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堀井On-Line
| 7166,読書日記 〜 内田樹の『生存戦略』 〜4 |
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2020年10月27日(火)
<『生存戦略』 内田樹著> * <借金大国の日本で、自分の財産を守れるか不安です>の問いに! さすがに売れっ子。何気ない難しい問いに、アッサリと、その本質に返答する。 30年前になるが、姉夫婦が倒産した時に、ある姉が失意の姉に… <貴女には、行蔵と歌があるじゃない。私には何もないの。それで充分じゃない? それまでカタに持っていかれないよ!> との励ましの言葉! 『バカボン』の 作家の赤塚行雄が、晩年、中南米の国家の1つか2つは買える程 漫画のごとく 遊びまくったという。漫画のごとく遊んだ男には悔いは無いはず!
【 使ってしまいなさい! 国として債務不履行で、現金の価値が皆無になる 可能性がある。ロシアと、アルゼンチンもデフォルトしたし、韓国も通貨危機が あり破産直前まで言ったし、ありうること! しかし国家が消滅するわけでなし。 日本でも、これぐらいのことはある。ですから、どんどん使いなさい! 使ったものを債権者は取り立てようがない。服を買って、美味しいものを食べ、 旅行をし、使い切るのが良いと思います。資産を守る一番、良い方法は、 「しちゃった」んだから、誰も奪えない! スコット・フィッツジェラは、 1929年の世界恐慌では資産を1ドルも失わなかったことで有名ですが、恐慌以前 に贅沢の限りを尽くして、きれいに資産を使い切ったいたからです。 ― ▼ アッサリと事業からの撤収が出来たが、この負債総額と有料資産と、何が 違うのか。その微差こそ必要だが! 漫画家の赤塚行雄の『これでいいのだ!』 の言葉!が ニャロメと頭に過ぎった。(そう想うしかないこともあったが!) 小さい手応えがあった。この45年間は?何だった? 何でもなかったのである。 その位のことは、45年間、考え尽くしてきた。ドン・キホーテの騎士のごとく、 ありもしない、敵に向かって突進した。それで充分である。
・・・・・・ 6800,読書日記 〜『小さな習慣』 2019年10月27日(日) < 『小さな習慣』 スティブン・ガイズ著 > * 人一倍、無能を自覚すればこそ! 私の場合、「天性が全くない」の自覚から、まず一歩が始まる。 一歩といえば、行動になる。それは小さいほど良いと。それも変化への一歩。 人間の第二の天性は習慣で追加可能。その組み替えには、節目時がチャンス。 51歳の母親の死をキッカケにして、 <・還暦まで、捨身?で80歳までの30年分を圧縮する>ことにしてきたことは、 ここで繰返し書いてきた。このブログも、それらの記録と公開である。 だが、中途半端なればこそ、会社を整理するはめに? 還暦の到達時には、憑き物が落ちたような充実感が残っていた。 ・次の節目時は、65歳時の事業清算。これまた結構。生活習慣に孤立条件を 前提にスケジュールを変えた。それぞれの節目に、思考習慣と生活習慣が 変わっていった。 …この本に魅力は、「ちょっとしたポジティブな行動」から変えること。 2ヵ月前に、ソフトボール大の充電式マッサージを購入。マッサージといえば、 10数年前に通販で、足裏専用マッサージと、腰叩き用のパッセンジャー、 海老反り器具を購入、週に2〜3度は使用し続けてきた。腰痛の極み対策である。 そこに、これが。 TVタイム時の‘ながら’に、持ってこいの代物。 小さな習慣の一つと相成った。 習慣には良い習慣と、悪い習慣がある。 実生活で意識すれば、違った切口の習慣化が可能なことは、幾らでも存在する。 ― 〜ネットで、感想を検索すると… ◉ まずは毎日1回の腕立て伏せ “小さな習慣"が大きく変える タイトルの「小さな習慣」とは、〈毎日これだけはやると決めて必ず実行する、 本当にちょっとしたポジティブな行動〉のこと。たとえば腕立て伏せ1回。10年間 も運動不足だった著者は、そこからスタートして今では、本格的な筋トレをこなす ようになったとか。シンプルな提言と、心理学、脳科学など、それを支える骨太な 科学的記述が読者に受けてか、刊行から半年余り、順調に版を重ねている。 ◉ 「下訳を読んだ時点で、コンセプトが明快で、しかも説得力のある内容だと 思いました。ですから装丁や紙面のデザインはシンプルなものにしたんです。 本文の構成にはやや複雑なところがあったのですが、その点も日本で独自に内容が イメージできるような見出しをくわえ、より読みやすい形に編集しました」(担当) ―― 〜Amazonの内容紹介〜 【小さな習慣とは、毎日これだけはやると決めて必ず実行する、本当にちょっと したポジティブな行動。この方法を使えば、すべてのことは、習慣化し、目標 を達成でき、夢を叶え、人生を変えることができる。何しろ「小さ過ぎて失敗 しようがない」のですから】
科学的に実証されたデータを引用し、脳の仕組みからなぜ人は「はじめたことを 続けられないのか」を説明し、「小さな習慣」こそが「大きな変化」をもたらす ことを説く、潜在意識の法則の本質を解明する本です。
なぜ、「小さな習慣」がすぐれているかというと「脳には新しい変化を嫌い、 同じ行動の繰り返しを好む」、という傾向があります。私たちの毎日の行動の ほとんどは「習慣化」=「何も考えずにやっている」ことで、 脳は「習慣化された行動」が大好きなのです。
習慣化されていない行動をするときには、モチベーションや意志の力が 必要となるのですが、これが「何かをするとき」に大きな障害になります。 モチベーションは感情に左右されるし、意志の力には決断などさまざまな要素 が必要になり、それはとても不安定なものだからです。
それに対し「小さな行動」はモチベーションも意志の力も必要としないし、 とても簡単な「目標」なので失敗することなく、「成功」体験を感じることができ、 その「小さな行動による成功の繰り返し」が自己肯定感を生み、それが自信となり、 繰り返し行うことで習慣となっていきます。習慣化された行動が大好きな脳は こうしてやっと「新しい変化」を受け入れます。 ―― ▼ 無知無能の自覚があればこそ、第二の天性である良き習慣に縋るしかない。 人生の節目時の度に、新しい習慣を身につけて立上るしかなかった。 大きな ショックがないと、これがなかなか。しかし、腕立て一回なら直に可能。 <目標は、ばかばかしいぐらい小さくしろ!> の副題もよい。
・・・・・・ 5704,自分のための人生 〜�� 2016年10月27日(木) ◆これが人生だ! 幸福であるためには、充実した時間の積み重ねが必要である。 停滞した社会の中で、人生は、日常を暖かく明るく営むことことだ。 〜以下の一節が良い。 ≪ 何よりも大切なことは、彼ら人生の達人が自分自身を愛しているということ。 「成長したい」という願望に促されて彼らは行動する。どちらかを選択せよと 言わたら、必ず彼らは自分を大切にするほうを選ぶ。自己憐憫や自己否定や 自己嫌悪に陥る隙を、自分に与えない。彼らは幸福を追い求めたりはしない。 生きることがすなわち、彼らにとっての幸福である。 次に引用するのは、これまで述べた<充実した生き方>の要約である。 < 幸福を見つけようとすることが、何よりも幸福から遠ざかってしまうこと なのである。 歴史家のウィル・デュラントは、知識の中に幸福を見いだ そうとしたが、見つけたものは幻想だったと書いている。 彼は次に旅行の中に幸福を求めたが、退屈しか見いだせなかった。 さらに、富の中に求めたが、仲たがいと心配しかなかった。 著述の中に幸福はないかと探したが、疲労しかなかった。 ある日彼は、眠っている赤ん坊を抱いた女性がクルマの中で夫を待って いるのを見かけた。しばらくすると、夫が列車から降りて近づいた。 そして、その女性にやさしくキスをし、次に、その赤ん坊にも眠っている のを起こさないようにそっとキスをした。 それから、その家族はクルマで去っていってしまったのだが、後に 残されたデュラントは、そのとき、はたと幸福の実体に思い当たった。 むきになって幸福を追求するのをやめてみたら、 「日常生活のすべての営みが幸福を含んでいる」ことに気がついた。 現在という時を最高に充実させることによって、あなたも、幸福の傍観者 ではなく、幸福な人間のひとりになれるのである。> ≫ ▼「いま、ここ、わたし」の垂直が永遠につながっている。その垂直を大事に して生きればよい。そのためには、日常が充実してなくてはならない。 メーテルリンクの夢幻劇。 <貧しいきこりの子の兄妹チルチルとミチルが、 クリスマス・イブの夜、仙女の訪問を受け、その言い付けで「青い鳥」を探し に出かける。「思い出の国」「夜の宮殿」「未来の王国」などを探しまわるが、 どこにも「青い鳥」は見つからない。ようやく自分たちの家に帰ってきたとき、 すべては夢だったことがわかる。そして「青い鳥」(幸福)は家で飼っていた キジバトだったことを知る…> 人生も、気持ちの持ちようの日常にある。 ・・・・・・ 4607, そして、人生はつづく ー7 2013年10月27日(日) * そして、『私』の人生はつづく 「そして、人生はつづく」に、それぞれが、「そして、『私の』人生はつづく」 と、想定するだろう。私の場合、「51歳で母を亡くした時、還暦までに人生の やりたいことを燃焼する」と、決心した。到達時に心の底で「万歳!」。 そして、人生がつづいて8年近くになる。二年半前に会社整理せざるを得なり、 本来は致命傷だが、軟着陸?もあって、立ちなおりは早い。既に燃焼した人生が あったこともある。20歳で事業創業の人生を決め、踏み出して45年スパンの 事業人生。その物語の終わりのピリオドが会社整理。誰にでも、何事にも挫折が 必ず待っている。私にとって還暦が区切り。還暦から新たなステージが始まって 第一の区切が65歳時の事業精算。次は死期を覚悟する「余命半年」の宣言時か、 寝たきりになった時、そして最期は、プッツンの前日から数秒前辺り。その時、 全てが夢幻と気づく・・ ところで、一昨日、タクシーに乗って早そう、 50代後半の運転手が、身の上話を始めた。「両親の仲が悪く、離婚。母親に 引き取られ、母一人子一人の母子家庭。生活が厳しく、直ぐに働かざるをえなく、 結局、水商売の世界へ。職場のホステスと結婚したが、カミさんが客と浮気、 離婚。女の子がいたが、裁判の結果、私が引き取り、母親ともに育て上げた。 子供は巣立ち、今は、母と暮らしているが、生活で手一杯。人生何も良いことは なかった・・」と、数分で彼の人生を物語風に語った。「一限の客に、 よく話しますね!」というと、「ここまでくれば、恥も何もない・・ 実は、お客さんを乗せたことがあり、身の上話をしたことがあったんで」と。 タクシーで、必ず景気とか、収入とか、生活状況を何気なく聞く習慣がある。 以前、何か聞いたのだろうが、色いろな人生がある。人生は一度、歯車が 狂うと、孫子何代、その影響を受けてしまう。順調時から、「まさか」の坂に 備え(シェルター)をつくっておくべきは、身をもって言えること。 助けてくれるのは自分だけ! 「自分だけは、自分の会社だけは、大丈夫!」と、 つい思いがちだが・・ 地球規模から見れば、グローバル化が世界を激変 させている中、各人の「そして、人生がつづく」。 情報化、グローバル化、 まさかの事態(ブラック・スワン)、弱肉強食などがキーワードになる。 特に、グローバル化は、島国の日本にとっては大きなマイナスをもたらす。 それぞれの『私』も、思い込みでしかないが・・ ・・・・・・ 5339,構造主義とポスト構造主義 〜�� 2015年10月27日(火) * ポスト構造主義とは 〜『世界の哲学・思想』小須田健著 ポスト構造主義とは、現状を追認する保守的思想形態に陥りがちな構造主義を 批判、多様性を認める必要性を説いた。米ソ対立、自民党対社会党の二項対立 から、ソ連崩壊と中国の資本主義化などを経て、現在の、混沌とした社会を 語るに「ポスト構造主義」は、正にうってつけ。 〜その辺りから〜 ≪「ポスト」とは、「の後に」という意味です。ですから、ポスト構造主義とは 構造主義の後に登場した思想のことを指します。ただし、「ポスト」構造主義と いう呼称から想像できるように、実存主義における「実存」や構造主義における 「構造」にあたる明確なキーワードがそこには欠けています。 これは、もはや現代が一つのキーワードで包括的に語れる時代ではなくなって しまったことを反映しているのかもしれません。この名称そのものは、八○年代 にデリダを中心としたフランス現代思想を積極的に受容したアメリカで生まれた。 当初は主に文芸批評の領域で用いられていましたが、やがてフランスにも逆輸入 され定着していったようです。 構造主義は、私たちをとりまく諸制度の中に潜んでいる諸構造の分析に 主眼を置いていました。ただそのために、ややもすると現状を追認する 保守的思想形態に陥りかねない危険性がそこには内在していたのです。 このような構造主義のあり方に不満を覚えたデリダ、ドゥルーズ、リオタール らは、西洋の文化形成を根本から疑問視したニーチェやハイデガーといった 思想家の考えを受け継ぐ形で、思索を展開します。この考えの中心は、哲学に つきものの「同一性の思考」の批判にあります。「それはなんであるか」という 問いのスタイルを特徴とする形而上学は、本質という観点からすべてのものを 一様にとらえる営みです。ここでは本質からはずれたものは、すべて不純物と して排除されるより他にありません。つまり、本質(A)か本質でないか(非A)と いう基準だけですべてが選別される。ここに多様性や変化の余地がありません。 ポスト構造主義は、そうした決めつけが哲学形而上学の常套句だと批判した。 ただし彼らは、対象への正面からの批判や否定を避けました。なぜなら、 このような態度は結局否定すべき対象と同じ土俵にとりこまれてしまうからです。 肝心なのは、Aか非Aかという二項対立的な価値付けにもとづく土俵そのものを 揺さぶることなのです。このため、〇リオタールは、相手の流れに乗りながら その方向をずらしていく「漂流」というスタイルを、〇デリダは、対象の中に 住み込むことで内側から亀裂をもたらす「脱構築」という方法を、〇ドゥルーズ は、一カ所への定住を嫌う「ノマド(遊牧民)」的運動という戦略を採ることに なったのです。また実践面において、後期のフーコーや晩年のサルトルのように、 知と権力の共犯関係を暴くことや、フェミニズムや少数民族の自立運動への 積極的な支援が行なわれました。構造主義からポスト構造主義への移行点を なした出来事に、1968年にフランスで起こった五月革命(パリを中心に起こった 学生、労働者、市民による反政府運動)があります。この事件は、後に日本にも 飛び火して学生主導で進行する学園紛争を巻き起こしました。この事件は、 もはや学問が大学という隔離された制度の内部では安住できなくなったことを 象徴する出来事でした。今必要なのは、学問を完成したものとして受けとる のではなく、知が生まれつつある現場に身を置き続けることなのです。 だからポスト構造主義では、生成や出来事がより重要視されるのです。≫ ▼ これからすると、現代の世界情勢は、この思想に沿っている。 世界は「漂流」をし、内側からの亀裂をもたらす「脱構築」になり、 民族の大移動といわれるシリア難民などの欧州への移動が始まった。 その根は情報化がある。それは生成や出来事が一瞬にして地球の隅々まで 周知される世界である。個々人がスマホという情報機器を持ってしまった。 これは、ポスト構造主義も「新しい?主義」に取って変わる起因になるのか。
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2020年10月26日(月)
* 死ぬのは死ぬ! 一昨夜の寝入りしなに、胸が苦しくなり、呼吸困難に! このままなら、 死んでしまうのかと不安がよぎる。自らの死期を75歳と仮説を立て生きてきた ので、3ヶ月早いだけで、然もありなんと冷静だったが、母親や近くに住む叔母 の死際に立ち会った時の呼吸と同じ。「もしかして、脳内出血か脳梗塞では… 呼吸が荒く、短くなる。このまま、逝くのがベストかもと、楽観的な想念で、 荒い呼吸を続ける。家内は居間で、呼べば救急車騒ぎになると…躊躇している 内に、その事態が治まっていた。 その後、トイレで、その理由が判明した。 ズボンがキチキチの上に、腹が張っていたのが原因! ジッパーを外すと、 何も無かったように元通り! その時… <死ぬ時は、こんな感じか!> と至って冷静! (いや、現実感が全く無かっただけ) 年末、大学の同級会で、脳梗塞で半身不随や、急死などの具体的内容を聞いて いた。 こんな感じで、苦しんで死に至ったのだろう。死ぬ時は死ぬ、死なん のは死なん。あのまま救急車で搬送されていたら、精密検査で、いまだ病院か! 当日、ステーキ店で、ランチを食していたので、死出のランチになるところ! 強気ではなく、笑い話で憂さ晴らしをしている自分が面白い! 75歳の壁は、 高くて、固いようだ! この数年で亡くなった数名の同期の死でも、自分が死ぬとは微塵だに思いも しない、呆気ない最期だったのでは! 死者は帰らず、経緯は語れず。 死の間際の呼吸困難は、傍で見るほど苦しくないというが! ― * トラちゃんが敗けそうだが… この4年間のトランプの行蔵と、予測からして、トランプ大統領の敗戦が濃厚! あと一年は、裸の王様によるアメリカ崩壊の過程を賞味したいが、これだけは、 ミズもの! 下層の白人層も、それに気づいてか、否か。アメリカ人、いや白人 の本音、まる出しも、何時までも続きはしない。逆さまにすると、インドの 最下層の少女と頭の中の構造は変わりはしない。 その男に核戦争のボタンが 握られてる現実が怖ろしい! 10日ある… 何やらの事故には、気を付けないと! このまま、終わらないのがアメリカの政治世界の物語!
・・・・・・ 6799,閑話小題 〜 セ・リーグも指名代打制にしたら! 2019年10月26日(土) * 野球も、時代と共に変わらないと 現在のセ・パの実力そのままの結果か、何と巨人が4連敗。 その力の差は指名打者制にあるようだ。 打てる割合が少ないピッチャーに 打撃専門打者を組込めば、そこに当然、強打者が… 打者にとってチャンスが 増えるが、投手もまた、質の向上が求められる。 当然、何年かするうちに、 それが、選手の質の向上につながった結果が、これ。 セ・パ交流戦で、 セ・リーグがアウエーの試合の方が圧倒的に面白いことからして… 何故か、 セは今まで通り。 …マイナス要素もあるから、実施しないのだろうが。 今回は、ラグビーのワールド・カップに人気が取られてしまい、盛上りの ない試合が多かった。試合前から巨人が勝てる空気が全くなし。 9番ピッチャーが、4番クラスの強打者に!なら、面白くない訳がないのに。 ― * 野党も野党、よく言うよ 経産相の秘書が地元の有権者に香典などを配った疑いが浮上した問題。 それも10数年前の問題に、野党も野党、よく言うよである。菅官房長官まで 「菅原大臣自身が必要な説明をするよう求め」辞任を迫った。今さら、この 程度の問題を掘り起こすこと自体が問題。大臣なったなればこそ、掘り起こ された問題。マスコミにも責任がある。これでは誰も大臣、次官になれない。 韓国の政治混迷の醜態が、「まだマシ」とカバーしてくれているが。 ― * カラス撃退と、電動マッサージの…その後 ◉ 玄関前の電柱から大量の糞をバラ蒔かれ、このままではと、我家の庭を テリトリーにしたカラス撃退を決心。「来なくなるまで、手立てを加える」 と、まずは隼のカタチをした鳥人形と、ハロウィンの鬼形相のカボチャ型の ボンボリをベランダに掲げた。それ以来、何故か虫の鳴き声もなし。しかし、 一月もしない内に庭のカラスが、人形に対して威嚇を始めてきた。 そこで、更に一匹の隼と風車を百均で追加購入。 さらに黒い靴下をカラスの 死骸に摸して… 現在に至っている。 野良猫にも、効果があるようで…。 ◉ 2ヶ月程前に導入したマッサージボール、充電式で携帯可能で、部屋移動 の度に 持ち歩けることもあって、主にTVを見ながら、両手、両足、首筋に、 腰まわりに1〜2時間は利用している。何気なく足裏をみて吃驚。裏全体が ピンク色に。 ・・・・ 2711, 臨死体験を経験できるヘルメット 2008年09月06日(土) 何の知識無しで初めて幽体離脱を経験したときの驚きをリアルに憶えている。 それを契機に、キュープラ・ロス、立花隆の臨死体験などの本を読み、その経験 の意味を知った。ところが最近になり、アメリカでパーシンガー博士の開発した ゴッドヘルメットと呼ばれるものがあり、これ装着すると万人が体外離脱できる という。博士はてんかんの治療で、脳を電極で刺激する手術を400例以上やって いて、その手術の際に側頭葉のシルビウス溝と呼ばれる、右耳の上を電極で刺激 すると、体外離脱がおこることを発見した。これで体外離脱した意識が、遠くの ものを見てきて、現実と一致したり、霊が他人の体をジャックしたイメージも 起こるという。これまでのように脳を開いて直接電極を押しあてたりせず、電磁気 で脳を刺激して、反応を見る研究が盛んのようだ。体外離脱とは、脳の中の幻覚 ではなく、アストラル体のような意識が、抜け出している状態ともいわれる。 実際に体外離脱の経験者に装着したところ、同じような経験をしたという。それまで 一部霊能者とか、そういう体質を持った人だけしか経験できなかったことを、科学者 は誰にでも体験できるようにする。何年もしないうちに、家電店頭で並ぶかも。 これを被って気が向いたら幽体離脱をするのも面白いだろう。そういえばアルファー 波を発生させる器械を買ったことがあった。またマリファナを吸ったと同じ気分に なるCDのセットも買ったことがあったが、少し酔ったような気分の状態になる。 私は酒に酔いの方が好きだが。他のTPOSが面白いだけであるが・・・恐らく、これを 被っても、私の経験した幽体離脱の緊迫した感覚とは違うだろう。色いろな状況の 中で独りで、誰にも言えない奇妙な体験だから神秘的なのであって、ヘッドギアの 器械で幽体離脱をしても、味も素っ気もないだろう。しかし、面白そうである。 前に書いたことがあるが、欧州の帰りの飛行機の中での夢。「自分の身体が突然に フワフワ空に向かって上昇して、電信柱が下に見えてきた辺りで恐怖心が出てくる。 夢から早く覚めて布団に身体を戻さないと、我に返った。ところが、そこは飛行機 の中で、身体が地上に在るはずなのに逆に、その遥か上を猛スピードで移動している。 そこには、飛行機も、シートも、周囲の人たち消えて、独り宙を移動している」 身体が凍りつくとは、このことだろう。 恐らく、死ぬ瞬間とは、あの感覚になる のでは? 絶叫をしそうになったが、ギリギリ抑えることができた。 人間は大地の上で生きているのである。 死ぬと、大地から離れるのである。 幽体離脱で元の身体に戻ってこれないで、狂ってしまうケースもあるというし、 自分が外に出ている間に、動物か彷徨っている霊が入り込む場合が往々にあるという。 オウム教が騒がれていた頃、ニュースなどの映像で、ヘッドギアをしている信者の 姿を見かけたが、あれがゴッドヘッドだったのか? 集団維持の手法や典型的カルト の教え否定されるべきだが、宇宙からの視点とか、こういう幽体離脱の手法は、 なるほどと感心する。脳はまだまだ未知の世界である。脳は3?しか使われておらず、 10?も使えば天才になれるという。神様(自然)は何を脳にさせよとしたのだろう。 我われ凡人は、パソコンなど、道具を有効に使ってせめて5〜6?を使えるように すればよい筈だが?
