堀井On-Line



7186,閑話小題 〜4年前の米国大統領選の結果について ―2

2020年11月16日(月)

    * 安物のブラックジョークの世界に
 ‘ごね徳狙いのトラちゃん’の安物ブラックジョークの世界になってきた。
現職大統領が、今までのように続く前提なら、それが通るかもしれないが、
これでは民主主義の根本の問題になる。紳士協定が前提にあるのに、これ
では右も左もない。国家と世界を二分させて、その隙間でコントロールしてきた
トランプの正体が、この状況。 このまま、政権移譲されると、一年以内には
逮捕訴追の可能性もあるから、それは、往生際が悪くなって当然。
ゴネレバゴネル程に、その醜態が浮び上ってくる。要するに、こういうこと!
< 選挙で負けたアメリカンファーストの怒れた大統領が、その結果を受入れ
 られないで、右往左往。不正の一人物語りをつくって、居直る作戦。>
そのプロセスで、訴追免除狙いを… 最高裁の司法長官が、タイミング良く、
死去し、共和党派の女性を据え置いた。そして、突如、国防大臣を交代!
何の狙いだろう… 以下のネット上のレポートが説得力がある。

≪  ☆ トランプが残した衝撃波 アメリカは元には戻れない?
< ◉ アメリカ大統領選は大混乱の末に、バイデン前副大統領が勝利した。
勝敗を分けたポイントや選挙戦が今後の米国社会に与える影響などについて、
東京大学の久保文明教授(米国政治)ら有識者に聞いた。
【 米国社会に与える影響について、東大の久保文明教授ら有識者4人に聞いた。
    ◇久保文明・東京大教授(米国政治)

 トランプ大統領への批判の中心は新型コロナウイルスへの対応でトランプ氏が
つまずいたこと。身近に感染が広がる中、トランプ氏の「すぐに良くなる」と
いう物言いに幻滅した有権者は多い。それに対し、バイデン前副大統領は
コロナ対策に最優先で取り組む姿勢を示せた。
 トランプ氏は国内の分断を癒やすのではなく、対立をあおり、政治的に活用。
今回の選挙で民主、共和両党で争点がかみ合わなかったのも分断の一側面だ。

 民主党支持者が新型コロナへの対応、人種差別問題を重視したのに対し、
共和党支持者は半数以上が経済対策を挙げた。
 同じ国に二つの国民がいて、全く異なる現実を見ながら争っていた。警察の問題
一つを取っても、解体論から英雄視する考え方まである。アイデンティティーを
めぐる問題はますます先鋭化しており、政権が代わっても難しい問題として残る。

バイデン氏が変えること、変えられないことは?
記事の後半では、ロシアとブラジル、中国の有識者にも、ポスト・トランプ時代
の国際社会について聞いています。バイデン氏は自身のビジョンを説得力を持って
提示できたとは言いがたい。コロナ対策は大統領が代わったからといって一気に
良くなるものではない。経済回復への要請が強い中、バランスを取るのは難しい。
民主党も4年前よりは団結していたが、医療保険や環境問題で左派の意見に寄り
すぎると中道系や無党派層は離れる。バイデン氏は難しいかじ取りを迫られる。】
 ―
▼ これだけ、ハチャメチャの大統領を4年間も見つめていた白人層が、これだけ
 支持した現実を忘れてはならない。これでは、3,30%、以外の阻害された層から
見放されないのが変だが、そこはアメリカ大陸。様々な考え方がある。権力が背後
でコントロールをしているため!誰が自分で… 『私は、67%層の住人!』と
認めますか? 日本の天皇象徴制も、妄想。 現人神を、皆で信じて万歳と妄想
すれば良い。3、30%は、当然、それ狙い! この島国で代々、ご先祖様が共存
してきたが故に、平成に暮らしてこれた。 国家は皇族のものではない。
国民の存在。その為のシャッポとしての帽子なら、それはそれでも良い!
少なくとも、自立した国防とシャッポは必要である。とすると、現実的に考えて、
原発は必要欠くべからざる必要悪として認めざるをえない。 甘くはない!

・・・・・・
6820,映画評 〜『エンド・オブ・ステイツ】
2019年11月16日(土)
   * 現在進行中のトラちゃんのパロディからみれば
 驚いたのがドローン。 連射型の大砲から打ち出された大量のドローンが
集団で休暇中のトランブル大統領を襲撃する場面。それぞれが、シークレット
の顔認識を持って、主人公を除いたシークレット全員を殺害していく場面。
ネタばらしになるが、副大統領が秘密の集団に襲わせたのだが…  
何とも冷や冷やものだが、大胆の内容で、これが面白い。
 しかし現在進行中の世界の混迷ってのは、この映画なんてものじゃない、
極右の白人第一主義者のホワイトハウス乗っ取り? ではないかという疑問。
                      評価:90点
 ―
  【解説】
【「エンド・オブ・ホワイトハウス」「エンド・オブ・キングダム」に続き、
ジェラルド・バトラーがアメリカ大統領専属シークレットサービスのマイク・
バニングを演じる人気アクションシリーズ第3弾。
 世界を未曾有テロ事件から救ったシークレットサービスのマイク・バニング
は英雄として名を馳せ、副大統領から大統領となったトランブルからの信頼も
絶大だった。しかし、歴戦の負傷によって肉体がむしばまれ、近頃は引退も
考えるようになっていた。
 そんなある日、休暇中のトランブル大統領が大量のドローンによって襲撃
される事件が発生。マイクが容疑者としてFBIに拘束されてしまう。
隙をついて逃げ出したマイクは、何者かが仕組んだ陰謀を暴くため奔走するが…
主人公マイク役のバトラーのほか、トランブル大統領役もシリーズおなじみの
モーガン・フリーマンが演じる。】

【 引退が頭をよぎるようになっていたある日、休暇中のトランブル大統領に
空から大量のドローン爆弾が襲いかかる。激しい攻撃で意識を失ったマイクが
目覚めると、大統領暗殺を企てた容疑者として拘束されていた。FBIの隙を
突いて逃げ出した彼は、陰謀の真実を明らかにすべく、最後のミッションに
身を投じる。
 まずは新時代の兵器“ドローン爆弾”の奇襲からスタート。
バニングが命がけで大統領を護衛する姿、暗殺容疑をかけられて逮捕される様子
を映すだけでなく、真犯人探しの過程で描写される父(ニック・ノルティ)との
再会も活写。彼が息子のピンチを救うためにとったのは、予想だにしない行動―
―バニングが「俺まで殺す気か。爆弾じじいめ!」と思わず愚痴をこぼして
しまうほどのハチャメチャぶりが切りとられている。】
 
 ―
▼ で、夜半に目が覚めて考えると… 
< 現在のトランプ大統領の日々のパロディからみれば、大統領自らが主犯で、
敵国のロシアと組んだり、ウクライナ疑惑で「政敵バイデン前副大統領に関連
する捜査をウクライナ側に求めていたり、数知れないパロディ」からみれば、
まだ映画の方が可愛い?のでは。歴史に残る愚行をアメリカ白人社会が支持
している実態そのものが問われるが、これが白人第一主義の本音ということ。
多民族国家の複雑な様相がとして、この映画でも大統領が黒人で、黒幕の
副大統領が白人。これを暴く主人公が白人。FBIの担当捜査官が黒人と配慮
してある。
  
追文: 1〜2ヶ月に一度位、何故か不思議なことに、書いてある内容が
   面白いのが揃っていることがある。それが、今日… 
  これを書いた人ってのは、誰だろう! と思うこと屡々。
人は日々、変わっていく。書上げた次の瞬間には、全て忘れるからね。
それを誰かが読むのだから、不思議といえば不思議!

・・・・・・
6456, 閑話小題 〜10年後に後悔する事とは? −2
2018年11月16日(金)
 12年半前(2006年/05/23)に、このテーマで書いていた。
自虐的に書いた予測より、遥かに?客観的な世界情勢は悪くなっている。
・翌年の2007年に、中越刈羽沖地震が発生
・その翌2008年09/11に、リーマンショックが…
・2011年/03/11に、東北大地震
 直後の/03/31には、新潟駅前のホテル事業を閉鎖
当時でも、2001年の9・11テロ、そして、アフガンへアメリカ攻撃、
2004年の中越地震がたて続きに続いていた。 9・11テロから売上が下降し、
2007年の柏崎・刈羽沖地震で加速し、リーマンショックで更に悪化していった。
信じられ事態の連続である。50歳代に人生のギアを切替え、遣り残しを潰して
いたのが救いになった。 まさかのブラックスワン(想像を超えた事態)が
続くとは思っていなかった。そのため思いきった、(前倒し)事業清算の決断
が出来た。これを書いたのが還暦の時節。51歳から9年間で、30年分を生きた
節目の年である。人生に何ら後悔がないと… 独り万歳を叫んでいた。
―
改めて読返すと面白い。先に記した3つの大激震の煽りでまさか、事業閉鎖に
追いやられるとは… 人が想定できるのは、この程度ということ? あるのは、
9年間かけて、30年分を生きた行蔵。ということは、途中で頓挫しても、80歳
までの計画というより、想定。 
 80歳の私の自己問答の想定!
《 おいおい、まさか80歳まで生きているとは。 60歳を過ぎて考えたことは、
 75歳が死に頃と設定し、それを前提に生きること。しかし75歳になっても何ら、
その兆候が見えない。で、あれよあれよと、80歳。 同年代の半数近くが亡く
なってしまった。長寿願望は全く無い。年寄りには、決して生き易い世の中で
ないが、面白いのが、情報端末が限りなく進化して、年々、その恩恵を実感
できることが有難い。後悔といえば、5年間も想定より生きていること。
しかし、この5年間の面白かったこと。何が75歳で充分生きたと思い込んでいた
馬鹿さ加減に呆れるよ! バーチャルリアルティが、何ともまあ、世界を広く、
深く誘うのである。知れば知るほど、世界は味わい深くなる。今でも、毎日が、
感動と、感激の雨嵐のように吹き付ける。世間とかいうのから、我が身を守って
いたから、この孤高の世界を守れた。だから、毎日が面白くて面白くて、仕方が
ないのさ。だから、ここまで生きられたのさ。ざ・ま・あ・みろ、である。》

・・・・・・
4262, しまった!  ー10
2012年11月16日(金)                  
   ー しまった! 「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン(著)
  * どう思うかは、そのときまでわからない
 今回、思ってもみなかった事態に陥ってみて大変ではあったが、一度、
受け入れると、諦きらめがつき、後悔とかは皆無。この一年八ヶ月の生活は、
この10年間の気苦労の生活より、少し近所の視線が気になる以外、はるかに
気楽な平穏な日々に自分でも驚いている。これまで何かにチャレンジをして
不安になると、その結果に対して「なるようになる、その時は、その時!」
という言葉が常に繰り返していた。 何事も、その場に立たないと分からない
から面白いのだ。 ーその辺りよりー
≪ 大方の人は、自分が将来どう感じるかの予測は得意のはず。だが人生は、
 遠くから眺めるのと近くとでは違ってみえるもの。人はとかくその瞬間が
くるまで、自分がどう感じるかなどわからない。たとえば、自分が若いときは、
老いて、特別な延命治療を受けるかの質問に、殆どが「受ける」と答えない。
ガンの専門医で「受ける」と回答したのは6%、化学療法士でゼロ、健康の人
で10%だった。しかし、死にかけている人に同じ質問をすると、重病患者の
58%の人が、たとえ一週間しか命が延びなくても、治療を望むだろうと
答えている。・・ ≫と。
▼「こと(実践)」に擦り寄って、体感しないと、実際のところ分からない。
一流のエキスパートには二つの共通点があるという。一つは、「幼少期から
はじめている」ことと、二つ目は、「肉体面でも、頭脳面でも、生まれもった
能力は人が思うほど大した要因でなく、重要なのは練習量、特に10年間の
持続的な努力を要している点」。 研究者によると、バイオリニストの調査で、
同年代で、世界の最高レベルの人たちのグループは、20歳までに一万時間
の練習量を超えており、それほど成功してないレベルの人たちの平均は、
2500〜5000時間だった。当然ただ練習をすればよいのではなく、
練習の繰り返しの中で、パフォーマンスの記憶を改善する方向を目指すことが
必要。ところで秘境旅行は実際に当地に行き直接、その大自然に接し感動して
こそ醍醐味が実感できる。どんな大自然に出会うか、そのときまでわからない。
・・・・・・
2019年11月14日
閑話小題 〜エピソード記憶と自伝的記憶

 認知心理学では、記憶について、様々な角度から見ていきますが、
その中で、エピソード記憶と自伝的記憶というものがあります。過去を、
例えば学生時代の記憶で、寮生活のエピソードが現在でも鮮明に記憶として
残っている。それが自伝的記憶として残る。軽井沢の先輩が山荘のペアレント
(山荘管理人)の手伝いに夏休みや、春休みにヘルパーで手伝いに行っていた
時の様々のハプニングや、寮主催の合同ハイキングのエピソードがあるが、
どれもこれも昨日のように、記憶に残っている心の財産である。
 幼児の頃からの記憶や、青春期、壮年期のエピソードを考え合わせると、
人生には多くの行蔵が溢れんばかりにある。その一部分を、ここで披露して
いるが、自伝的記憶と、エピソード記憶を分類するだけでも、詰まっていた
記憶が、記憶の底から湧きあがってくる。 人生の晩期ともなれば、
「昔は近くなりにけれ」となる。そこでネットで『自伝的記憶』と検索すると!
 〜〜
  〜まずはエピソード記憶とは?
たとえば、朝ごはんとしてトーストを焼いて、コーヒーを入れて、テレビを
見ながら食事をしたなど、イベントや、一連の情景をまとめて覚えているもの
エピソード記憶には、イベントが起きた時間や場所、その時の感情などが入り
混じっています。
 エピソード記憶の一種なのですが、自分の人生で体験してきた色々なことを
記憶する自伝的記憶というものもあります。たとえば、人生において、大きな
事故に遭ったとか、小学校の時には、こんなことがあったとか、学校に面白い
先生がいたとか、妻と出会ったのは図書館だったとか、色んな出来事を覚えて
いるものです。これは、エピソード記憶の中でも、特に印象が強かったものが、
自伝的記憶に変化するということです。基本的に、エピソード記憶については、
自伝的記憶よりも、早く忘れてしまいます。
  〜その次が自伝的記憶
 自伝的記憶は、印象に残った記憶の集まりですから、長期間に渡って忘れる
ことはなく、一生覚えている場合もあります。ただし、自伝的記憶は、美化
したりして、自分の思うように書き換えられる傾向があります。
この自伝的記憶については、若い時の記憶が最もはっきりと残っています。
では、どうして、若い時の記憶が、最もはっきり残っているのかと言いますと、
若い時は、何もかも初めての経験が多くて、非常に刺激的でエキサイティング
であり、活動量も多いからです。初めての経験や体験については、非常に印象
に残りますので、記憶にはっきりと残りやすいのです。
また、毎日が楽しく、希望に燃えて、刺激的であり、いろんな冒険や挑戦も
しますから、最も活性化されて、色んな出来事がはっきりと記憶に残るのです。
 老いた人に、人生の思い出を語ってもらいますと、やはり若い時の思い出を、
リアルに語ってくれるものです。
逆に、壮年期や老年期になってきますと、初めての経験が少なく、毎日が単調
になり、驚くような体験もなくなってきますから、時に比べると、あまり記憶
に残りません。その他、幼少時の記憶についても、あまりはっきりとは覚えて
いません。どちらかというと、断片的に覚えていたり、ぼんやりと覚えている
だけだったりします。
 これは、なぜかと言いますと、幼少時は、まだまだ脳も発達段階であり、
記憶機能も完全にできあがっていないため、脳がはっきりと記憶できないから。
ましてや、赤ちゃんの時などは、脳の機能がほとんど発達していませんから、
普通の人であれば、赤ちゃんの時のことは覚えていません。
 以上、自伝的記憶については、若くて新しいことにチャレンジしていた時の
記憶が、一番、鮮明に覚えているものであるということをご理解いただきたい
と思います。

 ―
▼ この年齢で、つくづく良かったと思うのは、「後味が悪いことはしない!」
 というコンセプトを自らに課してきたこと。 さほど経験はないが、
「振るより、振られること」 直後は後味が悪くとも、その方が後あと後悔が
残らない。 


7185, 映画評論 〜『ドクターディス遺産』

2020年11月15日(日)

   * <安楽死の御値段は150〜200万円> 
 「安楽死は悪と決めつけた筋書で…評価が「2・8」とアラタメて知っていたら、
観なかった筋立て!  …安楽死に対する問題意識は一般的には、こんなもの!
ドクター・デスは猟奇殺人犯か?救いの神か? 主役の刑事2人こそが喜劇の主。
‘下は下’でしかない。筋書きを面白くするため、取って付けた驚かされる事実が、
何ともコミック的! <安楽死が選択の一つとして、何故に認められないのか?>
古代ギリシャ、ローマで、奴隷は商品と見做され、使えなくなるまで、「それ」は、
有効活用すべきモノとされた。生き死の判断さえ、ままならないのが現実!
刑事の判断を待つしかない司法に問題あり! 死ぬのは死ぬ!助かるのは助かる!
生きたい人は生きれば良い! 死ぬのは、死にたいのは、それぞれの事情あり!
そう思えた方が、気持ちが安心である。

【 人気作家・中山七里の小説「ドクター・デスの遺産」を映画化したクライム
 サスペンス。安楽死を手口にする連続殺人犯に挑む刑事役で綾野剛と北川景子が
共演し、「神様のカルテ」「サグラダリセット」などを手がけてきた深川栄洋監督
がメガホンをとった。終末期の患者ばかりが次々と不審な死を遂げる事件が相次ぎ、
捜査に乗り出した刑事の犬養と高千穂は、依頼を受けて患者を安楽死させる
「ドクター・デス」と呼ばれる医者の存在にたどり着く。
しかし、そんな矢先、重度の腎臓病に苦しんでいる犬養の一人娘の沙耶香が、
ドクター・デスに安楽死を依頼してしまい……。】
 ―
【 他の‘あらすじ・ストーリー’
「苦しむことなく殺してさしあげます。」ある闇サイトで依頼を受け、人を安楽死
させる連続殺人犯ドクター・デス。  警視庁のNo.1コンビ犬養と高千穂は捜査に
乗り出すが、遺族は犯人に感謝し嘘の証言で守る。ドクター・デスは猟奇殺人犯
なのか?救いの神なのか? あなたはこの正義に驚愕する――。】
 ―
▼ 〜末期患者のニーズは「苦しむことなく消えていくこと。」
 新聞記者も、医師もまた、定期的に生死に対する無知蒙昧が発生する!
<死=否定すべきこと> と、一概に決めつけないこと。襖一枚の隣部屋が死。

――――――
「お金持ちでなければ、安楽死はできないのでしょうか?」
世界6カ国を巡ったルポルタージュ『安楽死を遂げるまで』(小学館)を刊行して
から、私のSNSアカウントに、こんな言葉が投げかけられるようになった。
日本では安楽死は法的に認められていない。だが海外では安楽死を法的に認めて
いる国がある。安楽死は、現在、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、
カナダ、アメリカの一部の州で実施されている。たとえば、国内の死因の約4%が
安楽死に当たるオランダでは、在住者は保険が適用され無料となる。
 …外国人が安楽死できる国はスイスだけ
しかし、海外からの希望者への安楽死は行っていない。安楽死を法的に認めて
いる国のうち、外国人が安楽死できる国は、世界でスイスしかない。
 スイスでは年間約80人の自殺幇助が行われている。 

