堀井On-Line



7362,閑話小題 〜第四・北越銀行の現場は

2021年04月11日(日)


   * まあ、大変だ… 愚痴も言えない現場も!

 第四と北越銀行の経営統合から4ヶ月になる。実際は第四による経営統合と
4年前に書いたが、統合の現場は、それは無惨だろう。特に統合店舗の仕事量
は倍増、そのシワ寄せは弱者の旧北銀社員にかかるのは、必然。 余剰人員の
整理には良い材料そのもの。20〜30年前の20数行あった都銀の経営統合と様相
は同じ。新潟による長岡経済経済の統合に一層…拍車をかけることになる。
 
 台所の排水口がつまり、急遽、ネットで業者を呼ぶことになったが、手空き
の要員が急遽、新潟から来ることになった。ところが、専用タブレットを片手に、
写真を撮ったり、書込みをしながら作業をしていた。そして、最後は手書きの
サインを求められ、請求書が、後で送られてくるので… そして翌日、他の
水漏れとか、何か補修の個所がありませんか…とかの営業の電話があった。
全てが東京本部の指示のもとで行われていた。要するに、情報がネット上で
処理される為、現場の作業要員と、指揮系統は別で済まされる。本人も…、
私の住居が新潟市内で、本部の人の顔を見たことがありません!こういう時代
ですよ!」 …地銀の経営統合もあって然るべき時代になった。これにAI化と
くれば、時代が先駆けをして変化しているようだ! 現場は生々しく変化する。

・・・・・・
6967,閑話小題 〜何ごとも娑婆の見納め
2020年04月11日(土)
   * 龍を怒らせてしまった!
74歳の吾が身を一度、殺して死者の目線で見下ろすのも一興かと…終わりを
 定めると、なる程、様ざまなことが、走馬灯のように浮かび上がってくる。
・生れたのが太平洋戦争の敗戦から5ゲ月後の1946年01月15日。
 亡くなった?のが2020年4月11日。74歳と3ヶ月になる。今年は昭和95年。
 終戦っ子で。昭和を43年+平成を31年数ヵ月、生きたことになる。
・振返ると「昭和」に人生の重点があったことが分る。それも遠くなりにけり。
 1990年辺りのバブル崩壊とソ連崩壊に驚き、2001年の9・11テロに驚き、
 2008年のリーマンショックと、2011年の東北大震災も驚いたが、この新型
 コロナのパンデミックにも驚かされた。 …あたかも、シネマ型の映像世界
 のごとく内容。敗戦後の昭和、平成、令和の時代を生きてきたことになる。

そうこう人生の節目に思いもよらぬ黒鳥が飛来している。これは予測不能のため、
混乱する。私の場合、30年前のバブル崩壊を含めて、何匹もの黒鳥の飛来で、
9年前に止む無くリタイアをした。…ある意味で、現在の事態の露払いでもある。
10年かけて売上が3分の1。現在の日本と世界の状況は、それが2〜3ヶ月である。
楽観論があるが、これは、そう甘くはない。特に日本は、アベノミクスという
不自然な経済政策の失敗が表立ってくる。とはいえ、現在の野党は、烏合の衆。

年内の大混乱は避けられないが、何とか、年内でピークは収まって欲しいが、
その後の2年は後始末に追われる。とすると、来年の東京オリンピックは無理。
政治も混乱期に入る。中国は、この機会を狙い、台湾、韓国、そして沖縄の周辺
に楔をうってくる。米中戦争の可能性が出る。第一次、第二次世界戦争の前夜に
酷似してきた。こういう時節に、地震、津波などの大震災が起こる。
悲観的になって当然だが… この意味することは「権力者たちに力量が試されて
いる」ということ。  …時代に火がついてしまった! 龍の到来である!

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6600,読書日記 〜『サピエンス全史 ―文明の構造』 −2
2019年04月11日(木)
          『サピエンス全史 』ユヴァル・ノア・ハラリ著
  * “衝撃の書”が語る人類の未来
       〜サピエンス全史/ホモ・デウス. NHK 2019 年1月1日〜
 先回、この番組をみた直後、この本を図書館で借りてきた感想を書いた。
その後、録画した番組を三度見直す度に新たな認識を持つことになる。
「人類種のなかでなぜホモ・ サピエンスだけが生き残ったのか」など、人類
の歴史を独自の視点でひもといた構成。 人類250万年の歴史から、
「小麦に人類が逆に家畜化された」など独自の視点でひもといている。
 ホモ・サピエンスは、AIやバイオテクノロジーにより、ホモデウス(超人類)
に進化して別の存在になろうと。 とすると現在、子供が学んでいる知識は、
将来何の役に立たなくなることになる。 現在の情報革命と、それがもたらす
新しい事態は、人類の枠を超えた『生命の発生以来の40億年以来の革命』と
アッサリ言ってのける。 現実社会を僅か20〜30年の間で、情報ネットが覆って
しまい、支配権を奪ってしまった上に、現実を革命的に変えつつある。
10年前は、20万年来の革命」と聞いた時には眉唾に感じたが、その後の現実
からして、「40億年来の大革命」も妙に納得する。外国にいる子供たちと、
スマートフォンで、互いの顔を映し出し、生映像でやり取りする現象は、
一時代前には考えられないこと。
 
   〜印象に残った個所を数回、抜粋する〜
<「人工知能とバイオテクノロジーで、人類は神に昇格する。
 乗り遅れた人間は、格差が進み就労不能な「無用者階級」ができる
『欲望すらAIに支配される無用者階級』という強烈な事態。AI時代に
 取り残された人達は「無用者階級」となり雇用不能者に…>
<人間が取残されないために、一生を通して学び続けなければ、繰返し、
 自分をつくりかえるしかない>
<文明は「虚構」の上に成り立っている。文明が発達するほど、我々は
 不幸になっていく。なぜならその文明は「虚構」の上にもたらされた
 からだ─。>
<西ヨーロッパは近代以前、巨大な帝国の中心地だったこともなければ、
 経済の中心地だったこともありませんでした。西ヨーロッパから広まって
 いった世界宗教もありません。ローマ帝国は、西ヨーロッパの帝国ではなく、
 地中海を中心とした帝国でした。そんな後進地域だった西ヨーロッパが、
 なぜ世界を支配することになったのか。 その謎を解く鍵は、
「近代科学」と「資本主義」の二つが西ヨーロッパで組み合わさったこと。
 じつは「近代科学」と「資本主義」には、共通点があるのです。それは、
 「未知の領域を探検し、その領域を征服したら、飽くことなく次の未知の
 領域をめざす」という考え方です。「地平線の先に何があるのかは誰も
 知らない。だから探検しに行こう。そうすれば、何らかの知識を得ること
 ができ、その知識は自分の力になるはずだ」>
<『サピエンス全史』の第四章で「ホモ・サピエンスは、あらゆる生物のうち、
 最も多くの動植物種を絶滅に追い込んだ生物史上最も危険な種だ」と。>
―
▼ 『何ゆえ、私が「秘・異郷ツアー」をライフワークにしてきたか?』が、
 事例が変われど、道理は同じく書いてある。
《 …それは、「未知の領域を探検し、その領域を征服したら、飽くことなく
 次の未知の領域をめざす」という考え方です。「地平線の先に何があるのかは
誰も知らない。だから探検しに行こう。 そうすれば、何らかの知識を得ること 
ができ、その知識は自分の力になるはずだ」と… 》。 これをツアーという
システムを使って楽しめたのだから、ツアー御宅も悪くはなかった。それは、
何らかの知識ではない。私の小さな世界にとって膨大の知識と経験を得ること
が出来る非日常の世界。何かのコマーシャルに、「思い出は金で買えない!」
のフレーズがあった。永遠の彼方に持っていけるのは、未知の領域で得た経験と
知識だけ。それをいとも簡単に現代科学はVR(バーチャルリアリティ)で
仮想化技術で… それがSF映画として、私たちの仮想体験を可能にする。
YouTubeに6畳間に65㌅の高性能のネットTVの導入事例があった。一歩部屋に
入ると、嫌な現実からトリップできる、良き事例として…。 『凄いな!』
と感心したが、『この寝室は8畳間、大して変わりはしないじゃないかい!』
 17世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソーが
<平穏は、地下牢のなかにもある。だからといって、地下牢を暮らしやすい場所
 にするだけで充分だろうか> …は、閉鎖的城下町でつくづくと思うこと! 
石牢の呟き嘆きが何ともうら哀しく、時には悲鳴に聞こえてくる。時に慰めに?

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6237,閑話小題 〜金沢・富山バスツアー
2018年04月11日(水)
  昨日は、数年ぶりに、観光バスツアーに参加してきた。
地元の越後交通(ゴールデンツアー)の日帰りコース。出発が長岡駅東口で、
早朝の7時20分発。地元到着が19時20分。値段が9500円(税込)。家内が長岡駅
への道すがらにある越後観光ビル内の案内所で見つけてきたツアー。 
・富山県北アルプスを背景にした『あさひ舟川・春の四重奏』の花見と、
・金沢市内の『金沢ひがし茶屋街・散策』
・『ホテル日航金沢のランチ食べ放題』のメニュー。
家内が、このコースに甚く気にいって誘ってきた。この数年、ライフワークの
秘異郷旅行に行ってないため、即座に合意し、参加した。 一つだけ誤算が、
桜の開花が一週間早まり満開の時期を逸し、半分ほど散っていたこと。
それでも、満足できる散策。
 その後、金沢駅前にある「ホテル日航」のランチが思いの外、美味しかった。
「ひがし茶屋街」の散策を1時間ほどして、帰路についた。
金沢には、20歳半ばに一年半ほど、修行も兼ねて勤務をしたことがあった。
立場が立場だけに、気持ちがどん底だったが、ところは、「いとはん」という、
マナーに厳しいと定評のあったファッション衣料チェーン。人手不足の中、
女性専用のマンション寮が大うけで、若い女性の就職希望が殺到していた急激
な右上がりの会社で知られていた。しかし、勤めて半年もしないうちに、ドル
ショックが起きて時代は一変し、売上は激減し、西武流通グループの傘下に入る
激動の最中。社長と、ナンバー2、3の人物の対立もあって社内は荒んでいた。
 しかし、3人に1人は、いわゆる金沢美人。仕事の半分は、様々な悩みの
相談と、信頼の構築。 肩書が無い立場からこそ、気を許してくる。
最悪が故に、面白いことが多かった。女子寮内に、誰か茶道に通っている人
が居ないかと聞いて、寄宿していた寮の近くの一般家庭の主婦が
教えている家を紹介してもらい、1年程、通っていた。当然、そこに数人、
金沢美人が通っていて、週の二回、火曜日と、木曜日と、交互に通いながら、
様々な地元美人と茶道の練習を楽しんでいた。金沢は外モノには優しく、
仲間内にはキメ細かい暗黙の気遣いが歴然としている階級社会。
男尊女卑が歴然と残っている男社会で、一歩も二歩も、男をたてる世界。
富山、福井、能登、飛騨高山が近くにあり、何はともあれ、金沢に… 。
当然、遊び場も、茶屋街に。芸者衆の集まる茶屋街が「ひがし茶屋街」
「にし茶屋街」「主計茶屋街」の三つが金沢藩の肝いりで集められ、現在
に至っている。その「にし茶屋街」に、何も知らずに店のパンフレット
配りをして、その奥深い世界を一端を見た時の驚きを忘れられない。
出あうのは今まで見たことのない御公家顔の美人ばかり。あれは、芸子の
スッピン顔だったと、今回の散策で気づいた。それでは綺麗なはずだ。
 雑種の地方の寄り集まりの首都圏を除いて、四日市、神戸、金沢、新潟、
長岡市と、仕事で渡り歩いたが、こと美人とセンスに関しては、金沢が
一番の粒揃いで‘粋’があった。文化面で一番、影響を受けているのが、
京都の文化である。北陸新幹線開通まで、あまり知られてなかったのが、
他に、料理文化の深さ。現在はどうか知らないが、おでん屋、小料理屋、
喫茶店に味わい深い店が多い。当時の金沢の話は尽きないほどあるが、
どの場面も、青春の真只中の思い出は尽きない。時代は、経済が激動の
中でも、右上がりの、今となっては夢のような時代背景があった。 
ドップリ地元城下町の一角に沈んでいる自分に気づかされた一日だった。
  これを書いた20分後に、ポタリングに出発し花見をする予定。
長時間バスの座席の固定で腰痛を心配をしたが、殆ど問題は無かった。
習慣の力だが、定時の3時50分に起床し、これを書上げ…日常の世界に
舞い戻った。一日とはいえ、この非日常の反動は、数日後に出てくること
になるが…

追: いま気づいたが、3年前に、以下を書いていた。
  少し出来過ぎだが、こんなものか。話題の在庫が少ないだけだが。

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5140,閑話小題 〜北陸新幹線開通1ヶ月
2015年04月11日(土)
  * 北陸新幹線開通1ヶ月
 北陸新幹線が開通して1月。ゴールデンウィーク辺りから、福井、石川、
富山の北陸三県の観光地が脚光を浴びる。金沢は加賀百万石の文化が営々と
引継がれている。20歳代半ばの頃、1年半、金沢の地で勤務したが、現在
でも鮮明な記憶として残っている。休日、日帰りバスツアーで能登半島を
一周したり、半日市内観光をしたり、金沢港でキス釣りをしたり、茶道に
習いにいったりした。 加賀百万石の文化は何とも風情のある。
特に、老舗の居酒屋が良い。北陸三県と隣接した地区の観光資源は豊富。
その背景に三大都市圏の観光需要があるのが大きい。そこに新幹線で二時間半
で行けるのだから、女性にとってうってつけ!『日帰り能登一周コース』を
つくれば良い。 逆にストロー効果で、地元民が東京に取られる可能性も大。 
 ところで金沢滞在の一年半で、姉や友人が三人、訪ねてきた。更に、実家の
会社の慰安会で近くの温泉にバスで来て、私もそこに招かれ、泊まって騒いだ
こともあった。勤務先の会社上げての慰安会が、泊まり込みで片山津温泉。
高度成長経済の真只中時代だった。今では隔世の感がある! 
金沢・能登は一人旅に、うってつけ、お勧めである。
   * ジヌ(銭)よさらば! ーシネマ評
ハリウッドか邦画か、翌日放映の‘ソロモンの偽証(下巻)’にするか
 迷ったが、上記の内容を読んで、こういう風変わりも「良いか」で、
これにした。80点だが、不満も残らない内容。観客は10人あまり。
《 田舎の小さな村“かむろば村”に、大荷物で降り立った1人の青年。
彼の名は通称・タケ。一見どこにでもいる若者だが、実はこの男…お金を
“さわれない、使えない、欲しくない”の三拍子がそろった“お金恐怖症”
になってしまった元銀行マン。現金にさわるだけで、とたんに激しいめまいに
襲われ失神してしまうという筋金入りだ。「1円もお金を使わない!」
と悲壮な決意を固め、かむろば村へやって来たタケは、どこか田舎の自給
自足ライフを甘く見ているフシもあり度々命の危険にさらされるが、憎め
ない天然キャラに救われ、村人たちに度々助けられるのだった。・・(略)
クセ者なのはタケだけではない。彼がやって来たかむろば村こそ、一見
どこにでもある寒村ながら、ユニークというには濃すぎる村人たちが生息
していたのだ。学校はないけれど、異常に世話焼きな村長がいる。銀行も
ないけれど、写真好きで目が光ったりする神様がいる。病院なんてもちろん
ないけれど、色っぽい美人が(多少)いる。そんなキャラクターの濃い村人
たちのお蔭もあり、危なっかしいながらも奇蹟的に1円も使わない生活を
続けるタケ。最初はタケの無知と無鉄砲さに半分あきれていた村人たちも、
タケの存在を優しく受け入れてゆく。そんな矢先、穏やかだったかむろば村
に不穏な風が吹き始める。村長の過去を知る不気味な男の出現、同時に迫り
くる村長選挙をめぐる陰謀が発覚!村に来て間もないタケも、知らず知らず
のうちに騒動の渦中へ…。タケの生活は思わぬ方向へ向かいだす…! 》
▼ 少し、いや非常に甘い主人公と、その物語の設定だが、それでも、
 何時の間にか、‘かむろば村’の世界に引きこまれてしまうには、
主人公の松田龍平の周りに、松尾スズキ、松たか子、西田敏行などが、
脇を固めているため。「ぼんやり」と息を抜くには丁度良い。以下に続く!

・・・・・・
4775,ぼんやりの時間 ー8
2014年04月11日(金)              
  * 「懶」 ー心の余白    「ぼんやりの時間」辰濃和男 (著) 
「『ものうい生活』の中に自らなる別天地に休んじ、楽しむことを気取ることが
懶惰」というらしいが、これが、この年齢で、少しは分かってきたようである。
事業を立上げ、軌道に乗せて暫くの間、何もすることが無い日々の別天地を
知っればこそ、この懶惰の味わいが分る。振返ると、あの退屈の懶惰こそ、
お宝だった。その合間の、読書や、秘境ツワーなども、それだ。
《 谷崎潤一郎は、1930年に『懶惰の説』という随筆を書いている。西洋の
 人々がいかに活動的であり、精力的であるかを例示し、これに対し東洋の
人々がいかにものぐさで、面倒くさかり屋であるかを対照的に書いている。
懶惰の代表者は誰か。物語のなかでの人物ではあるが、物臭太郎(三年寝太郎)
の名をあげている。 さて、瀬惰とはなんだ?.
「『ものうい生活』の中に自らなる別天地のあることを知り、それに安んじ、
それをなつかしみ、楽しみ、或る場合にはそう云う境地を見えや気取りにするか
の如き傾向の存すること」 瀬惰心という言葉があるとすれば、この谷崎の
定義はその一面を言い当てている。むろん、西洋人にも瀬惰心の人がいるし、
東洋人にも活動的な人がいるのはいうまでもないが、あるていど類型化
しないと、論旨がはっきりしない。瀬惰をよしとする人は、年中あくせくして
きりきり働く人を冷笑、ときには俗物扱いにする。朝から晩までせかせかと
動き回る人を嗤う傾向がある。一方、瀬惰心に批判的な西洋人は、浮世を
捨てて山の中に隠遁し、独り瞑想にふけっているような人物を聖人とは
思わない。高潔の士とも思わず「一種のエゴイスト」にすぎないと切り捨てる。
 谷崎自身は、瀬惰心というものに、一定の共感をもっていたことはたしかだ。
「とにかくこの『物臭さ』『億劫がり』は東洋人の特色であって、私は仮りに
これを『東洋的瀬惰』と名づける、というとき、自分にもまた、その東洋的
瀬惰なるものの血が流れているという自覚があっただろう。 》
▼ 事業を目指し、準備15年間、立上げ、最後は、津波で流され終わった
 私の事業人生。それを全面否定され、あざ笑われているような内容である。
それも、あと一年で古希になろうとして気づいた底浅い己には、この結果が
似つかわしいと独り納得させられる。 こういう視点もあると割り切っては
いても、気になることは確かである。心の余白など埋めぬがよい! 
いや、埋めようがない!


7361,閑話小題 〜地元経済の具体的事象は…?

2021年04月10日(土)

   * そりゃ、そうなるは!
 ほぼ毎日、出歩いている家内と、ほぼホーム・ステイの私とでは、街中の
現象に対する感覚が違ってくる。長岡駅構の専門店街のコーヒーショップが、
この3月で閉店すると一月前に聞いたが、この店には思い入れのある人が結構
多くて、ヨーカ堂の撤退に近いショックを受けた人が多いとか…。
 そして次は、長岡駅前の大手通りのドン詰まりのローソンが、これまた、
閉店したとか… ここは一歩裏通りの‘殿町’の飲食街の店が、コロナ禍の
客足の激減をモロに受けての撤退とか… ここは、75年前の長岡空襲による
火災後、自然的に発生…?した市場。私の10歳位までの遊び場でもあった。
その一角が、再開発で、市場の形態を守ったまま生き残っていた衰退の象徴。
一年の間… 取り敢えず頑張ってみたが、力尽きたようだ。 殿町の老舗の
夜の商売を何とか維持してきた生残りの人たちにとってショックとか。
これのホットの話題は、家内が通うスポーツジム仲間からの話題からも入る。
 何とか一年は生き残ったが、さてと、このゴールデンウィーク後には、思い
切った決断の時節になる。 地元の北越銀行は、第四銀行と合併、同規模とは
いえ、それは厳しい環境の声が、殿町で怨嗟の嵐になる。 けっこう面白い店
があり、そこの格付けそのままが、銀行格付けになっていた時期があった。
あとは、元・第二地銀の行く末になるが! 垢まみれだが、一度、ワンマン
経営者一族の内乱で、半分は垢が落ちていた。 城下町ネガティブ・キャン
ペーンの多くは、ここから浮き上がっていた… 中越地震、柏崎・刈羽沖
地震で疲弊している上に、これである。それは、そうなるは!
雪の壁で守られてい中越地域も、パンデミックには、抗えないということ!
 
