分に 模した機械を作ることができれば、そこには意識が宿るはずだと多くの科学者が 考えています」 ―― ≪ 人間の意識を機械に移植する研究を進めている。米グーグルでAI研究を率いる レイ・カーツワイル氏は、今世紀半ばにはこれが実現すると予言している。 私自身 は、3月に始動したスタートアップなどを通じて、20年後メドの成功を目指している。 令和のうちに、人間が機械の中で永遠に生き続ける時が来るかもしれない。
■ 脳と機械を接続し、徐々に人間の意識を浸透させていくのだ…。
米国では実際に研究されているが、「脳の構造を完全に読み取り、機械として 再現する」なんてことは、少なくともあと100年はできないだろう。私が提案して いるのは、脳をニュートラルな意識を有するコンピューターと長期間つなぎっ放し にする方法だ。そうして、比喩的にいえば「機械を私色に染める」。 完全に染まったとき、移植は完了する。すると肉体が滅びた後も、機械の中で 「私」の意識は永続できるようになる。
■人間が不死の存在になるとしても、それを望む人は決して多くはないと。
講演で聴衆に「意識を移植してみたいですか」と聞くと、意外にも手を挙げるのは 100人いたとして数人にすぎない。私は中学生のころから「死にたくない」と思って いたのだが。意識の移植が可能になる時代には、今の感覚からすると抵抗のある ことがいくつも出てくるだろう。意識のコピーは許されるのか、複数人の意識を 結合していいのか――。 いずれも科学的には可能になることだ。 ≫
―― ▼ 魂の入った言葉、そして作品。これも、意識(思い)を作品に移植では…?
・・・・・・ 6625,読書日記 〜『無知の科学』だって! −1 2019年05月06日(月) <『知ってるつもり――無知の科学』 スティーブン スローマン(著),フィリップ ファーンバック(著)> * 無知の科学と真正面から言われても 「無知」を科学するとは… 「何だ何だ」である。ソクラテスが「無知の知」で、 もの知りの仮面を削ぎ落し、それ故に死刑に処せられた。この18年間にかけ、 毎日、記憶しておきたい情報をテーマとして物語風にして書き続けてきた。 その都度、思うことは、これで残さないと、永遠に消え去ってしまうこと。 この作業の最中に…「理解したつもりが、実は大して解ってなかった」事実。 デジカメで文章を写真に撮ったのを文字変換したのをコピぺしていたが、途中 から可能な限り手打ちのキーボードでに変えた。亀のようにノロノロと打込む プロセスが考えることになることに気づいたため。バカならバカの方策がある。 過ってみた映画を再びみても、その大筋以外は、ほぼ理解してなかったことを 思い知る。映画の舞台設定には膨大な情報が入っている。それを見るには、数回、 見ないと解らない。 この随想日記は、ネットによる記憶の外在化で、何とか理解を深めている。 会社清算をしてから現在に至る8年で、娑婆の脳が透けて見えるような錯覚に 何度も陥ってきた。 知能レベルの人?が、世間話で知り得た噂を、勝手に 創作し、決めつけている彼らの脳内をスキャンしたように見える面白さがある。 殆どの理解が、「知っているつもり、何も知らない思い込みでしかないこと…。 これを現実の事象で経験する味わいと、己の無知と重ねて見る愉しみ。 そういうこれも、思い込みでしかない。 < 余命半年、3ヶ月を宣言されて死ぬまでの間に、それまで生きてきた人生を 経験するらしい。残された時間の中で、それまでの人生を思いやるとき、 実は何も知らない事実に思いあたる。 秒読みに入ってこそ、見えてくる思い あたる自分の壁。我たちは、曖昧でキチンと整理されてない抽象的知識の中で 生きてきたことに… 一部の身のまわりのことしか知らなかったことに驚愕する。 その知っている内容さえもオボロな知識でしかないことに思い知る。 法事、同級会なでの「黙るしかない集まり」の傍で聴いていると自分そのもの。
〜Amazon、商品内容より〜 ≪ ●インターネット検索しただけで、わかった気になりがち。 ●極端な政治思想の持ち主ほど、政策の中身を理解していない。 ●多くの学生は文章を正しく読めていないが、そのことに気づいていない。 人はなぜ、自らの理解度を過大評価してしまうのか? それにもかかわらず、私たちが高度な文明社会を営めるのはなぜか? 気鋭の認知科学者コンビが行動経済学から人工知能まで各分野の研究成果 を総動員して、人間の「知ってるつもり」の正体と、知性の本質に挑む。 思考停止したくないすべての人必読のノンフィクション。 ≫ ― ▼ 「無知学」を読んでいて、まず気づいたことは、ライフワークの <秘・異郷ツアーでまわる地球観光>である。 その先で想うことは、 ・何も地球上の一部しかを知りえてないこと。 ・日常の現実世界は、分厚いサングラスを通して見ているに過ぎないこと。 ・知らぬ間に共同幻想の一員でしかない自分を、確認するため、わざわざ、 ここまで、合せ鏡で、その一端を垣間見ていること。 この切口が新鮮なことは、自分が65年間、右上がり思考の末に、アッサリと 倒産の憂き目にあったこと。しかし、底から見えてきた己の無知への認識。 それ故に、そこから見えてきた世界への無知の先の広がりの見識。 変態女(別に中村うさぎ、西原理恵子じゃないが… それも正面に受止めて、 その世界を垣間見て楽しむ。それも世界には多彩さが地球にはある。
それを知るには、自分を可能な限り旅をさせないと! ―― 5615,かわいい自分に旅させよ ー�� 2016年07月30日(土) <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著> * かわいい自分に旅させた 〜A 40〜50歳代にかけて40回、合計51回。家内と遇わせて?90回、海外旅行に 出かけたが、その殆ど格安パックツアー。 夫婦で月あたり10万の贅沢。 10万×360回。一点豪華主義?で 何とか可能にしてきた。凡そ家屋敷一軒分。 あと5回で家内と合計で、100回になるが、年、二回なら可能だが、無理? 肉体的には、厳しいだろうが、問題は気力と、体力と、?。 10億円の現金と、どちらを選ぶかといえば、間違いなく旅行を選ぶ。 では100億なら、どうする? さあ、どうだろう? 旅行可能が5年とみて、 半分の50億、年に10億を使ってみたいが、私には無理か。そうこう考えると、 10億の価値は充分あった実感がする。「かわいい自分に旅させよ」のフレーズ は、さすが作家。 別腹の人生が、そこにもう一つあるような。 ≪ 私は感動を求めて旅に出る。いや、あえて求めずとも旅は必ず感動を もたらしてくれる。感動に出会ったとき、日ごろ金や時間や手間を惜しんで 旅せぬ自分を愚かしく思う。誰のためでなく、かわいい自分のために旅する のである。 先人たちは不便な旅をしていた。しかしその一方で、悠長で あるがゆえ深い旅の味わいを知っていたはずである。 今やその気になりさえすれぽ、日本中どこであろうとあらかた日帰りが できるのだが、その手軽さ気軽さのおかげで私たちは、まるで漫然と映像でも 眺めるような旅をするようになった。 非日常の世界を訪れ、感動する。本物に触れ、五感をふるわせる。 先人たちの不便で悠長な旅、あるいは知らぬことぱかりの子供のころに体験した 旅とは、そうしたものであった。もし今日の旅の便利さはそのままに、本来の そうした感動を得ることのできる旅があるとしたら、どんなにすばらしいだろう。 より深い日本を求めて旅に出たい。いにしえの旅人と刻を同じくし、溜息を 分かち合えるような、深く美しい日本にめぐりあいたい。 私たちは生まれ 育ったふるさとについて、知らないことが多すぎるのだから。≫ ―― ▼ 旅は、非日常の世界であり、日常と違った世界が別次元で流れている。 そして、自分の世界も、その一つでしかないことを教えてくれる。 それと、感動である。「ここ、いま、じぶん」を、感動は焼き付けてくれる。 「この感動を、ほぼ大部分の人は、知らないで死んでいくのだ。もしかして、 自分も、その一人だったかもしれない!」という激しい感情と、その世界との 同化である。この「かわいい自分には旅させよ」のフレーズのとおり、この 感動を、自分に与えてくれのは自分だけである。 〜つづく
