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堀井On-Line
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2020年04月28日(火)
* 3月初旬に早々に到来した鶯が… 一昨日、庭先の梅の木で鶯が一時間ほど鳴いていた。 今年の鶯の囀りは 美声である。 悠久山の桜の開花で、数羽が彼方此方から鳴くのが恒例。 新型コロナ騒ぎで、寒々しい気持ちを少し和らげてくれる。今年の梅の開花は、 桜と同じく、例年のように終わったが、春の梅には鶯の鳴き声がぴったり。 〜 * 一昨日は、長岡西にあるHCとスーパーに 家内に頼まれ、車で長岡西にあるショッピング・センターに。 外出の自粛の割にして少なめの人出。しかし昨日の昼過ぎの信濃川土手には、 家族連れなどが列をなしていた。今のところ、マスクなしで外出しているが、 誰かに睨まれたような殺気を感じる。一般的には、家籠りだが、私にとって、 それが日常。それでも、スポーツジムと、シネマ館は閉鎖状態で、7割方の 行動変異になって、変化の少ない日常も、更に静かになっている。 〜 * 明日からゴールデンウィークだが この異常事態で世界も日本も、特に御隠居に『スティ・ホーム』の勧め。 20世紀初めの『世界恐慌』未満で、『石油ショック以上』の規模レベルらしい。 TVの画面から見える外界は、あたかも、シネマ映画館の様相。世界と国内の、 名跡・観光地は閑散として、ほぼ無人の世界。9年前から現在までの心の様相に、 世界が落ち着いてきたと思えばよいが。政治的に、経済的にみて、見切り発車を しないと、淀んだままの状態に陥る。今は戦時下…何を選んで、何を捨てるか は政治家の仕事。 …大変な時節に入った。 〜 * 晴れ続きで、早朝のポタリングが日常化に 4月に入ってから、ドンヨリした曇り空の、早朝の信濃川沿いの自転車散歩 が始まった。スポーツ・ジムの閉館もあって、午後一番に、晴間をみて、周遊を するが、やはり朝がよい・ただ、何やら老いの実感が強まっている。 特に、 貰い事故に注意! 年を越えると、後期高齢者に入ることを忘れないこと!
・・・・・・ 6617,閑話小題 〜平成の終わりに 〜4 2019年04月28日(日) * 改元なればこそ見えてくる風景 このテーマのシリーズは、改元なればこそ見えてくる心象風景のスケッチ。 節目になればこそ、昭和と平成の節目を改めて考えさせられ、現状を掘下げる 機会になる。明治維新、日ロ戦争、太平洋戦争敗戦も、そしてバブルと、崩壊 という経済敗戦も、アメリカの手中で踊らされた策謀。その結果、国家予算の 半分を国債で賄う火の車。まだ、引き受け手は国内で収まっているから火の手は 上がらないとしても… 太平洋戦争の廃墟の中から半世紀かけて復興した国力を 30年かけて使い果たした上に、膨大な国債残高が残ってしまった。 「目先さえよければ、それでよし!」が、この国の常ならばとも、言えない。 国家の基盤があればこその国民がある。『令和』は、「昭和」の54年と「平成」 30年の74年を清算する時代になる。その近未来は、韓国+北朝鮮の姿に近い? 暗い内容だが、現実は現実として見つめておくべきである。 誰も助けてくれ ないのはロマ(ジプシー)、ナチによるユダヤ民族の虐殺をみれば自明のこと。 この時節の改元のタイミングは、タイミング的に良かったといえる。 世界の激動期に、平成の30年で強引にリストラされた経験は、むしろ不幸中の 幸い。平成での身を削る経験は、『令和』の時代にこそ、生かされてくる。 ちまちま、下向きで互いの足を引張りあうところが、島国根性。 平成のキーワードは、 ・情報社会の本格的到来 ・デジタル機器の飛躍的発展と普及でネット社会が現実社会を囲み ・日本経済の長期低落がつづき ・3,30,67%層の格差社会が露わになった。3%のみが、より豊かに… ・それらが重ねり、日本的家族制度が根本から揺らぎ、日本的個人主義が 静かに浸透していった時代。 ・昭和と平成の最後では、10年で100倍、20年で1万倍の情報量に、とすると 30年なら一億倍? ならば平成は、面白く、かつ興味深い時代のはず。 「令和」の時代は、2045年問題と言わるシンギュラリティ(技術的特異点)に 向けて一斉に動いてく。コンピュータ技術や生命科学などの進歩、発展が、 2045年頃に技術的な特異点が生じ、これまでの世界とはまったく異なる不連続な 世界に日々、近づいていく。 一昨日のシネマ館の「T-lex」の初体験など、 ある日、思いもよらない新世界を体験することに… 平成と、昭和の時代に何をしてきたか? そのままが、これからの時代を 暗示してくる。暗くても、明るすぎても、その闇と輝きを見つめておかないと! 時には色いろなサングラスも必要としても。
・・・・・・ 5887,閑話小題 〜21世紀に入って16年 2017年04月28日(金) * 21世紀に入って16年 21世紀に入った2001年から、はや16年になる。 ・まずは2001年9月のアメリカへのアルカイダによる「9・11テロ」から始まる。 ユダヤ・キリスト教対イスラム教の戦いの火ぶたが開かれ、イスラム国を生む キッカケとなり、大量難民が大挙して欧州を目指すことになった。 ・地震、津波などの自然災害が日常的に多発。2004年12月26日、スマトラ島沖で 巨大地震が 発生、この津波がインドネシア、タイ、インド、スリランカなど の諸国 の沿岸を襲った。津波による死者は28万3千人以上にのぼる未曾有の 大災害。国内では、2004年の中越地震、2007年の柏崎刈羽沖地震、そして 2011年には、東北大震災が発生した。 ・2008年のリーマンショックの経済的激震が、世界を襲った。 ・21世紀に入る頃に、スマートフォンなどネット社会が世界的に普及をして、 全世界の半数が携帯端末を持つようになったが、その情報化に対応する体制が 全く不備のため、混乱を引き起こしている。現実社会の上にネット社会が新たに 出来上がり、それが現実社会を支配するようになってしまった。情報機器と、 世界的ネットワークの進化が、グローバル化を推し進めてきたが、ここで、 その反動が起きている。 ―― 21世紀に入った5月初旬からこの個人HPを開設し、5900近いテーマを書き 続けて現在に至っている。個人的経験として、20世紀後半の奇跡的経済成長期と、 21世紀のネット社会の出現を目の当りできたのは、非常に幸運といえる。 世界は明らかに混迷の時代に入ってしまった。近隣の北朝鮮情勢が不安定に なってきて、70年余りの平和だった日本も、安閑としていられなくなった。 戦い取った自由民主主義ではなく、アメリカから与えられたシステム。 それが故の軟弱な基盤が、そのまま露呈している現実がある。フッと振返れば、 歴史的幸運世代の落とし子、そのままの一人でしかない自分、そして何故か 動揺している自分が、ここにいる。時代背景、その世代が、その人そのもの! 71歳は、71歳である厳然たる事実がある。老いてしまった。 しかし面白い。
・・・・・・ 5157,不幸不利の7つの法則 〜�� 2015年04月28日(火) 去年の暮れ、幸福優位についての以下の書籍の批評文を書いた。 そこで、真逆の『不幸不利性の法則』のテーマを思いついた。あらためて、 幸・不幸を考えるに手軽である。ひとつ歯車が狂えば他人事の話でない。 ≪2014/12/02 〜幸福優位7つの法則 −2 【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】ショーン・エイカー著 * 幸福の概念と、幸せな人 それぞれの内容一つ一つに含蓄があり、納得させられる。その法則とは・・ 法則1 ハピネス・アドバンテージ〜幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす 法則2 心のレバレッジ化〜マインドセットを変えて仕事の成果を上げる 法則3 テトリス効果〜可能性を最大化するために脳を鍛える 法則4 再起力〜下降への勢いを利用して上昇に転じる 法則5 ゾロ・サークル〜小さなゴールに的を絞って少しずつ達成範囲を広げる 法則6 20秒ルール〜変化へバリアを最小化して悪い習慣をよい習慣に変える 法則7 ソーシャルへの投資〜周囲からの支えを唯一最高の資産とする ー以上だが、再起力、20秒ルールには特に新鮮な驚きを感じる。】 ▼ 幸福度からみた、下位の二割の人たちのところに八割の不幸が集まり、 上位二割の人たちのところに、八割の幸福が集まる傾向にある。幸福感も 長期スパンでつくることが可能。人間である限り、孝不幸はついてまわる。 特に不幸?の四苦八苦は、避けることが出来ないが、その三倍の幸福状態を、 中長期の習慣化で身につけることは可能である。第二の天性といわれる習慣を 身に付け、幸福状況を三倍にすればよい。周囲には実に不幸の人が多くいるが、 彼らは、上記の幸福優位の法則の真逆をしているため。 〜つづく ・・・・・・ 5522,若者よ、外に出よ! ー� .團薀潺奪匹箸い�衝撃を体験しろ 2016年04月28日(木) 〜『人生の教科書』 なかにし礼著 図書館で、青少年向けだが、なかにし礼の『人生の教科書』が、面白そうな ので借りた。まず目についたのが、この<ピラミッドという衝撃を体験しろ>。 それぞれの秘・異郷旅行で魅せられるのは、想像を絶した衝撃を体験するため。 その度に、大自然の神秘、世界の広さと深さ、人間の神秘、「超」能力など、 旅行のたびに衝撃を受ける。それが、自分の広がり、深さに繋がる感覚が 次の旅行を誘う。その上、ツアーの同行者は旅行情報の宝庫でもある。 エジプトには世界の遺跡の7割があると言われるが、危険をおかしてまで 行く価値は十分にある。世界は驚異に満ちている。何故に、ここまで旅行 したかが端的の書かれている。 正に、以下の感動があるからだ。 * ピラミッドという衝撃を体験しろ ≪ 海外に旅へ出る。まずどこを目指せばいいのか? 迷うことなしにエジプトのピラミッドだ。時間が許すのならすぐにでも 行ったほうがいい。脳天をぶち破られるほどの衝撃を受けるはずだ。 エジプトのピラミッドほど人知を超えた代物はない。ピラミッドを見て何も 感じないということはあり得ない。ピラミッドを見たあとにローマへ行ったら、 絢燗な建築物も、しょせんは人間業でしかないと感じる。 ギリシャのパルテノンも、円形劇場もどれもこれもが、理解の範疇のものに 思えてしまう。でもピラミッドだけは、人間の想像もつかない神品なのだ。 ごく普通の会議室のような部屋が、大きな数枚の石によって作られている。 天井も床も一つの巨大な石。壁には斜めに切れ目のある石が組み合わされている のだが、この石の隙間がカミソリも入らないくらいピタリと合わさっている。 それだけで、世界の広さ、人間の神秘、人間の持つ「超」能力を肌で感じること ができる。 エジプトやピラミッドについてあまり知らないのであれば、本を持っていけば いい。勉強しながら目的地へ近づく。徐々に気持ちが盛り上がり、そして現地で 実物を目の当たりにして感激する。その興奮の醒めぬままにまた本を読んで確認 をする。ガイドブックではなく、歴史が記してある少し専門的なものを持って いくといい。 今、エジプトには簡単に行くことができる。もちろん治安状態など事前に チェックしておくべきだけど、基本的にはツアーならばほぼ安全に行ける。 ピラミッドを見て、ルクソールに行って、王家の谷に行く。その3箇所は絶対 見たほうがいい。ナポレオンがエジプトを見て、「俺たちはいったい何をやって いたんだろう」と深刻に考えたそうだ。その気持ちは実際にエジプトに行って みるとよくわかる。≫ ▼ 当時の衝撃を文章に書き残してあるが、何れの遺跡の前でも、ただ呆然と 立ち竦みしかなかった。石の文明は、数千年の世界を、そのまま、保存する。 もう20年も経ったが、感動した行蔵は、魂に刻まれ、そのまま残っている。 ―― 1996年2月 エジプト・トルコ感激の旅 ーエジプト編ー まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。 まず最初に訪ねたのが「カルナック神殿」であった。“まさしく驚愕!” 直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。 これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、 今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。 歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。 そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの 熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。 そらに天を指すオペリスクとラムセス�鵺世などの王や神の像の数々。 今まで何度か海外旅行をしていながら、 何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。 次に行った「王家の谷」。ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々 掘られている集団墓地だ。この中で英国の考古学者カーターの執念で つきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。 また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。 その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な 光景も印象的であった。 その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス�鵺等の巨大な立像。 実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。
またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という 小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を 感じる事ができるようだった。
旅の後半になってカイロに入ったが、 ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!” というまさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。 丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、 異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが、 逆に対比する事ができた。 早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。 我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、 “騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、 それがイスラム教という。カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげた 「クス王のピラミッド」も本当にすばらしいの一言。 考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、 ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。 まだ今にも起きあがりそうな「ラムネス�」をはじめとする数々のミイラも 数千年をこえて不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった。
・・・・・・ 4792,「消費される物語」 ー2 2014年04月28日(月) ー耕論「消費される物語」朝日新聞(4月22日) *「消費される物語」 〜希薄化する挫折 物語といえば、劇場で演じられ、それぞれの役割がある。その物語が、 右下がりで、大した意味のない役割としたら、生きている張り合いがない。 そこには、夢も挫折もない、節のない竹のようなもの。挫折には価値がある のである。今回の節目で、気づいたことが、これ! その挫折さえ持てないと したら・・ 挫折感は、人を絶望に到達させる。その虚無を背景に、人生が 新たな出発点になる。その以前に夢が持てないとなると、どうするのだろう。 ーその辺りから 《 ◆ 希薄化する挫折 一方、現代を生きる人々にとって、恋愛はもはや、それほど非日常的な 体験ではないし、社会への高い理想を持つこともない。欲望が「恋愛」や 「理想」という形で結晶化しないため、我々の世代では当たり前だった 「若い時に挫折し、自らの欲望をかみ殺す」という重大な経験が起こりにくく なっている。 挫折が希薄化したことで、多くの人々が「いつかはみんなから 認められる」「夢はかなう」というナイーブなロマンチシズムを、年齢を 重ねても引きずり続けているのではないか。 あくまでも仮説ですが、 佐村河内さんや小保方さんの成功物語が大きな支持を集めたのも、そうした ことが影響しているのかもしれません。「夢はかなうかも」と思い続けたい 上に、うさんくさそうな話を疑うリアリズムを身につけていない。 だから物語をあっさりと信じてしまい、裏切られると本気で憤る。私自身は この仮説を「真実だ」と結論づけるだけの証拠は持っていませんが、貴重な 示唆を与えてくれると思います。 いずれにせよ、挫折がない、それゆえに 自らの欲望と現実社会の折り合いをどうつけるかという筋道がはっきりしない という問題は、現代に固有の危機だと思います。それぞれの時代で、常に 本質的な危機がある。若い世代が中心になってその筋道をつかみ、しっかりと 表現することが、文化の大きな役割だと考えています。》 ▼ 私たちの高度成長期の頃の「夢はかなう」は、当然のことであった。 しかし、国家が衰退し始めた現在、大多数の者にとって夢の実現が考え られなくなった反面、挫折も希薄になっている。 小保方氏や、佐村河内氏の 成功物語の崩壊も、また新たなる物語になる。私たちは、高度成長の経験と、 バブルの破裂、右下がりの経験をしてきたが、団塊世代の子息以下の世代は、 高度成長やバブルを知らない。だから、夢も挫折も、おのずから小さくなる。 また、物語もミニになる。青年期から成年期の間には、夢と挫折が、大きは 節目をつくる。 それが希薄化するのだから、気の毒といえば気の毒。 私の事業の最後は、倒産という挫折?で終わったが、傷は少ない。準備期間 15年を含めた45年の物語が、行蔵として、心の底に残っているため、諦めと 同時に達成感がある。だから、毎日を、淡々と過ごすことが出来ている。 実際のところ、「希望が持てないほど辛いことはない」のだろう。現代の若者 は、その意味で、非常に辛いのである。で、仲間内の闘いの中で、相手を倒し、 馬乗りになることで満足をするしかない、きめ細かい差別化の時代の到来! 。
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| 6983,読書日記 〜『人にしばられず自分を縛らない生き方』 |
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2020年04月27日(月)
