堀井On-Line



7652,閑話小題 〜‘一歩ツアーズ’ー ��

2022年02月08日(火)

             『なぜ僕は瞑想するのか ー想田和弘・著
   * なぜ僕は瞑想するのか
 ヨガ・エアロに参加して11年経過した。一年目は、当初、三回、参加して、
その後、一年近く参加を取り止めていたが、何を改心したか急に、参加をした。
腰痛のセルフマッサージと位置付けて、まずは、5回、そして一年、三年間は
続けると決心して参加することにした。当初は、三人のプロのインストラクター
が、指導していたが、今では一人になってしまった。なかなか、その指導法が
面白くて、休むと何か悪いような感覚になるのが良い。学生時代に六日町の
禅寺の『雲頓庵』に卒論を書くため、通ったことがあった。
 禅は、仏法を静かに、独行で、自らを知る修行。ヨガとは、少し趣は違う。
しかし、瞑想として解脱に近づくのは酷似している。
 先日、図書館を彷徨っていると、面白い本に出くわした。
『なぜ僕は瞑想するのか ー想田和弘・著である。著者の言わんとするのは、
解脱である。朴訥とした内容だが、それが良い。

    * 解脱するのが、主旨
< 何が故に瞑想するのか… そこに至るには、ヨガ、座禅などを通して捉われ
 ている娑婆から解脱するため。一言で解脱というが、それは全人生をかけても、
到達し得ない程のエネルギーを擁する。著者の言わんとするのは、瞑想の目的は
解脱する為… だが、解脱の境地は、経験した者しか理解しえない。私の解脱法
の一つが、軽い言葉になるが、秘・異郷ツアー。そこで、実感した境地そのもの。
 ネットによると…
【 (梵 vimokṣa, vimukti などの訳語。
 一般に何らかの束縛から解き放されることをいう)仏語。
 迷いの苦悩からぬけ出て、真の自由の境地に達すること。】
【浄土真宗は、生きている私たちが日々イキイキと幸せになれる道が教えられて
 います。すべての人はこの世から旅立っていきますが、その旅立つ先を明らか
 に教えられているのも浄土真宗の特長です。旅行でも準備なしでは大変。
 まして、人生最期の旅立ちに、準備不足のままでは大変です。「備えあれば
 憂いなし」といわれますが、逆にいえば「備えなければ憂いあり」。
確な未来の準備不足では、生きている今から不安がなくなりません。】
 
・・・・・・
2016/10/03
瞑想とは 〜1。
  以下、2022/02/08 削除
・・・・・・
2016/09/04
閑話小題 〜SJの現場で!
  * チャレンジ5! 二回目の最終日に
・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、
SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。
 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日
は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、
SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から
三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 
先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」
の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く
なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに
した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気
のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、
11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に
いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと
ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。
・・・・・・
2016/03/26
人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践        
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー��
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想の合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?

・・・・・・
2020年02月08日(土)
閑話小題  レビンソンの発達理論とは ―1
   * 人生の四季
 人生の節目時について、これまで多くのテーマにしてきた。
今さらの感もあるが、多く知るほど、興味が増していく。
 このレビンソンの発達理論も面白い。人生を重ねると、その辺りが
節目になっている。 魔物に襲われて窮地に立たされていた。
精神的、肉体的、社会的に体質の変り目のため、人生の選択が迫られる
面白味があった。 この節目を打たないと、脱皮の出来ない蛇になる。
 
 この理論の目新しいのは、過渡期を重なること。
   〜 その概要とは… 〜
≪ レビンソンは以下のように人生を4つに分けました。
1.児童期と青年期(0〜22歳)
2.成人前期(17〜45歳)
   ・成人への過渡期     (17〜22歳)
   ・おとなの世界へ入る時期 (22〜28歳)
   ・30歳の過渡期      (28〜33歳)
   ・一家を構える時期    (33〜40歳)
3.中年期(40〜65歳)
   ・人生半ばの過渡期    (40〜45歳)
   ・中年に入る時期     (45〜50歳)
   ・50歳の過渡期      (50〜55歳)
   ・中年の最盛期      (55〜60歳)
4.老年期(60歳〜)
 ――
 レビンソンのライフサイクルは、
成人前期〜中年期の人生後半に重点が置かれていることがポイント。
4〜5年ごとに転換期が存在しそれはそれぞれの個人が、その時期に生活の
パターンや人生設計が変わることと関連します。
この生活のパターンや人生設計は【生活構造】と表現されていますが
この生活構造を変える時が、危機的な時期になります。
レビンソンによると、同じ生活構造は7年以上続かないとされています。
☆ 7年・・・どこかで出てきた区切りの年数と重なります。
 この危機的な時期の中でも【人生半ばの過渡期(40〜45歳)】は男性に
とって急激な変化といわれています。
これに対してゲイル シーヒィ(Gail Sheehy)は、女性はもう少し早い35歳
ごろから中年期の危機が始まるとしています。
 ―
▼ こうしてみると、人生は『やるべき時節に、やるべきことを、すべき』
 ことが理解できる。特に男には、それが必要ということ。他者の生き方を
云々することなど、もってのほか。まずは己の節目を打つしかないことが分る。
 ひと事で、ないが。大学にもよるが、「成人への過渡期」に社会に入る前の
過渡期に<猶予期間>があった方がいい。遊び、働き、学びの世界を俯瞰する
ためにも。人生は思いのほかの広く、深く、味があることを知るにも。
                            〜つづく  ・・・・・・
6539,読書日記 〜人生における読書の効能 〜2
2019年02月08日(金)
             『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
   * 第1章の『本を読むと、何が得か?』
 育った実家が商売屋だったことも含めて本を読む環境になかった。
それでも、その気になれば市営図書館とか、校内図書館で読書もあったが、
遊び優先で、思いもよらぬこと。中学に入ったと同時にTVが家庭生活に入り、
野球や、アメリカものドラマに釘付け。高校時代に読んだのは、小田実の
『何でも見てやろう』と『愛と誠を見つめて』。そして大学受験に失敗した
どん底の中で読んだ、『新約聖書』。少なければこそ、心の底まで響く感動
を覚えていた。そして、25人の今でいう、シェアハウスのような寮生活。
 直に知ることになったのが、読書量の絶対的格差。それと大学の同期生との
知識とセンスの格差。ただ、黙って聞き役になるしかない現実に茫然と…
まずは日本文学の森鴎外、夏目漱石、志賀直哉、川端康成などの文豪の全集を
集中して読むことと、世界のポピュラーを聴く生活。そこに寮生活の醍醐味の
小宴会で、先輩諸氏の薫陶とか… そのどれもかもが、新鮮で衝撃の強いもの
ばかり、中学、高校時代の受験生活が、あまりに自分の世界を小さくしていた
かを思い知ることに。 それが都会暮らしの学生の最も重要なことだろうが、
寮生活の、学園生活が、それを効率よい触媒になっていた。これに1〜2年が
「合気道」と、夏、春には軽井沢山荘のヘルパーのアルバイト。 3年は、
「欧州周遊1ヶ月のツアー」への参加。4年は、週2回、2時間の「武澤ゼミ」
の参加。そして卒論と… 田舎の純朴の受験校上がりなればこそ、余白が
大きいほど、ドップリと浸かることが出来た。それと、余りある閑の中での
喫茶店での、底の浅い議論も、自分の底を知るうえで、この上ない環境。
誰もかもが、これまで会ったことがない人種。その経験話の多彩なこと。
『俺の親父、不動産屋をしてるんだけど、いま刑務所に入ってるんだ』とか、
『この夏休みに、地元の知り合いと出来てしまって… それが初体験だった』
『大学を卒業と同時に、カナダに留学して、一度、外から自分を見てから、
 人生を考えるつもり。このまま平凡なまま終えたくない』
『県会議員になりたいが、秘書のアルバイトをしてみて、自信が無くなった。
 そりゃ、酷い世界。 選挙で勝つためには「地盤」「看板」「鞄」の3バン
 が必要。そのどの一つも無いのが、如何すりゃいいか分からない。』
とか、成るほど、これが娑婆世界と知らされる日々。何が「本を読む人だけが
手にすもの」かであるが、それを言っちゃあ、後が続かない。
――
  〜 一章の概要から 〜
≪ ・ここで、パチンコをしない2人のうちの1人に、次に携帯ゲームもしない
 4人に1人に、そして、それを読書に向けると8人に1人の人材に成れると! 
 4年前のデータだが、学生の47・5%が一ヶ月に一冊も本を読まないという。
 なら成人なら、さらに低い?
・読書は、著書を通して「個人的リアル体験」が味わえる手段と
 ラジオなどの受動的インプットと違い、「アクティブ・ラーニング」。
 言葉を頼りに想像力をかきたてる効果がある。
・その上に、読書によって、「集中力」と「バランス感覚」が身に付く。
・また読書は世界観を広げる役割がある。世界観の広がりは、様々な視点で
 物事や他者を見ることが出来るようになる。読書を続けておかないと、
 私たちは、何も考えず、平々凡々に過ごすと、自ずと、視野狭窄に陥る。
・読書は、人生のステージを上げてくれる。
・人間たるゆえんの3つの触媒は、『読書』『遊び』『芸術』である。
 これらを経験し、沈殿させることで脳内に回路が強化され、それら
 が繋がり、脳の電磁波がより強力になっていく。
・著書は作家の「脳のかけら」。読者は、そのカケラを自分の脳につなげる
 ことが出来る。 ≫
―
▼ 50数年にわたり、一日、2〜3時間は読書をつづけてきた。その割には大した
 実績を上げることが出来なかったが、それも内面的は大きん収穫を得てきた
充実感はある。自分の信念と、直感と、それを自動的に論理構成出来るベース
は出来たが? TVで訳の分からないコメントを瞬時に判別可能になっていると
思ってきたが、それも現在は思いこみでしかなかったのでは?と足元がぐらつき、
孤独感が強くなる。 ここで、人間たるゆえんの3つの触媒が、『読書』『遊び』
『芸術』という。 そこから生まれる『感動』『至高体験』『永遠との邂逅』。
同じ人生、可能な限り豊かな経験を引寄せて、充実させたいもの。 もう充分? 
いや、まだまだ! 内的余白は真っ白。 今までの経験、知識は、染み、汚れ!
  
・・・・・・
5808,閑話小題 〜毎日が面白い! (後編)
2017年02月08日(水)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(後編)
 6年前に始めたが、何故か数度で止めてしまった。そして翌年、まず5回、
そして10回と意を決して再挑戦をして現在に至っている。平日・昼間コースの
ヨガの枠が5回ある。当初の週二の枠が、5回に増えたが、参加者も8割だったのが、
現在は、50人の定員が殆ぼ満タン状態。火・水は事前に予約チップを数時間前に
取りに行かなければならない。ヨガは、60〜90分で、1200〜1500円。
45分のため、700〜800円とすると、私の場合、月に18回として、12000円になる。
 慣れるほど、自分以外の人たちが気にならなくなる。5年になるので、
600〜700回は参加したことになる。ヨガは、心にも毒が溜まるのが自覚できる。
それを一刻の間に、少しでも吐出すことが出来る。最近、5年前とは体質が変化
した感がする。老いるとは、長年の心の毒が一人歩きをし、そのまま生老病死
の4苦として重く圧し掛かる。
 ポーズで、例えば『ガス抜きのポーズ』がある。仰向けになって曲げた両足
を両手で抱えるポーズとか。『ゴキブリのポーズ』で、仰向けで両手両足を
ゴキブリにように、ばたつかせるポーズとか。『立木(リツギ)のポース』で、
立ち木のように両手を頭の上に合わせて、ギリギリ上に伸ばすポーズとか、
顔をしかめたり、縦に伸ばしたり。犬や猫が背中を伸ばしたりするポーズが、
結構、面白い。これらを50人のポーズを一番後方から見ると、それは壮観。
――
2013/05/25
早朝座禅 
        「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著
 
――
2013/05/16
ヨガと座禅の違い
 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回は超えているが、
回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に野狐禅だが、六日町
の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に広い禅室で独り座禅を
組んだことがあった。ただシーンとした中、「直ぐにでも止めようか」という気持
と戦いながらのたった独りの座禅は、永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に
叩かれる状況より辛い。誰もいないため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。
 ヨガで仰向けになり全身を弛緩する「死者のポーズ」があるが、これは座禅の
禅定に似ている。飛行機内の座席で、耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思い
を泡のように流していると、何かのゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間が
アッという間に過ぎてしまう。ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その
状況から仏の悟りに近づくことにある。
ーヨガと座禅の違いをネットで調た中で、納得にいった3つをコピーしてみるー
《人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら瞑想に
ふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと「軛(くびき)」という
ことで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが次第に神の力に人間を結びつける
ことを意味するようになり、その修行法として智慧、愛、行、瞑想が重視された。
一般にヨガと呼んでいるのは、このうちの瞑想による神人合一の方法である。
このヨガは紀元5世紀ごろには「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派
が独立してさかえ、完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。
このヨガの修行法が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながる。》
《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)を
 整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これによって
初めて超自然的な力が得られ、対し禅は「禅定」に深くかかわり、静けさを求める。
禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の悟りを追体験して
”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。禅は「無」を標誘し功徳や
利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をすること。ヨガは神人合一して
身心の健康を増進させる。》
《ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの哲学書
にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える事で、心の
動きを抑制する方法として古くから用いられた。 後に、ヨーガ学派という哲学
集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと言われています。
そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として用いられ、釈尊も、
瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」という修行法として
確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド独特の修行法をアレンジ
したものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は同じであると言える。
違いと言えば、仏教における修行は、さとりを目指す為の方法であり、現代の
ヨガは、心身の健康維持のためのもの、という点でしょうか。座禅とヨガとの
関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を盛り込んだ、精神統一の方法で
ありますし、「禅」といいますのは、「禅定」つまり精神統一をし、真理を観察
することであって、「座禅」は座法や呼吸法を用いた「禅定」一つの方法ですから、
根本的な部分で同じ要素を持つものと言える。》
▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法
 に対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。
腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。
私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガの中に多くある。
手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ーを
見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、
これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。
60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。


7651,閑話小題 〜‘一歩ツアーズ’ー�ぁ�

2022年02月07日(月)



             『なぜ僕は瞑想するのか ー想田和弘・著
   * なぜ僕は瞑想するのか
 ヨガ・エアロに参加して11年経過した。一年目は、当初、三回、参加して、
その後、一年近く参加を取り止めていたが、何を改心したか急に、参加をした。
腰痛のセルフマッサージと位置付けて、まずは、5回、そして一年、三年間は
続けると決心して参加することにした。当初は、三人のプロのインストラクター
が、指導していたが、今では一人になってしまった。なかなか、その指導法が
面白くて、休むと何か悪いような感覚になるのが良い。学生時代に六日町の
禅寺の『雲頓庵』に卒論を書くため、通ったことがあった。
 禅は、仏法を静かに、独行で、自らを知る修行。ヨガとは、少し趣は違う。
しかし、瞑想として解脱に近づくのは酷似している。
 先日、図書館を彷徨っていると、面白い本に出くわした。
『なぜ僕は瞑想するのか ー想田和弘・著である。著者の言わんとするのは、
解脱である。朴訥とした内容だが、それが良い。