―――― 5617,かわいい自分に旅させよ ー�� 2016年08月01日(月) <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著> * かわいい自分に旅させよ 〜B 40歳代に入って直ぐの頃、『年一回の海外に出ること』を決めた。 そして、半ばも過ぎた頃、それを年二回に切り替えた。20歳から20数年間、 ストレスの多い「創業」の為の転進を繰り返してきた。何事も現実に直面 すると、火事場のバカ力が生じてくる。その奇跡に近い偶然を拾い上げて、 その場を切り抜ける。しかしストレスは並大抵ではない。その沈殿がピーク になっていった頃である。その解消剤にツアーのストレスと感動が、合理的で あることに気づいた。早朝の読書習慣と、散歩、そして、海外ツアーが、 何とか、自分を支えてくれた。 半年単位、一年単位で、そのストレスを、 払い落とすしかない。そこで、「秘境・異郷ツアー」のストレスで、それを 削ぎとるしかなかった。それが、結果として、心の、いや魂の財産になった。 〜以下の部分は、「苦労でなくなった旅を、自分に与えよ」と勧める。 ≪ 「かわいい子には旅をさせよ」という格言は、今や死語であろう。 かつては苦労の代名詞であった旅行も、世の中がすっかり便利になった今日 では娯楽の王者となってしまった。もしかしたら今の若者たちは、この言葉の 意味を「かわいい子には娯楽を与えよ」と曲解しているかもしれぬ。 たしかに旅は苦労ではなくなった。ただし、経験としての価値が損われた わけではない。人間は経験によってたゆまぬ成長をとげるものであるから、 苦労を伴わずに経験を得ることのできる今日の旅は、子供よりもむしろ大人に とっても好ましいかたちになったと言える。この福音に甘んじぬ手はあるまい。 「かわいい自分には旅をさせよ」である。金だの時間だの手間だのと、旅に 出かけぬ理由を思いつくのは簡単だが、よく考えてみれぽ金は貯めるものでは なく使うものであり、時間はあるなしではなく作るものであり、手間を惜しむ は怠惰の異名に過ぎない。つまり旅に出てはならぬ合理的な理由は、実は何も ないのである。 ≫ ▼ 秘境への旅の決断と実行は、非常に抵抗が生じる。まず、家内が、激しく 抵抗する。そこで一人参加を決意すると、家内も渋々、決意するパターンの 繰り返し。で、抵抗感が強いほど、その内容は、濃厚で味わい深い物語になる。 しかし、極限を超えた経験のオンパレード、可愛い自分へのプレゼントになる。
―――― 5637, かわいい自分に旅させよ ー�� 2016年08月21日(日) <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著> * 芸術とは
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| 7736,読書日記 〜何が今さら、孤独入門だが… ー有意味論とは何…? |
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2022年05月05日(木)
;読書日記 〜何が今さら、孤独入門だが… ー有意味論とは何…? �� このプロローグに「有意味論」たる言葉があった。意味に一番近い言語が 『価値』である。定年期を迎えたサラリーマンが、まず向き合う問題になる。 そして戸惑い、右往左往する。価値観といえば、フランクの3つの価値観になる。 彼は… <人生から何を与えてもらうかではなく、人生に何を与えること> を看破、人生の意味と価値を追求していった。 この書の冒頭に、『人生は全く持って、節操がない。さんざん、けしかけ、 走らせ、持ち上げ、或る日、突然、梯子を取り去る。人世とは会社である!』と。 言い得て妙だが、考えることなく、周囲の目を伺い、ボウヨウト生きている人達に とって、今さら人生の意味云々と言われても…孤独、死の問題を直視なぞ出来よう がない。20,30歳代には、大きい断層が立ちふさがり、七転八倒する。そこで、 一度後ろを向くと、それを回復するに苦労し、晩年を迎えて、孤独地獄に陥る。 その中で、悠々自適に生きている人が存在する。「有意味感」を持っている人。 プーチンが薬物、内なる行蔵のため、錯乱しているが、これは、永遠のテーマ… 世界を巻き込んだマイナスの有意味論からときほどくことができる。 暗殺された被害者たちの怨念が深く浸透している。 ー ◇ 有意味論とは… ≪ ◉ 有意味感は、日々の出来事や直面したことに意味を見出せる能力である。 これら. の能力の高い者は、ライフクライシスに直面しても、前向きに 生き抜くことが可能であると...
◉ 自分のこれまでを振り返ってみると、かなり苦労しながら体得してきた ように思います。というのも、私の場合、生来というよりは、ストレスをその 原因と向き合うことなく解消もしくは軽減できた試しがないという経験から 必然的有意味感を求めてきたように感じるからです。事実を棚上げして一時的に 忘れるような発散方法は、その後のリバウンドが激しので20代でやめまし。 その後はむしろ、事実と向き合う気力や体力を養うための環境を求めるように なり、試行錯誤しながら自分にあった方法を探してきました。
◉ 向き合うとは、状況を受け入れるということですが、受け入れること イコールあきらめるということではありません。 あきらめた受け入れは、 無意味感というか虚無感が増大して前に進む気力さえ起こりません。 向き合うというのは、事実を受け止めた上で、そこから意味を見いだし、 その環境で最大限できることに集中する状況です。以前、社外取締役を務めて いたアルプス技研の創業者、松井さんがよく仰る「Welcome Trouble」という メッセージも、トラブルを成長機会ととらえることであり、まさに有意味感の 作り方の王道を示したものです。
◇ 環境を変えることでは有意味感は得られない 成長機会は、客観的には決して愉しいものではないように思います。 トラブルばかりではありませんが、新しいことや自分の限界を超えた挑戦の渦中 にあるときはとてつもなくしんどかった記憶ばかりです。 かつて味わった成長機会と同じことをもう一度やるかと問われれば、即座に NOです。しかし、新たな成長機会へチャレンジするかと問われれば、YESです。 というのも、そこから得られる有意味感は私にとって生きることそのものである ように感じているからです。もちろん、心身の健康があっての前提ではあります。≫ ―― ▼ 40歳代の頃、何かしら人生に忘れ物をした焦燥感に捉われて解決のため、一念 発起をして世界のはてへの秘・異郷ツアーへ可能な限り参加することにしてきた。 そして、それが人生の有意味感への転換になっていった。この時節になればこそ、 私にとって、最善だったことを再確認している。考えながら歩んでこそ、人生は 有意義に治まる。
・・・・・・ 7386,閑話小題 〜 気がかりなことは、日々、猛毒化していくこと 2021年05月05日(水) * 「来週の大阪が怖ろしい!」らしい…! ネットに大阪府知事が …ブログで… ≪「これが来週になると恐ろしい」 「どうにか連休明けには少し落ち着いてくれたら…と思います」 「緊急事態ですが このまま伸ばすだけは疑問です」 「重症でも『自宅でただ死を待つだけ』というケースが激増しかねないのが 今の大阪府です」などと悲観的な投稿≫ があった。 これは東京でも言えるが… 医療崩壊は、如何ともし難いようだ。 さらに気がかりなことは、日々、猛毒化していくこと! 日常が是…戦場の様相。インド発のコロナ禍の現状が、既に大阪でも 生じている様相。新しいコロナ菌は、青少年にも伝染するようだ。 これは親や学校の責任になるため、防患に必死になる。 ますます、 ステイ・ホームに徹することになる。経済社会にとって、これは一大事。
【 政治が悪い! 巨大組織に鋭くメスを入れてきた高杉良。経済小説の匠が今、 令和の日本に思うこととは… * 年寄りは、自ら身を引くべきだ… (高杉良) 「誰かに毎日つけ回される。わかるんだよね、見張られているって。 ‘駅のホームでは真ん中を歩きなさい’と親しい弁護士に言われた。家の付近 ではアイアンの5番を持ち歩いてね、何かあったらこれで撃退してやろうって。 これは約20年前、経済小説家・高杉良が『金融腐蝕列島』シリーズを上梓して いた頃のエピソードだ。バブル崩壊からメガバンクの再編へ、平成の金融業界は 目まぐるしい変化を遂げた。相次ぐ銀行の不祥事を描いたシリーズは、総会屋や その背後にいる暴力団、右翼の内情までも赤裸々に語られる。高杉良の作品の中 でも特に人気が高く、映画・テレビドラマ・漫画化もされている。 「 嫌がらせが、いろいろありました。連載中の新聞社が警察に相談したら 1年ほど『マルタイ』になって、刑事がわが家を警護してくれたことがある。 それで何かお礼をしなくちゃ、と言うと、 『それならば署内で講演をお願いします』と。出かけてみたら、講堂に人が詰め かけていてさ。 驚いたねえ。警察官たちに『起立!礼!』なんてビシッと挨拶 されて。まあ、思いつくまま、自由におしゃべりしてきましたよ」 】