・・・・・・
6966,読書日記 〜ネガティブ・バイアス −2
2020年04月10日(金)
               <『しあわせ仮説』 藤澤隆史著>
    * 9割は否定的な思いで…
<人間の心は放っておくと、九割は否定的方向に傾いてしまいます。だから
 常に肯定的思考を身につけなければなりません。【ジョセフ・マーフィー】>

 9年前にリタイアし、地元に住んでいるが、その息苦しいこと極まりない。
流動性が少ないのが要因だが、否定的バイアス、それも世間バイアスに雁字搦め。
何代前までの因縁で固められていることが多い。 城下町カースト制みたいな
因縁社会である。 これはアフリカのケニアの村町のそれとホボ同じというのが
誰も知りようがない。ここで、安心して住むには、せめて精神だけでも、遠くの
森の高い樹上に住み、虫や、小鳥の鳴き声、囀りから離れるしかないと決めていた。 
 これを書き続けているのも、その一つ。太平洋戦争の敗戦の中で、高度成長を
実直に成し遂げて落ち着きを戻した頃、アメリカ的なポジティブ・マインドが、
日本にも定着をしてきた。地政学的にみて、アメリカ大陸と、ロシア、中国、
アジアの防壁の島国の有利性で比較的恵まれた位置にあり、その恩恵を得て、
現在に至っている。ポジティブ・バイアスの重要性を説いたのが、「中村天風」。
 まずは、日本人が持つ、湿気が多い体質を指摘し『積極一貫』のポジティブ・
マインドの必要性を説く。 
 
 …個々のバイアスは、親がかりのケースが多い。
地元に残り公務員をした同期生の話に、驚いたことがある。
< 父親が酒と博打で、家に金を入れないため、長男の俺が家族を支えるため、
 中卒後に地元の工場に勤務、夜間高校で学びながら働き、地方公務員の
試験に合格し、その後、地方公務員の消防士として定年を向かえた。もちろん、
消防士は、様ざまな手当てが付くことを知って。良い人生だった。 >
しかし、そこに暗い陰は微塵もない。ネガティブの条件をバネとして
ポジティブに生きたからである。 

 …大学がミッション系もあり、その校風が明るく、開放的、かつ純粋。
特に人が良い。 悔しいことだが、小学校からのエスカレーター組のネアカ
に驚かされる。家庭環境が裕福もあるが、幼児教育の根底からして、理念が
ベースにあるのだろう。(例外もあるが…)ポジティブ・バイアスがシッカリ
あるからだろう。そう考えると、家柄が本人にとって重要ということ。

 そこで次回で、他のバイアスをテーマにしてみたい。
…老化すると、ネガティブ・バイアスが頭をもたらすようだ。

≪ 世界幸福度ランキングで指標となっている項目は、「所得」「社会的支援」
「健康寿命」「人生の選択の自由度」「寛容さ」「腐敗の認識」でポイント付け
られています。「寛容さ」は、チャリティなどに寄付をした事があるか?で判断
され、「腐敗の認識」とは、不満や悲しみ・怒りが少なく、社会・政府に腐敗が
蔓延していないか?  これらが判断基準になります。
日本の幸福度は先進国の中でも低いです。
「所得」「社会的支援」「健康寿命」「自由度」では高いポイントですが、
「寛容さ」と「腐敗の認識」のポイントが異常に低いのが日本人です。≫

・・・・・・
6599,閑話小題 〜ケーシー高峰 逝く
2019年04月10日(水)
  * ケーシー高峰 逝く 
 
・・・・・・
6236,閑話小題 〜 「人間は血のつまった袋である」(カフカ)
2018年04月10日(火)
   * 寺山修司 ・語録より
 「所詮、人間はくそ袋」というが、「血の詰まった袋」とは。
それも「話かかける袋」とは。学生時代に名前を聞いたことがあったが、実際に
読んだのは、『さらばハイセイコー』の詩である。こうして読めるのは、実社会
の経験と、知識のベースが出来たからだろう。『旅の詩集』ー逃げろ、生きろー
などは特にそうだ。
 〜ネットで<寺山修司語録>で、検索すると、彼の語録があった。
――――

 “カフカは『兄弟殺し』の中で「なぜ人間は血の詰まったただの袋ではないのか」
と問いかけているが、 その答は簡単だ。人間は「話しかける袋」だからである。
「血の詰まったただの袋」は決して叫んだり話し話しかけたりはできないのである。”
 “カフカは『兄弟殺し』の中で「なぜ人間は血の詰まったただの袋ではないのか」
と問いかけているが、その答は簡単だ。人間は「話しかける袋」だからである。
「血の詰まったただの袋」は決して叫んだり話し話しかけたりはできないのである。”
 ―
 “個人の主体だけが重要なので、画一的な思考は排すべきだという考えは
変わらない 。それはいわば事実ではないが真実の世界であって、虚構ではないが
幻影の体験なのである。”
 ―
“われわれの日常を規制しているのは事実ばかりではない。むしろ事実を
生み出している権力家の<あるいは自分自身の>迷妄なのである。”

“私はこの時代が変わって決して避けられない必然の下に暗い様相を帯びている
とは思えなかった。悲劇的ではあったが、悲劇そのものではなかった。だから
「ニーチェの時代には悲劇的なものを求めることが英雄的であったのに対し、
すでに悲劇的なものが予め与えられている現代では、幸福を求める行為以外に
ニーチェの説いた感情の高密度を保証するものはない」とさえ思ったのである。”

“「運のわるさ」というのは、時代との折り合いがうまくつかないという
ことよりも、自分自身との折り合いがうまくつかないということ”

“「行く」という行為は在りうるが「帰る」という行為はありえないのだ。
回帰するやつは、みんなくたばれ。”

“おやすみは、コミュニケーションの終わりの挨拶である。ここからは何も
はじまらない。……だから、私は「おやすみ」ではなくて「おはよう」という
ことを考える。くたびれて「幻滅の風景を愛撫し」つづけてきた長い灰色の夜を
終わらせるのは、この「おはよう」の思想化ということである。「おはよう」は
主体的だと「おはよう」はこっちから話しかけるための出だしのファンファーレ
である。それは話しかけられるのではなくて話しかけるためにある。”

“詩人に「公生活」があるのかどうかが問題である。彼等の大部分は詩を
実業としてはいず、他に職業を持っているからである。「詩」は虚業だ。
 …私は、ふと「詩人」というのは形容詞なのではないだろうか、と考えること
もある。岡田茉莉子は「美人」である。というような意味で、かれは「詩人」
である―というわけだ。”

――――
▼ “昨日の自分は、いわば影だ。昨日の自分は痛くもなければ快感も感じない。
それは決して今日の自分とは比較できないものなのではないだろうか?…
…人は誰でも、現在的な存在である。…「わたしが一番きれい」だと感じるのは、
いつだって現在なのだ。” の詩が、鋭く突き刺さってくる。
老年に至ったためだろう、泥沼のように過去が、容赦なく現在の私を脅かす。
閑居は、良いことばかりではない。心の中は、快晴の時も、大嵐の時もある。
今の私にとって、「現在は、過去の影でもある」。過去と現在の対話で、何時も
圧倒するのが、過去である。年齢だろう。「老いることは無念!」と言ってた、
伯母の言葉の実感が徐々に身に染みてきた。それを寺山の詩から思い知るとは… 
‘生きていればこそ’ではあるが。

・・・・・・・
3667, 節目どきに ー2
2011年04月10日(日)
 今回の ? を当事者の目線で現状分析すると、
・ 9・11、9・15、の経済震災と、3・11の自然震災の直撃で、事業としての
  立ち居地が悪かったこと! 五割が、これ。
・ 三割がネットなど情報化の影響が直撃、そこにビジネス客の首都圏より
  二時間圏内の日帰りの徹底が地方都市駅前ホテルを衰退を招いたこと。
  グローバル化で、特に、この10年地方経済が衰退したことがある。
・ 最後の二割が、鉄とセメントの装置産業で身動きが取れなかったことと、
  部屋在庫を多く持ちすぎたことである。
・ さらに当方として30年という事業年齢の満期にきたこともある。 
  これらを読めなかった能力不足が全てといえば、その通り。しかし、
 (これを読めというのか?)という内なる声。 結果からすれば、創業後
  10年辺りの最盛期に事業転換をすべきだったが、これはあと講釈。 
  この3つの経済震災と自然震災の結果について、震災は震災として割り切る
  しかない。その辺の、したり顔の下司講釈など・・ 宮城の震災地の真只中で、
  「こんなところで事業をしている御前が悪い」とか言う輩はいないが
  (いや何は何処にもいるか?)、経済震災になると、その辺の類推がでない
  人が大部分だろう・・・。 今回の災害そのものを大地震とすると、恐慌
  という大津波が何波も、もう、そこにきているのに、情報コントロール下
  のため?か、大部分の国民は、分かってない? 今年は2012年の前年。
  この三年は10〜20メートル・クラスの経済破壊の大津波と、放射能
  汚染などのパニックが起こってくる。 たとえとして、ソ連解体直後の
  ロシアの大混乱?や、中国の文化大革命(推定3〜7千万人の??)
  に匹敵する混乱を日本に想定すればイメージがわいてくる。
  リーマンショックが日本経済を直撃している最中に、日本史、いや世界史
  に残る、大震災に直面するとは! 東日本のリゾートホテル・旅館は、
  客が5分の1、10分の1という。長岡の奥座敷といわれるホテル街は、
  ほぼ客がゼロとか。 中越地震で立ち直りかけた矢先に豪雪と、これ。 
  青色吐息でなく、黒色吐息。 それにしても、原発事故の行方がサッパリ
  みえない暗い日日が続く。このままでは経済の先行きは真っ暗。
  この原発事故の汚染が、このまま収まるとは思えない。農業、漁業、土木、
  建設、第三次、第四次産業も、輸出産業など、どれをみても・・
  どうなるのだろうか? 何をかいても曳かれし者の戯言 か、これは。
・・・・・・
4033, シングルイン、31年間の総括 ー9
2012年04月10日(火)
   * つれづれに ー9割がた終了
 抵当に入っていた自宅は家内が買い取ることになり、新潟駅前の物件5つを
加え、すべて決着。 弁護士曰く、「あれから一年、世の中はグチャグチャ。 
この環境下、見切り千両というより、見切り万両といってよい。これだけの物件
で金融関係が全く異議をいってこないのは、初めて。」という訳で、9割方終了。 
一瞬早い決断は、問題を数分の一にしてしまう。あとは個人保証債権を
サービッサーと交渉して家内が買いとるか、破産するか一年がかりになる。
これが残りの一割。 「この時世の中、全ての物件が一年で処分できたことに
逆に銀行に感謝された!」と弁護士。これで現時点で、絵に描いたような撤収。 
これも一連の事業の範疇。経理担当Oさんの管理が完璧だったことが背後にある。  
夜逃げ、首吊りか、合理的撤収になるかは一瞬の決断の間合い。それでも心の傷
が癒えるに数年はかかる。これは、時間の経過と、問題の中心点に気持ちを集中
し続けるしか、解決はできない。多くの要素が絡んだ原因と結果でもあるからだ。 
 一度、社会から身をひくと、経済と社会の流れに鈍感になる。表立ってないが、
深く景気の悪化が進んでいるようだ。起こってしまった東北大震災と、今後予測
される大震災を、連日マスコミで流されれば、住宅関連、車、家電など買う気が
なくなる。その中で運良く全ての物件が売れてくれた。ホテルの装置は稼働して
いないと、内臓(ボイラー、配管)が時間とともに腐り、買い手がいなくなる。 
最悪の場合、建物撤去が必要になり、価値が暴落することを銀行は知っている。
その結果、個人保証に厳しい姿勢になる。 破産をすれば、それで終わるが、
拗れると個人破産にも異議が出る。しかし生きたままの債権移動は、買い手も、
銀行も、債務者も良い「三方両得」になる。目安が3〜5年先と思っていた
ので、歴史的異常時の中、有難い結果である。
・・・・・・
5869,トランジション 〜人生の転機に、トランジション理論 〜3
2017年04月10日(月)

 計画通りに予定挫折などの自己配転を続けるには、「ウエットな心情に、
ドライな頭脳」が必要になる。本来、心は弱く、傷つきやすく、その結果、
生じるのが、離脱、アイデンティティや、方向感覚の喪失感である。
それらを克服していくプロセスで生じてくる覚醒と、信念の芯の強化が自然と
生じてくる。 「正 中心 一点 無」を想念し、問題の中心点を只管、想い
続けるしかない。 それが予定挫折としても、厳しさは同じ。 
 トランジションを3段階に分けた内容とは
  ★ 第1段階… 何かが終わる
≪ 何かが終わるとき、自分の意思で終わらせられる場合と、自分は望まない
のに外部の状況や他者の影響で強制的に終了させられる場合があります。これを
仕事でいえば、前者は自己都合による退社、転職。後者は企業都合による解雇、
転勤、異動などで、慣れ親しんだ仕事、職場から無理やり離される場合です。
後者は、自分が望まない変化であることも多いため、ひどく落ち込んだり、
やる気を失う人もいるでしょう。
 強制的であれ自分の意思であれ、これまで持っていた何かから離れることは、
心理的な痛みを伴うものです。うまく物事を終わらせることが容易でないのは
そのためです。しかし、何かの終わりは何かの始まりでもあります。
たとえ自分が望まない終わりだとしても、新しい自分を発見する良い機会だと
考えて気持ちに折り合いを付け、過去と決別する必要があります。ブリッジ氏は、
「アンラーン(un-learn)せよ」、つまり、「過去の考え方を捨てよう!」と
提案しています。
 さて、何かの終わりをうまく処置するのが難しい理由は、終わりに
 直面した人のほとんどが経験する以下のような感覚があるからです。
•離脱(Disengagement)
 それまで慣れ親しんできた場所や人から引き離されることから生じる感覚。
•アイデンティティの喪失(Disidentification)
 過去の世界とのつながりを断ち切ることで、自己定義の手段を失ってしまい、
 自分は何者であるかということが分からなくなる感覚。
•覚醒(Disenchant)
 自分がこれまで属していた世界に抱いていた楽観的な見方は幻にすぎないと
 気付く感覚(会社や他者に裏切られた場合により強く感じるもの)。
•方向感覚の喪失(Disorientation)
 今後どの方向に進むべきか、そのために何をするべきかといった目標や計画が
 失われる感覚(解雇など強制的な終わりによってもたらされやすいもの)。
 何かの終わりに伴う上記のような感覚からは逃げることなく、
次のニュートラルゾーンにおいて、とことん味わいつくすことが重要です。≫
―
▼ まず直面するのが、孤立と、孤独に伴う自己喪失感。そこで必要なのが
 幼児時期から、これまでの親からの愛情の温み。それと、小さな成功体験。
そして読書習慣による時空を超えた他者との触媒。一度、生身の世界から離れ、
自分の信念と、能力の棚卸をすること。特に強みと弱みを見据えること。
そこにあるのは、何の力も、魅力も、温かみのない、小さな哀れな自分。
それを直視してから、具体的に歩みを進めるしかない。過去を引きずらない
ことが、最も重要なことは、周囲を見渡せば一目瞭然。捨てきれない自分が、
ここにいる。どの道、誰もが直ぐに死ぬのだから… どの道、同じですか。


7360,閑話小題 〜かくして神様は男を御造りになった! −2

2021年04月09日(金)

   * 金沢で学んだこと とは
 出口王仁三郎の書の女性論が面白い!
≪ まず女が居て、そこに助平な神様がいて、女の願いを聞いていた。 
・まずは私と遊んで愉しんでくれて! 
・そして害獣から私を守ってくれる力ある存在。
・そして、何の歓びを満足してくれ。
・この小さな世界から私を連れだしてくれる存在。
・私の、この美を称賛してくれ、美味しい食事を御馳走を供してくれ、
・私の悩み事を解決してくれる存在。

 ところが、その存在が、煩わしくなり、これらを一つにした存在を願った。
そこで神様は、「男」を御造りになった。 …女子は、それ故に、我が儘で、
強欲で、少しノウタリンだが、問題は、それを理解したうえで扱わなければ
ならない動物! ≫
 ―
▼ 特に女性は、一人・独自と、群れの扱いを割切って変えなければ。
 群れの場合は、猿軍団として扱う。個々は丁寧に、群れは上から目線で羊の
軍団のように… たったこれだけの道理を実感しただけでも金沢の一年半に
わたる、経験は充分に価値があったような。

・・・・・・
6965,読書日記 〜ネガティブ・バイアス
2020年04月09日(木)
         < 『しあわせ仮説』 藤澤隆史著 >
    * ネガティブ・バイアス
 他の本にも、ネガティブは生物が生抜く手立てとして、『狩るもの、狩られる
両者の立場の中で、一度狩られたら、お終いだが、狩られなければ、再度の兆銭
が可能のため、狩られないよう否定の念が強くなる』と妙に納得する道理があった。
大家族の中で、末っ子もあり、まずは自分の身を守るのが先決。次は絶対権力者の
両親の傍に身を置き、身を隠す術を得ていた。長女の人と何やら妙な親近感が…。
それは親代わりのためである。
ネガティブ・バイアスを誰も持っているが、それが他者に向かうと強烈に働く。
それ故に、誰かネガティブが見つけると、動物的本能で、集団で襲いかかる先頭
の犬コロになりたがる。それが、如何に自分にとってマイナスかが分らない。
ここで、それを埋め合わせるためには、
<結婚生活の相互関係において、一つの致命的な破壊的行為の埋め合わせに、
少なくとも5倍の善行もしくは、建設的な好意を必要とする。 金融取引や
ギャンブルにおいて、ある額のお金を得る快は、それと同等のお金を失う苦痛
よりも遥かに小さい。… 一度の殺人を埋め合わせる為には、人命を救うような
英雄行為を25回しなければならないと見積もられている。 人の心というのは、
良い物事に比べて、同程度に悪い物事に対して、より素早く、強く、持続的に
反応すると見積もられている。>

< ・古来の哲学も、現代の自己啓発本も、
「人生や幸福とは、私たちの心の創造物である。他人や外的な条件を変えるので
はなく、自身の心構えや物事の受け止め方を変えれば、人生は変わり幸福になれる」
ということを繰り返し言っている。 しかし、「心を変えよう!」と決意して、
これまでのやり方やものの見方を変えようとしたところで、数週間もすれば元に
戻ってしまうに違いない。
 象使い(意志/制御されたプロセス)が「変わろう」と決意したところで、
象(感情/自動化されたプロセス)を変えることが出来なければ、意味がない。
必要なのは、象使いの決意よりも、象を訓練し直すことである。
 心を変えるために必要なことは、頭で考えて変わろうとすることだけでなく、
時間をかけながら行動習慣を変化させることである。(39-43.)
 人間の脳内にも動物と同じように「好悪計」が存在する。味覚や視覚だけで
なく、単語に対しても「好き/嫌い」の判断を行う(「希望」や「楽しみ」など
の単語は「好き」と判断し、「恐怖」や「退屈」という単語は「嫌い」と判断する)。
また、自分の名前などの見慣れたものは「好き」と判断し、自分の名前と響きが
似ている人や仕事も「好き」と判断する。ジョンはジェーンを結婚相手に選び、
デニスは歯医者になり、ジョージはジョージア州に引っ越す確率が他の名前の人
よりも高い。結婚や職業という人生において重要なことも、名前の響きという
些細なことに影響される可能性がある。(43-46.) >
 
 ――
▼ 事業が、そうである。10年以上もエネルギーと資金を投入したのに、一瞬で
 快・不快もないまま、消え去ってしまう。何度も何度も失敗しても、凝りもせず
繰返し… 野村監督の愚痴ではないが「不思議な勝ちはあっても、不思議な負けは
なし。ネガティブ・バイアスも必要である。逆に、いいことを意図的に心の中で
長引かせることが、その体験を長期記憶に留める助けをする。 そのような
「いいことを愛で味わう」体験を何十回、何百回と繰り返し重ねていくことで、
ネガティブなことに過剰反応しない脳の回路を作っていくことが可能になる。
良いか悪いかは別として、ごく身近に、そういう人がいる。近未来に楽しいこと
しか頭にない。それ以外は、何事も見えない。それも長期脳に納めて、次の瞬間
には、忘却の彼方へ。こうなれば、魅こと、としか言いようがない。近所の原信の
レジで曰く… 『この時間に何時もいらっしゃる…御近所ですか? 羨ましいは、
私など知り合いの目が嫌で、わざわざ遠くから来ているのに!通勤時間を取られ!』
…そこには既にネガティブ・バイアスが掛かっている。割引時間にレジを並ぶには、
近所の目があるが、何の気にしないのがポジティブがある。気にするのは、気に
なるからである。「ユニクロ」を着ることに躊躇するのは、普段着=みすぼらしい、
と思うからである。重ね着と、普段着の世界的ブランドと知ればこそ、堂々と
着れるのである。これに近い現象を、屡々、経験する。特に地元に籠ってから!
 恐らく、このブログ内容に対して、多くの批判があるのだろうが… 
「私ってのは、この程度!」の自覚があるため、今さらか。

・・・・・・
6598,閑話小題 〜老いについて
2019年04月09日(火)
              <「四苦八苦の哲学」永江朗著>
    * 漫画家は姿勢によって年齢を描き分ける
  永江らしい厳しい言葉の羅列である。老いた自分の姿と顔を鏡で
 みる度に、愕然とする日々。とはいえ、老いは時間の問題で、誰の頭上にも
降り注ぐのはごく当然のこと。長生きもプラス面もマイナス面もある。長生きは
死損なった状況でもある。
≪ ボーヴォワールは、老いについて
 ヒポクラテスによれば、人間が頂点に達するのが56歳と、
  アリストテレスは肉体の完成が35歳。魂の完成は50歳とする。
 ダンテによれば、人は45歳で老境にさしかかる。
 今日の興行的社会を諦念退職させるのは一般に65最である。』
ある漫画家は姿勢によって年齢を描き分ける。これは生きる姿勢にも通じる。
 更に… ボーヴォワールは
『老人は社会からみれば猶予期間の死者にすぎない。』
『ジジイよりババアと言われた方が厳しい。雌は獲物。若さが枯れた老女は…』
彼女は、ジュアンド―の言葉を紹介している。
『半世紀の間おれは20歳でありつづけた。いまやこの不当所得を
 返上するときがきた。』と。
『現在において、われわれは、われわれの過去を乗越える投企によって
 未来を志向する』 ≫
著者の永江は<人間にとって、死ぬのは二人称と三人称の死かしかないが、
ところが老いは違う。三人称あり、二人称あり、一人称まである。
笑い話がある。『50年ぶりの同級会に出席したら、じいさんばあさんだった」
そう笑う自分が抜けている。 
―
▼ これを書き続けてきた御蔭で、精神の起伏は少ないが、それでも同年代の
 老いを合せ鏡で見る度に、数時間としても、突如として、老境の自分に愕然
とすることが多くなった。老いそのものは時間経過の状態で、問題は、その受け
止め方。 時間経過とともに、長くなっただけ過去は重くなり、我々の未来は
短くなる。偶然だが、先日、10年後の自分が、その時節の自分の書いたテーマを
読み返しているショートショートを書いていたが、明らかに下り坂のギアダウン
した状態は間違いないためか、重い気持ちになってしまったが、それが面白く
もあった。そこでは、「いま、ここ、わたし」への集中、永遠の感覚が救いに
なるようだが。 その永遠も妄想ですか?

