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堀井On-Line
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2021年04月21日(水)
* 中国の新羅ウィグル地区の弾圧の、その実は 北朝鮮の一般平民の奴隷化政策は、公開処刑と、資本主義社会との 戦時体制の枠組みが、構造になっている。 ・金王朝(3%)の特権の存続が、まず第一に優先され、 ・次が、それを支える体制(30%) ・その下に67%の平民〈奴隷層)
ギリシャの支配階層と同じで治まりが良い。それを批判するアメリカも、 奴隷層の、有色人種+無産階級が三分の二を占めている。上位への道は開けて いるが、駆け上がることはホボ難しい。しかし、奴隷層は、一発当れば、夢の 階段を駆け上ることが可能と信じ疑いはない。 ミャンマーの動乱も、これを 目指す一部の軍部の利権保持のための軍事行動で、質は非常に悪い。 足元の日本も然り。地政学的に中度半端な位置をフルに利用して米朝の狭間で綱渡り。 中国、北朝鮮、ロシアからみれば、東京湾に大陸弾頭弾を一発、何かのミスとして 撃ちこみ脅せば充分足る。 日本の支配層は明治維新の薩長が、未だに政治のと財を握り、他を圧倒している。 それを翻そうとして成上りの田中角栄がアメリカの策謀で、抹殺され消えていった。 アメリカは、対中国、ロシア、北朝鮮の対抗と称し、第7艦隊を日本周辺に置き、 日本を実効支配ている。どてっ腹を、ナイフで突き刺してだ!
・・・・・・ 5880,世界がもし100人の村だったら お金篇 〜2 2017年04月21日(金) 『世界がもし100人の村だったら お金篇 〜たった1人の大金持ちと50人の貧しい村人たち 』 池田 香代子 (著), C.ダグラス・ラミス (著) 21世紀の初年度が始まった2001年の9・11テロかで時世界が様変りをした。 ユダヤ・キリスト教とイスラム教の対立の鮮明化である。これに中国の躍進と、 時代かかった北朝鮮が絡んだ複雑な様相が現在時点である。その結果、強者は より強く、弱者はより搾り取られる様相になっている。当然、お金のない国家 対金持国家の対立が浮き彫りになっている。北朝鮮対アメリカ、欧州対中東、 中東の内乱、IS国家の設立がテロなどを誘因する原因となっている。 それそのままが、以下の数値で物語っている。 ≪ ・2000年、世界のGDPは、ドルになおすと33兆ドル 2015年は 73兆ドル。増えた富は、一番豊かな人びとの元に貯まった。 ・世界を100人の村に例えると、世界の富のうち 49%は、1人のいちばんの大金持のもとに 39%は、9人のお金持ちのもとに、 11%は、40人の、わりと豊かな人のもとに貯まりました。 50人の貧しい人のもとにあるのは、たった1%です。 100人の村では1人の大金持ちの富と99人の富がだいたい同じです。
・インターネットを使う人は28億人増えて 32億人。大よそ10倍に。 ・中国では自家用車が300万台から1億2400万台に増えた。40倍である。 ・世界の通貨、その国だけでなく、世界中で使われている。 44%がアメリカドル 16%がユーロ 11%が日本円 6%がイギリスポンド 3%がオーストラリアドル。 ・世界の株の値打ちは、この15年で二倍近く増え、もうすぐに 世界のGDPと同じになります。 ≫ ―― ▼ 21世紀は、ネット環境が進化し、世界の半数近くが、情報端末を 持つようになった。今まで権力の乱用は、ネット上で一瞬で表沙汰になり、 権力者は、その座を追われる時代でもある。チャンスとリスクは裏腹だが、 そのバックグランドが、地域社会、国家内から世界に広がってしまった。 しかし、その基盤ルールのコントロールが、全くできてない。あるのは、 「弱肉強食」のルールのみ。そしてテロを含めた新たな戦い。
・・・・・・ 6977,閑話小題 〜『私の家って、何処』 〜2 2020年04月21日(火) * 『私の魂って、そもそも何 ? そして出自は何処?』 田舎から上京し独り住まいで、その冷たさを実感する時、まず感じるのが 両親の持つ温もりの有難さ。これが幼児の頃に不足をすると、精神のバランス を崩し不安定になる。50数年前の、わずか数分のクロスで、少女に尋ねられた 「私の家って、何処なの?」の言葉が心に残ったかというと… そこ頃、渥美清の『男はつらいよ!」のTV放送が開始した頃… <全国の祭りを求て流離う人の好いテキヤの悲喜こもごもの物語> その男の 実家が、浅草の老舗の🍡団子屋。年に数回、気が向くと帰り、実家周辺や、旅先 で騒動を起こす。帰る家があればこそ、流離いが可能になる。瘋癲の中年男の 仏性に故郷の懐かしさを醸し出す『私の家って、如処?』が背景にある。
結婚まで、東京、四日市、神戸、金沢と流れて、最後は千葉で結婚した直後 に起業。 5年近く流離の身。その間、このテキヤの実家の団子屋の疑似家族の 温もりに、大いに助けられた。独身時代の流離は、心の芯は凍りつく寒々しい ものがある。旅先で‘連れ’を一度、決めると、それは重荷! 常に身辺整理 をして、次の場面に備え、社会の裏表が見える立場に己を置く。何れの世界には、 TPOSの最適な女性、酒友が存在していることを経験から知りえていた。 で… 『私の家って…』のところには、出自の両親が待っている。 この幼女の純朴な問いかけ…『私の家って、如処?』の家を‘魂’に置換えて、。 『私の魂って、何処にあるの』は、人類永遠の哲学的問いかけ。幼女の問いは、 若かりし青年期に‘私って何もの?’のヒントを与えてくれていた。魂とは、 最後の最後は、その辺りに… アメリカのような多民族国家の住民は、その中で、 常に他者を合せ鏡で自問自答させられる。 逆に、小さな岩場で群れていると、 自分の出自を考える機会がないためか、その歪みに気づかない。 それ故に、その歪みが何か知り得ないため、ガラパゴスの意味さえ知り得ない。 哲学者への、この一連の『ポスト新型コロナ・パンデミック』は、如何なる 世界像が求められるか?に、<島国・日本の独自の土壌が生みだした 『ガラパゴス化』にヒントあり>と、哲学的な答えていたが、なる程納得できる 答えであって。但し、それは普及した世界的規格と、合い入れる前提がある筈。 それを言うなら、個性的人間そのものも、当てはまる。
魂といえば、20年程前に長岡花火を観入っているガン末期の老女への感想 を聞く場面があった。『私の魂の故郷は、子供の頃の想い出のすべて!』。 その年齢に近づきある日々。私の魂の故郷は、両親と過ごした想い出にある。 今では、家内と供にした秘・異郷先で感動した場面の想い出が加わわる。
・・・・・・ 6610,閑話小題 〜あと数日で「平成」が終わり「令和」に 2019年04月21日(日) * 行きつけのスナック二軒が廃業 あと10日もしないうちに、「平成」から『令和』に改元される。この影響は、 思いの外に大きくなる? 先日の中学校の同期会で知ったのが、この二次会で 行きつけのスナックが二軒とも直近に廃業したとか。両店とも40年以上の老舗。 同世代のママさんが営業していたが… 何か不景気風な感じだった。 <平成も終わりを…「止めるに年号変更を区切り」>と考えるのは至極当然。 同年代の客層のリタイアが主原因だが、年齢を重ねる度に飲む機会は減ってる。 <75歳を過ぎると活動範囲が狭まるため、金がかからないってさ!>と聞いて いたが… 改元は、様ざまなカタチで私たちの決断を促す。 明日から数回、 「平成って、何だったのだろう?」をショートショート風に書いてみようか。 平成は1989年〜現在(平成元年〜 現在) 昭和64年。 私は43歳。 ― * シネマ・ 「シャザム」 子ども向きで、ドツキ漫才的だが、何かしら笑えて面白い。閉ざされた肉体と 精神を解放させて欲い欲求を、キセズして与えられた力で悪を対峙するところが、 最近のハリウッド映画の特徴。 ≪ 解説:「スーパーマン」や「バットマン」と同じDCコミックスのヒーロー 「シャザム」を映画化。見た目は大人だが中身は子どもという異色のヒーローの 活躍を、独特のユーモアを交えて描く。ある日、謎の魔術師からスーパーパワー を与えられた少年ビリーは、「S=ソロモンの知力」「H=ヘラクラスの強さ」 「A=アトラスのスタミナ」「Z=ゼウスのパワー」「A=アキレスの勇気」 「M=マーキューリーの飛行力」という6つの力をあわせもつヒーロー「シャザム (SHAZAM)」に変身できるようになる。筋骨隆々で稲妻を発することができるが、 外見は中年のシャザムに変身したビリーは、悪友のフレディと一緒にスーパーマン 顔負けの力をあちこちで試してまわり、稲妻パワーをスマホの充電に使ってみる など悪ノリ全開で遊んでいた。しかし、そんなビリーの前に、魔法の力を狙う 科学者Dr.シヴァナが現れ、フレディがさらわれてしまう。 遊んでいる場合ではないと気付いたビリーは、ヒーローらしく戦うことを決意 するが……。シャザム役はTVシリーズ「CHUCK チャック」のザカリー・リーバイ、 監督は「アナベル 死霊人形の誕生」のデビッド・F・サンドバーグ。 ≫ ― ▼ 人生を重なるということは、それも晩年に近づくにつれ、心の中に、幾つか の失われた過去の廃墟を持つもの。それらは、心の奥に鬱憤として抑圧され、 解放を待っている。その解放をする物語が観客の絶対的ニーズ。老いること自体 が、死に至る病。そのまま放っておくと、その病は重症化していく。 最近では、 TV映画、ドラマが、その役割を果たしている。 そこに更にダメ押しで… 成るほど、彼方此方が痛くなり、腰は前屈みになり、夜半、過去の廃墟の記憶が 甘辛いフラッシュとして飛び出てくる。 +−3対1にコントロールをしていても。 充実感が足りない人生。それも世間的視野のみの、他者との比較しか持ちえない 人たちにとって、それは返り矢として己に向かってくる。そして「死霊」化する。 映画では、束の間のシャザムの私が、死霊を退治する。成るほどスッキリする訳だ。
・・・・・・ 4044, 一時停止 ー4 2012年04月21日(土) 「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010 * 他人との出会い ≪ 肉体的な成長だけで子どもがおとなになれるわけではない。肉体的な成長 に精神的成長が伴わなければ、人間はおとなになれない。その精神的成長とは どういうものか、知識が増えること、感情が豊かになること、経験を積むこと、 考える力が増すことーいろいろな面から考えることが可能だろうが、そのどれも が結局は<個>の自分の確立ということにむすびついていることに気づく。 群棲動物である人間は、ひとりで生きてゆくことができない。そこから 私たちは複雑な社会的構造を生み出し、〈個〉は常に自分と同等な〈個〉、 すなわち〈他〉との関係において生きてゆく。〈個〉の確立とは自我の拡張と 同時にその制限をも意味している。言葉をかえると、他人と出会ことによって、 子どもはおとなへと成長してゆくと言うこともできるのではないだろうか。 もしそんなふうに言えるとしたら、私にとって初めての他人との出会いは、 いったいいつのことだつたのだろうと考えることがある。もちろん人間にとって 最初の他人とは母親であると言うこともできるかもしれない。しかし、ほとんど の子どもにおいては、母親は自分自身の延長のような存在であり、母親を他人 として意識しはじめるのは、むしろ彼がおとなになってからだろうと思う。 似たようなことは他の身内・家族などについても程度の差はあるが、おおむね あてはまるだろう。 ≫ ▼ 学校時代は、進学する度に変わる同級生が、他者を考える上に分かりやすい。 その時の面々が、その時の自らの分である。それは、自分の広がりでもある。 それが他人との出会いである。その範囲が広がれば広がるほど、その冷たさと 暖かさの差が大きくなる。その段差が、人間を成長させるのである。逆に言えば、 その段差が少ないと、成長が逆行していくことになる。自分を意識する前に 見知らぬものとの出会いがある。その境目が増えるにしたがって、己との枠が でき、それが自分になる。それぞれの時代の相手の中に、自分の姿が合わせ鏡 となり、自分の姿の一部を垣間見ることになる。
・・・・・・ 5150,知の逆転 〜�� 2015年04月21日(火) ー知の逆転ー 対談相手 オリバー・サックス * 没頭している「平和の時間」こそが 午前中、4〜5時間、仏間にある書斎コーナーで、本を読んだり、パソコン に向かっているが、その時間はアットという間に過ぎてしまう。集中している ためだろう。ネガティブになりがちな身の上?に、老齢化が重なっているため、 落込みへの解毒剤になっている。冬場を除いて、朝方の自転車散歩も加えて、 何とかポジティブ3にネガティブ1の比率を維持している。 ここで、<没頭している「平和の時間」が、最も望ましい>というが・・ この随想日記の習慣の効用である。没頭には、長年の継続が必要である。 ーその箇所を抜粋ー p149 ≪ ・・私自身も、書き物をしたり考えたりすることに没頭しているとき、 あるいはピアノを弾ひたいたり音楽に浸っているとき、神経症やうつ病が 消えて、時間というものを意識しないで平和な時を過ごすことができます。 われわれは誰もがそういう時間を必要としているのです。フロイトの精神分析 では、楽しいことに没頭しているときの平和な時間という部分が看過されて いると思います。彼の精神分析では、生は緊張として捉えられ、緊張が解ける と何もない状態になると解釈されているわけです。しかし、ポジティブな 平和な時間というものは芸術や科学の基盤であり、最も望ましい状態では ないでしょうか。≫ ▼ 「平和の時間」は、外界の喧騒から隔絶出来て、気持ちが集中、脳も、 心もシンプルでいられる。週一のシネマも、ポタリング(自転車散歩)も 「平和の時間」。リタイア直後に立てたプログラムは、まず、ストレスによる 自己崩壊を避けるためだったが、結果として「平和の時間」の維持の効用に なっていた。今までは会社の維持に向けられたエネルギーが、「平和の時間」 に向けられるから、悪いわけがないが、だがストレスは生半端ではない。 それが当り前だが! 知恵を使って、見方、支点を変えれば、逆境さま様! ものは考えよう、面白いもの。 偶然だが、以下の内容が、丁度良く続く。
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| 7371,閑話小題 〜 一番、美味しかった料理とは… ? |
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2021年04月20日(火)
* 多くの経験を得てきたが?…最も美味しかった料理とは何に? 父親は、明治38年生まれで、『贅沢は敵‼』世代の典型もあってか、美味しい 料理に有りつけたのが、「30日間欧州一周ツアー」の三度の食事。ヒレステーキ など知る由もなく、飛行機で出された食事のどれもこれもが、夢のよう。 飛行機の機内食は、半分は残すという常識など知る由もない。 全て平らげ、 その結果がトイレ通い。20歳といえば、それが苦痛の年頃。 肉食など貧乏寮の 住人のため、その美味しさに我を忘れていた。 悪いことに、最初が、北欧のバイキング、サーモンなどの魚介類が山のように 並ぶ中で若い身で自制など至難の業… その結果、飛行機の乗降りで、苦労する 破目に。 知らぬが仏とは、このことかと… 到着地のホテルまでのバスの車中 の苦痛を、今でも忘れられない。 ◉ この旅行で何が美味しかったかというと、<す・べ・て!> 年に2,3回は 開かれていた慰安の宴会の鯛の刺身、鮭の焼物、昆布締めなど比べようもない。 そこで体感したのが、両親の日常の質素にも、程がある。 そこで、有名寿司 チェーンの後継ぎと親しくなったが、それがナカナカの嗜好家。帰国から卒業 までの二年間、月一は、当人の自宅の新橋駅周辺の居酒屋を飲み歩いていた。 その頃、父親が、あまりの寮の部屋のミスボラシサに呆れて…仕送りを二倍に… その習性が現在でも続いている。この旅行を境に、人生が激変してしまった。 要するに「呑み助」に! 20代半ばの転勤生活で、まずすることは、安くて、 美味しい居酒屋探し。 最後に記憶に残るのは、酒と、美味しい地元の肴と、 可愛いい同僚の…? 地産地消には、固定化?すると、両手を削がれた侍…
・・・・・・ 6976,閑話小題 〜逆境について… 2020年04月20日(月) * 人類の窮地… これは大ごと! <しあわせ仮説 ジョナサン・ハイト著> これまで‘逆境について多く書いてきた’と思いきや、衆人の前に晒す必要 もなし、真正面に向きあうこともなしか、ブログ内検索で引っかかりが少ない。 逆境とは、それなりに事を成し遂げた人の言葉で、スランプと同じ。幼児には 使えない用語… この著書の中で、逆境は、10代後半から20代前半が一番、効果的とあった。 受験失敗、失恋、志への挫折など、長い人生には、色いろある。 精神をゾウと例え、自らを調教する方法がある。このゾウは、知らない内に 作り上げられた内なる無意識のゾウと考える方法。 このゾウ…一度倒れると、 立上るに、膨大なエネルギーを要する。 日本にとって、国家としての挫折に太平洋戦争の敗戦がある。焼土からの 再生は非常に厳しい。それでも地政学的に有利であるため、効率よく立上れた。 それもアメリカの陰謀で? 強引なプラザ合意の結果、バブルと、その崩壊で、 第二の経済敗戦をむかえ、現在に至っている。… …その傷が癒えかけた現在、 何の因果か、この新型コロナのパンデミック。この痛手は特に日本にとって、 並大抵ではない。 ― 生を受けたのが、太平洋戦争の敗戦を跨いだ翌年。終わりそうなのが、 このパンデミックの可能性もある。 これは歴史的大参事まで拡大するのか、 何とか消火し終了するのか? その行く末は分らないが、只事でないのは確か。 数十万レベルか、数百万の死者まで拡大するのか…人類対細菌との戦いの様相 である。営々と築き上げてきた、文明が、大自然の怒りをかってしまった。 逆境というより、窮地に立たされた。 哲学者、科学者が、新しい社会構造、経済構築に向け、このポスト・新型 パンデミックの意味と方向を語り始めた。そこには、「日本型ガラパゴス方式」 があったが、説得力がある。何れ治まるのだろうが、元に戻ることはない。 ネット社会が、鮮明に現実社会を覆い、より合理的になる反面、ブロック化の ラインも鮮明に… 細菌テロも頻繁に世界各地で発生することになる。 細菌感染は、貧富に関係なく平等だが、感染後の対応に大きい格差が出るが、 死んでしまえば、どのみち同じ。細菌にとっては、物体の貧富に関係ない。 それが社会構造を根こそぎ変える切っ掛けとなる。 大変な事態だが… ― 将来、云々より、まず直面の危機を無事に乗越えること。 突然、ドエライ問題が立ち塞がってきた。 良い時代を生きてこられたのが 慰めになる。 冬の時代は、炬燵で巣籠りですか。
・・・・・・ 6609,閑話小題 〜ユニクロのレジ清算がセルフ化だってさ 2019年04月20日(土) * ノートルダム寺院の火災 まさか、石造りのノートルダム寺院の炎上するのを目撃しようとは? テロではなさそうだが、それでも少しは疑念が残る。毎週のように反政府デモと、 奪略がTVニュースで流される最中であるから…。暴徒の放火なら、宗教戦争の 幕開けになるところ。事実かどうかは別だが、既に1000億円規模の寄付の表明が 寄せられているとか? ノートルダムとは、「聖マリア」を意味して、同名の 寺院が各地に点在している。 現在の世界の混乱の根は宗教戦争? ― * 長岡高校の太鼓の音 この時節に、1km先の長岡高校体育館から、応援歌と、太鼓の音が聞こえてくる。 一年生が15〜6歳とすると、1961年当時は58年前になる。その嫌だったこと、この上 なかった記憶が思いだされる。 小さな声だったり、間違えると、丸めた新聞紙で 身体を殴りつける。 中学時も似たようなドヤス応援練習があった。 ― * 市会議員の選挙ですか? 県会議員選が終わったばかりなのに、市会議員選挙が明日ある。誰にするかは 決めてないが… 市会議員で当選するのも大変なようだ。議員の年収が800万と いうから、公務員並みの収入。年次よりアップをしていくのだろうが… ちなみに親戚に元市長がいたが、30年前で、年金額が月・70万は多い? 。 ― * ユニクロのレジ清算がセルフ化だってさ 近くのSC内のユニクロがセルフ化を始めたとか。今日にでもスポーツジムの帰り に寄ってみるつもりだが、「ついに御前まで」の驚き。 月に2回は通う「回らない 回転寿司」の受け付けは、ソニーのロボット。 慣れてしまえば、気楽で良い。 シネマ館もセルフチケット販売機。でも、なかなか、人は並ばない。 最近、前に通っていた地元のチェーンが倒産した。全国チェーンへの対処の戦略に 客単価を上げる対処の失敗だったが、セルフ化も中途半端。 数年前から海外ツアーの飛行機の席がネット予約になった。 更に入国審査が セルフ化。パスポートを指定された個所に押し当て、顔をカメラの前に突き出す。 まだ日本なら戸惑いは少ないが、パリ、ローマなどでは戸惑いは大きい。 この人手不足は、スーパー、コンビニ、居酒屋のセルフ化を推し進めている。
・・・・・・ 6246,閑話小題 〜つれづれに、危ない話 2018年04月20日(金)
県知事の辞職、仕方がないのだろうが、気の毒といえば気の毒である。 何故に援助交際の相手が週刊誌にリークしたか大きな問題が残る。 詳細は知らないが、デリヘル慶大生、仕事?が仕事だけに、ブラックの 背景があると思うのは誰も同じ。金目的なら、百万円のロットだろう… 当然、逆リークをされ、一生を棒にふることになるリスクが大きい。 先日のテーマで、学資目的のデリヘル女子大生の事例を取上げたが。 日払いなら援助交際、月払いなら愛人契約になる。としても、脇が甘い。 ブラックの世界は、恐ろしい魑魅魍魎の闇が広がっている。人生は独り旅、 誰ひとり自分を守ってはくれない。吾身のリスク管理がベースになくては…。
一昔前なら、高級クラブがあって、容姿で、3,5,10万クラスの値があり、 便利に遊べたシスタムがあったようだ。いや、現在も同じ? ビフォア―、 アフター?代の支払いは、賞与の中に組込まれている? システム。 常連ともなれば、暗黙裡に?… その辺の浄化システムを抜くと、こういう 災難で一生を棒にふってしまう典型の事例というところ。
社会に出てから50年以上経過するが、一度も、こういうトラブルを経験 したことがない。当然のことだが。「援助交際などもっての外!」。 幼児頃から父親の世間話で、様々な危いケースを聞き知っていたこともある。 「君子、危うきに近寄らず」が基本中の基本。その際どい辺りが面白いが、 何となく客種の見極めの勘が働く。他に履いて捨てるほど面白いことがある。