    * 解脱するのが、主旨
< 何が故に瞑想するのか… そこに至るには、ヨガ、座禅などを通して捉われ
 ている娑婆から解脱するため。一言で解脱というが、それは全人生をかけても、
到達し得ない程のエネルギーを擁する。著者の言わんとするのは、瞑想の目的は
解脱する為… だが、解脱の境地は、経験した者しか理解しえない。私の解脱法
の一つが、軽い言葉になるが、秘・異郷ツアー。そこで、実感した境地そのもの。
 ネットによると…
【 (梵 vimokṣa, vimukti などの訳語。
 一般に何らかの束縛から解き放されることをいう)仏語。
 迷いの苦悩からぬけ出て、真の自由の境地に達すること。】
【浄土真宗は、生きている私たちが日々イキイキと幸せになれる道が教えられて
 います。すべての人はこの世から旅立っていきますが、その旅立つ先を明らか
 に教えられているのも浄土真宗の特長です。旅行でも準備なしでは大変。
 まして、人生最期の旅立ちに、準備不足のままでは大変です。「備えあれば
 憂いなし」といわれますが、逆にいえば「備えなければ憂いあり」。
確な未来の準備不足では、生きている今から不安がなくなりません。】
 ――
▼ あまりに人生に無知なる人々が多い。何処に一線を引くかが問題。
 それは坊様にも言えるが…、自分で気付かないところが娑婆の難しいところ!
そういう己が、惨憺たるものだが、それだけは、気づかないから始末が悪い。
 ―――
何とまあ、これも偶然だが… これだから、面白い。

・・・・・・
2016/10/03
瞑想とは 〜1
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。
・・・・・・
2016/09/10
閑話小題 〜SJの現場で!ー��
   * 週、5回のヨガにチャレンジ
 先々週は週に5回、先週は4回、続けて参加したが土曜日の5回目の予約チップ
を2時間半前に取りに行ったところ、既になく、目標達成はならずなかった。。
今週は、4回続けてきたが、今日は如何に?と思いきや、先週同様、昨日から
腰痛が出ている。 過ぎたるは及ばざるがごとくで、週4で十分が実感。
 先日、ヨガの待合の行列の前の同世代の人に、知りあいが声をかけてきた。
『週に5回、出席しているが、欠かさず参加して何が良くなったか、今のところ
分からない』と。私の実感と同じような疑問。先週の土曜には、少し、腰痛気味
だったため、予約チップが無かったのが良かったと思っていた。
そこで、行列の間、同じ状況の私が答えは何だろう?と、暇にまかせて考えた。
『効果云々は、その人によるが、週5回は、毎日になる。好きで、調子が良く
なければ、出来ないこと。思うに、<大好きになるため>ではないか。
大好きになれば、参加する理由はなくなる。理由は<好きだから>になる。』
 大好きとしても、週5がキツイなら、週4に減らせばよい。週3回、予約チップ
を取りに行くのもキツイなら、それだけ好きになれないとことになる。
 連日、続けることが出来るのは、集団でこそ可能。意思薄弱な私に、独りは
どだい無理。 蓄群と、群れる人たちの弱点を突きながら、自分は、群れヨガに
参加している。何をか言わんやである。 添乗員の付く、ツアーに参加して
世界の僻地に行けないのに、こと日常生活で、群れたがる人たちを冷ややかな
目線で見ている私が、ここにいる。 「集団セルフマッサージ」として費用
効果としては、最善だが。腰痛からして、今日は止めにする。 お暇なことで!
・・・・・・
2016/09/04
閑話小題 〜SJの現場で!
  * チャレンジ5! 二回目の最終日に
・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、
SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。
 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日
は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、
SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から
三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 
先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」
の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く
なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに
した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気
のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、
11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に
いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと
ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。
・・・・・・
2016/03/26
人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践        
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー��
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想の合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?


7650,閑話小題 〜‘一歩ツアーズ’ー��

2022年02月06日(日)

   * 『存在と無』とは、これ如何に…
 ツアーに何度か参加して、圧縮された日程の厳しさに圧倒され、万感の思いを
抱いて帰ってくる。…対象選びからして、ツアーの行事の大事な一つ… 
その面白いコトこの上ない。 一歩家の外に出て…それも国外に踏み出した時は、
ツアーの半分は終えているよう。その一歩こそが重要になる。何事も計画段階で
半分は終わったようなもの。‘計画と実行とは、そういうこと。

 ツアーズとは何か…?人生をツアーに喩えると解りやすい。 哲学で‘無’を
理解するに、宇宙の彼方から逆照射してみると良い。 山下清の論の『兵隊の位
だと、どの位…?』の純朴な理解。それを現に実行したのが、自らの最終年齢の
設定。「死=無」とすると、20年前に「75歳を自ら設定」した。 それ以来…、
一日、一生、是、好日と充実するしかない。要するに、人生戦略の要が、本気の
最終日の設定である。ところが、その兆しが少しもない。公言した割に、揶揄い
殆どない。何だろう、この無言の何?は… 

 多宇宙論によると、直径・138億光年の我われが住む、この宇宙が、他にも
10の500乗も存在することが、確定した。それも僅か前のこと。般若心経の
「色即是空、空即是色」の真理。そこから、ダーク・マターが管状のループが
この宇宙に流れ込んでいるという。何とまあ、面白い道理。ならば、飛躍して
しまうが、神様の存在も肯定できる? その中にはコンタクトしてくる変わった
のがいても何ら不思議でない筈。これが私の云うところの無と存在の一理になる。

・・・・・・
6901、読書日記〜『自由への旅』−4 
+6902, 閑話小題〜パンデミック −4
 
・・・・・・
2020年02月06日
閑話小題 〜パンデミック −4
   * カミュの「ペスト」
         : 不条理が集団(都市)を襲った物語
 パンデミックの恐ろしさは、伝染過程で変化すること。その対応に何れの
国も対応が遅れ、伝染を爆発的に拡大する恐れがあることだ。グローバル化
の逆効果である。ネット検索をすると、カミュの小説『ペスト』についての
解説があった。

≪ ◉ 筆者は、新型コロナウイルスの感染拡大の様を見ていると、
 アルベール・カミュが書いた小説『ペスト』を思い出す。奇しくも出版は
筆者の誕生の年の1947年だ。
カミュは、中世ヨーロッパで人口の3割以上が死亡したペストを、不条理が人間
を襲う代表例と考え「ペスト」で、不条理が集団(都市)を襲う様子を描いた。
 物語(フィクション)は、フランスの植民地であるアルジェリアのオラン市を
ペストが襲うという設定だ。ペストが蔓延する中、人々が何もコントロール
できない無慈悲な運命を非情な語り口で描いている。
◉ 新型コロナウイルスが発生し、感染が拡大している武漢市あるいは中国全土は
「ペスト」の舞台となったのオラン市(面積は64平方キロで2006年時点の人口は
68万人)とは面積・人口とも比べ物にならないが、相似性はある。
■ 新型コロナウイルスの感染拡大が継続
 2月2日現在、感染拡大が継続。中国本土での患者は1万4300人を超え、死者は
304人に達した。なお、香港大の研究チームは、武漢市の感染者が最大7万5800人
に上っている可能性があるとの推計値を1月31日付の英医学誌ランセットに発表。
余談になるが、北朝鮮の金正恩氏はこの事態に臨み、習近平国家主席にお見舞い
の書簡を送り「苦痛分かち合い、助けたい」と述べたという。それを見た習近平氏
は金正恩氏が置かれた苦境を察知し、苦笑しているに違いない。 ≫
 ―
▼ 横丁長屋の≪御隠居、八ちゃん、寅さん、熊さん問答方式で…
 熊: 何やら突然、湧いた恐ろしい大事件じゃないですか!
大家: 御前でも心配になるほど、背景が広く深いからね。まだパンデミック
   宣言が出てないが、時間の問題。中国人は国民性からして、好い加減!
八: あと3ヶ月後が、如何なっているか、誰も知るところではないね。
   ホテルでも営業していた分には…  問い合わせに、
  <中国人が泊まってますか?>になるが、棟が分れているから「大丈夫」。   
 寅: タブーのようだが、東京オリンピック開催の問題も出てくるだろうし。
大家: IOCの決断次第で中止と決まったら、何も抵抗できないしね。
  そりゃ世界中から人びとが集まってくるから… そこでウィルステロでも
  やられたら、と誰も考えるからね。
八: 穿った見方をすると、中国にとって、香港の暴動、台湾では親米派の
  総統の大勝利。アメリカ大統領は弾劾裁判から目を叛けさせてくれて…
  阿部首相は、桜見の会の汚職疑惑もアヤフヤになってしまい。
  医薬業界は特需デ、良いコトづくめ。
大家: こういう有事には、権力の集中の必要性が必要だからね。とすると…
  まあ、下衆の勘繰りになるから、ここで止めておいた方がいい。
 熊: イラン問題も、北朝鮮問題もあるし… 
八: 株価と為替相場が、目先、比較的に安定しているが、これも突然、
  どうなるか、神のみぞ知る!ですか。
 
・・・・・・
6537,閑話小題 〜世界は知らないことばかり…
2019年02月06日(水)
   * 山椒魚の生態から見えたこと
 ★ アマゾンの人が入ってない地区の動物の生態研究が生々しい
 そのレポートの一つの『山椒魚』の生存実態の内容に驚かされた。
雨季だけの湖のような水溜りの中で、山椒魚が小魚を襲って食べていた。
ところが水が減少すると共に小魚がいなくなり、仲間同士の共喰いが始まる。
そして、最後に一匹だけ大きな山椒魚が残った。そこでエラが退化をして、
肺機能が出来上がり、陸に上がって生延びる。 動物の起源は海にあり、
それらが陸上に進出してきた、そのままを一匹で体現した山椒魚には驚き… 
 象の先祖はクジラと言われる。これは、海上で肺機能をつくり上げた上で
陸上に進出し、象に進化したもの。その原型が、この山椒魚。エラから肺呼吸
を進化させて上陸したのが一般的。ガラパゴス諸島の海イグアナのように、
戻ってきて海藻を餌にするのもいる。 世界は広くて深い。
 人間様の小池(半径500m)だけが世界ではない。スーダラ節じゃないが、
<解っちゃいるけど縛られる?>  淡水や海水を飲み分けられれば、海辺の
岩場に閉じ籠って生きるのも案外、良い? 多かれ少なかれ、人間の触媒は
限られている。
 ★ この年齢になってみて、好奇心、知識欲の減退が全くないだけでなく、
 無尽蔵に増えていることに驚いている。リタイアで、空の領域が広がったため? 
それより、世界に対する‘視野狭窄’が現実ですか。まだ、このブログ習慣と、
 老年であと先が少なくなったため? 新鮮な知識が流れ込んでくるようで、
とにかく毎日が面白い! 「今の内!」感が現実のためだろうか。 いや、
50歳代に入って20数年、ズ〜ッとそうだ。 …今さらか。
丁度、個人HP、ブログ開設の準備とネットを始めた頃。 現実社会を水中に、
ネット社会を陸地に例えると、ネット世界の肺機能が出来上がり、陸地に
這い上がってきたことになる。ところで、この山椒魚のようなタクマシイのが
人間社会にもいる?。いや、人生とは、こんなもの? 全てを食べ尽し、独り
陸地生存用の肺の機能をつくり陸地に旅立っていくのが。誰の中にも、いや、
全ての生物の中に、生存競争の結果、環境の変化に対する原始的適応能力の
遺伝子がある筈。そのためには、極限に自らを晒さないと! 極限にこそ、
生きる術が、こみ上げてくる。野良猫と、山椒魚の共通点は、遺伝子レベル
の生命生存の能力。 …底の浅い人には理解不能? そりゃ、無理無理!
 ★ 『予定挫折』って言葉と、経験。 これを自らに課すのが、キャリア。
 官僚は、それぞれの省庁のノウハウで、これを計画的に行う。
創業者は、計画的自己配転で、転業で、身につける。そのため、少しパーの
要素を必要とする。 これを知識で体得できるのが地頭。イチロウ、大谷の
ような論理構築の出来るのが、叩き上げの高卒超一流選手。プロ野球から
メジャーリーグへの変身が、上陸に。その為には、二代、三代の親がかりの
必要悪が… 最後は親を食い潰して、一匹、上陸していく物語が必要となる。
出来なかったのが自分で、この様。 誰もが通る挫折への一本道。それが
結果としてベストとなるから、皮肉なもの。それが、人生でもある。
この山椒魚から自然の持つ多くの摂理を学ぶことになった。
世界は、全てが繋がっている。
 