〜<『自分を縛らない生き方』曽野綾子著> 一般的には、このテーマの文言の逆で、 『人にしばられた上に、自分を縛られる生き方』の『世人』として生涯が終る。 そして、50歳から還暦を過ぎた辺りに大病にあったり、挫折を味わい初めて、 流され生きてきた人生に疑問を持つ。そして、即答を求めて…秘・異郷のツアー に参加して自らの生き方を逆照射をし、気持ちの穴埋めに入るのが、とおり相場… その辺りの中高年に的を絞って、様ざまな視点を提示するのが曽野綾子。 流れるまま生きてきた人の喪失感は並大抵でない。建物に例えれると、基礎 工事が軟弱のため、後年にグラツキが始まる。対処方法にライフワークが何が あっても持つべきである。 随想日記と読書、映画観賞や、秘・異郷ツアーは 私のライフワークの御蔭で、少々の挫折で落ち込むことは少ない… むしろ ‘落込み擦れ’の方が正しい。落込み期間を自動的に見積もることで鳥瞰する ことで傷口を癒すことから入る。、
≪ 〜概要〜 「私たちの生き方の基本は、独自の選択を貫くことにある。 実は自分を過不足 なく表し、他人を好悪の感情なしにあるがままに見るということは、実に むずかしい勇気の要る操作なのだ。」(本書「まえがき」より) ― *本書の目次 ●「明日」から、重荷を下ろして楽になる! 1 、人生とは、理解され、誤解されること 2、「美」とは生き方であり、孤独な選択である 3、 人間の生涯を完成させる恵みの一つとは 4 、他人が決められないこと、私が私であるためにすべきこと 5 、苦しみの「中休み」に得られる幸福 6 、あらゆる人間は、すべて不治の部分を抱え込んでいる 7 、多くを受け、多くを与えることのできる生き方 8、 いいことも悪いことも、人生に組み込んでいく 9 、ものごとは、すべて解釈しだい 10 、人生の生き方の実態を教えることこそ教育 11 、花は誰のためにも咲く、春はどこにでも来る ≫
― ▼ 『人にしばられず自分を縛らない生き方』とは、世間を見切ること! 世間とは何か? その本質から目線を離さないこと。まずはクロマニョンの ような前がかりの姿勢の人たちの嘲笑を笑い返すこと。捉われるのは、然もあり なんと半分は認めていることになる。‘良いこと70、悪いこと30’と現象を見切 れないで、自らの信念と、本筋を見据える考えるベースの能力が欠けてるため。 このパンデミックは、自然対人間様の争い。…中国が欧米に仕掛けた細菌戦争 テロなら、欧米も更なる重篤な細菌兵器を陰湿に仕掛けてくる。 …戦争とは、相討ちが基本。一方的勝利は有得ない。興味深いことが、 中国主犯説、アメリカ主犯説、イラン、北朝鮮、韓国主犯説のどれもこれも、 理路整然とした説得力がある。国家、人種、思想、宗教間の縛りを解いてしまう グローバル化のもたらす難問が、これ。 …あたかも神様の仕業のような。
・・・・・・ 6616,閑話小題 〜スリランカのテロ 2019年04月27日(土) * これまた驚いた 最近の3Dに驚いたが、この「T-LEX」の大型スクリーンの大きさと音響の 迫力には驚かされた。従来比約135%の大型スクリーン+4K デジタルシネマ プロジェクター仕様が売りだけのことはある。 シリーズモノの『アベンジャー』そのものがド派手な内容だが、それにこれ だけの鮮明な画面と音響とくれば、映像の世界に吸い込まれてしまう。 何か、そこに座っているだけで恐ろしくなる緊迫感がある。これがデジタル 機器の進化の一現象ということかと… 二年半前に、寝室に65㌅TVをとブルーレイを導入し、シネマとドラマの 世界に没入する日々の中で、週一のシネマ館通いも10年に…。そろそろ、週一 から隔週にペースダウンをと考え始めていた矢先、これである。疲れるが 面白さは格段上がったような。 〜ネット検索によると… <ティ・ジョイは、独自のプレミアムシアター「T-LEX」を、新潟県のT・ジョイ 長岡に3月21日よりオープン。県内最大級を謳う大型スクリーンとJBL製4ウェイ・ シネマスピーカー、 4Kプロジェクターの上映設備を設置するほか、高級革張を 採用した … …「Large(巨大)でLuxury(贅沢)、Exciting(刺激的)なExperience (体験)を提供する空間」としている。JBL製の4ウェイ・シネマスピーカーが巨大 な音から微細な音までを表現。> ― 帰って直に、直前まで録画していたWoWoWの生臭い北欧の刑事モノドラマ3本 をたて続けに見てしまった。映画オタクそのもの。まだ、このブログの書上げと、 SJ通いと、早朝のポタリングがあるため、何とか正常な?精神を保っているが… それらのどれもこれもが我を忘れるほど面白いとくる! ― * スリランカのテロの意味すること スリランカで同時多発テロが起こった。なりを潜めていたISのテロ。 今後も、今までのように世界各地で無作為で行いますよという宣言のような。 組織的テロには対処の方法はない。狙わたら不運として諦めるしかない。 これでは、旅行熱もさめてしまう。今度は、イスラム教会に対したテロが考え られる。パリのノートルダム寺院の火災、テロでないと信じたいが? 複雑な難民問題、人種差別、国家間の対立などを抱えて、解決は難しい。 スリランカのテロ首謀者の『あの眼』。差別されし者の怨念が籠った怒りの眼。 何でまた、こんな眼差しで… 怨念?軽蔑?精神異常?薬物?。その全てか。
・・・・・・ 6253,閑話小題 〜‘キャバクラヨガ’ 2018年04月27日(金) * 微妙〜な一線 まあ面白い! SJでヨガ・エアロに参加して6年2ヶ月、大よそ千回になる。 ストレッチそのもので、腰痛対策としてベストである。ヨガ専用教室の参加費は 一時間、大よそ1500円が目安。ジムのそれは、50人の定員もあって、100〜200円。 ところが、色気を売りにした“キャバクラヨガ”なる店に、文化相が公用車で 通っているのがすっぱ抜かれた。 〜まずは、ネット記事から〜 【 林芳正文科相(57)が、平日の白昼、“キャバクラヨガ”と呼ばれる店に、 公用車で出かけていたことがわかった。 週刊文春の取材によれば、 <4月16日14時半、林大臣を乗せた公用車は、恵比寿にある雑居ビルの前に到着。 林氏はヨガスタジオに入り、2時間を過ごした後、待たせていた公用車に乗込んだ。 店は、元AV女優が経営し、個室で元グラビアタレントや元キャバクラ嬢の インストラクターらが一対一でヨガを指導した後、オイルマッサージなどを行う。 料金は男性客は1時間1万1000円なのに対し、女性は3000円。客とのLINE交換や 食事、交際も認めており、テレビでは「キャバクラヨガ」として扱われていた>】 ―― 〜コース詳細が何とも〜 TT200詳細 ベーシック100hの合格後に受講し、中級者以上にも教えられるレベルを目指す。 『1時間15分のヨガクラス』のオリジナルプログラム作成とレッスンを通して 行える ヨガ中級者以上に対し、効果的なアジャスト、バラエティ豊かなポーズ 構成、テーマに合ったクラス運営、臨機応変な対応ができるレベルを目指す。 ヨガスタジオの中級者以上のクラスで自分のオリジナルレッスンを構成しギュラー レッスンを運営し続けられるレベル。100hで学んだ事をベースに、より難しいポーズ の練習やアジャスト、クラス構成の仕方を体験的に学びます。TT200は実技が中心 となり、体験的に、楽しみながら学んでいくプログラムが特徴です。アロマやハーブ の応用や骨盤調整ヨガ、月礼拝も学びます。また、インターン制度を導入しており、 自分のレッスンを10時間行い、認定されたのち、合格となります。資格をとった後、 一番悩みの多い意見が、教えた経験の少なさからくる疑問や不安です。本校では、 基礎的な知識、体力作りだけでなく、心やマインドの成長のお手伝いも目標です。 インターン制度は生徒自身の自信につながり、即デビューの架け橋となります。 <庄司ゆうこ オフィシャルブログ(ポジ☆ポジ☆ポジティブ) https://ameblo.jp/shojiyuko/ https://matome.naver.jp/odai/2152456174521985501 ― ▼ 成るほど、ヨガを建前に密室指導とは考えたもの。デルヘル嬢が、少し ヨガ」を手ほどきを受け、密室で… 早速、店主のブログ「庄司ゆうこブログを 検索すると、ありました。 これが‘キャバクラヨガ’でなくて、何ぞや。 「ピンサロ・ヨガ」と書かれなくてよかった? オプションは、密室の中の交渉ごと。ヨガ用のレオタードと、軽装の運動着。 状況はホボ同じ。店主としては建前上は、「怒り心頭のポーズ」は必要。 何と男客の写真が、そのまま写っているのは、健全客? だから。 健全といえば、SJのエアロ。今どきは、昼時に、真っ暗なスタジオ内で、 ミラーボールが点滅する中、老若男女が我を忘れて、大音響の中で踊りまわる。 これはストレス解消になり、健全なスポーツ。 キャバヨガも、凝ってる? 部分をとき解すのなら、健全? ところで、新潟県知事、何故、辞めたの。 「県知事である前に男の子です、すみません!」で、通ったのでは! 「少女買春」の男が、アワヤ都知事になったかもしれなかったのに。 こんなことを早朝の4時過ぎに書いている私は不健全ということ! 今さら…? ところで「ホストヨガ」が成り立つのでは? 当たると思いますよ! 他のジムに「ホットヨガ」というのをパンフレットでみかけたが…
・・・・・・・ 3684, 自己を見つめる −8 2011年04月27日(水) * 仕事について 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) 第二の人生に入って一ヶ月足らずになる。 今月から仕事・事業人生から 無職のリタイアの人生に入った。人生の大部分を仕事を通して幸福・不幸の 波の中で泳いできた。仕事は人生の核であることは間違いない。社会の中の存在 意義が仕事を通して証明される。そこで表現した中に自分が見えてくる。仕事、 趣味、そして学びは人生の三本柱。人生のプロセスで、その重心が変わって くるが、男は家族を作り、養っていかなければならない。だから仕事の比重は のしかかってくる。とはいえ、三本柱の一つだが・・・ ーこの本の中の仕事に関する部分を抜粋して考えてみるー 【 したがって、社会に応えてなんらかの役割を果たし、世間に寄与することが できるということは、人間の自己意識にとっては、自己の存在の意味を確認 することのできる最も直接的な答えであり、また喜びであることは、疑いようの ないことだからである。もちろん、そうした仕事における労苦のうちには、 失敗や挫折、困難や事故、予期せぬ妨害や災害、さらには競争や不運など、 実にさまざまな心労の種が含まれていて、人生の現実が容易ならぬものである ことが、誰にでも、ひしひしと実感されてくる。人生における懐疑や煩悶、 疑心暗鬼や気欝は、多くの場合、仕事をめぐるトラブルや、そこに絡んでくる 陰湿な人間関係に起因するものであることは、否定することができない。 けれども、そうした暗欝な影にもめげずに、自分の関与する仕事の有意義性を 確信して、少しでも前進し、実りある人生行路を切り開こうとする人にとって、 やはり、仕事を措いて、人生の実質上の道程は考えられないことになるであろう。 そして、もしもその人が、強い信念の持ち主として、どんな障害にも屈服せずに、 この世界では善が勝ち、道徳的な世界秩序が実現してゆくはずだと確信する ことができるならば、たしかにヒルティも述べたように、その人にとっては、 仕事を通じた人生の意味と幸福が、力強く確認され、労働の喜びが増すであろう。】 ▼ 「人生における懐疑や煩悶、疑心暗鬼は、仕事をめぐるトラブルや、 それに絡んでくる陰湿な人間関係に起因する。」 しかし、それを乗り越えて 仕事を成し遂げることこそ、その醍醐味がある。とはいえ、経済震災や、自然震災 は、その全てを飲み込んでしまう。これほど大激震だと諦めがつくが。 これも人生。人生の多くを事業を通して多く学び、楽しんだことも確か。 まあ、面白かった!
・・・・・・ 4791,「消費される物語」 ー1 2014年04月27日(日) ー耕論「消費される物語」朝日新聞(4月22日)よりー * 「消費される物語」 ー憧れをかみ殺す ー「夢はかなう」を引きずるロマン 竹田青嗣ーより 毎日、随想日記をネットに載せてから、まる13年になる。これも、ミニ物語 になるが、先日の朝日新聞の耕論「消費される物語」が考えさせられる。 ーまずは、竹田青ほぼ全文を抜粋ー 《 「どんな物語が杜会で受け入れられるか」ということは、「人々の間で 広く共有されて一般化している欲望とは何か」ということに強く影響されます。 近代社会のかっての一般的な欲望は「自由」でした。職業選択の自由、思想信条 の自由、そして自由恋愛。だが、これらの自由への欲望は、先進諸国では20世紀 半ばまでに実現してしまった。それに代わり、現代社会で一般化しているのが 「承認」への欲望です。 そもそも人間の欲望には、それが他者から承認され ないと実現できない、という特質があります。赤ちゃんがお乳を吸おうとする ことさえ、母親の「あなたは私の子ども」という承認がなければ実現できない。 人間社会では、どんな欲望も承認を経て初めて実現する以上、快楽への欲望が 「みんなから認められたい」「祝福されたい」という承認への欲望へと移行して いくのは、自然なことです。佐村河内さんの物語も、小保方一さんの物語も、 「不幸な境遇にある人や一見平凡に見える人が、がんばって成功し、多くの 人々から承認を得る」という基本的な枠組みは共通している。最近公闘された 英国の映画「ワンチャンス」も、携帯電話の販売員がテレビ(オーディション 番組で優勝し、塒界的なオペラ歌手になる、とり実話を描いた作品でした。 □ 憧れをかみ殺す だが、ここで問題になるのは資本主義社会における「承認を巡る競争」 はゼロサムゲームで、勝者は常に少数派、です。「そこそこ満足」という人まで 勝者に含めても、6〜7割の人は最終的に挫折感や敗北感を抱くのではないか。 実現不可能な一般的な欲望に縛られ続けると、人間は不幸になるだけです。 (略)・・・ 挫折自体は決して悪いことではない。実現不能な欲望や憧れを かみ殺し、強い忍耐で現実世との調停を試み、自らの生き方を確立する契機に なるからです。・・欲望をすべて実現したいという「極端なロマン主義」、理想 がかなうことなど決してあり得ないという泥のようなリアズム、そのどちらかに 真理があるではない。両方の引き合いので、より深く生きられる「微妙な場所」 を探し当てることこそが必要なのです。私にとっては井上陽水の歌や、 フッサール、へーゲルの哲学が、そうした場所を見いたすための道しるべ となってくれました。 ・・ ーつづく 》 ▼ 現実にぶつかり、破壊された挫折経験の中で、「微妙な場所、そして立場」 で、生きている我身にとって、自分にとって、都合の良い「物語」をつくる しかない。それが、珍妙で、哀しく、痛面白いのである。逆に言えば、イドラ (真実を覆っている嘘)世界にドップリ浸かっている人たちが鮮明に見えてくる。 だから、この結果も悪くはないのである。イドラの言葉から、世間を読み解くと 面白い! 其の辺の、市場で聞いた噂を、信じて、小さな殻の中で、情念で 生きているのが一般である。ほぼ、世の中は、嘘と妄想で出来ているのが、 気づかない人たちの総称を「世間」。日本人の大多数にとっての宗教が、 この「世間教」。で、信者の群れが数多、屯する。それを、学生時代のゼミの 「ケース・スタディ」で、徹底的に議論の中で教わった。現象の中に隠された 真理、道理を冷静に捉える知識の必要性である。釈尊の遺言に「すべてのものは 移り変わる、怠らず努め励めよ」とある。変化する時代の中で、ロマン主義と、 泥のようなリアリズムの引き合いの中でこそ、怠り務めることだ!(-ノ-)/Ωチーン
・・・・・・ 5886,閑話小題 〜政治家は本当のことを言ってはならない 2017年04月27日(木)
* 政治家は本当のことを言ってはならない < 東日本大震災について「まだ東北だったから良かった」と被災者を傷つける 発言をした責任をとった。事実上の更迭。>と不穏当な発言で、復興大臣が 辞任をした。 前後の発言の脈絡からすると、さほど不穏当の内容でないが、 その部分だけを切られて繰返し報じられれば、被害者は怒って当然のこと。 今では、誰もがビデオ機能付きスマフォか、デジカメを持っていて、報道局に 気楽に転送される。 政治家は御政道を語り、大衆を導くのが本分。これが、 この政治家の限界ということか。たった一言で、これまでの人生の全てを失う のが政治家の辛いところ。
* 小学生が、「忖度」なる言葉を使っていた 「小学生が忖度の言葉を使っているのを聞いて驚いた」との新聞記事にあった。 「忖度」の意味は、<他人の気持ちをおし はかること。推察。>である。 政治家が多用しそうな言葉であるが、この年齢になるまで「忖度」なる言葉を 一度も使ったことがない。
* 昨夜は、中学校の同期会 この10年来、年に3〜4回は開かれている中学の「同期会」が開かれた。 出席12名。以前は「同級会」だったが、死んだり、転居などで出席者が激減の ため、何時の間にか、「同期会」になってしまった。 一次会で早々、帰宅の ため二日酔いなし。 高校、大学の同級会は同じ傾向にあり、消滅一歩手前? 歳を重ねると、 唯我独尊で、他人に厳しく自分に甘くなり人間関係に支障をきたす傾向が強く なるのは自分からして納得。 晩秋の夜会もまた、娑婆の妙な味がする。
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2020年04月26日(日)
* 如何なってる… アメリカで、僅か3ヶ月で5万人も亡くなれば、只事ではない。家内が 長岡駅前のヨーカ堂の撤退したビルに出店したスーパーに買出しに行って、 暫くして帰ってきて宣う。 <長岡駅の専門店街の<「こころ」がパン屋と、 コーヒーショップと、ドラッグストアを除いて全てがシャッターを閉めている 異様な空気。頭で思ったのと、現風景でみるのとでは大違い>と興奮気味。 TVニュースでは、 < ☆ 米人口の95%が自宅待機対象に 米ニューヨーク・タイムズによると、新型コロナウイルスの感染者と死者数が ともに世界最多となった米国では、42州で外出禁止措置がとられている。 ワシントンD.C.とプエルトリコも合わせると3億1600万人以上、米国人口の 95%が自宅待機を余儀なくされている。 > ― ▼ これが、あと数ヶ月も続いたら、世界恐慌、世界大戦の勃発も有りうる。 北朝鮮の金主席が急に御隠れ?になったが、この一連の騒ぎで濡れ衣でもと 恐れたのか諸説紛紛ある。NHKなどTV局が毎日、様ざまな業界の惨状を特集。 昨日は介護関係のクラスターの恐怖と苦悩。そして、音楽関係者の苦悩。 3密の否定とは、居酒屋、スナック、コーヒーショップなど繁盛店への立入り の否定とくれば、大都会の否定につながる。『死にたくなければ、部屋で ネットと繋がり、あとはジッとしてろ!』は、今さら無理。若者の死亡率が 低いとなれば、大手をふって、何処が悪い論法に。世界の新型コロナの死者数 が18万、感染者数が、260万人。しかし、本来の数は遥かに多いのが通り相場。 ―
* ポストコロナの実際の落としどころの筋書きは 何か妙案がないものか… この状態のままでは暴動が頻発する。 大神様の口を借りるなら、 【人間どもよ、当分は、苦しめ、それが、地球の大自然を破壊してきた報い。 世界的大震災と思い定め、基本に立ち帰り、根底から文化、文明を組み替る べきと、教えている。それさえ気づかず、日々の生活に没頭する愚かさ。 中国と、アメリカの、病んだ姿勢の根本的否定の問題提起、これは… 都会のあり方の肯定が果たして正しいのか? 都会は3密が基本。 それ自体が不自然じゃないか、それさえ気づかない愚かさ。】 耳が痛いが、このベースを理解しないと、この問題は解決不可能。 …とすれば、この20万年かけて創り上げてきた文明の否定が必要ということ。 だから、生半かの対処じゃ無理である。あの病的トラちゃんと、ブーをみれば、 気づいて当然。 それが分らないとくれば、世界大戦という自滅で文化、文明 を一度、徹底的に破壊しなくてはならない。なめているよ、人間は! 何を万物の霊長だというのか。 …それを知らしめるに、丁度良い按配の コロナ菌が適正な武器ともいえる?