・・・・・・
6819、閑話小題 〜つれづれに人生 …よる年なみに
2019年11月15日(金)
   * あと14ヶ月で後期高齢者
 あと14ヶ月で後期高齢の75歳に相成る。還暦の時は老齢の実感がなかったが、
さすがに65歳からは、年々、老いを実感する。でも、あと一年、いや5年もある
から、まだまだ楽しめる! 
 その中で、老化現象を実感する一つが、駐車場に車をバックで入れる時に
真っ直ぐに収まらないのである。 これは、自宅の駐車場が二台分あるため、
適当に止めておく習性のためとしても、外で停める時には必ず捩じれている。
SJの2Fにあるランニング・マシーンで歩きながら、駐車場の収納をみて
いると、一発で整然と納めている。 捻じれの傾向は数年前から続いている。
 腰痛は、ジム通いの効果で当初よりかなり良くなったが、歩行は、休みを
入れないと30分以上は歩けない。 早朝のミニチャリと、週4回のジム通いで、
運動量は確保してある筈だが。

 数ヶ月前に、大学の10年に一度の同窓会に参加したが、10年前とは空気が
変わっていた。この10年で、思いの外に全体の空気感が老けこんでいた。
30、40歳代の頃、70過ぎの老人をみたとき、それは大年寄りにみえていた。
そして還暦時に辿り着いて気づいたことは、精神年齢は40代のまま。還暦の
同期会では、無事何とか到達した喜びが全体を覆っていた。 …が10年後は、
明るさが半減したような。何とか辿り着いたが、持病や、連合いや家庭内の
重荷が背中に覆って、ただ明るくしていられない状況のようだ。
その分岐点は65歳辺り。その時、私は会社清算をした。背おった重い荷物
から解放された実感は思いの上に大きかった。会社員などの組織生活の人は、
ゴルフなどで会社の延長上で愉しみ遊んでいる。事業系の人は、独自の愉しみ
で我が道を歩いている。 生きてきたように老いている。 それもこれも
「75歳が大きい節目」。さて、如何のように節目を打ちましょうか。
ほゞ、コトに変えてあるので、気持ちの上では楽の筈だが。 何とも愉しみ
過ぎたきらいが! 静かに、大人しく、明るく、面白く、一日一生で、
日々を過ごすしかない。 

 この情報機器の進化による社会の変化が面白い。それを見て、体験する
だけでも生きている甲斐がある。後期でも何でもよい、この時代の濁流?
何とも激しく豪快。 やはり21世紀は違う景色になったということ。
 
・・・・・・
4626、閑話小題 ー今度は絶食系男子!
2013年11月15日(金)
   * 今度は絶食系男子だと!
 草食系男子、肉食系女子が話題になっているが、今度は「絶食系男子」
を、NHK番組で紹介していた。彼らは女子に興味がなく、将来も結婚する
イメージが出てこないという。別にホモ系でもない。女性と付き合ったこと
がない若者が45%いて、男の2割と女1割が生涯独身。2030年には男の3人
に1人、女4人に1人が生涯独身になるという。
 アラフォーや、アラフィーの独身男性が「現在の収入や、独り身の気楽さを
考えると、結婚に躊躇」とインタビューに答えていた。それにしても絶食系
男子のネーミングにビックリ。本来、男は「絶倫系男子」だが! 
ある小話に「月は雲間に隠れたし、貧乏人の俺等には何の楽しみも無いし、
(女房)おや、お前さん今夜もかい!」がある。 情報化の時代、面白いこと
が山のようにある。お金もないし、敢えて束縛されることもないし、面倒! 
というのも分かる。しかし、妻子のない老後の独り暮らしは非常に厳しい
という。べき時に、べくことを、べくすべし、でないと・・
 絶倫系も、絶食系も、割り切ってしまえば、これほど面白いことはない。 
漫画に、夫婦が互いの首輪の紐を持って、ソッポを向いているのがあった。
何人かの紐を持って困っているのもいる。人生、ままならぬ、ということか。
   * ソリスト
 自転車入門書によると、ソロでツーリングをしている人をソリストという。
ソリストの本来の意味は、「(1)独唱者。独奏者。(2)バレエのソロを踊る
踊り手。第一舞踏手」 冬期を除いて4年以上、毎朝、1日時間、自宅から
15分かけて信濃川の土手周辺をポタリングをしている。私の一日の
スケジュールをみると、殆どがソロ。スポーツセンターでも誰と話すわけ
でなし、一人で行って、幾つかのエアロに参加して、帰ってくる。ヨガとか
青竹エアロで、誰かと仲間になり楽しそうにしている人と、私のように
誰にも挨拶するでなし、数人に軽く会釈するだけのソロ組に分かれる。
ヨガでは、50人中、男は10人前後。スタジオの右前方に5〜6人が
陣取り、左最後方に4〜5名のソロと、夫婦連れが横一列に並ぶ。あとは
中高年の女性たち。SJには同級生やスナックのママなど顔見知りがいるが、
挨拶程度で、会話はない。早朝のポタリングや、ウォーキングも、ソロと
二人連れに分かれる。それと犬連れ。で、独身主義が、人生のソリスト? 
それが自分から求めたかどうかもある。ポタリングは当然、ソロである。
単独か、群れるかは、人であることを優先するか、人間であることを
優先するか、である。
・・・・・・
5358,島地勝彦の 〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー?
2015年11月15日(日)
  * 女の結婚詐欺師がブーちゃんは、昔からの通り相場
 渡り歩いた、どの世界にもブーちゃんだが魅力的女性が存在していた。
『やり手ブーちゃん』である。彼女らの対象は、下位八割の男衆のため、
思いの外、声がかかる。 そのやり手ブーちゃんも、1〜2割いるかどうか・・
ブーちゃんだから営業努力をしている? ということは、誰もが営業サービス
を望んでいるのである。それが、日本の貧困な恋愛社会では、満足度が低い。
だから、まずは、以下のようなシステムが必要になる。
≪・シマジ:これは俺の持論だが、男は十代の後半に十歳くらい年上の女性と
 ねんごろになって、童貞を失えば、みんなきちんと大人になれる。
その意味で、このダーリンは理想形だよ。女はどういうふうに考える生き物
なのか、女のどこを押せばどうなるか。性道を含めて若いころに年上の女から
しっかり学んでおけば、三十四歳の婚活詐欺女や三十五歳の鳥取ホステス
みたいなのに騙される心配はない。
・ミツハシ:両方とも男が夢中になるようには見えないスタイルと容貌ですね。
・シマジ:女の結婚詐欺師はブーちゃんと昔から相場が決まっているんだ。
 びっくりするような美人だと、モテない男は「これはおかしい」と警戒する。
俺にこんないい女が「結婚して」なんていってくるはずがないというわけ。
これまでの人生の中で女にモテた経験があまりなく、結婚をできずにいた男
にとって、あれくらいの女のほうが自分の結婚相手としてリアリティーがある。
逆に男の結婚詐欺師は饒舌な二枚目なんだ。つまりクヒオ大佐だよ。
・ミツハシ:エリザベス女王の親戚でアメリカ海軍特殊部隊パイロットの
 クヒオ大佐ですね。しかし、「私と結婚すれば、英王室から数億円の
祝い金が出る」という話に至ってはギャグにしか聞こしえませんけどね。
男はロマンチスト、女はリアリストというが、結婚詐欺に関しては、逆。≫
▼ 結婚に対する憧れも、「共同幻想」の一つ。その幻想=夢を与え、お金を
 引出すのが、詐欺師の仕事。「割れ鍋に綴じ蓋」の割れた部分を隠し、高く
売りつけるのが、恋愛の妙味。その仮想(仮装)世界を、キャバクラや、クラブ
が提供。 ネット検索で見つけた、二年前の、松本人志のモーニングビッグ対談 
第17回 「女結婚詐欺師」の(初めての詐欺)
第18回 「女結婚詐欺師」(過去の失敗)がリアル。 詐欺のポイントは、
・金を取った後、如何に諦めさせるか
・失敗したときは、さっさと次のターゲットに切り替える 
・結婚詐欺は、結婚したら結婚詐欺でなくなるため、独身を通す 
映像を見ていて、寒々しい気持ちになったが・・
埼玉と、鳥取のブーちゃんの女結婚詐欺、あまり奇妙で、被害者が気の毒
だが、老いた天涯孤独の身には、結婚の可能性があれば、少々ブーでも?
という気持ちになってしまうのだろう。
・・・・・
2011年11月15日(火)
閑話小題
    * 江戸時代の幸福とは
 江戸時代の幸せを並べた俗うたがある。
<世の中は、年中三月、常(じょう)月夜、嬶(かかあ)十七、俺三十、
 負わず借らずに子三人>
 17歳の嬶に、子が三人もいるわけでない、月日も止まるわけでもない。
 借金も、何時の世にもついてまわる。最後は、子供の顔でも見て幸せを
 感じるしかない、ということになる。 これを現在に置き換えると?
<世の中は、年中連休、常外食、嬶働き、俺は主夫、負わず借らずに子一人>
 というところ? ざれ歌を、まっとうに考えることもないが、いかに幸福感
 が妄想で不平の上に成り立っているかである。
   * 人生に意味(価値)があるのだろうか
 40年近い事業人生を終え、毎日が日曜日の日々で、
「自分の人生は何だったのか? 意味=価値があったのか?」等を、
 考えざるをえない?日々。 人生の価値とは何か?は、人生の根本問題。
 その時点時点で、価値を見出し、それに従って生きているのが人間だが、
 実際には考えているフリをしているだけで、漫然と生きているだけ。
 ニーチェが、そのいい加減な万人の生き方を取り上げ、人生に意味などない、
 世の中に価値など無いと知るべきと、指摘している。 キリスト教の教えを、
 弱者の救済の思想とし、その教えの価値も全く無いと切り捨てている。 
 価値無きものを求めるから、人間は間違えるものと。そうこう考えると、
 せっかく哲学書を読み続けていながら、今さら、自分の人生に価値=意味が
 あったか?などという思いは妄想そのもの? あるのは充実していたか
 どうかの一点である。その辺のオバサンかオバアサンが、したり顔で人の
 悪口、陰口を言っている醜さは、結局は自分のことを言っているに過ぎない
 ことを自覚してないためでる。 まして大の男が腐った女?のような価値論
 を述べているなど・・ エッ私のこと?いえ、貴方のこと!いや全ての人。
・・・・・・
4993,暴走する世間 −9
2014年11月15日(土)
     「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤直樹(著)
  * ケイタイ、スマホが子供、若者を駄目にするわけ
 以前、繁華街でTVレポーターが若者に何か質問をしたところ、やおら
ケイタイを取り出し、友人に連絡をして、その友人の言葉を鸚鵡返しに答えて
いたのには驚いた。考えようとせず、反射的に誰かに聞いて、その場を繕って
いる現代の若者の姿が、そのまま現れ出ていた。それが今ではスマホで検索
すれば答えが瞬時に出てくる時代、便利さが、考える能力と自立心をそぎ
落としている。 ー以下の指摘が、まさに、言当てている!
≪ アメリカでは、子どもにケータイをもたせることは、子どもの自立を
 妨げるのではないかという議論がある。アメリカの社会学者タークルが、
つぎのような興味深いことをいっている。
<かつては、たとえばニューヨークの繁華街に初めて自分だけで行くとか、
地下鉄に一人で乗るとか、ボストンの街をどこまでも歩いていいという許しを
もらうとか、都会の子どもがそういう経験をするとき、その子にとっては
「自分だけが頼り」だったわけ。自分がただ一人ですべての責任を負うわけ
ですから、何か危険なことや恐ろしいことが起こっても、自分で身の振り方
を決めなければなりません。人は、どこかでそういう経験をし、そこで湧き
起こる感情と闘う術を学んでいかなければならない。どんなことが起こった
としても、状況を打開できるかどうかは自分次第だったのです。
しかし携帯電話の登場以来、子どもがこういう経験をして理屈上は一人で
あっても、親がずっとそばにいるという不思議な状況が生まれています。
また子ども自身も、自分が一人ではないと感じているのです。また、携帯
電話は、このような状況を作り出しているわけです。子ども一人では心
もとないだろうと思われる場面で親が見守っているという経験をさせる
ことは可能になりましたが、自立の時を遅らせているだけだともいえます。
(タークル「技術を本来の役割に」より)>
 ケイタイによって、親が子どもとずっと一緒にいるという状況が生じ、
子どもひとりやらなければならないことが阻害されるというのだ。
「ひとりでいてもひとりじゃない」状況は、自立を妨げるということ。≫
▼ 重大な岐路に立たされると、直ぐに電話がかけてくる男がいる。
 重大な岐路であるほど、担当と議論を重ねて自分独りで熟考すべき時に、
身近な人に判断をあおごうとする。関西で、子どもが誘拐され殺害された
として、何で北陸の学校が送り迎えを集団でしなくてはならないのか?
変なのは分かっていても、それを声高々に言えない。戦勝国のアメリカ
から与えられた自由民主主義の弊害である。そして、次がネットである。
これにプチ世間が結びついた弊害が、青少年だけでなく、成年まで変に
している。情報化社会になるほど、個人の教養のベースが必要になる。
その基盤がないため「IT世間」が、個人の内面を縛り付ける。
恐ろしいかなである。 私も、その犠牲者? でも、面白い時代である。 
・・・・・・
6090,閑話小題 〜 映画鑑賞 ―ザ・サークル
2017年11月15日(水)
   * 映画鑑賞 ―ザ・サークル
 先週みた<ザ・サークル>がGoogleを彷彿させる会社を揶揄したストーリー。
だが、意外に内容は深くない。しかし後半は、一挙にドラマ仕立ての展開に
引き付けられたのはさすが。 ストーリ―といえば、〈主人公メイはSNSで
生活を公開して、多くの人から支持を得る。そしてサークルも、多くの利用者
が増えるなどプラスになる。共有(シェア)が与える恐怖と、市場の影響力
(シェア)が持つ恐怖が、そこにあることを教える。
  〜 HPの解説によると、
≪エマ・ワトソン主演、トム・ハンクス共演によるSNSを題材のサスペンス。
ユーザーのあらゆるデータを蓄積し、世界ナンバーワンのシェアを誇る超巨大
SNS企業「サークル」。憧れの「サークル」に採用された新入社員のメイは、
あることがきっかけでカリスマ経営者のベイリーの目に留まり、新サービス
「シーチェンジ」のモデルケースに大抜擢される。「サークル」が開発した
超小型カメラによって、自身の24時間を公開することとなったメイは、あっと
いう間に1千万人を超えるフォロワーを集め、アイドル的な人気を博すが…≫
―
▼「最後は、創業者自身が、そのシステムで透明化されて窮地に立たされる」
 のがオチで終わるが、もっとドロドロ、ネバネバした部分があっても…
これはGoogleに対する気遣いのため? 
偶然だが、去年の以下の文章。 何故か?何人かに伝わったような?…
それも覚悟で書き続けているとしても、何か気味が悪い。(いや、気味が悪い
のは私か?) これだけ、『世間様』のことを書いていれば、更なる反感も。
自己を透明化していると、後あと読返すと、その時々の自分が透けて見える
ようなところが良いが… 何だろう、この私は?と、想い返すことシバシバ。
「何とも馬鹿な奴(私)!」と、ビュアーは読んでいるだけだが。


7184,閑話小題 〜4年前の米国大統領選の結果について

2020年11月14日(土)

   * コミック…アメリカンファーストの終焉
◉ 4年前の「アメリカ大統領選挙」を、どう考えていたかと思い立って過去の文章
を振返ってみた。なる程、現在の世界の分断は、元もとあった亀裂が表だっただけ。
老い先短い吾身には、トランプの本音そのままの傍観も悪くない。
4年前に危惧していた文章が、これでも甘いと我ながら感じざるを得ない。
 アメリカの建国の底の浅さが、この結果を表出させた! こんなものだろう!
番犬かわりの日本。真の独立は無理! この4年間は、この暴虐なトランプの前に、
両足を開き、腹を出してジャレツしかなかった! これも仕方がないのだろう。
北朝鮮が挑発するほど、軍事費の拡大が必然となる。トランプにとって思いもしな
かった『コロナ禍』。 発生当初の、ことの重要さに気づかず、対処を間違えた!
 
◉ こういう事態には、こういう人物を大統領に選出してあるのが、世の常。
 これでは殺人罪として告訴されても致し方がない! コメディとしての映画化
は、間違いないはず。いや、既に、シリーズのドラマが、放映されてある。
 
・・・・・・
5721,閑話小題 〜アメリカ大統領選挙 〜��
2016年11月13日(日)
   * メガトンクラスの衝撃に、驚愕!
 この選挙結果を総括していうと、こういうことになる。
< 泡沫候補の戯言に乗って、アメリカがグローバル化政策から、内向きへの
 大転換の道を選んでしまった。世界中のエコノミストも、政治家も、この驚愕
の選択に、今だに信じられない思い。とりわけ、日本にとって、最大級の衝撃。
これがメガトン級の地震なら、問題は、これから押し寄せてくる大津波である。
 明治維新も、太平洋戦争と敗戦も、1985年のプラザ合意による意図的な日本
経済のバブル化と崩壊による日本経済の弱体化も、アメリカのアジア支配の
一環としての力学の結果。 それが一人の泡沫の実業家の戦法、
「グローバル化の恩恵を受けなかった下層白人に的を絞ったアン・グロ政策」
に賛同し、得体のしれない野心家に絶大な権力を与えてしまった。
 受けを狙って、まずは、日本に矛先を向けてくるのは必至。日本の改憲派に
とって、非常にプラスになるが、その前に、近くの強盗に、家中の現金、資産を、
ごっそり持っていかれる。明治維新以来の、あるべき真の独立が、嫌が応にも、
突きつけられる。「前門の虎、後門の狼」の虎を中国に例えれば、後門の狼が
アメリカになる。今までは、後門の狼に尻尾さえふれば、前門の虎は、後門の
狼を怖れて襲ってこなかったが、これからは、違ってくる。後門の狼も、牙を
剝いて、襲いくる可能性も出てきた。
 2045年が技術的特異点になるというなら、今回のアメリカの選挙結果は、
欧米にとって、日本にとっても、『特異点』になるのでは? その中、日本は
東京オリンピックの乱痴気騒ぎが、始まっている。 江戸末期の、
「ええじゃないか、ええじゃないか!」の狂乱が、東京オリンピックそのもの。
「それも、ええじゃないか」で、目先、行くしかないとしても・・・
「まさか」の坂が次々と現れ出てきたが、2045年問題を含めて、これが21世紀。

・・・・・・
5719,閑話小題 〜アメリカ大統領選挙 〜��
2016年11月11日(金)
   * アメリカ大統領選挙の結果
 トランプが、選挙直前のインタビューで、『以前、私も大統領選に出馬した
ことがある。早そう負けたが、戦った相手が、勝つために出来もしないことを
平気でいって勝ちあがっていた。勝つため、投票してもらうための方便も必要。』
の話を聞いて、「何だろう、こいつは?」と呆れたが、当選の翌日、早速、
デモが起き小競合いが起きる選挙などは、何とも滑稽。
 〜ネットサーフィンをしていると、以下の面白い記事が載っていた。
≪ トランプ氏を泡沫候補と侮っていた時から「99%大統領になる」と
 断言していたのがジャーナリストの木村太郎氏。なぜ“予言”できたのか。
 今後の日本への影響も含めて聞いた。
【・僕が初めてトランプが大統領になると直感したのは昨年12月。
 当時の報道を見て、彼の暴言の数々は、米国人が言いたくても声に出せない
ことだと感じたからです。移民や経済格差の問題にしても多くの米国人が心の
中で思っていたっことを率直に表現したからこそ有権者に響いたんですよ。
・先月取材のため、米国に行ったのですが、トランプ勝利を確信するとともに
大差もあるんじゃないかと思いました。有権者に「どちらに票を入れるのか」と
聞くと、最初は言葉を濁す。投票に行かないという人もいた。
・でも、よくよく聞くとトランプ。「なぜ隠すのか」と聞くと「マスコミが
想定するトランプ支持者は低所得の白人で人種差別主義者で女性蔑視の人たち。
隠さない方がおかしい」と言う。だから調査会社の質問にも多くの人が態度を
明らかにしませんでした。「隠れトランプ支持」の数は想像以上と思いました。
・日本にも大きな影響を及ぼしそうです。先日米国で、トランプのアドバイザー
に会いました。彼によると「米国は世界の安全のためにいろいろな国を助けて
きたけど、もうできない。悪いけど手を引くよ」というのがトランプの基本的
な考え。おのずと日米安保は考え方を変えないといけなくなります。
もしかしたら沖縄の基地がなくなってしまうかもしれない。
・それによって憲法改正の議論が甘く感じるくらい、日本人はこの国をどう
やって守るのか、本当に血を流して戦うのかという議論が現実的になると思う。
もちろん、そうじゃない選択もあると思います。でも、国としての方針を真剣
に考えないといけなくなるのは間違いないと思う。あと、TPPは間違いなく
やらないでしょう。実際、オバマ政権もやる気はなかったと僕は思っています。
・心配なのは、トランプがあまりにも目立ち過ぎなことです。レーガン元大統領
は就任2カ月で暗殺未遂があった。そうならないことを祈りたいですね。】≫
▼ 今、思いだしたが、10年ほど前にトランプが主張した本音そのまま、
「そう遠くない将来、アメリカが原爆保持を認め、一国として、独立した軍隊を
認める」という方針転換をする可能性がある・・云々」を、評論家が言っていた。
それは一国として当然のこと。結局は、原爆所持が独立の条件。北朝鮮の原爆
保持は当然といえば当然。「北朝鮮も、日本も同じ脅威。なら、日本も原爆を
持って、自国を守ればよい。何でアメリカが守らなければならないのか?」と
いうのも、当然の理。もう、太平洋戦争から71年以上も経っている。
 東北大震災よりも更に大きな大地震と、津波の発生に例えられる激震になる。
 〜たまたま4年前と6年前に、以下のようなテーマで書いていたが、今から
みれば、まだまだ、優雅の世界でしかない。良き時代は終わってしまった!

