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堀井On-Line
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2020年08月17日(月)
* コロナ禍以降、中国が変! アメリカのトランプが大統領になって変なのは、今さらだが、中国も右倣え。 緩和地帯の香港の実質併合である。これで、世界を敵にまわしたようなもの。 トラの再選の画策を図ったことと、コロナ禍の責任から目を逸らす画策もある! コロナ禍など様ざまな憶測があるが、それに耐えうる国力が有ろうはずがない! 武漢の市場から発生源した事実。怪しいといえばイラン。ナンバー2を殺され、 その直後に、ウクライナ航空がイランに撃ち落とされた。 イスラムには、 ≪目には目を…>の相討ち思想が基礎にある。世界の闇に魑魅妙霊が多く住む。
このコロナ禍も、30年モノの初期段階の一つか…? とすると、デンデバラ バラで、何もかもをウチ捨てて、小高い山に逃げないと! とにかく人間には、 『正常性バイアス』が強くヘバリついている。 大災害など未経験の事態に 遭遇した場合、この働きが過剰反応し、脳が処理できなくなること。 今回の コロナ禍の責任は、中国共産党の解体が妥当か! でも、香港併合は中国への 信頼を粉々にした。その上に、東シナ海に、人工島をつくり、軍事基地にした。 もっとも、欧州各国は、アフリカ、中近東、南北アメリカで、細菌を持ちこみ、 虐殺をした。それに比れば、可愛いものだが… その中で、戦後75年をかけて、日本が骨抜きにされた! このコロナ禍、単なるスポットであればよいが!
・・・・・・ 6728,読書日記 〜『サードプレス』 ー1 2019年08月17日(土) <『サードプレイス』―― コミュニティの核になる 「とびきり居心地よい場所」レイ・オルデンバーグ著> * そこは、竜宮城のような解放区 何故に、この本を知らなかったのか、読まなかったのか? 誰もが持っている行きつけの店と、お気に入りの疑似家族世界。東京、金沢、 新潟、地元の長岡でも、まず出来るのが酒友。そして行き付けの店。30〜60歳 までは、週に一度は居酒屋通い。その先が「サードプレス」という心の憂さの 捨てどころ。家と会社が第1、第2の居場所なら、そこはサードプレス。 そこは主のオヤジかママが存在する平等な解放区。この手の話題は尽きること なく底なしに… 酒に飲まれた半アル中が集う魔界でもある。その最たるのが 新宿歌舞伎町。ママもパパも、客の8〜9割はガンか糖尿の壮絶死が待つ世界。 これはタブーに立入ったテーマ。敢えて書くのは男の沽券にかかわる。 が、 呑み助からしたら、一番興味をそそる魔界。恐ろしくも、哀しい話題が、巷に 転がっている。欧米のリッチ層に、バカンスの習慣がある。日常から離れて、 ひたすらボーッとする。 そこは現象世界から離れた真実の世界。 その一連は、パックとして区切られる。それぞれ、その世界を持つことで、 ストレスの解消を持つことに。
〜Amazonの内容紹介より〜 ≪居酒屋、カフェ、本屋、図書館 …情報・意見交換の場、地域活動の拠点と して機能する〈サードプレイス〉の概念を社会学の知見から多角的に論じた書。
第一の家、第二の職場とともに、個人の生活を支える場所として都市社会学が 着目する〈サードプレイス〉。そこでは人は家庭や職場での役割から解放され、 一個人としてくつろげる。 著者オルデンバーグが、産業化‐効率化‐合理化を進めてきたアメリカ社会と、 そのもとに展開されてきた都市計画が生んだ人々の孤独の問題を批判しつつ、 地域社会を再び活気づけるための〈サードプレイス〉として注目するのが、 地域に根ざし、長く人々に愛されつづけている地元の飲食店だ。 「見知らぬ者どうしの気楽で面白い混交」を創り出し、情報交換・意見交換の 場所、地域の活動拠点としても機能する、地元の飲食店や個人商店ならではの 特質が社会学の知見をもとに照らし出される。
第I部では、〈サードプイレス〉の機能、特徴、物理的な条件が詳細に解説され、 第II部では、イギリスのパブやフランスのカフェなどの具体例から、文化や 国民性が生み出す〈サードプレイス〉のヴァリエーションが紹介される。 第III部では、社会・政治面での〈サードプレイス〉の課題とその解決策が論じ られる。 全編を通じ、オルデンバーグが〈サードプレイス〉に向ける期待は揺るぎない。 そこには長年「とびきり居心地よい場所」に親しみ観察してきた者の実感と、 「コミュニティの問題は住民の力で解決できる」という市民魂がみなぎっている。 店舗設計、都市計画、マーケティング、地域社会づくりの分野に刺激を与え つづけてきた書の待望の邦訳。 ≫ ― ▼ 人間の営みには、「遊び、働き、学び」がある。その日常の循環に、 第四の居場所が必要となることは、今さら言うことではない。般若心経を 暗記して、ことあるごとに唱えていれば、それは、「サードプレイス」の 精神状態になる。暗記は無理なら、『南無法蓮華経』でも、『南無阿弥陀仏』 でもよい。没入すれば、そこはサードプレスの世界。 ところで、リタイアを した現在の私め。第一の場が、我が家。第二が、日常の習慣範囲の地元の市内。 第三が、その外? 息苦しくもあり、快適でもあり。 〜つづく ・・・・・・ 6365,閑話小題 〜長岡弁に魅せられて ー1 2018年08月17日(金) * 「なじらね?」 お盆の13日、市内に住む兄夫婦と、新たに加わった(兄がいう宇宙人の) 姪と、自宅の居間で定例のお盆の飲み会。 様々な話題が矢継ぎ早に出るが、 兄嫁が、<最近、凝っているのが「長岡弁。『それが面白いのなんの!』>と。 学生生活のため上京をして、まず突き当たったのが地方訛り。当初は 一言一言、話す前に、一度、言葉を呑込んだ後、標準語を選んで話すしかない。 25室のシェアハウスのような寮生全てが地方出身者の割に、方言は少ない。 が、少々の訛りは隠せない。それも、二年も経過するうちに、修正される。 福島、名古屋、滋賀、石川など癖の強い訛りがある出身者たち。 私が先ず、顰蹙を買ったのが、同級生の友人に対して、『御前さ〜!』。 一瞬で、顔色が変わっていた。「御前」は首都圏では目下、それもバカにした 言い方に使用。コマーシャルで漫才家が、相方に『貴様は?』と言って顰蹙を かう場面がある。金沢で、親しみを込めて使う場合が多いが、それと同じ。 地方出身者の言葉が重くなるのは、一度、標準語かどうか、精査するため。 さっそくネットで『長岡弁』で検索すると、限りなく長岡弁が多いのに吃驚。 改めて集中して長岡弁を精査してみたが、ほぼ全部カバーをしてあった。 当時、よほど注意し、苦労したかが窺える。 しかし、配転先の三重、神戸、 金沢の訛りと方言が、若い女性の職場もあって、何とも魅力的に聞こえていた。 それに対して、長岡弁は東北弁に近くて泥臭くて、色気が感じられない。 意外と当人は気づかず使っている若い女性の『俺』。司馬遼太郎の『峠』の 中で河井継之助の口を通して語られる、「おめしゃん」(お前さん)。 〜成るほど、ネットサーフィンでも、調べると面白い! ―― ≪ 【言語学的特徴】 ◉ 長岡弁は新潟県中越地方で使われる方言の総称ですが、新潟県は上・中・下越 +佐渡に大きく分けられ、言語的にも上越は北陸(関西)系の要素が多く含まれ、 下越は東北系の要素が多く含まれます。中越においても魚沼は関東系の要素が 含まれてくるため、長岡弁は越後弁の中核を為すもの。とも言われます。 アクセントは中輪型東京式に準じますが、一部東京式とは異なるアクセント を持つ物があります。 ◉ もう一つの特徴として、古語や文語的な表現に起源を見ることが出来る物が 多いと言うことがあげられます。 発音の特徴として気候・風土条件からか、はっきりとした発音よりこもった発音 が多くまた、短縮したりリエゾンしていると思われる表現も多々見受けられる。
・イとエが曖昧、もしくは逆転する場合もある。 ex:「色鉛筆」=「えろいんぴつ」 ・ダ行、ザ行の音がラ行に変ずる。 ex:「そうだ」=「そうら」、「したけども」=「したがろも」 ・〜〜の物、〜〜と言うような事、その行為と言った話題の対象物を「が」 もしくは「んが」と表現することにより会話中に「がぁ、ンが、が」が多く 含まれ、結果として「ガーガー語」と表現される。≫ ― ▼ SNSが、これまた面白いのがある。 じじ「おい、町長自殺したてや!」 ばば「なにね〜?おおっこの〜、またどうしたこんだてや?」
じじ「わからねぇ、今テレビ見てたまげたこてや」 ばば「ほんね、ば〜かたまげたて〜」
じじ「おれも死んだら楽になるろか・・・」 ばば「おめさん、死むあんは勝手らろも人に迷惑かけるのだけはやめてくれね」
じじ「・・・」 うちのばーちゃんは「何やらせてもダメな人」のことを 「あれは“ずくなし”で」と言っている感じでした。 -- この前、新潟一番でフリーズドライ食品の特集しているときに、堀さんが 「こういうのは、よく「ノメシこき」といいますけど・・・。」といってた。
・・・・・・ 4161, 節目時に何をしていたか ー1 2012年08月17日(金) ここで人生を5年スパンに区切り、振り返ってみる。ミニ自分史である。 自分の姿が浮き上がってくるようで、面白い。何度も書くが両親と時代に恵まれ ていたことが見て取れる。歴史的にみて、終戦後40年間ほど豊かだった時期は ないという。その中で、その豊かさを充分味わった実感は、何ものにも 代え難い財産である。 ー まずは前半から ー ・60年前=6歳、長岡市立阪之上小学校一年生だった。担任は女性の茨城先生。 20歳後半のヒステリックの先生で、優しい反面、厳しい先生だった。 当時の 住まいは長岡一番の繁華街の4階建てのビルの3Fに住んでいた。家は、そこで 衣料店を経営していて、まさに小説のような異様な家庭環境にあった。 成績は普通で、とにかく毎日が面白く刺激的だった。 ・55年前=11歳、阪之上小学校6年。勉強に少し目覚め、虐めの要素も あったが級長にされた。街中もあり、生徒の質は決して悪くはなかったが、 異様な緊張した雰囲気が漂っていた。この辺で、その人の素質が決まって しまうという。 ・50年前=長岡高校二年生で、試験試験の日々。何時もギリギリの成績だった が追試は受けたことがなかった。勉強をすれど、どうしたら成績が上るかの 術が分からない辛く暗い日々。受験校のため成績で人間が区分される。 ・45年前=21歳、立教大學三年。欧州の30日間旅行で、それまでの自分が 粉々に壊れてしまった時期。人生で一番、光っていた。見るもの触るもの 全てが新鮮で、明るく光ってみえていた。時代は1967年、頂上に近づいていた。 ・40年前=金沢の‘いとはん’(衣料スーパーのチェーン)を辞めて実家に 帰ってきて、千葉の千城台ビルの計画に入っていた。父は末期ガンで 東京女子医大で手術後、退院した父親と、計画を進めていた。 父は、医者の 宣言通りに手術の一年後に亡くなった。死期が分かっている父と事業経験の 伝達を一年がかりで始めて二ヶ月目に入っていた。将来に向けた明るさと、 死に直面した父親の苦悩の狭間で、真近で人生と事業の原点を学んでいた。 翌年、石油ショックが起き、最悪の出だしになった。 ・35年前=長岡の大手通の四角にある実家の衣料量販店の店長で、4歳の頃の できた古ビルの建て替え工事の計画に没頭していた。引継いだ店も順調に推移、 商売が面白く、身体が浮いているように動いていた。 一種の躁状態で、怖い ものなし、目は血走り、何かに取り付かれているようだった。 衣料は 一シーズンごとに完結する博打的要素が強い。そのコツを掴むと、面白い。 30年前は次回にするが、振り返ると刺激的で、恵まれていた背景があった。
・・・・・・ 5998,「考えるとは、まずは、ひとりになること」 2017年08月17日(木) 「ひとり達人のススメ」山折哲雄(著) ―ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある― * 「考えるとは、まずは、ひとりになること」 ≪ ・現代の若者は、見事なほどモノゴトを考えようとしないように見える。 そして、ひとりになることを極端に嫌がる、人嫌いになっている。… ・「ひとり=不安な状態」というのは、社会が作り出した雰囲気と思ってます。… ・戦後教育に原因があるという「ひとりで考える」ことを忘れた日本人。 姿勢を正して、呼吸を整え、瞑想する、それがひとりになる出発点だ。 この教育は、戦後の家庭でも学校でも地域でもしなかった。これは重大な 問題です。日本が平等主義の時代になると、人間関係が横並びになり、仲間内 で簡単に群れるようになりました。群れは寄りかかる相手がいるため安心の ため、ひとりを避けるようになる。行動する時も、何かを考える時も、群れた 状態の中でそれをしている。… ・人間関係には縦の軸がある。師と弟子、上司と部下。親と子。その関係の中で、 上のものが下のものに、自分の経験や知恵を教えていく。そこには強制的な力が 働くが、それをしっかり受け止めて、ひとりで考える。この緊張感を抜きにして、 人は成長しながら生きていくことはできない。しかし、戦後の横並び平等主義は、 この上からの強制的な力を避けようとする傾向を生み、ひとりでいることが 耐えがたくなってしまった。これは見逃せない大きな社会的問題です。 私たちは縦の軸を蔑ろにしてしまった。≫ ― ▼ 考えるとは、判断すること、決断すること。 正しい判断、決断に、己の 甘さが土台を弱くする。「馬鹿の考え、休むに似たり」も確かにある。しかし、 決断の結果の成否が、考えを深めることも確か。 20時過ぎに就寝するため、 0時には目覚める。そこから4時までの起床まで、様ざまな想いや、不安が錯乱し、 意識と無意識の世界を交差する。それを面白い!と考えるかどうかは、訓練次第。 「要するに考えていることになる」と思えば、これは最高のカオス。大海をヨット で漂うと同じ? 死ぬときは、こんなものかと。そして起床、これを成書している。
・・・・・・ 4903,閑話小題 ー自転車乗りは危険に満ちている! 2014年08月17日(日) * ポタリングは、危険! だから面白いのだが 電動アシスト自転車を乗り始めて5年、一万数千キロは走ったことになる。 急なドシャ降利の中、赤信号になる前に強引にかけ抜けた直後、スリップをし 転倒、自転車共々、数メートルも投げ出された。心臓が固まり、息が止まり そうになったが、何とか骨折も無く、立ち上がることが出来た。 それ以来、雨と、スピードには充分に注意をするようになった。 乗り続ければ、大事故の可能性が自転車にはある。 近くに住む従兄は、 ポタリングを数年間続けたが、電信柱に衝突して、その危険なことを察知して、 一切、乗らなくなった。特に交差点での左折車の出会いがしらの接触事故には 注意をし、数回は右後ろを振り返っている。 半月ほど前に、ある交差点で右後ろを二度振り返ったとき、50歳絡みの 農家風の夫婦が話に夢中になっているのが見えたので、車道に入る直前に念の ため、一度、急ブレーキをかけたところ、旦那らしき運転手が、左を見ない まま、左折をした。 その瞬間、私に気づいて慌てて急ブレーキ、臨席の 奥さんらしき人はフロントに激しく突っ込んでいた。 常日頃から十二分に 注意してなかったら大事故! 恐ろしい限りである。毎日の1〜2回の ポタリングでは、危険を最小にするため、車の少ない土手とバイパスの沿道が 95%のコースにしている。 それでも長年の間には人身事故の可能性は大。 土手とバイパス沿道は、加害者のになる可能性がある! それにしても、乗っている開放感は格別である。 * 晩酌に、毎晩、5本以上の缶ビールでは 私の中学校の同級生が急逝をして2ヶ月が経つが、ショックが今でも大きく 残っている。故人は7〜8年前に転んで腰骨を骨折したが、何とか半身不随に ならずに、少しだが足をひいて歩いていた。去年の同級会の三次会に二人で スナックで飲んだ時に、『晩酌が楽しみで一日、缶ビールを5本は飲んでいる』 という話を聞いて、驚いた。その上、運動不足なら! 発見された時には、 末期の膵臓ガンで、苦しみ抜いた末に亡くなったという。 ツアーの旅先や周囲で、缶ビール5本以上を毎晩、晩酌をする話を、何人からも 聞いていたが・・ 私は缶ビール一本に、ノンアルコール一本を目指しているが、 どうしても、ウィスキーのオンザロックか、焼酎のお湯割りが加わる。 これでも、何か危ない領域の感がする。
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2020年08月16日(日)
* 以前に、2020年のこの事態を予測! <2020>の言葉は、雑誌の名前になる程に知られていたキーワード! ネットで、それに関する記事を検索すると…
【 英人科学者のジェームズ・ラブロックは、60年代に「ガイア理論」を提唱、 一躍その名を世に知らしめた。 同理論によれば、地球は自己調節機能を持つ ひとつの巨大なシステムで、その内部では種々の生命体が周囲の環境と相互に 作用し合っているという。彼は学術機関に所属するのを避ける自主独立の 研究者で、「一匹狼」「不吉なことばかり予言する人」と呼ばれていた。 2020年7月26日に101歳になったが、その知的生産活動はいまだ衰えない…
(記者) あなたは14年前、「2020年には災害が増え、異常気象が普通になる」 と予言。たしかに今年の前半だけでも新型コロナウイルス感染症のパンデミック があり、北極圏では気温が史上初めて38度を超え、オーストラリアやシベリア では大規模な森林火災が起き、アフリカと南米でバッタの大群が襲来する蝗害 が発生しました。 科学者として、自説の正しさが証明されたと感じていますか? それとも、自分の不吉な予言が的中してしまったことに失意を覚えているので しょうか。
(ラブロック) 自明のことを言っただけだと思っています。ただ、自分の説が 正しかったかどうかは、時間がかなり経ってからでないとわかりません。予想外 のことが起きたりしますからね。それに私は科学者ではありません。 私は発明家であり、機械工なのです。そこは混同しないでください。 ガイア理論は、言ってみれば、壮大な規模での「エンジニアリングの話」です。 回転している理想的な球体が宇宙にあって、ちょうどよい恒星からの光が その球体に当たっているという話なのです。これまでは、地球のシステムに よって温度が上がらずにすんでいたので、生命に適した環境が整っていました。 大雑把にいえば、それが「ガイア理論」です。 】
―― ▼ 「人間はウィルスの餌」とは、時節が時節だけに刺激的。人間にとっては、 仰仰しいが、生命全体からしたら、最も危険な所属。オゾン層の破壊は、 いけません。数千万、数億人の間引きも有りうること!
・・・・・・ 6727,閑話小題 〜東京オリンピックまで1年 2019年08月16日(金) * 東京オリンピックまで、一年をきった 地球温暖化で天変地異が日常化し、ネット社会の到来による世界的動乱に 入った時節に、自国でオリンピック開催とは? これ如何に? 開催までは、 政治的な安定が続くが、その後は、深刻な反動が起こるのは避けられない。 そのため、先進国では、国威発揚なぞと言っていられないのが現在の事情。 何はともあれ、テロの心配が出てくる。 それにトランプ・リスクが加わった。 オリンピック開催の名の下で、過剰な公共投資が行われ、そのツケは次世代に 送られる。 そろそろ先に何やら大きなブラックスワンの気配がする。 イランか、香港か、朝鮮半島か… その時節に、何を今さら!と、誰も声を 上げられない。オリンピック後のギリシャ、ブラジルの惨状は、それはそれは! 中国は巧妙に隠されているだけだが、目が離せない。 ところで、東北大震災から立ち直れた? 解決途上に本当にあるの? ―― * 閑話小題 〜回転寿司、栄枯盛衰 自宅から200m程先の『かっぱ寿司長岡店』が、この7月15日に閉店した。 近くにあるにも関らず、10数年で数度しか入店しなかったが… 開店当初から、 明らかに外れの店。数年前に川西の郊外に別に新規オープンした店は当たりの 店という。回転寿司は、後発の最新のシステムの店が、先発の店を食い散らす シリアスの闘いが繰り広げられている。店舗規模がより大きく、握りたてが、 パネルで注文した後に、高速で送られてくる「廻らない回転寿司」が主流に 入りつつある。 平日の割引券を使って500円が顧客のニーズの中心値。 これに競争相手が、コンビニと冷凍食品が加わる。それに加えて、慢性人手不足。 利用者側からすれば、シリアスにプラスになる。その大元は、スマ―フォンに よる情報化。B級グルメでも、その評価は直ぐに拡散される。… まあ可愛いもの、御隠居生活にも楽しみ方一つで味わいが出てきた。
追: 地震や、台風騒ぎが続いているが、去年の以下の内容を読返すと、 延長上の事象でしかない。20年、30年前は、これ程でなかった。 異常気象の日常化でしかない。怖ろしいことだ!