・・・・・・
6173,閑話小題 〜映画観賞 ー『スリービルボード』
2018年02月06日(火)
   * シネマ『スリービリボード』
 前回みた邦画が面白かったが、今回はハリウッド映画。
何処にもありそうな東部の田舎町の、化粧気のない普通の中年のオバさん
がヒロインの物語が奇抜で良い。西部劇のガンマンのごとく、怒りをエネルギー
にして、立向かっていく姿に引込まれていく。フィクションなればこその物語。
  〜HPの紹介から
<米ミズーリ州の片田舎の町で、何者かに娘を殺された主婦のミルドレッドが、
犯人を逮捕できない警察に業を煮やし、解決しない事件への抗議のために町
はずれに巨大な広告看板を設置する。 それを快く思わない警察や住民と
ミルドレッドの間には埋まらない溝が生まれ、いさかいが絶えなくなる。
そして事態は思わぬ方向へと転がっていく。娘のために孤独に奮闘する母親
ミルドレッドをフランシス・マクドーマンドが熱演し、ウッディ・ハレルソン、
サム・ロックウェルら演技派が共演。「セブン・サイコパス」「ヒットマンズ・
レクイエム」のマーティン・マクドナー監督がメガホンをとった。>
  〜評価・レビューより
≪ カールした髪を少しだけ後ろで束ねて、そこにバンダナを締め、ツナギで
武装した怒り心頭の母親、ミルドレッドが、ギターの爪弾きに乗って、レイプ
され、焼き殺された娘の敵を討ちに行く。さながら現代のミズーリにカウボーイ
がワープしてきたかのようではないか! ジョン・フォードと同じくアイルランド
に故郷を持つ監督&脚本のマーティン・マクドナーは、偉大な先人に敬意を表し、
西部劇の再構築を果敢に試みている。 しかし当然、ここでは善対悪の構図は
かつてのように単純ではなく、悪人に見えた人間には情状酌量の余地が大いに
あり、さも善人面して登場する人物が巨大悪の手先だったりする。そんな時代に、
ひたすらいがみ合い、傷つけ合うことなど無意味なのだ。互いに思いやりを持ち、
理解する努力を怠らないことこそ、人としての知恵ではないのか?想定外に次ぐ
想定外で観客をとことん混乱させる物語は、最後に心和む着地点を用意して、
そこはかとない余韻を残して幕を閉じる。その余韻はしばらく消えることはない。
オスカー云々に関係なく、今年まず観るべき1作だ。≫
―
≪激しい怒りや悲しみ、笑いといった様々な感情という糸が絡み合い、最後は
 スッと解ける映画。主人公のミルドレッド母ちゃん、娘が何者かによって
殺され、一向に解決しない警察に対して、警察への非難のメッセージが記された
広告看板を建てて、それに携わった人々の人生が変わってしまう物語。
 ミルドレッド母ちゃん、町の人々から尊敬されている警察署長、そして、
マザコンのクズ警官の主要三人のそれぞれの関係者があの広告看板によって、
人生がだんだん変わる様の描き方が非常に上手い。監督が天才過ぎ。 あと、
キャストそれぞれ良かったが、一番印象的なのが、ディクソン。マザコンで
クズ保安官でだが、最初はサイコ野郎と思っていたら中盤〜終盤辺りから
印象が変わる。逆にミルドレッドは、最初は同情してたが、彼女の怒り、暴言、
暴力といった行為がかなりエスカレートしていき、町の人々は同情が失せます。≫
―
▼ アウトサイダーの生き方を標榜している私と重なる部分があってか、過剰に
 同調して見ていた? 保守的な田舎町で、三枚の大看板に、抗議メッセージを
掲げて波紋を呼ぶ、それを物語にするアイデアは面白い。
【 熊さん: 何か八つぁんに似ているね。
 八つぁん: 私は、接触を最小にしているだけ。しかし、声高々に、ここで
      書いているけどね。ここまで書けば嫌われるのは分かっているよ。
 寅さん: いや解ってないんじゃないか。「良いこと3つ、悪いこと1つ」と、
      常に言ってるじゃないか。その三倍はあるよ。何を怖れているんだ。
八つぁん: 毎日、ない頭を絞って書いていると、どうしても本音が出るの。
      怖れるといえば、もう亡くなった一番上の姉夫婦が、地元豪族的
      肩書信仰の妄信を見ていて、反面教師になっているの。
大家さん: 可愛いもんじゃないですか。フリをしていれば済む話。
八つぁん: 今さら、フリもありゃしない。かなり変人と思われてしまったね。
熊さん:  そりゃ、酷い言われようだよ。少し外れても遠からじだよ。
寅さん:  俺など、面白くてさ。フーテンの寅が、知恵足らずの男に、
      「おい、相変わらずバカか」といった返事、「御母ちゃんが、バカに 
      バカというのが一番バカだよと言っていたよ!」の台詞を思いだすんだ。
八つぁん: 実は自分もさ。本当に奴らバカなのさ。そういう私が一番バカだね。 
      この随想日記が、この映画のビルボード代り? まあ、怒るは…。
大家さん: フウテンの寅の実家の叔父さんが、寅に、「本当に馬鹿だね!」
      と言うけど、「御前も本当にバカだね。」
八つぁん: 本当にバカだもの。熊、寅が小バカなら、俺は大バカさ。
      いや、バカ違うんねん、パーなんねん、ですか。
大家さん: とすると、さしずめワシはグウですか… 何かコンだね。
      グウはパーに勝てませんってね。 グウは、愚うだもの。  
寅さん:  大家さんまで、フザケチャいけません。 それは熊と俺の役割。
熊さん:  ツマラナイというよりクダラナイ。 で、テーマって何だっけ? 
八つぁん: 風変わりなハリウッドものシネマの評論よ。 評価は85点。 
      自ら進んで映画の世界に入り込むか観劇のコツになるが… 
大家さん: 毎週、よくも飽きずに通ってるけど、そんなに面白いの?
八つぁん: そりゃ面白いよ! 一時的に「あっちの世界」に飛ぶんだもの。
      シネマ館で見るのは違うよ。1100円も出すんだよ。2000円だと、
      月に一回になるけどね… 
・・・・・・
5440,人生で最も大切な技術 ー心の自由
2016年02月06日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 自由への大いなる飛躍
 ここで、エゴから開放されることが、心の自由という。御隠居生活は、
今さら、老いさき短いのに、エゴもなにもないだろうという諦観が、拘りから
自らを解放させる。森の生活から、サバンナの生活の移行が、「心の自由」を
実感させる。森は森で面白いが、サバンナにはサバンナの面白さがある。
 心を自由にするにエゴからの解放を勧める。遺伝子科学は、遺伝子の進化
の本質はエゴにあると解明したが、そこは知的生物?たる人間様。せめて
心の自由を、「私の・・」からの解放が必要である。 〜その辺りから〜
≪ 自由になる、ということは、自分の運命の支配者になることである。
 ただ、自由と聞くと、行為、動作、意見等の自由、自分が決めた目標達成
の機会を獲得する自由、等というふうにとかと解釈されがちである。
そのように自由を納得することは、自分の外側に自由を置いて、思考の横暴な
振る舞いを看過することになる。実際、西欧では、自分のしたいことをして、
衝動おもむの赴くままに行動するのが自由、という解釈が一般的である。
しかし、そうした考え方はおかおとししい。したい放題とは、心を混乱させる
思考の慰み者として、自分自身を決めるのも同然である。それは、山頂で吹き
まくる風によって、あらゆる方向にへし曲げられる草と同じ状態である。
「私にとって幸福は、したいことを誰にも一切ロを挟まれないですること」
とBBCのインタビューに答えていた英国の若い女性がいた。無秩序な自由の唯一
の目標は、欲望を即座に達成することである。だが、果たしてそれが幸福を
もたらすだろうか、という疑問が生じる。その疑問には十分な根拠がある。
 自然で自発的な行動は、精神的な混乱がない限り、長所となる。しかし、
心の中で渇望、嫉妬、傲慢、恨みなどの狂犬を荒れ狂うままにさせておくなら、
間もなく、心はそれらの狂犬に占拠される。一方、自由な心は、膨大で、
明確で、静寂な空間で、そこに痛みはなく平安だけが強化される。・・(略)
心の自由は、とりわけ、「私に」と「私の」という独裁者エゴからの解放で
ある。エゴは自分が嫌うあらゆるものと衝突し、自分が欲するあらゆるものを
自分のものにしようと必死になる。それ故、自由になることは、心を支配し、
曇らせる苦痛の絆を断ち切る作業と言える。それは、自分の人生を、習慣と
心の混乱によって作りだされる性癖や性質に明け渡す代わりに、自分の手中に
収めることである。水夫が船の舵柄を緩めて帆が風にはためくままにして、
潮の流れに漂わせている場面を想像すれば、それが自由な航行とは呼ばれずに
漂流した状態だとわかるだろう。自由な航行とは、舵をしっかり握って
自分の選んだ目的地に向けて航行することである。
 日常生活でこうした自由が体得できたなら、他者に対して心が開かれる上、
忍耐力が備わることになり、自分の選んだ人生の方向からまったく外れずに、
断固として突き進む覚悟ができるだろう。実際、方向感覚を持つことは
生きる上で不可欠である。ヒマラヤをトレッキングする際には、何日でも
何週間でも歩く覚悟をしなければならない。・・≫ 
▼ 英国の若い女性が言った、「「私にとって幸福は、したいことを誰にも
 一切ロを挟まれないで・・」の「したいこと」を、「幸福になるために」
に替えれば良いこと。そのために、少々自由を犠牲にしなければならない。


7649,閑話小題 〜‘一歩ツアーズ’ー��

2022年02月05日(土)

   * 日常を一歩、踏出すのが非日常…に、あい成る。
 日常から、一歩、二歩踏出すのを…『一歩ツアーズ』という。
アラフォー辺りから、それまでのストレスを乗越えるために、始めたのが
「秘異郷ツアー」である。二年に一度だった海外旅行のツアーを、年二回に
引上げ、その後の数年、大病を経験してからは、年一に。
 …その資料の収集と、行先の決断には想像を絶する+・エネルギーを要する。
アフリカ、中東、シルクロード、ネパール、インド、北欧など、考えただけでも
膨大なマイナス・エネルギーが発生する。乗越えるだけでも、確固たる信念と、
情報が必要になる。その仕入れ先は、現行のツアー仲間と添乗員の情報になる。
・まずは自分のマイナス・エネルギーに打ち勝たなければならない。
・そして、絶対に反対者の‘連れ’の克服。
・三番目は情報収集、恐れそのものを打消す力が、そこに湧いてくる。
 …恐れは、無知が圧倒的に大というのが分ってくる。無知は、人生の
 破局さえモタラス。そこに基礎教養が人生全般にあたる。
・そして、心構えが決定的になる。その前後に、必ず難関が出てくる。
 これでほぼ、中止せざるを得なくなる。そして、全体を通して、工夫の知恵が、
 必要となる、まずは、それを克服しないと。

資本主義の資金は、時代の反作用としての逆流を呼びこむ。今度は、これか…と。
その心の葛藤があればこそ、重みも、面白味も湧出てくる。横ずれ、縦振動、
最後は斜めずれ。構えだけでは無理、足の力を抜き、その都度、全身を流れに
身を委ねる、何回かすると、そのコツが見えてくる。 
 …としても、‘一歩ツアーズ’とは、よく言ったもの。その一歩には,想いが
万感込められている。そう思えるのは、思いと、想いの違いを体験の繰返しから、
肌で感じてきた経験があるため… !
                         〜つづく
 ・・・・・・
7288、閑話小題 〜ガスの充満の時代に…
2021年02月05日(金)
* 言葉狩り問題

 再び、言葉狩りが、顕著になってきた。森元首相に対するマスコミの狩である。
女性蔑視に対して、一般庶民は、あまりに神経質。

故人になった親戚の従姉が、嫁いだ先は、小姑が5人もいて、子供も5人。
亭主が狡い男で、夜は付き合いで遊びに出て、不在。当人は、それでストレスは
解消されても、自分は、その塊。
 法事の際に、その鬱憤ばらいで、何時も愚痴。聞いているだけでも、その男に腹が立つ。
皇室ファンで、高校の同級生に就職先が宮内庁が自慢。横で聞いているだけ不快になる。

 世界はパンデミックで不満というガスが充満しており、そのはけ口を探しているのがマスコミ! こういう場合は、戦争という手口がある。


7648,閑話小題 〜一歩ツアーズ

2022年02月03日(木)

   * 何面白い手帳
 思いたってから20秒過ぎると、ほゞ何もしないという‘’がある。
早朝、起床して直に御参りをするが、時どき、しないことが多い。
ならば、まず仏前に座り、御経を唱えると、そのまま日常のとおりの延長が
続いていく。まずは第一歩から始まるが、これを一歩ツアーズに取り入れると…、
効果がアップするはず…。 スポーツジムの帰り際に、あと一つ、ランニング・
マシーンと思いつつ、直に‘今日は止めておこう’と何もしないことが多い。
マシーンに一度、乘れば、勢いで続けられるのは解っては居ても…
 この一日一文の随想日記を何とか、21年近く続けてきたが、まずは、これ!
という、習慣の御蔭。習慣!は、第二の天性。独自の自己対話に成る。後あと、
読返すと、自らの考えたことが、如何に表面的だったか、その後の深読みが
可能になる。20年も続けていると種切れにもなり、次のテーマが出てこない。
 〜〜
 筋肉、関節補強剤の「サントリーロコモア」は、力強くあるきサポートする
サプリメント。 そのメージブランドのガイドブック手帳が送られてきた。
‘ちょっとした一歩で、日常を楽しく’ が副題である。ツアーそのものが、
これである。ツアーも非日常… 習慣さえつければ、人生を格段と面白くして
くれる。掛けがえのない日常の素晴らしさを、切り口を替えるこどで、新たな
発見をさせてくれる。人生は新し発見で日々好日になる。惰性で、見えるものも
見過ごしてしまう。
 ――
‘一歩ツアーズ’とは、言い得て妙である。洋酒、ビールを売るサントリーが、
健康食品とは、これは面白い。そして、人生の妙を提案する。

 ・・・・・・
6899,閑話小題 〜人生の出口戦略
2020年02月03日(月)
   * 出口戦略
 ネットサーフィンで、<出口戦略(exit strategy)>の言葉が引っ掛った。
あと一年で、私も後期高齢者の仲間入り、同期の男たちの3割は鬼籍に入った。
それぞれの死に様があるが、彼らに人生の出口戦略が有ったか、否か。
  〜ネット検索によると〜
【 軍事用語で戦場から兵を引き揚げる際、人命や物資の損失を最小限に抑える
 ための撤退作戦。 ベトナム戦争時にアメリカ国防総省内で使用されたのが
この語の始まりとされている。転じて、金融緩和や財政支出によって景気が浮揚
したと判断し、金融引締め、財政支出削減に転換することをさす経済政策用語と
して頻繁に使用されている。市場に大きなショックを与えず、持続的な経済成長
へ導くよう軟着陸させることが優れた出口戦略であるとされ、誤ると景気は後退、
ふたたび金融緩和、財政支出拡大に舵(かじ)を取らざるを得なくなる。
2000年代の日本は出口戦略につまずくことが多く、そのことがデフレ経済の
長期化を招いたとされている… 】
 ―
▼ 出口戦略といえば、51歳で88歳の母親を見送ったあと、還暦までの9年間で
 30年分を前倒し、圧縮して生きる決めて、このブログを開設し、秘異郷旅行を
一段、ギアアップして生きたのが、私の『出口戦略』になっていた。還暦には、
独りで、心の中で『万歳』と叫んでいた。次は、事業清算になるが、きれい
サッパリ過ぎてフワフワした気分。これも出口戦略の一環? 太平洋戦争から
バブルと、その崩壊以降、何とか破綻に至らず、インフレ経済からの出口戦略で、
軟着陸出来そう? それともパンデミックで、オリンピックの中止で、日本経済
が大混乱…も無きにもあらず。 この一週間が見もの!
 