・・・・・・
5718,閑話小題 〜アメリカ大統領選挙
2016年11月10日(木)
   * 「もしトラ」が現実に!で、どうなる?
 日本国内で「もしトラ(もしトランプが勝ったら)」という言葉が飛び
まわっていたが、日本や、ニューヨーク市場の株価からみて、「もしトラ」は
無いと思われていた。トランプ自身、よもや勝利とは思ってもいなかったから、好き放題が言えたのである。二人の候補の罵り合いをみて、アメリカの
凋落そのままが現れていた。政治経験のないトランプが共和党の大統領候補に
選ばれること自体がアメリカの恥。彼の暴言がアメリカ白人の本音とすれば、
この方言が、今後、政治に露骨に反映されてくる。ロシア、中国は、強権国家。 
日本も保守派の阿部首相が政権をとったのだから、アメリカが対抗するには、
独裁者風の人物がなっても、何ら不思議ではない。15%を占める黒人が8年間
も現職大統領なら、白人の怒りが蓄積さて自然。それにしても、「隠れトランプ」
が、これほど多く存在するとは、驚きである。フィリピンの、あの大統領をみて、
トランプと重ねみれなかったアメリカの文化度の低さが露呈してした。 彼が、
方言のまま、政策を実行すると、まずは日本が、その犠牲になるのは自明である。 
 〜流れは、こういうこと。
<ドイツ移民の血筋のゲルマンが、白人優位主義と、アメリカ孤立主義を掲げ、
 中・下層の白人の積もり積もった不安心理につけ込んで、ホワイトハウスを
 乗っ取ったハリウッド映画並みの珍事。 小ブッシュが世界を大混乱を
 生じたのを、何とかオバマが修復したが、この男が、根こそぎ叩き壊す
 4年間の始まり!> 
演劇としてみれば面白いが、これが現実となると。直近には、政権交代後、
トランプと中国が裏取引をした上、尖閣列島を占拠する可能性がある。
そして、沖縄も、独立派を煽り、独立運動を起こし、乗っ取りを画策する。
その間、東京オリンピックに浮かれ、終わってしまえば、大不況。
現在の韓国の惨状に少し形を変え日本社会に現れ出ても何ら不思議でない。 
 5年後には、「アベノミックス? 何それ」で、遠い彼方になっている。
中近東、欧州に次いで、アメリカにも移民による暴動の日常化の火がつく? 


7183,閑話小題 〜人生総括の時節に −2  …『若者組』とは?

2020年11月13日(金)

    * 若者組の応用編のような学生寮
 人生を振返ると、学生時代の共同生活の『青雲寮』が多大な影響を与えた
ことが思い出される。日本には、江戸、明治、大正、昭和の時代から
「若者組」のシステムが存在していることを知った。家庭とは別の共同生活の
経験である。その後、徴兵制度で、組織の一員として、上下関係を徹底的に
叩きこむシステムが、代用することになる。それと、個々の存在の小ささと、
そのエゴと、組織力の存在を叩き込まれる。『青雲寮』では、人間の中にある
汚辱と、理想を追い求める若者の純粋の必要性を垣間見た。

   〜ネット辞書によると〜
< 若者組とは、伝統的な地域社会において、一定年齢に達した地域の青年を
 集め、地域の規律や生活上のルールを伝える土俗的な教育組織。>とあった。
青雲寮は、これを都会風にした寮にして、全国から「青雲の志」を育成しようと
学生寮にしたのである。
 …当時、光熱費+部屋(個室)を含めて4千円は、破格の安さであった。
現在の10倍の4〜5万ぐらい。早大の政治志望の学生が主に、夜間の苦学生?が、
これに加わっていた。資産家の子弟から、苦学生まで多種多彩の学生が、全国
から寄り集まっていた。 実家は、寺院、政治家、商家など… ブリジストン、
製紙会社などの大手会社の子息などがいたが、学生時代のタブーで、実家など
具体的実家の詮索は暗黙のタブーで、本人の教養と、人品が優先されていた。
しかし自ずと見えてくるのは家柄から滲み出る人柄。御金を出しあい酒と肴を
買って朝方まで、訳の分からない議論の中から、先輩諸氏の薫陶を受ける。
苦々しい反面、その愉し食面白いコト!この上ない。 
 基本的には、実家の貧富に関係なく、ギリギリの生活費しか送金がない。
まだ、明治、大正、昭和の規律規範が各家庭に厳然とあった! 

【実家の質×本人の素質そのままが、その人物。】が、青雲寮で知り得たこと!
特に、ガールフレンドの対処が、その人物を計るに端的に表立っていた。
決定するに、その時節の実力そのままが、その相手として決まってしまう。
その紙一重が人生を決めてしまうことに、意外と人は安易である。
何で、まあ、この人物に… 最終学歴×最終判断の連れ=その人物の限界!
とは… 二度とない人生、一回きりの娑婆経験! 人生は、あまりに厳しい! 

・・・・・・
6088,閑話小題 〜改めて想う、親の愛
2017年11月13日(月)
   * 相性のあった両親に出会えて
 ある席で、中学校を卒業後、大手メーカーに勤めながら、夜間高校を卒業。
地方公務員試験に合格し、公司として無事、勤め上げ、今は年金暮らしという男。
後日、『あなたの話を聞いて、頭が下がる思いだった』と、問いかけると、
『実は、親父が大酒飲みで、家に金を入れず、生活に瀕していた。自分が長男の
ため、少しでも早く自立したかった』とのこと。逆に私といえば真逆で、9人
‘きょうだい’の末っ子の立ち位置もあって、両親、とりわけ父親に間接的に、
溺愛されて育った。その人の生き様から、特に「私は愛情のベースの上で生きて
こられた」と、つくづく思い知らされた。その温もりの体質が「幸せな一生」を
引き寄せてくれていた。大きな節目の判断ごとに、『父だったら、どうするか?』
の自問自答と、読書習慣から得た知識と知恵が、自らを救ってくれていた。
最後の最後まで、家族を、とりわけ不祥の末っ子の幸せを祈ってくれていた。
人生を総括すると、時代背景と両親に恵まれ、時節の出会う人に恵まれていた。
こういうのを「運」という。 その「運」とは、「判断」の結果をいう。
判断が良ければ「幸運」、悪ければ「不運」と。判断を誤らないために、
心の芯を純白にして、正しい判断を…  私の多くの判断ミスは、
・1990年前後のバブル崩壊への対応と、
・1995年の「ウィンドウ95」から始まったネット情報社会の到来からくる
 「断絶の時代」への社会的大変動への読みと、
・2001年の9・11テロの歴史的転換の事象への認識と対応の甘さと、
・2008年9月のリーマン・ショックの大波、とりわけ地方経済影響。

 父親が死期を悟り、その恐怖に七転八倒をしている中で、人生を振返り、
<「太平洋戦争」が、あまりに大きな出来事であったと… > 呟いていた。
「社会は突然、何が起きるか分からない。常に備えは怠りなく」と家宝の教えの
伝授をしてくれた。時は昭和40年代後半。ドルショックと石油ショックが起きた。
創業に向け動き出した直後で、人生の出発時の環境として最悪の事態。考えて
みれば、その最悪の事態が力を試すという面では良かった。 何はともあれ、
前向きに、無心に、真正面に、全力を持って立向かえば、悪条件が好条件に好転
すると、信じるしかなかった。「想い」とは、死んでも、何かを通して、世に
残るもの。残らないのは、残さないから。 残すこともないが…
 太平洋戦争から70年以上も何事もなかった、平和な島国の日本に、真っ黒な
暗雲がたちこめてきた。これだけは「ケセラセラ、なるようになる!」の世界。
<相性にあった両親と時代に出会えた幸運に感謝し、戦争回避を祈るしか。>
役者の顔ぶれが、劣悪すぎ。 世界が燃え上る空気感とは、こういうこと?
金のバラまきで、一部は浮かれているが。所詮は、あぶく。戦争は残虐である。

・・・・・・
5356,そこに困っている人がいれば ーベストエッセイ ��
2015年11月13日(金)
           ーベストエッセイ 2015(文藝春秋)ー
  * そこに困っている人がいれば ー角田光代
 毎年のベストエッセイを特集した単行本で、面白いのが揃っている。
その中からランダムに面白いエッセイを幾つか紹介する。物書きのプロは
流石と、思い知らされる。このエッセイに、タイの仏教色が滲み出た国民性
が、色濃く表現されている。江戸・明治時代は、こんな仏教色豊かな空気が
日本にも漂っていたのだろう。 〜その辺りから〜   
 ≪ 完全な仕事で、遊べるような時間どころか、ゆっくり食事をする時間も
 ないほどのせわしなさだったのだが、数日間、バンコクにいった。タイに
初めていったのは一九九一年。もう二十三年も前で、以後、七度訪ねてきてる。
町はどんどん変わる。スカイトレインができ、地下鉄が走り、ピンクのタクシー
が多く見られるようになり、飛行場も場所が変わった。毎回、驚いている。
 二十三年前の旅は、私にとってははじめての自由旅行だった。宿もいき先も
決めない、一カ月の滞在だった。私がその後、二十年以上ひとり旅を続ける
ようになるのは、あの旅がすばらしかったからだ。何がすばらしいって、人。
食事もおいしい、光景もすばらしい、ものすごい体験もたくさんした、けれど
魅了されたのは、すれ違うだけのような関係の、多くの人たち。地図を開けば、
何か困っているのかと人が近づいてくる。ここにいきたいと伝えると、自分は
用もないのにいっしょにバスに乗りこんで、目的地で下ろしてくれる。炎天下、
バスがくるのをいっしょに待って、運転手に私の目的地を説明してくれる。
あまりのバスの混雑に辟易していたら、席を譲られそうになったこともあった。
目が合うと、みんなにこっと笑う。
 それから訪れるたびに、町の変化と同様に、人の顔つきも変わってきた。
バンコクはどんどん大都会になり、人の顔つきも都会のそれになった。
町も人も、洗練されたのだと思う。 パリとか、ニューヨークなんかと同じ
ように。そうした都会では、旅人がひとりで歩いていても、ふつうはだれも
声をかけてこない。と、思っていたのだが、今回、びっくりすることの連続。
方向を確認するために地図を開くと、「どうした、どこにいきたいのか」
と歩いていた人が近づいてきて、ていねいに道案内をしてくれる。ある場所
をさがして迷いに迷い、店番をしている人に訊くと、「こっち」と歩き出し、
目的地まで連れていってくれるではないか。なんにも変わっていないと、
驚きをもって思い知った。なぜ、都会的に洗練されたなんて思い込んでいた
のだろう。私が旅した二十三年前に生まれてなかっただろう若い人たちも、
戸惑う位親切で、あたたかい笑顔を見せる。ありがとう、とタイ語で言うと、
「まいど!」と笑顔と日本語が返ってきたりする。
 バイクタクシー乗り場をさがして、あるビルの駐車場にいたスタッフに、
乗り場が近くにないかと訊いた。バイクタクシーでどこに行くんだ、と彼が訊く。
私は目的地を言った。地図には載っていないムエタイジムだ。その彼は、
場所は知らないがジムの名だけ知っていると言い、ついてきてと手招きをして
歩き出す。どこにいくかと思っていると、車の走る大通りに出て、空車を
見つけては手を上げる。止まったタクシーのドアを開け、運転手にムエタイ
ジムの名を告げる。みな知らないらしく、首を横に振る。この人、私が
とめないと、ジムを知っているタクシーがあらわれるまで、えんえんと、
タクシーを止め続けてしまう! 自分の仕事を放ったまま、と気づいた私は、
もういいんです、だいじょうぶです、自分でさがしますと彼に伝えた。
いいんです、戻ってください、ありがとうございますと言い続けると、釈然
としない顔つきで、彼は駐車場に戻っていった。この国の人たちは、困って
いる人を見ると、平気で自分の時間と労力を差しだすのだ。
 二十三年前からずっとそうだ。だれかを助けたなんて彼らは思っていない。
そうして助けられた日本の若い女が、その後、人において圧倒的な信頼を持つ
に至ったなんて、考えることもない。例のジムは、その後にさがしあてて
乗ったバイクタクシーの運転手が、すれ違うバイクタクシー仲間にさんざん
訊きながら、なんとかたどり着いてくれたのだった。「文藝春秋」九月号}≫
▼ フィジーでも、その国民性の純粋さ、暖かみに驚かされた。
 イギリスから独立した国で、欧米と南太平洋の大らかさが、ほどよく
ミックスされている。近くにあるフランス領ニューカレドニアとは、
えらく違う空気。何か地中海の飛地にいるような感覚で、原住民は、
片隅に追いやられているような。海産物や果物など自然の幸が豊かで、
キリスト教が、プラスに働いているようだ。天国より、煉獄が似合って
いる私など、10日もいれば飽きあきするのだろうが。
・・・・・・
4991,暴走する世間 −7
2014年11月13日(木)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹(著)
   * なぜ日本の男はマザコンなのか
 世間が、そのまま家庭に入り込んでいるため、そこにあるのは甘えの構造。
その延長を男は、酒場の女将に「ママ」として求める。マザコンは、どこか
乳離れしない母子関係の名残。 ーその辺りからー
≪一般に日本では、恋愛が恋愛として完結しない。恋愛関係はいずれ壊れるか
壊れなければ「母子関係」に移行するかのどちらかになる。奇妙なことに、
日本の家庭で夫婦がお互いをよぶときに、「ママ」「お母さん」や「パパ」
「お父さん」がつかわれる。子どもが親をよぶときの名前が、そのまま夫婦の
呼称になっているのだ。これは、そもそも夫婦がお互いに個々の人格として向き
合っているのでなく、あくまでも子どもを媒介として向き合う関係を示している。
そして面白いことに、飲み屋のおねーさんや、バーの「ママ」、クラブの
「ちーママ」も「ママ」。つまり夫の場合、家庭の外に複数の「ママ」が存在
することになる。妻に家庭外に「パパ」がいることもあるかもしれないが、
それは、愛人関係など特殊な場合だろう。妻にとっては、家庭での「パパ」は、
ただちに「父子関係」を意味しない。だが夫にとっては、家庭内外での複数の
ママとの関係は「甘え」の関係であって「母子関係」を意味する。ようは、
男はいわば複数の「家庭」をもってることになる。さらに夫の側が、家庭は
「癒しの場」や「憩いの場」だというときには、根底にはこの「母子関係」
がある。つまり、自分が癒される場所、憩える場所だと考えている。
しかし妻の側にとって、家庭はあくまでも「夫を癒してあげる場所や、夫を
憩わせる場所」なのである。そこにある癒される自分のちがいは決定的である。  
阿部さんは日本では、西欧のような「個人の時間意識」ではなく、
「共通の時間意識」があるため、母親と子供の関係も、母親が90,70歳
でも、息子は息子であり、いくつになっても、母と子の関係が続く。 ≫
▼ 日本の夫婦間の喧嘩で常に妻から出る罵声、『マザコン!』。
 外向きは亭主が上だが、内情は、妻のほうが上位にある。これは「母子関係」
が、知らぬ間に夫婦間に移行したため。私など、マザコン、ファザコンの上に、
4人の姉の存在もありシスコンが加わる。これが悲しいかな大家族の末子の宿命。
家の中は「憩いの場」は一切なく、常に緊張をした「集いの場」で、無言で
大人しくするしかない。そう自分とは、家庭内の他者と、家庭外の他者から、
形づくられていることが分かる。健全な家庭こそ、全ての基本になるが、
ファザ、マザ、シスコンの歪んだ私が健全の家庭をつくってきたのだろうか?
ところで健全な家庭って存在するのか?程度の問題? マザコンとファザコン
が絡みあった二人が家庭をつくるのだから、それは大変なことである。