・・・・・・ 6615,閑話小題 〜平成の終わりに 〜3 2019年04月26日(金) * 遊び、学び、働きからみた平成の意味は? 人生の意味を考える時に、フランクルの哲学が参考になる。彼は、 ≪ <生きる意味は自ら発見するものであり、苦しみは真実への案内役だ>と。 <人生に期待するのでなく、人生の方が私たちに期待している>が印象的。 そこで自己超越のための3つの意味(価値)ーを、挙げている。 1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味 =仕事・子育て・学問・芸術 2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味 =自然・芸術・愛 3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで得られる価値・意味= 極限状況の中での尊厳ある態度。 また、ー人生には発見されるべき価値や意味があるーとして 1・意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる) 2・意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である) 3・人生の意味 (創造・体験・態度など生きる姿勢の中に意味を見出す) の3つを上げている。フランクルは、「生きるとは価値判断(学習)と選択の 連続である」という信念が一貫してある。よく遊び、よく学び、よく働くことだ。 それに喜怒哀楽を開放してやることだ。≫ ― 昭和の終わりごろ、時代が世紀末にかけて大きく変わろうとしていた。 ソ連と東欧の崩壊。国内では、バブルと、その崩壊である。太平洋戦争以来の、 第二の敗戦である。何ゆえに、ここでフランクルの価値を取上げたか? それは、 価値観の根本的転換期だった時節が昭和と平成の境目ということ。 それだけ、大きな区切りが、改元の意味するところ。アメリカに捻りつぶされて しまった敗戦処理の時代。 右上りから、右下がりに方向転換をしたのである。 その時代認識が、甘かった結果が、私の現在の結果である。と、同時に始まった 本格的情報革命。ネット社会が、平成の時代に、現実社会を覆ってしまった。 情報量が一億倍? が、日々の生活を一変させている。 ― ・平成の時代の私的な出来事では母親の死になる。51歳時だったから22年前の 平成9年になる。昭和では27歳時の父親の死亡。大きな後ろ盾を無くしたが、 何かから自由になれた感覚もあった。昭和の終わりが1989年1月08日といえは、 その年に東西の壁が崩壊、その2年後にはソ連が崩壊した。ルーマニアで革命が 起きて、チャウスクスが殺された。また美空ひばりが亡くなった。 ・次に日本経済の敗戦といわれる、バブル崩壊。 日本経済の土地バブルと、 崩壊はその後の「失われた20・30年」につながりる。そのバブル形成の起点は 1985年9月22日の「プラザ合意」。バブル崩壊の開始時期は、定説があるようで はっきりしてないが (1)1991年(平成3年)3月説 (2)日経平均株価が下落に転じた1990年1月説がある。 平成はバブルの崩壊と低落傾向の30年だった。 これは、アメリカによる日本潰しの臭いが非常に強い。アメリカが作成した 日本経済潰しに何ら抵抗することなく、バブルに踊り、潰されたのである。 太平洋戦争の戦勝国が、抵抗力の全くない日本を手の平で、ヒネリつぶした30年 が平成の時代ということ。しかし、その自覚が国家にも国民にも何もない。 平成の間の国債発行高は? 考えただけでも恐ろしくなる。 ― ▼ こうして、平成と昭和を分断して、国として、私自身の事業を振返ると、 まだまだ、総括が甘い自分に気づかされたテーマになった。 国家として の日本は、あまりにも無惨。 近未来の姿が韓国と北朝鮮。 国家の態(体)を 成してない韓国を透視できても、自国のこととなると… 成るほど、バブルに 踊り、流された日本と、その縮小版の我身。最後は、態度価値を変えることで、 そのまま受容するしかない。 第一のバブル崩壊が『平成』の時代なら、 『令和』は第二のバブル崩壊の象徴? そこに『東京オリンピック』ともなれば… 平成天皇は丁度良い辞め時か。少しリーマンショックの2008年に雰囲気が似てきた。 私にとって平成は決して悪い時節ではなかった。事業の断捨離。厳しい返り矢だが、 決断すべき事態だったのが現実。 『昭和、平成』の時代から『令和』ですか! 『たどたどしく辿り着いた!』が、実感。 それと面白かった! が… 『あなたにとって、平成とは、どんな時代でしたか』の特番が(少)ないような! 昭和と平成のどっちが、良かった? と問われたとしたら、「へ・い・せ・い」。 なまなましいのは「しょ・う・わ」。とすると、『令和』は、何の問いですか? ・・・・・・ 6252,閑話小題 〜長屋のコンニャク談義 2018年04月26日(木) 熊: 何だよ、急に。 大家: 去年の同月同日のテーマを見て、急に思い立ってさ。 金ちゃんのことなら、御前ならズケズケ言うに丁度良いからさ。 熊: 俺だって、こんな兄殺し、叔父殺しの奴の悪口など話したくないね。 寅: 朝鮮といえば儒教の国だろう。そりゃ罪悪感で日々、恐れ慄いているさ。 それと、暗殺の恐怖もさ。側近と、その親族を根こそぎ処刑しているからね。 熊: 急に態度が変わったのは、締付けが効いてきたからさ。でもさ、誰が どうみても、核兵器も、ミサイルの放棄など、するわけないよ。 寅: 米朝首脳会談前に強硬派のCIA長官が渡朝し、厳しい前提条件を突き つけたはず。突如、中止になったり、会談が決裂したら、即、戦争の危機さ。 大家: 私は悲観的さ、アメリカは本気で戦争をするとみている。ロシア疑惑と、 秋口の中間選挙対策もあるし、中国、ロシアへの見せしめもあるしね。 やらない訳がない。それを前提に、これからの一連の会談を見るといいね。 熊: でも、トランプってバカだろう。プーチンがスパイ網全てを使って 大統領に押し上げた男。バカを大統領にして、子バカを嗾けただけだろう。 寅: おいおい、本当のことを言うと、暗殺されるぞ。 熊: 北、アメリカのどっちから? …ああ、両方かい。 八: プーチンは、世界を支配しているのがユダヤ資本と看破していて、憎悪に 近い感情を持っている。だからトランプを大統領に当選させて、北と相討ち をさせるのが戦略。かなり際どい日々が続くことになるね。 大家: 下手なハリウッド映画のようだな。トランプとプーチンじゃ、器が 違い過ぎ。政治家としての余命からして持ち時間の量が格段と違うよ。 寅: 悪い夢をみているようだね。でも、プーチンの、ありゃないよ。 熊: アメリカの俺程度の白人が支持層だろう。それなら、如何ともなるよ。 俺たちのレベルは、とにかく目先さえ良くしてくれれば、それで良いのさ。 そうだろう、それしかないからね。 寅: 俺も、熊に近い方だからね。でも、クリントン女史じゃ、あのままだろう。 八: どっちの政党でも「金持ちによる、金持ちのための政策」は変わらないよ。 日本は地政学的に、アメリカと中国の境目に位置している恩恵を忘れない ことだね。 熊: 世界の3分の2は、俺のような貧民の奴隷層だろう。しかし全く自覚が 無いんだよな。 寅: 日本人というだけで、3分の1の層だよ。でもさ、最近、つくづく貧しさを 感じるんだ。一生懸命働いて、生活するだけ何も残らないんだよ、何も。 大家: 三食食べて、こうしてノウノウと政治談議が出来るだけ、有難いと思わ ないとね。だけど、危ない状況の現状認識を忘れないことさ。
・・・・・・・ 5885,閑話小題 〜北朝鮮問題 2017年04月26日(水) * 北朝鮮の結末は 北朝鮮の記念日の核実験はなかった。中国が原油を止める事態ともなれば、 国家の存続が出来なくなる」という理由が出来て面子も立ったからだ。 それにしても、中国が原油供給停止の恫喝とは驚き。このままでは、そう遠く ない時期に戦争か、原因不明の病死の発表で体制が変わるか? 韓国に米国人20万人が滞在しているため、アメリカの奇襲攻撃がないこと位 は、南北朝鮮の人たちは知っている。ちなみに、駐韓日本人は6万人とか。 しかし目先を乗り越えても、年内か来年辺には?・・ 近未来も同じなら、 今やっても同じと考えても不思議ではない。韓国人の7割が移住希望を持って いるというのも、理解できる。 このところ、沈黙を保っているロシアのプーチンにとって、朝鮮戦争は、 願ったりかなったり、とすると、この男がカギを握っているのかも。 小狡い北狐、中国からロシアに原油供給を委ねる可能性もある。 ところで、韓国内は、この手の北の恫喝には慣れたもの、5月9日の大統領 選挙の方に遥かに注目度が高いという。 * 結局、今年の花見はなし 悠久山と福島江の恒例の花見、今年は行かずしまい。 近年、悠久山の花見 に行かなかった記憶はない。(信濃川土手の公園の桜は、早朝のポタリングで、 自転車を乗りながら見ていたが)。 毎日のようにTVで、世界の絶景紀行 モノを見ているのも影響している?のか、桜の当たり年ではなかったためか? 北朝鮮の恫喝のニュースで、そんな気分になれなかったのか。(それほど、 シャイでもないか) 鶯の鳴声を一度だけ、信濃川土手河原で聞いたが、自宅 の庭と、近所では一度も聞くことがなかった。 ・・・・・・ 5155,理性と感性と悟性 2015年04月26日(日) * 理性とは何か 学生時代のゼミで何気なく私が発した言葉が。「理性とは何ですか?」 あまりに唐突だったので、誰もがポカンとしていたが、それを簡潔に解釈した 内容を47年後にネットで見つけた! ネットと暇な時間は便利である・・ ≪ カントやヘーゲルによって展開された「ドイツ観念論」を理解するためには、 まず、感性と悟性と理性という三つの能力を区別する必要がある。 主体としての人間が対象に働きかける仕方である。 ・「感性」は「直観」の能力であり、時間と空間という形式を持つ。 (「直観」とは、カントの場合、見たり、聞いたりする感性的(=感覚的) な直接知を意味する。)我々が何かを見たり聞いたりする際には常に、その条件 として、時間と空間という形式が先行しているはずである。我々は物(あるいは 何かのイメージ)を空間(および時間)なしに考えることは出来ないのだから。 ・「悟性」と訳される「フェアシュタント(Verstand)」というドイツ語は、 「解る」「理解する」という意味の動詞(verstehen)から来ていて、 「理解する力」「常識」(英訳は、"understanding")を意味する。 その純粋な形式が、カントが「カテゴリー」と呼ぶ、判断の論理的形式である。 (これには、肯定や否定という判断の「質」、存在や全称という判断の「量」、 実体や因果性という判断の「関係」、必然や可能という判断の「様相」がある。) ・これに対して、「理性」は、より高次の、悟性の判断を総合的に関係づける、 推理の能力である。例えば、「人間は死ぬ」という命題は、「生物」という 媒概念を介して、「人間は生物である」「生物は死ぬ」という二つの判断を 総合したものである。英語でいうと、リーズン。つまり、「理由」「根拠」 「道理」を意味するのが「理性」である。なぜ?と問いかけたとき、 「なぜなら〜だからだ」と答える力が理性になる。≫ ▼ 「感性」は直感能力、「悟性」は理解能力、「理性」は「高次の推理能力」、 つまり高次の理由づけ、根拠づけになる。世間の噂話レベルは、身近な世界 の空間・時間が先行するため、一般的には「あの世界」に埋没する。 理性の真逆の世界。理性を高めるには、「ぼんやり時間」を意識的に持たねば ならない。「ぼんやり」とは、闇の世界で迷子になっている状態。その5文字は 1、「闇」―蛍と星とダークマター 2、「独」―独りでいること 3、「閑」―逆茂木に囲まれて 4、「怠」―「1日4時間労働」の夢 5、「懶」―心の余白 である。 いっけん、理性の世界とは真逆のようだが、この状況から、感性も、 悟性も、理性も研ぎ澄まされる。高次の道理の追求ということ! ・・・・・・ 5520,閑話小題 〜寺院消滅が止まらない! 2016年04月26日(火) * 寺院消滅が止まらない! 葬式といえば、今では節約対象の一番の対象で、地味葬が求められる。 葬式業者に頼んで、坊様への謝礼は、一番、削る対象になる。これまで 続いてきた葬式に対する習慣が一変し始めた。 あるレポートに、 「寺院消滅が止まらない!」があった。〜その概要とは〜 ≪ 団塊世代も死期に入り、葬式、法要が増えてきたが、以前ほど、49日法要、 一周忌法要、三回忌法要、七回忌法要など言わなくなった。大都会に集中し、 地方の過疎化と、家制度の崩壊が背景にある。あと10数年もしないうちに、 寺院の三分の一が住職不在になるという。 江戸時代に、戸籍管理を委託され、 それを良いことに、好き放題に搾取してきたことに檀家が、気づき、離れて いった歴史がある。で、今では半数近く住職の収入が300万前後。 2040年までに人口に占める若年女性人口(20歳〜39)の割合が、 現在よりも50%減少する自治体を「消滅可能とし」として全国の自治体の 将来人口を推計した。人口が減れば当然、寺も減る。 日本の寺院の役割は大きく二つある。「寺=信仰」、「墓=供養」である。 鹿児島県では、明治初期に、全国で吹荒れた廃仏毀釈により1066の寺院が すべて消滅、現在では490まで戻した。それでも寺院が少ないのが目立つが、 寺院の存在意義を、団塊世代以下の人たちが、見出さなくなったことが大きい。≫ ▼ 寺院が食べていける「檀家」数が、最低で200軒。これでは、地方の寺院 が消滅化は当然の流れ。何ゆえ死を恐れるかといえば、人生を充分に生きて こなかった結果、やり残したことへの無念と、死んだら、生臭い永遠の中に、 消え去る不安からくる恐怖。更に、身近な人の葬式で、彼岸に見送る儀式をし、 重油で焼かれた骨を墓に収めて終わり!とする共同幻想の儀式。で、後は、 法要で、生きている人たちが、世間向けに亡き人の思い出話。これは形を 変えた昔のレジャー、それはそれで、残された人たちの魂の慰めになる上に、 当人の慰霊になっていた。でも、これは、別に法要をしなくとも、仏壇の前で、 心を篭めれば、毎朝、出来る習慣。お墓は、死後の世界を信じる人の祖先様の 共同住宅という幻想の場。そう思えば、心が休まる。 後記)書き終えた後、以前、似たテーマで書いたのではと、ブログ内検索で 調べてみると、二回も書いていた。で、「没にしようか」迷ったが、これは これで載せることにした。戦前までは大方を占めた、情報不足の人にとって、 その法話は、有難たい心の洗濯、人生を考えさせられる内容だったが、今では TV、ネットで一般人の方が数多の知識がある。法難は、寺院に吹き荒れる。
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| 6981, 閑話小題 〜支給された10万円、何に使うか? |
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2020年04月25日(土)
* 70歳半ばに至らんした現在、PC…何に買換える? このパソコンの買換え時の手がかりを次男に聞いたことがあった。 その時に、ノート型なら、元IBMの機種のパット機能があるのが便利。 しかし東芝がノート型に力を入れているので、それも良いが、便利さを何処に 求めるかによる!」と言われた。今さら欲しいものもないが、使いやすい最新の パソコン。現在、使用しているのがソニーのVIO。iMacから4年前に買い替えたが、 デスクトップとノート型の中間のイメージで、中途半端。同じ機能のノート型に すれば良かったと、後悔が残ったが、はや、3年半、経過した。 以前、5年以上使っていたパソコンを見た友人に、『PCは3年経過したら有無を 言わずに新しいのに買換えが常識』と注意されて、直に買換えて、納得した。 この連休の巣籠には、室内での新たなPCの選定作業に丁度良い? ― * 新型コロナ・パンデミックの中間おさらい この3ヶ月のパンデミックで世界は一変してしまった。ポスト・パンデミックが 言われ出てきたが、元に戻ることはないのは間違いないようだ。中国、ロシアに プラスの要素が多いようだが、これだけH、先々、不透明の事態。最後は、体力 勝負になるが… 気になるのが、<二種類の新型コロナ菌が絡まり、中国国内もの が軽くて、欧米ものが重篤!> のところ。 中国による細菌テロなら、米中世界 大戦の可能性が出る。中国サイドはアメリカ軍による細菌テロの可能性をコメント している… 何やら北朝鮮の何様の病態と、行方が問題になっている。 それも、 この辺りと関係している? この連休を含め5月末まで、何があっても不思議でない。 昼間、街中に、いやに車が多い。有給…休暇の最中、家の中では息が詰まるため、 近隣の遊園地までドライブですか。 …問題は、二波、三波のパンデミック。
◉ 新型コロナ菌: 俺らたちを悪党呼ばわりしているけれど、人間ほどじゃない。 大自然様から派遣された俺たちを細菌兵器というけれど、これって人間様の所業 じゃないか。解るだろう… これは、権力者にとって権力掌握にとって最高の事態。、 ‘御前ら人間よ、何をしているのか。これじゃ、自滅じゃないかい!’ 狂った猿 の最終のアガキ!じゃないか。 このパンデミック、大きな問題提起である。 ― * プロ野球も、無観客試合で 大相撲、同様にプロ野球も無観客試合で開催のようだ。無観客をカバーする 大型スクリーンにによる観客を組み込めば、それなりにカバーすることが出来る。 観る方にすれば、観客の声援は、あくまで二の次。 事態は戦時の非日常世界と 割切れば… 何があっても、続けることに意義がある。
・・・・・・ 6614,閑話小題 〜平成の終わりに ―2 2019年04月25日(木) * あと5日ですか 前回、「平成」を私の人生にとっての後半と位置づけ、「令和」の時代を 余白とすると、これからの人生の生き方が見えてくると書いた。 そこで、 昭和の54年間と、平成の30年の行蔵の充実度を、この数日の間、自分自身に 問うてみた。 当初は後半の「平成」が面白かった?と思ったが、結論は、 五分五分、乃至は、時間比率そのままの3対2で「昭和」になる。 やはり 右上がりで阿波踊りが何とも面白く、充実していた。ただ、平成の30年の 情報量が一億倍という情報革命を垣間見ることが出来たことと、43回の 「秘・異郷ツアー」の参加経験を考え合わせると、五分五分の充実度が あったような。人生、何れの場面をとっても、そう甘いものではなかった。 最後の最後は『あと味の悪いことは可能な限り避ける』の判断基準が、何とか、 自分の魂を守ってくれた? ようだ。それでもフラッシュで夜半、眠れない こと多し。昭和に9回、平成に43回、合計52回の海外旅行。そこでの大自然を 中心とした様々な邂逅の思い出は、決して金では買えない行蔵の大きな御宝。 これだけは、「もっともっとの後悔」は全くない。だれも、それぞれのライフ ワークを持っているが、私のは、これに小さいながらの45年の創業物語と、 このブログ。そして、様々な場面で出会った大自然と、縁あった人たち。 四苦八苦も、四楽八楽のために必要な経験と思えば、それはそれで… 平成の30年、何とも味わい深く、感動、感激な場面に満ちていた。 昭和のイベントで、父親の存在と死。平成は母親の死が最大の二人称での 出来事ですか。とすると、「令和」は自分になるが、この経験は自分自身 のため、不可能。 平成というキーワードから考え合わせると、現在、 置かれている己の立ち位置が浮かびあげってくるような。 『平成を、昭和につづき、全う出来て有難い!』って、言うところ。 『その様で、何をぬかすか!』って?『そう思うしかないじゃないですか?』 が、今日のオチ! 最後の? が、!でないところが… 味?