・・・・・・ 6991,閑話小題 〜まさか? 私が… 2020年05月05日(火) * 夜半に暑さで 昨日の夜半に、暑さのため目がさめた。まさか私が新型コロナ菌に… 冬には例年のごとく鼻炎になるが、気になる程でもない。怠さもないし、 今のところ、その症状はないが、これで高温になれば話は違ってくる。 としても暑いので温度計をみると、22・5度である。早朝は、まだまだ 寒く、7〜10度まで下がるため、それに合わせた寝具。これじゃ暑いわけ…。 これで一日でコロッと逝ければ一応、ピンコロ!の理想的死に様と考えつつ… まだ死にたくないが、このドサクサに流行に乗じて逝くのも悪くはない。 ― * あの世にも死がある? 〜夢で天国へ 何気なく、ブルーレイに入れたドキュメントの録画をみていると、 ある部族の中に… < 死後の世界でも死があって、5回目に死んだ後に 蒸気のようなモヤが出て、それが水玉になって土に落ちたのが浸透して、 次の世に現われ出て、新たな生命として再生する!…>と聞きつつ… 寝入ってしまった。その夢の世界が、夜半になって、鮮明なイメージとして 残るのは不思議! そのイメージが南海のファンタジーような天国の世界で、 提示していた。そこは、白と水色の半透明の世界で、アニメのような神秘的。 私が、そこに居て良いものやらと、躊躇するような神聖な天界… …‘これが天国というものか’と、暫く考えていた。 ― * 5月末まで、延長だと! 群れに馴染めない日本人… これから一ヶ月は企業にしろ、働き手にしろ、 厳しい。潤沢な資金と、自由にできる立場があれば別だが、相互監視の社会 でジッとするのもストレスが蓄積をする。読書やネットサーフィンを趣味を 持てるか否か。群れ好きの日本人に、今さら「3密」はダメよと言われても。 それは酷。ネット居酒屋とかいう「ネット上の相手とチャットをしながら 酒を飲む―」。こんな「ネット飲み会」がブームと一部で報じられている。 …吉田類の『酒場放浪記』の録画を見ながら晩酌もなかなか味がある。 『女・酒場放浪記』なる番組も出来たが、これも臨場感があって馴染める。
・・・・・・ 6624,読書日記 〜『怒りを活かす人…』 〜2 2019年05月05日(日) <「怒り」を活かす人、「怒り」に振り回される人 ―和田秀樹(著) > * 精神科医からみた「怒り」について 感情の中でも「怒り」、とりわけ二人称のそれは日常生活を左右する難題。 一神教の色濃い欧米世界の建前、<自由、平等、博愛>を理想とすれと、真逆 の現実には腹が立つことばかり。それも情報社会んも隠されていた矛盾部分が クローズアップされ現前に突きつけられる。情報化の進化は、知識の質量を際限 なく進化させるが、二輪の片方の感情面が、取残される。 とりわけ「怒り」の蓄積が病を引き起こす。時代の大きな変化は、適応でき ない人たちには過酷である。社会構造は「3,30,67%」で成立している。 それが隠されている分には問題がないが、それが表立つと、怒りが湧き出てくる。 それぞれの立場で、それぞれの方法で感情管理が求められる。TVの笑い番組で 怒りを笑い飛ばしたり、ハリウッド映画で、ヒーローが観客の代行として対象 を徹底的に破壊することで怒りを吹っ飛ばす。怒りが蓄積すると恨みになる。 ここでは、怒りの対処を主に語られている。 まず時間薬と、次に対自した時の 「自己洞察」である。リタイアが事業清算なればこそ、3月に1度の割で、何処 からともなく怒り心頭の言葉や、嫌がらせに近いことがある。 慣れたもの… 数日内に、イメージで、そっ首を全身全霊で殺ぎ落とす。100回ともなれば、 怒りの大部分が消え去っている。むしろ、老化の不快感を同時に解消するため、 有難くさえ思えるようになる。時間薬の効くまでの速攻剤の役割になる。 そしてダメ押し、3年後に必ず、一身上の問題が当人に持ちあがると確信を持つ。 起こるべき(怒るべき)なればこそ。検事様きどりで、八つ当たりをしている だけのこと… 3年経っても1割程度は何もない。ならば、加算すれば、それだけ、 重くなると思えばよい。最期は誰も死が待っている。チャクラごと、叩き落とす のだから…それはスッキリする。それと毎日、大手大橋をヒキチャリをしながら、 毒素が深呼吸と同時に吐き出すイメージを持つ。とにかく、楽しみきった 行蔵の在庫が充分、持っている。 人を怨ばま、穴二つ。喧嘩の作法の基本は、 相討ち。別に我慢などすることもなし。西原理恵子の「まんこ縫うぞ」の漫画絵。 怒り心頭でなればこその発語。品はこの上なくないが、怒りが直に伝わってくる。 としても、激しい言葉! 私なら… < 一度、書いたが消却をした… > 最近のイギリス・北欧系の刑事ドラマのサイコパスは、生々しいのを放送してる。 『目には目を』の聖書の諫めは、「復讐も、目までに止めておけ」。 人間の、怒りと恨み、妬みは、際限なく広がる。特に弱者には。
≪ 内容紹介 昨今、TVのワイドショーなどで、著名人の怒り方が話題になりました。 大人げない怒り方をする人・余計なことを言って反感を買う人等々、 怒りの出し方が下手な人が急増中なのです。 「なぜ人は怒るのか……」 「そもそも怒りとは何なのか……」 「怒りの賢い活かし方とは……」 「怒りはどのように出せば健康的なのか……」 「湧き上がった怒りをそのままぶつけずに、うまく逃がすには どうしたらいいのか……」 自分が怒りに振り回される人にならないために、また、怒り下手な人が身の回り にきたときに、うまく回避するために、 精神科医の著者が「怒り」を解剖します。 仕事・家族・社会に対して「カチン」とくる前に「怒りの正体」を知れば、 「いい怒り方」がわかる! ≫
・・・・・・ 6261,閑話小題 〜「これ以上はいけない」と宣告する境界線 −1 2018年05月05日(土)
・・・・・・ 4432,「死ぬのが怖い」とはどういうことか −4 2013年05月05日(日) ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー 前野 隆司著 * ルート3:自分の小ささを客観視する道ー「1億7125分の1と、70億分の1」 今度は、時間――宇宙と生命の歴史1についてである。世界の人口からみれば、 私は70億分に1。宇宙年齢からすると、人の一生は1億7125分の1の存在。そう 考えれば、深刻に自分の生き様など考えることはない。その自分の枠組も 勝手な定義でしかない。自分など何ということはない。 やっと、それが 理解できるのが最期の最期とくる。そのことが分からないから、 「死ぬのが怖い」のである。 ー まずは、その辺りを抜粋してみるー ≪ すざまじく荒れ狂うひずんだ宇宙の中の、オァシスのような地球。 光速で拡大することこそが普通である宇宙の中で、あたかも静かに見える 特殊で局所的な世界。そこに偶然生まれた人の命。なんとはかなく小さく特殊 な現象であることか。生命の誕生は、今から40億年前といわれている。 地球誕生から6億年経った頃。霊長類が誕生したのは、6千5百年前。 現生人類であるホモ・サピエンスが出現七たのは25万年前。中国その他で 文明が誕生たのが今から6千年前(から9千年前)。そういわれても、どれも 大きな数字すぎて実感がわかない。そこで試しに、137億年前のビヅグバン を、1月1日の午前零時、現在を一年後の12月31日の24時にたとえると。 つまり、宇宙の歴史を137億分の1に短縮してみると―― ・ビッグバンは、1月1日午前零時 ・地球誕生は、8月30日 ・生命の誕生は、9月15日 ・霊長類が誕生したのは12月30日午前 6時26六分(新年まであと1日と約18時簡) ・原生人類のホモ.サピエンスが出現したのは12月31日午後11時50分 ・中国などで文明が生じたのが新年まで14秒前 ・人間の命は、80歳まで生きるとして、0・18秒。宇宙の年齢の、1億 7125分の1。ちなみに、宇宙の直径が274億光年、人間の身長が 170センチだとすると、人間の大きさは、宇宙の大きさの1・44×10 の25乗分の一というとてつもない小ささだ。それに比べ人間の一生は、 宇宙が経た時の1億7125分の1。時間の差は、空間の差よりもはるかに 小さい。これは意外な気もする。1億7125分の1とは途方もなく小さい とお思いかもしれないが、地球の人口は70億人。あなたの心は、地球上に ある人間の心の70億分の1に過ぎない。一億7125分の1はそれよりも 約四十倍も大きい。意外と宇宙の中での人間の一生も長いという気がしないでも ない。とはいえ、宇宙の年齢を一年にたどえると、人間の一生は0・18秒。≫ ▼ 前にも書いたが、この宇宙の他に、10の500乗の宇宙が存在している 可能性があると知って世界観が変わった。上記のことすら、問題にならない。 ケセラセラだが、当面、死ぬまでの生活もある。一日一回、このような壮大な 宇宙と、その中の自分を考えればよい。象を世界に、その皮膚の間に住む寄生虫、 70億分の1の自分。その象も、この宇宙からみれば、10の500乗の宇宙 からみれば、チリですらない微細の存在。だからこそ、生きているうち!