・・・・・・ 6364,閑話小題 〜まだまだ続く、豪雨、台風、地震、そして熱暑 2018年08月16日(木) * ますます災害の頻度が増していく オウム教の教祖と側近の幹部の大量の死刑の一週間後に、 ・中国、四国地区で豪雨が発生、(以下にコピー…) ・その一週間後に、関東から上陸、左折して東海に向かう不自然な台風。 ・その一週間後に、関東をかすって、右旋回をして東北の海岸沖に向かった。
コジツケだが、オウム死刑囚の刑場を三回に分けて周ったことになる? 何かしら不思議な因縁の現象と思えないでもない。としても、形而上、表現しては ならない仮説だが。恐らく信者の何割かは、この仮説をたてて当然。台風の季節 到来としても、毎週欠かさない到来。「バカバカしい」で終わる話だが。 まだまだ物語が、続いていくのだろうか… こういう世界的異常気象などが頻繁に起きている時節に、何故か、トランプ、 プーチン、金主席、中国の習主席の顔ぶれが並ぶ。そして矢継ぎ早に、愚策が 公然と実施され、世界が息を飲む図式。世界的異常気象、本格的ネット社会の 到来、そして情報機器の果てることない進歩が、20世紀的社会構造を破壊する。 で、オウム教のようなカルト教団の勃興と衰退。
NHKBSプレミアムで5年前から【幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー】 の科学ドキュメンタリー番組がある。先日、この番組で、アメリカでは屡々、 社会現象としてUFO騒ぎが起きているが、これは第二次大戦以降から始まった。 国家には、神話が存在しており、そこにはミステリーな物語が存在している。 しかし、歴史の浅いアメリカでは、それに替わる物語として「UFO、宇宙人との 遭遇騒ぎが代行している」と… オウム教と、この豪雨、台風を関係づけるのも、 カルトに手助けになるため、この辺りで打ち止めにする。 ― 寅:7月末に、俺がさ、何か変?と、取上げただろう。その後さ、その変が、 延長して続いていないかい? 熊:最後の、東北の海岸線への台風も仙台の刑場と、辻褄があってるね。 八:それがカルトの教祖の手軽の手法さ。でも、大本教祖の出口王仁三郎が、 <空から火の玉が降ってくるぞ>と予言していたが、そのとおり、東京空襲、 広島、長崎への原爆投下で、現実になってしまった。 寅:変な予言めいたことを言う前に、上手く隠したね。これもコジツケ? 大家:そう見れば、少しは面白いが、何か八つぁん、変じゃないか。 前回の文章で、<魂で、対象の魂を屠る!> って話。あれ、やられた方は 堪らないよ。でも、私も、あんまり腹が立ったんで、やってみたよ。 10回でも、スッキリしたね。但し、アンタにね。
―――― 2018年07月30日 6347、閑話小題 〜変といえば変だが? * オウム教の大量死刑で 麻原はじめ、7人のオウム教徒が処刑された時には、中国地区で大雨が。 そして今回の6人の死刑で、この不自然な台風発生と、東京拘置所のある関東を カスって名古屋拘置所のある近畿地区に逆走し中国地区を抜けていった。 東から西への逆風は気象庁初待って以来、初めて。前の大雨の土砂崩れの地区を 狙いすましたようなコースを吹いている。 これは「意味ある偶然の一致?」。 この2つの災害と、オウムの死刑執行を結びつけるべきでないだろうが… それにしても、出来過ぎ? こじ付けといえば、それまで。 ≪ オウム真理教は、平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や平成6年の 松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、 合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭った。 平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、首謀者とされた 松本元死刑囚など13人の死刑が確定した。 一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化したが、ことし1月に 地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで 終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなった。 その後、一部の死刑囚は東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ 移送され、今月6日、元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人に 刑が執行された。 ほかの6人は、東京拘置所、名古屋拘置所、仙台拘置支所に収容されていたが、 法務省によると、26日午前、刑を執行したという。教団に対する強制捜査 から23年余りがたち、教団の死刑囚全員に刑が執行された。≫
ー― 寅:八つぁんに聞くけどさ、こんなことを、言うと「変じゃないか?」と 言われるけど、偶然の一致にしても出来過ぎじゃない。「意味ある偶然に一致」 の手の話なら、得意分野でしょう。 実際のところ、如何? 八:東京拘置所のある関東まで一度行って、そこから逆コースを辿るんじゃ、 何かのサインと仮説をたてやすいね。でも、集団によるヒステリックで、自然 現象を発生させることは非科学的だね。それより、そのタイミングに自然に 合致した刑の執行とすると、何にも不思議ではない。「意味ある偶然の一致」 とは、本来、そういうもの。 寅:それにしても、宗教団体がさ、サリンテロはないよ!誇大妄想もいいところ。 熊:寅が言われるまで、全く関連して考えてなかったね。言われれば、やはり 何かを感じるけどね。ネット上だから、あまり深い問答をしない方がいいよ。 寅:カルトだし、公安もピリピリしているからね。20年以上経過した現在、 早々に、消し去る必要は、あったね。 八:最近、何か変な力が自分の内部で動き出したので、今回の件に気づいたの。 半年に一度は、クラス会とか、ジムで、露骨な嫌がらせに合うの。そこで、 二日かけて、100回、全身全霊で首を削ぎ落すイメージを持つ。そうすると、 怒りの繰返しから解放されるの。でも、1〜2年後に、対象者の身辺に異変が 起こる。元もと異変を抱えているから、わざわざ私に仕掛けてきた返り矢だが。 熊:ほぼ、8〜9割方は、そうだよな。でも、コジツケもあるね。これを自分も 真似をして遣りだしたが、良いね、これ! スッキリするしね。 寅:どうも、最近、俺が変なのは、熊のせいかい? 嫌味を言うと、数日、 変な目つきをしてさ、その後、スッキリした顔をしていたな。 熊:御前の場合、その都度、念を入れて200回はしているよ…。 冗談、冗談! 八:問題はさ、無心で怒りをこめて、打ち落とすことさ。それで、解決すればね。 ここで言いたいのは、オウムの死刑囚が13人も、全身全霊で日本という国家に、 怒り心頭で呪ったら、この程度のことは可能ではないか?ということ。 私の場合、信濃川の大橋の上で、地球の芯に向かってエネルギーの補充をして いるイメージを持って… これ凄いエネルギー。でも現象化が二年後だからね。 大家:御前の良くないのは、この一連を楽しんでいることさ。でも、合理的だね。 八つぁんの心象風景も貧しいね。もっと、豊かなイメージを持てないのかね。 八:リタイアまでの20数年は、秘・異郷ツアーで、バッサと、削ぎ落とせたが、 今ではね… それでも、TVでYouTubeなどの行き先の映像を見て楽しめるしね。 寅:寝室に連日、籠って、TVを嬉しそうな声を出してさ… 楽しそうじゃないか。 でも、俺なら変になるな… 八:『3:10:60:27の法則』のさ、「3」だけを取り出して、紡いだスケジュール がね、非常に効果的に動いているね。あと僅か?の残された人生なら、「3」 を最優先して毎日を過ごさないとね。もったいないじゃないか。
・・・・・・ 5997,視覚と聴覚、どちらが大切 2017年08月16日(水) ー「ひとり達人のススメ」山折哲雄著― * 視覚と聴覚、どちらが大切 著者による学生たちへの質問、「視覚と聴覚、どちらが大切か」に対し、 半々に分かれたという。私に問われたら「視覚」と答える。その生徒たちに、 「聴覚を選んだ人は神に近い。視覚を選んだ人は悪魔に近い。」と語ったとか。 近代人は、その点、悪魔に近いことになる。何も考えず静かに目を瞑っている 状態は、神に近いのか。 逆にいえば、静かに目を瞑ると8割の情報が遮断さる ことになる。 ところで、味覚が無くなった当人から直接、聞いた話だが、 これが、「厳しい」という。 〜その辺りから〜 ≪・<ひとり目をつぶり、聴覚だけで何かを感じ取ろうとすると、その先に 自分の姿や形が見えてきて、いつの間にか、自分の心に直面させられる。 芸術芸能の伝統に、盲目のアーティストの系譜がある。… 彼らがあれだけ の喚起力を持つのは、視覚を遮断して聴覚のみに自分を預けたからである。> ・<戦後の変化といえば、TV文化の普及もそのひとつ。家庭内の娯楽の主役は ラジオからTVに移り変わった結果、現代人は視覚を過剰に重要視し、それに 振り回されるようになった。> ・<視覚は人間を比較の世界に誘います。この人は(自分より)良い服を着て いる、容姿が整っている。…自由だ平等と教えられている中、現実は、何から 何まで違う。そして、「比較地獄」に陥ってしまう。その恨みがつのって、 「嫉妬地獄」に移行する。> ≫ ― ▼ 人間が情報を得る8割は視覚からであるならば、やはり視覚を取るのが 自然である。 群れの、「比較地獄」「嫉妬地獄」から逃れるために、 「ひとりの時間」が必要になる。世間とは、「比較・嫉妬地獄」の人をいう。 その毒ガスで、大方が脳をやられるのが現実社会だが、彼らにその自覚はない。 「孤独と、孤立に慄いて、互いの顔色を窺い過ぎている」 面白いといえば、 それまでだが… もう少しクラシック音楽を聴かないと! 確かにTVのドラマ、 映画の見過ぎ。車中のラジオの人生相談からは、悩みが直に伝わってくる。 音楽、歌舞伎、演劇、ピアノ・リサイタルなど、多彩な趣味を持ち、羽根の はいた天使の様に飛び回る「連れ」の感受性に、違いを感じることがある。 67年間、思いのまま、ひたすら、面白いことだけに集中した結果。 その点、負けてはいないと思っていたが、感受性には… 「ったく!」 長女への幼児期の「習い事」の‘渡り’と、8人兄弟の末っ子では、感受性が 違うのは当然… 人間、誰しも「未発達」のところを多く持って差引ゼロ。 失敗すると必ず言われる、「あの男、実は出来が悪い!」は、自分の秘密を 指摘しているに過ぎない。 特に「比較地獄」の住人の常套の言葉である。 最後は、いつも「世間」に対する非難になるが、それも「比較地獄」の産物。
・・・・・・ 5632,お金に強くなる生き方 〜�� 2016年08月16日(火) 【お金に強くなる生き方 〜佐藤 優 (著)】 * 幸福のパラドックス ここで紹介している、イースタリンの「幸福のパラドックス」には、 考えさせられる。 〜ネット検索によると〜 ・《『貧しい人は、お金により幸福感が増すが、中流に達すると、それ以上 の金が増えても、幸福感はあまり変わらない。ある研究によれば、年収が 7万5千ドルを超えると、お金が増えても幸福感はほとんど増えない。』 という、お金の増大が必ずしも幸福と比例しないパラドックスを表した言葉。 これはリチャード・イースタリンという経済学者が考えた説である。》 ・《逆に、「幸せはお金で買える。しかもお金が多いほど多くの幸せが手に入る」 と、米ミシガン大学の2人の経済学者が結論づけ、逆説で挙げられるような、 飽和点(7万5000ドル)を示す証拠はなく、「一国の中では、平均幸福度と 平均所得との間に明らかに相関関係が見られた」という説。 彼らの研究で、国が豊かになると所得から得られる満足度は低下していくが、 (イースタリンの逆説で挙げられているような)幸福度の上昇がほぼなくなる、 と主張。「イースタリンの逆説」を否定している。》 ・《今では所得が幸福に与える影響に関するデータは世界中ほぼどこにでもある。 一部の国(たとえば南アフリカやロシア)は、他の国(日本やイギリス)に比べ 相関が強いものの、それでもどこでも成立している。 人生満足度は国ごとに すさましくちがう。トップの諸国(ほとんどが先進国)は満足度が十点満点の 8点をたたき出す。底辺の諸国(ほとんどはアフリカ諸国だが、ハイチとイラク はたった3点。金持ち諸国は明らかに幸せだが、相関は完璧でない。 これは他の、おそらくは文化的な要因も作用していることを示唆するもの。 アジア人は、所得が示唆するよりはちょっと幸福度が低いようだし、 スカンジナビア人は所得相応よりもちょっと幸せだ。たとえば香港とデンマーク は、一人当たりPPP所得は似たようなものだけれど、香港の平均人生満足度は10点 満点の5.5、デンマークは8だ。南米諸国はえらく陽気だし、旧ソ連諸国は とんでもなく惨めだ。そして一人当たり所得から見て地上で幸福度最低なのは、 ブルガリアだ。》 ▼ イースタリンの説が正しいとすれば、750万を目安に必死になって稼ぎ、 その辺りで、人生を楽しむような人生設計をすれば良いことになる。 小・中学校の同級生を振りかえると、貧富などの家庭環境と成績が正比例。 還暦、古希の会でも、それそのまま、拡大して現在まで続いていた。 20歳代は、激しい浮沈みの環境にあったため、生活の幅があった。 やはり、「興産あって恒心」で、リッチであるほど、幸せ度は高い。 2倍の1500万円が、私の実感である。 いや、今と大して変わりはしないか! 「好きなことに散財をしてきたかどうか」が、分岐だが、その点、 「面白かった、楽しかった、充実していた!」と、心底いえる。 何処かから、<お金は、あればあるほど、良いに決まってるじゃないか> <余裕があるからこそ言える言説!> という声が聞こえてきそうである。 「で、如何した?」「どうもしません!」 自問自答が趣味と誰かが言っていた。
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2020年08月15日(土)
* お盆に、つれづれに想う! コロナ禍のお盆は何やら奇妙な雰囲気。2人の息子と、兄夫婦の甥姪は 誰も帰省せず。例年のお盆の国家的大移動も全く見当たらず… 冷静に 振れば何とことはない。一昨日の13日は、三つの寺にまわり献花して、昼からは 兄夫婦と、あ酒を飲み… 昨日は家内の実家の墓参り。柏崎への行き帰りの車道 には例年どおりの車の量。県外者ナンバーは、ほゞ無し。 母親の実家のある宮内の寺に行く道すがら、助手席に母親が坐ったような奇妙な 感覚。『有難うね!』は、自分で勝手に脚色しているだけと、内面で打消す冷静 さはあった。毎日が日曜日のような日々が常のため、今さら盆もないが… 共同幻想も、年に2回も悪くないのか。
墓とは何か? 焼いた骨の灰の納めどころ。共同墓地ならば、縁者が勝手に 来て、手を合わせることも可能。これがあればこそ、永遠の彼方に生臭い行蔵を 背負って彷徨う感覚を最小にすることが可能! 母が参っていた千住にある寺の無縁仏も、今年も花一輪をあげてきた。 平原という姓で、私独りだけ結ばれていると思うと、侘しい感がする。 石に生きた証を刻むのは家の血筋を記録として残したいこともあるが、今では 写真、映像で残せる。
知人曰く、「事業に失敗して底辺から上目つかいをしている我姿はヒラメ!」 ならば、私の現在の姿は、<ヒラメの背泳!> 妙に合点がいき、そんなもの。
・・・・・・ 6726、閑話小題 〜嘘だろう 2019年08月15日(木) * 今日はお盆、墓の話題でもしようか! 昨日は例年どおり、連れの実家の墓参り。聞くところ、墓に、先祖が、 それぞれの家に帰っているため、墓は留守宅。 実家の仏壇と、墓の両方 を参いるのが自然の姿と。 成るほど… 残っているのは、何代前の行場 のない祖先たち。彼らも生臭い永遠の彼方に消えまいと、墓の底で踏ん 張っておられる。その前に、墓は生きている人の、魂の拠りどころ。 ところで、遺跡といえば古代の大王の巨大な墓が多い。特にエジプトの ナイル川の沿岸には世界の墓の遺跡の7割が存在していると… まだまだ 埋もれている遺跡が、数知れずあるという。マヤの遺跡、インカ帝国の遺跡、 エジプトの遺跡など、世界には遺跡が数知れずある。石の文化は、あとあと、 リアルに残るため、時代を乗越えて様ざまな当時の生活を垣間見れる。 カイロのフス王のピラミッドを始めナイル川沿岸の遺跡が素晴らしいが、 中東のメソポタミア文明の遺跡が良い。ぺトラの遺跡、アレッポの遺跡は、 何とも強く印象に残っている。 2千数百年前のパルミアの遺跡に、 墓のマンションが造くられ分譲していたという。それらを目にして驚いた のを今だ記憶している。そのほとんどが、ISに破壊されつくしたという。 ―― * 実際にあるんだ! 人生の中で、嘘だろうと思ってしまうようなことが、しばしば起こっている。 望んだことが、いや、それ以上のことが現実化してきた。その真逆もあったが、 比率は6対1の割合でプラスが多い。 最近は、マイナーの対処で、内的な デドックス(毒)を消す自己暗示の習性がついてしまった。 そこでプラスの 具体的にイメージをすると、次つぎと、現実に出てくる。老いのため、淡々と した日常で、さしずめ何もないのは何も望まなかったため。具体的には底が 浅いため、言葉にするのを憚るが、例えば… 噂を聞いて入ったイタ飯屋とか、 思いもしない新知識とか、ランチの店とか…。ランチは、ほぼ家内が見つける。 リア充を心がけていれば、何があって何ら不思議でない。 リア充では、まず、 1、‘現在の満足度は何点ぐらいですか?’ 次の質問、 2、‘これまでの人生の満足度は?’ に対して、 …我が垣根の内側は、1=80点、2=85点になる。 客観性では、自己欺瞞 だろうが、自分の心の内は、これが現実。気に入った要素を組み込んだ日程を たて、淡々と熟している為もある。毎日が遊び疲れ、面白いこともある。 これも何時まで続くやら! そろそろ…?
・・・・・・ 6363,閑話小題 〜つれづれに、煮豆と納豆 2018年08月15日(水) * 煮豆も、また良し! 30歳直前に、Uターンで地元に戻ってきた時に直感した「城下町の煮豆」 に同化してしまう恐怖感がリアルに心の片隅に残っている。当時は、煮上がり 具合の比較が楽しみで… 外界が激しく揺れ動いていく中、この町の人たちは、 「変化、転身、戦いは悪」と信じて疑わない人が多い? 閉鎖社会なら当然か。 リタイアの身から見える世界は、あまりに脆い。 安倍首相は日々実感している のだろう。政権トップ以外は、そのリアル感がないため、その意味が実感できず。 「日本総煮豆論」も、言葉を替えて存在するはず。「煮豆」は、学生時代に 母から聞いていた。当時、昔の人は面白い例えを使うものと驚いた。 「煮豆」の類推した言葉は何か? そうそう、「納豆」がある。 藁の中で醗酵、互いに絡みあう。 こうなると、活きた豆より、少しはマシか。 とすると「日本総納豆論」が自ずと出てくる。これが腐ると、如何なることに?