・・・・・・ 6251,閑話小題 〜北が核放棄? 何を今さら 2018年04月25日(水) * つれづれに 先週末に、NHKスペシャルで、三回にわたり、金正恩の特集を組んでいた。 北が核放棄というが、全く怪しいもの。北朝鮮ウォッチャーの女性評論家が、 「その確率は2%」と宣っていたが、そんなもの。これまで、ことごとく、 約束を反古にしてきて、誰が信じるか? 問題は、明らかに耄碌な人、 トランプの甘さ。 あそこまで罵倒した黄色人種を、白人ファーストのアメリカの極右が 見逃すわけがない。何があっても殺戮するのが、あの国のやり方。 そんな、甘くはない。アメリカと英国が組んだら、まだ圧倒的軍事力がある。 英国のEU離脱も正しい判断かも知れない。その背後にプーチンの影が見え隠れ。 ―― 野口悠紀雄の『「超」リタイア術』を10年ぶりに本棚から手にしたが、 さっそく、目に飛び込んできたのが、 「リタイア=将来のために現在を犠牲にする時代から卒業すること」の文字。 リタイアしてまず実感したのが、このこと。これまでの「会社のため云々」の ワク組のタガと、常に3〜5年先から現在をみる奇妙な習性から解放された 爽快感は計り知れない。夢の実現のための日々を過ごしていた20,30歳代の 日々は、それはそれで悪くはない。あれは犠牲でも何でもない。 サラリーマン人生とは違う生き方をしてきたこともある。自ら望んで始めた 事業の苦労は犠牲ではなかった。リタイアで、大方の人は、コペルニクス的 転換が、この言葉に込められている。将来のため、(役職に応じた)会社の ためが、今度は用無しの身分になり、自分のための人生に直面する。 問題は、仕事とは別にライフワークを持っていたかになる。ここで、世間教の 皆様方が右往左往を始める。世間話が趣味ともなれば、半径500m内で群れる ため、行蔵のない人たちの空疎の群れになり、生きてきたように死んでいく。 それも人生だが… 何れにしても砂利は砂利、大して変わらないですか。
・・・・・・ 閑話小題 〜馬の腹中で一夜を過ごす 2016年04月25日(月) * 馬の腹中で一夜を過ごす 先週のシネマ、『レヴェナント』の中で、追手に追詰められて、断崖から馬 もろ共、落ちた主人公のデイカプリオが、林の木と馬がクッションになって、 何とか助かるが、その前に熊に襲われた重症の身で、激寒の中で、一晩を 過ごすが、その時、死んだ馬の内臓を抉り出し、素っ裸になって腹の中に 潜りこむ。息子の復讐のための執念が、一瞬、それをさせたが、朝、腹の中 から血だらけで出てくる姿は圧巻。これでデイカプリオはアカデミー賞の主演 男優賞を貰ったが、さもありなん。 以前、読んだ慧海の『チベット旅行記』で、ヒマラヤ超えの山中で、雪の中 で、連れていた二匹の羊の間で何とか一晩を過ごす場面に驚いたが、これは 馬の生肉の腹の中! こういう話は実際に、あるのだろう! とこで、40数年前に、居酒屋・養老の滝のFCを、建てたばかりの飲食 ビルで始めた数ヵ月後に、近くの肉屋の人が来て、「朝、潰したばかりの豚肉 のツナギのルートがある」というので、見せてもらったのが、舌から大腸まで 繋がった内臓一式。思わず吐きそうになるほど生々しい。これを自ら捌いて、 串に刺して焼いて売ったのが、戦後、何もなかった下町の飲食店と屋台。 必死さが、それも平気で捌いてしまう。事業の出だしとして、私にはベスト の経験になった。それと飲食店のカウンターの内側と外側の大きな段差の違い。 要は、腹を括れば何でもできる。時にサラリーマンが、「屋台をひいても、 自分で商売をしたい」とか言うが、腹を本当に括れるかどうか。 括れない 人が、腹を括った結果を痛烈に批判する。気持ちは分らないでもないが・・
・・・・・・ 4048, 一時停止 ー6 2012年04月25日(水) * 人間は大文字で書かれた矛盾 「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010 ≪ 唐突なようだが・シモーヌ・ヴェイユのことばを孫引きさせてもらう。 (精神がつきあたるもろもろの矛盾、それらのみが実在するものであり、 実在性の基準である。想像上のものには矛盾はない。矛盾とは必然性の 如何を試すものである) (存在の奥深くまで体験された矛盾、それは我々の身も心も引き裂く。 それが十字架である) 自己弁護のためにひくにしては、これらのことばがあまりに痛切であることは 感じてもらえるだろう。私は十字架にまで到達できる人間ではないけれども、 せめて矛盾をかいま見る地点にまでは行きたいと思う。矛盾の一方に身を 置けば、たしかにそこにも悲劇は待っていよう。作家の自殺のいくつかは そうした場所で行われたのではないかと私は想像する。だが矛盾そのものを 生きることは ―それは私には想像もつかない。ヴエイユの言う矛盾は、 いわば大文字で書かれた矛盾であり、人間そのものと言っていいと思うが、 そのことが、つまり究極には矛盾しかないのだということが、私に勇気を 与える。私の出会うもろもろの小さな矛盾も、最終的な矛盾と構造的に結ば れているに違いない。ひとつの矛盾を解決し得たと思うとき、それがすでに もうひとつの矛盾のはじまりになっている。その無限地獄にこそあるいは 書くことに第一原因がひそんでいるのかもしれない。―その辺でやめておけ。 おまえにはそんなことまで論ずる資格はありはしない。どうしてそんなに 大仰でこわばった口しかきけないのだ。 おまえの内なる自然の荒廃は その口のききかたからもあきらかだよ。見栄をはって、もっともらしい 愚痴を人に聞かせる暇はもうないそ。 (一九七二年) ≫ ▼【 ヴェイユの(精神がつきあたるもろもろの矛盾、それらのみが実在 であり、実在性の基準である。想像上のものには矛盾はない。矛盾とは 必然性の如何を試すものである)】が良い。人生を総括すると矛盾の塊である。 しかし、その矛盾こそ実在であると知れば、人生を、そのまま受け取ることが 出来る。「矛盾は人間そのもの」とすれば、自分だけでなく他人を受け入れる ことも出来よう。激しく生きるほど矛盾は大きくり、その重圧に潰されながら 生きていくことこそ人生の味わいを深くする。人間は矛盾だらけか〜 他人のそれは見えても、自分のは見たくないもの。 ・・・・・ 4422, 糞袋の内と外 2013年04月25日(木) 「糞袋の内と外」石黒 浩 (著) 「世界の中の自分は時に不自由であるが、世界を飲み飲んだ自分は自由 なのである」という新聞広告にひかれて、アマゾンで、この本の内容紹介を 読んでみた。まだ発刊して間もないこともあり、レビューも何もない。 パソコンとネットの機能から、逆に人間の脳の機能を逆照射した哲学を読んだ ことがある。 ロボット工学者が、人間の形を持ったロボットの視点から人間 を見つめると、また違った何が見えてくる。 まずは ー内容紹介ーより ≪ 人間は感覚器が集まった糞袋。しかしその糞袋は、自分が自分である ということを確認する手段を持たない。CNNの「世界を変える8人の天才」 のひとりに選出されたロボット工学者、石黒浩。最先端のテクノロジー開発 を通し人間の本質を見つめる中で、「生きるとはどういうことか?」 「人間とは何か?」という問題を常に問い続けている。【人間を「糞袋」 と捉えることで、どのような答えが浮かび上がるのだろうか? 】約2年間に わたって発信してきたツイートをもとに考察を深め、いま本当に伝えたい メッセージを丁寧に綴った、渾身のエッセイ。≫ ▼「人間は感覚器が集まった糞袋」と「世界を飲込んだ自分は自由なのである」 という意味について考えてみる。まず「人間は感覚器が集まった糞袋」を、 「人間は考える製糞器」であると言い替えると、動物とロボットと際立って 違うところは、動くエネルギーが動植物系と電気かガソリンの違いになる。 人間の燃えカスは、一度、糞袋に溜められて排出される。人間は世界を飲み 込んで(環境を直感して主体的に)動くところが違う。それも自由度が高い ほど人間度が高い、ことになる。自由こそ人間たる要素である。 世界を知り、そこで方向を探し出し、常に環境の変化に対応し、殻を破り 続ける糞袋が人間の本来の姿。だから、身近に飛行機、自動車、自転車、 パソコンなどの身に合ったツールやシステムを使いこなし、自由度を高める ことが必要。優秀なロボットを創ることで逆照射をして、人間の本質を探る 切り口は新鮮。人間の肉体を内と外面をシビアに捉え完成に近づける過程 から見えてくる姿は、哲学でいうところの「他者」と「自分」の関係を 考える上で面白い。この工学者は、自分の姿のロボットをつくり、生身の 自分から見つめている。第三者が触ったり、殴ったりした時に何かを感じる はず。これは自己承認や、他者承認の問題に似ている。ロボットから見たら 糞袋に過ぎない人間の肉体。ロボットのように、第三者からの指示や プログラムでしか動けない哀れな糞袋が、あまりに多い。そういう私の貧弱な プログラムこそ最も稚拙!後悔先に立たず。自分を腹から笑えるだけ、 まだましか。
・・・・・・ 5884,本物の教養 −3 2017年04月25日(火) <人生を面白くする 本物の教養 〜出口治明 (著) > * 教養とは、そもそも何か? 「教養とは、知識、経験から養われた素養」と、考えてきた。 そのベースには、地縁、血縁、学縁の影響を受け、文化、文明と、時代背景 の影響を受ける。 第1章の目次そのものが、その説明になる。 ≪ 第1章 教養とは何か? ・人生を面白くするためのツール ・知識は手段、教養が目的 ・「自分の頭で考えられる」ことが教養 ・バロメーターは「腑に落ちる」という感覚 ・「腑に落ちる」ことが本気を呼び起こす ・意見が決められないのは「考え不足」が原因 ・「反対のための反対」に陥っていないか? ・いま教養人であることが求められている 〜第1章「教養とは何か」からの抜粋… ≪ 教養とは何でしょうか? どうして人間には教養が必要なのでしょうか? もし、そう質問されたら、私の答えは「教養とは、人生におけるワクワク すること、面白いことや、楽しいことを増やすためのツールです」という一言 に尽きると思います。よりワクワクする人生、より面白い人生、より楽しい 人生を送って、悔いなく生涯を終えるためのツール、それが教養の本質であり 核心であると私は考えています。 「あの人はすごい教養人だ」と他人に評されるかどうかなどは、どうでもいい ことです。教養とは、人からの評価を高めたり箔をつけたりするためのものでは なく、自分の人生をより彩り豊かにするためのものだと思います。 ですから、教養を高めれば人生をもっとエンジョイできるのに、どうしてそう しないのか、という逆の問いかけもまた可能です。 日本人は、�狄瓦良�〞が不足しているように感じます。とくに戦後の日本人は そうではないでしょうか。焦土から立ち上がって、とにもかくにもアメリカに キャッチアップしなければという時代が長かったので仕方がない面はあります。 だとしても、関心事が経済やビジネスに偏りすぎているように思えてなりません。 日本人も、かつてはもっと人生をエンジョイしていました。 室町時代には奇天烈な装束を身にまとった武士が大勢いました。「婆娑羅大名」 や「傾奇者(かぶきもの)」と呼ばれた人々。いまで言うパンクファッション。 日本人は元来、楽しむことが大好きな民族なのです。 戦後このかた、そういう感覚が追いやられすぎていたのではないか。 人生をもっと楽しむ心があれば、人間的な幅が広がり、魅力がより醸成され、 個人として熟成されます。突き詰めて言えば、教養とはそのためのツールに すぎないのです。 教養を身につけるには、ある程度の知識が必要です。教養と知識は、不可分の 関係にあると言っても間違いではありません。しかし、勘違いしてはいけない のは、知識はあくまで道具であって手段にすぎないということです。 決して知識を増やすこと自体が目的ではありません。 知識が必要なのは、それによって人生の楽しみが増えるからです。 サッカーを知らなければテレビでワールドカップを放映していても面白くも 何ともありませんが、サッカーを知っていれば最高の時間になります。 知識はその人の興味の範囲を広げてくれます。それが「教養化した知識」です。 別に興味の範囲を広げようなどとは思わない、面白いことは一つあれば十分 だという考え方もあるかもしれません。もちろん、それはそれでいいのですが、 興味の対象が多ければ多いほど、本当に自分が好きなものや、打ち込めるもの が見つかる確度が高まります。つまり、選択肢が広がるのです。自分が本当に 好きなものは案外見つからないものです。面白いことが多いのは決して悪い ことではないでしょう。 また、面白いことは一つで十分だと考えていると、 食わず嫌いに陥る可能性があります。食べてみたらすごくおいしいと感じる 食事であっても、食べてみなければそのよさは分かりません。≫ ―― ▼ <「教養とは、人生におけるワクワクすること、面白いことや、楽しい ことを増やすためのツールです」でなくとも、広く深い知識は必要である。 その質量が視界と行動を促すことになるからだ。著者が、教養を広めるに、 「旅」が非常に有効という。私の旅行はパックツアーが主だが、最終日の ホテルは主要都市の豪華ホテルと、美術館と史跡が組込まれている。 秘異境ツアーには、アフリカ大陸や、南米大陸には、大自然、史跡などの 文明、乗り継ぎの主要都市には観光地と美術館・博物館巡りがセットされる。 この、どちらかというと、オマケも、回数を繰返すうちに目が肥えてくる。 「わくわく、どきどき」することを求めると、それが教養として身に付く事例 である。人生にとって遊びほど大切なことはない。問題は、「良く遊ぶこと」 その「良く」は、世間により淀むが、その解放から質的にレベルアップする。 < 達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ >
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| 6980,閑話小題 〜TVキャスターだった岡江久美子の死 |
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2020年04月24日(金)
* これも、下々に効くわ〜 居酒屋の主人が、『志村けんが亡くなった翌日から客足が途絶えた』と宣う。 現場では、影響が直接、実感することになる。この岡江久美子の死は計り知れ ないほど大きい。 特に苦労を供にしたTV関係者の哀しみは、大きい。 〜ネットには < 薬丸と岡江さんは1996年9月から2014年3月まで17年半にわたり、 TBS系情報番組「はなまるマーケット」の司会を務め、同局の「朝の顔」と してお茶の間の人気を集めた。「はなまるマーケットでお世話になって17年半。 芸能生活38年の中で一番長く一緒にお仕事をさせていただき、プライベート でも仲良くさせていただきました。今はこの事態を冷静に受け止めることが できず、心が乱れ、言葉も出てきません」と記していた。 …昨年末に初期の乳がんの手術を受け、1月末から2月半ばまで放射線治療を 受けたという。関係者は、免疫力が低下していたのが重症化した原因ではないか と推測した>とあった。 ― ▼ この中で直接被害を受けるのが、地元密着銀行。首都圏への集中と、 自然災害の被害で体力を奪われた地方都市の中で、体力が激減。 その上の、これ! ジワジワと真綿で絞められたような2001年の9・11テロから 2008年のリーマンショックから2011年の東北大震災の10年分の幾つかの津波が、 この数年に集中して襲いかかろうとしているため、覚悟はしておくべきである。 この恐ろしいのは、リーマンショックと違い、下層が破壊され、彼らの行場が 破壊されてしまったこと。次の直接的打撃が、地銀以下の金融機関になるため、 ことは重大。これにネット化の普及なら、救いようがない。 〜 < 新型コロナウイルスの被害拡大で多くの業種が苦境に立たされる中、 このところじわじわと存在感を増しているのが、地方銀行など地域金融機関。 コロナ対策の緊急融資が国・自治体から要請され、地域の中小企業・零細企業 を支える役割がクローズアップされています。しかし、拙速な融資の拡大は不良 債権を生み、地域金融機関の破綻、ひいては地域経済の崩壊を招く危険性があり、 諸刃の剣とも言えます。地域金融機関は、地域経済を救う救世主でしょうか、 それとも地域経済の崩壊という大爆発を引き起こす弾薬庫でしょうか。 2019年3月決算で全105行の4割を超える46行が本業で赤字です(金融庁)。うち27行 が5期以上連続の赤字です。株式売却益などで何とか決算を取り繕っていますが、 専門家・関係者の間では、「生き残ることができるのは半数以下」 「20行もあれば十分」と言われています。 全国各地で、生き残りをかけた 合従連衡・再編が進められています。 (FG=フィナンシャルグループ、カッコ内は発足年)。 九州FG(2015)=肥後+鹿児島 コンコルディアFG(2016)=横浜+東日本 めぶきFG(2016)=常陽+足利 関西みらいFG(2018)=近畿大阪+関西アーバン+みなと 東京きらぼし(2018)=八千代+東京都民+新銀行東京 第四北越FG(2018)=第四+北越 ふくおかFG(2019)=福岡+熊本+親和+十八 > ― これから更に統合という名の、淘汰が続くことになる。 日本にとって、いや、世界にとって、この『新型コロナのパンデミック』 それ以前と、それ以後と明確なラインをひかれることになる。
・・・・・・ 6613,閑話小題 〜平成の終わりに 2019年04月24日(水) * 人生後半の時代だった… ◉ 私にとっての「平成」の30年の意味づけをすると、『人生後半』の時代。 『令和』はオマケ… いや余白でもいい。で、残された私の人生は余白ですか。 太平洋戦争敗戦の半年後から「54年の昭和を生き」、後半は「平成の30年あまり」 を生きながらえ、余白の「令和」の入ろうとしているということ。気持ちの上で、 老け込むのは仕方がない。 ◉ 昭和の54年は右上がり、平成は右下がりは、日本経済と同じ。既に破綻して いる経済を、国家予算の半分を国債発行で維持しているのがアベノミクスの正体。 国民は目先の安寧を求め、近未来の国家財政の破綻から目を逸らさせる政策を 支持している。令和の時代は、昭和、平成に積上げたマイナスに直面し、右往 左往する時代。字面とおり表面を平和に装っていたのが、冷たい負の遺産として、 「冷たい」平和ー> 令和になる予兆の響きがある。令和の時代は決して明るく ないというのは、私の年齢が言わせている? 国家も、私自身も、昭和に稼いだ プラスの遺産を、平成で使い果たしてしまったということ。 ◉ 平成を<「情報革命」で世界が劇的変貌を始めた時代>と位置付けが出来る。 スマートフォン、タブレットPCを万人が持ち、ネット社会が現実社会を覆い、 現実社会を激変させている。ホモ・サピエンスが多くの人類の中で唯一生延びた 要素が妄想。それを共有する能力が人類の最大の能力とすると、このデジタルの 進化そのままが、人類をホモ・デウスに進化させる可能性がある。 その反面、 それが人類、ひいては生命そのものを絶滅させる可能性がある。 ◉ 令和天皇が80歳まで20数年、在位するとして、『2045年問題』の時代の 世界の予測は不可能! 1989年に、その後の変貌を誰が予測できたか。 アメリカが間違いなく、国家としてピークを過ぎ、それに代わって中国が 台頭してきた。紆余曲折の上、重心が中国に移動。それとともに、日本の 地勢的立場も変わっていく。 ◉ 私自身、何が変わった? 18年前に個人HPを開設、毎日、一テーマの文章を ネット上に公開、現在に至っている。それはひいては、馬鹿の壁の公開でも。 プラスが3、マイナス1か、実は逆? 今さら、如何にもなりはしない。 ただ集中した刻印は残ったことになる。このお陰で?で、自分の内面と他者の 内面がメビウスの輪のような繋がりが数限りなく増えたような? 10数年前に 書いた人と、内容は? それと現在、再読している私と第三者の読者は?
・・・・・・ 6250,閑話小題 〜死のむこうには? 2018年04月24日(火) <魂でもいいから、そばにいて─3・11後の霊体験を聞く 奥野 修司 (著) > * 霊的なものは身体や脳という物質を介さなければ… 霊的な世界を簡潔に説明している個所である。霊感に関しては体質の問題で、 全く霊体験をしたり、持ったことのない人には、解りようがない。何度か経験 してきたが、現在は薄れている。私は父親の霊?が、10年近く体質化して心底に あり、不思議な現象を度々、経験をしていた。孫のようにように幼児の頃から、 愛され育ったこともあり、元もと、脳内などに染み込んでいたことも… それにしても、死ぬまでの、生への渇望のエネルギーには、驚いてしまった。 丁度、27歳、起業へのジャンプ台から飛び出すに、このエネルギーが、その まま原動力になっていた。 以下は佐伯啓恩の『反・幸福論』のー死後の世界 と生命についてーの一節である。
≪ 実際、この宇宙にはまだとらえられてない、不可思議なエネルギーが存在 するようで、それどころか、宇宙を構成している物質の殆どは未知のエネルギー とか、物質だか、正体を知りえないものだという。 そこで仮にそうした霊的 エネルギーが存在するとしましょう。それでもそれが人間の精神を形つくると するには、やはり人間の身体や脳という物質がなければなりません。そうで なければ、この不定形で停泊場所をもたない宇宙的なエネルギーが我々の 意識や精神になるとは思えません。仮に人間のうちに霊的なもの、つまり、 「精神」と呼ぶようなものがあるとしても、それは、物的な身体性と不可視 の霊的エネルギーの結合というほかないでしょう。とすれば、身体が消えれば 意識も精神も消えてしまう。それは宇宙に拡散して存在するかも知れません。 しかし、それは「私の霊」ではないでしょう。「私」がないのだから「私の霊」 などというのはありません。 …確かに死ねば何もなくなるかもしれないが、『魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く』奥野 修司 (著)という本がある。東日本大震災に 後に、多くの霊的現象や体験が報告されている。その聞き込み取材を行った 著者によって、多くの事例が紹介されている。… これらの全てが錯覚だと いう勇気がないが、少なくとも、地震や津波で身内を失った多くの人達が、 何か説明のつかない体験をしたと信じていることは事実であり、しかも、 多くの場合、その霊的体験によって、残された家族が多分に安らかになった という事例を読めば、そのことに疑いをさしはさむ必要もありません。≫ ― ▼ 具体的な霊的現象の記述を、ここで数限りなく書いてきた。霊体質とか、 霊的経験のない人からみれば、『いい歳をして、馬鹿か?』でしかない。 脳内現象では割切れないことは、世界には現にある。 兎にも角にも、以下の内容を…
・・・・・・ 2001/12/19 [138] 夢についてー8
(今まで見た夢で印象に残っている夢をかいてみる) 海岸線に飛行している夢ーこれは自己実現に対し欲求不満が原因らしい 谷の間を飛行している夢ー最高の気分 お城の天井裏に姫と家臣が隠れ住んでいるイメージ 白熊に追われ港のヘリに立っているイメージ 長岡の大手ドウリの店ー子供のころの3階の部屋の夢 どこかの町でトイレを探している夢 大学の時代いた寮の部屋の夢ー葬式の式段に自分の写真が飾ってある夢 5歳のころ一番上の兄が死んだとき白馬に乗って天に昇っていく夢 母が白い巡礼の服を着てーそれも7〜8歳の姿で、 もう亡くなった不運の一生だった叔母が見ている夢 ー母の生前の10年前の頃 あまりに鮮明に見えるので確認のためもう一回みるとピンボケになっていた夢 お寺みたいな屋敷を入っていくと廊下があり、その向こうに池がある、 その池が幻想的である夢 ・・・・・・ [204] 霊体質ー3 今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。 シンクロニシテー(意味ある、考えられない遇然の一致)と重なっている。
1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができ その下を通った。100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。 かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。
2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」を したときの事。丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。 それで天侯を憶えていたが、午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。 3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。 終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを 趣味としていた。その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。 彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。
3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。 涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。 4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が 待っている時、急に気分が悪くなった。ハッとした、今叔母が私の処にきている のが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った。」
ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。 また以前の文をコピ−しておく。
----------- S6201霊的体験 私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開。 “A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと 十日町の彼の家へおまいりにいきました。その途中の車中で“B”さんと 般若心経の話になりました。 そこで彼の供養も含めてお経をとなえました。 その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみました。何げなく“B”さん の顔をみると、彼の顔がまっ青になっているのです。やはり車中で“C子”さん の話をしていたのです。 “A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、 同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせたのです。 そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社したのです。 そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確率で 彼女の家の前に車がとまったのです。十日町に出店をした時、彼女の家の前を “B”さんが通って知っていたのです。私がそこに“偶然”(?)車をとめて しまったのです。 “B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられ ないという風でした。私自身またかというのが実感でした。 その日一日 “A”さんがニコニコ私達を見守っていたという何かを感じとっていた。
ーーーー 霊的体験‐ 平成4年 7月
20年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をした。 死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が 自身実感できたのだと思う。父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’ という内的実感。 夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。 恐らく経験した人間ではないとわからない。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが “おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より 本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、 その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。 全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。 あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
・・・・・・ 2014/06/14 「事業人生を決心して45年」の語り直しー14 * 父の亡くなった直後の夢で起こった魂の融合! ここで何度も書いてきた、父との魂の融合の経験の内容から 《 ー平成04/07 霊的体験 ー <社内報のレポート>より 二十年近く前になるが、父の死後49日法要が終わるまで、何度か不思議な 体験をした。死後数日後に妙な夢で、私自身が父の気持になり“死にたくない。 もっと生きたい、生きたい”という“念”になった夢。そして夢よりさめた時の 妙な気持。 私自身が父になってしまった。いや私自身(父自身)生きている! という妙な不思議な感覚である。夢の“念”は父そのものであるし、父と一年 身近で苦しみが伝わっていた為に“念”が自身実感できた。夢よりさめた自分の 魂が“父の魂”と融合した不思議な実感。この感覚は経験しなければわからない。 更に数日後の夢も強烈な夢であった。夢で強烈な恐怖感がおそってきた。 その時は、父のベットで寝ていたが、“おやじ助けて!”と言ってしまった。 と同時に廊下の向こうにある仏間より強烈な“引力”が全身をひっぱった。 その瞬間、ベットにしがみついたが、隣のベッドに寝ていた母がスクッと立ち あがりトイレに行った。全身汗びっしょり。まだまだ不思議な事が多くあった… あれ以来(最近は少なくなったが)幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった・・》 何故、これを取り上げたかというと、姉夫婦との対立の根は、父と姉夫婦に 根があった。父親は、典型的明治生まれの、質素倹約が基本にあるが、派手に 湯水のように社交費を使う姉夫婦と深い溝があった。絶対的な父のサブとしては 義兄の能力があっても、トップとして疑問を感じていた。 父は、中学と高校時 に私を二度、仕入れに同行させていた。将来のための実学のため。それと、子供 時代より実家の転業と、商売の現場で体感していた。これが急遽、本店を任され、 何も知らない仕入れや、経営に大きく役に立つことになる。父の魂が現場に再起 して私に成り代わったようでもあった。まず産地を歩き、情報を集めること!が、 コツ。 父が特別教育と、千葉の千城台ビルの土地購入から、立ち上げの過程を 見れば、姉夫婦が不安になって当然。 ところで、養老乃滝の開店のドサクサに、姉夫婦が父の遺留分の財産を、 母と実兄と私の相談なしに勝手に処分、その上、白紙委任状を送りつけてきた。 父の遺言状が何時の間に蒸発。その上、母に、義兄を(遺言に反して)社長に するよう執拗に依願。それを受けてしまった母に私が激怒の電話。と同時に 姉夫婦への対決を決意する。千葉での相方(親戚筋)から、気を許して話した 本心が姉夫婦に筒抜け。それが拍車になってもいた。地元では実兄に対する 陰湿な追い出しが本格的に開始していた。 のんびりした兄に、従業員の 総スカンが露骨の針のムシロの中、怒りの電話を何度も私にしてきた。 父が生前贈与をしていた私たちの資産の実質乗取り劇の、開始である。
・・・・・・ 2003/04/25 不思議-シンクロニシテー
以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。 親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。 不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。 先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩 をしているコースで初めて大きな虹を見た。 ああまた出たという感覚である。
その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。 葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も 次々に出て、その下を通ってきたのだ。 曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が出たのは勿論 はじめてである。 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる 従兄が自死した時のある現象である。 納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。 写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。 そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。 天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、 納棺の時間が偶然に一致したのだが。 死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。 こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。
涙雨というのは昔からある。 晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。 それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。 地方におきやすいのだろう。 人知のはかれない何かがあることは間違いない!