・・・・・・ 2018/04/24 閑話小題 〜死のむこうには? <魂でもいいから、そばにいて─3・11後の霊体験を聞く 奥野 修司 (著)> * 霊的なものは身体や脳という物質を介さなければ… 霊的な世界を簡潔に説明している個所である。霊感に関しては体質の問題で、 全く霊体験をしたり、持ったことのない人には、解りようがない。何度か経験 してきたが、現在は薄れている。私は父親の霊?が、10年近く体質化して心底に あり、不思議な現象を度々、経験をしていた。孫のようにように幼児の頃から、 愛され育ったこともあり、元もと、脳内などに染み込んでいたことも… それにしても、死ぬまでの、生への渇望のエネルギーには、驚いてしまった。 丁度、27歳、起業へのジャンプ台から飛び出すに、このエネルギーが、その まま原動力になっていた。 以下は佐伯啓恩の『反・幸福論』のー死後の世界と生命についてーの一節。 ≪ 実際、この宇宙にはまだとらえられてない、不可思議なエネルギーが存在 するようで、それどころか、宇宙を構成している物質の殆は未知のエネルギー とか、物質だか、正体を知りえないものだという。そこで仮にそうした霊的 エネルギーが存在するとしましょう。それでもそれが人間の精神を形つくると するには、やはり人間の身体や脳という物質がなければなりません。そうで なければ、この不定形で停泊場所をもたない宇宙的なエネルギーが我々の 意識や精神になるとは思えません。仮に人間のうちに霊的なもの、つまり、 「精神」と呼ぶようなものがあるとしても、それは、物的な身体性と不可視 の霊的エネルギーの結合というほかないでしょう。とすれば、身体が消えれば 意識も精神も消えてしまう。それは宇宙に拡散して存在するかも知れません。 しかし、それは「私の霊」ではないでしょう。「私」がないのだから「私の霊」 などというのはありません。 …確かに死ねば何もなくなるかもしれないが、『魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く』奥野 修司 (著)という本がある。東日本大震災に 後に、多くの霊的現象や体験が報告されている。その聞き込み取材を行った 著者によって、多くの事例が紹介されている。… これらの全てが錯覚だと いう勇気がないが、少なくとも、地震や津波で身内を失った多くの人達が、 何か説明のつかない体験をしたと信じていることは事実であり、しかも、 多くの場合、その霊的体験によって、残された家族が多分に安らかになった という事例を読めば、そのことに疑いをさしはさむ必要もありません。≫ ― ▼ 具体的な霊的現象の記述を、ここで数限りなく書いてきた。霊体質とか、 霊的経験のない人からみれば、『いい歳をして、馬鹿か?』でしかない。 脳内現象では割切れないことは、世界には現にある。 兎にも角にも、以下の内容を…
・・・・・・ [204] 霊体質ー3 今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。 シンクロニシテー(意味ある、考えられない遇然の一致)と重なっている。
1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができ その下を通った。100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。 かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。
2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」を したときの事。丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。 それで天侯を憶えていたが、午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。 3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。 終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを 趣味としていた。その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。 彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。
3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。 涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。 4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が 待っている時、急に気分が悪くなった。ハッとした、今叔母が私の処にきている のが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った。」
ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。 また以前の文をコピ−しておく。
------------ S6201霊的体験 私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開。 “A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと 十日町の彼の家へおまいりにいきました。その途中の車中で“B”さんと 般若心経の話になりました。 そこで彼の供養も含めてお経をとなえました。 その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみました。何げなく“B”さん の顔をみると、彼の顔がまっ青になっているのです。やはり車中で“C子”さん の話をしていたのです。 “A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、 同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせたのです。 そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社したのです。 そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確率で 彼女の家の前に車がとまったのです。十日町に出店をした時、彼女の家の前を “B”さんが通って知っていたのです。私がそこに“偶然”(?)車をとめて しまったのです。 “B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられ ないという風でした。私自身またかというのが実感でした。
ーーーー 霊的体験‐ 平成4年7月 20年近く前になるが、父の四九日の終わるまで何度か不思議な体験をした。 死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が 自身実感できたのだと思う。父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’ という内的実感。 夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。 恐らく経験した人間ではないとわからない。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが “おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より 本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、 その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。 全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。 あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
・・・・・・ 2003/04/25 不思議-シンクロニシテー 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、再び書く。 親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。 不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。 先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩 をしているコースで初めて大きな虹を見た。 ああまた出たという感覚である。
その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。 葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、 その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが 虹が出たのは勿論はじめてである。 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる 従兄が自死した時のある現象。 納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の 花吹雪が舞い込んだのだ。写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。 そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。 天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、納棺の時間が 偶然に一致したのだが。死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。 こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。
涙雨というのは昔からある。晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。 それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。 地方におきやすいのだろう。 人知のはかれない何かがあることは間違いない!
・・・・・・ H0511妙な夢―(�機� ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。 泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、 居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団 に入る。ところが、ところが、自分の肉体は反対側の向きでねている。 まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?) である。これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて (そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが? 何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。 こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と 音がする。はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数回してみたが、 しかし夢ではなかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象が あるそうです。 ・・・・・・ H0511妙な夢―(�供� 秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、何かのケハイに横を見ると 女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが痛い、これは面白いと、 メガネをかけじっくりとみた。全体が白光色の黒髪の27〜28才位の、 のっぺら美人であった。別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきりと 憶えている。ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ、 “それってみんな同じ顔をしているんだよね!“といわれた時、はじめて ゾーッとした。 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、 ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと 中断した。あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。 その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも 乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえた のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。
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| 7164,読書日記 〜 内田樹の『生存戦略』 〜3 |
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2020年10月25日(日)
『内田樹の生存戦略』 * 人をほめる時の基準とは とにかく、褒めろ、褒めてほめちぎれ! <可愛い! お美しい! 大好き! モテるでしょう! 貴女を対象になる人が少ないでしょう! > …まとめて、『可愛い美人が大好き』を口癖にするべし! 日本にはスナック・居酒屋文化のプライベート空間が存在している。 家庭を1、娑婆世界を2とすると、1.5の俎板と想定すればいい。 家庭内で満たされない人たちの仮想家庭の役割を果たしている。 …ママ、パパの大方は、そこから弾き出された人達…が故に、その辺りを熟知 しているからこそ、「好き」の想念は直に伝わる!TPOSで3〜4人に絞り! 若い時の特権を最大限に使うべし。創価学会員と聞けば、一緒に太鼓を叩かな ければ…1人の魂は獲得できない。失敗すれば薮蜂取らず! 〜以下は、その辺りを理解しやすくまとめてある。 ≪ 人をほめる時の基準と問われれば… <人間の個性的ところは、見方を変えれば、どんなふうにでも褒められること。 「ぼんやり」は「鷹揚」に、「せこい」は「細やかに」、「優柔不断」は 「臨機応変」に、と何とでも言える。 あらゆる欠点は、その人の個性の根幹の部分とつながっている。 そこからしか際立った長所も出てこない。欠点も、長所も裏腹です。 だから、そこをピンポイントとして、「いいね」と褒めればよい。 …機会あるたびに褒める。気がついたらほめる。 あと、どんな人にも、効果 あるほめ方は「ルックスがいい」です。誰もが、微妙に自信があるような、ない ような際どいポイントだからです。男の場合は、自分に対して、ルックスを意識 している。自分に対する期待度が高すぎて、努力が追いつかないことがある。 だから「素材がいいよね」「センスいい」と言われると、『そんなことはない』 と言いながら、堪えきれずに笑みがもれます。≫ ― ▼ 女性中心の職場が多かったこともあり、その扱いには苦労すること屡々! そこでは、「単独者」「2〜3名名」と、「7〜8名」と、扱い方が微妙に変る。 異性には、年齢に関係なく間隔を置く。そして次に、何処に同調するのか? まずは、「かわいい」と認めて、それを繰返す過程で、相手の性格を理解する!… そして「かわいい!」を只管、繰返す! ただ、気を緩めない… 自分の魅力に 絶妙な自信とコンプレックスが入乱れている。「純心のところが、魅力的!」を 加わえるとパーフェクト! 金沢のスナックで、流しのアルバイト・ホステスから教わったテクニック! 客あしらいのポイントの問いに… 男の生理を知り尽くした『まずは可能性よ!』 の一言。さすが流離いの言葉。 後年、省みれば流しの○○である。 そうか…『安心感や、安全より、危ない感!も必要ということ。 それぞれの都市物語が生まれては消えていく日々。これを書き続けている 意義とは、これもある。 外は秋の豪雨が鳴り響いている。 ベ
・・・・・・ 6798,閑話小題 〜韓国の様相と日本 2019年10月25日(金) * 何でしょうか、韓国大統領! 海をこえた隣国のこととしても、その混乱は、あまりに酷い。 そこに前・法相の妻が、逮捕されたニュースとくる。 < 子供の入試不正と私募ファンドの不法投資、証拠隠滅に関連した11件 の疑いが持たれているチョ・グク前法務部長官の妻、チョン・ギョンシム教授 が拘束された。これにより「頂点」であるチョ前長官を狙った検察捜査も加速化 することになった。> とかく噂のあった人物を強行突破で、法相に任命したが、その疑惑で辞めざる を得なくなった。野党は、「泥棒を法務大臣にする!」と猛抗議を無視した上の 人事。これで本人が逮捕をされることがあると、一挙に、体制崩壊が現実化か? 権力を失えば獄につながるため、必死に踏ん張る大統領。悲劇と喜劇が混濁した 様相は、財政の貧困なるが故? 近隣に、北朝鮮、中国、ロシアに囲まれ、幾つか の財閥に企業が独占されて、将来の夢は断たれ、日本に、その怒りの刃を向ける。 合せ鏡で日本を省みると… 未だ明治維新の薩長の血筋が権力を把握。 彼らを米国が間接的に実権を維持しコントロール。横須賀には米国の第七艦隊 が鎮座し、日本と韓国と、中国、ロシア、北朝鮮を威圧する。 象徴天皇制を主とした憲法を与え、そのまま薩長の残党にコントロールさせて、 はや70数年も経過する。アフリカや中近東の欧米支配による奪略の構図そのままが、 我が国に当てはまる。それでも、中国、ロシアに対抗する地政学的な意味合いが あるため、露骨な搾取はない?が。 韓国を笑っている立場にない。 その国際政治の狭間の環境下。奇跡的な経済成長の大波に、何とか溺れずに、 ここまで来たのは、非常に幸運といえる。 …生臭いが政治と官僚は重要な要。
・・・・・・ 6434,定期的に、魂と心の話を… 〜1 2018年10月25日(木) * 見え隠れする魂のイメージ 一昨日、8年前の10月23日分のテーマ、『魂とは』が、考えさせられた。 幽体離脱の経験が難度かあるので、高橋信次の娘・佳子の『魂』の説明が、受け 入れやすい。深いところで、亡き両親と繋がっている感覚が現にある。 誰にもあるのだろうが、その感覚を、 < 私たちの心・想いは、平和で満ち足りた天上界から苦しみばかりの地獄界まで、 あらゆる世界に通じています。その魂の抱いている内宇宙とは、それにとどまらない。 魂の次元は過去・現在・未来が一つになり、自他を超えるもの。魂とは、この人生 だけでなく、永遠の生命として経験してきた幾度もの人生の記憶と限りない智慧を 湛えた存在であり、私たちを超えた無意識の膨大な経験と記憶の貯蔵庫、宇宙の源 という次元に繋がっています。> とすると… 両親から受継いだ愛情に繋がっているような感覚が納得できる。 心とは、岩から流れ込んだ淡水と海水が混濁した洞窟内に。魂は外海に例えると 理解しやすい。自他の自が洞窟、他が外海。心・魂の説明の簡潔な解釈は、他に 多くある。他と繋がっている感覚は、両親の愛情の温もりと同じ感覚。 『魂を込める』といえば、「いま ここ わたし」に心を集中した状態である。 それが永遠の世界にコンタクトした垂直の時間になり、刻印される。
―――― 3498, 高橋信次の娘・佳子のいう〈魂〉とは 2010年10月23日(土) 先日の読売新聞の一面に高橋信次の娘の高橋佳子の著書広告があった。 高橋信次といえばGLAの教祖で、何冊かを20歳代に読んだ記憶がある。 ーまずはウキィペディアによると ≪ 10歳頃(1937年頃)から現在で言う「幽体離脱」現象のような霊現象を体験 するようになり、その肉体の自分とは違う霊体の自分を「もう一人の自分」と 呼び、その現象に幼心に疑問を持ち、以来約32年間、電子工学や物理学等の自然 科学を修めつつ、探求を続けた。しかし、従来の宗教書を読もうとはせずに、 独自の探求を続けた ・・・≫ ウキィペディアには、彼とGLAの詳細がこと細かく書かれている。 それより、彼女の魂の解釈が分かりやすい。 ー概要と印象的な部分を私の主観でマトメテみたー *敗北の時代 ー現在の日本は、困難な時代である。高度成長以降バブル崩壊 から嘘のように元気を失っている。財政赤字は900兆以上にもなり、収入は 日ごと目減りを、老後を支えるはずの年金は崩壊の危機に直面している。 自殺者は3万人を10年以上続けており、明るい話題は陰を潜めている。 *最大の危機は「冒険」の喪失ー 何より問題は、未来に希望が持てなくなり、 新しい挑戦が出来なくなっているからだ。 *人間には外界に左右されない内なる可能性があるーそのためには、今までに ない生き方に挑戦するとき、前向きな挑戦は本当に想像を絶するほどの違い が出てくる。人間の中には、未知の可能性がある。 *「人間は魂の存在」が出発点 ―「人間は魂の存在として受けとめること」 −>「人間は肉体と魂から成り立つ」こと。 まず人間の肉体は、地球上の生命進化の究極の姿を現す叡智に満ちたもの。 この世界の物質をつくる元素は星の中で生成され、星が終焉を迎えるとき、 超新星爆発で宇宙に散らばったものから出来ていて。その延長が肉体である。 その魂の方はどうかというと、魂は心とつながり、 さらにその深奥に広がる 存在である。肉体の基である外宇宙が百億光年以上のとてつもない広がりを 抱いているものならば、 これに劣らない広大の内宇宙をもたらしている。 仏教の一念三千という言葉は、その広がりを示している。私たちの心・想いは、 平和で満ち足りた天上界から苦しみばかりの地獄界まで、あらゆる世界に 通じています。その魂の抱いている。 内宇宙とは、それにとどまらない。 魂の次元は過去・現在・未来が一つになり、自他を超えるもの。 魂とは、この人生だけでなく、永遠の生命として経験してきた幾度もの人生 の記憶と限りない智慧を湛えた存在であり、私たちを超えた無意識の膨大な 経験と記憶の貯蔵庫、宇宙の源という次元に繋がっています。あらゆる生命 と存在を一つに結びつける、つながりと絆が張り巡らされたどの宇宙を、 ≪ユニバース≫と呼ぶ。その≪ユニバース≫こそ、計り知れない広がりと深さ を抱いている私たちの母胎であり、だからこそ、私たち人間は、宇宙= ユニバースに通じるゆたかな智慧によって 自らが進化するだけでなく、 世界と光の共鳴を果たせる存在となる。 *魂が引き出す宇宙=ユニバースの世界 ―我われは偶然が支配する科学的 世界観の下では、自分が意味もなく生まれ、世界とは特別なつながりはない と思っているかもしれない。しかし、そうではなく魂の次元に気づいた 時、みな「つながり」によって生かされる「絆」の塊となる。その絆の基、 宇宙の源には、私たちが拠るべき、全ての解答と青写真が湛えられている。 〜〜 解)魂について、これだけ明快に説明している文章も珍しい。「魂とは、生前、 死後に自他を超えて広がる広大なる内宇宙の基につながっている」は、神秘的、 宗教的である。
H0403事業百訓 385 、否定は結論であって、探究を中止する事だ。 正しい結論は自ら体験をして、あらゆる角度から探究をして、 疑問を解明してこそ出るものだ。 根拠のない否定は自らを否定する事になる。(高橋信次)
・・・・・・ 2004/07/11 1195, 授かった不思議な力 ー鈴木秀子の本を何冊か読んだことがある。先日図書館で借りてきた対談集 を読んで、その中の臨死体験の話に興味を引かれた。何かこの世には窺い知れ ない何かがあるような気がする。何回か書いたことがあるが、私にも何回か 幽体離脱?の経験がある。 歳を重ねれば重ねるほど、「不思議」という言葉 の奥行きの深さを感じるようになってきている。 私は「自分の接した人の運勢が良くなる」話しは、かって聞いたことがない。 神憑りである、いや今風にいうと「上げまん」だが、これは結婚した場合である。 有能な右上がりの人は、周囲に似た現象が生じるだろうが、全ての人の運勢を良く はしない。やはり、何かの特殊能力が臨死体験以降身についたのだ。人間には、 本来持っているが退化して隠れてしまった能力が多くあるような気がする。 あるキッカケでそれが飛び出してくるのだ。
以下は、ある対談集を書き写した。 ーー …臨死体験後、不思議なことがありました。 結婚式に招かれて待機をしていたら、背広を着た人が男性がいらして、 「あなたのような人にようやくお会いできました」っておっしゃるんです。 自分は高野山系統の住職で、生まれたときからひとを見ぬく特別の能力がある。 そして、あなたの授かったような能力を自分も欲しかったけれどもらえなかった。 どういう能力ですかと聞くと、大きな大宇宙の力が私を通って出会う人に伝わって、 どんどんその人の運勢が良くなる能力だというんです。
私も最初はその能力をまじめには信じませんでしたが、それだけ色いろなことが 重なると信じざるを得なくなりました。今では人に会うのが楽しみになりました。 そのたびに、その方の運勢がこれから良くなると思うと、人に会うのがうれしい。 だから生きていくことが、とても楽しくなったのです。…
…人間は地球上にみんなバラバラに住んでいるような気でいて、実は根っこで 繋がっているということです。自分の手にたとえると良くわかりますが、 人は指の部分、見える部分だけを見てこの人の学歴がいい、お金があるって お互い比較するんです。でも手のひらの部分、根っこの見えない部分では 平等で,全部繋がっているんです。 何が平等かというと,命をもらって生かされている存在であるということ。 誰もいつか死ぬということ。大宇宙の大きな慈しみに満たされて生かされている 大切な存在という三つにおいて平等だと思うんです。
…だから臨死体験をしてつくづく、あの至福の世界が本物で、この世は 経ていく世界だっていう感覚があるんです。やはり人間の本分、ビーイングと、 現実社会での自分の役割、ドゥーイングのつながりに意識を向けていかないと 虚しくなっていくのではないかと。 人生のテーマを考える時、ビーイングの世界にまなざしを据えてこそ、 充実したものになるのではないでしょうか。 ーその臨死体験の講演をまとめてみるー
奈良での学会に出席するため、友人のいる修道院に泊めてもらっていた。 その修道院は、宮家の立派な屋敷を改造した建物で、二階の客間から下に降りる 階段は高く急であった。
その夜、寝つかれなかった彼女は、何となく夜中に起き出し、暗がりの廊下を 壁づたいにそっと歩いた。曲がり角らしきところで一歩足を踏み出したが、 実はそこは廊下ではなく、その急な階段だったのである。 踏み出した瞬間、足は空をつかみ、体はバランスを失った。
恐怖を感じる暇もなく、一気に下まで落ち、床に叩きつけられて、そのまま気を 失ってしまう。 ふと気づくと、私のからだは宙に浮かんでいます。 そして、空中にまっすぐ浮いている私を、高いところから、もう一人の私が 見つめているのです。
空中に浮かんだ私 の足の周りを、なぜかたくさんの筍の皮のようなものが 覆っていました。 それが蓮の花びらだとわかったのは、ずっとあとのことです。 台湾のさる有名なお寺を訪れたとき、仏像の足の周りを筍の皮のようなものが 包んでいるのを見て、あ、これだったんだと思いました。
それは蓮の花びらでできた台座でした。 その筍の皮のような花びらが足もとから一枚一枚散っていくのです。 高いところからそれを見ているもう一人の私は、花びらが散るごとに、自分が 一つひとつの苦しみから解放されて、自由になっていくのがわかりました。 一枚落ちると、 「ああ、これでもう人の言うことに煩わされなくてすむ、私は自由になった」 と思い、さらにもう一枚落ちると、 「もう人に気を遣い、不安に脅かされなくてもすむ、私は自由になった」 とつぶやいているのです。 限りない解放感と喜びが胸に溢れてきました。
花びらが最後の一枚になり、これが落ちたら完全な自由になれると思ったとき、 最 後の一枚の花びらは落ちることなく、からだがすっと飛翔しました。 そのとき、見ている自分と見られている自分が一つになりました。
一瞬のうちに高さの極みに飛翔し、私は今まで見たことのないような美しい光に 包み込まれました。白っぽい金色の輝きに満ちた、いちめん光の世界にいたのです。 まばゆい輝きでしたが、まぶしすぎるとは感じませんでした。 それは人格を持つ命そのものの光であり、深い部分で、自分とつながり、 交流している生きた光なのでした。 これが至福なのだ、完全に自由なのだ、と私は感じていました。 不思議なくらい、五感も思考もすべてが生き生きと冴えわたっています。 オリンピック選手がベストコンディションで世界記録を破る瞬間とは、 こんな状態のときなのでしようか。
からだの全機能が最高の状態に保たれ、調和し、研ぎ澄まされているのです。 その冴えわたった意識の中で、私ははっきりと理解したのでした。 「この命そのものの光の主に、私はすべてを知りつくされ、理解され、 受けいれられ、許され、完全に愛しぬかれている」 これが愛の極致なのだと。
もし愛の究極の状態というものがあるのなら、こういう感情に貫かれること ではないかしらとも思いました。真に満たされた状態とは、こういうことを 言うのでしよう。しかもその満たされた光の世界には、時がないのです。
あっ、これが永遠なんだと私 は思いました。 心は愛に満たされ、知性は冴え、能力のすべてが最高の状態で調和しています。 そんな至福感に包まれていたとき、どこからか声が聞こえてきました。 「癒してください、癒してください」 その声には、少しつたない感じの独特のアクセントがありました。 その声が聞こえてきたとき、光であり命そのものの主が「現世に帰りなさい」 と言いました。 それは言葉ではなかったのですが、そう伝えられたのがわかりました。 そしてさらに、「現世に戻ったとき、いちばん大切なのは、知ることと愛する こと、その二つだけが大切なのだ」というメッセージを私は受け取ったのです。 真夜中に突然、大きな音がして叩き起こされたシスターたちが見たのは、 寝巻き姿で階段の下にうずくまっている見知らぬ女性だった。 鈴木氏は、 それでも「大丈夫」と言いながらよろよろと立ち上がり、支えられながら 二階の部屋にあがったという。が、また気を失った。そして、上に述べられた ような不思議な体験が彼女に起こったのは、救急車が到着するまで修道院の 二階のベッドで意識を失っていたあいだのことだったようだ。 至福感のただ中にいたときに聞こえた、少しつたない感じの「癒してください」 という声は、そのときベッドの周囲を囲んでいたなかにいた外国人シスターの 祈りの声だったらしいという。
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2020年10月24日(土)
* 日本の平凡人の目線で見れば 残念ながら、1回目の2人の候補の討論を見てないが、100〜200年後にも 残るアメリカ史上に残る醜態だったようだ! としても、トランプの最低の ヒール役者にバイデンが引込まれた感が残ってしまった。低学歴白人の本音が 何とも痛ましい! プロレスの善玉、悪玉の争いの構図が、その役割を超えた 赤裸々な醜態を世界に向けて発信していた。民主主義、自由主義そのものが、 問われかねない事態である。歴代大統領も、これは拙いと震えているだろう。 いくら、ロシアの陰謀とはいえ… この4年間を核戦争もなく、何事もなく、 経過しただけでも良しとしなくては! 〜ネットニュースによると… 【(CNN)米大統領選に向けて22日に開かれた候補者による最後の討論会で、 民主党候補のバイデン前副大統領が勝利したと評価する有権者は53%と、 共和党候補のトランプ大統領が勝利したと見る有権者(39%)を上回ったこと がわかった。CNNの世論調査で判明した。】 ― ▼ 選挙は水モノというが、トランプの4年間の行蔵が悪すぎ! あと数日あるが、如何なることやら! 香港、台湾、南北朝鮮辺りが特に 危険になる。あとは、為替、株式、穀物相場の暴落!