* お盆は例年のごとく! 今日でお盆は終わる。これが終わると、今年を折返した感覚になる。 お盆の初日の13日は、3時半に起床し、随想日記を早々書き上げ、信濃川への ポタリング後に、3つの寺の墓に花を上げる予定だった。ところが急に雨が 降ってポタリングを中止し、例年とおり3ヵ所を周って、帰ったのが7時過ぎ。 空をみると、まだ雲行きが怪しいので、再度のチャレンジのポタリングを中止。 夕方には市内の兄夫婦と、姪っ子が来訪。飲み会に。宇宙人のような孫がいる と兄から聞いていた。なるほどと… 宇宙人ならまだいいが、他宇宙からの 訪問者も出てきそう。お盆なら、宇宙の話が思いつく。 〜ネットでに 《 宇宙の果ては桁数でいうと、10の27乗mの世界。その逆、極小世界は、 10のマイナス35乗の世界。物質は原子(元素)の集まりで出来ている。 極微世界である10マイナス35乗の世界は… 素粒子(クオーク)の世界。 原子の中心は、原子核。原子核にも陽子や中間子といった内部構造があり、 その周りを電子が回っている。またその陽子や中間子もいくつかの粒子により 形成されております。(中間子理論では湯川秀樹氏が有名) その粒子がクオークと呼ばれ、クオークこそが「素粒子」なのです。》 年に一度の霊魂の帰還話が形無しになるので、話は終わる。
・・・・・・ 5996、あんた達(人間)、変じゃないかい! 2017年08月15日(火) 「脳がよろぶ話 ー幸せを見つける5つの対話」茂木健一郎著 * 人間より、動物の方がよっぽど悟りに近いと思う 〜小菅正夫:対談 分かったようなことを書いているが、とどのつまりは、 「人間、生きていることが一番に価値がある。死んでしまえば、それまで」 「生きていればこそ人生。世界を少しでも知り、経験を広め深めてナンボ! そのために、何ごとも極限までいき、その先を何歩、超えられるか」である。 野生動物は無理な生き方はしないが、常に生存の極限に立たされている。 だから、悟りに近い意識が出来ている。 〜その辺りから〜 ≪ 茂木: アメリカでフクロウの研究で分かったのが、ある種のフクロウの 繁殖が難しい、なかなか子供をつくらない。でも、その研究室のフクロウ は繁殖をする。何故か聞いても教えてくれなかったのが、ある時に分かった。 毎回食べきれる程度を与えていたのを、食べても食べきれないほど、与えた ところ、繁殖行動を始めるという。 小菅: たぶん動物というのは、自分が命をかけて育てる子どもが、ちゃんと 育ってひとり立ちできるという「見極め」があって初めて子育てをスタート すると思う。自分だけでなく、もう数羽いても生きていける環境があると わかったから、じゃあ雛もそこで生きていけると判断する部分がどこかある。 茂木: 最近の日本の少子化は、安心できないということですか。 小菅: 誰に聞いても、「育てていけるか不安だ」とかね。 茂木: 人間は自分が動物だということを忘れて不幸になっている。 小菅: 基本は、まず、しっかり生きて、しっかり子供を育てて、それが軸で、 それ以外はプラスα―なんだから… 茂木: 生きているということが、一番価値があるということ、それが当り前。≫ ― ▼ 還暦を過ぎた頃から、年々、老化をしていくのを実感する。年末、一年を 振り返り、無事、過ごせた幸運にホッとする。そして、己の存在の不思議の念 が強くなるばかり。「長岡空襲」で焼き出された商家が、新たな出発を模索する 環境が、三つ子の魂に刻印され、不安定な気持ちが、心の芯にあった。それが、 エネルギーの源にもなっていたようだ。団塊世代の心には、これがエネルギー源 にあった。そして次の激動の不気味な風が漂い出してきた。家族が生き抜くには、 少子化は必然である。
・・・・・・ 5631, お金に強くなる生き方 〜�� 2016年08月15日(月) 【お金に強くなる生き方 〜佐藤 優 (著)】 * 貯蓄率からみる日本の貧困 バブル崩壊後の長年のデフレを含めた不景気で、日本国家の体力が大きく 後退した結果、貯蓄好きだった日本人の貯蓄率も激減した。他人ごとではない。 崩壊のプロセスで不動産を主とした事業も、デフレのため資産が目減りをし、 清算に至った。 3人に1人が貯蓄ゼロ、単身者の平均貯蓄額は774万円、中央値は75万円。 これからすると、単身世帯の8〜9割は貯蓄ゼロになる。ということは、病気に なっても、自己負担の1〜2割のお金さえ無いため、病院にも行けない人が 多く存在する。 そういえば、久しぶりに会った倒産した知人の歯が抜け落ち、 全身が剥れた異様な相をしていた・・ 〜その辺りから〜 ≪ 〜国家体制の違いで貯蓄率が変わる〜 少し前まで、日本人は貯蓄好きな国民とされてきました。 ところが、今や貯蓄率で見ると日本は先進国の中で最低ランクです。 2013年のOECDによる調査では、消費大国と言われる米国の2・4%を大きく 下回る0・9%になってます。ちなみに1970年代は20%台、1980年代は10%台。 バブル崩壊後の経済の低迷、非正規社員の拡大、少子高齢化などの影響が 重なっているのでしょうが、これほど短期間にお金に対する向き合い方が 変わった国というのも珍しいかも。 お金に対する考え方や向き合い方というと、ラテン系の国は貯蓄率が低い、 アングロサクソンは投資好きなどと、国民性や民族性に左右されるものと 考えられがちです。しかし、その国がどういう体制なのか、どういう国家を 目指しているかということの影響のほうが大きいのです。 なかでも一番影響を与えるのは社会保障と税金です。 米国などは政府を極力小さくして税金を少なくし、その分自由な経済活動を することに最大の価値を置いています。そういう社会では競争と自己責任が 前提で、社会保障や福祉にはそれほど頼れません。そうなると当然自分頼み、 お金頼みになります。米国人のマインドは、自立して成功しお金を稼ぐこと、 それを投資で増やすことを最も重視しています。 これとは逆に、社会保障を徹底的に充実させる代わりに税金が高いのが北欧 の国々です。たとえば、スウェーデンでは一定以上の年収の人は所得税率50%、 消費税率25%です。それでも、手厚い社会保障があるため国民が文句を言うこと はありません。教育費は、誰がどんな大学や大学院に行こうが一切かからず、 医療にかかる費用も原則無料。失業しても1年間は高額な失業保険が下ります。 高福祉社会では貧富の差が小さく、将来の不安が少ないので貯蓄性向は低く、 家族との関係やコミュニティのつながりを重視するため出生率は高くなります。 面白いのは、スウェーデンの企業でもよく労働者を解雇しますが、高額な失業 保険が下りるため、クビになった当の本人はそれほど気にしません。 その間にじっくり別の会社を探すのです。 ≫ ▼ ギリシャの経済危機の最中、アテネの歯医者が廃業して、失業している 人のインタビューで、「歯医者の治療の資金的余裕のない人が殆どで、開店 休業状態で、廃業に追い込まれた」と、語っていた。終戦後からの右上がり 経済と、バブルと、その崩壊を経験しているため、貯蓄率の推移が実感として わかる。欧米に比べ、日本経済は底が浅いのである。アベノミクスの崩壊が、 さらに日本経済にトドメを指すことになる。
・・・・・・ 5266,人生に必要な洞察と困難 〜ニーチェ「超」入門〜 2015年08月15日(土) 〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 人生に必要な洞察と困難 創造とは、脳のイメージを具体的なカタチに仕上げること。同じく創業も、 計画段階で洞察が必要となる。そして、一つずつ、目先に出てくる困難を 処理していくプロセスそのものが仕事になる。だから、困難がたち現れると、 それが、解決の塊になる。人生とは困難の解決をするプロセスをいう。 困難の中心点を問題から洞察して、心を無にして、答えを探す。 毎回、問題は違うからこそ、面白い。ことに当たっていると、問題そのものに、 解決の答えが隠れていることが分かる。それを、遊びにするのがゲーム化。 人生は、真剣に生きるほど過酷になっていく。 〜その辺りから ーp127 ≪ 人生において必要なのは知識ではなくて、洞察だろう。 確かに、知識は知恵を生む母胎になるものだ。しかし、おおかたの人は 処世の知恵で満足してしまう傾向にある。また、処世の知恵がいつもその時代 その場所で有効だとは限らない。 一方、洞察は正体を見破る力を持っている。 誰によって何がそこに隠されているのかを透視する。考えることなく、中身を あてることができる。人生の中で決断しなければならないとき、洞察が役立つ。 知識だけでは足りない。洞察がいつも正しいとは限らない。それはニーチェの 洞察の哲学が証明している。しかし、まちがった部分があろうとも、ニーチェ の洞察の仕方はわたしたちに新しい見方、新しいおもしろがり方を教える。 ふつうの生活では、自分の洞察は秘密にしていたほうがいい。他の人には とうてい理解しがたい.からだ。また、他の人はどうしてそう思うのかと根拠や 理由やデータを知りたがるものだ。洞察にそういうわかりやすいものはない。 洞察と勘は、似てはいるが、ちがう。勘は観察を土台としたもので、対象に 広く大きく網をかけるようなものだ。洞察のほうは鋭く切り込む。 すぱっと切って断面を見る。洞察は視線の一種の名人芸みたいなものだ。 洞察力が自分に備わると、何事をするにもコツを掴みやすい。 また、既存のものから離れた独特なものを生む契機に触れやすくなる。 そういう洞察力を養うには、どうしても感受性が必要だ。情感を豊かにし、 やさしい配慮の心を持っているほうがいい。さらには、耐え、くじけず、 幾度も立ち直り、絶対にあきらめない強靭な精神も必要になる。 そして、自分に対しても容赦のない視線が必要になる。 そんな洞察力を持つのは困難なように思えるだろう。 しかし、この人生においては困難なことのほうが安易なことよりも多くの 喜びを与えてくれるものだ。克服していくこと、それは難しいのだが、 そういうものほど生の充実と自己の力を実感させてくれるものはないだろう。 洞察も、二者択一のときは困難を選べと教えている。困難から逃げ続ける ならば、いつまでたっても本物の人生が始まらないからだ。老いて気力が とぼしくなって、自分の人生はなかったのではないかと疑うほどの苦痛はない。 単純で安っぽい価値観を土台にした一方的な観点から、二ーチェの人生は 悲惨だったという主旨の生涯をまとめた書物やメディアがあるようだが、 ニーチェ自身はまったくそうは感じていなかったろう。多くの困難に耐え、 それなりに克服してきた生涯でもあるからだ。彼の内なる喜びは他の人には 見えないのだ。それは山の高みにいる人を裾野からはっきり見ることが できないのと同じなのだ。 二ーチェはこう述べる。 「何度も自問した。私の人生でもっとも困難な年月に対し、私はいっそう 深く感謝すべきではないだろうか、と。必然的に起きた困難。それは苦しい ものではあるが、高い場所から眺めてみれば、また、人生の差し引き勘定から すれば、そういう困難こそ私にとって有益なものだったからだ」 いくたの 困難危険。それらがなけれほ、人間はいつまでもそれにはなれない。 単純な価値観からは不必要にさえ思える人生のしんどさこそが、わたしたち の生命力強め。より高い喜びを与えてくれるのだ。 ≫ ▼ 感受性を高めるための情感を豊かに、鋭くするために、感動・感激の 経験の質量を高める必要がある。大自然の美しさ、芸術作品、人生経験など から、長年かけた蓄積が、それを高めてくれる。困難、苦難と、その解決過程 こそ、人生にとって有益になる。幸せの最上階の4Fに、解決できないほどの 不幸を設定してあるのが、このことから理解できる。
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2020年08月14日(金)
* ‘バカでも幸せなら良いじゃない…’それは違います! 佐藤愛子のエッセイ―‘そもそも、この世を生きるとは’の1節 ‘エッセイ’それも「箴言」。箴言とは、「格言、教訓」を言う。 人生を振返って、つくづく思うことは、今さらだが、実にバカげた人間だった ということ。 人生は長生きしてこそ苦しみ、楽しみを通して理解できることが 実に多い! <‘バカでも幸せなら良いじゃない…’それは違います!>が、 直に響いてくるのは、自分を含めて如何にバカが多いのを知ったこと。バカの上に 無知なればこそ、それが実感できない。人生は因果応報、そのままが直接、間接的 に跳ね返ってくる。若い頃、この映画をみた時、その毒に良い印象が残ってない! 現在なら違った見方が出来たのだろうが…
50歳を過ぎた頃から、「自分の人生は75歳まで!」と公言を始めた。 それを聞いた人の反応が面白く、だんだんと本気になっていた。 それも、あと5ヶ月に迫ってが、大病で寝たきりとか、老化現象が日々、激しく なってきた実感が、殆どない。70歳を過ぎた頃に同級会で、その宣言をした時の 反応が… 私の後、半数の女性が各自のレクチャーで曰く。 「私の亭主が80歳です!」と… えらく心に傷をつけてしまった。 <「バカ」は、他人を知らずに傷つけ、不孝にしている>そのままを実践した。 ☆ このブログで多くの人を傷つけているのだろうが… それも、ほぼ 気づかないから、始末が悪い!
・・・・・・ 6725,読書日記 和式/洋式トイレの謎を探る 2019年08月14日(水) <『世界のしゃがみ方』ヨコタ村上孝之著> * 旅先の最も切実の問題 ツアーで世界中の秘・異郷を中心に訪れてきたが、問題は窃盗と、トイレ問題。 強硬なスケジュールに身体がついていけない。 旅行代理店がツアーを 組む時に、最低限のトイレ施設があるところを組むが、それでも、無理の場合が 多々ある。 例えば中国の新羅ウィグル地区の道路沿いのトイレなど、卒倒し そうな不潔なところに行き当たることがある。また女性の場合、砂漠の真中で 予め予定して持ってきた傘を立てて用を足すケースなど序の口。ことトイレに 関しては注意に注意を重ねても、突然、襲ってくる難物。そのためか、多くの 書籍が出ている。「入れたものは出さねばならない!」のは、出産と一緒? 〜まずはAmazonの「説明」より〜 《 和式/洋式という二項対立的な呼び方のせいで、西洋のトイレはすべて洋式と 日本人は思いがちだ。しかし、ロシア(旧ソ連)各地や東欧圏では和式(しゃがみ式) トイレが主流であり、西欧においても農村などでは同様のトイレが散見される。 つまり、和式/洋式という図式で考える見方は誤りなのだ。「和式トイレ」の観察・ 分析を柱に、世界各地のトイレの背景にある社会的・文化的事情を読む。 》 ― 〜ネットでみつけた概要より〜 《 本書の趣旨は、ほぼタイトル通り『しゃがみ方』に纏わる国際的な“民俗誌” ーー端的には副題の『和式/洋式トイレの謎を探る』レポートーー と言って良い。 本書をして“トイレ民俗学”と言うべきかは心許ないが(近年では国内だけだが 斎藤たま氏に依る『便所の民俗誌』・論創社刊があるのでこの方面の民族的学究 は存在するようである)、本書の構成・内容、考証・分析は極めて史料実証的で あり、かつ現場臨床的である。但し本稿を含めて本書は、些か「尾 籠」な方面 の具体的描写・トピックが多く(「便器」等の物理的構造・写真・態様・史資料 描写・失策・後始末ほか)、率直な筆致が散見されるので、食事中の方や耐性の ない方は予めご注意願いたい。このページの「商品の説明」には、本書の“核心” を突く紹介があって、「和式/洋式という二項対立的な呼び方のせいで、西洋の トイレはすべて洋式と日本人は思いがち…ロシア…や東欧圏では和式(しゃがみ式) トイレが主流であり、西欧においても農村などでは同様のトイレが散見…… 和式/洋式という図式で考える見方は誤り……『和式トイレ』の観察・分析を柱に ……背景にある社会的・文化的事情を読む」とある。「和式/洋式」の分類の 矛盾と、西洋における「しゃがみ式」の非特殊性、日本及び西洋に見える 「立ち小便」の男女の様態(歴史的一般性)、“後始末”(拭う・洗うなど) の様々、中国式のいわゆる「ニーハオ・トイレ」に限らない“開放型”から 個室化の変遷と意義など、実証的・分析的に考察しており、なかなか面白い (目から鱗の)トピックから成っている。
・個人的に興味を惹いたのは、やはり「和式」ーー著者の分析(「便器」に 拘泥しない前提)に従うと正しくは「しゃがみ式」ーーが、日本独自の言わば “未文明的”な様態ではなく、ロシアを含めヨーロッパ等でも歴史的には一般的 であり、現在でも残る地域があるということである(第1章)。 中でも興味深いのが「トルコ式」形態とオスマン朝の勢力関係を連関させる 見解に異を唱え、「しゃがみ式」がオスマン朝の特有の文化でないことを実証的 に反証している(71〜75頁)。 またフランスでの「腰掛け式」(いわゆる「洋式」)が19世紀頃まで優勢だった 理由に、「便座」の非衛生感(“感染症”の忌避)があったと、説得力のある 考察が見える(44頁)。元々フランスなどヨーロッパでは、家屋内には「トイレ」 を作る習慣がなく、携帯式「便器」が主流であったことは著名な事実である (122〜129頁)。しかも終わった「便器」の中身を窓から戸外へ遺棄したとも 仄聞するところで、江戸期の完成された農業リサイクル型インフラがよほど “文化的”であろうか。但し前者では“疫病”、後者では“パラサイト”の 循環と言う問題は残る。また第4章での「ペーパー」事情と「洗浄」スタイル の文化圏も興味深いトピックである(132〜148頁)。 また余談で“有料トイレ”に言及があるが(162頁:ベルギーで「1.1ユーロ」)、 ・私は10数年前ながらイギリスの某有名デパートで確か1ポンド(入口で係員 が料金徴収)、アメリカのSF市内で1クォーター(ドア横の料金口にコイン 投入するとドアが開く方式)だったと記憶する。実物写真やイラストを多用した ユニークな“トイレ民俗誌”の1冊と思う。 》 ― ▼ どうしても我慢ならないのが、仕切の無い中国のトイレ。あと飛行機内の トイレ。男女の別なく… まあ、そこから始まる非日常の苦行の一つ。 旅先でお腹の問題は、男は下痢系、女は便秘系になる傾向が強い。失禁、一歩 手前は4〜5回のツアーで一度は経験する。特に着陸直後が、気圧の関係で… ツアーは日程が強行軍のため、慣れる2日間は苦行になる。留置場、刑務所内や、 軍隊のトイレ事情が… それは家畜並み。 何故か、お城、牢獄を周ると、底冷 もあるが、突如くることが多い。 何かしら怨霊が? と思われるフシがある。 ある作家は、神社仏閣では何故か100%下痢になるという。
