堀井On-Line



7024,閑話小題 〜毎日がドラマのように

2020年06月07日(日)

   * 細菌対、細胞生命体とのバトルが真実!
 毎日のように、「コロナ感染」について書いているが、よくも続いてネタが
出てくる。それだけ大きな問題ということ… 一昨夜のドキュメントが、様ざま
な人たちに自撮りカメラで、各自の生々しい実態を映し出す内容。各20人の事情
を映像がリアルに映し出されている。
  〜番組紹介から〜
≪ 6月05日10:00-11:00 BS1NHKスペ「世界同時ドキュメント 私たちの闘い」。
 NHKでは、世界各都市の20人以上にスマホによる自撮り映像の撮影を依頼した。
人々を励まそうと、自宅バルコニーから歌い続けたイタリアのオペラ歌手、
感染爆発したフランスの小さな町の役場職員、医療崩壊危機にあるニューヨーク
を助けようと全米各地から集まる看護師たち。映像には、自分にできることを
探し、この危機を食い止めようとする人々の願いがあふれている。生々しい映像
から、希望と連帯のメッセージを伝える。≫
 ―
▼ 自撮りをしていた本人が、数日後に亡くなってしまう生々しさなども加わる。
 北イタリア、フランス、ニューヨーク州の現場から伝わる内容は、シリアス。
日本人はイメージする能力の重要性に疎い。しかし、このパンデミックの現場は、
映像でシリアスに、その想像を絶する実態を伝えてくれる。この最中、まだ来年
のオリンピック開催の云々が語られている。あと半年、一年後の状況を想像すれ
不可能である。 裸の王様を首長に持つ危険性が、そのままドラマのようだ。
「最悪を悲観的に想定して準備し、楽観的に行動する」重要性を思い知るべし。
数万年前にクロマニョンが死滅をして、ホモサピエンスが生残った。1万年前に、
天変地異があり、生き残り戦略として<野生動物を家畜化し、稲作など農産物の
計画栽培を始めた。その延長が、都市文明を生みだした。人間の優位性の群れの
優位性をを最大限に利用して。それを根こそぎ否定されたのが「3密」の否定。
実は地球は細菌が支配する☆(星)だった。 …アイスランドに旅行した際に、
そこは火山の国で、岩場しか存在しない島であることを知った。グリーンは、
岩場を覆う菌の藻。 露出した真実がこれ! これから始まるのが、小説の
ような… 細菌と、細胞の生きものとのバトル。それも数十年、数百年は続く!
いま人間様が出来ることは、マスクをする、手を洗う、3密を避けることぐらい。
特効薬が出来ても、細菌は、次々と進化した新手を送りだしてくる。
もっとも、悪い奴だけでなく、良いのもあるから、そっちと仲良くすれば良い?
 無駄な抵抗をしても、この狂った猿に勝目が無いのは、火を見るより明らか。
晩期に、これを目撃しようとは、思いもしなかった!
 <一度、ここで人間どもの氷漬けを…> ですか? ねえ、<大神様…>

・・・・・・
6657,閑話小題 〜映画観賞 ―『ワンダフルライフ』
2019年06月07日(金)
           <『ワンダフルライフ』 是枝裕和監督・1999年>
   * 何れの思い出を選ぶ?
 何らかのテーマの随想日記を個人ブログで公開を始めて18年も経過した。
一度だけ5分遅れで掲載出来なかった以外は、何とか続けてきた。旅行中は、
書きだめをして、ネットにあげて知人に頼んでいた。6600ともなれば、何から
何まで? 書いてしまった感覚になる。で、周囲の人たちを傷つけ、反発され
もした。どうしても、言葉の中から本音や毒素が出てしまう。
   先ずは、概要から
≪ 天国まであと7日 …
 月曜日。霧に包まれた古い建物に人々が吸い込まれていく。全部で22人。
彼らは面接室に案内され、職員からこう告げられる。
「あなたは昨日お亡くなりになりました。あなたの人生の中から大切な思い出を
ひとつだけ選んで下さい。いつを選びますか?」 死者たちは天国にいくまでの
7日間を、この施設で過ごすことになっている。 死者たちが選んだ思い出は職員
たちの手で撮影され、最終日には上映会が開かれるという。
火曜日。職員の望月、川嶋、杉江、しおりたちは死者から思い出を聞き出し、
撮影の準備を進める。 それが彼らのこの施設での仕事だ。
・生き別れになっていた恋人と再会した瞬間を選ぶ76歳女性。
・子供の頃の夏休みの前日を選ぶ56歳の男性。
・女性経験ばかり話し続ける男性。
・友達とディズニーランドへ行ったことを話す少女。
・太平洋戦争中のフィリピンのジャングルを選ぶ85歳の元軍人。
・選ぼうとしない青年 ・ ・ ・ etc 。
人それぞれにかけがえのない大切な思い出がある。
水曜日。望月が担当する死者のひとり渡辺は70歳。なかなか思い出を選べずに
困っている。 「どうせなら… 生きた証が分かるような出来事を選びたい」と
自分の人生が録画された71本のビデオテープを見る渡辺。 しかし、次々と映し
出される自分の平凡な姿に幻滅するばかり。 そんな時、渡辺の新婚生活の映像に
眼を奪われる望月。その表情の変化をしおりは見逃さなかった。 この夜を境に、
望月、しおり、渡辺、それぞれの感情は大きく揺れ始めるのだった… 。
職員たちとカメラマン、美術スタッフが、死者の思い出を再現するための会議
を開く木曜日。スタジオに組まれたセットの中で思い出が撮影されていく金曜日。
そして土曜日、職員たちの演奏に見送られ、死者たちは思い出の再現映画を
見届け、天国へと旅立っていく。 ≫
 ―
▼ ブログの御蔭で、人生を振返る機会が多く持てたが、たった一つだけと
 言われれると… 思い出といえば、『白い雲に乗って』である。 夜半、
「白い雲にのって、『幼児から少年時代』や、学生時代の『青雲寮』の一室に
戻ったり、金沢の修行時代の店舗でのエピソードの現場を彷徨ったり… 
それらのフラッシュの断片を書いてきた。
・10年スパンで選ぶなら、やはり20歳代。次が10歳までの一桁代。そして30歳代、
 50歳代になる。
・5年スパンなら、20歳代前半。次が30歳代後半、そして50歳代後半。
・一年スパンは、23歳。次が27歳。39歳。
・一月スパンは、21歳の7月。<欧州30日の旅> そして30歳の頃。次が35歳。
 人生のハイライト。
・一週間〜10日間スパンでは、各アフリカツアーの日々。
・一日スパンでは、大学の卒業式の一日。
 そして、タンザニアでの晦日のハイエナに囲まれた草原のドライバー達との
 焼肉パーティ。その生々しい現場感覚が何とも味があった。
『こういう体験を三桁はしてきた』と、ある姉に話すと、『そんなことが絶対、
 ある訳がない』と怒りをこめて反論してきた。「際に絶対に行かない人」
には、解る筈はないからである。この切口でみると… ここで止めておく。
 
――――
2658, 幸福の4階建て
2008年07月15日(火)      ヾ(●´∀`●)GOOD MORNING!!
 京都大学の工学部の新宮教授が、古今東西の幸福論を読み漁った成果としての
「幸福の4階建て論」説が面白い。
《「幸福ということ?エネルギー社会工学の視点から」 新宮秀夫著 》 
「新ストレス学説」の創始者・ハンス・セリエ(1907-82)は、そこで、
《人間はあまり「無事」だけでは、死ぬ時にガッカリする。
「ストレスは欠くことのできない人生のスパイス」こそが重要》と主張しているが、
 その部分から触発されて、幸福論を4つのステージに分類した。これが面白い。
  4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
  3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
  2階:獲得した「快」を永続させる。
  1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
・幸福の1階は人間の本能的な「快」、つまり富、恋、名誉を得て、それを増やす。
・2階は獲得した富や名誉を永続させることである。 そこに時間的要素を入れ、
 いかに長続きさせること。
・3階は苦難や苦しみを経験し、これを克服することである。自己実現の要素が入る。
・4階は克服できない苦しみや悲しみの中に究極の幸福があるのだという。
 これは解かりにくい。
 さすがに、教え子達に猛反発を受けたそうだ。
1、2階の心の感動よりは、3階の苦悩や、難問を乗り越えた方が、より感動を
得られることを経験的に知っている。「感動することが幸福」だと看破している。
確かに1、2階による心の感動よりは3階の自己実現のほうがはるかに
大きな感動を得られる。苦難を乗り越えた成功体験を知った人たちは自発的
かつ前向きになる。成功の対価としてのお金はもはや副次的なものとなってくる。 
達成感が生きがいになるのである。しかし新宮教授は、その上のランクとして、
克服できない苦痛や悲しみの中に、幸福があるという。
この辺は、解るような解らないような。 三階までは、この世の幸せ。
4階は克服できない苦しみの中でこそ強まる天国の世界の願望と、その混濁した
中の幸せ。その苦しみの中で、己が融けてしまう状態が幸せということのようだ。
 何か、凄い話になってきたが、両親の創業期の苦しみを身近に見たのが、
その感じである。ロマン・ローランの「ベートヴェンの生涯」の中に、
『苦悩を通り抜けて歓喜へ』という言葉にも近いか。
 苦悩を得てこそ歓喜があるが、歓喜を予感しながら苦しみに耐えることが、
最上の幸福ということだ。それにしても、大きな棍棒で思い切り殴られたようだ。
教え子は大反発をするのも当然のこと。死ということを前提にして、この4つの
ステージはなりたっており、死という最大のストレスを迎える人生の終わりに、
最上の感動を見出すこと!という意味なのか。この問いは今後の持続的自問自答
になるほど、大きな問いである。
「克服できない苦難の中こそ、幸福がある」とは? それも最上階にあるとは?
                   (^わ^)(^か^)(^ら^)(^ん)(^!^)
・・・・・・
6294,久々のパレートの法則 〜2
2018年06月07日(木)
       『世界の自己啓発 50の名著 エッセンスを読む』
                     T・バトラー=ボートン著
   * ふりかえって、実感としてのこの法則は?
 アメリカ的合理主義といえば、実利主義と、80対20の法則、そして今では、
スティーブン・コヴィーのビジネスマンのバイブルともいえる『7つの習慣』。
中学校に入り、俗にいう「ノメシ」という参考書の存在を知り、試験前に、必死に
赤線をひいて憶えたもの。この存在を知っているかどうかで成績に左右する? 
 人生という面でライフワークを持ってきたかで、それは明らかに2割の部類に
入る。 私のそれは、秘異郷ツアー。その体験の積み重ねが、魂そのものに、
何かしら重要要素があると気付いていた。 この書を読んだ20年前に、
これは、人生の80対20法則の20に入ると…。その後の10年間で、20数回、行く
ことになった。この80の下、20を分け、「20:60:20の法則」もある。
 ネット検索で見つけたのが、更に面白い『3:10:60:27の法則』。
《 ハーバード大学が調査して実証したデータ。 人生は、
・27%の人が、何も知らず、自分からは何もせずに生きている人
・60%の人が、知っているけど、行動しない人
・10%の人は、知ったことを、出来るようにした成功者
・そして3%の人は、無意識に出来てしまう大成功者です。
この27%と60%を足した87%の人達がサービスを受ける側の人、
13%の成功者が提供する側の人です。もっとキツイ言い方をすれば、
87%の仕掛けられる側と13%の仕掛ける側に分かれています。
 ―
 ここには明らかにマインドの差がありました。
・27%の『知らない何もしない』人のマインドは、人をあてにしたり、運命論者
 のように、なんとなく過ごすだけ。生活保護をあてにする人も多くいました。
・60%の『知ってるけど、やらない』人ののマインドは夢や希望を持っているけど、
 そこへの道筋をしっかり定めないでいる人。変化を恐れて今に留まる人たちです。
・10%の『知ったことを、実践して、出来るようになった』人のマインドは、
 3年〜5年くらいの未来をしっかり考えられた人たちです。
・そして3%の『無意識で出来てしまう』成功者たちのマインドは
人生の目標に使命感あって、それに向かって進んでいた人たちです。
 他にもこの割合をこのように定義している人もいます。
・27%の人達は、Take & Take(常に人から価値をもらおうとする)
・60%の人達は、Take & Give(価値を与えられたら返す)
・10%の人達は、Give & Take (人に価値を与え見返りを得る)
・3%の人達は、 Give & Give (人に価値を与え続ける)
 もしくは、
27%の人 ・・・ 三流の人
60%の人 ・・・ 二流の人
10%の人 ・・・ 一流の人
3%の人 ・・・ 超一流の人
―
▼ 能力分類される、中学校最終年のメンバーの顔が思う浮かぶ。
 成るほど、各自がそのままスライドした人生を過ごしてきたようだ。 
ここで、誰もが思うのは、自分は、どの辺りだったか? 
そこで出てくる言葉、<他者と比べないこと> の言葉が出てくる。
こう考えればいい。『それぞれの持味の要素で切り込めば、それぞれ違う。
あの人は、あの分野で、私は、この分野で、秀でているだけのこと。』と。
その意味では、やはり長年かけたライフワークが必要になるが… 
 それもこれも、生きている内、3日もすれば生臭い宇宙の彼方へ…
最後は、『 ぎゃーてい ぎゃーてい はらぎゃーてい 』ですか。

・・・・・・
4465, 余命半年 −3
2013年06月07日(金)              
         「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津秀一著
   * モルヒネか、プチッか     
 父や、義兄などの末期ガンで悶絶しながら死んでいく姿を垣間見ると、
プチッ(安楽死)と早々に最期を向かいたいと思うのは、私だけでないだろう。
ガンが進行するにつれ、その痛みが強くなり、それにつれモルヒネも強くする
しかない。中毒の心配など、先のない末期患者には関係ない。
著者は、進行度に合わせてモルヒネを調整すれば、問題はないという。
ガン患者の7割が痛みを訴え、その半分がモルヒネでないと痛みが取れない。
一般的にモルヒネを使うと、死期を早めるが、専門医が適切に使えば苦痛を
減らせる。死因はあくまでガンの進行。傍からみれば、モルヒネが死期を早めて
いる、と思われるが、ガンの進行に合わ強くしているための誤解。
末期患者は3年、5年先まで生きるわけでない。 ここで知ったのが、
「鎮痛補助剤」。坑うつ剤、坑痙攣剤、坑不整脈薬など、本来の効果とは
別に、痛みが伝播する回路に働いて痛みを緩和する。で、プチッ=安楽死? 
これは現在の日本では禁止されている。ただし死ぬ前から、その意思表示をして
おけば、医師は、それを元にモルヒネなどの加減で、延命をしない判断も出来る。
 現在、日本人の二人に一人がガンになり、三人に一人がガンで死んでいく。
何らかのカタチで、余命を言い渡されるか、自分で悟ることになる。その時から
死ぬまでの数ヶ月間は、生存への渇望と肉体と精神の苦痛の中で、独り悶絶する。
生きることは大変だが、死ぬのも大仕事である。 父も最期の最期は、モルヒネ
を大量に投与をして亡くなっていった。「苦しみを最小にするに、それはそれで
良い」と著者もいう。ある映画の一場面に、ガンになって入院してきた男に、
古手のガン患者が、こっそり、のた打ち回る患者を数人掛りで押さえ縛りつけて
いる現場に案内、隠れ見る場面があった。義兄のガン末期の似たような場面を
聞いた。父が亡くなる数日前、病院の一室で、頭を掻き毟っている姿もみた。
三人に一人は、このような状態で亡くなっていくのが現実。元気なうち、出来る
うちにすべきことを成すべき。アル中や薬中には、モルヒネは普通の人の数分の
一しか効かない。 酒の絶対量を飲んできた私も、その報いが出る可能性が高い。
「プチッ!」とは、どうも逝けそうもない。モルヒネで恍惚状態も悪くないが。
高校の同級会のメンバーと、中学の男の同級生の四分の一が既に亡くなった。
生きている限り「他人は先、我は後」だが。

・・・・・・・
5197,歩くことが人間の特徴
2015年06月07日(日)
  養老孟司の対談の中で、「人間の身体は、走るでなく、立っているでなく、
歩くに都合の良いように出来ている」という。考えるとき、独り黙想をしながら
歩くのが良いというのも、歩いている方が自然体のためである。
              ★ 養老孟司対談より
≪ 養老:例えば、歩くのは人間の特徴です。速く走るのは苦手だけれど、長距離
 を歩くのは動物の中で一番得意なのです。そういうことは殆ど教えられません。
 人間は、単に転ばないように重心を移しながらバランスだけで歩いている。
 四つ足の動物は自分の力で体重をまともに移動させなければならないのです。
田部井:人間は走ることではなく歩くのに向いている。そう痛感しながら、
  山を登っているのです。
養老:だから、アフリカで発生して、南米まで行けたのです。あれは歩いて
  行ったに違いない。アジアを通り北米を経てアメリカ大陸の南の果てまで。
田部井:ひづめを持っている動物は走るのに適していると思いますけれど、
  人間の足は歩くためにあって、歩くから身体のいろいろなところが働く
  のだなと思います。
養老:後足に頭が乗っているのはほとんど人間だけですからね。馬とかキリン
  とか、みんな前足に頭が乗っているでしょう。だから、前足がコケると
  頭がコケる。人間の場合、手がいくらコケても頭は平気です。 だから、
  そのぶん手が余った。その手は昔から頭と関係が深いわけで、それは脳
  からすれば大革命なのです。見えている風景が全然達うでしょう。 ≫
▼ 青年期には、読書や、旅行先で、様々な感動があリ、その都度、大きく
 変わっていった。逆に、挫折も大きな変化をもたらした。20歳前後から、
一日、2〜5時間の読書時間を持ってきたが、魂を揺するほどの感動というと、
どれほどあっただろう? 秘境ツアーでも、何度も、その経験をした。
その都度、小さな硬い殻が壊れていき、何かから自由になっていた。
   〜次の言葉も、含蓄がある。
『現実は人それぞれ。あなたの行動に影響するものが、あなたの現実です。 
 知識が増えても、行動に変化する影響がなければ、それは現実にはならない。
「授業を聞いて何か知っても、それによって自分が変わらなければ勉強した
 ことにはならない」・・』 
『知ることは自分が変わること。がんを告知されて、あと半年の命と思ったら、
 同じ桜でも違って見える』


7023,閑話小題 〜ちなみに

2020年06月06日(土)

   * 毎日、書き続ける効用とは
 何なりとテーマを決めて文章を組みたてるのも面白いが、テーマを決める
までにエネルギーを要する。一度決まれば、後は具材を集め煮詰めればよい。 
夕食をカレーライスと決めれば、カレーのルーとジャガイモ、玉ねぎ、人参、
豚肉をキザミ、煮込めばよい。逆に冷蔵庫の有り合わせからテーマを考える
方法がある。またカレーをつくっている途中から、豚肉から牛肉に切替えて
牛肉のハヤシライスに変更する場合もある。内側に新鮮な材料が無いと美味
しい料理は作れない。何度も書き加えて手直しをすればするほど、シンプル
になる。読み手には、そこが見えないため軽く読み過ごすが、書き続けると、
書き手の、その辺が見えてくる。そのテーマが浮かばないことが屡々ある。
しかし不思議なことに、その方が、結果として良いテーマが浮び上る。
 お気づきでしょうが… これと同じ文章を何度も書いている。自然とそう
なるから、これはこれで。

 ――
   * 久々のシネマ
 この新型コロナ騒ぎで、映画館が閉鎖をされていた。さっそく、昨日、
いってみた。…まず額に検温されて無事入館。何時もは、ロビーに30〜40人が
屯しているが、10人位しか見当たらない。この数十年は検温したことがないし、
一度、戻って「何度ですか?」と聞くと、「36度」と、意外と低いのに驚く。
映画は、「幸福の科学」の宣伝映画の<「心霊喫茶「エクストラ」の秘密>。
検索すると、評価は芳しくない。たまには、隆法様のご高説もと、決定。
評価、そのまま。 それでも、何やら魂のあり方に反省させられた。
けっこう魂レベルに強い悪魔に占拠されているような… 30年来の秘・異郷
ツアーで、毒消し(デドックス)が出来てないためですか。やはり迷ったら、
ハリウッド映画ですか。教団維持のための映画製作だろうが… 素直で
あればこそ、人間は成長可能! 天国、地獄の可視化が隠れテーマか。
 
・・・・・・
6656,閑話小題 〜映画観賞  ー『幸せの絵の具』
2019年06月06日(木)
   * 『幸せの絵の具』
 何気なくブルーレイで録画を映画を寝室でみた。可能な限り、
一日一本は、心の底から『面白かった!』と思えるのを選択するが、
そう考えると実際あるから不思議。問題は、ある筈と信じて探すかどうか。
毎週、シネマ館通いをして10年近くなるが、大よそハリウッドものが85点平均。
邦画は80点評価。 家で見るのが、85〜90点とすると、これまた素晴らしい
日々を送っていることになる。週末に集中し見ているYouTubeでは90〜95点平均。
ということは毎日が極上の日々を過ごしていることになる。
 映画は、幼少の頃、リウマチを患い、発達障害の女性が、生きがいの
絵画の才能を開花させる実話。『基底欠落』の2人が、何とか知恵を出しながら
生きていく姿が神々しい。 そこで垣間見る絵画が、光を放っている。
最後のテロップの合間に、彼女の絵画は挟まっていたが、どれもこれもが、
息を飲む、魂の光を放っていた。 
 ところで、エンピツのブログhttp://www.enpitu.ne.jp/usr5/54909/
の読者の皆様、今回、その絵画がhttps://horii888888.hatenablog.com/
が掲載してあるので、ご覧ください! 
 