・・・・・・
6235,閑話小題 〜変じゃないかい?
2018年04月09日(月)
   * 不可解な? この絶妙なタイミングに…
 何か不可解な事件が起きた。大統領の自宅のあるビルの火災にしては、
マスコミは騒がない。このタイミングからして、家族に対する無言の威圧になる。
 〜ネット記事によると
【 トランプ米大統領の自宅があるニューヨーク中心部のトランプ タワーで
 7日夕、火事が発生し男性1人が死亡した。消防士4人も負傷した。原因不明。
大統領は不在だった。火災が起きた際、トランプ氏やメラニア夫人はワシントンに
滞在中で、親族はビルにいなかった。同タワーはトランプ氏が2017年1月に
大統領に就任するまでオフィス、住居として使用。現在もトランプ氏の私邸と、
長男らが経営する不動産会社トランプ・オーガニゼーションの本社がある。
 市消防局によると、原因は調査中。火が出たのは分譲住居部分で、家具などが
燃えて室内はほぼ全焼したという。火災発生時に50階(58階ビル)の窓から赤い
炎が見られ、タワー付近は大勢の人が集まって騒然となった。(2018/04/08) 】
―
寅さん:時が時だけに、何か薄気味悪い時に、嫌な火災が起きたよな。
大家さん:だろう!人の出入りの激しいビルの中で、チェックは難しいはず。
  北朝鮮からすれば、斬首作戦とか言ってるが、他人事ではないよ。
  ドローンで、強力爆弾を積んで突っ込めば、それで済む話。
  大たい、そんな物騒な場所に大統領になっても住み続ける方が変ですよ。
熊さん:俺だって、その位のことは常識と思うよ。どうしたのトランプちゃん。
寅さん:俺もトラだけど、俺と同レベルかいな。 NHKの番組で、解任の続く
  ホワイトハウスの実情を取上げていたが、共和党内も、この大統領の存在
  に、苦慮していると言っていたね。あれは間違って泡沫がロシアの力を
  借りて、大統領になってしまった漫画の世界だね。
大家さん:でも、無謀な政策の実行の段になると支持率が上がるということは、
  やはり、アメリカの本心を、そのまま実行しているだけということですか。
八つぁん:少し話が変わるが、北がオリンピックを機会に、中国に擦り寄ったり、
  韓国や、トランプ大統領と会談というけど、その前に決裂の可能性が高い。
  で、このタイミングに火災だろう。ミサイルの外に、この手もあるかも?
  の予告ということ? とにかく、あそこは移動した方がいいね。
大家さん:時間稼ぎの手段ぐらいは、知っていて、早期に決裂するのが、トランプ
  大統領の思惑さ。ロシア取引疑惑と、無能隠しに、戦争しかないもんな。
八つぁん:金ちゃん、やり過ぎだったよ。あれじゃ核戦争になっても仕方ないよ。
  最悪の事態には、最悪の役者が揃うというけど、よくぞ揃った物。これは
  歴史に残る迷場面ですよ。
熊さん:俺もそう思うよ。これまで、騙しっぱなしだもの北は。いくら何でも、
  もうだまされないよ。で、決裂さ。
大家さん:トランプ:金対談までか、その前の、韓国大統領:金対談までは
  大丈夫だろうが、やはり、緊迫した事態を注視しておかないとね。
 
 追) 何とかなるのかな〜 本当に?
  あれから7年、何とかなったじゃないですか。
――――――
4406, 大丈夫、なんとかなるさ
2013年04月09日(火)          
  * よい先生、わるい先生  ー「大丈夫、なんとかなるさ」近藤勝重著 
 著者は毎日新聞の論説委員をしており、「文章をうまく書く秘訣」などの
レポートを読んだことがある。「随想は想いを書くもの。その想いを書くとは
思い出を書くこと。多くの経験の中で、記憶として残っているのは、その人に
とって大きなインパクトのあったこと、それを書きなさい」という論に、
ハッとした。 これは、毎日新聞の夕刊に「しあわせトンボ」に5年前から
二年半の間、連載されたエッセー。なかなか味わいがある。 
  ーまずは、心に響いたものから、取り上げてみる。
≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。
 それは中学一年の英語リーダーで先生にニューヨークの、地名の意昧を質問
したことからはじまる。なんと先生は「地名に意味があるか」と怒声を上げた
という。司馬さんは帰り道、市立図書館に寄ってニューヨークの意味を知る。
独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに越したことは
ない」とエッセーで言い添えている。 いい先生というと、アメリカのある学校
で数学を教えていた先生の話を思い出す。その先生は数学を教えることが自分の
仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を教えることである」
と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」へのチェンジである。
「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」
を教えるのだとなると、それは最終の目標ではなくなる。やがで子どもたちも
変わってきて、成績がぐんぐん伸びたエディという子はこう答える。
「先生に習うようになっでから、自分が好きになったんです」 
「こころのチキンスープ」で知った話だが、・・・ ≫
▼「数学を教えるのではなく、子供を教えるのが仕事」は、さすが。 
 この随想日記、「自分のために、同調したこと、心に響いたこと、記憶に
残したいことなどの雑記帳・記録帳」と割り切っている。忘却のためのメモ帳
ということ。そう割り切ってしまえば恥も外聞も何もない。「偉そうなことを
書いている割に全然、成長の跡などみえないじゃないか」と言われれば、
「全く、その通り!」である。未来の自分は、現在、そして過去の自分の
子供と想定。 その子供のために書き残すと思えば、逆に手が抜けなくなる。
「未来の自分は、現在と、過去の子供」という言葉、我ながら言い得て妙。
  とすると、過去の自分は現在の親になる。あまり良い父親ではない? 
まあ、いい、この子(私)を見れば、仕方がない! 
・・・・・・
5503,エヴェレスト 神々の山嶺 ―映画感想
2016年04月09日(土)
 「山岳遭難もの」は、苦手だが、『映画道』という言葉があるなら、
この『エヴェレスト 神々の山嶺』を避けてはなるまいと、シネマの日も
あって、昨日の昼ごろ、心を奮い立てみてきたが、これが思いのほか、面白い。
私の邦画の評価で95点は上の上。 人間の極限状況は、そのまま、人生道
にも通じるところがある。  〜まずは、内容紹介より
《 日本のエヴェレスト遠征チームに参加していたカメラマンの深町誠は、
 滑落事故で仲間を失い、登頂は中止になってしまう。
行き場を失い、ネパールの首都・カトマンズを彷徨っている中、骨董屋で
ある古いカメラを発見する。それは、1924年6月8日、エヴェレスト登頂に挑み
ながらも行方不明となったイギリスの登山家ジョージ・マロニーのカメラと
思われるものだった。 マロリーがエヴェレスト初登頂に成功したかどうかと
いう登攀史上最大の謎に魅せられた深町は、証拠となるカメラを追い、
一人の男に辿り着く。消息不明だった伝説のクライマー、羽生(はぶ)丈二。
彼はなぜ日本から姿を消したのか?その男がなぜカトマンズにいるのか?
「天才クライマー」と呼ばれながら、無謀で他人を顧みない彼の孤立した
過去を調べるうちに、深町はその生き様にのみ込まれていく。そして、羽生に
人生を翻弄されながらも、彼を愛し続ける女性・涼子と出会う・・・。
二人の男と、一人の女。それぞれの想いが交錯する中、己の人生を賭け、
世界最高峰の“神々の領域”へと足を踏み入れる男たちの挑戦が始まるーー。
                  岡田准一、阿部寛、尾野真千子、》
 〜登山家の[羽生丈二]の言葉が良い。
――

足が動かなければ手であるけ
てがうごかなければゆびでいけ
ゆびがうごかなければ
歯で雪をゆきをかみながらあるけ
はもだめなら
目であるけ
目でゆけ
目でゆくんだ
めでにらみつけながらゆけ
めでもだめだったら
それでもなんでもかんでも
どうしようもなくなったら
ほんとうにほんとうに
ほんとうのほんとうの
どうしようもなくなったら
もうほんとうに
こんかぎり あるこうとしても
だめだったら

思え
ありったけの
こころで思え

―想え。           [羽生丈二] 
――

そこに山があるからじゃない。ここにおれがいるからだ。
ここにおれがいるから、山に登るんだよ。 [羽生丈二]
――
▼ 魂から絞り出た言葉が、これか、と思わせる内容。お勧めである。

・・・・・・
5138,閑話小題 〜二人の旅路
2015年04月09日(木)
  前日に続いて見た、プレミアムアーカイブスHV特集
『二人の旅路〜日中 激動を生きた京劇夫婦〜』も重厚な内容。
 日本人の父と、中国人の母と、中国人の夫を持つ、「事実は小説より
 奇なり」を地でいく日本女性の壮大な物語。 〜その概略から
≪ 中国・京劇のスターだった夫婦、梁嘉禾さんと柴田真理さん。
 およそ20年前、残留孤児の妻と日本に移住。そのとき、夫は中国京劇の
 最高峰・国家一級俳優の座を捨てた。妻は「夫のすべてを奪ってしまった」
 と悔いるが、夫は「あなたといる今が一番幸せだ」と語る。
 日中戦争後の中国、文革などの激動の時代を生き抜いた二人。2010年秋、
 逆境を乗越えた末、夫は20年ぶりの舞台に立つ。〜2011年放送。 ≫
  〜ネットに、心のこもった投稿があった〜
《 このTVを観た後、一夜興奮して眠れなかった。涙がとめどもなく流れ、
枕をぬらした。1945年8月6日、麻里さんの両親は敗戦直前の上海で結婚した。
父は東京大学卒業、三菱商事武漢に勤めるエリート社員、母は裕福な20歳の
中国人美女、しかし7日後日本の敗戦、1946年父は強制収容そして日本へ強制
送還、その後は消息不明、中国人の母も日本人と結婚した罪で2年間の投獄、
柴田麻里さんが10歳になった時、母は人々から素性を隠し中国東北部の
貧農へ再婚、その後、麻里は柴麻里と中国名に改名し、京劇女優になった。
しかし、文化大革命の真っ只中、麻里は日本人の子であることが暴かれ 
いじめられ、傷つけられ、紅衛兵にも選ばれる事はなかった。そんな苦しみ
の中、京劇名優梁さんと出会い 恋愛・結婚。しかし、2人は一緒に住む事も
許されず、3年間の別居。再び、麻里は素性を隠すように、西の果て、遼寧省
に移り 夫婦で京劇に徹する。夫 梁さんは 国家1級演劇家として、将来を
期待されたが、日中国交回復後、中国残留孤児として妻の麻里さんは、京劇
仲間から「日本に帰れ」と、苛められ 激しい追い出し環境に耐え切れず、
2人は日本に住む事になる。そんな中、父はウルグアイで亡くなったと知る。
もう日本での親族発見も叶わず、福岡市の残留孤児仲間と一緒に住むうち、
柴田麻里さんは身体を壊し、始めた中華料理店も閉店に追い込まれ、日本政府
の僅かな援助金で、貧しい2人の生活は続く。そして昨年、麻里さんの母親は
亡くなり、母の散骨と、梁さんの京劇記念講演の為、再び遼寧省に向う。
2人の長い、辛い人生を象徴する、大地を走る列車の窓から見る夕焼けの空は
遠く霞んでいた。あの日中激動の下に、押しつぶされていった2人の人生、
哀しい人生だ、しかし誠実な夫と、美しい妻の愛情は今も、2人の人生を 
格調高く 結びつけている。美しい2人の後姿はいつまでも忘れられない。》
▼ 家内と、互いに見つめあうリタイア後からの生活の中で、生きること、
 老いること、夫婦とは、愛とは、厳しさ、優しさとは何かを考えてきた。
その答えが、この物語にあるような気がした。苦難は人生に付きもの。
それに日々、前向きに立向かうしかない。 一日一生の覚悟。


7359,閑話小題 〜かくして神様は男を御造りになった! -1

2021年04月08日(木)

    * 金沢・武蔵が辻で学んだこと
 今から思うと、人生のどん底だったような… 
さてと創業にあたって、1年間だけの実社会の経験が少ないと、当時、急拡大
していた金沢のファッション・チェーンの‘いとはん’…後の北陸ジャスコに
修行ということで、3年を目安に入社することになった。 非常にマナーに厳しいと
全国紙に話題の会社とか! …入社してビックリ、内部は寄せ集めの雑兵ばかりの、
軋みばかリが目立つ過渡期。 何故か、NO/3と言われた人事部長に気にいられ、
それが、後あと対立していた社長に疎まれ…所詮は3年後には居なくなる存在と! 
そこは加賀百万石の御膝元。3分の1は、みたことがない加賀美人が鎮座していた。
男が箒を持つことなど許されない男尊女卑が底流に流れている城下町。若い男
には天国のような御国柄。城下町は、男社会が徹していて、若い女は、何とも
生き辛いところ。
当時、大本教の出口王仁三郎の本を近くの本屋で見付け出し「虎穴問答」を読み
感動して、仲間内の女性に説いていた。若い女性にとって、金沢の土地柄は
息苦しい他、何もない。<行き詰まったら… 自らの運命としてまず受入れて
受容しなさい>が、何とも解りやすかったようで… なる程、これが宗教かと、
妙に納得。全てが事象として流し、その苦痛の中でこそ、何かが理解できる。

 その教えの中で、御教祖様は女性の本筋を述べていたのが説得力があった。
                           〜つづく〜
・・・・・・
6964,閑話小題 〜新型コロナ感染による大問題は、これ?
2020年04月08日(水)
          『なぜ夫は何もしないのか なぜ妻は理由もなく怒るのか』
                           高草木陽光 (著)
   * 今さら群れるな、家に引き籠れ!と言われても
 9年前のリタイア後、家に曳き籠りがちな私に対し家内の風当たりは厳しい。
それまでは、平日以外は新潟と長岡と職住分離もあり、適当な距離感があったが、
今では家庭内に大半の時間を過ごす日々。それでも、冬期間以外(12月〜3月)は、
早朝のミニ・チャリ(ポタリング)と、午後のスポーツジムの一時間ずつの2時間
は外出。居間と台所は家内の陣地で、仏間の書斎コーナーと、寝室は私の陣地で
何とか最小の接点で済ます。家内は4人きょうだいの長女で、典型的エゴイスト。
私は8人姉兄の末っ子。弄繰り回されて常に周囲の顔色を窺う日々の生活環境。 
リタイア後、年を重るにつれて、『なぜ何もしないのかと、理由もなく怒される』
日々。50年近く寄添えば、この中で指摘する事象は、全て経験済み。 40回も
秘・異郷ツアーを濃厚な3密状態で過ごせば、夫婦間の揉め事が露出するが故に、
問題解決のヒントの知恵も捻り出てくる。内づら、外づらの使い分けのテクニック
の問題も。‘8割の外での接触を断ち切れ’となれば、そのエネルギーは、家庭に
向かい、当然トラブルが多々、発生する。…そこで見えてくるのは互いの本性の違い。
 ―
 ―
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きっとこの本の中にあなたの答えが見つかるはずです。

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夫婦や男女のすれ違いの実例を示し、その原因を説明し、さらに解決する方法を
アドバイスするというスタイルです。
数多くのコンサルでを通じての有益なアドバイスが多いです。
実例のサワリです。
◆ 結婚したら結婚記念日を忘れるのが夫、結婚記念日にこだわるのが妻
◆ 嫁と姑を仲良くさせようとするのが夫、姑と縁を切りたいのが妻
◆ 目的があるから買物に行くのが夫、目的がなくても買物に行くのが妻
◆ 必要とされていると実感する時、幸せと感じるのが夫、愛されていると
  実感する時、幸せと感じるのが妻
◆ 母親が好きなのが夫、実家が好きなのが妻
◆ スポーツで汗を流してストレスを発散するのが夫、メロドラマで涙を
  流してストレスを発散するのが妻
◆ 子どもには自分と同じ道を歩んでほしいと考えるのが夫、
  自分とは違う道を進んでほしいと思うのが妻
◆ 夫婦ゲンカで逃げるのが夫、責めるのが妻
◆ 離婚で白髪になるのが夫、茶髪になるのが妻
◆ 老後はふたりで生きたいと思うのが夫、自分だけのために生きたいと
  考えるのが妻。どうも夫は妻に依存する部分が多くて、妻の言動にアワワと
  なるケースが目立つように感じました。 ≫

 ――
★ あれだけ赤提灯、スナックが立ち並び、それぞれが商売として成り立つのは、
 そこに「疑似家庭」を見出すため。家でも、妻子に嫌われ、会社では四方に気使い。
唯一、週末に疑似家族で我居場所を見出す。憎き上司と、妻への愚痴を客同士で
慰め合う。 自立できない互いが、理解し合うことなど所詮は無いものねだり。
 …としても、美味い酒と料理を数知れず飲んできたことも確か。
どれもこれも夢幻、幻想の世界。

 ・・・・・・
閑話小題 〜お笑い副大臣
2019年04月08日(月)
    * コントのような
 人生をふり返えみると、自問自答を繰り返えす、正しくコント。
無知の知で、この程度の自分を笑えるだけ助かっている… コントと思えば
何ごとも許容できようというもの。
・再度、逮捕された日産のゴーン容疑者の妻が、夫逮捕の翌日、没収された
パスポート以外の他国籍パスポートで国外脱出をした。これはゴーン自身に
とって極めて不利。再度の逮捕の正当性を妻が肯定したことになる。
それを知ってか知らずか? これってコント? 
・地元出身の副大臣の御粗末な本音の「忖度発言」。自民党にとって極めて
甚大な失言になる。権力を持つ者の驕りが集約されている。安倍首相の忖度
問題が沈静してきたのに、この時期に寄りによって…  リップサービスと
いう言訳がコントそのもの。「また地元出身かよ」が自然と出てくる。
・地元の県議選、談合疑惑で棄権かどうか迷った末に、野党の候補者に批判票
として投票。それでも当人はトップ当選ともなれば、何をか言わん… 支持者の
忖度があったということ? ここは城下町長岡。この程度では落選はない。

   * 庭の梅の木に鶯が連日…
 庭の梅の木の花が満開で、このところ連日、鶯がやってきて「ほ〜ほけきょ」
と声高らかに鳴いている。全身が黒目で鶯色が混ざった小型の大きさ。絵に
なっている。何故か何時もカラスの鳴き声の直後に、飛び出していく。
この咲き具合だと梅の実が大量に穫れる。そして、梅の隣の桜、次が藤の開花に。
植えた両親は亡くなっても、花は、その時節に咲く。家庭とは家+庭の佇まいを
いう。家主が替わっても、そこの草木は育ち続け、花咲き、野鳥を受入れる。
梅も、桜も、藤も、老木?になったが、毎年、この時節に忠実に開花する、
4月上旬の春の息吹きが何とも嬉しい。そして、平成が春と共に終わる。。

・・・・・
4772,ぼんやりの時間 ー5
2014年04月08日(火)
              「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) 
  * 「独」―独りでいること  ーぼんやり道
「ぼんやりの時間」は独りでいる時である。人間は生まれてくるときも、
死ぬときも独り。宇宙の一点に独りおかれた存在で、その背後には暗黒が
無限に広がっている。だから、自分という存在と、親しい人の存在が大事。
  ー以下の部分に納得するー
《 アン・モロウ・リンドバーグは1955年に『海からの贈りもの』を刊行
 している。この本には、多くの心に残る言葉がある。 たとえば
「今日、わたしたちは、ひとりになることを恐れるあまり、ひとりになる
ことができなくなっている」という言葉。いつもだれかとつるんでいたい、
群れていたいという習性になじんでくると、人はしだいに「独りになること」
が怖くなる。仲間はずれにされるのが恐ろしくなる。群れてみたからといって、
心が満たされるものでもないのだが、独りっきりになるよりはましだという
気持ちになり、人は群れようとする。A・M・リンドバーグはこうも書いている。
「わたしたちは、ひとりの時間を求めなければならない。ひとりで静かに
過ごす時間。ゆっくりと考える時間。祈りの時間。音楽、読書、そのほか
何かの勉強でも、仕事でも、自分を自分の内部に向かわせて、わたしたちを
分断しようとする各種の遠心的な力に抵抗しなければならない。」
 なぜ独りになるのか。独りでいることによって、人は「静かに過ごす時間」
というものを味わうことができるからだ。「ゆっくり考える時間しを過ごす
ことができるし「自分の内部」に思いを向ける時間をもつことができるからだ。
「空想にふける」時間も生まれる。『孤独の空間に自分の夢の花を咲かせる」
ことだってできるのだ。そして、独りでいることと、ぼんやりすることとは
かなり重なっている、と私は思う。・・(略)
「寄せては返す波。松林を吹き抜ける風。砂丘をゆったりとはばたきながら
飛んでいく都鶏。そんなものが、あわただしい都会の暮らし、時間割りや計画
のざわめきを消してくれる。そうして、ただそこに横になったままのわたしを、
あるがままでいさせてくれる。横になったわたしは、波で平らになった浜辺と
ひとつになる」。「ぼんやり道」というものがもしあるとすれば、このあたり
の文章はまさに「ぼんやり道の奥義」、といっていいだろう。
ただそこに横になっている。あるがままの自分がそこにいる。・・
 リンドバーグは、さらにこの本で、「孤独の力」といったことについて、
重要なことを書いている。「ひとりでいる時間は、一生のうちでもきわめて
重要な時間である。ある種の原動力は、わたしたちがひとりでいる時にだけ
湧いてくる。芸術家は創造するために、作家は考えを深めるために、音楽家は
作曲するために、そして聖者は祈るために、ひとりにならなければならない
ことを知っている」 独りでいる。独りでいることで、心安らかにぼんやり
することができる。ぼんやりしながら、いつか自分の内面と向き合っている。
謙虚な気持ちで、内面と向き合っている。・・・ 》
▼ 午前中の5時間は、ミニ書斎でブログの下書きと、修正、読書、ネット
 サーフィンのいずれかをしている。この時間帯は時間感覚が無くなって、
完全孤立の壺の中。没頭ないし、ぼんやりの世界という方が正確だろう。
 そこで生じた内容を公開していることもあり、日常の生活でも、孤立感とか、
孤独感が全くない。毎夜、4時間の爆睡後、うとうとしたり、夢をみたり、
急に頭が冴えわたったり、またぼんやりしている時の漆黒時間帯がある。
この孤独の3時間は、何ともいえぬ味がする。潜在意識と、顕在意識の際が
混濁した時間帯で、時空を超えたフラッシュが現れ出てくるが、決して
楽しくない。老いとは、この時間帯の感覚が、昼夜続く孤独な老人になって
いくこと。とすると!