・・・・・・ 6362,閑話小題 〜問題はバカの扱い方 2018年08月14日(火) 『問題は右でも左でもなく下である』適菜収 (著) * B層のバカこそ大敵! 俗にいう世間様を「下」と切り捨てている文章。 何も考えない27%と、 考えても何も行動に移せない60%、合計87%の人たちを『下』と。 トランプは、アメリカ白人の右翼的レベル25%に狙いを定め、ロシアのスパイ網 と組んで政権をとった疑惑の痕跡がいろ深く残っている。社会には、考えられ ない人たちが存在する。まだ流動する社会ならよいが、固定社会の舟底には 牡蠣がへばりつく。こういう人を一言、『問題は右でも左でもなく下である』と! 常に自分も知らずに同化しているのではと… TVの人気バラエティ番組の視聴者 の多くは、こういう人が狙い目。 で、その層に心地よい評論家がお出まし。 バカがバカを裁く模擬公開裁判らしき討論が、まことしやかに進行する。 他人様に思考と、決断材料の収集を任せ、演劇側のステージに上がろうとしない、 「ウォームヘッド、クールハート」の87%の人たちが、これに動かされる。
〜ネットで、著者を検索すると〜 《適菜収を一言で表すならばバカの敵である。既得権益が叫ぶ改革に乗せられる バカ(いわゆるB層)を敵視しており、バカに知識をつけさせて(C層)がまともに なることで住みよい世の中になることをニーチェ等の哲学者を参考に紐解いている。 特に現在詐欺師筆頭である安倍晋三、小池百合子、橋下徹を敵視しており そいつらを支持する輩をバカと断罪、詐欺師の現実を突きつけることにより バカに対する継承を鳴らしている。》 〜 Amazonー内容紹介 財界のケツを舐めて密かに移民導入を進める政権。 グローバリズムによる社会の疲弊を推進する政権。 クソが付いていても米国のケツを舐めたがる政権。 共産党でさえ口にしない「〜革命」を標榜する政権 クズの忖度はしても陛下の意向を忖度しない政権。 それが「保守政権」を名乗る「美しい日本」ぶり。 本書で日本は終わっていることに納得した僕は、 仲間と家族を大切にして子孫に託することにした。 「近代の終わりと知の崩壊」を適菜収が警告した最新の書。 〜 著者の内容紹介 ◉ 私はファッション右翼やコスプレ右翼、街宣右翼は大嫌いだが、 質の高い右翼思想には常に敬意を払ってきた。また、花畑左翼、 市民活動家は大嫌いだが、質の高い左翼思想には大きな影響を受けた。 私は性格的にも学問的にも保守思想(すなわち近代的理念・理想・理性・ 合理主義に対する懐疑的な姿勢)に馴染んできたので、右翼や左翼、 要するに理想主義者とは相容れないところがある。 未来にせよ過去にせよ、理想郷を設定するのが不可能な時代に生きて いることを自覚できない時点で、やはりそれは弱者の思想だと思う。 その前提の上で、半ば自嘲気味に、あるいは戦略的に右や左を演じて いる人々は面白いし、場合によっては知的な刺激を受けることもある。 本書で扱うのは彼らではない。「下」である。 右翼の底辺「右下」もあれば、左翼の下層「左下」もある。 いわゆる「B層」も多いし、橋下という政治家もいた。 ◉ 今の政治は、マーケティングにより「下」の気分を探り、 プロパガンダで「下」を動かすことで成り立っている。 この手の政治家は、「風が吹く」のを待ち、問題が発覚したら 「嵐が過ぎ去る」まで口をつぐむ。 議論を軽視するのは、それが世の中を動かさないどころか、 墓穴を掘ることを熟知しているからだ。 大衆の熱狂だけが 政治を動かすことができるという深い確信 バカがバカを支持する今の世の中を見れば、それは正しいのだろう。 (「はじめに」より一部抜粋) さあ、読者であるあなたは、この狂気の時代をいかに生き抜くか。 ないのか? 合理主義者が世界を破壊する
― ▼ 『下』は、ネット社会の産物と言うより、社会構造が本来、この層を 生み出す現象。現在、嵐が吹きすさんでいる体育会系社会の変質した体質。 何も今さらの話ばかりで、殊更騒ぐ内容でない。 朝鮮社会の体質に、事大主義がある。小国が礼をもって大国につかえること、 また転じて「勢力の強いものにつき従う行動様式」をさす。中国近隣にあり、 常に侵略対象にされた中では、弱者の戦法として必要な知恵だろうが… 社会においては、これが固定されて人間価値まで判断される。それに目を瞑り 馴化するしかないのが実情。で、こういう社会哲学者が、87%を冷たく切捨てる。 問題は、27%でなく、一応、考えるが深堀ができない60%。それも上位10%との 際の人たち。10%の次善の人に加えた10%、合計20%が社会を静かに動かす。 この質を上げるには、長年かけた地道な教育システムを必要とする。政治家は、 その育成より、目先の権力維持のために大部分のエネルギーを消耗するしか ないのが実情。20数年かけて現実社会をネット社会が世界を覆ってしまい、 社会の基盤が根こそぎ崩壊しだした世界で、右も左もない、必要なのは、 個々人の地頭(インテリジェンス)になってくる。非常に生きにくい時代である。
・・・・・・ 5995,閑話小題 〜「楽しみに金のかからない人は、最も幸福」 2017年08月14日(月)
* 楽しみに金のかからない人は、最も幸福 ソローが、「楽しみに金のかからない人が最も幸福である」というが、 「楽しみに無条件で金をかけられる人は、更に幸せである」とも、いえる。 楽しいと思うかは心の素養の問題でもある。書籍の購入と同じで、命の次に 大切な金を、割切って使うことは難しい。仕事を楽しみまで昇華すれば良いが、 仕事バカも面白味がない。実際のところ、そこそこの「お金」は「遊び」に必要。 「一万を持って千円を使うのと、二千円を持って使うのと、気持ちが違う。」 現在、一番効率良く遊べるのはネットである。次は「読書」だろうが、 これも素養が必要となる。 ― * 本家消滅 「本家、分家」の言葉も、自営業が激減している中、「死語」になってきた。 私が事業整理をしたことで、我が堀井家の「本家」筋も、消滅したことになる。 『堀井』の実家は太平洋戦争前までは、老舗の古美術商で、父親は二代目。 父が引き継いだ時点でも、徹底した節約の家で、結構の資産があったという。 祖母が『吉岡』の家から婿養子をもらって分家として商売を始めたのが出発点。 その本家は、長岡駅裏から5分のところにあり、商売を止めていた。 母親が生きている間は、行き来があったが… 法事で、その一人息子と一度、 言葉を交わしたことがあったが、影の薄い人だった。ところが、昨日知ったが、 息子が独身で、先日亡くなり、家が実質、消滅したという。 享年64歳。 ― * 第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか? 「そう遠くない先に、朝鮮戦争はある」とみるのが、自然である。 第二次朝鮮戦争は、アメリカの力を削ぐに、中国、ロシアにとって非常に 優位になる。その点、トランプ大統領と、金主席は、これ以上ない人材。 まずは、ロシアが大統領選で小細工をして、トランプ大統領を祭り上げ、 次は、中国が…? もってこいの取組になる。しかし、始まれば、数百万単位 の死傷者が出るが、この百年だけでも、数千万単位の死者、餓死者を出してきた。 戦争とは、そういうもの。但し、以前のように、中国、ロシアは、北朝鮮へ、 直接的支援が出来ない。その時、ロシアと中国は、沖縄、北海道を狙う? 「戦争は何でもあり」である。とすると、私の人生は、「第二次世界大戦 直後に生まれ、第二次朝鮮戦争直前の狭間に生きた」ことになる。 日本にとっても、トランプと、金主席は、偉大?な厄病神に御なりですか。
―――― 5630,閑話小題 〜オリンピックも中盤に 2016年08月14日(日) * リオのオリンピックも中盤に オリンピックも、中盤に差し掛かった。ブログ内検索をして分かったが、 12年前のアテネ・オリンピックで16個の金メダルを取っていた。そのうち、 柔道で8個の金メダルを取っていた。今のところ、メダル獲得ラッシュとは いえ、アテネ並みでしかない。それとロシアの選手の金メダリストが、 例年に比べて異常に少ない。 日本にとってのハイライトは体操の個人総合で内村選手が、2位選手の 最後の着地の乱れで奇跡的逆転をした場面だろう。ドラマとして、これ以上の シーンは作ろうとして作れるものではない。 以前、内村選手が面白い話しをしていた。<自分の脳に、小さな自分がいて、 それが、自分に指示をしている。>と。小さな自分が、この奇跡を生みだした のだろうが、これは練習と、これまでの試合経験の中から生まれた存在?である。
ここで、オリンピックについて、何か書いてないかと検索したところ、 以下の内容が出てきた。書き残こしておく価値を、改めて思い知る。そこには、 垂直に立った(永遠)、その時の、「いま、ここ、私」が存在している。 ブラジルの財政悪化も含めて、緊縮の設備投資で、日本が目論んでいる 数分の一、いや数十分の一で済んでいる。この辺りをマスコミは徹底的に報道 すべきである。「小投資、省エネルギーで済む」と、いう当初のアピールが、 何時の間に消えてしまった。 それぞれのドラマが生まれ出るオリンピック。 これまで、大規模のテロは起こってないが、どうなることか? 以下を読み返すと、オリンピックに、あまり興味がないみたいである。 日本の時期開催もあって、その空気に流されている自分が面白い。 目標は、心身とも元気で、2020をむかえる事だが・・
―――― 2004/08/18 1233, アテネ・オリンピック
時差の為、夜半に行われることが多かったこともあって、オリンピックは あまり興味がなかった。柔道の金メダルか、女子マラソン位か優勝に絡む 試合しかみた記憶がない。日本があまりにも弱いこともあったが。 ところが今年の日本はイヤに盛り上がっている。 不況ということもあり、国策として力を入れていたのだろう。
柔道の女子の谷選手と、野村選手の決勝も目覚まし時計で起きて見たが、 これは過去には無いこと。 この勢いでは、金を15個以上取る可能性も? 体操と柔道とレスリングと水泳など過去に強い種目に、絞って強化した。 他には、野球とマラソンかもメダルの可能性も高い。
TVで見ているかぎり、観客が少ないのが気になる。 欧州人にとってオリンピックなど、あまり興味が無いのか。 それにしても、東京オリンピック以来のメダル・ラッシュには驚いている。 歳をとったせいか、その人の人生まで重ねて見るようになってきた。 ・私の記憶は、小学生の時のメルボルンの時からである。 体操の小野選手の演技をラジオで聞いていた記憶がある。 ・次は、中学生時のローマ・オリンピックで、白黒TVで見ていた。 ・そして、東京オリンピックは、カラーTV。 ・前々回のアトランタはブラウン管のハイビジョンTV ・今回はプラズマTVである。 情報媒体の機器で、時代の変遷が見えてくる。それと、自分史も。
―――― 2004/08/30 1245, オリンピックが終了 アテネオリンピックは、2004年8月13日から29日まで行われ、 昨夜(日本時間では今朝方)終わった。 結局、金メダルが16個。 前回の三倍、東京オリンピックと同数だから大成功だった。 復興委員会が数年前に打ち立てた戦略の結果であった。 〜印象の強い順に書くと ・金メダルを16個取ったこと ・女子マラソンで野口が優勝したこと (丁度ツアーで、ウィーンの ホテルでチェックインをした直後にゴールを見た) ・柔道が8個の金メダルを取ったこと ー野村が三試合連続金メダル、谷亮子が女子でニ連勝、 優勝最有力視されていた井上康生が一回戦で破れたことなど ・水泳では、男子の岡島が金を二個、女子ではあまり目立たなかった 選手が優勝をしたこと ・体操の団体優勝の緊迫した内容と優勝 ・優勝選手のドーピングで、銀であったハンマー投げの室伏選手の逆転優勝 ・優勝をめざしていた野球が銅に終わったこと −日本のプロ野球の威信をかけたが、この程度の実力ということが判明 したこと。 これで、一リーグ制に加速がつくだろう 以上、誰もが同じ印象であろう。 大不況の中、一服の飲料水の代わりになった。 ところで、過去に日本が強かった卓球、体操、レスリングなどを、中国と 北朝鮮が冷戦時代に戦略的に集中して強化して狙いうちをしていた。いつの間 にか彼らの得意競技になっていた。それを一部とりかえしたといってよい。 いずれにしても、日本復興委員会をつくって本気になって金メダルを 狙いにいった結果だった。まあ素晴らしいことだ!
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2020年08月13日(木)
* 毎年、欠かさず盆の墓参り 例年のごとく、長岡の大手通り(元・丸大前)に、2日間だけ盆花の特売が出る。 価値からいって、通り相場の半額のため、この10数年は、そこで必ず購入する。 売れているのだろう、行く先ざきで、「ここもか!」と見かける。 まず宮内の母方の2つの墓参後に、近くの本尊の墓に献花し、参るのが慣わし。 昼か夕方は兄夫婦と、酒を飲む。今年は昼間… 数年前までは、近くの父方の従兄が仏前に参りに来ていたが、近年に亡くなり、 兄夫婦以外に誰も来なくなっている。 大宮に住む次男一家も、会社から…「今年は県境を超えないように」と達し、 里帰りは取止め。寺も例外なく不況が直撃。法事も時代の趨勢で取止めの上に コロナ禍が直撃。 寺の御布施は半減か3分の1辺りか。存続の問題もでてきた。 ― * 寝ても醒めても、「世の中」 当然のことだが、…TVも話題も「世の中、マッコロ闇!」 コロナ疲れが 出ても、これだけはパンデミック。嫌が応にも目を叛けることが出来ない。 最大の問題は、その規模。3〜5年の一過性か、30〜50年規模か。ある科学者は 「リーマンショック」以上、「スペイン風邪+第一次・第二次世界大戦」未満と! 私は10年前に「リーマンショック+東北大地震」で倒産したので、その破壊力 を直撃した経験から、このコロナ禍は、スペイン風邪+αと直感じているが、 如何だろう? その直感を信じて思い切った決断を計るべきか…、いま暫く、 趨勢をみるか? それ以前に、事前の一策を打っていたかの問題もある。 ― * 中国… チョッと変? いや非常に変! このコロナ禍で、一番、拙かったのは中国の初動。武漢閉鎖が遅すぎである。 アメリカのトランプも、当初は軽く見ていたのは明確。その責任を互いに擦り つけようとする様は滑稽とさえいえる。今回の日本的大移動の「盆」の催事。 流石に、国民的巣篭りが徹底されようとしている。これだけ脅かされれば、 お盆催事も、消滅! 行くところも限られるが、巣籠も堂々とするば、これも 悦なもの! 300本のブルーレイの録り溜も、かなり減ってはきてる。
・・・・・・ 6724,閑話小題 〜今日のひと言… 引き籠りの意味 2019年08月13日(火) * 「べきオバケ」と、「べきエンジェル」 「オタク」の原因は、両親の、「普通であるべき」「世間常識であるべき」 や、仲間内からの「差異」に対する無理解からの虐めが起因することが多い。 「子供は親に従うべき」「良い学校に入り、良い会社に入るべき」「バランス のとれた相手と結婚すべき」等々。これで動きが取れなくなる。 人間は、自惚れがあり、自らを冷静に判断できない。これに「べきオバケ」が、 絡みつく。 しかし、それがエンジェルの役割をする要素もある。 「べきエンジェル」の外装が、「べきオバケ」であることが多い。それに気づく のに数十年も要することが多い。 私の兄姉たちは、太平洋戦争を跨いだ青春 時代を生きていたが、そこに、大きな価値観の変容があった。その時代の大家族 が生き抜くには、父親の絶対的存在が必要であった。戦前、戦中、戦後の時代の 変遷の中で、その都度、「…であるべき」という縛りの変化は、仕方がなかった。 家族主義は、国家体制の変動の何れの時代の前提条件になっていた。上の七人の 兄、姉たちを末っ子の立場で見て、「べきオバケ」にガンジガラメで縛られた 彼らは、自分の数年先の道標であり、先行の姿が、リアルに見えていた。 それは、家風として必要だった半面、お飾りの商品とした枠が大きく、それぞれ を縛りつけていたようだった。その鬱憤が、他者に向けられているうちは良いが… 20歳の頃、「創業を目指す!」と、夏休みの宿題を真面目に受け止めたレポート を提出した。「兄・姉たちは、反発したが、私は、父親のように生きたい!」と。 これが、「べきエンジェル」への転換だった? しかし、私にとっては、 立派な「べきオバケ」ということ?は、数羽のブラック・スワンの出現で、 アッサリと化けの皮が取れてしまった。「べきエンジェル」の縫いぐるみも、 なかなか着心地が良かった。 自分自身も魂の上に肉体という縫いぐるみを 着ている存在でしかないことを意識せざるを得ないから…。 大方の人は、 その縫いぐるみに、リタイア後に初めて気づく?。いや、それさえ気づかない? 『天皇』という御職業。縫いぐるみもいいところ。国家の象徴という縫いぐるみ。 誰かが着なければならない代物。 国家の祀りごとの重要な役割になる。 さしずめ「べきオバケ」が政府なら、皇室は「べきエンジェル」ですか。
・・・・・・ 6361,閑話小題 〜つれづれに、お盆の朝 2018年08月13日(月) ◉ 昨日の朝、例年、恒例のとおり長岡駅近くの大手通りアーケードの、 臨時売場の「お盆花」を買ってくる。これは早朝のポタリングの帰りに偶然 見つけた穴場? スーパーで、1000円以上はするのが、600円×4束で2400円。 ここで買い始めて10年は経つ。さて、三か所のお寺廻りに出発だ。 ところで、本家筋の家が昨年、「絶えた」と… 発達障害の息子が独り身で…、 5年ほど前に一度だけ法要の席で同席したことがあった。葬式の知らせがあれば 出席したのだろうが。 寺廻もあって3時半に起床して、これを書いているが、 4時45分、何故か、雨が降ってきた。直に止みそうだが… 涙雨ですか、これ。 まず仏壇に参って、ポタリングは急遽中止、寺廻りだ。このアップは、この後!
◉ お腹が少し出てきて気にしていたが、ここ数ヶ月で体重が2キロ近く増えた。 週5日、通っていたSJ通いを週4日にして運動量を減らしたことと、暑さで、 水分を倍近く?摂取したため。早朝のポタリングは、雨の降らない限り欠かさず 続けているので、太らないと油断したこともある。また暑さで食欲低下より、 何故か食欲増加もある。 特に、モナカのアイスクリームに美味しいのが多い。 物欲、性欲、自己顕示欲などで、満たされるのは食欲のみ? それも牛丼、 カツ丼、回転寿司でお茶を無制限に飲めば、然もありなん。ここで自動的に コントロールするのが、これまでの習慣。猛暑の一事例が、これ!
◉ 先週末、川西の牛丼屋で昼飯。1000円札を出すと、「レジに何故か札が入ら ないので「他の札にして貰えますか」と。その瞬間、客が一斉に偽札か?と、 注視された。新札と入替えるとスンナリと入った。その後の映画館の自動発券機 では入金することが出来た。何だろう、あれ!