・・・・・・
6534閑話小論 〜映画評・『否定と肯定』
2019年02月03日(日)
   * ある映画批評
 映画といえば、昨日、録画をしていた映画『否定と肯定』が面白い。
<「ホローコースト」が元もと無かったと主張する学者が、それを批判をした
学者を訴えた裁判の物語。> 戦勝国とユダヤが、ホローコーストを
デッチあげと堂々と論陣をはる学者。日本の保守系?の政治評論家も、一時期、
同調?し非難を浴びていたが。ナチ肯定論学者の偏見?が、あまりに極論過ぎ… 
収容所の生残りの証人に対する罵倒も酷い。 腕の収容者ナンバーに対し、
「それで、どの位、稼いだ?」「収容所など、後で偽造したもの。勝者側の
でっち上げ」と論をたてる。裁判所前には、ネオナチ党のグループと、被害者
などの反ナチのグループが裁判関係者に罵声を投げかける。訴えられた弁護側は
ヒロインに、「相手にすれば同じ目線に引きずり降ろされる」と無言を要求する。
  〜Amazon 評論〜
【 ホロコーストの“真実"をめぐって、女性歴史学者はどう闘ったのか
 インタビュールームにリップシュタットが入ると一瞬で空気が明るくなった。
「通訳が間に入ると、私のユーモアがうまく発揮できないわ」と笑う歴史学者は、
17年前、世界中が注目する世紀の裁判に出廷した。 彼女は著書
『ホロコーストの真実』の中で、イギリス人歴史学者D・アーヴィングを
「ホロコースト否定論者であり、極右派である」と書き、名誉毀損で訴えられた。
裁判で勝つには、「ホロコーストは事実だ」と法廷で証明するしかない。
かくして、ポーランドでもドイツでもなく、イギリスにおいて「ナチスによる
大量虐殺はあったのか」を判断する裁判が行われることになる。
 その経緯を認(したた)めたのが本書『否定と肯定』である。ユダヤ人としての
出自、弁護士選びでの逡巡、狂騒するマスコミ、著名映画監督からの金銭的援助の
オファー、さらには法廷に立つアーヴィングが着たストライプのスーツ、ランチで
弁護士が食べたまずいサンドウィッチの話まで。記述はこれでもかというほど詳細だ。
「解説するのではなく、一連のすべてを書いて、読者に判断して欲しかった」
詳細な記述が臨場感をもたらし、情景が目に見えるようで、読物として面白い。
近年、ホロコースト否定に限らず、「歴史修正」や「オルタナティブファクト
(事実に対するもうひとつの事実)」を奉じる動きが世界中で見られるようになった。
「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方があります。
例えば、第二次世界大戦があったことは『事実』。そこで大量殺人は起きていない
というのがホロコースト否定論者の『意見』。個人的な意見を持つことは自由ですが、
事実と混同すると、それは『嘘』になるのです。昨今の歴史修正論者はカギ十字
付きの制服を着ません。あたかも羊の皮を着た狼のように。白人優越主義者は
おしゃれなプレッピー風ファッションで、『白人のアイデンティティを祝福させて
ください』などといいます。これを私はエスノナショナリズムだと思い、危険に
感じています。今後、白人優越主義者が行進するとき、彼らはわかりやすい旗など
振らないでしょう」
『否定と肯定』は執筆中からすでに映画化のオファーがあったが、いよいよ
現実のものとなった。リップシュタット役を演じたのはイギリス人実力派女優
レイチェル・ワイズ。 映画は、原作の詳細な記述が、よく生かされており、
非常にリアルな作品となった。
      評者:「週刊文春」編集部(週刊文春 2017.11.30 号掲載) 】
――
▼ ここで、<「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方
 がある>と。世間話という御伽話の幻想の中で生きている人たちの問題点が、
『嘘』が、伝播の過程で下ぶれを起こすこと、尾ひれはひれが数知れずつく。
それが『事実』を変容され、『意見』に大きく左右する。『事実』と下系の
『意見』が一致して、『嘘』に比重が移動する傾向になる。フェイクが、恰も
『事実』と混同し、『真実』に変容していく。 500mの神様に取り込まれ、
一生を、その溝沼のヘドロに沈んでしまう。これは、別に地元だけでなく、世界
一般にいえること。「何も知らないということが、何をモタラスか理解できない。
人生の晩年に差掛り「知らなかった恐ろしさ」に愕然とする。何はともあれ、
読書をつづけて、自分の頭で判断する努力は、自分自身しか出来ない! 
ヘドロの沼のボウフラ。まず、その自覚が第一歩。 それってのは私のこと?
「人間も、人生も流体。固体ではない」というが、この激変の時代にあって。
時々刻々と、変化せざるを得ない。ヘドロ化とは、新たな潮流から取残された
半端な濃厚な部分。19年分の過去文を流し読みをすると、それが見えてくる。
恐ろしいかなである。『真理』『真実』『事実』『現実』『嘘』。何でしょう、
これらの言葉は? これらを銜えたハイエナ、いや古狐が、今日も走り回る!

・・・・・・
6170,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −3
2018年02月03日(土)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * フィルターバブルとは
<インターネットで、利用者が好ましいと思う情報ばかりが選択的に提示されて
しまう現象。サーチエンジンなどの学習機能によって、利用者の望む情報が優先
され、望まない情報から遠ざけられることにより、自身の作り出したフィルター
で泡(バブル)のように包まれて、思想的に社会から孤立するさまを表す。
米国の活動家イーライ=パリサーが自著で用いた造語。>
 Yahoo!で商品を検索すると、検索した商品と、関連商品が次々と表示される。
便利は便利だが、Yahoo!のブログにも同様なことが起きるため、閲覧する第三者
にまで知られることになる。これを購買戦略に個々に応召したのが‘パーソナライ
ゼーション’。 〜ネット辞書によると
<パーソナライゼーションとは、顧客が望む時間、場所、方法で直接顧客に訴え
かけるコンテンツとエクスペリエンスを提供するための戦略と戦術のこと。
消費者が購入プロセスの主導権を握るようになるにつれ、パーソナライゼーション
は成功への要件となりました。>
―
 40数年前に、11年ぶりに地元にUターンをしてきた時に直感したのが、この
「フィルターバブル」の臭気である。多かれ少なかれUターン時に受ける故郷の
味だが。閉鎖的社会の城下町の長岡藩という分厚い文化の壁に囲まれて、思想的
にも社会的にも孤立した世界を構成している。 江戸時代から営々と続いた閉鎖
社会自らが生み出したフィルターで生じた泡で囲まれた大いなる?藩社会。
大いなる田舎といえば名古屋が、それに近いというが… 
 逆に商売上のリサーチからすれば、簡単に入りこめる世界でもある。
老舗とかいう地方豪族が営々と築いてきた人間関係を探ればよい。そこには、
うって付の文化の世界がある。茶道、華道、そして地域社会ある、ロータリー、
ライオンズや、出身校の集まりに下っ端から入り込めみ、臭気を身に付ける。
10年、いや5年もすれば立派なインサイダーに一員に成長すれば快適な社会だ。
 私の選択はアウトサイダーだが、リタイア後からして、性格からして、正解と
確信している。幸い、Uターンから42年経過するが、30年間は新潟通いのため、
泡の臭気は、最小で済んだ?が。地元の親戚の葬祭冠婚の集いに参加する度に… 
 アウトサイダーは、常に身を正しておかなければならないが、実際は逆。
で、こうしたツマラナイ文章を書いている。‘金儲けの神様’の異名をとった
直木賞作家の邱永漢が、『出身地で事業を興すな、やむを得ない時は、一切の
付き合いを断て』と宣っていた。「地元の常識は、一歩出れば非常識である」と、
言いたかった。 
 人間は、誰でも「自身で作り出したフィルターで泡のように包まれて、思想的
に社会から孤立する傾向」にある。まず気の弱い者が、虐めで自滅。群れをなす。
その大人版の群れが、世間。その構成員が世間人。問題は、眼に見えない縛り。
 ここで、数十回も述べているが。 しかし地元密着の、例えば電器屋の生き方
もある。 セブンイレブンを30年近く経営している学生時代の友人が、
「最近、近所の見守りまでしている」という。それはそれで、生きがいになって
重荷でないという。インサイダーも、止まらず進化していれば、決して泡は発生
しない。逆に、独りで泡に囲まれているのはアウトサイダーもある。 孤高を
気どって、綺麗ごとを求めている貴乃花親方?。いや、私もか。
寂しく、独りで彷徨っています。
―
・熊さん: ったく、如何でもいいだろう。俺なんぞ、泡踊りの熊さんって、
  言われてるよ。その何が悪いんだ。いらぬお世話さ。知らない強さもあるよ。
・寅: ただ黙ってりゃいいことを、グダグダと。娑婆では、それぞれ、知って
  いることしか、知らないんだから… そうだろう。八つぁんよ!
・大家さん: 八つぁんは、自分がバカだから、他人までバカと思いたいんだよ。
・八つぁん: そうじゃないよ。バカに耐えられないから、自虐的に書いてるの。
  それにしても、急に熊さんが登場してくるとはね?
・熊さん: 見ちゃいられないよ。俺より遥かにバカをみると! 
・寅さん: 熊さんほど、バカじゃないよ。熊さんは純朴バカ、俺はヒネタバカ。
  八つぁんは、バカぶっているバカ。
・大家さん: 寅さんも良いこというね。
・八つぁん: 瘋癲の寅じゃないけど、バカにバカというのが本当のバカだよ。


7647,閑話小題 〜最近のYouTubeは

2022年02月02日(水)

   * いやに目立つ、軍隊のパレード
 この数ヶ月は、寝る前に二時間ほどYouTubeを見るのが日課になっている。
史実に基づいた?大戦をリアルに見せるスザマしいのが次々と出てくる。
集団で、首や胴体を刎ねたり、身体がバラバラになるシビアな戦いが目につく。
それが、日本のモノだったり、ローマ軍だったり、弓矢をフンダンに活用して…
映画だったら、三カメからの視線で細かく表現しないが、YouTubeは、大画面を
意識して、表現してるため、その戦いの場に呑まれこまれてしまう迫力がある。
ロシアと、旧ソ連圏の各国のパレードは、ナチを想定した迫力がある。そこには
プ〜チンと習主席の姿も見られる、挑発的な動画もある。意識的にか、多くが
明るい軍服の行進が見かけられる。太腿あらわに後進する集団は何とも色気を
感じさせられる。既に戦争ムードに引込まれてしまう画面に、驚くというより、
恐怖心が先だつ。 …中国、ロシアは、このパンデミックを含めて、既に第三次
世界大戦に突入覚悟は充分にあるようだ。今まで生きてきた数千万、数億の人命
が消滅する…? 私の人生の終末に、殺戮を見ながら、消えていくとは…?

・・・・・・
6898,映画観賞 〜『AI崩壊』
2020年02月02日(日)
  * 『AI崩壊』 
 この10数年、コンピューターが人間を支配する映画を数多くみてきた。それが
25年後の2045年に現実化する可能性が… 云々が問題になってきた。この映画は、
AI社会を映像化してみせる内容でなくで、それに携わる人間社会の問題。やはり、
日本は、その分野は二番、三番手を思わせるストーリー。驚いたのが、月末の
平日に関わらず100人近い観客の入り。人はAIの未来像には惹かれるということ。
≪  【解説】
◉ 「22年目の告白 私が殺人犯です」の入江悠監督が自身のオリジナル脚本で、
AIを題材に描いた近未来サスペンス。2030年、天才科学者の桐生浩介が亡き妻
のために開発した医療AI「のぞみ」は、年齢、年収、家族構成、病歴、犯罪歴
といった全国民の個人情報と健康を管理していた。いまや社会インフラとして
欠かせない存在となった「のぞみ」だったが、ある時突然、暴走を開始。
AIが生きる価値のない人間を選別して殺戮するという恐るべき事態が巻き起こる。
警察庁の天才捜査官・桜庭は、AIを暴走させたのは開発者である桐生と断定。
身に覚えのない桐生は逃亡を開始する。桐生は「のぞみ」を管理するHOPE社の
代表で、義弟でもある西村悟とひそかに連絡を取りながら、なんとか事態の収拾
を目指すが…。 ≫  :評価85点。 
 ―
▽ 昨夜、近未来を暗示する映画『トランセンデンス』が放映された。
 偶然にしては出来すぎだが、これも今さら語ることでもない。
 ―   
  〜検索すると〜
≪ ◉ 世界初の人工知能PINN(ピン)を研究開発する量子コンピュータ科学者
ウィル・キャスター(ジョニー・デップ)とその妻エヴリンは、コンピューター
が人間の能力を超えた世界を構築する為に、技術的特異点(Singularity)への到達
を目標に、感知コンピューティングを開発していた。
 しかしそのさなか、ウィルは反テクノロジーを唱える過激派テロ組織RIFT
(リフト)の凶弾に倒れてしまう。エヴリンは夫を救うべく、死の際にあった
ウィルの意識をPINNにアップロードする。彼女の手により人工知能としてよみが
えったウィルは、軍事機密から金融、経済、果ては個人情報にいたるまで、あり
とあらゆる情報を取り込み、驚異の進化を始める。 ウィルとエヴリンは荒野の
小さな町に巨大な地下施設を建造し、身を潜めながら様々な研究を続けた。
◉ 2年後、ウィルは自らの思い通りに動き、瞬時に人間を治療するナノマシンを
完成させ、施設には多くの人が救いを求めて訪れるようになった。 しかし、
このナノマシンを投与された人間は肉体を強化され、またウィルの意識とリンク
して意のままに操られてしまう。この人間をRIFTは「ハイブリッド」と呼んで敵視、
FBIからも私設軍隊として脅威と認識されはじめる。ナノマシンを使って人造人間
をも作りはじめたウィルに、エヴリンもまた疑念を抱き始めるのだった。 ≫
 ―
▽ 比べようがないほど、この洋物の方が面白い!   :評価90点。
 いい歳をした大人が、毎日、YouTubeをみたり、録画した300本のブルーレイ
の映像世界を彷徨い、それにも飽き足らず、週一のシネマ館通い。そして、この
ブログの作成に熱中! そのどれもこれもが、面白いとくれば、その日常に疑問を
持ちようがない。 いや、やはりオカシイか… 御宅そのものじゃないか。 
 先日も、YouTubeに「タンザニア」のドローンの空撮映像があった。
その時、20年以上以前の既視感が湧きあがり、その空撮の映像が、三カメ映像の
ように思われた不思議な感覚。こうなると病気? 今年は是非ともゴーグルで
アフリカのサバンナを散策してみたいが… 数年前に、親戚の葬式で、10歳、
年上の従兄が、いみじくも語っていた… <10年は長生きをしたい>といっていた
のが、これですか。

・・・・・・
6533,閑話小題 〜確かに便利になっている
2019年02月02日(土)
   * 冷凍食品の商品開発が止まらない
 競争で面白いのが最近の冷凍食品。 競争相手はファミレス、コンビニ、
スーパーの惣菜。 昼時に家内の外出が多いため、総菜売場の「冷蔵」の
ラーメンパックか、「冷凍」食品を買置きをしておく。その冷凍食品の進化が
止まらない。スパゲッティ、ピザ、焼き飯。最近、頻繁に買うのが、焼肉ライス
バーガ。これにフリーズの具入り味噌汁。手間は5分で目安が150〜200円。成る程、
これは便利。スーパーの野菜売り場には、「洗わずに、そのまま食べられる切り
刻んだ野菜パック」が並んでいる。考えてみれば、規格外れで売れない葉物を
カットすれば仕入れ値が半値以下で済む筈。若い人は結婚をしなくなるわけだ。
面白いのが家内の対応。二人の時には、絶対に自分が主導し完成形にする。
それで、あたかも自分が全てを作った錯覚になり、こんな、拙いモノを…と愚痴
を加える。モスバーガのメニューにあったようだが「焼肉ライスバーガ」の冷凍
には驚いた。ならばマクドナルドもと、<マクドナルド ライスバーガー>と、
検索すると、あるある。おまけにカツ丼も出てきた。面白い時代である。
年金生活も面白い!と思えば幾らでも楽しめる。 一番良いのは‘昼飯抜き!’
 追: そういえば、スキ焼もあった! ネット上だがステーキも… 
    居酒屋の美味いステーキも、もしかしたら…
いま現在、頭の浮かぶ新製品? 焼きサンドイッチ、焼き芋、寿司(ある?)
すっぽん雑炊(ある?) フグ刺し(ある?) 問題は価格ですか。
 ところで、この随想日記、この瞬間の冷凍パック?と想うと… 
『永遠の今』。 いや、『永遠の居間』ですか、ここは。