・・・・・・
6234,閑話小題 〜ストーカーについて
2018年04月08日(日)
   * ストーカーの特徴とは
 最近、元アイドルにつきまとっていたタクシードライバーが逮捕された。
相手にされず逆恨みによるストーカーによる殺人事件も定期的に起こっている。
そこでストーカー研究者が上げる特徴を調べると…
 ・他人をコントロールしたがる(支配的な趣向)
  自らの言動を他人のせいにする(責任を持てない)
  社会的に孤立しやすい(社会への適応能力がない)
   の三つの性格を持つ。
 ・自分をつねに周りの被害者(犠牲者)と感じている
 ・日常的に嘘をつき騙すことが得意
 ・怒りをともなう愛情を持つ
 ・権利を主張したがり、他人への要求が多い
 ・拒絶を受け入れることが出来ない
 ・他人がいなくては自己を確立できない(依存心が高く、自立心がない)
 ・標準的か、もしくはそれ以上の高い知性を持つ
 
思い込みの激しい、唯我独尊の人で、まず浮かんだのが、刑事モノTV
ドラマ『相棒』の陣川公平、その人物像は、
【警視庁捜査一課の経理担当。階級は警部補。大阪府寝屋川市出身。
刑事を目指して部屋中指名手配犯の写真を張り巡らしているが、思い込みの
激しい性格のため、二度も誤認逮捕を起こして、一度特命係に左遷される。
すぐ捜査一課に復帰し、その後も度々登場するが、思い込みが激しく人の話を
聞かないキャラクターにどんどん拍車がかかって、あちこちの事件に首を
突っ込んではひと騒動起こしている。良くも悪くもお人好しなので、呆れられ
つつも人物評自体は悪くないが、その性格を利用される事も少ない無い。
思い込みが激しいために失敗が多いが、冷静に全体を俯瞰すると先の事を考え
行動出来る漢らしさを持っており、当て馬となって他人の恋を援助したり、
下記では杉下を先んじた事がある。】 とある。このタレントの演技が抜群。
<日常的に嘘をつき騙すことが得意>以外は、そのままストーカー・キャラ。

この幾つかの要素は、誰にもあるのだろうが… それが好意のある異性に
集中し暴走し、つきまとうとストーカーになる。4人の姉たちの薫陶と生身を
見ていた御蔭で、冷静でいられたが、巷には相性の良さそうな理想に近い女性
は思いの外、多い。数多の人を観てきた中で、この特徴を備えた人の顔が思い
浮かんできた。己が作り上げた虚構の世界に支配され、それが特定の女性に
向かった結果だが。被害者は恐ろしい限り。こういう人を「内省的」という
より、「内向的」、いや造語で、「内性的」というのだろう。
片想いなら誰もするが、それが発展して粘着し捻じれた結果だろうか。
元の連合いに、執着し発展するのもあるそうな! …で、図書館で、
『ストーカー加害者〜 私から、逃げて下さい』を借りてきた。
この本のサブタイトルで、粘着型、求愛型、一方型の分類が理解しやすい。
それぞれの好みがあって社会は成立している。その拗れた行為を言う。
当人曰く「隙だらけ!」というが。付いている機能は同じと考え及ばないから、
やはり無知の成せる業。何の世界は、男も大変だが、女は、もっと大変だ!

・・・・・・
5137,閑話小題 〜定年・夫婦で走った40日
2015年04月08日(水)
    * 定年・夫婦で走った40日
 昨日のアーカイブの番組が現在の自分を考えるのに丁度良い内容。
平日の朝9時のプレミアムアーカイブスを、隔週に一回位はみるが、
今回の『定年・夫婦で走った40日』が考えさせられた。恐らく旅行代理店
の企画だろうが、全ての車が乗用車に牽引するキャンピングカー。
48台が連なって走るのは西部に向かう幌馬車隊を髣髴させ、壮観。
  〜まず、NHKの番組案内より
≪ アメリカのテキサス州から中米のパナマまで、24台の車が連なって
 5000キロの旅に出た。旅をするのは夫婦で第二の人生を走り始めた
中高年夫婦たち。子どもが独立した夫婦。伴侶に先立たれ再婚同士の夫婦。
伴侶の思い出を抱きながら単身参加する男性。さまざまな夫婦がメキシコ
と中米6ヶ国を訪ね、向き合い、これからの人生を見つめた40日の
心の旅日記。 〜2001年放送分 ≫
▼ 47人の平均年齢が67歳、年齢は50〜70歳半ばまで。
 とすると、私と家内の平均と同じ。それぞれ夫婦の道中の会話で、人生を
振返り、語り合う。それまでの子育てと、それぞれの仕事のため、24時間、
向き合うことが無かった二人が、様々なトラブルの中で、協力し乗越えていく。
二人参加の旅は、夫婦関係にとって、非常に危険を伴う。普段、隠蔽?
されていたトラブルが、圧縮された移動空間で、噴火する。だから、成田離婚の
悲喜劇が起こる。ツアーで、百回以上の参加経験者がいても、夫婦の参加者の
10回以上は今までなかった。多くて7〜8回。 24組の参加者で、一組の
脱落者が出なかったことに驚かされた。夫が『二度、殺したくなった』に、
妻が『寝ているときでしょう。解っていたわ』は、何とも迫真があった。
ところで、キャンプ地の料金は、平均10ドル。帰りは同じ道を辿る。
「ぼんやり!時どき旅」が理想か。それとも「旅をしながら、ぼんやり」か。
・・・・・・・
3665, 関係性が問題
2011年04月08日(金)

・・・・・・・
5867,閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 −2
2017年04月08日(土)
   * 大蔵直轄統治の大光は
・数日前になるが、地銀の第四と北越銀行頭取の合併に関する 記者会見が
TVニュースで流れていた。気のせいか、第四頭取は明るく、北越の頭取は
下向き加減の暗い顔をしていたような? しかし、健全な経営体質なら、
前向きの統合策として評価されて然るべき決断。で、残る大光は、地勢上から
他県の有力な地銀との連合が筋道なるが…  考えてみれば、今まで動きが
無かったのが不思議。デフレと、首都圏一極化と、情報化による地方経済の
疲弊は、直接、金融機関の劣化に正比例する。20数行あった都市銀行は三行
まで激減した中で、地銀以下の集約は無かった方が不自然であった。
銀行の本質は職業柄、高利貸しの悪質の特性をも持つ。力の有る者に媚り、
弱者から利益を毟り取る。世界最大規模を誇る柏崎・刈羽原発の再開が見込め
ない現在、地元経済の劣化は進む中で、締め付けは厳しくなる一方。それが
銀行憎しのガスを充満をしている。その最中のリストラの号砲一発。その弱肉
強食の現実が、世間とかいう人食いネズミ群の絶好の餌食?になっていく。
立場が一転、弱者の「こんなはずではなかった」へ、文字通りに立つ。
・バブル崩壊後、大手地銀自ら格下げをした「リソナ銀行」?が、バランス
からしてよい?…云々が、連想創作の「天の声」として1人歩きをしそうな。
長岡市内の4行のうち、二行が統合なら、残り二行の統合案も奇抜でない。
しかし、天領と、大波で削ぎ落とされた体質の銀行では、体質が違い過ぎる。
ちなみに次男の嫁さんと、両親がリソナ母体?の一つの旧埼玉銀行の出身。
また兄嫁が大手銀行出身。更に家内の妹が、一度退社後の子育てを終えた頃、
元上司に請われ、地銀のパートを20年続けている。 
・大蔵官僚として、天領の天下り先の地銀の『頭取』の座は残したいが、
問題は単独のリストラ能力の有無。直轄統治でも無理、と思うのは、官僚役人
の力を知らないから? このようなコンニャク政経談議。 今後、材料は
絶えることはない… 状況は条件の意味に近い。城下町小唄の世界にドップリ
浸かってしまった私。「事前の一策は、事後の百策に勝る」という。 
この時節が、先手かどうか。以下の「一切は、君の自由だ」に、無理があるが、
文脈としてつながる。 「未来の健全のために、ご自由に、どうぞ!


7358,閑話小題 〜毎日が、コロナ禍の感染者数で…

2021年04月07日(水)

   * 感染者数に左右される日々が毎日続いている
 飽きずに、毎日、コロナ禍のニュースを書いている。百年前のスペイン風邪も、
こんな感覚だったのか? 当時は息を潜めて、語らず黙していたのだろう。
今回は?この情報社会の真只中で、情報は映像と画像と、数値は検閲も無いまま、
垂流されている。アメリカ大統領も、インドの貧民街の少女も、同列に置かれる
から始末が悪い。このパンデミックで、世界の激流が一挙に増したような。
部屋で大型TVを見ていると、未だ知らなかった映像が次々と現れ出てくる!
ステイ・ホームの視聴者狙いで、過っての優秀作品なればこそ。この3年間で、
これまで蓄積してきた知識量を遥かに超えた感覚がある。
 ――
   * 如何すりゃ良いのか思案橋
◉ 地道に営業を続けてきた街の食堂や、居酒屋、美容院、床屋などが、ここで
大きな試練に立たされている。この半端の蛇の生殺し状態も、そう長くは続かない。
三条駅前のビジネスホテルが、5分の1に売上が激減。 一部を大学生の長期宿泊
(学生寮)を始めたとニュースにあった。私自身が、20数年前に試行錯誤の一策
の一つ。この1年の経営環境の規模と段差が違う。15年、20年が1年に圧縮され、
改革を迫られている。一昨日のニュースで、駅構内の『立ち食い蕎麦屋』が、
移転、廃業が直近の大問題とか。 日銭商売なればこそ強い体質だったのが、
干上がっている。今さら転業もないし、再建の目途も見当たらない。財務体力の
ない店は、これまた自然消滅するしか手立てがない。…
◉ …まずは弁護士に駆け込む、倒・廃業の準備資金の準備。‘連れ’の連帯保証
の範囲の確認と、手元資産の現金化。そして引越し先の選定。最速で半年は要する。
事業は大小に関わらず現ナマが有効なシェルターになる。地球上は資本主義社会。
誰も助けてはくれない。 そこに現われるのがハイエナのようなウダツが上がら
ない男たち。 居酒屋、スナックで、その噂をネタに肴のツマミに講釈が始まる。
最後の砦はステイホームと、それを維持する現金しかない。それも下位3割が、
預金ゼロ。100万位を入れると5割近くが皆無に等しい。そう現実は甘くはない。
◉ 現金を持っては死ねないし… 死んでしまえば、つかい様がない。その辺りが、
人生の難しくて残酷なところ。

・・・・・・
6963,閑話小題 〜先行き、如何なる…?
2020年04月07日(火)
   * 新型コロナ… どの辺りで済むのか
◉ 新規店・、事業の開業法則に、年々改善を加えないと‘3年、上昇、7年
下降の10年で消滅する…’<「へ」の法則>がある。そのため、次年度から、
それをカバーする新しい要素を足元に付け加えて延命する必要がある。
この新型コロナに当てはめ1年スパインとして、3ヶ月、上昇し、7ヶ月下降と
当てはめて、1年に仮説すると、年内が目安、という論法は少し強引か。
中国、欧州、アメリカ、日本へと、その中心を変える、このパンデミックは、
なかなかの強もの。当初は市場の野生動物が肉が発生源といわれたが、最近、
違う説も出てきた。

◉ 個人業主が多い、際モノの‘飲食、サービス業から、レジャー産業などを
はじめ、全産業に至るため、このまま続くと経済恐慌が起きかねない重大局面。
世界最大の経済大国の米国が今、コロナウイルスとの泥沼の戦いでもがく。
感染拡大防止のため外出禁止などの対策を導入した結果、経済は一気に冷え込み
大量の失業者が生まれている。失業率は6月に30%超、3人に1人が失業者という
史上最悪レベルに達する予想も浮上する。地獄の様相が、今日明日にも始まると
いうが… 

◉ 今日、日本も重い腰を上げ、「緊急事態宣言」を出すが、罰則が弱い竹光。
実際の効果は危ぶまれている。そこは日本人の実直さでカバーが可能かどうか。
としても、遅きに失した。これは他人事で済まされない事態。 年齢からして、
伝染されたら危険な事態になる。特に年寄りは家から出るなというが… 
◉ 感染症のパンデミック(世界的流行)は、社会格差をあらわにする作用がある。
生活に困難を抱える人、経済的弱者といったいわゆる「Low SES」と呼ばれる人々に
基礎疾患が多いことは、すでに確認されている。アメリカでオバマが、厚生年金
導入をトランプが、アッサリと潰した。 …死者急増の背景には、それがある。
社会的混乱を最小に抑えるため、各国の政府筋は楽観的見通しを出すが、簡単に
治まる訳があるでなし。悲観、楽観と迷ったら… 間違いなく悲観の見通しを
とるべきである。何と恐ろしい事態になってきた。特に中近東、アフリカ難民には
きびしい事態になる。

・・・・・・
6596,閑話小題 〜即席・ショートショート −2
2019年04月07日(日)
   * 10年後の「技術的特異論者」の呟き
≪ 今から十年前の、この随想日記を紹介しよう。でも、83歳まで生きて
 いようとは思わなかった。成るほど「死にぞこない」である。しかし、
生死の際なればこそ、情報機器の進化の御蔭で、技術的特異の現象を味合う
ことができた。 10年前の、この文章を読もうと思ってもみなかった。
一年近く前に1万テーマを書上げた。これらの内容を同月同日に読返すことで、
脳の活性化が出来ていた。老いるとは、老いという病気が重症化を
していくことでもあった。 じゃあ、生きていて良かったかと言われれば、
「実に良かった」のが現実。世界は日々変わっていく。10年前に、
「技術的特異点」が2045年と言われていたが、既に、到達してしまった。 
今では世界は、AIの判断を最大限に徴用する風潮になっている。そうするしか
ないもの、正しいのだから。身体は老化で動きにくいけどね、小さなロボット
に、これまで書いた随想日記をインプットすると、その時の気分に応じて、
呼出してきて、その関連映像を、自動的にゴーグルに360度の視界に呼出して
くれる。嗅覚、味覚も、脳の神経を刺激することで再現できるとは…  
自分の過去も、例えば20歳の1966年の映像が、瞬時に次つぎと現れる。
それは、10年前でも可能だったけどね。 当時、ドローンって有っただろう。
あれがAI化して進化して、配送の世界を激変させたの。自動車のAI化の技術が、
様ざまな分野に応用されてね。何でも自動化されて、人間を駆除したしまって。
通貨も今では、多くはネット決済。仮想通貨も当り前だもの。無用階級の
人たちが殆ど。何もできない… 誰の責任でもない。生まれが悪かっただけ。
当時、生命誕生から40億年来の革命って書いていたでしょ。まったく、その
とおりになってね。 情報化って、何もかもが、直に評価され晒される。
この時代、物語化する能力が重要になってね。 何とか、それで昔を語っている
から、娑婆?に繋がってるし。 ≫ 
―
▼ 即席のショートショートだが、10年後の視点からの独り語りは疲れる。
 8割かたは生きていないだろうが、死損なって、読返したら何と思うか。
以前、みた映画 「LUCY/ルーシー 脳が覚醒した女 」を想いだした。
【 ごく普通の生活を送っていた女性ルーシーは、台北のホテルでマフィアの
 闇取引に巻き込まれてしまう。マフィアは人間の体内にある物質を埋め込み、
その人間を海外に送り出すことで物質の密輸を行おうとしていたが、ルーシー
の体の中でその物質が漏れ出すアクシデントが発生。その影響により、普通の
人間なら全体の10%しか機能していない脳の機能が、徐々に覚醒していく。
脳の覚醒率が上がるに従い、超人的な力が解放されていくルーシーは、自分と
同じような人間を二度と生み出さないためにも、マフィアの計画を阻止するため
に動き始める。 …覚醒度が進んだルーシーは、他人の肉体、磁波、電波の制御
が可能になり、量子物理学、応用数学を含めた膨大な知識を脳にインプットし、
細胞核の無限の可能性を体感するようになります。】
 恐らく、このままの生活習慣を10年間も続け、情報機器の進化に馴化すると、
ヒロインのルーシーの数十分の一まででないとしても、脳力は、現在と比べて
数倍、数十倍にアップするのでは? それが世界中の人々ともなると… 
考え合わせると、人類の、そう遠くない未来に悲観的になる。
<アッラーの御望みで、一度、清算を…>などと考える輩が出てくる可能性が。

・・・・・・
6233,閑話小題 〜「人は成熟するにつれて若くなる」
2018年04月07日(土)
        『人は成熟するにつれて若くなる』ヘルマン・ヘッセ (著),‎
   * 成熟は、若さを誘う
<「わがままこそ最高の美徳」>と同様、Amazon内検索で見つけたヘッセの本。
還暦、古希を過ぎて暫く経つが、肉体の劣ろいは感じても、気持ちは40、50歳時
と殆ど変わってない。後先が少ないためだろうが、好奇心だけは、ますます冴え
わたっている。老化で「バカの壁」が薄れてきたためだろう。私としては、
「成熟のため!」と思いたいが、如何考えても思い当たる節がない。
以下のヘッセの言葉は、鋭く私に問いかける。
 ――
             <☆は、思い立ったこと>
≪・<老年は、私たちの生涯のひとつの段階であり、ほかのすべての段階とおなじ
 ように、その特有の顔、特有の雰囲気と温度、特有の喜びと苦悩をもつ。>
 
・<老齢が苦しみをもたらすこと、そしてその終点に死があることは誰でも
 知っている。私たちは年ごとにいけにえを捧げ、諦めなければならない。
私たちは自分たちの感覚と力に不審を抱くことを学ばなくてはならない。>
  ☆ 生贄ですか、あれが生贄… 。

・<六十年、七十年来もうこの世にはいない人びとの姿と人びとの顔が私たちの
 心に生きつづけ、私たちのものとなり、私たちの相手をし、生きた眼で私たち
を見つめるのである。いつの間にかなくなってしまった、あるいはすっかり
変わってしまった家や、庭や、町を、私たちは昔のままに、完全な姿で見る。
そして私たちが何十年も前に旅の途上で見たはるかな山々や海岸を、私たちは
鮮やかに、色彩豊かに私たちの記憶の絵本の中に再発見する。>
  ☆ 最近、故人も、現に生きている人も、同列に思えるようになってきた。

・<見ること、観察すること、瞑想することが、しだいに習慣となり、訓練と
 なって、気づかぬうちに観察者の気分と態度が私たちの行動全体に浸透してくる。
望みや夢想や欲望や情熱に駆り立てられて、私たちは人間の大部分がそうである
ように、私たちの生涯の何年も何十年ものあいだ、あせり、いらいらし、緊張し、
期待に満ち、実現あるいは幻滅のたびごとに激しく興奮してきた。
―そして今日、私たち自身の絵本を注意深くめくりながら、あの疾駆と狂奔から
逃れて『ヴィータ・コンテムプラティーヴァ』、すなわち『静観の生活』に
到達したことが、どんなにすばらしく、価値のあることであるかに驚嘆する。>
  ☆ この過去文を読んで、毎日、実感している。

・< 若い人びとが、その力と無知の優越性をもって私たちを笑いものにし、
 私たちのぎこちない歩き方や、白髪や、筋だらけの首を滑稽だと思うなら、
私たちは昔、同じように力と無知をもって老人をせせら笑ったことがあったこと
を思い出そう。そして敗北感を味わうのではなく、優越感をもって私たちが年を
とってそのような年代を卒業し、ちょっぴり賢くなり辛抱強くなったと考えよう。>
  ☆ 上杉鷹山の言葉といわれる【 子ども叱るな来た道だもの年寄り笑うな
 行く道だもの来た道 行く道 二人旅これから通る今日の道通り直しのできぬ道】
が思い浮かんできた。 人生の何れかの途上で世界をみている。そうこう言って
いるうちにゲームオーバー、プッツン! そう簡単に死なせてくれないか?
―
▼ 老い先短くなると、寺山修司の<ふりむくな ふりむくな 後ろには夢がない>
 の言葉が空虚に聞こえてくる。 <ふりむけ ふりむけ 先には時間がない>
になる。だから、焦り、苛立つ老人が徘徊する。その一人ですか? 
 女子供に近づくな!というが、あと、老人を加えた方がいい。耄碌とは呆けに
妄想が加わるから恐ろしい。その世界に一歩も、二歩も、踏み込んでしまった。