・・・・・・
4624, 夫婦格差社会 ー1
2013年11月13日(水)
 『夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち』橘木 俊詔 (著), (その他)
図書館の中公新書のコーナーで、この本を手にとって、てっきり夫と妻との
格差と思った。私など今では妻との立場が逆転、家内の家に年金を収めて
住まわせてもらっているよう。ママ(ババ)リッチ、パパ(ジジ)プアー。 
ところが、これは家庭間格差の問題。現在、パワーカップル(夫婦共に医師など
の高学歴・高収入世帯)と、ウィークカップル(非正規労働同士の低収入世帯)の
二極化が進んでいる。嫌な話だが、学生時代の欧州旅行で知り合った友人たちの
相手は、誰もがつり合いのとれた?家庭環境で、間違えてもシンデレラ物語の
相手でない。病院で、医師と看護婦の職場結婚が案外少ないのと同じである。
医師同士か、その収入レベルの出身者になる。女性の選択基準は、学歴と、
所得、家の資産状況、そして容姿になる。まずは互いに釣りあった条件の相手
を求めるのである。 卒業間近に「学生時代に伴侶を見つけるのが最良」と
気づき、半年の間、友人に頼んで探したが間に合わず? 今から振り返ると、
居ないことはなかったが、それが誰かを判断し、決断する能力が無かった、
ということ。それより、覚悟が出来たのが結婚をした27歳。事業創業を
目指す!と決めていたことが、相手の選定に大きは壁になっていた。
それと四人の姉と遜色ない相手の中で、なびく女性を探し出す能力と自信が
なかった?(シスコン?) やはり、一番面白い20歳から26歳に、独り者
の方が良かった?と言える。「結婚とは一人以外のすべての女性との(結婚の)
可能性を捨て去ること」という格言も効いていた? 二度とない、あたら
青春を早そう捨てることもない。 人それぞれだが・・ 
  まずは ーアマゾン〜内容紹介ー
〔 格差が拡大しつつある日本。家族の最小単位である「夫婦」もその流れに
 拍車をかけている。さまざまなデータに基づき、日本の夫婦の今を探ると
 見えてくるのは、夫の所得と無関係に働くようになった妻の影響力の大きさ。
 医師夫婦に代表されるパワーカップルと、対極にある若いウィークカップル
 など、興味深い事例を紹介。 また、結婚できない人たちから、離婚、
 そして地域差まで視野を広げ、夫婦をめぐる格差を考える。 〕
ー目次ー 第1章:夫の所得と妻の所得   第4章:結婚できない人たち
    第2章:どういう男女が結婚するのか 第5章:離婚による格差  
   第3章:パワーカップルとウィークカップル 第6章:地域差を考える
▼ 目次からみると、日本の結婚像と夫婦像を分析する構成でなっている。
 東大卒女性104人の結婚相手の大学の内訳や、早慶卒の相手の学歴の傾向、
中卒男子の相手の学歴?とか、離婚率は欧米では高学歴ほど高く、日本は真逆
とか、著者の教え子の女子学生?が補佐したこともあり、切り口が醒めており
女性週刊誌的で面白い。子供の頃から姉達や、実家が商売をしていた環境の中、
若い女性に多く接して、年頃を過ぎた後の変容の激しさを見てきたこともあり、
選定には用心をしたが、その結果が? 互いに(●≧�・≦):(/ェ\。))である。
結婚は百人が百人、そうだから? 書けるが! ライオンのメス集団の
ボス・オス選び以上に、女性の場合、結婚相手の選択にシビアになるのは
自然のなせる技。世間でいう階層をアップする最初で最後の機会、自分の特性
を最大限にアピールをして売り込むしかない。それが、つり合いの取れた
チョット上の相手。 ーつづく  で、結果が、以下の文章になってしまう。 
 ーこれも、たまたま偶然だがー 
・・・・・・
4259, しまった!  ー8
2012年11月13日(火)  ーしまった! 「失敗の心理」を科学する
                 ージョゼフ・T・ハリナン(著)     
   * 人は、聞いた話を自分なりに綺麗に改変する  
≪学生の被験者に、ある物語を聞かせ、後で、その物語を語らせると、大きく
 歪曲する事実があった。問題は、その話の程度が予想を遥かに超えていたこと。 
全談話の61%に情報の追加、省略、誇張、最小化をおこなっていた。
それを学生の42%しか、認めてなかった。それは学生が偽りだったとは思って
なかったことを示している。・・そのうえ、学生は話を聞き手の好みに合わせた
だけでなく、更に重要なことは自分の目的に合わせていた。特に面白い話の場合、
大幅に誇張したり、うそを加えたりした。後で聞くと、被験者の6割が、その話
に嘘を入れていた。人は談話をするときには、情報伝達をする目的と同時に、
ある目的を達成する手段になるもの、という結果になった。その意味で、対話の
目的とは事実を伝えるのではなく、印象を伝えることだと。もっと面白い作用は
聞き手だけでなく、話し手自身に対するもの。語り手が自分の作り話を、何度か
話しているうちに、作り変えた話が、その人にとっての記憶になるケースが多い。 
私たちは自分の嘘を本気で信じるようになるのである。更に悪いことに、本人に、
その自覚がないことである。≫
▼ 私が小さな地域社会で、アウトサイダーに徹しているのは、これを知って
 のこと。社会学を40年以上、独学してきて、その馬鹿馬鹿しさを知っていた。
逆に、それを独り楽しんでいる自分がいる。割切ってしまえば、これほど面白い
ものはない。B層の、さらに下のC層という何も考えない旧来の価値観から一歩
も出たことのない人たち。彼らにゾンビが多い。彼らは普通の風体をしているが、
中身はカラカラの干物。水気が失われているため、真っ当な人間に対する語り部
になるしかない。彼らの毒は、「作り話」として人に襲いかかる。 襲われ、
その毒に侵された人間は、その瞬間、ゾンビに変身する。そして地域社会の多く
がゾンビ化してしまう。彼らは思考能力ゼロのため、その自覚も無く、屍の
群れは今日も人を襲い続ける。これが城下町レベルでなく、情報化の御蔭で
全国区レベルになっている。


7182,閑話小題 〜人生総括の時節に   ―学生偏―

2020年11月12日(木)

    
    * 若衆宿のような『青雲寮』の日々が懐かしい!
 御隠居生活に入って、過去は変えられないが、解釈の変更は可能と気づいた。
突詰めると、最後は独居の自問自答、体験を経験として心底に納める自己納得。
特に多感な青年期の基礎教養の質量の問題が自然と浮上がる。 …青年期は、
様ざまな立場の価値変更の決断が身に迫ってきて、それに対応するには経験、
知識の絶対量が足りなさ過ぎた。それは自身だけでなく、誰にもいえること。
有難いことに、溢れる激情そのままを、日記帳に書き残してあった。
 当時の私生活のバック・グランドに…『青雲寮』というシェアハウスの
ような25人の団体生活があった。この経験の人生における価値に気づくには…
その後、20〜30年を要した。
 昨日のニュースに新宿牛込柳町のマンションの火災がニュースで流れていた。
早稲田の事務方の理事の私邸(500坪の角地に ‘『’に、部屋が並んだ平屋が
あり、部屋の外は土間。その前の部一室が集会場で、月に一回は誰か集まり、
主に酒飲み場になっていた。 しかし、普段は部屋で読書の空気が満ちていた。
寮生は、九州から、愛知、福島、秋田、新潟県などの出身者。半分が早大生で、
明治、日大、立教…等々の学生。日々が、興奮と、刺激に満ちていた。
 
 時代背景の1960年代後半は、学生運動が華やかなりし時代、若さに任せて、
得たばかりの知識と、経験を互いに披露しあっていた。自然と、様々な学生の
赤裸々な私生活が目に飛び込んでいた。 アルバイト先で、仕事を請け負い、
ピンハネをして1〜2ヶ月、留置場に入っていた早大生が隣室にいた。女性狂い
の日大生や、早大の二部から大学院に進級し、オーストリアに留学していった
先輩も… 安保闘争の中で、社会が殺気だっていた中で、ゼミ、クラブ、寮の
人間関係の中で、様々な視点を肌で感じることが出来たのが、その後の人生に
大きな収穫になっていた。 そこは、重い空気の坂道だが、明るい青雲の光が
輝いていた。 ゼミ仲間の電通人生を全うした友人が卒業時に、
『貴君が、一番、変身したよ!』と言ったのを覚えている。クラス、クラブ、
ゼミ、欧州旅行仲間、寮生活と、ゴッタ煮の学生生活が、美化して輝いた記憶
として残った! 前期から、後期高齢の節目で、このような文章を書けるのは、
有難いこと!そこで想いだしたのが『若者組』 …それは次回に… 〜つづき

・・・・・・
6816,閑話小題 〜「門」の話
2019年11月12日(火)
   * 「閑」で、「門かまえ」に興味を持って
 人間は動物や泥棒から身を守るため、垣根や塀をつくってきたが、当然、
そこには出入り口の「門」が必要となる。 それは物理的なものだけでなく、
自分という他者とのバリアをつくる意味合いもある。 「閑静の住宅地」の
「閑」は、他と隔離する「門」に「木」。幸福度を高めるためには、まずは、
己の周囲を一般から隔離して、己という木を手入れする。 なる程と… 
そこで、他に何か?と思いつく文字をあげてみると、耳で、聞く。口で問い。
日で間。才で閉。音で闇。 なる程と。門構えの中に、何をおくかで、その人柄
が見えてくる。
・「一」を入れると閂(かんぬき)。これは左右の扉もしくは扉と枠の双方に
 跨る様に通す事で建具を開かない様にするための棒状の金物や木材などの部材。
 なる程。門番が開門の時に引き抜く棒である。門に犬を入れたらと思ったが、
 さすがに、これはない。
・鳥居のカタチが入る「開」、門の奥の鳥居に向けて御開正か。
・「閣」とは{御殿・見晴し台など高く構えた建物」で、各階がある建物。
・「閊」は 〈つかえる。とどこおる。さしさわる。つまる。「後ろが閊える」。
 門の内側から見える山が、己を閊えさえる。

 〜「もんがまえ」で調べると、 
【 門. 1. 閂. 2. 閃. 3. 閊 · 閉. 4. 開 · 間 · 閑 · 閏 · 閔. 5. 閘. 6. 閣 ·
 関 · 閨 · 閤 · 閧 · 閥. 7. 閲 · 閭. 8. 閾 · 閻 · 閹. 9. 闊 · 闃 · 闍 ·
闇 · 闌. 10. 闕 · 闔 · 闖 · 闘. 11. 關関. 12. 闡. 13. 闥 · 闢 · かねへん ·
ながい ·もん ·おか こざとへん· れいづくり· ふるとり· あめかんむり…】
 ―
▼ 漢字も、改めてみると含蓄がある。闖入で使われる「闖 」は「突然現れる」
を意味する。突然、馬が門の中に闖入というと、目に浮かぶようだ。
 
・・・・・・
6452,つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −2 感動を使う!
2018年11月12日(月)
             <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著>
   * アリストテレスの「原因論」
      〜「質料因」「形相因」と、「起動因」
 社会や、物事の原因を簡明の読み解くに、解りやすい事例である。
≪ アリストテレスは、彫刻を例に原因を、次の4つに分類している。
・まず、青銅、大理石、粘土などがなければ兆候は出来ない。この場合、
 これらは、彫刻の「質料因」(何からできているか)である。
・次に、「形相因」(何であるか)。彫刻が何を現しているかということ。
 彫刻家は像を刻むに時に、何をつくろうかというイメージを持っている。
・原因の三つめは「起動因」(動がそこから始まる始現)である。
 父親が子供の始原であるように、彫刻家が彫刻の起動因である。
・さらにアリストテレスは、これらの他に、「目的因」(何のために成立
 したか)を考える。彫刻家が、彫刻を望まない限り、彫刻は存在しない。≫
 ―
   * アドラーの「原因」論
 〜 感情も脳も、感動さえ使う、極意とは 〜
≪ アドラーも、行動について「なぜ」と問う時、「原因」という言葉を使う。
アドラーは「なぜ」という問いによって、行動の「目的」を答えとして期待して
いる。「どこから」でなく、「どこへ」を問うのである。アドラーの「原因」は、
プラトン、アリストテレスのいう4つの原因のうちの「目的因」である。…
アドラーは、他の原因は目的に従属していると考えた。
  ―使用の心理学―
 …またアドラー心理学は「所有(何が与えられているか)の心理学」でなく、
「所有(与えられたものをどう使うか)の心理学」である。人が置かれている
状況がそのまま人のありかたを決定するのではない。
『大切なのは、何が与えられているかでなく、与えられたものを如何使うか』
 … アドラーは、アリストテレスの原因論にプラスして「目的」を加えた。
目的論とは、「善」を目指し、それを目的にしているという観点から行動や
症状などを理解することである。 脳を例えると、私と脳は別物であり、私が
脳を使うのであって、脳が私を使うのではない。脳は大事ではあるが、人が行動
する時、それによって目標を決める起源ではなく、脳が心を支配するわけでない。
【善を実現する目的のため、脳を使う。】のである。
  ―感情を使う―
感情もまた、我々を支配するのではなく、感情をある目的のため使うのである。
感情は意志の力によって左右する。交通事故で車をぶつけられた時に、男は
美人と意地悪そうな相手では全く対応が違ってくる。感情なぞ使い方で如何様に
良くも悪くもなる。ヒトラーは大衆煽動に怒りの力を利用した。怒りは、隠れた
エネルギーとして直接的になる。
―
▼「感情を使う」の論を考えていると、「感動をつかう」の言葉が類推された。
秘・異郷ツアーの旅先で、何度も何度も感動体験をする。その結果、脳に蓄積
された精神面でのデ・トックス(体内に溜まった有害な毒物を排出させること)
で、心というより、魂の解放を実感する。「感動を使う」こと、そのものになる。
早朝の一時間のミニ・チャリも、小さな感動の旅になる。目的は、デ・トックス
の「善」の自己実現。このブログの書き込みも一種のデ・トックスになっている。

・・・・・・
6087、閑話小題 〜 「日の名残りに」 (2)―つれづれに
2017年11月12日(日)
   * 51歳の誓い
 人生を変える切掛けになった、カズオ・イシグロの『日の名残り』を読んだ
51歳の時節に、「還暦までの9年間に80歳までの大よそ30年分を圧縮して生きる」
と決心し、実践した。そこで「具体的に、どのように生きたか」を思い返した。
・まずは、捨身で! 目先に面白そうと思えば、迷うことなく決断。常識的な人
 や会合と一線を画す。何故か、その頃、近しくしていた友人・知人が、亡く
 なるか、転勤などで遠ざかっていった。
・その頃、拡大戦略の教えのペガサス・クラブから脱会。拡大路線の見直しに
 入っていた。
・また、意識の重心をパソコンとネット世界に移動することに決心した。
 まず、取引先のパソコンに詳しい人を紹介してもらい、個人HPの開設のための
 基礎の教えを乞うことに。その数年後に自宅近所にパソコン教室がオープン。
 早速、通うことに。その数ヶ月後に、このブログを開設することになる。
・40歳代の10年間に合計10数回、2年に3回?近く、海外ツアーに参加していたが、
 2年で5回近く?にアップ。結局、50歳代では20数回、行くことに、 40,50歳代
で40回、年に2回近くの割合になった。それも秘境・異郷の難易 を数ランク アップ。
・母親の介護の5年半で、子供たち二人が巣立っていった。

死に物狂いで、目先の面白そうなチャンスには躊躇することなく挑むことに。
少し迷うと曽野綾子女史の言葉、<人生の良いところは還暦まで、今を楽しめ」
のキーワードを想い浮べ実行していた。毎日が面白く、楽しく、精一杯の日々。
そしてハッピー還暦を向かえることに。
☆ そういえば、1994年のケニアツアーの同行者の一人が、『父親の介護を
 終え、念願のケニアにきた。万感の想いだ』と涙を浮かべてキリマンジェロ
を見ていた。イスラエルでは60歳の女性が目を血ばらし『2000万の退職金の全て
を毎月のツアーで使い切る予定。働きづめの人生を取り返すの!』と宣っていた。
アフリカ・中近東の一人参加には、深い人生を背負い、思い詰めて来る人が多い。
人生、生きているうち、動けるうち、気力があるうち、笑えるうち、泣けるうち!
追)日々是口実か、結局は自慢話ですか!それも似たようなことを何度も何度も。
 でもね、何度言いたいのが、「楽しんだもの勝ちさ、人生は」。
<エッ、楽しそうに思えない?> <薄汚れているからね、日常に、誰の眼も。> 
 …これを「日々是口実」という。 

――――
「45」ギリシャ                    2007
「44」北イタリア                   2006・
「43北ケニア                     2005・08
「42」オーストリア                  2004・08
「41」アイスランド                 ー2003・10
「40」アラスカ                    2003・07
「39」パタゴニア                  ー2002・12
「38」スイス                    ー2002・07
「37」西アフりカーコート−ジボアール・ガーナ・ベナン・トーゴ /02・03
「36」ベトナム                   ー2001・11
「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ          ー2001・06
「34」メキシコ                     2001・01
「33]モッロコ                    ー2000・11 
「32」パキスタン・中国                ー2000・06     
「31」シリア・ヨルダン・レバノン            2000・04  
「30」ノルウエー                   ー1999・12 
「29」ケニア                     ー     ・08   
「28」イスラエル                   ー    ・04     
「27」ネパール                      1999 ・02
「26」北インド                    −1998・10   
「25」 北スペイン                    1998・07  
「24」タンザニア・ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原) 1997・12  
「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地)                ・08
「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖)        1996・06    
「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット)     ・02   
「20]南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)1995・10   
「19」ニュージイランド(クウーンズタウン・ミルフォードサウン)ー ・05    
「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝)・  ー   ・02?
「17」ケニヤ(ナクル湖・       )         1994・06 
「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道)  1993・12 
「15」フィジー(コマ島・ )              1992・11
「14」スペイン1周の旅(アンダルシア・アルハンブラ・闘牛) 1991・08  
「13」カナダ・ロッキーの旅              ー ・05
「12」香港クルージング                 1990・07 
「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ)    ー・04     
「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅    1989・12   
「9」 中国(北京・けいりん・上海)          1988.09    
「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス           ー  ・06
「7」カナダ・ナイアガラの旅              1987・08 

・・・・・・
2016/06/29
60歳までに、人生を前倒しをしていて!

 70歳を過ぎた現在、「60歳までに人生を前倒しをしていて良かった!」と、
つくづくと思うことしばしば。以下にコピーしたの13年前の文章を読返すと、
1年後に中越地震、その3年後に刈羽柏崎沖地震、4年後の2008年に、リーマン
ショック、更に8年後に東北大震災が、たて続いた。その結果、私も、まさかの
事業整理に至った。 作家の曽野綾子が、「人生の良いところは、60歳まで」
といっていたが、体力も考慮すると、成るほど正しいと実感する。 
 以下の内容を書いて13年間、友人、知人、親族が次々と倒れ、亡くなった。
病に倒れて発する共通の言葉は、「まさか、自分が! これから、ノンビリ
するつもりだったのに!」である。 死に直面した時の恐ろしさと動揺は、
「人生に、やり残した無念」があるため。 とすると、老後の残務整理は、
それを探し、潰していくこと。そうこう考えると、【して失敗した後悔より、
しなかった後悔の方が遥かに大きい】ことになる。 どうだろう?
「してしまった後悔1に対して、しなかった後悔が3」ではないか。
 30年分を10年に圧縮して生きた50歳代は、充実感があって実に面白かった。
60歳代の最大のイベントが、会社整理だったが、3・11もあって、未練も後悔も、
最小になっていた。両親の晩年に同居していたこともあって、「その都度、
計画的に楽しんでおくべし」という、人生の何たるかを、後姿から学んでいた。
この教えを学んで実行していたのは大きい。10年前と、13年前に書いてある
文章を読返してみると、計画通りに、遊び、楽しむ必要性を知っていた。
その時々に、真面目?に学び、楽しみ、遊んでおけ、ということ。
 辛いことも多かったが・・ それも楽しみの内。
――――
2003/06/16
50歳の頃ー1
  −60歳までの人生
 曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。
丁度私が50歳の時であった。50歳で、母親を見送り(亡くなり)人生の
損益分岐点を超えたという思いがあった。あとの人生を如何生きようかという
自分への問いかけをしていた。その翌年、下の子供と家内と3人で南米の
ギアナ高地に出かけた。テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら
息子と日本酒を飲みながらふと思った、「自分の人生の元は充分にとった」と。
 その時に考えたのは、
「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』なら、それ以降の人生を60歳
までに詰め込んで生きよう!『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」と。
・海外旅行をそれまでに50回行くことー不景気で無理か?
・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう
・好きな事を可能な限りしよう 等、生き方を変えようと。
しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。
その時、母の行き方を見ていたこともあり、まだ解っていないと思っていた。
本当に良いのは60歳からというのを母から教わっていたが、しかし
「60歳以降の前倒しにする決心』は良いと解釈した。 
 その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人から人生の秘訣を
教えてもらった。「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にし、
そこまでに人生のすべてを燃焼し尽くした。その一つに日本を全てを家内と
娘と3人で回り尽くした。しかし死ななかった。その後は世界にチャレンジを
始めて、ほぼ全てをまわり尽して現在もこうして生きている。短命の家系の
前提がなかったら人生をここまで味わいつくせなかった!」。 深い人生の示唆
であった。「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた
直後であったから、尚のこと心に響いた。あと2年半で、その60歳である。
「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。
元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きる
ことができるのではないだろうか。そして、それまで経験をしたことのない
分野を探し出しチャレンジすることである。その意味では、逆に広い世界に
飛び出せるのではないかと考えている。
 最近、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSやテロなどで
アフリカや中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。
この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。
あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。


7181, 閑話小題 〜コロナ禍の第三波が本格化…

2020年11月11日(水)

   * コロナ禍は、野球で例えると2回裏?
 お先が見えない、このパンデミック。 さて、どうなるのか?
先になってみなくては解らない。第2.3波ウェーブの到来のニュースが
流れると同時に、やはり感冒薬開発のニュースが流される。ここで中国内の
パンデミックが消えてしまったのが魔訶不思議。 情報統制効果か?
 ―
   * トランプの敗戦で、世界がホッとしたような
 トランプ旋風の4年間、終わってしまえば何だったのか? 世界がホッと
安堵をしたような…不思議な空気が流れている。王朝主義の北朝鮮も、共産主義
を掲げる中国も、歪といえば歪! アメリカも、自由、平和、博愛主義を掲げても、
所詮は建前。その実は白人第一主義が本音でしかない! 
 3%の支配層と、その恩恵を受けて潤っている30%の層と、そこから外れた67%
のその他の層が明確に区分されている。そのままの拡大版が、世界の階層! 
社会主義、共産主義革命と騒ぐが、これまた権力を持った官僚、役人が30%層に、
入れ替っただけ。2000,3000年の歴史的構造は、そうそう、変わりはしない!
 ―
   * そろそろ、老人性鬱症ですか!
 70歳超えから、年齢、置かれた状況から『海外ツアー』を控えているが、
これが、この30年間のストレス対策になっていた。その間に蓄積したストレスを
一度、かき落とす爽快感は絶大! それに、早朝のミニ・チャリ(ポタリング)
に加え、一日一テーマのブログ書き上げと、ネットサーフィンと、TVのドラマ観賞。
そのうち、ミニチャリは、転倒以来、中断しており、毒素が少しずつ蓄積している
ようだ。 それでもYouTubeの映像が、かなりストレスを解消させている。
解ってはいたが、70歳の峠越え以来、身体の節々が痛み出してきた。暗く考えない
笑い癖が本能的に身に付いてきた。 
 あと、2ヶ月で、後期高齢者の年齢になるが、その時節を「私の死期」と勝手に
決め込み、公言し、覚悟を決めていたことを、ここで、何度か書いてきた。
しかし、その予兆が全くない。死亡率は百%、どのみち、死ぬしかないなら…
 御蔭で、就寝前には一日を充実して過ごせた感が残っている。
己という木の周囲に、塀をつくってきた御蔭がある。御蔭の陰は、木の御蔭か!