・・・・・・ 4971,閑話小題 ー飛行機の座席にみる社会構造 2014年10月24日(金) * 人生を憎めば、人生は憎しみを返す 「あなたが人生を憎めば、人生は憎しみを返す」。 これを「人生を愛せば、人生はあなたを愛し返す」と言い直すことが出来る。 現在の私の状況は、まさに、この二つの間で揺れ動いていい筈だが、しかし・・ この状況を肯定することで何とか平静を保っている。不幸系の人は、まず憎しみ を持った受止め方をする。何でマイナーな考えを持つか? よく観察すると、 育った環境が大きく左右している。 まず、親を憎むことが、そのまま自分の 人生を憎むことなる。「相方には、両親に愛され育った上に、運がある人かを 第一にして見分けなさい」という。幼児から20歳代までに、プラス・マイナス の両極端の世界を垣間見てきた。やはり金持ち喧嘩せず。異性に惹かれるのは、 自分と違った要素を持つ人。しかし、それは短期間だけで、長い目で見れば、 その違いが性格の不一致になる。そこから憎しみが湧き出て、争いが子供に 大きく影響し、その結果、子供は両親を憎むことになる。90%の夫婦間が 実質破綻をしている?というが、子供はたまったものでない! そこで、 「されど、妻(夫)を愛す。人生を愛す!」が、人生を生抜く要諦になる。 * 飛行機の座席に垣間見える社会構造 飛行機は、集約された社会構造が、そのまま露出する場所。 見てみないふりしかない。飛行機の座席のランクには、一般的にファースト クラス、ビジネスクラス、エコノミークラスがある。 ーその料金体系といえばー (欧州の場合) ・エコノミー: 12万〜50万(12万は格安、50万は割引の無い 正規運賃で、サーチャージ込み) ・プレミアムエコノミー: 20万〜50万(本来はエコノミーの正規料金 を支払っている人に対するサービス) ・ビジネスクラス: 36万〜90万(90万は割引の無い正規料金) ・ファーストクラス: 150万前後(割引料金は基本的にありません) ▼ 私のような格安パックツアーは、大型機の後部座席が主で、旅行代理店が 年間契約で3万5千〜7万円の格安で仕入れ契約をする。だから少々、窮屈を 我慢をすれば格安旅行が可能になる。ちなみにホテルも、観光シーズンのピーク を除けば、三分の一、五分の一の仕入れが可能。 だから、パックツアーに慣れ、 使いこなせば、結構、価値ある旅行が可能になっている。私は格安パックツアー もあって、エコノミーだが、たまたま満席で、ビジネスクラスを5〜6回、 一度だけラッキーなことにファーストクラスに乗ったことがある。4分1の 確率で、窓側3人席に家内と2人になるが、ほぼビジネスと同じ環境?になる。 露骨な格差を目前で見せつけられても、そこは非日常世界、瞑想には最適時空。
・・・・・・ 6797,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か 〜5 2019年10月24日(木) <僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT> 【同月同日の文章を読み返してみて、当たりと外れ日がある。 今日は当たり日!最後まで、ご覧あれ!】
* 閉じこめられた社会からのトリップ ヨガや座禅の目的は瞑想! これは現実社会からトリップすること。 アルコールや薬物でなく… 沈思黙考で。 その他の手っ取り早い方法が、 「旅に出ること」。これは非日常でトリップ出来る味なもの。 人間は、文化、 文明をつくり上げる過程で、不公平、不自由、合理的だが、不快感な共同体を つくり上げた。優劣の力のあるものにとって有利な代物だが、不快。 それが進化?するほど、ヘドロ化して、私達の脳に、重く圧し掛かっている。 時どき、そこからトリップし、ガスを抜かないと、統合失調症に陥り、 『悪魔の代弁者』に相成り街を徘徊する。映画に出てくるゾンビは、それを 象徴した生きた屍。 もう一つの手軽にトリップ可能なのが、シネマ館。 そこは別世界に私達を誘う。他にも、読書、ネットサーフィンなど、周囲 には幾らでもある。そこでストレスを殺ぎ落とす。もっとも料理の香辛料と して、これを幾つか抱えておく必要もある。(ストレスがないのも辛いもの)。 歓喜も必要だが、絶望も人生には大きな役割がある。 当然、退屈も! 飽食の上での退屈なら、まだ良いが。抑え込まれた上の退屈に問題がある。 洗脳され、押しこまれた退屈、それも自覚できない人の、ストレスである。 ストレスが最たるのがイスラエル、とりわけエルサレム。30年前に行ったが、 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地で、世界中から観光客で満ちている。 そこは、際どい緊張感が漂っていた。 この本で、その衝突に出会って しまった経験が書かれていた。 文化と文明の境目のイスラエルという国。 この旅行の全てが『瞑想』のような錯覚させられた濃厚な… 余命、半年と宣言され、動転しているなら、是非、行かれたら! 殺伐とした砂漠の景色の先に、生の輝きを垣間見ることになる。 ― 〜30年前の社内報に書いていた文章が手元にあった〜 (生の体験そのままを書き残す意義とエネルギーを感じる内容である) これでも、実感のほんの僅かしか書ききれてない。 再度言う… 自分が主人公になるしかないインドとイスラエル、是非とも! 『 今さら遅い? 生きて煉獄の一端を味わえるのだからこそ行くべし。』
≪ * 1999/0105 〜イスラエル聖なる旅〜 この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。 四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。 現地の日本人ガイドのシャワ−のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続。 その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果 となった。関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。 考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。 人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。
旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、 ただただ面白い!内容であった。旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。 印象の強い順に列記してみると、
◉ まずは何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されている といってよい。四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの 舞台となった。そして現在も続いている。 この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。 イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。 磔刑に処せられたゴルゴダの丘。最後の晩餐の部屋。イスラム教の重要な寺院 =岩のド−ムとアクサ寺院。 ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場、 そしてダビデの塔。旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま 物語っている。 ◉ 次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。 深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。 そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。 そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。 “マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、キリストが死んだ 四十年余り後に、ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名が たてこもった自然要塞。陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、 七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。 その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った (ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。 =「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」 =自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。
イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。 ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。 一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った 巻物を発見。壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書 等々記されていた。今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない 事が記された文書があった。
―イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあった。
“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”という疑問が でてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。 あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で 一大転機の経験となるのではないだろうか。旅行は外界を訪れるだけでなく 内奥の自分との出会いの機会でもある。
【別記】 この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。 四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。 六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。 現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。
男子は三年、女子は二年の兵役があった。国中どこにいっても機関銃を持った兵隊。 一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。といってその手の事件は 一切ないという。その銃の目的は敵に使うもの、国を守る為のものというのが はっきりしているからである。今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると 浮き彫りにされた旅行でもあった。 [1999.4.14〜4.24 -ryokou ]
・・・・・・ 6433,死について考える 〜『樹海考』書評を読んで… 2018年10月24日(水) 数年前に青木ヶ原の樹海を舞台にした日米映画をTVで見た。そういえばと、 HP内検索をすると、4年近く前に、書いていた。二本とも暗く地味だが、『死』 に直結するシリアスの内容だが、TVの興味を引くだけのレポートとは一線を 隔している。死を求めて彷徨う姿を通して、自分の死の問題を考えさせる。 まず、アメリカ映画 《 樹海へ赴いたアメリカ人と、そこで遭遇した日本人との出会いを描いたもの。 自殺の名所として知られる日本の青木ヶ原樹海を舞台に、マシュー・マコノヒー &渡辺謙共演で描いたドラマ。 人生に絶望して自殺を決意したアーサーは、 富士山麓に広がる青木ヶ原樹海を訪れる。磁石が狂い携帯電話も通じない森の 中で、出口を求めてさまよう日本人タクミと遭遇したアーサーは、怪我を負って いるタクミを放っておけず一緒に出口を探すことに。過酷な状況に立たされる中、 アーサーは運命共同体となったタクミに次第に心を開く。やがてアーサーは、 自分が死を決意するきっかけとなったある出来事について語りはじめる。》 一方、邦画の『樹海のふたり』は、 《 お笑いコンビ「インパルス」の板倉俊之、堤下敦を主演に、自殺志願者を 取材したテレビディレクターたちの体験談をもとに、悩みや苦しみを抱き ながらも生きていくことへの希望を見出していく人々の姿を描いたヒューマン ドラマ。フリーの落ちこぼれテレビディレクターの竹内と阿部は、なんとしても 視聴率のとれる番組を作ろうと、富士山麓の樹海で自殺志願者を追う。 しかし、彼らの人生に触れるうちに良心の呵責を感じた2人は、自分たちの行動 に疑問を抱きはじめ、それぞれが抱えていた問題に向き合っていくことになる。》 ― あまりにシリアス過ぎた記事で休刊に追込まれた『新潮45』10月号の書評に <『樹海考』村田らむ著>があった。書評としても、なかなか的をついている。
≪・青木ヶ原樹海のイメージというと、多くの人は『自殺の名所』と答える。 実際に樹海を擁する山梨県では自殺対策事業を続けており、自殺防止として、 ボランティア監視員を多数、配置している。私などは、人工的な都会生活に 疲れた人が樹海に死に来ると思っていた。死までが管理されている都会ではなく、 野生動物がそっと消えるように自分の意思で自然に還りたいと考えると…。 ・これまで20年にわたり、100回以上樹海に入ったという著者自身も、樹海を 歩くと自然の大きさを感じ、自分が大事にしているモノ、仕事や家族や、 お金や、命などどうでも良いモノなんだと思えてくるという。大自然である 樹海を前にしたら、人間などひれ伏すしかないと。 ・だが本書で著者はいきなり、樹海はコンパスがグルグル回って利かなくなる 人外魔境ではなく、洞窟やキャンプ、名物料理まで楽しめる観光地という。 自殺スポットとして脚光を浴びたのは自動車文化で気楽に樹海に訪れるように なったためだが、それは外周部の話。その内部はディープの内容で満ちていた。 風光明媚な観光地であり、同時に死と隣り合わせた異界でもある。美しさと 怖さの陰陽を兼ね備えた場所、それが青木ヶ原樹海だ。本書はガイドブックと ノンフィクションを兼ね備えた‘樹海’のような一冊といえよう… ・864年の貞観大噴火の溶岩が湖を埋めてできた樹海。たかが1200年しか 歴史がない。地面は溶岩のため、木々は値をはれず、成長すると倒れて しまうため、生命の種類が少ないという。それが異界の不気味さを増す。≫ ― 写真をみると、ヤクザの死体の捨て場という噂が、然もありなんと思わせる… 自然に還りたいという本能が、樹海で野垂れ死の願望になるのか…
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| 7162,読書日記 〜 内田樹の『生存戦略』 〜2 |
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2020年10月23日(金)
『内田樹の生存戦略』 * 若い人の自殺について 自殺に至るには、それなりの訳がある。とはいえ、せっかく与えられた人生、 勿体ないと感じ得ないと感じ得ない。 私の人生から得た実感は <良いコト7割、悪いこと3割>。 受け取り方で、<良いこと1に、悪いこと9> に変ってしまう。 自殺は誰もが、人生の中で行き当る壁! 見渡すと、他者の顔色を覗い、 自分を押し殺し、年中、行選挙運動のように、自分を良く見せようと、駆け 回って… それも性格なら仕方がない! 若い人の自殺は、知識と、経験不足を 起因することが多い! 人間としてのベースの「言葉から他者の経験、知識を 受け止める知恵が不足しているためである。ここで、著者の内田樹の実感は、 的を得ている!
≪ 少し前、若い俳優さんが3人も自殺、他界された。(ご冥福をお祈りします) みんな有名な方らしく、私のように芸能界に疎い者でも、あの人たちが出演 されていたテレビドラマはみたことがある。何が原因なのかはよくわからない ようだが、何であれ、自分で死を選ぶとはよくよくの事情があったのだろう。 有名無名にかかわらず、また自殺・他殺、事故にかかわらず、若い人の死を 聞くと、ほんとうに痛ましく感じる。 (「人生の重み」に長い短いもない、老い若いもないとはわかってはいても) − 自分が年よりになるまでは、若い人の死を同情したり可哀そうとは思っても、 「痛ましい」という感覚まではなかった気がする。 それまでは家族のことを含め自分の生活と仕事に追われ、若い人の死を聞いても 感情を乱すのはそのことを聞いた一時のことだった。 「しょせん、他人ごと」(老いて「他人ごと」が「自分のこと」になったわけ ではない) たとえ悩み苦しみがわかっても、他人の苦悩を代わって背負うわけにはいかない。 他人は他人、自分は自分。冷厳な事実。 − ずっと前に書いたことあるけれど、私は)若いころ、ひどく落ち込んでいたとき ボゥーっとみていた『天才バカボン』、赤塚漫画の単純な絵(野原だった)に強く 惹きつけられたことがあった。何でもいい。そういうものがあったらあの人たちは 死を選ぶことがなかったと信じる。 ≫
― ▼ 明日にでも、末期ガンで余命宣言をされ、一挙に、地獄へ落され、直にでも、 死にたいと心換わりする可能性がある。それでも、それまでは、人生の何たるか! 地球の美しさを味わいたいもの。 生きてさえいれば、苦しみの何倍も楽しみ、 人生の味わいを必ず与えたもう! 絶望の先に、乗越えた壁が高いほど、多いほど、 その見返りに、喜びを重く、深く与えてくれる。 とにかく一日を生きろ! 生きていれば面白いから… 良いことは、その見返りに降り注ぐ!