  〜内容説明より〜
≪ カナダ東部の田舎町で叔母と暮らし、絵を描くことが生きがいのモード
(サリー・ホーキンス)は、魚の行商をしているエベレットの家で住み込みの
家政婦として働き始める。 幼少期にリウマチを患い身内に冷たくされてきた
モードと、養護施設で育ったエベレットは互いを認め合い、やがて夫婦になる。
 ある日、モードの絵の才能を見いだす女性が現われ……。     
実在の女性画家、モード・ルイスの自伝的作品。
身体に障害のあるモードとはみだしもののエベレットが小屋みたいな小さな家で、
ケンカしながらも肩を寄り添って生きているなかで、モードが書く絵が注目されて
いくけれど、ふたりの生活はちっともかわらず…
 生きるのに不器用なふたりが、それぞれのなかの輝きをしっかりうけとめて、
生きて行く。 サリー・ホーキンスとイーサン・ホークの(熱演を感じさせない)
温かな演技に引き込まれる「映画ファン」を唸らせる作品。≫
 ―
▼ 人生は、それぞれのハンディを抱えて、よろめきながら生きていくもの。
 問題は、それに気づいているか否か。気付いていれば、俗にいう『世間』から
距離を保つことが可能になる。 『ビッグ・アイ』という映画を彷彿させる内容。
何れの夫婦も、それぞれハンデを抱え不器用に生きている。
人生は、煮え立つ油の大釜の上で一つ間違えると、転落する淵にある。だから
面白いと言い切れない危うさがある。 ところで、その直前に見たのが、
 『ワンダフルライフ』。
<あなたの人生の中から、大切な思い出をひとつだけ選んで下さい。>
(1999年。監督・脚本・編集:是枝裕和)。これも考えさせられた。
次回に… 
  
 〜 ところで、何だかんだと、面白いのを見てきた! 〜
脈絡として、去年、一昨年、3年前、4年前の『基底欠落』の同月同日に
丁度良く、続くから不思議!

・・・・・・
6293,閑話小題 〜シネマ観賞 ―『のみとり侍』
2018年06月06日(水)
   * バカ殿が、何と長岡藩主の…!
 先日 「のみとり侍」を見てきたが、何と長岡藩の江戸屋敷の侍の…
愚鈍の殿様に嫌われた情けない下級武士の話。話題の映画の割には地元と話題に
ならなかったのは、プライド高き長岡モノゆえに…。これでは長岡藩の名折れ。
春を囲った「のみとり侍」が、田沼意次の囲い女と懇意となり、田沼から、
<「のみとり侍」にされたのは、藩内不正調査をを良しとしない藩主が主人公を
陥れるため、仕組まれた陰謀>と知らされる。 田沼は賄賂政治の諸悪の根源の
イメージが定着しているが… 最近は再評価されているようだ。
【ストーリー】
越後長岡藩藩士の小林寛之進(阿部寛)は藩主の気分を害してしまい、表向きは
猫ののみとりを商売にしつつ、実態は床で女性の相手をする裏稼業「のみとり」
を命じられる。長屋で暮らす人々の助けを借りながら新たな生活を始めて、間も
なく出会ったおみね(寺島しのぶ)が、最初の「のみとり」の相手となる。
亡き妻にそっくりな彼女にときめく寛之進だったが「下手くそ!」とののしられ、
伊達男の清兵衛から女の喜ばせ方を学んで腕を磨いていく。
―
▼ 観客50〜60人の半分は高齢者だったが、長岡藩江戸屋敷が舞台と知った
 瞬間、館内がどよめいた。そういう私も驚いた。 現実離れした江戸時代の
風情が何とも良い。

   * YouTubeに再び ―ブラックYouTubeの楽しみ
 一昨年暮れに、寝室に大型TVを入替えた時に、嵌ったのだYouTube。ところが
今年に入ってからは、全く見ることがなかったが、先月末から再び見ている。
録画3百本の録り溜の存在は大きい。その中で最も面白そうなのを選ぶ。
その上に、連日、Wowowで面白い映画放映されるため、YouTubeなどのネット
配信の映像を見る時間がない。
 TVだったら、カットされる残酷シーンものが、YouTubeでは検閲なくみれる。 
中南米の何処かの国の祭りの余興で、闘牛を街中に放ち、街の通りで牛を揶揄う。
身体を盾にした死をかけた遊び。以前からあったが、今では撮影機能が年々と
アップしたため、迫力がアップ。傘や、布きれ一枚で、突進してくる牛をかわす。
それが滑って転んで、牛にグチャグチャにされたのが、そのまま、放映される。
当地のTV番組だろうが、ボコボコにされた場面を、次々と出し、スタジオ全員
で笑い飛ばすのもあった。 
 酷いのが、ムササビスーツを着て、断崖を飛び降りる失敗したケースだけを
編集したものや、インド象が街中で暴れて次々と、群衆を襲う生生しいのとか。
生きたまま、ライオンに食べられていく水牛とか… 
ホワイトYouTube?では、スイスアルプスの山頂から、ドローンで山々を背景に
自らを撮影したものとか、ドローンのスピードレースの映像とか、巨大波の
サーフィンとか… これらも、あと1〜2週で飽きるのだろうが。いい歳を
して何をしているかだが、面白さの感受性は年齢に関係ないこと。
 静かにクラシックも良いのだろうが、これまた実に面白い!

・・・・・・
5926,閑話小題 〜居間のTVが寿命に
2017年06月06日(火)
   * 居間のTVが寿命に
 去年暮れに7年以上使った寝室のTVを入れ替えた。4Kのアンドロイド機能の
ついたものだが、異次元の世界に迷い込んだと錯覚をするほどで、評価は100点。
 ソニーのTV画面、最高の出来というだけはある。
居間は旧来のもので、それぞれ3〜4時間は見ているが、新しいTVと旧式の画面が、
覚醒前と覚醒後の精神世界の違いは、かくありと、その都度、考えてしまう。
 まだ発売されてないが、8KTVとなると、如何なるものか。寝室の旧式TVは
7年以上使ったが、2年前にブルーレイビデオを購入したと同時に、WoWoW
の複数契約をして、映画・ドラマ、ドキュメントなど300本を限度一杯の録り
溜をしてきた。面白そうな順にみているが、自分がセレクトした内容もあって、
どれも面白い。これにYouTubeの映像を見ると、一般放送を寝室で見ること
は、ほぼない。アンドロイド機能で、Amazon、蔦屋、グーグルなどの、
レンタル映像は、ネット経由。ということは、既存の電波の経由は、あまり
見ないことになる。既存放映の受動選択が、ネット経由の能動選択に様変わり
ということになる。それにしても、半年前までは想像もできなかった、驚き
の日々である。
 〜5ヶ月前に、書いてあった内容より〜
≪ 閑話小題 〜シェルター内事情 2017/01/05
   * 居間から寝室へ重点移動
★ 一昨年の11月に寝室のTVにWoWoWの二台目契約をした上で、ブルーレイ
 を入れて13ヶ月、経過した。 居間では外界の音が入ってくるが、寝室は、
ほぼ無音状態。この間の録画数が300本を超え、限界状況の表示が出てきた。
今では録画する都度、優先的に何かを見るか、消しているが、これは、
『録りだめしても、二度と見ないのでは?』の対策がある。映画に飽きた気分
転換に、小まめに録画一覧を見て、頭部分だけを見るのもよい。
 習慣的に見ていると、これ自体が面白くなる。 また再び続きから見るのも、
連続ものを見るようで抵抗がなくなる。 面白いものは、何があれ面白い。
★ 年末年始の一週間、面白い番組が目白押しのためベッドにクギ付け状態。
 それに飽きると、廊下を挟んだ仏間の一角のパソコン前に移動するか、居間
まで出張をし、お茶を飲む生活。その寝正月も、昨日からはスポーツジム通い
が始まり、TV漬け生活も終わった。といっても、図書館と、スーパーの酒と、
ツマミの買出し、が加わるだけだが。 6年続けてきた、週一のシネマ通いは、
今年から減らす予定。ベッドで映画を連日見れば、二週に一度で充分?だが、
実際はどうなるか。『こんな生活、飽きない?』という声が聞こえてきそうだが、
そうでもないから困ったもの。雪国の冬場は「晴耕雨(雪)読」で、シェルター
に閉じ籠りを楽しむしかない。
<50歳代の還暦までの10年間に、30年分を圧縮して生きる>が、実際に、
そこまで出来たかどうかは別としても、この年齢になると、気持ちを穏やかに
させてくれる。老いの愚痴、怒りは、世間的制約で、出来なかったこと、実践
できなかった、不燃焼が起因している。で、攻撃は、弱者や、社会そのものに
向かう。次々と立ちあらわれるフラッシュに、独りごとを呟く自分がいる。≫
―
▼ そうこうみると、高齢者の7割が自宅引き籠り、そのままになる。人間は、
 直ぐに適応する。日々が新鮮で、かつ面白ければ、これで良いじゃないかと。
居間のTV、何か相性が良くて、いや、良すぎて、家内と時間配分をして、一日、
10時間?は見ていた。7年余りでガタがくるのは当然。で、私は、おバカに。
今更だが。 で、居間のTVは? 可能な限り持たせて、次世代の到来を待つ?
脳の奥から、『黄昏に、TVや、こんなのを書いてないで、古典などをジックリ
と読み込んだら!』の声。

・・・・・・
5561,フーテンの寅の、本質と家族の幸せとは 〜��
2016年06月06日(月)
 「基底欠損」を、ネット検索すると
≪ ■概要
 基底欠損とはBasicFaultの日本語訳で、「基本的信頼感の欠如」を意味する。
基本的信頼感とは人間の根源的な信頼関係であり、お母さんと赤ちゃんのような
何物にも代えがたい関係を言います。この基本的信頼感がしっかり形成されて
いますと、精神的にも情緒的にも安定した状態でいられます。
 基底欠損はこの基本的信頼感がうまく形成できていない状態で、そのせいで、
世の中や他者に対して信頼をおくことが難しい状態をいう。言い換えれば、
世の中や他者に自分の身を預けて安心することがなかなかできません。
 パーソナリティ障害では、情緒不安定パーソナリティや境界性人格障害など、
この基底欠損がみられる。≫ とあった。 
――
名越が山田洋次との対話で、「寅さんのように幼少期に愛されずに育ったため、
恋愛などで相手と関係を構築できなくなることを基底欠損という」と述べ、
山田監督に、「もし僕が寅さんに『基底欠損ですよ』って言ったら、
『てめえさしずめインテリだな!』って返されますかね」と聞いたところ、
山田は「いや、『俺は基底欠損ってんだそうだ』って、自慢するんだろうね。」
と答えていた。 名越の一映画ファン兼心理学者のマドンナ=女優評も面白い。
・吉永小百合「謙虚で清純で、優しくて気高い、でもどこまでも頑固で
 人から影響を受けない性質」
・竹下景子「かわいらしいけれどもどこか野暮ったく、知的だけれども控えめな
 『ザ・日本女性』」
・都はるみ「芸を売って生きる女の悲哀、色気、さすらう人生が匂ってくる」
マドンナ・リリー役を演じた浅丘ルリ子については、ない。
▼ さしずめ私は「基底肥大」と前回書いたが、基底欠損と、基底肥大が入り
乱れた歪な性格になる。親の愛情こそ必要なのが人間。その絶対量が、その人
の人生を決めることになる。 何故か、長女のA型の女性に引かれるのは、
優しさと、芯の強さを母親代わりに求めるためか。「この人の、基底欠損、
基底肥大は何か?」と知るだけで、その人となりを知ることができる。
 ところで、日本の基底欠損、基底肥大は何かを、今度、考えてみる。

・・・・・・
5196,閑話小題 〜ギリシャが?
2015年06月06日(土)
   * ギリシャがユーロから離脱?
 ギリシャ危機が再燃している。TVで、現地経済の実態をレポートしていたが、
かなり深刻のようだ。厳しすぎる財政再建を批判し当選したチプラス首相は、
欧州連合(EU)の財政再建路線と衝突し、このまま対立が続けば、ギリシャは
財政破綻とユーロ離脱に追い込まれるのではないかと見られる。
  ーネット検索で、最新レポートをみつけたー
≪ なんでも賭けの対象としてしまうロンドンのブックメーカーでは、
 ギリシャがユーロに残って財政再建を果たすのか、それともユーロ離脱をする
のかの賭けが成立しなくなったという。ギリシャがユーロにとどまることに
賭ける人が殆どいないからだ。ギリシャが現在の路線を強行し、欧州諸国が
それに妥協しないかぎり、ギリシャは財政破綻になり、ユーロ離脱になる。
 2012年の危機の時には、こうした破綻シナリオは回避された。ギリシャの
当時の政府が、現在のチプラス政権よりは厳しい財政再建を受け入れる姿勢を
示したことがある。 こちらの方が重要かもしれないが、2012年の時点では
ギリシャが財政破綻・ユーロ離脱になれば、それがスペインやポルトガルなどの
国に波及する危険が大きかったからだ。もしそのようなことが起きれば、ユーロ
の仕組みそのものが維持できなくなるかもしれない。その場合には、ドイツや
フランスなど健全財政の国だけで、以前より縮小したユーロの制度を再度構築
すべきであるというような議論さえ出ていた。 では今回はどうだろうか。
今回は2012年とは状況がだいぶ違うと言う人も多い。スペインやポルトガルなど
で、財政再建がだいぶ進んできたからだ。ギリシャ国内では何が起きたのだろう。
財政再建するため、歳入を増やすことと歳出を削ることの両方をしなくては
いけない。歳入増は増税しかない。消費税などの税率を引き上げ、また税金徴収
もこれまで以上に厳しく行う。ギリシャでは節税や脱税に近い行為が横行して
いたと言われるが、こうしたところにもメスを入れざるをえない。増税も国民
には厳しいものだっただろうが、歳出削減はより国民の生活を直撃した。
年金が削られ支給開始年齢が引き上げられる。公務員が大幅に解雇され、
医療や介護や教育などの予算も大幅にカットされる。これまで当たり前のように
考えられていた公共サービスが受けられなくなるのだ。 財政再建は重要だが、
それをあまりに拙速に行おうとすれば景気が失速してしまう。景気失速は税収の
縮小にもつながりかねないので、一時的には財政再建の負荷はさらに重くなる。
ギリシャのデフォルトを回避するために、救済団(トロイカ=EU、ECB、
IMF)とギリシャ政府で、瀬戸際交渉が続いている。6月5日、12日、
16日、19日とIMFへの返済が続くため、切迫感が強まってきた。更に、
スペインの選挙で反緊縮を掲げる党が躍進したことで、南欧諸国への「政治的」
伝染が危惧される。ギリシャ政権はドイツに対して第2世界大戦時のドイツ
ナチス占領に対する賠償金として36兆円を請求する暴挙に打って出た
(不思議なことにこの金額はギリシャがこれまでEUやIMFから受けた支援額に近い
数字であり、この賠償金でこれまでの支援をチャラと目論んでいることが明白)≫
▼ ネット(録画)のレポートで、教会が市民に救いの手を差し出している姿を
 映し出していた。【4月下旬、アテネ市内カリフェア地区にある聖ニコラス教会
を訪れた。教会には、貧しい人たちに温かい食事を提供する「スープ・キッチン」
がある。午前中に訪れると、教会の裏手にあるプレハブ小屋から、いいにおいが
漂ってきた。ガス台には大鍋がいくつも並び、大型オーブンにも焼たて料理が
用意されている。この日のメインはローストチキンで、パスタやチーズ、パン
など添えられていた。イリニ・スピリダクさん(82)は、数年前に夫が亡く
なってから、月337ユーロ(約4万6000円)の年金で1人で暮らしている。
「教会のおかげでなんとか生きている。電話、暖房代、電気代も払えない。
ああ、早く死にたい」と嘆いた。 ナディアさん(45)は、病院で清掃員
として働いていたが、5年前に債務危機が深刻化した際に失業した。
建設作業員の夫も職がなく、教会から食料をもらうことで家族4人がなんとか
生活している。「チプラス政権が何かするのを待っている。子どものために
いい方向に向かってほしい。」】・・と。 いずれ、デフォルトがある!
 〜また、偶然だが、6年前にギリシャ問題について書いていた。


7022,閑話小題 〜まさか自宅を失うとは…

2020年06月05日(金)

   * ドラマのような日々…
 コロナ感染の間接的被害者の話を聞くたびに、9年前当時の記憶が鮮明に甦る。
リーマンショック+3・11東北大震災のブラックスパンで、会社清算に…
「まさか自分に直撃するとは」に。 その中で、【一昨夜の22:00-22:30 
NHK総合:クローズアップ現代+「まさか家を失うとは…】に見入ってしまった。
2001年の9・11テロより7年間、続いていた傾きの最後のトドメ!
それでも準備期間があったが、今度は瞬間冷凍のように、世界中が凍りついた。
とにかく密集するな!である。これでは、繁華街で働く従事者にとって、死ね!
と言っていることになる。それも、ジワジワと忍び寄るように。恐ろしい限り。
2〜3割減なら、まだしも。7〜8割減なら、まず心が折れる。今さら転業も至難。

  〜番組:説明〜
< ◆ コロナで収入激減!生活の危機」。
   コロナで収入激減・住居も喪失!
マイホームの売却考える家族・家賃滞納が続きアパートから立退きを迫られる
50代夫婦・雇い止めと同時に社員寮からの退去を余儀なくされた30代の男性…
生活の基盤である住まいの喪失は命の危機に
“普通の暮らし”を取り戻せるか? 国や自治体の支援制度▽住宅確保給付金・
緊急小口制度・生活保護…既存制度の限界と新たな支援の模索等々。 >
 ―
▼ リーマンショック時に、行き場を失ったホームレスが都内の公園に屯を
 して社会問題になった。今回は、その予備軍の人たちのレポート。ある日、
突然に解雇をされ、駅前で一夜を過ごす。財布の中は小銭のみ。ことが生じて
浅いため、その行く末を考えることさえ出来ない裾野の人たち。当事者の
事業主の手持ちの限界も、せいぜい半年から一年。 経験すればこそ、全国から
街中から悲鳴が聞えてくるような… 非日常が、日常に様かわりする。医院も、
病院、工場も、例外なく様変わる。結果的にみると、9年前に事業清算の先とり
していたことになる。第一次+第二次世界戦争以来の、世界規模の大惨事が
発生してしまった。アメリカで白人警官が黒人を絞め殺してしまった暴動。
これ幸いに、ストレス爆発で全国で暴動が… 最悪の大統領には、最悪の
事態が忍び寄る。 
 …開幕延長の上に、巨人の看板選手の感染が露呈した。一年間は開催の
中止が通り相場。その決断は、現状では無理。何が起きているか、この国民は
全く?気づいていない。 …経済より国民の生命を優先するのは当然としても、
あのイタリアが、都市閉鎖をしたのである。とすると何処かの大統領が、戦争
を仕掛ける可能性も出てきた。人間、権力を持つと、力の絶大化をしたくなる。
 免疫学の大御所の学者が宣っていた。「私も年初の頃には、新型コロナ、全く
過小評価しかしてなかった。せいぜい、ゴールデンウィークまでだろうと…
まさか、パンデミックになろうとは…」 学者からして、これならば、政治家が
間違うのは仕方がない。そう言っておけば、オリンピック開催の微妙な時節に
権力者が喜ぶに決まっている。この学者も、「そう言えと…」と邪推したくなる。

・・・・・・
6655,読書日記 〜『遅刻してくれて、ありがとう・上巻』 −2
2019年06月05日(水)
  * とにかく変化が激し過ぎる
 最近、著しく変わったのが「高賃金で中スキル」の仕事が、少なくなったこと。
フランスまで修行をして帰国しても、料理としては、スーパーのパックした冷凍食
の方が安くて美味しい場面に出くわす。冷凍技術の進化の成せる業。 それが、
あらゆる分野でみられ、中途半端なプロを必要としなくなった。超一流シェフの
料理(製品)を、標準化し、特殊加工し、大量に安価で提供可能になったのである。
グローバル化とテクノロジーがレベルラインを格段に上げたのである。 AI化が、
更に、それを推し進め、「曖昧なプロ」を必要としなくなったのである。効率的に
考え続ける特殊な能力が必要になったのである。とにかく、10年で100倍、20年で
一万倍の情報量の増加である。当然、それは質に変化する。その結果、人間の能力
が、それに供わなくなる。その結果、スペシャリストが、スペシャリストでなくなり、
半端なジェネラリストに格落ちしてしまう。『遅刻してかまわない、改革を考える
ことが必要』ということ。 とにかく変化が激し過ぎる! 激変に心せよ!
  