・・・・・・ 5264,徹底した自分主義 〜ニーチェ「超」入門〜 2015年08月13日(木) 〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 徹底した自分主義 人間の遺伝子の基本は「エゴ」である。イエスでさえ「自分を愛する ように、隣人を愛しなさい」と。他人を愛する前に、まずは自分を愛せよと。 18歳までに、家庭や学校などから洗脳された固定観念を、壊し始めるのが、 大人への第一歩。そのためには、「徹底した自分主義」に徹しないと、あれらの ように、同一化された従順の羊になってしまう。 まあ、何も考えずに、世間様 におさまって、何も気づかず一生を終えるのも一つだが。何故なら、その範囲し か知りえないのだから。その外は、知らないのだから! 〜その辺りから抜粋〜 ≪ 処世術や、倫理や道徳、これは、してはならない、人には優しく、親切に、 等々、これをさらに細分化されて実践的なものになったのが、ノウハウとか ハウツーというものだ。それだけではあきたらず、特定の現場でもっとも有効な ハウツーすら出てくる。それがマニュアルだ。生き方、商売、セックスさえまで マニュアルが用意されている。何をどうやるのか。なぜ、自分で考えて自分なり に実行しないのか。世間の目がそんなに怖いのか。あるいは罪悪心を持つのを 恐れているのか。それとも、自分で考えることすらできないのか。 たぶん、教えられた通りにやればうまくいくという迷信が蔓延したあげく、 真理のように信じられている? 教えられた通りに勉強しておけば、テストで いい点数がとれる。それをくり返してきたあげく、考え方が固ってしまっている。 だから、学校の成績のよかった人はもろい。挫折すると立ち直りにくい。 人生は固定観念を習う時間ではない。自分が生きていく時間であり、自分が 生きていく場だ。頭と行動を固定観念で染めてしまうと、自分はいなくなる。 自分の中に古い他人がたくさん詰まっているだけだ。そんな人に個性などないの も当然だ。定年を迎えた人が「第二の人生」と称して、俳句、絵画だのエッセイ だのを始める。誰もプロになれない。下手な俳句、下手な絵画、下手なエッセイ。 なぜ自分が下手なのか理由さえ知らない。その理由はシンプルだ。固定観念で 物事にあたっているからプロになれないのだ。俳句とはこういうものだ、絵画 とはこう描くものだ、という固定観念しか頭の中にないのだから仕方がない。 人が何かクリエイティブなことをして成功したいのなら、必ず概念、固定観念、 常識といったものを超越しなければならない。名人や芸術家というのはそれを 果敢にやってきた人々のことなのだ。固定観念の再現とか人の真似事がクリエイ ティブであるわけがない。誰もの固定観念にある何か、ではなく、自分の中に ある何かを表現することがクリエイティブというものだ。 多くの人が忘れがちになるが、この世に、生きていくこともクリエイティブ なことだ。つまり、多くの人は自分を生きずに世間の人々を生きている。 だから、こういうことをすれば隣近所はどう思うだろう、親戚から白い眼で見ら れないだろうかと危惧するのだ。自分の中に道徳も価値も基準もタブーもない。 そういった精神を支えるものすら、世間に依存する。これでは、自分を生きて いる、といえない。したがって、この一回限りの人生を本当に生ききりたい のなら、自分主義でいかなければならない。自分が自分のルールを決め、 自分がその責任をとるのだ。人にいわれたことをするのではなく、自分の意志と 計画で行動するのだ。そういう生き方は他人から見たら、わがままで自己中心 主義に見えるかもしれない。自由奔放で、掟破りで、アウトローに見えるかも しれない。けれど、そういうふうにしてこそ、自分というものが掴めるのだし、 自分の能力を発揮できるものなのだ。それが他人にはわからないかもしれない。 いや、わかる人はまだ少ない。誰も理解してくれないどころか、世に認められ ないかもしれない。しかし、いつか必ず、それが斬新なことだと認め称賛して くれる人が現れる。でも、立ち止まってはならない。さらに自分主義で行く。 突っ走るのだ。これこそ、新しい時代を運んでくる人間の生き方なのだ。≫ ▼ 20歳時に、「創業の人生」を生きると決めたと同時に、自動的に「自分主義」 が、確定した。その一点が、価値判断になった。当時、ある人に詰られたことが あった。「ガチガチの個人主義者!」と。純朴な当時の心の奥の決心が、それが 見える人からしたら、そのまま‘その言葉’になっていた。 今からすれば、 それはそれで良かった? それほど、創業の決心は重く暗く、圧し掛かっていた。 4年前に、それらから解放された時の、心の軽さは、想像を遥かに超えていた。 そして現在、違った意味の人生からの解放への「自分主義」に向けて歩みだした。
・・・・・・ 4899,ホントに大事なお金の話 〜4 2014年08月13日(水) * 金の持つ力ー魅力・魔力・暴力とは 世の中の8割は?金の力で自由になる。だから魅力と魔力と暴力性を備えた 金を持つ人間に惹かれるのである。今の世界は資本主義社会であり、資本=金 が価値基準の元になっている。金とは、自由であり、力そのもの。金さえあれば、 世の中の8〜9割が自由に出来る。逆に、金を失うと、不自由この上なくなる。 そして、裸の自分と向きあう事になる。 それが、逆に効用になるのは、 皮肉といえば皮肉。 ーお金の持つ力について、以下で、ずばり指摘している! ≪ お金とは何か、を考える際のキーワードは、金の持つ「力」である。 お金は、3つの力(魅力、魔力、暴力)を、兼ねそなえている。 1、お金は、価値がコンパクトに保存されていて、 必要なときに必要なものと交換できる(お金の魅力) 2、お金は、人々の欲をどんどん大きくする (お金の魔力) 3、お金は、そのカで人々を操ったり傷つけたりももできる (お金の暴力)≫ ▼ この3つの力は、人生を生きていく上で大きな働きをする。 100万なら100万の、1億なら1億の、10億なら10億の、100億 なら100億の力を発揮するし、それを動かすだけで世界も、視野も開ける。 ・小学、中学と、高校、大学の友人を見ていると、学力だけでなく、 家系からくる貧富格差が明らかに見て取れる。 ・お金の魅力については、その交換価値にある。 世界旅行に出たければ、 旅行代理店の旅行パックを選び、金を振り込めば、世界各国に気楽に行ける。 こんな便利で、都合の良いものはないが、これを稼ぐとなると、それなりの知恵 と努力が必要になる。 剥き出しの真実の塊は、そう簡単に得ることは出来ない。 ・その金には、魔力が潜んでいる。金の魅力に対し、欲が無制限に広がっていく。 それが逆に命取りにもなる。 ・お金は、その力ゆえに、人を支配した上に傷つける「暴力」性が出る。 お金で何事も解決できる という錯誤を持ってしまう。しかし、解決のための一番の力でもある。 人間の持つ自由への無限の願望の、手段そのものになる。 ・お金は、知識、情報に非常に似ている。知識、情報は、自由と力をもたらす 点である。持った分、使った分、自由を得ることが可能になる。 全てが、 終わってしまえば夢幻! それを金で買えるのか?買えるのである! だから、魅力と、魔力があり、暴力性が伴うのである。恐ろしいかな幻覚。 で、饅頭欲しい! で、いやに去年の同月同日の文章が微妙に響いてくる。
・・・・・・ 5994,幸せの確率 −2 ~ベスト・メモリーの作り方 2017年08月13日(日) ー幸せの確率 あなたにもできる! アーリーリタイアのすすめ ―内山直 (著) * ベスト・メモリーの作り方 人生も先が見えてくると、目先の快楽追及より、過ってのベスト・メモリー の世界に舞い戻ることが楽しみになる。 ・秘異郷を中心にした51回のツアーでの至高体験や、 ・創業をテーマにしていた生き方も、その機会を多く得ている。 ・節目節目の何気ない人たちとのクロスのベスト・メモリーかある。 それらを凝視すると、何れも深い闇が背景があればこそ、光を濃くしていた。 それをコンパクトにしたのが秘異郷ツアー。その場に置かれた状況からくる ストレスが窒息しそうな闇。ツアーでの至高体験が「光輝く」のは濃厚の闇が あればこそ。現地まで3、4日かけ飛行機、車を乗り継いで辿り着いた先の観光。 これは人生と同じ。20,30,40,50歳代の何れの時代にも、至高体験がベスト ・メモリーとして残っている。 魂レベルの御宝である。事業を立ち上げて、 ホッとした直後に、押し寄せる喜び。また、思いもよらない大自然との邂逅。 この積み重ねが、求心力になって、幸福感の機会を呼び寄せる。 数千までとはいわないが、数百は軽く経験してきた。 今では4kTVで、YouTubeに行先の「ベスト・メモリー」のキーワードを 入力すると、高画質の光輝く映像が次々と出てくる。 記憶と現場感覚が、 ベスト・メモリーに新たな映像が追加され、更に魂に刻印されていく。 その都度、印象の記録としての文章化と、写真を撮って整理をしてある ため、余白の追加のようでもある。「アーリーリタイア」は、「第二の人生」 の前倒しであり、『空即是色』で、新たな『色』を呼寄せる吸引力になる。 算盤の「御破算で願いまして」で、さっさと、「白紙に戻す」ことである。 切れた首輪をつけたままの犬が、行先もなく徒党を組んでいるが… 群れるのが犬の本性なら、それは幸せで自然なこと。さて、墓参りだ。
・・・・・・・ 4157, 老後は夫婦の壁のぼり 2012年08月13日(月) ーまずは、内容紹介よりー 「老後は夫婦の壁のぼり」ねじめ 正一著 すべての団塊世代に捧げる老後のヒント。団塊世代の作家・ねじめ正一が、 人類永遠のテーマ「夫婦、男女のすれ違い」を縦軸に、今、団塊世代が直面する 「老後の問題」を横軸に、ユーモラスに、時に真摯に縦横無尽に紡ぐエッセイ集。 ーー 図書館で、この本を手にして早速よんでみたが、身につまされる話が次々と 出てくる。人生は坂を上ったり、下ったり、マサカの坂に出会ったりするが、 老いは、そんな生易しいものでなく、ロック・クライミングの室内用壁のぼり、 のようなもの。とにかく一日一日が、下に落ちまいとニジリ登っていく壁である。 亭主が外で働き稼いでいるうちは、奥さんも一歩下がってきた。 しかし稼ぎを無くして年金暮しで収入も激減し、家でゴロゴロしていると、 それだけで腹がたつのは道理。そのため、すれ違いと溝は深まるばかり。 ここで、ー夫婦喧嘩‘健康法’ーを紹介している。NHKの健康に関するTV番組に 出演した時の、鈴木清順のー夫婦喧嘩‘健康法’ーである。 番組が始まり、 「ねじめさんの健康法は何ですか」と、著者に話を振ってきた。著者は草野球を していたので、「年間25試合の草野球が楽しい。身体を動かす喜び、仲間との 交流の嬉しさ、そして、試合が終わってから家へ40〜50分歩いて帰ること」 と上ずって話した。次に、清純さんに、その質問が移った。 ≪「うん、そうですね。夫婦喧嘩ですかね。ばあさんと喧嘩していると、 腹が立ってきてぼけないし、脳みそが活性化し、どなると大声が出て肺に良い。 毎日欠かさず喧嘩しています」 いやはや凄い。隣に座っていた私は目から 鱗が落ちた。私の草野球健康法は海の藻屑、いやスタジオのゴミになった。≫ 以上だが、それにしても大変なエネルギーだが、それなりの信頼感がないと 大声で喧嘩もしていられない。家内とも大喧嘩は日常茶飯事だが、どうも こうも、精神的にも肉体的にも健康法とはいえない。それよりも、家に入って からは、互いの壁のぼりが言いえて妙である。「神様は連れ添いに世界一相性の 悪い人を選ぶ!」という格言がある。若いときは、自分にない部分を持っている 人に惹かれるもの。それは逆に、自分と重なる部分が少ない人。それが長年かけて 鬱積として蓄積されている。それでも昼は、すれ違いで何とか耐えてきたのが、 年金暮らしで昼も夜も一緒なら叩き合いになって当然である。特に男は、縦社会 に生きてきたので、日常という横社会中心の場での生活に慣れてないため、 どうしても妻一人に気持ちがいってしまう。小さな家の中での啀み合いが、 「老後は夫婦の壁のぼり」になるのである。 もしか、これ、ロック・クライミング? 酸素切れ?
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2020年08月12日(水)
* まだ実感がわかない75年の人生 どうも、世界が大きく変わろうとしているのは分る。 これを機会に益々、 ネット世界が強くなり、現実社会が、その枠組みに支配される傾向が顕著になる。 去年のテーマが、<少し早く生まれ過ぎ?>だったが、このコロナ禍に遭遇した 現在、生きるには計ったようなベストタイミング。 <短くもなし長くもなし!>と同時に≪短くもあり、長くもあり> 地元の 「長岡空襲の戦災禍の5ヶ月後に、生を受けて、人生の大方が奇跡的に恵まれた 時代に生きられのが幸いであった! 『太平洋戦争の敗戦直後の日本に生れて75年。東西冷戦を経て、経済バブルと、 その崩壊を経験し、幾つかの災害とパンデミックが時代背景にあったとしても、 比較的に恵まれた環境にあった!> ということ。 同年代に人たちは、それに気づいていない…?のでは!としても、あの右上がり の経済成長期の高揚感が懐かしい。奇跡の時代に生きていたのである。 あまりに良かったことが多かった! 【良いこと7! 悪いこと3】と、常々思って過ごしたかどうかか。 早々から思えたかどうか!そう思える生活習慣を組みたてた実感は8対2。 まあ、お目出度いことで…
・・・・・・ 6723,閑話小題 〜少し早く生まれ過ぎ? 2019年08月12日(月) 〜 『堀江貴文の言葉』より * 懐かしき「堀江貴文の言葉」 バブル王子の堀江の言葉も、デフレの時節が続くと懐かしく思える。時どき TVのバラエティで見かけるが、前科者の暗さは全く感じさせないのはさすが。 〜まず、その幾つかをネット上から抜粋〜 註:【…】内は私の感想 「できない理由を先に考えるな」 【入口を、間違えるとしないと、出来ないが判別できなくなる】 「皮膚感覚で嫌なものは、絶対に断れ」 「ネガティブな事を考える人は、ヒマなのだ」 「満足したら思考が止まる」 「お金から自由になるために働こう」 【満たされないから、執着するしかない人が娑婆に満ちている…】 「仕事はみな娯楽である」 …【仕事だけじゃない】 「未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ」 「物事を出来ない理由から考えるのか、それとも出来る理由から考えるのか」 「悩むとは物事を複雑にしていく行為。考えるとは物事をシンプルにしていく行為」 「人生を変えるのは簡単。現状に縛られず、一歩踏み出す。それだけのことなのに、 多くの人は行動を起こそうとはしない。古い価値観に縛られ、変化することは 危険で、現状維持が安定につながると思い込んでいる。」 【変化の先のイメージが出来ないから困ったもの】 「バンジージャンプをするのに、特別な能力など何一つ必要ない。ロープを巻いて、 ただ飛び降りるだけだ。それなのに、恐怖で泣き出してしまう。過去のトラウマ だかプライドだか知らないが、せっかくのチャンスを前に尻込みするなんて…。」 【43mと100mから飛び降りてみたが、その恐ろしいこと… 死の恐怖の仮想体験】 ― Amazonの内容紹介より 古い価値観の呪縛から解き放たれ、動きまわる楽しさの様々な言葉で伝える 既刊『堀江貴文の言葉』に、新時代の名言を70以上加えた決定版が本書。 「走る」「貫く」「生きる」「思考する」「稼ぐ」「つながる」「学ぶ」「見通す」。 堀江を象徴する8つのキーワードごとに、人生の指針となる力強い言葉を紹介。
―― ▼ 圧倒的に面白い人生だっただろに。ホリエモン自身がyoutubeチャンネルで 紹介していたが、2018年6月に会員数が2万人を突破したようだ。これに800円を 掛け合わすと、月に1600万。年に二億近くですか。これに印税が入るし、何とも… その分、濃厚な嫌なこともあるのだろうが… ネットで堀江貴文の会員数と検索すると… <月額980円のホリエモンメルマガの人数はどれくらいかは分からないが、 2013年時点では15000人以上はいると…。ちなみにホリエモンの月額1万円の オンラインサロンの会員数は2018年時点では1500人はいる>と、あった。 そりゃ、娑婆の小童は、バカばかりと、思うわけだ!
・・・・・・ 6360,読書日記 〜喜びのツボ 2018年08月12日(日) <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より * 随想日記の楽しみのツボ 「好き!」と実感できるには、1万時間、10年は要しただろうか。 それでも素直に好きと言えないところがある。毎日毎日、底の浅い自分と向き 合うのも… しかし底を見つめ直す機会になっている。出たとこ勝負のテーマと 素材探しも、全神経をはったり、緩めたの中で可能になる。書き終えて、信濃川 へ向け解放されるポタリングの早朝の霊気は心地よい。 その前に、テーマに ついて、まず自分が「わかった」「おもしろい」の瞬間がないと、数年後の私に 伝わらない。だから、浅い理解、小さい感動としても、己の振動が必要である。 「だから何になる?」など論外。面白いから、好きだから以外の何ものもない。 その後のポタリングを含めた早朝の3時間セットの他は、「おまけ」という感覚。 (「おまけ」あればこそだが、その達成感で元をとっている。)
〜その辺りから〜 ≪◉ 楠木: 常日頃見たり聞いたりするなかで自分の興味関心に引っかかったり する出来事や現象からロジックを思いついていくのが好きなんですね。データ ベースとか体系的に収集したデータセットではなく、偶然出会った素材や事例が 自分の考え事のタネになり肥料になる。自分のアタマにある好き嫌いフィルター を通じて自分の思考に入ってきた現象をじっくり考え、そこにどういうロジック があるかを考える。これが僕の仕事の基本動作です。 〜米倉誠一郎先生との対談で、 喜びのツボの話が出ました。青島先生の喜びは源泉に近い川上にあり、米倉先生 は河口。楠木先生は中間という比喩でした。〜
◉ 楠木: 学者ごとに喜びのツボは違っていて、どんな時が楽しいのか、青島君 に聞いたことがある。そうしたら、「わかった!」という瞬間が一番楽しいと。 これは僕の推測ですが、彼にとっては「わかった!」という感動がというか、 精神の高揚さえあれば、あとは全部「おまけ」なんじゃないかと。誰かに認め られるかどうかはオマケ、付け足しのようなもの。自分が面白いと思ってる ことを届けて、相手が面白がってくれれば最高です。僕が好きなのは定量的な 実証研究ではなく、事例の断片から自分の論理を組み上げていくような定性的 な研究ということです。30歳半ばで開き直って、「掲載されなくても結構、好き なように書こう」となりました。これが、「定性復古の大号令」。発令された ことは僕以外の誰も知らないことですが。
◉ 楠木: …芸風は一つしかない。自分の好き嫌いのツボと心中する覚悟で やらないと、努力の娯楽化という好循環は生まれないし、良い仕事が出来ない じゃないか。つまり、自分の芸風を知るとか、自分の土俵が分かてくることは、 土俵の外にアルモノを捨てるということ。何かを得るということは、常に何かを 捨てているわけです。考えてみれば、これは実は、すごく人間にとって自然な話 になる。≫
― ▼ 上記は、17年間、一日一テーマで6千数百を書きつづけられた有り体その ままが、表現してある。ここの小項目に「読み、書き、推敲」が好き。」と ある。何のためでなく、この面白さが、教養ベースの蓄積の実感があるため。 これを続けていると、過去文と、書上げた文章との偶然の出会いがシバシバある。 他にも多々、「意味ある偶然の一致」の機会がある。偶然と必然の境目が何とも 考えさせられる。 それと自分とは、そもそも何とは何ぞや? 何者でもない 多重性格者? 単純でいて、小難しくて、いい加減で、怠け者で…
・・・・・・ 5993,幸せの確率 ー1 2017年08月12日(土) ー幸せの確率 あなたにもできる! 内山直 (著) * アーリーリタイアのすすめ ― 新潟の医師が開業12年後の40歳後半でリタイア。医院は後輩医師に任せ、 悠々自適の第二の人生を始めて1年余り経って、この本を出版した。内容は さすがにシリアスで、長期的天引き預金と、硬い投資を勧めている。 私の場合、引き足が遅く、母親を見送った51歳時に、還暦にラインをひいて、 1年1年を全エネルギーを投入し生きた経験がある。大よそ80歳までの30年で、 し残したこと、やりたいことを、9年間に圧縮した生き方をした。 それもあってか、この内容に興味を魅かれ、読むことが出来た。 〜内容紹介〜 アーリーリタイア(早期リタイア)そのものや、自由度の高い生き方に興味を 持つ人に対し、幸福学や心理学の学術データを用いて、真の幸せとは何かと問い かけると共に、ファイナンシャル理論や行動経済学の観点から、そのために必要 な蓄財・運用術を、わかりやすく紹介しています。 生存率・貯蓄率・満足率・リスクリターン率という4つの「率」から、生涯を 通してみた「幸せの確率」がどうすれば上がるのかを考察し、アーリーリタイア にひとつの答えがあるのではないか、とのアイディアを提起しています。 停滞を始めた現代の資本主義社会で生きる我々が、真に幸せに生きるには どうすべきなのかを問う、新しい生き方の指南書^p1 〜出版社からのコメント〜 生活のためにあくせく働くのはもうたくさん! もっと家族や友だちとのんびり過ごしたい! そんな人にぜひ読んでいただきたいのが本書です。まだ40代の著者は、現在、 無職。幼い3人の子供を育てながら、執筆、イベント企画、ヨガ・瞑想など、 興味あることに次々と挑戦しています。この「隠居生活」を支えているのは、 行動経済学や現代ポートフォリオ理論に基づいた蓄財法や運用法。もともと 金融のプロでもなんでもない著者は、アーリーリタイアを夢見て独学し、 独自の資産形成術を編み出しました。 そのノウハウを本書で余すところなく お伝えします。 稼がなくちゃ! という縛りから解放されて、自由で幸せな 生き方を求めるすべての人に、本書を送ります。 〜カスタマー・レビュー〜 この本で真に書かれていることは何か? それは、社会的に成功して、まだ まだ現役として活躍できる医師がセミリタイアするまでの記録、そこに至る までの考えです。 成人男性の生存確率は 60歳で約92% 65歳で約88% 70歳で約82%となっています。 定年と言われる60歳までに12人に一人。 更に6人に1人(!!!!!)は70歳まで生きられないことを統計は示しています。 人は、なんとなく平均寿命の80歳まで生きられると考えてしまいますが、 そんなことは決してありません。 著者はそのことをある日の夢(悪夢)で自覚しています。そして、人生の残り 時間を真剣に考え、残った時間で何がやりたいのかを真剣に考え、アーリー リタイアを目指しています。資産形成、過剰な欲望のコントロール、質素な 生活を実践して、アーリーリタイアを実現させています。 著者にとって、セミリタイアは目的ではなく、自身がやりたいことの実現手段 として書かれています。普段は意識していませんが、人間はいつか必ず死にます。 明日生きているという保証もどこにもありません。
人生の残り時間を意識し、その残り時間でなにをやりたいのか? それを自覚することの大切さを、この著書は教えてくれます。 そして、著者の辿ったアーリーリタイアへの過程は、間違いなくアーリー リタイアを目指す人にとっては道標になるでしょう。 リタイアのための資産形成について書かれた本は多数ありますが、アーリー リタイアする際の精神面での問題に書かれた本はあまりありません。 アーリーリタイアは、大多数の人とは異なる生き方を選ぶことになるので、 そこで様々な精神的な葛藤や迷いが生じるのは必然です。 その必然の葛藤や迷いの解決に、著者の考えは大いに役立つはずです。 ― ▼ 百歳を超えても医師を続けた日野原重明の生き方もあるが、さっさと 現役をひく生き方もある。あとは、その人の人生観である。世界の秘境を 見て歩きたいため、医師になり、冒険家と掛持ちの星野道夫の人生もある。 最期は熊に襲われ喰いちぎられて亡くなったが、はや、21年も経った。 生き方、死に方には、考えさせられる。 恵まれた才能があればこそだが、そこには長年の計画がある。 で、何時ものような偶然で、以下の文章が文脈として現れ出てくる。 ・・・・・・ 5263,ホモ・サピエンスの誕生と、生き残り 〜地球大進化46億年 ー�� 2015年08月12日(水) ー「NHK 地球大進化 知られざる“生命の星”の秘密」ー * ホモ・サピエンスの誕生と、生き残り 最後まで残ったネアンデルタール人と、私たちホモ・サピエンスの差が、 複雑な言語を操る能力の差であった。 これは、現代社会の人間の能力にも 当てはめることが可能である。人間にとって最も重要な能力は、これである。 とすると、現代では情報端末を使いこなし、欲しい知識を得て、知恵に変える 能力=インテリジェンスになる。それが、そのまま、能力格差につながる。 今では、ネット社会が、現実社会の上を覆ってしまい、それが現実を左右 する時代になってきた。IS(イスラム国)などは、その典型事例といえよう。 ネアンデルタール人として、死滅するか。ホモ・サピエンスの次世代の人間 として生きるか?それぞれが大きな分岐点に立たされている。〜その辺りから〜 ≪ ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの間に横たわっていた大きな溝、 それは複雑な言葉を操る能力の差。もしネアンデルタール人が現在に生きて いたらいつも会話をしている私たちの姿はとっても奇妙に見えたことでしょう。 言葉を獲得したホモ・サピエンスは、その能力を最大限に役立てました。 狩猟民族は言葉によって緊密な連携プレイを取り効率よく狩りを行っている。 そして狩りが終わった時、改めて言葉の果たす大切な役割が分かります。 その日の狩りを皆で振り返る時、言葉がさらに交わされます。 大人同士は狩りが失敗した理由を考え、新しい工夫を話し合います。 大人の会話を聞いた子供たちは狩りの技術を学んでいきます。 私たちは自らの経験を言葉で仲間や子供に伝えています。言葉を持って初めて 私たちは世代を超えてそれぞれの知識を共有できるようになったのです。 言葉を持ったホモ・サピエンスとうまく操れなかったネアンデルタール人。 二つの氏族の運命を分ける時代がやってきた。4万年前、ヨーロッパーは 200万年間続いていた氷河期の最後のピークを迎えていきました。 寒さは厳しさを増し北半球ではぶ厚い氷河が欧州の北側を覆い尽くしていた。 この過酷な世界で生きるために言葉はホモ・サピエンスにとって大きな助けとなる。 寒冷地に住む動物たちは季節の移り変わりとともに大きな群れをつくって移動。 その時、ホモ・サピエンスは言葉によって獲物が移動してくる時期や場所の 情報を交換しそれに備えて狩りの計画を練ることができたのです。 言葉が未来を予測する力になったのです。 ≫ ▼ 現在では、情報機器とネットが、日々進化して、現代人は、それに翻弄 されている。しかし、時間とともに、それらを使いこなすことになるが、 その能力格差が果てしなく大きくなり、制御不能になるのでは? と思われる。 言語能力だけでなく、洞窟画も、ネアンデルタール人には無かったという。 そこにも人間の能力の意味を知ることが出来る。より広く、深い知識を得て、 様々の世界を知り、音楽、絵画、演劇など多くの芸術に感動し、それを満たし、 新しい何かを創造することが人生であることを示している。
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2020年08月11日(火)
* こりゃ、何だ! 数時間前の0時半に、何時もように目が覚めた。 その時、気づいたのが、 快適温度と顔に当たる微風! 暑からず寒からず、何とも心地がよい。ベッド の下地も、枕も低反発マットで快適この上ない。エアロ・ヨガの最後の仕上げの 「死者のポーズ」で両手・両足を大の字にしたポーズ。 鼻風邪の詰りもなく、 快適そのもの。秘・異郷ツアーの最後の機内で一眠りをして目が覚めた時の状態に 似ている。週に数回、この状態にいるのだろうが、自覚するか、しないか… そこで、ゴーグルを付け、その向こう側の人形に入りこんだたイメージを持って 宇宙遊泳をしたが、そう上手くはいかないが、遊泳の感覚が強くなってはいた。 TVのYouTubeで様ざまな世界を漂ったり、夜半の覚醒を利用した世界を遊泳したり、 何やらオカシナ世界に立ち入ってきた。それとも呆けか! ― * 帰省列車の予約は昨対比5〜20% 毎日毎日、湧くように出てくるコロナ禍の問題。 昨夜の新潟駅構内のニュース映像に驚いた!改札口に、コロナ禍で、ほぼ誰の 姿がない。 次男夫婦が、16日の帰省予定を中止との電話が入ったが、なる程! とき悪く、「帰省した家に嫌がらせの手紙が投げ込まれた」と大々的な報道。 中国の旧正月(春節)は1月下旬。のべ30億人の大移動。そこで、中国が、思い きった規制をしなかったのが、パンデミックに繋がった。日本は自主規制? その位、このパンデミックは大ごと! 問題は、まだ初期段階? ここで経済 恐慌の可能性の兆候が出てきている。 30年間、新潟駅前ビジネス・ホテルを 4棟を経営してきた経験からして、想像を絶する何でもありの事態!