・・・・・・ H0511妙な夢―(�機� ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。 泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、 居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団 に入る。ところが、ところが、自分の肉体は反対側の向きでねている。 まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?) である。これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて (そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが? 何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。 こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と 音がする。はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数回してみたが、 しかし夢ではなかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象が あるそうです。
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2020年04月23日(木)
*‘10万給付するから、家でジッとしてろ!’ってさ <高給取りと下々共々に、10万円をやる代わり、家族も仲間内も含めて群れずに 息を控えてろ。万一、不要不急の外出がバレタら、社会的に抹殺されるよ!>と、 TV画面の向うごしのホワイト・ナイト気どりのキャスターが怖い顔して宣う。 3ヶ月前まで思いもしなかったパンデミック。日ごとに、深刻度が深くなる。 これの恐ろしいのが、感染過程で進化、成長すること。… …楽観論もあるが、悲観的側面が多々ある。
第一次+第二次世界大戦直前の1914年に似ている。1918年〜1920年に流行した スペインかぜ,全世界で患者数約6億人で,2,000万〜4,000万人が死亡とされる。 欧米では25%というから、ことは深刻。現代のパンデミックは、飛行機などの 交通手段の進化で、アッという間に病原菌が世界中を感染させること。 注目されるが故に、タブーにされてきた末期の肺炎の苦痛が、集中治療室から、 検閲無しに各家庭に、垂れ流されていること。 …ガンや、心臓病にしろ、 最期は肺炎の合併症で亡くなる。呼吸困難に陥り、苦痛で喉元を掻き毟るのが 通り相場だが、これは身内の者だけ知りうる悲惨な死に際者の瞬間の事態。 咳込む苦痛は、恰もガラス屑を吸い込むような激痛と、集中治療室のマスク越しに 訴えかけてくる。病院では、病室から溢れ出た患者が、片手にスマートフォンを 手にしているため着の身・着のままで横たわる医療崩壊の現場を映しだす。
― ▼ ネット・サーフィンでは… < 海外で出ている結果だと3〜14パーセントの感染者がいるらしく、 これを日本に当てはめると最低300万人の感染者がいることになる。 死者は244人だから致死率はびっくりの0.008パーセント!季節性インフル の10分の1という驚きの結果になる。こんなのに全世界は振り回されていた のか?って、ことになる… >などフェイクか、極端な言説がある。問題は 重篤な疾患を持つ人の、新型コロナとの合併症。1月下旬から3月、経過するが、 何度も書いてきたが、何やら細菌テロの可能性も… 米中が互いに、擦り付けて いるが、これだけは、知りようがない。 良質、悪質の二種類があって、発生源 の武漢が良質で、北イタリアなど欧米ものが悪質とは… これ如何に? 世界への影響を考えると、2001年の9・11テロと、リーマンショックを加えた 程のレベルに発展する可能性もある。この嫌らしいのが、弱者が集まる三次産業、 サービス業が直撃していること。私が10〜20年かけたのが、数ヶ月から一年に 圧縮して襲いくること。 居酒屋、スナックの片隅で…「何でだよ〜!」 「俺の生き方が間違っていた?」のため息が聞えてきそうな… デフレで以前から指摘されてきた危険ライン「150万の失業者数が、数ヵ月先に 270万人に増加」と予測されている。貧困児童とか、母子家庭の貧困問題が浮上する。 それも、まだ始まりの初め。如何なっていくのか… 事業部門を9年前に整理をした経験からしても、この事態は厳しい。 地元でも、数人の顔が浮び上るが、途端の苦しみだろう… 私より、連れの方が、 シリアスに現象が見えている。virtualも、realの境目が実感できないことも。 ドラマ、小説よりもシリアの事態。権力者や、一部のリッチのものには、これほど 機会はない。数ヶ月先に、何れの業界のトップ企業の株が狙い目に。…軍事関連も。 今さら関係ないですか… 今さら!
・・・・・・ 6612,閑話小題 〜信じられない程の偶然の一致 2019年04月23日(火) * 運ね〜 運がよかったか、悪かったか? この30年のパソコンの進化はどの位か知りたいと思い、過って書いた文章を 探したが見当たらない。 まあ、いいかと諦め、文章を完成し、同月同日分を コピペする段になって、それが一年前にあったことに気づくが… それによると、 <10年で100倍、20年で1万倍>という… とすると単純計算で100万?、いや 1億倍。 これが現実のカタチで現れてきたのが「ネット社会が現実社会を覆ってしまった」 現実。 車の自動運転など、10年、20年前なら夢物語さえならない際モノの話。 それが現実の話だから… 現に回転寿司の受付がロボット。そして、ビッグバン の写真撮影がなされ、スマートフォン、タブレットPCで、映像電話が当り前に。 100万倍なら、かくあらん。10年後は???。 そして2045年にはAIが、人間を 支配する可能性が議論されている。これらは、40億年前の生命誕生以来の革命と いうが、決してオーバーと思わせないところが、100万、1000万倍、億単位の進化 が現にあるため。このブログを書いていて、信じられないことが多々ある。 脳をそのまま公開を始めて、まる18年になる。書込んでアップした内容が、 そのまま自分を晒すことの不思議。自分であって、自分でない、言葉の集合が、 外であり内にある自分が、時系列に、在庫として存在する不思議。 何かの哲学書に、ネット上の情報管理の図示があった…
―――― 2018/02/21 閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −1 * 自分は運がいいほうだと思うか? 先週末の朝日新聞で「自分は運がいいほうだと思う?」をテーマにしていた。 〜要旨といえば〜 < 有名な話では、松下幸之助さんが社員の採用面接のとき、よく 「あなたは運が良い方だと思いますか?」と聞かれたといいます。自身でも、 「自分は運がいい」と一日に何度も言うという。 その理由の一つは、 そう自分に言い聞かせ思い込むと、自信が持てるようになり自分から積極的に 行動できるようになるということ、もう一つは「自分は運がいい」と思う人は、 今を肯定的に捉えて、悪いことが起こっても他人のせいにしないと… そして「自分は運がいいほうだと思う?」に、7割が運が良いと、3割が悪い と答えるという。 運が良かったと答えた一番の理由が、良い人間関係に恵まれていること、 良い環境と、良い両親のもとに生まれたため、そして成功が失敗を上回って いるためという。 運が悪かった人では、「思い通りの人生ではない」ことと、努力が報われない、 努力が報われない、人間関係が恵まれてなかった、などをあげている。 ― ☆ 〜運について幾つかネット検索からひろってみると、 ・人生の岐路で迷った時に、困難な方を選んだ方が運はついてくる。 ・楽観主義の方が運がよく成功しやすい。 ・夢や目標がかなった状態をいつも頭のどこかで思い描いていると、幸運が 目の前に現れたときにキャッチできる。ーなどがありました ― ☆ 「運がいいと思っている人ほど運が良い」ということです。確かに成功して いると見られる人ほど「自分は運がいい」という。 正反対の「自分は運が悪い」と言い続けている人がいます。会社の愚痴、仕事 の愚痴が多いですが、思い通りの仕事はなかなか担当させてもらえず… ― ▼ 運については、30数年前の経営セミナーで、『運の作り方』という テーマで聞いたことがあった。創造工学研究所所長の中山正和氏で、川喜田 二郎のKJ法に対し自身の方法をNM法と名づけた。 〜その要旨といえば、 <何かをする前に、判断をするが、結果が良ければ運が良かったという。逆に 悪ければ運が悪いという。それには、心が澄んでいるほど正しい判断が出来る。 そこでまず、般若心経を暗記し、唱え続けることで、心を空にして、現象を 捉えて判断し、ことに当るに、般若心経は、プラスに働く。> …と。 そこで3週間かけ暗記することに相成った。暗記してしまえばしめたもの。 何時どこでも、夜半、眠れない時とか、通勤の車内とか、チョッとした合間に 唱えることで、悟りに近い状態になれる。私の因縁のある有識者?の多くが、 例えば二人の息子や、兄夫婦、直ぐ上の、姉、会社の正社員などの人たちが、 暗記することに相成っていた。100人は下らないない?。 …で、この有様? 茹でガエルになってしまったからじゃないですか。
―――― H0605 般若心経のすすめ
十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、 般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。 今まで何万回唱えただろうか。 当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。 二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より) 直観した事を列記すると �ー�分サイズの時空を超えた一つの視点をえた �⊃澗_擦貿板垢�あっている(リズム) ��α波がくみこまれている �ぁ版亜匹�この中に入っている �イ�寺・神社等で唱えるとTPOとして、 その場のイメージが鮮明に残る ��情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、 結果として“運=無意識の判断”を左右する �Г海譴鬚�り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、 自己の中にその中空がつくられる ��夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、 等々限りない。 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で 「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、 キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」 のではないかと言っている。 それは般若心経をくりかえしの中で、 少しでも近づける様な気がする。
―――― 2016/09/25 閑話小題 〜幸運の人と、不運な人 * 人は、すべからく幸運である 以前、書いたことばかりだが、思いのまま、「幸不幸」について書いてみる。 ・人間は、「いま、ここに、私」として存在するだけで、幸運である。 「神様の御導きびき」といえば、それまでだが、幸運な偶然の一致の重層で、 存在している。他者と比較が、この幸運を見えなくしている。 ・自らを幸運なタイプと自認する人と、不幸と自認する人との、一生の間の 運命の差は膨大になる。不運な人は、チェンスがあっても、自分が駄目と 思っているため、目前にあっても気づかない。どうせ、駄目だからが無意識 のうちに働き、そのチャンスに気づかない。 ・幸運な人は、チャンス到来に、そら来た!と敏感である。何せ、幸運だから。 幸運であるには、何があっても上位に自らを置かなくては。まずは20%に、 そして、6%、3%、1%にと。 ・幸運な人は、幸運のある同類を呼ぶ、というより集合する。幸せ本には、 まず、「幸運の人に近づけ」と。彼らには、幸運を自ら引き寄せる力がある。 ・以前、<幸運を呼寄せる力を得るためには、『般若心教』を暗記をして、 ことあるごとに唱えなさい>と、創造工学の先生の講義を聞いて、早速、 二週間かけて暗記をした。「色即是空 空即是色」と、心を澄ませておけば、 情報選択と決断も間違わない。運とは、判断し、その行為が、正しい場合を、 「幸運」といい、間違った場合を不運という。だから、情報に対する純粋な 視線が必要となる。特に、情報過多の現在こそ、重要である。 ・生活習慣は、第二の天性である。 二ランク上の生活習慣を立て実践すれば、 二ランク上の人になれる。その差は、時間とともに莫大になる。 ・「恒産あって、恒心あり」、長年かけた蓄えが必要となる。なぜ?といえば、 人の心を自由にも不自由にする力が、金銭の有無に厳然としてある。お金の 心配からの解放が純粋な心を生み、それが幸運を呼ぶ。(真逆もあるが)
―――― ーS6004事業百訓ー
『人間思いあがったらもうおしまい。そこから先は何も進歩しない。運も同じ、 ああ自分はついていると感謝している間は、運も上昇線をたどってくれるが、 それがあたりまえと思ったり、自力だと過信したとたんに運もストップする。…』
『……自分が運が悪いという人間にかぎって何も努力をしていない。 レベルを上げると、自分をとりかこむ環境もレベルアップする。 それによって自分にみがきがかかり、さらにレベルアップする。 すると運にめぐりあえる機会がふえるのです。 そのとっかかりは何か。競争相手との紙一重の差がはじまりなんだ。 ところがこの紙一重の差、プロの勝負師にとって、天地ほどの差なのだ。…』
『…一生けん命何かをやる。運とはその一生けん命さに対して天が与えてくれる ご褒美なのだ。だから最初より褒美をねだったり、あてにしてはいけない。 それより一生懸命やる事が大事です。人間つくるのは鍛錬だけなのです。』 (将棋九段 芹沢博文)
―――― 2014/02/17 心を上手に誘導する方! 「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー(著) *「自分は運がいい」と思っている人ほど、幸運に恵まれるのはなぜ 「マインド・リーディング」のテクニック&メソッドを紹介した本だが、これは 他人だけでなく、まず自分のマインド・リーディングに使えばよい。それだけ、 心は未知で、扱いにくいもの。ランダムに、面白そうな部分をテーマにするが、 運、不運は、その最たるもの。運は判断の結果をいうが、その為に必要なのが 「観察力」である。 このところ長年信じてきたバイアスに気づくことが多い。『もの覚えが悪い!』 と、数十年思い込んできた。そのため、対象を観察さえしようとしないため、 さらに、もの覚えが悪くなっていたことに、最近、気づいた次第。私は「運が強い」 と思ってはいるが、その運を呼び寄せるのは、長年かけた努力の集積の結果と いうことを経験上、分っていた。運がいい、という思い込みなら良いが。 ーまずは、そのあたりからー 《 自動車メーカーの創設者ヘンリー.フォードはこう述べている。 「あなたは、自分は何かがとても上手にできると思おうが、全然できないと 思おうが、どちらも正しい」 あなたの思考パターンが、目標を達成する妨げに なっていないかどうかをよく考えてほしい。 なぜなら、それがあなたの人生の 運に大きな影響を及ぼすからだ。イギリスの心理学者、リチャード・ワイズマンも、 大規模な調査によってそのことを証明している。ワイズマンは、人生における 幸運と不運は本当に偶然によるものなのか、それとも運のいい人と悪い人がいる ことを心理学的に説明できるものなのか、ということに興味をもった。そこで、 ワイズマンは、自分が幸運に恵まれていると思っている人と、ついていないと 思っている人を探し出した。調査の対象になった人たちは「新聞に載っている 写真の枚数を数えるように」と言われた。その後、ワイズマンは被験者に、写真 が何枚載っていたかを尋ねた。しかし、被験者には知らされていないもっと重要 なことがあったのだ。その紙面の中央に、ワイズマンはある文章をかくしていた。 その文章とは、紙面の半分くらいの大きさで、「実験の担当者に、これ見たと 言えば、あなたは百ポンドを獲得します」と書かれていたのだ。 自分には運がないと思っている被験者たちは写真を数えるのに必死で、その文章 に気づかなかった。一方で運が良い人たちはリラックスしており、もっと全体を 見渡すことができ、ほぼ全員が百ポンド手に入れた。ワイズマンはこのことから、 運の良い人は、運がない人よりもチャンスに気づくということを導き出した。 私たちの思考は私たちの行動に影響を及ぼし、不思議なことに、幸運か不運の どちらかを引き寄せるのだ。ワイズマンは、こう書いている。「楽観的な人は 前向きでエネルギッシュで、新たな機会や経験にオープンである。一方運の 悪い人は、控えめで、頼りなく心配そうな反応をし、目前にある機会を見つけて 活かす気がないようだった」》 ― ▼ 運とは、判断の結果であり、判断には対象の観察力が必要になる。 過去の行蔵を見ると、失敗の場合は、観察をする詰めが甘かったケースである。 運を良くするには充分なる準備が必要で、浮ついて取り組めば、当然、そこには 失敗が待っていた。そう簡単に成功など出来る程、甘くはない。貧しい家には、 貧乏神が住んでいる。今回の一連でも多くのことを学んだが、それも捉え方一つ。 子の結果が、『あ〜、運が良かった』と思えば思えるし、 『あ〜、何て運が悪かった!』と思えば、そうである。運が良った!と捉えれば、 長年かけたリスク管理を幾つかして いたこと。運が悪いと思えば『長年の努力 の結果が、このザマ!神も仏もあるものか!』になる。モノは考えよう。
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| 6978,閑話小題 〜『IRL』という見慣れない言葉 |
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2020年04月22日(水)
* 「IRL」という言葉 「IRL」という言葉、「In Real Life」の略語で「現実世界では」を意味する。 「現実に」「リアルで」と訳されることもある。 この「IRL」はオンライン ゲームなどのインターネット上で使われることが多いネット用語。主にネット ゲームの話から現実的な話に変えるときに使われる。この言葉を知ったのが、 ある著名な学者が、子供の部屋からの漏れ聞えてくる電話の最後の挨拶の言葉… 「じゃあ、『IRL』で!」と… ゲーマーには、その割り切りが、必要になる。 19年にわたり、この随想日記を書き続けた結果、過去の出来事や、考え方の ベースをネット上に公開してきた。その結果は、±が果てしない。 時どき、 自分が書いた内容にゾッとしたり、逆に感心する。私にとってゲームでもある。 『IRL』の世界を、「In virtual Life」用に加工してネット空間に晒す。 ゴールデンウィーク明けには、20周年に至るから、20回×2〜3時間=平均50時間 の集中した己と対峙することになる。まる二日間に集約された心=魂との対峙。 これを、家庭内で、タブレットで使いこなしているのは、『IRL』と、『IVL』 世界のライン上に、生きていることになる。今回の「新型コロナの流感」! 何やら深い闇を感じるのは、これが、風邪の感染。ネット上の感染と、性質が 似ていること。