  〜商品説明から〜
≪ 本書は史上もっとも変化が激しい加速の時代、それらの変化と、どう向き合い、
受け入れ、繁栄していくかの著者の考えを記している。本書の表現をそのまま借り
れば、「端的にいえば、本書は現在の世界についての膨大な1本のコラムである。」
となる。あまりの膨大の情報と、時代の変化に、如何立ち向かうかのヒントが多く
盛り込まれている。時代の変化にしり込みすることなく、真正面から直視するしか
ない。人生の節目では、ただ茫然とし、途方に暮れている時にこそ、チャンスが顔
を現してきた。順調な時には、有り得ない因縁と出会っていた。考えるからである。
モラトリアムという言葉がある。本来は「支払い猶予期間」の意が転じて、社会的
責任を一時的に免除あるいは猶予されている青年期をさす。 この言葉を初めて
心理学的に使ったのがフロイトで、その後、現在の解釈と近い意味で用いたのが
精神分析学者のエリクソン。≫
―
▼ 節目を打て!とは、そこにエネルギーを集中し、変化することをいう。
時代の変化が激しい過ぎる中で、熟考こそが必要。ムーアの法則が、そのまま
続いていく中で、置かれた立場で、イノベーションを続けるしかない。
リタイアをしたからこそ、見えてくることが、あまりに多い。
 この意表を突くこのタイトルは、著者が遅刻した相手を待つ間、熟考する
ことができた経験から来ている。 底の部分を引用すると…
<あるとき、相手の遅刻がちっとも気にならないことに、ふと気づいて私はいった。
「いや、やめてくれ、謝らないでほしい。 それどころか、遅刻してくれて、
ありがとう」なぜなら、あなたが遅れてきたおかげで、自分のための時間をつくる
ことができたからだと、私は説明した。じっと考える時間が“見つかった”>
 最近、ますます実感しているのが、『下手なハッピー・エンドでなくて有難い』
と思う日々。これが21世紀で、世界がフラット化し、それがプラスにもマイナスに、
直接私たちに迫ってくる。ネット化が、それを促進させている。兎にも角にも、
日々が面白い! この十数年、いや、2007年から起きたテクノロジーの大加速。
これが現在進行形で続いている現実。それが奥座敷で、それを気軽に味わえる… 
 『閑居』の環境なればこそである。塀に囲まれた一本の木を門の前から見る木が
『閑居』になる。スマ―フォン、タブレットそのものが、『閑』? その木は、
地球全土の脳に繋がっている。面白く、底知れぬ世界なればこそ、魅かれる。

・・・・・・
6292,久々のパレートの法則
2018年06月05日(火)
      『世界の自己啓発 50の名著 エッセンスを読む』
                     T・バトラー=ボートン著
   * 80対20の法則ですか
 20年前に読んだ本。現在、読返して、なかなか面白い。それが要約本に
あったが、当然、私の要約より遥かに切口が新鮮で、面白く、解りやすい。

≪ ・効果の8割は努力全体の2割から得られるという紹介する法則は、いま
 一つピンとこないが、売上のほとんどは、全品目の2割から上がる。とか、
カーペットの摩耗は、殆どが、全体の2割に集中する。
 個々の数字は少々違うかもしれないが、世の中の動きが基本的に教えよう
としているのは、基本的に不均衡ということ。
・法則が示す結果は、知らないものには、魔法のように見えるだろう。
それは「最小の法則」と言われ元もとあったことだが…
  
  ―50対50の信念 vs 80対20の法則―
普通の知識で考えれば、費やされた努力と、得られる結果は、5分5分だが、
時代の進化は、これだけでは通用しない。簡単にでき、しかも好きなことを
すべきである。そうすれば、他人よりずっと有利になり、その分野の頂点に
たてる。80対20の法則で動いている世界は、この活用をしたものが、遥かに
大きな成果が期待できる。
  
  ―時間革命―
私たちが価値あると思うもののほとんどは、費やした時間のごく一部から
得られる。大いに効率を高め、より幸福になり、より稼ごうと思ったら、
その「ごく一部」を10,20と言わす最大限に増やさなければならない。
私たちの社会は時間に対する評価が、あまりに低いと!
 「時間管理など必要でない、必要なのは時間革命だ」
コッチは、「ほとんどの人は、的外れなことを、一生懸命やりすぎている」
という。大事な時間を、非合理的に湯水のごとく使っている。
  
  ―よく知ってることなら怠けても大丈夫―
たえず何かをして奮闘しているのに、結局、何もしていないのである。
コッチは、ドイツ将校のマトリックスを紹介し、「最高の将軍とは、ミスが最小
で、もっとも先見の明があり、有能でありながら怠惰な傾向がある者」と定義。
スターになるために不可欠なのは、「怠ける能力を磨く」ことだと述べる。
困難なことや、難しいこと、尊敬されそうなありふれたことより、簡単に出来る
ことに集中すべきである。 驚くべきことに、資本主義では、個人が自分自身で
あるというだけで成功し、豊かになれるようになっている。自分の能力を最大限
に発揮すれば、ごく小さいながらでも極めて高い価値ある独自の分野を自ずと
築くことになる。この法則は、野心と、悠然と自信に満ちた態度の組合せである。
内省的な思考、習慣にとらわれない時間の使い方、そして「快楽主義的な哲学」
を必要とする。「はたらくほど成功する」と考える私たちの文化において、
徹底的に虐げられてきたと、コッチは考え、やっていることを愛するほど、
その道に上達する出来、他人に役にたてるからだ。
コッチは、ジョセフ・フォードのある言葉を紹介している。
<神は、宇宙を相手にサイコロをふられるが、そのサイコロは細工されている。
いかに宇宙が「予測された通りに不均衡か」を教えることで、80対20の法則が、
私たちが自ずと有利に賭けられるようにしてくれる。好きでもないことに
長じるより、自分にしかない才能を充分に発揮するというのが重要なことだ。
そうすれば、秀でるだけに留まらず、傑出した存在になることができる。≫
―
▼ 改めて45年の細やかな事業人生を振返りって、有り余った時間を面白、
 可笑しく、使い切ってきた思いが残っている。多くは、外交的で、目先の
時間に追われて、怠ける機会も少なく、周囲の目線に気遣い、一生を終える。
そのことに気づきもせずに。それも人生だが… 『今・現在、楽しいかい?』
『これまで、どうだ面白かった?』の問いに『楽しい!』と心の底から言えるか?


・・・・・・
2004/03/21
1082, 「80対20」革命 −1 (読書日記)

前著に続いて、早速この本を買ったがなかなか面白い。
この本は、ベストセラーになった「人生を変える80対20の法則」
(TBSブリタニカ、1998年)の続編である。
前著は、ABC分析やパレートの『80対20』の法則を解りやすくまとめてあり、
非常にインパクトの強い内容で、特に80に対する見直しをするキッカケになった。

この新著は更に深耕された内容といってよい。
ビジネスに特化し、「より少ない労力で富と幸せ」を獲得する方法が書いてある。
特に大きな組織から自立し、個人として成功するための方法を、具体例を多数
紹介しているのが特徴である。

もともと『80対20の法則』はパレートが発見をした法則である。
前回も書いたが、ここでおさらいをしてみる。

ーイタリアの経済学者ヴィルフレード・パレートが1897年に発見した法則で
今では社会の様々な分野で実証されている経験則である。
例えば、
「会議では20%の出席者全体の80%を決める」
「営業マンの上位20%が、利益の80%を出している」
「納税者の上位20%が税金総額の80%を負担している」
など、いろいろと当てはまるのです。

これは、自然界にも当てはまる。
例えば、働きアリの集団でも本当に一生懸命に仕事をするのは2割で、
残りの8割のアリたちは、仕事を怠けているという。
「働く2割か、怠ける8割か」が、生まれつき決まっているか、と言うと、
そうでも無い。試しに、働いている2割のアリと、怠けている8割のアリを
分けてみるとまじめに働いていた集団の8割が怠け始めるという。
反対に、怠け者のアリの集団では、2割が働き始める、というから不思議である。
人間の場合ありえないと思うが。

つまり集団をどう選んでも、やがて全員の2割が平均以上に働いて、
残り8割は怠けてしまうという結果に落ち着くのが実験結果という。

ーこれを人間に喩えると…
怠け者を全員解雇して、よく働きそうな人間ばかりを雇用し直しても、
しばらくするとやっぱり、結果は同じことになる。
どこの会社でもみられる「なんで、うちの社員は働かないんだ!」
という悩みが、無くならないことが、このことよりよくわかる。

本書にはこのパレートの法則でいうところの20%を、
自分の中に見つける方法が多く書いてある。

著者はこの本の『主人公』である“80対20人間”について、こういっている。
・「おそらく一パーセントにも満たない人々が、ほぼすべての変化をもたらしている。
 創造力豊かな個人が、これまでの物事のあり方を変えているのである。」(31P)
・「こうした80対20人間の特徴のひとつは、独自の強みを生かそうとすると
 同時に、多くの弱点をも自覚していることである。
 80対20人間はその弱点を補うため他の個人を必要とする
 −80対20人間が能力を発揮できるのは、周りに他の人たちがいるからなのだ。」
「私が「個人」と言った場合、「個人とその小チーム」の意味であるということを
 覚えておいてほしい。」 (38P)
                        つづく
・・・・・・
2004/03/22
1083, 「80対20」革命 −2(読書日記)

この本は、簡単に言えば、いま「創造的な個人を中心とした新しい経済」
が出現しつつあり、つまり、個性を発揮して新しく有益なものを作りだす
『80対20人間』こそが次の時代の担い手であり、その一人になりたい人には、
どんなビジネスが可能か、そのための方法があるかを説いている。・・・

特徴的なのは、
「何かを創造したいなら、まず自分の20�佑離好僖ぅ�(強み)を見つけ、
伸ばさなければならない。新しいビジネスをつくりたいなら、ビジネスについて
考えることからはじめてはならない。自分自身について考えることから始める
べきである」
個人の中にある20�佑離好僖ぅ�(強み)に対して忠実であるべきである。
この並外れたスパイクを自分で見つけ、強力に育て上げなくてはならない。
そして「取るに足りない多数」を外に外注に出し、エネルギーを
「きわめて重要な少数」の20�佑肪蹐阿海箸世伴臘イ靴討い襦�

20�佑凌諭垢寮源裟�は80�佑凌諭垢裡看椶任呂覆ぁ�何とその二乗の
16倍なのである。

・農業革命(10000〜7000BC)ー>
 産業革命(1750〜1850)ー>
 経営者革命(1900〜1950)ー>
 80対20革命(1980〜2020)
 へとニューエコノミーの時代は移行している。
・時代背景という面でみると、
 農業経済ー>市場資本主義ー>経営資本主義ー>個人主義
 へと変化している。
 
 ほとんどの企業が主要な個人を中心に回る時代がやってくるだろう。
 個人のスパイクこそが重要な資源に取って代わるのだ。
 個人主義が資本主義に取って代わるのだ。
 
  −−−−
 以上は私が主観を込めて、まとめてみたものだが、
 優秀な個人が世の中を支配する時代になってくるのか?
 下手をすると、違ったカタチの独裁の時代になるのか?
 結局は動物社会と同じところに行き着くということか?
(一番優秀な個しか生き残れないのでは?)
 
 等、考えさせられることが多い本であった。
 それもグローバルという単位であるから、企業も個人も激しい競争に
 直に巻き込まれる時代になったのだ。


7021,閑話小題 〜如何しようもない

2020年06月04日(木)


   * 特に飲食業の厳しさ
 この新型コロナ菌で問題なのが、サービス業・物販業、旅行業など一般社会
と密接した業種ということ。それも一般大衆のキリからピンまでが含まれた…
上野、新橋の居酒屋から、銀座の高級クラブまで万遍ない業種にわたること。
それもあり、駄目だったら、水平に垂直に移動すれば何とかなるという軽業的
な瞬間移動が困難になること。住宅、車、旅行、飲食業など全てが関係するため、
ニッチもサッチも行かない。 特上相手に絞った高級クラブにも、細菌は相手を
選ばず平等に訪れる。‘志村けん’が、良い事例だ。
 私の9年前には、「まさか会社を失うとは」を実際に経験したため、今回の、
100年に一度の地球の地軸が逆転したような、この地球規模のパンデミックの
強力な断層に、老婆心が働く。 3密のクラスターが、パンデミックの主戦場。
そこを徹底的に叩く戦術は日本的戦術になる。水商売は、如何に3密状態を創作、
早期にイニシャルコストを回収するのが最良。エンタメも然り。多くの芸人の
働き場が、失われてしまった。一発芸をYouTubeで大当てをすれば、一夜で大金が
入手可能の時代。ギャクや、自虐より、現実の方がネタになる。
 ―
▼ 何度も、ここで書いてきたが、私の場合は10年にわたっていたため、気持ちの
準備期間があった。 2001・9.11テロ。この翌日から世界は変わってしまった。
2〜3割減。そして、中越地震と柏崎・刈羽沖地震、そしてトドメが2008年と2011年
の地元の二つの大地震。 今度のこれは、僅か数ヶ月で、規模は、世界的事象。
悲観的になって当然。 地軸が真逆になると、如何なるか? 否応なく、現象に
現われ出る。辛いけど仕方がない。目先は、何とかなっても、その先のマイナスの
連鎖は、想像を絶する厳しになる! 世界中が内向きになり無口に…・ 豊かさは
半減し、合理的成ざるを得ない。問題は、価値観を変えるしかないため、自ずから
哲学的になる。人間関係は、8割減になり、数人のコミニティと、家族でコジンマリ
した生活に… そう、戦時の時代と酷似した様相になる… 現実に9年間、先行して
経験してきたので、書きだすと止まらない。

・・・・・・
6654,閑話小題 〜怒りの正体
2019年06月04日(火)
   * 古代、神々は怒り狂っていた
怒りをテーマに、これまで多く書いてきた。
先週末の朝日新聞の日曜版<Globe>の特集記事が…
【angry? 怒りの正体】であった。様々の切口が新鮮の内容。
その一つが、『古代から神々は怒り狂っていた』のテーマ… 
  〜その概要は〜
≪ 平和が続いている現在、なかなか怒れない時代になった。
 古代から神々は怒り狂っていた。
・古代からの有名な怒りとしてホメロスの叙事詩「イリアス」の冒頭で
「アキレスの怒り」を挙げる。「イリヤス」はトロイヤ戦争10年目に生じた
 怒りと、それによってもたさらせられた悲劇の作品。
・旧約聖書にも神の怒りが記されている。人間の堕落に怒った神が洪水を
 起こしてノア一家と動物たちを残して滅ぼした「ノアの方舟」がそれ。
・ローマ時代に怒りを考察したのがセネカ。皇帝をネロのブレーンとして
 支えたが、後に謀反の疑いで自害させられた。セネカは随筆「怒りについて」で、
 「怒ることは所詮無益なこと」「しばし我慢をすればよい。そら、君たちを
 同等とする死がやってくるではないか」と説いている。
・フランス革命や米独立戦争などは民族の怒りが発火点になり、社会改革
 の起動力になった。自爆テロも一種の怒りの表出だという見方がある。
・江戸時代は武士がサラリーマン化して、怒りや、暴力をふるえなくなった。
・明治時代になると、外国への民衆の怒りを利用して富国強兵にはしり、
 戦争に突入していった。
ところが、現代は「怒れない社会だと、宗教学者の島田裕己がいう。
パワハラに会えば、転職の道があり、「逃げ道はいくらでもある」
<グローバル化で、全てがつながり、個人の自由の領域が狭まった。
世界が安定を求める中、人々は抗えず飼い慣らされていく」
 一方、元仏レジスタンス闘士のステファン・エセルが2010年に発表した
冊子「怒れ! 憤れ!」は世界35ヶ国で計450万冊を売るベストセラーに。
その中で、無関心でいると「人間が人間足らしめている大切なものを失う。
その一つが、怒りであり、怒りの対象に自ら挑む意志である」と… ≫
 ―
▼ 老いは、正常な人間を異常の人間に変えていく。老いること自体が「病気」
 のためである。それを本人も周囲も全く気付かいため悲劇が起こる。
『自由、平等、博愛』という欧州が生み出した建前。これに対して、無知の
大衆は怒っている。世界のごく一部の人たちが、その富の半分を占有している
現実が世界に知られれば、それは怒って当然。古代から、神々が怒っていた
のだから、現代の人たちが怒らないでいられない。最近、シネマ館でみる
ハリウッドもの。先週末に見た『ゴジラ』も大画面の中で、怪獣同士の闘いの
中で街中を破壊尽くす。その背景音に、日本の囃子まで入っている。観客に
破壊を共有させて、怒りの蓄積を破壊と共に飛ばしてしまう。老いの最大の
敵は、老化から出てくる怒りの感情。 何とも嫌な無念な姿である。
 それらが群れると「溝だめ」になる。 

―ー――
2012/06/04
老いの見本帳ーダークサイト −8
       「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著)
  * 老いと鬱屈
 私の嫌いな言葉に「世間」がある。日本の社会は、「世間」という言葉と
視線に常に怯えて暮らしている。属している社会が固定化されているほど、
そこには難儀なものを抱えたグロテスクな世界ができている。それで一生
何も出来ないで死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 
その不快な毒を体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。
老化は、否が応でも毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。
だから、熟年になったら群れてはならない。 
 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。
≪老いることは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとで動じない」
人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり
面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするような
ことへの免疫を獲得していく過程ではないのか。 難儀なことを解決するのか、
避けるのか、無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、
とにかく次第にうろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの
喜ばしい側面ではないかとわたしは思っていたのだった。 
 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々
の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも
馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい事象は、砒素や重金属
のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。 
だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら
難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどんグロテスクになっていき、
鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・老いても
鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには事欠かない。遅かれ早かれ、
この世界のほうを、さながら迷子みたいに置き去りにしてやれるのである・・≫
▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺する
 のに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則。」
は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、その毒は
体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、体内の毒は、
ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため面白いのである。
これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染むのである。
本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと初め
から割り切って孤立していた方が良い?

――――

4674, 閑話小題 ー何だろう、この現象は  ―1
2014年01月02日(木))
  * 我ながら気持ちの悪い不思議な現象と城下町小唄 
             ー正月にインパクトの強い話を一つ!ー
 隣の新築工事の本体が済んで、家周りの庭と駐車場の土間工事に入っているが、
何故か長野県の業者が2〜3人で作業をしている。夜はビジネスホテルにでも
泊まっているのだろう。ところが書斎に居ると、親方か上司が部下を怒っている
のがまる聞こえ。それが口を極めた罵声で、聞えている私も変になりそう。
冬空の雨と霙の中で、あの罵声を浴びせつけられながらの仕事は極限だろう! 
様々な際どい場面の経験をしてきたが、冬場での、これは酷いを超え残酷に思えた。 
 2ヶ月前に、近くのSCの上新電機でデジカメを買った時のこと、これも上司
が切れて、部下に口を極めた罵声の嵐。店内のため、声を抑えている分、言葉が
鋭くなる。近くの数人の客も驚いて聞き耳を立てていた。これでは言われた方は
恨み骨髄で、殺傷沙汰があって当然と思えるほど。  
 ーとこで、最近、思わず奇妙なことに気づいた?ー
  ーその前に、私のブログ「バードウォッチ」に書いた一節のコピーから
【 最近、フト気づいたことがある。人生の節目を振返ると、心の底から怒りを
 感じた相手が高い確率で、交通事故、 人身事故、大病になっていること。
30〜40年前の節目でも気づいたが、ある人が真剣な顔で、同じことを言って
いるのを聞いて「バカくさ!」と思い、その気づきを打ち消した。 再び、
この視線で改めて考えると「何か危ない」 私は?怒りを抑えると逆に、
相手に何かが起こる? オカルトめいたが、そう考えると、次々と、色いろな
現象が思い当たる。その思い込みが、その要素を浮かび上がらせるとしても… 】
▼ 一昨年の10月になるが、旅行に出発しようと自宅を出たところ、痴呆らしき?
 80過ぎの爺さんに4〜5Mの背後につかれ罵声を200mの間、浴びせつけられた。
しかし振返ると目をそむける。で、川端で人けが無くなると、恐ろしいのか、
間隔を広げ、更に大声を張り上げているが、何を言っているか意味不明? 
数日前に旅行ケースを宅配に出すのを隣の地銀勤めの奥さんに見られ? 
その噂話を爺さんとしているタイミングに、私が玄関を出たようだ。その地銀の
借金はないが、銀行員なら蟄居の立場?で旅行など悪行そのもの?
(銀行員でなくても同じ?)しかしニャロメと続けるのがライフワーク! 
何の迷いも、引け目もないし、過去の旅行は全て同じような条件下。それでも
行くから価値がある。その後、痴呆老人が、パンクの修理先の自転車屋の主?
と思い当たった。とすると以前から狙われていた?リピーター客を狙うとは
言語道断。当人は落人狩りの地侍の心持ち?私が両手に鞄を持って大丈夫と
思ってか、自分の激怒に酔っている風。パンク修理の間の世間ネタの材料の
仕入れ?の世間様レベルの現象が全世界の人? 色分けで戦中派の「C」さん 
で、旅行の見送り?として盛大な旗振り役? 旅行先から帰って交番に届けたが
「罵声では犯罪にならない」という。その半年後の昨年春先、パンク修理のため、
本人確認も含めて店に行ったところ、本人は動転。「雪道で転んで腕を骨折して
修理は無理!」という。おあとは、次回のお楽しみ・・ それにしても、
こういう手合いの話題なら山ほどある私は何? ハ?  ーつづく

ーーーー
2014/01/03
閑話小題 ー何だろう?この現象は ー2
  * では、なぜ事故や大病になるのか? ー私も、あなたも自業自得!
 痛々しい包帯だったが「私も手伝うから」とタイヤも交換しながら本人確認。
80過ぎの好々爺の黄門様の勧善懲悪レベル!にぎやかな見送りを受けた飛行機
の中で、心の内で静かに激怒をした結果、「直ぐに病気か事故で(-人-;)!
それまでのこと」と怒りを収めた。そして正に「復讐するは我(自然)にあり」
の骨折。除雪作業中の骨折直後に、私の自転車がパンクの修理で骨折の確認とは、
奇妙な偶然の巡り合わせ。で、その半年以上も経った現在になって、これは
シンクロ二シティ?
「私の静かに充満した怒りは、対象者を重症の病気か、交通事故、転倒事故で
一生モノの深手になっている?」ことに気づいた。 そこで、次の筋書き
『まずは骨折だったが、80過ぎの年齢から、あと2〜3年で Ωチーンi~
気の毒?だが・・』が思い立つ。こういう視点でみると、この節目だけでも、
あるある! 更に40〜50年スパンでみた人生の節目なら数知れず。 
 逆の立場で「私も静かな怒りの対象になって、色いろ危ない目にあっている。
が、自分では気づかなっただけ?」とすると、これも山ほどある。
「この奇妙な現象は、その解釈、受けとめ方の一つでしかない!」が正論。
「静かな怒りで、対象を破壊する力?は、私だけでなく、エネルギーの特に
強い何割かに備わっていて、破壊された私が、ここにいる」という事にも、なる。
 『他人を恨めば穴二つ』この呪文を解くには周囲への感謝の念しかない? 
この偶然はシンクロニシティの「節目バージョン」なのだろうか? 願って
なるのでなく、本人の因果応報。アフリカの市場で、呪いグッズだけの市場が
あった。 町が沈んでいくと、こうなるのか。 仕事として自主独立の事業が
通せたのが私の人生の最大の幸運。こういう人たちと距離が置けたからである。
「当人が怒っているのは、本人自身の毒! それに、私の何かが反応した!」が、
私の解釈。私への毒が少ない?のは、それを経験と知識で最小にしているため? 
 シンクロニシティに関する知識のない人は、それに遭遇しても自覚できない。
オカルトめいているが、自転車屋の主は発病か事故で +_@)!の時期が早まると
思えば怒りが消える。 人生の節目で、思い当たる人が10数人はいる。
3年前の節目からして・・ 40年以上も事業をすれば、トラブルや怒りが山ほど
あって当然。 その対象の人たちの不幸な事故や病を因果付ければ、こんな筋書
が幾らで出来る。対象者の共通点が幾つかあるが書くのは止めた!
万人が持っている?この現象は、以前から気づいていたが、同じようなことを
聞いて、「偶然を、自分勝手の思い込み、解釈じゃないか!」と感じ取り、
その思いを打ち消した。で、今回の節目の様々な現象。来年にかけ、私の目で
非常に危ない人が4〜5名いる!といえば、どうだろう? しかし、これまでの
現象を凝視すると、それも当人の自業自得。それを都合の良い解釈、物語に
しているに過ぎない? 数ヶ月前にリメイク版の『キャリー』という映画をみた。 
苛め抜かれた少女が『超能力』で、苛めた人たちを根こそぎ破壊する物語。 
さて、この物語は、どうなる? それが、そのまま私自身へ向かう可能性もある。 
前回のオチ「こういう話題が山ほどある私は何? ハ?σ・Д・)お前バカ?」
がやはり結論! で、どうした? 正月から毒を吐き散らしただけ。
それにしても我ながら酷い思い込み、内容である!
――――