・・・・・・
6169,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −2
2018年02月02日(金)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
 強い知能とは、「精神を持つ」知能である。だから、精神論を馬鹿にする
なかれである。問題は、純粋で、崇高で気高く、力強いかどうか。20代、30代
の自分が今さら懐かしい。若さゆえの清濁のそれは、それとしてもだが… 
「人工頭脳」の本質を哲学をすることから人間の頭脳、生物のづ頭脳を問う
ことになる。だから説得力があり、理解しやすいのである。
   △ 人間に出来て、機械に出来ないこと
≪・「弱い人工知能」にとって、まず「何が出来ないか」を知ることが重要だ。
 それは「自ら意味を作り出す」ことと考えられる。…私たちの脳は「生存脳」
と「社会脳」が関わる中で、豊かな社会性を作り出している。社会性は、他者の
「行為の意味」に対して「共鳴」し、「他者理解」を行う中で形成されていくと
考えられる。…私たちが世界を認識できるのは、私たちが「身体」を持つからだ。
機械にとっての「意味」は、こうした「身体」を中心に置いた考察が必要だ。
私たちにとっての「意味」とは、「行為の意味」であり、「行為」を行うには
「身体」が不可欠になる。「身体」にとっての「意味」は、「身体」と「環境
(状況)」との関係において、即興的に作り出される。そのために、強い知能が
必要になる。それが人間たる由縁である。
 ―
   △ 意味を持つとは「物語」を見出すこと
・「椅子」を認識するに、「椅子に座って考え事をする」「椅子に座って休む」
といった「物語」を見出している。自身の物語の中に、椅子という存在を見つける
ことで、関係性を見出す。これは、まさに「意味を見出す」ことである。≫
 ―
▼ 学生時代のゼミ友との様々な議論が忘れられない。その一人の、自由課題が、
 <人生の年代ごとの価値観の変遷>という、思いもよらないテーマに驚いた。
奇抜な言動が面白い人物だった。結局、テーマが実力に伴わない?ことも
あってノイローゼ気味になって卒業の直前、ゼミをやめるはめになった。
 価値観といえば、太平洋戦争と敗戦は、明治維新、戦国時代、二度にわたる
蒙古襲来と撃退、を超えた日本の歴史上、最大の事件だった。その廃墟の中で
アメリカ主導の民主主義に国民は戸惑った。父が死際に、「太平洋戦争を境に
した二つの人生を生きた気がした。」と語っていたが、価値観の劇的変化が、
そう言わせたのだろう。「天皇」中心の軍閥主導の思想を妄信するのが善で、
個人の考えを口に出すの悪だったのが、根本から、否定され、自由、民主主義と
言われても、何が何やら? と、戸惑うのも当然のこと。全体主義の中の市民の
「弱い知能」から、アメリカ的個人主義の、個々人の「強い知能」が求められた
動揺は大きかった。生きる意味が、「国家天皇への御奉仕」から、個々人の
人生を全うする生き方への変更である。そして器用な日本人は素朴な性格も加え、
即座に適応。地政学的の関係で、共産圏からのアメリカの防御盾と位置づけされ
現在に至っている。怖ろしいかな、今では、北朝鮮からのアメリカの盾に? 
 韓国、日本、台湾は、中国、北朝鮮、ロシア人からみれば、「バナナ」。
中は白で皮が黄色。イエローモンキーと揶揄されるのも理解できる。そして、
それなりの「強い知能」を持った白人第一主義のトランプ大統領の登場となる。
彼らにとって、日・韓・台湾は、地勢上の盾でしかない。必要になれば、当然
戦場にすると考えるべきである。とにかく、「弱い知能」の人達からなる、
盾でしかない。ならば今の内と… 熊さん、寅さんの政治談議的になったか。
 ――
熊さん: 石ころも少し離れて見りゃ砂利じゃないかい。
寅: せっかく寝ていたのに起こすなよ。砂利じゃなくて、砂だろ。
大家さん: せっかく、八つぁんが真面目くさってきたのに台無しじゃないか。
八つぁん: いいんだよ、こんなもんだよ。金サマと、トラちゃんの掛合いを
  みていると、情けないというより、神様の思し召しと思えるよ。この二人
  から、根こそぎ、人生の砂場を鳥観し、考え直せとね。 
  釈迦の説教、屁、一つとしてね。いや二つか。選ぶ方も選ぶ方だがね。
大家さん: 民主主義と、独裁主義の限界を、そのまま、提示させているだけ。
  これが現実としてね。
神様: これからビッグ・ブラックスワンが、次々と到来しますよ。大量に!
熊: 有り金持って、酒を買ってくるよ。酒で気を紛らわすしかないよ。
大家さん: 我が家にはシェルターが、あるの。
神様: さっき、全部、焼いておいたよ。どのみち、同じことだもの。
寅さん: 八つぁんよ、何で俺たちを呼び起こすんだよ。ハチャ滅茶じゃ。
八つぁん: 「弱い知能」が気になって、最後に掻き混ぜたくなったの。
熊さん: チョッとストーブの温度が高いからじゃ? 
 
追)偶然だが、以下の通り、「弱い知能」は、世間と寝て、隣家の火事に
 鈍感になって、もらい火で全焼か焼死ですか。ノウタリンとは私ですか。
 それとも? 
――――――
5802,なぜ日本人は世間と寝たがるのか ―読書日記 1
2017年02月02日(木)
      <なぜ日本人は世間と寝たがるのか: 空気を読む家族
                         佐藤 直樹 (著) >
   * 世間とは何か?
 私の好きな?「世間学」の本。 しかし何故か私は世間が大嫌い。
「私」という個人に目覚めた為である。逆に、世間には、「私」という個人に
目覚めてない人が、殆ど。 何処かしこにも存在する、18歳までに擦り込まれた
常識に縛られていることすら気づかず一生を終える人たち。 日本人には欧米の
‘社会’が根付かなかったという。
ホンネが「世間」、タテマエが「社会」の二重構造が日本社会の特徴。小さな
島国では致し方がない。「世間」=「自分(の周囲)」、「社会」=「他人」
の切口がある。それもこれも、脳内の妄想のなせる業でしかないが。それでも
情報化の進展で、その圧力は減っても、まだまだ根が深く、こびり付いている。
いま流行りの「おもてなし」も、世間が織りなす特徴。
   〜まずは、内容(Amazon)より〜
≪ なぜ、妻を「ママ」とよぶのか。母子心中は、どうしてなくならないのか。
 事件の加害者家族がメディアで謝る理由は。 よく考えたら奇妙なことが、
あふれている。“「私」なき国”の家族のありようを徹底解剖。
 「世間学」で読み解く日本の実像。≫
  〜あるレビューより〜   <解りやすく要約してある>
《 著者は、日本は、西欧に倣って近代化せざるを得なかった、どの「発展
 途上国」の中でも、人間の尊厳と一体の「個人」の輸入に失敗した唯一の国。
そのため底部に「世間」(ホンネ)という人間関係が存在し、その上に社会
(タテマエ)という人的関係が存在する2重構造になっている。
日本の家族は、「世間」の侵食に対して、個人が存在しない為に「愛情原理」
をもって社会に対抗・対立できる西欧の近代家族と異なり対抗できない。
98年、アーカンソーの学校乱射事件では、メディアによる犯人少年の実名
報道に対して、実名を知った人々から、その家族には手紙が殺到したのだが、
その内容のほとんどが、犯人少年の家族を激励する内容であった。
 戦前の天皇制ファシズム体制の中では、国という「公」に対して、「私」
としての国民が滅私奉公を強いられた。戦後、国に取って代わったのは企業や
会社であり、世間もそれに準じるので、「公」である企業に対して「私」で
あるその構成員が滅私奉公を強いられている。「家族思いの良い夫」=
「公としての家族に滅私奉公してくれた良い夫」と。
 80年代以降の高度資本主義=高度消費社会の成立の中で、家族や学校を巻き
込む形で外部の経済原理=市場原理が席巻する。それによって「愛情原理」を
もつ家族が「解体」され、子どもも商品経済に巻き込まれる。
 お金さえ持っていれば市場経済は大人と子どもを区別しないので、子どもは
小さな大人」となる。この風景は、どことなく欧州の「中世」に似ている。
こうして日本では近代家族が成立しないまま、個人を単位とする社会が進む。
 こうした状況を背景として、96年には選択的夫婦別姓法を盛り込んだ民法
改正案が国会に提出される。
 フランスでは、婚外子出生率の上昇などで60年代以降、その問題は表面化し、
99年のPACS法の成立で、事実婚をしているカップルに法律上、結婚している
カップルと同じ保護を与えた。フランスの52%、スウェーデンの55%と比べて
日本の婚外子は2%、と依然として低い。 これは「できちゃった婚」のように
世間体を考えて、子どもができたら結婚しなけばならないと、「いえ」が完全に
内面化されているから。 夫姓も96%あり、妻が夫の「いえ」に入るという
「世間」における「身分制」が貫徹していると考えるしかない。
 結婚後の姓についての考え方は、83年の47%から10年ないし15年間は03年に
29%と伝統的な意見が減少したが、最近の5年間では4%増え、98年と同じ数字に
なり、世の中全体が保守化している。
 日本の夫婦間では、互いにその名を呼ぶことは稀で、子どものいる場合、
互いに「お父さん」「お母さん」と読んで、何の違和感も感じない。
 これは自分たち夫婦が男と女の関係としては既に終わっているということを、
堂々と宣言していることに他ならないが、子どもを中心としたタテの関係の
親族名称を使うことは、家族の呼び方として極めて安定したものであるだけで
なく、日本の家族においては子どもの存在が必須条件であることを暗黙の内に
示している。男自体も大人の男性ではなく「成人した幼児」で、妻に対しては
まるで「母親」に対するような態度で接するマザコンでしかなく、「支配ー服従」
か「包むー包まれる」関係になりやすい日本の「母子関係」もあいまって、
はじめは恋愛関係であった夫婦も時間が経てば母子関係として安定的になる
ので、「ママ」や「お母さん」という呼び方は、その関係を象徴している。
 先進工業国のうちでも日本で犯罪発生率が極めて低く抑えられているのは、
「世間を離れては生きて行けない」との思いが存在しているからである。
それは、幼児期に子どもたちが両親の権威を受け入れ、両親からの期待に無理
やり答えさせられると同時に、両親に依存することを許され「存在論的安心」を
得られることを学ぶからで、西欧の独り寝などの独立した存在としての扱いで
なく、沢山の身体的接触によって「小さな大人」でなく「大きな子ども」と
して扱われ、過剰に両親に依存するようになる。この依存と支配の受容の関係は、
ウチ集団への依存とその社会集団による社会統制の受容の関係となる。
 悪いことをした時、米の親が家に閉じ込め、日本の親が家から締め出すと脅す
ことに象徴されるように、日本では罰がウチ世界からの排除であることを学ぶ。≫
 ――
▼ ホンネ=世間、タテマエ=社会の図式の日本社会でも、現実社会の上に
 別個に出来たネット社会の潮流の中で、大きく変化をしている。否が応でも、
それぞれがスマートフォンを持てば、「家」より各個人の結びつきが優先される。
とはいえ、その「私」が貧弱のままのため、「世間」とかいう魔物に執りつかれ、
身動きが出来ない。サラサラの砂のように、それぞれがバラバラで、まとまりが
つかない中国人の特質のように… 
 次回は、<「世間」の4つのルール>をテーマにする。世間は世界中に
あるが、ここでは、「一神教的欧米世間」に対し、「日本的世間」である。
・・・・・・
5072,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー7
2015年02月02日(月)
        『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆(著)
* 進化は必然か偶然か 


7646,閑話小題 〜猿山の雌ボスの誕生 −��

2022年02月01日(火)

   * お局様の存在
 組織論には、フォーマル組織と、インフォーマル組織が存在するのは御存じ
のとおりだが… 計算センターなど、女性を主体とした職場は、それはリアル
のようだ。彼らは実態の名称がないため、表立った瞬間、抹消される故にシビア。 
そこを見据えておかないと、その上司は、詰め腹を切らされる。
 内幕情報屋は、この辺りを熟知しており、その構成を組み立てる。
とにかく、時間を掛けて、その地位を創り上げている為、それは古い屋敷に
コビリツイテる幽霊のよう。女社会、とりわけ女社会の職場は、年代物の
お局様が散らばっている。 その辺りは… D.マクレガー, 高橋 達男の
『企業の人間的側面―統合と自己統制』による経営 (1970年)に、詳しくある。
一般論としてのX/Y論になる。…半世紀前の本だが、組織論を語るに外せない。

<アメとムチで人を動かすX理論と、目的意識があれば誰もが自ら努力するとする
Y理論です> 誰にもある自己実現の欲求から、目的意識に基づくY理論を導きます。
理論の部分が有名ですが、著者がこの本を書いた意図はY理論を実現すること。
当時の衝撃が何とも懐かしい。 成るほどリアルな当時のお局様の顔が浮ん
でくる。誰かが一時的に在社した会社を、化物屋敷と例えていた話を聞い
たことがあった。その一言が、全てを言い表していた。あの主(貉)である。
解りやすく説明すると、町内に旧来から、存在している‘じじばば’そして、
○○などを連れを持つ、お局様。 これに加わるのが…??他人事ではない、
自分そのものが、その一人か。 面白いのが、その批評家も存在する。
先日、駅の改札口で人待ちをしていたら、様々な人が、マスクをして通過
する。 城山三郎の『毎日が日曜日』の中で、
<人は、それぞれ重い過去を積んだ貨物列車のよう>を思い出していた。
そう思うと、何と、それぞれの人生が走馬灯のように、見えてくるから、
飽きはしない。私を含めたお年寄りの半数以上が腰痛持ちがみてとれた。

・・・・・・
6897,閑話小題 〜パンデミック −2
2020年02月01日(土)
   * タイミングが絶妙ゆえに…
◉ 中国の権力者にとって、これで香港のデモ騒ぎが当分の間、沈静化する上に、
台湾独立派の圧倒的勝利の問題からも目を逸らすこともできた。しかし、これも
両刃の危険がある。 
 アメリカ大統領の弾劾裁判も然り。 
国内では安倍首相の花見問題なども政治的に一呼吸が出来た。
 これからは 細菌テロの心配がクローズアップする? 
医療システムが崩壊している北朝鮮も、パンデミックは冷や冷やもの。独裁国家
にとっては、戦略的にみて医療崩壊は最大の弱点。細菌テロは弱者に犠牲が多く
出る為、恐ろしい。 犠牲者は三分の二の平民階級。
◉ ネット上では、これ故に、デマが溢れている。その一例とは、
《 新型コロナウイルスは生物兵器だとの説がネット上に飛び交っているのか。
 この"疑惑"を早い段階で発信したメディアは、英タブロイド紙デイリー・メール。
タイトルがも長いが、中国は武漢にSARSやエボラの研究施設を建設。アメリカの
バイオセーフティ専門家は2017年、同施設からのウイルス流出の可能性を警告。
新型コロナの感染拡大との戦いのカギはそれだという記事(1月23日付)。
 デイリー・メールはいわゆる飛ばし(=根拠の薄弱な記事)が多いことで
知られる。しかし筆者が読んだところでは、この記事は飛ばしが比較的少ない
健康面の担当記者が書いており、よく調べられている。 》
◉ <おすすめ感染パニック(パンデミック)映画10選>がある程、様ざまある。
 その中で、『アウトブレイク』が、思いだされるが、名前は失念したが、
医薬品メーカーによるテロの生々しいのがあった。
としても、オリンピック開催にパンデミック騒ぎが収まるか微妙。
リスクが大と延期、中止ともなれば日本経済は如何なることに。
私の見るところ、5割の確率とは恐ろしい。それも10日も経てば判断できる。
◉ イランNO2の男… 死んで40日目に喪が明ける、2月の10、11、12 日が危ない。
2月11日がイラン革命部隊の「革命記念日」とぶつかる! とすると、
陰に籠った??テロもありうる。何やら、新年早々から… 
何処かの独裁者の原爆ミサイルパフォーマンスの演劇効果が一段と低くなった。
その結果の暴発も心配の種。 何でまた、この時節に東京オリンピック? 