・・・・・・
4404, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −4
2013年04月07日(日)
  * 第三時限 いい加減にしなさい 
           ー「隠居大学」天野祐吉、お相手 赤瀬川原平 
「遠き日は 年とるごとに 近くなり」 という句があるが、最近、特に
感じているのは私だけでないだろう。御隠居は日々この感慨を持ちながら
人生を振りかえ鳥瞰し、残された一日一日を噛み締め味わう楽しみがある。
隠居生活は娑婆(雑多な日常)から隠れることであって、人生からの御隠れ
ではない。起承転結の「転結」を「転々」に変え、転がりながら最期を
迎えること。 それもこれも、どうでもよいこと! ーその辺りを抜粋ー
≪ 天野: 力を抜いて自分をコントロールする上で、老人力は非常に重要な
 要素じゃないですか。前回のゲストの外山滋比古さんは、忘れるということ
 がいかに重要かという話をしてくれたんです。第二の人生で定年まで、
 一生懸命詰め込んだような知識は、第二の人生で自由に生きるというとき
 には何の役にも立たない。そんなものは、思いっきりきれいに忘れて
 しまったほうがいい、というふうに。
赤瀬川: いらないものを捨てたら、キャパが広がりますしね。
天野: そう。頭の容積は決まっているわけだから、サラ地にして、
 新しい作物をつくりましょうという話をしていただいてね。
 そのときにも赤瀬川さんの『老人力』のお話を思い出していたんです。
 老人は忘れっぽいということで世の中はいけないことのように思っている
 けれど、そうではないんだと。たとえば、若い人は失恋なんかしたら大変で、
 その苦しみや悲しみを忘れることができなくていつまでもメソメソ悩む。
 でも老人は「忘却力」を身につけているから、すぐに忘れてしまう。
赤瀬川: ええ、強い忘却力を持っていますね。
天野: そう、これまでマイナスイメージでしかなかった「忘れっぽさ」
 をそんな悪いもんじゃない、というふうに書かれていた。あの本は、
 ものすごいベストセラーになったけれども、どういうつもりで買ったので
 しょうね。老人はまだ社会に役に立つとでも思ったのでしょうね。実際は
 違うのに。・・ ボケたとかモウロクしたのが、老人力がついたとか
 ポジティブに書かれて悪い気がしないですよね。≫
▼ 「神様(自然)は、老いの苦悩苦痛を和らげるため、忘却と鈍感さを
 与えて下さった」という解釈がある。老いて今さら気ばんでも致しかたが
 ないし、運命に従うしかない。忘却といえば、この随想日記。書き上げ
 アップロードをした瞬間、内容は勿論、テーマすら綺麗さっぱり忘れて、
 頭は翌日のテーマと内容になる。直後から次回分の書き直しを始めるからだ。
 だから数時間後でも、その文に対し第三者になっている。この最大の収穫は、
 過去に書いた同月同日分12年分の文章に出会うこと。時空を超えた自分に
 毎朝出会うのも良いもの。また「(自)己の分」の限界も見えてくる。
 それを第三者に曝すのも自虐だが「所詮こんなもの」という諦観が出来る。
 「いい加減にしろ、先は短いのだから娑婆気を減らせ」ということ。
・・・・・・
4771,ぼんやりの時間 ー4
2014年04月07日(月)
             「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) 
  * 「ぼんやり」と響き合う一文字 ー�
 響き合う一文字で、言葉の意味を考える方法もあるのだ。
そして、以下の5文字がよい。その最初が闇とは・・ 
闇は人を思索の世界に誘う。「ぼんやり」とは、闇の世界で迷子に
なっている状態なのか。 その5文字は
1、「闇」―蛍と星とダークマター
2、「独」―独りでいること
3、「閑」―逆茂木に囲まれて
4、「怠」―「1日4時間労働」の夢
5、「懶」―心の余白 である。
   ☆ まずは「闇」から
《 消えてはまた光って飛びつづけている。お前さんは、眠るのを忘れて
 しまったのか、恋人が見つけられず、そうやってふらふらしていたのか、
いつまで舞いつづけるつもりなのか、とらちもないことを思って見守って
いるうちに、蛍の光はふっと消えた。力を出し尽くしてくたびれてしまった
のかもしれないし、劇的なめぐりあいがあったのかもしれない・・
崖の上に何本かの椎の木が闇につつまれている。その梢の間に光るものがあり、
一瞬、それもまた蛍かと思ったが、星だった。蛍の光とは違って、星の光は
ずっと小さく、冷たい感じだった。 夜空の闇の広さを見ながら、宇宙では
やはり闇が主役なのだという思いがわいた。ごく感覚的にいえば、
銀河の壮麗さは、澄みきった大気に包まれた闇があってはじめて私たちの
視界に入るのだろうし、月を見る楽しさも透明な闇の濃さに左右されるはず。
花火の豪華けん麗さをひきたてるのも真の闇で、真の闇を失えぱ、花火は
いくら塀を競っても人をひきつけない。蛍だって、闇があるからこそ光を
放つことの意味が出てくる。夜の景色の基調は、なんといっても闇なのだ。 
・・ いや、本音をいえば、私は光より闇、陽より陰、実よりも虚、
緊より緩、作為より無為、色よりも空などが、よほど、この世の仕組みを
つくっているのに大切な役割を果たしているはずと思っている。・・ 》
▼ ここで、宇宙を支配しているダークマター、ダークエネルギーを引合に
 だし、宇宙を本当の主役は暗黒物質とその エネルギーとして、考えると
闇の大切が、人生論で「ぼんやりのたいせつさが」が、重なりみえてくる。
そうである、もっともっとボ〜っとするべきである。
・・・・・・
4030, 一時停止  ー谷川俊太郎ー自選散文
2012年04月07日(土)
        「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010


7357,閑話小題 〜つれづれに哲学 〜考えましょうよ −2

2021年04月06日(火)

 テーマを何にかと、この数年前のテーマをみると二年前に、これがあった。
数十年来、特に、この10年間、周辺をみて感じたそのままが書いてあった。
考えることを重労働とは言い得て妙だが、色いろ想念を働かせて突詰めることを
重労働と捉えることは新鮮である。 その記述は、著者の文章かと思いきや、
自ら書いた文章だったことに気づいて自身で驚いている。
 ツアーの行先選定に際して、幾つかの候補の情報を集めて、数年の行先を重ね
考える。これが、実に面白い。家内同伴のため、まずは反対される。 それでは、
そちらは何処か…と、俎板に上げる。そこで、相方が反対して、潰す。…かって
行った先の周辺、そして、近年、TVや知人の行先の情報を俎板に載せる。…など
など1〜2ヶ月かけて、あれ、これと考え… 2〜3つに絞りあげる。
これをシッカリしたか否かで後あとが違ってくる。旅先のツアー仲間からの
情報収集力が、決定事前調査で、その差が出てくる。 以前にも書いたが、
・地球を碁盤のように見たて埋めていくか、
・文化、文明、大自然の分類をして、空白部分を埋めていくか、
・大自然を… 滝、山脈、草原、氷河、クルーズ等々、過って行った先の隣接
 した個所を探しだす。

 このコロナ禍で、誰かが…、『こうなると解っていたら、‘もっと行っておけば’
の地域がある。まあ当面、5〜10年は無理。』 …30数年かけて、ゲーム的に想定し、
埋めてきたこともあり、これは長期計画が必要と知ればこそ! 
 「考えましょうよ!」二度とない人生だもの。 …また旅自慢が始まったですか。
で、人生終盤にいたった現在、何を考えた方が良いのか… 真剣に考えましょうよ、
置き忘れてきたことを! あの心の奥の純粋性の球体から、何もかもを見直す時節
になった現状を!

・・・・・・
6595,閑話小題 〜つれづれに哲学 〜考えましょうよ
2019年04月06日(土)
   * 一番の重労働は、「考える」ということ!
 ブルームバーグの言葉… 
<考えるということは、あらゆる作業の中で一番の重労働なのですが、そこを
 省いてしまう人が多い。そこを楽にしようとしても、何も手に入らない。>
何ごとも、利益の源泉となるのは、肉体的な労働で汗をかくことでなく、物事を
効率化できる仕組みや方法を考えること。 その為には、まずは絶対量の読書
の確保から、その質を高める生活習慣が必要となる。それを確保するために、
早朝の多くが寝入っている時間帯と、移動時間などの豆(隙間)時間の活用から
始めることが第一歩。人は経験と、触媒の範囲からしか、考えることはできない。
烏合の衆的集まりとの触媒は、「独りに徹して考える重労働」を放棄した人の
群れのため、表面的付き合いに陥ってしまう傾向が強い。「哲学とは、考える
ことを考える学問分野。 早々に、ベースに組込んでおく必要がある。
世間話だけで生きている9割方の一員として、些細な世事の判事、検事、弁護士、
時には被告、訴追者になり、それしか知らない世界で、現実の世界に溺れた
土左衛門として生涯を過ごす。昨日録画をしてあったギャング映画で、
殺し屋の呟きが強烈であった。 大雑把だが… 
<黙っている奴に気をつけろ、奴らが何を観察しているか、何処に注意を向けて
いるか、何を考えているかに全神経をはる訓練をすること。そして黙ること!
沈黙、孤独、目立たないこと。いざ、行動の前に、考えて考えて考えること。
そして一度、決定したら怒涛の如く実行することさ。それ以上に、断念の決断も。>
考えることを、「働き」「遊び」「学び」の何処に重心を置くか、その三位一体
とみるか。まあ、考え過ぎて、捩じれた己が脳も問題もあるが、考えないのは?
 たしかに「考えるのは重労働」。 でも、面白くして軽減することは可能。
「バカな考え、休むに似たり」があるが… 「バカな考え」を考えている内に
己がバカに気づくだろうから、考えないより、まだマシ? いや、その分、
他を楽しめるはずだから、ボーッとした方が周囲の迷惑にならない? 
 
 後記: これまた偶然だが、以下の内容が、丁度、脈絡として続く。
    ふと見ると、昨日、図書館で借りてきた本が
   『人生の9割は逃げていい。』井口晃著 があった。次回のテーマ?


7356,読書日記 〜『同調圧力〜日本社会はなぜ息苦しいのか』

2021年04月05日(月)

                     
     <『同調圧力〜日本社会はなぜ息苦しいのか』
                  鴻上尚史・著 (現代新書)2020/8>
    * 「10年先から戻ってきた」と思うという方法
「タイムマシンを使ったか、時間の奇跡が起こったかして、10歳若返って今、
いるんだ」と考える 。そうすると嬉しくなる! 現に、欠かさず書いている、
このテーマ日記。怠け者で、好い加減な自身を管理するには、、
我を忘れてた没頭する時間を2時間持つことで、魂を閉じこめている。
同月、同日には、「20年間×365日×2時間=1万4600時間」も凝縮した時が篭る。
{その割には、蓄積効果は少なすぎるようだが!}… 能力の問題で、それは
それで!自らの程度を見つめ、自制するには丁度良い効果がある。
 
 10年、20年と読返す度に、理解が少しずつ深まっていく。そして同調圧力の
中で、好い加減に生きている他者の脳が透通って見えるような錯覚に陥る。 
再読して、新たな考えが浮かんだ分、自らが深まった感覚になる。7年前の文章
に同調圧力を感じると、7年前の時空が、再び再現したような錯覚に陥ることが…
TVの旅番組で、行ったことがある旅先のエピソードをみたのと同じ感覚になる
のと同じである。 
 現在、75歳! 10年後なら85歳。しかし、生きていても、寝たきり…か!
なら今の内にすべきことは山ほどある。10数年前に己の寿命を75歳に置いた。
ところが何やら、それがブラックホールになり、心の中心になり、それから
心を軽くしてくれ、現在に至っている。絶対孤独感だろう、それは!


・・・・・・
6961,閑話小題 〜メラビアンの法則
2020年04月05日(日)
   * 馬子にも衣裳
 韓国では女性の約6割が自分の容姿に不満を抱いており、
4割を超える女性が美容整形の手術を受けたことがあると回答した…
また韓国騒然となった「芸能人の100人中99人は整形している」と。
  〜それによると、
< 人間が他者の印象を決定する際に重要視するものは、
 視覚情報(Visual)・・・55%
 聴覚情報(Voice)・・・38%
 言語情報(Verval)・・・7%
この結果から伺えることは、非言語のコミュニケーションが、
人物の印象の90%以上を決定づけているというわけ。>
 上記が「メラビアンの法則」である。名古屋の花嫁学校は、内的美容より
如何に良質の相手をゲットするか手練手管の技量を磨くことに絞って教え込む。
名古屋的でシリアスだが本筋をついている。社会は格差で出来ている。
男なども年頃ならサカリのついた犬と同じ。如何に表ッツラを飾て、収穫するか。
その為には、色気を清潔感と、お嬢様風に飾りたて、良い漁場を探し、自らを
餌にして、数うちゃ当たるで勝負。そこで効果が出るのは、「メラビアンの法則」。

 ―
▼ ネット炎上のリスクを分散するため、同じ内容を掲載した2つのブログを運用
 しているが、片一方に関連した写真を貼りつけている。これに30分を要するが… 
テーマの内容を選ぶか、ブログの写真から空気を選択するかは、好みの問題。
書いたテーマにそぐうイメージの写真を探すのも、なかなか面白い。折角のテーマ
日記の文章に写真で気持ちを込めるのも悪くはない。写真は、ある意味、絵画の
額の役割を果たす。 …ファッションも然り。
 ところで、聴覚情報が4割近いことを改めて自覚して、早速、このところ使って
なかった二つのiPodを聴きだした。 …これ見よがしにブランド品で身を固めてる
御仁も、逆に卑しさしを感じられるのも愛嬌といえば愛嬌。それはアフリカ人が
ブランドを身につけているのに奇異を感じるのと同じ。ブランド物は白人金持の
特権を擽るように構成されている。だから黒人には不自然で、似合わない。
視覚情報は、その本質まで公開する。4k、8kTVも、5Gも、恐ろしい貧弱な内面
まで公開することになる。誤解しあって結婚した挙句に、理解し合って離婚するが、
実体になる。哀しいかな、これが娑婆の実態である。何やら、いやに実感が籠ってる。
 
・・・・・・
6594,閑話小題 〜つれづれに 地方選挙
2019年04月05日(金)
 
春の甲子園の高校野球は、愛知県の東邦高校が優勝。
石川という投手が一番の殊勲者。 平成元年に父親が当時の一員で優勝。
平成の最終年に息子が優勝した親子鷹。念じただけでは出来ようもない。
そこに信念の力が必要。人生を物語化して生きた親子の物語が、現実にあった。

 日産のゴーンが再び逮捕。一度、逮捕された人が再度、逮捕されるのは
異例中の異例。記者会見を予定するなど明らかに挑発的態度のためか? 
検察も元は役人。欧米が牛耳る世界で、よくぞ踏ん張るもの。それも日産の
内部リークがあればこそ。この物語は、まだ序盤。まだまだ…
極東、日本の東京の留置場で、ゴーン様、何を考えている? 所業からみて、
よほど見下していたのか。

 再び県内出身の副大臣が、失言で失脚直前。こともあろうに、
『公共事業の推進を、麻生副総理に「忖度した」』と口を滑らせた塚田一郎
国土交通副大臣。その瞬間、この男の政治生命を自ら断ったことになる。
 
 地元の星野県議も。秘書の忖度行為で逮捕されて然るべき状況?だが… 
選挙後ということ? さもなければ長岡的談合? これでも当選するのが
長岡の長岡たる由縁の濃厚なシガラミか。 さて、この状況でどう判断? 
当選すれば、この異様な城下町体質を晒すことに。それも必要なら… 
 で投票、如何しよう? 今後の『何』を考えて、何せ自分を『地元便利屋』
が売りの、やはり星野先生ですか。リバラル派ってのは何の役にも立たないし。
  
 地元密着の県議の、こういう人物こそ、あるべき姿ですか。
中越地区の中核都市の長岡は、何やら厳しい激風が吹き荒んでいる。そこに、
前県知事の少女買春とか、塚田代議士などの政治家の質の問題が。上は首都圏、
下は新潟市のストロー効果と、柏崎・刈羽原発の休止問題が重なっている。 
厳しいが、そこが雪国の県民性。何とかなるでしょう。 
これらを他人事で済まされる年金生活者は気楽な稼業。所詮は、無用階級者
の戯言。 自虐的自己対話で何とか息をしている日々ですか、
 
 後記: いいな〜、以下の断章!
・・・・・・
6231,閑話小題 〜遊びについての断章
2018年04月05日(木)
            <「群れるな」寺山修二著>

 昨日、「加山雄三とヨット」のテーマで、遊びについて書いたが、手元に
図書館から借りて積上げてある10冊の本の中に、『遊びについての断章』が
あった。これまで「遊び」について繰返しテーマにしてきた。
 「遊べるうちに遊んできなさい! 直、泣くときが来るんだから!」と
諭され、数十年が経つ。確かに切ない場面が多々、あったが、その数倍、
数十倍、楽しいことがあったのが実感。遊びの価値を両親の後ろ姿に
学んだことに加え、学生時代に味わっていたこともある。
      
   * 『遊びについての断章』 
       ー人生は遊びながら年老いて行く―
 ‘JRA’のCMのために書いた原稿。
実際に使われたものはこれからの抜粋である。
このCMのなかでの寺山は得意の肩かけコートで町をあるき、府中のスタンドを
バックにたたずむ。その後ろであの独特の語り口でこの断片を朗読していた。
 
――

かもめは飛びながら歌をおぼえ
人生は遊びながら年老いてゆく
   *
遊びはもうひとつの人生である
そこにはめぐり逢いも別れもある
人は遊びのなかであることを思い出し、あることを忘れ、
そしてあることを捨てる
   *
人はだれでも
遊びという名の劇場をもつことができる
悲劇 喜劇 活劇 メロドラマ
そこで人は主役になり、同時に観客になることもできる
   *
ぼくは人力飛行にあこがれていました
飛行機はただの道具にすぎなかったが、飛ぶことは思想でした
ぼくあ大空を見あげて思いました
プライバシーなんかいらない
フライバシーがほしい、と
遊ぶことは 冒険することであり、
ためすことであり、知ることだったのです
ぼくは「運の悪い女」がきらいです
なぜなら「運の悪い女」には、人生が一つしかないからです
遊びは、不運な人たちにも
「もう一つの人生」があることを教えてくれるのです
だからぼくは、いつでも自分に掛ける
   *
どういうものか「誰が故郷を思わざる」という歌をうたうと、
ツキがまわってくるんです
はじめて競馬場へ行ったとき
はじめて玉突きを覚えたとき
はじめて女を口説いたとき
だからぼくは
皆で一度、一緒に唄ってみたらいいんじゃないかと思っているんです
政治の悪い時代には、「誰が故郷を思わざる」でも唄ってみる
そういうもんじゃないのかな、遊びなんて
   * 
人生が終わると、遊びも終わってしまう
しかし、遊びが終わっても人生は終わらない
遊びは何べんでも終わることができるから、何べんでもやり直しができる
出会いと別れのくり返し
そこが遊びのいいところなんだね
   *
人生では敗けられないが、遊びなら敗けられる
そして敗けを知ったものだけが味わえる風景というものがある
「誰が故郷を思わざる」なんて唄は
競馬をやったことのある者にしか、味わうことができない唄ではないだろうか
   *
人生が、いつばん安上がりの遊びである
死が、いちばん高くつく遊びである
   *
遊びは、人生の時刻表である
人はそこに立ち止まり、自分の乗る汽車をえらぶ
人生は汽車である
旅をしながら年老いてゆく
   *
遊びは不幸な人間の第二の人生である
遊びは不幸な人間の第二の魂である
   *
人は誰でも、もう一つの人生をもつことができる
それは遊びである
ドストエフスキーは言っている
「一杯の茶のために、世界など滅びていい」
   *
夢の中で無くしたものを
目がさめてからさがしたって見つかる訳はない
現実で失くしたものを、夢の中でさがしたって見つかる訳はない
人は誰でも二つの人生をもつことができる
遊びは、そのことを教えてくれるのです

―
▼ 個人のHP内の検索で調べると、次々と出てきた。
 まあ真面目に遊びながら書いだこと。
――
2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」
2008年08月14日(木)
                   −読書日記−
 ー遊びをせんと生まれけむー
亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、
口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。

・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。
美に感応する心である。
・「感」は、 感性、感動、共感。 旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、
  絵画、音楽、映画、演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。
・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。 
「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」にあるように、人間は「ホモ・ルーデンス」。
  遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。
・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。
一瞬の新しいものへのシュンパツ力。 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素。 
確かに、人生はこれを磨くプロセスであった。この中でも、「遊び」が、
人間にとって最も有用な行為になる。

「エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、
 遊びについて次のように述べている。
《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源がある。
最初に家畜化された動物ー小犬1は、もつとも役に立つ動物ではなく、もつとも遊び
好きな動物であった。猟犬が出現したのはかなり後のことである。最初に家畜化された
動物は子供たちのぺットであった。おそらく,植物栽培と灌漑も、初めは遊びとして
行なわれたのである。 車輪・帆、煉瓦なども遊びの中で発明された可能性が強い。 
たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を使わなかったが、足の代りにローラーを
つけた動物の玩具をもっていた。装飾が衣服に先行した。弓は武器となる以前は楽器
であったといわれている。人間が初めて粘土を使用したのも、土器をつくるためではなく、
土偶をつくるためであった。 こう見てくればわかるように、昔から人間のもつとも
有用な行為は、遊びであった。土器をつくり、布を織り・金属を加工し、動物を飼育
するはるか以前に、人間は絵を描き、線刻画を描き、彫刻をし、像をつくったことを
銘記すべきである。 芸術家としての人間の誕生は、労働者としての人間の誕生より
もはるかに早かった。 遊びが労働に先行し、芸術が有目的な生産に先行した。
人間はしばしば必要に迫られて楽しむためのものを有目的なことに利用した。
必要に迫られて働いている間は、依然として人間は動物界の一員である。
人間は、ただ生きるだけであったら不必要なもののためにエネルギーを注ぎ、さらに
生命の危険さえもおかす場所に、特異な存在としての人間となり、最高の創造力を
発揮する、したがって、人間の人間化が起こったのは、自然の恵みで豊かで、
余暇があり、遊び戯れる性向があった状況においてであったと考えるべきである。 
自然界における人類の台頭は、心細い戦場においてではなく、
エデンのような遊びの庭において起こったのである。・・
私にいわせれば、オートメーションの時代の到来は、魔法円の完成である。人間は
エデンという遊びの庭で初めて人間になった。そして今、人間は遊びの庭に帰還して、
人間の究極的使命を、すなわち人間性の完成をはかりうる機会をてにしている。 》
〜〜
遊びの重要性を上手く説明している。良く遊び、良く学び、良く働く、を
バランスよく豊富にすることが人生の豊かさだが、私の場合は、そのバランスは
とってきたが、「良く」に問題があった? まあ、いいだろう。遊びが4、学びが3、
働きが3というところだろうが、厳しい娑婆では、働きが4で、他が3だろう。
学びも、働きも、遊びまで持ち上げるのが理想である。そのためには好きなことを
仕事にすれば良い。

・・・・・・
2786, 人生ゲームを楽しまむため、生まれけん!
2008年11月20日(木)
 ー次は、ある雑誌(文藝春秋)の中にあった、角川春樹の文章であるー
【私は平成五年八月二十八日、麻薬取締法違反で逮捕され、ニ年五ヶ月、
干葉拘置所に拘束されていた。その間、私を悩ませた課題は、
「自分は何故生まれ、何処へ還るのか」という古代ギリシャ以来の疑問。
ある時、一冊の本が差し入れられた。立花隆の『宇宙からの帰還』である。
その中で私を惑動させたのは、宇宙飛行士のエド・ミッチェルの、次の発言。
〈 すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。
そのプランは生命の進化である。個別的生命は全体の部分である。個別的
生命が部分をなしている全体がある。すべては一体である。
この全体の中で、人間は神と一体だ。宇宙は創造的進化の過程にある(略)。〉
彼の言葉が、完壁に理解できたのは、平成十年の大晦日である。朝から二度
倒れ、四度嘔吐した。その時、突然、次の唱句が天から降りてきた。
  年ゆくや天につながるいのちの緒   春樹
この瞬間、あらゆる生命が宇宙意識と繋がっていること、宇宙は一つである
ことを直感したのだ。エド・ミッチェルが宇宙で体験したことを、私は地上で
体験したのである。そして平成十六年九月一日、私は静岡刑務所の独房の中で、
自分の意識が宇宙の果てまで辿り着いた時、逮捕されて以来の長い間の疑問が
あっけなく感受できた。 答えは、人間は人生ゲームを楽しむために地球に
生まれて来た、ということだった。】
▼ 人生のゲーム化については、ここで何回か書いているが、彼が他の人と
 違うところは、そのコンセプトのもとに雑誌を刊行したことと、刑務所の中
で、絶望の底で、実感として掴み取ったことである。‘ゲームとは、到達地点
を決めて、その間に障害を置いて、如何に効率よく到達するかを競う遊び’。
人生ゲームの醍醐味は、死の完成までの障害を乗り越えるプロセスを如何に
楽しみ、味わうかにある。それも命がけに取り組むほど、ゲームが面白くなる。
【 父母に 呼ばれてこの世の 客となり用が済んだら はいさようなら 】
という一休の詩がある。せっかく、客として呼ばれたからには、この世の
人生ゲームを充分楽しまなければ、生まれてきた甲斐がないじゃないか! 
ということだ。そうこう考えると幸せの4階建ての4Fが、克服できない苦難
や悲しみ、というのが少しは分かるが。
 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
 2階:獲得した「快」を永続させる。
 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
人生ゲームは、このビルの中で遊ぶようなものである。   
何か際どい話になってきたが。
・・・・・・
2789,人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! −2
2008年11月23日(日)
  人生ゲームの基準を、私ならどのようにするかを考えてみる。
 昔から言われているように「良く遊び、良く学び、良く働く」を
目安にすると解りやすい。
 ・どのような趣味をもって、ライフワークにしてきたか。
 ・どのような仕事に従事して、楽しんだか。
 ・長年かけて教養を積み上げてきたか。
 ・それらを達観できる視線を、自分の孤独の世界で創りあげたか、である。
人生の価値基準は心の内の問題だから、第三者がとやかくいえることではない。
この4つを、どうバランスよく拡大、深耕したかを、自分のゲームとして
楽しんだかが人生ゲームを楽しむことと、定義づけてみた。
鼻歌を歌いながらスキップするしかない場面も人生には往々にある。
人生には、ある程度の長生きも必要である。人生を楽しむには、楽観的で、
能動的でなければなるまい。そのためには、常に楽しい明日をイメージして、
その実現の準備を地道にすること。耳には、何時も心地良い音楽を流すことは、
誰でもできる。 目は、大自然の風景や、美術館で良い絵や陶器をみたり、
本やネットで良い写真や、ビデオで映像をみることができる。鼻や口は、
季節季節の新鮮なものを食べればよい。 誰でも、身の回りに楽しめることは、
幾らでも転がっている。「おもしろきなき世を おもしろく」は、長州藩士、
高杉晋作の辞世の歌である。彼が死ぬ間際に、そばにいた野村望東尼
(福岡の女流歌人)が受けて、「すみなすものは心なりけり」と下の句をつけた
というが、成るほど上手い歌である。いずれにしても、ゲーム化した段階で、
自分を客観視する冷静さを持つことになる。何が起きても「その時は、その時。 
それも、また娑婆経験」と、魂が、自分の心に語りかける冷静さこそゲーム化で
身に付けることで可能になる。 人生を振り返ると、全く下手なゲーマーの自分
が見えてくる。そういえば、最近、「人生ゲーム」というゲームがマスコミで
話題になっている。ウィキペディアによると、
【原型は1860年ごろ、イギリスの印刷業の社長Milton Bradleyによって考案
された「The Checkered Game of Life」。日本版は、1968年、株式会社タカラ
(現タカラトミー)から発売された。タカラトミーの発表によると、日本版の
累計出荷数は 1000万個を超える。 ゲームシステムは、双六の発展形。
ゲーム序盤のルーレット目によって「人生の筋道」が決まり、その後の人生が
左右されていく。プレイヤーはサイコロではなく「ルーレット」を回し、
人の一生になぞらえたイベントをこなしていく。現在でも改良版が発売されて
いる、息の長いゲームである。】 面白そうなので、一度試してみたいもの。


7355,閑話小題 〜つれづれなるままに…

2021年04月04日(日)

    * 春うらら
 一昨日は、二週間ぶりにシネマ館に… このところ、あまり面白い映画もなく、
シネマの日と決め込んだ金曜日に、寝室で普段とおりYoutubeをみることが多く
なったとはいえシネマ館並みの鮮明な大画面の高音量の迫力は、何ものも変え
難いものがある。 …感染リスクと、年齢もあって、これも限界があり、今の
ところ隔週に減らしている。 
 例年なら、この時節はポタリング(ミニ・チャリ)か、散歩が30年来の習慣に
なっているが、昨年秋に土手で自転車諸共転倒し、眉毛の下を二cmほど切り、
その後は、自転車に乗るのが怖ろしくなって、今では半年休止状態。 65歳を
過ぎてから、老化の右下がり角度が年々、大きくなってきた。
 
 その一つが腰痛がある。要するに、今までの習慣を緩めるべしという身体の
要請のようだ。気がつけば75歳を超えて3ヶ月を経過した。 還暦過ぎに自ら
定めた予定では、死に時期だが… ピンコロとは、行かないようだ。30年前の
駅前シリーズの、営業仲間の半数以上が鬼籍に入ってしまった。 あと5年は
生きたいが、それも健康状態が、現状なればこその生き欲。 昨秋の腰痛は、
キツカッタ。腰痛が幾重にも重なる経験も初めて。 夜空に同時落雷で雷光が
幾重に重なり卒倒しそうな感覚。

 このコロナ禍も治まりかけるが、今は、進化?をしたのが、次々と現われ
出てきている。不思議なことに、発生源の中国は、ワクチンが用意してあった
ように普及して効果を出ているようで… その間隙に、海洋進出を始めている。
スペイン風邪から始まった第一次、第二次世界大戦、世界恐慌、関東大震災、
の一連に重なるイメージが色濃くなりつつある。アフリカ、アメリカ、アジア、
豪州大陸進出時に、白人が細菌を持ちこみ、大量殺戮?の疑問が残っている。
日本列島は、地政学的にみて、「北米周りのアジア大陸進出の足場」。
 日本、台湾、朝鮮半島は21世紀版世界大戦の主戦場に…水資源の問題もある。
…良き時代が終わりを告げたのか。朝鮮、中国、台湾から大量難民が押寄せて
くる可能性が現実的に! そうこう考えると悲観的になって当然。

・・・・・・
6960,映画観賞 〜『 Fukushima 50 』
2020年04月04日(土)
 この時節、福島第一原発と重ね合わせたいと観ることに…
あの時に、もし福島・第二原発が爆発をしていたら、死者が数十万人も出る
瀬戸際だったことを、この映画で知った。私の住む長岡市は、その境界線上に。
 この映画を観る動機が、現在の日本が、これから起こる大津波の前夜に似て
いるため。原子炉の溶解と、爆発が国内の新型コロナの爆発と酷似ている。
それが、アメリカのニューヨーク州と、関東首都圏である。イタリア、スペイン
では既に医療崩壊が起こって、手が付けられない実体がTVニュースでリアルに
報じられている。阿部首相と小池都知事は、東京オリンピック開催を優先
して、初期に決断すべき手立てが遅れさせてしまった。トランプ首相も、然り。
これで権力維持は消えてしまった。これから、日本でも数万、数十万の死者が
出るなど、現在の日本人には想像が出来ない。しかし、隔日に初期の封じ込み
失敗のツケは何倍になって襲いくる。大地震が中国で、欧州に、そして連鎖して
アメリカで起こった。その連鎖が、現在、日本に襲いくること必定。
映画館のドラマそのものが、私たちの現実に襲いかかっている。 前回の
「3・11 東北大震災が、映画のごとく様相で事業清算の直接原因になった。
肌で直に経験したため、諦めがついた。生活が可能であるだけ、有難いと。
立ち位置が少し良かった人たちには、その諦めこそが最重要要素と分からない。
何とも、それが面白い。そして、自滅。この事態は、私にとって、日常である。
「枝葉を切って、根を養え」という、大自然からの警告。、
原点に立ち戻って、現在を見つめ直せ>ということ。「志村けん」を人身御供
とした自然からの警告である。 温暖化を甘くみたトランプを大統領にした
シンジケートに対した警告。欧州のEU推進派系に、中国の利益第一主義に対し、
問いかけたもの。何が東京オリンピックか! 何がアスリート・ファーストか。

≪ :解説:     『Fukushima 50』
 2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故で、
未曾有の事態を防ごうと現場に留まり奮闘し続けた人々の知られざる姿を描いた
ヒューマンドラマ。2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0、最大震度7
という日本の観測史上最大となる地震が起こり、太平洋沿岸に押し寄せた巨大
津波に飲み込まれた福島第一原発は全電源を喪失する。 このままでは原子炉の
冷却装置が動かず、炉心溶融によって想像を絶する被害がもたらされることは
明らかで、それを防ごうと、伊崎利夫をはじめとする現場作業員や所長の吉田昌郎
らは奔走するが……。現場の最前線で指揮をとる伊崎に佐藤浩市、吉田所長に
渡辺謙という日本映画界を代表する2人の俳優を筆頭に、吉岡秀隆、安田成美ら
豪華俳優陣が結集。「沈まぬ太陽」「空母いぶき」などの大作を手がけてきた
若松節朗監督がメガホンをとった。≫
【 〜ビュアー コメントより〜
9年前、TV中継を目にする私は、あそこに命がけの人々がいることを知りながら、
頭でその意味を理解するのを避けていたように思う。本作は等身大の人間の行動
や感情を突きつけ、同じ血の通った人々が身を投じていたことを改めて伝える。
見ていて怖かったし、結果が分かっているのに震えた。もちろんこれは状況の
ほんの欠片に過ぎない。他にも様々な立場の方々がいらっしゃるし、本作に
ついても様々な感想や指摘があるはず。我々は今後もできる限り「知りたい」
と求め続けねばならない。そう強く感じさせる一作だった。】
 ―
▼ あれよあれよと、事態が深刻になっている。日本全体が凍りつき、その目は
 外国の現場の様相に…。その意味で、この映画は、タイミング的にベスト。
  今朝のネットニュースでも
《 ♢ 在日米大使館 帰国を強く促す
 在日アメリカ大使館は4月3日、日本に滞在するアメリカ国民に対し、帰国を
強く促す文書をホームページ上に掲載した。その中で、「幅広く検査をしないと
いう日本政府の決定によって、新型コロナウイルスの有病率を正確に把握する
ことが困難になっている」と指摘した。同盟国のアメリカから、日本の検査不足
が指摘される形となった。… 》

・・・・・・
6593,閑話小題 〜技術的特異点
2019年04月04日(木)
   * <2045年、技術的特異点> 再び!
 元号のキーワードでネットサーフィンをしている過程で、次期天皇が81歳位
まで在位なら、その時節が2045年。とすると、令和の25年は、シンギュラリティ
(特異点)の『2045年問題』が最重要問題のテーマ。 一年一年の科学技術が
もたらす情報機器の進化が社会を根底から激変する時代。それが社会的大問題
を生じることになる。知れば知るほど恐ろしくなる。
 8年前の65歳から有り余る隠遁生活の中で、留まることのない情報端末の進化
を目の当たりにし、10年後の先読みなど到底、不可能。それもAIの進化など想像
を遥かに超えた領域。あと2年と割切っていたが、あと7年を目安に切替えた方が、
面白そうと、ここにきて思うように…。
 この問題をテーマに2016・12月に数回、書いてあった。(後でコピペ)
これは、その補完の内容。 読返し、改めて考えさせられた。
<特異点を理解して、自分の人生になにがもたらされるのかを考え抜く人を、
「特異点論者」というが、老化の胸突き八丁を乗越えて、少しでも、その一端
になりたいが… 少し早く生まれてしまいましたか。 「資産階級」に対する
「無産階級」を捩ったような「無用者階級」が新たに生まれてくる。
その逆は、「ホモ・デウス」、超人類の誕生。人工知能とバイオテクノロジーで、
人類は神に昇格する。乗り遅れた人間は、格差が進み就労不能な、欲望すらAIに
支配される無用者階級の誕生である。復習を兼ねて改めて、その予測をみると…
【  ーレイ・カーツワイルの予測ー
 2045年問題とは西暦2045年にコンピューターの能力が人類を越えるという予測
があり、それによって起こるさまざまな問題のこと。人工知能(AI)が自らを規定
しているプログラムを自身で改良するようになると、永続的に指数関数的な進化
を遂げる。この結果、ある時点で人間の知能を超えて、それ以降の発明はすべて
人間ではなく人工知能が担うようになり、それ以降の進歩を予測できなくなる。
(人間がいくら考えても想像ができないレベルに達する。)   
  ―ヒューゴ・デ・ガリスの予測―
オーストラリアの人工知能学者 デ・ガリスは、人工知能は急激に発展して、
シンギュラリティが21世紀の後半に来ると予測。その時、人工知能は人間の知能の
1兆の1兆倍(10の24乗)になると主張している。デ・ガリスは、この人間の脳の1兆
の1兆倍の能力をもつコンピューターは、将来、角砂糖1個くらいの大きさになる、
と言っている。それを人間に貼り付けると、人間の知能は10の24乗倍になる。
 ※人間の脳の細胞は10の11乗個あるといわれている。ひとつの脳細胞から
シナプス(神経細胞と神経細胞の接合部)が1万本(10の4乗)でているとして、合計
10の15乗本。それらが10ヘルツ、つまり、1秒に10回スイッチングすれば、1秒間に
10の16乗回演算できる。それが人間の脳の性能とみなせる。将来のコンピューター
が10の40乗で、人間の脳が10の16乗。 この違いが、10の24乗倍、すなわち、
1兆の1兆倍になる。】
―
▼ プロ野球のイチロウ、大谷、そして将棋や囲碁の天才少年・少女が現に現われ
 出ている。これは親がかりで出来てくる。内には大きな谷底を抱えているが、
それより、その高みから見える世界は格別の筈。
 〔 上をみればキリがない。下をみれば底がない。横をみれば情けない 〕
なんて悠長な言葉が死語になる。殆どが「無用者階級」の方が、生き易そう?
 <何か奇跡的なほど良い時代を味うことが出来て、得した?ようだ>
――――
2016/12/02
大格差 〜書評
       ー「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」
                     タイラー・コーエン (著)
 一月ほど前に、<技術的特異点『人工超知能が人類を超える』台場時生著>
の書評、【2045年問題=汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の
知能増幅が可能となったときに起こるとされる出来事であり、ひとたび優れた
知性が創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が
及ばない超越的な知性が誕生するという仮説。すなわちこのままの人工知能が
進化し続けれると、2045年が『技術的特異点』の年になる。】を書いていた。
 この書は、この論の延長上にある。これらの周辺産業などに従事した人は、
よりリッチになるが、単純作業のワーカー層や中間層の仕事はロボットなどに
置換えられて、一部の人たちに総取りをされる時代の到来を論じている。
   〜まずは、Amazonの内容紹介〜
《 * テクノロジー失業に陥らないために何をなすべきか?
 近年の世界的富裕層と貧困層の格差拡大の根底には「経済のグローバル化」
「テクノロジーの進化による生産性の向上」「停滞した産業と活力のある産業
の二極化」という抗うことのできない変化がある。
本書は、飛躍的な進化を遂げるテクノロジー=機械の知能に注目し、技術革新
が未来の雇用・所得・ワークスタイルに与える恐るべき影響を徹底検証する。〉
  〜書評の書込みには、
《 チェスでコンピュータと協業できる人が最強になるという例えがきわめて
説得的な論理を展開している。そして、人々は、大きな政府の福祉国家よりも、
自分の可処分な金を保持する生き方を好むという点も説得的である。
(大きな政府が、人々の幸せに奉仕するためには、官僚機構が民主主義の原則
に従って多数の市民に奉仕する公僕で構成されなければ不可能である。現状は
原子力ムラ、土建ムラ、安保ムラなどの特定利権組織に国民の富が浪費される。
日本に多額の税金を市民の幸せのために使う官僚機構が実現できるとは思えない。
高福祉社会は北欧の市民社会・官僚機構だからこそ成功しているのだ)
《 60年代・70年代という中流層が厚かった時代が特異な時代であって、
中世のように「格差が大きい時代」に落ち着く(P.303)の説明も納得できる。
日本でも、第二次大戦以前は過半数の農業従事者の間に地主−小作関係、都市
でも少数の経営層(ホワイトカラー)と多数のブルーカラーがいた。
その階層が、生まれや幸運によって位置づけられていたのが、機会は均等に
与えられていて、あとは本人の集中意欲の有無によって成否が分けられる社会
になる、ということも納得できた。
その他、政府の財政不均衡も解決しないだろうという予測も説得力がある。
総じて、平易に洞察を説いているからこそ、力がある。現実を見るにつけ、
パンとサーカスの時代は古今東西不変なのかと思ってしまう。 》
――
▼『自動運転車』が、そう遠くない未来に可能とは今でも信じられない。
 これを世界中の大企業、政府が全力をあげ取組みだしたという。運転には
あらゆる情報判断が必要だが、それに向けた知能を開発するプロセスで想像
を絶するノウハウが開発される。その応用が、職場レベルに降りてくる。
コスト面からすると、明らかにロボットが人間より効率が良くなる。とすると、
30年先でなく、年々、時代が激変することに。そして、現に激変している。
気づかないのは99・9%の人たち。 その一人が「私!」 今さら遅いか!