2014/01/07
閑話小題 ー何だろう?この現象は ー3
   * この現象から考えさせられたこと
 ふと気づいた仮説、静かに激怒した相手が、事故とか病気になっているケース
が多いことから、これはユングの「意味ある偶然の一致」ではないかと思い立った。
その数週間前にシネマで『キャリー』という映画も見ていた事もある。
 静かに激怒した相手が、事故とか病気になっているとすると、過去のトラブル
で多くの人が、事故や病気になっているはず? か?というと、そうでない! 
また、逆の立場のトラブルの相手が、静かな怒りのエネルギーを私に向けている
ので、私は、今頃、とうの昔に死の病か、事故で亡くなっているはず。
事業の立ち上げを幾つか経験してくれば、その分、軋轢がある。それを避けての
創業など無理。この仮説から演繹法と帰納法が具体的ケースとみると解りやすい。
演繹法は、まず仮説を立て、その証明の要素を集める。帰納法は、節目時に因縁
のあった人との軋轢で激怒した相手が、その直後から3〜4年以内に事故か
病気が生じる現象。そこから、これユングのシンクロニシティでは?と行き着く。 
これを書いていて、「バカくさ!」と思える部分と、「偶然にしては出来すぎ!」
が交互して結論は出ないが、両方とも否定ができないところがある。
 現に、自分が、ここに、生きていること自体が偶然の積み重ねの結果。 
大気圏を持った惑星が、宇宙に存在すること自体が奇跡。さらに生物が存在し、
知識を持ったサルが、ここに存在いていること自体、奇跡も奇跡。このテーマ自体
が無知蒙昧丸出しの仮説である。自分に都合の良い要素を集めて、勝手に、さも
不思議そうに思い込んでいるだけ。それも、一時的にしろ、私自身が信じていた
のだから。 人間は自分の言葉を持ち、物語をつくって生きていく動物。その思い
を書き出すことで、如何に好い加減な考えで日常を過ごしている己に気づかされる。
それでも一応、経験も知識も、積み上げてきて、これ??
おっと、それ以上は言うなよ… ったく! 
ここで気づいたことは、静かな怒りの相手を改めて見つめると、怒りだけでなく、
むしろ感謝する対象である。怒りと感謝が相まっていることに気づかされる。
夫婦の関係と同じである。だから、犬も喰わない。まあ、未熟ということ!
以前から、怒りなどマイナーの念に囚われている外に出る鍵として、
10回、目をつぶり「ありがとう」の言葉を繰り返していた。そうすると、
そこから一歩、外に出ることが出来る。感謝を間違いなく、互いに忘れている。
この結末の節目の意味を考えると・・ ひたすら、ひたすら祈るしかない!


7020,閑話小題 〜持って生まれた気性

2020年06月03日(水)

   * 人間には大方、二種類のタイプがある
 姉・兄、従兄から同僚、部下など多くの人物と邂逅してきたが、そこには
悲観主義者と楽観主義者の二種類が存在する。人生の経験を重ねる過程で、
それが補強されたり、逆に削られたりする。それらを見るには、人生の節目に
現われ出る。これは、道理としての原理原則の知識の質量によって、多きく
左右する。 幸せ系と、不幸せ系の性格もある。悲観主義者には不幸系が、
マイナスを呼び起す。楽観主義には幸福を呼び込み、何事もプラスに動く傾向
になる。判断の積み重ねのプロセスが、幸不幸が決まる。 暗い顔をして、
人の粗を探す傾向の強い人物を凝視をすると、家庭に恵まれない人、特に両親
との相性の問題が隠れている。両親と本人の適正と、徳性の問題もある。
 ―
   * 徳を身につけるには
 幸福になるには「徳」を必要としなくてはならない。政治家に必要だが、
全く見当たらないのは何故か。国家の先行きを示すには「徳」がなくては。
「得」で生きているためである。徳、いや幸福は、私たちの内に属している。
葬式でハッとさせられたことがある。初老にさしかかった長男が、その席で、
「父は人触りが良かったが、徳のない人だった!」と… 多くは、心の底で、
「私にも言い得る…?と思っている言葉では?」と。徳とは、直に身に付く
ことでなし。「経験」の積み重ねの実体験でしか把握できないのでは。
そこに計算抜きの小さな誠意の積み重ねが必要になる。その経験の積み重ねで、
自らの声に耳を傾け、日々の瞬間の中で徳が磨かれていく。「美徳」を重ねる
ことで「徳性」が身に付けば、ずっと幸せでいられるということだ。
優しさが、これである。 ギリシャの哲学者・アリストテレスは、
<「美徳」とは、知識と行動の間に存在する。やりすぎたり、間違っても
 かまわない。前進するためには、行動し、自らと向き合い、挑戦しなくては
ならない。正しく行動したいという意志を何度も表明することで、初めて、
その意志が当り前になる。アリストテレスは…
「わたしたちは絶え間なく繰り返すことでできている。優秀さとは一回だけの
行動でなく、習慣によってつくられるものだ。」と言っている。

・・・・・・
6653, 閑話小題 〜「この国は犯罪政権の手中にある」
2019年06月03日(月)
    「この国は犯罪政権の手中にある」ロッシェル・カップ

   * 現実の方が面白い!
  朝日新聞の別冊・Globeに面白い見出しがあった。
<「この国は犯罪政権の手中にある」ロッシェル・カップ>である。
 あまりに刺激的、かつシリアスである。
  要約すると、
【 マーラー特別検察官によるロシア疑惑に関する捜査報告書に関する
 報告書が出ればトランプ政権の悪夢は終わると、多くのアメリカ人は
首を長くして待っていた。トランプによる司法妨害などの司法行為が
明らかになり法の裁きを受けると期待した。バー司法長官は人をだます
ような行為でトランプを守ろうとしている。これを書いている本人は
共和党員だが、現在は反トランプだ。アメリカはヤクザに則られた
街のようだ。街なら、州や、連邦政府に助けを求められるが、連邦政府
自体が犯罪政権では、どうにもならない。だが、これが残虐な現実だ。
 トランプに問題があるのは明らかだ。マラーの調査が終わらない段階で
顧問弁護士だったコーエンに連邦政府に違反するように指示を出している。
報告書には司法妨害にあたる少なくとも6つの決定的な事案が書かれている。
それでもバーは、トランプは法の適応は受けないとまで示唆をする。
それに対しトランプは自分の裁判相手には法を武器に使う。
これ程自分の身を守るため法の支配を目に余るほど破壊した大統領が
他にいないが、状況を改善する手立てはない。トランプやバーの弾劾を
求めても、上院で多数の共和党が賛成しないだろうから、悲観だけが
残る。つまり、トランプは力を持ち続け、犯罪を犯すように勇気づけられる。
それでは国が犯罪政権に翻弄されると… 】
―
▼ かなり気が滅入る内容だが、これが現実、世界を惑わせているトランプ
とアメリカの現実である。KJB上がりのロシアのプーチンと手を組んだ犯罪者が
現に大統領としてアメリカ国民に一定の支持を受けているのだから、そして、
安倍首相に恐喝まがいの貿易交渉をしているのだから、日本も他人ごとでない。
 アメリカは、食いつめた欧州各国の白人が、現地民を虐殺して建国した国家。
白人第一主義が、その根底にある。インドのカースト制が、厳然と社会背景に
存在している。プーチン、習、金、などを相手にするなら、この程度の悪党が
丁度良いと、思いがちだが、核戦争を持ちだす可能性が大。やはり危険過ぎる。
 日本で行われるG20サミット、現在、下地で様々な交渉がおこなわれている。
さて娑婆は、如何、変わっていくのでしょうか。そしてポチの尻尾振りは、
ますます大きくするしかないのでしょうか。 時代は、「平成」から「令和」
に変わっていく。「前門の虎、後門の狼」 前門がアメリカ、後門に、中国、
朝鮮、ロシア。いくら海に囲まれているとしても、一つ間違えると、湯だった
釜の中に… 本当に危ないのは?

・・・・
6290,あいつ今何してる?  特別編
2018年06月03日(日)
    <あいつ今何してる?  2018年5月23日(水) 19:00〜20:00
      特別編 名門高校の先生の記憶に刻まれた天才&奇才卒業生は今?>
   * 鬼才の今!
 家内が録画をしたのを翌日に見たが冒頭の女性のケースからして驚いた。
親の「何で?という好奇心を徹底的に伸ばす」という教育方針。 子どもの
「何で?」の質問に対して、面倒くさいと思わずにとことん付き合う親の姿勢。
それ故に、友達から嫌われるが、それを徹して乗越え、異能になった姿が良い。
 私も社会科学が大好きで、それ故に、小さな世界に馴染み過ぎた人からは、
嫌われてきた。 <折角の人生、何やってるんだ>の自問自答が、
自分だけでなく、他者にも向いていた。問題は脳の質の問題になる。
私の場合、才能、基本が出来てないため、奇人・珍人の類… 。 
 彼女は、その後も、エリートコースを着実に歩んできた… 
「上を見上げればキリがない、下を見れば底がない… だが。
事例で取上げるだけの価値が充分にある人物のようだ。
 ◇内容1 
  【生徒】2000年卒の青木瑛佳さん
1.茨城県屈指の進学校・江戸川学園取手高校…教師歴30年以上の超ベテラン
 教師が「こんな生徒出会ったことない!」
・「教師の上を行く天才」
・「常に廊下で人間観察して“あの子は成績が上がって来た"など同級生を分析」
・「質問が鋭すぎて教師が恐れていた」
・「当然のように東大に現役合格」など…天才と奇才を兼ね備えた学年No.1
  の秀才少女は一体今何をしているのか!
  【現在の仕事内容】
�� 国立環境研究所の研究員
 環境省が行う10万人対象の国家プロジェクト「エコチル調査」に携わっている。
 エコチル調査は、化学物質等の環境要因が子どもの健康にどう影響するか、
 赤ちゃんがお母さんのお腹にいる時から13歳になるまで定期的に健康状態を
 確認し、明らかにする調査。
�� 法政大学で心理学の講師(英語only)
�� 子育て
  【進路】
江戸取(首席)⇒東大理2⇒東京大学大学院⇒コロンビア大学大学院⇒帰国後、
区役所等で働く⇒現在
―
▼ ネット検索によると、《優秀さから妬みからのイジメが半年間が続いた。
 彼女は勉強だけは絶対に負けないという強い気持ちでイジメを乗り越え難関校
全て合格し、通いやすい私立江戸川学園取手中学校に主席で入学した。この頃
から子供を研究したいと思いを抱いたという。そのキッカケについて公立中学の
ある女の子がいじめに遭い、不登校になってしまった。という話を聞き、自身も
いじめに遭っていたが不登校にならなかった違いについて理由を知りたくなって
しまったという。そのため人間関係などを観察し、その経験を職業にしたいと
考え東京大学理科二類を志望。しかし、心理学は本来は文科三類で学ぶので
真逆の進学を進んでいる。その理由を聞くと文系の友達ばかりになるのは面白く
なく、文系以外の人も観察したいと思い、理科二類に現役合格した。2年生まで
理系の人間を観察し、定員2名という文学部社会心理学課程へ進み、心理学を
本格的に研究開始した。そこで最先端の心理学を学ぶことを勧められコロンビア
大学大学院に進学した。》
 
 世の中は広いし、色いろの人生がある。「何故、何故、何故」の好奇心を追い
求める姿勢を上手く誘導して伸ばしていく親の能力を見逃すことが出来ない。
イチロウも、大谷も、ロジックを基本から鍛え上げていたようだ。
「何で、何で、何で?」と、トコトン追及する知的好奇心。これが人間の原点
ということか。これにスマートフォン、タブレットの機能の果てない進化。
「親の因果が子に報い」のプラス・バージョン。親の資質から派生しないと…
 能力、履歴とかではなくて、何故何故の問いかけの秘儀そのままを追及した、
彼女の人生の一端を垣間見れたことに驚いてしまった。 そこには、
「虐め」の存在が。その怒りこそ、エネルギーの炉になっている。虐める方も、
親の不仲が原点にあり、彼女の場合は、その方面に。親の立場から原点を再構築
しなければならない。

・・・・・・ 
5193,半隠遁五箇条
2015年06月03日(水)
             『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
   * 半隠遁五箇条
≪ 自分のしたくないことは一切せず、世間から半分だけ降りることにしよう。
俗世間からすべて降り切ることは、山ごもりでもしない限り無理なのだから、
妥協案として「半分」だけ人生を降りることにしようと決心、五十歳を潮時に
‘半隠遁生活五箇条’なるものを宣言した。
  1.「清貧の思想」にあらず 
  2. 趣味を追求するなかれ 
  3.不快を避ける 
  4.無理しても快適を得る
  5.金に執着しない、 とした。
・『人は誰も、もうじき死んでしまい、永遠の無が訪れるのだから、何をしても
 虚しいだけである。何をしても、何を成しても、どうせみんな死んでゆく・・』
・『生きることに意味など無い。ただ偶然と偶然が重なっただけで生まれた宇宙の
 中のちっぽけな地球も、いずれ消滅して跡形もなく消滅する。それだけのこと。
 すべては移ろい変わってゆく。永遠なるものなど一切ない。
 その一瞬の永遠の中で、人は生き、必ず死んでゆく。意味などない・・』 ≫
▼ 私と同じ年齢の著者は、半隠遁だが、何度も書いているが、51歳時に、
 似たような?『還暦までに、その後の30年分を生ききってしまう』という、
 逆の選択をし、実行した』 そして、4年前から隠遁生活者。だから、後悔
 の念は少なく、ただ淡々と、今日一日、無事平穏に過ごせればと生きている。 
 現状というより、目標を書くとすると、
   <隠遁生活五箇状> 
1、不快は、あって当然と割り切るー不快の3倍の快を求める
2、辰濃和男著『ぼんやりの時間』 の、「ぼんやり」と響き合う5つの「一文字」。 
  ?、「闇」―蛍と星とダークマターをみつめ  ?、「独」―独りでいること   
  ?、「閑」―逆茂木に囲まれて   ?、「怠」―怠け猿のように  
  ?、「懶」―心に余白を持つ    〜を意識して、世界に浸かる
3、その中でも、新しい知識、感動、感謝を貪欲に求め続ける
4、想定死亡年齢を75歳とする。その淵から、一日、一日をみつめ、味わう
5、具体的な死に準備を、一つ一つ実行する 
 まだまだ娑婆ッケがあるが、現実は変な壁が低くなったためか、現実が
面白くて、少年のように好奇心で一杯である。壁が高すぎたのだろう。
それと14年間、随想日記を書き続けてきた蓄積効果と、新たなネットと、
デジタル世界の恩恵もある。 表立っては隠遁だが、内側は真逆のような。
「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」というところ。これもまた、気晴らし!

・・・・・・
5923,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で 〜3
2017年06月03日(土)
  * 武澤信一教授
 遠くの席に、武澤ゼミの武澤信一教授の姿が見えたので、
 隣席に座って、思い切って一方的に話しかけてみた。
≪ 先生が亡くなられて20年近くになります。
 武澤ゼミの一年間の思い出は、 何もかもが新鮮でした。
・八王子のゼミ・センターでの泊りがけのセミナー。
・NECのコンピュータ工場訪問。
・出光の造船工場の作業現場での組織を一望する体験。
・自由課題の「卒論」に四苦八苦した経験。
・一年に及ぶ、ケース・スタディの討論会。
 様々な企業内トラブルのケースの現象を一次とすると、その背景に、
二次、三次の構造と背景を洞察し、対策を立てる手法を、一年間かけて
学んだことは、何によりも変え難い経験になりました。仏教語で、それを
「真・仮」とも言いますよね。現象を「仮」、二次的構造を「真」と。 
ゼミを終えて部屋から出たとき、目のまえが黄色に見えていました。
人事管理は、それほど、重い仕事ということですよね。
 地頭で考えぬく訓練は、戦場の真中で出来ても、なかなか出来ること
ではありません。創業は、正に、その都度、目の前に現れた困難に対し、
その背景にある構造を直感し、手持ちの材料を組み立て変えて、新たな価値
を作り上げることでした。としても、ドン・キホーテのような、己の姿を
思い出すたびに、赤面しています。先生が亡くなられ、その後、暫く出席
していた奥様が亡くなられた現在も、年に一回、ゼミ出身のメンバーが経営
する赤坂見附のフランス料理店で、数十人が集まって、生前のまま「偲ぶ会」
に変わって今でも開かれています。
ホテルを開業後、一度、新潟の何かの学会のおりに、泊まっていただき、
古町で語りあかしたことが、今でもハッキリと憶えています。≫
ー
▼ <ところで、この宇宙船内とは、何なんでしょうか>という先生の問い
 かけに、<何なんでしょうか〜>と、赤面する私。父親と、武澤先生が、
私の陰として、「馬鹿なお前は、ひたすら、挑戦と、変化と、己の無知との
闘いを続けるしかと、凝視しているような。で、独り、早朝に、こんな
瞑想をしている。
・・・・・・
4461, 99・9%は仮説、ですか〜 −3
2013年06月03日(月)
    「99・9%は仮説 ー思いこみで判断しないための考え方」竹内薫著
  * 第2章 自分の頭のなかの仮説に気づく
 自分の頭にあること全てが仮設(思い込み)とすると、「自分とは何か」
という根源的問いかけになる。しかし、自分の思い込みに気づかない限り、
それから一歩も外に出ることは出来ない。そして、他人のフィルターを通した
思い込みに惑わされてしまう。 現象の背後にある事実、真実について考え
ようがない。とはいえ、その事実、真実も、思い込みとすると、その立つ場が
なくなる。  ーまずは、その自分の中の仮説」についての箇所よりー
≪ 頭の柔らかい人は、常識がただの仮説にすぎないことを知っています。
 逆に、頭の固い人は、先入観や固定観念にしばられて、思いこみでものを
いいます。では、天才でないわたしたちは、どうして自分の頭にこびりついた
仮説をはがせばよいのでしょう ・・世界の見え方自体が、あなたの頭にある
仮説によって決まる。ということは、人は自分の都合の良いように解釈する。
われわれはよく事実、事実というけれど、事実はすべて、実は仮説の上になり
たっている。「裸の事実」などない。データーを集める場合も、やっぱり
その仮説―最初に決めた枠組みがあって、その枠組みの中でデーターを解釈
するわけです。ガリレオの例でいえば、名だたる教授たちは、宇宙は完璧な
世界だと思い込んでいるから、実際に望遠鏡で月のクリエータを目撃しても、
「望遠鏡はデタラメだ!」という結論に達する。いまある枠組みに都合の
良いほうに、事実の方が捻じ曲げられる。でも本人には意図的に事実を捻じ
曲げたという意識はない。自覚がないから、自分が特定の仮説に縛られている
ことに気づかない。天才でない普通の人が、どうすれば頭の中にこびりついて
いる仮説に気づくことができるか? 「タブーに挑戦し、あらゆる仮説に
触れてみよ」と、ある科学者がアドバイスをする。あえてタブーに挑戦し、
あらゆる仮説に触れることで、知的な「免疫力」をつけろ、ということ。
たとえば、われわれは自由な民主国家に住んでいますが、あえて専制国家や
共産国家の「思想」にも、触れてみよ、ということです。・・ 
「仮説の呪縛から逃れる万能薬などありません」ですが、できるだけみなさん
の仮説を見比べることにより、支配的な仮説を疑うことができるのです。≫
▼ 自分の仮説(思い込み)に自分で気づくのは非常に難しい。
 気づくようでは、思い込みではないからだ。20数年前のバブルと、崩壊と、
その後遺症が今だに続いている。「土地が限られている日本では土地価格の
崩壊は絶対にない」という土地神話、この仮説が前提にあった。
それが仮説=思い込みということに気づかなかった。だから突然、それが
崩壊すると、日本全体がひっくり返ってしまった。商家に生まれ育って、
身に沁みていたことは、「人生も、事業も舟板一枚下は地獄」ということ。
舟(=店)が沈めば、全てを失うという恐怖。だから、常に万一に備え、
万一の備えをしておくこと。その手っ取り早いのが、普段の生活を合理的
にしておくこと。それさえさえあれば、如何なる事態にも対応できる。
現在、比較的気持ちの落ち込みが少ないのも、「で、どうした!」という
のが幼心から、あったから。周囲の視線が可笑しくさえ思えるのは無知が
見えているから。それも私の仮説でしかない。


7019,閑話小題 〜大盤振る舞い、国家の財務は、

2020年06月02日(火)