・・・・・・ 6722,閑話小題 〜職業は、その人を現す 2019年08月11日(日) * 「ああ、司会者か」… ね! その人の外郭を知ろうとすると、まずは職業、そして家柄、出身校、人柄、 センス… 等が続く。それだけ職業が、その人物を大きく体現する要素になる。 ところが、本人は意識していない。クリステルは、それを聞いた時、「ムッ」 とした表情だったような。 それぞれのキャリアといえば職業である。 そのため、男には名刺がある。とすると、名刺は、「釣書」「吊り書」の役割 を示す。ネットで、小泉元首相が、息子の相手を知った時のことが紹介された 時のひと言が注目に値する。 《 小泉進次郎衆院議員と滝川クリステルが結婚することを父親の純一郎元首相 が知ったのは、今年6月(2019年)のことだったという。元首相は「よかった。 一度はした方がいい」と喜んだが、相手の名前を聞こうとしない。 兄で俳優の幸太郎さんが同席していて、「相手が誰なのか、気にならないのか」 と聞いて、進次郎氏がスマホで写真を見せると、「ああ、司会者か」とひとこと。 初対面の席でも「クリスタルさん」名前間違えてる! 》 ― ▼ 熟年同士の有名同士のカップル。クリステルあれだけの美貌で、華やかな 職業からして、あんのじょう浮名も多かったようだが。 …10年前の2009年に熱愛が報じられたのが中田英寿。 その直後から小澤征悦(2009年末〜2015年)。 最近では外国人の新恋人のデートの画像がマスコミを賑わせていた。 芸能世界は、特殊とみれば、進次郎など、赤子を捻るようなもの。その経歴が 災いになり、親父と同じ道を歩むことに? 数年の新婚生活は、それは楽しい だろうが、骨抜きに? お二人の心の内までは解らないが、それも人生には必要に。 特に、離婚経験は、この政治家にとって必要条件とすれば、最適な御相手。年寄り の冷や水の一歩手前で。成るようになるのが、娑婆世界。でもまばゆいばかりの 絵に描いたようなカップル。何をや言わん! 幸せな人には幸せの人が集まる! 問題は危機管理。 糸の切れた凧のように… そこまで心配することもなし。
・・・・・・ 6359,読書日記 〜嫌なことはやらない 2018年08月11日(土) <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より * まずは「嫌いなことをしない」 「好きな事をやる」より、まず「嫌いな事をしない」が、第一歩。 戦略とは「何に焦点を合わせ、集中することより、何を絶対にしないかを 決めることを優先すること」といいうが、人生でも、ビジネスでも同じ。 黒柳徹子の「仕事も、遊びも、好きなことしかしない」からこそ、現在でも現役 でいられるコツ」の言葉は有名だが、それ以前に「嫌いなことはやらない!」が 優先するとは… 20歳の頃、「キリスト教倫理」の課題に『人生の将来設計図』 が夏休みの宿題にあった。 考えあぐねた結果、『創業人生を生きる』で、両親 の戦後の転職の苦労話を書き連ね、自分も、同じ人生を生きたいと、書上げ提出。 その時に、驚いたことに、丁寧な長文の返事が返ってきた。 『素晴らしい、その人生を生きるべきです!』 この遣り取りで、自分の性格が一変してしまった。丁度、都会生活と、寮の先輩 夫婦がペアレントをしていた軽井沢山荘のヘルパーに駆り出されて、単調な学生 生活から抜け出し始めた頃であった。何か世界が明るく輝き出したような… 世界は「自由、平等、博愛」を理想としているが、世界は真逆。それらは一つ ずつ自分で獲得するものと。人生は自分の意思で選択するものと。考えるとは、 何が好きで、何が嫌いかから出発する。 〜著者の、以下の部分が、一番の要点… ≪ テレビの創成期の日本テレビのプロジューサーだった井原高忠さんが 書いた『元祖テレビ屋大奮戦』という本に、ガツンとやられた。… <自分の好き嫌いで仕事をしている!これこそ理想だ>と思いました。 漠然とした自分の方向感覚が出来ました。以来、井原さんが僕のモデルです。 会ったことがないが、勝手に心酔しています。彼の本の素晴らしいところは、 <「好きなことをしろ」より「嫌いなことをするな」である>というメッセージ が前面に出てくるところです。 フツーの人はそもそも自分が好きなことが何か わからない。それで困っているのに「好きなことをやれ!」って言っても…。 好きなことはわからなくても、まず嫌いなことをやらないと決めたのです。≫ ― ▼ 兄姉たちは、両親から距離を置いていたが、末っ子の私は、常日頃、 親元にまとわりついて育ってきた。 面白いのが、商売のコツの話。 情報と知識の重要性、特に読書と新聞購読がベースと… それと知恵の捻り 出しの具体的ケースの数々。何ごとも好きになるまで努力をすること。 それと師と仰ぐ人の存在。父は津上製作所社長の「津上退助」「野本恭八郎」。 努力の量も、質に変化していくこと。ここでいう、『努力の趣味化』。 まずは「嫌いなことをしない」こと。好きなことをすれば、当然「嫌いなこと」 は薄れていく… ただし、これも慣れ、コインの裏表と同じく、そこに素晴ら しい何かが隠れていることがえてして多い。時と、場合次第である。 誰がすき好んで、17年も連日、頼まれたわけでなし、小難しいテーマを 取上げ、書きつづけますか。嫌が応でも意地で続けてきたため。 人生で一番良かったことは、嫌なことでも、嫌と思わなくなれたこと。 良し、悪いの比率が6対1のため。好きを増やすか、嫌いを減らすかは人による。 <500mで安住してきた人、大好き。> お前自身のことかい? 皮肉かい?
・・・・・・ 5262,贅沢を敵にしない 〜ニーチェ「超」入門〜 2015年08月11日(火) 〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 贅沢を敵にしない ここで何度も書いているが、小・中・高・大学の同級会に毎年、出席して いるが、進学するほど当然、空気が違ってくる。その大学でも、進級するに つれ、属したグループの人の質(知識、家柄、人柄,etc)もアップしていく。 4年前から、世界が住居の長岡だけに狭まったが、この小さな世界の段差が 嫌でも見えてくる。この城下町は未だ『贅沢は敵』の精神が付いてまわる。 稼いだだけ、堂々と使えば良いだけだが。で、30年間、堂々と使ってみて、 どうだったか? いや、良かった。本当に!使った分は、あの世とやらに、 持っていける。ということで、両親にも教わっていたが、以下の論に納得! ≪ やせた土地には作物が育たない。これと同じことが人間にもいえる。 貧しい状況から豊かなものは生まれてこない。しかし、経済的に豊かな 状況からのみ何かが生産されるということではない。心が豊かであれば、 あるいは豊かな感受性を持っていれば、そこから生まれてくるものが必ずある。 豊かな知識、豊かな経験、豊かな能力、豊かな力、豊かな度量、そういった ものから必ず生まれるものがある。 しかしまた、いくら莫大な資産を持っていようとも、それを使わなければ 何かが生まれてくるということはない。当然のことながら、贅沢から生まれる ものは多い。贅沢を好む気持ちからでさえ、蕩尽からでさえ生れるものがある。 ケチ、節約、出し惜しみ、死蔵、衰弱、弱気、過度の貯蓄などから豊かなもの は生まれない。それでは、豊かなに生きられない、人生を十全に生きられない、 いきいきと生きられない、ということを意味する。 たとえば、返済に数十年もかかるローンを組んだために好きな本も買えずに 図書館から借りては返し、質の悪い衣服をまとい、質素な物を食べなければ ならない生活というのは、それ自体が豊かなことではないし、豊かなものを 生むのがとても難しくなる。実際に、そのために子供すら育てられない家庭が あるのだ。粗食だの節約だの質素だのというのは、早々に人生を見切った老人 にまかせておけばいい。わたしたちは人生を見切るという愚をおかさないため にも、豊かさを好み、贅沢を味方にしておかなければならない。 そうでないと、ただ生きるだけになるからだ。税金をはじめとした支払いの ためだけに生きることが人生といえるのだろうか。それはそもそも人生と呼べ るのか。 豊かに、多彩に、悲喜こもごも、味わい尽くすのが人生である。 あのイエスさえ、粗末な衣服をまとってはいなかった。ニーチェもまた 質素な生活はしていなかった。昼はいつもホテルのレストランでステーキと オムレツを食べていた。ニーチェは、人間はもともと贅沢を好むものと述べる。 人は豊かさを好むものだ。禁欲よりも放縦になびく。誰が好んで広い空より も狭い空をあおぎたがるだろうか。誰が好んで、多くの可能性よりもわずかな 手だてを選択するだろうか。人間の本性の顔は贅沢に向いているのだ。 たしたちは、机上の計算をするだけで金銭を得ることが当然だと思っている ような経理的な人間にだまされてはいけない。これだけの金しかないのだから この程度しかできないと彼らはいうのだ。彼らは金こそ可能性と力だと思い込ん でいる。数字の計算が重要だと思っているような彼らより、本当に生産に たずさわっている人たちは知っているはず。狭さよりも広さ、制限よりも解放、 圧迫よりも自由、計算上の明日よりも望みを含んだ今、貧弱よりも豊満、臆病 よりも大胆、反撥よりも限りない抱擁。そういったものこそ、人間をもっとも 人間らしい自由に導き、そこから新たなものを生むことを。かがんで身構えて いては何も掴めない。踏み出し、進み、手を伸ばし、欲望をあらわにし、 求めなければならない。賛沢は何かを捨てることではない。何か新しいことを 得ることだ。贅沢は人間の能力を解放することなのだ。〜p109〜111 ≫ ▼ 上記の意味すら理解できない人が、地方には多い。周辺の思惑に左右され、 「かがんで身構えて何も掴もうとしない!」 そう、ただ彷徨っているゾンビ のような人が、身近な顔色を伺っているだけ。近づかなければ良いだけだが、 それが、また・・ 21歳時に、一ヶ月で、現在の300万以上の大学の欧州一周 ツアーに参加してみて、それまでの、小さな先入観が粉々に粉砕された。 そこで知ったのが、上記のこと。可能な限り力を発揮し、その力で、最大限、 豊かさを得て、この世を楽しむことこそ人生。 だからこそ創業を目指した。 創業45年の人生、一応、豊満で、面白おかしい経験が行蔵に残っている。 贅沢は敵でなく、素敵である。どの道、直ぐに死ぬのだから!で、以下に続く!
・・・・・・ 4897,閑話小題 ーシャバシャバ 2014年08月11日(月) * 娑婆とは 「娑婆」の定義を知りたいとネットで検索したところ、次の内容があった。 ≪ 娑婆とは仏法では人が生きる世界を指し、世界四苦八苦に耐える自由の ない世界としている。しかし、俗語的に娑婆は刑務所に入っている人にとって の外の自由な世界を意味する。これは江戸時代、遊郭を娑婆に対する極楽安堵の 地と例えていたが、遊郭で働く女郎からは「娑婆(外の世界)こそ自由の世界」 になるためで、意味は逆だがどちらも人が普通に暮らす世界をさす意味では 変わっていない。俗語的意味で娑婆がよく聞かれるのはドラマの出所シーンで 「シャバの空気はうめえ」というセリフ。また、日常生活でも合宿中の生徒や 新入社員、人里離れた地で勤務する人など自由のきかない生活をしている人が 「早くシャバに戻りたい」といった形で使用する。≫ ≪「彼岸」は「此岸」に対する言葉で、ともに仏教から出た言葉。「此岸」 (こちらの岸)とは、私たちの住む世界のことで、仏教では娑婆(しゃば)世界 ともいいます。「娑婆」とは昔のインドの言葉で、堪忍土とも訳され、耐え忍ぶ 世界という意味です。≫ とあった。 ▼ 父の口癖が娑婆。日常的に世間を娑婆と言換えて使っていたため、たびたび 聞いていた言葉。商家は、日常が戦場の真只中で四苦八苦世界の側面があった。 終戦直前に、空襲の焼夷弾で街が焼かれた直後に物心がつき、一家は転業を しながら日々を過ごす娑婆世界の環境であった。若者言葉に「やばい」と 「シャバ」をかけ「シャバイ」があるとか。今の私の日々は、シャバイになる? この言葉から「ショバイ」が連想される。ショバイ日々、商売に熱中する日々。 ショバショバである。現在の私は「ショボショボ」になるのか!
・・・・・・ 5992,閑話小題 〜最後の講義・12 ー石黒浩:対談 2017年08月11日(金) * 人の感情を推し量ることからの開放 大人数の家族の末っ子として育ったこともあり、周囲に気を使い過ぎる きらいがある。 SJでも、軽い会釈か、挨拶さえしないで独り、無言で、 イージーライン、ヨガ、ウォーキングマシン、マッサージのコースを大よそ、 2時間、熟している。メンバーをみると、3分の2が独行で、残りが2〜3人で 談笑しながら過ごす。対話の話題には、こと欠かないが、日常会話は苦手。 どうしても口が重くなってしまう。 まずは、何気なく褒めれば良いのは 分かってはいるが… 表情を最小にしたロボットが、思いの外、重宝して いるようだ。無表情な部分を人は、想像でカバーしているようだ。無口で、 無表情の人に何やら魅かれるのは、そのせいである。 ―― <石黒> アンドロイドの研究を行ってきた結果、最終的に行きついたのが、 「人の存在をどうやったら表現できるか」、「その条件は何か」ということ。 人間の脳は、「見る」と「聞く」を足し合わせて、1+1の2で認識すると 思われがちですが、実は、2つ情報が重なったときに、4とか5に反応する しくみになっています。その結果、「知っている」という状態になるのです。 ハグビーの場合も2つの情報は「声」と「触感」です。 人間そっくりのアンドロイドをつくって分かったことは、人間は大事では ない要素を引き算して認識するということです。さらに、あるところまで行き つくと人間は相手のことを想像でカバーし始めます。テレノイドが受け入れ られるのは、人間は、「誰かはっきり認識できる相手に話しにくいこともある」 という性質があるからです。後期高齢者や認知症の人は、人に対して申し訳 ないといった感情から、話ができなくなっています。ところがテレノイドに 対しては、自分の記憶の中で適当な想像を働かせながら話すことができます。 <本荘> それは面白いですね。リアルな人間よりも、テレノイドに対しては、人間に 対する遠慮のような感情が湧かなくなるから、ピュアに受け入れられるのですね。 <石黒> 人間は相手のことを推察しますが、相手の感情を直接見ることができるわけ ではない。すべて自分の想像の産物です。ネガティブな想像をはじめれば、 とことんネガティブになってしまう。ところが、ロボットだと分かっていれば、 ネガティブな想像をしなくなります。 私たちが行った実験では、高齢者、 認知症の人、自閉症の子ども、みんなロボットが大好きです。 今の社会では、人の感情などを推し量る必要があるため、そこで問題が起きる ことが多いのです。もちろんロボットで全ての問題が解決できるわけではあり ませんが、少なくとも治療の手段にはなります。ロボットを使用してある程度 話せるようになれば、人間を相手にして話す、といった活用です。 既に、 自閉症専門病院では、小型のコミュニケーションロボットであるCommUが使われ ています。精神障がいの女の子の例ですが、大ゲンカをする嫌いな相手の女の子 がいるのですが、嫌いな理由は一切医師には言わない。しかしCommUにはすべて 話すのです。CommUを通じて、次は相手の女の子と話すことを約束した結果、 普通に話すことができて、関係を回復させることができました。 心に引っかかっている、ちょっとした何かを取り除く助けになるかもしれない。 それがロボットの可能性です。 <本荘> 認知症や精神障がい以外にも、ロボットは、転職や職探しのケースで効果がある と聞きましたが。 <石黒> ジョブカウンセリングも同様、人間のカウンセラーだと遠慮して言えないこと があります。遠隔操作のロボットであるとわかっていれば、心を開きやすい傾向 があります。マツコロイドのお悩み相談は何度もやりましたが、相談者は素直に 話してくれます。落ち着いて緊張することなく、論理的に話せるのが特徴です。 ―― ▼ スマートフォンの普及で、仲間同士がネットで繋がりを持つことが可能に なった昨今、ブログが、感情の吐きだしとして有効に働くことになる。 マイナスも多いのだろう。 歳を重ねる度に、人は自閉症的になるようだが…
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| 7088,閑話小題 〜右上がり角度が一番に高かった頃は |
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2020年08月10日(月)
* この年齢で想うこととは、 あと数ヶ月で後期高齢者へ仲間入り。行蔵を省みると、まあ、こんなもの。 ・成長角度といえば… 右上がり角度が一番高かった年代は20歳代。 低かったのが、10歳代後半頃は縮み、40歳頃は伸びきっていたようだ。 ・面白かったのが、30歳代。ここも前半と後半に分けられる。…ただ只管 立向かっていた。(これは私だけでないか?) ・キツカッタのが40歳後半と、60歳後半。因果応報… バブルのツケが 利子付きの返り矢で…。 それでも、生活習慣が助けてくれた。
つれづれに振返ると、自分の頭の悪さと、滑稽さに自嘲するが… 他者の‘それ’に負けるとみると、そんなもの。孤独、孤立好きが+に働いた。 10歳代の10年間が−(マイナス)だったのが残念だが、それが、それ以降の 土壌になっていたような。
恵まれてない人に対して、それを許容できない性格が、私の弱点。 最近なって気づくことは、他者への冷たい視線と、仕打ち。性格が攻撃的で あるのも、あったが… 私の能力の限界が、上記の中に垣間見ることが出来る。 飽きもせず、毎日、このブログを書き続けていると、何だったのだろう?と、 思う日々。でも、ここまで生きれるとは思いもしなかった。
・・・・・・ 6721,閑話小題 〜今日のひと言… ―引き籠りもキャリアになる 2019年08月10日(土) * 何とも… 驚かされた言葉 〜引き籠りもキャリヤ成りうる〜 御隠居生活は、どうしても引籠り傾向になるが、それでもスポーツジムや、 シネマ館通い、自転車散歩、このブログなどで、鬱憤晴らし?が出来るので、 むしろ御隠居生活が有難くもある。ここで何度も書いている『世間』の批判。 NHKのクローズアップ現代の夏季特集の再放送で、「キャリアの引き籠り」 の問題。10年、20年の長期引き籠りの人たちを集めて、その深刻な胸の内を 披露していた。 問題は、世間に対する親の妄信。私が知る限り8割が重症。 特に都会から放れるほど理解の低さ?が強くなる。彼らは、まず親の無理解を 指摘する。 「引き籠りは世間体が悪い」「常識じゃ考えられない」「普通であれ」と。 何も考えようとせず、押し付ける。これじゃあ、堪ったものではない。その 序の口が、小中高校時代の虐め。特に両親の不仲なるが故の苛めっ子の虐め。 彼らの狙い目の対象が、まず変わった普通でない子供。子供は加減を知らない ため、それは残酷極まりない。実社会にはパワハラの残酷さが待っているが、 幼児・少年時の虐め体験で必要でもある。しかし弱い子供が、ここでやられる。 500m圏社会の常識、噂に怯える人びとへの気配りで神経を擦り減らす。 その子供版が、クラスの仲間内での虐め。「世間並みに」「社会常識」 「普通であること」。 これらは、一見、正しいようだが… いや正しいが、 それを鳥瞰できる視線があればの前提がつく。引き籠りの本人にも問題がある。 引き籠りを、当の本人が自己否定する。 そして親からして無知とくれば! それでも親・兄弟がいればよいが… 存在しないと、ホームレス、そして 孤独死が待っている。当人にとって、それに抵抗感がないとしても… 欧米の一神教に対して、日本は『御世間教』が厳然と存在している。 この酷く感化された低俗の?両親の子供が、親と、幼友達から遣られてしまう。
・・・・・・ ・・・・・・ 2018/03/07 閑話小題 〜大変な人のでき方