――――
5717,技術的特異点 〜��
2016年11月09日(水)
         『人工超知能が人類を超える』台場時生・著
  * 2045年が『技術的特異点』の年
図書館で借りた本に「技術的特異点」たる言葉があった。
NHKスペシャルで、昨年の1月に『ネクストワールド』の5回シリーズで、
このテーマを取上げていたとあったので、早速、Youtubeで見てみた。
番組では2045年の世界が、どのようになっているかを予測し、ドラマ仕立て
に構成をしていた。例えば、平均寿命が100歳になっているとか、人間より
はるかに賢いバーチャル犬が、ドラえもんのように我々の生活をサポート
してくれたり、アンドロイド(人間型ロボット)が会社で働いたりしている。
 〜「技術的特異点」を‘ウキィペディア’で検索すると、以下のとおり。
≪ 技術的特異点、またはシンギュラリティとは、人工知能が人間の能力を
超えることで起こる出来事とされ、テクノロジーが急速に変化し、それにより
大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうと
する未来予測のこと。未来研究においては、正確かつ信頼できる、人類の技術
開発の歴史から推測され得る未来モデルの限界点と位置づけられている。
 =概要[編集]
技術的特異点は、汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の知能増幅
が可能となったときに起こるとされている出来事であり、ひとたび優れた知性が
創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が及ばない
超越的な知性が誕生するという仮説である。 フューチャリストらによれば、
特異点の後では科学技術の進歩を支配するのは、人類ではなく強い人工知能や
ポストヒューマンであり、従ってこれまでの人類の傾向に基づいた人類技術の
進歩予測は通用しなくなると考えられている。
 この概念は、数学者ヴァーナー・ヴィンジと発明者でフューチャリストの
レイ・カーツワイルにより初めて提示された。彼らは、意識を解放することで
人類の科学技術の進展が生物学的限界を超えて加速すると予言した。
ここで意識の解放を実現するさまざまな方法が提案されている。カーツワイル
はこの加速度的変貌がムーアの法則に代表される技術革新の指数関数的傾向に
従うと考え、収穫加速の法則と呼んだ。 特異点が現実化するかについては議論が
続いているが、多数の人がこの予測を肯定的に捉え、その実現のため活動している。
一方で、特異点は危険で好しくなく、あってはならないと考える人々もいる。
実際に特異点を発生させる方法や、特異点の影響、人類を危険な方向へ導く
ような特異点を避ける方法などが研究されている。≫
▼ 東京下町に住む従兄が、地元の従兄の通夜の御斎で、話すには、
『私は84歳で進行ガン。あと10年後に生まれたかった。これからの10年が、
一番面白いのに。現在4Kビデオに凝っていて、三台を持っている。私の一生は、
写真・映像を写し撮ることに特化してきた。4Kで一度撮ったビデオを4kTV
で見ながら、ベストの一瞬を切取りとった写真が何とも良い。ドローンに、4K
ビデオカメラを乗せて自然を思う存分、撮りたい・・』と、目を輝かせながら
語っていた。 技術の進化が留まることなく続いている一コマの事象になる。
 
――――
5724,技術的特異点 〜��
2016年11月16日(水)
         『人工超知能が人類を超える』 台場時生・著

 カーツワイルの技術的特異点について、さらに知りたいので、
ネット検索すると、以下のようにあった。

≪・「特異点とはなにか。テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な
 影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほど変容してしまうような、
 きたるべき未来のことだ。それは理想郷でも地獄でもないが、ビジネス・
 モデルや、死を含めた人間のライフサイクルといった、人生の意味を考える
 うえでよりどころとしている概念が、このとき、すっかり変容してしまう。
 特異点について学べば、過去の重大な出来事や、そこから派生する未来に
 ついての見方が変わる。特異点を正しく理解できれば、人生一般や、自分自身
 の個別の人生の捉え方がおのずと変わるのだ。特異点を理解して、自分自身の
 人生になにがもたらされるのかを考え抜いた人を、「特異点論者」と呼ぼう。」
・「特異点〜人間の知能が、非生物的知能と融合して、何兆倍も拡大するとき〜
 が これから数十年の間に到来する」
・「2030年代初めのコンピューティングの状況は、特異点ではない。
 まだ、われわれの知能を根底から拡大するまでには至らないからだ。
 しかし、2040年代の中盤には、1000ドルで買えるコンピューティングは
 10の26乗cpsに到達し、一年間に創出される知能(合計で約10の12乗ドル
 のコストで)は、今日の人間の全ての知能よりも約10億倍も強力になる。  
 ここまでくると、確かに抜本的な変化が起きる。 こうした理由から、
  特異点― 人間の能力が根底から覆り変容するときは、2045年に
 到来するとわたしは考えている。 非生物的な知能が2040年代半ばには
 明らかに優勢を占めるにしても、われわれの文明は、人間の文明であり
 続けるだろう。生物を超越はするが、人間性を捨て去るわけではない。」≫
 ――
▼ 現在でも、その一端をみることが出来る。2045年といえば29年後とすると、
29年前の1987年から現在を予測できただろうか。現実はSF学者でも想定外。
ソ連連邦と東側の共産圏の崩壊。中国の実質資本主義化。中東の戦乱。
IS国というSF小説並みのテロ組識の発生と、地域支配と主要都市への攻撃。
それらの背景の一つが情報革命。最新の情報機器が安価に一般大衆が手にする
時代の到来。これを遥かに超えたテクノロジーの進化が、想像を絶した世界に
変化させていく。それ以前に、世界が消滅?考えただけでも恐ろしいが、面白い?
 あと10年、特異点に近づいた世界をみたくなってきた。

――――
5725,技術的特異点 〜��
2016年11月17日(木)
            『人工超知能が人類を超える』台場時生・著                     


7354,読書日記 〜世間異教徒の主張…

2021年04月03日(土)

       『同調圧力〜日本社会はなぜ息苦しいのか』(現代新書)2020/8
   * 地方都市の真っ只中で
 クシャミをするにも他者に気づかう中で、その正体とは、地方カースト制の存在。
そこは論理は関係ない土着特有の空気が存在するし、それに依存するしかない。
このコロナ禍は、その群れを否定させる機会でもある。
 ここで、「世間=同調圧力」とは良くぞ表現した。…世間様とは、曖昧さから
成立っている。金銭を例にとると、具体的な数値はタブー、明かしてはならない。
同調圧力者にとっては、絶好の攻撃材料。このコロナ禍の感染者は、同情ではなく
黴菌とした攻撃対象になる。まずは感染者の特定から始まり、近くの飲食店も然り。
まずは銀行関係網があり、地域の内幕情報屋と連携している。その情報網の格差が
存在する。 地方では、コロナ禍感染者=悪であり、外は歩けない程である。
子狐の活躍の場が… 興味をひくのが、世間の場=飲食店が、その対象の場である
ことが多く、その場が大幅に縮小され、その分ネットに変る。
  
  〜以下は、Amazonの説明内の目次〜
≪ 新型コロナウイルスがあぶり出したのは、日本独自の「世間」だった!
 長年、「世間」の問題と格闘をしてきた二人の著者が、自粛、自己責任、
忖度などの背後に潜む日本社会の「闇」を明らかにする緊急対談! ≫
  
●戦争中から変わらない「国民総自粛」
●日本人が名刺をもらうとホッとする理由
●「世間=同調圧力」を生み出す日本独特のルール
●西欧は「社会」、日本は「世間」の大きな違い
●感染者はなぜ謝罪に追い込まれるのか?
●学校でも会社でも「先輩」が強すぎる不思議
●日本では「批評」がそのまま「人格批判」となる
●言霊の国なのに、言葉が信用されない謎
●ネット上の匿名が圧倒的に多い日本人
●若者の自己肯定感が低い理由
●なぜ出る杭は打たれるのか――芸能人の政治発言
●不寛容の時代に窒息しないために

生きづらいのはあなたのせいじゃない。
世間のルールを解き明かし、息苦しさから解放されるためのヒント。≫
 ――
 〜レビューより〜
< コロナ禍である。正直ヒマで馬鹿なネット民の同調圧力は諦めている。
 自分で考えもせず、適当に書かれた不確かな情報に右往左往する連中はどう
しようもありません。馬鹿が通り過ぎるまでそっと息を潜めるしかないのです。
私が気になるのは、この本にも取り上げられているポピュリズム政治家、首長
たち。法律、条例の根拠も無く個人が特定されそうな情報をこれみよがしに
垂れ流している。私の出身県では保健所からの情報でコロナにかかった女性の
居住町、年代、勤務先のキャバクラ名、場所を得意気に公表している。
地方の町でキャバクラに勤めることがバレるとそれなりのリスクもあるだろう。
もしかすると彼女はシングルマザーで子どもがいるかもしれない等の想像力は
働かないのだろうか。>
 ――
< そもそも日本国民には職業選択の自由があり、営業自由は保障されている。
 憲法、法律を守るべき政治家、首長連中(それなりの法知識もあるはず)が、
それを無視して同調圧力に加担する異常事態である。それらの首長連中は
ワイドショーに嬉しそうに出演し、自称キャスターはその提灯を持つ。
世の中はおかしい方向に向かっているが、こういう時こそ日本社会を自分で
考える良い機会。 こういう時こそ本を読もう。>

・・・・・・
6959, 閑話小題 〜エイプリルフール
2020年04月03日(金)
   * この語源について
 一昨日は【4月バカ】… そう、エイプリルフール。新型コロナ騒ぎで、
あまり話題にならなかった。起きている現実こそ、非現実のような様相。
ジョークで笑い飛ばせる事態でない。学生時代に寮生活の日常で、この手の
エピソードも当然あった。 今回は、その語源をテーマにするが、これは
世界中で昔からあった遊びの一つ。
  〜ウィキペディアによると〜
≪ その昔、ヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催
 していたが1564年にフランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用。
 これに反発した人々が、4月1日を「嘘の新年」とし、馬鹿騒ぎをはじめた。
◉ インドで悟りの修行は、春分から3月末まで行われていたが、すぐに迷いが
 生じることから、4月1日を「揶揄節」と呼んでからかったとする説もある。
 この説によれば、インドの「揶揄節」が西洋に伝わったのがエイプリルフール、
 中国に伝わったものが「万愚節」になったという。
◉ イングランドの王政復古の記念祭オークアップルデーに由来する説がある。
◉ フランスではエイプリルフールを Poisson d’avril(4月の魚)といい、
 子供達が紙に書いた魚の絵を人の背中にこっそり張り付けるいたずらをする。 
 この『4月の魚』とはサバのことを指すと言われ、丁度この頃にサバがよく
 釣れるためこう呼ばれるとされる。
◉ 日本には大正時代に欧米のエイプリルフールが伝わったが、前述の中国の
「万愚節」が江戸時代の日本に伝わり「不義理の日」と呼ばれていた説もある。
 しかし、暦の都合上正確には4月2日が本当のエイプリル・フールであり、
 4月1日に嘘をつく人々は暦に騙されているということになる。 ≫
 ―
▼ ジョークで済まされない事ほど効果がある。それが許されるのが学生時代。
 先日、ここでテーマにした「志村けん」…そこに居るだけで笑いを誘った男。
一番圧巻が…自家用車がリムジン。そして麻布・六本木の豪遊。 それだけで
笑いを誘う材料になるコメディアンの役得である。冷笑対象そのものが何とも
味がある。年に一回、公然と笑いで済ませる嘘がつける日。それが出来ない
事態の、この「新型コロナ」。 …それにしても深刻である。
 
・・・・・・・
3660,音信不通だった友人から連絡が!
2011年04月03日(日)
  * 5分の差で助かった
 学生時代の友人の奥野和夫さんから、昨日の午後に電話が入った。
安否を知るために、宮城県亘理町の住所先に葉書を出していた。
それが昨日になって本人の手元に届き、電話をくれたのである。
  彼の話しの概要は! 
≪ 妻が病院に行くのに付き添った後、自宅に帰ってきて、たまたまTVを
 見ていたら、激しい地震が襲ってきた。それが長い時間にわたり続いたが、
急にTVの画面が変わって6メートルの津波が押し寄せるという緊急の内容。
直ぐに6Mより10Mに変わったのをみて、着のみ着のままで自動車で高台の
方面に向かった。しかし、道路は渋滞で前に進まない。そこで機転をきかせ
農道に回ったが、そこも渋滞。その間に余震が激しく前に進めないほど。
それでも何とか高台に辿り着いた後の5分後に大津波が襲ってきたという。 
その後、避難所に行ったところ数百人の先客がいて寝れる状態ではない。
そこで車中で一晩過ごしたが、着の身着のままのため、寒さがきつい。 
暖房もガソリンが無くなるので、一晩中、5分ごとにエンジンをつけたり、
止めたりして過ごした。朝までの時間が非常に長く感じた。水洗トイレは、
ボランティアの中高学生が水を近くの川から次々と運んでいた。
命は助かったが… 妻が病のため、避難所では悪化の可能性がある。 
ふと30分の所に前の会社の先輩が住んでいるのを思い出し、そこに9日間、
避難させてもらった。そのうちに群馬の実家の兄に連絡がつき、車でガソリン
を新潟県経由で持ってきてもらい、何とか兄のいる実家にたどり着いた。
最近になって道路が復旧してきたので、自宅を見てきたが、1Fが海水の泥で
滅茶苦茶のため、廃材処理の手続きをしてきた。命一つでも助かっただけ充分! 
火災保険に入っていたが、地震保険には入ってなかった。 ≫
 ー以上が、彼の15分間の電話内容。一つ判断を間違えれば助からなかった。
住所の亘町荒浜は仙台飛行場の南下に位置し、阿武隈川の河口にある。
終の住処を、そこに選んだことに羨ましさを感じていた。それが、まさか・・
それでも命が助かっただけでも喜ばなければなるまい。
他人ことではない、まさかまさかの日々。

・・・・・・
6592,閑話小題 〜平成元年は西暦1989年
2019年04月03日(水)
   * 和歴の話

・・・・・・
6229,閑話小題 〜 <「場」は未来からやってくる>
2018年04月03日(火)
        <『生きる勇気 死ぬ元気』帯津良一&五木寛之、p115 >
   * 「場は未来からやってくる」
 〜「場」をネット検索によると、
《場(ば)、英語: fieldという。工学分野では電界・ 磁界など界ともいう。
(界)とは、物理量を持つものの存在が、その近傍・周囲に連続的に影響を
 与えること、あるいはその影響を受けている状態にある空間のこと。》と…。

例えれば大相撲の立合いの一瞬や、野球の投手とバッターの対決の「場」を
想いうかべると、解りやすい。確かに未来が瞬時、現在にさま変わる。
 私のルーツはビッグバン。 死はブラックホールのような世界?
―
【帯津】 私、東大名誉教授で場の研究所の清水博先生を尊敬しているんですが、
   先生が、昨年の秋に親鸞仏教センターの会で、「場は未来からやってくる」
   ということをおっしゃったんです。
【五木】 ほう。場は未来からやってくる。
【帯津】 われわれは、環境という「場」のなかの存在です。家庭、学校、
   職場、地域、自然環境、国家、地球、宇宙、そして虚空などの場のなかに
  重複しているのです。これらの場は、宿命的な場ともいえます。嫌だから
  といって、そうやすやすと逃げ出すわけにはいかないのです。
【五木】 なるほど。
【帯津】 私たちは、毎日、場のなかを移動しながら生きているわけです。
   たとえば宿命的でない一時的な場となると「広場、市場、酒場」、さらに
   修羅場、正念場」とさまざまです。そして、われわれはいつもいずれかの
   場に身をおき、ひとつの場を去るときは、新しい場を迎えるときです。
【五木】 なるほど。
【帯津】 いま、こういう場に五木さんと私がいて、対談が終わると車に乗り
   家に帰り、また仕事場や一時的な場に入るというように。清水先生は、
  「自分を固定してみると、場が未来からどんどんやってくる」とおっしゃった
  んです。それを聞いて、先生はずいぶん上品におっしゃったなあと思いました。
【五木】 というと。
【帯津】 私には、「場は未来からおそいかかってくる」という感じなんです。
   それで、おそいかかってくいる場を「予感」と「直観」で選別し、取捨
  選択している。いい場だったら、そこに居すわってみよう、悪い場だったら、
  体をかわしてやりすごそうと。そういうことを予感と直観でやっているんだ
  と思うんです。それが、われわれが生きているということでして、つぎつぎ
  襲いかかってくる場を、かたづけながら進んでいると、最後にかならず死後
  の世界が来るんです。永遠に生きるというわけじゃないですから。
  そうすると死後の世界いというのは、信じる信じないじゃなくて、かならず
  来るものとして、覚悟してこれを迎えなきゃならないと思うんです。
【五木】 まさに覚悟ですね。自分を固定して考えると、いろいろな場がどん
   どんやってきて、状況をつくりあげていきますから。
【帯津】 ええ。また、清水先生は、不安というのは、突きつめれば自分の
   居場所がなくなることだとおっしゃっているんです。 死の不安とは、
  この世に自分の居場所がなくなることですけれど、この世ではなくなっても、
  あの世には、居場所があるとわかれば、死は、こわくなくなります。
  かえって楽しみのようになります。
【五木】 いやあ、そう考えれば、こわいものではないですね。死後の世界は
   あるかないか…ではなくて、かならず来るものとして覚悟するというのは、
  いいことですね。「絶対ある」と覚悟したほうがすっきりする。
【帯津】 ええ。2年前に40代後半の若さで亡くなった哲学者の池田晶子が、
  「池田は死ぬけど、私は、死なない」と書いていたけれど、要するに「池田」
  とレッテルをはられた自分の肉体はほろびるけれど、命はずっと存続し
  つづけるということでしょう。どうも、この考えかたが、私にはあたってる
  ような気がしてしょうがないんです。
   夏目漱石も、死後の世界はあると考えていたようで、「死んでも自分はある。
  しかも本来の自分には、死んで始めて還れるのだと考えている」と、門下生
  への手紙で書いていますね。
【五木】 なるほど。
―
▼ 10年前に、自分の死期を75歳に定めた。その時から逆算して、その時点時点
 に何をしておくべきか考えて行動指標にしてきた。その時点時点が、「場」に
なり、死の瞬間のブラックホールのエネルギーの力が加わったような。
それぞれの人にとって、「死」が最大の『場』になる。
 我々が住む宇宙は138億年前のビッグバンから生まれた。その中に星の消滅など
でブラックホールといわれる、吸込まれると二度と戻ることが不可能な穴。その
行先が他宇宙で、11次元の世界という。〔死〕とは、その穴そのもの? その
他宇宙が、あの世と考えたくなるが、そんな訳はない。変な物体が消滅するだけ。
直径276億光年の時空を持つ我々宇宙の外に、「10の500乗の多宇宙」が存在とは、
考えるだけで楽しくなる。それらも、『場』である。あの世も、この世も、同じ。
こうも言える、「いま、ここ、私」の刹那刹那が、『場』。
「生まれて死ぬまでの生涯が、私の人生の場」。その周辺の暗闇の一点の光を
愛おしく見つめるのが追憶ですか。
 
 追:7年前の、以下の文章からして、友人の場合の(場)の意味が読取れる。
・・・・・・
5497,幸福 〜あなたはなぜ満たされないか ―池田晶子の言葉 〜��
2016年04月03日(日)
    『幸福に死ぬための哲学―池田晶子の言葉ー』池田 晶子(著),                
     〈幸福 ーあなたはなぜ満たされないか〉
  * 人は何ゆえに満たされないのか?
《 幸福」の名で、反射的に、人は「暮らし」もしくは「暮らしぶり」と
 思ってしまう習性それ自体が、実は見事に不幸を示している。幸福の言葉で、
あれこれ中身を考える人の不幸は、そこに比べる心があるからだ。自分の幸福
に完結している魂が、どういう理由があって、他人のそれを気にするのだろう 》
 ☆「暮らしぶり」とは、生活水準や、その満足感をいうが、それは幸不幸に
 関係ない。要するに、充実感を持ちえるかどうか? 振返ってみて、どん底
と思っていた、正に、その時が、実は一番充実していた。どん底と思うという
ことは、その下がないから、底を蹴り上げることが可能になる。
 ――
   * 人を愛せないと悩む人へ
《 愛する人がいないから幸福になれない、と思い込んでいるから、
あなたは不幸なのです。どうして他人がいなければ、あなたは幸福に
なれませんか。他人がいなければ幸福になれないというまさにそのことが、
「愛する能力に欠けている」というそのことなのです。だって、
自分を愛することができない人が、どうして他人を愛することができますか。
愛のない人が、どうして愛することができますか。すべては順序が逆だった
ということに、気がつくことが、始まりですね。》  『人生は愉快だ』
 ☆ 学生時代から50年、早朝の読書が私にとってベストの習慣だったと、
 実感する。最後に残ったのは、読書を含めた行蔵と、習慣だけ。人は、
知っている範囲しか知りえない。そして、知っている他者の知識については
知りえないため、誤解する。それが小さく、浅いほど、その分厚いレンズは
歪んでいる。他者との触媒は必要だが、それは読書でも可能。身近に、
「友人が出来ない。孤独だ!」と、愚痴をいっている人が多い。読書の深読み
が出来てない。そのこと自体が、友人が近寄いてこない理由に気づかない。
 ――
   * どんな困難に出合っても
《 どんな生活、どんな職業であっても、生きている限り、不幸は必ずやって
 くる。つらくて苦しくて、自分はなんて不幸なんだろう、そういう時は誰に
でも必ずやってくる。だけど、不幸は、いかにそれが外からやってくるものの
ように見えても、やはりどこまでも自分の心が作り出しているものなんだ。
不幸だと思うその心が不幸なんだ。幸福だと思うその心が幸福なんだ。
幸福も不幸も自分の心のありようなのだということを忘れさえしなければ、
これからの人生、どんな困難に出合っても、君は幸福になることをあきらめず
にいられるはずだ。》              『14歳の君へ』
 ☆「 ポジティブ3に、ネガティブ1の割合が、幸福の状態。逆に、
 ネガティブ3に、ポジティブ1の状態が不幸の状態」と割り切って、幸福の
状態におく幸・不幸管理をすれば、どんな困難にも立向かえる? これは生活
習慣のデザインから始めなければならない。そして、一つずつ積上げなければ
ならない。そう簡単に人は前向きになれはしない。