新型コロナの一連で、在宅ワークが推奨され現に仕事のメインに出てきた。 「In Real Life」と「IVL」の融合化が、キセズシテ進みつつある。誰の手にも 超高性能のスマートフォンが握られる時代。これからは5世代目のスマフォ 『5G』の時代。何やら偶然の一致にしては出来過ぎ… 『何が?』は、 これ異常言及しない。 なる程、これが21Cの、次なるステージですか。
・・・・・・ ・・・・・・ 6611,閑話小題 〜私にとって平成時代とは… 2019年04月22日(月) <〜まずは平成の時代の政治経済の潮流から〜 2018年、 日本は「ポスト・グローバリズム」に挑め!田原総一朗>より * バブル崩壊とグローバル化と情報革命 1946年1月に誕生、昭和64年まで43年、そして平成を30年を、生きたことになる。 この30年間続いた「平成」とは私にとって、どんな時代だったのか。その概略が 田原総一郎のHPにあった。改元の数年あとに、パソコンなるものが、登場し、 Window95と共に世界に普及してネット社会が現実社会を覆ってしまった本格的 情報社会の到来である。 また神戸・淡路大地震が震災の幕開けになり、千年に 一度といわれる東北大震災が発生し現在に至っている。 世界は世界大戦こそ なかったが、中東紛争やアフガンなどで戦乱が激化し、トランプの登場に至った。 資本主義を本格的取入れた中国が、この間にアメリカの近づくほどの経済力を 持つに至った。 この30年で、世界は想像を遥かに超えて激変していた。 〜まず<日本は「ポスト・グローバリズム」に挑め!〜田原総一郎>より〜 ≪ * 東西の壁と日本国内のバブル経済の崩壊 1989年に昭和天皇が崩御され、平成の時代が幕を開けた1989年という年は、 世界的にも様々な出来事が起こり、大転換期にあった。 ・その6月に、中国では天安門事件が起こり、 ・11月9日にはドイツでベルリンの壁が崩壊。 ・その壁崩壊を受けて、12月に米国のブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ 書記長によるマルタ会談が行われ、米ソ冷戦の終結を宣言。 ・日本では不動産バブルがピークに達し、89年12月の日経平均株価は3万8957円を。 日本の地価はうなぎ登りに上昇し「日本を売れば、米国が買える」と言われた時代。 ・その2年後、実際にバブルが崩壊した。100兆円規模の不良債権が発生し、日本は 「失われた20年」に突入していった。 ・その後の日本は長期低迷が続き、深刻なデフレに陥った。デフレから脱却する ために打ち出されたのが、安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」である。 ・平成の時代を語る上で、もう一つの大きなキーワードは「グローバリズム」。 80年代、米国のレーガンと英国のサッチャー首相が、あらゆる規制を緩和する 経済政策を打ち出したいわゆる「レーガノミクス」「サッチャリズム」と呼ばれる。 当時の首相であった中曽根康弘氏もそれに乗っかり、小さな政府、グローバル化、 規制緩和などを盛り込んだ経済政策を推進した。「新自由主義」と呼ばれる政策。 ・時を同じくして、85年にソ連はゴルバチョフ氏が最高指導者となり、 「ペレストロイカ」を提唱。それまで堅持していた一党独裁体制を止めるということ である。これがソ連崩壊へと繋がってゆく。 ・ゴルバチョフの登場によって米国は、「どうやらソ連は我々の敵ではなく、真の敵 は日本ではないか」と考え始めた。当時の日本は、米国に電化製品や自動車を中心 の多くの製品を輸出していて、米国の対日貿易赤字はどんどん膨らんでいった。 いわゆる、日米貿易摩擦が深刻化していた。米国は、日本に自由化を強く要求した。 さらには、対日貿易赤字が膨らむ原因は日本円が安すぎるからだと主張し、1985年 のプラザ合意で、先進国は協力して為替レートをドル安に進めることに合意した。 ・当時の大蔵大臣は竹下登氏である。この時、日本円は1ドル=240円で推移していたが、 プラザ合意の後はあっという間に150円台まで高騰した。さらに米国は、日本の輸出 を縮小させるために、「無理矢理でも内需を拡大しろ」と要求。これにより、産業 構造や政策の在り方を示した「前川リポート」が公表される。内需の拡大や金融の 自由化、国際通貨価値の安定などが盛り込まれた。こうして強力な内需拡大策が 進められ、80年代後半にかけて空前のバブルが巻き起こった。同時に中曽根首相が 進めたのは自由化。国鉄の民営化、電電公社の民営化、売公社の民営化も行われた。 これが、グローバリズムの始まりである。 * グローバル化と、無視できない程の歪み ヒト・モノ・カネが国境を越えて、世界市場で活動する巨大な潮流である。 平成という時代は、まさにグローバリズムから始まったと言えるだろう。欧米では グローバリズムの歪みが無視できなくなった。ところが、グローバリズムの歪みは 徐々に無視できなくなってきた。象徴する出来事が、16年11月の米大統領選挙で ドナルド・トランプ氏が勝利したこと。あるいは17年6月の英国EU離脱である。 ≫ ― ▼ あらためて振返ってみて隔世の感がある。生命誕生40億年来の革命期と言われる 時代にあって、バブル崩壊以来、日本は成す術もなく凋落の道を歩んできた。その中、 8年前に事業整理に至ったが、引き時のプログラムも創業時に組み入れていたこともあり、 何と現在に至っている。渦中にあって、この激動に対して鈍感になっていた。当然、 その報いそのままを受けて当然、至極。国家予算の半分が赤字国債に対して、鈍感に なっている国民と政府。 必ず、そのツケは次の世代に回ってくるのに…
〜また偶然だが、30年なら、何倍なのでしょうか… 個人HP内検索で30分ほど、 以下の文章を探していたが、それにしても、去年の今日とは、でき過ぎ。何だろう?
・・・・・・ 6248,閑話小題 〜10年で100倍、20年で1万倍というが… 2018年04月22日(日) * 10年で100倍もコンピューターが進化したというが? 1年〜1年半で2倍の速度の進化が10年も続くと100倍になるが、TV、 PC機能にストレートに進化しないとしても、10倍より遥かに大きな進化を成し 遂げている実感はする。23年前にWindows95が発売され、世界中に普及され、 世界は本格的情報社会に突入をした。コンピュータが小型化され、ノート型 PCなどの携帯化が進み、今では、タブレットPCや、スマートフォンが世界中に 溢れるようになった。 これが1万倍の進化といえるかどうかは疑問だが、 現実社会の上に、ネット社会が覆ったことは事実。 一昨年の秋口に、東京在住の一まわり年上のカメラマニアの万年青年の 従兄が、4kTVと、4k撮影機能の凄みを、お斎の席で教えてくれた。85歳 だが、進行ガンで、余命数年という。 『この10年のカメラ機器やTV、PCの進化からみて、劇的進化があるはずだが、 それをみてから旅立ちたい』と、切々と訴えていた。そこで、居間と寝室の 寿命に近かったTVを、4kTVに入替えて1年余り経過したが、その凄さに、現時点 になっても新鮮な驚きの日々を過ごしている。 8年前のTVは東芝の多機能TVで、 当初100万のモノが、型落ちで60万に値下ろしたのを購入したもの。しかし、 現在のスマートTVの総合機能は、それより数十倍はアップしている。 年内には360度見渡せるVR機器のゴーグルの中古?を買うつもりだが。これも カルチャーショックになるだろう。 その端的に見せつけられるのが、最近のシアターの映像世界。 先日みた スピルバーグの、『レディ・プレイヤー』は、これまでの映像世界と一線を 画するもの。シアター内で見る映画は、バーチャル世界に没入できる時空間で、 異世界にリアルに誘ってくれるが、そのリアルさが数倍、数十倍、増している。 こう考えればよい。洋風の居酒屋で、酒と魚の味が10数倍ずつ確実に美味しく なっている。別に毎日通う必要はないが、月に数度は行くだけの価値があると。 デジタル化の進歩は、生世界のリアルさを大いに増してくれる。その価値を、 合理的に日常に取入れない手はない。 ・・・・・・ 5151,知の逆転 〜�� 2015年04月22日(水) ー知の逆転ー 対談相手 オリバー・サックス * 人間特有の能力とは 人間特有の能力とは、「文法」と「読む能力」という説。これは50年近くの 読書習慣と、一日一文章の作成から実感するが、少年期に読書週間がなかった ことがハンデになって現在に至っている。それでも、読書習慣で助けられた。 文法こそが、多くの意味をもたらすが、技量をつけるには量をこなすしかない。 ≪ ・多くの動物や猿が、40もの異なる危険を知らせる音を持っていること が知られていますが、これらはどちらかというと記号のようなものです。 人間の言語では、チョムスキーの言うような意味での「文法」というものが 不可欠になります。文法こそが言語に限りなく多くの意味というものを生み出す ことを可能にし、言語をクリエイティブなものにします。単に情報交換を目的と したコミュニケーションのためだけでなく、われわれ自身そのものを表現する 手段としての言語というのは、人間に特有のものでしょう。 音楽もそうです。録音機を持って50万年前に戻れたらいいのですが。 ・言語の一側面である「読む能力」というものは、強力で人間に特有なもの。 しかしこの能力は進化の直接の産物ではありません。環境の視覚認識のために 使われていた能力を利用したものです。類人猿では個々の記号を認識するところ まではできても、テキストを読むというのは無理で、これは人類に固有の能力で あろうと思います。この能力は、限られた知能しかない場合も含め、おしなべて 人類に共通する能力なのです。 〜p153 ≫ ▼ これを人間の能力にも言えること。その力量に比例して「文法」と 「読む能力」が身についていく。「文法」は、話す能力、書く能力。 「読む能力」は、相手の、社会の発信する知識・情報を受止める能力になる。 14年間、これを続けてきたのは、この努力の効果と、その蓄積からくる醗酵の 効果が実感できるため。 ネットによる「文法」の意味とは、<広義の文法は 言語能力であると考え、音声や意味から独立した自律的 な構造を想定し、 それを特に文法と呼んでいる。> 言語能力こそ人間たる思考能力になる。 読め読め読め、聞け聞け聞け、書け書け書け、そして黙れ!ということか。 ・・・・・・ 4419, この結果に感謝している! 2013年04月22日(月) 一昨年の倒産劇から数ヶ月あたりから、 「この結末が私の人生にとってベスト?」という思いが心の片隅に生じていた。 他人に言うべきことでもないし、失業させてしまった社員や役員に対しても、 こんなことは口が裂けてもいえないこと。2001年の9・11テロ以来、10年間、 右下がり傾向が続き、リーマンショックで売上げが三分の一まで落ち込んでいた。 経営は死に体に近づき、真剣に止め時を探っていた矢先の東北大震災。もう駄目! と早めの決断をした。その事業物件の買手が直ぐに見つかり、同じホテル名で 新経営者の下で現在、営業が続いている。一般債権もほぼゼロで、金融債権以外 は思惑通りの清算ができた。会社借り入れの個人保証もあって普通なら個人破産 しかないが、物件の処分が順調だったこともあり、何とか破産なしの無傷で 済ますつもり。担保に入っていた自宅も、家内が買い取ることで確保。 何とか 今までとおり生活をしている。 順調に誰かに経営を渡すのと、この結果の どちらが良かったか、勿論、前者と思うが、こと私の人生という面からみると、 この方が良かったとも考えられる。 全てがベストに動いてきたから、人類も、 自分もいる。 先日の高校の同級会で、半年前に老舗の会社を倒産させた人が 隣でシミジミと、「この結果で終わったことに感謝している。こんな気持ちに なるとは思ってなかった」と、現在の私の心情と同じことを、そのまま語り かけてきた。 これは実際に経験した者でしか言えない言葉。無念で、情けない 自分と、周囲の好奇の視線の中、独りで日々、悶えた結果、この現実をそのまま 受け入れるしかない中で、実はこれがベストの結果だと気づく。「この苦しみを 与えているのは、神(自然)が、何かの意味を気づかせようとしているのでは ないか」という、フランクルの問いかけである。その時に自然に出てきたのは、 「この経験で私は、やっと半人前になったが、貴方は以前の不幸分を加えると、 半人前から一人前になった」で、ある。互いの心奥の葛藤と、その思いは同じ。 過去を振り返ると、何度かのどん底の青春期の日々にこそ、人生の味があった。 思い出すのは絶頂の浮かれていた日々でなく、瀬戸際で呆然と過ごしていた 日々である。あの時、何かが変わろうとしていた。それと同じ心情が、 「この結果(状況)に感謝!」の言葉に集約されている。底に下りてしまえば、 不安感など消滅。結果を素直に受け入れれば、そのまま安心立命の境地に到達 できるのが人生。実際に倒れ、孤立し、そこで人生を俯瞰すると、全く違う 目線を得ることが出来る。その視線から、これまでの人生を振り返ると、 何とつまらない自分が見えてくる。だから、「この結果に感謝している!」 の言葉になる。なかなか人生は味があり、面白い。 それを味わうのが、これからの人生。
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2020年04月21日(火)
* 『私の魂って、そもそも何 ? そして出自は何処?』 田舎から上京し独り住まいで、その冷たさを実感する時、まず感じるのが 両親の持つ温もりの有難さ。これが幼児の頃に不足をすると、精神のバランス を崩し不安定になる。50数年前の、わずか数分のクロスで、少女に尋ねられた 「私の家って、何処なの?」の言葉が心に残ったかというと… そこ頃、渥美清の『男はつらいよ!」のTV放送が開始した頃… <全国の祭りを求て流離う人の好いテキヤの悲喜こもごもの物語> その男の 実家が、浅草の老舗の🍡団子屋。年に数回、気が向くと帰り、実家周辺や、旅先 で騒動を起こす。帰る家があればこそ、流離いが可能になる。瘋癲の中年男の 仏性に故郷の懐かしさを醸し出す『私の家って、如処?』が背景にある。
結婚まで、東京、四日市、神戸、金沢と流れて、最後は千葉で結婚した直後 に起業。 5年近く流離の身。その間、このテキヤの実家の団子屋の疑似家族の 温もりに、大いに助けられた。独身時代の流離は、心の芯は凍りつく寒々しい ものがある。旅先で‘連れ’を一度、決めると、それは重荷! 常に身辺整理 をして、次の場面に備え、社会の裏表が見える立場に己を置く。何れの世界には、 TPOSの最適な女性、酒友が存在していることを経験から知りえていた。 で… 『私の家って…』のところには、出自の両親が待っている。 この幼女の純朴な問いかけ…『私の家って、如処?』の家を‘魂’に置換えて、。 『私の魂って、何処にあるの』は、人類永遠の哲学的問いかけ。幼女の問いは、 若かりし青年期に‘私って何もの?’のヒントを与えてくれていた。魂とは、 最後の最後は、その辺りに… アメリカのような多民族国家の住民は、その中で、 常に他者を合せ鏡で自問自答させられる。 逆に、小さな岩場で群れていると、 自分の出自を考える機会がないためか、その歪みに気づかない。 それ故に、その歪みが何か知り得ないため、ガラパゴスの意味さえ知り得ない。 哲学者への、この一連の『ポスト新型コロナ・パンデミック』は、如何なる 世界像が求められるか?に、<島国・日本の独自の土壌が生みだした 『ガラパゴス化』にヒントあり>と、哲学的な答えていたが、なる程納得できる 答えであって。但し、それは普及した世界的規格と、合い入れる前提がある筈。 それを言うなら、個性的人間そのものも、当てはまる。
魂といえば、20年程前に長岡花火を観入っているガン末期の老女への感想 を聞く場面があった。『私の魂の故郷は、子供の頃の想い出のすべて!』。 その年齢に近づきある日々。私の魂の故郷は、両親と過ごした想い出にある。 今では、家内と供にした秘・異郷先で感動した場面の想い出が加わわる。
・・・・・・ 6610,閑話小題 〜あと数日で「平成」が終わり「令和」に 2019年04月21日(日) * 行きつけのスナック二軒が廃業 あと10日もしないうちに、「平成」から『令和』に改元される。この影響は、 思いの外に大きくなる? 先日の中学校の同期会で知ったのが、この二次会で 行きつけのスナックが二軒とも直近に廃業したとか。両店とも40年以上の老舗。 同世代のママさんが営業していたが… 何か不景気風な感じだった。 <平成も終わりを…「止めるに年号変更を区切り」>と考えるのは至極当然。 同年代の客層のリタイアが主原因だが、年齢を重ねる度に飲む機会は減ってる。 <75歳を過ぎると活動範囲が狭まるため、金がかからないってさ!>と聞いて いたが… 改元は、様ざまなカタチで私たちの決断を促す。 明日から数回、 「平成って、何だったのだろう?」をショートショート風に書いてみようか。 平成は1989年〜現在(平成元年〜 現在) 昭和64年。 私は43歳。 ― * シネマ・ 「シャザム」 子ども向きで、ドツキ漫才的だが、何かしら笑えて面白い。閉ざされた肉体と 精神を解放させて欲い欲求を、キセズして与えられた力で悪を対峙するところが、 最近のハリウッド映画の特徴。 ≪ 解説:「スーパーマン」や「バットマン」と同じDCコミックスのヒーロー 「シャザム」を映画化。見た目は大人だが中身は子どもという異色のヒーローの 活躍を、独特のユーモアを交えて描く。ある日、謎の魔術師からスーパーパワー を与えられた少年ビリーは、「S=ソロモンの知力」「H=ヘラクラスの強さ」 「A=アトラスのスタミナ」「Z=ゼウスのパワー」「A=アキレスの勇気」 「M=マーキューリーの飛行力」という6つの力をあわせもつヒーロー「シャザム (SHAZAM)」に変身できるようになる。筋骨隆々で稲妻を発することができるが、 外見は中年のシャザムに変身したビリーは、悪友のフレディと一緒にスーパーマン 顔負けの力をあちこちで試してまわり、稲妻パワーをスマホの充電に使ってみる など悪ノリ全開で遊んでいた。しかし、そんなビリーの前に、魔法の力を狙う 科学者Dr.シヴァナが現れ、フレディがさらわれてしまう。 遊んでいる場合ではないと気付いたビリーは、ヒーローらしく戦うことを決意 するが……。シャザム役はTVシリーズ「CHUCK チャック」のザカリー・リーバイ、 監督は「アナベル 死霊人形の誕生」のデビッド・F・サンドバーグ。 ≫ ― ▼ 人生を重なるということは、それも晩年に近づくにつれ、心の中に、幾つか の失われた過去の廃墟を持つもの。それらは、心の奥に鬱憤として抑圧され、 解放を待っている。その解放をする物語が観客の絶対的ニーズ。老いること自体 が、死に至る病。そのまま放っておくと、その病は重症化していく。 最近では、 TV映画、ドラマが、その役割を果たしている。 そこに更にダメ押しで… 成るほど、彼方此方が痛くなり、腰は前屈みになり、夜半、過去の廃墟の記憶が 甘辛いフラッシュとして飛び出てくる。 +−3対1にコントロールをしていても。 充実感が足りない人生。それも世間的視野のみの、他者との比較しか持ちえない 人たちにとって、それは返り矢として己に向かってくる。そして「死霊」化する。 映画では、束の間のシャザムの私が、死霊を退治する。成るほどスッキリする訳だ。 ・・・・・・ 4044, 一時停止 ー4 2012年04月21日(土) 「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010 * 他人との出会い ≪ 肉体的な成長だけで子どもがおとなになれるわけではない。肉体的な成長 に精神的成長が伴わなければ、人間はおとなになれない。その精神的成長とは どういうものか、知識が増えること、感情が豊かになること、経験を積むこと、 考える力が増すことーいろいろな面から考えることが可能だろうが、そのどれも が結局は<個>の自分の確立ということにむすびついていることに気づく。 群棲動物である人間は、ひとりで生きてゆくことができない。そこから 私たちは複雑な社会的構造を生み出し、〈個〉は常に自分と同等な〈個〉、 すなわち〈他〉との関係において生きてゆく。〈個〉の確立とは自我の拡張と 同時にその制限をも意味している。言葉をかえると、他人と出会ことによって、 子どもはおとなへと成長してゆくと言うこともできるのではないだろうか。 もしそんなふうに言えるとしたら、私にとって初めての他人との出会いは、 いったいいつのことだつたのだろうと考えることがある。もちろん人間にとって 最初の他人とは母親であると言うこともできるかもしれない。しかし、ほとんど の子どもにおいては、母親は自分自身の延長のような存在であり、母親を他人 として意識しはじめるのは、むしろ彼がおとなになってからだろうと思う。 似たようなことは他の身内・家族などについても程度の差はあるが、おおむね あてはまるだろう。 ≫ ▼ 学校時代は、進学する度に変わる同級生が、他者を考える上に分かりやすい。 その時の面々が、その時の自らの分である。それは、自分の広がりでもある。 それが他人との出会いである。その範囲が広がれば広がるほど、その冷たさと 暖かさの差が大きくなる。その段差が、人間を成長させるのである。逆に言えば、 その段差が少ないと、成長が逆行していくことになる。自分を意識する前に 見知らぬものとの出会いがある。その境目が増えるにしたがって、己との枠が でき、それが自分になる。それぞれの時代の相手の中に、自分の姿が合わせ鏡 となり、自分の姿の一部を垣間見ることになる。