何処かの居酒屋のオヤジが、「誰も口先では、そういうけどね!…」だが、 本能的に危ない相手や、飲み屋に近づかない。高い店ほど、若くて綺麗な アルバイト・ホステスを揃える。 そこには生粋のプロと、学資などを稼ぐ ために、割切ってくるアルバイトがいて、競わせる。 で、マスターか、 ママが、「あの子は、3万なら口説けるよ」と、何気なく裏情報を教える。 女好きな知人に聞いた話が、「3万ならと、遊んだところ、エイズに…。 ところが愛人の女子事務員に感染させたらしいが、何故か…?」と、 かなり際どい話が続くが… 本人の人相まで変わっていた。その件以来、 断交したが。この話は、ここまで。夜の巷は華やかの裏側はドロドロの世界。 さて、援助交際の女子慶大生の週刊新潮へのリーク代、幾らでしょうか。 500万? まけさせて300万? ―――― 2018年、4月15日 閑話小題 〜自由化された売春 −1 * 風俗は既にセフティネットでなくなった 図書館の返却コーナーから借りてきた雑誌の内容がシリアス。 これによると、「風俗は既にセフティネットでなくなった」とある。女性が年齢 が増すにつれ、よほど外見が良いスペックがないと敬遠される厳しい現実がある。 風営法が改正された数年後、地元の行きつけの居酒屋の店主に、デリバリの実態 を聞いたことがあった。よくぞ聞いてくれたと、嬉しそうに携帯でアクセスし、 予約直前までの手順を実演してみせてくれた。更に、それ専用の安い目立たない ホテルも教えてくれた。風俗には全く興味がなかったが、新潟駅前で30年間も ホテル事業をしていれば、様々な実態を聞くことが多かった。当然、デルヘル嬢 の入室は厳禁していたが、デルヘル嬢の長期滞在が、それ故に常時、隠れるよう に宿泊していた。夜の外出、朝帰りのため、彼女らは、警察に怪しまれないよう、 宿泊時に身分を明かす。全国を渡り歩くそうだ。
『文藝春秋オピニオン2018年の論点100 〜風俗市場も崩壊 シングルマザーの歯止めなき貧困』より〜 ≪ 貧困問題の最たるのが「シングルマザー」の存在。全国で123万世帯になる。 平均年間収入が223万円で、全国世帯収入の545万円、児童あり世帯の平均 の707万円を大きく下まわる。相対的貧困に該当する貧困に該当する母子世帯の 子供たちが、‘子供の貧困’のメインであり、6人に1人になる。 その多くは、近隣に実家や親せきがなく、誰も助けてくれないのが実態だ。 老朽化した団地や、アパートに住み、母親はダブルワークする。最低賃金に 近いサービス業で10万円に、児童手当、児童育成手当を足してギリギリ最低限 の生活をおくる。これまで、キャバクラ、風俗、AV女優、買春などは、一般女性 の志願者が増えすぎて、圧倒的な女性の供給過剰にある。価格は暴落、貧困女性 のセーフティネットとしての一面が完全に失われた。よほど容姿などのスペック が高くない1万以下の格安店でないと採用されない。 性風俗店は2005年の風営法改正で店舗から無店舗販売に移行し、届け出制に なって実質合法化した。女性の供給過剰、性風俗店の増加、そして少子化のため、 一店舗あたりの男性が減少。だから出勤しても、客がつかない。完全出来高制の ため、待機時間を含めた時給計算をしたら最低賃金を割る。デルヘルで出勤して も、一日待機しても、客は二人程度。男性が払う金は、60分で8000円のうち、 売上が店と折半で、4000円程度。運よく二人ついても8000円程度。 某女子大生のケース。 「アルバイトだけでギリギリ生活は送れるが、学費が払えない。一年生の春に デリヘルに出ました。週に一回ほどで、月6〜10万ほど。稼いだ金は、全て預金 をして学資に…。」 若い女性だから風俗、売春がセーフティになる。現在、 日本の貧困率は、OECD加盟国34ヶ国中、10番目。世界的にも進行する国と認定 されている。≫ ― ▼ 地元の繁華街の風俗店のドキツイ看板も殆ど見かけなくなった。 スナック店主が曰く、「デルヘリと、マッサージ店が取って替わった」とか。 それと暴力団事務所もテラ銭が皆無になり撤退をして暫く経つとか… 。 売春が合法化され13年… 普通の子女の買春の許容売価が、一週間分の 労働賃金。愛人の平均売価が、大学新卒の初任給が世界各国の目安という。 貧しき人にとって、世界は苦海である。幸せの家系と、不幸の家系が現にある。 一度、転落すると、元に戻るのは? 「元はこちら、そのまま結構!」など、悠長に言ってはいられない!のが現実。 ・・・・・・・ 3677, 自己を見つめる −4 2011年04月20日(水) 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) 節目どきは、境遇の節目でもある。特に乗り越えることが不可能と思える壁に 直面した状況を「限界状況」と、ヤスパーが指摘している。 その限界状況に 「人生の不条理」に突き当たる。その時、それまで隠されていた真実が現れ出る。 節目を打つとは、人生の不条理を受け入れ目を背けないことである。 正中心一点無になり、変化を受け入れること。 ー 第三章 境遇 ーから、抜粋 【 現在、変えることのできない定めを帯びた宿命的な境遇のなかへと投げ 出され、置き入れられて、人生の途上にある。その私たちの無に貫通された 現世における存在のうちには、宿命的な境遇のもつ変えることのできない定めが 刻印されている。ヤスパースが指摘するように、私たちの生存のうちには、 どうしようもない「限界状況」が巣くっていると言える。限界状況とは、 それに突き当たっては、私たちは挫折し、崩れ去る崩れ去るような、乗り越る ことの不可能な壁に直面した状況を言う。そうした限界状況に面座して、 私たちは途方に暮れた困惑のなかで、解決しようのない自己の人生の不条理の 根源的事実に突き当たる。しかし、そのときにこそ、私たち自身の、ほんとう の「実存」が目覚めてくる。実存とは、私たち各自の生存の、赤裸々な真実、 その拒否できない現実のあり方のことである。自己の実存を自覚し、それにも とついて生きるよりほかに、この世を生きる生の根拠を、私たちはもたない。】
・・・・・・ 5514,恐竜と人類どっちが凄いか ー�� 2016年04月20日(水) 「人間の人生は豊かとは」を何をもって言うのか? の問題が残るが、 私が生きてきた実感は、人間は、他の動物から比べ豊かといえる。 それは、人間は雑食者で、利己主義に加えて利他的であり、人生に意義を求め、 豊かさを実現しようとする言語手段と、その記録方法を早くから身につけて いたからである。その人生を楽しまなくて、何のための人生ぞや。 * 人間の人生は豊か ≪ 人類の中でも人間とはいかなる存在か、人類ばいつどのように人間に なったのかを探るのが、人類学の重要なミッション。〜主な事項を拾うと〜 ・まず人間は、驚異的な雑食者。霊長類は基本的に植物食だがが、人間は各種 植物に加え、鳥獣肉から魚介類まで手を出す。人類進化史でそのような選択を 迫られるきっかけがあったらしいのだが、ここまでメニューを広げられたのは、 陸.海.空の資源を利用する技術発達があってのこと。不安定な自然環境下では、 雑食者は偏食者より有利である。その利点に加えて、高い食料調達技術を持つ ようになった人類が結果的に成功したのは、理解しやすい。 ・人間にも、他の動物と同様に利己的な側面がある。しかし仲間を思いやり、 仲間と通じ合いたいとする感情が一段と強いのも、人間である。血縁のない相手 とも積極的に食物を分け合ったり、他人に教えてあげたりする行動が、人間に 独特であることをご存知だろうか? 例えば集まって会食している人間以外の 動物など、見たことはないだろう。野生動物界ではふつう、採食=争奪である。 外敵から隠れてひっそりしている、あるいは暇があったら寝ているというような 通常の野生動物たちに比べ、人生は楽しみに溢れている。前出の会食のみならず、 スポーツや音楽や芸術があるし、旅行や読書や勉強だって楽しい。他の生物の 生き方を否定しようとは思わないし、恐竜の生き方に至っては実態がよく わからないが、「人生に意義を見出そう」という発想があること自体が、 何とも素晴らしいではないか。人間は、生きるということを豊かにした 生き物なのであると私は思う。 ≫ * 人間の共通の祖先は既に凄かった ≪ 一昔前には進化は漸進的に生じると考えられていたので、例えば3万年前の 祖先ともなれば現代人よりかなり知的に劣っていると、決めつけられていた。 しかし世界各地の現代人が共有している種々の能力は、言語力にせよ芸術を 生み出す創造性にせよ、アフリカにいた現代人の共通祖先に既に備わっていた 可能性が高い。4万年前頃に日本列島にやってきた人々も、その例外ではない。 例えば種子島や富士・箱根地域には、3万年以上前から、狩りのための落し穴が 作られていた。これは、罠という動物行動を先読みした高度な狩猟法の、世界 最古の直接的証拠として、たいへん貴重。新石器時代になって世界に普及する 磨製石器の技術も、日本とオーストラリアには2万5000年も前からあった。 さらに面白いことに、琉球列島や伊豆諸島においても、相当にチャレンジング な海洋渡航が太古の昔から行われていたらしく、さらなる探求の価値がある。 人類学とは人間の凄さ・面白さを知れる学問なのだと、研究を20年積み重ねた 最近になって、ようやくわかってきた。 ≫ ▼ 人類は、言語手段と記録方法を身に付け、探求し、生きることを楽しむ ことが、人類の人生を豊かにしてきた。これを、そのまま、個人に当てはめる と、人間、如何に生きるべきか、「良く遊び、良く働き、良く学ぶ」を、実践 して積み上げた分、豊かな人生を過ごしたことになる。問題は「良く」!「欲」 に何時の間に変質するから困ったもの。 で、このザマ!お後が宜しいようで
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2021年04月19日(月)
* 今年に入って、後期高齢者の仲間入り 親戚の法事に参加すると、必ずといってよいほど、少し痴呆症が入りかけた老人 がいる。まずは、他人の中傷から始り、次は昔は良かった。 本当に良かったのか、 老いからくる現時点の不快さからくる愚痴を自覚できてない。一番、悪質な老後が 待っている。 このテーマ日記を20年間、毎日、アップしてきたが、恐らく、老化 した脳が露出していたことになる… 漫画家が<老人の表現に、全身像を描くとき、 角度を年齢につれて、前屈みに下げていく>と語っていた。 先日、歯医者の入口のガラス戸に、少し前屈みの老人が、私を見ていた。 …何だろうと歩を進めると、相方も、向って歩いてきた次の瞬間に、それが自分 だった! 後期高齢者のメルクマールになった最初の事象と我ながら驚いた。 一年程前から自転車で転倒したり、新潟駅前で、深酔いをして、ブラックアウト 状態になったり、己の年齢を自覚せざるを得ない事態に…
最近、連れに…「寝転んでばかり、何の役にも立たず!」と罵声を投げかけ られる頻度が多い。身に覚えがあるため、このが重度になると、痴呆症へ、一挙 に進むのではないかと不安が増すばかり。老化現象の一つに、何事にも億劫に なるのが特徴と、新聞見出しにあった。街中で、同級生をバッタリと鉢合わせ。 必死に歩いているが、前に歩がすすまない。ハッとしたのが、この姿は自分でも あるのではと身がすくんでしまった。それに気づいたのだろう。 『最近、手術をしてな… 10数年前に家内に先立たれ、娘な結婚して外で生活。 現在は長男と同居して、家事担当は自分が受け持ち、何とか生活をしている。 まさか、自分が75歳とは信じられない!』と、ウツムキかげん。哀愁が全身から 漂っていた。 他人事ではない… 中・高の同級会では、何やら他人の歪みを ただす噂話ばかり… 老いたら孤独・孤立の方が絵になる。 追文) 以下の文章… これも偶然だが、春先はマイナス思考になりがちか!
・・・・・・ 6975,読書日記 〜意味づけることができる者は、幸いなり 2020年04月19日(日) * 人間は‘何事も意味付けをする’生きもの。 意味を考える時には「価値」の言葉が出てくる。意味付けは、価値づけである。 価値づけとは、物語化、ミニストーリー化することで…心の拠所にする。何事も 前向きの人は楽観的意味付けをする。逆に後ろ向きの人は悲観的意味付けをする。 同級生に、楽観的な意味づけをする人は、恵まれた人生を過ごしてきた人に多い。 逆に、マイナスの人生を過ごしてきた人は、否定的信念が思考形態にある。 そのため、その傾向の強い人が、集結し徒党を組む傾向になる。「意味づける ことができる者は、幸いなり」は、楽観が前段に付いている。周囲を見渡すと、 これはハッキリしている。 …その一つが、<開示>である。手前味噌になるが、このブログを書き始めて、 あと一年で20年。 「一日一テーマ」を書上げ、公開すると公表。一日だけ数分 の遅れでパスした以外は、書き続けている。直にネタ無しで茫然とすること屡々 だが、それでも何とか書上げると、底の浅さが露呈する。その開示がポイントと 気づくに時間はかからなかった。開示にこそ、明るい兆しが自らを引っ張り出す 秘儀がある。底の浅さを自から提示することが、他者の底の浅さに逆に気づか されることになる。思いの外、心の底には蟠りが沈殿しており。歪みそのままを、 自らに提示することが多い。そこに見えてくる意味付けこそ、教養のベース。 ― * このパンデミックの後にくるのは あと始末を加えると、3年で元通りになるのか、そんなに生易しいものでも ないのか? 次の数百、数万倍に進化した細菌が存在しないと誰がいえるのか。 この新型パンデミック… 思いもしない根本問題を人類に提示した。今までの 延長線上で果たして良いのかと… 大自然界から「何やってんだ!御前ら」と いう警告である。現代の水戸黄門様の御印籠を振りかざし、問題の決着を図る、 彼らのシリーズの中にも、狂人と化した犯人が都心で、細菌をバラ蒔く直前に 捕まるというような筋立てだった。開発した犯人が、その細菌を愛してしまい、 暴走する姿が何とも不気味だった。問題は、日本の後に、インド、アフリカ、 南米大陸とパンデミックは巡ること。恐怖が怒りとなって暴発すると、人間は 何をしでかすか。 あの穏やかなフィジー人が、日本人にゴ―ホーム!と物を 投げつけてきたという。これでは国家間の戦争も起こるかもしれない。 気がかりなのが、「パンデミック前の状態に、戻ることがないこと。 今までの行動パターンの根本に疑問を持ってしまったこと。 <何で、定時に、満員電車に積み込まれ出社しなければならないのか…?> <いずれ定年を迎えてフリーランスになるのなら、今でもよいのでは…?>等々。 生きていく意味付けの根本に人類は気づいてしまった後に来る社会変化である。
・・・・・・ 6608,閑話小題 〜自殺について考える 2019年04月19日(金) <「四苦八苦の哲学」永江朗著 > * つれづれに 〜自殺について この本の中に、「自殺について考える」があったが、「これまでテーマに したような?」と、HP内検索をすると、あるある。テーマがテーマだけに、 かなり立入った際どい内容… …病気による肉体的苦痛に耐えかねて死ぬのはわかるが、それ以外の理由で 自殺について、【人はなんてくだらない理由で自殺するのか」と著者は言う。 そして、「追いつめているものはなにかと冷静に観察すると、欲求・欲望の 一形態でしかない。欲望を棄ててしまえば、自殺なんてしないですむのに。 集団本位的自殺にいたっては、アホらしいとしかいいようがない。乃木希典夫妻 の殉死に感動した同時代人は多かったようだし、神社までつくって祀られたが、 実につまらない死に方ではないか。(中略)仕えた王のための殉死であろうと、 遥か昔にあった面目を失うようなことを償うための自殺であろうと、どちらに してもばかばかしい。死ぬのは勝手だが、神社までつくることはないだろう。】 と宣う。人生で直視できない一つに「死」の問題がある。それが「自死」なら、 更にシリアスになる。とはいえ、決して目を逸らすことが出来ない一大事。 管につながれた「生」より「死」の選択の自由もあって然るべき? 「ピンコロ」が果たして良いのか? 昨今の数値は、この15年間でピーク時の 6割に減っている。(34400から21000人に) また男性は、女性の約2.3倍。 としても、様々な対策で6割まで引下げとは? 本心は誰もが、死にたくない のである。昨夜の中学校の同期会で、「次々と亡くなっていく人」の話が 出たので、一席ぶつと。その場は即座に拒否反応。笑い飛ばしながら直視する 技が全く無いのも考えモノだが… 「ガンファイター」「ガンモドキ」 「死にぞこない」などを平気で話すことも話術のうち。これは直面した時では 遅きに失する。周辺を見渡すと、自殺は珍しくない。わたしの知人、長兄、 従兄、従姉の連合い、など何人かいる。 先年、亡くなった知人の父親が、本人との葛藤の中で自死したと聞いていた。 キリスト教で自死を禁止しているのは、財産である女・子供、奴隷のロスを 減らすため? とも。 老いを重ねる度に… < せめて「死」ぐらいは、自由にさせてよ‼ > も解らないでもないが。 人生の一大事は「己の死」 直視したくもあり、したくもなし。 確かに少年時に亡くなった長兄の自死と両親の哀しみ、いま考えると深い トラウマに… 各家庭には、何れも何らかの深い傷を抱えている。 あれらのように…人を軽く判断すべきでない。自死をするには、それなりの! 暗くなり過ぎですか?「ニッコリ笑ってハンカチーフ」笑えるうちに笑ってこ! 生きている内、行かされている内よ人生は。本当! 合せ鏡で教わること多し。
―― 録画をして昨日見た、カズオ・イシグロの出世作『浮世の画家』 <物語の舞台は終戦から3年ほど過ぎた日本。主人公は高名な初老の画家(渡辺)。 焼け跡から徐々に復興の姿を見せていく街で、隠居老人の一見平和な日常生活 が描かれていく。 愛すべき孫の訪問、なじみの飲み屋のママとの世間話、 戦前からの旧友との邂逅(かいこう)…。 あるとき娘の縁談が持ち上がり、 そこから周囲の視線の変化に気づきはじめる。確固たる決意で国のために尽く してきた自分が、なぜ非難されなければならないのか。その一方で、過去の影に 滑稽なほどおびえる自分の弱さも認識していく…。 > ▼ 自死の問題と少し違うが、過去の弟子への仕打ちへの罪悪感が膿むと、 自殺願望になるのだろと予感される内容。若いうちから壮年にかけての過ち。 「後味が悪くなることは避ける」をモットーにしてきたとしても、後悔多し。 老いるとは、心も、魂も老いていくことになる。
・・・・・・ 2007/04/15 2203, 自殺について −2 (~Q~;) おはよう〜〜 経済的の問題や時代の大きな変化、そして国民性が自殺の要因になる。 日本人のような生真面目な性格も世界で1~2位の自殺率に要因なっているそれ に対して南米やアフリカの陽気な国民性のところでは、自殺は激減する。 フィンランドやデンマークなどの北欧に行くと、冬の黒夜(14時位から夜に なってしまう)が人の心を暗くして自殺が多いという。 そういえば秋田や山形などの北国も冬は雪で閉ざされるから自殺が多い。 ー自殺率の世界分布地図を見るとー ・ロシアを中心にユーラシア大陸で自殺率が高く、 ・インドやイギリス、スペイン、イタリア、ノルウェイなど ユーラシア大陸周辺部、及び北米大陸で低く、 ・ラテンアメリカではさらに低いという状況が見てとれる。 自殺率が低くはなかったロシアが、1991年のソ連崩壊後の自殺率が急増、 現在は断然世界一となっている。 また、米国、英国、カナダ、オーストラリアといったプロテスタント国、 及びイタリアは、以上の国々と比較すると低い自殺率水準で推移している。
ー日本の自殺率の高さと推移についてー 日本では、自殺が文化の一部になっているようにさえ思える。 過労や失業、倒産、いじめなどで、自殺で自身の名誉を守る、責任を取る、 といった倫理規範として自殺がとらえられていて、これは他のアジア諸国や キューバでもみられる傾向である。 ・第二次大戦後、社会保障が整備される以前は高齢者の自殺率が高かったことや、 戦後の価値観の大転換などで若者の自殺率が急増したことが原因で1958年の 自殺率25.7人は過去最高の値になった。 ・その後、1959年国民健康保険法施行、1961年国民皆年金など社会保障制度の充実や 1960年所得倍増計画に代表される経済成長目標の国民的普及により、自殺率は、 15人前後への低下した。国民全体で明るい夢を抱いていた時代だった為だ。 ・その後、1973年のオイルショック前後から自殺率は上昇に転じた。 あまり注目されなかったが、1983年の景気後退は自殺率の急増 (前年の17.5人から21.0人へ)を招いた。 ・1997年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けの大型金融破綻 事件がきっかけとなり、98年の5月にかけて失業者が急増し、自殺率も、 97年から98年にかけて18.8人から25.4人へと急増した。 このときは自殺者数も前年の2万3千人台から、一気に3万1千人台へと 急増したこともあり社会的に大きく注目を浴びた。 そして、その傾向は十年経つ現在も続いている。 −− 時代の変化と、それによる経済的困窮が自殺の要因として大きくなる。 激変の中、生きていくことは大変である。 「死にたくない」と同じように 「死にたい」という気持ちも自然である。 死など存在してないのだから、気持ちの一現象でしかないが。 ーーーーー 2004/07/24 1208, 自殺 3万4427人
昨日の新聞の一面トップに、昨年の自殺者が前年より7�佑眩�加して 3万4427人と報じていた。 ー内容をまとめてみるとー ・原因として、病苦が45�諭�経済苦が25�� 特に経済苦の増加が目立って増えている ・40歳以上が、4分の3を占め ・男女の比率は、男子が70�諭⊇�子が30�� ・鬱病が30〜70�諭B召寮鎖声栖気鯑�れると、殆んどが精神疾患があった ・1997年まで、年間2万〜2万5千人と推移していたが、 1998年から3万人台になり、ついに3万4千人になってしまった ・職業別に見ると、無職が半分近くだ
20万都市で週に一人が、日本全体で毎日94人が自殺で亡くなっていることになる。 大都会の真ん中で失業をして、駅などの人ごみの中にいると、ふっと虚無が 自分を覆いこみ電車に飛び込みたくなる衝動に駆られるという。 何か解るような気しないでもないが。 「自殺は最後に残された意思の遂行」というが、その心中は当人でなくては 解るはずがない。しかし自殺をしようとする人の大部分が 「ほんとうは死にたくない、誰かに声をかけてもらいたい」という。
歳をとり、連れ添いに先立たれ、重い病に侵され、一人孤独に毎日を 過ごしていたら、自分でも死にたくなるだろう。 簡単に「自殺はすべきでない」というが、絶望と孤独の岸辺に立っている人 の立場からみれば、その苦しみをから解放される唯一の方法かもしれない。
ゲーテの「若きウェルテルの悩み」の中で、主人公ウェルテルと愛するロッテの恋人 (後の亭主)のアルベルトとの自殺の議論があった。 ーウェルテルは人間の本性には限界があり、喜び、悩み、苦しみもある程度まで 耐えられるが、限界を超えると破壊してしまう。自殺は、けっしてバカな人間や 卑怯者がするのではなく、生きることに悩み、迷ってどうしても出口が見つからない 時に仕方なくとるものと主張した。一方、アルベルトは自殺に対し徹底的に反感を持つ。 彼は「苦しい人生を対し忍ぶ事ができない‘弱さ’から引き起こされる」と考えていた。
この世で最も尊いものは、愛である。しかし、人間に喜びを与えるはずの愛が 悲劇のもとになることもある、それがまさに、ウェルテルの悩みを引き起こした。 最後には、そのウェルテルが自殺をしてしまった。
死ぬには死ぬなりの悩みと苦痛の蓄積がある。 生きることも、生きるだけの理由もある。 自殺について語る資格は私にはない。 ただ、死にたいと思ったことは一度もない! いや、若い時にあったか? 地獄も天国も、この世にあるものだ。 地獄の業火(精神の激痛)に焼かれてこそ、自殺の意味が解る!