これは、そう遠くない未来への… 私への言葉? なる程、後期高齢の門前の妄い言葉? ですか。
・・・・・・ 6796,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か 〜4 2019年10月23日(水) <僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT> * 旅は流離い ですか 18年半にわたって、この随想日記を書き続た御蔭で、退屈など有得ない状況。 そんな暇があったら、読書やネットサーフィンでネタ探しをしていた。左程、 毎日、書き続けるにはエネルギーをようするもの。しかし、些細なことでも、 それを物語化を続けると、何時の間にか、それが娯楽化してしまうから不思議。 直近にシネマ館で見た映画や、TVのドキュメント、同期会など、全てが物語の ネタになっていく。習慣は第二の天性というが、貧弱な私の天性に、絶対必要 条件である。
高齢者の貧困や孤独死が急増 ー認知症も5人に1人とは怖しい。これは 「令和リスク」としての大問題。 私の死期を75歳と公言してきたが、あと 1年と3ヶ月になったが、現状をみると、あと5年は大丈夫? 駅前や繁華街で、通りすがりりの人に、突然インタビューをする番組が 流行り。また駅構内や、飛行場の待合にピアノを設置して、自由に弾かせる 番組で、その人の人生を挟んだり… 「世界タクシー」のテーマで、運転手に 行先を任せて、何ゆえにドライバーに?とインタビューをするものも。 なかなか深堀の人生が滲み出る。その走りが『家についていっていいですか?』。 これは、何度も此処でとり上げてきた。人生80ゆう余年となれば様々なことが。 それをギュ〜ッと凝縮をしたのが非日常の最たる遊びの『旅行』。 それも大した分別のついてない若い時分の時に、味わっておくべきこと。
行き帰りの航路の機内で、行きは期待と不安、帰路は充実感で、様ざま考え、 行蔵の御宝としてパッケージ化する。これを重ねているうち、自分の人生が、 他の宇宙から地球に遊ぶにきた宇宙人のようなイメージが湧きあがってくる。 人生を旅行に例えると、「地球上の80年限定パックツアー」。 なら、何を? 大自然の絶景か、人類が数千にわたって創り上げた文明と文化。そして生命と しての息ふき。喜怒哀楽、感激、感動を味わい尽くす魂の真髄を経験し尽くす ことこそ、人生が充実したことに。 当然、絶望と、歓喜も必要。 『物語の主人公』に一番に手っ取り早くなれるのが『旅人』になること。 そこには「流離う」というイメージが出てくる。「流離い」… そこには 「自由」…それも「何々」からの「自由」よりも、ただボーッとした「自由」 が感じとれる。 〜つづく ・・・・・・ 6432,閑話小題 〜安ければこそ! 2018年10月23日(火) * 眼鏡業界も様変わり 去年の今時分に、iPadを購入して一年が経過する。7年前のは、ほぼ使う こともなく居間の片隅にある。チラシに一代前のミニ・iPad(7・9インチ) の中古品が出ていたので現物を見に行くと、セールステクニックで最新機種を 勧められ、買うところだったが、冷静に?当初の中古品を購入した。 PCの中古は?と思ったが、使ってみれば、これで充分。安さは多くを解決する。 廉さといえば、眼鏡。地元の眼鏡店から、眼鏡スーパー、眼鏡市場、現在は ジーンズと、格安店に移動している。 安い御蔭で、寝室TV前用、居間用、 パソコン用、外出用と、4つの眼鏡を、それぞれの場所に置いて、使い分けて いる。 家内が‘ジーンズ’で度付きサングラスを2つ購入。値段の割には、 ファッショナブル。 そこで免許証書換の検査を機会に買うことに… 。 安さもあってか、ガラスも、柄体も薄いが、その軽さと値段に驚いた。 これまで7〜8万以上したものが、7〜8千と10分1の価格。で、これで充分に 満足できる… 。 眼鏡業界も様変わりをしていた。 ― * プロ野球も日本シリーズへ セリーグが広島、パリーグがソフトバンクが日本シリーズ進出に決定。 終わってみればパリーグ?… 次に控えるストーブリーグが面白そう。 ドラフト会議が明後日に行われるが、何故かパリーグが圧倒的に籤運が強い のは何故? 巨人の次期監督が三度目の原辰則というが、新鮮味が全くない。 球団トップに長期的展望が出来ないのなら、外部委託で決めるべき。 原監督は改善。 いま必要なのは思い切った改革! とすると球団社長が 落合? 監督が松井、桑田辺りで? 2人とも花があり過ぎ? いまの巨人じゃ、絶対に無理。ガチガチだもの。 それより、まず指名打者制の導入ですか! これも巨人で駄目? ・・・・・・ 5700,「現代に求められる知性とは何か」 2016年10月23日(日) 『知の読書術』佐藤優著 *「現代に求められる知性とは何か」 過去からのフラッシュで人生を振返り、独り赤面することしばしばの日々。 そこに現れるのが己の知性の限界と、品性の問題に行き当たる。良心に反する ことは、極力しないよう心がけてきたが、一つの判断には+−の様々な要素が 含まれる。その時には気づいてないマイナス面が、重く思い出されてくる。 戦場の極限で、矛盾が積み重なり、心の底に沈殿、それが心の病として、 何時までも付きまとうという。戦場では知性も、理性も、問題の外になる。 イラクとアフガニスタンに派遣された米兵は200万人。そのうち50万人が帰還後 も心の 病を抱えているという。目前で仲間を失い、敵を殺すという戦闘経験が 心的 外傷後ストレス障害を発症させ、多くが自殺まで至る。その縮小版が、 老いとともに生じてくる。そこに、長年培われた教養が必要とされる。 グローバル化の中、世界がフラットになり、今までの常識が通じない中で、 「教養の再生」が大きなテーマになる。 これからは、「教養共同体」を再生 が重要と、以下のように、著者は述べる。 ≪・「教養共同体とは、自分たちの教養や思想を社会に還元していく ような教養人のネットワークのことを言う。資本主義や国家の暴走は、 『給料を上げろ!』『戦争反対!』と声をあげるだけではブレーキをかけられ ません。 なぜか ―それは戦争を推進するような運動や排外主義的な運動も、 その背後にはどんなに稚拙であれ必ず思想の組立てがあるからです」 ・また、「知識人や教養人が思想の組み立てや教養の構築を怠ると、 その空白を縫うように、粗雑な反知性主義者が物語を語り始めます。 そして現代の日本には、政治家やビジネスエリート、運動家に至るまで、 論理の体をなしていない気合主義や自己啓発のような物語が溢れています」 ・そして、このように訴える。 「こうした乱暴な思想はやがて人々を動員し、物理的な暴力性となって 秩序を破壊します。排外主義的なヘイトスピーチの登場はその兆候です。 反知性主義的な思想の暴力性に対抗するには、知識人や教養人が連帯して、 別の思想・物語を語らねばなりません。だからこそ知識人・教養人の共同体や ネットワークが、今の時代にはたいへんな重要性を持っているのです」 反知性主義がはびこる国家に未来などない。そのためにも、「教養共同体」 が重要になってくる。≫ ▼「教養共同体」は、ネット世界で『ネット教養共同体』として容易になる。 ネットの端末機器の進化は留まることなく進化しているが、情報を教養と して効果的に身につけるには、基礎教養が必要になる。が、子供の頃からの ベースがないと、教養共同体の理解と共用は難しい基礎教育格差の問題がある。 米国のトランプ、フィリピン大統領のような反知性的思想の持ち主が、同類の 人たちを扇動し、国家を危機に向かわせる。集団心理は本来、反知性的である。 ・・・・・・ 4970,野心のすすめ 2014年10月23日(木) * 野心という山登り 〜「野心のすすめ」林真理子著 創業の準備を含め45年間、その最後は、この様だったが何故か後悔はない。 野心があったからこそ出来た様々な成功と、挫折経験は何物にも変えがたい。 自分の限界の壁が常に目の前に立ち上がっていて、何時も溜息をついていた。 野心を持っていると、「棒ほど願えば針ほど叶う」になる。棒ほど願わなくて は針ほども叶わないのである。創業の頃は、高度成長期の絶好の環境があった。 それに、条件づくりに父が陰で協力をしてくれたこともあった。 野心は志と似ている。自分では志と思っても、人から見れば野心というのだろう。 何かに志をたてると、それが高く、大きいほど、その差が見えてくる。 そして、途中で、頓挫させるような難関が次々と立上がってくる。しかし、今さら、 後は引けないという瀬戸際で、壁が崩れ、内在した力が沸々と湧き出てくる。 ー以下の内容が、野心を解りやすく要約している。 ≪ 野心を持って努力をし続けるのは、本を読むことにも似ています。 本を読み始めると、自分はどれほど無知なんだろうとか、この分野を知らない のはまずいなあとか、この先また別の本を読んでみたいなと思う。努力をする人 にはいろいろなページが開いてくるんです。反対に、本をまったく読まない人は、 何を読めばいいかわからないし、そもそも本の存在すら意識下に入ってこない。 自分はこういう人生を送りたいという目標を決めたら、歯を食いしばってでも 頑張ってみることです。野心が山登りだとすると、少し登り始めると、頂上が どんなに遠いかがわかってくる。少しクラッとするような場所まで来て、下を 覗いてみると、登山口の駐車場ではみんなが無邪気にキャッキャッ楽しそうに 群れている。でも、自分はぜったいその場所にはもう下りたくないと思う。 自分はこの先、あの高いところまで登れるのかという不安を常に抱えながら、 ズルズルと下に落ちたくないから常に手を抜けない。なぜ、わざわざ辛い思いを してまで山登りを続けられるのでしょうか。それは、必死で登って来た場所から 見る景色があまりに美しく、素晴らしい眺めを自分の力で手に入れて味わう 満足感と幸福をすでに一度知ってしまったからです。そうなったら最後、 もっと美しい景色が見たい、もっと満足したい、もっと幸福を味わいたい、 と、さらに上へ上へと登りたくなる。 平地で遊んでいる人間には一生見えない 美しい景色、野心を持って努力をした人間だけが知る幸福はあります。 もちろん辛い試練だって待っているかもしれないけれど、野心という山を登ろう とする心の持ちようで、人生は必ず大きく変わってくる。チャレンジしたから こそ初めて手に入れることのできる、でっかい幸福が待っている。 人の一生は短いのです。挑戦し続ける人生への第一歩を踏み出して くださる方が、増えることを祈ります。さあ、山に登ろう! ≫ ▼「やってしまった後悔は、日ごと小さくなるが、やらなかったことの 後悔は日ごと大きくなる」の彼女のモットーが、良い。三年前の経験で、 つくづく思ったことは、山の麓で遊んでいた人たちほど、攻撃してきたこと。 特に、城下町の体質が、人間関係にられ一生を棒にふった人の割合が多い。 それが、「他人の血で、自分の一生を棒にふったという傷口を洗おうとして いる姿そのもの」に私には見えていた。しかし、実際に、人生の夕暮れ近くに なって、それも有り!ということに気づいた。 山登りの景色も、麓の景色も、 大して変わりはしない、ということ。しかし、麓でも何かにチャレンジして ないと、麓の美しさ、面白さに気づかない。 ともあれ、何かに挑み、闘い、 変化する中で、人生は面白くなるようだ。せっかく、地球に知的生物として 80年を頂いたのだから! 有りがたく頂戴しないと! ・・・・・・ 5335,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年10月23日(金) ー結婚しなさい。いい相手を俺が紹介してあげようー 私に今東光が乗移ったら、『サッサと転職をしろよ。次の職場で後悔する 状況に直ぐに陥るから、少しはマトモになるはずじゃ!』というだろうに! ≪ ◎ 質問: 信念や主張がなく、すぐ諦める自分がもどかしい 〈 私の悩みは「こだわり」がないことです。そのためか、人にただ流される 生活をしているような気がします。仕事をするうえでも、周りの人が 「こうするべきだ!」と強く出してくると、「だったらそ札でいいんじゃない」 と迎合しがちで、会議などでもあまり意見はいいません。何かを強く主張を して揉めるくらいなら、初めから諦めてしまうほうが面倒がなくていいと 思ってしまいます。人材開発・組織開発の仕事をしていますが、この仕事は すぐ結果が出るような類のものではなく、周囲とのコンフリクトが当然の ようにあります。それだけに、信念やこだわりがなく、すぐ諦めてしまう 自分がもどかしいです。三十歳を超えて、このままだと仕事は中途半端な ままで終わりそう、と不安です。(三十歳女性) 〉 ◎ 答え=人生で最大の罪悪は退屈すること ・シマジ: うーん、難しいな。俺とは全く違うタイプだ。何が原因で自己主張 を諦めるようになったか分からないが、相談者は人生に退屈をしているんじゃ ないか。主張しない、迎合する、すぐ諦める。これではノッペリした平板な毎日 で退屈で仕方がないだろう。俺は人生で最大の罪悪は退屈をすることだと思うよ。 何だっていい。何か一つのことに十年ものめり込めば、間違いなく自分の世界が できる。確固とした価値観や美意識が形作られ、オリジナルの主張や、譲れない 一線としうものが生まれる。すぐに諦めることもなくなると思うがな。 ・アソシエ: 趣味に打ち込んでみたら変わりますかね。 ・シマジ: 実のところ、「たしなむ」レベルではあまり変わらない。結局のところ 「道楽」でもまだ足りず本当は道を極めるところまで行かないと世界は作れない。 つまり「極道」まで行く必要があるんだが一まあ、そこまで要求するのも酷だから、 まずは何か打ち込めそうなものを探してみてはどうかね。空手なんかどうだ。 ・アソシエ: いきなり空手ですか。 (略)・・・ ・シマジ: 経済力があって頼れるいい男を見つけて結婚すれぽ、相談者は 昔ながらの良妻賢母になり、幸福な結婚生活が送れると思う。何も仕事で成功 するばかりが人生の幸福でほない。自分の意見を強く主張し、周囲と競い合って 仕事で成果を上げるということが向いていない人もいるんだ。そういう人は無理 をして仕事場で「できる女」を目指さなくてもいいと思う。 というわけで、相談者には旦那さん候補としてこ人の男性を紹介しよう。 じつは、いい人がいたら紹介してくれと二人の男から頼まれているんだ。 いま、その男たちの写真を持ってくるよ。 ・アソシエ: まっと待って。それは人生相談の範疇を超えているような気が。 ・シマジイ: どうしてだね。人生相談というのは相談者の悩みに真剣に対峙 するものだろう。少なくともシバレン先生、今東光大僧正、開高健文豪は、 相談者に胸襟を開き、自らこれと信じるということを真剣に語った。 人生に正解なんてありはしないんだ。だから人生相談にも正解やあるべき姿 なんてない。語るだけでなく、人助けの実践的サポートまでやる人生相談が あってもいいじゃないか。俺は、この相談者の幸福は結婚にあると思っている。 そして、良妻賢母になることを確信している。相談者に結婚する気がないなら 無視してくれれぽいいだけだ。もし、その気があるなら、連絡してくれ。≫ ▼ こういう人は、男にもいる。学生時代など20歳半ば頃までは、 経験の絶対量が少なく、まず周囲と同化することに神経がいって当然。 女性なら家庭に入ることで逃避する道があるが、男は、そうはいかない。 人生に正解はないとしても、より良い道は自分でしか切り開けない。 で、知恵を絞り出すしかない。この後の二人の対話が面白いが、止めておく。
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2020年10月22日(木)
『内田樹の生存戦略』 * 「移民受け入れの是非」 人口減が問題になりつつある現在、移民受け入れの問題が現実化しつつある。 鎖国を300年続けてきたこともあり、日本独特の清潔感と道徳観が、移民には 快適のようだが、日本人には、不潔感が、どうしても残ってしまう。 このコロナ禍で、日本国内は、室内のスリッパ履き、毎日の入浴、手洗いの 文化が、諸外国と比べて、けた違いに少ない! それらを犠牲にしても、経済面 からみても、彼らを受入れなければならないジレンマがある。 あらゆる点で、日本の先行きに大きな境目になる問題を、このコロナ禍が、 時間短縮をして判断を迫っている。その側面からして、素晴らしい切口になる。
〜解説から〜 < 月刊誌『GQ』に連載の人生相談、2012〜16年の5年分を一冊にまとめたもの。 「人のほめ方」「腹がたったときの対処法」「貸した金が返ってこない」といった 身の回りのことから、北朝鮮、安倍政権、日中・日韓関係、沖縄独立の是非などの シビアな政治・国際問題まで、どんな相談にもうてば響くような回答がとびだす。> ― 〜共感したのが「移民受け入れの是非」〜 なかなか、洞察力ある秀逸な内容! 【「僕は移民拡大には反対です。移民対策で成功した国は一つもないからです。」 第2次大戦後に労働力不足を補うために、アルジェリアから移民を大量に受け 入れたフランス、トルコから受け入れたドイツ、全部失敗している。 なぜうまくいかないか。それは「安い労働力」としてしか移民をみていないから。 ◉「移民の側の宗教や生活習慣に配慮する」気持ちがなく、「同胞として迎え入れる」 気がない。安く働いて、消費してくれて、用がすんだら自分の国に帰ってほしいと 思っている。「フランスの場合、人口6000万人のうち10%がイスラーム系の移民。 移民が始まって2世代、半世紀が経ったけれど、彼らはいまだフランス社会に 溶け込んでいない。種族的・宗教的な分離はむしろ深まりつつある。」 ◉「(政府は)移民問題の処理にエンドレスに桁違いの予算を投じなければなら なくなっている。」これが2014年11月の回答です。 この2か月後の2015年1月7日、 パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」が、アルジェリア系フランス人の イスラム過激派に襲われた。「ISの扇動」だけでは片づけられない、社会の 最底辺にくぎ付けにされたイスラムの若者のテロだった。 ものごとを深く見ている人の洞察力には、驚嘆するしかありません。 「異邦人との共生は『成熟した市民』でなければ担うことのできない困難な仕事。」 「できないことはしない。これもまた市民的良識だと僕は思います。」 】
【 日本社会には現在、約60万人の永住韓国人・朝鮮人が生活している。 日本国籍を取得している朝鮮系日本人もあわせると、その数は100万人を超えると みられている。それほど多くの朝鮮系の人々が日本で生活しながら、その大半は 通名で生活 ...。】 『「在日」という生き方 : 差異と平等のジレンマ』(朴一著は、日本人でもない、 韓国・朝鮮人でもない「異質」な存在として日本社会に生きる「在日コリアン」 の姿と生き方考え方を、個別の具体的な人生を通して描いた好著だ。】
―― ▼ 移民受け入れ… 云々よりも、ネット社会が現実社会を覆ってしまった上に、 ネット化が人種の壁を壊しつつある。そして、このコロナ禍である。 移民受け入れは、<在特会>のような、移民排斥の特殊な組織が根を張る可能性を 含むこと! それは自民党の生還保持に利用される可能性があり、これも問題! 先日、YouTubeを見ていたら、白人女性がイスラム教女性二人に何やら喚いて、 被っていた衣服を外そうとして、近くにいた白人男性に、止められていた映像が 流れていた。元を糺せば、白人女性も移民でしかないのが、無知なるが故に自覚 出来ないのである。城下町長岡人の、それに同定できること!