・・・・・・
6532,閑話小題 〜創業の面白い男たち! 〜1
2019年02月01日(金)
   * 嫌がる仕事の代行の請負
・30年前になろうか、従兄(故人)の嫁さんの弟に、人の嫌がる仕事代行を
 始めた面白い男がいた。ラブホテルの掃除、フロント業務一切を請け負う。
リスクは少ない上に、数を熟せば、稼ぎは大きくなる。 ただ一言、
<人の嫌がる仕事に徹する!> ‘これ!って気づいたな’と感心していたが…
こういう分野は探すと幾らでもある。最近、風の便りに地元の業者間では、知ら
ない人がいない程という。経営サイドは、それぞれの経営者に任して、自らは
泥を被ることに徹すれば、大きな利益を得ることが可能。資本もリスクもないが、
それは野良猫商法で面白くない筈… しかし商売の基本中の基本。 
それを横に広げていったのだろう。
・同級生に小さなペンキ屋の息子が、地元名士様の世界で顔を売り、塗装の
 ディスカウントに徹して、財を成した男がいる。知性の無いことを逆手にとり、
「露悪、偽悪に徹し、請負は価格破壊」を業とする。一つに絞り、拡大し過ぎ、
失敗したのが何処かにいる? 事業は、一代で終えて良かったと、今でも嘯いて
いるから始末が悪い。
・宅配の『クロネコヤマト』が、そう。細かい宅配は運送業者が最も嫌がる業務。 
 その成功事例をアメリカの業界で見つけて、ベンチマークをして拡大をした。
飛ぶ鳥落とす勢いだった『三越』の強引の値下げ要求が直接の原因だった。
その三越も伊勢丹の傘下。 野良猫でも、クロネコ?
・学生時代のゼミの後輩に、新宿で呉服業をしていたが限界を知って、一念発起、
 『不動産鑑定士』の資格を取って開業。そこで考えたのが業界の常識の破壊。
顧客の鑑定依頼から3〜6ヶ月の納期を二週間に短縮すること。これが受けて、
面白いように次つぎと受注が続き… これも呉服業界の商法を応用したという。
・現在のアメリカと中国の関係もしかり。「ネズミと中国人は世界中、何処にも
 いる」と揶揄されてきたが、グローバル化と、情報化で、分散化された力が、
ネットで結ばれ、世界を蹂躙を始めた。これこそが「底力」である。
                              〜つづく
・・・・・・
6168,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −1
2018年02月01日(木)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * 「知」とは何か?
 面白い本である。人工知能を考える時に、まず浮かぶのがドローンである。
自撮り無人ヘリである。数m、10m、100mの距離を設定すると、本人を空中
から自撮りするロボットである。 自然空間などでの空撮にとって、革命的
ロボットで、AIなど最新科学がフルに活用されている。しかし、あくまで、
道具であるが、テロとして使用されると危険な代物になる。
 〜印象に残った部分をランダムに抜粋してみる〜
≪ ・私たち人間を含む生物が生きる空間は、時じ刻々と変化する予測できない
 「予測できない「実空間」である。こうした「実空間」においては、得られる
 情報は不完全であり、その不完全な情報に基づいて、環境に適応して生きて
いかなければならない。すなわち、不完全な情報で、環境との「調和関係」を
作り出していくことが、生命にとって必要な「知」と考えられる。
 ・人工知能は、「強い人工知能」と、「弱い人工知能」があるが、今のところ、
「強い人工知能」は存在しない。「弱い人工知能」は、あくまで、人間が使う
道具である。そのため、人間が行っているどんな仕事でも、「弱い人工知能」
であっても、それだけで仕事を行うことは不可能である。
 哲学者ジョン・サールの考え方によると、次の2つに分類される。
強い人工知能:知能を持つ機械 (精神を宿す)
弱い人工知能:人間の知能の代わりの一部を行う機械
 重要なのは、現在、私たちが用いている「人工知能」は、あくまで、
「人間の知能の代わりの一部を行う機械」である「弱い人工知能」に過ぎない。
この軸を持っておくと、様ざまな論調を冷静にみることができる。
<ある校長の話で、「ある木を切っている大工に「何をしているのですか?」
 と尋ねると、「私はただ木を切っているのではなく、皆さんが快適な暮らしが
出来る家を作っているんです。」と答えたというんです。「木を切る」職業は、
作業効率化で失われていくかもしれないが「素敵な暮らしを作る」という観点で
仕事をしていれば、仕事が減るばかりどころか、いくらでも作り出せるのです。>
――
▼ このブログに毎日、6千回以上も書き続けられたのは、ネットと、情報機器
 の活用無くしては絶対に無理。それと職業柄もあって、自由時間が充分あった
こともある。自らの価値(意味)を元に、その時々に、パックに出来るのは、
身体を持つ私だけである。といっても、問題は私の「軽い脳」、いや「弱い知能」。
1万5千時間も投入した行蔵の中身も、所詮は、哀しいかな貧乏人の蔵の我楽多。

・・・・・・
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見た映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。
・・・・・・
4339, 自己とつきあうということ −5
2013年02月01日(金)
      「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと
 同じ頃にブッダは以下のように述べている。まずは、その辺りを抜粋。
  * ブッダが説く「自己制御」の必要性!
▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?  
 自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」おそらく、ブッダ
 ほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。
 彼は、自分が自分の主になることのむずかしさ、自分をよく整えることの困難
 さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いた。 
▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、
 善いことは、実に極めてなし難い。」 ブッダは、不要なことに心傾けて、
 必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感。
  ブッダはまた、ヘラクレイトスの強調する「思慮を健全にたもつこと」から、
 人間がいかに遠い存在であるかを繰返して述べた。 
▽「避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ
 (=必らず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、
  邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。」ブッダによれば、
 真に必寝なことを考えることよりも、邪悪な思いにかられ、嘘をつき、
 愚かしいことをたくらむことに忙しく、汚れ、滅びていくのが人間であると。
▽ 「人間が生れたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を
 言って、その斧によって自分自身を斬るのである。」ブッダは、自分のことは
 棚にあげて、他人のことをけなじたり、悪く言わずにいられない人間の傾向を
 巧みな比喩でいいう。
  * 自己を乱す力!
▽「この身体は水瓶のように脆いものだと知って、この心を城郭のように堅固に
 安立してー知恵の武器をもって、悪魔と戦え。克ち得たものを守れ。――しかも
 それに執着することなく。」ブッダは、身体が愛欲や欲情、妄執の源泉であり、
 心を汚れたものにする不浄なものであると見なし、身体の誘惑から身を守ること
 の必要性を強調した。心は不断に身体によって汚染される危険にさらされており、
 制御されなければならないものであった。
▽「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心を
 おさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす」
 へラクレイトスと同様に、ブッダも欲情や危険を身体の内に見ていたことは
 否定できない。ブッダは、先にも述べたように、自己を、自己の主となるべき
 ものであると見なしていたが、それはまた、自分の心に一定の方向を与え、
 乱れやすい自分の心を制御するという課題を担うことを意味しでいた。
 ブッダにとっての自己とは、自己によって注意深く配慮し、支配、制御すべき
 ものだったのである。ブッダが身体をネガティブに捉える観点には賛同しかねる
 としても、注意を促している点は共感できる。
▼ 釈迦は弟子たちに向かい「修行僧たちよ、 すべては移ろいゆく。
 怠りなく努め励めよ」 と言い残され入滅された。世の変化に対し、己も変化する。
そのために己の中の動物性をコントロールし、心を整えることが目指すところである。
・・・・・・
5435,人生で最も大切な技術 ー��
2016年02月01日(月)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * セルフの分解
 セルフをネット辞書でみると、
☆ 「自己・自我・自身」「自身で」と、
☆ ユング心理学で,無意識を含む心全体の中心であり,かつ心の外
 にもあって意識と無意識の調和を図る超越的な存在。
ここでは、「私」+「人格」=「セルフ」の分解 が明快。〜その辺りから〜
≪ この問題をより深く理解するために、詳細な分析に再挑戦してみよう。
個人的アイデンティアイの概念には「私」「人格」「セルフ」の三つの側面が
ある。これらの側面は基本的にはたいした違いはないが、自分は自分である、
というアイデンティティへの執着の仕方が違うことを反映している。
・「私」は現在に存在する。「空腹だ」とか「存在する」と考えるのは「私」
 であり、 意識、思考、判断、意思の発信源である。要するに、現在の状態
 を経験するのが「私」である。
・精神神経学者、デビツド・ガーリンは、「人格」の観念はより広範囲である
 として、 次のように結論づけている。「人間の肉体的、精神的、社会的な
 存在の多様な側面が組み込まれた過去、現在、未来を通じ、ダイナミックに
 流れる流動体であり、その境界線は流動的である。
『人格』は以下のように広い範囲に該当する「肉体(健康状態などの)、
 個人的な考え(極めて個人的な感情などの)、性格(良い人などの)、社会的
 関係(個人的生活と職業生活を分離するなどの)、一般的な意味での人間
 (人格を尊重するなどの)」。このように時間を越えた連続体は、過去の
 自分のイメージにも未来の投影にもつながり、個々の人間が他と異なって
 いて、独自の質を備えていることを明示する。・・・(略)
 今この瞬間を経験する「私」を、存在の連続体である「人格」に結びつけると、
「セルフ」が出現する。デビッド・ガーリンの説明にあるとおり、人間には、
複雑なグループ分けを、「実体」という一つのグループにまとめることで単純化
を図り、次に、その実体は恒常的特性を持つ、と結論づけようとする傾向がある。
環境が刻一刻変化することがなく、ほとんどの現象が永続するという考え方を
受け入れたほうが、世の中で楽に機能できる。・・・ ≫
▼この「セルフの狭い世界を、コップ一杯の水に喩え、一握りの塩を入れれば、
飲料水に相応しくなくなり、セルフの壁を突破すれば、同じ一握りの塩を入れ
ても、味が変わらない巨大の湖のように心が広がる。」と例える。
 老いていく利点が、この湖のように広がることだが、一つ間違えると、溝沼
のように淀んでいく。大方の人にとって、老いるとは無念である。〜纏めると、
「私」+「人格」=「セルフ」。現在の状態を経験するのが「私」。
「人格」は存在の連続体。「存在の連続体」を「習慣の集合体」にすると、
そこに天性が現れ出る。5400のテーマの、その日分の内容が「私」。
その全ての内容に、私の「人格」が現れ出ている。「そのまま結構」だが、
どぶ沼のボウフラや、逆に湖の大魚と自己錯覚した比較社会の小魚には? 


7645,閑話小題 〜猿山の雌ボスの誕生 −��

2022年01月31日(月)

  * 老いてこそ見えてくる現役時代のリスクの恐ろしさ
 何れにせよ雌は恐ろしい。群れでは怖ろしいが、単独でみると可愛い。
女性、とりわけ若い女は純粋である。それを認めて、自らの内の純粋意識を
持って接すること。 基本は等感覚で、同じスタイルで意識して距離をおく。
その人となりを認めて、空気のような存在を意識する。
<実は …助平だが、表だっては大人しく、優しく、誠実そうに振る舞う>
 しかない。女性の3分2は自分程の良い女は居ないと信じて疑わない。そうと
思えば、その嫌らしさを見過ごすことが出来る。 世界は良い女が実に多い。
それさえ気づけば、世界は天国か、はたまた竜宮城! としても、男たるもの
何も考えずに、相手を決めてしまう人が…実に多い。
 
 NO1,2,3の目に見えぬ序列の争いは、それは厳しい。全体的にみても、現実は
冷徹な格差社会。世の中は建前と違い、格差で構成されている。…上位程、
待遇は恵まれている。<自由、平等、博愛>など、何処にもあるはずがない。
…無い物ねだりが世間、いや社会の実態。 野党の女代議士をみれば、その
まま表出している。だからこそ理念として内的に理解しておかないと…判断、
決断を見落としてしまう。
 この雌ボス、母親から実権を奪取したというが、雄が絡んだ難しい問題になる。
しかし、雌はメス。長期政権は難しい。身近で弱者の戦法、戦術を恒間みたが、
その壁が爛れ、陰にこもるだけ嫌らしい。自己完結が不自然で何とも歪になる。
不自然は、何はともあれ、自然に駆逐される。

・・・・・・
6896,閑話小題 〜‘つれづれに哲学的’ですか?
2020年01月31日(金)
   * 知らずに教え込まれていた教え
      <ショーペンハウアー(その大切な教え)>
                    〈 ▽は、私の評論 〉
 ショーペンハウアーの言葉は、何故か残らないと思っていたが、沁みとおる
から、原型をとどめない、改めて、この書を読んで気づいた。その幸福論が典型。
 豊かな知性が備わった人は、誰よりも幸福な人間である。
そして、客観よりも主観のほうが、私たちに大きな影響を及ぼすに間違いない。
客観は、どんなものであっても間接的で二次的なはたらきしかせず、常に主観を
通じて作用するからだ。   (ショーペンハウエル)
 ▽ 問題は、その客観にある。世間と社会の、その人の質量。多けりゃ良い
わけでなく、質が高けりゃ良いわけでなし。そこで出てくるのが『知性』。
あまり好きではないが… これは「比較の知恵」を使うと見えてくるから面白い!