・・・・・・ 2015/10/27 閑話小題 〜自殺って何でいけないの? ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子 * 自殺って何でいけないの? 〜問い: 自殺は本当にいけないですか 〜相談者無職男性50代 ≪50代の無職男性です。自殺について相談します。自殺者は13年連続で 年3万人超と報道されています。世間一般的には自殺は良くない、弱い人間の することだという暗いイメージができあがっています。どんな理由があっても、 自殺は絶対にいけないと言います。でも私は、自殺を正当化できないか、後ろ 暗いイメージを残さないで自死できないかと考えてきました。人に迷惑をかけ ない方法で自殺するとしても、本当にいけないことでしょうか。将来性のある 小学生や中学、高校生の若い子たちが、いじめが要因で自死を選ぶのは肯定 できません。でも私のように50代で無職、独身、今までにやbたいよにや⊃て きたし、親しい友人や知人もいないし、兄弟親戚もいないなら、遺族となって 悲しくつらい思いをさせる人たちもいません。特にこだわることも無く生きて きて、年金保険料は25年以上納めました。私が年金支給年齢に達する前に自死 を選択すれば、国から支給されるはずの年金は国庫に戻ります。将来の年金を 支給するための財源として、消費税の増税をしようとしている政府にとっても、 私が自死すれば負担は軽くなり、究極の社会貢献だと思います。 世間一般的に言う将来を悲観しての自死ではなく、明るく前向きな自死だと 私自身は思うのですがいかがでしょうか。≫ ≪ 答え: 正直に弱さを認めましょう ひとは社会的な理由からではなく、個人的な理由から自殺します。 冒頭「世間一般的には」と書き起こすあなたは、自殺する気が、はなから ない人とお見受けしました。するってえと、このご質問の意図は? ☆ 解釈そのー。 回答者に議論をふっかけてどんな答えが返ってくるか相手を試す。 残念ですがそんな一般論に付きあっているヒマはありません。 ☆ 解釈その2。「自殺の正当化」の理由を求めているあなたは、この欄の回答 をその司正当化」の根拠にしようとしている。自殺は積極的なアクションで あり、遺書は生涯最後の命をかけたメッセージ。そこに「朝日の悩みのるつつぼ で、こんな回答をもらったから」なんて書かれてはたまりません。その手は桑名 の焼きはまぐり。そもそもこの欄の回答には、命をかける値打はありません。 ☆ 解釈その3。信念や信条で自殺なさるならとくにおとめしません。ただし あなたのその信頼にわたしは同意しませんし、つまらない信条だと思います。 くりかえしますがひとは社会的な理由から自殺することはありませんし、あなた が言うように「将来を悲観して」自殺を選ぶこともありません。ひとは個人的な 理由から現在を悲観して自殺を選ぶので、現在とくに死ぬ理由がなければ、 ホンモノの自殺志願者から自殺をロ先でもてあそぶ者と、怒りを買うでしよう。 ☆ 解釈その4。この文章には書かれていない何かもっとべつな理由で、 あなたは死にたいと思っており、それを引きとめてほしいと思っている。 そもそも本気で死ぬつもりのひとは、お悩み相談なんてしません。 「死にたい」メッセージは、その実「死にたくない」メッセージ。 自殺者がたび重なる自殺予告をすることは知られていますが、それはその メッセージを受け止めてほしいという心の現われです。 ▼ 誰も、好んで自殺をするのではなく、それだけの苦しい理由がある。 自殺も、時と場合によって肯定されて然るべきである。誰が社会的理由で 自殺をしなければならないのか? その辺が中途半端。自殺の正当化など、 死んでしまえば、如何でもよいこと。但し、身辺の人を傷つける気遣いは?
・・・・・・ 2013/01/27 自殺者増加の意外な要因
昨日の朝日新聞に「自殺者増加の意外な要因」のレポートであった。
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2021年04月18日(日)
* 図書館がガラガラ ◉ 図書館の入館者が少ないが最も危険な場所で、平気で行くだけ隙があると いうことか…。 読書コーナーで坐っているだけで心休まるが… これを習慣 付けると、追出されそうだ。これも最終的には電子本に取って変るのだろう。 暇ということは、知的好奇心を沸かす。としても、図書館の有効性を教えて くれた人は学生時代には居なかった。 50歳半ばにブログを立ちあげて、20年に 至るが、それで少しの穴埋めが出来た?
◉ 10年前のリタイア後に世界観が一変した。知らない世界が…あまりに多い ことに気づいた。まだ気づいたから、少しは穴埋めが出来たが、それも、知り えた周辺。 車で5〜6分程のところに図書館が有るため、助かってはいるが! これに52回の秘異郷ツアーと、TVの教養番組が小さい世界を埋めてくれる。
◉ 老いが加わるにつれ、人生の有限性を実感する。この年齢に至ると、モット 枠を超えた経験をしておくべきだったという後悔も加わる。有名画家の絵画と 直面すると、作品の絵画を通して永遠に書き留めた想念である。老いるという ことは、甘くはないが、その年齢なればこそ実感することがある。 先日、刑務所の中学校の卒業式があった。その日、涙顔で男が言うには、 <教育の有難さを知っていたら、犯罪を犯すことはなかった!>…が印象的。 行き付いた結論は… 【平々凡々でいい。明るく、優しく、質素に、清潔に、日々、是、好日で、 笑って過ごせれば充分‼} 年齢相応になるが、それで良い。面白けりゃ、 充分だけでは、何かが物足りない。 としても、 【 凸凹あったが、それらを込めてあまりに面白かった!…】
・・・・・・ 6974,閑話小題 〜『私の家って、何処?』 2020年04月18日(土)
* 遥か遠い記憶に残ってるのは? 50数年前の学生時代、新宿の早大近くにある学生寮近くを歩いていると、 少女が突然、血相をかえて…『私の家って、どう行くの?』と聞いてきた。 『何処にあるの?』と聞き返すと…『それが分らないから、聞いているのよ! 私の家よ、そんなことを知らないの?』と怪訝な声で怒りだした。 そこには 素朴な発想が見てとれた。何やら哲学的であったが妙に今でも、その新鮮な 幼女との一瞬のクロスが… 私たちは、この感覚で世界を見ているのでは…? 自分が知っている常識が、他と違うことに気づかないで、当てはめようと… それが世間ということだが… 小さい世界観も悪くはないとしても。 ― * 新型コロナ騒ぎで表立ったことは… あの文明最先端と信じて疑わなかったアメリカが、こと医療制度に関しては、 後進国並み…? それが、この新型コロナで露わになった。一般人は、その高額 の医療費にしり込みをし、受診に躊躇をする。病院側も当然、窓口で門前払い。 これがニューヨーク州で、あれだけの感染につながった。それさえ、ニュースに ならないのがアメリカ社会の実態。死者の多くが…3+30%以外の、67%の下層の民。 この構図は、日本にも当てはめることが可能。それでも、真面目な日本は社会保険 制度があり、手厚く保護されている。3%、30%の壁が歴然としてあるのはタブー。 一度、ランク落ちをすると、元に戻るに… 新型コロナの蔓延が厄介なのが、67%の階部分に直撃したこと。 3+30%層の 人たちにとって、何これ? だが、67%層にとっては命綱になる。解っちゃいるが、 表立って口に出せないため、問題が残る。 …嫌なことだが、現実社会のの定め。 ― * シリアスになるが、逆もある 前科者、倒産・破産者は、最下位の3%へ押しこまれる。そしてその上の30%層 の攻撃対象になり、それは残酷なリンチが… ならば、それを逆に楽しめばと、 気晴らしに自分の一日のプログラムの世界に入りこみ、『閉』の『門』の『木』と なれと、超然とした日々を過ごすしかない。 これも慣れると面白い。TVドラマ、 映画館、読書、ネットサーフィンの世界が現実生活を覆い被ってくる。 縁は因を 呼寄せて因縁の結果、現実世界を塗り替えてくれる。 そして、この新型コロナの パンデミック。足元から火の手が上がり右往左往。 フッと気づくと、自分自身が、 弱者の立場に様変わり。如何にあがいても、助かりようがない。僅か9年前の経験 したこと。 …これ、短期間なるが故に、容赦ない。 外には冷たい雨の音!
・・・・・・ 5512,人類史上最大のバブルが弾ける時 〜�� 2016年04月18日(月) 〜【中国とどう付き合うか】人類史上最大のバブルが弾ける時 熊谷亮丸『大和総研』チーフエコノミスト * 中国の成長モデルは賞味期限切れ 隣りの中国は、今や世界恐慌をもたらすかもしれない火薬庫でもある。 経済の失敗を覆い隠すために、戦争を仕掛ける可能性もあり、その時期が、 3〜5年先かもしれないというから、尋常の話でない。日本は、大地震と 大噴火、そして異常な国債過剰などを抱え、中国経済の問題は、他山の石 ではない。現役だったら、その危機感は想像を超えたものだろう。特に、 地方は、激流の波の被害を一番早く受けることになる。問題は、その後の、 日本への難民の処遇問題になる。 グローバル化とは、こういうこと! ≪ 中国の成長モデルは最早、賞味期限切れが近付いている。 構造問題が山積しており、経済的・社会的な矛盾が臨界点を超えつつある。 経済面では、政府との癒着が続く中、国有企業の改革は遅々として進まず、 労働生産性が低迷している。 国有企業は利益を配当として政府に還元する ことなく、非効率な事業への再投資を続けている。経済の牽引役は依然として “箱物”中心のインフラ投資で、経済のサービス化も遅れている。 結果として民業は圧迫され、規制緩和等を通じた民間企業のイノベーションは 進展していない。社会構造の面では格差が拡大・固定化し、低賃金労働者の不満 が溜まっている。社会保障・教育・医療等のセーフティーネットの整備が不十分 であることも、消費低迷を助長している。 中国には“ネズミ族”という、地下の明かりの無いところで共同生活を送る 貧困層が100万人以上存在すると言われる。その多くが地方からの出稼ぎ労働者 (農民工)だ。彼らの部屋に窓は無い。その暮らし振りは、宛ら洞窟で生活する ような印象だ。 これらの構造問題を根本的に解決しない限り、中国がどれだけ 公共投資等のカンフル剤を打っても、それは問題の先送りに過ぎない。 将来的には、より一層膨張した“バブル”が弾けるという最悪のシナリオが 不可避となるだろう。 ここで、中国で“バブル”が崩壊した場合の潜在的なマグニチュードを定量化 しておきたい。 筆者のシミュレーションに依れば、 〔資本ストック調整が本格化する“メルトダウンシナリオ”では、中国の潜在 成長率は1.6%まで低下し、実際の経済成長率は大幅なマイナスに陥る。〕 勿論、一般論として言えば、世界経済のドライバーは依然としてアメリカで あり、決して中国ではない。仮に中国経済が少々減速した場合でも、日本経済に 与える影響は軽微なものに留まろう。しかし、中国経済が“メルトダウン”する 場合には、全く別次元の話となる。その影響は、〔世界経済を奈落の底に叩き 落とす程の強烈なインパクトを持つ〕ことになりかねない。中国の政策当局には、 自らが置かれた状況を的確に認識した上で、中長期的な構造改革と、短期的な カンフル剤に依る景気刺激策をバランスよく講じて、何とか中国経済を “ソフトランディング”に導くことを切に期待したい。尚、中国での“バブル” 崩壊に伴う日本への悪影響は、主に中国向け輸出の低迷と、消去法的な 円高進行を受けた他地域向けの輸出低迷という2つのルートから生じる。 中国人に依る“爆買い”の消失を懸念する向きもあるが、2014年のデータでは、 日本の対中輸出は13.3兆円程度と、訪日中国人の日本での消費額(5600億円程度) の24倍に達する。つまり、中国向けの輸出は中国人に依る爆買いよりも、日本 経済に与えるインパクトが遥かに大きい。中国経済の減速に備えて、我が国の 政策当局は何をなすべきか? “Do your homework.(自分の宿題をやれ)”と いう言葉があるが、日本政府は自らの積残した課題に粛々と取り組むべきだ。 現時点では、当初のアべノミクスの3本の矢の中で、“第1の矢”(金融政策) に過度な負担が集中しており、構造改革は若干遅れ気味である。今後は、 �’清函Π緡邸Σ雜遒箸い辰進�野における所謂“岩盤規制”の緩和 �⊆匆駟歉秬�度の抜本的な改革を通じた財政規律の維持等の国民にとって 耳の痛い構造改革を断行することが、最大の課題となるだろう。≫ ▼ 今回の熊本地震、まさか九州の中部で大地震が起こるとは思っても いなかったようだ。そして、いざ災害になると、その準備態勢が如何に 甘いか知ることになる。これは、中国のメルトダウンに対しても言えること。 問題は、弱者ほど、その対応が不十分ということ。「弱者だから準備ができ なかったからではなく、準備をしてないから弱者」 とも言えることになる。 「南海トラフト地震が本陣とすると、その一部の部隊が動いた一現象」か! 東北大震災が本陣とすると、中越地震、刈羽沖地震、一連の東北地区の地震が、 熊本大地震にあたる。 直近でないとしても、本陣が控えていることは事実。
・・・・・・ 5877,世界がもし100人の村だったら お金篇 〜1 2017年04月18日(火) 『世界がもし100人の村だったら お金篇 〜たった1人の大金持ちと50人の貧しい村人たち 』 池田 香代子 (著), C.ダグラス・ラミス (著) 〜まずはAmazon(内容紹介)より〜 ≪ 「お金」を糸口にすると、世界の仕組みがよりリアルにわかる! 累計160万部のシリーズ最新 世界のGDPは2000年からの15年で2倍以上になりましたが、 貧しさはなくなりません。 世界がもし100人の村だったら 1人の大金持ちの富と 99人の富はだいたい同じです。 なぜ、そうなったのでしょう?