・・・・・・ 5529,若者よ、外に出よ! ー�� 会話は、プチ礼賛から 2016年05月05日(木) 『人生の教科書』なかにし礼著 * 対話ならいいが、どうも会話が苦手で リタイア後、、新しい出会いの場が極く稀になった。スポーツジムとか、 数少ない飲み会の場で、話したことがない人との会話が出来ない。 学生時代に、カーネギーの『人を動かす』の <人を動かす三原則>や、 <人に好かれる六原則>などを読み、実践してみたことがあったが、 効果は抜群だった(後でコピー)。年齢とともに、これらを忘れていた。 その一つが「プチ礼賛」の勧め。これに「ありがとう」の口癖を 加えれば会話導入は効果抜群のはずだが、何時の間にか脱落していた。 早速、兄弟の49日法要で、久々に会った親戚との会話に「プチ礼賛」を、 応用したところ、会話が捗っていた。要するにリタイア後に、何もかも メンテをすべきだったのである。 <会話は「プチ礼賛」でうまくいく>を、 ほぼ全文、コピペし、考える。会話は真実より礼賛に重きをおくべし。 対話は真実の交換、掘り下げということ。男は対話、女は会話が似合うが。 ≪ 日常会話で必要な会話術とは、自己紹介に始まる。自分のことを、嘘を 交えてもいいから、面白く話せるかどうか。自己紹介イコール自己表現だし、 相手に自分を理解してもらうのは一番大事なことだと思う。そうすると相手も 自己表現するから、お互いが理解し合える。そしてプチ礼賛をすること。 パッと会ったときに必ず相手を褒める。これは、日本ではなく、外国の流儀。 外国では当たり前の常識になっている。周りがゴマをすっていると思ったと しても、そんなことはかまう必要はない。たとえば、服を褒めるとその服を 選んだその人を褒めていることになるわけだから、「素敵ね、これ、いくら?」、 「1900円」、うわ1最高」と褒める。しかし、うわべだけの礼賛だと底が割れて しまう。真実そう思うように自ら努力することだ。そうすれば顔に嘘は出ない。 なぜかというと、相手を喜ばせなければ話は始まらないから。 中には「服を褒めないで私自身を褒めて」って言う人がいるけど、よっぽど ヘソ曲がりなんだ、そういう人は。さて、人を褒めるときにほかに何を褒めれば いいのか。実はなんでも褒められる。背が低ければ低いことを褒めればいいし、 背が高ければ高いことを褒めればいい。出身地を聞いたら、「あそこは大好き なんですよ」と言えばいい。最初は嘘が混じっていてもいいが、次第にその 気持ちが本当になっていくものだ。だから人に会ったら、なんとなく褒め、 逆に褒められたら褒め返す。これはゴマすりではなくて、会話の糸口なのだ。 会話の小ネタといってもいい。そこから本題に入っていくときに、お互いに 気持ちのいいスタートを切るための潤滑剤だと思えばいい。≫ ▼ 褒めるだけでは、ありきたり。そこで、「プチ礼賛」まで、心から褒め ないと相手の心は開かない。礼賛すると、みるみる、顔つきが変わっていく。 そうは礼賛されないため、心の奥から褒めると、それが礼賛になっていく。 好かれる前に、まずは人好きにならないと! それにしても、オバちゃんの、 あのフレンドリーは見上げたもの。 まずは褒める、その手際の良さ。 ―――― =人に好かれる六原則= 1.誠実な関心を寄せる 2.笑顔を忘れない 3.名前を覚える(名前は、当人にとって、最も快い、 最も大切な響きを持つ言葉であることを忘れない。) 4.聞き手にまわる 5.関心のありかを見抜く(相手の関心を見抜いて話題にする。) 6.心からほめる(重要感を与える――誠意を込めて。)
・・・・・・ 5164,パレーシア 〜真実を語ること 2015年05月05日(火) * ソクラテスのパレーシア 〜『哲学で自分を創る』瀧本往人著より 危険を冒しながら真実をかたること。これがパレーシアだが、とはいえ、 社会において、その実行となると難しい。このブログを書き続けていると、 己の程度を曝け出し、多くの人を揶揄し傷つけてきた。気遣っていてもである。 想定の対話の相手を、数年先の自分にしているが、後で読み返し、第三者の 目を想うと冷や汗が出ることしばし。しかし、飾っていたら、長続きをしない ことを自分が一番知っている。 〜以下の箇所は、哲学の本質を述べている。
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2022年05月04日(水)
* 寝室のベッドの上でみるTV内容は… 朝から晩まで、YouTubeで見るのは、「ウクライナ戦争の戦闘場面」と、 最近は北欧系のスリラーもの。勧善懲悪がハッキリしているが、リアルなぶん、 疲れが残るが、ストレスはとれる。ウクライナの戦闘場面は何とも残酷な場面が 多い。ドローン攻撃で戦車から火だるまで飛び出してきたロシア兵が何とも哀れ。 ジャベリンの命中率が94%というから、鉄板に押し込められた虐殺でもある。 何も知らされず連れてこられた新兵なればこそ、同情に値する。 今世紀に入ってロシアは、西側の経済制裁にあいおカネが手元に無い分、 兵器の開発が進まず、その欠点が、この戦争で露呈してしまった。その焦りも あって、無謀と解る隣国に強引に攻め入りざるを得なくなり、ウクライナの地に ロックされて、虐殺に近い戦争を行っている。NATOにとって、ロシア解体の名目 を得たため、それは集中砲火を浴びせるのは至極当然。 中国と北朝鮮と組み、 核戦争をチラツカセた作戦も、限度にきて、ここまで至った。中国も、ロシアに 対しては恨み忽然の歴史がある。何時、手の平をかえすか見物。 西側も、この場面を見逃す訳がない。という事は、三次世界大戦の可能性が高い。 早ければ今週辺り?か… 知る限り… そう甘い事態ではない。 <ヘリ・戦車対 ジャベリン・ドローンの様相。 中国はドローン開発を国家 戦略としている。さて…中国は、どのように動くか… まさか、台湾攻撃に…? とすると尖閣、沖縄に…? 第三次世界大戦への線路が、この先、永遠に続くか。
・・・・・・ 7385,閑話小題 〜女性社会の話題は尽きず! 2021年05月04日(火) * 私の同年代の男女格差がリアル 私の年代は、終戦直後もあって、男女格差がリアル! 男にとっては天国で、 女は地獄。 同年代から数年下は団塊の世代で人口が山ほど存在する。 1対2の割りあい。様ざまな条件を入れると1対3にはなる。 それもあってか、 男はノンビリしたのが多い。 …何故か、声がかかる割が多いのは、その為と 当時から理解していた。 何れの世界にもNO1の美人が存在している。美人は 絶対に有利になる。生涯格差は7800万と社会学者は宣う。 …NO1は数うちゃ当たるで、八方美人的に色気を打ちまくる。 …振られても、直に誰かから声がかかる。 ― * パンデミックが、どんどん身近に… 【 県内では3日、新たに47人の新型コロナウイルス感染が発表された。 このうち10人が新潟市で、37人はその他の市町村です。】 毎日、そのタネが尽きることがない… ジワジワと身近に迫っているコロナ禍が不気味である。 スポーツジムや、 歯医者の通院も考えなければならないのか? 恐ろしいのは、最悪の場合、 後遺症が一生、ついてまわり、人生そのものが破壊される可能性があること。 人生の90〜95%以上も終えてしまい、元をとった手応えのある身なればこそ、 他人事で済まされるが… 若い人は注意をし過ぎることはない。無知の涙を 流す前に、いま一度、この流行り病の意味を知っておくべきである。 …時間経過とともに、コロナ菌が、猛毒化しているような。不思議なことに、 中国が何事も無いように、沈静していること。 怪しいなら、アメリカも、 それ相応な細菌を仕込んで、ばら撒くのも至極当然。第三次大戦の可能性も、 頭の隅に置いて置くべきである。その事態に発展しないことを祈るばかり。 ・・・・・・ 6990,閑話小題 〜父親の話 2020年05月04日(月) * 感謝しても、しきれない人 父親が亡くなったのが、67歳。現在の私は74歳だから7年も年長になる。 8人兄弟の末っ子もあって、両親に、とりわけ父親に溺愛されて育った。 明治人で、潔癖で、真面目な人物であった。私の知る限り浮いた 話は聞いたことがない。骨董商の二代目で、太平洋戦争を挟んで、二つの 時代を生き抜いた生涯だった。 戦前には、現在の10億クラスの資産形成が あったが、長岡空襲で殆どを失っていた。戦時中の稼ぎは、戦死者の急増で 仏壇販売を中心に乗りきり…、戦後は古着販売と、貸布団を中心にしていた。 地元大手の津上製作所の社長に骨董を納めていた因縁から、互尊翁と言われた 野本恭八郎宅にも自由に出入りしていた。二番目の姉の名前が「恭子」。 私の名前の「八郎」は… 野本「恭八郎」から頂いた。
10歳までは常にペットのごとく、父親が出かけ先に手をひかれて同行して いた俗にいう「父親っ子」。敗戦後に小商人の古美術商が、転業に成功した 事例として名を成していた。子供の頃から、時世について父親の薫陶を子守歌 かわりに聞いていたのが、このブログの下地になった。
父親が年に数回、近くの「行楽」「角八」「喜京屋」のラーメンを食べに 行くのが最大の愉しみだった。派手好みの長女を除いて、兄姉の生活は地道 だったのは父親の刷り込み。太平洋戦争の敗戦で、体制と価値観が根こそぎ 変ったのが骨身に応えたようだ。 収入の4分1を株価の手堅い東北電力、 北陸ガス株などを別口に積み立てる必要性を、何度も教えられていた。 9年前の思わぬ黒鳥の到来で、何とか事なきを最小で終えたのは、父親の 刷り込みがあったため。さらに‘人生も仕事も楽しむこと’を後ろ姿から、 学んだ事がある。そう簡単に生きる知恵は身につきはしない。毎朝、仏前の 両親と祖父母の写真に向かって手を合わしているが、これも幸福への習慣。
‘魂’について、これまで数限りなくテーマにしてきた。 私の魂とは…両親、とりわけ父親の愛情そのもの。死ぬ時に、それと供に 永遠の彼方に放出されていく。だからか今のところ、死への恐怖は少ない。 70歳代半ばにして、こう言えるだけでも両親に感謝している。