 ―
◉ 【真に幸福な人】
   * 幸福に生きる前提
 どんな幸福論も、「幸福に生きる」とは、「あまり不孝でなく生きる」、
すなわち「我慢できる人生を生きることだ」という点を認識することから始め
なければならない。もともと、人生は、楽しむべきものではなく、克服し、
乗り越えるべきものでなのである。  (ショーペンハウエル)
 ▽ 行けど行けど、乗越えなければ壁がある。その束の間に、楽しみがある。
それがあるから生きられる。
 ―
   * 金持ちの強み
 自分だけでも独立し、あくせく働かなくても快適に生きていけるだけの財産を
初めから持っているということのは、かなりの強みだ。それは、、人間生活に
疫病神のようにしがみついて離れない。貧困という持病を免除されることであり、
全人類の自然の定めといえる。義務づけられた労働から解放されることだから。
                    (ショーペンハウエル) 
 ▽ 「恒産あって恒心あり」は本当だ。これだけは、相手を選ばなくては!
結局は、その両親になる。次は、友人。新潟で16年の間の酒友だった学生時代の
友人の愚痴を聞いてきた。その一つが、「出世してやってくる支店長の実家が
何故か良いんだよな! 人間って、一代、二代では出来ないんだ。」
 ―
  * 金持ちのフラストレーション 
 富とは、海水のようなもの。飲めば飲むほどかえって喉が渇く。
名声もまた、同様である。       (ショーペンハウエル) 
 ―
  * 自分を生かす
 私たちにできるのは、与えられた資源を最大限に生かすことだけ。
したがって、自分の素質にあった目的を追求し、自分に合った完璧さ向って
努力をし、ひいては、素質の発達に見合った地位や職業や生き方を選ぶこと。
 ▽ 金沢で恩師? の一言が、これですか!
< まずは、自己能力の限界の設定。それがハッキリすると、その近隣が
 見えてくる。その辺がアヤフヤだと、何をしたらよいかわからない。> 
若さとは、そのアヤフサにある。カネなし、経験なし、信念なし、あるのは若さ。
 それが良いのだということは、当時、知るはずがない。
 ―
   * 自分にあった仕事を選ぶ
 人が楽しい状態にあるか苦痛を感じているかは、結局のところ、本人の意識を
何が支配しているかによる。この点では、純粋に知的な仕事のほうが、そういう
能力を備えた人にとっては、成功、失敗が絶えず移り変わる実際的な生活形態と
そこ生きるショックや苦悩よりも、はるかに幸福に貢献するといっていい。
 ▽ なる程、9年前に、ネット空間に生活の重心を切替えたのは必然だった?

・・・・・・
2019年01月31日(木)
6531,読書日記 〜人生における読書の効能 〜1

          『本を読む人だけが手にするもの』 藤原和博(著)
  * 「よのなか科」特別授業― 読書の効能
今さら「読書習慣を持たなければならないか?」でもないが、それでも改めて、
その意味(価値)を考えるに最適の内容である。「3、30,67%の法則」から
みて、これだけは3%の層に入っていなければ!と、思わせる内容。
<50年以上も読書を継続してきた割には?>という疑問が常に頭によぎるが、
これだけは、素質の問題。それにしても明解である。その結果、得たことは、
こんなものでしかない、脳内貧困の確認。「無知の知」である。情報社会なれば
こそ、それらを処理するベースを広げ続ける必要に迫られる。また、逆に脳を
休める必要性も。そこに自ずから「集中力」と、「バランス感覚」が身に付くと、
いう。もう幾つかを加えるなら「創造力」と「想像力」。それらの水分を失った
群れが<ゾンビ>。要するに「世間様」。 そういう私も一員? 
「あなた方と指さす世間の下の指、中指、薬指、小指は己を指している。
親指は道理…」 
 ―
≪  〜Amazonの内容紹介〜 
 「何で、本を読んだほうがいいのか?」という質問に答えられるか?
親や先生は「本を読みなさい」と言いますが、その素朴な疑問にきちんと答え
られる人は少ないのではないでしょうか。
 本書は、「人生における読書の効能」について、リクルート社で初のフェローや
東京都の義務教育で初の民間校長を務め、「よのなか科」という現実社会と教育を
リンクさせた大人気の授業やベストセラーで知られる藤原和博氏がひも解いていく。
  序章 成熟社会では本を読まない人は生き残れない
現在は、「本を読む習慣がある人」と「そうでない人」に二分される階層社会
 になりつつあると警告。
 ―
第1章 本を読むと、何が得か?
「読書と収入の密接な関係」「読書によって身につく、人生で大切な2つの力」
 など、ズバリ、読書のメリットを答えていきます。
 ―
第2章 読書とは「他人の脳のかけら」を自分の脳につなげること
「1冊の本にはどれほどの価値があるのか」
「本を読むことは、2つの『みかた』を増やすこと」
「脳をつなげて未来を予測する」など、本を読むことの本質に迫っていきます。
 ―
第3章 読書は私の人生にこんな風に役立った
「人生を変える本との出合い方」「自分の意見を述べるための読書」
「読書で人生の鳥瞰図を獲得する」など 人生と読書との関連性がリアルに
 綴られています。
 ―
第4章 正解のない時代を切り拓く読書
 21世紀の成熟社会に不可欠な「情報編集力」とそれを構成する5つのリテラシー
「コミュニケーションする力」「ロジックする力」「シュミレーションする力」
「ロールプレイングする力」「プレゼンテーションする力」を、いかに読書で
磨いていくか解説していきます。
 ―
第5章 本嫌いの人でも読書習慣が身につく方法
読書嫌いの子も少なくなかった中学校の校長時代の経験なども踏まえ、いかに
 読書を習慣化させるかを現実的な側面からポイントを押さえていきます。
 ―
巻末――「ビジネスパーソンが読むべき11冊」
「小中高生を持つ親に読んでほしい本」
「親が子どもに読ませたい10冊」という著者のおすすめ本も紹介します。
 なぜ本を読むのかを教えてくれる一冊。2017年3月14日       ≫
――
 〜読者投稿より〜
これからの世の中は、成熟社会を生きて行かなくてはならない。そのため、
多種多様な生き方が強いられており、答えは1つだけではなく、無数に存在する
納得解を得られるように考え抜いて生きて行かなければならない時代に突入している。
その納得解を得るためには、数多くの知識を日頃から得る習慣を身につけ、豊かな
想像力を武器に想いや考えをアウトプットして行く事が求められる。これこそが、
これから成熟社会を生きて行くための武器であり、身に付けて行かなければ、
第2、第3のキャリアを得る事が出来ず、長寿社会を生き切れない事になり兼ねない。
知識、技術、経験は、リアルであればあるほど、明確な想いや考えが生まれる。
1番有効な手段は、リアルな経験を積む事であるが、多種多様な経験を積む事は
容易でない。それをカバーするのが、本から得る事が出来る他者からのリアルな
経験に基づいた知識である。これを得る事が、本を読む目的且つ最大の価値であり、
想像力を働かせ、自分のこれまでの経験と絡めて、より正確な想いや考えを身に
付けて行く事が出来る。だからこそ、日頃から本を読む習慣を身につけ、想像力
を磨く訓練が必要なのである。
――
▼ 次の機会に、各章単位をテーマにして考えてみる。
 ここで「世の中」という言葉。別の機会に、「世間」との違いを考えてみる。
いま頭に浮かんだのが「世間と社会の中間のニュアンスの言葉」。 大方に人が、
「それが持てないんだ!」で、終わり。逆算から、その問題を考える能力がない?
で、誰かの言葉を受け売りで… その前に捏ねろって! ひと様には言えないが!

・・・・・・
2017年01月31日(火
5800,ミネルバ大学という未来の大
   * 未来の大学の構造とは
《世界中から集まったクラスメイトと一緒に4年間、世界の7つの国際都市に
 住みながら、現地の企業、行政機関、NPO等でのインターンをする学生生活を
想像してみてください。授業は午前中の2コマだけ。午後は事前課題と自由時間
で、その国の暮らし、文化を体感し、多様性を身につけることができる学生生活。》
 これだけで、グローバル化の基礎が充分に身についていくのが理解できる。
世界を股にかけたキャリアの養成カリキュラムである。それも20歳そこそこで、
その基礎を身につけるのだから… まだ、開校以来二年半で在校生が300人。
厳選された若者に、このカリキュラムである。 
 インターンとは、【専門職につく前に研修施設で実施修練を行う者をいう。
医師のインターンは、独立して診療できる医師になる前の課程としての実習生。】
――
▼20歳で創業を決意し以来、独りでカリキュラムをつくり、それに沿った実体験で
自分づくりをしてきた。まず、イオンの創業に参加、その後、産能大に編入後に、
再び体力づくりのため、金沢の新興衣料服チェーンに期限付きで入社をした。
その後、千葉市校外の5万人ほどのニュータウンの中央十字路にある新興商業地区
で郊外型飲食ビルを立上げた。 その後、実家の御家騒動で、急遽、Uターン。
実家の衣料量販店に4年半、従事し、その後、新潟駅前でビジネスホテルを立上げ、
30年。2001年の9・11テロ。2008年のリーマンショック、2011年の3・11大震災直後、
撤退を決意をした。 三匹の黒鳥(思いもよらない大変事)の到来も、振返れば、
「止めろ」というサインと思えば、諦めもつく。
 金沢時代にドルショック、千葉の立上げ時に、石油ショック。そして、21世紀に
入ってからは3羽の黒鳥である。その発信源は一部のシンジケートの意思による。
この未来の大学は、その発信源を抑えるには、現地にネットを張って置け!も
理解できなくもない。現実社会からのアップスケールしていく人材に変容する? 
そこで解脱こそが、人間としての生きる目的に気づく? 所詮は娑婆は娑婆と。
 〜で、偶然だが、以下の去年同月同日の文脈に続いていく。
一度、上記のコースで10〜20年、キャリアを積んだ上に、解脱するのが理想?


7644,閑話小題 〜猿山の雌ボスの誕生

2022年01月30日(日)


   * 高崎山の猿山のボスと女子社会について…
 若かりし頃に修行ということで、石川県の「いとはん」に1年半ほど、勤務した
ことがあった。ここは、上下関係で異常なくらい、厳しいところと聞いていた。
そういう特異な環境は8人兄姉の末っ子で、商売屋。入ってみれば、手慣れたモノ。
特に女子社員に対するマナーは、やはり、それだけのことがあった。加賀百万石の
土地柄からして、男社会なるが故に、下から目線で見ると、何とも居心地が良い
世界。入社して社長の一声が…<女社会はサルの群れの性格を持つが故に、目線を
変える事!二人以上はサルを扱うように冷静に… 入って気づいたことは、サル
社会には一番ボスがいて、二番ボス、三番ボスが存在した階級がある。
 今では当り前だが… 当時は、サル社会の厳しさの彩とは何ぞやも知らず…
直ぐ上の姉二人から、女心の難しさのレッスン済みが緑の原野の樹上では効く。

 要するに気を許さない事である。
・まずは、容姿と、センスで… 
・二番目は、周囲の男性に認められること 彼氏の質が…
・そして仕事が出来る事…
・城下町なるが故にか… 尻や胸は、男次第で触り放題。文句を言うのは野暮…
 ただし、一つ間違えると、総スカンを喰らうため神経をつかう。
大たいの基本がある。真面目な場数を踏んでない女性は、神経を尖らせ遠ざける。
とにかく、褒める事。それも三度褒め… 誠実かどうかより、誠実風であること。
人様の噂話に乘らないで受け流すこと。 時ときドキッとする真面目な話をする。
これは集団生活の基本だが…。

≪ ◉ 大分市の高崎山自然動物園で初めて、メスのボスザルになった「ヤケイ」
 のストーリーが、海外でも反響を呼んでいる。
高崎山自然動物園によると、ヤケイは2021年夏に、677頭いる「B群」と呼ばれる
群れのボスに認定された。メスザルが群れのトップに立つのは70年近い同動物園
の歴史上初めてで、自然界でもとても珍しい出来事だという。
 ヤケイは9歳で1児の母。もともとはおとなしいメスザルだったが、2021年に
自分の母親と大ゲンカをしてメス頭の地位を奪った後、群れ上位のオスザルたちと
戦って勝利をおさめた。そしてついにオスザル第1位の「ナンチュウ」より優位な
存在となり、群れの序列1位になった。 このストーリーを、科学ジャーナリスト
のアニー・ロス氏がニューヨークタイムズで紹介。メスのボスザル誕生のいきさつ
だけではなく、恋の季節と三角関係が理由で、ヤケイのボスの座が危うくなってる
ことを伝えた。
   ○ 位を危うくする恋の季節
 恋の季節になると、なぜヤケイの地位が危うくなるのだろうか。
ニホンザルの発情期は11月〜3月。高崎山自然動物園によると、ヤケイは群れの
トップになった後、しっぽを上げて歩く、木を揺らすといったボスらしい行動を
見せていたが、発情期になってからそういった姿を見せなくなっている

 2021年11月の初めに、雄ゴローがヤケイに対して求愛行動を取るようになると、
ヤケイは嫌がることなく受け入れるように。
一方、別の雄のルフィもヤケイにプロポーズしているが、ヤケイはルフィには好意
を見せていないという。求愛行動で、オスザルは魅力を感じたメスザルにかみつく
激しい行動をとる。発情期の間にオスがヤケイからボスの座を奪う可能性もあり、
職員たちは今後の行方に注目しているという。ニューヨークタイムズの記事も
「発情期で地位の変動が起こり得る」としており、ドラマチックな展開にSNSでは
サルの女王への支持も投稿されている。≫
 ――

▼ 大たいが、女子高卒で、あまりチヤホヤされた経験が少ない。女子高卒が
 多いためか、褒められる経験と立場が少ないため、褒めて欲しい。一皮むけば
< 叱れば泣く、殺せば化けて出る。機嫌が悪いと般若のような妖怪に…>


7643,閑話小題 〜ロシアと台湾、中・露の正体が見えてきた

2022年01月29日(土)

   
 ロシアの戦略が見えてきた。これを契機に、中国は台湾海峡で、軍を進めて、
既成事実を積み上げるだろうし、第三次世界大戦への道を進めることになる。
日本は、巻き込まれるだけでなく、地政学的にみても極めて厳しい立場になる。
この数年、太平洋側沿岸は、地震と火山による、大津波に注意が必要となる。
 ――
≪【ワシントン共同】オースティン米国防長官は28日の記者会見で、ウクライナ
 国境周辺に集結した10万規模のロシア軍は「複数の都市や大規模な領土を奪取
可能だ」と述べ、プーチン大統領の決断で侵攻が可能な状態だとの認識を示した。
ロシアは否定するが、米側は侵攻の可能性を現実的なものとし危機感を強めている。
ースティン氏は外交的解決の必要性を訴えた。≫
≪ 緊迫感が高まるウクライナにロシアは10万人以上の兵力で取り囲み、かつて
ない規模の戦力を集結させています。ウクライナ国境近くで軍事演習を続ける
ロシア…。ウクライナ情勢はさらに緊迫化しています。
 こうしたなか24日、NATO(北大西洋条約機構)が、ロシアへの対抗措置として
東ヨーロッパに戦闘機などを追加派遣すると明らかにしました。≫
 ――
≪…いよいよ一触即発の状態を迎えているロシアのウクライナ侵攻。2014年の
 クリミア侵攻時は、戦闘地帯は遠い東方であり、首都キエフは軍事的脅威とは
無関係であったが、今回、米国は在キエフ大使館員家族などの避難命令を発令。
つまり、首都が戦場となりかねないことを意味し、欧州では第2次世界大戦以降…
類を見ない規模の地上戦が行われる可能性を示唆している。≫
 ――
≪【ロンドン共同】英外務省は22日、ロシアでウクライナに親ロシア指導者を
 就任させようとの動きがあると発表した。親ロシアのヤヌコビッチ元政権下で
最高会議議員だったムラエフ氏が最有力視されているという。トラス外相は
「ウクライナの政権転覆を狙うロシアの活動が明るみに出た」との声明を出した。
機密情報の発表は異例だ。≫