イギリスのEU離脱、トランプ大統領就任…… 新しい時代に生きるわたしたちが知っておくべき世界の実態を わかりやすい数字と解説で紹介する 新『100村』の「お金篇」、緊急出版! ≫ ―― 主な個所を抜粋 ―― ▼ 出版以来、15年経過するが、 ・ その後の世界はネットが飛躍的に普及し、 世界の半数近くがネット環境を持つようになった。 ・ 人口は60億人から73億人と20%増加。 ・世界のGDPは2倍以上になりましたが、貧しさはなくならない。 ・100人のうち、 26人が子供で 74人が大人で、 8人がお年寄り ・60人がアジア人で、 16人がアフリカ人で、 13人が南北アメリカ人で、 10人がヨーロッパ人で、 あとは南太平洋地域の人です。 ・54人が都市に、46人が農村や砂漠や草原に住んでいる。 その都市に住む54人のうち12人がスラムの住人です。 ・33人がキリスト教 23人がイスラム教 13人がヒンドゥー教 7人が仏教を信じている 18人が、ほかのさまざまな宗教を信じているか、 あるいは何も信じていません ―― ▼ 僅か15年で、世界の人口が2割も増えているとは驚き。 このままいけば20年数年後に100億人になる。地球にとっては 異常な人口過剰状態になる。そこで起こるのが何らかの自然淘汰。 そして現在起きている一強多弱の世界。そこには当然、争いが多発する。 「お金は、剥き出しの真実」とすると、この<お金篇>は、 シリアスの世界を、そのまま写しだすことになる。 〜つづく
・・・・・・ 5147,1%による1%のための勝利戦略 ー�� 2015年04月18日(土) 【金持ちが確実に世界を支配する方法】スーザン・ジョージ著 ー内容紹介ー 〜ネットにあった概要の後編より ≪・本書の前半では、「第1回報告」(これも架空)を振り返り、社会、経済、 環境問題の展開を検証する。後半では、「階級闘争必勝戦略」の提言を行う。 「階級闘争必勝戦略」は、投資家で世界第三位の大富豪ウォーレン・バフェット の2006年の発言、「階級闘争があると言いたいなら、そう言ってもいい。しかし 戦いを仕掛けているのはわれわれの階級、金持ち階級のほうで、勝利は目前だ」 から取られたものであり、1%の野望をはずかしげなく洩らしている。 ・本書によれば、リーマンショックにもかかわらず、1%への富の集中は進んで いるので、彼らが仕掛けた階級闘争は順調。彼らの「必勝戦略」は、ひたすら 99%を洗脳する事と、言い変えると「文化的乗っ取り」あるいは「メディア戦略」。 「民主主義をお払い箱に」にし、人権を縮小し、自由競争や自己責任の言葉の 連発で、新自由主義に洗脳することが、1%層の宿願である。 ・本書の架空の作業部会が、日本の採点をするとしたら、世界の優等生として 褒めてもらえそうである。福祉(医療、年金、生活保護)の切り下げ、消費税に よる99%層への収奪、一方では大企業への減税の大盤振る舞い、経済格差の進展、 実所得の低下、子どもの貧困率のさらなる悪化、東電福島原発事故の発生と その被害者の切捨て、秘密保護法の制定、集団的自衛権行使への動きとそれに 伴う軍需産業の動き、国民を犠牲にしても自由貿易を拡大しようとするTPP推進、 ますます政府の広報機関と化している新聞・テレビなど、日本で進行中の動きは、 本書が暴き出した「1%による99%支配の強化」の日本版と読替えれば、すべて 納得がいく。本書は、日本での動きが、世界を席巻するグローバリズム (新自由主義化)の一環であることを改めて教える。 ・本書の性格上、99%による1%への対抗戦略は書かれていない。1%が何を考え、 そのためにどのような手段を使っているか、を寓話形式で知らしめることが 目的だからである。99%が明日からでも実行可能な、1%への対抗戦略については、 ジーン・シャープ著『独裁体制から民主主義へ』がある。≫ ▼ この政策を実行するに、3つのS戦略が重要としている。 スピード (すばやく)、セクレシイ(知らせず)、ステルス(水面下)である。これに サプライズも加えることができるという。中国は、彼らと同じ体質を持っている。 この傾向は、短期間で達成している。地中海クラブに住む劣等国民には、憎悪 すら感じている。彼らは身に合わない生活をしてきたため、債権は、他の国が 払うべきと信じて疑わないが、これも時間の問題。アフリカ、中近東は、彼ら の手先の一部王族が、天然資源を独占、営利を貪っている。それがIS国として 大きなウネリとして支持を得ている。世界は、1%の人たちのためにあるようだ。
・・・・・・ 6607,閑話小題 〜クーエの法則 2019年04月18日(木) * エミール・クーエの言葉… <日に日に 私は あらゆる面で 良くなっていく> である。 このクーエの考えを発達させて、シャルル・ポードゥアンは 「努力逆転の法則」と定義している。 クーエの原則は以下の通りである。 ≪・ �� 意思は想像力に絶対勝てない。 �� 想像力は意思の力の二乗に正比例する。 �� 意思と想像力が同調している場合、そこから生じる力量は、 両者の和ではなく、積によってはかられる。 �� 想像力は誘導可能である。 ・以上を総じていえば、「想像は思考に打ち勝つ」という法則である。 自己暗示法の創設者フランスの精神科医・心理学者エミール・クーエに よって実証された。人生の方向は、おおかた、自分が日々どのように 考えているかによって決まってくる。 ・「すべてはますますよくなっていく。」の言葉をリラックスして繰り返し 静かに自分の心の深み(霊)にこう語り掛けていると、だんだん否定的な 思いから解放され、すべてがよくなっていくように思えてくると気力が回復し、 体調もよくなり、現実の問題に前向きに取り組む力が湧いてくる。結果として、 時間の遅速はあるが、生活のすべてがよくなってくる。自己暗示(想像)は、 その人の思考を変え、その人の人生を変えていくというのが、この法則」。 ・この法則、聖書的な原則でもある。「スピリット(霊)はマインド(魂・思考) を支配し、マインドはボディ(体)を支配し、ボディはライフ(生活)を支配する」 という法則。霊が健全であれば、魂が健全になり、体が健康になり、生活が健全 になる。だから、霊の健全性を保つことが一番大切である。もちろん「原則 」には、時と場合によっては「例外」もある。≫ ― ▼ 姉の一人が両親に次ぐ指導者であった。10歳の頃、勉強に目覚めさせる戦術。 <まず一つの科目で優をとりな、そうするとコツがわかってくるし、面白くなる> そして14歳時に、<いま成績を上げておかないと、一生、手遅れになる。両親に 口添えしてやるから東京の高校に挑戦しなさい> その言葉で周囲を見渡すと、 手遅れと、手遅れでない同級生が二分されていることに気づき、猛勉強をした。 無理だったが、それで何と 地元の受験校に何とか合格。 そのチャレンジが なかったら無理。そして、最後に、大学の頃、 < よ〜く見ておきなさい。私の夢が、日々、切ったはったの商店だけは嫌でね、 東京郊外の辺りに、庭のある小さい家にと温和な旦那と子供に囲まれた生活を 夢見ていた。それがフッと振り返ると、そのまま有るの。それにはね、何になり たいか、何をしたいかをハッキリさせてイメージを具体的に持つことよ > そして一年後に、創業を目指すという立志、二年後に欧州一周旅行に行く キッカケになった教えである。 時は昭和40年代、日本は高度成長真只中、 本屋の書棚には、このクーエの法則を発展させたような本が多く並んでいた。 この法則は、まさに肯定思想の自己暗示そのもの。司馬遼太郎の歴史小説が、 …世界が緑の原野、それも木々の枝には鈴なりの果実が実っているような原野に。 <日に日に 世界は あらゆる面で 良くなっていく>の バブルの世界に。 しかし、こと情報革命がもたらしている、情報社会の面白さと、それが齎す現象 に関しては、この言葉が、あながち間違っているとはいえない。 クーエの原則の想像力を映像力に置換えると 【 �� 意思は映像力に絶対勝てない。 �� 映像力は意思の力の二乗に正比例する。 �� 意思と映像力が同調している場合、そこから生じる力量は、 両者の和ではなく、積によってはかられる。 �� 映像力は誘導可能である。】 とあいなるが、 この映像力を、ネット力、AI力に、置換えると、更に考えさせられる。
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2021年04月17日(土)
* 今年は鶯の鳴き声が… 今年の桜開花の頃に聞こえてくる鶯の鳴声が聞えてこない。 不思議に思ってベランダを見ると数年前に、猫とカラスよけに付けた、‘鬼顔’ のボンボリがシッカリと付いたまま。そういえば、遠くからは鳥の鳴声は聴こえ ても庭からは聴こえてこない。猫にも反応があったが、現在も効果が続いていた。 何時も17時半に、ペットのインコに挨拶に来る野鳥の鳴き声も聞こえてこない。 生物は、外敵に敏感ということか。 …そういえば、隼の人形も取りこんだまま! 後で鬼顔を取りこんでみようか。 ― * コロナ禍も第4波が… ◉ コロナ禍騒ぎも、そろそろワクチンの投入で先が薄っすらと見えてきたが、 これが本当に救世主になるのか、時間が経過しなければ分らない。 何やら、 国民の苛立ちは政府に向かうのは歴史が証明している。そこに国境争いに目を 向けるのが世の常。 大国ほど、隣国の弱点を探して攻撃したくなる。何やら パンデミックも疑えば、そのとおりに思えてくるから… ロシア、中国にとって、 このパンデミックは、有事なればこそ有利に働いている。孤独、孤立癖が元もと あるため、この時世の空気には寧ろ私にあってはいるが… やはり、非日常は 日常が明るい方が遙かによい。この空気感は、一年前の欧州、米国そのものに 想えてくる。
◉ 若い人は、<現に身近に、コロナに罹った人は居ないので、実感が湧かない為、 気持ちにスキが出来て、対策が徐々に甘くなってきた!>と、TVインタビューで 答えていた。実際に陽性ともなれば、人生の半分は破壊されるシロモノ。そんな 甘くない! 良いとこの人生を味わいつくし、あとは、流れに身を委ねれば良い だけの年寄りと、若者とでは雲泥の差が歴然とある。
― * 去年の同月同日のテーマ日記を読むと 去年かいた時より、生々しく進行が進んでいると思えるのが怖ろしい。 決して内容がオーバーでなくて、恐れの真実味が増している。国民の弱者への 重圧が日々刻々と圧し掛かっている。島国なればこそプラスもマイナスの大きい。
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6973,閑話小題 〜つれづれに…「新コロナ感染」について ー2 2020年04月17日(金) * ついに日本にきたか! ニューヨークの惨状は、平和ボケした日本人には信じられない事態だが、 それが現実に起きようとしている。阿部首相の東京オリンピック開催の拘りが 初動を遅らせたことが大きい。アメリカの惨状のトランプのそれと似ている。 トランプの罪は大きい。社会保険の仕組みを、オバマ憎しで壊してしまった。 そのお陰で、弱者は病の門前払いが、多くの潜在的保菌者を増やしてしまい、 このあり様。 韓国が、こと新型コロナ騒ぎでは、ソツなく 切抜けた。朝鮮戦争の終結がないままの戦時体制が、細菌の病に有効に働いた。 その結果、政権側が選挙で勝利を収めた。阿部首相の、これからの対処次第で、 その責任を問われることになる。日本人は、いざとなると結束は固ため何とか なる?という淡い期待が国を亡ぼすことになるのか? これ幸い遊びまくった、 志村けんが、その恐ろしさを喜劇的に身をもって教えてくれた。…まずは今日 から連休明けまでのラウンドが、どの程度で終わるか。 ― 悪い時には、悪い人物が、悪い立場に腰を構える。ドイツのヒットラー、ソ連の スターリン、中国の毛沢東をみれば歴史が教える。その現代の典型が、トランプ、 阿部、中国の習主席になる。権力を持つと暴走するのが、歴史が教える真実。 ‘まずは1人あたり10万を配るから連休明けまで家でジッとしてろ’ってことか。 この3週間は日本は修羅場に…。 経済も大方4割は、何時潰れても不思議で ないところ。逝くのは逝く。 一般的には…『売上消滅!』が実感とした日々だ。 恐ろしいのが、第二波、三波の可能性。 …テロリストが、安上がりの甚大な 効果に気づいたこと。彼らは、自身を感染させて、繁華街を動き周る…? それらをドローンで散布も手軽にできる。この結果が齎したのが、如何に世界が、 脆い土台の上に、構築されていることに万人に気づかれてしまった。 知れば知る程、この問題は大きな問題提議をしてくれた。落としどころが 見当たらないから、始末が悪い。
・・・・・・ 6606,読書日記 〜ソックスに話しかける 2019年04月17日(水) 『人生がときめく片付けの作法』近藤麻理恵著 * 人生に応用できる道理 TVで紹介していた整理術が、何やら、この「テーマ日記」として続けている 情報管理に似ている。毎日、入ってくる膨大の情報の中で、琴線に触れたのを テーマにして、それを物語風に管理をしている。それを同月同日に振りかえり 読返す。また、キーワードで内部検索が可能が、最大のメリットになる。 ネット上に公開する利点と欠点が有るが… これも利点3、欠点1として 割切っている。 理性として、感情面でも琴線に触れるときめいた内容を、 自分に、他者に向かって物語る。それはネット上に外部脳化することになる。 人生で80年、人間として地球上に生まれ出て、様ざまな触媒と供にして、 深く広く経験と、知識をえる。それは「ときめき」「驚き」として行蔵として 内部化をする。 ある意味で、アニミズム風のところがある。
≪ 「こんまり流」の片づけ術は、今まで聞いたことがないアプローチです。 思い出のアイテムを一つひとつ家にとっておく代わりに、近藤さんは読者に 問いかけます。「一足の靴下からオーブンにいたるまで、その一つひとつが、 (あなたの)喜びをかきたてる“ときめく”アイテムですか?」と。 答えが「イエス」なら、そのまま持っていてもOKですが、もし「ノー」だったら、 そのアイテムの役割は終わりました。感謝して手放しましょう。 そして古いスプーンが「ときめき」を感じるかどうか自問するよりも、 さらに目を見張るのは… …近藤さんの「洋服のたたみかたと収納法」です。 「洋服は、下から上に積み重ねて収納するべきではありません」と近藤さんは 語ります。そうすると、スペースも必要になり、下にしまった服には、積み 重なった服の重みがかかってしまいます。 洋服は、引き出しのなかで “立てられる”ように、取り出しやすくコンパクトにたたむべきなのです。… …難しそうですか? ≫ ― ≪「私たちはなぜ片づけをするのでしょうか? 部屋や物が幸せを運んでくれるよう 片づけるのでないならば、全く意味がありません。残すものと捨てるものを選ぶ 一番大切な基準は、それを残すことで幸せになれるか、ときめくかどうかにある」 この驚くほど効果的な考え方は人生にも当てはまる。悪い人間関係や有害な考え方 といった不要なものは、捨てたほうがいい。≫ ― ▼ ソックスを何故に丸めないでたたむのか? 「ソックスを休ませるため」 という。あなたの足を守るため働いてくれる、それを休ませるため、それを たたむことで休みやすくする。それに感情があたかもあるようだ。 このテーマ日記も、恐らく来年の同月同日までは、目にしないが、一度、丁寧に パックをしておけば、今後何度も、対面できる。だから、続けることが出来る。 それを身の周りに応用すれば良いという。手放すとき、運の尽きた洋服に対して、 声を出して言う。「買ったときには喜びを」と、また、何が似合わないか教えて くれてありがとう」… と。 書棚も然り。自分のためでなく、本のためにも。 こうして周囲を振返ると、つくづく見方が変わってくる。 私は何をしてきたのだろう。全てが未熟で、放漫で、無知で、我がままで… やはり、死のリセットが必要ですか? 今さらだが、「我が人生に、後悔有り」。 傍からすれば「何を今さら」だが、気づかないから生きてこれたということ。
・・・・・・ 4040, 汚れつちまつた悲しみに ー3 2012年04月17日(火) 7年前の同月同日に若い時分の挫折体験について、次のような文章が書いて あった。傍からみた現在の私は、このようだろう。ところが今回の挫折体験の 心の傷は、これほどでもない。逆にいえば、茫然自失まで至ってないためか、 若さを失ったためか。青年期の幾度の挫折体験で、よくぞ狂わなかったものと 思うほど心の傷は深かったが、今回は、魂まで切っ先が届いてない。 長年の読書と、経験、人間関係の構築のベースがあったためである。 特に若い時分の挫折体験と、長年の読書の蓄積が大きい。それとも悲しみを 遥かに超えた多くの体験のためだろうか。それにしても、真似た文体としても、 血だらけの挫折体験が、そのまま出ている。書くということ、書き残した自分 の文章を改めて読み返すことの意味(価値)を、この文章で知らされた。 【 1475, 汚れつちまつた悲しみに ー2 2005年04月17日(日) 】 「汚れつちまつた悲しみに」の「汚れ」を「倒れ(挫折)」にして、 「倒れてしまった悲しみに」という詩を書いてみた。昔の何度かの挫折を 思い出しながら。 ー作成時、2005年4月16日 20時20分 ー倒れてしまった悲しみにー 倒れてしまった悲しみに 今日も涙の雨が降りかかる 倒れてしまった悲しみに 今日も嵐が吹き荒れる 倒れたしまった悲しみは たとえば樹氷のように突き刺さる 倒れてしまった悲しみは たとえば黒い血海のよう 倒れてしまった悲しみは たとえば虚空の空飛ぶ蜻蛉よ 倒れてしまった悲しみは あなたの愛に気づくとき 倒れてしまった悲しみは 夢みた昔を懐かしみ 倒れたしまった悲しみは 倒した人を思いだす 倒れてしまった悲しみは 光りの日々が走馬灯 倒れてしまった悲しみは 独りの自分に出会うとき 倒れてしまった悲しみは 悲しい悲しい悲しみよ 悲しい悲しい悲しみよ 倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは ▼ 悲しむべき時には、悲しむが良い。 本当の悲しみが出てくるのは、 数年先になるのだろう。まだ、悲しむだけの余裕がないのかもしれない。
・・・・・・ 6243,閑話小題 〜「オクサーの姫」 2018年04月17日(火) * 逆ハーレムのお姫様 ーオクサーの姫 「オタサーの姫」とは、 < 男性の割合が多い文化系サークル(オタクが集まる ようなサークル)に存在する数少ない女性メンバー。サークル内では希少な存在 であるため、圧倒的美女でなくともオタク男性メンバーに姫扱い… サークル内では希少な存在であるため、圧倒的美女でなくともオタク男性メンバー に姫扱いされることから「姫」の名を冠している。早くいうと、「逆ハーレム状態」 の女オタクのこと。>
学生時代の、今でいうシェアハウスのような25室の寮に二人の女子がいた。 何故か一人は勤め人。寮内のコンパに、時々、二人を呼んで騒いでもいた。 別に気どるわけでもなく、寮生活に馴染んでいたようだ。高校は男子校だが、 学年400人中に、7〜8人の女生徒がいた。その一人に政治評論家の櫻井よしこも いたが、御付きのような男ども数人を従えて、そっくり反っているように窺えた。 受験校出身の女性の「オクサーの姫」の一人が家内ともなれば、愚痴の百も言い たくもなる。常に男目線を意識している板付きの「かまとと」。内心は女尊男卑 そのもの。しかし、男は女性には優しいもの。12,9,7,5歳、年上の姉の下で、 全身全霊で気遣いをして育ったためか、踏ん反りかえった女性には近づかない ことにしていたのに、何を血迷ったか…。執事というより、下男。しかし独身 真只中の20歳代半ばの数年は、女性中心の職場。「群れた女は猿集団」と割切り さえすれば、扱い方次第で、これほど面白く、楽しい日々はなかったのに…。 オクサーの姫のような孤島で起きた事件があった。 【 戦中から戦後にかけて、太平洋の小島・アナタハン島に日本人の女が1人と 男が32人取り残されてしまった。軍に救助されるまでの6年間、女をめぐって の殺人や行方不明者が相次いだ。一匹の女王蜂をめぐって壮絶なまでの生と性 の闘いがくり広げられ、 十二人が殺されたり、死んでいったという謎と猟奇に 包まれた事件。】 事実は小説より奇なりというが、この軽いのが男子校のサークル内で日々… 魔性の女による、危険な遊びが。 巷の奥行きは深い!