・・・・・・
5862,閑話小題 〜春うらら
2017年04月03日(月)
   * 春うらら
★ 寒さのせいか、庭の梅の花が今だ咲き始めてない。あと数日で開花する
 のだろうが。 昨日の早朝、去年11月末以来の年明けの信濃川土手への
チャリをと支度を終えて自転車に乗ろうとしたところ、後輪のタイヤがパンク
のため、急遽、中止。ひと月前に、家内の自転車の空気入れを頼まれたついでに
空気を足したが、何で今になってパンク? 『誰かが悪戯で?…』と考えたが、
ワザワザするわけもなし。明日にでも修理に行く予定だが。さい先が良くない。
★ WiFiが、この一週の間、変調をきたし、iPadとTVのネットが繫がらない。
 様ざま試みたが無理と、メーカーに電話をしようとした矢先、金曜にiPadが、
土曜日にTVのネットが何故か正常になった。 原因が分からず、先週は鬱々と
した日々… それにしても如何して? 最悪の場合、6千円の派遣サービスが
あるとHPにあった。で、改めて、4kTV映像と、アンドロイド機能の凄みに驚い
ている。世界的ブランド・メーカー同士の熾烈な競争の中で、果てしなく機能
進化をしているTVと、ネット世界。 
 寝室のTVのスイッチを入れた瞬間、寝室が別宇宙空間に様変り。これでは、
大新聞、テレビ局などのマスコミの将来は暗澹たるもの。個人が企画をたて、
自撮り映像を世界に向けて直接、売り込む時代。「ピコ太郎」が、その一例。
 最近、話題になったのが、新婚旅行の思い出撮影に、4kカメラ+ドローンの
自撮り空撮映像を、観光先からネットに現在進行形で載せた企画が大当たりを
云々… 等が、次々とネットに現れている。 巨人戦など野球中継を観客席
視線の生中継も可能。 とすると、様々な生現場中継を見ることが可能の時代
に入ったようだ。


7353,閑話小題 〜風がないのに揺れる葉っぱ

2021年04月02日(金)

   * 風が吹いていないのに何故、葉っぱが動いている 
 先日、「超常現象」関連のドキュメントを見ていると、山中で、風が吹いて
いないのに何故か、一本だけ、木と葉っぱが揺れている映像と説明があった。
その実は、微風が成せる現象だが、ネット検索には、そのリアルな映像が次々と
映し出されていた。
 〜以下の説明が分りやすいが、問題は、その受止め方がある。
【 これは風が吹いていないのではなく、極弱い風が吹いていますね。
 落ち葉が揺れながら落ちるのと同じような原理。落ち葉はゆっくり落ちる…
その落ちる速さほどのゆっくりした風が吹いているはずです。
風が当たったことで葉がしなり傾く ⇒ 葉の向きが変わったことで風の力の
影響が変わって、葉の弾力と合わせて逆方向に振れ始める  ⇒ 戻る勢いと
風の力で、反対側に傾く…この繰り返しです。】
 〜
▼ 世界の殆どは、説明が不可能なことで満ちているのは、私だけのことで
 ないらしい。としても、せっかく地球旅行に当り、旅に来ているのに、
何も知らないで、先入観を叩き込まれ、その渦中で消え去るのが人間の業。
「極限には誰もいく。問題は、その先をどの位、越せるか。 天国も地獄も、
彼岸の先にあるのではなくて、この地球の中にある。」ということ。
たった一度の人生。まだまだ、様々なことを味あわないと! それよりも、
 近くから聞こえてきた言葉が良い! 『あら可愛い!』 
 微風に左右され消えていく!
・・・・・・
6958, 閑話小題 〜チョット異常過ぎないかい
2020年04月02日(木)
    * ウィルスが変容して5〜10倍の凶悪
 この数日来、感じたのが、<北部イタリアから、フランス、スペインに拡散
している新型コロナの拡散速度がチョット異常過ぎないか?> ということ。
 コロナ菌には二種類あって、悪質なのが、欧米で拡散したのでは?という疑念。
今日のテーマを書上げた後、翌日のテーマの下書きにとネット・サーフィンを
して見つけたのだ、以下の内容。『…ウィルスが変容して5〜10倍の凶悪の
タイプに変容したのでは?』という、驚くべきレポートを見つけた。
 そこで、差替えて、今日のテーマに。

【 新型コロナウイルスが欧州で急拡大を続けている。厳しい「戦時体制」の対策
を敷いて2週間にもなるのにだ。東・東南アジアとここまで違うと、ウイルスが
変異して、より凶悪なタイプに変わったのではないかという疑いが出てくる。
拡大外出が原則禁止され、普段は混み合う道路は車がほとんどなくなった。
ウイルスは変異を起こしやすいものの、そのほとんどはウイルスの性質を変え
ない微細な変異だ。 イタリアの公的機関も遺伝子解析の結果から「COVID-19は
事実上の変異は起こっていない」と発表している。だが変異が小さいからといって、
危険度が変わらないとは限らない。既にSタイプとLタイプという毒性の大きく
異なる2種類が見つかっているのだ。だから、現時点で流行している「欧州型」が
どこまで危険なのかはぜひとも知りたい。 …以前ギランバレーで3カ月間人工
呼吸器のお世話になり、今も身障者で、今年還暦の私はリスクグループに属する
わけで、この情報がないのは困るのである。しかしどの公的機関も危険度について
発信していない。そこで、自分で調べてみることにした。その結果は、欧州型が
東・東南アジアのCOVID-19と別物というべき危険度を持っていることを示していた。
   ☆ 情報がないなら、公開データから推定せよ
 私は地球太陽系が専門で、医療の部外者だ。COVID-19に関する詳しいデータは
手に入らない。 でも、感染者数と死亡者数だけは多くの機関が公表しており、
それを解析することはできる。地球太陽系科学者は異なる種類のデータの比較を
日常茶飯事に行なっているわけで、国ごとに異なった基準で求められた数値の
客観化は難しくない。もちろん正確な値は求められないが、
 (1)感染力と(2)死亡率の国ごとの相対評価はできる。 】
 ―
 ―
▼ 湿気の多い島国の日本。都市閉鎖も何でも有り。とんでもな事態が近未来に
 待っている。まずは、新学期の開始を、連休明けまで延期すること。そして、
首都圏の閉鎖と、戦時体制の特別立法を加えること。予断は許されない。
日々刻々、事態は厳しくなってきた。
 今朝のネットニュースでも
≪【ワシントン=住井亨介】米ホワイトハウスの新型コロナウイルス対策チームは
 3月31日の記者会見で、現在の行動制限などの対策をとっても米国内で10万
〜24万人の死者が出る可能性を指摘した。記者会見に同席したトランプ大統領は
「すべての米国民には厳しい日々に備えるよう求めたい。とても厳しい2週間になる」
と語り、感染拡大を抑えるため行動自粛の必要性を訴えた。
世界の感染者数を集計、分析している米ジョンズ・ホプキンズ大によると、世界の
死者数は31日、4万人を超えた。米国は約3900人とイタリア、スペインに
次ぐ死者数となった。米国全体の感染者数は約19万人で世界最多。ニューヨーク州
だけで約7万6千人を占めている。≫
 日本の首都圏からみて、アメリカより、流行後の事態は悪くなるという悲観的な
見方が出来る。それは現状から見て、想像を絶した事態も有りうる。
 
・・・・・・
6591,閑話小題 〜改元ですか
2019年04月02日(火)
   * 『令和』 …何と申しましょうか
 改元名を知った時の国民の反応が面白かった。
<・『まず何? 変だよ。』 で、周辺の顔色をうかがい、
 ・同じ反応に安堵するが、それを言葉に出来ず… 
 ・で、TVの反応を見ても、その反応は同じ。大方は鳩に豆鉄砲をくらった
 ような。で、誰かが正直に『これって変だよ』の反応を待って、大方が
 非難。ネットをみると62%が肯定的。下手に批判すると、軽く思われるし、
 黙っておこ、どうでもいいことだし… > というところか。 
ネット記事によるとアクセントは「平和」と同じ平音。 そう発音すると、
成るほど違和感が薄れる。明治、大正を生きた平民が、『昭和』の改元名を
知った時は、こんなものだろう。これを書いている内に、実際に改元名の単語
を失念してしまった。令… 何だった? ああ、昭和の「和」で『例話』じゃ
なくて、『令和』。昭和、昭和、昭和、そして令和と発音すると、成るほど。
頭文字の略語が、昭和のs、平成のhから、rは恰好いいと若者が宣っていた。
 初めて知った時の私のイメージ採点が25点。 一晩過ぎても同じ。一月後が
60点だろう? 一年経てば何の抵抗感も消え失せて…
<『令和』の令は冷ややか、上から目線。和は、同調のイメージ> 
 この言葉そのままが、実際のところの反応とみる。
マスコミは、早速、令和という名の人を見つけてインタビューをしていた。
 ――
 :元号 の豆知識: (ネット検索より)
【 新元号「令和」の意味・理由は?
・「初春の令月(れいげつ)にして、氣淑(きよ)く風和ぎ、
 梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後(はいご)の香を薫す。」
〔 人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ。
 梅の花のように、日本人が明日への希望を咲かせる国でありますように。〕
・ 元号とは? 年を記録する方法(紀年法)の一種。「元号〇年」は和暦と
 称される。645年の大化の改新が始まりとされ、新元号「令和」は248番目。
 元号の条件は?
「国民の理想としてふさわしいよい意味を持つ」「漢字2文字」「書きやすい」
「読みやすい」「これまでに元号や天皇のおくり名として用いられていない」
「俗用されているものでない」の6つとされる。】
【「元号」は、中国をはじめ中国文化の影響を受けた漢字文化圏において、
 特定の年代に年を単位として付けられる紀年法。中国やその周辺国では、
 独自の元号を定めることは王朝の正当性を主張し、天子を奉ずる独立国家
 であることを意味していた。 】

 ――
▼ 欧米からすれば、極東の島国の酋長、いや首長が、代が交代する度に、
 年号を決める。日本はモンゴルの移民?の朝鮮系民族の末裔が、騎馬集団の
徒党戦法で日本を制圧したのが天皇一族のルーツ。 その名残が天皇陵の
『前方後円墳』。この原型がモンゴルから朝鮮にかけて多く存在する。
 『令和』ですか… これ、繰り返している内に、抵抗感が少なくなリ、
一月もすれば『昭和』並みに、根づくから不思議。 御目出度いことです!

・・・・・・
6228,閑話小題 〜『ペンタゴン・ペーパーズ』
2018年04月02日(月)
   * 最高機密文書のリーク
 先週のシネマは、<ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書>である。。
ドンパチの派手さないが、重厚で、50年前のニューヨークの白人社会を垣間見て
いるようで、なかなかの内容。この事件を発端にしてニクソンのウォーター事件
に発展していく。 評価:85点。
  ―解説ー
【 巨匠スティーブン・スピルバーグ監督のもとで、メリル・ストリープと
 トム・ハンクスという2大オスカー俳優が初共演を果たした社会派ドラマ。
ベトナム戦争が泥沼化し、アメリカ国民の間に疑問や反戦の気運が高まっていた
1971年、政府がひた隠す真実を明らかにすべく立上がった実在の人物たちを描いた。 
 ベトナム戦争を分析・記録した国防省の最高機密文書=通称「ペンタゴン・
ペーパーズ」の存在を、ニューヨーク・タイムズがスクープする。ライバル紙でも
あるワシントン・ポスト紙の発行人キャサリン・グラハムは、部下で編集主幹の
ベン・ブラッドリー らとともに、報道の自由を統制し、記事を差し止めようと
する政府と戦うため、ニューヨーク・ タイムズと時に争いながら連携し真実を
世に出すため奮闘する。第90回アカデミー賞で作品賞と主演女優賞にノミネート。】
―
▼ この隠れテーマが、女性がワシントン・ポストの最高責任者であったこと。
 自然法則からみれば、管理は女、決断は男の役割が得意の分野。しかし、時に
男を遥かに超えた豪胆なヤリ手が存在する。もしかすれべ、国家反逆罪に問われ
かねない上に、会社の存続さえ危なくなる重大決断に動揺する姿がシリアスに
表現されている。現在の、トランプの『ロシア疑惑問題』とは違った時代に、
「最高機密文書」を持ちだした職員のリークだから、アメリカ国内で、激震が
走るのは当然である。事実は小説より奇なり、それが可能な米国の社会
システムの健全性? でもある。

――
  * プロ野球が開幕
 先週末からセ・パのプロ野球が開幕した。巨人中心に何試合を同時進行で
見ていたが、新人など若手と、ベテランが入り乱れたチーム同士が戦う観戦も、
非常に楽しいひと時になっている。特に開幕から5月半ばまでが、一番面白い。
今年の前評判が、セ・リーグでは、広島がダントツで、巨人、DeNA。
パ・リーグでは、ソフトバンク、西武、楽天…  …まあ、こんなものだろう。
 日本のプロ野球も、大リーグの二軍・三軍化されてしまったが、それでも、
オリンピックの競技種目に選ばれ、この3年間は熱気が高まり新しいスターが
誕生してくることになる。
・・・・・・
4766,ぼんやりの時間 ー1
2014年04月02日(水)
                ぼんやりの時間  辰濃 和男 (著) 
 リタイア以降、時間が有り余り、ぼんやりの時間が増えたかというと、
そうでない。ウツ病に陥らないために、早朝から寝るまでのスケジュールを
決め、ただ淡々とこなしているからだ。 3年経った今、良いタイミングに、
 この書に出あった。平坦な一日がアッという間に過ぎていく。
それはそれで良いが、ぼんやり時間が少なすぎる?
   ーまずアマゾンの内容紹介ー
《 常に時間に追われ、効率を追い求める生き方が、現代人の心を破壊し
 つつある。今こそ、ぼんやりと過ごす時間の価値が見直されてよいのでは。
では、そうした時間を充実させるために何が必要であり、そこにどんな豊かさ
が生まれるか。さまざまな書物にヒントを求め、自らの体験もまじえながら
つづる思索的エッセイ。 》
   ーカスタマーレビューよりー
【「ぼんやり」と生きるライオンやサンマは生存していないのであろう、
 だから、人間にも本来、「ぼんやり」は許されないのだ。幼い時から、
悪臭や異音に鋭く反応しつつ成長し、身を守って生きている。このような
絶え間のない外界との緊張関係は、必然的に対極の「ぼんやり」へ憧憬を生む。
すなわち、「ぼんやり」は人間に生来備わった自然感情や心のあり方と見る
よりも、生物として必須条件である「対外緊張」を運命付けられた人間に
根差した”解放願望”として捉えられるべきであろう。
従って「木と共に過ごす」串田孫一、「湖畔の小屋を建て、畑を耕す」ソロー、
「隅田川の川面を眺めているうちに、あっという間に2時間過ぎた」池波正太郎、
「珊瑚や熱帯魚を求めてダイビングに浸る」玉三郎、「夏の夕暮れ時の樫の木々
に映える日の光に心を満たされた」ミッテランなど、どの登場人物も眩く輝いて
いる。彼らのどのエピソードも懐かしい幻想のように温かで、ユートピアの
ように心和ませるものがある。しかし「ぼーっとしながら生きる」のが好きと
いう深沢七郎の背後には片目失明の不自由をこらえて右翼暴力から逃げ惑った
日々が刻印されており、「林に入り黙座す」と「武蔵野」で詠んだ国木田独歩
には、帰れば妻との確執の絶えない実生活が待っていた筈である。
著者は自らの体験も含め、こういう人間の現実の生活を冷静に観察した上で、
「ぼんやりの時間」を持つことは実際には口で言うほど簡単なものではないこと
を熟知するが故に、だから敢えて「ぼんやりの時間」を人間にとってかけがえ
のない、貴重なものと見ている。本書に見られる「ぼんやり賛歌」は、大抵
の生身の人間には実現困難だという著者の苦い現実認識と、それでも尚、
人間らしく生きる上で我々が忘れてはならない理想願望がベースになって
いることを見逃してはなるまい。 】
▼ 欧米人のバカンスはリゾート地で、かけ替えのない貴重な時間をのんびり
 過ごす。 日常を離れた自然の中で、ボ〜っとするのが、最高のレジャー。
日本には温泉宿で湯治で身体を休めるレジャーがあった。私のネックになって
いるのが、この随想日記と、ネットサーフィン。誰に頼まれた訳でもないのに、
毎日、これで自己達成をした気分にとらわれている。そうでもしないと自分を
支えていられない状況もある。偶然だが、去年の今日(4月2日)の文章は、
ノンビリしないで遊べ遊べというのから、この内容の意図に反している?
「自分の限界としても、還暦までに、やりたいことをやった!」という思いが、
ある。この時節も、ぼんやりなど、してはなかった。時節があるのだろう。
どの道、死んでしまうまでの精神のあり方の問題でしかない。
・・・・・・
4399, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ ー1
2013年04月02日(火)
    『隠居大学ーよく遊びよく遊べ』天野祐吉、お相手 御隠居
 御隠居生活に予定より三年早く、二年前の65歳をもって入った。
しかし振り返ってみると、51歳から実質的御隠居生活に一歩踏み込んでいた。 
同居していた母親が痴呆症になって5年半後に亡くなった後、数ヶ月間は呆然と
していたが、「今までの延長は捨て、50歳代に、その後の余生の全てを
遣り尽そう」という思いが湧き上がった。そして残り30年分の人生を圧縮して
生きようと決心をして、「思い浮かぶ限りの遣り残した事を迷わず優先的にする」
ことにした。 50代で秘境ツアーを中心に24回の旅行。美味い酒を飲む。
当時、まだブログが無かったので、パソコン教室に通い、個人HPを立上げて、
全エネルギーをかけ思い浮かぶことを毎日「随想日記」として書き続け現在に
至っている、これである。これが私の隠居生活の移行で、それを私自身も
気づかなかった。どれもこれも面白く、楽しくなければ続かない。
この経験から学んだことは、「御隠居は覚悟が無ければ出来ない」ということ。
傍からみたらつまらないこと?でも、遊び気分で全エネルギーで取り組んでこそ
道楽。これも毎日、よくぞ真面目くさって書いている。でも、私にとって面白い。
だから道楽である。 御隠居は道楽をもっているかどうか。たっぷりある時間を
遊べるかどうかである。   まずはー内容紹介ー     
【こんな時代こそ「隠居」を見直そう!原始、「隠居」は遊びの達人だった。
 若いモンの憧れだった。目指すは、自由で洒脱な遊びの達人。横尾忠則、
外山滋比古、赤瀬川原平、谷川俊太郎、安野光雅、坪内稔典の豪年を取るって、
いいもんだなァ。 豪華講師陣を迎え、ここに隠居養成大学がオープン。
オモシロキビシク、いい加減精神の真髄を語り明かす。】
老いは、生老病死のマイナス面が表立ってくる時期。その時、失われつつある
喜怒哀楽を道楽の中に求める必要性がある。考えてみれば「良く遊ぶ」のは
非常に難しい!次回は、一時限目の「横尾忠則 対 御相手の天野祐吉」より
・・・・・・
5861,7つの習慣 ー1
2017年04月02日(日)
        「7つの習慣-成功には原則があった!
               スティーブン・R. コヴィー 」
 20数年前、この本を読んで衝撃を受けたことを憶えている。
特に「Win-Win」の、「互いの利益をまず考えていくと、互いに有効になる」
という道理。ニュースなどで、互いの「Win-Win」を前提に協力しよう…など、
安倍首相や各国首脳の文言が日常的に聞かれるようになっている。
  (amazonの商品説明)
≪ 本書は1990年に初版が出版されセンセーションを巻き起こしており、
 以来1,000万部以上を売り上げ、今でもベストセラーを続ける。
著者のスティーブン・コヴィーは、国際的に高い評価を受けるリーダーシップ
研究の第一人者。真に成功を果たすには個人としての有効性と職業としての
有効性をバランス良く備えることが重要だと認識しており、それを反映して
本書は、この2つの領域でより効果的に行動するための手引書となっている。
ここで引用される具体例では、ビジネス上の課題を題材にしたものと同じ
くらい家庭内における状況を数多く取り上げている。
7つの習慣を身につける前に、コヴィーが「パラダイムシフト」と呼ぶ、
世の中の仕組みに対する認識と解釈の転換をまず実現する必要がある。
著者は、この転換の実現を支援し、生産性、時間管理、前向きな思考、
「予防的に働く筋肉」(何かに反応するのではなく自発的に行動すること)
の開発など、他にも多くのことに関する認識と行動に影響を与えている。
本書は明日からでも実践できることを謳い文句にしたヒント集ではない。
そのコンセプトは時に複雑であるため、流し読むのではなく、じっくりと
腰を据えてここから学び取りたいと感じる筈である。読み終えたときには、
どの章にも付箋や手書きの注釈が数多く残され、コヴィーの集中セミナーに
参加したような充実感に満たされることだろう 
 (7つの習慣とは)
1. 主体性を発揮する(自己責任)
2. 目的を持つ(自ら立つ)
3. 重要事項を優先する(自己管理)
4. Win-Winを考える(人間関係)
5. 理解してから理解される(感情移入)
6. 相乗効果を発揮する(創造的な協力)
7. 刃を研ぐ(常時向上システム)
――
▼ てっきり、この本の評論を書いてあると思いきや、HP内検索をしても出て
こない。20数年前なら、16年前に始めたブログに、書いてないのは当然。
6年前の節目で、隠居用の新たなスケジュールを立てたが、その時、この本を
思いつかなかったのは、これ如何に。 せめてamazonの書評を読んでおけば?
当時、読み直していれば、よりアップした習慣づけをしていたか?如何だろう?
 習慣化は個人の脚本づくりでもある。自分の物語を変えようとしたら、習慣
の構造を変えることからになる。チャンスは、大きな時代の変り目に、全く
違った習慣の設計を立て、実行すること。事態に合わせ脱皮しろ、ということ! 

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