▼ 北京・オリンピックが終わる、2、3月辺りが極めて期間水域にはいる。
 恐ろしいと他人事だけでなく、経済恐慌も絡んで起こる可能性もあり、
「他山の石』で済まされないところが怖ろしい。スポーツジムも、換算として
いるだけでなく、殺伐とした空気が満ちている。こんな時代は、誰も初体験。
�・ouTubeを垣間見ると、1000、10000人単位の激突の殺しあいの映像が、次々と
出てくる。何とまあ、その殺伐とした世界が、現に、そこに来ている。
  
・・・・・・
6529,閑話小題 〜初場所の総括
2019年01月29日(火)
   * 創造と破壊
 大相撲は、ダークホースの玉鷲が優勝した。力の割に目立たない真面目な
モンゴル力士。 10日までは、誰もが白鵬の優勝と信じて疑ってなかった。
ところが怪我をして後、再出場した御嶽海にあっさり負けたショックは、
大きかった。大関、横綱が総崩れ。 
 大相撲といえば、ここで何度も指摘してきたが、朝青龍と白鵬がつくり上げた
『横綱アドバンティジ』。「張手とカチ上げ風肘打ち」と、「稽古土俵上で行う
リンチに似た報復の組合せ」の組合せシステムが、日馬富士の暴行事件で機能
しなくなった。先場所から新たな取り口を模索していたので、何かしらの感動
を覚えていた。それも10連勝まで。一挙に三連敗と相成り、休場に至った。 
 一昨年の貴乃岩に対する、日馬富士の暴行事件が、根にある。大関以上が、
この恩恵で、勝ち星のベースを積み上げてきた。それが、私でも、把握でき、
その仕組みをネット上に流されれば、権威も何もなくなる。
惨憺たる状態に「貴乃花よ何をしてくださった!」と追出したが、破壊された
大関・横綱の権威の妄想?は地に落ちて、このザマ。あと3ヶ月で平成が終わる。
と同時に、旧態依然の大相撲も、新世代交代が、今まさに起こり始めてきた。
18、19、20歳辺りの若手に有望な力士の一群があるため、何とかなるだろうが… 
残留している大関、横綱、さて如何なる? 

   * サイバー・ミッション
 サイバーものの映画を通して、最先端のネット世界の行きつく先と、ハッカー
同士の争いとは、如何なるものかと思ったら、単純なアクション映画。肩透かし
をくらった思いだったが、それなりに異相空間の感覚は味わえた。評価:90点。
  〜その内容といえば〜
≪ オタク系プログラマーのハオミンは、かつてハッキング対決で負かした
コードネーム“ゼブラ”が裏世界で危険な仕事に手を染めていることを香港警察
から聞かされる。同時にゼブラは、次なる大仕事にハオミンを巻き込もうと
パートナーの美少女スー・イーを使い接触を図ってくる。ハオミンはゼブラの
次なる狙いを探るため、覆面捜査官として潜入することに。程なくして彼のバック
にはモリタケシという裏世界の大物が絡んでいることが分かる。モリの真の目的が
明らかになるにつれ、ハオミンは予想だにしなかった危険な世界へと足を踏み
入れていく…。≫
―
▼ 映画の見方も、評価も、如何に異空間に観衆の一人の私を引きこまされるか
 が判断材料にしている自分に驚くことが多い。土日、祭日の半分はYouTube観賞
を中心にTVを見ているが、修正されてない生撮りのため、その迫力に、何時の間に
ドップリと引込まれてしまう。アメリカで、生中継で、パトカーが、オートバイ、
自動車を追回すカーチェースをヘリからの映像を流す番組が人気があると知って
はいたが、オートバイのヘルメットにカメラを付けたライダー目線の映像の迫力
に、底知れぬ恐怖心を覚えた。高速道路を200キロ以上?のスピードで、次々と
追い抜いていくが、一瞬でも間違えると即死は間違いない。追いかけている警官は、
カメラ目線もあってか、自ら接触は出来ないが、逃げる方は接触のし放題。
 相手は、拳銃保持の可能性が高いため、追いかける警官も、命がけ。映画監督も
顧客の目が肥えているので、半端な刺激では高評価がとれない。 相撲も然り。
『巨人、大鵬、卵焼き』の時代は終わり、刺激度の高いガチンコ勝負を求めている。

・・・・・・
6165,閑話小題 〜相撲談義(初場所)
2018年01月29日(月)
   * モンゴル人対、日本チビッコ相撲
 初場所はジョージア出身・栃ノ心の幕内優勝で終わった。14勝1敗である。
前評判は良かったが、誰も、この力士の優勝を予測する者はいなかった。
 いつもは前日までに下書きをしたのを書き加えたり、修正をするが、今回は
ライブの談義になる。 さて御立ち会い!
≪ 熊さん: いや大家さん、八つぁんの講釈を聞いて御蔭で面白かったよ。
 大家さん: そりゃそうだ。まず白鵬の『横綱アドバンティジ』が場所前から
   問題になって封じられ勝てなくなったな。左張り手と同時に右腕
   の肘打ち。スプレーでガチガチに固めてあるキワモノ。上位の横綱は使え
   ても下位の者は、無礼になる。貴ノ岩の暴行事件は、これに従わない
   貴乃岩に対するモンゴル力士の八百長仲間への勧誘で偶発的に起こった
   事件。偶発とはいえ、白鵬主導だったのは状況からしてあきらか。
 八つぁん: モンゴル対日本人の対決そのものとみると、これほど面白い
   場所はなかったね。結果は、相討ちで、その間隙をぬって東欧人力士が
   優勝をさらってしまった。鳶にアブラゲというところ。
 寅: フロックだべ! フロック。純朴だから、直に阿波踊りを始めるよ。
   それだけ、夜の巷は誘惑が強いからね。まず、4年前に幕下まで陥落した
   古傷を稽古場で、さりげなく集中的に狙われるね。特に、モンゴルにね。
 熊さん: 稀勢の里は、もう駄目なのは間違いないが、白鵬は?
 八つぁん: 次の場所は必死に頑張るが、年内は無理だろうね。その前に、
   貴乃花親方からの刑事告訴もあるかもしれない。
 寅さん: 鶴竜、4場所も休んだあとの、11勝は合格じゃなの。
   他の2人の横綱の御蔭で、助かった部分があるがね。
 大家さん: 鶴竜、どうだろう? 白鵬、稀勢の里、なき後の繋ぎとして
   あと二年は頑張らないと。高安と、逸ノ城辺りが出てこないとね。
 八つぁん: 白鵬を頂点にしたモンゴル人支配の構図は、ほぼ崩壊したね。
 大家: まだ判断するのは早いよ。肉食系は、草食系とは違うよ。
   骨格と筋肉の質が草食系とは違うからね。旭天鵬をみれば分かるだろう。
 熊さん: 栃ノ心の活躍に刺激を受けて、大人しかった東欧系力士などに
   火がつくんじゃないの? 
 寅さん: 先場所、今場所、高校相撲上がりの4人が入門してきたね。
   早速、先場所入門した二人が、序の口の優勝決定戦に出てきたね。
   来場所は大鵬の孫と、朝青龍の甥っ子がデビューするしね。
 大家さん: この4人は強くなるよ。怪我さえなければね。
 八つぁん: 今場所を総括すると、個々の相撲内容が真剣なのが多くて合格。
   最近、相撲そのものと同時に、砂被りの観客の服装と、表情見物が面白いの。
   それに地域性があってさ。
 大家さん: あの辺に居るのは選ばれしもの達だもの。それなりの金額と。
   長年の因縁が無いと、座れませんよ。
 八つぁん: カメラ目線の要所に、洋装、和装の綺麗どこや有名人が目立つね。
   当然、相撲協会も広告代理店を使って、国内外向けに、彩を考えているよ。
   以前だったら、目立たないのが、今では大型TVで鮮明だからね。≫
 ―
▼ というわけで、相撲の神様が存在をしていたら。こう結論するのでは?
 < あくまで、相撲は興行の世界。しかし私(神)に供える儀式。儀式で
  悪いのが、格式だち過ぎること。それと白鵬の様に逆上せあがっちゃ
 いけません。品よく、明るく、楽しませてくれれば、充分。その点、
充分に合格ですよ。貴乃花親方、良いじゃございませんか、純朴で。
長い目で見て下さい。今回の事件も、彼の御蔭で浄化をしたじゃないですか。>
 まあ… 暇人の独り言。
・・・・・・
5068,あわいの力 ー��
2015年01月29日(木)
        ーあわいの力 「心の時代」の次を生きるー安田登(著)
   * 「道具」を持たないワキ 〜身体が道具
 身体そのものが「道具」というワキの存在が面白い。
これは何もワキに限ったことではなく、すべての人間に当てはまること。
アスリートは、肉体が道具!、いかに勝利につながる道具に身体をつくり
上げていくのが勤め。 人生を演劇に喩えると、役割が道具になる。
その役割としての道具には道が備わっている。 ーその辺りから抜粋ー
≪・「お道具」ということばですが、能の世界では鼓や笛を楽器といわずに
 「お道具」といいます。「道具」というのは「道が具わっている」から
 「道具」だといわれることがあります。語源としては間違っていますが、
 しかし「お道具」の性格をよくあらわしています。お道具は、それ自体で既に
 道が具わっている。しかし、それを演奏する自分の道が具わっていなければ、
 いい音が出ない。何年もの修行によって自分の道が具わったときに、はじめて
 「お道具」が本来の輝きを発し始める。つまり、シテ方や笛方、鼓方は、
 「道具」を通じて能楽師としての道を歩んでいくことができる。
 しかし、道具を持たないワキ方は、それができない。
・こんなふうにして、ある程度自分の音を鳴らせるようになると、
 その人の弟子にまた笛を譲り渡し、その弟子が何十年もかけて自分の音を
 十分に鳴らせるようになると、また次の弟子に笛を受け継いでいきます。
 そうやって、数百年にもわたって、「道具」を次につないでいくわけですが、
 ワキはそのための「道具」が何もないじゃないか。そう、シテ方や笛方、
 鼓方の人たちは言うのです。 が、じつはワキ方にも「道具」はあります。
 それは、自分の身体です。自分の身体と「道具」として向き合い、いかに
 つきあっていくか、というのがワキとしての道の歩み方です。さらにいうと、
 このことは何もワキにかぎったことではなく、すべての人間にとって当て
 はまること。どんな人間も、身体を持たずして生きることはできませんから。
・能の笛というのは、わざと音が出づらいようにつくられているんじゃないか
 と思うような購造になっています。しかし、だからこそ、稽古を積み重ねた
 結果いい音が鳴るようになります。同じことは身体という「道具」にも当て
 はまります。つまり、身体が完全でないからこそ、ワキとしての道、
 人としての道を歩んでいけるということです。・・ ≫
▼ 現代の「お道具」といえば、パソコン(スマートフォンを含む)とネット。
 今ではウェアラブルPCという道具と身体が一体化したものが出始めた。
その道とは、アプリであり、予め完成されている。その意味からして、「お能」
の世界は時代の流れの真逆。だからこそ、そこに、「あわい」の必要性が出る。
文化度が高いフランスのレジャーで、長期休暇は、リゾート地で長閑に、
時間を過ごすこと。ただ、ただボーッとするのが贅沢という。で、痴呆症が
多いというが、それも「あわい」であろう。ただヒタスラ心も身体も休める。
それが御隠居の仕事である。それには、その暇を楽しめる知識と余裕が必要。
・・・・・・
4336, 自己とつきあうということ −4
2013年01月29日(火)
  「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
 ギリシャ哲学の初めのころから、己について考えていた哲学者がいた。
この文明の世でも、「自分」について考えようとしない人が多い中、
2500年前に、このやっかいな自分について考えていた。
そのギリシャは、現在、国家危機の崖っぷち。
 * 古代の人間たちと自己の問題(ヘラクレイトスの驚きと戒め)
≪ 自己を問う試みは、ソクラテス以前の哲学者たちによってなされている。
 なかでも、その試みを自覚的に遂行したと考えられる人物の一人は、初期
ギリシアの哲学者ヘラクレイトス(前五〇〇頃)である。彼が残したとされる、
「わたしはわたし自身を探究した」(断片一〇一)という言葉の背後には、
探究の視線を外部の自然から自己自身へと移し、自己の内に広大な探究の
次元を見いだしたヘラクレイトスの、自己への驚きが見てとれる。
彼にとって、自己は問われるべきものとなった。彼は次のようにも述べた。
「自己を認識すること、健全な思慮を持つことは、万人に許されている」。
(断片二六) その短い言葉を通じて、われわれが自己への関心、配慮を
ばねにして自己への探究を開始する存在であることが端的に示されている。
しかし、それを裏返せば、われわれは通常、自己を問題として受けとめる
ことは少ないし、思慮を健全に保つことからも遠い存在だ、ということである。
よきことを考えて生きることよりも欲情にかられよからぬ方向へひっぱられて
いきやすいのが人間である。それゆえ、彼は自戒の言葉を口にしている。
「欲情と戦うのは困難である。なぜなら、それを欲する者を魂[命]をかけて
購うから。放漫を消すことは火災を消す以上に急務である」(断片四三)
ヘラクレスは、人間がしばしば欲情の虜になり、とりかえしのつかぬことをしで
かしたり、放漫、不遜になって、他人に不快感を与える存在であることを見抜いた。
人間は思わぬ仕方で壊れやすく、健全を失いやすいがゆえに、それに抗するため
にも、よく認識し、思慮を健全なものに保つようにしなければならないと考えた
ようにみえる。彼が認識したことは、自己を壊すものから、自己を防御し、
自己をよく整えるための自己認識であった。・・・≫
▼ 古代に、「わたしはわたし自身を探求した」とは、驚き。
 その頃から現在に至るまで、その問いが繰り返されてきた。まずは、他者と私、
そして、自己対話をする内なる私と、分裂した私。それより、今過ぎ去った
ばかりの己と、現在の己。 欲望に支配されている私と、それを見ている私。
ギリシャ哲学を知るにつけて、人間は二千五百年も考え続けてきたわりに、
殆ど進歩していないというより、後退しているとも思える。いや、西洋的進歩
という言葉自体が疑問である。それが構造主義につながっている。大きな節目
には、それまでの自己が壊される。その中で、破壊されてはならない核心は
守らなければならない。そのために、この随想日記で、「節目どきに」
「自己をみつめる」「自分の居場所のみつけ方」とかをテーマに、していた。
このテーマも、その一連だが、哲学の具体的入り口は、「自分」と「死」と
「神」と「自然」についてである。「私の事業」が崩壊して、残ったのは
「自分」である。それも傷物としての自分。しかし、核心まで傷ついた訳でなし、
問題は自己認識だが、どうもこうも、考えるほど、滑稽な行蔵しか残ってない。
これも気づくかどうかの問題だが・・「欲する者を魂[命]をかけて購う」、
その自分も、それぞれの他己から、自分の核心を守ることは至難の技になる。

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