・・・・・・ 6622,閑話小題 〜AIについて 2019年05月03日(金) <「AIが人間を殺す日〜車、医療、兵器に組み込まれる人工知能」 小林雅一(著) > 最近の情報機器の進化には目をみなることが多々ある。数年前に、居間 から寝室に移住空間の主体を移動してきたことは、何度もテーマにしてきた。 廊下を挟んで対角にある仏間の書斎コーナーのパソコン前の空間を加えると、 一日の三分二に近い15時間は「奥の院」に在住している。そこでネットTVと、 録画した映画・ドラマと、旅紀行、各種の講演や、YouTubeで動画サーフィン などに没頭する。そこは現実社会とデジタル映像の世界が交差する不思議な 空間でもある。AIが人間をコントロールする可能性がある「2045年問題」 奥の院では睡眠以外の時間は情報端末で、コントロールされている。 〜Amazonの内容紹介より〜 ≪ ◉ 誰も言わない「一番の脅威」 ◉ 飛躍的な進化を遂げる人工知能(AI)。明るい未来が語られる一方で、 「AIに雇用が奪われる」という見方や、超越的な進化を遂げたAIが人類を支配する 「二〇四五年問題」などのAI脅威論も少なくない。しかし著者はむしろ、目前に 迫る危機として、車、医療、兵器の三つを挙げる。共通するのは、私達の命に直結 する分野であること。ここに今、最先端のAIが導入されようとしているが、中身の 見えないブラックボックスであるうえに、ときに暴走の危険性をはらむ。 世界の制御権が人間からAIへと移譲されたとき、その先に見えるのは自ら判断 する機械・システムが人の命を奪う衝撃の未来。AIの真の脅威が明らかに! ≫ 〜読者、感想より〜 ・本書でキーワードとなるのは、「Human in the Loop」「Human out of the Loop」。 すなわち制御の輪の中に人間を含めるか、それとも人間を除外するかということで、 自動運転車でいうと、Googleなどが目指しているような完全自動運転車は 「Human out of the Loop」の思想に基づくものになる。今やAIの主流となる ディープラーニングではビッグデータに基づきAI自身がある法則性の下でアウト プット(判断や命令など)を出すが、その過程はブラックボックスでAIの開発者 でさえなぜそういう判断になったのかを理解することができない。AIの判断が 統計・確率に基づくものである限り、現実世界との微妙な誤差により誤った判断 をする危険性があることを著者は指摘しており、自動車や医療分野など判断が 人の生死に関わる分野では「Human out of the Loop」は危険であると論じている。 一方、半自動運転車のように人間の関与も含める形の場合は、どこまで人間が 運転に注意を払わなければならないか曖昧な点が問題、実際に実用化されている 半自動運転車の死傷事故の分析では「ドライバーの混乱」が事故の主な原因と されている。ということで、AIの判断にどこまで人間が関与するかは難しい問題 であるが、急速な勢いでAIの開発と応用が進んでいる今こそ社会全体で考えて いかなくてはならないことは間違いないであろう。 ・本書では、主にAIの技術的な面に焦点を当てて論じているが、基本的にAIの 判断過程がブラックボックスでしかもIoTで様々なAI搭載機器がネットにつながる 時代では、悪意を持った個人やテロリスト、国などによる脅威もどんどん高まって いるだろう。自動運転車搭載のAIに外部からの操作で誤作動をさせて事故を起こす、 医療分野で治療を支援するAIのプログラムを操作して誤った治療方針を提示させ 結果患者を死亡させるといったケースがまったくあり得ないことではない時代に なりつつある。AI搭載の兵器がテロリストなどの手に渡った際の脅威は言うまでない。 こういったケースも想定した上で、AIの信頼性を更に高め、悪用を防ぐ方策を 考えていくことが特に人間の生死に直結する分野への応用においては重要であろう。 ― ▼ AIといえば、最近、コマーリャル等で、見かける『ポケトーク』。 翻訳は、端末ではなくクラウド上のエンジンを用いている。そのため、言語 ごとに最適な翻訳エンジンが活用できる。 従来のオフラインの翻訳機ではなし えない高度な処理を実現している。これで海外旅行での会話の心配が少なくなる。 これをみて、直ぐに考えついたのが『ポケフレンド』。何かを思いついたとき、 話しかけると、即座に、自分では考えつかないレベルの面白い考えを自動的に 伝えてくる機能の端末…。そう遠くない内に、こんなのが出てきたら、如何なる? これは思考AI、いや思考サイボーグである。協働ロボットならぬ「協考AI」。 もっとも、グーグルの検索機能も、その類。 自宅の2台のTVはソニーだが、 パナソニックのTVは、音声で直接呼びかける機能と言うが…
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| 7734,読書日記 〜2孤独入門 〜孤独といえば寅さんでしょう! |
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2022年05月03日(火)
* 孤独問題といえば… ‘男はつらいよ’ですか! 20歳前半の頃、TVで、‘男はつらいよ’が放映された。 これが好評で、その後、映画化されてロングセラーになっていった。社会に 馴染めない流れ者の人の良い半端者を、渥美清が演じている。 気ままに父親の 後姿になぞらえ独立独歩を目指したは良いが、健在な両親の元、健全?過ぎる 生活環境育ち。その後の人生ではヘラヘラ状態。しかし、寅さんが、何やら二重 写しに重なり、それが面白いのなんの! 何処の世界にもTPOピッタリの マドンナが… 何も持ってない強さと弱さを抱えて、グツグツ煮立った大鍋の淵で綱渡り、 今だから言えることだが、その面白いコトは極まりがない。孤独感は、何故か 少なかった。何処も、安住してはならない生き方を選んでしまったのは自分と、 割切っていたこともあり、間合いをとって生きていたのが20歳代の特徴である。 4人の姉の存在で、その恐ろしさの知識を得ていたのが、隠れ貉のエサにならず に済んだ。 寅さんも、何処の世界にも適応できず、一定の時期を過ぎると逃げ出す。 日銭商売で、その日の稼ぎで木賃宿で、独り、安酒を飲み、死ぬように寝入る姿 は20歳代の私そのもの。そのスタイルも結婚と同時に消滅。 哀しいかな瘋癲 から下男に相成っている。えらい違いである。問題は家庭内格差である。 私の行きついた処は情けない無一文の下男ですか。 倒産直後に事…地元の同級会で、女性に… <こういう会費って、その都度、頭を下げて出して貰うの?> 一瞬、氷つきそうになったが、何とも情けない言葉の刃。 まあ、様ざまある。
・・・・・・ 7384, 閑話小題 〜一年前のイタリア、英国の医療崩壊が… 2021年05月03日(月) * インド発、医療崩壊が大阪にも 大阪、インドの医療崩壊の生々しい実態をTVを通して流れてくる。 インドでは酸素ボンベに患者が屯して酸素を吸っている映像が…。 ここと近い状態が、大阪。あと一週間もしない内に首都圏にも生じてくる。 地元の長岡市も、日々、増加して全国ニュースになっている。いずれ、アジア、 日本にもと覚悟をしてはいたが、生々しい現実が、足元に。まだ親戚、縁者に 患者は出てないが、これも時間の問題になってきた。 HKの夜のニュースのメインキャスターが大阪に移籍して、早速、その実態の レポートをNHKスぺシャルで出演して、その実態を報じていた。 ネットのニュースが、その辺りを生々しく報じている。 ― ≪ 1日当たりの感染者40万人を超え、医療崩壊が起きているインド。 取材を進めたところ、現地の医師はこのままだと「地獄と化す」と危機的 状況を強く訴えています。 ▽SNSで発信 インド在住の日本人女性 街はゴーストタウンのようになっていました。 ◉ 中村:「私の住むグルグラムでも感染拡大を受け、昨日から急遽 ロックダウンとなりました」 その中村さんはSNSなどで町の現状を発信しています。 公園、ショッピングモール、どこへ行っても人の姿はありません。一方で… 薬局の店員:「薬の多くが不足していて、特に“酸素”に関する物が不足して います」 実は今、酸素を求めて至る所で行列ができているのです。 感染が爆発的に増えたインドでは「医療用酸素」が不足し、供給が追い付か ない状態になっています。その影響に加え、病床がひっ迫していることから、 病院は患者の受け入れを拒む事態となっています。≫ ― ▼ このコロナ禍の特徴に、完治しにくいことがある。下手すれば、 自分で背負っていくしかない一生の傷に成りかねない。 SJの貼紙で、 「基本、会話は禁止です!」とあった。元もと、群れるか、単独か…が基本。 群れは肩身が狭いようで… 私のような単独者は、ますます静かに…。 会員が激減している上に、これなら…
・・・・・・ 6989,緩和小題 〜如何するだい 2020年05月03日(日) * 須らく如何する… パラダイム(paradigm)とは、ある時代や分野において支配的規範となる ‘物の見方や捉え方’のことです。狭義には科学分野の言葉で、天動説や地動説 に見られるような「 ある時代を牽引するような、規範的考え方」をさします。 このような規範を根こそぎ変わるのがパラダイムの大転換。 このパンデミックで、極論としてもアメリカ人が最大 50%の人々が職を 失うかもしれない事態。超大型地震が海の沖合で起きてしまったのである。 現在、起きている諸現象は、その一波でしかない。 数ヶ月、数年スパンで、 次なる津波が世界中で、陸地に向かい… 世界は新たなポスト・コロナに向かって全てが動き出している。 ビジネスを例にとると…居酒屋チェーン、SJ、パチンンコ、劇場、サッカー、 プロ野球、大相撲などの全てが… オリンピックは中止か、無観客試合。 いや…中止が妥当である。アスリートの気持ち云々…? 東北大震災で、 誰がそんな甘ったるい言葉を吐いたか。これは、メガトンクラスの大参事。 ― * 竹の花は、120年に一度咲く!? 《 いっせいに花開き、そしてすべて枯れてしまう竹は一つの竹林で一つの命を もっていると言える。長い間地下茎で竹林を広げ、ある時一せいに花を咲かす。 若い竹も年老いた竹も同時です。そして種子を残し、すべて枯れてしまいます。 竹林が丸ごと消えてしまうため、もとに戻るには10〜15年の長い時間がかかる。 昔から、竹の花が咲くと凶事の前触れと恐れられていた竹の開花スパンは種類に よってさまざまですが、モウソウチクで60年、マダケで120年前後と言われる。 このため、竹の花は不吉な出来事の前兆と恐れられてきました。》 ― ▼ これが去年の現象とすると、いやに時節が一致する。まずは目先の一波を 何とか遣り過すこと。他人の逆行け花の山。恐らく、実感として何が起きたか 理解不能。誰も彼もが経験したことのない事態であり、まずは、日常の常識を 捨てること。 現時点は、東北大震災の大地震が起きて、第一波が目の前に到来 しつつある頃と見ればよい。その先の第二、第三の大波が問題。 覚悟をして、 裏山に向かって一族郎党だけでも、いや自分一人だけで逃げること。 …ボ〜ッとした人に脇目も触れず。 …まだ、言ってるよ! <○○さんも逃げたって!> ‘救いようがない、救われない。カッパエビセン’