・・・・・・
6815,閑話小題 〜今どきの倒産事情
2019年11月11日(月)
   * 娑婆娑婆…
 今どきの倒産事情は如何かとネットサーフィンをしていると、こんなものか
というネット記事があった。バブル崩壊時の中堅以上の会社の平均寿命が30年 
だったが、あと数年後20年に近づくようだ。このネット社会の中で、社会変化
の対応は非常に難しい。現実社会の上を情報社会が覆った大津波に対応するに、
長年の企業体質が立ち塞がる。因みに個人・零細企業は6年。
 年金暮らしに入って、経済世情に疎くなっているが、家内の消費行動を見る
と、当然シリアスで厳しい。企業にとって、違法すれすれのことが年々、罷り
通りにくくなっている。その典型がヤクザのしのぎ。オチオチ恐喝も出来ない。 
スマートフォンなどデジタル機器が、ほゞ全ての人に普及、社内機密を手軽に
撮影やコピーで持ち出し可能。 社内告発も、メール一本で可能である。
社内チェックなど、ほぼ不可能。情報化は一強多弱の二番手以下に厳しい事態。
   
   〜ネット記事から〜
《◉ かつて企業の寿命は30年といわれていた。初出は1980年代の日経ビジネス。
1つの企業が「繁栄を謳歌できる期間」を平均30年としたもの。それから時を
経て、ビジネスを取り巻く環境は大きく変わりました。IoTとAIを軸とする
第4次産業革命は、既存の産業を破壊し、さまざまな業種の淘汰・再編を加速
させるともいわれている。そんな時代にあって、「企業の寿命」は今後どの
ように移り変わっていくのでしょうか? 東京商工リサーチの調査によれば、
2017年に倒産した企業の平均寿命は23.5年。前年よりも0.6年低下しています。
倒産件数そのものは9年連続で前年を下回っているものの『参入が容易な飲食業、
高齢化を見越して設立された老人福祉・介護業などの業歴の浅いサービス業
他の倒産増加により平均寿命を引き下げたようだ。』(東京商工リサーチ )
◉ 昨今、企業の存亡に多大な影響を及ぼしているのが、IoTやAIに代表される
テクノロジーの進歩です。第4次産業革命と呼ばれるその波は、あらゆる業界の
境界線を取り払い、企業間の競争を激化させています。
「今まさに起こっているイノベーションは、既存の産業を次々と駆逐しています。
たとえば、スマートフォンの普及によりデジタルカメラが売れなくなったのは
最も分かりやすい事例だと思います。

◉ アメリカではアマゾンをはじめとするインターネット通販の成長により、
小売業界が大打撃を受けています。2017年には8,000店以上もの大手小売店舗が
閉鎖しました。日本ではまだ街の書店が姿を消しているくらいで大手小売業
の破綻という事態にまでは至っていませんが、『アマゾン・ショック』の影響
は避けられないでしょう」。
また、自動車産業ではGoogleやAppleなどが参入し、熾烈な技術競争が繰り
広げられています。もし国産車のリーディングカンパニーが遅れを取れば、
日本経済の屋台骨を支える自動車すら電機産業のような苦境に立たされる恐れが
あるといいます。
◉ 「世界最大の市場である中国が電気自動車に舵を切ったほか、ヨーロッパ
でも2020年代半ばからガソリン車の販売禁止が検討されています。これからは
電気自動車化、自動化の流れをひとつ間違っただけで、いかなる大手企業も
窮地に立たされる可能性があるわけです」 》

 ―
▼ 情報化社会の進化は、一部の適応者に絶対有利で、外れた者には、
 厳しいのは古代ギリシャ社会と現代も変わらない。目を叛けたくなる
<3,30,67%の階層>の色分を下から目線で逆照射すると、それは鮮明…
としても、死んで三日で消え去る代物! その辺りが人生の妙味。
 で結局、最後は人生論で終わりですか! 

・・・・・・
4989,暴走する世間 −5
2014年11月11日(火)
       「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤直樹(著)
  * うつ病は「世間」の共同幻想にやられる病!
 ここで、次のような精神療法家M.バリントンの指摘を紹介している。
≪・「三人関係の対人状況」(三人状況)といわれているのが、吉本さんの
いう共同幻想であり、
 ・「二人関係の対人状況」(二人状況)が、対幻想であり、
 ・「一人状況」が自己幻想である。  各々、
それぞれ、「三人以上の人間がつくりだす観念」
「ペアとなった二人の人間がつくりだす観念」
「一人でいて、じとーとしている時の観念」と考えればよい。
「三人状況」(共同幻想)が、躁鬱病(うつ病を含む)に、
「二人状況」(対幻想)が、統合失調症になっていく。
 とすると、「世間」とは、三人以上の人間がいるところに現れる
幻想・観念であるから、うつ病はこの「世間」に関わる病だということになる。
 ところで当たり前のことだが、うつ病は全世界的に普及した病だが、
西欧のうつ病は「三人状況」(共同幻想)として「社会」に関わる病であると
すると、日本のうつ病は「世間」に関わる病ということになる。
 ・・「世間」は個々の具体的な人間のことではないが、抽象的な人間一般でも
なく、上司や同僚や近所の人などといったような「顔のみえる」他者のこと。
うつ病の患者にとって問題となるのは、こうした他者なのである。≫
 また、木村敏と阿部謹也との対談で、木村敏の次の言葉を紹介している。
≪ 日本では、西欧社会のように、「判断が神との一対一の関係」で決定されず、
世間は空間的な概念だが、それを時間的にとらえた表現が『御先祖様』であり、
『御先祖様に顔向けができない』ということになる。世間の中には「呪術性」
という原理があり、そこには森羅万象、動物や植物やモノや死者まで含む。≫
▼ 日本の自殺者数は、先進国の中でダントツに多い。
{さらに多い韓国は先進国に含まない}
 経済的理由による自殺は、日本では「借金」という金銭貸借関係が、たんなる
法律上の契約関係としてだけでなく、「贈与・互報の関係」ととらえられている
ため、それを守っていけない人間として{世間」からつまみはじき出される
ところからおきる。日本人は世間とかいうのから、つまみはじけ出されると、
「ご迷惑かけました」という遺言を残して自殺をする。決して心が弱いだけ
でなく、その思い込みが原因。要するに情緒的体質が、その背景にある。
私など「世間」に袋叩き?で、気違い扱いだろうが、45年前に、見限って
生きてきたため、今さらである。むしろ叩かれることが自己存在と自認。
暴走しているのは、世間様。その世間様の暴走をネット社会が更に推し進めて
いるから、ことは深刻。死んで三日も経てば、ほぼ忘れ去られる世間など、
のっけから相手しないで、アウトサイダーを決め込んできた。特に晩年は
「老人性うつ病」がすべての人の問題。群れればウツが振幅し孤独を深める。

・・・・・・
5354,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー��
2015年11月11日(水)
  * コンプレックスは神様が与えた素晴らしい武器
20歳代に軽い視線恐怖症に悩まされたことがあった。都会の街中の雑踏や、
電車に乗るのが鬱陶しく苦痛だったり、他人に接する瞬間、異常なくらいな
緊張を引き起こす。それで、どれだけ誤解され、マイナスになったことか。
しかし、それが集中力にもなっていた。それも現実社会で揉まれているうちに
消滅していった。誰にも、幾つかの、多面の神経症を持っている。
  ● Q:いつも緊張のあまり、顔が赤く染まり声が震えてしまいます
≪ 私は自分でもイヤになるくらい、あがり症です。取引先のエライさんは
 もちろん、上司(部長)と話すときも、緊張のあまり頭の中は真っ白になる。
会議で発言するときなどは、心臓は早鐘を打ち、顔は真っ赤に染まり、声の
震えが止まりません。女性と話をするときも同じ症状に見舞われます。
このままでは、会社の中で馬鹿にされ続けるでしょう。結婚もできないかも
しれません。生きていく自信を失いそうです。どうしたら、もっと普通に
話せるようになりますか。助けてください。(二十九歳男性) ≫
  ● A:コンプレックスを武器に変えた人間こそ人生の勝利者
≪ ・シマジ:二十九歳の相談者よ、君はどもる苦しさを知るまい。
 俺はどもりなんだ。頭に浮かんだ素敵な表現が、音にならず舌の上で
死んでいくんだよ。これは辛いぞ。ちゃんと言葉が出てくるんだから、
声が震えたり、顔が赤くなったりするくらい何でもない。顔を真赤にして、
一生懸命しゃべれば、優しい正直者に見える。世渡りに便利なくらいだ。
こうしたコンプレックスは多かれ少なかれ必ず誰にでもある。そして、
人生の勝利者というのはこのコンプレックスを武器に変えられた人間だ。
・アソシエ:シマジさんはどんなふうに武器にしているのですか。
・シマジ:女と食事をするだろ。ずっと口説いて、最後にこう締めくくる。
 「お、俺が、きっ、君をどれくらい素敵だと思っているか、も、もっと
もっと君に知ってもらいたい。つづ、伝えたい言葉は頭の中に渦巻いて
いるんだが、そ、それが、し、舌の上で死んでいくんだ。残念でならないよ」
 これで何人もの女が落ちた、といっておこうか。
・アソシエ:そこまで行くと武器というより凶器ですね。
・シマジ:インタビュアーとしても、どもることは強みなんだ。俺が
 どもりながら話すだろ。そうするとインタビューを受ける側は安心する。
特にインタビュー慣れしていない人は、うまく自分の思いを伝えられる
だろうかという不安を抱えているから、インタビューアーに立て板に水
のごとく話されると圧倒され萎縮してしまう。俺のようにつっかいながら
訊いてくる相手だと、上手に話さなければというプレッシギーから解放
されて、気楽に詰せるようになるらしい。 ≫
 ―
 ▼ 起業をして半年、何か気持ちが落ち込んだ時に、フッと内語で、
 「その上段に構えた両手を下げ、力を抜いて、ありのままの自然の自分を
前面に出したら」という声が沸いてきた。それから、良きに、悪きにつけ、
何かが変わった。 色いろあった究極の場面だから、構えの硬さに、
自ら気づいたのだろう。学生時代、どうも会話のセンスが都会育ちの
友人に比べ落ちている自分にコンプレックスを持っていたが、
『それなら、聞き手に回り、誠実に相手の話を引き出せば!』という
趣旨の道理を知り、それに徹してから、何時の間に友人が増えていた。
話す割合を50対50から、20対80にすればよいだけで、人に好かれる。
・・・・・・
6086,閑話小題 〜経験価値
2017年11月11日(土)
   * 経験価値 
 物の価値を追い求める時代から、『経験価値』=「こと」を求める時代に
なっている。もっとも、「もの」は、「こと」のスローの形式でしかないが。
確かに「もの」を持って死ぬことは出来ないが、「こと」は、あの世とやらに
「持ち帰り」が可能? 趣味で何かを収集する趣味はほぼなく、海外旅行とか、
早朝サイクリング、スポーツジム通い、ネットサーフィン、シネマ通い、TVの
ドラマ観賞など、「こと」を楽しむのが主。父親の骨董収集は、上野界隈の
美術展とか、世界各国の美術館で、観賞することで、充分、満足できる。別に
富士山が自分名義の必要など全くない。この「こと」の価値を「経験価値」という。
 そこで「検索」すると…
≪ 経験価値とは、製品やサービスそのものの持つ物質的・金銭的な価値では
 なく、その利用経験を通じて得られる効果や感動、満足感といった心理的・
感覚的な価値のこと。カスタマー・エクスペリエンスともいい、顧客を単なる
購入者ではなく、最終利用者としてとらえる考え方に基づいている。
 この概念を提唱したバーンド・H.シュミットによると、経験価値には
 以下の5つの側面があるとしている。
•SENSE(感覚的経験価値):視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を通じた経験
•FEEL(情緒的経験価値):顧客の感情に訴えかける経験
•THINK(創造的・認知的経験価値):顧客の知性や好奇心に訴えかける経験
•ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般):新たなライフスタイルなどの発見
•RELATE(準拠集団や文化との関連づけ):特定の文化やグループの一員という感覚
 もはや古いですが、経験経済的価値をもう一度、考えてみると…
これからは商品の使用を通じて得られる経験を売るんだ!とよく言いましたね。
例えば、スターバックスはコーヒーを売っているのではない、スターバックス
体験を売っているんだ!とよく言いました。
 経験経済的な価値というのはなんでしょう?というところを圧縮して
説明しますと・・・、
 よく言うのは、お客さんは商品を買いに来ているのではない、価値を買いに
来ている、まあ、便益と言う人もいますけどね。その便益にしても、誰でも提供
している機能だと、コモディティ化してしまいます。どんどん価格が落ちていく。 
結局、商品自体という形があるものではなく、どんな価値を提供するのか?が
大事で、その価値にしても、どこにでもある機能だと価値は低いけれども、
買う人の情緒に訴えるような価値であれば、固有のものなので、比較がしにく
くて、価格交渉圧力にさらされにくいというところです。
 ただし、情緒に訴えるにしても、そんなに毎回毎回感動がありえるの?という
疑問もあります。毎回感動させるにはどうすればいいの?という論点があります。
 人間は必ず飽きるものです。 女性を敵に回すことを承知で申し上げれば、
「美人3日で飽きる、不美人3日で慣れる」というところです。≫
―
▼ この経験価値を実感したのが、50年前の「30日間・欧州一周ツアー」。
 中・高校の教科書で、白黒写真でみた、パリのエッフェル塔や凱旋門や、
ロンドンの大英博物館や、ローマのコロッセオ、パンテオン。ポンペイ、
ギリシャのパルテノンなどが、連日、目の前に突きつけられた経験は、21歳の
私にとっての人生のハイライトといえる「経験価値」になっていた。
上記の5つの側面を、同時に味わった価値は、何にもかえ難い経験になった。
で、以降に50回の経験価値を積んできたが、元は、この旅行経験である。
フランクル心理学の、創造価値、体験価値、態度価値の『体験価値』の部類。
・創造価値とは、人間が行動したり何かを作ったりすることで実現される価値。
 仕事をしたり、芸術作品を創作したりすることがこれに当たる。
・体験価値とは、人間が何かを体験することで実現される価値である。
 芸術を鑑賞したり、自然の美しさを体験したり、あるいは人を愛したりする
 ことでこの価値は実現される。
・態度価値とは、人間が運命を受け止める態度によって実現される価値である。
 病や貧困やその他様々な苦痛の前で活動の自由(創造価値)を奪われ、楽しみ
 (体験価値)が奪われたとしても、その運命を受け止める態度を決める自由が
 人間に残されている。
☆ 振りかえ見ると、実に良かった人生であった。
 「上をみれば、きりがない。下をみれば底がない。横をみればない」
の比較をしなければ、世界は微笑みかけてくる。何故、比較をする?
知識の絶対量が少ないから? 比較しか、尺度を、価値の大小を、見分けられ
ないため。 悪貨は良貨を駆逐するというが、それはそれは…  悪貨か〜


7180,映画評論 〜今年の『学生相撲選手権』

2020年11月10日(火)

    * 当たり年の大学生の選手権
 相撲も、野球も、東大合格にも、学年単位の当たり年がある。
『全日本学生相撲選手権』が恒例の11月に開催。12月には全国相撲選手権が
開催される。この30年近くの年末の楽しみの一つになっている。7〜8年に一度は、
逸材の当り年で何人かが三役クラスまで昇進する。 現在の大相撲の白鵬、鶴竜
の後に続く三役には、5〜6年前のウェーブの逸材で占めている。 
今年は見落としていたが、この日曜日の夕方に何気なく回したのが、
<全日本学生相撲選手権> 直に直感したのが、「今年は当たり年」で、逸材が
数名もいた。やはりモンゴル人が数名を見つけた。 …立合いが違う!

【 <全国学生相撲選手権:個人戦> ◇11月7日◇ 埼玉県立武道館
 第98回全国学生相撲選手権が7日、埼玉県立武道館で行われ、個人戦で
 日体大のデルゲルバヤル(4年)が初優勝を果たし、学生横綱に輝いた。
準々決勝では18年に同大会を制した中大の菅野陽太(4年)、準決勝では
昨年の全日本選手権で準優勝だった日大のイェルシン(4年)に勝って
決勝進出。決勝では中大の西川登輝(4年)をはたき込みで破った。】

 ―
▼ 三年前に、相撲を始めて数ヶ月のレスリング選手が、順々決勝まで
 勝ち残った。その時に、力任せに振って相手の腕を圧し折ったにを思い出す。
解説者が<私たちの求める相撲道を根本から疑わざるを得ない>と、嘆いて
いた。そして3年後の今年、この選手が優勝をかざった!
更に、一回り、二回りも、選手の力量を増していた! このモンゴル人が強く、
全体の力量を引き上げたのでは? 無難ならば、4〜5年先には、幕内上位陣を
彼らが占める筈。YouTubeで相撲道も大きく変容しているのか?

・・・・・・
6814,閑話小題 〜トランプ大統領の三年目の総括
2019年11月10日(日)
   * 急遽、トラのテーマに
 今日分の、テーマ日記を書上げて、同月同日分をとみると、3年前のトラさん
の大統領と、去年は湯沢のゴンドラ、「ゴンドラゴン」をテーマにした文章が
あった。そこで急遽、私くしめ目線のトランプ大統領の総括をすることに…
 米国という国も、一皮むけば、こんなものを、ただ正直に体現しているのが、
トランプ。40%何があってもトラ支持の岩盤層がある。学生時代に白人の
クォーター(4分の1白人混血)がいた。海外旅行研究会の部長で、何か一風
変わっていた男だった。その人と同席をした時の話題がシリアスで、アメリカ
の実情をしめしていた。
<アメリカにイメージとして黒人が多く3〜4割は存在していると思われがち
だが、実は15%ほど。それも、下町などの住居地区が分れていて、繁華街など
表通りでは、ほぼ見ることはない。一般的に白人社会で、熱狂的キリスト教
社会で、日曜日には礼拝に通い、生活は質素。日本で想像した社会とは
全く違うことが、日本人の大部分は知らない。> 
身近で、そのような話を直接、聞くのは初めてで、驚いたことを思いだす。

 当然、思い込みの激しい極右の白人第一主義者が大統領の職に就任すれば、
側近は、その不適応に驚き、呆れ果て辞任をする。当初の側近は、ほぼ全員が
辞めていったが、本人は何とも思いはしない。その本音は、「わしファースト」。
大統領の権限は、弾劾で辞めさせることも不可能に近い力を持っている。
そして、次の大統領選挙に、その権限を使って当選するつもりでいる。
その背景の白人第一主義の岩盤が基礎にある。アメリカンドリームの体現者
であるトランプは、岩盤に貧困層の白人を加えて次期大統領の座を、恰も
当然のように狙う。黒人のオバマや、女のクリントンより、支持者には、
まだ真面と思えるため。憎い中国や北朝鮮、ロシアを叩くには粗野なトラが
まだマシと。安倍は、このトラ扱いにはウッテツケのようだ。
来年は、その意味で米国大統領選と、東京オリンピックと、EUの崩壊と、
中国の政治的不安定?そして韓国の大混乱を含めて、何やら怪しげな区切りに
なる節目の年。 オバマ大統領の三選はないが、もし3選ありと仮定したら、
「トランプが良かった」と米国民が思っても不思議でないと思えるのは、如何して?
  まあ、世界のトップが何?なだけに、来年が面白そうだ!