   * 大方の規制が解除されたが
 図書館で、【臨界点を超える世界経済ー吉田繁治著】を見つけ借りてきた。 
一年前に出版された書籍で、日本の深刻な通貨危機を指摘している。
まずは、コロナ菌から吾身を守らなければならないが、この国の財務は?
国家があっての国民。何やら怪しげな風が吹いている。何が怖ろしいかと
いうと、国家破綻。これだけは如何ともし難い問題。国家の態をなしてない
韓国は近未来の日本。過剰な心配をしても仕方がないが、それでも老婆心が…。
異次元緩和の生末で、世界レベルのパンデミックの結末。 さて、如何なる?
  〜Amazonの内容説明より〜
 ――
≪ <<通貨と金をめぐる4大危機に備えよ>>
通貨はどこから来て、どこへ行くのか
主要国は通貨、株価、財政、銀行の4大危機に直面する!
過剰なペーパーマネー金融危機を起こして暴落する
そのとき金融資産を守る術はあるのか

 ◇日本人が知らない「通貨の価値」の危機! ◇
第一章 ●中世の偽金づくりに似たペーパーマネーの変遷
第二章 ●中央銀行の負債であるペーパーマネー
第三章 ●財政破産を先送りし、円安と貧困を招いた異次元緩和
第四章 ●中央銀行設立から見る米ドル基軸通貨への展開
第五章 ●独立戦争、FRB創設、ブレトンウッズ協定までの米ドル
第六章 ●FRBが反ゴールドキャンペーンを行った26年
第七章 ●中央銀行のマネー増発と金融資産の高騰
第八章 ●中国は問題解決のため新人民元創設に向かう

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
主要国は「大きすぎる負債」の利払いから危機に直面する!
通貨の危機(米国)、株価の危機(米国と日本)、
銀行の危機(中国と日本、欧州)、財政の危機(日本)となるだろう。
「ドルの罠」から逃れるため新興国などはゴールドを買い集めている。
中国は金準備制へ向かうそのとき日本に策はあるのだろうか。≫
 ―
 ―
▼ 今回のパンデミックで世界各国が戦時国債を出すように、大判振る舞い。
 しかし、これも借金。資源の乏しい日本で… そう遠くない将来に、返済
問題が出るのは必定。行きつくのは国家レベルの債務不履行問題。確かに、
9年経過した現時点の風景は、残酷にみえている。あまりに恵まれた時代背景に
生きてこられた奇跡に感謝をして平凡な日々を改めて見直すことが必要となる。
ギアが一段の危険水域に切り替わってきた。感覚的にはギスギスしてきたのは、
私たち世代の年齢だけでない。9年前に、一度、清算したのは、時代の先とりを
していたことになる。これが時代の心象風景ですか… 

・・・・・・
6652,閑話小題 〜映画感想 ー『GODZILLA ゴジラ』
2019年06月02日(日)
  ゴジラ映画を、米ハリウッドで新たに映画化して、‘T-lex'劇場で見たら
こんなに面白くなった『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』。
「T=LEX」といえば、一月前に、『アベンジャー』で、ド肝を抜かれた。
(後にコピー)。東宝特撮のスター怪獣を動員をさせ、より鮮明、かつ大画面
で次々と闘わせるのだから面白くない筈がない。 評価:95点
  〜ネット検索の内容紹介より〜
≪・『GODZILLA ゴジラ』から5年後の世界を舞台に復活した神話時代のモスラ、
 ラドン、キングギドラらの怪獣たちとゴジラの戦い、それによって引き起こ
 される世界の破滅を阻止しようとする特務機関・モナークの活躍を描く。
・2014年の映画『GODZILLA ゴジラ』の続編で、同作と2017年公開の
『キングコング:髑髏島の巨神』が属する“モンスター・ヴァース”シリーズ
 の第3弾。
・[もし、放射能による変異をなした生き残り恐竜が都心に上陸したら]という
 仮定をシュミレートしたストーリーは子供向けに媚びたもので無く緊迫感が
 表されていた。
・東宝特撮映画のスター怪獣を動員した今回は、複数のモンスターアタックや
 各々の登場スタイル、そしてライトモチーフとなる音楽に至るまで、誰もが
 ゴジラ映画に覚える定石や約束ごとを逐一カバーしている。そのイメージは
 ことごとくパワフルさ倍増しのアップデートがほどこされ、どれも興奮で血が
 逆流するほどに素晴らしい。挙げるとキリがないが、特に衝撃波で街を破壊
 する場面や、戦闘機を撃墜しながら海面スレスレを滑空し、キングギドラに
 猛襲をかけるラドンの飛翔シーンは本作トップを誇るだろう。またゴジラの
 熱線にギドラの反重力光線が絡み合うなど、海外のモンスタームービーでは
 稀有な光線バトルが鳥肌を誘う。 ≫
 ―
▼ 年齢からくる足腰の重みや、欝々とした精神の静かなる気分を、一刻なり
 とも晴らしてくれる。驚いたのが、月末の金曜日で、翌日は「一日の1100円
サービスデー」に関わらず、大会場に老若男女の200人の観客がいたこと。
最近、映画館の客数が増えている。デジタルの撮影機器が進化していることと、
TVドラマとの競合もあって、格段と迫力が増しているためである。
デジタル機器の飛躍的発展と普及が、映画撮影機器と、大劇場の大画面と
音響の高度鮮明にしている、結果か。とにかく、日々、面白くなっている。
「映画・ドラマ御宅」そのものだが。 現実より遥かに面白い?のだから、
これだけは? いや、やはり現実の方が、絶対に面白い! 振返ればだが… 
 でも、味付けとしても… マイナスの記憶も濃厚だが、味わい方による。
――――
2019/04/27
閑話小題 〜『T=LEX』には驚いた
   * これまた驚いた
 最近の3Dに驚いたが、この「T-LEX」の大型スクリーンの大きさと音響の
迫力には驚かされた。従来比、約135%の大型スクリーン+4Kデジタルシネマ
プロジェクター仕様が売りだけのことはある。

・・・・・・
6289,終わった人 −2
2018年06月02日(土)
  * 終われない群像
 一昨日の朝、NHKTVに内館牧子が出演して、映画の『終わった人』について
感想を述べていた。昨日、行ったシネマで、その映画の予告を流していた。
まあ、シリアスで内容は濃い。
 〜内容は二年前に、この随想日記で取上げているが…
【東大法学部卒で大手銀行に勤め、役員レースの手前で出向に出されて定年を
迎えた男が主人公。仕事一筋で生きてきて、終わりを迎えた男のあがく姿を…】
 
 今さらだが、私自身、27歳で事業を立ち上げ、40年近く、自由気まま?に
生きてきた。会社清算とはいえ倒産は倒産。万一を考え、シェルターを用意
していた為、最悪の事態を避けることが出来たとしても、「終わった人」。
 で何が悪い!と、自分に尻をめくってみても、何の不具合も利点もないし、
ただ、それだけ。 一般的に「終わった人」は定年になる。 

「自由ほど、不自由はない」をドップリと味わうしかのが宮勤めの性。
じゃあ、如何すれば良かったか? それを認識するしかないのである。現実は!
  内舘は、戸惑う彼らについて、
《まず「終わった人」を認めなくては! 東大出とか、一時はエリート社員
 だったとかを、過去と認めて、再出発しなければならないのに、その逆を
求めている人達。同級会に久々に参加して、美人も不美人も、秀才、鈍才も
横一線になった姿を見て、このテーマを思いついた。》という。
 
 終われない人たちの物語だが、居酒屋、スナックには、その哀れなが一群が
スーツにグリーンか、赤いネクタイをして、過っての仲間の噂話に花を咲かせる。
要するにゾンビの一群。 世間人のなれの果ての哀しき地獄絵。自分の多くが、
重なるから、シリアスに見えるためだが。 二年前の感想文を読返してみて、
成るほどと… 最後の最後は、いや、最期の最期は、自分一人である。
 昨日書いたパタゴニアの初老の言葉、夜這いする御婆さんを取上げ、
「寂しいのよ!」の言葉が、再び過ってきた。こんなもんだよ、世間とは!
と薄ら笑っていられないだろう。

 ホームレスは、普段は寝っ転がってはいない。只管、歩いているという。
――
自問自答: これまで歩いてきた? エッ小走りで? どこに? 忘れた? 
何を? 自分さ。 自分って何さ? そうか、私の、いやアナタの自分は世間様
だもんな。それがどうした。だって、他の世界を知らないからね。それで良いの!
それが全世界だからね。 薄っぺらと自覚しているの? 知るわけないでしょう。
ゾンビは互いに対話、いや会話が出来ないの。だから生きていけるじゃないか?
知ったふりして、知らないのが仲間だもの。 成るほど、終われないはずだ!
◉ 熊、寅: おい! ワシらをおいて自問自答するなよ。出番がないじゃないか。
 大家: お前らが相手に出来る相手じゃないよ。この時ぞと、何を言いだすか? 
――――
2016/08/18
終わった人 −1
         <『終わった人』内館牧子(著)>
 これは、アマゾンのHPで見つけた本。リタイアをした身にとって、
『終わった人』の内容は、身にしみる。団塊の世代が、この数年で大量に
職場から押し出され、『終わった人』になっている。 まだ終わってない、
その端にいる人ほど一歩先に終わった人に言い放ちたい言葉でもある。
還暦ならいざ知らず、古希も過ぎれば、何をいわれても馬耳東風。
まだ若いと思っているのは自分だけ。老兵は、ただ黙って去るのみ。
恵まれたサラリーマンほど、節目の切替が難しい。
  〜アマゾンの内容説明より〜
≪ 銀行の出世コースから子会社に出向させられ、定年を迎えた田代壮介。
 仕事一筋だった彼は途方に暮れる。妻は旅行などに乗り気ではない。
図書館通いや体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
職探しをしてみると、立派な職歴が邪魔をしてうまくいかない。
妻や娘は「恋でもしたら」とけしかけるが、気になる女性がいたところで、
思い通りになるものでもない。惑い、あがき続ける田代に安息は訪れるのか?
  〜アマゾンのビュアーの声より〜
《 何と云っても、タイトルが秀逸。長い人生、生物的には最期の時まで
「終わり」はないはずだが、「社会的には」確かに終わった人は年々増えて
いるし、殆ど全ての人間は(自分も含め)そうなることを改めて教えられ、
身に沁みた。「散り際千金」「散る桜残る桜も散る桜」(2頁)と考える田代
壮介、49歳で子会社に出向、51歳で転籍、63歳のとき年収1,300万円で退職
(あと二年働けたが、そうすると6割近く下がる)、保有資産は現金で
約1億3,600万円(275〜6頁)の「卒婚」(358頁)物語。
(しかし、こんなに恵まれたサラリーマンなんて、そうそういないでしょう)
★ 卒婚とは 離婚との違いとしては、夫婦の関係を断ち切るのではなく、結婚
という形を持続しながら、それぞれが自由に自分の人生を楽しむ、という前向き
な選択肢。 必ずしも別居ではなく、同居しながら卒婚というスタイルも有りうる。
  〜印象に残った箇所〜
「もし、私が田代さんのお部屋に泊まれば、あとは別れるか、愛人になるか、
 結婚するかしかありません。男と女になれば、十年も二十年ももつ関係が、
 半年や一年で終わります」      (217頁)
「あんなにきれいな人だもの、今に誰かと結婚してトシは捨てられるわよ」
                   (239頁)
「恋? お前も情けないものと比べるね。あんなものは十代でも二十代でも、
 生きてるついでにするものだよ」   (252頁)
「「先が短いのだから、好きなように生きろ」ということなのだ。嫌いな人
 とはメシを食わず、気が向かない場所には行かず、好かれようと思わず、
 何を言われようと、どんなことに見舞われようと「どこ吹く風」で好きな
 ように生きればいい。・・ これは先が短い人間の特権であり、実に幸せな
 ことではないか」          (287頁)
「今後、介護やあなたの世話をする気はない。
 でも、離婚という形は取りませんから」(292頁)
「将来を嘱望された男ほど、美人の誉が高かった女ほど、
 同窓会に来ないというのはよくわかる」(314頁)。
「思い出と戦っても勝てねンだよッ」  (319頁)
「思い出と戦っても勝てない。「勝負」とは「今」と戦うことだ」(333頁)
「僕が笑うと、久里も笑った。きれいだった」(366頁)。
▼ 産業廃棄物の典型的な人物描写である。第一の人生をソツなく卒業すると、
 こうなるのだろう。学生時代の友人が、いまだに、関連会社の社長に、
しがみ付いている。曰く、『何もすることがない事が恐ろしい!』と。
それも良い人生かも知れない。 『日々、是、口実』よりも? 
「終わった人」ならまだしも、「いらない人」になっていく私? 
で更に、内館は、『必要のない人』という本を書いている。 ったく!

・・・・・・ 
5192,ロシアの小話 ぷらす4つ
2015年06月02日(火)
   * ロシアンジョーク
 ロシア帝国やソ連の圧制の中で、したたかな市民はジョークで、憂さを
晴らしていた。だから、内容は強烈な毒が含まれている。話す方も、聞く方も
命がけ。ジョークは、その内に秘められている毒が理解できればこそ笑いになる。

・ワルシャワの精神病院をソ連の視察団が訪れ、一人の患者に入院理由を尋ねた。
「亡命しようとしたからさ」  視察団は首を捻った。
「我が国なら政治犯収容所に入れるところだが?」  医者が答えた。
「いや、こいつはソ連に亡命しようとしたんです」

・工場の財産を労働者たちがくすねるのを防ぐため、門で守衛が見張っている。
 その守衛が、手押し車に袋を乗せて通り過ぎようとするイワンに目を付けた。
「袋の中はなんだ? イワン」
「おがくずでさ。家でたき付けにするのを監督さんが許可してくれたんだ」
 しかし、守衛はイワンの言葉を信用しない。
「開けるんだ!」 袋の中味がぶちまけられるが、おがくずしか入っていない。
 次の日も同じ場面が繰り返される。
「今度はだまされないぞ。開けろ!」 イワンは袋を開ける。やはり、おがくず
 以外なにもない。三日目、四日目と、同じことが繰り返される。 七日目、
 ついに守衛は根負けしてしまった。
「なあイワン、お前が何かくすねてるってことはわかってるんだ。だけど、
 もうおれは検査しないよ。おれは見て見ぬふりをする。誰にも言わない。
 だから、こっそり教えてくれ。何をくすねてるんだ?」・・ 「手押し車」

・ 監獄で三人の囚人が話していた。
「おれはサボタージュのかどで逮捕されたんだ。工場に五分遅刻したもんで」
「おれは反対に五分早く出勤したために逮捕されちまった。スパイ容疑で」
「おれなんか、時間きっかりに職場に着いたんで逮捕されたんだぞ。
 西側の時計を持っているという容疑で」

・ 第二次世界大戦後。終戦直後で皆食べるものに困っていた時代。街中で、
 ある若い女性が一人の盲人に話し掛けられた。白い封筒に入った手紙を封筒の
 表面の宛名の住所まで届けて欲しいのだと言う。帰り道だったため、女性は
 快く引き受けた。そのまま二人は別れたのだが、暫く行って女性は、盲人男性
 が他に要るものがないかと振り向いた。すると盲人だと思っていた男が白い杖
 を小脇に抱え、健常者の様に反対方向に走って行くのが見えた。おかしいと
 思った女性は、近くにあった交番に駆け込み、事情を説明した。
 警官達は宛名の住所に突入し、そこで食用に売られている、山と積まれた
 人間の死体を発見した。封筒には便箋が一枚。そこにこう書かれていた。
  「こいつが今日最後の獲物だ」
▼ ユーモア、ジョークを楽しむには、あるレベルの教養とセンスが必要。
 その隠された捻りを一瞬で理解できないと笑いが浮かばないため、話し手も、
一発芸の要素が必要になる。そこで相手を選ぶしかないが、それが皆無?
<ところで、ロシアの小話を7年前に、取上げていたのを忘れていて、
 分類のにアップの際に気づいた。幸い、重なる内容は一つも無いので、
テーマを「ロシアンジョーク」から「ロシアの小話+4つ」に変更した。
7年前も、時間がタップリあったということか!>

・・・・・・
2008/03/18
2540, ロシアの小話、8つ
 小話といえば、ユダヤと、ロシア、そして中国などがある。
その中で、一番スリルとサスペンスがあったのは、ソ連の体制時の小話だろう。
ひつと間違えば、秘密警察に連行されシベリアに流される。
そのギリギリの中で、ひねりを入れた小話を「アネクドート」といいうが、
ロシア人は食事時などに、普段人には言えない鬱憤をぶちまけるために
作られたブラックジョークだからこそ、毒があり捻りに味がある?
その幾つかインターネットで探してみたが、ブラックージョーク収集を趣味と
している私でも、含み笑いをしてしまう。まずは、強烈なやつから順に・・

・息子が服をボロボロにして帰宅しました。
「どうしたんだ、お前」 ―父親が厳しく問い詰めました。
「隣りの子と喧嘩した」
「なんてことをやらかしたんだ。これじゃ新しい服を
買わなければならないじゃないか。」
「だからどうなの。」 ―息子が自慢気に答える。
「あの子を見てみればいいんだよ。あの子のお父さんは
 新しい子供を買うことになるだろうさ。」

・母「ぼうや、大きくなったら、何になりたい?」、
 子「お母さん、僕、外国人になりたい」

・地獄に落ちたブレジネフは数ある罰の内の一つを選べといわれる。
 レーニンは針の山でもがき、スターリンは煮えたぎる熱湯の中で苦しんでいた。
 ところがフルシチョフは何とマリリン・モンローと抱き合っているではないか。
 フルシチョフと同じ罰を所望するブレジネフに地獄の番人は答えた。
「とんでもない。あれはマリリン・モンローが受けてる罰です」

・ソ連共産党が70年かかって出来なかったことを、
 エリツィンが僅か三年でやり遂げた。それは何だろう?
    答え:国民に社会主義お良さをわからせた」

・16歳の娘を母親が教えています。
「私を見習いなさい。私は今45歳で、結婚して20年になるけど、
 ずっと一人の男性だけを愛しつづけてきたのよ。」
「ってことは、パパが知ったらスキャンダルになるわね。」

・「私の将来の夢はパパと同じように月10,000ドル稼ぐようになることなの。」
「ええ、あんたのお父さん月に10,000ドルも稼いでいるの?」
「ううん、パパも夢見ているの。」

・「ちょっと、ウェイター!先週の日曜日はあんたんところには
 出来立てのビールがあったじゃないか!」
「信じてください、これはそれと同じものです。」

・素っ裸の女性がバーに入ってきてバーテンに言います。
「ウイスキーちょうだい。え、何よ、そんな変な目で見て。
 裸の女を見たことがないの?」 バーテンが答えます、 
「いやあ、どこからお金が出てくるのかと思って...。」


7018,閑話小題 〜歴代のパンデミックのランキング

2020年06月01日(月)

   * パンデミック死者数の上位は?
 人類の歴史は、細菌との共存の歴史でもある。幾たびか大きな来襲を受けて、
歴史そのものを変えた。もう、「コロナ前」の時代に戻ることはないとしたら、
ことは重大である。新インフルエンザとは違うようだ。
 
【1位 ペスト・黒死病(死者数2億人・1347年〜1351年)
 2位 天然痘(死者数5600万人・1520年)
 3位 スペインかぜ(死者数4000万人〜5000万人・1918年〜1919年)
 4位 ペスト・東ローマ帝国での流行(死者数3000万人〜5000万人・541年〜542年)
 5位 エイズ(死者数2500万人〜3500万人・1981年〜現在)
 6位 ペスト・19世紀の中国とインドで流行(死者数1200万人・1855年)
 7位 ペスト・ローマ帝国の疫病(死者数500万人・165年〜180年)
 8位 ペスト・17世紀の大疫病(死者数300万人・1600年)
 9位 アジアかぜ(死者数110万人・1957年〜1958年)】
  
問題は、この何番目の間に、このコロナ・パンデミックがランク付けされる?
 
 ―――
   * コロナ前」には戻らない…?
 当分の間か、もう元に戻ることがないのが、厳然たる事実なのか… 
  以下の記述もシリアスだ。これが現実…?
【 新型コロナが世界中で急速に広まったのは、グローバル化が進み、国境を
 超えた行き来が盛んになったことも大きな要因です。感染症の流行、拡大には、
それぞれの時代背景が影響していることがわかります。 いずれ新型コロナが終息
したとしても、これまでの社会とはガラリと変わる面が必ず出てきます。
緊急事態宣言で一気に広まったのが、自宅で働く「テレワーク」と、学校の
オンライン授業。もちろん、会社や学校で顔を合わせて働いたり、学んだりする
ことの大切さは変わりませんが、働き方も学び方も、まるまる「コロナ以前」に
戻ることはないでしょう。通勤や通学の負担が減って自宅で過ごす時間が増え、
生活にゆとりが生まれるかもしれません。
 いま急激に落ち込んでいる外食、宿泊、旅行、運輸、レジャー、エンター
テインメント、アパレル、化粧品といった業界がコロナ後にどんな工夫をしたら
生き残ることができるでしょう。いま伸びている通信、ネット通販、宅配、物流
といった事業はさらにどう展開していくか。東京中心とする首都圏への人口集中
が続いてきましたが、「密」の回避やテレワークの普及で、地方への人口分散が
始まる可能性があります。すると、新たなビジネスが生まれるかも。
こうしたことを考えることがきっと自分の将来につながります。】
 ―
▼ 一回表裏だけで、この本筋を判断してはいけないとしても、ことは起きて
しまった。後に戻れないとしたら、捨身で現状を変えなくてはならない非常事態。
「後は野となれ、山になれ!」と楽観もしていられない。気になるのが、100年前
と状況が酷似していること。 …まさか、晩年に、このあり様と遭遇するとは!