・・・・・・ 5146,1%による1%のための勝利戦略 ー�� 2015年04月17日(金) 【金持ちが確実に世界を支配する方法】スーザン・ジョージ著 まずは〜内容紹介〜より < 世界中の富裕層のみなさん、お喜びください。完全勝利は目前です。 ただ少々、問題がございます――。世界金融危機で痛手を被ったかに 見えた1%の富裕層。再び立ち上がり、さらなる富を手にした彼らは、 一体どのような手段を取ったのか。『なぜ世界の半分が飢えるのか』の著者 が「報告書」という形をとって、グローバル化された収奪のシステムを暴く。> ネットに、概要を簡潔にまとめた内容があった。 ≪ ・ 多国籍企業が国境を越えて自由貿易および市場主義経済を拡大させる、 グローバリズムの動きがますます急である。これに伴い、世界中で上位1% への富の集中が著しい。最近は1%どころか、さらに最上位0.1%へ富が集中して、 アメリカの場合には2012年で、純資産が2000万ドル(約20億円)を超える富裕 層上位0.1%の人々の家計に、米国全体の富の23.5%が集中したという。 各国の福祉は切り詰められ、99%の窮乏化は進む一方。誰が一体、 このような事態を引き起こしているのか。 ・ 本書は、反グローバリズムの旗手である著者が、1%が委託した、ある架空 の作業部会が作成した架空報告書(今回は2回目の報告書)という寓話形式で、 鋭い皮肉と風刺を用いて、支配している権力者の思考方法と支配メカニズムを 暴き出したもの。架空とはいっても、支配者の論理を知り尽くした著者が、 実証データを駆使し書き上げたものであり、「陰謀論」の批判は全く当たらない。 「スイスの某リゾート地で毎年開かれる1%層のための経済フォーラムが、 秘密部会を設けて世界情勢を分析した内容」とでも想定すればイメージが ピッタリである。・・ 〜つづく ≫ ▼ ここで、「階級闘争があると言いたいなら、そういっていい。しかし戦い を仕掛けているのは我々の階級、金持ち階級のほうで、勝利は目前だ。」と、 ウォーレン・パフェット(世界三位の大富豪)が述べている。たとえば、世界 の85人の手に、世界人口の半数、約35億人分と同じ富が握られている。 仮説の委嘱委員のような人たちは、自分には今もっているものを持つ権利が あり、他人に恩義を感じる必要がない、貧乏人は事業自得だ、民間セクターは、 公的サービスより常に望ましいと考えているようだ。著者が、「本書は、 事実に基づくフィクションで、信頼おける確実な情報源によるが、実際の 『作業部会』は、存在しない。だから、綺麗ごとを並びたてる必要がないため、 内容は辛らつで、核心をついている。何度も書くが、自民の保守本流はポチ! ・・・・・・・ 3674, 自己を見つめる −2 2011年04月17日(日) 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) 私たちは人生の現実を経験を介して初めて知られてくる、経験をして みなければ分からないのである。人生は、経験を通してその深みと広さを増す。 自分とは、経験してきた全てである。人生は様々な過去の追憶を返し、暖め なおすことしか、事実上何処にも存在をしない。良質な経験の積み重ねこそ、 人生を豊かに、実りあるものにする。 ー 第一章 経験 の中より ー 哲学者・ダガマーは経験について3つの点をしてきした。 ・まず第一に、それが誰も予見できず、見通せない仕方で生じてくる点である。 したがって、経験は常に新しさを含んでおり、経験がもたらす内実を、 まったく予測することができない。 ・次に第二に、そうした経験の過程は、いつも否定的過程であって、実際に経験 するまでは、当の事柄を知ってなかったことを痛感させられるわけである。 つまり私たちは徹底的に、浅見や独断を捨て去らねばならないことを教えられる、 とガダマーは断じる。 ・さらに第三に、それゆえに経験とは、本質的に、辛い不快なもの、期待の 幻滅を伴うものである。かつてギリシアの悲劇作家アイスキュロスが語った ように、人間は、「苦しみをとおして学ぶ」のである。それが経験ということ であり、こうして初めて人間は、真の洞察と自己認識を獲得するのだ、という。 要するに、経験をとおして、私たちは、あらゆる予見の限界と、すべての 計画の不確かさと、人間の非力さと有限性を、徹底的に思い知らされるわけ。 実際、こうした労苦にみちた経験を介して、私たちは、ほかならぬ自己自身の 人生の実相のただなかに立つことになる。そしてそれ以外に、どこにも人生 というものはない。私たちは、経験において初めて、自己自身と宿命的に向き 合うことになる。 経験のなかにこそ、自己自身があると言いうるゆえんである。 ▼ 人生を振りかってみて、経験の中こそ、自分があると、つくづくと思い知る。 その境界が自分の限界であった。だから迷ったら、とにかく、一歩踏み出して 行動することが、自分を広く深くする。「自分を見つめる」とは、自分の経験を 見つめることと同じである。 経験して初めて、知るが、それは否定的過程を 踏む事であり幻滅を伴なう。 とはいえ、落語の与太郎では?
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2021年04月16日(金)
* スケジュールどおりに… 4月半ば、それも首相がアメリカ大統領の就任挨拶の出発日に、スケジュール? どおりに?…自民党幹事長がオリンピック中止の可能性に言及。聖火ランナーも、 出発したが、全く盛り上がりはない。国民が、この開催は無理と判断している。 それにしても、この混乱… 酷いもの。 如何でも好いことだが… 100年前も確か東京オリンピックが中止になっていた。 〜ネットニュースより〜 ≪◉ 7月23日から予定される東京オリンピックについて、自民党の二階幹事長は 15日、新型コロナウイルスの感染状況次第で中止もあり得るとの見方を示した。 菅首相が五輪の実現に強い意欲を示す中、党の実力者の二階氏が表だって中止の 可能性に言及したことで、政権内に動揺が広がっている。二階氏は同日午前のTBS のCS番組の収録で「これ以上とても無理だということだったらこれはもうスパッ とやめなきゃいけない」と発言。「オリンピックで蔓延させたということに なったらなんのためのオリンピックかわからない」とも述べた。 ◉ 報道各社が二階氏の発言を速報すると、政府・与党内で「世論が中止の方向に 行ってしまう」(閣僚の一人)、「なぜ党の実質的トップが開催機運が低下する ことを言うのか」(五輪を担当する中堅官僚)などと、その影響を危惧する声が すぐに広がった。官邸幹部は「幹事長が公に中止と言うと、そこだけがニュース になる」と頭を抱えた。公明党幹部も、コロナ禍での五輪への不安を念頭に 「抑えているものが崩れてしまう」と述べた。首相は15日夜、訪米前に記者団の 取材に応じ、二階氏が発表したコメントで「安全・安心な大会の開催に向け、 しっかり支えていく」ともつづったことに触れ、「政府としても開催に向け感染 防止に万全を尽くしたい。これは変わらない」と語った。 ◉ 一方、立憲民主党の安住淳国対委員長は党の会合で「慎重に見極めなければ ならない時期が来たのではないか」と訴えた。国民民主党の玉木雄一郎代表は 「客観的にみて開催は相当難しい。政権中枢がバラバラに思いを言い、国民、 アスリートを不安にしている」と述べた。≫ ―― ▼ この時節、当然の言明であり、遅いぐらいである。外地目線でみれば、何で また、開催に拘るのか不思議だろう。 オリンピックも突き詰めれば利権絡みで 動きがとれないオリンピック利権団体の特別イベント! 被害者は、国内外に 多く存在するのに、アスリートだけが例外になるのか?
・・・・・・ 6972,閑話小題 〜つれづれに…「新コロナ感染」について 2020年04月16日(木) * 日が経過するほどに、 このパンデミックス、日が経過し、実態が表立つほどに、その酷さに、 未だに現実として受け入れられないのが現実である。居酒屋、スナックなどの 現場で<「志村けん」が亡くなった翌日から、来客がバタッと止まった>とか。 日銭でまわる現場は深刻。駄目なら、何処かでというのが、状況では、働き場が 皆無。昨日の朝日新聞の一面トップが「世界恐慌以来の大不況」の記事。 非常勤で食いつないでいる店員が、まず首を切られ、次が店の廃業が通り相場。 必死に老舗の店を開いてきたところも、救いようがない。 個人店は、飲食業だけでなく、物販も然り。TVをみれば、首長が口を揃え、 『ステイ・ホーム』と宣う度にドッキリ。働く意欲がなくなる。 9年通った スポーツジムも、日ごと会員の姿が減っている。 平日の昼の時間帯は、7〜8割の中高年の男女の姿がみられたが、これも1〜2割 に激減。 お風呂と、プールとホットヨガ教室は閉鎖をしているのを加えると、 1割ほどだろう。 夜の店で誰一人も来なければ、それは悲観的になる。… …それも、この数年来の災害と、不景気風で、体力を使い果たした上の、これ。 ― ‘暫くすれば客足が戻る’という想いこみが拭えないようだが、これも疑問。 かくも日常が脆くも崩れ去るとは… 私も9年前に、10年にわたった数羽の黒鳥 の飛来で、事業清算に至ってしまったが… それでも10年のスパンがあった! しかし、この一瞬のフリーズは2〜3ヶ月。考える間もなし!さて如何なる? 先行き予測不能とくれば…。 これは一種の自然災害で、怒りの矛先を見つけ ようがない。 半年もすれば元に近い状態で収束しそうと期待したいが、これは グローバルのフリーズ。 一人あたり月10万と、困窮家庭に30万のばら撒きも、 しれている。 誰も助けようがないのが実情。 ― 「私の苦痛が少しは分かったか!」と、一瞬で凍り付いた世界中の相手に、 何も言っても仕方がない。 9年前に、「こんな有得ないような現実が次々と、 やってこようとは…」と思ったが、これは、そんなものではない。 このところ、午後から1〜2時間のスポーツ・ジム通い。今日は行こうか、行き まいか迷う日々。「8割方、人との接触を減らせ」なら、あとはジムの休会だけ… 私の寿命が75歳と公言してきたが、あと数ヶ月になってしまった。私にとって、 それに相応しい事態の到来かも! こうなると、リタイアの年金暮らしは気楽 だが、やはり、不安感が強い。残った充実感だけが、心の支え。 ― 韓国と日本の、この問題対応の差が表立ってきた。韓国は成人病対策では 劣るが、こと疫病対策は万全。その比較を知る程に、ふるい上がる。日本は 東京オリンピックの開催で、初動が遅れてしまった。アメリカのニューヨーク州 と同じ道を辿りそうだ。いや、より悲惨の可能性がある。クラスター<集団感染) 対策に重点を置き、乗りきりを計ったが、失敗だったようだ。あとに残るのが ニューヨーク州の地獄絵。あと数日で、それが表立つのか?独自の行動変異を! というが、如何だろう! あとは寝室のTV前と、パソコン前で大人しく巣籠り しかない。あとは、ミニチャリ… …ということは、本来の習慣を繰返せばよい。 今までの疫病絡みの映画の世界が、今では現実世界になって、現れてきた。 敵は進化する細菌対人類の英知。 さて、どうなるのか。何かしら胡散ぐさい 臭いが気になるとしても、目先、乗りきらないと。 まさかこんな現実に出あうとは。
・・・・・・ 6605,つれづれに哲学 〜「遊び」について再び 2019年04月16日(火) * 遊びについて これまで‘遊び’について、数多く書いてきた。 HP内検索で引き出して よみ直すと、納得することが多い。人は、年代によって、その比重が変わる としても、「良く遊び、学び、働くこと」の質量の拡充が必要である。 人生を振返えると、まず、「もっと遊んでおけば良かった」と、次に 「もっと学んでおけば」と。最後に「もっと働いておけば」と思うのが人の常。 その逆は少ない。「死を恐れる主要因は、やり残したことが多いため」。 その荷重が強いほど、「もっと楽しんでおけば」という後悔。底意地が悪い人の 性格形成の元が、これである。 目先の現実に溺れて、外海に出ようとしない 人たち。 地下の石牢の囚人のように、一生を常識の石牢の中で微かな光をみて、 外界の世界を思い知るしかない。その妄想は、所詮は石牢のそれ。遊びには、 うしろめたさが付きまとうことがある。それを払拭するには、遊びについての、 知識と経験が必要となる。内的、外的悩みや、心配事、不安を抱えた遊びでは 面白味が少なくなるが、それを背負って遊ぶことも遊びを面白くすることもある。 忙中閑の遊びである。 躊躇するのは、その終わりに、虚しさ、寂しさを伴う 予感があるため。それでも、遊んだ後の爽快感と、満足感は、この上なく良い。 遊びには、 ・無邪気に遊ぶ解放されたものや、 ・創造性の原点となる完全リラックスの遊びや、 ・車のハンドルの遊び、 ・日常からのトリップのための遊びがある。 ウィトゲンシュタインが、「私の言語の限界が私の限界だ」と宣っているが、 ‘遊び’も然り、<遊び楽しんできた限界が私の限界>。 その意味で、18年間 のブログの「テーマ日記」と、30年にわたる「秘・異郷ツアー」の集積には、 少なからず満足を…。 他人は人、私は自分の分際のこれ!と、思うしかない。 これが際どい遊びほど、面白い! とくるから… もっと際どくともという、 後悔は有るか、無しか? 遊びは際モノほど面白いというが、過去形で想うと、 実に面白かった。
・・・・・・ 2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」 2008年08月14日(木) ー遊びをせんと生まれけむー −読書日記− 亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、 口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。 ・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。 美に感応する心である。 ・「感」は、感性、感動、共感。旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、 絵画、音楽、映画、演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。 ・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。 「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」にあるように、人間は 「ホモ・ルーデンス」。遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。 ・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。 一瞬の新しいものへのシュンパツ力。 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素である。確かに、人生はこれを 磨くプロセスであった。この中でも、「遊び」が人間にとって最も有用な行為に。 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、遊びについて 次のように述べている。 《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源 がある。最初に家畜化された動物ー小犬は、もつとも役に立つ動物ではなく、 もつとも遊び好きな動物であった。猟犬が出現したのはかなり後のことである。 最初に家畜化された動物は子供たちのぺットであった。おそらく,植物栽培と 灌漑も、初めは遊びとして行なわれたのである。車輪・帆、煉瓦なども遊びの 中で発明された可能性が強い。たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を 使わなかったが、足の代りにローラーをつけた動物の玩具をもっていた。 装飾が衣服に先行した。 (字数制限のためカット2010年8月14日)
・・・・・・ 2007/06/18 2267, 「遊び」 (゜∇^*)オハヨ♪ 遊びの重要性は、両親をみていたり、学生時代などの経験から 「働き」と「学び」と同じくらい位置づけてきた。 その三つのバランスを如何に組み合わせるかが人生の豊かさと信じて、 年、月、週の計画に組み込んでいた。人生で最後残るのは、特に「遊び」 の中の充実感である。 「遊び」をネット百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』調べてみた。 ーーーーwww**ww*w(/⌒∇⌒)/〜∞**www***w ーーーー 楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス (生体)解消などの目的で生物が する行動の総称。普通は生命活動を維持するのに直接必要な食事、睡眠や、自ら 臨んで行われない労働などは含まれない。 また、工学などにおいて作られる、 ある一定のたゆみ、ゆるみ、余白のこと。これを作ることを「遊びを持たせる」と。 ハンドル等、機械で人間が操作する部分の遊びは、不覚筋動を機械の動きに反映 させないという効果遊びとは、楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス解消 などの目的で生物がする行動の総称とされます。どのような時代においても遊び は存在し、太古の昔から現代まで私達の心を楽しませてくれています。
人間以外で、動物は遊びの中で狩りやコミュニケーションの方法を学んでゆく。 ヒトは成熟後も遊びを行なうのが一般的である一方、ヒト以外の動物は成熟する とあまり遊ばなくなるが、ペット化(家畜化)された犬や猫などの動物は成熟後 も遊びたがる傾向があるようであり、野生動物でもカラスには、成熟した個体 に遊びと思われる行動が見られる。
フランスの思想家、ロジェ・カイヨワはホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス」 に影響を受け、「遊びと人間」を執筆した。 その中でカイヨワは遊びを次の4つに分類している。 ・アゴン(競争):運動や格闘技、子供のかけっこ ・アレア(偶然):くじ(宝くじなど)、じゃんけん、ギャンブル(競馬など) ・ミミクリ(模倣):演劇、物真似、ままごと ・イリンクス(めまい):メリーゴーランド、ブランコ カイヨワの説は遊びはこれらの4つの区分に分けられるとしたものであったが、 遊びは必ずしもこれらの単一の要素からなるものではなく、 複数の要素を含むものも多いとする説もある。 ーーーー (^Q^)/゛ d(o^v^o)b !!(^Q^)/゛ \(^o^)/!! なるほど、と思うが・・・
「遊び」については、今まで何回か取り上げてきた。 人は良く遊び、良く働き、良く学ぶことが、良く生きることを目ざすことだ。 そのどれも必要なことであり、それぞれにとって、背後に二つを必要とする。 何ごとも楽しみになるまで追求すれば、しめたものである。 私の場合、ゲーム化が楽しみへ持ち上げるポイントであった。 ゲーム化に対しては批判もあるだろうが、何ごともやりかたである。 到達地点を設定して、その間の障害を乗り越えながらプロセスを楽しめば、 遊びへ転換する。ゲームは、勝ち負けを争う遊戯、競技もしくは賭博として 一般的に認められているが、日本では、「ゲーム」という言葉を使う場合、 漠然とした「遊び」と比べ、「パッケージ化された遊戯の一形態」という印象 を与える。
学び、働きに対して、遊びが一番充実していた!ようだ。 遊びは他の二つと違って、他者との対比の必要はない。 一番好き嫌いの主観的要素が生かせるからよい。 同じ人生、楽しまなくては! 何ごとも「遊び」まで持ち上がるまで集中すべし!ということか。 ー以前、カラスの遊びについて書いた部分を抜粋してみるー カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、 動物学者の研究観察から認められている。 その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。 ・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、 ・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような 行動で仲間と遊んだり、 ・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、 ・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが 面白くて始めた“遊び”といわれる。 そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。 「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽類に襲われた 場合に備えてのチームプレーの訓練」という見方もあるが、それを遊びにする ことが、高度な知的行為である。 ーー イルカや、サルなど知的レベルの高い動物ほど日常の中に 遊びが入っているところが、注目に値する。 d=(^_^)=b 競争、偶然、模倣、めまい、か〜〜〜! 何かの偶然の重なりで娑婆に生まれ、ママゴトのような人生の中で、 ワッペン取りや、かけっこ競争や、ブランコ遊びをして、 ふと、気づくと孫に囲まれ、遊びの手助け!、 これが人生。
ーーーー 20022002/01/05 一人遊び
孤独に強い人とは、一人遊びができるかどうかにある。 一人で楽しみを見つけ・・・、書いていて気がついた、 それって「お宅」でないか。 似ているがやはり違う。
それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのではないか? 結局中途半端のそれをいうのではないか? 字のとおり、部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。
山登りや釣りはやらないが、これなど一人遊びの典型である。 別にそれをお宅といわない。読書好きの人もお宅といわない。
自分の強みは孤独に強いことだ。人に何かを求めないこと、求めても そこに何もないことを、経験上知っているためだ。 結局人間最後は一人だ。そこでボールを一人でバウンドさせていくしかない。 そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくるものだ。
「禅」とは、その修行によって、字のとおり単(一人) ということを示すことだ「示単」。 これはある有名な禅僧から直接聞いたこと。 そこで自分の好きのことを見つけ、それを楽しむことから始めなくては ならない。その積み重ねが個性を作る。
ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。 常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。
―― 2002/02/24 遊びについて−1
人間にとって「遊び」は最も重要の一つである。 そこで「遊び」とは何かを考えてみよう。
まずその達人を事例で考えてみる。 一番身近では母がそのプロ?であった。
戦前、戦中、戦後の動乱期に10人の家族が生きていく中で、 父とともに苦労の連続であった。そして長男、次男の連続の 不幸な死で今の重症のノイローゼーなった。 心筋梗塞、死の一歩の手前までいった。亡くなった時、医師の要望で 心臓を解剖したら、心臓の4分の1が壊死していた。
それを乗り越えた後は、それまでのエネルギーを遊びに全て向けていった。 約40年近く遊びきって亡くなった。 日本舞踊、短歌、お花、旅行、茶道、写真。 毎日いそいそと何か遊びを見つけ楽しんでいた。
子供ながらに、そのエネルギーに感心をしていた。 遊びの重要さもそのため学んだ。重点としてだが父は「働く人」、 母は「遊ぶ人」と役割分担がハッキリしていた。 ただ父も仕事の合間に、結構遊びを作っていた。
「遊び」を儒教的影響の為かキリスト教的倫理観の為か、 罪悪と教えられてなかったか。 子供のころ誰もが、毎日目を光らせて遊んでいた。 ただただ無心に遊んでいた。 あの遊びをいつの間にか我々は忘れてしまった。
人間は生きていかなくてはならない。 その為に働かなくてはならない。 競争に打ち勝たなくてはならない。 その為に勉強もしなくてはならない。
しかしそれだけでは、それだけの人生だ。 それがクロなら、その対象の白が必要になる。 どちらが大事かでない、どちらも必要なのである。 それを特に母の生き様から学んだ。
一般的にいうと、遊びの優先順位があまり高くない。 どうしてだろうか、やはり生活をしていかなくてはならないからだ。 そして厄介な不安という心理がある。 その為に、お金をセッセと溜め込まなくてはならない、 「馬鹿な?生き物」である。
遊びとは、「好きな事をして、それを楽しむ事」をいう。 そうすると、仕事も遊びになりうる。 天才はその典型であろう。
あの子供の時の遊びを我々は忘れてしまった。 何でも遊びの対象にした「遊び心」を。 純真の心を失っているからだ。 「純真な遊び心」をいつの間にか忘れてしまった。
「遊んでないで、笑ってないでもっと真面目にやれ!」 と暗示をかけられてないか?
私の趣味の一つにウオーキングある。 初めは腰痛対策であった。今は大事な趣味ー遊びになっている。 純真に楽しいーヽ(^o^)丿(^^♪!(^^)!(#^.^#)(*^^)vのである。
その中に純真な遊び心が躍動を始める。 何々のためにといった場合は、遊びでなくなる。 それを乗り越え、純真な遊び心になった時点で「遊びに昇華」する。
パソコンもそうだ、このホームページもそうだ。 そこまで持ち上げる必要性を人生で学んだ。 「遊びになるまで集中する」という事か。
これから散歩だ!