* 旅は根こそぎ人生観を変えた 何度も書いてきたが、51年前の21歳の「30日間・欧州旅行」が人生を変えた。 国内さえ殆ど旅行したことがない私が、年間20万人しか渡航してなかった当時に、 ツアーに大金持ちの子女・子息たちと豪遊旅行に参加したのだから…、当時の 日常との段差が如何ばかりか。それまでの人生と、その後の人生というほどの 段差によるカルチャーショックが、そこにあった。 良かったのが、事前情報が皆無に近かったこと。名所名跡に出あいがしらの 感銘がより大きくなっていた。その衝撃は、その後の秘異郷旅行のライフワーク に繫がっていた。 当時よく聞いた話が「カルチャーショックで気が変になる人が多々ある」。 今では情報化で現地の事前情報があるため少ないようだ。私も帰国後の数ヶ月は 自失茫然状態であった。それまでは、私なりの世界観、価値観を保って秩序を 守ってきたが、そのベースが根本から揺れ、それが新たな再生になっていた。 老いる度に、私たちは小さな世界に閉じこめられ、その世界しか知らなかった ことに気づき、慌てる。その後、数知れない衝撃を受ける度に、生き方、人生観 が根こそぎ変化していった。成るほど、「大変な人」と言われるのは至極当然。 私の限界の中の衝撃で、破壊と再生の「変化」を経験すれば、「変」が大きく なる筈である。 とはいえ、その道のプロ、例えば、秘境の地への赴任とか、 添乗員から見たら、何をバカなことと笑われる半端なド素人でしかない 。 一歩、旅行に向け踏出すと、非日常の世界になる。 新幹線から成田線に 乗継いで、機内に入ると、非日常が、日常になり、これまでの普段生活の日常が 非日常に逆転する。黄色のミニ集団の一員として、こちらの正しいことは、旅先 では正しいとは限らない世界になる。世界は多様であり、それぞれが特殊であり、 また自分の世界も特殊であることに、気づかされる。それぞれの地域で、それ ぞれの言葉を話し、様々な考え方をし、地産地消をしており、それぞれの文化 の中で生活をしている。その実体験が旅行の醍醐味になる。一回の旅行で、 ホテルや、観光先や、乗り物内で、様々な文化文明に触れ、感動や感激をする。 変わっていく旅先に順応しながら、自分も変わっていく。感動、感激の経験は自分 の感情を豊かにする。旅に出て、感動し、感激し、感涙する度に、違った自分に 変化していることに気づく。
一年前に入れた4KTVが内なる世界を変えた。『アクティブ・カウチポテト族』 と言うが、世界の秘異郷先を、実際の人間の視力より、遥かに鮮明に映し出す。 今では、YouTubeで4kの映像を見ることが可能になっている。数十年経っても、 これで追体験が可能になる。更にブログで、旅先からライブの生々しい写真と 映像と実感の言葉を見ることが出来る。 21世紀は、楽しみ方を知ってるものに とって面白い時代だ。 これは何事でも言えることが…
・・・・・・ 6358,閑話小題 〜年寄りの不幸感覚 2018年08月10日(金) * 老いの自覚を… 年齢と共に、年々、肉体的、精神的の老いの新感覚に唖然とする。 ボクシング協会の老醜丸出しの78歳の会長。ここまで唯我独尊となると、 漫画の世界。 引き際を間違えた典型。勝手に立場を悪用して「終身会長」 とは、何をか言わん。 …ハーフの朝鮮人で、元暴力団・準構成員上がり。 前科が無かったのが幸いし、過去の身体検査から漏れたようだ… 論理は、ヤクザの脅しと同じ手法。脅し口調に、ナダメと涙を駆使して、 自分のペースにまきこんでいく。演劇的で面白いといえば面白いが… よくみればハッタリかましのオジイチャン。肉体系駆使の格闘技の世界は、 こういうのが多く生き残っているようだ。
* 再び、長岡花火の話題に 一昨夜、TVで長岡花火のハイライトを放映していた。今日も同じ内容かどうか 定かでないが… 放映される。それを見ていたところ、家内がYouTubeの4k録画 を『綺麗だから見たら!』という。昨年、熱の冷めやらぬ8月末に「大曲の花火」 を見ながら、YouTubeの長岡花火を見ていたが、今年は、その前に、見ることに。 この数年、寝室で独りで見ていたことを家内は知らなかったようだ。 今年も家内は二日間とも、駅まで自転車で行き、あとは駅か信濃川に向かう 群れに加わり二キロ程先の大手大橋近くまで行くという。数年前まで同行して いたが、家内も自由気ままの単独行動に慣れてしまった。 二日目のこと、家内の後ろの男の人がフェニックスに感極まって、 <『凄い、凄い!』の感動そのままの言葉が伝わってきた… けれど、もう私 には、それほど感動は無い…。>と宣わく。 花火文化の中で、毎年、繰返し 見れば、初回の格差は大きくて当然。これは悠久山、福島江の桜にも言えるが。 夜空の比較の話なら、北極圏のオーロラと段違いのスケールの差がある。 比較すること自体、オカシイ自慢話の領域になる。 ―――― 2003/10/13 922, アイスランド旅行記−2 ー 2003年10月13日(月) ーアイスランドを印象順に書いてみる ・何といっても、『オーロラ』である。 オーロラは二度目だが、前回のノルウエーのトロムソは外れであった。 今回は一回だけだが大当たり!しっかり目に焼き付けてきた。 ー明日オーロラについて書く。 ・海に突き出た雄大な断崖のディルホゥラエイのパノラマが素晴らしい。 高さ100mの断崖がどこまでも続く絶景と、断崖から見えた果てしない 海岸線が何とも美しい。 北の果てという感じが一番でている場所であった。 ・クレーバルバトン湖の背景に広がる景観は、 正しく月の景色に一番似て るといわれている。スターウォーズの映画の場面を思わせる茶色のパノラマ が別の惑星にいるようだ。アームストロングがここで訓練をしたという。 ・氷河から流れ出た滝が、それぞれ素晴らしい。 何といっても迫力のあったグトルフォスの滝が印象的であった。 イグアスの滝に似ており、北極のイグアスとう感じだ。 またスコォガフォスの滝の美しさも忘れることができない。 ・霙の中で見た3〜4分ごとに吹き上げるストロックルの間欠泉も アイスランドならではのものだ。 ・溶岩でできている大地がほとんど国を覆っている。 土がまだ殆どできていないのだ。大地の上を数百年かけてできた20cm ほどの苔が土の役割をはたして、その上を草が生えているのだ。 我々は何げない土の上に住んでいるが、数億年かけて有機物の新陳代謝を 繰りかえして土になっていったのが、このアイスランドに来てよく解った。 岩山も緑の苔が覆っていて、景色としはアイスランドならではの異様な景色だ。 ・少し場所を移動しただけで、景色がドンドン変わっていくのが印象的である。 テーブルマウンテンや溶岩で出来た岩山、氷河に荒涼とした荒野などなどだ。 そこに羊と馬が放牧されている。 その中で目立ったのが、アイスランドポニーという小型の馬である。 冬でも極北の寒さに耐え、そのまま放牧をしておいても大丈夫だという。 性格が穏やかで欧米で人気があり輸出用だという。 見た感じとして似ている国としては、ニュージーランドとパタゴニアである。 氷河とどこまでも続く荒涼とした大地と、吹き付ける冷たい風は北も南も一緒だ。
「一生に一度に行きたいアイスランド」という言葉が一番にあっている国である。 本当に世界は広い!
―――― 2003/10/14 923, アイスランド旅行記ー3 ー 2003年10月14日(火) ーオーロラハントー 数年前に、ノルウエーのトロムソにオーロラハントに行ったことがあった。 その時は「何だこんなものか」という程度で、期待とは全く違うものであった。 薄い雲がスジ状に光っているだけであった。だだ行きの飛行機から見たオーロラが カーテン状に広く光っていたが。今回も5日間で一日しか見えるチャンスが無かった。 夜になると寒くなる為か曇ってしまうのだ。 感動するような大きなオーロラのはそうそう見ることができないのだ。 そしてたった一回だけの私にとって一生もののオーロラが出たのだ。 天空に展開した時の感激は、想像をしていたより遙かに神秘的かつ荘厳であった。 写真など撮っている余裕など無く、ただ呆然と見とれるだけであった。 これをどう言葉で表現したらよいのだろうかと考えていた。
天空の黒をキャンパスに、滝が降るように頭上の両側に壁になり揺らぐ青白光の 波がこの世のものと思えない、神秘的なものであった。。 あとは「 ・・・・・ 」である。 取材できていた共同通信社のカメラマンが、 「このオーロラをどう東京の友人に説明したらよいか解らない」と話しかけてきた。 「実際、この目で見るしか理解はできないでしょうね」と答えるしかなかった。 その時、涙が出そうになっていた。 以前ツアー仲間から、この体験談を聞いたことが何回もあったが。 「もういつ死んでもよいと思った!」 「聞くと見ると大違い、実際見なくては!言葉で表現できない」 それを聞いて、「ちょっとオーバーではないか?」としか思ってなかった。 しかし、この言葉の意味が実際見て初めて解った気がした。 あと一度見たら、アフリカの大地のように完全にハマってしまうのだろう!
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2020年08月09日(日)
* 10数年ぶりに金価格の推移をみる 湾岸戦争などの国際的軍事危機となれば、金価格である。今回の危機ともなれば、 湾岸危機と比べようがないほど高い。なれば、暴騰かと興味でみたら、案の定! 国際価格が1200ドル辺りだったのが、2000ドルを超えていた。国内価格は半年前に 5666円が、今では7769円で37%アップ。 長期投資が基本のため、乱高下の幅は 小さいが、これは異常値である。専門家に言うには、1万も有りうるとか! 来年になって、この流感の拡大が止まらないとしたら、有りえること! ― * この9,10月から始まるのか? 夏場の帰省も終わり、ホッとする間もなく、中小を中心に統廃合が始まり、予想 とおりに世相が一変するのか… 銀座を中心にした有名繁華街の有名店の売り物件 が多く出てくる時節。それと、失業率が大幅に跳ね上がる。現実に売上が5〜7割減が、 相場だろう。劇的なコロナ菌を克服できる薬が出来たとしても、世界が落ち着くまで、 数年はかかる。それまで、事業継続可能かどうか? その判断が、この9,10月に 下される。現在、多くの経営者は、七転八倒をしながら… そこで、問題が、その 設定があるかどうか? 最後まで踏ん張る!と、啖呵を切っていた居酒屋の社長が いたが、この判断一つで、人生が決定的に違ってくる。…凄い事例は捨てる程ある。 ― * あれは夢か、如何だろう? 数日前になるが、近未来の補助ロボットなど、これまで無かったマシーンを 紹介する番組があった。その辺りに眠気が襲ってきたため、寝入ったが、私の創作 かどうか?今でも判定不能。 進化したゴーグルで、被って、作動すると、そこに 人型をした人形があって、横には選択するシステムがあって… YouTubeで探して みればと思いつつその場面で完全に寝入った。で、翌日、録画を探したが、そんな 場面はない… 例えばドローンの操縦席に、人形を被って坐り、スイスアルプスを 上空から散策するとか、ドローンレースに参加するとか… 世界一怖ろしいジェット コースタに最前列に座った体験をするとか… 面白そうだ! 歌舞伎座の一席を借りた設定で、ゴーグルを装着したのも面白そうだ。何か暗いか? 今では、居酒屋の席で、リモート飲み会もあるのだから、何ら不思議のことでない。
・・・・・・ 6720,閑話小題 〜美しいことは、どう、良いのか? −3 2019年08月09日(金) * 具体的な美女の共通点とは… 昔から,好きなタイプの女性には共通点があった。そこで、それぞれの地区で 出あった(というより、傍観?してきた)5人を想い浮かべると、共通点がある。 ・お嬢様タイプ ・清潔感抜群 ・輪郭が卵型 ・目が生きている ・衣装のセンスがよい ・自信を持っている ・明るく、積極的 ・肌がきれい ・歯並び、口元が締まっている ・健康的 ・姿勢がよい ・知性・教養が満ちている 〜これらに、5人の特殊要因… ・身長が中肉中背の162cm当たり ・血液A型? ・長女タイプ 私の知る限り、性格の明るさ・暗さと、知性・教養を除くと、上記の条件を ほぼ満たしている。4人の姉が基準があったため、ある程度は冷静でいられたが、 やはり男の生理が?目を眩ませる。「一人を選ぶということは、一人以外から 除外される」周囲の事例をあまりに知り過ぎていた? 青春が一瞬で消滅して しまう現実。 誰もが認める美女には悩みがある。適応できる相手の絶対数が少ない。 条件が良質ほど機会が少ないのである。 こんな筈がなかった、何で? 声を かけても、自信なさそうに、反応してこない。 現実に妥協した相手の内実を 知れば知るほど、隣の芝生が緑に見えてくるが、反応なし。自分を、少なくとも 二ランク上の逆上せが、更に自尊心を傷つける。世間の常識に縛られて、息も 出来ない程のプレッシャーの結果の妥協が、今の私? そして、それも諦めが… で、その結果が、世間にまみれた小母さんに! 何より可哀そうで、哀れな のが初な男! 人類の永遠のテーマ? でも、何故か、何れのステージでも、 美女に恵まれていた! 4人の姉の基準があったお陰ですか。 いや、逆か? ところで、小泉進次郎と… 何、あれ? お似合い過ぎて、嫉妬が湧き上がる?
・・・・・・ 6357,閑話小題 〜つれづれに哲学=言語ゲーム 2018年08月09日(木) * 日常生活の中で言語を考える! 1日1テーマで、文章を書上げ、ここに提示しているが、これはテーマ探しから、 起承転結の文を書上げ、推敲し、完成に至るゲームでもある。毎日、何か黒い影 に追いたてられている感覚になるが、これも慣れ。気ままに、ゲーム感覚で、思い のままにテーマを決めて、論理を組みたてる遊び。どうしても、過去の話に捉われ がちになるが、前向きな創造的内容も多くある。 5年、10年、17年間、読み続けて いる読者(自分も含め)に向け書いている点でゲームに近い。 ウィトゲンシュタインとは少し意味合いが違う。彼は日常用語に注目し、 諸活動に織り込まれた言語に注目し、分析する。 〜その幾つかを紹介する〜
≪ 言語ゲームとは、言語哲学者ウィトゲンシュタインの用語。 彼は言語を、「命令する」「演劇をする」「ジョークを作って話す」などの、 諸々の活動に織り合わされたものとして考察した。 このような言語を伴った諸活動が、言語ゲームと呼ばれる(『哲学探究』1953年〉)。 そこには「言語に先立って個人の内的感覚や客観的事実があらかじめ存在しており、 言語はそれを写し取る道具である」とする古典的言語観を解体しようとする意図がある。 ・言語が客観的事実を描写するとしても、それは単に事態を写すのではなく、例えば 火事を知らせる場合のように、「自己や他者に対するなんらかの活動」なのである。 ・第2に、言語による表現は、人々の間に共有されたルールにもとづくものとされる。 個人の内的感覚でさえも、そうしたルールに基いてはじめて表現され理解されうる。 ・第3に、ルールはたまたま成立している慣習的なものにすぎず、絶対のルールなど 存在しないとされる。 例えば真偽を判断する際も、なんらかの慣習的なルールに 基いて行われる以外になく、絶対的な判断基準などは存在しない。 こうして言語ゲームの考え方は、相対主義的ニュアンスを強く帯びることになった。 現在では言語ゲームは、社会学上の用語としても広く用いられている。例えば、学校 や家庭やもろもろの宗教などを、それぞれ異なったルールをもつ言語ゲームと見なし、 それぞれの特質を分析することができるからである。≫
≪ 言語の本質はなにか、というのを考えて行き着いた概念。 例として挙ているのは、石置き場におけるやりとり。親方が「柱石」と叫ぶとする。 すると、弟子が柱石を持ってきてそれを親方に渡す。この場合、別にその「柱石」 という語の意味を把握して何かの行為をしているわけではない。この台詞を聞けば このように行為せよ、というのを既に習得していて、それに従って行為したという だけだ。だから、たとえばこの「柱石」という言葉は、別のところに行けばまた 別の意味を持ってくるわけである。個々の状況から独立した言葉の意味というものは 存在しない。すべての語の意味は、状況に規定されるものだ、ということになるわけ。 このことを、ゲーム(互いに理解しているルールに基づいてやりとりするもの)と 似ているという理由で言語ゲームと呼んでいる。≫
― ▼ <諸活動に織り込まれた言語活動という点で、このブログ活動は言語ゲーム。> 新たな読者が読みはじめて半年、一年では、脈絡が理解しにくいだろうが、 慣れてしまえば、こんなものか?と。ウィトゲンシュタインの後期には、日常言語 に立ちもどって日常会話に注意を向け分析をしている。哲学者たちは神、魂などの 語りえないものについて語ろうとしているわけになるが、彼は哲学から、こういう 形而学を排除し、語りえないことには沈黙を守るべし!と主張した。それは、この ブログを読めば、生半可な知識、情報を、未消化で提示している愚かを気づくはず。 それでも、私にとってプラスと思えるから続けている。毎日、同月同日分の 文章を読み直しているが、書き、提示する目的が自分自身向けのためか、状況説明 が甘い欠点と、それ故の誤解も多くなる。大相撲協会の怪しげな体質を代表とする 諸々のスポーツ協会の問題。現在は、レスリング協会、日大アメフト問題、そして ボクシング協会へと問題が移動しているが、彼らの言語活動から垣間見る異常な 世界が、言語ゲーム感覚で何とも面白い。格闘技など、言語の代わりに「暴力」を 入替えた「暴力ゲーム」でしかないため、そこには、『言葉足らず』の活動が 独り歩きし、独特の世界を形成する。「力」とは「知空」とゲーム感覚で当て はめるのも言語ゲームですか。スマートフォンの進化の御蔭で、言語ゲームから、 インスタバハエの『映像ゲーム』に世の中は変化をしている。これも、添えて書き こまれた言語次第だが、それさえ必要としない映像が溢れている。 豊かさって何でしょう? その根本が、世界で問われている。「意味の意味?」… さて、エネギー補充のため、信濃川土手に向けて出発だ! ・・・・・・ 5260,永劫回帰 〜ニーチェ「超」入門〜 2015年08月09日(日) 〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 永劫回帰 〜人生の肯定 ニーチェといえば、「超人思想」の他に「永劫回帰」があるが、この本 では、大きく取り扱われてない。しかし、これを避けてニーチェは語れない。 『哲学で自分をつくる』瀧本往人著の中に、以下のような文章があった。ーp141 ≪ 二ーチェは「奴」のいない「主」を超人とした。超人は誰にも何にも依存 しない。確かにこれは人間を超えている、人間はもとより社会的な生き物で あるがゆえに、誰にも何にも依存しないということはほぼ考えられない。 考えられないことを創出したからニーチェの思考は飛びぬけているが、 同時に危険でもある。それはまた自分の生き方にも適用される。 「いやもう一度、いや何度でも、まったく同じ自分の人生を」といった、 自分の生を絶対的に肯定する。これがニーチェの言う「永劫回帰」である。 人は誰もが死に至る。しかしこの「私」とは、生まれてきた以上、永遠である。 生まれ変ったら別の人生を歩もうとか、前世は立派な人間だったはずだ、とか、 そういう考えはたわごとにすぎない。永遠にくりかえし、足し引きがなく、 まったく変わらず、そのままの人生に戻ってくる、と二ーチェは述べる。 永劫回帰は、どうみても当時ヨーロッパにおいて流行した仏教の輪廻思想との 近似性を感じるが、ただし輪廻においては全く同じ人生に戻ることはない。 世界のあらゆる事象が有機的に結びつき、死もまた新たな生と結びついている ということを輪廻は教える。また、輪廻思想では、自分が死んだあとには 別の何者かに生まれ変わるが、ニーチェは生まれ変わってもまた、全く同じ 自分が「生きる」だけなのだ。これは、一般的には好まれない考え方だろう。 人はみな、生まれ変わったら、別の自分でありたい、と思う場合が多いからだ。 つまり何かしら後悔をしており、やり直したい、別の人生を歩みたい、 あのときもし、ああしていれば、そういった後悔の修復・訂正を求めている。 しかしニーチェはそういった考えをやめよ、と強く主張しているのである。 つまり死んだらおしまい、である。永劫回帰とは、絶対的な虚無主義を基盤と しつつも、だから人生は虚しい、と考えるのではなく、人間は本来、この一度 きりの生を十分に楽しみ自己を肯定して生きるべきである、という人生観を 現している。そこにニーチェの強烈な、魂の咆哮を感じずにはおれない。 二ーチェの嫌ったソクラテスが自らの運命として毒杯をあおったように、 ニーチェは自らの「表現」に稲妻を落とすのであった。しかし、ニーチェは、 このように並なみならぬ強さ、超人的な生き方を強調するが、実際の彼は きわめて病弱だった。そんな彼が異常なまでに健康や生の強度(内的な充実性 に溢れた自己経験)にこだわった文章を遺していることこそ、実は、彼の生の 弱さを物語っているとも言える。そして同時に(だからこそ)彼がここで「超人」 に至っているのは、それでもなお、自分の生を肯定的に受けとめ、しかも それを永遠にくりかえしてもかまわない、と言い切ってしまったところである。 ここに他の哲学者にはない迫力と緊張を私たちは見ることになる。・・ ≫ ▼ 『再び、生まれ変わったても同じ人生を!』と言えるかどうかが、晩年の 私たちに 突きつけられる大問題。自分の人生が肯定できるか、否かは、 本人にとっての一大問題。しかし、肯定できたとしても、死んで三日もすれば! ならばこそ、「一度限りの人生を楽しみ、自分を肯定して生きるべき」になる。