・・・・・・ 6795,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か 〜3 2019年10月22日(火) <僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT> * 何かを求めて、探し続ければ退屈など滅相もなし 新潟駅前の土地取引先の、老境というより死期に迫った老夫婦の御婆さんが、 最期に語ったことは! 『2人でいっぱい旅行をしてきた。もう人生に何を 求めるでなし。いつ死んでも悔いはない。』と… 辞世のような言葉を残して 亡くなっていった。そう、両親2人とも同じようなことを言っていた。 結局、人生に残るのは、生活圏から逸脱した解放感!ということになる。 その予行練習を、学生時代に一度、経験すべしということか…
私のライフワークの一つが『秘・異郷旅行』というより、『秘・異郷ツアー』 このテーマは、今まで数限りなく書いてきた。 老境真只中になる程に、この ブログと、ツアーの蓄積は、大きな心の拠り所になっている。人生、退屈という のは少なかった。20歳の頃、キリスト教倫理の教授に、夏休みの課題を与えられ、 考えあぐねた結果、出した結論が「両親の生き方の肯定」。 「私も父親の生き方を目指す」と…。 ぼんやりと人生を生きてきた、それまでの自分から、40〜50年スパンの人生設計 の土台つくりが、その時に決まった? 周囲の状況が全く変わって見えてきた。 内向きだった性格が、外向きに変わっていった。25部屋のシェアハウスの共同の 私生活が、まずは赤裸々な人間の内面を曝け出す舞台そのもの。クラブも然り。 何より鮮明に見えてきたのが、授業内容の多彩さと、途轍もない金持の別荘群の ある軽井沢の山荘のアルバイト。
何よりも感じたのが、凡庸の己の器。そして、それぞれが背負った荷物の質量。 そして、脱クラブ、寮仲間との超越。そこに、山荘仲間からの自由な発想の感化。
安保闘争の真只中で、『何だ、世界は自由に満ちている。まずは、
小さく固まった行動範囲を広げること!』と。そして、欧州一周の旅に 繋がり、それをキッカケに武澤ゼミの一員になっていく。 「退屈で凡庸だったのは、それまでの自分」という逆上せが、そこに生まれ52年 経過する。「退屈で卑小なのは、間違いなく自分!」 早々、自分の小さな器が 粉々に破壊されて、良かったと! あの悪魔の代弁者に固まるところ… …正しく人生は旅である。 退屈なのは、自分の凝り固まった狭い視野のせい。 達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ
・・・・・・ 6431,閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜2 2018年10月22日(月) * 露骨な中間選挙用映画 先週末のシネマは、『デス・ウィッシュ』。年金後の土曜日で、同年代の 人たちで40人はいただろうか。 〜内容といえば… 《 警察すら手に負えない無法地帯となったシカゴで救急患者を診る外科医 カージー。ある日、彼の家族が何者かに襲われ、妻は死に、娘はこん睡状態 になってしまう。警察の捜査は一向に進まず、怒りが頂点に達し、復讐の鬼と なった医師は自ら銃を取り、犯人抹殺のために街へと繰り出す。》 「デス・ウィッシュ」とは<死を祈る、死の願い> 御前ら悪党よ、俺様 の手で死んでくれという意味。チャールズ・ブロンソン主演「狼よさらば」の リメイク。白人の外科医が、ラテン系や、黒人のギャングを容赦なく殺して いく姿は痛快だが、有色人種を虫けら扱い。助ける医師の立場から、ギャング 狩りの殺人に… 最後は、殺したギャングに罪を擦り付け目出度しめでたし。 現在のアメリカ(白人)第一主義を地でいった筋立て。世論は、痛快にギャング を殺戮する処刑人に好意的。 … これって、中間選挙目当て? 朝鮮半島情勢、今のところ安定しているが、ここだけは何が起きるか? これもアメリカの中間選挙次第。中間という意味は大統領選挙を挟んだ中間 という意味。4年に一度の本格的な議会総選挙。トランプといえば、その正体が 露呈しスキャンダルが連発。側近は、次から次へと辞任。国家自体の自己否定 とさえ思える大統領。 専門家の見立ても、世論も共和党に悲観的。 < 予測専門サイトの一つが3つのモデルで選挙結果を予想、下院における 多数党交代の確率は、9月下旬時点で70%台後半から80%。また、バージニア 大学政治センターが紹介する4人の専門家の予測モデルは、下院における民主党の 議席増を27〜44議席とはじき出す。多数党交代に必要なのは23議席の変動であり、 モデルどおりなら、共和党は「青い波」に屈する。共和党とすれば、想定以上の 苦戦だろう。「強い経済」と「トランプ大統領の熱狂的な支持者」という2つの 強靭な防波堤が、多数党の座を守ってくれるはずだった。だが今回の選挙では これらの防波堤は十分に機能してないどころか、共和党の弱さとなっている 気配すら感じられる。> しかし、そこはトランプ。起死回生の奇策を狙う可能性も。 ロシアのプーチン。トランプを大統領にした策略だけでも、その任を果たした。
・・・・・・ 5334,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー�� 2015年10月22日(木) 元・プレーボーイ編集長の島地に、亡くなった三人がのり移った設定の 人生相談だから、面白くないわけがない。ランダムだが、面白そうな相談から 紹介していく。 ー大企業で出世する男の見分け方を教えてくださいー 〈 私がつき合っている男性は慶応大学卒の28歳、某大手電機メーカー勤務です。 有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。彼が出世競争を勝ち 抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる保険会社勤務ですが、 ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、専業主嫁になりたいです。 ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。銀座で気軽にショッピングを したり、一流のレストランでランチができるくらいの余裕のある生活が希望です。 そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎがないことには。かといって、ベンチャー 経営者なんていうのは、蟹産の危険と考中合わせで不安定だからイヤ。大企業で 出世する人がいいのです。そういう人の共通点って何でしょうか。どんなところ で見分けられるでしょうか。こんな質問をしたら、コメントは欄では非難轟々 かもしれませんが、本音でお蜀きします。(27才女性) 〉 ーお答えー 〈・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、 出世するかどうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世 する男はこうだとはいい難いな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに語る のは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での 競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者を一生の伴侶 として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは 薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。 ・アソシエ:辛口ですね。 ・シマジ:相談者の本音の質問を本音で答えたまでだよ。出世をする人間の 大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や 上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。 あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソソを見極め、そこにしっかりと 食い込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、 女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。 だってそうだろう。日本の大企業の中で課長に出世をする男には眼力が必要だ。 課長になり、部長になり、ついには役員になったとして、どれほどの生活が できるというんだ。第一、子供はどうする。子供が二人もできたら、優雅に お買物にラソチになんていっていられなくなる。しかも、教育に金がかかる。 こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校をお受験させるだろう。 そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品のショッピングに精を出し、 高級レス.トランでランチ三昧なんてことをしようとしたら、数千万の可処分 所得が必要になる。ということは旦那は税込みで一億円近く稼がなくては ならず、サラリーマンには到底無理な話だ。〉 ▼ 以前、田圃や小川に生息する〈タガメ〉について書いた。蛙や、小魚に 抱きつき、栄養分を死ぬまだで吸い取る昆虫で、日本の専業主婦に酷似 しているという分析の書籍を、ここで紹介した。 何か、誰かさんみたい? 〜二年前に取り上げた内容を下にコピー〜
・・・・・・ 5699,老老介護の現実 2016年10月22日(土) * 姉夫婦と従兄弟が老老介護の年齢に 先日の通夜に東京から日帰りでやってきた従兄は、老老介護の真只中。 総武線沿線の葛飾と千葉市近郊に、姉夫婦が三組、父方の親戚が三組が住む。 そのうち姉夫婦の一組と、いとこの二組の連れ三人、4分の1が亡くなっている。 そして残る三組は老老介護の真最中。平均年齢が80歳代に入った老老介護は 日々是戦場状態。長寿が果たして幸せかどうかの問題につき当たる。それでも、 近くに親戚と子供たちが住んでいるのが幸い。連れ合いは、生きているだけ でも老いの身には支えになる。末っ子のため、従兄弟も含めた自分の数歩先の モデルの人生、山あり谷ありが垣間見える。 さほど多くない市内の従兄弟や、 義兄が、去年から今年にかけて3人も亡くなった。後は誰が先か後かの問題。 <死ぬまでは生きている、死んだ瞬間から無になるから、自分の死はない。> と思えば気が楽。現実は、「先に逝ったもの勝ち!」「先に呆けたが勝ち!」 ブログ内検索で『老老介護』を入れたところ、以下の文章があった。 実にシリアスの内容である。 ―― 2011/09/14 閑話小題 〜老老介護 * 老老介護 先日、近くのチャンコ鍋チェーン店に久々に食事に行ったところ、 案内され小座敷の隣に80歳は超えている老夫婦の先客がいた。 少し妙な直感がしたが、別に気にはとめてなかった。しかし私たちが入店 した時には食事が終わっていたのに、私たちが帰る直前まで、そのまま御茶を 飲みながら周りの客の話を聞いている雰囲気が伝わってきた。それは別に問題 ないが、家内がセルフ・サービスのコーヒーを取りに行ったところ、帰りかけで 入り口にいた御婆さんが、家内に「足が痛くて歩けないんだけど、どうしたら よいですか?」と話しかけてきたので、家内は戸惑い「私には、どうにもなら ないんで、店の人に御願いしたらどうですか」と、少し冷たく答えたという。 連れもいるのに見知らずの人に訴えること自体が変で、明らかに痴呆症が半分 入っている風とか。私も腰痛を持っているので、その酷いときの辛さを痛感する ので(痴呆が入ってなくとも)誰彼なく言いたいのも分かる・・・ 長生きは有難いが、そこに精神的、肉体的苦痛の代償を自然は与える。老いた だけ、無念が増す、ということか。 本気で「来年は存在ない」という思いで、 一日一日を生きる時節になってきた。あの人は誰かに愚痴を聞いて欲しかった? のか。長生きはしたいが、老いたくない。この矛盾が老いの問題になってくる。 ―― 2015/05/17 人生相談という気晴らし! 〜�� 『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 さすがの個人主義の哲学者も、老老介護の相談には歯切れが悪い。 介護の世界は複雑で、根深い。極限の場面で、真実を知ったところで、 せめて、気晴らしになるぐらい。最期の最期は、宗教に頼るしかない? ≪ Q: 〜老老介護から人の〈生〉と〈制度〉を問う〜 私は七十四歳の女性。以前の「死ぬ作法」の記事を読み考えるところが多く、 質問させていただきます。私は現在、九十五歳の母親の介護をしております。 昔であれば一番上の子供が還暦を迎えるころには親は天に旅立ってゆくもの でしたが、医療の進歩もあり、寝たきりであっても延命治療が続いております。 世間では後期高齢者医療制度が問題になっていますが、むしろ末期の医療現場を 考えていただきたいと思っています。人が生きるとはどういうことであるのか、 死に近い位置から医療をはじめ生きるということを見直すことが必要ではないか と思っております。哲学のご見地から、寝たきりとなった高齢者の生、死について 何かご示唆いただきたくお願いします。ちなみに私の兄弟三人は皆、病に倒れ 入院生活を送っています。私が倒れたら、どうすればいいものか不安で一杯です。 A: 〜われわれは「生きている」ことの意味が分からないのです〜 これは大変難しいご質問です。私も大学でここ十年ほど「生命倫理」の講義を 受け持ちましたが、さまざまな学説を紹介することはできても、自分の意見を 言えといわれると、とたんに分からなくなる状態です。 逃げのようですが、 あなたのご質問に対して「哲学の見地から」何の示唆もできない、と言うほか ありません。哲学は人を救えないものです。正確に言えば、世界とは、私とは、 時間とは、善悪とは、何か分からなくて悩んでいる人をある程度救えますが、 幸福になりたい人を救う能力は皆無だと確信しています。むしろ、哲学とは 不幸になってもいいから真実を知りたいという欲望をもっている人にのみ 開かれている。真実は必ずしも人々に慰めや、平安や幸福を与えるわけでは なく、逆に不安や不幸を与えるとしても、あえてそれを追究するのですから、 相当ヘンな欲望ですね。そもそも、われわれは「生きている」ことの意味が 分からないのです。ですから、生きているほうが、死んでいることより「いい」 ことを論証できないのです。哲学は「いかに」生きるか「いかに」死ぬかを 教えることはできず(それを安直に言い出す哲学者はニセモノ)、人間が死ぬ ことの意味そのものを問い続けることができるだけです。私も人間ですから、 直観的に「人を殺してはいけない」とか、「老人を虐待してはいけない」という ことは理解できますが、さらに「なぜ?」と問うと途方に暮れてしまいます。 まさに、ここに問題を見出す人のみが哲学に突き進むのであり、そんなことは 何の問題でもない、目の前に苦しんでいる人がいれば助けるのがあたりまえ ではないか、という考えの人は決して哲学の門にはいらないでしょう。・・ ≫ ▼ 難しく、深刻な問題だが、決して他人事ではない。人生の最期は、決して 不幸から逃れることが出来ない現実がある。それに対し、「南無阿弥陀仏」か、 「南無妙法蓮華経」と唱えるしかない。哲学は、「ことの道理」を追求すること が出来ても、人を救うことは出来ない。ということは、人生相談に、哲学は 向いてないことになる。だから、逆に質問の内容そのものの甘さを指摘して 納得させるのが、ベストになる。『人の心の問題は、ほっとけ!』と。
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| 7160,閑話小題 〜さて、恐怖の大統領選挙前のオクトーバーでは |
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2020年10月21日(水)
* あと2週間で米国大統領選挙が… 4年に一度の恐怖の10月に入ったが…! 今のところ、ホワイトハウスの 集団感染とアラスカの大地震以外は、大した動きはない。衆人環視の中では遣り 辛い? ロシア、中国が何か仕掛けてくるはずだが… 有るとしたら米国内のテロ! 高見の見物だが… これも興味本位でオーバーに予測するとフェイクニュースに される。としても、この4年の所業は悪すぎ! 欧州では、コロナ禍の第二波が猛威をふるいだしてきた。深刻だが、 予定どおりのためニュースにならないのが事態の深刻さを端的に現している。 しかしコロナ禍が着々と拡大! 違う現象を含めると、20〜30年スパンの一連と すると、生易しい事態ではない。 政治中枢の権力者は、ワクチン・ネタと、 東京オリンピック・ネタで、目先を誑かすしかない。 ―― * 3〜5年スパンの腰痛が始まった! この半年来、恒例の腰痛が始まった。3〜5年スパンの腰痛だが…季節変りの 要因だが、これが、なかなか治まらない。鈍重にシビレが加わり、一歩先を 進むに冷汗が出る。ジッとしていれば済むのため、リタイアの身もあり、それが 如何した!レベルの問題でしかない。 知人がSJで、階段を後向きに一歩ずつ ソロッと下りていたのは、これか?と吾が身となって初めて気づくことに。 あと数ヶ月の後期高齢者の壁が一つずつ立ち現れている。なる程、この壁は 高くて、硬い! …「独居老人の不安は並大抵ではないのだろう」の言葉が 自然と浮かぶ。
・・・・・・ 6794,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か 〜2 2019年10月21日(月) <僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT> * 旅の目的地は、新しい自分 ;編者が100人の学生の旅行体験から感じたことは:
「旅の目的地は、いつも新しい自分なんだ」ということ。 52年前から此の方、 何時も、旅行先で、それまで背負った肩の荷を振り落としてきた。 旅先で、 新しい何かに出会い、こころと、魂を刺激され、今までの自分に向き合い、 新たな気持ちで歩み出してきた。 異なる世界で、感動し、そこから逆照射して みる日本と自分。その背景は私が過ごしている日常世界。そこに戻っていく返り 旅の機内の中で、新たな視線で、自分を見つめ直す感覚。それは外国でなくても 可能だが、差異の感覚が大きいほど、それまでの自分と、その世界をクッキリと 浮びあわしてくれる。 最初の欧州旅行の衝撃度の大きさは、その後の人生に大きい影響を与えた。 それを経験した100人が集い、11名が経験談を一冊の本にしている。 ここで… 『叩き壊された日本製の当り前』の実感が記されている。 知らなかった世界で出会ったのは、見知らぬ自分。そして新しい視点の私自身と、 ちっぽけな日常。 取分け面白いのが第一フライトと、帰路フライトの機内。 第一フライトは期待と不安で胸が裂けそうになり、帰路フライトは、満ち足りた 気持ちと安堵の感で… 還暦とは、良くいったもの。 ハイライトも過ぎて、 帰路に流れが変わり、「下り坂、最高!」の気持ちに切り替わる頃。
数年前に亡くなった従兄。 20年位前の法事の席で、 『あなたの話の全てが現実的でない!』と、怒るように話しかけてきた。 500mの生活圏から、数年に一度、市外に出るか出ないか。日常世界が、現実と しか思えないようだ。 読書習慣がないため、言語を通したイメージ世界を、 想像出来ない。一歩外に出る勇気を無くしてしまったようだ。その歪んだのが、 先日、映画評でテーマにした『ジョーカー』。 若い時節に経験した挫折感。茫然として、気力も何もかも失われ、ひたすら 暗い気持ちで時を過ごす。残っているのは、それでも、残っているのは、それ まで経験してきた充実感と両親から貰った温み。
・・・・・・ 4601, 読書という体験 ー3 2013年10月21日(月) 「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集) * 読書欲のすすめ ――「本をものにする、これは快感だ!」齋藤孝著 前回の藤原正彦の授業内容がアップダウン方式に対し、斎藤孝は、読む本を 受講者自らが選び、直接、受講生同士が、情報を交換させる方式。一長一短が あるが、融合も可能。 読書の質量を増やすに非常に効果的である。ーその辺りー 《 私は今、「読書しない人間撲滅運動」を展開している。といっても、 明大の教職課程の授業での話だが、これがなかなかいい線まで来ている。 読書をしないのは、受講生約四百人中残り五人ほどになってきた。この場合の 読書しない基準は、一週間何も読まなかったというケースだ。一週間ごとに 何冊読んだかをチェックする。週二、三冊読む者も30%を超えるほどになった。 やり方は簡単だ。一週間に読んだ本をコメント付きのリストにして書いてきて もらい、それを持って教室内を自由に動き回り、学生同士で情報交換をして もらう。これは効く。教師が本をすすめるだけでなく、学生同士の方がむしろ 刺激が強い場合もある。大いに本を読んでいる人間と出会って話を聞くと、 自然に読書欲がかき立てられる。おすすめ本の情報交換は読書のきっかけづくり にはもってこいだ。「本を読む読まないは個人の自由だ」と言う学生がいる。 私は、「本を読まない人間には教師になる資格はない」と言い切ることにして いる。本を読み、勉強し続け、知識を得る喜びを常に味わい続けている者からは、 知識に対する「あこがれ」の熱気が発散される。それが生徒たちの向学心に 火をつけるのだ。私自身が、そうした読書好きの先生たちから多くのいい影響 を受けてきた。授業のはじめに、そのとき読んでいる本の内容を楽しそうに 紹介する先生がいた。本を律疏むことがどれほど楽しいことであるかが、 その話しぶりや表情から伝わってきた。本は買って、線を引きながら読むもの。 本は自分のものにすることが大事。全部読み切れなくても気にすることはない。 途中で倒れても、読んだことにしてしまう。とりあえず読書の目安は文庫百冊。 並行的に何冊も読みすすめる。スポーツと同じ。量が大事だ。人から借りた本 は本気で読めない。本が自分のものにならないと身を入れて読むことができない。 本を自分のものにしてしまうのだ。読んでいるときには微妙な判断力を働かせ ながら読んでいるものだ。...》 ▼ 一週間に読んだ本の学生同士の情報交換方式は、素晴らしい。ネットで、 この直の方法を兼用すれば、更に良い。その点、私たちの時代より、現在の 方が遥かに知的レベルが上がっているはず? 各自に読書日記専用のブログを 持たせ、イントラバックさせれば良いが、教室内で、手書きで、自由に、直接、 交換するところがミソ。知人のブログは読みやすい、のと同じ。一二年間、 このブログが続いているのは、久々に会う知人が、思いのほか親しげに、評論し、 励ましてくれる要素が大きい。読んだ感想を文章化する効用は非常に大きい。 それも同級生同士はライバル心がある為、本の選定から、読み方、受け止め方、 すべてが変わってくるはず。少ないブログの愛読者の中で、誰かブログを公開 して欲しいが。何とか千回、続ければ病みつきになる。 底の浅さの公開は 勇気がいるが、所詮は、こんなもの、と開き直ればよいだけ。
・・・・・・ 6065,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜1 2017年10月21日(土)
法則ではないが、『世界がもし100人の村だったら』がヒットしたのは、 100という数字は、比率として、簡潔に世界の実態を示してくれる。
世界には63億人の人がいますが もしそれを100人の村に縮めるとどうなるのでしょう。 100人のうち
52人が女性です 48人が男性です
30人が子どもで 70人が大人です そのうち7人が お年寄りです
90人が異性愛者で 10人が同性愛者です
70人が有色人種で 30人が白人です
61人がアジア人です 13人がアフリカ人 13人が南北アメリカ人 12人がヨーロッパ人 あとは南太平洋地域の人です ―
ここで、まず思いつくのが、パレートの80:20の法則。 その20を更に、 20:80の4対96に絞り込む「96:4の法則」。「仕事の成果の8割は、費やした 時間全体の2割の時間で生み出している」で考えてみよう。成果の8割は費やした 時間全体の2割の時間で生み出しているかもしれないが、成果へのきっかけ (コツや、的確なアドバイスなど)になったのは、その2割の時間のなかの さらに2割。つまり全体を100としたときの4にすぎない。 ― * パレートの法則(80対20の法則) 簡単に言うと、全体の20%の要素が、大きく影響を与えているというもの。 •売り上げの8割は全顧客の2割が生み出している。 •離婚件数の80%を離婚経験者20%が占めている。 •蟻の群れのうち、真面目に働いているのが80%、働かないのが20%。 例えば、あるサービスを利用する「全体の上位20%が利益の8割を占めている」 ということになり、顧客全員の満足度を増やそうと努力するよりも、上位20% の顧客満足度を上げるよう努力したほうが賢明であるということもできます。 ▼ まず受験校に入る。で、20%に。そして早慶、国立一期校で4%が目安に。 そして一流企業に入り、1%の仲間入り。 逆に下位はヤクザ者か犯罪者に。 義務教育最終年の人達も、この数字のとおりになっている。ノンフィクション の読書に、これを適応すると、「目次、はじめに、終わりに、一章の冒頭と、 最終章の1ページと、図示・統計ページ」で、8割がた理解できる。 ― * 10000時間の法則 マルコム・グラドウェルが提唱した法則で、偉大な成功を収めた起業家や 世界的に有名なスポーツ選手など、何かの分野で天才と呼ばれるようになる 人達に共通しているのは、10,000時間というこれまでに打ち込んできた時間が 関係しているというもの。では今から新しいことに挑戦したとして、どれくらい で天才や一流になれるのでしょう。 例えば、マジックをこれから始めて、1日 3時間練習するとしたら、約9年後には一流ということなります(あれ、意外と早い) ▼ この随想日記のエネルギー投入。 6050のバックナンバー×2〜3時間= 12000〜18000時間になるが、一流など、ほど遠い。せいぜい、珍獣の戯言で しかないのは、基礎工事が軟弱のため。珍獣でも‘獣は獣の考え方がある’程度。