・・・・・・ 2001/12/21 [164] 目的と手段
目的の達成の為の手段’がときとして逆転してしまうから面白い。 ‘手段の目的化’に転化してしまう。旅館やホテルの二代目にそういうのが多い。 営業の為のゴルフを始めたのが、いつの間にかゴルフが目的になり、 営業が反対に手段になってしまう。 何処でもある話と同時に,自身にも過去に数え切れないほど経験がある。 手段を楽しむ事は大事な事だ、そうでなくては目的は果たせないといっていい。
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2021年04月15日(木)
* 世界の秘境で感激するのは… 世界の秘境で感激するのは…、その後継だけでなく、秘教に至る過程を含めた 全てを入れた感動である。…それを見落とすと、人生そのものが軽くなる。 考えれば 、全くそのとおりだが、それを忘れてしまう。 パタゴニアのモレノ氷河の最先端が、轟音とともに倒壊する。その対岸のスポット と、観光船で、それを眺めるが、これも然り! 何万年前の積雪が何十キロも 固まったのが氷河が目前で、永年の旅を終えて崩れ去る。何とも厳かだが、それを、 YouTubeでは知る由がない。 アラスカや、カナダの氷河が、波立つのをドローン から空撮された映像は、それは荘厳である。 それを見るために、日本から パタゴニアの氷河の近くまで行き、その氷の最後の姿を見るプロセスが感動を 拡大する。
これはケニアのサファリにもいえる事。手付かずの野生動物の日常が、己の日常 と合流する妙な感動。…一つ間違うと…狩るものと狩られるものとの立場が入替る、 その荘厳な違い。 そろそろ人生の終わりに近づき、振返ると、知らないことが あまりに多かった。周囲500mだけに住む何も知らない動物と、人たちと同じじゃ ないか。石と砂の違いさえ認識不能と見えていた方々と、何処が違うのか… 多宇宙、この宇宙の中の、惑星に人間として生まれ、あまりに恵まれていた 75年の人生を過ごしてきた。これもそろそろ、終焉のカウントダウンが始まろうと している。 面白かった恵まれていた。両親に恵まれていた。友人に、そして、 …?にも恵まれていた。 真面目7… 遊び3…も丁度いい。 そういうことにしておこう。
・・・・・・ 6971,閑話小題 〜二年前の小説、『ペスト』の再放送より 〜1 2020年04月15日(水) NHKの<100分de名著>を読む …『ペスト』カミュ著 * カミュの『ペスト』 何気なくチャネルをまわすと、NHKの<100分で名著を読む>の2年前の 再放送/30分×4回シリーズが放映されていた。なかなかの深堀をした内容。 私たちの中で、グローバル社会での有り方、生き方が根本的に問われている。 不意打ちだが、タイミング的にみて、絶妙な問題でもある。 ― ≪ 新型コロナウイルス感染拡大が続くなか、仏の作家アルベール・カミュが 1947年に発表した小説「ペスト」が全世界的に売れ行きを伸ばしている。 日本でも、文庫を発行する新潮社は15万部以上の増刷を実施。累計販売100万部 を達成した。現在Amazonでも売れ筋ランキング上位を占めている。 4月11日(土)15:00〜16:36にEテレにて放送。 構成は 「第1回 不条理の哲学」 「第2回 神なき世界で生きる」 「第3回 それぞれの闘い」 「第4回 われ反抗す、ゆえにわれら在り」の全4回各25分。≫ ― ≪ 第二次大戦の只中、「異邦人」「シーシュポスの神話」等の作品で 「不条理」の哲学を打ち出し戦後の思想界に巨大な影響を与え続けた作家 アルベール・カミュ (1913- 1960)。彼が自らのレジスタンス活動で培った 思想を通して、戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き 合い、どう生きていくべきかを問うた代表作が「ペスト」である。 舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカの港湾都市オラン市。 猖獗を極めるペストの蔓延で、次々と罪なき人々が命を失っていく。その一方で オラン市は感染拡大阻止のため外界から完全に遮断。医師リウーは、友人の タルーらとともにこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折し ペストの災禍は拡大の一途をたどる。後手に回り続ける行政の対応、厳しい状況 から目をそらし現実逃避を続ける人々、増え続ける死者…。圧倒的な絶望状況の中、 それでも人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもって闘い続ける人々。 いったい彼らを支えたものとは何だったのか? 「ペスト」はナチスドイツ占領下のヨーロッパで実際に起こった出来事の隠喩 だといわれる。過酷な占領下で、横行した裏切りや密告、同胞同士の相互不信、 刹那的な享楽への現実逃避、愛するものたちとの離別等々。 カミュ自身が レジスタンス活動の中で目撃した赤裸々な人間模様がこの作品には反映している。 それだけではない。「罪なき人々の死」「災害や病気などの避けがたい苦難」 「この世にはびこる悪」… …私たちの人生は「不条理」としかいいようのない 出来事に満ち溢れている。「ペスト」は、私たちの人生そのものの隠喩でもある。 番組では、カミュが描き出そうした、人間にとって不可避な「不条理」に光を 当て、「ペスト」という作品を通して、人間は「不条理」とどう向き合い、 生きていけばよいのかを読み解いていく。≫
― ▼ この下書きのため、再度、録画をみたが、ノーベル文学賞を貰うだけの内容。 この新型コロナの世界的猛威の中で、再放送はジャスト・タイミング。何やら 得体のしれない不気味な臭いがする大流行。 カミュ自身のレジスタンス活動で 培った思想を通して、戦争、全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう 向き合い、どう生きていくべきかを問うた作品である。様々な登場人物が、複雑に 絡み合って、それぞれの人生を生きている。ナチ対レジスタントの戦いの勝負が ついた二年後に、発表され太、逆転したレジスタントに対する警告の書。 この新型コロナの問題は、残酷な世界の格差の問題を炙り出すことになる。 人類が大自然より、首元に刃物を突き付けられた問題でもある。 細胞で成立つ 人類対細菌の決戦ともとれる。 次回から、4回分をテーマにする。
・・・・・・ 6604,閑話小題 〜つれづれに娑婆 2019年04月15日(月) * ブラックホールの生写真をみるとは ・私たちの国は太平洋戦争の敗戦国で、アメリカの隷属国家である。 日本の富はアメリカの含み益。その回収は、軍事用品の高額買取だったり、 為替相場の操作や、バブル誘導と崩壊などの国家的誘導で搾り取ること。 そのアメリカは、現在でも国民の40%以上が、ほんの一万年前に神が人間を 創ったと信じており、科学の研究結果は、政治を操る冷笑的な人々にとって、 常に退けられてきた。科学こそが、私たちの倫理観の元であると示そうとする 試みまで、そうである。
・アメリカだけでない。世界は、いまだに2千数百年前につくられたアッラー の神を大元に抱いた虚構の神の幻覚に支配されている。この通りに、世界は、 偽物に支配されている。それもあって、世界には驚くほど多くの御宝が存在 している。その代表的なのが、知識と情報。この情報革命は、生命誕生以来の 断層の時節の到来を意味する。
・ほんの十数年までは宇宙は一つで、ビッグバンなど、一つの仮説にすぎない と多くが信じていた。そのブラックホールの撮影写真の撮影に成功。想像図は何度 か見ていたが、実際の映像をみれるとは信じ難い。これも科学技術の進化のお陰。 〜ネットニュースによると… ≪ ブラックホールの姿が史上初めてとらえられた。ブラックホールはいわば、 近くに迷い込んできたものを手当たりしだいにむさぼる怪物。恒星、惑星、 ガス、塵はもちろん、光でさえも「事象の地平線」と呼ばれる境界をひとたび 越えてしまったら、この怪物の手から逃れることはできない。 これは 「星を食らうブラックホール」である。 科学者たちがとらえたのは、太陽65億個分の質量をもつ超大質量ブラックホール。 地球から5500万光年の彼方、おとめ座銀河団の中心にある巨大楕円銀河M87のさらに 中心にある。画像には、いびつな光の輪に囲まれた暗い部分が見える。 これはブラックホールのシルエットを世界で初めてとらえたもので、ブラック ホールの入り口に限界まで迫った画期的な画像である。 今回の画像は、200人以上の科学者が参加した「イベント・ホライズン・テレス コープ(EHT:事象の地平線望遠鏡)」プロジェクトの成果。これは、ハワイから 南極まで世界各地6ヶ所の望遠鏡をつないで一斉に観測を行うことで、地球サイズ の巨大望遠鏡を実現しようというプロジェクトだ。 2017年4月にM87のブラックホールの観測が行われ、5ペタバイ(1ペタバイトは 1000兆バイト)におよぶデータが収集された。科学者たちがこの膨大なデータを 解析し、ブラックホールの顔写真を構成するには2年もの歳月を要した。≫ ― ▼ これから10〜20年が本当に面白くなる時節。少しでも多く、断層面にへばり 付いて知的死に欲を満たしたいが、何てことっちゃ! でも、何とか? そう考えるのは、まだ健康体?なればこそ。ところで、ブラックホールを死。 ホワイトホールを生誕、他(多)宇宙をアノ世と喩えると… ブラックホールの 写真は、死の光景ですか。10の500乗も存在する他宇宙の入口?ですか、これは。
・・・・・・ 6241,読書日記 〜‘人生に生きる意味はない!’ 2018年04月15日(日) <「真理の探究」ー仏教と宇宙物理学の対話 佐々木 閑,大栗 博司(著) > * 人生に意味がありか、なしか? ここで、数多のテーマで取上げてきた問題。‘人生に生きる意味はない!’ とは、身も蓋もない。青春から老いるまで、誰もが考え、悩む問題である。 最期の自らへの問いかけは、『私の人生って何だった?』『何で生まれてきた?』 『生き直せるなら、どんな人生を過ごせた?』 でプツン! それらの問いには <人生の意味とは何だろう?>がある。 「意味」の意味を考えるに、近い「価値」から類推すると解りやすい。 価値観は、その人にとっても、地勢上、国家、人種、宗教によって、当然違う。 それを仏教学者と、物理学者が普遍的な事として語ると、妙に納得する。 一休の名言がある。 「世の中は、食うて糞(はこ)して寝て起きて、さてその後は、死ぬるなりけり」 小難しく考えることもない。こんなものだが。猿の世界を見ればよい。 〜Amazon・内容紹介〜 ≪ ‘人生に生きる意味はない!’ 大いなる叡智が告げる、この世界の真実 心の働きを微細に観察し、人間の真理を追究した釈迦の仏教。 自然法則の発見を通して、宇宙の真理を追究した近代科学。 アプローチこそ違うが、この世の真理を求めて両者が到達したのは、 「人生の目的はあらかじめ与えられているものでなく、 そもそも生きることに意味はない」という結論だった。 そのような世界で、人はどうしたら絶望せずに生きられるのか。 なぜ物事を正しく見ることが必要なのか。 当代一流の仏教学者と物理学者が、 古代釈迦の教えから最先端の科学まで縦横無尽に語り尽くす。 〜レビューより〜 ≪ 物理学者・大栗博司教授及び仏教学者(仏教者)佐々木閑教授の講演、 対話などを簡潔にまとめた本である。 この本では、大栗氏の講演、対話などから、物質の究極が、分子→原子→ 素粒子→17種類のクウォーク等に還元されてきた歴史と、現在では17種類 のクウォークすらが超弦理論に還元されようとしている物理学の現状を概観する ことができるとともに、佐々木氏の講演、対話などから、仏教の概要とブッダ の述べた思考について概観することができる。 この本の中で両者が語った内容で、興味深かったのは、次の3点である。 ・第1点は、死後の世界はあるか、霊魂は不滅かという問題について、 両者とも、明確に否定する見解を採用している。 ・第2点は、人生に客観的な意味、目的、価値はないことに、両者とも、 異論がない点である。両者とも、人生の意味、目的、価値は、神や仏が与える ものではなく、個々の人が、自らつくっていくものであるという。 ・第3点は、自由意思の存否の問題について、両者とも、断定的ではないものの、 自由意思は、客観的には存在しないであろうが、人の認識の上ではあるように 感じるものであるという考え方を示している。≫ ― TVで見た若者向け映画『リライフ』が、人生の意味について考えさせられた。 【大学院を卒業後、新卒で入社した会社を“ある事件”をきっかけに、わずか 5ヶ月で自主退社した27歳の海崎新太。今はコンビニでバイトをしながら、再就職 を目指すが、なかなかうまくいかない。そんな新太に、リライフ研究所の所員を 名乗る謎の男が「人生、やり直してみませんか?」と声をかけてきた。 男の言葉に乗せられ、「年齢はそのままに、見た目だけ17歳」になった状態で、 新太は約10年ぶりに、2度目の高校生活を始める。】 ― ▼ 一年後、無事、再生していくが、そこで出会った美少女が、「人生の意味を 見出せず、自らリライフの一年延長を願い出ていた」ことが、最後に分かる。 「もう一度、全く同じ人生を与えられるとしたら、受けますか?」の厳しい 問いかけがある。大方の人は、「ノー」と答えるそうだが… 父親が、死期を 悟った時に、絞りだすように呟いた言葉、 「今度、生まれてきたら、全く同じ人生を、再び過ごしたい!」 私も、死期を悟った時に、同じ言葉を心の底から絞り出せる生き方をしたいと。 「20歳、30歳代の人生」が非常に満足できただけでも、有難いことである。 私の人生の意味とは、<「同じ人生を再び!」と思える生き方を貫くこと。> これでも? そのまま結構! 面白かったこと、この上、なかったからね。 ― 大家:まあ周囲の人は大変だよ。 寅:まったくだよ。その毒舌に、どれほど苦しんだか。 熊:「自分のための人生を生きろ!」っていうけど、 「自分だけのための人生」じゃないか。調子にのって、バカまるだし。 寅:御前が、言えるガラか。でも、大家さんを見ると、ツマラナイよな。 八:少しは反省をしてるけど、じゃあ、如何すれば良かったと思うと、 『ご覧の通り、そのまま、結構!』と、開き直るしかないね。 私は私だからね。仕方がないよ。それと、良かった良かったと思えば、 何事も、感謝できるしね。感動、感激、感謝ですよ。最期はね。 この三大感情の満足度は、感謝、感激、雨あられ、ですよ。 寅:天上天下唯我独尊じゃないですか。あんたの場合は当然、悪い意味さ。 大家:まあまあ、今日のところは、この辺で、〆ますよ!
・・・・・・ 5509,閑話小題 〜今年の桜の総括 2016年04月15日(金) * 今年の桜の総括 毎年、恒例になっている福島江と悠久山の早朝の花見に、この時節になると、 飽きもせず行くが、当り年の桜は何度見ても感動する。早朝の桜の花は、朝日の こぼれ陽が冷気と相まり、神秘的な空気を漂わせる。特に悠久山の通称、 「瓢箪池」を取囲んだ桜が絶品。 子供の頃には、長岡駅から悠久山へ玩具の ような小さな電車が通っていて、悠久山の花見は長岡花火と共に、市民の二大 イベントになっていた。 しかし、それもとうの昔に無くなり、今では、自動車 で行くのが大勢。元の悠久山駅前から、1キロ近い石畳の参道の両側に桜並木に なっていた。毎年、家族で行く花見が楽しみで、大きな広場の後ろの高台の 『団子茶屋』で、団子を食べるのが市民の楽しみであった。その参道の石灯籠の 裏側に、江戸時代に献上した、人の名前が記され、生きた証が残っているのは、 そこだけしかないが、確かに生きていた人の確かな証が記されている。 なるほど、名前は小さな物語。冬期間には、子供の丁度よいスキーのゲレンデ になっていた。 で、今年の桜の咲具合は、上の下=80点辺りか。それでも、 週初めの天気の良かった早朝の桜は絶品に近かった。大当たりは十数年ないが、 この40年間で、数回かあった。 ・・・・・・ 2003/04/21 散る桜残る桜も散る桜ー2
ー雨中の花見 昨日、散歩がてらの悠久山の花見に行ってきた。 毎年のこの時期の恒例の一人花見である。もう十年以上続いている。 他の場所はどうか解らないが、長岡は4~5年に1度があたり年になる。 季節の微妙なバランスが影響しているのだろう。今年は例年並であったが、 満開時期に雨が続いたという点で外れの年と言ってよいだろう。 午後一番に悠久山に向かって出発したが、小雨がダンダン大粒の雨に なり、丁度悠久山の参道に到着したと同時に大雨になってしまった。 いまさら帰るわけにもいかないし、とりあえず瓢箪池に行く。 それでも、いろいろな団体がテントの中で「やけ花見?」をしていた。
雨が桜にとっての天敵ということが散歩をしていて解った。 それまでは大風と思っていたが、雨も桜の花を叩き落してしまう。 最近の桜では6年位前に2~3年に大当たりが続いた。その時に早朝、 悠久山で写真を撮っていると、中年の男の人が話しかけてきた。 「自分はこの近くに住んでいるが、これだけの桜は初めてだ!」 という。それだけすばらしい桜だったのを憶えている。 ここで桜を見ていると、子供の頃家族で夜きたことを思い出す。 参道の両側に多くの屋台がならんで華やかな雰囲気であった。 もう50年も前のことだ。 花見こそ一期一会である。 吉野とか京都の名所のあたり年の桜は、魂を吸い取ってしまうのだろう。 ・・・・・・ 2003/04/19 「散る桜、残る桜は散る桜」
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| 7365,閑話小題 〜2020年の自殺者数が2万1081人 |
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2021年04月14日(水)
* 自殺者数が2万1081人 一昨日の朝日新聞に「2020年度の自殺者数が2万1081人」とあった。 コロナ禍で直撃を受けたのが、3次産業などサービス業のため、この程度は良し? としなければならない… 問題は今年になるが、現場は何とか凌いでいても、 これは重大の問題が含む。 パンデミックは12000年来の、群れを根こそぎ否定 するもの。人間は変化に弱い生きもの。弱者には、その余裕が少ないのが多い。 自らの心の中心点を無に帰して、エネルギーを集中すれば変身可能になる。 政府が、この10数年、政策に、自殺者対策を充実しただけで、3万半ばが、 2万人代、2万人割れの3,4割も激減したのに驚いた。…昨年秋口から春先にかけ、 腰痛で寝込んで、あまりの苦痛に、「なる程、独り住まいで経験したら、死に たくもなる」と実感。女性2に対して、男性1の割とは、これも驚き。
≪ ◉ 2020年の自殺者数の確定値が2万1081人と、前年より912人増えて11年ぶり の増加となったと、厚生労働省が16日発表した。女性や若い世代の自殺者が特に 増えており、厚労省は新型コロナウイルスによる生活の変化などが影響した可能性 があるとみている。 ◉ 厚労省によると、男性が1万4055人(前年比23人減)、女性が7026人(935人増) だった。年代別では40代が3568人で最多だが、増加幅では19歳以下が前年比17・9% 増の777人、20代が同19・1%増の2521人と、若い世代が目立つ。 自殺者数が増えるのは、リーマン・ショックの翌年の09年以来となる。 原因・動機別にみると、健康問題が334人増の1万195人で最も多く、経済・ 生活問題は179人減の3216人だった。 ◉ 人口10万人あたりの自殺者数を示す「自殺死亡率」も16・7人で、11年ぶりに 増加した。都道府県別では、岩手県が最も多い22・7人で、山梨県が22・4人、 宮崎県が21・2人と続いた。(山本恭介) ≫ ―― ▼ 20歳代に、問題を吐出した為に、自殺願望はゼロに近い。でも、75歳以降の 旅路はきつそう。その75歳に数ヶ月前に到達… なって見えてきた風景は、 生臭い風が飄々と吹きつける荒野のようでもある。そこから見える行蔵も、なか なか味わいがある。今回、直撃している人たちも、このデフレの中での強者たち。 それが、顧客が数分の1と激減すれば、茫然となって当然。 この激風、如何乗り 越えるか… 自殺もしたくなる。知人の居酒屋ご主人が、TVのインタビューで、 「この10年で、20億以上の借金をして拡大。…止めようにも止められない」と。 「5〜10年先を、如何に読むか?」が、キーワード。 …100年前のパンデミックから始まった2つの世界大戦と経済恐慌の一連を擬え るか、一刻の混乱とみるか? 私は前者も見えるが、これだけは神のみぞ知る。 〜〜これも偶然だが、去年のテーマと内容が、そのまま続編になる!