・・・・・・ 6622,閑話小題 〜AIについて 2019年05月03日(金) <「AIが人間を殺す日〜車、医療、兵器に組み込まれる人工知能」 小林雅一(著) > 最近の情報機器の進化には目をみなることが多々ある。数年前に、居間 から寝室に移住空間の主体を移動してきたことは、何度もテーマにしてきた。 廊下を挟んで対角にある仏間の書斎コーナーのパソコン前の空間を加えると、 一日の三分二に近い15時間は「奥の院」に在住している。そこでネットTVと、 録画した映画・ドラマと、旅紀行、各種の講演や、YouTubeで動画サーフィン などに没頭する。そこは現実社会とデジタル映像の世界が交差する不思議な 空間でもある。AIが人間をコントロールする可能性がある「2045年問題」 奥の院では睡眠以外の時間は情報端末で、コントロールされている。 〜Amazonの内容紹介より〜 ≪ ◉ 誰も言わない「一番の脅威」 ◉ 飛躍的な進化を遂げる人工知能(AI)。明るい未来が語られる一方で、 「AIに雇用が奪われる」という見方や、超越的な進化を遂げたAIが人類を支配する 「二〇四五年問題」などのAI脅威論も少なくない。しかし著者はむしろ、目前に 迫る危機として、車、医療、兵器の三つを挙げる。共通するのは、私達の命に直結 する分野であること。ここに今、最先端のAIが導入されようとしているが、中身の 見えないブラックボックスであるうえに、ときに暴走の危険性をはらむ。 世界の制御権が人間からAIへと移譲されたとき、その先に見えるのは自ら判断 する機械・システムが人の命を奪う衝撃の未来。AIの真の脅威が明らかに! ≫ 〜読者、感想より〜 ・本書でキーワードとなるのは、「Human in the Loop」「Human out of the Loop」。 すなわち制御の輪の中に人間を含めるか、それとも人間を除外するかということで、 自動運転車でいうと、Googleなどが目指しているような完全自動運転車は 「Human out of the Loop」の思想に基づくものになる。今やAIの主流となる ディープラーニングではビッグデータに基づきAI自身がある法則性の下でアウト プット(判断や命令など)を出すが、その過程はブラックボックスでAIの開発者 でさえなぜそういう判断になったのかを理解することができない。AIの判断が 統計・確率に基づくものである限り、現実世界との微妙な誤差により誤った判断 をする危険性があることを著者は指摘しており、自動車や医療分野など判断が 人の生死に関わる分野では「Human out of the Loop」は危険であると論じている。 一方、半自動運転車のように人間の関与も含める形の場合は、どこまで人間が 運転に注意を払わなければならないか曖昧な点が問題、実際に実用化されている 半自動運転車の死傷事故の分析では「ドライバーの混乱」が事故の主な原因と されている。ということで、AIの判断にどこまで人間が関与するかは難しい問題 であるが、急速な勢いでAIの開発と応用が進んでいる今こそ社会全体で考えて いかなくてはならないことは間違いないであろう。 ・本書では、主にAIの技術的な面に焦点を当てて論じているが、基本的にAIの 判断過程がブラックボックスでしかもIoTで様々なAI搭載機器がネットにつながる 時代では、悪意を持った個人やテロリスト、国などによる脅威もどんどん高まって いるだろう。自動運転車搭載のAIに外部からの操作で誤作動をさせて事故を起こす、 医療分野で治療を支援するAIのプログラムを操作して誤った治療方針を提示させ 結果患者を死亡させるといったケースがまったくあり得ないことではない時代に なりつつある。AI搭載の兵器がテロリストなどの手に渡った際の脅威は言うまでない。 こういったケースも想定した上で、AIの信頼性を更に高め、悪用を防ぐ方策を 考えていくことが特に人間の生死に直結する分野への応用においては重要であろう。 ― ▼ AIといえば、最近、コマーリャル等で、見かける『ポケトーク』。 翻訳は、端末ではなくクラウド上のエンジンを用いている。そのため、言語 ごとに最適な翻訳エンジンが活用できる。 従来のオフラインの翻訳機ではなし えない高度な処理を実現している。これで海外旅行での会話の心配が少なくなる。 これをみて、直ぐに考えついたのが『ポケフレンド』。何かを思いついたとき、 話しかけると、即座に、自分では考えつかないレベルの面白い考えを自動的に 伝えてくる機能の端末…。そう遠くない内に、こんなのが出てきたら、如何なる? これは思考AI、いや思考サイボーグである。協働ロボットならぬ「協考AI」。 もっとも、グーグルの検索機能も、その類。 自宅の2台のTVはソニーだが、 パナソニックのTVは、音声で直接呼びかける機能と言うが…
・・・・・・ 2016/12/08 なぜ本を読むといいか? 〜7 <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博著 * 確実によい本に出合う方法はあるのか? 本の選択能力を磨くには、どうしたらいいか。 “どのよんなジャンルでもいいから、数にあたることが大切”と著者はいう。 あたり前のことだが、その中で、著名人の読書指導書を、何処かで読んでおく べきである。ツボを心得ているかどうかで選択肢が変わってくる。 それ以前に、あらゆるジャンルの絶対量の読書が必要になる。 〜その辺りを、第5章に具体的に述べてある。 ≪・“こうしたよい本に出合う機会は、当然のことながら、読書の量を 重ねれば重ねるほど多くなる。「これだ!」という本を数えたことがない から確かなことはいえないが、私の場合、おそらく300冊ぐらいだろうか。 300冊という数字だけを見れば多いかもしれないが、それでも3千冊読んで の300冊だ。9割の本は、私の感性には引っかからなかったということ。 でも、それで損をしたとは思わない。無駄な本に出合わずに効率的に本を選ぶ ことなど、どだい無理だと思っているからだ。 ・また、他人の脳のかけらをつなげて新しい視点を獲得したいと思うならば、 自分には相場観のないジャンルや著者の本を手に取ることも大切だ。相場観を 持たない世界では、だれだって効率もクソもない。全く外れになる可能性も、 おおいに歓迎しよう。そのリスクを取ることで、リターンが得られるのだから。 ・大事なので、結論を繰り返す。 本当に自分に必要な本と出合いたいと思う人には、「乱読」の習慣化をすすめる。 予想もしなかった考え方に出合ったり、本を介して未知の人物との遭遇が将来 起こる可能性もある。その化学反応は、読む前にはわからないことが多い。 本に即効性を期待する人もいるが、私は違うと思う。 本1冊の値段は文庫本で500円前後、新書で700円〜900円、単行本で 1300円〜2000円程度である。買ったうちの9割がダメでも我慢できる。 外れる確率は高くても、偶然の出合いがあるほうが、よほど面白い物語に なると思う。それは人生における人間との出会いと変わらない。 人生における 偶然の素晴らしい出会いを、効率的に設定することなどできはしない。 本との出合いも、同じなのである。数をこなそう。≫ ―― ▼ 現実の体験や読書評を連日書いてきたが、一つのテーマに対して、 その選定から、起承転結をマトメルに膨大のエネルギーを入れている。 文字の認識度が低いためである。子供の頃から漫画が好きで、絵からの 認識度があるが、読書脳は希弱のベース。 まして、文章化など・・ それに気づいたのが学生時代。それを取り戻す為、毎日2時間以上の読書量 の確保と、日記と、メモを小まめにとることにした。 で、辿りついたのが、 ブログ、この雑記帳的随想日記である。 大学を卒業直後、何か足りないと 気づき、一年間、独学に近い状態で、産能大学で遊学。フィールド(現場)の 情報を効率よく残すには、如何すべきか? そこで得たのが、記録方法。 この随想日記の原型の方法、カード日記である。それも、大型カードに、 記録を残し、日付を入れて、毎日、得た知識のカード化。新聞切抜きは、 それを二枚重ねホチキスでファイル状にして、カードに挟んで茶封筒に入れる。 ところが、これに問題が生じてきた。そうすると、最少単位のテーマを 二度と見ることがなくなる。その弊害が、その習慣の自然消滅の原因になって しまう。 現在のブログに、毎日、同月同日の文章をコピペをしているのは、 かって書いた内容を、一年に一度、目を通す為である。また、ブログ内検索で、 思い出すキーワードで過去文を瞬時に引出している。実際、この随想日記は 私には非常に有効なシステムになっている。「私は無能で、遊び好きで、怠け者」 と自覚しているため、習慣化という第二の天性を多く重ねるしかないことを、 人生で学んできた。 他者の冷たい蔑視に、殆ど気にしないでいられるのは、 <少し離れてみれば、所詮、石の形、大小が違えども、砂利、砂でしかない> を自覚しているため。 良質の量の増加は、質の自然変化を促す。それも、 砂利の中の比較世界の話、アフォと、パーの違い。 トランプとクリントン女史の討論を見れば、自明? 韓国の女子たちも然り。 すると、安倍・麻生コンビも如何だろう?と 自然考えてしまう。・∀・)ニ