・・・・・・
5718,閑話小題 〜アメリカ大統領選挙
2016年11月10日(木)
   * 「もしトラ」が現実に!で、どうなる?
 日本国内で「もしトラ(もしトランプが勝ったら)」という言葉が飛び
まわっていたが、日本や、ニューヨーク市場の株価からみて、「もしトラ」は
無いと思われていた。トランプ自身、よもや勝利するとは思ってもいなかった
から、好き放題が言えたのである。二人の候補の罵り合いをみて、アメリカの
凋落そのままが現れていた。政治経験のないトランプが共和党の大統領候補に
選ばれること自体がアメリカの恥。彼の暴言がアメリカ白人の本音とすれば、
この方言が、今後、政治に露骨に反映されてくる。ロシア、中国は、強権国家。 
日本も保守派の阿部首相が政権をとったのだから、アメリカが対抗するには、
独裁者風の人物がなっても、何ら不思議ではない。15%を占める黒人が8年間
も現職大統領なら、白人の怒りが蓄積さて自然。それにしても、「隠れトランプ」
が、これほど多く存在するとは、驚きである。フィリピンの、あの大統領をみて、
トランプと重ねみれなかったアメリカの文化度の低さが露呈してした。 彼が、
方言のまま、政策を実行すると、まずは日本が、その犠牲になるのは自明である。 
 〜流れは、こういうこと。
<ドイツ移民の血筋のゲルマンが、白人優位主義と、アメリカ孤立主義を掲げ、
 中・下層の白人の積もり積もった不安心理につけ込んで、ホワイトハウスを
 乗っ取ったハリウッド映画並みの珍事。 小ブッシュが世界を大混乱を
 生じたのを、何とかオバマが修復したが、この男が、根こそぎ叩き壊す
 4年間の始まり!> 
演劇としてみれば面白いが、これが現実となると。直近には、政権交代後、
トランプと中国が裏取引をした上、尖閣列島を占拠する可能性がある。
そして、沖縄も、独立派を煽り、独立運動を起こし、乗っ取りを画策する。
その間、東京オリンピックに浮かれ、終わってしまえば、大不況。
現在の韓国の惨状に少し形を変え日本社会に現れ出ても何ら不思議でない。 
 5年後には、「アベノミックス? 何それ」で、遠い彼方になっている。
中近東、欧州に次いで、アメリカにも移民による暴動の日常化の火がつく? 

・・・・・・
6450,閑話小題 〜ゴンドラの話
2018年11月10日(土)
   * ゴンドラとロープウェイ
 先日の湯沢の紅葉観光で乗ったのがゴンドラ。
先年行った北イタリアのスイスアルプスを臨む時に乗った360度展望のものが
ロープウェイ。ゴンドラとロープウェイの違いをネット検索すると…
 ・ロープウェイ
支索(上側の太いロープ。これは動かない)と
曳索(えいさく:下側の細めのロープ、これが動いて引っ張る)、
平行索(これも引っ張るロープ)を使うもののようです。
曳索は山頂側でロープを巻き揚げ、平行索は山麓側で重りなどを使ってロープ
を動かす。 曳索と平行索は1つだけの場合と、両方使う場合がある。
支索や曳索の数はそれぞれ2本ずつ使うこともある。
 ・ゴンドラ
支索、曳索、平行索を兼ねた一本のロープで支えつつ牽引。
場合によってはロープが2本ある場合もある。
この仕組みのため、運転にも違いが生じます。
 ――
▼ ロープウェイの場合、片方が降りると片方が昇る、交互運転が多い。
 ゴンドラの場合は、1本のロープが循環してぐるぐる回る4〜8人乗りの小型。
出発地点と到着地点を循環する。北イタリアのアルプスを巡るバスツアーの
ドロミテ街道で、ゴンドラを彼方此方で見かけた。建設コスト格安のためか。
 日本最長の湯沢・苗場のゴンドラは、全長は5,481m。その間に、35本の立柱が、
大よそ150m間隔にあって、それぞれに35:01とかのナンバーが表示してあった。
 スイスは欧州の観光地への道路のインフラを100年、200年かけて、国家事業とし、
道路、鉄道建設をしてきた。しかし、今では、出発と到着地点に基地を設けて、
あとは立柱を立てて最短にロープで結べば、建設コストが数十分の1、数百分の1
で済む。成るほどドロミテ街道など、観光スポットが無数にあるところで、彼方
此方に見かけられる筈。 遊園地感覚で壮大な景観を見られるところが良い。
来年の紅葉狩りは、早朝に出発し、田沢湖コースを兼ねてになりますか!

・・・・・・
4621, 2000年前のポンペイー7
2013年11月10日(日)
  * ポンペイの迷子
 二回目のポンペイで、あわや迷子になりかけた。1989年に会社でスペイン
ツアーに行った帰路のローマでフリーの一日。20数年ぶりに再びポンペイを
見たくなり、オプショナルツアーに参加した。ところがバスに乗ると日本人は私、
一人だけ。往路の高速道路が大事故で渋滞。おまけに前日、ルーマニアの
チャウセスクがクーデターで殺され車中に殺伐とした雰囲気が漂っていた。
で、ポンペイ。急ぎ足で、まわっているうちに、グループからはぐれてしまった。
そこは、世田谷と同じ広さ。直ぐに見つけなければツアーバスで帰れない。
背筋が凍りつく思いで、駆けずりまわった末、辛うじてグループを見つけた。
帰りのバスで、「あのまま、はぐれていたら、翌日のローマの出発に間にあわ
なくなっていた」と、考えたら脂汗が出てきた。ツアーとて決して甘くはない。
 ところで、三回目のポンペイで、家内がツアーからはぐれてしまった。
それも、夕刻。バスが次の目的地パレルモに向けて出発しようしたが家内が
居ない。トイレと思っていたが、途中ではぐれていたようだ。その時の、
添乗員と、イタリア人ガイドの慌てようで、ことの重大さを知った。
ところは南イタリア、それも薄暗くなりかけた遺跡である。館内の職員全員と、
警察のパトカーが駆けつける大騒動。一時間以上ほど探したが見つからず、
添乗員が、まさかと、移動予定の一時間先のホテルに電話をしたところ、
本人は着い部屋にいるという。はぐれた直後、暫くそこにいたが、心細くなり、
他の団体の後について、出口に出た。そこで待ったが見当たらず、近くのGSで、
事情を事情を話している時、たまたまタクシーが来た。そこでアマルフィーまで
値段交渉をして、宿泊先のホテルに行ったという。直ぐにホテルから添乗員の
携帯に電話するのが、当然だが、動転していて、ただ、ボーッとしていたとか。
バスで待っている間、ツアー仲間の冷い視線の中、ひたすら待つしかなかった。 
家内は、殆ど娑婆経験が無く、万一の備えの観念が皆無。旅行中には、
まずは添乗員から目をつけられる。彼らは、そういう人を数人、把握。
二割の人が、八割の問題を起こすことを学んでいるからだ。移動とか食事時間
に、常に遅れてくる。40回近く、数百回、注意しても治りはしない。
以前もアテネの・・ これだけ迷惑をかけても、翌日の夕食時間に遅れるのだ
から、大したもの。で、夫婦連れのツアーは、途中から、別々の単独ツアー
になっていく。一つだけ自慢が出来ることは40回近くの夫婦連れ海外旅行経験。 
今までのツアー仲間の最高が8回。その間に、二人の間に、自然発生的にルール
が出来ている。「互いに(単独旅行者と割切り)頼らない」こと。
何度もツアー仲間に、「どういう御関係ですか?」と聞かれている。
移動と食事以外は、単独でいるため。これまで二組、夫婦別室がいた。
そこまでは、してない。これも慣れと訓練!その時、懲りない家内に
「ざまをみろ!」という気持ちが何処かにあった。 が、誰かに
見透かされていたようだ。で、一日もしないうち、全てを忘れ、彼方此方で
笑い声を上げていた。  (*∠_*) ダカラドーシタ。で、人は生きられる!
で、以下の内容に続く! 偶然だが!


7179,閑話小題 〜同級生の葬式

2020年11月09日(月)

    * 先日、SJで、
◉ そろそろ帰ろうかと身支度を始めた頃に、40年にわたる数回の同級会
(幹事会を含む)の固定メンバーの女子が亡くなったと、SJメンバーから声を
かけられた。土曜の夜が、通夜で、翌日の日曜日が本葬という。
<あんたは、当然、行くでしょう。出なかったら化けてくるわよ!>と… 
化けて出られる身の思いもないが、100回近くは酒席で同席した仲なら当然と…
典型的500m圏内で生きる長女で、陽気な婿取り娘。世間話にコトは欠かない。
数年前に連れを亡くし、そのショックもあり、軽い痴呆症気味。前回の寄合には、
欠席していた。昨日の本葬には、50人位が参列。中学同期生が10数人。
 
◉ 従姉、姉たちも、ほぼ80歳代に入ってしまった現在… 75歳アラウンドも
 晩秋から冬景色という気配か! 腰痛で前屈みに曲がり気味の上に、痺れが
加わる。話題は病と死亡が中心となる。体調の変化に気持ちが追いつかない。

 ――
    * トラから刃(権力)と爪(資金力)を抜けば…
 アメリカ大統領の結果がジョー・バイロンの勝利で終わった! 
というよりトランプの自滅! としても、トランプの岩盤支持者の多さに驚き
ざるを得ない。建て前そのままを実行しているだけだが!一歩、国外に出ると、
そこにあるのが、白、赤、黄、黒人の混合社会。何やら、常に異種の目線に
見張られているようでもある。 今さらだが、アメリカは白人と資本の第一主義
で成立する国家。アメリカの本音といえば、赤、黄、黒を地域別に分けて管理
すること! 有色人種の男は、如何に美人の白人をモノにしたかが自慢のタネ! 
 入植当初の100年で戦争や虐殺を上回る猛威で、驚愕する数のインディアンが
死亡で人口は30%を下回るまで激減した。 その数が北米だけで、1000万近い
インディアンが虐殺された。オーストラリア、アフリカも! 
中国本土も、その対象に。その渦中で、日本も、太平洋戦争の敗戦までは、
独立を保ったが、今ではアメリカの?? 
その中でトランプ崩壊の悲喜劇がライブで… さて如何なることに?

・・・・・・
6813,閑話小題 〜映画評: 「ターミネーター ニュー・フェイト」
2019年11月09日(土)
   * 老いの行末は、オタクモですか
 老いの風景は、寝たきりでなければ、御宅ということ。アメリカの統計で、
リタイア後の人たちの7割が、年金暮らしもあるが、スーパーか、コンビニ以外
は、家に閉じ籠っているとか。、日本も同じ? キリスト教の影響もあって、
神に祈るアメリカ人とは、群れを好む日本人とは、違うのだろうが。 50、60、
65,70歳から見える社会と、それぞれの年代の自分が、それぞれ初体験なるが
故に、面白いやら、哀しいやら。年寄りは肉体に比例して精神も緩んでいく!
内語で自らに「ガンバレ、ガンバレ」と、むち打ち、そして老いを諦念し、
とにかく一日を感動し、楽しむしかないのが実情だが、それが面白くて堪らない
のは、65歳時に発てた少しキツメの行動習慣のためだろう。 晩酌は旨いし、
TVや、PCは面白いし、読書も、ミニチャリも、毎日が新鮮。 人生を振返ると、
ストレスも多かったとしても、恵まれて面白かった手応えがある。 現在も
同線上にある「二度とない人生。楽しんだもの勝ち」。直にプッツンだもの。

 ―
   * 映画評: 「ターミネーター ニュー・フェイト」
 みる度に、アクションが激しく、面白くなっている。初日もあってか、
100人以上は入っていた。(地元では100人は多い方) 同年代が多いのは、
シリーズ・モノで6作目もある。ここで悪役が破壊されても、何度も生き返る
不気味さがある。 最近、TVで放映されてもみることがなかったが、何故か、
衝動にかられて、みてきたが…  ストレス解消には良い! 評価:85点。
 ―
≪  解説
ジェームズ・キャメロンが生み出したSFアクション「ターミネーター」の
シリーズ通算6作目で、キャメロンが直接手がけ、名作として人気の高い
「ターミネーター2」の正当な続編として描れる。 キャメロンが
プロデューサーとなり、「ターミネーター2」以来にシリーズの製作へ復帰。
「デッドプール」を大ヒットさせたティム・ミラー監督が新たにメガホンを。
人類滅亡の日である「審判の日」は回避されたが、まだ危機は去っていなかった。
メキシコシティで父と弟とごく普通の生活を送っていた21歳の女性ダニーの
もとに、未来から最新型ターミネーター「REV-9」が現れ、彼女の命を狙う。
一方、同じく未来からやってきたという女性戦士グレースが、ダニーを守る
ためにREV-9と壮絶な戦いを繰り広げる。 何度倒しても立ち上がってくる
REV-9にダニーとグレースは追いつめられるが、そこへ、かつて人類を滅亡の
未来から救ったサラ・コナーが現れる。リンダ・ハミルトン演じるサラ・
コナーも28年ぶりにカムバックし、シリーズの顔であるT-800を演じる
アーノルド・シュワルツェネッガーも出演。         ≫
 ―
▼ 年齢もあるが、大画面でみる、アクションは、時どき目を瞑ることが
 多くなっている。地球外生命体なるが故に、その残忍性を和らげてくれるが、
それでも正視できない場面がつぎつぎに続く。自宅では、TVで、刑事モノの
アクションや、プロボクシングを連日のように見て、刺激を受けているため、
退屈というのは全くない。結局、縛られるのが、最小で、一日を刺激的に
過ごせるためか! 愉しみ周囲を見渡し、探せば、幾らでもあるから不思議。
  
・・・・・・
4987,閑話小題 ー 一日の閲覧者が、実は7倍の350!
2014年11月09日(日)
  * 一日の閲覧者が、実は7倍の350だった!
 晴天の霹靂である。Yahooの「バードウォッチ」が20〜40の閲覧で、
エンピツのサイトが40〜50の閲覧。これは重なっている。それからみて、
「Hatena::Diaryは、同じだろうと、検索数を、バックアップ用
でもあり、開設以来の7年間、一度も調べてなかった。
 ところが数日前に何気なく調べたら、(総検索数を7年×365日で割った)
一日、300近く。何かの間違いだろうと、この数日、日ごと調べたら、
7年間の平均と同じ検索数。多くて50〜60と信じていたが、実際は350
の検索があったのである。見続ける多くが決して好意的でない? とすると、
少し恐ろしい気がする。悪意の視線を意識してはきたとしても・・ 
学生時代から、こと批判に関して、多くの人に重すぎる?と言われてきたが・・ 
何気なく知人に聞くと、殆どが見続けているという。それにしても50〜60
は少ないと思っていたが、実は7倍の350以上の閲覧とは驚きである。
未来の自分への憶え置きと、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、
墓場として、書いてきたため、あけすけの内容になっていたが、周辺の知人
の50〜60人なら、まあ、いいだろうと・・ 
 全力で親しい友人に「とっておきの話をする感覚」で、5000日近くも、
面白おかしく書いていれば、この閲覧数は不思議でないが。それも三年半前
からは、ライブで、めったにない特異体験の生中継である。血だらけの手
(こころ)で、有りのままを、その血で書いていれば、第三者からみたら、
これほど面白い内容はないだろうし、心の歪みの露出が、そのまま現れ
出ている。特に、その特異の歪みが面白いのでは。
 ところで10年位前、毎日新聞の記者から、何気なく書いた内容を指摘され、
「それを更に聞きたい、それにしても凄いことを書いてますね!」という
電話があった。そこで慌てふためき内容を書き直したが。もし積極的にネット
上に打って出れば数千は可能?ということか。間違えても、出るつもりは
ないが、もしかして心境の変化がある? それぞれが特異点であり、
そのままを書けば、特異のブログになるはず。
 < ところで、こうとも考えられる。10数年分の随想日記が、
コピーしてあるため、「Hatena」の読者のキーワードにヒットしていて
大部分が見てない可能性がある。いずれにしても、ネット上は、こんなものか>
・・・・・・
6449,閑話小題 〜10日遅れの湯沢の紅葉へ
2018年11月09日(金)
   * 秋晴の、非日常のドライブの旅
 昨日の9時ごろ、急に家内が
『湯沢苗場のドラゴンドラの紅葉が素晴らしいとTVで見てネットで調べたけど
せっかくの秋晴れ、今年最終の紅葉でも見に行かない! 今日、行かないなら
明後日に独りで、‘普通列車・二日間乗り放題のチケット”で行くつもり。
どうする? あんたはせいぜいスポーツジムに行くくらいでしょ!』と。… 
 この数日、腰痛も出ているが、この秋晴れ! 車で遠出のドライブも、この
数年してないし、湯沢なら丁度よい距離。 途中で気が変わったら、川口の棚場
で鮎でも食べて帰ってくればいいと、日常生活に非日常の「苗場の紅葉かりへの
ドライブが決まった。全く知識も情報なしの突然の出来事。
 苗場の西武プリンスホテル近くの駐車場にある受付で、入場料2600円を払い、
ロープウェイの乗場まで5〜6分ミニバスで送られ、待つことなく4人乗りドラゴン
に2人が乗せられた。 
 全長は5,481m。日本最長の苗場ドラゴンドラ。片道の乗車時間は25分もあり、
秋の紅葉が素晴らしいと… 2600円は、ちと高いが、これだけの景色なら良しと
しなければ。麓は、まだまだ紅葉だったが、登るにつれて、ほぼ紅葉が終わって
いたことに気づく。それでも、全く失望しないだけのパノラマが広がっていた。
車で二時間なら来秋の10月半ばに来るだけの価値はある。 
成るほど、「よく見れば薺花咲く垣根かな…」。
10時に出発、宮内の青島でチャーシューラーメンを食べ、帰宅したのが17時半。 
7時間半の非日常の世界の物語。 家内の突然の提案後、30分ほど間をおいて
考えたのが、
<この年齢、何があっても不思議でない、次の機会は、あるかなし!
 いま行かないと後悔、先に立たず。そうして、今まで生きて、今さら
 何を躊躇する!>の大げさの内語。 突如の決心の場合もあったが…

☆ 『今日か、明日行きたい?』 
 『是非行ってらっしゃい。そこでなくとも!』
『次は、ほぼ無いですよ』 若い人ほど、それが言える! 
『いま、しておかないと、永遠にしないことになりますよ! 今しておく
 繰返しが、人生。老いてからの後悔ほど、哀しいことはない。』
それにしても、老いは哀しいものです。無為の人生。その内側たるや!
 一つ間違えると、建て直すに、それは膨大のエネルギーを要する。
だから、万一の備えをすべきということ。
誰に言ってるの? 自分でしょ。自分へですよ。 
何か間違えてるっじゃないですか? さて、 ポタリング! へ。