追文: 内側の底から…死者の叫びが聞えてきたような < 俺だって死にたくて死んだんだないよ。生きたかったが、死ぬしかないから 決断したんだ! 誰だってそうだろう! 甘くみないでよ > ・・・・・・ 6970,閑話小題 〜何ごとも娑婆の見納め 〜2 2020年04月14日(火) * 秀逸な‘新型コロナ’の批評記事より… 私の創業準備を含めた45年 の 事業人生のハード・ランディングの最期の一撃が 「リーマンショック」と「東北大震災」である。この二匹の同時の黒鳥到来より、 今回の黒鳥は遥かに大きいようだ。 この二波、三波が、必ず到来する。という ことは、<サッサと転職か、転業を決断すべし>になる。 問題は、別口の シェルターを、事業設計に用意してあるか否か。比較的順調に乗越えてきた ところほど、この事態は厳しい。 ここに「自分だけは大丈夫というバイアス」が。 ≪ ◉ 新型コロナウイルス感染症による経済打撃は、リーマンショック以上の 規模になるのではないかと見ています。最大の理由は、リーマンショックが 「川上から川下へ」という流れだったのに対し、今回のコロナショックは、 逆に「川下から川上へ」と影響が広がっているからです。 以下で、新型コロナウイルス感染拡大が世界経済にどのような形で影響を 及ぼすのかを考えてみたいと思います(あくまで筆者個人の見解である)。 ◉ リーマンショックとは逆の流れ リーマンショックの発端は、米国のサブプライム住宅ローンの不良債権化でした。 これらの信用不安に伴う金融機関の破綻や、公的資金注入によって、世界中で 株価が大きく落ち込み、消費や生産活動の低迷を招いたことで、世界的な大不況 を巻き起こしました。 リーマンショック時、皮肉なことですが、当時の日本は長引く不況もあって 関連債権への投資額が少なく、おそらく先進国としては初動のダメージが最も 少なく済みました。しかし日本国外での生産および消費が大きく落ち込んだ ことで、結果的に日本の実体経済も大きな打撃を受けることとなりました。 このリーマンショック時における経済への影響は、 「金融業 → 製造業(2次産業、生産) → サービス業(3次産業、消費)」 という流れで波及していったと言えます。金融の信用不安発生によって製造業の キャッシュフローが滞り、生産が落ち込んだことで個人消費が冷え込み、 サービス業も打撃を受けていったという流れ。 ◉ 観光業、飲食業、小売りから影響が拡大 これに対し今回のコロナショックは、逆の流れで影響が広がっています。 コロナショックで最初に影響を受けた業界は観光業であるといって間違いない でしょう。中国において1年のなかで最大の旅行シーズンである春節(旧正月) 直前に実施された武漢市封鎖、それに伴う自粛命令によって、日本を含む世界 各国の観光業者が大きな打撃を受けました。 その後、各国の外出自粛命令によって飲食業や小売業も大きな打撃を受け、 感染者の隔離政策や工場稼働停止命令などにより製造業の生産活動も大きく阻害 されました。特に製造業においては、物流も止まったことからサプライチェーン の寸断が起こり、今もなお多くのメーカーで供給面での混乱が続いています。 そして3月に入って欧米でも感染症の流行が広がると、冒頭で述べた世界的な 同時株安状況が発生しました。 以上の流れは「消費 → 生産 → 金融」という順番です。つまり、リーマン ショックが川上から川下へと影響が波及したのに対し、今回のコロナショックは 川下から川上へ波及していると言えるでしょう。 ◉ 財政出動は処方箋となるのか こうした経済危機の“震源地”の違いは、各国政府の財政出動の効果に影響を 与えます。 前述の通り、リーマンショック時は、まず川上に当たる金融業界の 信用不安やデフォルトによって資金が滞り、川下である製造業においてキャッシュ フロー問題を引き起こしました。それだけに、公的資金注入といった金融機関救済 をはじめとする政府の緊急財政出動は即効性のある処方箋となり得ました (もっとも、当初はEUをはじめ誰が最終的な負担を請け負うのかで揉めたため、 財政出動が必ずしも迅速に行われたわけではありませんでした)。 今回のコロナショックは、小売をはじめとする第3次産業の現場が震源地です。 それだけに中央銀行などが金融機関へ向けて資金供給を増やしたところで、リーマン ショック時とは違って、震源地に対する直接の救済策とはなりません。その効果が 第3次産業の出血を止めるにまで至るかというと、可能性は薄いと思われます。
◉ 現金配布は効果を生むのか では、直接的に消費を促すのがいいのでしょうか。安倍政権周辺では国民に 現金や商品券を配布する案も出ていますが、こちらについてもその効果は疑問です。 ◉ 翌年は如何なる… コロナショックの場合、需要の有無にかかわらずヒトやモノの移動が突然止まり、 消費の現場が真っ先に影響を受けるという点で、過去の不景気とは大きく趣が 異なっています。加えて、次の冬も新型コロナウイルス感染症が再び流行し、 現在各国で行われている渡航制限や隔離措置が行われる可能性があります。 その場合、経済への打撃は来年度も継続することとなりそうです。 世界経済はここ数年間好景気にありましたが、2019年末には景気後退期への移行が 懸念されていました。そうした矢先で起きたこともあり、コロナショックをきっかけ に本格的景気後退期に入った場合、影響は長期化するというシナリオも考えられます。
◉ 総括: 以上の要素を勘案する限り、コロナショックはリーマンショック 以上の打撃を世界経済にもたらすと言わざるを得ないでしょう。≫ ―― ▼ 〜9年前の経験より… <大津波には、てんでバラバラで、全てを置いて高台に走りなさい。> 隣の人の思惑や顔色など捨てて… これは別格の大地震。まだまだ初期的段階。 以前なら、働き口が幾らでもあったが、これは、階下から火の手が上がったもの。 逃げ口が塞がれているから始末が悪い。実態が表立つにつれ、その深刻度は並大抵 でないことが分ってきた。この連休明けの近未来を想像するだけでも…
・・・・・・ 6603,読書日記 〜『サピエンス全史 ―文明の構造』 −3 2019年04月14日(日) 『サピエンス全史 〜文明の構造と人類の幸福 』 ユヴァル・ノア・ハラリ著 * Amazon読者の投稿より 〜何ゆえにホモ・サピエンスは生き残ったか?〜 復習のため、再度、確認のため、Amazon読者の投稿を… ≪ かつて地球上にはさまざまな人類種が存在したが、なぜホモ・サピエンス だけが生き残ったのか。ハラリはその理由を、7万年前にホモ・サピエンスの 脳に起きた「認知革命」に求めた。これによってホモ・サピエンスは、 「虚構」を操る力を手に入れたのだ。 この能力によって人類は、言語を獲得し、 「神」や「国家」などの概念を生み出した。目に見えないものを崇めたり、 自らの身体スケールを遥かに超える大きさの共同体をイメージして、互いに 協力したりするようになったのだ。 今よりも豊かな生活や、まだ見ぬフロンティアなどを想像する力を手に 入れた人類は、文明を生み出し、イノベーションによって進化のエンジンを 加速させ、この星の歴史上、もっとも繁栄する生物となった。 「虚構」というコンセプトひとつで人類史をクリアに見通してみせた < 私たちはどこから来て、どこに向かうのか、私たちは何者なのか──。 人類(ホモ・サピエンス)の来し方行く末こそ、私たちにとっての最大の謎。 気鋭の歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」は、この究極の 問いのうち、「私たちはどこから来たか」を解き明かそうと試みたものだった。 ―― 〜ホモ・デウスとは何を指すのか〜 人類の歴史を振返ると、飢饉や疫病、戦争によって人々の生存は脅かされてきた。 ところがいまやこれらは克服されつつある。もちろんこれらの問題が根絶された わけではないが、実際には飢饉で死ぬよりも肥満で死ぬ人の方が多く、疫病より も老化で、戦争よりも自殺で死ぬ人のほうが多いのが現実だ。この3つの問題を 克服しつつある人類は、次のステージに向かうのではないかと見ている。 次なるステージで人類が目指すのは、不死と幸福と神性の獲得。サピエンスは 自らを神(デウス)にアップグレードさせ、ホモ・デウスになるのではないか というのが、本書の予見する未来である。 サピエンスは認知革命によって知のネットワークを拡大させ、やがてそれは 科学革命へと発展していった。科学革命は人間を自然から切り離し、世界の中に すえる人間至上主義を生み出した。人間の命や心、意識などを特別視する世界観 が支配的となったのだ。だが現代の生命科学者たちは、すべての生命はアルゴ リズムであるとする。 私たちの意識は、ニューロンが発する信号によって脳がデータ処理を行う プロセスの副産物に過ぎない。現代の脳科学では、私たちの自由意志ですら虚構 だとされる。魂や自由意志にかわってクローズアップされるのは、遺伝子や免疫 機能である。「ホモ・デウス」が描き出すのは、私たちが想像もしなかった未来。≫ ― ▼ この情報化社会の変革は、人類誕生だけでなく、生命誕生以来の革命とまで 言い切る論に、妙に納得する。世界が情報機器で結ばれ、ネットで覆われた 現象。個々人がスマートフォン、タブレットPCなどの受発信基地(サテライト) を持ち、現場から、個々の生情報を受発信を始めた。これは、個々の脳がネット で結ばれ共同活用が可能になってしまった。それと結びつき、超人に至る人を 「ホモ・デウス」というが、この超人は、何をしでかすか? 超人といえば、ニーチェが思い浮ぶ。「何に、神も悪魔も所詮は立場の違いで しかない。自分が信じる神が他人さまから見たら悪魔だって事もあるし、一生 大切にすると子供の頃思っていた物がゴミへと変わる事もある」 結局は、その人間が「ホモ・デウス」になっても、その本質は変わらない。 で、そこで待っている事態が、崩壊。
・・・・・・ 6240,閑話小題 〜加山雄三とヨット −2 2018年04月14日(土) * 加山雄三、ヨット全焼で何を思う? 寅: 悲しいだろうにな〜 八: いや、そうでもないと思うよ。保険にかかってるかどうか、おりるかの 問題ですよ。自分が会社整理をして綺麗サッパリと割切れたのも、万一を 考えて保険かわりに家内名義の預金をし続けていた前提があればこそ。 大家: この一件で、もう一つや二つの歌詞とメロディーが出来てヒットでも すれば、不幸中の幸いになりますよ。 寅: 歳が歳だから、前のように簡単につくれないよ。でも、あの面構えから して、もう一艘、購入して、最期の墓場として海遊びツアーでもするさ。 幸せな奴は、何があってもバネにして幸せになるさ。それが男だろう。 熊: まさか、万歳!と諸手を挙げられないしね。でも、本心は、誰も、いや 自分さえ分からないからね。 八: 気力が萎えて落込むのが、一番心配だね。今頃は、中古か、サラのヨット の資料を探しているかだ。幸が多きい人間は、そういう考え方をするんだ。 世の中には、それを妬む、不幸な奴がいるから、隠密裏だろうけどね。 大家: わしなんぞ、甲斐がないから妬む方の部類になるがね。それにしても、 羨ましいよ。遊びと、仕事が、両立しているんだから。過っての印税も 入ってくるからね。私なら、大型クルーザーに乗って、ノンビリして いた方が気楽で良いけどね。そんな金もないがね。 八: 私なんぞは、寝室に4k・TVを入れてね、世界各国をユーチュブの映像で、 遊ぶくらいですよ。でも、それが面白いから、カウチポテト族そのもの。 早速、<4k、金沢ひがし花街>で映像を楽しんだけど、実に良かった。 熊: ったく! 楽しみを二倍三倍にしてしまうんだからな〜。 八: 大家さんと同じく、老い先が短くなって来たからね。 寅: 八つぁんは、俺と熊と違って、さほど加山雄三を羨ましく思ってない ようだが。如何して? 大家: 好きなことの幾つかを年月かけて楽しんでいたからですよ。 そうすると、内なる世界があって、他人の世界と比べなくなりますよ。 八: 最後の最後は、自分の行蔵しか残らないもの。金沢バスツアーをキッカケに 20歳代半ばの行蔵が多く思いだされたしね。それと、好きな非日常を味わえ たしね。また桜の時節も、花見という非日常を楽しんでいるし。 大家: 人間、感情の動物だもの、そう簡単に割切れないですよ。 八: ここで至高体験の絶対量が問題になるの。彼は、それは信じられないほど の経験があるから、行蔵の内側は宝庫の山さ。そんなチャチなものではないよ。 熊: 人間って、不平等過ぎないか。普通、良いこと2に悪いこと1、って 言うけど、俺の場合、真逆で、1対2の感じがするね。 八: そんなことはないね。なら鬱病で、病院通いさ。私が見る限り、2対1さ。 熊: なら普通だ。 大家: 近くに私と八つぁんが居るからさ。それと楽しみに長けている寅さんもね。 それも、死んでしまえば、ハイ、それまでよ。何も持っては逝けないしね。 後期高齢者の身には、一日一日を楽しむしかないね。 八: <笑って過ごそう、ハンカチーフ!> ですか。泣いても笑っても同じ人生 だもの。泣くも良し、笑うも良いだと、つくづく思うよ。 寅: それにしてもさ、娑婆には、つまらなそうな老人が多いね。 大家: そりゃ、生老病死の問題が色濃くなって、身体は日ごと弱って、 周辺は次々に亡くなり、内面は穏やかじゃないよ。 八: 問題は、横の顔色ばかりみてさ、笑いものにする腐ったような奴ら… 大家: 「早く死にな!」と、思うが、あれじゃあ、当分は死なないね。陰口、 悪口のオンパレード。私も、そう思われているし、現にそうだろうがね。 八: 今回の金沢ツアーの帰路の車内で、キミマロの漫談のDVDを流していたが、 年寄りの悪口が、冴えわたっていたが、途中でハッとしたね。28人の参加だが、 私が一番の御年寄り。自分の姿を笑っていることに、途中まで気づかないとは。 大家: まだ八つぁんは、私より10歳近く若いけど、80歳の峠は、それはキツイよ。 キミマラ、いや失礼、キミマロも、年寄り弄りだったのが、自虐ネタの年齢 に入ったためか、それはそれは、漫談ネタの毒が重苦しくなってさ。 八: そうだ、加山雄三の話に戻そう。失えばこそ、見えてくる己の人生を 味わるのも、これも人生。どのみち、生きている内の泣き笑い。加賀百万石の 金沢を46年ぶりに振返ってみて、その折々の「いま、ここ、わたし」と再開し、 自虐の漫談を味わいつつ、現実に溺れつつある日常の中からドロップしながら 日々を過ごしている自分との対話も悪いものではない。 大家: おやおや、丁度よく話を、まとめましたね。
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| 7364,閑話小題 〜この10年は、週一のシネマ通いと… |
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2021年04月13日(火)
* リタイアをした後に、ドッと疲れが… リタイア後に、シネマ館通いを10年近くしてきた。…カタチの上でも倒産は恥。 まして北陸の地のため重大なイベントで、厳しい立場に成ってしまった。金銭的 に追い詰められ窮したわけでなし、平然としているしかない。それが現実に直面 してこない人たちにとって、攻撃の材料に欠ける。 平然としているのが不思議 のようで… 最後は資金問題だが、イザともなれば腹が坐って見える世界がある。 考えようで、面白いといえば、それまでのこと。一足先に、会社をたたんだ人の 先例がある。常に、資金を「こと」に変えていたのが良かった。これは剥ぐことが 出来ない。このコロナ禍で、「その都度、計画的に遊んでおけば良かった」と いう声が聞こえてくる。一期一会の人生で、遊びだけは…
20数年前に、バブル崩壊から、デフレの時代を過ぎ、国内が債権の整理を止む 無く迎えた時節があった。アメリカによる陰謀である! 『資産防衛セミナー』 とかいうのを教えるセミナーに3回も通っていた。 <社内のマイナス部門を集約して、別会社をして、その一括処理をしなさい!> それが違法でなく、そのまま認められた特別立法があった。 このセミナーは、 その勧めである。そのセミナーで考えたのが、一つだけ個人名義のビルを会社に 売却して、含み資産の赤だしで、5年間の個人所得が返済された。 (その半年後に、禁止事項になってしまった)。
20世紀末の頃、バブル崩壊は脆弱な中小企業の財務を直撃。経営していた500室 の新潟駅前ホテルも、その直撃をうけて、動きが取れなくなっていた。…そこで 第一ベンクーガーホテルが個人名義、土地値段が暴落。その赤だしで個人所得税を 返還して貰えば良いと。 担当税理士と、ナンバー2が何故か、絶対反対。 目先の資金流出が無駄と。それでも不安定な時代、迷わず決断したが、これが正解。 ・・・・・・ 6969,読書日記 〜ネガティブ・バイアス −3 2020年04月13日(月) <『しあわせ仮説』/藤澤隆史著> * 数あるバイアスとは… バイアスそのことについてネットで調べると、多くのバイアスが出てきた。 何度も先入観をテーマにしてきたが、ほとんど深堀をしてなかった。 私たちは、家族から、学校から、会社から、洗脳されてきた。バイアスの塊り、 そのもの。他人をみれば解ることだが、自分となると、それに全く気づかない。 「後知恵バイアス」は、巧妙な解説者がよく使う。…「バンドワゴン効果」や、 「アンカリング効果」は、若い女性の特徴の一つ。しっかりと、理解して、 周辺を見直すと、世間様の実態が浮き上がって見える心理学そのもの。
≪ ◉ ネガティブ・バイアス 人はポジティブ情報よりネガティブ情報に注目し、優先的に信じたり、強く 記憶に残したりする傾向がある。これらの傾向をネガティブ・バイアスと呼ぶ。 ネガティブ・バイアスは、生物が進化の過程で身に着けたと言われている。 狩猟時代の命の危険をもたらすネガティブ体験や感情を強く記憶しておくことで、 その後に起こりうる危険を察知し迅速に回避することで身を守ってきた。 ネガティブ・バイアスは、命の危険から生き残るため存在する。 狩猟時代とは一変し、比較的安全な生活環境を手に入れた現在でも、 ネガティブな感情はDNAに刻まれ、優先するメカニズムは働き続けている。 ◉ ポジティブ・バイアス ポジティブバイアスとは「何をやっても前向きに思われる先入観」ということ。 ネガティブバイアスとは「何をやっても否定的に思われる先入観」ということ。 この2つの先入観を上手に利用する人が、頭がよく思われる人です。 ◉ 正常性バイアスとは 人間には些事に翻弄されないよう、自然と心の平穏を保つ働きが備わっている ので、日常生活で問題に直面したときにも、それなりに対応できるチカラを有し ています。ところが、大災害など未経験の事態に遭遇した場合、この働きが過剰 反応し、脳が処理できなくなることがあります。これを「正常性バイアス」と 言いますが、最近、話題に上ることの多い“この心理”が危ないのです! ◉ 後知恵バイアス 失敗して落ち込んでいるときに「そうなると思った」などと言われたら、なんと 冷たい人だろうと思いますよね。この時の冷たいセリフが後知恵バイアスによるもの。 つまり、結果を見てあたかも前から知っていたかのように発言をすることです。 これは悪い結果ばかりに限らず、例えば事業で成功した人を見て、 「あいつはどこか人と違うと思っていた」などと言う場合にもあてはまります。 ◉ バンドワゴン効果 行列ができているラーメン屋に並んだことはないですか?ラーメン屋だけ でなく、パンケーキのお店、タピオカ専門店など、長い行列ができていると 美味しいお店かもしれないと思ってしまいますよね。 これがバンドワゴン効果です。本当の価値は知らなくても、多くの人が良いと 言っているのだから間違いないと思ってしまう人間の心理によるものです。 古くは、サクラなどという言い方もありましたが、人が集まっているところは 何か面白いことがあるのではないかと思ってしまうものです。 ◉ アンカリング効果 「定価5,000円のメロンが今だけ2,500円!」安かったので、つい買ってしまった。 これがアンカリング効果をねらった商法です。冷静に考えれば、2,500円のメロンは 安いとは言えません。しかし、定価の5,000円という価格を基準にしてしまっている ので、半額の2,500円を安く感じてしまうのです。最初に提示された金額がアンカーと なって、それより安ければたとえ予算オーバーの価格でも買ってしまう現象です。 家電の購入時などで経験したことがある人も少なくないのではないでしょうか。 ◉ フレーミング効果 物は言いよう、という言葉がありますが、同じことを言う場合も、 視点を変えて言うとまったく違った印象になることがあります。 例えば、「はずれる確率が8割のクジ」より「10人に2人に10万円が当たるクジ」の方 が買いたくなりますよね。「生存率90%」と言われる方が、「100人に10人が死ぬ」と 言われるより希望が湧きます。
―― ▼ 「しあわせバイアス」があるなら何処の世界にも存在する女王様的存在。 明るく、清潔感があり、遊びになると、一段と存在感が強くなる。よく見ると、 そこには目には見えない「○○クラブ」的な構築があり、A・B・Cと ランクをつけ使い分けている。日曜の午後に、『家についていっていいですか!」 という面白い番組がある。その一例の『キャバクラ嬢』の一言が印象的である。 『私には、○○クラブがあって、ランク付けをしているの…』と、想わせぶりな!