・・・・・・ 6430,閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜1 2018年10月21日(日) * アメリカ中間選挙 アメリカ議会選挙、アメリカのみならず、世界にとっても重要な選挙。 ソ連時代のKJB上りのプーチン大統領の息のかかった泡沫候補が、その力を 借りて大統領になってしまい、泡沫ゆえの政治的素人が、アメリカ第一主義と 称して白人第一主義を打ち出し、露骨な貿易保護主義を世界に押付け始めた。 これがアメリカ白人の本音。 しかし移民の国アメリカの建国精神とはチト 違う。 本音は建て前を自己否定するもの。 それを表に押出すと、建前の 世界の警察が、実は強盗に他ならぬ本性を丸出しになる。この二年、トランプ の政治手法を目の当りにしたアメリカ国民が、どう判断を下すのか、非常に 興味のある選挙になる。 いくら何でも〈トランプがそこそこ善戦〉は無い と思うが… そこで、ネット検索で、改めて議会選挙の状況を検索してみると… ― ≪ アメリカの中間選挙は4年ごとの大統領選挙の中間の年に実施されます。 ことしの中間選挙は11月6日に行われ、 ・100ある上院の議席のうち35の議席、 ・435議席ある下院のすべての議席、 ・そして50の州のうち30の州で知事選が行われます。
☆ 中間選挙は、大統領の任期のちょうど中間に行われることから、大統領選挙 からの2年間の実績や、大統領を支える与党の評価を問う「国民からの審判」 とも言える選挙です。中間選挙が終わると、次の大統領選挙の候補者選びに向けた 駆け引きが表面化することが多く、11月の中間選挙は2年後の2020年の大統領選挙 に向けた前哨戦とも位置づけられています。 ☆ 議会上院は100議席のうち、現在、与党・共和党が51議席、野党・民主党は 同じ会派に所属する無所属の議員2人を含めると49議席で、与党と野党の差は 2議席となっています。 今回の中間選挙では、このうちの35議席が改選され、 非改選の議席と合わせて過半数を確保した党が多数派となります。 ☆ 一方、435議席すべてが改選される議会下院は、現在、共和党が236議席、 民主党が193議席、空席が6議席。過半数は218議席のため、野党・民主党が 多数派となるためには、25議席以上の議席の上積みが必要となる。
中間選挙は歴史的に、政権与党に厳しい審判が下ることが多く、過去30年間に 行われた中間選挙の結果を平均すると、政権与党は上院で4議席、下院では およそ22議席を失っています。
こうした中、共和党が上下両院のどちらかでも過半数を維持できなければ、 トランプ大統領は難しい政権運営を迫られます。そのうえ議会で、いわゆる 「ロシア疑惑」などをめぐってトランプ大統領の弾劾を目指す動きが勢いづく ことも予想され、2年後の大統領選挙にも大きく影響することになります。
逆に、共和党が上下両院で過半数の議席を維持すれば、トランプ大統領は 「信任を得られた」として政権運営に大きな弾みがつくうえ、共和党内からの 支持もより取付けやすくなるため、安定した政権のかじ取りで、次の大統領 選挙での再選も視野に入ってきます。中間選挙の結果、与党・共和党が引き続き 上下両院の過半数を維持できるのか、それとも野党・民主党が両院のどちらかで 多数派を奪還し、政権与党と議会の多数派が「ねじれ」の状態となるのか。 トランプ大統領は、任期の折り返し地点でアメリカ国民からどのような審判を 受けるのかが焦点となります。
しかしトランプ大統領の人気は根強く、共和党支持者の間のトランプ大統領の 支持率はこの1か月の世論調査でも8割を超えています。この人気にあやかって、 不法移民対策や貿易問題でトランプ大統領と同じ主張をする「ミニトランプ」 ともいえる候補者も増えています。こうした状況に伝統的な保守派の間では、 共和党の「トランプ化」が進み、長年の伝統が失われるという懸念の声も 上がっています。 ≫
― ▼ 数日前にみた映画は、ブルース・ウィリアム『デス・ウィッシュ』。 これが明らかに白人第一主義者のトランプを擁護するような露骨な内容。 流れからして、共和党の惨敗になるのだろうが… 黒人大統領の後に、 クリントンの女大統領選出を拒否したのは分からないでもないが…これでは? 頭も尻尾も、その上にハラワタ(白人下層)も腐ってしまったアメリカ。 ロシアも、中国も、北朝鮮も、共和党惨敗を先読みしていたとしたら… アメリカ保守層からしたら、頼りなさそうな民主党より、少々、頭が軽く とも、頼りに有りそなトランプの選択も… でも惨敗だろう! ーつづく ・・・・・・ 4968,閑話小題 ー女のカースト制度 2014年10月21日(火) * 美人カースト制度 先日のTVのトークショーで、ある女性タレントが、女世界の 「美人カースト制」の存在を話していた。言われてみれば成るほど! 『女社会には、美しさの三角形をなしたカースト制があり、美人ほど、 その階層が高く、歴然とした序列が決まっている。美人は同レベルの人 だけで仲間をつくり、それ以外は仲間に入れない。入れると、僻み妬みが 入りバランスが崩れるため。』とか。女という生きものは、自分を引き立たす ため、少し劣っている人を仲間にすると思っていたが・・ 女性職場の経験 からみて、思い当たる節がある話。特にギャルまでは、美しさが大きな価値 判断になる。それまで育ってきた過程で、彼女らには値踏みが付いてきたし、 自覚がある。美人かどうかは、両親からの問題(親の因果が子に報い)だが、 これは本人には、どうにもならない運命の問題。私の姉4人は美人系だったが、 顔と身体の均整が取れているだけで、それが何?でしかない。が、独身時には うら若い女性となると、全く違って見えてくる。 初対面の女性同士はまず、 相手の年齢や服装や住所やバッグなどの持ち物から「相手のレベル」を察知、 自分に近いかどうかを判断してから付合い方を決めてくる。 女カーストには、他にマンションカースト、ママカースト、 ヒルズカースト、キャリアカースト制度がある。 ◎マンションカーストは、住んでいるマンションと、住んでいる階層で、 ◎ママカーストは、旦那の社会的格付けで、 ◎ヒルズカーストは、そのヒルズ(丘の上の住民)のレベルで、 ◎キャリアカーストは、職場などの、キャリアで格付けされる。 面白いといえば面白いが・・ 逆に超越さえしてしまえば、本当に楽なだが・・ それにしても、美人カーストの存在とは、面白い! で、往年の美女? その後、どうなった? 年齢でバランスを崩してしまえば、ただの?? だから、コンプレックス広告に引っかかる。バランス修正で世界が一変する なら、韓国みたいに、どんどん整形すればよい! 即席で、化粧があるが、 見慣れてしまえば、皆、同じ。いや、そうでもないか? まあ、娑婆は面白い! 石も集まりゃ、砂利だが。
・・・・・・ 5698,閑話小題 〜県知事選の結果に ~�� 2016年10月21日(金) * ドラフト会議 昨夜、ドラフト会議があった。指名枠にある選手にとって、人生を左右 する運命がクジ引きで選択される場面は、みる者には、たまらなく面白い。 幸運?にもとれた選手が当りか外れは、数年経ってしか判明しない。 翌年から、中軸として活躍するのもいれば、プロ向きでなく、そのまま消えて いく選手も多い。 大相撲は、本当に強いのは、そのまま、幕内まで、駆け 上がっていくのが通例。何故か怪我が少ない。最近、こういう大物は、白鵬と、 朝青龍以外、存在しない。十両と、幕下に、個性的な力士が数人いるが、大物 というと、どうだろう。 有望力士が多くが怪我で消えていくケースが多い。 高校野球と高校相撲と柔道に数名、超大物がいるが、これらがプロとして 表だってくるには、あと3~4年は要する。 * 県知事選の結果に ~�� 県知事選に、原発再開慎重派の県知事が生まれた。この結果は、地元経済に とって大打撃になる。柏崎刈羽原発は、世界最大の規模である。その近くで、 二度の大地震が現実に起きている。一つ間違えると、福島原発事故のように、 溶解の可能性もあった。再開に異議をとなえた泉田は、明らかに策略?と、 おぼしき手段で、再選を断念した。三期で充分だが、原発に対する現地民の 危機感を、森元長岡市長は読み違えた。選挙運動の彼の態度には、既に県知事 の風格が滲み出ていた。 もう一つ、東京都知事選挙に続いての新潟県知事選の自民党の敗退の意味 するところは、利権の塊のような風貌の幹事長の傲慢な態度と、本性を露骨に 表してきた自民党の体質。これが、そのまま、TVや、ネットで流れている。 豊洲市場の談合疑惑や、盛り土の変更問題、明らかに汚職の痕跡が露わである。 更に、富山市の市議の不正受給の問題もある。北方領土の返還交渉成立直後、 アベノミックスの失敗が表立つ前の衆院の解散を目論んでいるが、前回のような 二匹目のドジョウがいるかどうか。改憲には賛成の私には複雑な感がするが。
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| 7159,閑話小題 〜 なる程、世間様を娑婆というが… |
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2020年10月20日(火)
* 老い先が短くなると… 老い先が段々と短くなると、過っての危機を今更ながら思いだす。連帯保証 の『受けハン』や、役員の就任など、私の無知、経験不足を狙われたことなど。 報酬次第と安請け合いをしたが、実は、お家騒動のイザコザの泥除け役。 社内の人たちを上手く使っていたが、それも限界となり、私に、その役割に… 引っ掛け、未遂を思いだす。連帯保証は数千万から一億規模だが、私にとっては 大金。恐ろしいのが、その事態の重さを当人が知ってか、知らずか! その前に 何度か、営業で、何度か誑かされた経験があり、それは上手く切抜けられていた。 さてと迷っているうちに、ある手練手管の経営者の知人に、その懸案を相談すると、 <自分も煽てられ、気楽に役員になったが、どんどん深みに嵌り酷い目に あった。何時の間に、受け判や、保証人に引きこまれますよ!>と! そこで調べると、それはそれは… その人は亡くなってしまったが、 悪意はないが、その辺は手練手管!文章化した文案を手書きを持ってくるように、 要求すると、その都度、言葉を左右に、その場を離れようとする。 口約束で、その場を濁し、約束を履行しないのが常套と、元部下から教えて 貰った。 誠実そうな人物だが、空口約束で惚けられた経験があったため、直に忠告に 危険性に気づいたが… 資金を引出すには、骨董ネタか、手形の裏判か、役員に引入れ連判をとる 方法がある。…連帯保証ほど汚い手口はない。そういう場面は、何回か経験 しているが、幼児の頃から両親に、その手口を聞かされてきた。 酒を飲まされ、手練手管でノウと言えない設定をして巧妙に迫ってくる。 普段から、<家訓に、裏判や、共同経営の話に乗らないのが家訓>と、繰返し 話していても、その辺りをすりぬけ巧妙に迫ってくる。騙す気を二重三重に オブラートを掛けてくる。現場から離れて、暫く経つと、それらの場面が、鮮明 に思いだされ、見えてくるのが、こういう経験! 何が悪いかといえば、それら を熟知した金融!
人品卑しからぬ人が、似つかわしくない立場にいた。 本人曰く… 『某○○大学を出て出世コースにいたが、妻が社宅の知人に頼まれ、自分に内緒 で、連帯なら大したことがないと騙されて、気楽に連帯保証の受け判を押して しまった! その為に、現在、汚れ役の、この仕事をする羽目になった。』 よく、聞く話である。 親族の倒産劇で、直に弁護士が、債権者に私が名を 連ねているか否かを聞くという。難敵の私から落せと金融機関が迫るのが当然、 解るが… 次回は、手元にある『債権者の一覧表』について… 『エッ、彼方のではありません! 2人とも故人です!』
・・・・・・ 2019年10月20日(日) 6793,映画評 〜『ジョーカー』 −2 * 人間の悪の原点とは 重く、息苦しく感じるのは、人間の原罪を目の当たりにする内容だから。 誰もが内に秘める狂気が何かをキッカケに呆気なく爆発する。ヒットラーに しろ、スターリンも、こういう狂気を秘めていた。多かれ少なかれ人間には、 傷があり、それが膿んで心を歪めている。 ジョーカーこと「アーサー」は、 心優しさが、実は自分を苦しめさせている。恐ろしいのは、このピエロの 殺人鬼に底辺の人たちが喝采の浴びせ、英雄視されること。人生を真面に生きる ことは、「狂気」に生きることか? 一人の人間の中には、生命誕生以来の 経験が刻まれている。弱肉強食の結果、それぞれが特徴を生かした結果が、 現時点の自分が存在している。我々は、この小さな肉体の中に、知識という 情報を詰め込まれて、満ち溢れた欲望で窒息しそうに生きている。ある意味、 既に生まれ落ちた時から人生が決まっている。問題は母親。「親の顔が見て みたい」…それである。
その時、アーサーのジョーカーが、トランプ大統領に重ねってみえたのは、 これ如何に!
〜ネットに、要所をついた評論があった〜 ≪ ジョーカーは父親の暴力によって笑病を発症したと記載しましたが、 この事実が明らかになるのは劇終盤。のちのジョーカーこと「アーサー」 は、年老いた母と二人暮らしをしています。 この母は市議選に立候補した「トーマス・ウェイン」に過去、仕えていたこと があり、ウェインから援助をしてもらいたいと、たびたび彼に手紙を送っています。 トーマス・ウェインは、のちのバットマンであるブルースの父です。 中盤にさしかかり、母親がトーマスに宛てた手紙をアーサーは盗み見しました。 そこには、トーマスと母の間にできた子供がアーサーで、アーサーはトーマスの 息子であることが記載されており、アーサーは驚愕すると同時に激怒。 母を問い詰めて母からトーマスの息子である旨を聞き出します。 自分はトーマスの息子だと知ったアーサーは、トーマスのもとへ行きますが、 トーマスから「いかれ女がいう戯言である」「母親と関係を持ったことはない」 「お前はあの女の養子だ」と殴られ、追い返されてしまいました。
トーマスから母親が精神病院に入院していたことを聞いたアーサーは、 トーマスが言っていたことが本当かどうか、病院で記録を確かめます。 その記録には、 ・アーサーが母と血のつながりのない養子であること ・アーサーは母の恋人の暴力で頭部に損傷を受けたこと(これが原因で笑病に なったとは記載されていませんが、おそらくこれが原因) ・母がそれを全く止めなかった(ネグレクト) ・父は本当にトーマスではなかったなど…知りたくもない事実が記載されていた。
また、衝撃の事実が判明したころアーサーが付き合っていたと思っていた相手も、 アーサーが薬の副作用で幻覚を見ていただけで付き合っておらず、彼は独り ぼっちであることを思い知らされる。仕事もリストラされ、信じていた母に 裏切られ、全てをなくしてしまったアーサーはジョーカーにならざるを得な かったのかもしれません……。
結局ジョーカーは再度つかまり、精神病棟にいれられてしまいます。 しかし、面談が終わり、部屋から出てきて廊下を歩くジョーカーの足跡は血に 染まっていました。このことから、ジョーカーは誰かを殺し、病棟から出よう としている?のではないかと思わせる終わり方をしています。 ≫
― ▼ 暴発殺人から始まった異常殺戮の当人に感情移入に入っている自分に 驚いてしまう。 〜ジョーカーとは。 1 しゃれや冗談をいつも言う人。道化者。 2 トランプで、道化師の絵などが描いてある番外の札。最高の切り札、または 手元にない札の代用として使う。「ばばをひく」の「ばば」。 あたりの悪い「はは」を「ババ」とは、これ如何に? 人生には、どん底に 幾回か陥ることが… その時の、気分が、このジョーカーを貫いていた心地か。 アーサーの「病気故に笑うことをコントロール出来ない」という症状。 笑いが止まらくなって狂い死ぬケースも。一気飲みをして泥酔した同僚が、笑い だして、死ぬのではないかと…ゲラゲラと笑いが止まらなくて、本当に苦しそう だった。最後は疲れて寝入ってしまって事なきをえた。 それまで付いていたも 全てが、その時に落ちた?
・・・・・・ 6064,閑話小題 〜負と、正のエネルギー 2017年10月20日(金) * 負のエネルギーと、正のエネルギー 何処の社会にも、より「負のエネルギー」を背負った人と、「正のエネルギ―」 を背負った人が存在する。「負のエネルギー」を背負った人は、負に呼応して 近づいてくる。己の負を他の負にチューニングをする技術は高度? 人生一般に 恵まれなかったダークなればこそ…。逆に「正のエネルギー」の強い人が存在する。 NHKTV「グローズアップ現代」で、3人の高校野球のスラッガーを特集していた。 彼らに見てとれたのが、強力な「正のエネルギー」。〜NHKのブログによると… 【・清原和博の大会最多本塁打記録を塗り替えた広陵高校の中村奨成選手。 ・甲子園出場は逃したものの、高校通算最多とされる本塁打数を更新した 早稲田実業の清宮幸太郎選手と、 ・通算65号で清原の記録を超えた履正社・安田尚憲内野手。 3人の超高校級スラッガーたちに見えてきたのは、親がかりの、たぐいまれなる 素質と努力がある。現代高校野球の劇的な「進化」。他に、両親や監督 の連携もあるが、「正のエネルギー」に満ちている。】 素直で、前向きで、明るく、健康的な心身。「正のアドバンテージ」がベース にある。 (幸福優位7つの法則ショーン・エイカー著)によると、 【 ハーバード大の優秀な一群への調査で、「ハピネス・アドバンテージ (幸福優位性)は、「成功が幸せの周りを回るのであって、幸せの周りを成功が 回るのではないことを示すという「ロサダライン」の法則がある。 <心理学者であり、ビジネスコンサルタントであるマルシャル・ロサダが発見した 重要な数字。「2・90対1」。「メンバー間のポジティブな相互作用とネガティブ な相互作用の比率」が最低でも「約3対1」の割合が必要。このライン以下だと、 チームの仕事ぶりは一気に落ち込む。調査では「6対1」が理想。ポジティブな フィードバックとやり取りが、職場の生産性を上げ、業績を上げてくれる。】 ― ▼ この生活習慣や行動パターンが、豊かな人生への道になる。通ってるジムで、 3月に一度は不快な事象で休みたくなる。 その時、内語で「少なくとも3倍は プラス要素があるはず」と思い考えると、全く、その通り。何か判断を迫られ たとき、この「3対1の法則」を当てはめると良い。とにかく、決断は先延ばし にしたくなるが、後になるほど、数倍のエネルギーを要する。 動物は狩るもの、狩られるものの両面がある。前者は失敗しても、次の機会が あるが、後者は、そこで終わる。だから負の最悪事態にとらわれる。しかし、 何事も、より正のエネルギーを増やそうとすれば、より多くの負の危険を乗越え なければ。 歪んだ老人や病的後ろ向きの人の歪んだヘドロのような視線。 その人自身と先祖が積重ねてきた「負の遺産」そのもの。 老いるにつれ、 この負の遺産である毒が溜まってくる。 このドブ掃除には、知らないこと、 面白そうなこと、好きなことをみつけ、自分に注ぎ込み続ける必要がある。 老いるとは無念だが避けて通れない独り道。だが宵の独り宴会?も、工夫で、 楽しくなるもの。 今の私は、スケジュールの御蔭で何とか、「6対1」を維持。 時々、3月に一度は大揺れ? になるが、せいぜい全治3日間。 この程度は、 平凡な日々のストレスに、丁度良い按配。 〜追い書き〜 これも偶然だが、面白いことに、文脈として去年の文章に丁度よく続く。 かくいう私も愚痴をつぶやく哀れな老人。 <恋はやさしい 野辺の花よ>から、<老いは悲し 野辺の愚痴よ>ですか。 ―――― 5697,閑話小題 〜愚痴言う老人 2016年10月20日(木) * 愚痴言う老人 とある法事に出席する度に、いつも聞こえてくるのが、✖の愚痴と小言。 不快だったこともあり、その幾つかを 記憶している。 ・「後期高齢者の名前が気にくわない。」 「免許証の返納も、私たちには嫌味としか聞こえない。」 私も、あと4年になると解らないでもないが。 ・「最近の若者はなってない。」 この言葉、数千年前のエジプトのピラミッドに書いてあった 人類永遠のテーマの事実を知らないためか、平気で人前で言う。 永遠のテーマといえば、旧約聖書の「カインとアベル」の、長男カインと 父アダムとの親子対立。 最近、飲み会で、「長男と二世帯同居をしたが、 これが大きな誤りだった。」と愚痴るから、「それ、旧約聖書にも出てくる、 人類永遠のテーマで、タブーは元もと分かっていたこと。」と諭すと、 「全く知らなかった!」と宣う。 ・「昔は、本当に良かった。それにしても、生きづらい世の中だ。」 この言葉は、老化状況をはかる物差の言葉、これを言いだしたら、 認知症の初期?現象。 ・今回の通夜では、「あの人、リタイアをして威張れなくなったので、 その怒りを周囲にぶつけている。」これは、一線から退いた万人にいえる ため、誰も良い気持ちがしない。 特に私には? そうこう、書きだしてみると、さほど酷い愚痴でもない? しかし70〜80歳を 超えた愚痴は、毒を含んで生なましく語るため、聞こえた人の心に黒く残る。 読書習慣なしで、「世間話」に明け暮れしてきた人生がうかがえる。 もしかして、ここで書いてきた怒りの籠った内容、こんなものでない? 老化は日々進んでいく。 問題は、その自覚と対策。今さら遅いか? つくづく老いて思うことは、長年かけた教養の程度。下は見えても、上から 視線は見えないから始末が悪い。「・・ったく」と思うことが、あまりに多い。 こうして他者を批判するのは、所詮は、内なる己を、自分の仮身を語っている に過ぎない。 4年前に、「老いの鬱屈」についての書評があった。 故人の家の法事で、この人の愚痴を聞いたことや、多くの半ボケ老人を 目の当たりにして、以下の本を図書館で見つけて、テーマにしたようだ。 ―ー― 2012/06/04 老いの見本帳ーダークサイト −8 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著) * 老いと鬱屈 私の嫌いな言葉に「世間」がある。日本の社会は、「世間」という言葉と 視線に常に怯えて暮らしている。属している社会が固定化されているほど、 そこには難儀なものを抱えたグロテスクな世界ができている。それで一生 何も出来ないで死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 その不快な毒を体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。 老化は、否が応でも毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。 だから、熟年になったら群れてはならない。 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。 ≪老いることは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとで動じない」 人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり 面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするような ことへの免疫を獲得していく過程ではないのか。 難儀なことを解決するのか、 避けるのか、無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、 とにかく次第にうろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの 喜ばしい側面ではないかとわたしは思っていたのだった。 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々 の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも 馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい事象は、砒素や重金属 のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。 だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら 難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどんグロテスクになっていき、 鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・老いても 鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには事欠かない。遅かれ早かれ、 この世界のほうを、さながら迷子みたいに置き去りにしてやれるのである・・≫ ▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺する のに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則。」 は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、その毒は 体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、体内の毒は、 ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため面白いのである。 これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染むのである。 本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと初め から割り切って孤立していた方が良い?