・・・・・・
6651,閑話小題 〜サイレント・ブルー 2
2019年06月01日(土)
   * サイレント・ブルーで
 ブルーは空と海の色。人が青に魅かれるのは、生物の起源が海にあるため、
緑と茶に魅かれるのは、陸地の森と林が起源となるため。深海は、まだまだ
未知の世界。 〜海の概要といえば…
【 ・地球表面の70%を占める海。その海全体の98%が「深海」。「深海」とは、
太陽の光の届かなくなる200m以深のすべての海をさし、暗黒、低温、高圧が世界
を支配する。
・「超深海」は、6,000m以深の海域をよび、主に海溝で構成されている。
世界で一番深い海は、日本の南東に位置するマリアナ海溝。深度は約11,000m、
世界一高い山であるエベレストも沈む。
・地球全体の海の深さを平均すると、平均の深さは、約3,800m。富士山が
沈む深さ。また、海底は3000mから6000mの深さが最も広く全海洋の70%、地球
の全表面積のほぼ半分を占めています。】
―
▼ 深夜を海に例えると、超深海が、夜明け前の2時〜2時半。成るほど、
サイレント・ブルーの言葉が似合うわけ。 「サイレント・ヴォイス」は、
さしずめ深海魚。それが、海底から湧き上がる直感ということも理解できる。
そこには、古代魚が、生延びている。自ら発光する魚や、内臓や骨が透けて
みえる怪魚などが、生存をしている。何やら、ブラックホール周辺の漆黒の闇
のイメージに似ている? 大たい、それを命名するのに問題はないのか?
仮死状態を自らつくり、漆黒の脳空間を漂い遊ぶことは… 許されない行為? 

 で、やはり一年前の文章に、つながっていく。 人生なぞ一瞬だもの!

・・・・・・・
6288,読書日記 生きることへの冒瀆とは! 〜3
2018年06月01日(金)
          『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』
                   (伊集院静 2017年)から。
   * 予感、あるいは沈溺
≪ ◉ 長く旅を続けるには術が必要である。友人の勝負師とどうように、
 頓着を持たないことだ。旅人の一人の些細な感情など都会という土地では
とるに足りなぬものだ。
そんな時は高台に行き、都会を見おろせばいい。
河岸に立って川を眺めればいい。人の感情など関わりなく、
―川はただ流れている。それだけのことだ。
 ー何かを手に入れたものは何かを失う。自明の理である。
旅を続けている限り、失うものはない。しかし失わないことが旅に求める
安堵であるのなら、その旅は愚かな行為でしかない。流れる水を見て思った。
ともかく旅を続けるしかない。             127-128p
◉ ヨーロッパ大陸を飛行機で旅し、窓から大陸を見たことがある人は、初夏に
 レモンイエローの花を咲かせた菜の花畑の美しさを知っているはずだ。148-149p
◉ ポーランドのアウシュビッツ収容所を訪ねた。見ておくべき場所だから
 出かけた。私をむかえてくれた日本人の案内人は物静かで温和な人だった。
収容者たちが列車から降ろされ、歩かされた道を案内人と歩いた。折から
やわらかな初夏の風が吹いて流れ、路傍の野花を揺らしていた。かつてここが
殺戮の場所であったとき、花は咲いてもいなかったろう。収容所で目にした
ものは、予期したとおり私たちが見ておくべきもの、知っていなくてはならない
ものだった。黙示であってはならないものである。残されたものたちが立証して
いるのは、これがまぎれもなく人間がなしたものであるということだ。
〜過ちをくり返すのが人間だとしたら、人間はどうしようもない生きものである。
−そうかもしれない…。    207p     ≫
 ―
▼ ツアーの面白さ、厳しさの一つが、1〜2週間、移動空間と旅先空間を密着
 すること。 嫌でも、様々な人生を垣間見ることになる。また、重厚な人生観を
知ることになる。行先の多くが秘異郷もあるが… 10年近く前までは、まだまだ、
高度成長時代の恩恵を受けた人たちが多かった。その反面、仕事に追われてフッと
気づくと晩年に差し掛かり、人生を取り戻そうとすがる思いの人が半数だろう。
それが圧倒的大自然の只中で、自然と出てくる激情が、呟きで聞こえてくる。
『ズ〜ッと老人ホームで働いてきたの。で、ハッと気づいたら、自分が年寄りに。
現実に流されて、周辺の人だけを見てね。何にも考えないで、決断もしなくて、
これまで生きてきたの。ところが先を切られたの… …旅行前に色いろの問題を
箪笥の中に押しこんでね。帰ったら、それを出して整理をしないと。
でもここに来て良かった。心おきなく死ねるわ。』 
パタゴニアの、山中の道すがら、初老の女性が、何気なく話しかけてきた言葉。
話は続く。
『養老院って、人生の果てでしょ。人間の本性が丸出しになるの。特にね、
夜這いって、御婆さんの方が多いの。夜中に男の人の悲鳴が聞こえてくるの。
‘何するんだ、この野郎’ってね。 寂しかったのね。』

・・・・・・
2004年06月28日(月)
1182, 秘境・異郷ツアーレッスン −3

いま一つ面白いのは、添乗員と現地ガイドである。
旅行の3分の1は添乗員の質できまってくる。
そして、質とは我々をいかに楽しませてくれるかである。
結局、自分でその仕事を積極的に楽しんでいるかどうかである。
そして自分の仕事の役割を理解しているかどうかだ。
どんな仕事でも、それは共通している。

そこには、その人の素材としての質と会社の教育が重なって出てくる。
ツアー客の、代理店に対する評価は辛辣であり、それに耐え得なくては
存立し得ない厳しい世界である。見ていて本当に激務の仕事である。
次から次に起きてくる予期せぬトラブルを、一つずつ確実に処理をしていく。
ベテランなら解るが、20代の女性の場合見ているほうが辛くなることが多い。
トラブルを処理をしてくれるのから、ツアーは非常に楽といえば楽である。

北スペインの時の女性はまだ忘れることができない。20代半ばなのに、
30分前に閉館した博物館を日本からワザワザ来たと談じ込んで開けさせた
のには驚いてしまった。「私は不可能を可能にする女」と自分でいっていた。
そして最後まで、その姿勢を崩さなかった。
最後は泣きながら大きなトラブルを処理をしていた。
仕事の辛さという面で、究極の場面が次々と出てくる。

やはり南スペインのアンダルシアの時の女添乗員もすばらしい。
スペインが大好きという本人の気持ちが全員に伝わっていた。スペインの
カセットを持ち込んで、バスの中ではその地方地方の音楽を流してくれた。
まあ、人生の何であるかを教えてもらったようだ。厳しい中でも、その環境
を楽しむこと、それだけでなく世界を知る努力の必要性である。
                              つづく
――
ー以前書いた文章をコピーしておきます。
[90] 人生のコツ   2001/12/21

ツアーで今ひとつの楽しみは、全国より集まってくるツアー仲間である。
本当に色々な人がいるものだ。推測だがどこかの高校の校長だったのでは
ないかと思われる67歳初老の人の事が印象的であった。
「60歳までに50回の秘境を中心にした海外旅行と、人生の余白を可能な限り
埋め尽くす生き方」をその人の感化でその旅行で決心した。

その人が言うには「自分の父の家系は40歳前半までに全員死ぬ家系!
若いときよりその死期までに人生総て生ききる生き方をしてきた!家族で
日本中を車で総て回る計画を立て実行、そしてその時期がやがてやってきた。
しかしどういうわけか死ななかった。
それなら一年一年が勝負と世界中を回る計画をたて実行、いまだ死なず世界中を
ほとんど回ってしまった。」

この時これだな!と思った。そして先ほどのの決心をしたのである。
「人生は後回しでなく、前回し」人生だけでなく何事もそうであるが。
その時「貴方だけが何故生き残れたか、こころあたりは?」の私の質問に
「毎日朝食にキャベツを千切りにして、紫蘇のドレッシングをかけて食べている」との答え。
「あとは好きな事だけをやること」だそうだ。

なるほどと考えさせられた。

・・・・・・
2017/11/02
閑話小題 〜チョットした旅の思い出
   * 世界で出会った動物の世界 
 10年ほど前のニューカレドニアのオプションの、小島の磯辺での出来事。
小さな湾の浜辺で、家内と休んでいると、同行の若いカップルが楽しそうに
遠浅の沖から戻ってきた。 彼氏が興奮気味に、『沖に行くと、小魚が一杯、
嘘のように、まとわりついてくる!』という。 そこで、家内が冗談で、
『その群れ、ここまで連れてきて!』というと、『パン屑あります?』と。
そこでビスケットを差し出すと、それを持って沖に出ていった。家内と私が
唖然として見ていると、沖から何と魚群を連れて嬉しそうに戻ってきた。
魚自体が人間という天敵と出会ったことが無いようである。
 
 南米のテーブルマウンテンでも似たような経験をした。群生していた花園に、
蝶々が群れていたが、これまた、触っても逃げない。条件反射で逃げるのが
当り前と思っていたので「ああ此処はワンダーランドなのだ!」と思い知った。
 
 ペルーのチチカカ湖でも、葦で作られた500〜1000平米の小島にいた鵜に
似た鳥が、逃げようともしないで、目の前で現地人の親子に捕獲されていた。
日本でもアホウドリが逃げないで殺されるため、この命名になっている。
 日本ではカラスは幼鳥しか襲わないが、カラコルムハイウェーで、雀を
小型のカラスが襲っているのをみた。雀はケタタマシク鳴いて、私たち人間
の間に逃げ込んできた。鳥の本能がそうさせたのだろうが。

 スペインで見たのが、鳩の群れとカラスの群れが空中で入乱れて争っていた。
異種の群れが争うのを「ドックファイト」というが、本来は、飛行格闘戦。
<航空戦で、戦闘機同士が 互いに機関銃・機関砲または短射程空対空ミサイル
の射界に相手を捉えるために機動しながら行う空中戦闘。> 自然界には、
多いのだろうが、フッと空を見上げて見えてきた戦闘に一人、興奮していた。

 TVのドキュメントやユーチュブで、ライオンと、ハイエナやバッファローの
群れの闘いを、詳細に映しだしたのが多くある。これが真剣勝負の迫力がある。

<達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ>
 より、遥かに面白いことが満ちている。
YouTubeに面白いキーワードを入れさえすれば。 世界は広くて面白い。

・・・・・・
2016/05/06
若者よ、外に出よ! ー�� 日本には限界がある
               『人生の教科書』なかにし礼著
  * 日本だけでは限界がある
 40歳前半までは、自宅に中・高の二人の息子がいた。そこで、行くところ
といえば国内の自動車旅行が中心だった。その二人が学園生活のため、上京
していったのを機会に、海外ツアー切替わっていた。その非日常の面白さに
惹かれたのが家内もである。一人では躊躇する秘境・異郷でも、家内と一緒だと
何とか行ける。また、非日常の中に家庭の日常を持ち込むのも慣れてしまえば
悪くはない。 夫婦してのホテルのレストランの朝食が何とも豊かな気持ちになる。
 学生時代の昭和42年に、大学の「海外旅行研究会」というクラブが企画した
『世界・30日の旅』の存在を知り、行ってはや、49年になる。当時の海外旅行者
は20万人。信じられない数だが、これがツアー観光の愛好者になる切欠となる。
何もかもが新鮮で、ただただ面白い経験だった。人生観が一変した経験である。
 なかにし礼の、以下の内容には大いに賛同するが、自分では書けない。
書けば上から目線が、露出する。 しかし、事実は事実である。
≪ 旅に出るならば1日でも早いほうがいい。自分の感受性が全部そこで
 晒されて、カメラにたとえるならいろんな映像を受け止めていることになる。
そのインプットは大きいものだ。そのインプットは日本にいてもできない類
のものなのだ。これは賭けてもいい。日本という国には限界がある。
刺激の限界だ。食べものだけ見ても、なんの刺激もない。それが日本の料理
だといえば、それは確かにそうだ。だが世の中の料理はそれだけではない。
「肉じゃがを作れる女性がいい」、とか言う男がいる。こういう人も旅行を
していない男と思う。世界の味を知らないからこうした面白くない発言になる。
 北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェイにも肉じゃがはある。
それはスープという形で出てくる。肉じゃがの原型はビーフシチューだが、
これはさらにその原型だと言える。牛肉と芋が入ったこの肉じゃがの原型を、
現地の黒いビールを飲みながら食べる。これがうまい。明らかに元祖の味。
日本の肉じゃがよりも断然おいしい。だから日本は食事にしても、もっと研究
しなければいけないと思う。日本の文化は確かに素晴らしいものがあるが、
そこに踏みとどまって進化をストップしていい理由にはならない。・・(略) 
日本人のいいところはいっぱいある。創意工夫とか、細かいことに関する
こだわりとか・・ しかし、一方では何かにつけて「疑いを持つ」ことが
非常に罪悪視される環境になっている。それで画一的な価値観を植付け
られて、「肉じゃがを作れる女性がいい」などという頭になってしまう。
これではもったいない。
 だから若者よ、疑いを持つために旅をしなさい。
 そしていろんなものを自分にインプットする。
 インプットしたらさらに視野を広げて守備範囲を広げる。
 そうしないとインプットする内容も尽きてしまう。
だから何度も言うように、限りない欲望と探究心、好奇心を持ち続けないと
いけない。それは、夢という非日常の世界を見続けるためである。
寝たときにだけ夢を見るのでは寂しい。目醒めて、そこで夢を見るべきだ。≫
▼ 何度か書いたが、成田へのスカイライナーに乗って暫くすると、
「あ〜帰ってきた!」という妙な感覚になる。そこから非日常の刺激の強い
時空になるため、その蓄積が、磁石となって、旅を誘い、その非日常の世界が、
真なる時空、真実の自己であるような錯覚をもたらす。だから、別腹の
世界を自分の中に持っていて、暇な時間にトリップすることが出来る。
この現実世界に、世間の常識に対し、疑問を持ち続けることが出来る。
<目醒めて、夢をみることができる> 


7017,閑話小題 〜スペイン風邪とは、どんな事態?

2020年05月31日(日)

   * 100年前のスペイン風邪のオサライ
 スペイン風邪は、第一次世界大戦の最中もあり情報が隠蔽され、錯綜、諸説
あるため、ウヤムヤになっている… そこで、あらため、詳細を調べてみると、
悲惨な状態だった。これからして野球を例にとると、9回戦の一回の表・裏が終了、
2回表になろうしているに過ぎない。これから事業形態がと生活形態が根こそぎ
変わっていく。それに耐ええる能力勝負。
 
   〜ネット検索より〜
≪◉ 人類史で、何度も感染症・パンデミックを経験しています。
古くは2400年前にペロポネソス戦争中のアテネで謎の疫病(天然痘説が有力)
が大流行し、多くの犠牲者が出ました。その後も発疹チフスやペストなどの
流行を経て、100年前にはインフルエンザのパンデミックを経験しています。
この大流行はインフルエンザとしては史上最大のものとなりましたが、その時の
ことが今のコロナウイルスとそっくりだと思ったので今回はそのよもやま話。
  ☆ どんな流行だったか
1918年3月頃から1920年まで全世界で大流行し、当時の世界人口の1/3以上が
感染、数千万人が死亡しました。この時の致死率が2.5%とされています。
スペイン風邪としても有名ですが、実はどこで最初に出現したのかは分かって
いません。当時は第一次世界大戦の最中で、どの国も情報統制が敷かれていた中、
参戦していなかったスペインでの流行が報道されたためにスペイン風邪と呼ばれ
ましたが、実際の流行が確認されたのはアメリカが最初のようです。もともと
季節性のインフルエンザ自体はあったが、この年は流行期を過ぎても患者が
出続けたためにいつもと違うことにみんなが気付き始めます。しかしその頃
には戦争の影響もあって世界的な人の往来があったことから急激に世界中に
広がっていきました。流行の第1波は1918年3月頃から6月まで続きましたが、
夏頃になると自然に収束します。この際は感染率は高かったものの、致死率は
それほどでもなかったようでした。しかし同年9月頃より始まった第2波では肺炎
などを起こして重症化する人が続出し、大量の死亡者が出たということです。
この流行は翌年3月以降の第3波まで続きますが、人類の大部分が感染と共に免疫
を獲得することで自然と流行は収束していったようです。この間、兵員輸送船で
あるリヴァイアサン号の中で大量の感染者が発生、労働者の大量欠勤によりモノ
の生産能力が大幅に低下、収入減による消費の冷え込み、病院への患者の殺到に
加えて医療者が感染することでの医療崩壊、その他各種インフラに携わる労働力が
低下したことにより社会機能が麻痺していくなど「え?それって今年の話してる?」
的な共通点が多く見られます。ちなみにこの時も感染拡大を防ぐために日本を含めて
世界で不要不急の外出を控えるよう通達が出たり、実際に学校や娯楽施設の閉鎖命令
も出ていたようです。ちなみに現在のコロナウイルスは高齢者に重症例が偏っている
のに対して、100年前のインフルエンザは圧倒的に若者が重症化していました。
65歳未満の死亡率は65歳以上と比べて6倍にもなったそうです。 ≫
 ―
▼ 中国、東南アジアからの研修を建前にした格安労働者がストップし現場が
 混乱状態。大量の日本人労働者の失業を含めたトレードオフが、発生する。
ここまでの変動を経験してないため、現実感を持てない状態。スペイン風邪の
5年後に関東大震災が発生している。 …リーマンショックの場合は3年後に、
東北大震災が…、今度も、その重なりを前提に備えをつくっておくべきだ!
1990年頃のバブル崩壊には、ソ連・東欧諸国の体制崩壊が重なり、2001年9・11
テロには、アフガンと、イラク戦争が重なった。今回は何だろう… 交戦的な
アメリカが、このまま黙っている訳がない。 …地政的にみても日本は危ない!

・・・・・・
2019年05月31日(金)
6650,閑話小題
   * 深夜の冴えた時間帯で…
 昨年暮れから、年を越えて10回シリーズで、BSテレ東で放送されたドラマ
『サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』があった。残念ながら
見なかったが、「サイレント・ヴォイス」の言葉が妙に残った。 ネット検索
によると;【 取調室を舞台に繰り広げられる“超・心理サスペンス”!
嘘を付く瞬間に0.2秒間だけ現れる、その人固有の“マイクロジェスチャー”
を読み取り『被疑者の嘘を見破る』女刑事の物語。】とあった。
 ある犯罪モノのドラマに、『レム状態(半睡眠)の自分に暗示を与えると、
効果抜群』と犯罪心理学の教授が宣う場面があった。 20歳、30歳代は、就職、
結婚、住居の決定、子供の名づけなど、次つぎと決断に迫られる時節。
その頃から、眠れない深夜2時から2時半辺りに、あれやこれや考えて判断し、
翌々日に、決断する。1日、時間を置くのは、深夜の布団の中ではマイナーに
なりがちのため。 この繰返しが、現在の「自分」を生成してきた。 
20時半〜21時に就寝し爆睡、1時に目が覚め、半睡眠状態で3時半まで過ごす。
その時間帯の一連の命名を… その時間帯で考えて出てきたのが
 『サイレント・ブルー』 その時の実感のためか、そのままのイメージ。 
青い球体に包まれた中で、静かに自分と向き合う深沈厚重の心理状態。
これ般若心経の読経のフロー状態。最後の最後は、自ら独り判断し、決断する
しかない。刑事モノの女刑事。一瞬の仕草の中で嘘を見抜く心理サスペンス。
現象を、あれやこれやと考え合わせて、道理、真理を導き出して、判断に
到達するところは同じ道理。以前、『白い雲に乗って』というテーマで、
子供時代、学生時代を振り返るミニ回想を書いたが、『サイレント・ブルー』
を背景に、孫悟空のように白い雲に乗って駆け回るイメージはドンピシャ! 
 シネマ館で、寝室のTVで、パソコンのネットで、そしてサイレントブルーで、
見知らぬ世界を、現に駆け巡っている日々。 何か、変でもある?