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| 7363, 閑話小題 〜かくして神様は男を御造りになった! −3 |
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2021年04月12日(月)
* かくして女神様は女性を御造りになった! …女性創作の逸話ならば如何だろう…? まず真逆の‘助平な女神’が思い立つ。 ≪ …女神に甘えた美少年が、「僕の美しさを称賛する生きもの」を願い、 次は遊び好きな助平な雌を所望して、願いを叶い。その所望が次々と拡大し、 最後に、その相手をするだけで疲れ果て、それらを一つにした雌を所望した。 そこで女神は自分そっくりの女性を御造りになった…。≫ 腰の括れに男が魅かれるのは、騎馬民族が他民族を襲い、騎乗で女性を 掻っ攫うに、括れが都合が良いからという。…妙に合点できる論。 バストの大きいのは授乳経験が成せる業。 顔は、全身そのままを、集約した 書籍なら…‘まとめ’‘はじめ’に相当する…? なら最後の‘御終い’なら、 さて何処になる?
以前、読んだ宗教書に…「神さまは、大自然を御造りになった後に、美しさ、 深遠さを受容でき、言葉として表現可能な生物を人間として、御造りになった。 折角、地球旅行に参加出来たのだから、それを最大限に味合う経験が必要と… これを書きながら、金沢の武蔵が辻の美女軍団を想いだしていた。 90〜95点の女性は、そう多くはないが、それでも存在していた。 以前、80点なら何処にも存在するが、90〜95点は、5年に一度、出会うか否か。 バスト、腰の括れ、全身のバランス、遊び具合、服装センスなどのバランスが とれて加算出来るのは少ない。化粧、洋服のセンスも加算の一つになるが…
・・・・・・ 6968,閑話小題 〜零細業現場の生々しいレポートが 2020年04月12日(日) * 生々しい現場の実態 ◉ そろそろ生々しい窮状のレポートが現われ出てきた。そのドレモ此れもが、 売上ゼロから前年対比10%〜30%しかない現状を受け入れられない状態。 火事で焼失した家の前で、茫然と立ちすくむ家長のよう。 世界中の炎上は、 75年前の第二次世界大戦の敗戦以来の、過ってない事態。 〜先日のレポートが… <大阪・道頓堀の商店街の実情。客足が激減した中で、その現実を受け止め られない商店主たち。あと数ヶ月も続ければ、店としてショック死が待つ。 少し離れた場所で料理屋を開いている主人が、空いたスペースで、屋台を開くが 誰も買っている風もない。…ほんの数ヶ月前までは、中国、韓国人客で日本一 長い商店街が雑踏していたのが、今ではホボ無人。それでも、夏の御祭りの 相談をしていたが、一週間後には、店の存続を相談しあう事態に。 ◉ 私が、彼らの立場なら如何する? これは一過性の事態か、それとも壊れて しまって、現状に復活することがない事象か? …私の現時点の判断は、 <長期的には自然界からの警告。一度収まっても、二、三波が襲いくる津波。 根底が問われている。この本質は温暖化問題が背景。それと、世界のリーダー 達の素材の問題がある。中国にとって、過度の資本主義化への歪みの問題。 トランプ・アメリカの降ってわいたような孤立主義。 安倍のアベノミクス、 然り。何がオリンピックか… ロシアは冷戦下への逆行政策。朝鮮問題は 論じるに足りない。それらを背景にした愚行への叱責とみると納得できる。
◉ 昨日のNHK/Eテレで、2年前のカミュの「ペスト」の4回分をたて続きに 再放送をしていた。正しく2年後のパンデミックを暗示していた。 後でテーマの予定だが、「異邦人」「ペスト」でノーベル文学賞を受賞したが、 登場人物の個性が言わんとするところが、私自身の歪んだ想い?と同じ!
・・・・・・ 6601,閑話小題 〜お笑い… 春うらら 2019年04月12日(金) * 早朝、つれづれにお笑い! ◉ フランスに逃げ帰った?ゴーンの妻が帰ってきて検察に出頭をした。 ‘これでは正にコント’と数日前に、ここで述べた。 「だから、ゴーンの身柄確保に踏み切った」検察の主張を妻自らが実証した ことになる。それに気づき再来日してきたのだろうが… 逮捕かどうかは?
◉ 塚田副大臣につつき、桜田五輪担当大臣が失言をして辞任をすることに… この時節に、『災害対策より、候補者の勝利が先!』と本音…。これでは 首相が首を切って然るべき。 大臣として、最も顔を売れる恩恵を受ける職責。 ここまで失態を重ねる中で、野党がこの地方選挙で大勝できないとは不甲斐ない。 今まで問題にされなかったリップサービスも、ネットで瞬時に拡散される。
〜〜〜〜 現実社会そのまま描写するとお笑いそのものだが、他人事ではない… そこで小噺でも…
〜老夫婦 (以前、紹介したが… 何か身につまされ再び) ある田舎町で結婚50周年を迎えた老夫婦に地元の新聞社がインタビューした。 「50年間も結婚を続けてこられた秘訣は?」 すると夫が昔を振り返って懐かしそうに答えた。 「わしらは新婚旅行でメキシコへ行ったんじゃ。そしてロバを借りて二人で砂漠を のんびりと歩き回った。すると妻の乗ったロバが急にガクンと膝を折り、妻は落ちて しまったんじゃ。妻は『1』と言うと何事も無かったようにロバに乗り、再び散歩を 続けた。するとまたそのロバが急に膝を折ってな、妻はまた落ちてしまった。妻は 『2』と言うとまた何事も無かったようにロバに乗った。そして三度目に落とされた とき、荷物の中からリボルバーを取りだして、ロバを撃ち殺してしまったのじゃ。 わしゃあ、びっくりしてな。いくらなんでも撃ち殺すことはなかろうと妻をひどく 叱ったんじゃ。そうしたら妻が言ったんじゃよ」 「何て?」 「『1』」 ― 〜味噌汁の味 ある所に息子夫婦と舅(しゅうと)が三人で住んでいた。 一年前に他界した 姑女は、とても温和で上品な人、嫁にも優しい人であった。 が、舅の方はそれと反対に、頑固で少々意地の悪いところがあった。 かいがいしく世話をする嫁の行動に、いちいち文句をつけるのだ。 中でも味噌汁については 舅:「婆さんとは全然味が違う、なっとらん!本当に覚えが悪い嫁だ!」 と毎日嫁を怒鳴りつける始末。 ある日、とうとう頭に来た嫁は舅に出す味噌汁 の椀に、こっそりと殺虫剤を振りかけた。 その味噌汁を一口すすった舅が一言。 舅:「これじゃよ!この味じゃよ!! 婆さんの味噌汁は!!」 ― 〜チュウ 家の大掃除をしていると、一匹のネズミが走り去りました。 「キャッ、びっくりした。今のネズミ大きかったなぁ。」 「なぁに、たいしたことはないよ」「いや、大きいよ」「小さいよ」「大きい」 「小さい」「大きい」「小さい」・・・・、二人で言い争っていると、 さきほどのネズミが、「チュ-」 ― 最後は …とっておきの("^ω^ 〜誰の物まね? 「誰の‘真似声’で電話をしているの?」 「うちのマネージャーっぽい真似じゃ」 <マネジャーを雇う余裕のない事務所にて>
追:ところで、書き残こしておけば〔私にも歴史あり、過去有り!〕に。 去年の出発の日は桜は散っていたが、今年は、これから… 平成最後の桜見だ。 たしか同級会と重なっていた。今年も、花見を兼ねた会が開かれる通知が… 30分早いが、さて福島江と信濃川土手の桜見のポタリングに出発…
・・・・・・ 6968,閑話小題 〜零細業現場の生々しいレポートが 2020年04月12日(日) * 生々しい現場の実態 ◉ そろそろ生々しい窮状のレポートが現われ出てきた。そのドレモ此れもが、 売上ゼロから前年対比10%〜30%しかない現状を受け入れられない状態。 火事で焼失した家の前で、茫然と立ちすくむ家長のよう。 世界中の炎上は、 75年前の第二次世界大戦の敗戦以来の、過ってない事態。 〜先日のレポートが… <大阪・道頓堀の商店街の実情。客足が激減した中で、その現実を受け止め られない商店主たち。あと数ヶ月も続ければ、店としてショック死が待つ。 少し離れた場所で料理屋を開いている主人が、空いたスペースで、屋台を開くが 誰も買っている風もない。…ほんの数ヶ月前までは、中国、韓国人客で日本一 長い商店街が雑踏していたのが、今ではホボ無人。それでも、夏の御祭りの 相談をしていたが、一週間後には、店の存続を相談しあう事態に。 ◉ 私が、彼らの立場なら如何する? これは一過性の事態か、それとも壊れて しまって、現状に復活することがない事象か? …私の現時点の判断は、 <長期的には自然界からの警告。一度収まっても、二、三波が襲いくる津波。 根底が問われている。この本質は温暖化問題が背景。それと、世界のリーダー 達の素材の問題がある。中国にとって、過度の資本主義化への歪みの問題。 トランプ・アメリカの降ってわいたような孤立主義。 安倍のアベノミクス、 然り。何がオリンピックか… ロシアは冷戦下への逆行政策。朝鮮問題は 論じるに足りない。それらを背景にした愚行への叱責とみると納得できる。
◉ 昨日のNHK/Eテレで、2年前のカミュの「ペスト」の4回分をたて続きに 再放送をしていた。正しく2年後のパンデミックを暗示していた。 後でテーマの予定だが、「異邦人」「ペスト」でノーベル文学賞を受賞したが、 登場人物の個性が言わんとするところが、私自身の歪んだ想い?と同じ!
・・・・・・ 6601,閑話小題 〜お笑い… 春うらら 2019年04月12日(金) * 早朝、つれづれにお笑い! ◉ フランスに逃げ帰った?ゴーンの妻が帰ってきて検察に出頭をした。 ‘これでは正にコント’と数日前に、ここで述べた。 「だから、ゴーンの身柄確保に踏み切った」検察の主張を妻自らが実証した ことになる。それに気づき再来日してきたのだろうが… 逮捕かどうかは?
◉ 塚田副大臣につつき、桜田五輪担当大臣が失言をして辞任をすることに… この時節に、『災害対策より、候補者の勝利が先!』と本音…。これでは 首相が首を切って然るべき。 大臣として、最も顔を売れる恩恵を受ける職責。 ここまで失態を重ねる中で、野党がこの地方選挙で大勝できないとは不甲斐ない。 今まで問題にされなかったリップサービスも、ネットで瞬時に拡散される。
〜〜〜〜 現実社会そのまま描写するとお笑いそのものだが、他人事ではない… そこで小噺でも…
〜老夫婦 (以前、紹介したが… 何か身につまされ再び) ある田舎町で結婚50周年を迎えた老夫婦に地元の新聞社がインタビューした。 「50年間も結婚を続けてこられた秘訣は?」 すると夫が昔を振り返って懐かしそうに答えた。 「わしらは新婚旅行でメキシコへ行ったんじゃ。そしてロバを借りて二人で砂漠を のんびりと歩き回った。すると妻の乗ったロバが急にガクンと膝を折り、妻は落ちて しまったんじゃ。妻は『1』と言うと何事も無かったようにロバに乗り、再び散歩を 続けた。するとまたそのロバが急に膝を折ってな、妻はまた落ちてしまった。妻は 『2』と言うとまた何事も無かったようにロバに乗った。そして三度目に落とされた とき、荷物の中からリボルバーを取りだして、ロバを撃ち殺してしまったのじゃ。 わしゃあ、びっくりしてな。いくらなんでも撃ち殺すことはなかろうと妻をひどく 叱ったんじゃ。そうしたら妻が言ったんじゃよ」 「何て?」 「『1』」 ― 〜味噌汁の味 ある所に息子夫婦と舅(しゅうと)が三人で住んでいた。 一年前に他界した 姑女は、とても温和で上品な人、嫁にも優しい人であった。 が、舅の方はそれと反対に、頑固で少々意地の悪いところがあった。 かいがいしく世話をする嫁の行動に、いちいち文句をつけるのだ。 中でも味噌汁については 舅:「婆さんとは全然味が違う、なっとらん!本当に覚えが悪い嫁だ!」 と毎日嫁を怒鳴りつける始末。 ある日、とうとう頭に来た嫁は舅に出す味噌汁 の椀に、こっそりと殺虫剤を振りかけた。 その味噌汁を一口すすった舅が一言。 舅:「これじゃよ!この味じゃよ!! 婆さんの味噌汁は!!」 ― 〜チュウ 家の大掃除をしていると、一匹のネズミが走り去りました。 「キャッ、びっくりした。今のネズミ大きかったなぁ。」 「なぁに、たいしたことはないよ」「いや、大きいよ」「小さいよ」「大きい」 「小さい」「大きい」「小さい」・・・・、二人で言い争っていると、 さきほどのネズミが、「チュ-」 ― 最後は …とっておきの("^ω^ 〜誰の物まね? 「誰の‘真似声’で電話をしているの?」 「うちのマネージャーっぽい真似じゃ」 <マネジャーを雇う余裕のない事務所にて>
追:ところで、書き残こしておけば〔私にも歴史あり、過去有り!〕に。 去年の出発の日は桜は散っていたが、今年は、これから… 平成最後の桜見だ。 たしか同級会と重なっていた。今年も、花見を兼ねた会が開かれる通知が… 30分早いが、さて福島江と信濃川土手の桜見のポタリングに出発…
・・・・・・ 6238,閑話小題 〜金沢・富山バスツアー 〜2 2018年04月12日(木) * こんにちは、わが青春の金沢へ 日帰りの『金沢、富山コース』。国内のバスツアーは、十数年前に、、 夜行バスで行った『京都の桜観光』以来、二回目。40歳辺りまでは家族と とものドライブ旅行か、友人とか、仕事仲間内の企画に参加するとかが主… その後、趣味を一品豪華主義とした秘異郷旅行など海外ツアーに絞ったため、 国内旅行は皆無だった。しかし、海外ツアーで腰痛の負担が増えてきて… 今回は、日帰りツアーとしても、腰痛が心配だったが、何事もなく帰ってきた。。 バスツアーは中高年が多いので、海外ツアーのような、強硬日程は基本的に組み こんでないようだ。 今回は、金沢の『ひがし茶屋街・散策』と、富山の『あさひ山連邦を背景とした、 「あさひ舟川」の花見』が主である。 『金沢ひがし花街』が風情があって味わいがあった。 写真は、ネットでひろったものだが、着物姿の若い女性や、男女は、貸衣装で 着付けをしたと思われる。当地で数組の芸子らしき連れが歩いていたが、直に、 観光客の「芸子コスプレ」?と気づいた。しかし馬子にも衣裳、派手な和服の 若い女性が妙に色っぽく場に馴染んでいた。 ネットでひろった写真の芸子は、金沢美人の典型だが、勤め先の女店員の 3分の1は、この程度の美人が揃っていた。当時の写真が一枚も存在いないのが 悔やまれる。私の年代は、戦中、戦後の境目。同じ年代でも、男は数年後の 団塊世代の女性が有り余っているが、女性は終戦直前のため、対象の男が極端 に少ない。特に当時の城下町は、隠れた男尊女卑の文化が浸透していたようだ。 無役が故の気楽さと、加賀百万石の大らかさが相まって、ドップリと粋ある 美人に囲まれ、鈍よりした女社会の生温かさに浸った日常を過ごしていた。 それと、様々な小料理屋や、おでん屋の酒の味を思いだしていた。世間を渡り 歩いてきたと思っていたが、底辺の一部しか、みてなかったことも、あい知る ことになった。 花街とは、裕福の男の3%の遊び場の名残りということ。 何時も、極限の先に、大きく世界が広がっていた。 金沢、娑婆娑婆の一節! 〜【金沢・茶屋街】で検索すると〜 <江戸時代、城下町近郊を流れる犀川・浅野川両界隈に多くの茶屋が立ち並んだ。 文政3年(1820年)、加賀藩の許可を得、犀川西側に「にし」の茶屋町、浅野川 東側に「ひがし」の茶屋町が共に開かれ、大いに賑わった。この際、旧来の不整形 な町割は改められ、整形な街区が形成された。浅野川をはさんで北西には、茶屋街 の1つである主計町がある。 茶屋町創設時の敷地割をよく残し、全国でも希少な茶屋様式の町屋を多く残して いるとし、2001年11月14日、種別「茶屋町」で国の重要伝統的建造物群保存地区と して選定された。二番丁にある茶屋「志摩」は、歴史的価値が高いことから2003年 12月25日に国の重要文化財に指定され、一般公開されている。> ―――― 2001/12/21 [178] 忘れられない店ー4(金沢) ー平家ー鉄板焼き 金沢にいた時期によく行った店である。もう30年も前の話である。 4〜5年前に行った時まだっその店があったが、しかし個性的な親父は死んで しまっていた。その店のかみさんがそのままいた。高級化して二店になっていた。 落人焼きといって、何でも鉄板で焼く鉄板焼きやで‘平家’というだ名前の店だ。 今でもちょっとないかわった店だ。食塩の箱入りとともに、キャベツが山盛りで ツマミにでる。大きい鉄板の上で魚や肉や野菜や豆腐を焼くのだ。その為店が 油でギトギトで真っ黒で、またそれがいい。親父が遊び人風の個性の塊のような 親父で、その話を聞いているだけでよかった。 当然お母ちゃんがいて、人間味あふれた夫婦であった。2時間ぐらいいるうち、 必ず大喧嘩をするのが名物で、皆それが始まるのを待っている節があった。 「マダ喧嘩始まらないの?」と聞く人が出る始末。そしてすざましい喧嘩である。 たまに奥さんが休みの日、一人ショボンとしているところがまた可愛い。 何回も家に電話しているのだ。たまたま初めて行ったのは、会社の先輩が競馬で 大あてをして連れていってもらったのだが、「お前の人生は今日で終わりだ、大穴 を当てた味を知ってしまったのだからだ!」と先輩に説教が始まった。 それがいやに説得があって面白かった事を思い出す。 ―――― 5140,閑話小題 〜北陸新幹線開通1ヶ月 2015年04月11日(土) * 北陸新幹線開通1ヶ月 北陸新幹線が開通して1月。ゴールデンウィーク辺りから、福井、石川、 富山の北陸三県の観光地が脚光を浴びる。金沢は加賀百万石の文化が営々と 引継がれている。20歳代半ばの頃、1年半、金沢の地で勤務したが、現在 でも鮮明な記憶として残っている。休日、日帰りバスツアーで能登半島を 一周したり、半日市内観光をしたり、金沢港でキス釣りをしたり、茶道に 習いにいったりした。 加賀百万石の文化は何とも風情のある。 特に、老舗の居酒屋が良い。北陸三県と隣接した地区の観光資源は豊富。 その背景に三大都市圏の観光需要があるのが大きい。そこに新幹線で二時間半 で行けるのだから、女性にとってうってつけ!『日帰り能登一周コース』を つくれば良い。 逆にストロー効果で、地元民が東京に取られる可能性も大。 ところで金沢滞在の一年半で、姉や友人が三人、訪ねてきた。更に、実家の 会社の慰安会で近くの温泉にバスで来て、私もそこに招かれ、泊まって騒いだ こともあった。勤務先の会社上げての慰安会が、泊まり込みで片山津温泉。 高度成長経済の真只中時代だった。今では隔世の感がある! 金沢・能登は一人旅に、うってつけ、お勧めである。 ―――― 2014/06/05 「事業人生を決心して45年」の語り直しー8 *「語り直し」を始めて驚いたことは 3年前の結末で、オセロゲームの駒が、白から黒に変わったと思い込んでいた。 ところが、変わったのは細部の記憶が次々と最近のことのように思い出すこと。 嫌な出来事と思っていた中に、自分自身の姿が垣間みることが出来ることだ。 むしろ、不遇の渦中の中にこそ、人生の醍醐味があるということ。ただ、気づく か気づかないか。 不遇であればあるほど、周囲の人に親切になる。だから、 多くの邂逅が生まれ、味のある日々になっている。成るほど、人生は面白いもの である。生きてきた課程で、日々、世界が変化している。そして、自分自身も、 大きく変化している。特に、20歳代の変化は激しく、留まることはない。金沢に いた頃の会社は、最後は吸収合併をされて、今は、何一つ残ってない。あるのは、 抽象画のような記憶だけ。
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