・・・・・・ 5332,閑話小題 〜人生のリハビリ 2015年10月20日(火) * 人生のリハビリ 会社清算から4年半になるが、現時点の実感は、その結果のリハビリより、 「創業の準備を含めた事業人生45年間で歪んでしまった異型の自分を一度 リセット、本来の人間性に戻すべく、再出発の日々を過ごしている」という ところか。 資本主義という拝金主義から、一度離れて、地球上の大自然、 身近な自然、文化・文明を見直し、せっかく訪れた地球を改めて見直し、 人生を振り返り、味わうために、現在の自由な時間を与えられていることに 気づくことだ。リセットは、こういうものか。 ある意味、人生で一番、 落ち着いた時である。異型があるから、今がある。 * ぬるい幸福は人を駄目にする 「ぬるい幸福は作家を駄目にする」という作家の言葉があるが、これは万人 にも言えること。そのぬるい幸福を私たち凡人が目指しているのだから・・ 「そのどこが悪い!」といえば、それまでだが、その人は、そこまで。 人の一生は、常に変化する社会と、時代の中で、「変化、闘い、挑戦」が 間断なく押し寄せてくる。考えてみれば、ぬくい幸福などは束の間の幻想。 今が、その「ぬるい幸福」の時かも。しかし、その一瞬の味わいが、 人生の味になる。 今さら駄目でも何でもよい!ぬるさが一番である。
・・・・・・ 4967,閑話小題 ー夜半、4時間の熟睡の後 2014年10月20日(月) * 4時間の熟睡後に 以前から20時半に就寝するようになったが、熟睡後、目が覚めるのが 0時前後。一度トイレに行き、水を飲んで床に就くが、その辺りに家内も就寝。 ところが起床の4時まで、半睡と覚醒が交差するが、この時間を楽しめないかと 長年かけ工夫している。臨床心理士によると、「布団の中の考え事は、たいてい 考えすぎ。とりあえず起きて、トイレや、水を飲んだりして体を動かすと良い」 という。私は既にトイレも、水も飲んでしまっているので、その時間を苦痛と 思わないようにコントロールしている。その一つに、この随想日記のテーマや、 内容を考えたりしているが、マイナーの考えを厳禁にしている。それでも時に 不快いに思うと、煉獄につながれた状態?になる。「このボ〜ッとして状態こそ、 最高!」と、心に言い聞かせていると、そう思えてくるから不思議。週2〜3回 のヨガで、最後の5分間の「死者のポーズ」で、大の字になり全身を脱力をして 横たわるが、その感覚を思い出し、宇宙の一点に独り漂っているイメージを 持つようにする。これを楽しめるかどうかが、問題でもある。 で、このところ一種の瞑想状態になっている。 もう一つの問題は寝返り。一晩に大体20〜30回、寝返りをうつというが、 寝返りは、その日の身体の動きから生じた歪みを取り除く無意識の体操でもある という。成るほど、寝返りの多い日は、終日、机やテレビの前でジッとしている。 仰向けの姿勢が良いとされているが、仏様の入滅の時の右側向きを子供の頃から とっている。胎児が子宮内にいる時が、この姿勢という。数年前から低反発の クッションと枕を使い出してから、眠りが深くなったが、これはお勧めである。
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| 7158,閑話小題 〜何故か不思議な東京の感染者数 |
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2020年10月19日(月)
* 米国、欧州のコロナ禍に本格的な第二波が… 〜パリなど夜間外出禁止に、新型コロナ第2波のフランス〜 出来っこない東京オリンピックに何故に拘る? 衆院を解散し、与党議員を 増やしたいためか? 欲望と、腐敗の政治の世界から這い上がってきた首相が 故に何をしでかすか… 何でも有り? 即効性あるワクチンなぞ、即席で配布 できないぐらいは、誰でも解っていること。パンデミックは、最悪の事態に 向って確実に拡大し続けている。地球規模の災害は既に起ってしまった。 腹を括って、逃げるが勝ち! 転でバラバラに逃げるかの境目。 以下のニュースは、何も今さら!
【 フランスのマクロン大統領は14日、パリを含む地域圏とマルセイユや リヨンなど8つの大都市圏で17日午前0時から4週間、午後9時〜午前 6時までの外出を禁止すると発表しました。違反した場合、日本円にして 1万6000円の罰金が科されます。 マクロン大統領は「ロックダウンはどうしても避けなければならない」と 述べ、感染拡大の抑止効果が見込める夜間外出禁止に踏み切ったと説明。 公共交通機関は運行していて許可証があれば通勤などは認められますが、 レストランなどは午後9時の閉店を迫られることになります。 「自由が制限されたロックダウンにならないだけ、まだ良かったのかも」 (パリ市民) 「営業にならないから店を閉めようと思っている。飲食店には大惨事だ」 (レストラン店長) フランスでは14日も一日の新規感染者が2万人を超えていて、 マクロン大統領は6週間程度続ける意向も示しています。 その前にスペインの首都マドリードで感染拡大抑制に向けたロックダウン (都市封鎖)措置が数日中に再導入された。 】 ― ▼ この春先、北イタリア、スランス、スペインでコロナ禍で、都市封鎖が 実施され、その後に米国、日本に飛び火した、この流れはアジア・アフリカ にも飛び火。日本でも11月の中旬にかけて、同じような非常事態宣言が起る こと必定。島国で、比較的に安全と言われる、日本も、第二波で、感染拡大は 避けられない。景気は更に、落ち込むことに。問題は、何処かの国の??が、 戦争を仕掛ける心配がある。実に危ない! 中国陰謀説がまことしとやかに 流され勃発的に、何処かのホビット〈親指人形)がミサイルを撃ったことにし… 東京が200人前後。その百倍がパリのの感染者数というから… 衛生観念の 違いとはいえ、二桁とは、これ如何に?
・・・・・・ 6792,映画評 〜『ジョーカー』 2019年10月19日(土) * 気持ち悪くて正視できなかったが、そこが面白い! バッドマンの悪役ジョーカーの由来を演じたドラマで、内容は暗い。 決して軽くない精神疾患を抱えも何とか生きてきた大道芸人だった男が、 ある時、爆発する。精神疾患?の映画といえば、明るく切ない内容 「フォレスト・ガンプ 一期一会」がある。長い人生の中で誰もが 精神的に傷つき、それを乗越えてきた。真面に生きるほど、それは深い。 身近に、その事例を多く見るが… 因縁が悪い方向に逆回転すると、 それは駄馬も駿馬に変わる。その時節は、早々に倒れて、時が過ぎ去るのを 待てばよいものを… 見ていて、何かしら、内なる暗いエネルギーが頭を もたげてきそうな感覚になりげそうな。この映画の暗さに、途中で席を立ち たくなったが、此処は踏ん張りどこと、堪えていたら、そこが狙い何処の ようで、次々と、殺戮が始まって、狂った主人公の世界に引きづりこまれて いった。成るほど、これは面白い!と、思わせてくれた。このピエロ殺人に 下層階級が、ジョーカーを英雄視し、喝さいするところが観客の一員として、 何とか慰めてくれる。 見ようかどうか迷った末に見たが、導入1時間は、 きついとしても、見るべき映画。もしかして『アカデミー賞』が貰えるかも? それだけの力作を感じとれた。 評価は、90点。
〜あらすじ〜 孤独で心の優しいアーサー(ホアキン・フェニックス)は、母の「どんなときも 笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を心に刻みコメディアンを目指す。 ピエロのメイクをして大道芸を披露しながら母を助ける彼は、同じアパートの 住人ソフィーにひそかに思いを寄せていた。 そして、笑いのある人生は 素晴らしいと信じ、底辺からの脱出を試みる。
―― ▼ 物語の力を感じさせる映画。社会の底辺で、母親の面倒を看る精神疾患の男。 誰も、自分たちには注意を一切、むけてくれない孤立した人たちが群れるのが 大都会。そこで、一度、底辺に落込んだら… だからピエロ姿の殺人者に対して、 同調者が英雄に祭り上げる社会風刺そのものが味がある。 劇場から出てきた 中年女性同士の会話が、『さっぱり、理解できなかった』と。 遺跡巡りが 好きな人が、『家内が、こんな工事現場のような石組の何が良いの?』と 不思議そうに言うがごとし。 ここで、フッと浮んで来たのが、『悪魔の代弁者』。 そこで連想した言葉が、『悪魔の大便』。 そう、あの男どもが、そうか? いや、自分のことですか。これを、ある人物に的を絞ったテーマにしたら… 当人、一生の傷になる? 頭に浮かんだだけで、まずは20〜30人は軽く出てくる。 人生の30%は、影として、マイナスが歴然と存在している。それも絶対必要条件!
・・・・・・ 6428,閑話小題 〜過去の同月同日と再会して 2018年10月19日(金) * 誰だろう、過去の不思議な自分は 現在乗っている二代目の電動アシスト自転車。既に5年も乗っていたことに 驚いている。3月末から11月末まで8ヶ月間、雨が降らない限り、連日、一時間、 信濃川の二つの大橋を一周して帰ってくる。前の自転車は5年。これが5年になる から、10年になる。前のは、5年でボロボロ。しかし現在のは、ブレーキ修理と、 パンクが一度。タイヤ交換の時期に来ているが、あと数年は持ちそうだ。 以前のは、小型の『マウンテンバイク』。現在のはクロスバイク。マウンテンと、 シティバイクがクロスした中間。シティバイクを、通称『ママチャリ』という のに対し、『パパチャリ』という。道路で見かける本格的アマチュアが乗ってる のが、『ロードバイク』。競技用のバイクが『トラックレーサー』という。 ロードバイクに乗っていた男が、猛スピードで道路の真中を、電動アシストを 乗っていた男を怒鳴りつけたくなるのも分からないでもないが… 自転車は、確かに危険な乗り物。その対策として、コースを土手と、バイパスの 側道を9割以上にして、原則7時までに限定。一度だけ、雨道で転倒した以外は、 ほぼない。自転車とはいえ、乗ってしまうと、危険に対するギアが切り替わる。 一つ間違えれば死の危険が伴う。だから、面白いのだが。 毎朝、一テーマで、一文章を書上げ、過去の文章を書上げていると、 <何だろう、誰だろう。この過去の不思議な自分は?>と思うことしきり。 この文章も、書上げた後に、過去文を読返して、5年前の同日の内容を読んで、 急遽、変更して書いたテーマ。
・・・・・・ 4599, 閑話小題 ー二代目・電動アシスト自転車 2013年10月19日(土) * 二代目・電動アシスト自転車 ブレーキが前後とも壊れ、来春予定していた電動アシスト自転車を購入して から、一ヶ月足らずになる。これまではマウンテンバイク(MTB)だったが、 今度ものはクロスバイク。値段は4年間で電動アシストの普及もあり、全体的 にみて3〜4割は値下がりをした。MTBはスポーツチェーン店の通販で買った 中国製。やはり故障続きであった。しかし、電動アシストの楽しさは十二分に 味わうことができ、既に1万キロは走った。冬期を除いた毎朝、一時間、年間 200日は乗るので、一回百円とすると、償却は済んだことになる。 実感としての価値は、300円〜500円はある。で、新しいクロスバイクは、 値段が二倍、一日200円になるが、価値は充分にある。雨の日にスリップして、 転倒したが、車さえ気をつけ注意をすれば、それほど危険でない。毎朝、 10キロ以上は乗って5日に一回の充電で済んでいる。クラッチを最大の重さ にして、電力を使うパワーにして乗っているが、ロードレーサー並みの速さ。 少しオーバーに表現すると、地上を走る車輪付きのグライダーか、水上を走る ミニエンジン付きヨットという感覚である。で、兼用して乗るつもりだったが、 一度MTBに乗ったが、もう乗る気がなくなり、昨日、知人に引取って貰った。 ・・・・・・ 5696,‘我慢内燃説’ 2016年10月19日(水) <20歳からの人生の考え方ー外山滋比古著> * 我慢の善用活用、‘我慢内燃説’ 他の著書の中に、「キズをのり越える努力が、人を大きくする」がある。 <青森で朝市に寄ってリンゴを買った。私が、「キズのあるリンゴの方が甘いん ですよね」と言うと、おばあさんが「東京の人のようだけど、よく御存じで。 みんなに 嫌われているキズのついたリンゴ。傷をかばおうとして、力を出す のであろう。無キズのリンゴよりうまくなる。キズのないリンゴがなまけて いるわけではないが、少しいたんだ方が、おいしい。> 人間も似ている。秀才は、傷なしの特上のリンゴ。天才は傷だらけだが、 特質の能力がある。このリンゴから例えると、よく理解が出来る。 ここで、「我慢の善用活用、‘我慢内燃説’」を述べる。 〜p-139 ≪ 我慢を通せば、病気になるし、我慢をしないと無作法で反社会的になる。 どうしたら、悪玉我慢を善玉我慢に転化できるか考えどこ。長い間、考えた末、 ひとつの解決法を得た。 それを‘我慢内燃説’と勝手に命名した。 我慢のストレスは、ガソリンのようなもの。そのままで不用意に火を近づければ、 引火する恐れがある。我慢をガソリンとすると、そのまま発散すれば、その場限り になる。じっと我慢すれば、内圧が高まって、ストレス化する。その内圧を燃焼 すれば、恐ろしいほどの力が生まれる。いつまでもストレスをためておくのは 愚かなこと。充分に高まったら、目的のため噴出させる。発噴とは、その内燃 を元に大きなことをうごかせる心的活動だと考えることが出来る。 ≫ ▼ リンゴの自然治癒力と、我慢の善用活用、の作用は似ている。 人生の節目時は、破壊から創造への変化への我慢時。それまでのプラス、 マイナスが、同時に覆い被さってくる『真実の時』。 その時、溜まった エネルギーが新たな変化を生む。創造にはなくてはならない条件である。 既存の自分を一度、ゼロにして、新たな目標にむかう節目時である。 <順境には枝を、逆境には根を張れ!>という諺がある。リタイア時期を 過ぎても、枝にしがみついて人、例えば森元首相や、石原慎太郎のような人を みるにつけ、人生の不条理を見る思いになる。人生も見切り万両である。 でないと、人生にとっての「死に損ない」になる。
・・・・・・ 4966,閑話小題 〜ある男の動揺 2014年10月19日(日) * 80までは生きれると思っていたけど! ある飲み会で一年ぶりに出会った男が出会いがしらに、 「最近、切腹をした。もう長生き出来そうもない。片足、いや両足を 棺おけに入った。80歳までは生きると思っていたけど!」と悲鳴。やり手? だが、人の弱点を見ると見境なく攻撃をする性格で、三年半前の私の倒産劇 以来、三度の会で、続けて露骨な嫌味を言っていた。三度目の会で、目前の座席。 早速、私への攻撃が始まった。「俺は学が無いので、哲学などは分からないが〜」 と、薄笑い。その言葉には(その様は何だ)との皮肉が込められていた。 それまでの二度は、聞き流していたが、この言葉にはカチッときた。 5年程前の話になるが、本人の趣味の茶器づくりが認められ、銀行のロビー に飾られ本人が有頂天だった頃、その人と親しい知人から、「あの男、私生活も、 茶器づくりりも、仕事もスランプらしい」と聞いていた。たまたまポタリング をしていると、車が停まり、当人が話しかけてきた。それが偶然、本人の会社前。 「まあ、お茶でも飲んでいけや!」と誘われるまま、事務所に行ったところ、 応接室に茶器が並んでいて、素人としてはナカナカの出来栄え。 「何でもよいから一つくれないか」というと、快諾。その数日後、自慢の豪邸? に家内と行くことになった。その時の茶器の御礼に何かと考えた時思い出した のが彼のスランプ。 初心者用に噛み砕いた哲学を説く池田昌子の 「14歳からの哲学ー考えるための教科書」を持っていった。それを逆手に とって、皮肉を言ってきたのである。酒の勢いもあって「茶器は、作者の魂の 顕現そのもの。 あなたが茶器づくりなどでスランプというから、ヒントにと 本をあげたのだ!スランプ解消には『魂そのものが何か』が分からなくては ならないはず・・ 『魂を叩き込むとは、自分の持っている全てを作品に 叩きつけることだろう。』」と、怒鳴りつけていた。 其処にいた、 ほかの何人かも、私の言葉に同調。その直後、幹事が会の予算が足りないと 当人に資金補助を頼みに来たところ、内ポケットの数万を私の前に投げつけた。 もし金に貧していたら深く傷ついただろうが・・ あまり経験出来ない面白い 遣り取り。それから一年ぶりの再会で、これ。 余命数ヶ月?に感じられた 深刻な様相だったが、それは恐ろしいだろう! 哲学の最大の問題は「死」。 余命を突然告げられ、まず考えるのが、 ☆死ぬとは、如何いうこと? ☆自分が本当に消え去るなど有得ない! ☆自分の生き様は、これで良かった? 等々、心は七転八倒。 最後の最後は当人の心奥の問題だが。 去年の5月の随想日記、 4429,ー「死ぬのが怖い」とはどういうことか?ー前野 隆司著の 「死の恐怖を克服する七つの登山道とは」を読めば、少し気が休まるだろうに。 こういう類は予習しておくしかない。他人事でないのが、この内なるブラック スワンの死の問題。 先日、ある30人位のツアーでのデナーの席で、三年前に 旦那を亡くした還暦過ぎの女性と、70歳過ぎのアマチュアカメラマンと、家内と 同席をした時の話。 還暦過ぎの女性が旦那を見送った具体的話題をして、 本人もガン持ちと告白した。その女性が私に「変な話をして御免なさいね!」 というから、「別に全く問題はないです。この年齢になら言葉として表現するか、 しないかですよ」と、答えた。 70過ぎのカメラマンも奥さんを最近見送り、 自分も何時、再発するか分からない、と達観?した様子だったが、内面は 穏やかではなさそう。 即興になるが、「男は黙って、サッ、コロ、キエル」。 そして誰も居なくなる。 死の問題、一に準備、二に準備!である。 こういう話は、語りだせばキリがない!