・・・・・・
5069,あわいの力 ー�
2015年01月30日(金)
        ーあわいの力 「心の時代」の次を生きるー安田登(著)
  * 日本の「心(こころ)の三重構造」
 ここで、「心」の三層構造がシンプルに説明されている。これまでは、
< 仏の心を、「こころ」、移りゆく感情などを中心にした西欧的解釈を、
「心」と解釈してきたが、この三層構造は面白い! 〜その辺りから〜
≪ 「心」は、三層構造である。 
 ・一番上の表層が「心(こころ)」(=脳)があって、
 ・その下に「おもひ」(=内臓感覚があり)
 ・深奥に「しん(心)」(=芯=神)がある。
― 表層にある「こころ」の特徴をひとことでいえぱ「変化する」ことです。
 たとえば、去年まではあの人のことを好きだと言っていたのに、今年はもう
違う人を好きになっている。そんな移ろいやすい感情が「こころ」です。
こころ変わりという言葉があるでしょう。
― その「こころ」の下には、表層の「こころ」を生み出すもとになる動的な
 心的作用、「おもひ」があります。「おもひ」のなかで重要なのが「こひ」
という言葉です。「こひ」は、ふつうは「恋」という漢字をあてて恋愛感情を
いうことが多いのですが、本来は自分のなかに、なんらかの欠落感があって、
その欠落状態が埋まるまで、なんとも落ち着かない、そんな不安定な状態を
さします。たとえば、さっきまで目の前にいた子どもがいなくなり、その子が
戻ってくるまでは安心できない、そんな状態のことです。漢字で表記するなら
「乞ひ」がいいでしょう。雨が降らないから「雨乞い」をし、お腹が空いて
しかたがないから「物乞い」をする、そんな状態を「こひ」といいます。
 ・・仏教にも以心伝心がある。世阿弥は、心より心に伝ふる花と言った。
言語以前である。能は、「おもひ」を圧縮した芸能である。演技により解凍
された「おもひ」は、観客の深奥に隠れている「おもひ」と同期して目覚め
させる。「おもひ」の世界の言語は、歌(詩)である。
 能というのは、この「おもひ」を圧縮した芸能で、そして能を演じるという
ことは、その「おもひ」を解凍していく作業なのかもしれません。そこで解凍
された「おもひ」は客席にあふれていき、それがまた観客ひとりひとりの
「おもひ」と同期して、そこに何かを生み出す。それが能という芸能なのです。
― 一瞬にして相手に伝わる何か、それが「心(しん)」です。それは「芯」にも
通じ、「神(しん)」にも通じる、ちょっと神秘的な心的作用です。以心伝心と
いうときの「心(しん)」が、まさにそれです。言葉や文字を媒介とせずに、
一瞬にして相手に伝わる何か、それが「心」なのです。・・・ ≫
▼ <お能は、「おもい」を圧縮した芸能> この一言にお能の本質が言い
 表されている!「おもひ」は、「こひ(乞い)」も、解りやすい。人生は、
「おもひ」を求め流離う(さすらう)旅である。流離い流れついたのが、
現在の自分。「心・観・学・術・体」の、観が「おもひ」で、「学・術・体」が、
渡世(娑婆)で生きるということ。 この「心・観・学・術・体」は次回で!
 * また偶然だが、以下の内容が、丁度よい内容! お後がよろしいようで。
・・・・・・
4704,「考える」と、「思う」の違い
2014年01月30日(木)
   *「考える」と、「思う」の違い  ー『散文』谷川俊太郎著より
 何気なく書いている文章に、「・・・と考える」と、「・・と思う」がある。
「思う」は、感覚的、無意識的というニュアンスがあり、これを受けて論理を
組み立てるのが「考える」。この読書日記で、同感したり、感激、感動、感謝
した内容を取上げ、自分の考えに論理だてるプロセスが「考える」ことになる。 
  ーその辺りから
《 思うという行為は、考えるという行為に比べて、より感情的であり、
 より不正確である。物思いという言葉にも表われているように、それは時には
余りにも漠然としていて、まるで自分を甘やかしているようにとれることがある。
けれどまたそれ故にこそ、思うことは考えるという行為に比ぺて、いっそう
未分化であり、人間のより多く部分をその中にまきこむ。考えるのが主として
理性の働きであるとすれば、思うのはおそらくまず感ずることにその基礎を
置いている。考えることは時に現実を離れて抽象的な理性の遊びに堕するが、
思うことの堕落はもっと肉体的な自己陶酔に向かう。こういう風に、思うと
考えるとを分けてみても、実際にはこのふたつの心の働きは、つねに亙いに
補いあってひとつである。思ったことを考えることでより精密化し、考えた
ことをもういちど思ってみることで、より全体的にすることを、無意識の
うちに私たちはくり返している。 ・・・ 》 ヽ(゜(-_-;)ゝ アッ!
▼ 上記の《 》が、同感、同調した部分になる。 それを受け「▼」部分が、
「思い」「考える」ことになる。◎「考える」は、「言語を用いて」
「意識的に」「論理的・合理的プロセスを踏んで」のに対し [(ーヘー;)え〜と  
◎「思う」は、「言語を用いずに」「半無意識に」「思い浮かぶに任せ
(必ずしも、論理的・合理的とは限らない)」「悔しいと思った。」
「悔しいと考えた。」と、すると、後の方が少し違和感がある?「思う」が
どちらかと言えば受動的、「考える」が能動的な感覚のために、少し違った感覚。
英語では「考える」は「Think」。「思う」は「Feel」に近い。
 何かを考えるキッカケは感謝、感動、感激など、感じ入った場合が多い。
だから一流の芸術作品を多く見たり、大自然の神秘に触れたり、書物を通したり
して一流の人物に接して日々、新面目を見出すことが必要である。
「思う」を受けて「考える」ことは、受動から能動の切替ポイントになる。
積極一貫で人生に立ち向かう中で考えるしかない! /(@゜ペ@)ウーン
・・・・・・
5433,人生で最も大切な技術 ー�� 純粋意識
2016年01月30日(土)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 心の本質、純粋意識の経験
 仏教の教えの真髄を、欧米人向きに説明するための、「純粋意識」が、明快
でよい「色即是空 空即是色」の心境が「純粋意識」であり、修行の一つが、
座禅になる。それにしても、明快な解釈である。 〜その辺りから〜
≪ 心の中には、絶え間なく流れ続ける思考の流れがあるという、それまで
 一度も気づかなかったことが見えてくるだろう。好むと好まざるとに関わらず、
感覚、記憶、想像から生まれる無数の思考が人間の心を永久に流れ続けている。
 ところが、人間がどのような種類の考えを抱こうとも、心の中には、一つの
特質が存在している。それは、あらゆる思考の基礎をなす根源的な意識である。
それは心が安らかな稀な瞬間にしか現れず、ほとんど動かないが、心の知力が
そのままそこに残っている状態でもそこに存在している。この単純に解放された
自由な存在は、「純粋意識」と呼ばれるものである。心を構成する内容が不在
でも、それだけは存在しているものだから、純粋意識と呼ばれるのである。
 心が心を観察する作業を一段深めると、この純粋意識とその働きによって
生まれる思考を経験するだろう。純粋意識は必ずそこにある、としか説明の
しようがない。この思考には生まれつき備わった性質があるのか。
特別に存在するのか。 答えは否である。
 では、色や形はあるか。同じく否である。そこに見出すのは、知(無知の反対
の意味での)の本質だけであるが、それ自身には本質的な特徴はない。純粋意識
に突入すると、心に本来備わっている中身が空の状態を経験する。この思考
ゼロの考え方は疑いもなく、西欧心理学には馴染みのないものである。
「思考をゼロにする目的は何か」
「第一、怒りなどの強い感情や考えが生じたら、何が起こるのか」。
 確かに、強い思考には誰でも簡単に屈しそうになる。なぜなら、人間を不安
や無分別にさせ、時には暴力的な発言や行為に走らせ、他者を苦しめ、やがて
後悔する結果を生じる、無数の新しい思考を増殖するのがこの強い思考だから。
このような雪崩現象が起こらないように、怒りのような激しい思考そのものを
つぶさに点検すれば、それが最初から煙や鏡のような存在でしかなかったこと
がわかるだろう。純粋意識から生まれる思考は、純粋意識に再び吸収される。
それは海から生まれた波が再び海に消えていくのと同じである。この原理が
理解できれば、心の平安に向かって大きく前進することができたといえる。
この瞬間以降は、思考が心の障害になる毒素が弱まり始める。この手法を習熟
するには、一つの思考が浮かんだ時、その考えがどこから来て、いつ消えるか、
どこに行ったか、を自問自答することである。取り留めのない散漫な思考に
妨げられない、この短い瞬間に、心の本質を熟視するのが良いだろう。
 過去の考えが沈黙し、未来の考えが未だ起らないこの瞬間こそが、光り輝く
聡明・純粋な意識の存在を気づかせてくれる。その意識は、頭で組み立てた
概念的な構築にへつらうことがない。この純粋意識を実際に体験することで、
仏教がいう心の本質を次第に理解できるようになるのである。≫
▼ 純粋意識で純粋意識を説明しているから、スッと理解できるのか。
 般若心経を忘我の状態で唱えている状態が純粋意識。では、仕事に
没頭の状態は、どうだろう? 少し違うか。 以前、大きな決断をする直前の
眠れない夜の二時半が、純粋意識に近い状態になっていた。その時、さあ、
どうする?と。 それでも、多くの間違いがあったが、自分としては、
考え尽くして決めたことと諦めがつく。思考の果ての、思考ゼロもある。
これも純粋意識とチト違うか。 

ーH0407高野山へ旅してー
 十年前より行きたいと願っていた高野山へ二泊三日の旅(ドライブ)をしてきた。
初日は比叡山の延暦寺へ寄り、“根本中堂”へ、二度目だがその荘厳さに圧倒された。
また新しくできた国宝堂の国宝・重要文化財の仏像・仏画等も延暦寺ならではのもの。
翌日の高野山、特に“奥の院”への老杉に囲まれた参道は神秘的で左右の墓石群に
千年の歴史の深さを感じた。何げなくみた墓が上杉謙信、明智光秀、浅野内匠、
伊達政宗、前田利長、豊臣秀吉等の墓であった。
 三十人位の白装束の集団がすわりこみ“般若心経”を、あげていたのが武田信玄
の墓であった。県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。他にも代々の
天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。
この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、形容しがたい感動的
なものである。その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげて
おり、奥の院そのものという感じであった。
秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、“柳の間”
(関白秀次が切腹させられた間)がそれとは知らず、突然目の前に歴史を見せ
つけられたようであった。高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前に
よくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。
 
ーH0407霊的体験ー
二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験を
してみた。死後一週間後位か妙な夢。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身
(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が実感
できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった!
という不思議な実感。経験した人間ではないとわからないはずだ。
また死後二〜三日後の夢も強烈な夢であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。
その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母が
スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。
まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが
幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。

――――
 ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1
学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、
六日町の禅寺“雲頓庵”に読書を兼ね春・夏休みになると滞在させていただいていた。
度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会が多々あった。無知と若さの為
平気で生意気な質問をした私にいつも笑顔で答えていただいた事が、今では懐しい
思い出になっています。
 (私) −禅とは一言で言うと何ですか?
 (禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。
社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの
雲頓庵の禅師との対話 
(私) −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづく
    わかりました。
(禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。
    世間も理屈もあるものか!
(厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。

後者の時は頭を真二ツにわられてしまったというのが実感でした。
頭で物事を考えていた私が、“自分が”前に出ていた私が、その時点でたたき
こわされ、社会人の一員にやっと一歩踏み入った瞬間でした。
 ーS6307ー 人生は雷光なり
 二人で二百才になろうという人の対談の中で、過去百年をふりかえり、
実感として“人生は雷光のようなものだ”
               以下字数の関係でカット2008年8月20


7016,閑話小題 〜『7割経済』の時代!

2020年05月30日(土)

   * 7割経済
 一昨夜、3時間ほど寝室のロッキング・チェアで爆睡後、居間に行くと、
ニュースで「7割経済」という言葉が目に入ってきた。元に回復するのは無理
としても、何とか7割は戻したい。現在は2〜3割でも…現業の店にしろ、イベント
にしろ、何とかゼロから見直して、7割を確保する創業的出直しをするしかない。  
営業停止から、2ヶ月ぶりに第一歩から出直すには、相当の覚悟が必要だ。
動揺して何もしないより、まず第一歩が、この着想。この事態では、外食を
したいとか、何か購買したい気持ちが湧かなくなる。まず末端のアルバイト、
派遣社員が整理対象になり、次が社員。…まだ半減ならマシだが、1〜2割まで
落ち込むと、心が折れてしまう。
この世知辛い中で実績を伸ばしていた一部の人ちを、一撃で叩き落として
しまった! 縮み上がった彼らの顔が目に浮かぶ。この3割、半減は
厳しい。国家の救済措置は短期対策。まだ初期段階というから、数年先の見通し
は全く立たない。
 
 この騒ぎがなかったら、大相撲が行われ、甲子園の高校野球、プロ野球が、
開幕し、オリンピックに向けて機運が高まり、街中は活気に溢れていたのに…
何だ、このあり様は。マスク無しで歩くと異様な視線を向けられる。ランチを
食べに御店に入ることすら他人の目線が気になる。ウィンドウ・ショッピング
すらも商品に触れない。スーパーの店内放送は、「あらためて買う商品をメモ
して、立話をしないで、30分を目安に御帰り下さい!」と宣う。
…エンタメも、何もかもが中止か延期。映画館すら閉鎖。ショッピングモール
は生き場のない老人が彷徨い歩く。朝の散歩も、誰も歩いていない。巣篭りも、
ここまで影響するのかと思いやられる。

 9年前から御隠居の身分で、然したる変化があるでなし! それでも、
この現象を堅実に目にすると、恐ろしさに寒気がする。リーマンショックと、
東北大震災のダブルパンチで、会社清算で、事業を終えた。そのショックは、
はかりなく大きかったが、それでも、このパンデミックは惨憺たるもの。
国内在住の人たちには、まだ何が起きたか気づいてないようだ。100年前の
スペイン風邪と、第一次、二次大戦と同じくらいの超特大のブラックスワン
の到来。銀行閉鎖など資産凍結も有りうる事態。
 
 …要するに、想像力が無いため、実感として考えられない。 それでも、
北イタリア、フランス、スペインの惨状がTV画面を通して放映され少しは、
理解できても… まだまだ。9年前の事態に、そのまま、引き戻された感覚。
薄笑いを浮かべていた、御仁たちにも同じような災害が直撃したにも関わらず、
まだ想像力が働かない。恐らく、数年後に死期が来るのだろうが… 
第二次世界大戦直後に生まれて、このパンデミックの拡大過程で人生を終える
のも一興かもしれない。

 後記: 過去の同月・同日の文章を振返った今、気づいた! 
      今日は父親の命日だ!

・・・・・・
5919,閑話小題 〜今日は父の44周の命日
2017年05月30日(火)
   * 今日は父の43周の命日
 今日は父親の命日。はや44周年になる。現在の私の年齢で余命一年の末期癌
が発見され、予告通りに亡くなった。その間、千葉市郊外の飲食ビルの立上げの
ため、実家で同居していたが、死の恐怖と戦う姿は実に壮絶だった。
 そのシリアスな日々の中で多くのことを学んだ。 前ぶりなく、突然襲って
くる死神。その前で人間は全く無防備のため、独り灼熱砂漠の真中に立たされた
旅人のように生への渇望に悶絶する。半面、人間の持つ、神秘的な力も現れ出る。
生きるとは、愛とは、死ぬとは、行蔵とは、創業とは如何なることかを、最後の
炎の輝きの中から、まさに‘業を授かる’一年の授業をさせて貰った。その後の
人生の大きな糧になっていた。最後に残るのは、「両親の温み」である。
 温みだけはタップリ残っているが…  さて墓参りだ!

   * 大相撲5月場所総括
・白鵬が1年ぶりの優勝に13回目の全勝で自己記録を更新して終えた。
表彰式で「ただいま帰ってきました。国歌を久しぶりに歌えて最高の気持ち」
と嬉しそうだった。 次の目標は、あと二回の40回の優勝記録。
・さらに、関脇の高安が大関昇進を決めた。フィリピン人の母親を持つハーフ。
色々なこともあるようだが、横綱の可能性を持った逸材。あとは怪我をするか、
しないか、の問題。
・さらに、若手の学生相撲上がりの、北勝富士、正力、御嶽海、宇良、石浦、
輝などが活躍した。地元の新入幕の豊山が、大負けをして再び十両になる。
一年間は、実戦の中で揉まれ土台をしっかり再構築をした方がよい。

・・・・・・
5554,閑話小題 〜父親の43周期に
2016年05月30日(月)
   * 父親の44周期に
 私も、父親の亡くなった年齢まで、あと一年になる。その一年前に胃癌の
大手術を受けて、余命一年と宣告されていた。現在の私の年齢で、余命一年の
宣告を受けたことになる。手術直後、急遽、金沢から帰ってきて、千葉市郊外
の千城台ビルの建設計画に着手することになる。父親から直接、創業ノウハウ
を受継ぐ貴重な経験になっていた。
 父親は、年末年始と法事以外は、酒を一切に口にしなかった。大酒飲みの
私からして、いつ、癌の余命宣言を受けても不思議ではない。新潟での事業を
立ち上げた頃の営業関係の多くが飲酒過剰?で倒れ、既に亡くなっている。 
で、私の死期を75歳にラインを引いたのは、あながち間違いでもない?
 毎年、飽きもせず、父親のことを書いているが、これが私の供養。父親が、
ハッキリした具体的行動指標になってくれたのが、私のアドバンテージになって
いたようだ。 事業も、最悪の想定を課して、平常から長年かけた準備をして
おくことの必要性も学ぶことが出来た。数十年ぶり学生時代の友人が、
『お前は、用心深かった。それと、曲がりそうになるが、直ぐに元に戻る!』
という。 用心深い両親は学歴が無かった分、必死に基礎教養を日常生活から
求めていた。趣味も、しかり。早寝、早起きも同じ。連合いへの別立て給与
の支給と別口座預金も、実家からの継続習慣。今回の事業整理の決断も、
本能的に幼児体験と、両親の教えのベースが働いたため。その辺の下衆の
想定とは? 違っている。父親にとっての太平洋戦争と、敗戦は、それまでの
価値観が根本から変わった一大イベント。 日本人は軍人が230万人、
一般人が80万人死亡したが、東北大震災の死者の150倍である。
 それでも、資産管理は、手堅くしており、何とか戦中、戦後の混乱期を、
何とか乗り越えていた。その幼児体験を、そのまま書けば、これほど面白い
舞台と物語はないはず。「すざましい!」の一言。 父親は二代目だが、私の、
この随想日記は、まさに悲しいかな、<売り家と唐様で書く三代目>の現代版
と自覚をしているが、実家文化のお陰で、何とか軟着陸をすることが出来た。
しかし、人生を十分に楽しんだことだけは、両親に負けてない。これ、負け犬
の遠吠えか! 45年の事業人生を十二分に楽しんだのだから、両親も許す?
「日々、是、口実」ということ! そういえば、母親に晩年に聞いた逸話。
<父親が徴兵されたが、肋膜で、除隊をされた。今さら、地元に帰れなく、
 東京の同業者の一間に、一年間、居候していたことがあった> という。
父は一切、その話をしなかったが、他人には言えない話は、誰にもある。
父親に魂を通して『これ、話してよいか』聞いたところ、
『娑婆のことは、娑婆で判断して良い。死んでしまえば、そこまで、
此方は、此方の世界がある。』という。そう悪いところではなさそうだ。
それも、これも妄想でしかないが。 さて、花を買って墓参りだ。

・・・・・・
5189,閑話小題 〜父親の42周期に
2015年05月30日(土)
   * 父親の42周期に
 毎年、父への想いを書いた内容を読み返すと、年齢ごとの思いを書くこと、
書き残しておくことの秘儀の意味が見えてくる。父親の亡くなった年齢に、
あと二年でなる。 余命が少ないことを悟って死ぬまでの生き様、死にざまを
通して多くのことを学ぶことが出来た。 死んでしまえば、いっさい無。
物や金を残したところで、あの世に持っていけるわけでなし、あるのは暗黒の
死の不安と、人生の後悔。死を前にすると、世間とかいう壁がうき上がってくる。
そして、それが如何に、他愛がないものと思えてくる。 あの超保守的な父が、
何を思ったか、『赤旗』をとって読み始めて、自民党批判を始めていた。
それと、死に関する予備知識の絶対量が必要ということも痛感した。しかし、
誰も『自分が死ぬ!』とは思わない。『他人は先、我はあと』と確信している。
あの時の父の激しい生への希求が直接伝わって、「当りまえの、先ある人生が
いかに素晴らしいことか」を思い知った。亡くなる直前に、『良い人生だった。
全く同じ人生を、もう一度生れ変って生きたい!』と母親に話したという。
考えつくした上での人生賛歌の総括をしたのである。 で、死に際の苦痛は例外
なく悲惨そのものだった。私のような大酒飲みは、リンゲルの効きが悪いそうな。
晩酌に缶ビール5本飲んでいた友人が先年、亡くなったが、それは酷かったとか。
                           さて、墓参りだ! 
  * 久々のジョーク
・「おい、見てみろ、日本の総理大臣が共食いしてるぞ!」
 「はぁ? 中国人じゃあるまいし、何を食ってるんだ?」
 「アメリカンドッグさ。」
・なぜ手術室から逃げたのか、お話しいただけますか? 
 病院の理事が患者に尋ねた。 なぜって、看護婦が
『大丈夫、盲腸の手術はとても簡単なのよ!』って言い聞かせたんです。
 それで… 「彼女はね、それを先生に向かって言ってたんですよ!!」
・・・・・・
4824,閑話小題 ー今日は、父親の41周期
2014年05月30日(金)
    * 今日は父親の41周期
 5月30日は父親の命日で、毎年、ここで思い出を書いてきたが、年々、
似ていることを繰返し偲ぶことになる。歳を重ねるほどに、父親に顔も性格も、
ますます似てきているが、父親を知る人は、もう周囲には殆ど居ない。 
人生を振返ると、父親の大きな影響の中で生きてきたことが思いやられる。
その父の亡くなった年齢に、あと二年でなる。 三年前の会社整理もあって、
父親を乗越えることが出来なったが、私にとって、父の視線が、常について
まわっていた。内語で、大事な決断時に「オヤジ、どうしよう」の自問自答を
繰り返していた。その内なる対話が、知恵の原泉である。父親が42歳時の末っ子
のため、溺愛に近い状態で育ってきた。 この温もりが心の奥にあればこそ、
多くの難関を乗り越えることが出来たようだ。いざとなると、折れてしまう人は、
両親の温もりが少ない人が多いようだ。 親の温もりが、その人の温もりになり、
それが、生きていく大きな力になる。良い時代に、良い両親に、良い人に
恵まれたことが、私の大きな財産になっている。特に、父親の愛情と恩恵は、
何ものにも代えがたい。
  * 内省の日々
 数日前から、ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーのテーマで
書き出しているが、ここで気づいたことは、これは内省そのものということ。
それをそのまま公開するとは、自分は何だろうと疑問がわいている。 
父の命日の想いも、内省になる。いま現在、命日の朝4時、父の魂と自分が向い
合っていると、背後の数メートルから、「なんてザマだ!」と、一喝されて
いるよう。父親が私にもとめたのは、「人生、社会の規制にとらわれず、事業も
趣味も最大限に生きろ!」ということ。 しかし、この程度しか生きることが
できなかった反省と、後悔がある。酒癖の悪さで、多くのチャンスを自ら潰し、
世界を小さくしてきた自分を省みることも、内省である。 それからみて、
この結果が私にとって‘ベスト’では? と・・ これは自己鎮撫になるか。
来し方を振返ると、何とも浅ましい己の姿が浮かび上がってくる。
このような人生を自嘲した歌謡曲があったが・・ 老いていくと、真面目に
なりざるを得ない。その視点で、過去を後悔するのは、所詮は老人性欝症の
なせる業ではと、内なる声もするが・・さて、これをアップして、
父親の墓参りに行くことにするが、この随日も、私の法事になる。