・・・・・・ 5150,知の逆転 〜�� 2015年04月21日(火) ー知の逆転ー 対談相手 オリバー・サックス * 没頭している「平和の時間」こそが 午前中、4〜5時間、仏間にある書斎コーナーで、本を読んだり、パソコン に向かっているが、その時間はアットという間に過ぎてしまう。集中している ためだろう。ネガティブになりがちな身の上?に、老齢化が重なっているため、 落込みへの解毒剤になっている。冬場を除いて、朝方の自転車散歩も加えて、 何とかポジティブ3にネガティブ1の比率を維持している。 ここで、<没頭している「平和の時間」が、最も望ましい>というが・・ この随想日記の習慣の効用である。没頭には、長年の継続が必要である。 ーその箇所を抜粋ー p149 ≪ ・・私自身も、書き物をしたり考えたりすることに没頭しているとき、 あるいはピアノを弾ひたいたり音楽に浸っているとき、神経症やうつ病が 消えて、時間というものを意識しないで平和な時を過ごすことができます。 われわれは誰もがそういう時間を必要としているのです。フロイトの精神分析 では、楽しいことに没頭しているときの平和な時間という部分が看過されて いると思います。彼の精神分析では、生は緊張として捉えられ、緊張が解ける と何もない状態になると解釈されているわけです。しかし、ポジティブな 平和な時間というものは芸術や科学の基盤であり、最も望ましい状態では ないでしょうか。≫ ▼ 「平和の時間」は、外界の喧騒から隔絶出来て、気持ちが集中、脳も、 心もシンプルでいられる。週一のシネマも、ポタリング(自転車散歩)も 「平和の時間」。リタイア直後に立てたプログラムは、まず、ストレスによる 自己崩壊を避けるためだったが、結果として「平和の時間」の維持の効用に なっていた。今までは会社の維持に向けられたエネルギーが、「平和の時間」 に向けられるから、悪いわけがないが、だがストレスは生半端ではない。 それが当り前だが! 知恵を使って、見方、支点を変えれば、逆境さま様! ものは考えよう、面白いもの。 偶然だが、以下の内容が、丁度良く続く。 ・・・・・・ 5880,世界がもし100人の村だったら お金篇 〜2 2017年04月21日(金) 『世界がもし100人の村だったら お金篇 〜たった1人の大金持ちと50人の貧しい村人たち 』 池田 香代子 (著), C.ダグラス・ラミス (著) 21世紀の初年度が始まった2001年の9・11テロかで時世界が様変りをした。 ユダヤ・キリスト教とイスラム教の対立の鮮明化である。これに中国の躍進と、 時代かかった北朝鮮が絡んだ複雑な様相が現在時点である。その結果、強者は より強く、弱者はより搾り取られる様相になっている。当然、お金のない国家 対金持国家の対立が浮き彫りになっている。北朝鮮対アメリカ、欧州対中東、 中東の内乱、IS国家の設立がテロなどを誘因する原因となっている。 それそのままが、以下の数値で物語っている。 ≪ ・2000年、世界のGDPは、ドルになおすと33兆ドル 2015年は 73兆ドル。増えた富は、一番豊かな人びとの元に貯まった。 ・世界を100人の村に例えると、世界の富のうち 49%は、1人のいちばんの大金持のもとに 39%は、9人のお金持ちのもとに、 11%は、40人の、わりと豊かな人のもとに貯まりました。 50人の貧しい人のもとにあるのは、たった1%です。 100人の村では1人の大金持ちの富と99人の富がだいたい同じです。
・インターネットを使う人は28億人増えて 32億人。大よそ10倍に。 ・中国では自家用車が300万台から1億2400万台に増えた。40倍である。 ・世界の通貨、その国だけでなく、世界中で使われている。 44%がアメリカドル 16%がユーロ 11%が日本円 6%がイギリスポンド 3%がオーストラリアドル。 ・世界の株の値打ちは、この15年で二倍近く増え、もうすぐに 世界のGDPと同じになります。 ≫ ―― ▼ 21世紀は、ネット環境が進化し、世界の半数近くが、情報端末を 持つようになった。今まで権力の乱用は、ネット上で一瞬で表沙汰になり、 権力者は、その座を追われる時代でもある。チャンスとリスクは裏腹だが、 そのバックグランドが、地域社会、国家内から世界に広がってしまった。 しかし、その基盤ルールのコントロールが、全くできてない。あるのは、 「弱肉強食」のルールのみ。そしてテロを含めた新たな戦い。
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2020年04月20日(月)
* 人類の窮地… これは大ごと! <しあわせ仮説 ジョナサン・ハイト著>
これまで‘逆境について多く書いてきた’と思いきや、衆人の前に晒す必要 もなし、真正面に向きあうこともなしか、ブログ内検索で引っかかりが少ない。 逆境とは、それなりに事を成し遂げた人の言葉で、スランプと同じ。幼児には 使えない用語… この著書の中で、逆境は、10代後半から20代前半が一番、効果的とあった。 受験失敗、失恋、志への挫折など、長い人生には、色いろある。 精神をゾウと例え、自らを調教する方法がある。このゾウは、知らない内に 作り上げられた内なる無意識のゾウと考える方法。 一度倒れると、立上るに、 膨大なエネルギーを要する。 日本にとって、国家としての挫折に太平洋戦争の敗戦がある。焼土からの 再生は非常に厳しい。それでも地政学的に有利であるため、効率よく立上れた。 それもアメリカの陰謀で? 強引なプラザ合意の結果、バブルと、その崩壊で、 第二の経済敗戦をむかえ、現在に至っている。…その傷が癒えかけた現在、 何の因果か、この新型コロナのパンデミック。この痛手は特に日本にとって、 並大抵ではない。 ― 生を受けたのが、太平洋戦争の敗戦を跨いだ翌年。終わりそうなのが、 このパンデミックの可能性もある。 これは歴史的大参事まで拡大するのか、 何とか消火し終了するのか? その行く末は分らないが、只事でないのは確か。 数十万レベルか、数百万の死者まで拡大するのか…人類対細菌との戦いの様相 である。営々と築き上げてきた、文明が、大自然の怒りをかってしまった。 逆境というより、窮地に立たされた。 哲学者、科学者が、新しい社会構造、経済構築に向け、このポスト・新型 パンデミックの意味と方向を語り始めた。そこには、「日本型ガラパゴス方式」 があったが、説得力がある。何れ治まるのだろうが、元に戻ることはない。 ネット社会が、鮮明に現実社会を覆い、より合理的になる反面、ブロック化の ラインも鮮明に… 細菌テロも頻繁に世界各地で発生することになる。 細菌感染は、貧富に関係なく平等だが、感染後の対応に大きい格差が出るが、 死んでしまえば、どのみち同じ。細菌にとっては、物体の貧富に関係ない。 それが社会構造を根こそぎ変える切っ掛けとなる。 大変な事態だが… ― 将来、云々より、まず直面の危機を無事に乗越えること。 突然、ドエライ問題が立ち塞がってきた。 良い時代を生きてこられたのが 慰めになる。 冬の時代は、炬燵で巣籠りですか。
・・・・・・ 6609,閑話小題 〜ユニクロのレジ清算がセルフ化だってさ 2019年04月20日(土) * ノートルダム寺院の火災 まさか、石造りのノートルダム寺院の炎上するのを目撃しようとは? テロではなさそうだが、それでも少しは疑念が残る。毎週のように反政府デモと、 奪略がTVニュースで流される最中であるから…。暴徒の放火なら、宗教戦争の 幕開けになるところ。事実かどうかは別だが、既に1000億円規模の寄付の表明が 寄せられているとか? ノートルダムとは、「聖マリア」を意味して、同名の 寺院が各地に点在している。 現在の世界の混乱の根は宗教戦争? ― * 長岡高校の太鼓の音 この時節に、1km先の長岡高校体育館から、応援歌と、太鼓の音が聞こえてくる。 一年生が15〜6歳とすると、1961年当時は58年前になる。その嫌だったこと、この上 なかった記憶が思いだされる。 小さな声だったり、間違えると、丸めた新聞紙で 身体を殴りつける。 中学時も似たようなドヤス応援練習があった。 ― * 市会議員の選挙ですか? 県会議員選が終わったばかりなのに、市会議員選挙が明日ある。誰にするかは 決めてないが… 市会議員で当選するのも大変なようだ。議員の年収が800万と いうから、公務員並みの収入。年次よりアップをしていくのだろうが… ちなみに親戚に元市長がいたが、30年前で、年金額が月・70万は多い? 。 ― * ユニクロのレジ清算がセルフ化だってさ 近くのSC内のユニクロがセルフ化を始めたとか。今日にでもスポーツジムの帰り に寄ってみるつもりだが、「ついに御前まで」の驚き。 月に2回は通う「回らない 回転寿司」の受け付けは、ソニーのロボット。 慣れてしまえば、気楽で良い。 シネマ館もセルフチケット販売機。でも、なかなか、人は並ばない。 最近、前に通っていた地元のチェーンが倒産した。全国チェーンへの対処の戦略に 客単価を上げる対処の失敗だったが、セルフ化も中途半端。 数年前から海外ツアーの飛行機の席がネット予約になった。 更に入国審査が セルフ化。パスポートを指定された個所に押し当て、顔をカメラの前に突き出す。 まだ日本なら戸惑いは少ないが、パリ、ローマなどでは戸惑いは大きい。 この人手不足は、スーパー、コンビニ、居酒屋のセルフ化を推し進めている。
・・・・・・ 6246,閑話小題 〜つれづれに、危ない話 2018年04月20日(金)
県知事の辞職、仕方がないのだろうが、気の毒といえば気の毒である。 何故に援助交際の相手が週刊誌にリークしたか大きな問題が残る。 詳細は知らないが、デリヘル慶大生、仕事?が仕事だけに、ブラックの 背景があると思うのは誰も同じ。金目的なら、百万円のロットだろう… 当然、逆リークをされ、一生を棒にふることになるリスクが大きい。 先日のテーマで、学資目的のデリヘル女子大生の事例を取上げたが。 日払いなら援助交際、月払いなら愛人契約になる。としても、脇が甘い。 ブラックの世界は、恐ろしい魑魅魍魎の闇が広がっている。人生は独り旅、 誰ひとり自分を守ってはくれない。吾身のリスク管理がベースになくては…。
一昔前なら、高級クラブがあって、容姿で、3,5,10万クラスの値があり、 便利に遊べたシスタムがあったようだ。いや、現在も同じ? ビフォア―、 アフター?代の支払いは、賞与の中に組込まれている? システム。 常連ともなれば、暗黙裡に?… その辺の浄化システムを抜くと、こういう 災難で一生を棒にふってしまう典型の事例というところ。
社会に出てから50年以上経過するが、一度も、こういうトラブルを経験 したことがない。当然のことだが。「援助交際などもっての外!」。 幼児頃から父親の世間話で、様々な危いケースを聞き知っていたこともある。 「君子、危うきに近寄らず」が基本中の基本。その際どい辺りが面白いが、 何となく客種の見極めの勘が働く。他に履いて捨てるほど面白いことがある。
何処かの居酒屋のオヤジが、「誰も口先では、そういうけどね!…」だが、 本能的に危ない相手や、飲み屋に近づかない。高い店ほど、若くて綺麗な アルバイト・ホステスを揃える。 そこには生粋のプロと、学資などを稼ぐ ために、割切ってくるアルバイトがいて、競わせる。 で、マスターか、 ママが、「あの子は、3万なら口説けるよ」と、何気なく裏情報を教える。 女好きな知人に聞いた話が、「3万ならと、遊んだところ、エイズに…。 ところが愛人の女子事務員に感染させたらしいが、何故か…?」と、 かなり際どい話が続くが… 本人の人相まで変わっていた。その件以来、 断交したが。この話は、ここまで。夜の巷は華やかの裏側はドロドロの世界。 さて、援助交際の女子慶大生の週刊新潮へのリーク代、幾らでしょうか。 500万? まけさせて300万? ―――― 2018年、4月15日 閑話小題 〜自由化された売春 −1 * 風俗は既にセフティネットでなくなった 図書館の返却コーナーから借りてきた雑誌の内容がシリアス。 これによると、「風俗は既にセフティネットでなくなった」とある。女性が年齢 が増すにつれ、よほど外見が良いスペックがないと敬遠される厳しい現実がある。 風営法が改正された数年後、地元の行きつけの居酒屋の店主に、デリバリの実態 を聞いたことがあった。よくぞ聞いてくれたと、嬉しそうに携帯でアクセスし、 予約直前までの手順を実演してみせてくれた。更に、それ専用の安い目立たない ホテルも教えてくれた。風俗には全く興味がなかったが、新潟駅前で30年間も ホテル事業をしていれば、様々な実態を聞くことが多かった。当然、デルヘル嬢 の入室は厳禁していたが、デルヘル嬢の長期滞在が、それ故に常時、隠れるよう に宿泊していた。夜の外出、朝帰りのため、彼女らは、警察に怪しまれないよう、 宿泊時に身分を明かす。全国を渡り歩くそうだ。
『文藝春秋オピニオン2018年の論点100 〜風俗市場も崩壊 シングルマザーの歯止めなき貧困』より〜 ≪ 貧困問題の最たるのが「シングルマザー」の存在。全国で123万世帯になる。 平均年間収入が223万円で、全国世帯収入の545万円、児童あり世帯の平均 の707万円を大きく下まわる。相対的貧困に該当する貧困に該当する母子世帯の 子供たちが、‘子供の貧困’のメインであり、6人に1人になる。 その多くは、近隣に実家や親せきがなく、誰も助けてくれないのが実態だ。 老朽化した団地や、アパートに住み、母親はダブルワークする。最低賃金に 近いサービス業で10万円に、児童手当、児童育成手当を足してギリギリ最低限 の生活をおくる。これまで、キャバクラ、風俗、AV女優、買春などは、一般女性 の志願者が増えすぎて、圧倒的な女性の供給過剰にある。価格は暴落、貧困女性 のセーフティネットとしての一面が完全に失われた。よほど容姿などのスペック が高くない1万以下の格安店でないと採用されない。 性風俗店は2005年の風営法改正で店舗から無店舗販売に移行し、届け出制に なって実質合法化した。女性の供給過剰、性風俗店の増加、そして少子化のため、 一店舗あたりの男性が減少。だから出勤しても、客がつかない。完全出来高制の ため、待機時間を含めた時給計算をしたら最低賃金を割る。デルヘルで出勤して も、一日待機しても、客は二人程度。男性が払う金は、60分で8000円のうち、 売上が店と折半で、4000円程度。運よく二人ついても8000円程度。 某女子大生のケース。 「アルバイトだけでギリギリ生活は送れるが、学費が払えない。一年生の春に デリヘルに出ました。週に一回ほどで、月6〜10万ほど。稼いだ金は、全て預金 をして学資に…。」 若い女性だから風俗、売春がセーフティになる。現在、 日本の貧困率は、OECD加盟国34ヶ国中、10番目。世界的にも進行する国と認定 されている。≫ ― ▼ 地元の繁華街の風俗店のドキツイ看板も殆ど見かけなくなった。 スナック店主が曰く、「デルヘリと、マッサージ店が取って替わった」とか。 それと暴力団事務所もテラ銭が皆無になり撤退をして暫く経つとか… 。 売春が合法化され13年… 普通の子女の買春の許容売価が、一週間分の 労働賃金。愛人の平均売価が、大学新卒の初任給が世界各国の目安という。 貧しき人にとって、世界は苦海である。幸せの家系と、不幸の家系が現にある。 一度、転落すると、元に戻るのは? 「元はこちら、そのまま結構!」など、悠長に言ってはいられない!のが現実。 ・・・・・・・ 3677, 自己を見つめる −4 2011年04月20日(水) 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著) 節目どきは、境遇の節目でもある。特に乗り越えることが不可能と思える壁に 直面した状況を「限界状況」と、ヤスパーが指摘している。 その限界状況に 「人生の不条理」に突き当たる。その時、それまで隠されていた真実が現れ出る。 節目を打つとは、人生の不条理を受け入れ目を背けないことである。 正中心一点無になり、変化を受け入れること。 ー 第三章 境遇 ーから、抜粋 【 現在、変えることのできない定めを帯びた宿命的な境遇のなかへと投げ 出され、置き入れられて、人生の途上にある。その私たちの無に貫通された 現世における存在のうちには、宿命的な境遇のもつ変えることのできない定めが 刻印されている。ヤスパースが指摘するように、私たちの生存のうちには、 どうしようもない「限界状況」が巣くっていると言える。限界状況とは、 それに突き当たっては、私たちは挫折し、崩れ去る崩れ去るような、乗り越る ことの不可能な壁に直面した状況を言う。そうした限界状況に面座して、 私たちは途方に暮れた困惑のなかで、解決しようのない自己の人生の不条理の 根源的事実に突き当たる。しかし、そのときにこそ、私たち自身の、ほんとう の「実存」が目覚めてくる。実存とは、私たち各自の生存の、赤裸々な真実、 その拒否できない現実のあり方のことである。自己の実存を自覚し、それにも とついて生きるよりほかに、この世を生きる生の根拠を、私たちはもたない。】
・・・・・・ 5514,恐竜と人類どっちが凄いか ー�� 2016年04月20日(水) 「人間の人生は豊かとは」を何をもって言うのか? の問題が残るが、 私が生きてきた実感は、人間は、他の動物から比べ豊かといえる。 それは、人間は雑食者で、利己主義に加えて利他的であり、人生に意義を求め、 豊かさを実現しようとする言語手段と、その記録方法を早くから身につけて いたからである。その人生を楽しまなくて、何のための人生ぞや。 * 人間の人生は豊か ≪ 人類の中でも人間とはいかなる存在か、人類ばいつどのように人間に なったのかを探るのが、人類学の重要なミッション。〜主な事項を拾うと〜 ・まず人間は、驚異的な雑食者。霊長類は基本的に植物食だがが、人間は各種 植物に加え、鳥獣肉から魚介類まで手を出す。人類進化史でそのような選択を 迫られるきっかけがあったらしいのだが、ここまでメニューを広げられたのは、 陸.海.空の資源を利用する技術発達があってのこと。不安定な自然環境下では、 雑食者は偏食者より有利である。その利点に加えて、高い食料調達技術を持つ ようになった人類が結果的に成功したのは、理解しやすい。 ・人間にも、他の動物と同様に利己的な側面がある。しかし仲間を思いやり、 仲間と通じ合いたいとする感情が一段と強いのも、人間である。血縁のない相手 とも積極的に食物を分け合ったり、他人に教えてあげたりする行動が、人間に 独特であることをご存知だろうか? 例えば集まって会食している人間以外の 動物など、見たことはないだろう。野生動物界ではふつう、採食=争奪である。 外敵から隠れてひっそりしている、あるいは暇があったら寝ているというような 通常の野生動物たちに比べ、人生は楽しみに溢れている。前出の会食のみならず、 スポーツや音楽や芸術があるし、旅行や読書や勉強だって楽しい。他の生物の 生き方を否定しようとは思わないし、恐竜の生き方に至っては実態がよく わからないが、「人生に意義を見出そう」という発想があること自体が、 何とも素晴らしいではないか。人間は、生きるということを豊かにした 生き物なのであると私は思う。 ≫ * 人間の共通の祖先は既に凄かった ≪ 一昔前には進化は漸進的に生じると考えられていたので、例えば3万年前の 祖先ともなれば現代人よりかなり知的に劣っていると、決めつけられていた。 しかし世界各地の現代人が共有している種々の能力は、言語力にせよ芸術を 生み出す創造性にせよ、アフリカにいた現代人の共通祖先に既に備わっていた 可能性が高い。4万年前頃に日本列島にやってきた人々も、その例外ではない。 例えば種子島や富士・箱根地域には、3万年以上前から、狩りのための落し穴が 作られていた。これは、罠という動物行動を先読みした高度な狩猟法の、世界 最古の直接的証拠として、たいへん貴重。新石器時代になって世界に普及する 磨製石器の技術も、日本とオーストラリアには2万5000年も前からあった。 さらに面白いことに、琉球列島や伊豆諸島においても、相当にチャレンジング な海洋渡航が太古の昔から行われていたらしく、さらなる探求の価値がある。 人類学とは人間の凄さ・面白さを知れる学問なのだと、研究を20年積み重ねた 最近になって、ようやくわかってきた。 ≫ ▼ 人類は、言語手段と記録方法を身に付け、探求し、生きることを楽しむ ことが、人類の人生を豊かにしてきた。これを、そのまま、個人に当てはめる と、人間、如何に生きるべきか、「良く遊び、良く働き、良く学ぶ」を、実践 して積み上げた分、豊かな人生を過ごしたことになる。問題は「良く」!「欲」 に何時の間に変質するから困ったもの。で、このザマ! お後が宜しいようで