・・・・・・ 2005年11月03日(木) 1675, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−1 −読書日記 ・・・・・・ 2017/08/25 閑話小題 〜 随想日記、6000回超え、 * 随想日記も、6千回超え 千回単位を超えた度に、その時々の実感を書いてきた。この16年と数ヶ月の間、 ‘テーマ探し’が、遊びの柱になっている。 凡庸な者が書上げるには、膨大の 時間とエネルギーを使うしかないのが最大の利点になるが、時おり何も浮かばず、 茫然とする。 この下地が20歳半ばにあった。卒業の直後に感じたことは、 「長い人生で、多くの経験をするのだろうが、それを高めるため、現場体験や、 情報をコンパクトに纏める能力( =経験を言葉に変換し、起承転結に完結する 物語化する技能)こそが重要と… そこで会社を辞め、産能大に籍を置き、KJ 法や、創造工学の書を独学で学んで、辿りついたのが、ハガキ大のカード二枚を ホチキスでとめファイルにし、カードに感想文などを書き、その間に新聞やメモ を挟み、カードボックスに分類して放りこむ、システムである。それそのままが、 個人HPであり、ブログになっている 16年前に、ネット上のブログとして公開、 外部脳として、活用している。 情報収集に検索と、ネットサーフィンが非常に 有効に働いている。まだ、ブログが出揃う前後で、パソコン教室で「個人のHP」 の共同制作を通して、ネットに別世界をつくり始めていた。現在でも、細菌対策 のバックアップの役割として続いている。これは、ブログ閲覧の10分の1以下 だが、当初からの閲覧者が根強く存在している。6千回も続くのは、それなりの 軌跡があってのこと。批判・批評なら誰も出来るが… 好きにならなきゃ無理。 2つの合計、350人前後の閲覧者が、今年に入って500人近くに増えた。 少しでも力を抜くと、即、減るため… 抜くに抜けないのが実情。結果、馬鹿 丸出しになる。自覚をしているため、平気だが… 要するに、「ライフワークになってしまった」ということ。
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2022年05月02日(月)
<定年後からの孤独入門 河合薫・著>
数十年かけたテーマ日記で孤独について書き続けて何が今さら、 ‘孤独入門’だが… これも数千年の哲学のテーマになる。孤独… 末期がんなどで死を宣告されたり、脳梗塞などで身体が不自由になり、 独り悶々とする中で、対自、即自、対他の世界に閉じ込められ、地球外に 放り出されたような感覚で自問自答の世界に閉じ込められ、一日千秋の思い になる。離婚などが加わって独りアパートの一室で孤立し、孤独の中で、 独り悶える人生の味わいは… …サラリーマンが、或る日、突然、通勤満員電車の中で、死の衝動に 駆られるというが、考えただけで凍り付く。縁者が誰者一人も居ない苦悶の 中で亡くなり、数日後、発見され、検死されて、火葬場に搬送され焼かれて 永遠の彼方に消えていく。この著書は、組織人の視線だが、フリーランス的 生き方をしてきた私にとって、いま一つピンとこないが、組織人なればこその 恐怖は、それは厳しい。群れはアイデンティティが仲間の温もりがあればこそ。 同調圧力は、こと死に関しては効果がない。 …返却コーナーで見つけ、まずはプロローグが何とも味わいがある… ≪ 職場や社会にはびこる居場所のないオジサンたち! 定年前後の本当の 不安は、お金・健康より「孤独」! 現役時のニッポンのカイシャ生活に こそ、定年前後の「孤独化」の芽があった! 健康社会学の立場から、(組織内における)現代人の「ジジイ化」「オジサン化」 現象を分析、鋭いメスをいれ好評を博した著者がおくる、「定年」を境に居場所 を失い孤独に陥りやすい人の特徴を分析し、そうならないための対処法まで言及。 目次 第1章 古戦場巡りで気づく�爐椶辰銑瓩寮こΑ宗愁襦璽謄�ンの喪失 第2章 塩漬けおじさんが定年で失敗する理由――定年ぼっちになる人・ならない人 第3章 ボッチは定年前から始まっている――有意味感 第4章 死ぬより怖い「ぼっち」の世界――アイデンティティの喪失 第5章 人生に意味を作る 。 ―――― ▼ 定年まじかに付け刃のように身に着けようというしても、これだけは! 行蔵の問題だからである。とはいえ、一歩でも踏出すだけでも、良い。 それもこれも、死んだ瞬間に消え去る知識でしかない。 死=孤独という先入観 が心の奥に鎮座する厄介な問題。
・・・・・・ 7383,閑話小題 〜女性社会のリアル 2021年05月02日(日) * 当時は,何じゃこりゃ! ◉ 男子寮に、12〜3%として3〜4名の同性愛者がいた。人づたいに聞いていたが、 私には違和感がある。良し悪し?は、経験してみないと… でも、気持ちが悪い。 金沢にも、当然ながら女社会にレズがいた。女職場には毎月、缶ビール一本と 乾きモノで1時間位の誕生会名目の飲み会がある。これが面白い。普段、飲み 慣れてない女性の一部が、荒れてしまう。 或る会の食堂で、20数名の参加者が帰った後で、二人の女性と、後かたづけ をして、残ったビールが多いのを飲みほしていると、泥酔した一人が、突然、 「私たちってレズなの!」と宣う。 ところが、もう一人がシマッタという顔を したが後の祭り!その反応からして事実のようで… レズの隠ピな世界の雰囲気。 知らないふりをして、トイレ名目で、その場を離れたが… うぶな若い女性なら 許される?… 世の中は、深い世界を知らないまま消え去るのも必要かと… 時と、場合によるが…
◉ 女社会にランク付けがあって、それぞれ群れが存在する。 トップと、次席が3〜4名。それ以外。…容姿、センス、学歴、男友達の有無と、 その質。仕事の優劣。 この順位を無視して先駆けをすると、即座に潰される。 女性相手の付き合いで注意するのは…「独りと、二人以上と区分けして接する!」 とりわけ、二人以上は…ボスの取り扱い注意を鮮明にしておくべき。 ・・・・・・ 6988,閑話小題 〜アメリカ就業人口の2割が既に失業… 2020年05月02日(土) * 近々に3割が失業? …本当か〜 ネットで調べると、何やら恐ろしい現実が現われ出てきた。 僅か6週間で、既に3360万人が失業し、3分1の5000万人という調査もある。 1ヶ月前のニュースで、銃砲店の前に危険を察知した一般市民が行列をなして いる映像が流れていた。この事態では、今では然もありなんだが、当時は 驚いてしまった。 日本では、「10万円与えるから、連休には外出をしないで、家篭りをしろ。」 と… 「店は、生活必需品を売る店以外が閉鎖しろ。2m位の社会的距離を保ち、 3人以上は集まるな…」と。「80歳以上の老人は伝染したら命の保証は無いもの と覚悟をしなさい。 医療崩壊は一歩手前で止まっている。帰省などは、危険で、 生き死に以外は、立寄らないこと。」 都道府県知事などの首長は、 「観光地を含めて、県内に立ち入らないで欲しい」と宣う。夜の世界はタブー。 もし、それが知れ渡ったら社会的に抹殺。
≪ 既に3360万人が失業し、アメリカで、新型コロナウイルスに対してのロック ダウン政策が始められてから 6週間ほど経過したが、その「たった 6週間」で、 アメリカで仕事を失った人の数は、政府の公式な発表で、それ以前からの失業者 を加えると、「 3360万人」となっています。 アメリカの就労人口は、約 1億5000万人ですので、おおむね 20%以上の失業率 となっているということになります。ところが。昨日、アメリカのシンクタンク 「経済政策研究所」が実施した失業した人たちに対してのオンライン調査の結果 が報じられていまして、それによると「実際の失業者は 5000万人を超えている」 ことが確実となっているのです。 政府による公式な失業申請数は「申請手続きをした人の数」が報告されるが、 この失業保険申請システムが「崩壊」しつつあることがわかったのです。 大きな原因はふたつで、 ・あまりに膨大な数の申請が急激に増加し、処理できない ・失業申請のコンピュータ登録システムが数十年前の古いシステムで、 職員が更新の方法がわからない
それに加えて調査では「 3月に失業申請した人たちのほとんどが、いまだに 失業手当てを受け取ることができていない」ということもわかってきています。 その中で、アメリカの中央銀行は、「雇用の最大化と物価安定のため、あらゆる 手段を活用する」と述べていて、その結果、アメリカ連邦準備制度の現在の バランスシートが、冒頭のグラフのように、たった 6週間ほどで、6.66兆ドル (約 700兆円)という天文学的な数値に達しています。 つまり「国の3分の1が失業するという状態」なのです。
「経済政策研究所」の調査について報じたアメリカの記事をご紹介します。 調査によると、5,000万人のアメリカ人が過去 6週間で仕事を失っている 4月23日に発表されたクレーム報告書により、アメリカ労働省は現在の不況は、 過去に見られたものとは異なることを認識した。過去 6週間だけで約 3,000万人 以上のアメリカ人が職を失っていたことを確認したのだ。 ところが、このような数字でも、アメリカで失業した人の総数が過小評価されて いる可能性があることをシンクタンクの調査が示しており、今後、アメリカ人で 最大 50%の人々が職を失うかもしれない。 ≫
―― ▼ これでは最悪、1929年から発した『世界恐慌』以下の事態になりかけない。 中国が仕掛けた可能性も見え隠れするが、細菌テロならアメリカも可能性も 充分に有得る。定期的反撃を繰返すとなると、人類滅亡にいたる。
・・・・・・ 6621,閑話小題 〜女漫画家の『最後の授業』 2019年05月02日(木) 最後の講義 「漫画家 西原理恵子」 「エンピツ」の読者の皆様、 今回だけでも面白い漫画写真が載っている https://horii888888.hatenablog.com/を覗いてください!