・・・・・・
6286,読書日記 〜かなえた望みは‘余韻’にすぎない 〜1
2018年05月30日(水)
           『人工超知能が人類を超える』台場 時生(著)
   * 人工知能が人類を超える
 情報化社会の現在地を知るに丁度良い本である。現時点から人生を振返ると、
多くの節目があったが、
・父親が亡くなり、その直後に結婚、創業に踏み込んだ27、8歳と、
・母親が亡くなった51歳の頃。PCにWindows95が売出されて数年経った頃。
ネット社会の到来に、取残されないよう四苦八苦していた。
その数年後の2001年の春、近くにPC教室がオープン。個人HPの作成に入った。
時代も、会社も、私自身も何やしら大きな変り目にあることに気づいていた。
2001年は21世紀の幕開きの年で、ニュ―ヨークの9・11テロが、その道標になる。
 ムーアの法則<2年後に2.52倍、5年後に10.08倍、7年後に25.4倍、10年後
に101.6倍、15年後に1024.0倍、20年後に10000倍…> は止まることなく、
現在も続いている。そして、それが人工知能、ロボット化、タブレットPC、
スマートフォンなど、身近な生活分野でも目立つようになってきた。
20年、いや10年前、現在のネット社会の有様や、ドローンを誰も予測でき
なった。逆に10年、20年後の予測は不可能だろう。
      
  《内容紹介》
人工知能の激しい開発競争と急速な進歩、その後にやって来る開発者(人間)を
嘲笑するかのような�爛轡鵐�ュラリティ(技術的特異点)�瓩寮こΑ�
シンギュラリティとは、科学技術進化のスピードが、人類の予測が不可能な
までに高速化する状況(その時点)を言い、それが2045年あたりに生じるとされる
ところから「2045年問題」とも呼ばれる。これは人類文明としての科学技術の
進歩が、人知を逸脱した特異な状況であり、「機械が人間の仕事を奪う」と
いったレベルをはるかに超える問題であるという議論もある。
 それは本当にやって来るのか? やって来たときに人類はどう生きるのか?
ロボット工学者が生物進化、技術進化に遡って説き起こす人類近未来の物語。
なお、「人工超知能」とは人間が製造した人工知能を超えた存在であり、
それは人工知能が作った人工知能、つまり機械が製造した機械のことを言う。
 
  《著者の言葉》
本書は技術的特異点の問題を中心に、人類の未来のあり方を議論した本。
近年この問題に関連して、人工知能の開発の是非が議論されるようになってきた。
人工知能が人間の仕事を奪うのではないか、またさらには人工知能と人類が対立
するのではないか、という話がよく聞かれます。
私は大学でロボット工学の研究に携わっていることもあり、以前から人工知能や
ロボットと人間との関係性、またそれらが導入された後の社会について強い関心
をいだいてきました。本書はこの問題に対する私なりの答えをまとめたものです。
本書の目的は「人類史と人工知能、ロボット、特異点の問題を一体的に捉え、
人類の過去から未来までを総括する」というものです。
◎人工知能、ロボット、特異点問題が私たちの未来に及ぼす影響、そこで生じる
 問題、解決策などをわかりやすく、広く一般の読者に伝える。
人工知能、ロボット、特異点の問題は、文系・理系を問わず、あらゆる人間の問題。
一説には、人工知能が社会にもたらす影響は、原子力技術以上だとも言われています。
◎人工知能、ロボット、特異点問題を考えるためには、人類や生物の進化史と
いった大きな観点から議論する必要がある私たちがこの問題と向き合う場合、
「人類700万年、さらには約40億年という生物の進化史から見た時に、特異点には
どのような意味があるのか?」、さらには「生物や人類の生きる意味は何なのか?」
「私たち人類の最終的な未来に何を求めるのか?」といった根源的な議論にまで立ち
返る必要があります。

―
▼ 私にとって幸運は、2001年5月に個人HPをたちあげ、17年、継続出来たこと。
 その結果、これをベースに、ネット社会のベースをつくれた。あくまで対自
としても、ベースになっている。書斎コーナーのPC前と、居間ではタブレットPC。
新たな知識、経験そのままを、ネットに物語化しパッケージしてアップをすれば、
後は、内部検索で、それを気楽に拾えるのは私にとっては、革命的ツール。
何はともあれ、「しょうがない、これが私以外何ものではない」のだから。 

追: 同月同日分の過去文を貼りつけようとして気づいた。今日は父親の命日だ。
 45年経過した。時代も、私も、まるで変わってしまった。もう父親より三年も、
長生きをした。死ぬまぎをまで「あと三年生きたかった!」と、言っていたが…


7015,閑話小題 〜パンデミック、4ヶ月の総括 〜2

2020年05月29日(金)

    * 世界規模では
 世界の感染者数は、560万人。死者は35万人。
死者総数は、アメリカ10万弱、イギリス3万7000、イタリア3万3000、フランス
2万8500、ベルギー9千300、メキシコ8千100、日本は875人、韓国270と少ない。
ドイツ、日本の死者が少ないのは、健康保険などの長年かけた医療制度の拡充が
背景にある。特に日本は、手洗い、ウガイ、マスク着装、家庭内のスリッパ着用
習慣がある。…問題は二次、三次の感染のウエーブに対する若者、壮年者の対応。
一年後の死者は、10倍の350万人も有得ない数値ではない。アフリカ、南米が感染
に対して、全く無防備のため死者数には悲観的。 問題は、2,3波の増強された、
コロナ菌。 研究者曰く…「野球の九回戦の現在地点が1回の表裏が終わり、2回
に入ろうする地点。先は長い」。 リーマンショックに対して問題なのは、当時
の時は、末端の派遣、アルバイトに直撃したが、今回のは、末端から中間層まで
須らく直撃したこと。このコロナ菌の性質が‘潜伏したり、再発したりする悪い’
こと。空間を少なくとも既存の二倍とる必要がある上に、誰が細菌持ちか判別
不能なこと。一度、感染者が出た時点で、そこは即死状態で閉店せざるを得なく
なる怖ろしい現実がある。これが世界中のあらゆる場面になるため、経営者は、
明日は吾身の状態。新店の開店は、もう無理。既存の新装オープンしか… ?
【このコロナ禍で…約7割の企業が[売上高2〜4割減]、9割が[営業活動に遅れ]、
3割強が[経営戦略の見直しに着手をした】という。これでは、当然、失業者が
街中に溢れかえる事態は避けられないきびしい現実が待っている。
高級料理用の養殖真鯛や、和牛、そして洋食用野菜の在庫が膨れ上がり、廃棄
せざるをえない実態のレポートがあった。この事態に権力者は、外敵を探し、
戦争を仕掛ける戦略をとるのが常套。日ごと危ない日々が、続くことになる。
1923年(大正12年)9月1日に関東大震災が、発生。1918年から1920年に流行した
スペインかぜの直後。何か嫌な予感がしないでもないが… 

・・・・・・
6648,閑話小題 〜前日の文章と気づかずに…
2019年05月29日(水)
    * 何てこっちゃ
 先日のこと、前日のテーマ日記の下書きを1時間近くかけて修正し、さてアップ
しようとして、それが何と前日の文章と気づいたのである。 文面は如何にでも
手直しできる未熟な内容と知った時のショックたるや、如何ばかり! ところが、
実は、この経験を何度かしていたのである。そこで気を取り直して新たなテーマ
をたてて書き下ろすには、数倍の気力を要する。 気力充実してないと、文章は
書き続けられない。 同月、同日分の内容を流し読みをして思うことは、内省が
浅い自分の枠。だから、自然と無口になる? 一度、書いた自分の文章を客観視
することは土台、無理。翌日、読返すと、まず誤字当て字。人は、まず対象の
欠点を察知し、それだけが記憶として残す習性がある。 それが如何した?
と自嘲するしかない。
 ―
    * トランプが帰国の当日に、何故に
 よりにもよって、「トランプの帰国当日に、わざわざ外務省役人の父娘2人が
殺傷された事件」と思ってしまうのは… 『相棒』などの刑事ドラマの見過ぎ?
犯人も予定通り?その場で自殺。 真実は永遠の彼方へ。これが単純の無差別
殺傷事件だろうか? 何処か?の挨拶代わり?のメッセージ。 「公安扱い」
になるのだろうが… 危ないテーマ故に、ここまで。
 ― 
    * 先週末にみた映画、『空母いぶき』
 先週末に公開された『空母いぶき』の内容とは。
トランプ大統領の訪問姿と、川崎の外務省役人父娘の殺傷事件が、何やら、
映画の延長のドラマを見ているようで…
【  現代最新鋭機の空中戦とは!!?  (漫画原本)
  中国軍に占領された尖閣・先島諸島に接近する「いぶき」第5護衛隊群!!
 垂水首相を筆頭に内閣が国内外に必死の対応を行う中、中国軍空母「広東」
から最新鋭機「殲20」が発艦 ―― 「いぶき」艦隊を襲う!!! 対応するは、
イージスミサイル護衛艦、そして空自最新鋭機「F35JB」!!! 】
 ▼ 実は、日本にも空母があって、その事実を大統領の訪問で、知らしめ
 ようとする政府筋の思惑がみえみえの国策映画のような。 米中貿易戦争、
それは、50年先を見定めた戦争の一端でしかない。最終的には、中国、インド
に、その覇権は移ることになるが、その間に日本の人口減からくる衰退は
避けることは出来ない。平成の時代が、そのための国家的リストラのホップ
の時代。「令和の時代」は、ステップに。 縮む時節には縮めば良い。
その辺りを間違えているのが現政権の政策。「天気晴朗なれど、波、高し」

・・・・・・
6285,読書日記 生きることへの冒�必とは! 〜2
2018年05月29日(火)
          『旅人よ どの街で死ぬか。〜「男の美眺」』
                   (伊集院静 2017年)から。
   * 旅、あるいは「出逢い」について
◉ 「人間は焦がれる生きものである。
  彼は焦がれていた。崇高なる精神がそこにはあざやかにあった。
  美しい旅人であった。人が何かに焦がれるのは、私たちの生が哀切で
  あふれているからである。」          64p
 <青年期には、確かに崇高な精神があった。あの精神は、今でも心の中核に
  確かに残っている。それが魂というのだろうか? 20歳代も、現在も… 。
◉ カタルーニャの広場の地の底から死者の声がする。その声は私の耳には
  届かない。だがじっと佇んでいると奇妙な心持になる。そしてかすかな
  声が我うちから聞こえてくる。
 「御前は何者なのだ? ここに何をしに来た。どういう血が流れているのだ。
  その血には誇りがあるのか。」
  自分という存在の、生きる根源としての誇りが、身体のどこかを刻んでも
  流れてくるののか、と問われている気がする。   78p
 <地球の各地で、感動で茫然とした時に、必ずといってよいほど、生じてくる
  内なる声である。「いま、ここ、わたし」が、この大自然に同化している。
  わたしは、何ものでもない。この一部であり、永遠のカケラでしかないが、
  ただ、いま、ここにわたしが間違いなく存在している… と。 >
◉ ルソーがなぜゲルニカを世界の理想と言ったのか。ゲルニカは町の中心に
 一本の樫の木があり、五百年近くの間、この木の下に人々が集まり、あらゆる
 問題を合議し、決定してきた。イサベルとフェルナンドが結婚し、大航海時代
 のスペインが誕生する以前から、この共和制の原形を人々は存続させていた〜。
  〜一本の木を見る旅をぜひおすすめしたい。  91-93p
 <庭の草木の全てが両親が植えたもの。春から夏にかけて、その多くが花を
  咲かせる。確かに、二人とも亡くなったが、残したものは生きている。>
――
▼ 『男はつらいよ』の寅さんが、旅先の年寄りに、「ちょっと、旅のお方!」と
 呼び止められる場面がある。その土地モノにとって、旅人は止まり木の渡り鳥。
ましてツアーの団体客など… 30歳近くまで東京、三重、神戸、千葉、金沢と
今からすると「旅の人」だったが、私は何ものでもなかった、なれなかった
存在だった。大波の合間を自分という板切れにしがみ付いて漂う存在でしかない。
それが青春なのだろうが。その時の出逢いと邂逅こそが人生だったようだ。
それは人生全般に言えること。だからこそ、人との「別れ際」が重要なのである。
行動指標に「後味の悪いことは極力避ける」を通していたが、甘かったようだ。
それは大方の人に見れるが、大方の人は関係ないこと。 
「世界は広い、そして深い!」…求める者にとって、世界は辛い以上に面白い!
「半径500の世界は狭い、そして浅い!」のは、出ないだけ。 
‘自分の知っていることしか知らないことを自覚ない’から自分を保てるのさ。
アナタじゃない、今の私。落ち着くところは無知蒙昧! せめて比べないこと。

・・・・・・
5918,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で
2017年05月29日(月)
   * 帰りの宇宙船で
 「何故に生まれてきたか?」の問いかけの答えを考えるに、
「宇宙彼方の惑星から地球の80年の旅に来ていると想定すると考えやすい」
と、そして、「子猿に纏わりつかれ、殆ど地球上の大自然も、人間も、人間が
営々としてつくり上げた「文化・文明」をみること出来なかったことに後悔
する」と書いた。 秘境異郷ツアーに嵌って、私にとっての世界の果てからの
現実社会からのトリップする経験をしてきた。この感覚を「人間の生死」の
極みの実感から、「人間の生きる目的」を考えるヒントにしている。
旅行から自宅に近づくにつれ、ホームベースがあればこそ、余裕を持って世界
の果てに飛ぶ立つことが出来た。それを拡大して、宇宙の果てから地球へ、
約80年の時間に色々な条件を与えられた上に、世界と内界を知り、味わい、
宇宙船に乗って帰っていく。宇宙船内で、自問自答するのは、如何だろう?
観て、経験した、感動と、感激と、感涙した極上の感情体験。四苦八苦、四楽
八楽の経験。それを阻んでいたのは、地球のシリアスな小憎らしいが、可愛い
子猿たち。それらも元の惑星に着いたと同時に宇宙の旅として忘れ去られる。
ただ、帰りの宇宙船内には、両親など因縁のある人たちが居る。数年前から、
早朝の仏壇前で、因縁深かりし故人のイメージを繰り返し想い浮かべている。
「末期の死の床での予行演習」の準備の一環ですか、これは。「暗い!」と、
いうアナタ。これは時間をかけ身につける「必須科目」。私だけの話だが… 

・・・・・・
4823,変えてみよう!記憶とのつきあいかた ー4
2014年05月29日(木)
         「変えてみよう!記憶とのつきあいかた」ー高橋雅延・著
   * 万能薬としての「語り直し」
 ー「事業人生の45年」の語り直しーを書き始めたが、何故か心が重い。
 気持ちの中で目的のため、多くを切り捨ててきた部分を違う視点で見ることに
なるからだ。しかし、一つのことを得ようとしたら、それに見合うだけを捨てて
かからないと、何も得ることができない。万能薬として「語り直し」も、劇薬
にもなってしまう。これまでの記憶のありようを現在の主観的経験で変えようと
するのが、「語り直し」である。  ーその辺りから
《 その人の立ち位置によって、同じできごとでも違って解釈できる。だから、
 過去のどんなできごとも、必ず違ってみることができることを、肝に銘じて
賜おくことが必要だ。その上で、ある過去のできごとについて意味づけを変える
ために、そのできごとを、それまでとちがうことばで語り直さなければならない。
世間には「時間が癒す」という言いまわしがある。ここで、見過ごされがちな
ことだが、「時間が癒す」のは、単に時間が過ぎ去るからではない。
時間が過ぎ去る間に、人はそのできごとについて何度も考え、悩み、さらには
新しい経験をする。このことによって、元のできごとの意味づけ、語りかたが
変わるからなのだ。 ・・(中略)
「記憶をつくり変えたり、それを遠ざけるのは無理なことである。・・(略) 
しかし、―つねにー私たちは、自分の苦悩、自分自身の内的経験、自分自身の
精神の経過を処理しているわけである。それは、過去とよばれる客観体ではなく、
現在とよばれる主観的経験である。変える必要があるのは、誰か他の人間では
ない。最も大きく影響されているのは、私たち自身である。記憶をぬぐい去る
ことはできないが、記憶の有りようを変えることは可能なことを、私たちは
知っている。」・・ 》
▼ 現在、連続シリーズで書き始めたのは、「語り直し」だが、それより、
 全く忘れていた記憶の書き加えが多くなる。それが、書き直しということだが、
太い幹の記憶から、忘れていた細い幹と小枝と葉っぱ記憶が出てくる。
その記憶が新たな気づきを喚起する役割なってくる。若い時分は、誰も経験も
知識の絶対量が足りなく、ただ漠然と日々を過ごすしかなかった。あるのは、
何とかなるのでは?という、儚い想いだけ。語り直しは内省そのものになる。

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5553, 「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとでしよ」」
2016年05月29日(日)
   * 「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとで」
<「要するに」「面倒くさい」「面白くない」「あとで」>は、自らの壁を
つくることになることに気づかない。この随想日記を読み返すたびに、
「要するに」が目に付いてしまう。 要約を一度する癖も必要としても、
自分の理解した枠に、せっかくの新しい知識、情報を押し込むために、
次の深化が、そこで止まる。
 最近、老いの一現象か、「面倒くさい」の思いが先立つ。しかし、何事も、
「面倒くさい」先に、面白いこと、楽しいことが待っている。乗り越えてこそ、
面白いのに、「よる年波に勝てず」と、年齢のせいにする。「面倒くさい」を
乗越えるためには、一日、週、月、年単位のスケジュールを予め組むとよい。
 次に、「面白くない」。 これは老化のバロメーターである。以前は、
あれほど面白かったことが、何か詰まらない。「あれは、ああいうこと、
これは、こういうこと」と、小さな自分の範疇に入れてしまう結果である。
何事も、急がしい合間に、無理をしてするから楽しいことが多い。
老いるほど、中村天風の『積極一貫』を心がけなければならない。
「あとで」と後回しにして、多くのチャンスを逸してきた。「あとで」と
後回しにした事の山積みが、あまりに多い。『20秒ルール』と法則があり、
とにかく、20秒以内に、手をつける。投手がキャッチャーからボールを
受取ってから投球に入らなければならない時間を、何事にも当てはめれば
よい。これは、上記は老化現象として、私たちの生活を劣化させる。
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5188,人生相談という気晴らし! 〜��
2015年05月29日(金)
            『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
  * 父親とは、息子にとって「存在自体が悪」である
 父と息子の関係は、古代より続く永遠のテーマである。「息子にとって、
存在自体が悪!」とは・・ 私にとっての父親は、最大の理解者で、
独立を一歩、踏出したベストのタイミングで亡くなった。私に必要だった
のは、まず父親からの独立だが、計ったように亡くなっていった。
 人生で一番に恵まれていたのは、父親の直の愛情。その温もりは、
今でも残っている。ただ、私には具体的な指示は一切しなかった。
私から、能動的に具体的な何かを求めてくるまで、何も言わなかった。
≪  Q: 父親とはどういう存在であるべきか?
六十二歳の父親です。三十歳代の息子と娘がいます。私が育った家庭環境は
封建的であり、父を敬う風潮のある時代でした。しかし、その風潮も現在では
古臭いと子供や妻に反感を買うだけです。最近、思うのは私自身が父親として、
どんな存在だったかということです。子供たちは、大学を出たのですが就職
氷河期ということもあり、安定した職につくことなく、社会を彷徨ってますし、
結婚もしていません。私は家族の幸せを考えこれまで働き、経済的な豊かさも
獲得してきたつもりでしたが、これで良かったのかと疑問が残ります。
子供たちに一体何をしてやれたのかと考えるとやりきれない思いに囚われます。
父親の役目を終える時期が近づいているのですが、父親とはどういう存在である
べきかと今頃になって悩んでおります。中島先生はどのようにお考えでしょうか?
  A: 父親は子供から忘れ去られることを望まなければならない
 今回の二つのご質問を読んで、あらためて私は「人生相談」に向いていない
なあと思かました。人生相談を持ちかける人は、たぶん常識の範囲を超えない
かぎりで、つまりあまり苦労なく実行できる範囲で、何らかのポジティヴな
回答を求めている。あるいは、ちょっと考え方を変えれば「楽になる」そんな
妙薬を求めている。とすると、私にはそういうご期待に答える素質も趣味も
ないからです。人生が何の意味もないことは自明であり、その無意味な人生
の終局は死であって、永遠の無に突入するのでしょう。こうした差し迫った
大問題に比べると、どんな相談も失礼ながらちっぽけなもの、どうでもいい
ものに思われてしまうのです。と厭味を言ったうえで、お答えします。
私も一人の息子の父親ですが、「父親とはどういう存在であるべきか」と悩んだ
ことはまったくない。なぜならば父親とは、とくに男の子にとって三島由紀夫
の言葉なのですがー「それ自体としての存在が悪だ」ということがよくわかって
いるからです。もともと存在が悪なのですから、善人ぶってもすぐに化けの皮が
はがれてしまう。父親は子供に何をしても、いや、何かをするほど嫌われます。
とくに、感謝されよう、尊敬されようとして何かをすることが一番いけない。
とすると、何もしないのが一番いいという結論が直ちに出ます。父親は勝手に
子供を作ったのですから、子供を経済的には二十歳までは支援する義務がある。
子供に生きていくカを授ける義務もあるかもしれない。しかし、それが「義務」
なのですから、何の見返りも期待してはいけない。とくに、「立派な人」に
なること、「幸福になること」を期待することが一番いけない。そんなことは、
(父親という)他人が口出すことではないのです。父親は苦労に苦労を重ねて
子供を育て上げたら、子供から忘れられることを望まなくてはならない。
子供に対する執着を断つこと、子供から独立することです。どうせ、ちょっとで
死んでいくのだから、子供の人生は、子供に任せて、残された人生を自分の
ために使ったらいかがでしょうか?悪人は悪人に徹することです。≫
▼ 父の亡くなった年齢に近づくにつれ、やはり父親が、最大の理解者で
 あったと同時に、教育者だった。いつも、待ってくれていた。傷ついて、
横たわっていた時に、ただ一言『死んでしまえ!』以外、何も言わなかった。
死ぬに死ねないから、ただ、ジッとしていた。そのジッとしている効用こそが
人生にとって大事なことである。  明日は、その父の43回忌になる!

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