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| 6975,読書日記 〜意味づけることができる者は、幸いなり |
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2020年04月19日(日)
* 人間は‘何事も意味付けをする’生きもの。 意味を考える時には「価値」の言葉が出てくる。意味付けは、価値づけである。 価値づけとは、物語化、ミニストーリー化することで…心の拠所にする。何事も 前向きの人は楽観的意味付けをする。逆に後ろ向きの人は悲観的意味付けをする。 同級生に、楽観的な意味づけをする人は、恵まれた人生を過ごしてきた人に多い。 逆に、マイナスの人生を過ごしてきた人は、否定的信念が思考形態にある。 そのため、その傾向の強い人が、集結し徒党を組む傾向になる。「意味づける ことができる者は、幸いなり」は、楽観が前段に付いている。周囲を見渡すと、 これはハッキリしている。 …その一つが、<開示>である。手前味噌になるが、このブログを書き始めて、 あと一年で20年。 「一日一テーマ」を書上げ、公開すると公表。一日だけ数分 の遅れでパスした以外は、書き続けている。直にネタ無しで茫然とすること屡々 だが、それでも何とか書上げると、底の浅さが露呈する。その開示がポイントと 気づくに時間はかからなかった。開示にこそ、明るい兆しが自らを引っ張り出す 秘儀がある。底の浅さを自から提示することが、他者の底の浅さに逆に気づか されることになる。思いの外、心の底には蟠りが沈殿しており。歪みそのままを、 自らに提示することが多い。そこに見えてくる意味付けこそ、教養のベース。 ― * このパンデミックの後にくるのは あと始末を加えると、3年で元通りになるのか、そんなに生易しいものでも ないのか? 次の数百、数万倍に進化した細菌が存在しないと誰がいえるのか。 この新型パンデミック… 思いもしない根本問題を人類に提示した。今までの 延長線上で果たして良いのかと… 大自然界から「何やってんだ!御前ら」と いう警告である。現代の水戸黄門様の御印籠を振りかざし、問題の決着を図る、 彼らのシリーズの中にも、狂人と化した犯人が都心で、細菌をバラ蒔く直前に 捕まるというような筋立てだった。開発した犯人が、その細菌を愛してしまい、 暴走する姿が何とも不気味だった。問題は、日本の後に、インド、アフリカ、 南米大陸とパンデミックは巡ること。恐怖が怒りとなって暴発すると、人間は 何をしでかすか。 あの穏やかなフィジー人が、日本人にゴ―ホーム!と物を 投げつけてきたという。これでは国家間の戦争も起こるかもしれない。 気がかりなのが、「パンデミック前の状態に、戻ることがないこと。 今までの行動パターンの根本に疑問を持ってしまったこと。 <何で、定時に、満員電車に積み込まれ出社しなければならないのか…?> <いずれ定年を迎えてフリーランスになるのなら、今でもよいのでは…?>等々。 生きていく意味付けの根本に人類は気づいてしまった後に来る社会変化である。
・・・・・・ 6608,閑話小題 〜自殺について考える 2019年04月19日(金) <「四苦八苦の哲学」永江朗著 > * つれづれに 〜自殺について この本の中に、「自殺について考える」があったが、「これまでテーマに したような?」と、HP内検索をすると、あるある。テーマがテーマだけに、 かなり立入った際どい内容… …病気による肉体的苦痛に耐えかねて死ぬのはわかるが、それ以外の理由で 自殺について、【人はなんてくだらない理由で自殺するのか」と著者は言う。 そして、「追いつめているものはなにかと冷静に観察すると、欲求・欲望の 一形態でしかない。欲望を棄ててしまえば、自殺なんてしないですむのに。 集団本位的自殺にいたっては、アホらしいとしかいいようがない。乃木希典夫妻 の殉死に感動した同時代人は多かったようだし、神社までつくって祀られたが、 実につまらない死に方ではないか。(中略)仕えた王のための殉死であろうと、 遥か昔にあった面目を失うようなことを償うための自殺であろうと、どちらに してもばかばかしい。死ぬのは勝手だが、神社までつくることはないだろう。】 と宣う。人生で直視できない一つに「死」の問題がある。それが「自死」なら、 更にシリアスになる。とはいえ、決して目を逸らすことが出来ない一大事。 管につながれた「生」より「死」の選択の自由もあって然るべき? 「ピンコロ」が果たして良いのか? 昨今の数値は、この15年間でピーク時の 6割に減っている。(34400から21000人に) また男性は、女性の約2.3倍。 としても、様々な対策で6割まで引下げとは? 本心は誰もが、死にたくない のである。昨夜の中学校の同期会で、「次々と亡くなっていく人」の話が 出たので、一席ぶつと。その場は即座に拒否反応。笑い飛ばしながら直視する 技が全く無いのも考えモノだが… 「ガンファイター」「ガンモドキ」 「死にぞこない」などを平気で話すことも話術のうち。これは直面した時では 遅きに失する。周辺を見渡すと、自殺は珍しくない。わたしの知人、長兄、 従兄、従姉の連合い、など何人かいる。 先年、亡くなった知人の父親が、本人との葛藤の中で自死したと聞いていた。 キリスト教で自死を禁止しているのは、財産である女・子供、奴隷のロスを 減らすため? とも。 老いを重ねる度に… < せめて「死」ぐらいは、自由にさせてよ‼ > も解らないでもないが。 人生の一大事は「己の死」 直視したくもあり、したくもなし。 確かに少年時に亡くなった長兄の自死と両親の哀しみ、いま考えると深い トラウマに… 各家庭には、何れも何らかの深い傷を抱えている。 あれらのように…人を軽く判断すべきでない。自死をするには、それなりの! 暗くなり過ぎですか?「ニッコリ笑ってハンカチーフ」笑えるうちに笑ってこ! 生きている内、行かされている内よ人生は。本当! 合せ鏡で教わること多し。
―― 録画をして昨日見た、カズオ・イシグロの出世作『浮世の画家』 <物語の舞台は終戦から3年ほど過ぎた日本。主人公は高名な初老の画家(渡辺)。 焼け跡から徐々に復興の姿を見せていく街で、隠居老人の一見平和な日常生活 が描かれていく。 愛すべき孫の訪問、なじみの飲み屋のママとの世間話、 戦前からの旧友との邂逅(かいこう)…。 あるとき娘の縁談が持ち上がり、 そこから周囲の視線の変化に気づきはじめる。確固たる決意で国のために尽く してきた自分が、なぜ非難されなければならないのか。その一方で、過去の影に 滑稽なほどおびえる自分の弱さも認識していく…。 > ▼ 自死の問題と少し違うが、過去の弟子への仕打ちへの罪悪感が膿むと、 自殺願望になるのだろと予感される内容。若いうちから壮年にかけての過ち。 「後味が悪くなることは避ける」をモットーにしてきたとしても、後悔多し。 老いるとは、心も、魂も老いていくことになる。
・・・・・・ 2007/04/15 2203, 自殺について −2 (~Q~;) おはよう〜〜 経済的の問題や時代の大きな変化、そして国民性が自殺の要因になる。 日本人のような生真面目な性格も世界で1~2位の自殺率に要因なっているそれ に対して南米やアフリカの陽気な国民性のところでは、自殺は激減する。 フィンランドやデンマークなどの北欧に行くと、冬の黒夜(14時位から夜に なってしまう)が人の心を暗くして自殺が多いという。 そういえば秋田や山形などの北国も冬は雪で閉ざされるから自殺が多い。 ー自殺率の世界分布地図を見るとー ・ロシアを中心にユーラシア大陸で自殺率が高く、 ・インドやイギリス、スペイン、イタリア、ノルウェイなど ユーラシア大陸周辺部、及び北米大陸で低く、 ・ラテンアメリカではさらに低いという状況が見てとれる。 自殺率が低くはなかったロシアが、1991年のソ連崩壊後の自殺率が急増、 現在は断然世界一となっている。 また、米国、英国、カナダ、オーストラリアといったプロテスタント国、 及びイタリアは、以上の国々と比較すると低い自殺率水準で推移している。
ー日本の自殺率の高さと推移についてー 日本では、自殺が文化の一部になっているようにさえ思える。 過労や失業、倒産、いじめなどで、自殺で自身の名誉を守る、責任を取る、 といった倫理規範として自殺がとらえられていて、これは他のアジア諸国や キューバでもみられる傾向である。 ・第二次大戦後、社会保障が整備される以前は高齢者の自殺率が高かったことや、 戦後の価値観の大転換などで若者の自殺率が急増したことが原因で1958年の 自殺率25.7人は過去最高の値になった。 ・その後、1959年国民健康保険法施行、1961年国民皆年金など社会保障制度の充実や 1960年所得倍増計画に代表される経済成長目標の国民的普及により、自殺率は、 15人前後への低下した。国民全体で明るい夢を抱いていた時代だった為だ。 ・その後、1973年のオイルショック前後から自殺率は上昇に転じた。 あまり注目されなかったが、1983年の景気後退は自殺率の急増 (前年の17.5人から21.0人へ)を招いた。 ・1997年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けの大型金融破綻 事件がきっかけとなり、98年の5月にかけて失業者が急増し、自殺率も、 97年から98年にかけて18.8人から25.4人へと急増した。 このときは自殺者数も前年の2万3千人台から、一気に3万1千人台へと 急増したこともあり社会的に大きく注目を浴びた。 そして、その傾向は十年経つ現在も続いている。 −− 時代の変化と、それによる経済的困窮が自殺の要因として大きくなる。 激変の中、生きていくことは大変である。 「死にたくない」と同じように 「死にたい」という気持ちも自然である。 死など存在してないのだから、気持ちの一現象でしかないが。 ーーーーー 2004/07/24 1208, 自殺 3万4427人
昨日の新聞の一面トップに、昨年の自殺者が前年より7�佑眩�加して 3万4427人と報じていた。 ー内容をまとめてみるとー ・原因として、病苦が45�諭�経済苦が25�� 特に経済苦の増加が目立って増えている ・40歳以上が、4分の3を占め ・男女の比率は、男子が70�諭⊇�子が30�� ・鬱病が30〜70�諭B召寮鎖声栖気鯑�れると、殆んどが精神疾患があった ・1997年まで、年間2万〜2万5千人と推移していたが、 1998年から3万人台になり、ついに3万4千人になってしまった ・職業別に見ると、無職が半分近くだ
20万都市で週に一人が、日本全体で毎日94人が自殺で亡くなっていることになる。 大都会の真ん中で失業をして、駅などの人ごみの中にいると、ふっと虚無が 自分を覆いこみ電車に飛び込みたくなる衝動に駆られるという。 何か解るような気しないでもないが。 「自殺は最後に残された意思の遂行」というが、その心中は当人でなくては 解るはずがない。しかし自殺をしようとする人の大部分が 「ほんとうは死にたくない、誰かに声をかけてもらいたい」という。
歳をとり、連れ添いに先立たれ、重い病に侵され、一人孤独に毎日を 過ごしていたら、自分でも死にたくなるだろう。 簡単に「自殺はすべきでない」というが、絶望と孤独の岸辺に立っている人 の立場からみれば、その苦しみをから解放される唯一の方法かもしれない。
ゲーテの「若きウェルテルの悩み」の中で、主人公ウェルテルと愛するロッテの恋人 (後の亭主)のアルベルトとの自殺の議論があった。 ーウェルテルは人間の本性には限界があり、喜び、悩み、苦しみもある程度まで 耐えられるが、限界を超えると破壊してしまう。自殺は、けっしてバカな人間や 卑怯者がするのではなく、生きることに悩み、迷ってどうしても出口が見つからない 時に仕方なくとるものと主張した。一方、アルベルトは自殺に対し徹底的に反感を持つ。 彼は「苦しい人生を対し忍ぶ事ができない‘弱さ’から引き起こされる」と考えていた。
この世で最も尊いものは、愛である。しかし、人間に喜びを与えるはずの愛が 悲劇のもとになることもある、それがまさに、ウェルテルの悩みを引き起こした。 最後には、そのウェルテルが自殺をしてしまった。
死ぬには死ぬなりの悩みと苦痛の蓄積がある。 生きることも、生きるだけの理由もある。 自殺について語る資格は私にはない。 ただ、死にたいと思ったことは一度もない! いや、若い時にあったか? 地獄も天国も、この世にあるものだ。 地獄の業火(精神の激痛)に焼かれてこそ、自殺の意味が解る!
・・・・・・ 2015/10/27 閑話小題 〜自殺って何でいけないの? ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子 * 自殺って何でいけないの? 〜問い: 自殺は本当にいけないですか 〜相談者無職男性50代 ≪50代の無職男性です。自殺について相談します。自殺者は13年連続で 年3万人超と報道されています。世間一般的には自殺は良くない、弱い人間の することだという暗いイメージができあがっています。どんな理由があっても、 自殺は絶対にいけないと言います。でも私は、自殺を正当化できないか、後ろ 暗いイメージを残さないで自死できないかと考えてきました。人に迷惑をかけ ない方法で自殺するとしても、本当にいけないことでしょうか。将来性のある 小学生や中学、高校生の若い子たちが、いじめが要因で自死を選ぶのは肯定 できません。でも私のように50代で無職、独身、今までにやbたいよにや⊃て きたし、親しい友人や知人もいないし、兄弟親戚もいないなら、遺族となって 悲しくつらい思いをさせる人たちもいません。特にこだわることも無く生きて きて、年金保険料は25年以上納めました。私が年金支給年齢に達する前に自死 を選択すれば、国から支給されるはずの年金は国庫に戻ります。将来の年金を 支給するための財源として、消費税の増税をしようとしている政府にとっても、 私が自死すれば負担は軽くなり、究極の社会貢献だと思います。 世間一般的に言う将来を悲観しての自死ではなく、明るく前向きな自死だと 私自身は思うのですがいかがでしょうか。≫ ≪ 答え: 正直に弱さを認めましょう ひとは社会的な理由からではなく、個人的な理由から自殺します。 冒頭「世間一般的には」と書き起こすあなたは、自殺する気が、はなから ない人とお見受けしました。するってえと、このご質問の意図は? ☆ 解釈そのー。 回答者に議論をふっかけてどんな答えが返ってくるか相手を試す。 残念ですがそんな一般論に付きあっているヒマはありません。 ☆ 解釈その2。「自殺の正当化」の理由を求めているあなたは、この欄の回答 をその司正当化」の根拠にしようとしている。自殺は積極的なアクションで あり、遺書は生涯最後の命をかけたメッセージ。そこに「朝日の悩みのるつつぼ で、こんな回答をもらったから」なんて書かれてはたまりません。その手は桑名 の焼きはまぐり。そもそもこの欄の回答には、命をかける値打はありません。 ☆ 解釈その3。信念や信条で自殺なさるならとくにおとめしません。ただし あなたのその信頼にわたしは同意しませんし、つまらない信条だと思います。 くりかえしますがひとは社会的な理由から自殺することはありませんし、あなた が言うように「将来を悲観して」自殺を選ぶこともありません。ひとは個人的な 理由から現在を悲観して自殺を選ぶので、現在とくに死ぬ理由がなければ、 ホンモノの自殺志願者から自殺をロ先でもてあそぶ者と、怒りを買うでしよう。 ☆ 解釈その4。この文章には書かれていない何かもっとべつな理由で、 あなたは死にたいと思っており、それを引きとめてほしいと思っている。 そもそも本気で死ぬつもりのひとは、お悩み相談なんてしません。 「死にたい」メッセージは、その実「死にたくない」メッセージ。 自殺者がたび重なる自殺予告をすることは知られていますが、それはその メッセージを受け止めてほしいという心の現われです。 ▼ 誰も、好んで自殺をするのではなく、それだけの苦しい理由がある。 自殺も、時と場合によって肯定されて然るべきである。誰が社会的理由で 自殺をしなければならないのか? その辺が中途半端。自殺の正当化など、 死んでしまえば、如何でもよいこと。但し、身辺の人を傷つける気遣いは?
・・・・・・ 2013/01/27 自殺者増加の意外な要因
昨日の朝日新聞に「自殺者増加の意外な要因」のレポートであった。 去年11月に高校の同級会メンバーが自殺の知らせが入った。何か身につまされる 思いであった。自殺については何度か、ここで書いてきた。これから年々、歳を 重ねるに従い身も心も弱り、重くなっていき、眠るように消滅したいという隠れた 願望が膨らむのだろう。世界保健機構によると、日本の自殺率は先進国で、ロシア、 韓国についで、世界三位という。日本で自殺が多いのは、世界の自殺者の6割を 占めているアジアの地勢的な要素があるが、豊かさからいっても多すぎる。 自殺者の9割が該当するうつ病、アルコール依存症、統合失調症などの精神疾患、 身体的障害、過去のトラウマ、失業や経済的損失、親しい人の死亡などへの介入 が、その防止につながる。 ーこの記事をまとめるとー ○ 女より男、既婚者より未婚・離別者、有職者より無職者が自殺志望が高い。 ○ 中高年で離別した無職男性と、同年代の既婚有職者とでは、約100倍の差。 ○ 男性より女性の方が、自殺者が低いのは、世界共通。 ○ 男女とも自殺手段で多いのは首つり。だが女性は、薬物や自傷行為などが多く 、首つりは男性の三分の一。自殺未遂は女性の方が多く、躊躇がみられる。 ○ 都道府県別にみると、ワースト1位が秋田、2位が岩手、3位が新潟と宮崎、 5位が沖縄。少ないのが1位が奈良、2位が福井、3位が徳島。これらの 共通点は大都会でないことと、飲酒量も関係している。飲むと衝動が高くなる。 また県民性もある。 ○ 意外なのは、急傾斜地の地区の自殺率が高いこと。これは、上り下りの労力 と不安定な立地が関係している?ここで、5つの自殺予防因子をあげている。 ゆるやかな繋がりをもった、▽排他傾向が小さい、▽援助を求めることに 抵抗の少ない、▽「どうせ自分なんて」と思わないですむ、▽本質を見て 人を評価するー住民気質が、必要。
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