* 赤裸々に生きる 去年の8月に放映されたのを録って、保存用のブルーレイの盤に移行していた のを、数日前に再びみた。面白いのは何度見ても面白い。この5月5日に再放送 するそうだ。 画家を目指したが、直ぐに断念。その技術を活かして生きるため、 歌舞伎町でホステス稼業をしながらエロ本を描いて生きつなぐ。 ところは 東京女子大で、100人の受講者を前に、「女の子の人生で覚えて欲しいこと」を テーマに登壇、言いたい放題。西原について、これまで何回も取上げてきた。 シリアスで自分に正直であるところが好きだが、傍に絶対居たくない女性。
「もし今日が人生最後だったら、どんなメッセージを残すのか?」。 アメリカの有名大学で行われている「最後の講義」が日本でも始まる。 西原理恵子のテーマは「女の子の人生で覚えて欲しいこと」。 貧困と隣り合わせの少女時代、エロ本イラストからスタートした漫画家生活、 アル中の元夫との壮絶な日々… でも全ては笑い飛ばせる!すさまじいパワー はどこから? 「オトコを見る目」「仕事と母親」「新たな彼氏も?」
・“男”捨離!? ・「家族は助け合わなくていい」? ・「うちは本当に楽しい家庭なのよっていう真っ赤な嘘を、13年つき続けました」 没夫、鴨志田穣が、アル中になった時に、過ごした日々は、惨め、壮絶だった。 これをめげる事なく乗り切った精神力には、畏敬の念すらおぼえる。。 ・「ハタチまで貞淑でいなさい」って言っておきながらハタチになったらクソ みたいな男がウヨウヨ泳いでいる大海原に放りだして、「いいの見つけな」 って言ってもさ、3人ハズレに当たってみ? 10年経ってるよ。キツイよね。 男にはわかんないんだから二股、三股かけとけよって! ・「女の一途って、いけないことだと思うんです」 「女の一途」は相手の悪いところが見えなくなる病気なんで。ちょっと “マイルドなヤリマン”でいいから、って言っているんですけれどね。
・「世の中は腐れちんぽばかりですから、うっかりくわえても決して恥では ないんですが、くわえているうちにどうにかなると思ってクチャクチャいつ までもくわえているのが一番いけません。ダメだと思ったらすぐに吐き出して ください」って ・失敗してほしい。元気でやってくれればいい。でも男に依存しないでねって。 自分だけの人生を歩んでほしい。人生の舵取りを人に任せないこと。うまくいか ない自分の人生を、あの人のせいでこうなったって言い続ける人にならないで。 ・この歳になって、私もいい受け身を取れるようになったんです。背中にいい 感じの背脂もついて。50歳くらいになると失敗しても笑って起き上がれる。 ヤワラちゃんみたいないい受け身が取れるようになった。 ・娘もね、早くたくさん転んで受け身の練習をして早く笑ってほしい。 失敗しない人はいないんで。人間はみんな転ぶので。笑ってればどうにか なるから。動きのいい転び上手なおばさんになってねって。 ― ▼ <若い女は大よそ2億円ぐらい。それが20年かけてゼロになっていくの…> がよい。肉体に包まれた精神と欲求は、制限なく膨張しバランスが崩れていく。 肉体は生野菜と同じように日々、しおれ腐っていくシロモノ。そのギャップが 長年かけて露出する。それをそのまま笑い飛ばすため、それはそれは… 作家の中村うさぎ、岩井志麻子、とくれば、「たしなみ」など「はみだし者」 の世間の価値観におさまらないオバケのような妖怪女たちだが、それ故に 面白さが格別。 改元の儀式を流し目でみながら、このような妖怪女たちは、 『何じゃありゃ!馬鹿か?』と思っているのだろうが… それにアヤカル… いや、時が時だけに、ここでストップ! 令和の初頭から何で彼女になるの! ・・・・・・ 2015/05/27 修羅場の極意 『修羅場の極意』佐藤優著 * カネがないのが最大の修羅場 月末の運転資金が足りないなどの資金繰りの修羅場を経験をしないで事業を 終えることができたのは不幸中の幸いであった。現在、中小・零細の三分一が、 資金繰りに追われる修羅場状態という。身近で、倒産時の修羅場をみてきたが、 正に阿修羅、いや獣のごとく!であった。そのため先年、知人が自殺に至った。 『修羅場の極意』の巻末の西原理恵子と、著者との対談がリアル! ≪ 西原: 夫が病気になって思ったことですが、人間は必ず病気になる。 病気にならない夫も、潰れない会社に勤めている夫も、浮気しない夫も、 この世の中には存在しません。そのとき、専業主婦だったら家の中は 滅茶苦茶になる。夫が倒れて、自分に子どもを養う力がなければ、 家庭は修羅場になります。専業主婦は極めて危険な仕事です。 夫を治すために莫大なおカネがかかり、半年後にちゃんと死なせるため にも莫大なお金がかかりました。 最大の修羅場はおカネがないこと。 おカネがないと、たいていの人は獣になってしまいます。おカネがないと 男の子は泥棒に、女の子は売春婦になる危険性が高くなる。 自分の娘と息子がそんなことになったら、人生最大の修羅場と考えている。 それさえ避けられれば、ほとんどのことはどうでもいい。 佐藤: 西原さんの修羅場の対処法を整理すると、まず、最悪の状況を シュミレーションをしておく。それで、原因を理性的に分析して、 危険な芽をつぶしておこうということですね。 西原: 子どもを東大に行かせようなど高望みしない。いい子に育てようと いった漠然とした理想も描かない。最悪の危馨理から逆算するのであって、 上は想定していません。 佐藤: いいじゃないですか。東大を出て超有名企業に勤め上司の顔色ばかり うかがって、人間としての誠実さを失っていくようなエリートはいっぱい いますが、そんなふうになっても仕方ないのですから。 西原: そうですね。人に好かれる、何か言われてもはね返せる強さが身に つけばいいなと思っています。人に好かれるって一番の財産ですよね。 それと、女の子は他人の中傷とかにすぐへこんだりしがちですが、 それさえ気にしないで生きていける強度があればいいと思っています。≫ ▼ 普通の子女が金に困り売春する金額は世界共通で、その地域の一週間分の 給料分で、日本では4〜5万円が相場とか。対談相手の漫画家の西原真理子 は、夫の酒乱に悩まされ、末期ガンの夫を見送った手記は、日常生活の修羅場 そのものだったという。私も、事業をしている時、『起こってしまった難題に、 更に最悪を想定し、そこから対策を構築』していた。その積み重ねが、喩えば、 シェルターとか、避難ボートの準備だった。また、事業計画の段階で、最悪を 想定して、逃げ口を念入りに想定した。でも、こんな大津波(情報化社会)が やってくるとは、思いもよらなかったのが本音である。事業で、お金は、 空気と同じで、きれた瞬間が死(倒産)である。そこから逆算しての 安楽死が事業にはある。安楽死は、自分でしか決断出来ないため、悲喜劇が 繰返される。その三分の一の経験だけは、したくはなかった。父の口癖、 『金がないのは、首がないのと同じ! 万一を想定し、備えを整えるべし』 の実践が最後には救ってくれた。準備があれば、最悪を冷笑する視線が生じる。 『こんな面白いことはない!』という、自虐的な、地底からの視線である。 鼻声で、他人の不幸は蜜の味という何への、侮蔑・汚蔑の視線が面白い。 ところで事業生活45年の、どの部分を切りとっても、修羅場と天国。 商売、事業とは、本来、そういうもの。両方とも楽しむのがコツである。
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