・・・・・・ 4224, 閑話小題 ー地軸様 2012年10月19日(金) * 地軸様 何度か書いたことがあるが、30年来、近くの土手を散歩しているうちに橋の 上で呼吸法を取入れた深呼吸をするようになった。大きく息を吐き出しながら シャガミコム。その時に地球の芯に気を落とすイメージを持つ。 そして、そこから大きな息を吸い上げながら立ち上がり、今度は空に向かって 気を吐き出すイメージで息を出す。それを一回につき7〜8回、続けていた ところ、擬人化した地球軸に話しかけるようになった。「おはよう!」 「久しぶり!」とか。 ところが何回かするうちに、逆に地軸の方が、 「よう、昨日は散歩に来なかったな!」「より深く呼吸しろよ!」と思いも よらない切口で呼びかけてくる。 サルトル的にいえば、「対自」と「即自」 の掛け合いになる。ところが何時もの散歩道のコースに、大規模な道路拡張 工事が始まり通行止。そこで違うコースを迂回して歩いているうち、電動 アシスト自転車を購入した。試しに信濃川の土手を長岡大橋から大手大橋を 一周したところ、この景色と空気に魅されてしまった。三年前のことである。 それをキッカケに早朝ウォーキングがミニ・サイクリングへ変わってしまった。 ところがチャリだけでは、物足りなくなり、大手大橋を渡る時にヒキチャリを しながら歩くようになった。 暫くすると、その地球軸が再び話しかけてきた。 「久しぶりだね、まあ、下世話なことなど考えてないで、ここを歩いている時 は360度のパノラマを味わえよ!」、 「もっと深い呼吸をしな!」 「自分にせっかく出会えたのだから、エネルギーを、もっと吸い上げろ!」、 「何か考える時や、音楽を聞く時には、わたしが同一になったイメージを持つと、 感覚が鋭敏になる!」(ワシにも聴かせろ)とか、なかなか面白い。
スポーツセンターで、ウォーキングマシーン上でiPodの音楽を聞きながら 運動している時などイメージすると、音楽に集中できる。で、この擬人化した 地球軸に何か名前をつけてやろうと、この数日で考えた名前が、「地軸様」。 知らない人が、これを読んだら、「この男、ついに頭にきたか」と思うだろうが、 私にとっては、20年以上の対話の過程がある。自分の魂を擬人化した「真魂様」 でもよい。常に話相手として擬人化して対話すれば、それで深い自己対話になる。 問題は意識してやるかどうか。アブラハム、キリスト、釈迦などは、 このエネルギーの大元と繋がっていたのでは? 魂とは、内的宇宙=地軸様。
・・・・・・ 6063,閑話小題 〜「真理とは何?」 2017年10月19日(木) * 「真理」? 所詮は「?理」だろうに 「真理とは、事実の中の真実と瞬時に思う言葉」という冗談とも思える言葉が 印象に残っている。 〜ネット検索によると 【真理とは、確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤り なく認識されたことのあり方。真実とも。 真理は、現実や事実と異なり、妨害・障害としての虚偽・誤謬を対義語として おり、露わさ、明らかさ、隠れなさに重点がある。そのものありのままであり、 あらわであり、その本質が覆われていない、という意義に関しては、哲学的には 本質主義や同一性とも関わりが深い。 西欧哲学において真理論は論理学や認識論においてとりわけ主題化される。 真理論の歴史は、古代ギリシアに始まる。人間を尺度とする相対的なものの 見方に反論する形で、永遠性・普遍性を有する真理の概念が生まれた。 このような絶対性を内実とする真理概念は独断主義を生み、これに対する防衛・ 反抗が懐疑主義を生んだ。 そのどちらにも陥らず、確実な知識の基礎付けを 求めて近代の認識論が始まり、その後、真理の担い手が思惟・観念・判断、命題、 「事物」等のいずれであるか、について議論がなされてきた。 ・現代論理学では真理の担い手は命題であるとされ、真と偽を合わせて真理値 という。 ・論理学で、「Pは○か○でないかのいずれかである(○であり、かつ○でない、 ということはない)」という形をした文は○の内容に関係なく正しいので、 これは「形式的真理」と呼ばれ、思惟と思惟自身の一致と定義される。 ・このような形式的な形相についてではなく、質料について真理が語られるとき は「実体的真理」という。 ・判断について真理が語られるときを「認識論的真理」といい、 ・存在について真理が語られるときを「存在論的真理」という。 現代の真理概念は様々な形で修正を受け、相対的な傾向を強めている。】 ― ▼ ニーチェ『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである 』 現象、事実、真実、真理と掘下げていっても、いずれも解釈だけでしかない。 とはいえ、事実、現象の世界だけにとどまれば、その世界だけの住人になり、 現象に右往左往するしかない。ステップをして右往左往する手もあるか? 哲学の命題の一つの「真理」なんぞ、ここで語り尽くせるものでない。 脳の奥から、< お前らのは、「珍理」だろうに! >の声。
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2020年10月18日(日)
* 歴史上の失敗者から学ぶ三つの共通点」 15年の準備期間を経て、30年、実業してきた仕事も、最後の最後に、アッと いう間に潰してしまった。ブラックスワン(地球規模の予測不能の震災)の到来 に呆気なく藻屑の泡となってしまった。幼児の頃から、両親の膝元で、太平洋 戦争の敗戦から立ち直る姿を直視してきた。…それでも、バブルで、このあり様! 野村克也監督は、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と いうが、...もし勝ち試合であっても、その中には負けにつながることを犯して いる可能性がありと諭す言葉。 これは、18世紀に現在の長崎県の平戸藩主で あった松浦静山(1760〜1841) の言葉。 己のこととなると、身に沁みる! ネット検索で【失敗から学ぶ!】を入れると…
≪ 林修先生って知ってますでしょうか? 一昨年くらいに流行った「今でしょ」の方ですね。 笑) あの方がテレビでいつも言ってて、 「本当にそうだな〜」 と共感する話があります。 「歴史上の失敗者から学ぶ三つの共通点」として、今まで歴史で失敗して きた人を参考に 3つの共通点をあげて説明しているのですが、 �‐霾麌埖� �∨�心 ��思い込み この3つを「失敗する人の共通点」としてあげています。 私も事業や投資がうまくいってる時ほど、この3つをの言葉をみて、 「とにかく初心に戻る」ことを意識しています。 私も数年前と、今とでは生活や環境が大きく変わっています。 年収は20倍近くになっていますし、家賃も10倍近くのところに引っ越した。 食べるものも変わりましたし、周りの付き合う人も大きく変わりました。
それでも、自分では「中身は今でも何も変わっていない」と思っていますが、 やはり、心の ‘どこかで’上記のような3つの部分があると思うんですよね。 「自分で気づいていなくても、どこかで調子にのっている部分があったり」 「知ってるからいいや」と、知ったかになり大事な面で情報不足になっていたり 「柔軟に考えるようにしていても、今までの経験から思考が凝り固まっていたり」 と実は、結構あるんですよね。
とてもシンプルで、当たり前な共通点ですが、事業の成功において、とても 大事な内容だなと思ってます。少しでも、違和感を感じたり、 人に言われて 気づいた時は、素直に受け止め「とにかく初心に戻る」事をすすめしています。 特に不動産投資の活動って、続けているとだんだんモチベーションも下がって きがちです。なかなか活動が上手くいってない方は、一度初心に戻って見直し てもいいかもしれないですね^^≫ ― ▼ 「起承転結!」ではなく… 『起承転々!』で終わったら、これだけ 面白い過去に自ら気づくことなく終わったのだろう。その全てが、手段と目的 の差し違い! この結果なるが故に、見過ごしてきた現象から、様ざまな可能性 を改めて察知することが可能。自己能力の限界の設定が、より厳格に必要だった。 それと、父親の猜疑心の一部でも再認識すべきだったこと!
・・・・・・ 6791,読書日記 〜退屈なのは、世界か、自分か 〜1 2019年10月18日(金) <僕が旅に出る理由 NIPPON DREM PROJECT>
* 世界は、驚き、感動で満ちている 「ブックオフ」で見つけた100円本。初めて海外旅行をした学生100人が集い、 その中の11人が書いた海外旅行への啓発本である。半世紀前に欧州一周ツアー 以来、52回、秘異郷を中心にしたツアーに参加した。それは、私にとって、 ライフワークといえる「遊び」。現役の身で、1〜2週間の休暇をとるのは、 なかなか… 。それでこそ面白いこともある。ここで書いてある多くを、その プロセスで実感してきた。一度一度が「いま、ここ、わたし」で浮き立ち、 物語の主人公になるのである。それも、異郷ほど、極限状態に立ち、日常の 向う側で、想像を遥かに超えた体験をするのである。それが、学生の初体験の 瑞々しい感覚で書かれてある。その体験を想いだす時、それは「思い出」と いうより、魂の原点に戻っている時間である。国内旅行が「日本地図」の 図上なら、秘異郷旅行は「世界地図」の図上に様変わりする。それも、 学生時代なればこそ、感じる世界の広さと、深さ。 滅入りそうな時、この経験の重なりが、気持ち、それも『魂』の土台として、 自分を支えてくれていた。旅を人生に置換えてみると、なかなか面白い。
― 〜Amazonの内容紹介〜
ありふれた観光旅行、 意味のない自分探し、あてのない放浪はもう終わり。 どうせなら、「キャリアにつながる旅」をしよう。
これまで旅は、余暇を楽しむためのもの、観光するためのものが大半でした。 交通手段やインターネットの発達によって、より容易に海外旅行に行けるよう になり、比較的時間に余裕のある大学時代に旅行をする人も、会社を辞めて 世界一周旅行に出る若者も少なくありません。 しかし、「世界遺産が素晴らしくて感動した」「日常会話程度の英語が しゃべれるようになった」程度の感想しか語れないとなると、これらの旅は、 ある意味、履歴書やキャリアにぽっかりと穴があくような期間であったと 言えます。
いま、旅に新しい潮流が起こりつつあります。「キャリアにつながる旅」 「履歴書に書ける旅」が多くの注目を集めているのです。 どんな旅が、次のキャリアにつながる旅なのでしょうか? それは、「テーマのある旅」です。旅の目的を観光とか交流とか、漠然とした ものではなく、自分が興味のあること、やりたいこと、他人が見ておもしろい と思うものにテーマを設定し、その成果によってキャリアの壁を一点突破する 旅です。
本書では、ありふれた旅を脱却し、あなたの経験を特別なものにする 「新しい旅のあり方」を提案します。 キャリアにつながる旅のつくり方、 テーマを持って旅をする旅人を紹介し、また、21世紀の旅をより楽しむための デジタル機器や、SNSをフル活用する方法にも多くのページを割いています。 さぁ、新しい時代にあなただけの新しい旅を始めましょう。 ― 【本書のコンテンツ紹介】
1)テーマを持って旅する11組の旅人 旅を仕事につなげた11組の旅人たちを紹介します。 彼らは、「オーガニック」「海外で働く日本の女性」「ヒッピーコミュニティ」 「サッカー」など、さまざまなテーマを持って世界中をめぐり、発信しています。
2)「キャリアにつながる旅」をするための方法 本書では、旅を「プロジェクト」ととらえ、「準備」「旅に出る」「帰国」 のそれぞれの局面で、必要なステップを詳しく紹介しています。
3)デジタル時代の旅の最新グッズやサービス、50万円得する節約術 シムフリーのスマートフォンやクレジットカードなどの便利な電子機器や、 カウチサーフィンやAirbnbなどの最新SNSなどの情報も多数掲載。 また、上記で紹介した11組の旅人が「お得に旅するためにした20のコト」 として、節約術も紹介しています。
―― ▼ この本は、ワンダーランドへ誘ってくれるベストの内容。 「こと」は、カタチで残らないが「行蔵」として魂に刻印される。 これが実感できるから、続けることが可能になる。 編集者のところに、2人の学生が訪ねてきて、「旅に出た100人を集めました! 本にしたいんです」。これがきっかけになって、出版された本という。 成るほど、面白いわけである。
・・・・・・ 6427,閑話小題 〜近くのSCは 2018年10月18日(木) * SCのテナントの変遷 自宅から150mほど先に、原信とドラッグストアを核にした7店舗の小型のSC がある。18年前に東亜マッチ工場敷地跡にオープン。 それと、9年前には、駅裏 から東バイパスに向かう主幹道路を50年以上かけて拡張、今では見違えるほどの 様変わり。新潟駅南も同時進行で開発された。長岡駅裏から600mほど先の一角に 大型SCも10年近く前に完成。 そこのSCのSJには、毎日のように通っている。 家内は運転免許がないため、自転車で長岡駅内SCと、近隣のSCと、川西の イオンのSCがテレトリー。 日曜を除くと、連日、ウィンドウショッピングか、 日用品の買い出しに。 テナントの出入りの激しさから、景気が良くないことを 肌で感じてるようで、月に一度は、<スッパリ、事業を止めて良かった!>と 宣っている。私が早朝から寝るまで目一杯、淡々と日程を熟していることもある。 暗い顔をし、ため息をついていたら、こうは言わない。 ところで至近距離のSC内にあったチャンコ料理店が、数ヵ月前から営業を 停止したが、何が入るか楽しみしていたが、一月前から工事が始まり、 <国産牛肉、食べ放題>の看板が出ていた。 来週オープン予定だが、 <焼肉のサカイ系列の店>。同SCでは、数年前にユニクロが移転の後に、同系列 の「GU」が入っていたが、これも新しくオープンしたSCに移転。 その後、 <百均>の店舗が入ったが、一年もしない内に撤退し。現在は空き店舗。 毎日のように通っている500m先のSC内のSJに隣接した飲食店。初めは「お好み 鉄板焼き店」から、幾つか店が変わって、今はインド料理店。(川西にも数年前 から営業をしている…) 地元の学生向けのファーストフードの店も、今では コインランドリーに。この程度なら当然か? しばらく前の話になるが、家内が毎日のように顔を出すため顔見知りのレジの人に、 『どちらからですか?』と問われ、『100mか、150m先かしら!』と答えると、 しみじみと、『近くの人と顔を合わせ宅ないこともあって宮内から通っている。 この辺りに住んでいれば、4つ、いや川崎と愛宕SCを入れると6つのSCに 囲まれていて、自転車で5〜10分ですよね。夢みたい!』と言われ、 『エエ〜!』と恵まれた買物環境に初めて気づいたという。確かに、この20年 で様変わりをしてしまった。気づかないのは住人だけか。チラシの特売をみて、 スッと20分、姿が見えないと近隣のSCに。1時間だと、駅前のヨーカ堂に買物に。 確かに便利のようだ。 『大して金もないはずが、週2回はイオンのSJに、月1度は新潟に、年に10日は 格安チケットで東京にお上り。その人が知ったら殺意?を持たれる?』と宣うと、 『何を言ってるの、計画以内で納めている上に、1円、2円の節約をするところは している。あなたに注意されるいわれはない。今では‘宿無し’を僅かな年金で 住まわせているのよ! 常日頃、言ってるじゃない。あの世に持って逝けないと。 死んでしまえば1円もかからないの。老後資金など、銀行と保険屋の 間接勧誘の貧乏ビジネスの洗脳でしょ。 老いたらどうする?って、 この家を抵当に入れるか。売ればいいんでしょ。』と、いたってシリアス。 どうも、あと20年以上は生きそう。私が逝くと、そうは言っていられないが。 その辺りは、何とかなりそう? 上手くいく人は、何があっても、上手くいく ように出来ている。人生、楽しんだもの勝ち。問題は資金だが、敵はさるもの。 ・・・・・・ 3858, 幽霊を哲学してみる 2011年10月18日(火) 先日、ある人と食事をしていた時の話題。 《 最近、自分には学校とか病院の前に屯をしている霊が見えることがある。 貴方のブログに、そういう感覚があると書いているが、このことを如何思うか? 最近、気晴らしにパワースポットに行くのが趣味になっている。長岡には、 そういうスポットは何処にあるのか?》という内容。〜それに対し私の返事は〜 《 ブログに書いてあるとおり、38年前に父親が亡くなった時から10数年、 シックス・センスが身についた時期があった。実際に経験してみて、こういう ものかと思い知った。 子供の頃から両親や姉などが、幽霊の話を真剣な顔を しているのを聞いて、他愛無い話と子供心に思っていた。ところが、父が亡く なった直後に「父親の死にたくない不安の気持ちが夢の中で乗り移り、我に 返った時に、父親の魂が自分に乗り移ったような奇妙な経験」をした直後から、 幽体離脱や、奇妙な偶然の一致などが多く続くようになった。 これだけは、 実際に経験してみないと分からないこと。 しかし10数年前から哲学に興味 を持ち読み続けてから、その感覚が薄れてしまった。特にカントを知り、 何度も読み込むうち、霊の正体が理屈で分かりかけてきた。私はカレーを食べる と汗が人一倍出る。そのためカレーをイメージしただけで汗が出たり、カレーの 臭いさえしてくる。これは、嗅覚がカレーの言葉に刺激されるからである。 それと、あなたが見える幽霊に似ている。そこに幽霊がいるのではなく、 貴方の中にある幽霊の刷り込みの感覚が働くためである。 それが分かると、 シックス・センスは、その入り口で遮断される。人間の脳は、生物が20億年 かけた生命の歴史が刻まれている。 霊も、その類である。》であった。 霊に関しては、そんな簡単に言い切れるものではない。過去を振り返ると 分かることだが、我々は共同幻想の中にある。人生は幻想の中で浮遊していて いるだけ。見える人には見えて、見えない人には見えない。そう見えるも 脳の悪戯? ふと考えついたのが「目覚めた状態で見える夢」という言葉。 そうすると、やはり幻覚、幻想になる。 カラオケスナックは、酒で脳を麻痺 させ、映像と歌謡曲で幻想の世界を作り上げる場所。 映画館も、小説も同じ。 たまたま、二年前の同月同日に「生きる幻想 死ぬ幻想−2」を書いていた。
・・・・・・ 4223, 神は妄想である ー4 2012年10月18日(木) 神は妄想である ー4 * パスカルの賭け ー「神は妄想である」リチャード・ドーキンズ著 学生時代に読んだパンセの「パスカルの賭け」を読んだとき、いやに納得した ことを憶えている。と同時に「裸の王様の真の姿に目をつぶって黙っていた方 が得」という、いかがわしさも感じとった。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教 の文明の対立が激しくなる中、無神論も、堂々と主張すべき時期に来ている。 パスカルの賭けも、あまり語られてないが、当然。 ーその辺を抜粋ー ≪ 仏の偉大な数学者ブレーズ・パスカルは、神が存在するという確率がどんな に小さくとも、神の有無について間違った推測をしたときの報いには、かなり 大きな非対称性が存在すると考えた。< あなたは神を信じた方がいい、 なぜなら、もしあなたが正しければ永遠の幸福という利益を得るが、間違って いたとしても、いずれにせよ失うものはないだろう。それに対して、もし あなたが神を信じないとして、それがまちがっていることが判明すれば、 あなたは永遠の苦しみを得ることになるが、正しかったとしても、何の利得 もない。悩む必要がないのは明らかだ。神を信じなさい。 >である。 けれども、この論証には、はっきりとおかしいところがある。信じるという のは政治問題とは違って、あなたがどうするか決定できるものではない。 少なくともそれは、自分の意志で決定できるようなものでも、自分の意志で決定 できるようなものではない。私は教会へ行くかどうかを決定できる。 私はニカイア信条を唱えるかどうかを決定できるし、聖書に手を載せて、そこに 書かれているすべての言葉を信じると宣誓するという決定をすることができる。 しかし、これらの行為のどれ一つとして、私が信じていないものを実際に信じ させることはできない。‘パスカルの賭けは、神を信じているふりをするための 論証でしかありえない’。そして、あなたが信じると主張する神は全知という類 の存在ではない方がいいだろう。さもなければ、神はその偽装を見抜いてしまう だろうから。「何を信じるか」ということが自分で決定できるものだという馬鹿 げた考えは、ダグラス・アダムズの『ダーク・ジェントリーの全体論的秘密探偵社』 において、みごとにからかわれている。そこにロボットの電子僧侶が登場するが、 それは「あなたにかわって物事を信じてくれる」、労働節約型の装置である。 宣伝によれば、デラックス型は、「ソルトレイク・シティ[モルモン教の本拠地」 では信じないようなことを信じさせることができる」というふれ込みの商品だ。 しかしいずれにしてもなぜ私たちは、「神を喜ばせたいならば、しなければ ならないのは彼を信じることだ」という考えを、そんなに簡単に受け入れて しまうのだろう? 信じることの何がそれほど特別なのだろう? 神が親切、 寛容、あるいは謙遜、あるいは誠意という報償をくれるだろうというだけのこと ではないだろうか。≫ ▼ 「信じることで、神から親切、寛容、謙遜、誠意という報償を与えられる だけで、十分過ぎる」ことも確かである。信仰は自分で自分の首を縛るだけか、 長年の歴史に耐えた教えに『良心』を育て導く道理が入っているため信じるに 足りるか。キリスト教圏だった、自分の子供には無神論より有神論者を 選ばせるのは頷ける。亀井勝一郎の「愛の無情」でも読み返すか。
・・・・・・ 4965,閑話小題 ー誇りを持つのはいい、誇ってはいけない 2014年10月18日(土) * 誇りを持つのはいい、誇ってはいけない 誇りの持てない人こそ誇りたがる?それ以前に、誇りとは、どういう意味か。 ネット辞書によると、「その者自身の具体的な長所や美点に対する心理」 「名誉に思えること」 自信がないと、虚勢でそれを現出させがちになる。 隠せばこそ誇りとして、熟成されるが、ついつい、見せて誇ってしまうのが、 人間の性である。他人を見ていると、それが分かるが、自分のことになると! 誇りの逆が卑屈だが、これを、この言葉に当てはめると、 「落ち込むのは仕方がない、卑屈になるな」になる。 ほおっておけば、老いるほど卑屈になるは! * 人と違う生き方は孤独のようだが、実りは大きい 意識するしないにかかわらず、それぞれが人と違う生き方をしている。 ただ、人を意識しなければの話。スポーツジムのヨガに週2〜3回、二年半、 参加してきたが、少し暗がりの中で毎回のように言われるのが、 「各々のマットは、各々の全世界です。周囲の人を意識しないで、自分だけの 世界に入って下さい!」である。実際に参加していると、殆どの人が、忠実に 自分の世界に入りきっているのが分かる。人と違う生き方は、人を最小に 意識した生き方ということになる。その第一歩が、人と比較しないこと! その為には、まずは、自分の好きなことを長年かけて続けること。 それには孤独の世界を大事にしなくては。
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