・・・・・・
5352,浅田次郎の人生相談 ー日々を無気力に過ごしていますー
2015年11月09日(月)
            ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著
  * 旅すれば、内向きの自分が解放される
 学生時代の二年まで、学生寮とクラブの世界で、都会生活の日常に飽き
あきしていた。しかし、二年生の夏休み前に(何度か書いた)、人生の将来
設計のレポート提出を、「キリスト教倫理」の教授の宿題を出されて、
自分の先行きを人生で初めて真剣に考えて提出をした。タイミング良く、
その夏休に、寮の(10年位年上)先輩夫婦が、軽井沢の『友愛山荘』という
宿舎のペアレント(管理人兼マネジャー)をしていた因縁で、二年先輩の
Kさんと、手伝いにいくことになった。ところが、その一ヶ月間の、楽しく、
面白かったこと、この上なかった。若い女性が何かロマンを求めてくるのを
相手に、夕食後、歌ったり、踊ったり、ゲームの相手をする。 それまで、
寮も、クラブも男所帯が、全く違った世界の日々を味わうことになった。
その時の、ある出会いで、翌年、「30日間・欧州一周旅行」に参加する
ことになり、人生観が一変した。 寮に、クラブに、クラスに多くの友人が
存在していたし、進級ごとに、アップスケールをしていた。要するに、
恵まれていた。  〜まずは、その辺りから〜
  ●質問: 日々を無気力に過ごしています(19歳男性・大学生)
≪「この春から上京してきましたが、大学デビューに失敗し、自宅と
 キャンパス、あるいはバイト先をただ往復する毎日を過ごしています。
夏休に入っても、サークルにも所属していないし遊びに行く友達もいません。
このままではまずいと思うのですが.何かきっかけが欲しいです。≫
  ●回答: 旅をすれば、内向している自分が嫌になる
≪・次郎: バイト代貯めて旅行でもなんでも行ってくればいいじゃないか。
 何をうじうじしてるんだ。若い人はね、外国へ行くチャンスがあったらどん
どん行きな。僕らのころは高くてなかなか難しかった。ここまでいろいろな
投稿を見て感じるけど、細かいことでぐずぐず悩んで内向している人、多く
ないか? そういう人は外国へちょっと行ってこいって。自分の心が開かれる。
外国がいいってわけじゃないけど、内向している自分が嫌になるよ。
それは旅の功徳です。
・太朗: 国内旅行はいかがでしょう?
・次郎: 国内旅行はもっと大切です。若いうちに遠いところだけ旅して
 日本のことを知らない人は、結局外国に行っても何もわからない。
近いところから遠いところに足を延ばしていくというのが、理想的な手順では
あると思います。まあ国内でも海外でも、自分の知らなかった世界に触れて、
小さい自分を吹き飛ばしてきなさい。行ってらっしゃい。≫
▼ 大学の醍醐味は、サークルである。そこに入らないと面白みは半減して
 当然のこと。まだ遅くはない、何かのクラブでも、ゼミに参加すること。
そして、大学生活の目的を早々に定めることだ。学生時代の4年間は、あまりに
短すぎる。 大学は各地の様々な人が、学問を学ぶという建前で、自由に学び、
遊ぶところ。とにかく、クラブに入ること。胸襟を開いて、対話が出来るのは、
この時期ぐらいである。 世の中には、本当に「変わった人」が、多くいる。
その一人が「自分」でもある。そこで自分の硬いバイアスに気付くことだ。
そして、これを一生かけて壊し続け、新たな自分を導きだしていくのが人生。
今さら、その手を緩めることなど、出来ようはずはない。
 先回で、少し下げた目標回数50回目のツアーに行って、自己を達成した。
若い人だけでなく、外国からの視線で逆照射をして、自分と、所属する世界を
見直してみる必要がある。そうすれば、9割以上を占める、『世間人』の
バイアスと共に、己の枠が鮮明に浮び上がってくる。それに、少しでも気づく
か気づかないで、その人生は変わってくる。 私の人生で、20歳の頃に、
そのバイアスが、一度、粉々になったのが、人生で一番の収穫だった。
『世界は広く、深いこと』に、まず気づくことが大学生活の絶対なこと。
その為には、ありきたりだが、『感動、感激、感謝』の質量の絶対量を
確保することだ。 それは日常には無い。それは、『非日常』に埋まっている。
学生時代は、人生の中では『非日常の時節』である。それは自ら探さなければ。


7178,読書日記 〜『人間はなぜ<神>を生みだしたのか?』 〜2

2020年11月08日(日)

           【『人間はなぜ<神>を生みだしたのか?』】
  神様誕生を紐解くと、原始人の呪術から帰来するという。人間という生命
誕生の背景には、生命誕生以来の20数億の進化の過程がある。後期高齢者の一歩
手前の年齢になって、自分とは何だろうか?と、改めて問う機会が増えている。
宇宙の彼方から飛来した岩石と供に、地球にやってきた説とか、海の奥深くの
泡から、細菌が誕生したとか、未だに、これは!という説が定まってない。
そこで、神様たる存在をイメージした‘人格神’を創造したのが尤もらしく
信じられている。としても、不思議な知的存在の人間は、如何して誕生したか、
不思議である。 〜その辺りがネットで、理路整然と説明してのがあった〜
 
≪  ☆ 自然崇拝から人格神の誕生へ!
 自然崇拝から人格神の創造へと向かった人類の宗教意識の変遷を辿る本。
 説明は分かりやすく、かつ面白い。
�ー�然崇拝(アニミズム)が宗教の起源である。アイヌの人々は、クマを聖なる
 動物と見なす。そこでクマを殺してその魂を異界へ送るイオマンテ(クマ送り)
の儀式を重視した。クロマニョン人が遺した『ラスコーの壁画』に描かれた野牛
や鹿もまた聖なる動物であった。聖なる動物を壁画に何度も描いて狩猟の成功を
祈る聖なる儀式が洞窟壁画が遺された理由である。
�⊃由平世料和い蓮�古代エジプト王が太陽神の子と見なされたことが起源の一つ。
 王の墓としてピラミッドを遺し、魂が戻る場所として肉体をミイラにして遺した。
��聖霊=父なる神=子なるイエスを同格とみるアタナシウス派の三位一体説は
 正統教義としてローマ・カトリック教会に認められたが、教父による教義研究
(神学)の成果である。イスラーム神学もそうである。スコラ哲学は信仰と理性
の調和をめざすが、アリストテレス哲学を基盤に難解な宗教理論が成立した。
�て�本仏教では、理想の人間像(真理を悟った人間)である仏陀を神格化する
 傾向か見られた。真言宗(密教)には大日如来を宇宙の真理として神格化する
傾向が見られたし、浄土真宗では、阿弥陀仏を神格した。日本における神道は、
神仏習合によって仏を神と見なす傾向を生み出した。昔から「神仏」と表現し、
仏を神と同一視する慣習があった。
『法華経』では、仏陀の下に菩薩や阿羅漢、比丘など様々な階層の修行者を
設けたことが、仏陀を超越的存在に押し上げたのである。
こうした日本仏教史の歩みを見るにも、本書が参考になる。≫
 ――
▼ 21世紀に入ってから、多宇宙論が語られるようになった。10の200乗とか、
 10の500乗とか。当然、それらの創造主の問題も出てくる。いや、そんな
広大な宇宙の創造主など存在するわけがないとも考えられる。蟻には蟻の存在
価値がある筈。蟻なんぞに、ある必要がないとも考えられる。人間は、言葉を
持ってしまい、その組合せで、その場だけでない他の時空に情報の通知が可能
になった。そこで、何ゆえに、私たちは、此処に存在するか、価値基準などを
考え始めた。そして、それらを決める『神』の存在を直感するようになった。
それ以前に、弱肉強食の世界で生き残る必要があった。そして、生き残って
考えることは… 何ゆえに生きるのか? 勝ち残った私は、何故に生きていく
のか? そして自然崇拝から、そのヒント見つけようと… 

・・・・・・
6812,閑話小題 〜 賞金が2臆じゃ、頑張るは!
2019年11月08日(金)
   * 異次元の強さの井上もドネアには…
 「井上の実力からしたら、その力の差は歴然としている」が、前評判だったが、
賞金が賞金だけに、ベテランのドネアも、踏ん張った試合であった。賞金が2臆
じゃ、頑張るは!今ではWowowoで面白いのが放映しているため、YouTubeを含めて
面白い試合を観戦可能。デビュー以来、15戦全勝と、7割KO率の全勝チャンピオン
との対戦で… 最後は挑戦者の勝利> とか。YouTubeでは、ヘビー級のKO集
とか、逆転KO集とか、それは面白いのが目白押し。
  〜ネットニュースによると…
《 バンタム級決勝が行われ、WBA・IBF世界同級王者・井上尚弥(26)が
3−0(116−111、117−109、114−113)の判定で、WBA
世界同級スーパー王者のノニト・ドネア(36)=フィリピン=を破り、優勝。
2回にドネアの左フックでキャリア初のカットを負った井上は5階級制覇の
ベテランの底力に苦戦を強いられる。苦しい展開の中、11回に右アッパーから
の左ボディーでダウンを奪い、再開後もKO寸前に追い込んだ。驚異的な粘りを
見せるドネアをKOすることはできなかったが、判定でバンタム級最強を証明。》
 ―
▼ 21時過ぎると、睡魔で寝入るが、22時半近くまでTVに見入ってしまった。
 まあ、幸せなこと。 試合としては面白かったが、KOでなかったのが少し
悔やまれる。まだノビシロがありそうな井上選手、主戦場がアメリカに移動する
のだろうが… 世界は広い、途轍もないのが隠れていて当然。で、起床が一時間
遅れの4時半で、このネットへの上奏が、この時間になってしまった。
 
 ―  
   * 何かうら哀しいインタビュー
 駅前や街中で、NHKの「ガイロク」など「一言インタビュー」が大流行り。
最近、印象に残ったのが、公園や川辺のヤツレタ中高年の男たちの愚痴。
「何にもするでなし、毎日がつまらない」「死んでしまいたいが、死なせて
くれない」「人生、ちっとも良いことがなかった」など等… つづく。
 しかし、「こうしているのが好きなんだ!」もあった。これは名回答!
それが全身から滲み出ているから、なる程と納得する。図書館で読書をすれば…
と、教えたくもなるが。無為に過ごした人の老後は、それは厳しいというが。
人生の面白いところは、「人生二度無し」の一回性に。これが解ってないから、
「世間人」に成り下がる。いや、なり上がる。

・・・・・・
5716,フラッシュバック
2016年11月08日(火)
   * フラッシュバック
「フラッシュバック」について何回か書いてきたはずと、HP内を検索すると、
幾つか出てきた。人生経験を積むにつれて、過去の行蔵に反省、独り赤面する
ことが多くなる。振返って見える自分は、知識・経験の少ない「若造」である。
 老いるにつれ、フラッシュバックが変形して、妄想化していく事例を幾つか、
見聞きしたことがある。「心に疚しいことや、後悔することはしない!」を
行動規範にしてきたが、振返りみると、多くの人たちを傷つけてきた。
このブログでも現在進行形? 現在も、そのフラッシュに悩まされる日々。
 〜ネット検索すると、精神科医と思しき人の書き込みがあった。
≪ フラッシュバックとは、
 「過去の体験を連想させる」ような、「過去の体験を感覚させる」ような、
何かのきっかけに接した時、あるいは、何かそうした刺戟を受けた時に、
(これをトリガー「引きがね」と呼ぶ)「 あのとき 」と同じ感情や感覚が、
不意に甦ってきて、それによって、さまざまな反応を引き起す状態を云います。
 あるときテレビで、住宅街で爆発火災があったニュースが流れ、現場の近所に
住む老人が、「 爆発音を聞いて、太平洋戦争のときの東京大空襲の情景を思い
出して、こわかった 」と、震えながらカメラの前で語っていたのを、見たこと
があります。 フラッシュバックでは、このように、「あのとき」の情景や
記憶も、共に甦ってくるケースもあります。
 一方で、ただ感情や情動(あるいは気分の様なもの)だけが、生じるような
ケースも多く、そうしたケースでは、ご本人自身も、フラッシュバックが起きて
いる(いた)と、気づくことが難しくなります。 そのため、実はそれは
フラッシュバックの反応によるものなのに、「自分の性格のせい」とか
「自分がダメだから」と、悩んだり苦しんでいる方たちも、多くいる。
 更に、カウンセリングやクリニックを受診しても、フラッシュバックである
ことを見落とされ、「それはあなたの心のクセ」だとか「あなたの性格の問題」
とされて、治療やカウンセリングがいっこうに良い方向へ進まない、という
ケースがあります。
 【 フラッシュバックと感情(情動)】
感情とは、ご存じのように、怒り、恐怖、くやしさ、恥ずかしさ、悲しさ、
不安、などのことです。(よろこびとか幸福感も、感情に入る)
そして、感情のエネルギーのより強いものを「情動 」と呼んでいます。
強い感情や情動は、自律神経系などを通して、心身の反応を瞬時に引き起す
ことになります。それはフラッシュバックに限らず、発生する感情や情動が
強いほど、たとえば、動悸が激しくなったり、手足が震えてきたり、手のひら
に汗をかいたり、息が詰まりそうになったり、頭が真っ白になったり、ワッと
叫びそうになったり・・などの心身の反応を、様々に引き起すことになります。
つまり、フラッシュバックとは、過去の出来事や体験による感情や情動が突然
甦ることで、なんらかの心身反応が引き起される「 情動反応 」のことです。
パニック症状・パニック発作の中には、フラッシュバックによる反応が、
かなりの割合で含まれていると、考えられます。≫
――
▼ 心の傷は、何時までも残るもの。老齢化は、それに打ち負けていくプロセス
 でもある。老いるほど、遊びと学びが重要になるのは、マイナスの情動反応に
対して、若い気持ちと、体力が必要条件ということ。老いるとゾンビ化するのは、
その押しつぶされた退行状態。多くの感動体験が必要なのは、それらを中和を
させるフラッシュになるためである。幸せに生きた人は、幸せに死んでいく。

・・・・・・
4986,暴走する世間 −3
2014年11月08日(土)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著)
   * 世間学的エポケー
 節目時は、それまでを一度、清算して、新たな世界への区切りである。
その時に重要なのは、その時に感じたことを優先すべしというのは、現在の
私に言えること。その意味で、毎日、書き続けている、このブログは、大きな
役割を果たしている。だから、世間という幻想、幻覚に迷いそうな、いや、
迷っている自分を見つめ続け、世間学的エポケーの立場を守らないと、
その節目が薄れてしまう。 ーその辺りからー
≪ エポケーというのは、E・フッサールの現象学の用語である。
 エボケー{現象学的判断伴止}とは、自分がそれまでとらわれていた
主観/客観という世界認識の方法の自明性を、いったんカッコに入れるという、
世界像の判断停止のことである。これにならっていえば、自分がこれまで
自明であたり前だと思っていることの一切を、デカルトのように徹底的に疑い、
すべてをいったんカッコに入れる。 〜フッサールの現象学的判断停止
について、哲学者M・メルロー・ポンティが、次のように説明している。
< われわれは徹頭徹尾世界と関係していればこそ、このことに気づく唯一の
 方法は、このように世界と関係する運動を中止することであり、あるいは
この運動とのわれわれの共犯関係を拒否すること(フナサールがしばしば語って
いるように、この運勤に参与しないでそれを眺めること)であり、あるいはまた、
この運動を作用の外に置くことである。それは常識や自然的態度のもっている
諸確信を放棄することではなくて―それどころか逆に、これらの確信こそが
哲学の恒常的なテーマなのだ― むしろ、これらの確信がまさにあらゆる思惟
の前提として〈自明なものになっており〉、それと気づかれないで通用している
からこそそうするのであり、したがって、それらを喚起しそれとして出現させる
ために、われわれはそれらを一時さし控えねばならないこそそうするのである。>
 そのさいに重要になるのが、「内在」という現象学の方法である。
それによれば、自分の判断の根拠を、自分の「感じ」だけに置く。
いいかえれば、たいていのものは「可疑的」、つまり疑いうるが、疑いえない
ものがたったひとつあり、それが自分が「こう感じた」ということだという。 
簡単にいえば、他人がいうことではなく、「世間」の評価ではなく、自分が
素直に「感じたこと」だけを信じる、ということである。思いだしてほしい。
じつは、さきほどのべたように、これが阿部さんの「世間」論の方法だった。
自分が「感じた」ことだけを信じ、これに徹底的に言葉を与えてゆく。
すべてのものは疑いうるが、たったひとつ、疑いえないものがある。
それが自分の「感じたこと」なのだ。≫
▼「大病による長期休養」や、「長期間の旅」はエポケーになる。人
生には、一度、属している世界の外に出て、自分を見つめなおす必要性がある。
外側から、内側で「感じたこと」を感じなおす必要性である。以前から、小さな
洞窟内を自己に、その前にある湾を世間に例え、その外海を社会に例えていた。
自分(洞窟)と、世間(その前に広がる砂場)と、外界を見極めて、外から、
これらを見つめなおすことが必要である。所詮は、これらは集団幻想でしかない、
そのことを自覚するためにも! 
・・・・・・
6083,「砂の文明 石の文明 泥の文明」〜読書日記
2017年11月08日(水)
       「砂の文明 石の文明 泥の文明」松本健一(著)
 世界の「文明の衝突」を分りやすく説いた内容。砂、石、泥の例えが何とも妙。
人見知りもあり、パックツアーのシステムをフル活用をして、これまで51回の
海外旅行をしてきた。 パックとはいえ、そのエネルギーは膨大にかかる。
行先で世界の大自然、文化・文明を数多く見てきた。その中で、各地の住居は、
その周辺の物で作られた文化の象徴。エスキモーは氷で、チチカカ湖では、群生
している葦で浮島と家を作っていた。
 北アフリカや中東の動乱で、数百万単位のアラブ人が、欧州になだれ込んでいる。
当然、そこでは文明の相剋が出てくる。砂の文明は、金持ちが貧乏人に施すのが
当然というイスラムの教えがある。キリスト教圏は、弱者に施しの教えがあっても、
大部分の人にとって、自らの生活で精いっぱい。流民を見過ごす余裕などはない。
そこで人道上の問題もあって、郊外に仮説小屋を建て、囲いこむ。最近、トルコ
に資金援助をして、何割かを引き受けさせている。そこに欧州人と、アラブ人の
生活格差の問題が現われ出てくる。所詮、砂と石の文明は、体質が合わない。
砂の定義を調べると、<岩石が風化・浸食・運搬される過程で生じた岩片や鉱物
片などの 砕屑物から構成され、サンゴ・貝殻などの石灰質の化石片を含む …」
とある。砂漠の民が、石の文化と適応するには時間がかかる。
   〜Amazonの‘内容紹介’より
≪ 砂のイスラム、石のヨーロッパ、泥のアジア―
   ―文明の原点を風土に根ざした三つに分類。
「泥の文明」に位置付けられる日本の独自性に迫る。世界はいま「文明の衝突」
の世紀を迎えたという。だが「アメリカ中心の民主主義」VS.「野蛮なテロ集団」
という構図だけで、深層は読み解けない。ここでは、民族と風土のあり様を
三つのカテゴリーに分類。
 「砂の文明」としてのイスラム、
 「石の文明」の欧米、
 「泥の文明」のアジア。 そして、各々の本質が
<ネットワークする力><外に進出する力><内に蓄積する力>であることを
 考察。 著者は、「泥の文明」が生んだアジア的思考に、西洋文明を超える力
が秘められている、と語る。 世界を歩き、縦横に思索を広げた独創的文明論。
   ―主な内容― Amazon
【人はなぜ「不毛」な砂漠に住むのか/中国の「精神文明」、日本の「精神文化」/
「文化」は民族の生るかたち/「文明の衝突」はあり得ない/「アメリカ原理主義」
という病理/アラブの国境線が点線である理由/なぜ日本車が世界を制覇したのか/
日本文化の底層にあるインド文明/力のヨーロッパ、美のアジア/ など。
〜ヨーロッパ=石、アラブ=砂、アジア=泥。それぞれの文明の違いを著者の言葉
でわかりやすく述べている。 また、文化と文明の違いについての考察も興味深い。
文化=民族の生きる形、すなわちそれぞれの民族が固有に持っている個性的な
暮らし方であり、伝統であり、風習にほかならないという。
 一方、文明とは何か。普遍的なものであり、非常に使いやすいものだという。
それゆえにグローバルに浸透していく。普遍的なゆえに必ず滅びていく、つまり
新たな普遍的なものに取って代わられるということになる。全く同感である。
著者の教養がにじみ出ている書であり、特に泥の文明の記述は、さらに詳細に
知りたいという欲求を生じさせる。編集者がインドへ旅立ってしまったのも、
さもありなんと思う。あと一つ知りたいのはアメリカとヨーロッパの関係である。
単純に石の文明がアメリカに持ち込まれ、外へ進出する力がアメリカで働き
つづけているとすると、今のヨーロッパは過去から変化しているようにも見える。
また、本当にアメリカは石の文明が移植されたものなのか、アメリカという
土壌を得て別の文明と考えるべきではなのか。検証してみたい事柄である。】
―
▼ 泥は水分の混ざった土。土は腐った植物などで出来ている。人間の体質には
 土が理想的だが、地域により違う。欧米は、石、コンクリートの建物。日本は
木造づくり。石の文明は、あとあと残り続けるが、木は腐って土になるか、燃え
て消失する。すると、日本の文明は「木の文明」か。いや、だったか。
 まだ文明が出来て一万年も経っていない。森林の木から地上に降り、歩行を
始めて数百万年史か経ってない。 世界は知れば知るほど面白い。もっと味わう
べき。苦悩も喜びも、感動も感激のネタは幾らでもある。 ただ気づかないだけ。