・・・・・・ 5625,人生を幸福で満たす20の方法 〜�� 2016年08月09日(火) <人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著) * 空虚な日々を楽しむ方法 5.海を渡って心をリセット ≪ あなたは、あなたという船の船長です。乗組員がいてもいなくても、海に 乗り出した以上、あなたは航海しなければなりません。漕ぎ手や修理係りは 来てくれるでしょう、でも舵取りはあなたの役目です。・・(略) 川では小さすぎる。隔てるものもあるが、文化を結びつける働きもする。 しかし、海は「文化を隔てる」ものである。だから、海を渡ると、実に 多くのことが見えてきて、心も経験も豊かになる気がする。海を渡ることは、 リセットの極意である。 ・・海を渡るということは、自然の境界を越える ということである。自然や文化を大きな変化を体験できるということ。 これは、一つの冒険であり、リセットの極意でもある。 ≫ ▼ 21歳の「欧州30日間の旅行」は、人生にとっての大きな分岐点(リセット) になった。アラスカ経由でデンマークのコペンハーゲンに下り立った時の、 あの空気と、宿舎への道すがらのバスからみた光り輝く緑の中にある街並み。 その時から行く先々の光景のどれもが、異界を見ているようであった。 この経験は、それからの人生の浮沈みの中で大きな支えになっていた。 その時の経験が私にとって、いかに衝撃だったかである。それから10数年は、 仕事、家庭に専念、十数年間は出ることが出来なかった。 40歳前半辺りから、 年に二回は出るようになっていた。年に二度のリセットで、何とか人生の峠を のり超えてきた。これも絶対量が蓄積すると、強力な磁力なる。
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| 7086,閑話小題 〜コロナ禍と共存の時代! ―3 |
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2020年08月08日(土)
* 「ピュシス」と「ロゴス」 人間は大自然の一部分。 その自然を「ピュシス」といい、 言葉、論理を「ロゴス」という。人間は生めよ増やせよの自然の要求から一歩、 踏出せた唯一の存在。そのロゴスが過剰に働き、止めどなく拡大した。 細胞の塊りの人間に対抗し、細菌が定期的に大掛りに攻撃するのがパンデミック。 このコロナ禍が、それ。ロゴスを持ったが故に、人類は、生物の最先端に立つ ことが出来た。 しかし、これも限界…? 人類は,農耕を始めてから、プラスとして文明を築いてきた。しかし、ここで マイナスへの転換が必要となる。 集団は強くて多い方が、他民族、国家に有効 に働く。ところが、細菌という生命が介在すると、話が違ってくる。プラスなら 良いが、マイナスに働くと、対象を抹殺する力を持つ。 「ロゴス」は、「ピュシス」が有ればこその存在。長年、様ざまの経験する中で、 不平屋の存在に出あう。気分次第で、粗探しをして、不信の嵐になっている。 とにかく面白くないのは他者のせいである。 ―― *日本のコロナ死亡率、欧米より大幅に低い7・5% 持病の少なさ影響か ≪◉ 新型コロナウイルスに感染した国内の入院患者の死亡率は7・5%で、 20%台の欧米などと比べ非常に低いことが国立国際医療研究センターの 大規模調査で6日、分かった。原因は不明だが、欧米と比べ糖尿病や肥満の 割合が少ないことが影響している可能性があるといい、今後詳しく解析して 重症化の予防などに役立てる。 ◉ 海外の死亡率と比較した結果、中国が28%、英国が26%、米ニューヨーク州 は21〜24%で、日本は桁違いに低かった。日本の死亡率の低さはこれまでも 知られていたが、学術的な調査で裏付けた形だ。 ◉ 一方、患者が別の病気にかかっている割合を調べたところ、糖尿病は 日本が16・7%なのに対し、英国は30・2%、米国は28〜35%に達する。 肥満と診断された割合も日本が5・5%に対し、英国は9%、米国は40%で、 いずれも日本の低さが目立った。 ― ▼ 韓国、台湾、香港、 ヴェトナムはいずれも、日本より死亡率が低い。 主に高齢者の命を奪うこと、 人ごみや長時間の濃厚接触で感染リスクが大幅に 上がることなど。アジアには肥満体の人は確かに少ない。主食が穀類もあるのか。 私が認識していた数値が2〜3%と、違うのは何故か…。
・・・・・・ 6719,閑話小題 〜今日のひと言… 2019年08月08日(木) * 人間には「勇気」は一つしかない 昨日は、暑さを言い訳にスポーツジムを休んだ。そこで何気なく、警察内部の 暗部を背景にした弁護士モノの録画をみることに。それを昼時に、寝室で独りで 見ている御隠居生活に笑そみ… その中で強烈に残った上司の、 若い女弁護士に語ったひと言があった。 …大まか、こんな内容。
『告発された刑事の弁護を御前を担当させたのは若いから。人には一つだけ 勇気が与えられている。これは、一度、失うと二度と戻ってこない。わしは 権力に叩き潰されて、それを失った。告発された刑事は、その勇気を持っている。 そして正義を貫いている。この「正義」ってのを権力を持ったものは弱いのだ。 その勇気を彼は失おうとしている。救ってやれるのは若いアンタだよ。』 この言葉に、俄然、駆け出しの女弁護士に火が燃え上る。 ― 事業撤退を決意した時節に思ったことは、この結果も想定内。準備の シェルターは、ほぼ完ぺき。20歳の創業の決意と、34歳からの実践の 結果には、自ら決意でのこと。後悔は絶対にしないと決めていた。 何故か、平然としていられるのは、「勇気」だけは残してあったため。
最期はフランクルの【態度価値】になる。 これは、 <人間が運命を受け止める態度によって実現される価値のこと。 たとえ病や 貧困やその他さまざまな苦痛の前で活動の自由(創造価値)を奪われ、楽しみ (体験価値)が奪われたとしても、その運命を受け止める態度を決める自由が 人間にはまだ残されている、ということ。> ― ▼ 最近、よく目にする、死んだ弟を背負った、「焼き場の少年」の写真。 何故か、少年と弟の想定が次々と浮ぶ。もし、それを口に出したら… 当事者の一生の傷になる可能性がある。今回は、背負われた弟が、『勇気』。 何処の家庭内にも、この構図が当てはまる事象がある? 『神ありか?』ではなくて… 『神はあらねば!』である。 最近、思うことは、 このこと! 特に因縁という言葉。因は直接原因。縁は間接原因。その結びつき。 <孤立する、孤独する勇気> 何ごとにも立向かう勇気こそ、今・ここ・わたし にとって、まず必要ということ。 さて、まだ5時前だが、信濃川の何時もの コースの一周に出かけますか。
・・・・・・ 6356,読書日記 〜努力の趣味化 2018年08月08日(水) <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より * 好きこそものの上手けれ! 両親が常日頃、言っていた言葉が、『仕事も何でも、取組んだら好きになるまで 集中し努力すること。そうすると努力が遊びになる。それと質の良いライバル。』 そのわりに、この程度とは、これ如何に? 人生、最大の謎? いや楽しみ過ぎ! ・この随想日記も趣味、遊びの領域に入るのに10年近く要した。で、己の限界が この程度と我ながら内省するしかないが、この程度の文に、テーマ探しと選定を 入れると、2〜3時間のエネルギーが入っているため、どれもこれも愛着を感じ 取ることが出来る。ここで編者は、『努力の娯楽化』とは言いえて妙である。 17年数ヵ月続いたのだから、ライフワークである。 ・いま一つのライフワークの『秘・異郷を中心にしたツアー・ゲーム』 地球儀を五目目版に見たてゲーム感覚で埋めていく、これは『娯楽の長期継続化』。 所要期間、30〜40年。夫婦と子供を含めて4000万、年150〜200万が高いか安いか? は…別問題。『一点豪華主義』と、国内旅行は中断、普段の生活は合理主義に 徹していたため、家計の収入内で収まっていた。 ・あとは、早朝散歩とポタリング(自転車散歩)。早朝散歩が30年、チャリが 10年近くになる。駅裏にある自宅から、長岡大橋と大手大橋を一時間かけ一周 するが、この間が、公園として整備されている上に、左右50キロの展望が抜群。 パリのセーヌ川、ドナウ川の展望に遜色ない景色。これを4〜11月の8ヶ月間も 毎朝、味わえる… 毎朝、ほぼ誰も、歩行者も、チャリダ―も居ないのは、 実際のところ知らないため? さすがに、土日は少し居るとしても少ない。 ・それと毎日、数本はみているドラマと映画、これも… ・更に読書習慣! 話は、尽きなくなるので、この辺で止めておく。
好きと嫌いと どれほど違う 命ただやる ほど違う
残照の中で、好きなことをスケジュールで紡いで楽しんでいるが、 天気晴朗なれど、大した遠くない先に、うねりが近づいているような。 ―――― Amazon 説明: 《 何をやるにしても「好きこそものの上手なれ」が最強の原理原則だと信じて いる楠木建が、さまざまな分野で余人を以て代え難い仕事をしている19人との 対談を通じて、それぞれの才能の起点にある「好き嫌い」を探る対談集。 〜レビュより〜 【「客観的に見れば大変な努力投入を続けている。しかし、当の本人はそれが理屈 抜きに好きなので、主観的にはまったく努力だとは思っていない。むしろ楽しん でいる。すなわち『努力の娯楽化』、これが仕事における最強の論理だというのが 筆者の考えだ」】 【「自分のほうを向いた趣味と違って、自分以外の誰かの役に立っての仕事。 人に価値を提供しなければ話にならない。人の役に立てるということは、そのこと についてよっぽど上手だということ。じゃあ、なぜそれほど上手なのか。有り体に 言って努力投入してきたから。しかも、長い間やり続けているということですね。 結局のところ、努力量の積分値が大切に決まっている。ここから先がポイントだが、 『努力の長期継続』といっても、実際のところフツーの人にとってはなかなか難しい。 僕にしてもそうです。娯楽なら何の苦もなく続けられるのに、努力は続かない。 で、ある時に脳内革命が起きた。『努力』をしようと思うから続かない。 『努力が努力じゃない状態』になればいい。すなわち『努力の娯楽化』が仕事の カギだという発想です。客観的には努力であることがその人にとっては娯楽に 等しくなる。その理由は、要するに『好きだから』。以上の一連のロジックの最初 と最後を取ると、『好きこそものの上手なれ』になる」。 自分の一番好きなことは何か、よし、その好きなことをこれからも続けていこうと、 心に誓った私。】 ― ▼ 普通の人でも、「努力の長期継続」で普通でなくなる。で、努力を遊びに すれば良い。遊びはゲーム化。ゲーム化とは、ルールを何気なく決めていくこと。 それが出来るかが境目のポイント。そこで目につくのが、何も考えない、しよう しない世間様の存在。 だから、繰返し、しつこく、取上げている。何でそんな者 というが、舟底に知らずにヘバリツク牡蠣のように舟を沈めてしまう力を持つ。 好きこそモノの上手けれを見いだせないで、それを他者に向けるヘドロ。 他者の中のそれは、自分の姿だから。半径500m、直径1000mの世界では、常に 舟底の牡蠣が… それも良いのだろうが、半世紀もかけて殺ぎ落としてきたのだ から、今さらとなる。だから、好きなことを見つけ『努力の娯楽化』をしないと! 「あいつら、何やってんだ。それも夕飯時の残照の中で。」が、自分に言えること だから? 美味い酒飲んで、涼しい部屋で、面白いTVの映画をみて、グッスリ寝て、 朝早くから、これ書いて、チャリで、信濃川で新鮮な空気と霊気を浴びて、朝風呂 入って、インコに餌やって、ジュースを飲んで、ネットサーフィンをして、それも 【努力の趣味化』の御蔭ですか。 …というより、痴呆化の入り口ですか? 他人のは分かるけど、自分だけは。合せ鏡で同年代を見ていると、それはもう… 殆どが自己否定を他者否定への振替作業が主となり、身体同様の硬直化が日々進行。 ―――― 4152, 「B層」の害毒 2012年08月08日(水) 【ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒】ー適菜収著 より 哲学者の適菜収のー日本を蝕む「B層」の害毒ー論が面白い。B層といえば (何度か取り上げたが)、小泉元総理が「ワンフレーズ」で、「マスコミに扇動 されやすい大衆に名付けた層」をいう。2005年の郵政選挙の際に選挙戦略として 国民をIQと構造改革への姿勢からA層、B層、C層、D層に分類、B層を選挙の ターゲットとしたことに由来する。これで当時の自民党に圧倒的大勝利を収めた。 この層について、著者は以下のように分析している。 ≪ 「B層」とは何かというと、 ◎〈マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち〉 とあり、〈B層は絶対に反省することがありません。無制限に拡大した 権利意識と被害者意識がB層の行動を規定します。郵政選挙で騙され憤慨し、 再び民主党のマニフェスト詐欺に騙され失望し、将来にわたり「騙された!」 と喚き続ける存在がB層です。〉とある。 ◎〈今の世の中が肌に合わない人。今の世の中のどこかおかしいと感じている人。 今の世の中を深く軽蔑している人。そういう人はニーチェの言葉に耳を傾けて みるべきでしょう〉という ◎〈B層の問題とは、すなわちキリスト教の問題なのです。〉 〈B層が無知を自慢し、偉大な人物が死んでも「アタシ知らなーい」「誰それ?」 などとわざわざネットに書き込むのは、彼らがキリスト教の影響下にあるから。〉 ◎〈まともな哲学者・思想家は、例外なく民主主義を否定しています。人類の知性 は、民主主義と戦い続けてきたのです。 民主主義は、十八世紀に発生した キリスト教カルトです。〉(わが国にも「民主主義には寛容の精神がある」 「民主主義は少数意見を尊重する」などと言う人がいます。バカなんでしょうか? 民主主義に一番たりないのは寛容の精神と少数意見の尊重です。) ≫ ▼ 問題は、B層が悪いのではなく、彼らは、どの様にも操作されやすいという ことである。これまで、マスコミは、大衆として、彼らを捉えて、その操作を 駆使しトップダウンを役割にしてきた。 ところが、そのB層に超小型パソコン= モバイル携帯が普及して、これが情報のコンテンツになってしまった。B層には、 自分がB層の自覚がないため、そのレベルの判断が体勢を占めてしまう。 これが「B層の害悪」になるのである。B層はA層にコントロールされてこそ、 社会は保たれるのに、B層が主導権をとったら、そこには混乱があるだけである。 現在の民主党の混乱は、これである。A層を自認してきた自民党も、あのざまで、 C層化している自覚が全くない。この超小型パソコンが、今後もたらす影響は モンスターのように、世界を混乱に陥れることになる。タブレットPCも含めた 端末情報機器が、プラスにもマイナスにも社会を激変させている。
・・・・・・ 5624,人生を幸福で満たす20の方法 〜�� 2016年08月08日(月) <人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著) * 空虚な日々を楽しむ方法 〜 3.手触り感のある生活 <迷ったら、天に、地に、命に触れよう。それがあなたのこころを すませ原点にかえしてくれるから。> <何故、ではなく、どうすれば、と問いなさい> ▼ カーライルという詩人が、一人の女性か. ら身の上の悩みを相談された時、 「帰って、あなたの針箱の 中を整理しなさい。そうすればあなたの悩みは やがてなくなります」と答えたというが、まさに、これ。無心で何かに集中 すると、無心の彼方から問題解決のヒントが、沸いてくる。そういえば、 朝ドラで、編集長役が、ヒントを考えるときに、「知恵の輪」に集中する 手法を使っていた。 ―― 4.幸福に働くために 働けることは幸福なことである。 果たすべきことをやる。 仕事に楽しみを見出し、感謝することである。 「働き、遊び、学び」は、人間が生きていく上で必要な要素である。 「恒産あって、恒心あり」である。 「いま、ここでしか出来ないことを、自分から見つけてすること」である。 ▼ 外海なら、一つの判断ミスで、致命傷になる。 だからこそ面白いが、 視界は、その人の能力範囲しか見えない。孝不幸など、考えていられる ほど自然現象は甘くない。万一の場合の、準備が常日頃から必要になる。 空虚な日々など、経営にあろう筈はない。 ・・・・・・ 4527, 生きる悪知恵 ー6 2013年08月08日(木) 「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子(著) * 娘が、漫画家になりたいと言い出しました Q: 高2の娘が、漫画家になりたいから、大学に行かずマンガを描くと言い 出しました。昔からお絵かきが好きな子でマンカもよく読んでいましたが、 まさかそんなことを考えているとは思わず、驚いています。特に成績がいい わけでもなく、この就職難の時代に中途半端な大学に行くより、なれるなら なってくれたほうがいいという気もします。でも、プロの漫画家になる なんて簡単なことではないでしょうし、娘の描きかけのマンガを見ましたが 才能があるかどうかわかりません。娘に才能があるかどうか、どうやって 判断すればいいのでしょう? 今は大学もマンガ学科があるようですし、 そういうところやマンガ専門学校に行かせたほうがいいのでしょうか? アドバイスいただればと思います。 A:私が美術予備校に行って勉強になったのは、自分の作品と他者の作品を 冷静に見比べることができるようになったこと。300人の絵を並べて、その中 で最下位だということがわからなかったの、最初は。「なぜ、自分が最下位で、 この人が一番?」なのか自分が見えてなかったの。 ・・すごい不細工なのに 自分のことを可愛いと思い込んでるコがいるでしょ。あれと同じ。でも、 予備校で本当に上手な人の絵を見て、大学に行ったらもっとみんな上手かった。 で、「ダメだ、こりゃ」って、自分の実力がいかにないかとわかって、 「じゃあどうするのか」って、そこからですよね。そういう意味で、専門学校 みたいに人が集まっているところに行くのも自分の位置を知るにいいかも。 ・・才能があるかどうかなんてやってみないとわからんし、親が判断すること でなく、それは世間様が判断すること。・・まあ、別に漫画家じゃなくても、 高校生にもなった娘が進路について「これをやりたい」というのに反対する ことはない。ひとつだけアドバイスするなら、「アルバイトはさせたほうが いい」ってことかなあ。お金をもらって、他人に怒ってもらえるという経験は 貴重です。私もアルバイトでいろんな経験させてもらったのが財産になってる。 いるだけで「可愛いね」って言われる時代から、いるだけで「邪魔、パパア!」 って言われる時代まで、女の人の方が描くことの引き出しが多いんですよ。 だから、やっばりいろんな場所でいろんな経験してほしいですね。 ▼ 早期退職のサラリーマンの蕎麦屋をしたいという話と同じ。遊びや趣味で やるのと、それで生活していくのは別問題。17〜8年前になるが、甥っ子が 京セラに勤めて10年、何かで社長賞を貰ったのを契機に漫画家に転身と聞いた。 当初は、そこそこ売れっ子だったと聞いていたが・・ 漫画家の名は、自分の 名前を逆読みにした「きもと○○」という。次々と若い漫画家が出てくる中で 若い人の感覚を取り入れ続けて生き抜くのは大変のはず。この娘の場合は、 専門学校に入れるのがベスト。その世界で仕事が出来るだけでも、本人に 馴染むからである。
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