7177,閑話小題 〜トランプの功罪は 〜2

2020年11月07日(土)

    * 昨日のトランプの記者会見で
 昨日トランプの記者会見の内容は、予測どおり! 前提の選挙そのものを
否定して負けたのは、それが故の論法。政府側の長たるトランプが、野党なら
いざ知らず、選挙システムを否定するのはオカシイ。 それは選挙前から政治
評論家が何人か指摘。<失策は全て他に転嫁する。今回は、不正投票だろう。>
潔くないのが、トランプ。一国の長たる人物のやることではない。こんな人物を
大統領に選んだ下層白人。 その彼らの無知を再び焚き付けて乗越えようとする
魂胆が丸見え! 裸の王様そのもの! ビッグベビーそのもの! 
アメリカも、ソ連邦のような崩壊に向っている! それにしても女々しい男! 
落選すれば大統領の立場で逮捕・訴追を免れていた悪行も丸裸にされ、袋叩きに
なるため、ジタバタするしかないのは解るが! この事態では、不吉の事態が
待っている。 下クラスの白人層でも、この不正を理解できるはずだが… 
 ―    
    * 再び、横綱不在の場所
 しがみ付いてる二人横綱の相撲より、居直って休場させておく方が良いと
判断したのだろうが… 休場しても収入保障があるならば、それは休んで当然。
所詮は興業! 居なければ、居ないなりに面白のが勝負ごと! 
 ―
    * シネマ評 〜『鬼滅の刃』
 昨日は、話題作の『鬼滅の刃』を見てきた。先週、他のシネマ館から出てきた
観客の熱気が直に伝わっていたので、観ることにしたが、シリーズモノらしく、
途中まで、何が何だか…? 途中から、大相撲、プロレスの観戦気分に切替て
みれば、それなりに面白い! 意味深長の心理学の用語と、解説らしき対話に
違和感があったが、シリーズモノなら頷ける。異世界へのトリップも、コツが
必要だが。在宅で、憂さが蓄積した人には、丁度いいのかも! 競合相手は、
生々しいライブのYouTubeである。昨日の夕方の映像が、マフィアの事務所を
急襲して次々と連行していく映像と、盗み出してバックで市街を逃走する戦車。
車と電柱を面白いように薙ぎ倒して市街を駆け巡る異様な場面が延々とつづく!
 ―
   * 在宅勤務は、成果主義にするしかない!
 コロナ禍の最大のプラス効果は、仕事の要所を在宅のまま管理すること!
これは、働き手にとっては厳しい! 仕事をしている風で一日を過ごすのも
厳しい。それが、職場から距離をおくことで、鳥瞰されるのだから! 

・・・・・・
6811,閑話小題 〜予測が外れたラグビー
2019年11月07日(木)
   * まさか、南アフリカが優勝するとは
 少し古い話になるが、ラグビー・ワールドカップ決勝戦までの両者の戦いを
見る限り、圧倒的にイングランドが優勝と思ったが、結果は南アフリカの優勝で
終わった。ベスト8の顔ぶれが、日本を除くと英国連邦の国々。体格からして、
日本は絶対不利の中で、よくぞ、ベスト8に勝ち上がったと、敬服する。
それにしても、世界的な力量のスポーツは、業種に関わらず面白い! これで、
プロ野球の日本シリーズや、大相撲の個人競技のブツカリあいが、萎んで見える。
大方のルールを理解していたが、細かいのを、ここで、知ることになった。
 ―
   * つれづれに人生…
 来し方と、現在と、そう遠くない未来の死を含めた人生を想念すると、
奇跡のように、何かから守られていた人生だったようだ。これが正しく『自分』
ということか、いや限界かと…。時代に、両親に、生活環境に恵まれ、守られて
いた奇跡のように輝いていた実感がする、この奇妙な感覚は… 事業結末いかん
に関わらず、こんなものと割切れるのは、それぞれの時節を十分に生きたため。
集団(世間教徒)から、距離を置いてきたスタンスも、老いてこそプラスに働い
ている。また哲学書を読書の中に取入れてきたことも。特にストア哲学の影響が。
これは、一種の心理療法、人生をより穏やかに過ごす、心理テクニック。
やっかいな世間人から逃れるための「閑」の確保。その代償が、冷淡で、薄情で、
人間性を失う。「自分を保つに、これしかなかった」とは、日々、口実の一つ。
 ―
   * トカゲも花束でプロポーズ?
        ネットサーフィンで見つけた面白い写真
《 イギリス「デーリー・メール」16日の報道によると、花で愛を伝えるのは
 人類だけではなく、動物界でも同じようだ。最近、ウクライナ人カメラマンが
2匹のトカゲのロマンチックな愛情ストーリを撮影した。1匹のオストカゲが
花の先頭までかけ登り、その花でメスのトカゲの注意を引きつけた。
メスのトカゲも花を登り相手の贈り物を受けとり、互いに見つめあって完璧な
ハート型を形作った。 愛情というものはいつも順調にいかない、メスのトカゲ
が突然植物から落ちように見えたとき、下にいたオストカゲが彼女の「手」を
握り、「美女を救う英雄」となった。》

 「2匹のトカゲのロマンチックな愛情ストーリ」と検索すると写真が…
         
 ―
▼ 写真を見ると、嘘だろうと… 如何だろう?
 
 ストア哲学の真逆が、去年の以下の哲学。 …これまた魅力的である。
同じ人生、隠遁的に生きるか、積極一貫に生きるか? 結果は同じだが!
時節で替えていけば、よいか! で、現在は、ストア的しかないので。

・・・・・・
6447,つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ
2018年11月07日(水)             
                「生きづらさからの脱却」岸見一郎著
    * 今でもバカやってんだ!
  人生を10年スパンで振返りってみて、
・10歳までは明るい性格だったが、
・小5の頃からの十代は母親が重度の欝病と、直ぐ上の兄や同級生からの虐めや、
 受験勉強もあって、アドラーのいう‘嘆きの谷’暗い10年間に迷い込んでいた。
・20代の‘嘆きの谷’から外に向け一歩踏み出せたキッカケは、20歳の夏休みの
「キリスト教倫理」の教授の夏休みの課題、【人生設計のレポートの提出】。
 まだ学生時代に馴染めず茫洋としていた私に、『将来設計、どうで生きる?』
 と、ナイフの切っ先を喉に突きつけられたようであった。 
その夏、学生寮のOBが夫婦でペアレント(管理人)をしている軽井沢の山荘で、
若い宿泊者や、ヘルパー仲間と夕食後に談笑し、様々な立ち位置や、生活環境を
話したり、聞きながら、ひと夏、自分の人生の方向を考えてみた。 いまから
考えると、最善の環境に引き付けられていた。様々な生き様が、学生仲間だけで
なく、一般社会の人たちの生の具体例の全てがヒントになっていた。
そこで得たのは、「自由に生きる!」「アイデンティティ(何もの?)」の問い。
 自由の第一歩が、「親からの自由」「血筋があればこそ、その人が存在する」。
都会生活に疲れ、癒しを求めてくる人の最初の質問は、『学生?社会人?』
『で、何処の学校、会社?』『どこの生まれで、実家は何している?』『趣味って
何?、クラブは何処に入ってるの?』が柱で、8割のレントゲン写真が出来上がる。
そこで、合せ鏡で自分の将来設計を考えた。あまりに丁度良いオープンハウスの
ような寮生活の上に、今度は、その垣根を超えた山荘で、様々な人種、それも
自由闊達な明るい未来を信じて笑っている人達。20歳は、孵化しようとする時節。
高度成長期の真只中、明るい未来が広がっていた。せっかく頂いた恵まれた立場
を活かすには、皮肉なことに両親の創業を間近で体験した修羅場の追体験の設計。
「創業を目指す」の柱が思い浮んだ。 その時、暗い神経質な性格の‘嘆きの谷’
から次の谷に踏み出した一歩であった。それぞれ人生の修羅場の時節でもある。
 その頃、母親に訪ねた、『どうして、こんなにしてまで働くの?』に、
『10人の家族が生きるに、人の何倍か稼ぐ必要があっただけ。それと、仕事の
拡大と同時に、人は成長するのよ!』 成るほどと実感した。
 家の事情で、急遽、Uターンで帰ってきた時に心に決めたのは、「嘆きの谷」
の人のこと。(当時は、この簡明な言葉を知らなかった) せっかく落とした、
重荷を、そのまま背負った、不吉な神に憑りつかれた悲観的過ぎる人たち。
他者の噂話、失敗に異常に反応し、その攻撃で無為の人生の鬱憤を晴らす。
 温暖化の影響もあり、以前ほどの積雪はないが、それでも一年の4分の1は
雪に閉ざされる。そのハンデを理由に何もしない不運を嘆く。その鬱憤たるや… 
問題は、鬱憤を他者に振り向け互いにヘドロに陥ってしまう悪循環に嵌りこむ人。 
 峠道には、‘嘆きの谷’だけでなく、‘喜びの池’もある。そこは森に覆い
隠された奥にあるため、一見、目立たない。それも、森に立ち入らない人には、
その存在に気づかない。隠れた池の近くに、「嘆きの谷」の道とは全く違う
ルートが存在する。その翌年、その道に初めて立入ってみた。 そこは
光り輝く別世界。それを哲学的に説いたのが、アドラー。
‘嘆きの谷’の患者治療から、心理学を発展させたのが、フロイド、ユング。 
聞くところによると、そこにも抜け道があるそうな。ただし煉獄か地獄への小道。 
時に天国? それも、これも娑婆世界。 踊るか、踊らないか? 決めるのは、
おのれ独り。

・・・・・・
2016/12/04
つれづれに哲学 〜嘆きの谷
               「生きづらさからの脱却」岸見一郎著
   * アドラーの「嘆きの谷」
 私がみるに、悲観的傾向が強い人が、女性で3人に1人、男性が4人に1人
の割にいる。その中で更に強い人は1割ぐらいか。知人にも数人、非常に悲観的
思考の強い人がいる。連れ合いとの不適性があるが、何もかもを悲観的に捉える。
ある婦人、目を見張るほど美人だが、いや、だった?が、常時、ウツ状態。
誰も躁鬱の波を乗越えて生きているが、問題はマイナスの程度。アドラーはカント
同様、クル病だが、そのハンデを乗越え、フロイト、ユングにつづく三大心理学者
の一人になっている。根には、「その程度のことで、何で落ち込んでいるのか!」
があるため、説得力が強い。 
  〜その一節から〜
≪ 世界を「嘆きの谷」と見ようとし、いつも苦しんでいる人がいる。
 アドラーはそのような人は「途方もない重荷を担って人生を歩もうと不断に
努力をする」と言っている。些細な困難をも誇張し、将来についても悲観的に
しか見ない。身のまわりで喜ばしいことが起ると不安になり、どんな対人関係
にも「影の面」を持ち込む。
 「嘆きの谷」という言葉は元もと旧約聖書の『詩編』に出てくる。
エルサレムに巡礼する人は、乾燥のため枯れ果てた谷底の道を歩まなければ
ならなかった。このような人が、世界を「嘆きの谷」と見ようとするのはどう
いうことか。アドラーの解釈と違って、『詩編』では、神によって勇気を出し、
広い道を見ている人は「嘆きの谷を通る時でも、そこを泉とするだろう」と
言われている。生きている限り、「嘆きの谷」を避けては通れないが、勇気
ある人はそれを「泉」と見るのである。ところが、この世界の嘆きの谷とみて、
どんな喜べる機会にも、「カッサドラの叫び」しかあげない人がいるとアドラー
はいう。ギリシャ神話に出てくるカッサドラはアポロンに愛された。アポロンは
カッサドラに愛を得るために彼女に予言能力を与えた。しかし彼女は、アポロン
の求愛を断った。そのため、アポロンは誰も彼女の予言を信じないようにした。
カッサンドラはトロイアの滅亡を予言されたが、無視された。
アドラーは、<この世界を嘆きの谷とみて、「カッサンドラの叫びしかあげない」
というのは、不吉なことしか言わないという意味だが、決して、トロイアの滅亡
を望んでいた訳でない。
 〜ネット検索に、「嘆きの谷」で調べると、
≪・アドラーは仕事の課題、交友の課題、愛の課題という人生には避けては通る
 ことができない課題がある、という。これらの課題を解決する能力がないと
 考える人は、なんとか理由を考えて、人生の課題から逃れようとする。
・アドラーが「劣等コンプレックス」という言葉を使う時、次のような意味と
 して使っている。すなわち、「Aであるから(あるいは、Aでないから)、
 Bできない」という論理を日常のコミュニケーションの中で多用するという
 意味である。このAとして他の人がしかたがないと納得しないわけにはいか
 ない理由を持ち出すのである。
・神経症はこの劣等コンプレックスに他ならない。人生の課題を前に直面しよう
 としなかったり、「ためらいの態度」を取って立ち止まる。「はい〜します、
 でも、(yes...but)といって、結局課題に取り組まない。神経症に限らず、
 人は意識しなければ、すぐに「でも」といってしまう。
 <何かをしようと思う、しなければならない、「でも」と…>
・カウンセリングの時、あまりに頻繁に「でも」という人があって僕はその人が
 「でも」というたびにカウントすることにした。本人はそのことを意識して
 いなかったからである。やがてこんなふうにいわれるようになり、次第に
 この言葉が用いられる回数が減っていった。「まだ今日は一度も『でも』と
 いってませんから、一度だけ『でも』といわせてください」
・人生の課題に挑戦する時、失敗すること、敗北することを恐れる人は、課題
 から退却しようとする。何をする時にも必ず成功しなければならない、と考え、
 成功するという保証があれば挑戦する。しかし失敗が少しでも予想され、
 成功することが確信できなければ最初から挑戦しようとしないか、失敗しても
 そのことによって致命的な打撃を受けることがないように、いわば綱渡りをする
 人が転落することを予想して下にあらかじめ網を張っておくようなことをする。
 症状はこのような目的のために創り出される。
・人生の課題を前にして敗北を恐れる人は、課題に挑戦することを回避する
 ために時に神経症になって、「足踏みしたい(時間を止めたい)」と思う、
 とアドラーはいう(『人はなぜ神経症になるのか』)。
――
▼ 上記の「カッサドラの叫び」しか上げない人に、マイナーな視点の話題を
 ふると、大きく首を振り、どんどん話が進む。何処にも、『内幕情報屋』が
存在して、ネタを探し出して人の懐に飛び込む。それが、万引き、置き引きと、
同じくらい、いや、それ以上の犯罪行為でしかないことを知らない。で、その
毒は、喜んで聞いてしまう方にも、同様に罪になる。誰もが持っている要素
だから始末が悪い。

・・・・・・
2016/11/12
嫌われる勇気
       『嫌われる勇気 〜自己啓発の源流「アドラー」の教え』
 都会では目立たない「個人主義」を地方で貫けば、「大変な人」として
忌み嫌われる。「郷に入っては郷に従え」だが、どうしても露見するのが
地方の生きづらさ。これは、そのまま欧米社会と日本社会に、スライドする。
 それでも、31年間、職住分離だったためかファジーだった。
二人の青年の対話が、そのまま、青年と哲人とも、現在の日々の自己対話
に近い。更にいえば、これを20歳の立志から続けてきたことになる。
普通の生き方では、世間に押しつぶされたIT(こいつ)になる。  
   
  〜まずは、Amazonの「紹介内容」より
≪・フロイト、ユングと並び「心理学の三大心理学」と称されるアドラーが
 再評価されている。それは、トラウマに象徴される“原因論”の心理学とは
一線を画す“目的論”を唱えたものだ。過去も世界も変えることはできないが、
「自分は変わることができる」とするコペルニクス的転回の心理学を知ることで、
対人関係の悩みも解消されるかも。

・アドラーの心理学を、青年と哲人の対話という形式でまとめた本書では、
「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに迫る。
「人は変われる」「世界はシンプルである」とする哲人に対し、青年は懐疑的だ。
なぜなら青年は学歴や容姿の劣等感があり、過剰に人の視線が気になってしまう
悩みを抱えているため、哲人の主張が絵空事に聞こえてしまうのだ。
しかし、世界を複雑にしているのは青年自身の主観なのだと哲人は言う。
過去に「トラウマ」という「原因」を見つけて物語的に分析するのがフロイト的
心理学だが、アドラー心理学はトラウマ(過去)を明確に否定し、
「いま」の「目的」で考えることを基本としている。

・何年もひきこもっている人が「両親に虐待を受けたから社会に適合できない」と
主張していたとしたら、親は子育てが間違っていたのかと思い悩み、腫れ物に触る
ように子どもを丁重に扱うようになる。これは、自らのトラウマを武器に相手(親)
の注目を集め、支配しようとする働きかけなのだ。ただし、家にひきこもっている
限り自尊心は守られるが、一歩外に出ると誰からも注目されない凡庸な「私」に
なってしまう。ひきこもりの状態に不満もあれば不幸も感じているが、自尊心を
傷つけられることはもっと嫌なこと。これを避けようとする「目的」が、過去の
トラウマに理由付けしているのだ。

・過去の経験が人格形成に及ぼす影響がゼロだというわけではない。
ただし、過去の経験が必ずしも人格を決定するわけでもないのだ。
経験をいかに解釈するかが自らを決定する、というのがアドラー心理学の考え方。
過去を変えることはできない。しかし、経験に対する意味づけや解釈は更新する
ことができる。これが「人は変われる」とするアドラー心理学の前提となっている。

・青年はひねくれた性格であることや自意識過剰という短所ばかりが目につき、
自分のことを好きになれない。これに対し、哲人は「他者との関係のなかで
傷つかないこと」が「目的」となっているため、対人関係に踏み込まない理由
付けとして、自分の短所ばかりに目を向けていると言うのだ。

・孤独や劣等感を感じるのも他者あってこそのものであり、
「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とアドラーは断言した。
そして、対人関係の軸に「競争」がある限り、人は悩みから逃れることは
できないとする。「競争」で考えると、他者が敵のように映り、世界が危険な
場所のように感じられてくるからだ。「競争」から解放されることができれば、
他者が「仲間」だと感じられるようになり、世界の見え方は安心できる居場所
へと変わってくるのだという。≫

――
▼ これを平易の問いかけに転換すると、こうなる。
『そこで、まだ、何やってるの! 群れてないで、人のことばかり
  気にしないで、もう少し自分のことを考えたら!』
『何で本を読まないの? 一歩、外に出ないの? 今を遊ばないの?
 果てしない世界の深さと広さを知ろうとしないの? それも今!』
『何で、愚痴ばかり言っている内向きな老人のマイナスから学ばないの?』
 
せっかく与えられた地球上で、何もしないで、何も知らないで、卑近な
物事に拘り、気付いた時には先がないのが人生。あくまで比較の問題だが。

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